説明

治療用抗体に対する抗体を検出する方法およびキット

本発明は、免疫学および免疫学的診断法の分野に関する。さらに詳しくは、本発明は、治療用抗体による処置が行われる被験体における抗体形成の検出に関する。提供するものは、被験体における治療用抗体に対するIgG抗体の有無を判定する診断方法であって、以下のステップ:a)IgG抗体の定常領域に結合できる固体担体を得るステップ;b)治療用抗体に対するIgG抗体の有無を検査しようとする被験体からサンプルを単離するステップ;c)前記固体担体にIgG抗体を固定化するのに好適な条件下で前記担体を前記サンプルとインキュベートするステップ;d)前記固定化された抗体を前記治療用抗体の定常領域を欠損させ検出可能な標識にコンジュゲートした抗原性フラグメントと、前記固定化された抗体の少なくとも一部と前記抗原性フラグメントとの間で複合体形成が可能な条件下でインキュベートするステップを含み、前記インキュベーションは定常領域を欠損した非治療用抗体の非標識の抗原性フラグメントの存在下で行われる、診断方法である。さらに、そうした方法に使用するキットも提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫学および免疫学的診断法の分野に関する。さらに詳しくは、本発明は、治療用抗体により処置される被験体における抗体形成の検出に関する。
【背景技術】
【0002】
臨床使用が承認された治療用抗体の数は多く、増加しているが、さらに多くの治療用抗体についてヒトの前臨床試験および臨床試験が行われている。その大半はモノクローナル抗体(mAb:monoclonal antibody)、キメラもしくは「ヒト化」抗体またはこれらのフラグメントである。少なくとも約20種の治療用抗体が市販されており、現在臨床試験が行われているものは150種を超えている(非特許文献1、非特許文献2)。こうした治療剤の適応は多岐にわたり、たとえば、臓器移植(OKT3(登録商標)、Orthoclone(登録商標)、Simulect(登録商標)、Zenapax(登録商標))、腫瘍(Rituxan(登録商標)、Panorex(登録商標)、Herceptin(登録商標)、Mylotarg(登録商標)、Campath(登録商標)、Zevalin(登録商標)、Bexxar(登録商標)、Erbitux(登録商標)、Avastin(登録商標)、HuMax−CD4(登録商標))、感染症(Synagis(登録商標))、炎症および自己免疫疾患(Remicade(登録商標)、Humira(登録商標)、Amevive(登録商標)、Enbrel(登録商標))、多発性硬化症(Tysabri(登録商標))およびアレルギー性喘息(Xolair(登録商標)))が挙げられる。こうした薬剤の治療活性には、たとえば、標的細胞におけるシグナル伝達イベントの阻害、アポトーシスの直接誘導のほか、間接的な免疫機構など様々な作用機序が関与する場合がある。
【0003】
関節リウマチ(RA:rheumatoid arthritis)の臨床試験により、サイトカイン腫瘍壊死因子α(TNF−α:tumor necrosis factor α)に対する抗体(アダリムマブ[Humira(登録商標)]、インフリキシマブ[Remicade(登録商標)])が、疾患修飾性抗リウマチ薬、メトトレキサートまたはステロイド治療薬による古典的な処置で効果が得られない大部分の患者に非常に有益であることが明らかになっている。インフリキシマブにはこうした抗炎症作用があるため、クローン病および強直性脊椎炎(AS:ankylosing spondylitis)など他の炎症性疾患にも使用され、RAの場合と同様の有効性が認められている。
【0004】
しかしながら、治療用抗体(TA:therapeutic antibody)による処置では、投与した治療用抗体に対する抗体(ATA:antibody against the therapeutic antibody)が形成される場合がある。これが望ましくない副作用を起こし、処置の有効性を低下させる恐れもある。たとえば、インフリキシマブの場合、注入反応に関連しているこうした抗体が患者の7〜19%で認められており、インフリキシマブを反復投与すると、その作用持続時間が抗体により短縮される恐れがある。ベアート(Baert)ら(非特許文献3)はクローン病の患者を対象にインフリキシマブに対する抗体と注入後のインフリキシマブ濃度との関係、インフリキシマブの臨床効果、および注入に関係した副作用を調査した。本発明者らは、インフリキシマブによる処置を受けたRA患者のほぼ半数で処置から1年以内に抗インフリキシマブ抗体が産生され、抗インフリキシマブ抗体の産生が処置に対する応答の低下に関連していることを報告した(非特許文献4)。
【0005】
治療用抗体の抗原性は様々な種類の治療用抗体に観察されており、ヒト化の程度に左右されないことが明らかになった。抗原性は、マウスのIgG1およびIgG2a抗体のほか、IgG1キメラ抗体およびヒト化IgG1抗体でも観察される場合がある。治療用抗体に対する自己抗体の出現率は個々の治療薬によって大きく異なり、マウスのIgG1抗体OKT3(登録商標)の約80%およびIgG1キメラ抗体Remicade(登録商標)の10〜57%から、IgG1キメラ抗体Simulect(登録商標)またはヒト化IgG1抗体Campath(登録商標)の2%未満など多岐にわたる(非特許文献5)。
【0006】
治療用抗体を含むほぼすべての治療用タンパク質はある程度の抗体反応を惹起し、場合によっては、重篤な副作用および治療反応性の低下を来す恐れがある。後者については、用量を調製することで少なくともある程度対処することができる。たとえば、処置に対して不十分な反応を示す、抗インフリキシマブ抗体を持つ患者の一部では、インフリキシマブの投与量を増やして処置を継続すると、治療用抗体に対する抗体のレベルが低下することが明らかになった(非特許文献4)。
【0007】
このため、治療用抗体は広く使用されているとはいえ、この分野における主な問題の1つは、治療の有効性を阻害することを主に疾患の兆候および症状の再発を観察することで判定し、その結果用量を増量したり、または処置を終了したりしなければならない抗治療用抗体の発現の可能性である。
【0008】
治療用抗体の免疫原性の可能性は臨床医の関心事であり、確立された療法による処置および臨床試験の際に、治療用抗体に対して発現する抗体を適切に検出および定量化する必要がある。
【0009】
治療用抗体の処置を受けている患者において抗治療用抗体(ATA)の存在をモニターする現在の方法は通常、酵素免疫測定法(ELISA:enzyme−linked immunosorbent assay)(セントコア(Centocor)標準操作手順)を用いた手法である。しかしながら、特にこのフォーマットによる抗体に対する抗体の試験では非特異的結合が起こりやすい。そのため、こうしたELISAの主な問題は、バックグラウンドシグナルが比較的高い可能性があることである。さらに、固定化したTAを用いてATAを捕捉する場合、患者の血清中でFc−Fc相互作用によりTAに対する非ATAの望ましくない結合が起こることがある。特に、IgG4抗体および「リウマ因子」(IgM、IgG、IgA)は、バックグラウンド値が高い。こうした問題は、ATAの捕捉に治療用モノクローナル抗体のF(ab’)2フラグメントしか使用しないELISAフォーマットでは認められない。一方、このアッセイの欠点は、健常対照の血清かTA処置を受けている患者の血清かに関わらず、任意の血清に、固定化したF(ab’)2の性質に関係なくF(ab’)2に結合するIgG抗体が含まれている可能性があるため、やはりバックグラウンドシグナルが高くなる点である。
【0010】
上記の観点から、本発明の目的は、ATA産生の、信頼性が高く高感度な検出を可能にする改良された診断検査を提供することにある。特に、本発明はATA診断アッセイにおける偽陽性結果を防ぐ、または最小限に抑えることを目的とする。
【0011】
こうした目的は、抗原特異的IgG抗体の有無を判定する診断法として応用できるラジオイムノアッセイを用いることで達成できることが明らかになった。「抗原結合試験」(非特許文献6)と呼ばれるこの種の試験は、IgG抗体の定常領域に結合できる固体担体の使用をもとに、以下のステップ:
a)IgG抗体の定常領域に結合できる固体担体を得るステップ、
b)治療用抗体に対するIgG抗体の有無を検査しようとする被験体からサンプルを単離するステップ、
c)前記固体担体にIgG抗体を固定化するのに好適な条件下で前記担体を前記サンプル(たとえば、患者の血清サンプル)とインキュベートし、通常続いて非結合血清成分を除去するため1回または複数回の洗浄ステップを行うステップ、
d)前記固定化された抗体の少なくとも一部と抗原性フラグメントとの間で複合体形成が可能な条件下で、前記固定化された抗体を前記治療用抗体の定常領域を欠損させ検出可能な標識にコンジュゲートした前記抗原性フラグメントと接触させ;前記接触は非治療用抗体の非標識の抗原性フラグメントの存在下で)行い、洗浄ステップの後、非結合標識フラグメントを除去するステップ、および
e)サンプル中の複合体内の検出可能な標識の量を検出して治療用抗体に対するIgG抗体の有無を明らかにするステップ
を含む。
【0012】
全サブクラスに結合する固定化した抗IgG試薬を用いて、TAに対する総IgGの応答を検査する場合、ステップc)およびd)をまとめてもよい
【0013】
このアッセイフォーマットでは、「真の」ATAだけでなく、フラグメントの特異性に関係なく抗原性フラグメントに反応性を示すもの、たとえば、「偽の」ATAとして現れるF(ab’)2フラグメントなど、関連するIgG型の抗体も捕捉され、固定化される。しかしながら、本アッセイでは、非標識の競合フラグメントが存在することでその後の「偽の」ATAに対する標識抗原性フラグメントの結合が大きく減少する。
【0014】
このため、本発明の方法は、様々なIgG型ATAの存在のモニタリングおよび定量化に使用することができる。一般的に言えば、治療用抗体に対するIgG抗体の大部分はIgG4および/またはIgG1型抗体である。原則として、この検査フォーマットを用いれば、固相上に固定化した抗体捕捉成分の種類に応じて全免疫グロブリンクラスの特異的抗体を検査できる点に留意されたい。
【0015】
本方法のステップa)は、IgG抗体の定常領域に結合できる固体担体の使用を含む。固体担体としては、たとえば、アガロース、セルロース、デキストラン、セファデックス、セファロース、カルボキシメチルセルロース、ポリスチレン、濾紙、イオン交換樹脂、プラスチック、ガラス、ナイロン、絹などが挙げられる。担体は、たとえば、シート、チューブ、試験板、ビーズ、ディスク、球および同種のものの形であってもよい。
【0016】
IgG抗体の定常領域(Fc)に結合できる材料は当該技術分野において公知である。こうした材料として、プロテインA、プロテインG、ならびにモノクローナル抗体、ポリクローナル抗体および一本鎖組換え抗体などのIgGに対する抗体が挙げられる。IgG結合材料は、たとえば、化学的カップリングまたは酵素カップリングなど任意の好適な手段により固体担体に結合することができる。
【0017】
典型的な一実施形態では、固体担体はセファロース結合プロテインAまたはプロテインGを含む担体であり、どちらの担体もプロテインAセファロースまたはプロテインGセファロースとして市販されている。採取するサンプルは一般に、標準的な技法により被験体の血液サンプルから調製できる血清サンプルなどの抗体(その一部はATAであってもよい)を含む生物学的液体である。
【0018】
一部の血清サンプルにはF(ab’)2抗体に非特異的に(したがって標識抗原フラグメントにも)結合するIgG抗体が含まれるため、偽陽性の検査結果が出ることが観察されている。
【0019】
ステップb)では、検査対象の被験体、通常はTA治療を受けている患者またはTAの臨床試験に参加している被験者から単離したサンプルの調製を行う。採取するサンプルは一般に、標準的な技法により被験体の血液サンプルから調製できる血清サンプルなどの抗体(その一部はATAであってもよい)を含む生物学的液体である。
【0020】
ステップc)では、ステップa)で調製したIgG結合担体をステップb)で調製したサンプルの少なくとも一部と、前記固体担体上にIgG抗体を固定化できる条件下でインキュベートする。当業者であれば、好適な条件、さらには回避すべき条件も分かるであろう。たとえば、塩濃度が高い、および/またはpH値が極端な場合、抗体とIgG結合固体担体との間の相互作用を妨害する恐れがある。インキュベーションは、たとえば、7.2〜7.6のpH範囲で1種または複数種の塩を含む緩衝液、リン酸塩緩衝生理食塩水(PBS:phosphate−buffered saline)、0.2%(v/v)Tween;0.01M EDTA、NaN3(0.05%(w/v);0.3%BSA;(PBS−AT)などの緩衝液中で行うのが好ましい。インキュベーションは様々な温度および様々な時間で行ってもよい。好適な温度範囲は、たとえば、約4℃から室温前後である。インキュベーションは一般に、IgG抗体が固体担体上に固定化できるように数時間、たとえば、2〜48時間かけて行う。この反応混合物については、たとえば、固体担体とサンプルとの混合が十分行われるようにローテーターを用いて撹拌しながらインキュベートしてもよい。
【0021】
当業者であれば理解するように、適切な検査結果を得るには固相の結合能が十分であることが重要である。インキュベートしようとする担体および検査用サンプルの相対量は、たとえば、サンプルの種類および/または使用する担体に応じて異なってもよい。一実施形態では、1/50希釈の血清サンプル50μlを総容量750μlに溶かしたアガロース固定化プロテインA1mgと接触させる。別の実施形態では、1/50希釈の血清サンプルサンプル50μlを1mg/mlの担体、たとえば、IgG4に対するセファロース結合抗体の懸濁液0.5mlと接触させる。
【0022】
本発明によるアッセイのステップd)では、一部がATAであってもよいIgG抗体を固体担体上に固定化した後、固定化した抗体を目的の治療用抗体の抗原性フラグメントとインキュベートする。前記フラグメントは定常領域を欠損させ検出可能な標識にコンジュゲートしてある。言い換えれば、ATAの産生を引き起こした可能性がある治療用抗体の標識抗原性フラグメントであって、容易に検出できるが、ステップa)で調製した固体担体にまだ結合できないフラグメントを使用する。標識抗原性フラグメントは固定化したATAにより認識され、これに結合することができる。この場合も、前記固定化された抗体の少なくとも一部と前記標識抗原性フラグメントとの複合体形成が可能な条件を用いる。
【0023】
ステップe)では、固定化した抗体と抗原性フラグメントとの間で形成された複合体中の検出可能な標識の量を検出し、サンプル中の治療用抗体に対するIgG抗体の有無を明らかにする。このため、ステップe)で固体担体に特異的に結合する標識抗原性フラグメントの量を検出すれば、最初からサンプル中に存在するATAの量が示唆される。
【0024】
本発明の一実施形態によれば、無関係なF(ab’)2の存在下でのインキュベーションの特徴は、偽陽性と考えられるアッセイ結果が減少する点にある。非標識の抗原性フラグメントは定常領域が欠損しており、IgG結合固体担体に直接結合することができない。非治療用抗体の非標識の抗原性フラグメントは、抗原性フラグメントの特異性と関係なく抗原性フラグメントと非特異的に反応できる固定化したIgG抗体と標識フラグメントとの結合を最小限にとどめ、あるいは防止まででき、したがってATAと見なされることはない。好ましい実施形態では、前記標識および/または非標識の抗原性フラグメントは無関係なF(ab’)2フラグメントである。
【0025】
定常領域を欠損した標識抗原性フラグメントについては、確立した手順に従って目的の治療用抗体をプロテアーゼ処理することで好適に作製する。たとえば、エラスターゼ、トリプシン、フィシン、ペプシンまたはパパインを用いれば、定常領域を除去し、抗原結合フラグメントを分離することができる。
【0026】
抗体からF(ab’)2フラグメントを調製する際はペプシンが繁用される。F(ab’)2フラグメントの作製には、ヒンジ領域に近い重鎖を切断するペプシンでIgGを消化する。ヒンジ領域で重鎖を連結する1つまたは複数のジスルフィド結合は維持されているため、抗体の2つのFab領域は共に連結されたままであり、(2つの抗体結合部位を含む)二価の分子が生成され、このためF(ab’)2と呼ばれる。軽鎖は無傷のままで重鎖に結合している。Fcフラグメントについては、小さいペプチドに消化される。抗体の消化および抗体フラグメントの精製のプロトコルは(非特許文献7)で確認することができる。
【0027】
抗原結合活性を保持したF(ab’)2フラグメントとして抗体を消化するには市販のキットが入手可能である。プロテアーゼのフィシンは、F(ab’)2フラグメントをマウスのIgG1から作製するのに特に好適であることが明らかになった(非特許文献8)。
【0028】
固定化したATAの検出を可能にするには、TAの抗原性フラグメントに少なくとも1つの検出可能な標識をつける。好適な標識であればどのようなタイプを用いてもよい。一実施形態では、抗原性フラグメントに、放射性標識(たとえば、125I)、蛍光化学物質(たとえば、ユウロピウムクリプテート)、比色標識および酵素標識(たとえば、西洋わさびペルオキシダーゼ)からなる群から選択される標識をつける。
【0029】
標識は、標準的な手順により抗原性フラグメントにコンジュゲートすることができる。たとえば、クロラミンT法によりFabまたはF(ab’)2フラグメントを直接放射性ヨウ素化することができる(非特許文献9)。
【0030】
上記から明らかなように本発明の方法では、非治療用抗体の非標識の抗原性フラグメントが、固定化した抗体への結合に際してTAの標識フラグメントの「競合物質」として働く。競合物質は、たとえば、IgG抗体を含む組成物のプロテアーゼ処理により得られるモノクローナル由来のF(ab’)2フラグメントでも、またはポリクローナル由来のF(ab’)2フラグメントでもよい。競合フラグメントの調製に好適なIgG含有組成物に静注用免疫グロブリン(IVIG(IntraVenous Immunoglobulin)、サンクイン(Sanquin)、オランダ)がある。IVIGは、ヒト成人血液中に通常存在する抗体を含む、市販の血漿由来のグロブリン溶液である。IVIGは多種多様な自己免疫障害に使用されており、大部分のIVIGは、複数の血液ドナーに由来するプールしたヒト血漿から製造される。IVIGは通常、免疫シグナル伝達が正常に機能する未変性IgGを95パーセント超含み、微量のIgAおよびIgM、サイトカイン、可溶性補体およびHLA分子も含む。
【0031】
有用なプロテアーゼとしてはやはり、エラスターゼ、トリプシン、ペプシンおよびパパインが挙げられる。ただし、好ましい実施形態では、非標識の抗原「競合物質」フラグメントを得るのに使用するプロテアーゼは、治療用抗体の標識抗原性フラグメントの作製に使用するのと同じプロテアーゼである。プロテアーゼ処理が類似しているため、類似の非標識フラグメントが、抗体による標識フラグメントの非特異的認識(偽陽性シグナルの原因)を効果的に阻止する可能性が高い。
【0032】
当業者であれば、本発明を、どのような種類の治療用抗体の抗体検出にも応用できることを理解するであろう。そうした抗体の大部分はモノクローナル抗体(mAb:monoclonal antibody)、キメラもしくは「ヒト化」抗体またはこれらのフラグメントである。治療用抗体は、たとえば、抗癌抗体または抗炎症抗体である。たとえば、治療用抗体は関節リウマチ(RA)、クローン病、川崎症候群、アレルギー性障害などの(自己)免疫疾患の処置に使用される。
【0033】
特定の態様では、被験体における治療用抗TNFα抗体に対するIgG抗体の有無を判定する診断方法であって、以下のステップ;
a)IgG抗体の定常領域に結合できる固体担体を得るステップ、
b)治療用抗体の抗TNFα抗体に対するIgG抗体の有無を検査しようとする被験体、たとえば、RAに罹患してインフリキシマブまたは類似の治療用抗体を投与されている患者からサンプルを単離するステップ;
c)前記固体担体にIgG抗体を固定化するのに好適な条件下で前記担体を前記検査用サンプルとインキュベートするステップ、
d)前記固定化された抗体を、定常領域を欠損させ検出可能な標識にコンジュゲートした抗TNFα抗体の抗原性フラグメント、たとえば、ペプシン処理した125I標識インフリキシマブとインキュベートし;前記インキュベーションを、定常領域を欠損した非治療用抗体の非標識の抗原性フラグメント(無関係なF(ab’)2フラグメント)、たとえば、ペプシン処理したIVIGの存在下で行うステップ;および
c)複合体内の125Iの量を検出してサンプル中の治療用抗体の抗TNFα抗体に対するIgG抗体の有無を明らかにするステップ
を含む方法を提供する。
【0034】
本発明はまた、本発明による方法に使用される診断キットであって、少なくとも治療用抗体の標識抗原性フラグメントおよび非治療用抗体の非標識F(ab’)2フラグメントを含むことを特徴とする、キットも提供する。
【0035】
治療用抗体の標識抗原性フラグメントおよび非治療用抗体の前記非標識の抗原性フラグメントは(たとえば、緩衝塩と共に凍結乾燥して)単一容器に入っていてもよい。一実施形態では、キットは、0.2%(v/v)Tween;0.01M EDTA、NaN3(0.05%(w/v);0.3%BSAおよびIVIG−F(ab’)2(10μg/ml)を含有する緩衝液を含む。
【0036】
キットは、たとえば、好ましくはプロテインA、プロテインG、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体およびIgGに対する一本鎖組換え抗体からなる群から選択される少なくとも1つのIgG結合成分がついたビーズ、ペーパーまたはプラスチック面などIgG抗体の定常領域に結合できる固体担体をさらに含んでもよい。一実施形態では、キットは、セファロース結合プロテインA、プロテインGまたはIgG4に対するセファロース結合抗体の懸濁液を含む。
【0037】
一実施形態では、キット内の非治療用抗体の非標識の抗原性フラグメントは、任意に精製されたIgG(たとえば、IVIG)をプロテアーゼ処理して得られるモノクローナル由来のF(ab’)2フラグメントでも、またはポリクローナル由来のF(ab’)2フラグメントでもよい 前述のとおり、抗原性フラグメントは(非)治療用抗体をプロテアーゼ処理することで容易に得ることができる。好適なプロテアーゼとしてはエラスターゼ、トリプシン、ペプシンおよびパパインがあり、一層好ましくはペプシンがある。診断キットに含まれる治療用抗体の標識抗原性フラグメントおよび非治療用抗体の非標識の抗原性フラグメントは同一のプロテアーゼ処理により調製されていると都合がよい場合がある。
【0038】
キット内の治療用抗体のフラグメントは、対象となる任意の治療用抗体、すなわち、患者において抗体の形成を誘導すると思われるか、またはそれが分かっている治療用抗体のフラグメントであればよい。提供するある診断キットは、被験体における治療用抗体に対するIgG(4)抗体の有無を判定するキットであって、前記治療用抗体が抗癌抗体または抗炎症抗体である、キットである。
【0039】
キットの他の構成要素としては、陽性対照サンプル、陰性対照、希釈用緩衝液、使用説明書からなる群から選択される1つまたは複数の構成要素(単数または複数)がある。陽性および陰性対照サンプルは好適に用いて、アッセイが適切に行われていることを確認する。また、対照サンプルは検出シグナルを、たとえば、AU/mlまたはμg ATA/ml血清など(非)任意単位に変換するのに役立つ場合がある。
【0040】
さらに、本明細書は、治療用抗体による被験体の処置を最適化するための本発明による方法および/またはキットの使用も提供する。最適化は臨床または実験現場で行ってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明によるアッセイにより、HACA(インフリキシマブに対する抗体)陰性であることが分かっている供血者サンプルを用いてHACAの有無を検出した際に得られた結果である。白抜きのバーは、競合物質として無関係なF(ab’)2を含まない対照インキュベーション緩衝液により得られたデータを表す。黒塗りのバーは、IVIGのF(ab’)2の存在下でアッセイを行った際のデータを表す。Y軸は125I放射能標識F(ab’)2フラグメントの結合量を示し、HACAの存在を示唆する。詳細については実施例1を参照されたい。
【図2】アダリムマブによる処置を受けた患者A〜Mの血清サンプルについてHAHA(アダリムマブに対する抗体)を検査したものである。患者K、LおよびMと異なり、患者A〜Jでは臨床的異常が示されなかった。白抜きのバーは、競合物質として無関係なF(ab’)2を含まない対照インキュベーション緩衝液により得られたデータを表す。黒塗りのバーは、IVIGのF(ab’)2の存在下でアッセイを行った際のデータを表す。Y軸は125I放射能標識F(ab’)2フラグメントの結合量を示し、HAHAの存在を示唆する。詳細については実施例1を参照されたい。
【実施例】
【0042】
以下、実施例によって本発明を例証する。
【実施例1】
【0043】
プロトコル
・50μlの血清希釈液(PBS−ATで1/50)を500μlのプロテインAセファロース懸濁液(PBS−AT中に2mg/ml)とローテーターにより4mlチューブ内で16時間インキュベートする。
・セハロースを遠沈させて非結合の血清成分を洗い流し、上清を除去する(5回)
・50μlの125I放射能標識F(ab’)2フラグメント(PBS−AT中の放射能標識タンパク質約1ngに相当)を加え、続いて本発明による500μlのインキュベーション緩衝液(PBS−AT、10μgのIVIG F(ab’)2/ml)を加える。このチューブをローテーターにより一晩インキュベートする
・セファロースを遠沈させて非結合の放射能標識を洗い流し、上清を除去する(5回)
・放射能標識の結合をγカウンティングで測定し、段階希釈した標準品を用いて検査結果を定量する
【0044】
結果
HACA(インフリキシマブに対する抗体)またはHAHA(アダリムマブに対する抗体)を検出するアッセイにより本発明の方法を評価した。
【0045】
図1は、本発明によるアッセイを用いてHACAの有無を検出した際の結果を示す。白抜きのバーは、競合物質として無関係なF(ab’)2を含まない対照インキュベーション緩衝液により得られたデータを表す。9つの血清のうち3つは誤ってHACA陽性(>1%結合)と見なされたと考えられる。黒塗りのバーは、IVIG F(ab’)2の存在下でアッセイを行った際にドナーにおける偽陽性結果が減少したことを示す。
【0046】
アダリムマブによる処置を受けた患者の血清サンプルのHAHAを検査した際も同様の現象が観察された(図2を参照)。いくつかのサンプルは競合フラグメントの非存在下で明確な陽性結果を示す一方で、こうした患者は臨床的異常を示さない(A、C、D)。典型的な患者(K、L、M)は、本発明により検査した際、明確な陽性結果を示す。
【0047】
結論:
定常領域を欠損した非治療用抗体の非標識の抗原性フラグメントの存在下でのHACAおよびHACAなどのATA.の検査では、免疫原性試験の信頼性が大きく向上する。
【実施例2】
【0048】
試験用キットの組成
試験用キットは、対象となる治療用モノクローナル抗体由来の標識F(ab’)2フラグメントのほか、対象となる治療用抗体と同じ抗体クラス、一般にIgG由来の無関係な抗体を調製して得られるF(ab’)2フラグメントを含む。キットはこれ以外に、目的の血清抗体を捕獲できる固定化試薬および洗浄緩衝液を含んでいてもよい。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0049】
【非特許文献1】ホリガー(Holliger)ら著(2005年)、ネイチャーバイオテクノロジー(Nature Biotechnology)、第23巻:p.1126−1136
【非特許文献2】タイルロード(Theillaud)著(2005年)、エキスパートオピニオンオンバイオロジカルセラピー(Expert Opinion on Biological Therapy)、第5巻(補巻1):S15−S27
【非特許文献3】ベアートら著(2003年)ザニューイングランドジャーナルオブメディシン(The New England Journal of Medicine)第348巻:p.601
【非特許文献4】ウォルビンク(Wolbink)ら著(2006年)、アースライティス&リューマティズム(Arthritis & Rheumatism)、第54巻、No.3、p.711−715
【非特許文献5】カレントファーマシューティカルバイオテクノロジー(Current Pharmaceutical Biotechnology)第3巻、p.349−360、2002年
【非特許文献6】アールバース(Aalberse)ら著(1983年)ザジャーナルオブイムノロジー(The Journal of Immunology)1983年;第130巻:p.722−6
【非特許文献7】抗体:実験マニュアル(Antibodies: A Laboratory Manual)、E.ハーロー(Harlow)およびD.レーン(Lane)編、コールドスプリングハーバー研究所(Cold Spring Harbor Laboratory)、コールドスプリングハーバー、N.Y.、1988年(A2926)
【非特許文献8】マリアニ(Mariani),M.ら著(1991年)。モレキュラーイムノロジー(Molecular Immunology)第28巻、p.69−77
【非特許文献9】アラノ(Arano)ら著(1996年)バイオコンジュゲートケミストリー(Bioconjugate Chemistry)、第7巻:p.628−637

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体における治療用抗体に対するIgG抗体の有無を判定する診断方法であって、以下のステップ:
a)IgG抗体の定常領域(Fc)に結合できる固体担体を得るステップ、
b)治療用抗体に対するIgG抗体の有無を検査しようとする被験体からサンプルを単離するステップ、
c)前記固体担体にIgG抗体を固定化するのに好適な条件下で前記担体を前記サンプルとインキュベートするステップ;
d)前記固定化された抗体を、前記治療用抗体の定常領域を欠損させ検出可能な標識にコンジュゲートした抗原性フラグメントと、前記固定化された抗体の少なくとも一部と前記抗原性フラグメントとの間で複合体形成が可能な条件下でインキュベートするステップであって;
前記インキュベーションは定常領域を欠損した非治療用抗体の非標識の抗原性フラグメントの存在下で行われる、ステップおよび
e)前記複合体内の検出可能な標識の量を検出して前記サンプル中の治療用抗体に対するIgG抗体の有無を明らかにするステップ
を含む方法。
【請求項2】
治療用抗体に対する前記IgG抗体はIgG4および/またはIgG1抗体である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記固体担体はセファロースビーズまたは磁性ビーズなどのビーズ、ペーパーまたはプラスチック面である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記固体担体はプロテインA、プロテインG、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体およびIgGに対する一本鎖組換え抗体からなる群から選択される少なくとも1つのIgG結合成分を有する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記抗原性フラグメントはF(ab’)2フラグメントである、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記抗原性フラグメントは好ましくはエラスターゼ、トリプシン、ペプシンおよびパパイン、一層好ましくはペプシンから選択されるプロテアーゼによる治療用抗体の処理により作製される、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記検出可能な標識は放射性標識、フルオロフォアまたは酵素である、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
非治療用抗体の前記非標識の抗原性フラグメントは、任意にIgGを含む組成物(IVIgまたはIgG含有血清)のプロテアーゼ処理により得られるモノクローナル由来のF(ab)2フラグメントまたはポリクローナル由来のF(ab)2フラグメントである、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記プロテアーゼはエラスターゼ、トリプシン、ペプシンおよびパパインから選択され、好ましくは非標識の抗原性フラグメントを得るのに使用される前記プロテアーゼは前記治療用抗体の前記標識抗原性フラグメントの作製に使用された同じプロテアーゼである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記治療用抗体は抗癌抗体または抗炎症性抗体であり、好ましくは前記治療用抗体は抗TNFα抗体である、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記被験体は治療用抗体による処置を受けているか、または受けたことがあるヒト被験者、好ましくは癌または関節リウマチ(RA)、クローン病、川崎症候群などの(自己)免疫疾患またはアレルギー性障害に罹患しているヒト被験者である、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
先行する請求項のいずれか1項に記載の方法に使用される診断キットであって、前記キットは治療用抗体の標識抗原性フラグメントおよび非治療用抗体の非標識の抗原性フラグメントを含み、前記抗原性フラグメントは定常領域(Fc)を欠損している、キット。
【請求項13】
治療用抗体の前記標識抗原性フラグメントおよび非治療用抗体の前記非標識の抗原性フラグメントは単一容器に入っている、請求項12に記載のキット。
【請求項14】
IgG抗体の前記定常領域に結合できる固体担体をさらに含む、請求項12または13に記載のキット。
【請求項15】
前記固体担体はセファロースビーズまたは磁性ビーズなどのビーズ、ペーパーまたはプラスチック面である、請求項14に記載のキット。
【請求項16】
前記抗原性フラグメントは好ましくはエラスターゼ、トリプシン、ペプシンおよびパパイン、一層好ましくはペプシンから選択されるプロテアーゼによる治療用抗体の処理により作製される、請求項12〜15のいずれか1項に記載のキット。
【請求項17】
前記検出可能な標識は放射性標識、フルオロフォアまたは酵素である、請求項12〜16のいずれか1項に記載のキット。
【請求項18】
非治療用抗体の前記非標識の抗原性フラグメントは、任意にIgGを含む組成物(IVIgまたはIgG含有血清)のプロテアーゼ処理により得られるモノクローナル由来のF(ab)2フラグメントまたはポリクローナル由来のF(ab)2フラグメントである、請求項12〜17のいずれか1項に記載のキット。
【請求項19】
前記プロテアーゼはエラスターゼ、トリプシン、ペプシンおよびパパインから選択され、好ましくは非標識の抗原性フラグメントを得るのに使用される前記プロテアーゼは前記治療用抗体の前記標識抗原性フラグメントの作製に使用された同じプロテアーゼである、請求項18に記載のキット。
【請求項20】
前記治療用抗体は抗癌抗体または抗炎症性抗体であり、好ましくは前記治療用抗体は抗TNFα抗体である、請求項12〜19のいずれか1項に記載のキット。
【請求項21】
治療用抗体による被験体の処置を最適化するための、請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法または請求項12〜20のいずれか1項に記載のキットの使用。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2011−510291(P2011−510291A)
【公表日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−543069(P2010−543069)
【出願日】平成20年1月15日(2008.1.15)
【国際出願番号】PCT/NL2008/050028
【国際公開番号】WO2009/091240
【国際公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【出願人】(510194242)
【Fターム(参考)】