説明

永久磁石及び永久磁石の製造方法

【課題】 処理箱内に、Dy及びTbの少なくとも一方を含む金属蒸発材料とリング磁石とを収納し、この処理箱を真空チャンバ内に設置した後、真空雰囲気にて当該処理箱を所定温度に加熱して金属蒸発材料を蒸発させてリング磁石に付着させ、この付着したDy、Tbの金属原子を当該焼結磁石の結晶粒界及び/または結晶粒界相に拡散させて高性能磁石を得る場合に、1個の処理箱内に多数の焼結磁石が作業性よく収納でき、その上、高性能磁石が得られる量産性の高い永久磁石の製造方法を提供する。
【解決手段】 処理箱7に前記蒸発した金属原子の通過を許容する外挿体9を並設し、前記外挿体9で囲繞されるようにその内側に少なくとも1個のリング磁石s配置する。そして、内部に金属蒸発材料vが充填され、前記蒸発した金属原子の通過を許容する内挿体10を磁石の内部空間にそれぞれ設けると共に、各外挿体で区画される空間に金属蒸発材料を充填する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、永久磁石の製造方法に関し、ラジアル異方性リング磁石や極異方性リング磁石などのリンク形状磁石の結晶粒界相にDyやTbの金属原子を拡散させた高性能磁石の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、鉄−ホウ素−希土類系の磁石として、熱間で塑性加工を施すことによって結晶粒を特定の方向に配向させることにより、磁気的に異方性を付与した磁石が知られている(特許文献1参照)。例えば、この磁石は、先ず合金溶湯を急冷することで非晶質または微細結晶質の薄片を得て、微粉砕工程により破砕して微粉末とし、これを冷間や熱間で成形した後、熱間塑性加工したり、あるいは前記合金溶湯を鋳造したのち鋳造体を熱間塑性加工したりすることにより作製される。
【0003】
上記のように磁石を製造すると、長尺タイプの異方性リング磁石(以下、「リング磁石」という)が作製でき、円周方向の磁気特定を均一にでき(この場合、内外周面単極で着磁することができる)、しかも、内径が相互に異なるリング磁石を作製しても磁気特性に差がつき難いことから、電子機器など種々の製品、ハイブリッドカー用のモーターや発電機への採用も検討されている。
【0004】
ここで、熱間塑性加工法によるリング磁石作製の際に、希土類金属の含有量を30重量%未満にすると、磁気特性のうち残留磁束密度が向上するが、保磁力が著しく低下するという問題がある。このことから、鉄−ホウ素−希土類系の磁石合金の成分組成を最適化して、磁束密度及び保磁力を向上させることが試みられている(特許文献1参照)。
【0005】
但し、このような磁石の成分組成を最適化する方法では、磁束密度及び保磁力を一層向上させるには限界があり、現状では、モータ等の用途に使用するには保磁力が足りない。他方で、保磁力をさらに高めれば、磁石の厚みの薄くしても強い磁力を持ったものが得られる。従って、この種の永久磁石利用製品自体の小型、軽量化や小電力化を図るためには、上記従来技術と比較してさらに大きな保磁力を有し、高磁気特性の永久磁石の開発が望まれる。
【0006】
そこで、リング磁石と、Dy、Tbの少なくとも一方を含む金属蒸発材料とを相互に離間させて収納し、この処理箱を真空雰囲気にて加熱して金属蒸発材料を蒸発させ、この蒸発した金属原子のリング磁石表面への供給量を調節してこの金属原子を付着させ、この付着した金属原子を、リング磁石表面に金属蒸発材料からなる薄膜が形成される前にリング磁石の結晶粒界及び/または結晶粒界相に拡散させる処理(真空蒸気処理)を施すことが、本出願人により提案されている(特願2007−205234号)。
【0007】
これによれば、結晶粒界相にDy、Tbのリッチ相(Dy、Tbを5〜80%の範囲で含む相)を有し、さらには結晶粒の表面付近にのみDyやTbが拡散し、その結果、磁化および保磁力が効果的に向上または回復した高性能リング磁石が得られる。
【0008】
然し、このような高性能リング磁石を得るには、数時間に及ぶ真空蒸気処理時間が必要となるため、量産性を高めるには、真空蒸気処理による上述の効果や処理箱にリング磁石を収納する作業性が害されることなく、1個の処理箱内で数多くのリング磁石が収納でき(処理箱内でのリング磁石の積載量を高める)、その上でリング磁石の内外周の片面またはその全面に亘って蒸発した金属原子が供給されるようにすることが求められる。
【特許文献1】特開平11−193449号公報(例えば、請求の範囲の記載、従来の技術の記載参照)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の点に鑑み、1個の処理箱内で多数のリング磁石が作業性よく収納でき、その上、その略全面に亘って金属原子が供給されて高性能磁石が得られる量産性の高い永久磁石の製造方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明の永久磁石の製造方法は、処理箱内に、Dy及びTbの少なくとも一方を含む金属蒸発材料と、リング状の磁石とを収納し、この処理箱を真空チャンバ内に設置した後、真空雰囲気にて当該処理箱を所定温度に加熱して金属蒸発材料を蒸発させて磁石に付着させ、この付着したDy、Tbの金属原子を当該磁石の結晶粒界及び/または結晶粒界相に拡散させる永久磁石の製造方法であって、前記処理箱に、前記蒸発した金属原子の通過を許容する外挿体と、前記外挿体で囲繞されるように当該外挿体内側に少なくとも1個の磁石とを収容し、各外挿体で区画される空間に金属蒸発材料を充填することを特徴とする。
【0011】
本発明によれば、例えば、処理箱の底面に外挿体を並設した後、その内側に各磁石を収容していくか、または、処理箱の底面に、リング磁石の開口面が上下に位置するように並設した後、その外側に外挿体を設置する。そして、各外挿体で区画される空間に金属蒸発材料を充填する。
【0012】
これにより、リング状の磁石の外周面全面がそれぞれ金属蒸発材料と面するようになるため、当該金属蒸発材料を蒸発させたときに、この蒸発させた金属原子が、処理箱内部に収納した全てのリング磁石の外表面略全体に亘って供給されて付着するようになる。その結果、DyやTb原子を磁石の結晶粒界及び/または結晶粒界相に拡散させて、磁化および保磁力を向上または回復させるという真空蒸気処理の効果が損なわれることはなく、また、その作業性もよい。
【0013】
また、本発明においては、内部に金属蒸発材料が充填され、前記蒸発した金属原子の通過を許容する内挿体を磁石の内部空間にそれぞれ設ければ、蒸発させた金属原子が、処理箱内部に収納した全てのリング磁石の内表面略全体に亘って供給されて付着するようにできる。この場合、当該磁石の内側に内挿体を設置するだけであるため、その作業性もよい。
【0014】
さらに、前記磁石を、前記蒸発した金属原子の通過を許容するスペーサーを介在させて上下に積み重ねると共に、当該積み重ねた磁石の全長に亘る長さを有する内挿体を挿設するようにしておけば、例えば、処理箱の上端近傍まで金属蒸発材料とリング状の磁石の複数個とをスペーサーを介在させて積み重ねることで、1個の処理箱内に収納されるリング状の磁石の数を増加させて(積載量が増加する)、量産性を高めることができる。この場合、積み重ねたリング状の磁石の全長に亘る長さを有する筒状部材を挿設しているため、リング状の磁石の内周面への蒸発した金属原子の供給が不十分となることはない。
【0015】
また、本発明においては、前記処理箱は、前記処理炉内に出入れ自在であって、上面が開口した箱部とこの開口した上面に着脱自在に装着される蓋部とから構成されたものであり、真空排気手段を作動させて前記真空チャンバを減圧するのに伴って処理箱内が減圧されることが好ましい。これにより、処理箱用に別個の真空排気手段は不要になり、装置構成を簡単にできてよい。また、真空チャンバの外側でリング磁石と金属蒸発材料との収納ができてよい。
【0016】
ところで、上記のように金属蒸発材料とリング状の磁石とを処理箱に収納する場合、より積載量を増加させるために、例えばリング磁石の周囲が外挿体に当接するように配置すると共に、各外挿体を相互に近接させて処理箱に並設することが好ましい。この場合、金属蒸発材料とリング状の磁石(特に、当該磁石の外周面)との間の間隔が狭くなり、このような状態で金属蒸発材料を蒸発させると、蒸発した金属原子の直進性の影響を強く受ける。つまり、例えば内挿体や外挿体が細い線材を格子状に組付けて構成したものである場合、線材の影となる部分にDyやTbが供給され難くなる。このため、上記真空蒸気処理を施した永久磁石には局所的に保磁力の高い部分と低い部分とが存在し、その結果、減磁曲線の角型性が損なわれる虞がある。このような場合には、前記金属蒸発材料が蒸発している間において、前記真空チャンバ内に不活性ガスを導入すればよい。
【0017】
これにより、DyやTbの金属原子の平均自由行程が短いことから、不活性ガスにより処理箱内で蒸発した金属原子が拡散し、直接リング磁石表面に付着する金属原子の量が減少すると共に、複数の方向から磁石表面に供給されるようになり、当該磁石と金属蒸発材料との間の間隔が狭い場合でも、線材の影となる部分まで蒸発したDyやTbが回り込んで付着する。その結果、DyやTbの金属原子が結晶粒内に過剰に拡散し、最大エネルギー積及び残留磁束密度を低下させることや局所的に保磁力の高い部分と低い部分とが存在することを抑制でき、減磁曲線の角型性が損なわれることを防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照して本発明の永久磁石Mの製造方法を説明する。本実施の形態の永久磁石は、熱間塑性加工を施すことにより結晶粒を特定の方向に配向させて磁気的に異方性を付与した鉄−ホウ素−希土類系のリング磁石Sの表面に、Dy、Tbの少なくとも一方を含有する金属蒸発材料vを蒸発させて金属原子を付着させ、磁石Sの結晶粒界相に拡散させて均一に行き渡らせる一連の処理(真空蒸気処理)を同時に行って作製される。
【0019】
リング磁石Sとしては、例えば、Nd−Fe−B系のラジアル異方性リング磁石が用いられ、公知の方法で次のように作製されている。即ち、Fe、B、Ndを所定の組成比で配合して等方性の急冷Nd−Fe−B系粉末の合金原料を得る。この場合、希土類金属の含有量を30%未満として、高い残留磁束密度が得られるようにすることが好ましい。また、配合の際、Cu、Zr、Dy、AlやGaを少量添加してもよい。
【0020】
次いで、作製した合金原料を、公知の圧縮成形機によって、室温で所定形状に予備成形した後、熱間プレスすることで高密度の等方性磁石を得る。次いで、公知の押出し成形機によって、熱間塑性加工である熱間押出し成形して、ラジアル異方性のリング磁石Sが作製される。そして、このようにして得たリング磁石Sに対し真空蒸気処理を施す。この真空蒸気処理を施す真空蒸気処理装置を図1を用いて以下に説明する。
【0021】
真空蒸気処理装置1は、ターボ分子ポンプ、クライオポンプ、拡散ポンプなどの真空排気手段2を介して所定圧力(例えば1×10−5Pa)まで減圧して保持できる真空チャンバ3を有する。真空チャンバ3内には、後述する処理箱の周囲を囲う断熱材41とその内側に配置した発熱体42とから構成される加熱手段4が設けられる。断熱材41は、例えばMo製であり、また、発熱体42としては、Mo製のフィラメント(図示せず)を有する電気ヒータであり、図示省略した電源からフィラメントに通電し、抵抗加熱式で断熱材41により囲繞され処理箱が設置される空間5を加熱できる。この空間5には、例えばMo製の載置テーブル6が設けられ、少なくとも1個の処理箱7が載置できるようになっている。
【0022】
処理箱7は、上面を開口した直方体形状の箱部71と、開口した箱部71の上面に着脱自在な蓋部72とから構成されている。蓋部72の外周縁部には下方に屈曲させたフランジ72aがその全周に亘って形成され、箱部71の上面に蓋部72を装着すると、フランジ72aが箱部71の外壁に嵌合して(この場合、メタルシールなどの真空シールは設けていない)、真空チャンバ3と隔絶された処理室70が画成される。そして、真空排気手段2を作動させて真空チャンバ3を所定圧力(例えば、1×10−5Pa)まで減圧すると、処理室70が真空チャンバ3より略半桁高い圧力(例えば、5×10−4Pa)まで減圧される。これにより、付加的な真空排気手段を必要とすることなく、処理室70内を適宜所定の真空圧に減圧できる。
【0023】
図2に示すように、処理箱7の箱部71には、上記のリング磁石Sの複数個及び金属蒸発材料vが相互に接触しないように収納される。リング磁石Sは、その開口面が上下に位置するようにし、上下方向に積み重ねると共に、箱部71の底面に沿って並設される。上下に積み重ねた各リング磁石Sの周囲には、蒸発した金属原子の通過を許容する外挿体8が配置される。
【0024】
外挿体8は、複数本の線材8a(例えばφ0.1〜10mm)を格子状に組付けた後、円筒状に成形したものであり、箱部71の高さより低くなるように低寸され、上下に積み重ねた場合に各リング磁石Sを囲繞できるようになっている(図3参照)。この場合、外挿体8は、各リング磁石Sの外周面に挿着したときに相互に接触するように構成してもよい。また、上下に積み重ねた各リング磁石相互間にはスペーサー9が介在されている。スペーサー9は、複数本の線材9a(例えばφ0.1〜10mm)を格子状に組付けた後に環状に成形したものである。
【0025】
また、上下に積み重ねた各リング磁石Sの内側には、内部に金属蒸発材料vが充填できる内挿体10が配置される。内挿体10もまた、複数本の線材10a(例えばφ0.1〜10mm)を格子状に組付けた後、円筒状に成形したものであり、外挿体8と同じ高さに低寸されている。そして、箱部71内で外挿体8が相互に接触するように設置した後、各外挿体8で区画された空間には粒状または薄片状の金属蒸発材料vが、外挿体8の上端と略一致するまで充填される。この状態で、外挿体8内側にリング磁石Sをそれぞれ設置した後、当該リング磁石Sの内側に、内部に金属蒸発材料vが充填された内挿体10が設置される。これにより、作業性よく処理箱7への金属蒸発材料v及びリング磁石のセットが可能になる。
【0026】
ここで、処理箱7、外挿体8、スペーサー9及び内挿体10は、例えば、Mo、W、V、Taまたはこれらの合金(希土類添加型Mo合金、Ti添加型Mo合金などを含む)やCaO、Y 、或いは希土類酸化物から製作するか、またはこれらの材料を他の断熱材の表面に内張膜として成膜したものから構成されていることが好ましい。これにより、DyやTbと反応してその表面に反応生成物が形成されることが防止できてよい。
【0027】
また、金属蒸発材料vとしては、主相の結晶磁気異方性を大きく向上させるDy及びTbまたはこれらに、Nd、Pr、Al、Cu及びGa等の一層保磁力を高める金属を配合した合金が用いられ、上記各金属を所定の混合割合で配合した後、例えばアーク溶解炉で溶解した後、粒状または薄片状に形成される。
【0028】
これにより、1個の処理箱7内に収納されるリング磁石Sの数を増加させて(積載量が増加する)、量産性を高めることができる。また、内挿体10及び外挿体8でリング磁石Sの内周面及び外周面全面がそれぞれ金属蒸発材料vと面する所謂サンドイッチ構造となるため、当該金属蒸発材料vを蒸発させたときに、この蒸発させた金属原子が、処理箱7内部に収納した全てのリング磁石Sの内周面及び外周面の略全体に亘って供給されて付着するようになる。その結果、DyやTb原子を磁石の結晶粒界及び/または結晶粒界相に拡散させて、磁化および保磁力を向上または回復させるという真空蒸気処理の効果が損なわれることはない。
【0029】
ところで、リング磁石Sの外周面と外挿体8とがその全体または部分的に密着している場合、金属蒸発材料vを蒸発させると、蒸発した金属原子の直進性の影響を強く受ける。つまり、線材8aの影となる部分にDyやTbが供給され難くなる。このため、上記真空蒸気処理を施した永久磁石には局所的に保磁力の高い部分と低い部分とが存在し、その結果、減磁曲線の角型性が損なわれる。
【0030】
本実施の形態においては、真空チャンバ3に不活性ガス導入手段を設けた。不活性ガス導入手段は、断面材41で囲繞された空間5に通じるガス導入管11を有し、ガス導入管11が図示省略したマスフローコントローラを介して不活性ガスのガス源に連通している。そして、真空蒸気処理の間において、He、Ar、Ne、Kr、N2等の不活性ガスを一定量で導入するようにした。この場合、真空蒸気処理中に不活性ガスの導入量を変化させるようにしてもよい(当初に不活性ガスの導入量を多くし、その後に少なくしたり若しくは当初に不活性ガスの導入量を少なくし、その後に多くしたり、または、これらを繰り返す)。不活性ガスは、例えば、金属蒸発材料vが蒸発を開始後や設定された加熱温度に達した後に導入され、設定された真空蒸気処理時間の間またはその前後の所定時間だけ導入すればよい。また、不活性ガスを導入したとき、真空チャンバ3内の不活性ガスの分圧が調節できるように、真空排気手段2に通じる排気管に開閉度が調節自在なバルブ12を設けておくことが好ましい。
【0031】
これにより、DyやTbの金属原子の平均自由行程が短いことから、不活性ガスにより処理箱内で蒸発した金属原子が拡散し、直接リング磁石S表面に付着する金属原子の量が減少すると共に、複数の方向から磁石表面に供給されるようになり、当該リング磁石Sと金属蒸発材料vとの間の間隔が狭い場合でも、線材8aの影となる部分まで蒸発した金属原子(DyやTb)が回り込んで付着する。その結果、金属原子が結晶粒内に過剰に拡散し、最大エネルギー積及び残留磁束密度を低下させることや局所的に保磁力の高い部分と低い部分とが存在することを抑制でき、減磁曲線の角型性が損なわれることを防止できる。
【0032】
次に、上記真空蒸気処理装置1を用いたリング状の永久磁石Mの製造について説明する。
先ず、箱部71内で上述したようにリング磁石Sと金属蒸発材料vとを設置する(これにより、処理室70内でリング磁石Sと金属蒸発材料vが離間して配置される)。そして、箱部71の開口した上面に蓋部72を装着した後、真空チャンバ3内で加熱手段4によって囲繞された空間5内でテーブル6上に処理箱7を設置する(図1参照)。そして、真空排気手段2を介して真空チャンバ3を所定圧力(例えば、1×10−4Pa)に達するまで真空排気して減圧し、(処理室70は略半桁高い圧力まで真空排気される)、真空チャンバ3が所定圧力に達すると、加熱手段4を作動させて処理室70を加熱する。
【0033】
減圧下で処理室70内の温度が所定温度に達すると、処理室70のDyが、処理室70と略同温まで加熱されて蒸発を開始し、処理室70内にDy蒸気雰囲気が形成される。その際、ガス導入手段を作動させて一定の導入量で真空チャンバ3内に不活性ガスを導入する。このとき、不活性ガスが処理箱7内にも導入され、当該不活性ガスにより処理室70内で蒸発した金属原子が拡散される。
【0034】
Dyが蒸発を開始した場合、リング磁石SとDyとを相互に接触しないように配置されているため、溶けたDyが、表面Ndリッチ相が溶けたリング磁石Sに直接付着することはない。そして、処理室70内で拡散されたDy蒸気雰囲気中のDy原子が、直接または衝突を繰返して複数の方向から、Dyと略同温まで加熱されたリング磁石S内周面
表面略全体に向かって供給されて付着し、この付着したDyが焼結磁石Sの結晶粒界及び/または結晶粒界相に拡散されて永久磁石Mが得られる。
【0035】
ここで、Dy層(薄膜)が形成されるように、Dy蒸気雰囲気中のDy原子が焼結磁石Sの表面に供給されると、焼結磁石S表面で付着して堆積したDyが再結晶したとき、永久磁石M表面を著しく劣化させ(表面粗さが悪くなる)、また、処理中に略同温まで加熱されている焼結磁石S表面に付着して堆積したDyが溶解して焼結磁石S表面に近い領域における粒界内に過剰に拡散し、磁気特性を効果的に向上または回復させることができない。
【0036】
つまり、焼結磁石S表面にDyの薄膜が一度形成されると、薄膜に隣接した焼結磁石表面Sの平均組成はDyリッチ組成となり、Dyリッチ組成になると、液相温度が下がり、焼結磁石S表面が溶けるようになる(即ち、主相が溶けて液相の量が増加する)。その結果、焼結磁石S表面付近が溶けて崩れ、凹凸が増加することとなる。その上、Dyが多量の液相と共に結晶粒内に過剰に侵入し、磁気特性を示す最大エネルギー積及び残留磁束密度がさらに低下する。
【0037】
本実施の形態では、金属蒸発材料vがDyであるとき、このDyの蒸発量をコントロールするため、加熱手段4を制御して処理室70内の温度を800℃〜1050℃、好ましくは850℃〜950℃の範囲に設定することとした(例えば、処理室内温度が900℃〜1000℃のとき、Dyの飽和蒸気圧は約1×10−2〜1×10−1Paとなる)。
【0038】
処理室70内の温度(ひいては、焼結磁石Sの加熱温度)が800℃より低いと、焼結磁石S表面に付着したDy原子の結晶粒界及び/または結晶粒界層への拡散速度が遅くなり、焼結磁石S表面に薄膜が形成される前に焼結磁石の結晶粒界及び/または結晶粒界相に拡散させて均一に行き渡らせることができない。他方、1050℃を超えた温度では、Dyの蒸気圧が高くなって蒸気雰囲気中のDy原子が焼結磁石S表面に過剰に供給される虞がある。また、Dyが結晶粒内に拡散する虞があり、Dyが結晶粒内に拡散すると、結晶粒内の磁化を大きく下げるため、最大エネルギー積及び残留磁束密度がさらに低下することになる。それに併せて、バルブ11の開閉度を変化させて、真空チャンバ3内の導入した不活性ガスの分圧が3Pa〜50000Paとなるようにした。3Paより低い圧力では、DyやTbが局所的に焼結磁石Sに付着し、減磁曲線の角型性が悪化する。また、50000Paを超えた圧力では、金属蒸発材料vの蒸発が抑制されてしまい、処理時間が過剰に長くなる。
【0039】
これにより、Arなどの不活性ガスの分圧を調節してDyの蒸発量をコントロールし、当該不活性ガスの導入によって、蒸発したDy原子を処理箱内で拡散させることで、焼結磁石SのへのDy原子の供給量を抑制しながらその表面全体にDy原子を付着させることと、焼結磁石Sを所定温度範囲で加熱することによって拡散速度が早くなることとが相俟って、焼結磁石S表面に付着したDy原子を、焼結磁石S表面で堆積してDy層(薄膜)を形成する前に焼結磁石Sの結晶粒界及び/または結晶粒界相に効率よく拡散させて均一に行き渡らせることができる。その結果、永久磁石M表面が劣化することが防止され、また、焼結磁石表面に近い領域の粒界内にDyが過剰に拡散することが抑制され、結晶粒界相にDyリッチ相(Dyを5〜80%の範囲で含む相)を有し、さらには結晶粒の表面付近にのみDyが拡散することで、磁化および保磁力が効果的に向上または回復し、その上、仕上げ加工が不要な生産性に優れた永久磁石Mが得られる。
【0040】
それに加えて、当該処理箱7内で蒸発した金属原子が拡散されて存在するため、リング磁石Sの内周面及び外周面と、外挿体8や内挿体10との間の間隔が狭い場合でも、線材8a、10aの影となる部分まで蒸発したDyやTbが回り込んで付着する。その結果、局所的に保磁力の高い部分と低い部分とが存在することが抑制でき、リング磁石Sに上記真空蒸気処理を施しても減磁曲線の角型性が損なわれることを防止できる高性能リング磁石(永久磁石)が得られ、その上、積載量の増加により高い量産性を達成できる。
【0041】
最後に、上記処理を所定時間(例えば、4〜48時間)だけ実施した後、加熱手段4の作動を停止させると共に、ガス導入手段による不活性ガスの導入を一旦停止する。引き続き、不活性ガスを再度導入し(10kPa)、金属蒸発材料vの蒸発を停止させる。なお、不活性ガスの導入を停止せず、その導入量のみを増加させて蒸発を停止させるようにしてもよい。そして、処理室70内の温度を例えば500℃まで一旦下げる。引き続き、加熱手段4を再度作動させ、処理室70内の温度を450℃〜650℃の範囲に設定し、一層保磁力を向上または回復させるために、熱処理を施す。そして、略室温まで急冷し、処理箱7を真空チャンバ3から取り出す。そして、処理箱7の蓋体72を取り外し、内挿体10を回収した後、永久磁石が回収される。この場合、各外挿体8と各外挿体8周囲の金属蒸発材料vは回収せず、次の真空蒸気処理に備える。金属蒸発材料vは、適宜追加するようにすればよい。
【0042】
尚、本実施の形態では、外挿体8、スペーサー9及び内挿体10として、線材8a、9a、10aを格子状に組付けて構成したものについて説明したが、これに限定されるものではなく、蒸発した金属原子の通過を許容するものであれば、その形態を問わない。
【0043】
また、本実施の形態では、金属蒸発材料としてDyを用いるものを例として説明したが、最適な拡散速度を早くできる焼結磁石Sの加熱温度範囲で、蒸気圧が低いTbを用いた場合、処理室70を900℃〜1150℃の範囲で加熱すればよい。900℃より低い温度では、焼結磁石S表面にTb原子を供給できる蒸気圧に達しない。他方、1150℃を超えた温度では、Tbが結晶粒内に過剰に拡散してしまい、最大エネルギー積及び残留磁束密度を低下させる。
【0044】
また、DyやTbを結晶粒界及び/または結晶粒界相に拡散させる前に焼結磁石S表面に吸着した汚れ、ガスや水分を除去するために、真空排気手段11を介して真空チャンバ12を所定圧力(例えば、1×10−5Pa)まで減圧し、処理室20が真空チャンバ12より略半桁高い圧力(例えば、5×10−4Pa)まで減圧した後、所定時間保持するようにしてもよい。その際、加熱手段4を作動させて処理室70内を例えば100℃に加熱し、所定時間保持するようにしてもよい。
【0045】
さらに、本実施の形態では、箱部71の上面に蓋部72を装着して処理箱7を構成するものについて説明したが、真空チャンバ3と隔絶されかつ真空チャンバ3を減圧するのに伴って処理室70が減圧されるものであれば、これに限定されるものではなく、例えば、箱部71に金属蒸発材料vと焼結磁石Sを収納した後、その上面開口を例えばMo製の箔で覆うようにしてもよい。他方、例えば、真空チャンバ3内で処理室70を密閉できるようにし、真空チャンバ3とは独立して所定圧力に保持できるように構成してもよい。
【0046】
尚、焼結磁石Sとしては、酸素含有量が少ない程、DyやTbの結晶粒界及び/または結晶粒界相への拡散速度が早くなるため、焼結磁石S自体の酸素含有量が3000ppm以下、好ましくは2000ppm以下、より好ましくは1000ppm以下であればよい。
【実施例1】
【0047】
実施例1では、図1に示す真空蒸気処理装置1を用い、次のリング磁石Sに真空蒸気処理を施して永久磁石Mを得た。リング磁石Sとしては、配合組成が、28Nd−0.5Ce−6Co−0.2Ga−0.9B−Bal.Feの急令粉末をホットプレスした後、800℃で熱間塑性加工して作製した。この場合、試料1は、外径80mm、内径60mm、長さ45mmの寸法を有し、また、試料2は、外径45mm、内径35mm、長さ50mmの寸法を有するように作製した。そして、希硝酸によるケミカルエッチングを実施し、前処理を施した。
【0048】
次に、図1に示す真空蒸気処理装置1を用い、上記リング磁石Sに対し、真空蒸気処理を施した。この場合、処理箱の箱部は、長さ500mm、幅500mm、高さ150mmの寸法を有するものを用い、図2に示すように箱部内に所定の間隔をおいてリング磁石を並設し、次に、各リング磁石の周囲を外挿体8で囲繞した。そして、スペーサを介してリング磁石を3段まで積み重ねた後、当該外挿体8で区画された空間に粒状の金属蒸発材料vを、外挿体8の上端と略一致するまで充填した。そして、リング磁石Sの内側に、内部に金属蒸発材料vが充填された内挿体10を設置した。この場合、金属蒸発材料vとして粒径が3mmのDy(99%)を用い、また、内挿体10、外挿体8及びスペーサー9を構成するMo製の線材の径を0.5mmとした。
【0049】
上記のようにリング磁石を収容した処理箱を真空チャンバに設定した後、真空チャンバ3内を真空引きし、その圧力が10−4Paに達した後、加熱手段4を作動させ、処理室70内の温度を850℃、処理時間を6時間に設定して上記真空蒸気処理を行った。真空蒸気処理中に、所定の不活性ガスを所定圧力で導入した。
(比較例1)
【0050】
比較例1では、上記実施例1と同じ真空蒸気処理装置1を用い、同様に作製したリング磁石に真空蒸気処理を施して永久磁石を得た。この場合、リング磁石を処理箱の箱部に所定の間隔をおいてリング磁石を並設した。この場合、図4に示すように、同一平面に位置するリング磁石がMo製の網を介して、板状に形成したDyからなる金属蒸発材料で挟み込まれるようにして、3段まで積み重ねることとした。そして、上記実施例1と同条件で真空蒸気処理を施した。
【0051】
図5は、真空蒸気処理中に導入する不活性ガスのガス種とそのときの不活性ガスの分圧とを変化させて、永久磁石を得たときの磁気特性(BHカーブトレーサーにより測定)、及び処理条件を示す表である。ここで、磁気特性は、永久磁石を長さ方向で略半分の位置で磁気測定サンプルを切り出して測定したものである。
【0052】
これによれば、比較例1では、ある程度保磁力(15.7kOe、17.6kOe)を向上できているのに対し、本実施例1では、飛躍的に保磁力(19.8kOe、23.5kOe)を向上させることができることが判る。
【実施例2】
【0053】
実施例2では、図1に示す真空蒸気処理装置1を用い、次のリング磁石Sに真空蒸気処理を施して永久磁石Mを得た。リング磁石Sとしては、配合組成が、18Nd−2Dy−1B−0.05Cu−0.01Ga−0.02Zr−Bal.Feの異方性リング焼結磁石を用いた。この場合、リング磁石は、外径40mm、内径20mm、長さ25mmの寸法に作製した。そして、希硝酸によるケミカルエッチングを実施し、前処理を施した。
【0054】
次に、図1に示す真空蒸気処理装置1を用い、上記リング磁石Sに対し、真空蒸気処理を施した。この場合、処理箱の箱部は、長さ500mm、幅500mm、高さ80mmの寸法を有するものを用い、図2に示すように箱部内に所定の間隔をおいてリング磁石を並設し、次に、各リング磁石の周囲を外挿体8で囲繞した。そして、スペーサを介してリング磁石を3段まで積み重ねた後、当該外挿体8で区画された空間に粒状の金属蒸発材料vを、外挿体8の上端と略一致するまで充填した。そして、リング磁石Sの内側に、内部に金属蒸発材料vが充填された内挿体10を設置した。この場合、金属蒸発材料vとして粒径が5mmのDy(99%)を用い、また、内挿体10、外挿体8及びスペーサー9を構成するMo製の線材の径を1mmとした。
【0055】
上記のようにリング磁石を収容した処理箱を真空チャンバに設定した後、真空チャンバ3内を真空引きし、その圧力が10−4Paに達した後、加熱手段4を作動させ、処理室70内の温度を850℃、処理時間を6時間に設定して上記真空蒸気処理を行った。真空蒸気処理中に、所定の不活性ガスを所定圧力で導入した。
(比較例2)
【0056】
比較例2では、上記実施例2と同じ真空蒸気処理装置1を用い、同様に作製したリング磁石に真空蒸気処理を施して永久磁石を得た。この場合、リング磁石を処理箱の箱部に所定の間隔をおいてリング磁石を並設した。この場合、図4に示すように、同一平面に位置するリング磁石がMo製の網を介して、板状に形成したDyからなる金属蒸発材料で挟み込まれるようにして、3段まで積み重ねることとした。そして、上記実施例1と同条件で真空蒸気処理を施した。そして、上記実施例2と同条件で真空蒸気処理を施したが、処理時間は7時間とした。
【0057】
図6は、真空蒸気処理中に導入する不活性ガスのガス種とそのときの不活性ガスの分圧とを変化させて、永久磁石を得たときの磁気特性(BHカーブトレーサーにより測定)、及び処理条件を示す表である。ここで、磁気特性は、永久磁石を長さ方向で略半分の位置で磁気測定サンプルを切り出して測定したものである。
【0058】
これによれば、比較例2では、ある程度保磁力(18.5kOe)を向上できているのに対し、本実施例2では、飛躍的に保磁力(23.1kOe)を向上させることができることが判る。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】真空蒸気処理装置を概略的に示す断面図。
【図2】(a)及び(b)は、処理箱へのリング磁石と金属蒸発材料との設置を模式的に説明する平面図及び断面図。
【図3】リング磁石と、外挿体、内挿体及びスペーサーとの組み付けを説明する分解斜視図。
【図4】比較例に係る処理箱へのリング磁石と金属蒸発材料との収納を説明する模式的斜視図。
【図5】実施例1で作製した永久磁石(リング磁石)の磁気特定を示す表。
【図6】実施例2で作製した永久磁石(リング磁石)の磁気特定を示す表。
【符号の説明】
【0060】
1 真空蒸気処理装置
2 真空排気手段
3 真空チャンバ
4 加熱手段
7 処理箱
71 箱部
72 蓋体
8 外挿体
9 スペーサー
10 内挿体
8a、9a、10a 線材
S リング磁石
v 金属蒸発材料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
処理箱内に、Dy及びTbの少なくとも一方を含む金属蒸発材料と、リング状の磁石とを収納し、この処理箱を真空チャンバ内に設置した後、真空雰囲気にて当該処理箱を所定温度に加熱して金属蒸発材料を蒸発させて磁石に付着させ、この付着したDy、Tbの金属原子を当該磁石の結晶粒界及び/または結晶粒界相に拡散させる永久磁石の製造方法であって、
前記処理箱に、前記蒸発した金属原子の通過を許容する外挿体と、前記外挿体で囲繞されるように当該外挿体内側に少なくとも1個の磁石とを収容し、各外挿体で区画される空間に金属蒸発材料を充填することを特徴とする永久磁石の製造方法。
【請求項2】
内部に金属蒸発材料が充填され、前記蒸発した金属原子の通過を許容する内挿体を磁石の内部空間にそれぞれ設けることを特徴とする請求項1記載の永久磁石の製造方法。
【請求項3】
前記磁石を、前記蒸発した金属原子の通過を許容するスペーサーを介在させて前記外装挿体内で上下に積み重ねると共に、当該積み重ねた磁石の全長に亘る長さを有する内挿体を挿設することを特徴とする請求項2記載の永久磁石の製造方法。
【請求項4】
前記処理箱は、前記処理炉内に出入れ自在であって、上面が開口した箱部とこの開口した上面に着脱自在に装着される蓋部とから構成されたものであり、真空排気手段を作動させて前記真空チャンバを減圧するのに伴って処理箱内が減圧されることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の永久磁石の製造方法。
【請求項5】
前記金属蒸発材料が蒸発している間において前記真空チャンバ内に不活性ガスを導入することを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の永久磁石の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−170796(P2009−170796A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−9644(P2008−9644)
【出願日】平成20年1月18日(2008.1.18)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】