説明

油中水型孔版印刷用エマルションインク

【課題】油中水型孔版印刷用エマルションインクを長期放置後の目詰まりを抑制することが可能なものとする。
【解決手段】油相および水相からなる油中水型孔版印刷用エマルションインクにおいて、水相に、この水相に含まれる水溶性固形分に対する媒晶剤を少なくとも1種類以上添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油中水型孔版印刷用エマルションインクに関するものである。
【背景技術】
【0002】
孔版印刷方式は、孔版印刷用原紙を用いて製版を行い、製版により形成された原紙の穿孔部にインクを通過させて紙などの被印刷体に印刷を行うものであり、その操作性の良さ・簡便性によって、幅広い分野で利用されている。孔版印刷用インクとしては、油中水型(W/O型)のエマルションインクが一般的に用いられている。
【0003】
エマルションインクは、エマルションの内相となる水相の比率が油相に比べて高いために、長期保存すると水相粒子の合一が進んで油相と水相が分離するなど、インクとして安定性が乏しいという問題がある。このエマルションを安定化する手法として、古くから水相に電解質を添加することが行われている。また、水相には、凍結防止、蒸発抑制を目的として、グリセリン等の液状多価アルコールに加え、ソルビトール、グルコースなどの水溶性固形分を添加することも行われている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭64−14284号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載されているような水溶性固形分を添加した場合、印刷機を長期間未使用状態(長期放置)にしたときに、水相成分の蒸発により水溶性固形分が析出し、印刷機の版胴上および原紙の目詰まり等の不具合を引き起こすことがある。このため、従来から水相に水溶性固形分を添加することは敬遠されており、例えば凍結防止、蒸発抑制を目的とする場合には、専ら液状多価アルコールが使用されてきた。しかし、液状多価アルコールを大量に添加した場合は、乾燥性が悪化するという問題がある。とりわけ、長期放置後の印刷時の乾燥性の悪化が顕著となる。
【0006】
本発明者は、大きく発想の転換を図り水相成分の蒸発により水溶性固形分が析出しても、これが目詰まりをひき起こさないようにすればよいのではないかと考え、本発明に至った。
すなわち、本発明は、長期放置後の目詰まりを抑制することが可能な油中水型孔版印刷用エマルションインクを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の油中水型孔版印刷用エマルションインクは、油相および水相からなる油中水型孔版印刷用エマルションインクにおいて、前記水相に、該水相に含まれる水溶性固形分に対する媒晶剤が少なくとも1種類以上添加されていることを特徴とするものである。
【0008】
前記水溶性固形分が尿素である場合、前記媒晶剤は塩化アンモニウム、ポリビニルアルコールおよびグルコースの中から選ばれる少なくとも1つであることが好ましく、前記水溶性固形分が塩化ナトリウムである場合、前記媒晶剤はフェロシアン化物または硼砂であることが好ましい。前記フェロシアン化物はナトリウム塩またはカリウム塩であることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明の油中水型孔版印刷用エマルションインクは、油相および水相からなる油中水型孔版印刷用エマルションインクにおいて、水相に、この水相に含まれる水溶性固形分に対する媒晶剤が少なくとも1種類以上添加されているので、水溶性固形分に対する媒晶剤によって析出する水溶性固形分の結晶形状を変化させることができ、水相成分の蒸発により水溶性固形分が析出しても、目詰まりをひき起こさないようにすることが可能であり、長期放置後の目詰まりを抑制することができる。
【0010】
また、従来は凍結防止、蒸発抑制を目的とする場合には、専ら液状多価アルコールが使用されており、これに起因して放置後の印刷時の印面の乾燥性の悪化が顕著になるという問題があったが、本発明においては水溶性固形分の電解質や凍結防止剤を用いることが可能であるため、印面の乾燥性の問題を回避することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の油中水型孔版印刷用エマルションインク(以下、単にインクという)は、水相に、この水相に含まれる水溶性固形分に対する媒晶剤が少なくとも1種類以上添加されていることを特徴とする。
【0012】
水相は、通常、水、電解質、水蒸発防止剤、水溶性高分子、防黴剤、防腐剤、pH調整剤、凍結防止剤等からなるが、本発明における水溶性固形分は、上記の各成分のうち水に可溶の固形分を意味する。媒晶剤とは水溶性固形分に対して媒晶作用を有する化合物であり、水溶性固形分の結晶の成長方向、結晶の形を変える性質を有するものであって、水溶性固形分が過飽和となっているインク中で、成長する水溶性固形分の結晶種の特定面に付着して、その面の成長を阻害することで、析出する結晶の形状を変化させる作用を有するものである。
【0013】
具体的には、水溶性固形分が水蒸発防止剤、例えば尿素である場合、媒晶剤としては塩化アンモニウム、ポリビニルアルコールおよびグルコースの中から選ばれる少なくとも1つを好ましく用いることができる。また、水溶性固形分が電界質、例えば塩化ナトリウムである場合、媒晶剤はフェロシアン化物または硼砂を好ましく用いることができる。水溶性固形分に対する媒晶剤は単独で用いてもよいし、適宜組み合わせて用いてもよい。
【0014】
水溶性固形分の配合量は、添加する水溶性固形分の使用目的、その種類によって異なるが、水相の総質量に対して0.1〜50質量%であることが好ましく、さらには1〜20質量%の範囲で用いられる。この水溶性固形分に対する媒晶剤の配合量は、水溶性固形分の種類により異なるが、概ね、水溶性固形分の質量に対して0.1〜30質量%であることが好ましく、さらには1〜20質量%の範囲であることが好ましい。
【0015】
水相中には、さらに、公知の水蒸発抑制剤または凍結防止剤、電解質、pH調整剤を含ませることができ、さらに、酸化防止剤、体質顔料等の公知の添加剤を、必要に応じて含ませることができる。なお、本発明のインクでは、通常用いられるエチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン等の多価アルコール類等を多用しなくても、水溶性固形物の電解質や凍結防止剤を用いることが可能であるため、印面の乾燥性の問題を回避することが可能となる。
【0016】
油相は、基本的に、着色剤、界面活性剤(乳化剤)、樹脂成分、油成分、顔料分散剤等から構成される。
着色剤としては、不溶性アゾ顔料、溶性アゾ顔料、フタロシアニンブルー、染色レーキ、イソインドリノン、キナクリドン、ジオキサジンバイオレット、ペリノン・ペリレンのような有機顔料;カーボンブラック、二酸化チタン等の無機顔料;アゾ系、アントラキノン系、アジン系等の油溶性染料;各種水溶性染料、分散染料等が挙げられる。これらの着色剤は、目的とする色相を実現するため、単独で、または2種以上を混合して用いることができ、顔料と染料とを組み合わせてもよい。その配合量も、適宜設定すればよいが、一般に、インクの総質量に対して20質量%以下であることが好ましく、さらに好ましくは3〜10質量%の範囲で用いられる。
【0017】
また、印刷物の画質を向上させるために、インク中に体質顔料を含有させることができる。体質顔料としては、たとえば、シリカ、白土、タルク、クレー、珪藻土、炭酸カルシウム、炭酸バリウム、硫酸バリウム、アルミナホワイト、カオリン、マイカ、水酸化アルミニウムを用いることができ、これらの2種以上を併用してもよい。体質顔料は、多量に含有させると被印刷体への着色剤の定着を阻害したり、印刷機の非使用後の印刷性能に支障をきたす恐れがあるため、10質量%以下の範囲で含有させることが好ましく、より好ましくは5質量%以下である。
【0018】
界面活性剤は、油中水型エマルションを構成するために用いられ、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤、非イオン界面活性剤のいずれを用いてもよい。このうち、油中水型エマルションの乳化性や保存安定性の観点から、非イオン界面活性剤を用いることが好ましい。具体的には、ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノパルミテート、ソルビタンモノオレエート、ソルビタンセスキオレエート、ソルビタンモノイソステアレート等のソルビタン脂肪酸エステル、グリセリルモノステアレート、ヘキサグリセリルテトラオレエート、デカグリセリルデカオレエート、ヘキサグリセリルペンタオレエート等の(ポリ)グリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビット脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、(ポリ)エチレングリコール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン(硬化)ヒマシ油等を好ましく挙げることができる。上記界面活性剤は、単独で用いてもよいし、二種類以上を適宜組み合わせて用いることもできる。界面活性剤の含有量は、インク全質量に対して0.1〜10質量%であることが好ましく、1〜5質量%であることがより好ましい。
【0019】
樹脂はインクに粘度を付与し、エマルションの安定性を向上させるもので、油相に溶解するものが用いられる。樹脂を含ませることにより、カーボンブラック、その他の顔料や体質顔料の顔料分散性、紙への定着性、転写汚れの抑制を向上させることができる。樹脂としては、たとえば、ロジン、ギルソナイト、ロジンエステル、マレイン酸樹脂、フェノール樹脂、アルキド樹脂、石油樹脂、アクリル樹脂、アミノ樹脂、ウレタン樹脂、セルロース樹脂、天然ゴム誘導体樹脂等を好ましく用いることができ、アルキド樹脂、フェノール樹脂をより好ましく用いることができる。また、アルキド樹脂またはロジン変性樹脂とアルミニウムキレート化合物またはアルミニウムアルコラートとの反応生成物も、好ましく用いることができる。樹脂の含有量は、インク全質量に対して1〜20質量%であることが好ましく、3〜15質量%であることがより好ましい。
【0020】
油成分としては、各種工業用溶剤、モーター油、ギヤー油、軽油、灯油、スピンドル油、マシン油、流動パラフィン等の鉱物油、オリーブ油、ナタネ油、アマニ油、ヒマシ油、サラダ油、大豆油等の植物油のほか、合成油等を用いることもできる。油成分としては、印刷機の長期未使用後の印刷性能を高める等の目的のため、揮発性の異なる油を複数種混合して用いることが好ましい。油成分の含有量は、インク全質量に対して1〜50質量%であることが好ましく、3〜20質量%であることがより好ましい。
【0021】
本発明で用いられる顔料分散剤としては、水酸基含有カルボン酸エステル、長鎖ポリアミノアマイドと高分子量酸エステルの塩、高分子量ポリカルボン酸の塩、長鎖ポリアミノアマイドと極性酸エステルの塩、高分子量不飽和酸エステル、高分子共重合物、変性ポリウレタン、変性ポリアクリレート、ポリエーテルエステル型アニオン系活性剤、ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物塩、芳香族スルホン酸ホルマリン縮合物塩、ポリオキシエチレンアルキルリン酸エステル、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、ポリエステルポリアミン、ステアリルアミンアセテート等を用いることができ、中でも主鎖にポリアミド構造を有し、側鎖にポリエステル構造を有した櫛型のポリマーが好ましい。顔料分散剤の含有量は、インク全質量に対して0〜10質量%であることが好ましく、0.1〜5質量%であることがより好ましい。
油相中には、必要に応じて、ゲル化剤、酸化防止剤等の公知の成分を適宜含ませることができる。
【0022】
本発明のインクは、公知の方法で調製することができる。例えば油相は、公知の分散機で顔料を溶剤に分散した後、さらに溶剤で希釈し、その際その他の油相成分を添加して調製することができる。希釈には、それ自体公知の撹拌機を使用することができる。水相は、水相の成分を、撹拌機により水に混合・溶解することにより調製することができる。そして、公知の乳化機を使用し、攪拌下の油相中に水相を滴下することにより、油中水型のエマルションインクを得ることができる。これらの分散、稀釈、乳化等を行うにあたって採用される条件等は、適宜選択することができる。
以下に本発明のインクの実施例を示す。
【実施例】
【0023】
(インクの調製)
下記表1に示す配合(表1に示す数値は質量部である)により、以下の手順に従い、各実施例、比較例のインクを調製した。まず、色材、樹脂成分としてアルキド樹脂(ハリマ化成株式会社製)、溶剤としてAFソルベント6号(新日本石油株式会社製)、乳化剤としてソルビタンモノオレートを混合し、三本ロールで充分に分散した。この油相中に、各添加物と媒晶剤(各添加物、媒晶剤はいずれも関東化学株式会社製)を混合した水相混合溶液を徐々に滴下し、攪拌翼を回転させて乳化を行い、油中水型孔版印刷用エマルションインクを得た。
【0024】
(評価)
理想科学工業株式会社製印刷機RZ570に各インクを充填し、23℃50%の環境で1週間印刷ドラムを放置した後、下記の項目について次のようにそれぞれ評価した。
【0025】
(1週間放置後のインク粘度変化率)
1週間放置後の印刷ドラム版胴内面に付着したインクを掻き取り、粘度計で粘度を測定し、放置後粘度/初期粘度×100で初期値からの粘度変化率を算出した。
【0026】
(1週間放置後のインク中析出物の最大長)
1週間放置後の印刷ドラム版胴内面に付着したインクを0.1g掻き取り、溶剤(AFソルベント6号)で10倍に希釈した希釈体を光学顕微鏡で観察し、析出物の最大長を計測した。
【0027】
(放置後の印面復帰性)
1週間放置後の印刷ドラムを印刷機RZ570にセットして製版印刷し、印刷物の20枚目の印刷物の画像形成状態を目視により次のように評価した。
○:印面全体がきれいに再現される
×:印面の一部でインクが出ない
【0028】
(放置後の印刷物細字再現性)
1週間放置後の印刷ドラムを印刷機RZ570にセットして製版印刷し、印刷物の20枚目の印刷物の画像形成状態を目視により次にように評価した。
○:細字がつぶれない
×:細字がつぶれる
【0029】
(放置後の印刷物乾燥性)
1週間放置後の印刷ドラムを印刷機RZ570にセットして製版印刷し、印刷物の20枚目の印刷物の乾燥性を印刷30秒後にベタ部を指で触り次のように評価した。
○:指にインクがほとんど付着しない
△:指にインクが付着する
×:指にインクが大量に付着する
実施例および比較例のインクの処方とともに、上記の評価項目により評価した結果を表1に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
表1から明らかなように実施例1〜7の本発明のインクでは、媒晶剤を有していない比較例1〜3のインクに比べて、1週間放置後のインク中析出物の最大長が、1/60〜1/4と析出物の大きさが小さくなっており、放置後の印面復帰、放置後の印刷物細字再現性の評価から目詰まりが抑制されていることがわかる。一方、水相に水蒸発防止剤を添加していない比較例4では1週間放置後のインク粘度変化率が非常に大きく、インクの粘度上昇に起因して放置後の印刷物細字再現性は劣るものとなった。また、水相に水蒸発防止剤として多価アルコールであるグリセリンを添加した比較例5では、放置後のインク粘度変化率が大きく、印刷物細字再現性が劣る上、印刷物の乾燥性は劣るものとなった。
【0032】
以上の実施例から明らかなように、本発明の油中水型孔版印刷用エマルションインクは、水相に、この水相に含まれる水溶性固形分に対する媒晶剤が少なくとも1種類以上添加されているので、水溶性固形分に対する媒晶剤によって析出する水溶性固形分の結晶形状を変化させることができ、水相成分の蒸発により水溶性固形分が析出しても、目詰まりをひき起こさないようにすることが可能であり、長期放置後の目詰まりを抑制することができ、加えて、多価アルコールを多用することによる印面の乾燥性の悪化を改善することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油相および水相からなる油中水型孔版印刷用エマルションインクにおいて、前記水相に、該水相に含まれる水溶性固形分に対する媒晶剤が少なくとも1種類以上添加されていることを特徴とする油中水型孔版印刷用エマルションインク。
【請求項2】
前記水溶性固形分が尿素であって、前記媒晶剤が塩化アンモニウム、ポリビニルアルコールおよびグルコースの中から選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする請求項1記載の油中水型孔版印刷用エマルションインク。
【請求項3】
前記水溶性固形分が塩化ナトリウムであって、前記媒晶剤がフェロシアン化物または硼砂であることを特徴とする請求項1記載の油中水型孔版印刷用エマルションインク。

【公開番号】特開2011−63677(P2011−63677A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−214184(P2009−214184)
【出願日】平成21年9月16日(2009.9.16)
【出願人】(000250502)理想科学工業株式会社 (1,191)
【復代理人】
【識別番号】100111040
【弁理士】
【氏名又は名称】渋谷 淑子
【Fターム(参考)】