説明

活性化マクロファージ特異的細胞死誘導薬

【課題】敗血症などの難治な炎症疾患に有効な薬剤及びその用途を提供することを課題とする。
【解決手段】エンゴサクの成分の一つであるデヒドロコリダリンが活性化マクロファージ特異的に細胞死を誘導することが判明した。そこで本発明はデヒドロコリダリン又はその塩を有効成分として含有する活性化マクロファージ特異的細胞死誘導薬を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は薬剤に関する。詳しくは、活性化マクロファージに対して特異的に作用し細胞死を誘導する薬剤及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
敗血症や炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)では細菌の成分、特にリポ多糖体(lipopolysaccharide, 以下LPS)により異常に活性化したマクロファージが病態形成に深く関与している。これら疾患の治療には抗生剤や抗炎症剤が用いられているが、重症化した症例などでは十分な効果が得られていない。これまで様々な抗生剤が開発されているが耐性菌など発生により十分な効果を発揮できないことがあり、また菌交代現象などの副作用が問題となっている。炎症を制御する薬剤も多く開発されているが、これらはステロイド系薬剤と非ステロイド系薬剤に分類されている。ステロイド系薬剤は抗炎症作用以外に様々な薬理作用があり特異性に乏しく、長期使用によるクッシング症候群など多くの副作用を有することが欠点である。また非ステロイド系薬剤は主にCOXの作用を阻害することにより抗炎症作用を示すがその効果は十分ではなく、特に敗血症など重篤な炎症を伴う疾患に対しては用いることはない。更に消化性潰瘍を招くなどの副作用を有する。
【0003】
一方、伝統的な治療法には生薬(ハーブ)を利用したものが多い。生薬の成分は多岐に亘り、その構造も様々である(非特許文献1)。このような特徴をもつ生薬は薬剤候補の宝庫といえる。実際、いくつかの生薬成分が医薬の有効成分として同定され、利用されている。しかしながら、有効な生薬成分を特定するためには、所望の治療効果をもたらす活性を特定した上で当該活性の評価に適したスクリーニング系を構築する必要があることから、多種多様な生薬(ライブラリー)を入手できる状況下においても、特定の疾患や病態に対して有効な生薬成分を特定することは依然として困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−10764号公報
【特許文献2】特開2002−212074号公報
【特許文献3】特開2007−112738号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Bent S, Ko R (2004). Commonly used herbal medicines in the United States: a review. Am J Med 116: 478-485.
【非特許文献2】渡辺和夫、後藤義明、村上学、「応用薬理」、1974年、第8巻、第8号、1105-1113
【非特許文献3】荘司行伸、河島勝良、清水当尚、「日薬誌」、1974年、第70巻、425-437
【非特許文献4】Kubo M, Matsuda H, Tokuoka K, Ma S, Shiomoto H. Anti-inflammatory activities of methanolic extract and alkaloidal components from Corydalis tuber. Biol Pharm Bull 17: 262-265.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、敗血症などの難治な炎症疾患に有効な薬剤及びその用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
敗血症や炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)ではLPSにより異常に活性化したマクロファージが病態形成に深く関与している。本発明者らはこの活性化したマクロファージに対して特異的に細胞死を誘導し、活性化マクロファージを排除することで病態の改善を図るという、これまでにない治療戦略を立てた。この治療戦略の実現に必要な化合物を見つけるため、生薬の成分を中心にスクリーニングを行った。その結果、エンゴサクの成分であるデヒドロコリダリン(Dehydrocorydaline, 化合物名5,6-dihydro-2,3,9,10-tetramethoxy-13-methyl-dibenzo[a,g]quinolizinium, 図7参照)がLPSにより活性化したマクロファージに対して著しい細胞死を誘導することを発見した。その機序を検討した結果、活性化マクロファージではミトコンドリア膜電位の上昇が認められ、デヒドロコリダリンはこのミトコンドリア膜電位上昇を阻害することにより細胞内ATP量を欠乏させて細胞死を誘導することがわかった。一方、活性化していないマクロファージのミトコンドリア膜電位、細胞内ATP量及び細胞生存能に対してデヒドロコリダリンの作用は非常に軽度であった。以上の結果から、活性化マクロファージのミトコンドリア膜電位の上昇を阻害することが、活性化マクロファージ特異的に細胞死を誘導するための有効な手段となることが判明した。また、上記治療戦略に有効な化合物をスクリーニングする上でミトコンドリア膜電位上昇を阻害するか否かを指標にすることが有効であるとの知見が得られた。以下に列挙する発明は主として以上の成果に基づく。尚、デヒドロコリダリンが抗アレルギー作用、消化管運動賦活作用、胃液分泌抑制作用、抗腫瘍作用などを有することが報告されている(特許文献1〜3、非特許文献2、3を参照)。また、化合物起因炎症に対して有効であることも知られている(非特許文献4)。本発明者らが見出した、デヒドロコリダリンの新たな作用は「LPSにより活性化したマクロファージにおけるミトコンドリア膜電位の上昇を阻害して」細胞内ATP量を欠乏させるものであり(その結果、細胞死が誘導される)、過去に報告された上記作用とは一線を画する。
[1]デヒドロコリダリン又はその塩を有効成分として含有する、活性化マクロファージ特異的細胞死誘導薬。
[2]活性化マクロファージが、LPSにより活性化したマクロファージである、[1]に記載の活性化マクロファージ特異的細胞死誘導薬。
[3]LPSにより活性化したマクロファージが病態の形成に関与している疾患の治療薬である、[1]又は[2]に記載の活性化マクロファージ特異的細胞死誘導薬。
[4]疾患が敗血症、潰瘍性大腸炎又はクローン病である、[3]に記載の活性化マクロファージ特異的細胞死誘導薬。
[5]活性化マクロファージ特異的細胞死誘導薬を製造するための、デヒドロコリダリン又はその塩の使用。
[6]LPSにより活性化したマクロファージが病態の形成に関与している疾患の患者に対してデヒドロコリダリン又はその塩を治療上有効量投与するステップを含む治療法。
[7]疾患が敗血症、潰瘍性大腸炎又はクローン病である、[6]に記載の治療法。
[8]LPSによる、マクロファージのミトコンドリア膜電位上昇を阻害する活性を被験物質が示すか否かを調べることを特徴とする、活性化マクロファージ特異的細胞死誘導物質のスクリーニング方法。
[9]以下のステップ(1)〜(3)を含む、[8]に記載のスクリーニング方法:
(1)マクロファージをLPS存在下かつ被験物質存在下で培養するステップ;
(2)マクロファージのミトコンドリア膜電位を測定するステップ;及び
(3)測定結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、LPSによるミトコンドリア膜電位上昇の阻害が認められることが有効性(活性化マクロファージ特異的細胞死誘導)の指標となるステップ。
[10]LPS存在下かつ被験物質非存在下であること以外はステップ(1)と同一の条件下で培養したマクロファージ(コントロール群1)を用意し、該コントロール群1のミトコンドリア膜電位の測定結果を比較対象として用いてステップ(3)における有効性の判定を行う、[9]に記載のスクリーニング方法。
[11]LPS非存在下かつ被験物質非存在下であること以外はステップ(1)と同一の条件下で培養したマクロファージ(コントロール群2)と、LPS非存在下かつ被験物質存在下であること以外はステップ(1)と同一の条件下で培養したマクロファージ(コントロール群3)を用意し、該コントロール群2と該コントロール群3のミトコンドリア膜電位の測定結果を比較して非活性化マクロファージに対する被験物質の毒性も判定する、[9]又は[10]に記載のスクリーニング方法。
[12]コントロール群2の測定結果におけるミトコンドリア膜電位よりも、コントロール群3の測定結果におけるミトコンドリア膜電位の方が低い場合に被験物質は非特異的な細胞毒性を有すると判定する、[11]に記載のスクリーニング方法。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】LPSで活性化したRAW264細胞(マクロファージ由来培養細胞株)の細胞生存能(viability)に対するデヒドロコリダリンの効果。(A) 1μg/mlのLPSと24μMのAlbiflorin (Alb)、Aucubin (Auc)、Barbaloin (Bar)、Benzoylmesaconine (Ben)、Catalpol (Cat)、Dehydrocorydaline (Deh)、Epihesperidin (Epi)、Gentiopicroside (Gen)、6-Gingerol (Gin)、Liquiritin (Liq)、Paeoniflorin (Pae)又はSwertiamarin (Swe)の存在下でRAW264細胞を24時間培養し、細胞生存能を評価した。平均値±標準偏差でデータを示した。N=3。(B) LPSの存在下あるいは非存在下、0〜24μMのデヒドロコリダリン含有培地でRAW264細胞を24時間培養し、細胞生存能を評価した。(C) 24μMのデヒドロコリダリン又は1μg/mlのLPS、或いはこれら両者を含有した培地でRAW264細胞を20時間培養した後、アネキシン-V-FITC及び7-アミノ-アクチノマイシンD(7-AAD)で染色し、フローサイトメトリーで評価した。アネキシン-V+/7-AAD+は細胞死の誘導を意味する。
【図2】アポトーシス誘導に対するデヒドロコリダリンの効果(A、B)。24μMのデヒドロコリダリン及び1μg/mlのLPS含有培地でRAW264細胞を培養した。アポトーシス陽性群として紫外線(UV)光を30秒照射した。コントロール群にはいずれの処置もしなかった。4、8、16時間後にカスパーゼ9(A)、カスパーゼ3/7(B)の活性化を評価した。N=3。(C) RAW264細胞にUVを0〜30秒照射し、24時間後に細胞生存能を評価した。(D) 24μMのデヒドロコリダリン及び1μg/mlのLPS含有培地でRAW264細胞を培養した。アポトーシス陽性群としてUV光を30秒照射した。コントロール群にはいずれの処置もしなかった。16時間後、ミトコンドリアから細胞質へのシトクロムcの遊離を調べた。(E) 24μMのデヒドロコリダリン及び1μg/mlのLPS含有培地でRAW264細胞を培養した。アポトーシス陽性群にはUV光を30秒照射した。コントロール群にはいずれの処置もしなかった。24時間後、ゲノムDNAの断片化を評価した。
【図3】ミトコンドリア膜電位及び細胞内ATP量に対するデヒドロコリダリンの効果。(A) 24μMのデヒドロコリダリン又は1μg/mlのLPS、或いはこれら両者を含有する培地でRAW264細胞を培養した。4、8、16時間後にローダミン123のミトコンドリア内貯留量を調べ、ミトコンドリア膜電位を評価した。N=3。(B) 24μMのデヒドロコリダリン存在下及び非存在下、1μg/mlのLPS含有培地でRAW264細胞を培養し、16時間後に細胞内ATP量を評価した。
【図4】サイトカイン産生に対するデヒドロコリダリンの効果。0〜24μMのデヒドロコリダリンと1μg/mlのLPS含有培地でRAW264細胞を24時間培養し、培養液中のIL-1β及びIL-6濃度を測定した。N=3。
【図5】デヒドロコリダリンのin vivoでの効果。マウスに対してLPS(投与量10mg/kg)及びデヒドロコリダリン(投与量0〜4.8μmol/kg)を0日目に皮下注射で投与し、体重の変化を1日目から5日目までモニターした。N=6。*: p < 0.05 (コントロール群[デヒドロコリダリンの投与量が0 μmol/kg]に対するスチューデントのt検定による)。**: p < 0.01。コントロール群の一匹が3日目に死亡した。(B)マウスに対してLPS(投与量10mg/kg)及びデヒドロコリダリン(投与量0又は4.8μmol/kg)を皮下注射で投与した。24時間後に血漿中のIL-6濃度を測定した。N=9。(C)マウスに対してデヒドロコリダリン(9.6μmol/kg)のみを皮下注射で投与した。24時間後に血漿中のALT濃度及びBUNを測定した。N=5。
【図6】腹腔マクロファージでのデヒドロコリダリンの効果。(A) 1μg/mlのLPSの存在下あるいは非存在下、0〜24μMのデヒドロコリダリン含有培地でマウス腹腔マクロファージを24時間培養し、細胞生存能を評価した。N=3。(B, C) 24μMのデヒドロコリダリン非存在下あるいは存在下、1μg/mlのLPS含有培地で腹腔マクロファージを培養し、16時間後にローダミン123のミトコンドリア内貯留量(B)及び細胞内ATP量(C)を評価した。(D) 0〜24μMのデヒドロコリダリンと1μg/mlのLPS含有培地でRAW264細胞を24時間培養し、培養液中のIL-6濃度を測定した。
【図7】LPSで活性化したマクロファージに対するデヒドロコリダリンの作用機序モデル。LPS刺激によってNF-κB等の転写因子が活性化され、サイトカイン(IL-1βやIL-6等)の産生が誘導される。このサイトカイン産生により細胞内のATPは消費されるが、ミトコンドリア膜電位の上昇によりATP産生が増大することで細胞内ATP量は維持される(上段)。デヒドロコリダリンは、ミトコンドリア膜電位の上昇を阻害することで、そのATP産生増大を妨げ、細胞内ATP量を欠乏させるため、細胞生存能の低下をもたらす(下段)。また細胞内ATP量欠乏ならびに細胞生存能低下によりサイトカインの更なる過剰産生が抑制される。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の第1の局面は活性化マクロファージ特異的細胞死誘導薬(以下、省略して「本発明の細胞死誘導薬」と呼ぶ)を提供する。本発明において「活性化マクロファージ特異的」とは、活性化していないマクロファージと比較して活性化したマクロファージに対して顕著且つ優れた効果を示すことをいう。マクロファージの活性化は好ましくはLPSの刺激により生ずる。一方、「細胞死誘導薬」とは、細胞死を誘導する薬剤ないし医薬のことをいう。本発明による細胞死は、活性化に伴うミトコンドリア膜電位の上昇が阻害されて細胞内ATP量が欠乏することにより生ずる。
【0010】
本発明の細胞死誘導薬はデヒドロコリダリン又はその塩を有効成分として含有する。塩の種類は特に限定されない。但し、デヒドロコリダリンは硝酸塩として安定に存在することが知られていることから、好ましくは硝酸塩である。
【0011】
本発明に必須の効果、即ち「活性化マクロファージ特異的に細胞死を誘導すること」を発揮する限りにおいて、本発明の有効成分の純度は特に限定されない。従って、実質的に夾雑物を含まない高純度のものに限らず、例えば、生薬エキスの一成分として存在するものであってもよい。本発明の有効成分はエンゴサク(Corydalis yanhusuo)から常法(メタノール、エタノール、水、エーテル、クロロホルムなど極性溶媒による抽出、再結晶化、クロマトグラフィーなどを利用する)で調製することができる(例えば特許文献2が参考になる)。
【0012】
LPSにより活性化したマクロファージが病態の形成に関与している疾患の治療薬として本発明の細胞死誘導薬を用いることができる。「LPSにより活性化したマクロファージが病態の形成に関与している疾患」の典型的な例は敗血症、潰瘍性大腸炎、クローン病である。本発明の細胞誘導薬は好ましくはこれらの疾患の治療に適用される。一方、自己免疫疾患(関節リウマチや全身性エリテマトーデスなど)や全身性炎症反応症候群の病態形成にも活性化したマクロファージが関与しているため、これら疾患でも活性化しているマクロファージに対して特異的に細胞死を誘導し排除できれば病態改善に有効であることが期待される。尚、デヒドロコリダリンが有効であると過去に報告されたアレルギーや化合物起因炎症などは「LPSにより活性化したマクロファージが病態の形成に関与している疾患」に該当しない。
【0013】
本発明の細胞死誘導薬の製剤化は常法に従って行うことができる。製剤化する場合には、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を含有させることができる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウム等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。無痛化剤としてはベンジルアルコール、クロロブタノール、ソルビトール等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。
【0014】
製剤化する場合の剤形も特に限定されない。剤形の例は錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、注射剤、外用剤、及び座剤である。
【0015】
本発明の細胞死誘導薬には、期待される治療効果を得るために必要な量(即ち治療上有効量)の有効成分が含有される。本発明の細胞死誘導薬中の有効成分量は一般に剤形によって異なるが、所望の投与量を達成できるように有効成分量を例えば約0.1重量%〜約95重量%の範囲内で設定する。
【0016】
本発明の細胞死誘導薬はその剤形に応じて経口投与又は非経口投与(静脈内、動脈内、皮下、皮内、筋肉内、又は腹腔内注射、経皮、経鼻、経粘膜など)によって対象に適用される。これらの投与経路は互いに排他的なものではなく、任意に選択される二つ以上を併用することもできる(例えば、経口投与と同時に又は所定時間経過後に静脈注射等を行う等)。全身投与によらず、局所投与することにしてもよい。局所投与として、目的の組織への直接注入又は塗布を例示することができる。
【0017】
本発明の細胞死誘導薬の投与量は、期待される治療効果が得られるように設定される。治療上有効な投与量の設定においては一般に患者の症状、年齢、性別、及び体重などが考慮される。尚、当業者であればこれらの事項を考慮して適当な投与量を設定することが可能である。例えば、成人(体重約60kg)を対象として一日当たりの有効成分量が約1mg〜約240mg、好ましくは約12mg〜約120mgとなるよう投与量を設定することができる。投与スケジュールとしては例えば1日1回〜数回、2日に1回、或いは3日に1回などを採用できる。投与スケジュールの作成においては、患者の症状や有効成分の効果持続時間などを考慮することができる。
【0018】
以上の記述から明らかな通り本出願は、患者に対して本発明の細胞死誘導薬を治療上有効量投与することを特徴とする、特定の疾患に対する治療法も提供する。ここでの特定の疾患とは「LPSにより活性化したマクロファージが病態の形成に関与している疾患」である。上記の通り、当該疾患の典型的な例は敗血症、潰瘍性大腸炎、クローン病である。
【0019】
(スクリーニング方法)
本発明の第2の局面は活性化マクロファージ特異的に細胞死を誘導する物質をスクリーニングする方法に関する。本発明のスクリーニング方法によって選抜された化合物は、活性化マクロファージ特異的細胞死誘導薬として有望であり、例えば敗血症、潰瘍性大腸炎、クローン病等の治療に利用され得る。本発明のスクリーニング方法では、「活性化マクロファージのミトコンドリア膜電位上昇を阻害することが活性化マクロファージ特異的細胞死誘導を実現させるために有効な手段となる」との知見に基づき、LPSによって生ずる、マクロファージのミトコンドリア膜電位上昇を阻害する活性を示すか否かを指標として被験物質の有効性を判断する。即ち、本発明のスクリーニング方法は、LPSによるマクロファージのミトコンドリア膜電位の上昇を阻害する活性を被験物質が示すか否か調べることを特徴とする。本発明の一態様では、以下のステップを実施する。
(1)マクロファージをLPS及び被験物質の存在下で培養するステップ
(2)マクロファージのミトコンドリア膜電位を測定するステップ
(3)測定結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、LPSによるミトコンドリア膜電位上昇の阻害が認められることが有効性(活性化マクロファージ特異的細胞死誘導)の指標となるステップ
【0020】
ステップ(1)ではマクロファージを用意し、これをLPS存在下かつ被験物質存在下で培養する。マクロファージとしては、RAW264細胞、腹腔マクロファージ(primary macrophages)等を用いることができる。RAW264細胞はRBC細胞バンク(理化学研究所バイオリソースセンター)、American Type Culture Collection等から所定の手続きを経ることによって容易に入手可能である。また、腹腔マクロファージの調製は常法で行えばよい。例えばマウス腹腔マクロファージの調製法については、チオグリコネート含有液をマウスの腹腔内に投与し、4日後に腹腔内を洗浄し、その洗浄液を回収することでマクロファージを得ることができる。マクロファージの生物種は特に限定されない。生物種の例を挙げるとマウス、ラット、ヒトである。
【0021】
LPSはグラム陰性菌の細胞壁外膜を構成する成分であり、脂質(リピドA)に糖鎖が結合した構造を有する。LPSの由来(菌種)や血清型は特に限定されないが、大腸菌O111:B4等を用いるとよい。各種LPSが市販されており、例えばシグマ−アルドリッチジャパン株式会社等から購入することができる。
【0022】
被験物質としては様々な分子サイズの有機化合物又は無機化合物を用いることができる。有機化合物の例として、核酸、ペプチド、タンパク質、脂質(単純脂質、複合脂質(ホスホグリセリド、スフィンゴ脂質、グリコシルグリセリド、セレブロシド等)、プロスタグランジン、イソプレノイド、テルペン、ステロイド、ポリフェノール、カテキン、ビタミン(B1、B2、B3、B5、B6、B7、B9、B12、C、A、D、E等)を例示できる。被験物質は天然物由来であっても、或いは合成によるものであってもよい。後者の場合には例えばコンビナトリアル合成の手法を利用して効率的なスクリーニング系を構築することができる。尚、植物抽出液、細胞抽出液、培養上清などを被験物質として用いてもよい。また、既存の薬剤を被験物質としてもよい。
【0023】
マクロファージをLPS存在下かつ被験物質存在下で培養するためには、例えば、マクロファージを培養皿に播種して所定時間(例えば24時間)経過した後、LPS及び被験物質を培養液に添加するか或いはLPS及び被験物質を添加した培養液に交換すればよい。播種後、直ちにLPS及び被験物質の添加或いはLPS及び被験物質を添加した培養液への交換を実施することにしてもよい。また、LPS及び被験物質を予め添加した培養液を用いることにし、播種と同時に「LPS及び被験物質が培養液中に存在した状態」が形成されるようにしてもよい。
【0024】
LPS存在下かつ被験物質存在下での培養時間は、LPSによるミトコンドリア膜電位上昇を十分に生じさせるため、好ましくは8時間〜24時間、更に好ましくは14時間〜18時間とする。尚、最適な培養時間はLPS存在下でマクロファージを培養し、培養時間とミトコンドリア膜電位の上昇との関係を調べる予備実験によって決定することができる(後述の実施例を参照)。
【0025】
本明細書で言及しない事項(培地、培養温度など)についてはマクロファージの培養に一般的な培養条件に従えばよい。例えば、培地であればマクロファージの培養に適した培地(例えばRPMI1640、ダルベッコ変法イーグル培地(D-MEM: Dulbecco's modified Eagle medium)、D-MEM/F-12等に必要に応じて血清、血漿、血清アルブミン、抗生物質、L-グルタミン等を添加したもの)を使用すればよい。また、培養温度は通常37℃とする。
【0026】
ステップ(2)では、ステップ(1)を経たマクロファージ、即ちLPS存在下かつ被験物質存在下で所定時間培養したマクロファージのミトコンドリア膜電位を測定する。ミトコンドリア膜電位の測定法は特に限定されない。好ましい測定法の一つとして、ミトコンドリア膜電位依存性の貯留(蓄積)を認める蛍光色素で染色した後、蛍光をフローサイトメーターや蛍光顕微鏡などで検出する方法を挙げることができる。当該方法に使用可能な蛍光色素として、ローダミン123(Rhodamine 123)、ジヒドロローダミン123(Dihydrorhodamine 123)、JC-1(5, 5', 6, 6'-tetrachloro-1, 1', tetraethylbenzimidazolocarbo-cyanine iodide)、TMR(Tetramethyl rhodamine)、MitoTracker(TM) Orange CMTMRos(Molecular Probes(登録商標)、インビトロジェン社)、MitoTracker(TM) Orange CM-H2TMRos(Molecular Probes(登録商標)、インビトロジェン社)、MitoTracker(TM) Red CM-H2XRos(Molecular Probes(登録商標)、インビトロジェン社)を例示することができる。
【0027】
ステップ(3)ではステップ(2)の測定結果に基づき被験物質の有効性を判定する。本発明では、被験物質が有効であることの指標として「LPSによるミトコンドリア膜電位上昇の阻害が認められること」を採用する。即ち、LPSによるミトコンドリア膜電位上昇を阻害していることを認めた場合に被験物質は有効であると判定し、LPSによるミトコンドリア膜電位上昇を阻害していることを認めない場合に被験物質は有効でないと判定する。複数の被験物質を用いた場合には、阻害の程度に基づき、各被験物質の有効性を比較評価することができる。
【0028】
通常は、比較対象として、LPS存在下かつ被験物質非存在下(その他の条件はステップ(1)と同一とする)で培養したマクロファージ(以下、「コントロール群1」と呼ぶ)を用意し、そのミトコンドリア膜電位も並行して測定する。そして、当該コントロール群1のミトコンドリア膜電位と試験群のミトコンドリア膜電位を比較することによって、LPSによるミトコンドリア膜電位の上昇を被験物質が阻害したか判断する。このようにコントロール群1との比較によって被験物質の有効性を判定すれば、より信頼性の高い判定結果が得られる。
【0029】
一方、LPSによるミトコンドリア膜電位の上昇が生じることを確認するために、LPS非存在下かつ被験物質非存在下(その他の条件はステップ(1)と同一とする)で培養したマクロファージ(以下、「コントロール群2」と呼ぶ)を用意し、そのミトコンドリア膜電位も並行して測定することが好ましい。
【0030】
また、被験物質の非特異的な毒性も同時に判定できるようにするため、LPS非存在下かつ被験物質存在下(その他の条件はステップ(1)と同一とする)で培養したマクロファージ(以下、「コントロール群3」と呼ぶ)を用意し、そのミトコンドリア膜電位も測定するとよい。LPS非存在下かつ被験物質非存在下で培養したマクロファージ(即ち、上記コントロール群2)と比較して当該コントロール群3におけるミトコンドリア膜電位が低いのであれば、被験物質は、LPS依存性のミトコンドリア膜電位の上昇を阻害するのではなく、LPSとは関係なく作用してミトコンドリア膜電位を低下させるものであり、非特異的な細胞毒性を有すると判定できる。
【0031】
本発明のスクリーニング方法によって選択された物質が十分な薬効を有する場合には、当該物質をそのまま細胞死誘導薬の有効成分として使用することができる。一方で十分な薬効を有しない場合には化学的修飾などの改変を施してその薬効を高めた上で、細胞死誘導薬の有効成分として使用することができる。勿論、十分な薬効を有する場合であっても、更なる薬効の増大を目的として同様の改変を施してもよい。
【実施例】
【0032】
自然免疫でも獲得免疫でも重要な役割を果たしているマクロファージに注目し、特に活性化マクロファージに対して特異的に細胞死を誘導し活性化マクロファージを排除するというこれまでにない治療戦略を実現するため、以下の方法でスクリーニングを行った。
【0033】
1.材料及び方法
(1)試薬
生薬由来の成分は全て和光純薬工業株式会社より購入した(純度はいずれも98%以上)。また、LPS(Escherichia coli serotype O111:B4)はシグマ−アルドリッチ社から購入した。
【0034】
(2)細胞
マウスマクロファージ由来RAW264細胞は理研RBC細胞バンク(理化学研究所バイオリソースセンター)から供与を受けた。腹腔マクロファージは、3%チオグリコール酸を2.5ml腹腔内注射したICRマウスの腹腔より注射4日後に採取した。細胞播種2時間後にリン酸緩衝液で洗浄し、非接着性細胞を除去した。
【0035】
(3)細胞生存能アッセイ
RAW264細胞(2×104)又は腹腔マクロファージ(8×104)を96ウェルプレートに播種した。24時間後、6〜24μMの生薬由来成分を1μg/mlのLPS存在下あるいは非存在下で添加した。一方、アポトーシス陽性群のRAW264細胞にはUV transilluminator Model TFX-20M (波長290-330 nm、ピーク波長312 nm) (Vilber Lourmat社、フランス)を使用して、プレートの底面側より紫外線(UV)を照射した(10〜30秒)。24時間後、colorimetric CellTiter96 cell proliferation assay (プロメガ社、米国)を使用して、細胞生存能を評価した。
【0036】
(4)アネキシンV-FITC/7-アミノ-アクチノマイシンD(7-AAD)アッセイ.
RAW264細胞(1×105)を24ウェルプレートに播種した。24時間後、デヒドロコリダリン(24μM)存在下、LPS(1μg/ml)存在下、又はデヒドロコリダリン(24μM)及びLPS(1μg/ml)存在下、細胞を20時間培養した。その後、アネキシンV-FITC(BioVision社、米国)及び7-AAD(BD Pharmingen社、米国)で染色した。合計1×104個の細胞をフローサイトメーター(ベックマン社、米国)で解析した。
【0037】
(5)カスパーゼ活性アッセイ
RAW264細胞(2×104)を96ウェルプレートに播種した。24時間後、デヒドロコリダリン(24μM)及びLPS(1μg/ml)を添加した。一方、アポトーシス陽性群には上記の方法と同様に紫外線を照射した(30秒)。4〜16時間後、アッセイキット(Caspase-Glo 3/7 assay kit、Caspase-Glo 9 assay kit 、プロメガ社)を使用してカスパーゼ3/7活性及びカスパーゼ9活性を検出した。
【0038】
(6)シトクロムc遊離アッセイ
RAW264細胞(6×105)を6ウェルプレートに播種した。24時間後、デヒドロコリダリン(24μM)及びLPS(1μg/ml)を添加した。一方、アポトーシス陽性群には上記の方法と同様に紫外線を照射した(30秒)。16時間後、細胞質画分を抽出し、抗シトクロムc抗体(バイオビジョン社)を用いたウエスタンブロット法で解析した。
【0039】
(7)ゲノムDNA断片化アッセイ
RAW264細胞(3×105)を12ウェルプレートに播種した。24時間後、デヒドロコリダリン(24μM)及びLPS(1μg/ml)を添加した。一方、アポトーシス陽性群には上記の方法と同様に紫外線を照射した(30秒)。24時間後、ゲノムDNAを抽出し、アガロース電気泳動に供した。
【0040】
(8)ミトコンドリア膜電位アッセイ
RAW264細胞(1×105)又は腹腔マクロファージ(2×105)を24ウェルプレートに播種した。24時間後、細胞を24μMデヒドロコリダリン、1μg/ml LPS、又は24μMデヒドロコリダリン及び1μg/ml LPSと4〜16時間インキュベートした。その後、ローダミン123(モルキュラー・プローブ社、米国)で染色した。合計1×104個の細胞をフローサイトメーター(ベックマン社、米国)で解析し、ミトコンドリア膜電位の指標となる(Johnson LV, Walsh ML, Chen LB (1980). Localization of mitochondria in living cells with rhodamine 123. Proc Natl Acad Sci U S A 77: 990-994.を参照)ローダミン123のミトコンドリア内貯留量を測定した。
【0041】
(9)細胞内ATP量アッセイ
RAW264細胞(2×104)又は腹腔マクロファージ(8×104)を96ウェルプレートに播種した。24時間後、細胞を24μMデヒドロコリダリン、1μg/ml LPS、又は24μMデヒドロコリダリン及び1μg/ml LPSと16時間インキュベートした。その後、ルシフェリン−ルシフェラーゼ反応(Lyman GE, DeVincenzo JP (1967). Determination of picogram amounts of ATP using the luciferin-luciferase enzyme system. Anal Biochem 21: 435-443.を参照)を利用して細胞内ATP量を測定した。
【0042】
(10)インターロイキン(IL)産生アッセイ
RAW264細胞(1×105)又は腹腔マクロファージ(2×105)を24ウェルプレートに播種した。24時間後、細胞を0〜24μMのデヒドロコリダリン存在下、1μg/ml LPSと更に24時間インキュベートした。その後、IL-1β用のELISAキット(ピアス社、米国)及びIL-6用のELISAキット(R&Dシステムズ社、米国)を使用して、培養液中のIL-1β濃度及びIL-6濃度を測定した。
【0043】
(11)動物実験
8週齢メスICRマウスを日本SLC社より購入した。1mg/ml LPS(投与量10mg/kg)及び0〜480μMデヒドロコリダリン(投与量0〜4.8μmol/kg)を含有する生理食塩水をマウスに皮下注射した。投与後、体重を毎日測定した。血漿中のIL-6濃度を比較するために、LPS(10mg/kg)及びデヒドロコリダリン(0又は4.8μmol/kg)をマウスに皮下注射し、24時間後に血液サンプルを採取した。あるいは、デヒドロコリダリン(9.6μmol/kg)のみを皮下注射したマウスを用意した。24時間後、体重を測定するとともに血液サンプルを採取し、Determiner ALT II (協和メデックス株式会社、日本)及び尿素NBテストワコー(和光純薬工業株式会社、日本)を使用して血漿中のアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)濃度及び血液尿素窒素(BUN)濃度を測定した。尚、名古屋大学医学部の倫理委員会の承認の下、名古屋大学医学部附属実験動物施設のガイドラインに沿って動物実験を行った。
【0044】
2.結果
(1)LPSで活性化したRAW264細胞の細胞生存能に対するデヒドロコリダリンの効果
1μg/mlのLPSと24μMの生薬由来成分(Albiflorin, Aucubin, Barbaloin, Benzoylmesaconine, Catalpol, Dehydrocorydaline, Epihesperidin, Gentiopicroside, 6-Gingerol, Liquiritin, Paeoniflorin, Swertiamarin)の存在下でRAW264細胞を培養し、細胞生存能を評価した(図1A)。その結果、デヒドロコリダリン(Dehydrocorydaline)が細胞生存能を著しく低下することが判明した。デヒドロコリダリン含有培地で培養すると、LPS非存在下と比較しLPS存在下に細胞生存能が大きく低下し、著しい細胞死が誘導されたことがわかる(図1B)。マウス由来の腹腔マクロファージでも同様な結果を得た(図6A)。またアネキシン-V/7-AADアッセイでもLPS存在下に著しい細胞死誘導が観察された(図1C)。
【0045】
(2)アポトーシス誘導に対するデヒドロコリダリンの効果
LPS存在下においてデヒドロコリダリンはRAW264細胞の細胞生存能を低下させたが、カスパーゼ9ならびにカスパーゼ3/7の活性化誘導は認められなかった(図2A、B)。カスパーゼ活性化の陽性コントロールとしてUV光をRAW264細胞に30秒間照射した(図2A、B)。当該処理により、RAW264細胞の細胞生存能が、24μMのデヒドロコリダリン及び1μg/mlのLPS存在下で培養した場合と同程度に低下した(図1B、図2C)。UV光の照射はミトコンドリアからのシトクロムc遊離及びゲノムDNA断片化を誘導するが、デヒドロコリダリン及びLPS存在下ではこのような現象は認められなかった(図2D、E)。
【0046】
(3)ミトコンドリア膜電位及び細胞内ATP量に対するデヒドロコリダリンの効果
RAW264細胞をデヒドロコリダリン(Deh)含有培地で4〜16時間培養した後、ミトコンドリア膜電位を、ミトコンドリア膜電位に依存してミトコンドリア内に貯留する蛍光色素ローダミン123を用いて評価した。コントロール(LPS非存在下かつデヒドロコリダリン非存在下)と比較して、LPS存在下かつデヒドロコリダリン非存在下8〜16時間後、ミトコンドリア膜電位は上昇するが、デヒドロコリダリンも存在する場合(LPS存在下かつデヒドロコリダリン存在下)はその上昇が阻害された(図3A)。デヒドロコリダリンのみが存在する場合(LPS非存在下かつデヒドロコリダリン存在下)、コントロールと比べてミトコンドリア膜電位に対する影響はない(図3A)。一方、RAW264細胞を16時間培養した後に細胞内ATP量を評価した。デヒドロコリダリン非存在下ではLPSで活性化しても細胞内ATP量は維持されるが、デヒドロコリダリン存在下にLPSで活性化すると細胞内ATP量は著明に低下した(図3B)。マウス由来の腹腔マクロファージでも同様な結果を得た(図6B、C)。
(3)サイトカイン産生に対するデヒドロコリダリンの効果
RAW264細胞をLPS及びデヒドロコリダリン含有培地で24時間培養した後、培地のIL-1β及びIL-6濃度を評価した。LPS刺激によりIL-1β及びIL-6が産生されるため、これらの濃度は著しく上昇するが、デヒドロコリダリンはその濃度上昇を抑制した(図4)。マウス由来の腹腔マクロファージでも同様な結果を得た(図6D)。
【0047】
(4)デヒドロコリダリンのin vivoでの効果
LPSを投与するとマウスは衰弱し体重は著しく減少していくが、デヒドロコリダリンを同時に投与するとその体重減少を改善することができた(図5A)。LPS投与に伴い血漿中のIL-6濃度は上昇するが、デヒドロコリダリンを同時に投与するとIL-6濃度の上昇が抑えられた(図5B)。デヒドロコリダリンを単独投与した場合、体重の変化は認められず、また、血漿中のALT濃度及びBUN濃度にも変化を認めなかった(図5C)。
【0048】
3.まとめ
スクリーニングの結果、エンゴサクの成分の一つであるデヒドロコリダリンが活性化マクロファージに対して著しい細胞死を誘導することが判明した。活性化マクロファージではミトコンドリア膜電位の上昇が認められ、デヒドロコリダリンはこのミトコンドリア膜電位上昇を阻害することにより細胞内ATP量を欠乏させて細胞死を誘導することがわかった(図7)。以上の結果は、活性化マクロファージのミトコンドリア膜電位上昇を阻害することが、活性化マクロファージ特異的に細胞死を誘導するための有効な手段になることを意味する。活性化マクロファージの細胞死を誘導すれば、活性化マクロファージからの過剰なサイトカイン産生を抑制することができる。活性化マクロファージからの過剰なサイトカイン産生は敗血症や炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)などの難治な炎症疾患の病態形成に関与している。従って、デヒドロコリダリンはこれらの疾患の病態改善に有用である。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の細胞死誘導薬によれば、活性化マクロファージ特異的に細胞死を誘導することができる。従って、敗血症に代表される、活性化マクロファージが関与する各種疾患を治療するための手段として本発明は有用である。
【0050】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
デヒドロコリダリン又はその塩を有効成分として含有する、活性化マクロファージ特異的細胞死誘導薬。
【請求項2】
活性化マクロファージが、LPSにより活性化したマクロファージである、請求項1に記載の活性化マクロファージ特異的細胞死誘導薬。
【請求項3】
LPSにより活性化したマクロファージが病態の形成に関与している疾患の治療薬である、請求項1又は2に記載の活性化マクロファージ特異的細胞死誘導薬。
【請求項4】
疾患が敗血症、潰瘍性大腸炎又はクローン病である、請求項3に記載の活性化マクロファージ特異的細胞死誘導薬。
【請求項5】
活性化マクロファージ特異的細胞死誘導薬を製造するための、デヒドロコリダリン又はその塩の使用。
【請求項6】
LPSにより活性化したマクロファージが病態の形成に関与している疾患の患者に対してデヒドロコリダリン又はその塩を治療上有効量投与するステップを含む治療法。
【請求項7】
疾患が敗血症、潰瘍性大腸炎又はクローン病である、請求項6に記載の治療法。
【請求項8】
LPSによる、マクロファージのミトコンドリア膜電位上昇を阻害する活性を被験物質が示すか否かを調べることを特徴とする、活性化マクロファージ特異的細胞死誘導物質のスクリーニング方法。
【請求項9】
以下のステップ(1)〜(3)を含む、請求項8に記載のスクリーニング方法:
(1)マクロファージをLPS存在下かつ被験物質存在下で培養するステップ;
(2)マクロファージのミトコンドリア膜電位を測定するステップ;及び
(3)測定結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、LPSによるミトコンドリア膜電位上昇の阻害が認められることが有効性の指標となるステップ。
【請求項10】
LPS存在下かつ被験物質非存在下であること以外はステップ(1)と同一の条件下で培養したマクロファージ(コントロール群1)を用意し、該コントロール群1のミトコンドリア膜電位の測定結果を比較対象として用いてステップ(3)における有効性の判定を行う、請求項9に記載のスクリーニング方法。
【請求項11】
LPS非存在下かつ被験物質非存在下であること以外はステップ(1)と同一の条件下で培養したマクロファージ(コントロール群2)と、LPS非存在下かつ被験物質存在下であること以外はステップ(1)と同一の条件下で培養したマクロファージ(コントロール群3)を用意し、該コントロール群2と該コントロール群3のミトコンドリア膜電位の測定結果を比較して被験物質の非特異的な毒性も判定する、請求項9又は10に記載のスクリーニング方法。
【請求項12】
コントロール群2の測定結果におけるミトコンドリア膜電位よりも、コントロール群3の測定結果におけるミトコンドリア膜電位の方が低い場合に被験物質は非特異的な細胞毒性を有すると判定する、請求項11に記載のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−126792(P2011−126792A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−284267(P2009−284267)
【出願日】平成21年12月15日(2009.12.15)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】