説明

流電陽極体および流電陽極法

【課題】設置した後においても長期間にわたり安定した防食電流を供給すること。
【解決手段】流電陽極体は、防食対象の金属構造物と固定的に接続するための金属よりなるタブと、前記金属構造物よりも卑な腐食電位を有する何れかの犠牲金属よりなり、前記タブと電気的および構造的に連結され、二以上の面を有する流電陽極と、前記面より選択された一以上の面を前記犠牲金属の溶出を防止するべく被覆し、前記犠牲金属の溶出を残る面のみに規制する被覆体と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、洋上、港湾ないし汽水域に構築される構造物を犠牲防食するための流電陽極体および流電陽極法に関する。
【背景技術】
【0002】
洋上、港湾や汽水域のような腐食環境において、腐食を受け易い鉄鋼のような素材により構造物を構築する場合、適切な防食手段を適用する必要がある。防食手段として、外部電源ないし犠牲金属を利用して構造物に防食電流を供給する電気防食法や、塗装等の防食皮膜による方法がしばしば採用される。
【0003】
電気防食法の中でも、犠牲金属よりなる流電陽極体を前記構造物に取り付ける流電陽極法は、メンテナンスの容易さから広範に採用されている。図1は流電陽極法の概念図である。鉄鋼よりも卑な腐食電位を有する犠牲金属が犠牲的に溶出することにより、流電陽極体1から鉄鋼構造物3へ防食電流Iが供給され、以って鉄鋼構造物3の溶出(腐食)が防止される。図8(a)(b)は流電陽極体の一例101であって、多面体の流電陽極105と一対のタブ109とを備える。流電陽極体101は、タブ109を利用して構造物に固定されるとともに、電気的にも接続される。特許文献1、2および非特許文献1は、電気防食に関する関連技術を開示している。
【0004】
特許文献3は、皮膜により構造物を防食する関連技術を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平2−54421号公報
【特許文献2】特開平6−235081号公報
【特許文献3】特開2005−320602号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】日本学術振興会:金属防食技術便覧(日刊工業新聞社)(1978)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2においても指摘されているように、流電陽極体を設置した後に、防食電流が変化することが頻繁に観察される。非特許文献1は、防食電流の変化を概念的に図9(日本学術振興会:金属防食技術便覧,日刊工業新聞社(1978)の第595ページに記載の図を清書の上で引用)のように示している。当初の電流密度に基づいて流電陽極の数及び配置を設計すると、電流密度が減少する場合には防食が不十分となることが予想される。そこで通常は、経験的知見等により減少後の定常値を見込んで流電陽極の数及び配置を設計する。しかしながら、発明者らの検討によれば、定常状態に至った後も防食電流はなおも変化しうる。かかる事情のために、防食性能を極めて長期間にわたって保証することは、現状においては容易なものではない。
【0008】
本発明は上述の課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、設置した後においても長期間にわたり安定した防食電流を供給しうる流電陽極体および流電陽極法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の局面によれば、流電陽極体は、防食対象の金属構造物と固定的に接続するための金属よりなるタブと、前記金属構造物よりも卑な腐食電位を有する何れかの犠牲金属よりなり、前記タブと電気的および構造的に連結され、二以上の面を有する流電陽極と、前記面より選択された一以上の面を前記犠牲金属の溶出を防止するべく被覆し、前記犠牲金属の溶出を残る面のみに規制する被覆体と、を備える。
【0010】
好ましくは、前記流電陽極は、前記金属構造物に対向する対向面と、前記対向面と反対側の反対面とを含む六面よりなり、前記被覆体は前記六面より選択された二以上の面を被覆する。
【0011】
より好ましくは、前記被覆体は、前記六面から前記対抗面と前記反対面とを除いた四面より選択された二以上の面を被覆する。
【0012】
また好ましくは、前記被覆体は、前記対抗面と前記反対面とを含む二以上の面を被覆する。
【0013】
あるいは好ましくは、前記犠牲金属は、アルミニウム、亜鉛、マグネシウム、アルミニウム合金、亜鉛合金、マグネシウム合金よりなる群より選択された何れかよりなる。
【0014】
本発明の第2の局面によれば、流電陽極法は、防食対象の金属構造物と固定的に接続するための金属よりなるタブと、前記金属構造物よりも卑な腐食電位を有する何れかの犠牲金属よりなり、前記タブと電気的および構造的に連結され、二以上の面を有する流電陽極とを備えた流電陽極体を、前記面より選択された一以上の面を前記犠牲金属の溶出を防止するべく被覆して前記犠牲金属の溶出を残る面のみに規制し、前記タブにより前記流電陽極体を前記金属構造物と固定的および電気的に接続する、ことよりなる。
【0015】
好ましくは、前記流電陽極法は、海水ないし汽水中において前記金属構造物に対向するべく陽極を設置し、前記金属構造物を陰極として、前記海水ないし前記汽水を電気分解してその生成物を構造物に電着せしめることを、さらに含む。
【発明の効果】
【0016】
設置した後においても長期間にわたり安定した防食電流を供給しうる流電陽極体および流電陽極法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、流電陽極による防食の態様を表す概念図である。
【図2】図2は、本発明の一実施形態による流電陽極体の三面図である。
【図3】図3は、前記流電陽極体の横断面図である。
【図4】図4は、変形例による流電陽極体の平面図である。
【図5】図5は、他の変形例による流電陽極体の横断面図である。
【図6】図6は、さらに他の変形例による流電陽極体の横断面図である。
【図7】図7は、その他の変形例による流電陽極体の横断面図である。
【図8】図8は、従来例による流電陽極体の三面図および横断面図である。
【図9】図9は、従来例による流電陽極体が供給する電流密度の変化を表すグラフの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施形態を添付の図面を参照して以下に説明する。
【0019】
従来例による流電陽極体101の横断面図である図8(c)を参照するに、当初の犠牲金属105は、通常、明瞭に角の立った台形や矩形の断面を有する。一定期間が経過した後の犠牲金属105’は、図8(d)のごとくに、角の丸くなった不定形の断面に変化する。図中、一点鎖線は、当初の表面を表している。かかる変化の前後を比較し、さらには流電陽極体周囲の電位分布を解析することにより本発明者らが明らかにしたところによれば、かかる角の周囲は電場が集中し、さらには海流に最も強く影響を受けるために、角からの溶出が最も活発となって、かかる角が速やかに消失するものと推定された。またかかる形状の変化がもたらす表面積の減少、および最も大きな防食電流を供給する角が消失することは、長期的な防食電流の変化をもたらすと推定された。
【0020】
上述のような知見に基づいて考察するに、角の影響を除くべく犠牲金属の表面を適宜被覆し、特定の面のみを露出させれば、かかる面からは均一な溶出が期待できる。均一に溶出するのであればかかる面の形状は変化せず、面積はほとんど不変であって、以って長期間にわたり安定した防食電流を供給しうることが期待できる。
【0021】
そこで本発明の一実施形態によれば、図2に示すように、流電陽極体1は、防食対象の金属構造物と固定的に接続するための金属よりなるタブ9と、前記金属構造物よりも卑な腐食電位を有する何れかの犠牲金属よりなり、前記タブ9と電気的および構造的に連結され、二以上の面を有する流電陽極5と、を備えており、かかる流電陽極5の一以上の面は、被覆体7により被覆されている。かかる被覆体7は、被覆した面からの犠牲金属の溶出を防止し、犠牲金属の溶出を、被覆されていない残る面5Aのみに規制する。
【0022】
流電陽極5は、好適には縦長の六面体であって、通常その六面は、金属構造物に対向する対向面と、その反対側の反対面とを含む。被覆体7は、前記六面より選択された二以上の面を被覆する。図3の例では、対向面と反対面とを露出したままに残し、一対の側面を被覆している。上下の露出面5Aは、角を有していないために、均一に溶出して金属構造物に対して防食電流Iを供給する。好ましくは、被覆体7は、露出面5Aの両側端の影響を減ずるべく、露出面5Aよりも僅かに上下に張り出した態様とする。
【0023】
被覆体7の素材は、十分な長期間、流電陽極5に密着し続けることが必要である。そのような素材としては、タールエポ、変性エポ、FRP、ガラスフレーク塗料が例示できるが、もちろんこれらに限定されない。
【0024】
犠牲金属には、防食対象の構造物が鉄鋼よりなる場合、鉄よりも卑な腐食電位を有する金属ないし合金であれば、何れも適用しうる。そのような金属ないし合金としては、アルミニウム、亜鉛、マグネシウム、およびそれらの合金が例示できるが、もちろんこれらに限定されない。
【0025】
角の影響をさらに減ずるべく、図4に示すごとく、タブ9の接続された両端面をさらに被覆体7’により被覆してもよい。
【0026】
あるいは、図5に示すごとく、金属構造物に対向する対向面をも被覆して、反対面のみを露出面25Aとしてもよい。対向面は対象の構造物にごく近いために、その近傍にのみ優先的に防食電流を供給してしまう。反対面だけが露出していることにより、より遠距離にも均一に防食電流を供給することができる。
【0027】
流電陽極の断面形状は、図3,5に示されるような台形に限られず、図6に示されるような矩形であったり、さらには他の形状であってもよい。図6のような矩形の流電陽極35は、損耗が進んでも露出面35Aの表面積が不変であるために、より安定した防食電流が供給できる。
【0028】
さらにまた、被覆体は、両側面に代えて他の面を被覆してもよい。図7はそのような一例であって、被覆体47は、対向面および反対面を被覆し、両側面を露出面45Aとしている。対向面および反対面は、他の面に比べて電流密度が異なるために、均一な溶出が困難である。すなわち、対向面はより速やかに溶出し、反対面はより緩やかに溶出する傾向がある。両側面はこれらに比べてより均一な溶出が可能であるため、流電陽極45は、さらに安定した防食電流が供給できる。
【0029】
上述の各実施形態による流電陽極体1は、洋上、港湾ないし汽水域に構築される浮体構造物、鋼矢板岸壁、ケーソン等の鋼構造物に適用しうるが、これらに限られない。流電陽極体1は、タブ9を介して、溶接等の適宜の方法により鋼構造物に固定される。固定は、溶接に限らず電気的および構造的な接続に適した何れの方法でも利用しうる。何れの実施形態によっても、流電陽極体を設置した当初においては、図9に例示されるような防食電流の急激な変化は起こりうる。しかしながら、形状や表面積の変化がもたらす防食電流の変化が無いために、一定期間の後に定常状態に達すると、その後の防食電流は極めて変動が小さい。それ故、流電陽極体は長期間にわたり安定した防食電流を供給し、以って防食の観点から見た鋼構造物の寿命を延長しうる。
【0030】
各実施形態による流電陽極体1は、防食皮膜の施された構造物に対しても適用しうる。例えば、予め次のような方法により防食皮膜を施しておくことができる。まず海水ないし汽水中において、設置された構造物に対向するべく陽極を設置し、構造物を陰極として、外部電源等を利用して電流を供給することにより、海水ないし汽水を電気分解してその生成物を構造物に電着せしめる。あるいはさらに、電流の供給を一定期間停止することにより、かかる生成物を、海水ないし汽水中の不溶成分と、少なくとも部分的に置換せしめる。このようにして得られた防食皮膜の施された構造物に対して、上述と同様な方法により流電陽極体1を固定することにより、かかる構造物を防食する。
【0031】
防食皮膜の施された構造物に適用されると、各実施形態による流電陽極体1は、構造物を防食するのみならず、防食皮膜の劣化や剥離を防止し、以って極めて長期間の防食効果を奏する。
【0032】
好適な実施形態により本発明を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。上記開示内容に基づき、当該技術分野の通常の技術を有する者が、実施形態の修正ないし変形により本発明を実施することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0033】
設置した後においても長期間にわたり安定した防食電流を供給しうる流電陽極体および流電陽極法が提供される。
【符号の説明】
【0034】
1 流電陽極体
5,25,35,45 流電陽極
5A、25A,35A,45A 露出面
7,7’,27,37,47 被覆体
9 タブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
防食対象の金属構造物と固定的に接続するための金属よりなるタブと、
前記金属構造物よりも卑な腐食電位を有する何れかの犠牲金属よりなり、前記タブと電気的および構造的に連結され、二以上の面を有する流電陽極と、
前記面より選択された一以上の面を前記犠牲金属の溶出を防止するべく被覆し、前記犠牲金属の溶出を残る面のみに規制する被覆体と、
を備えた流電陽極体。
【請求項2】
前記流電陽極は、前記金属構造物に対向する対向面と、前記対向面と反対側の反対面とを含む六面よりなり、前記被覆体は前記六面より選択された二以上の面を被覆することを特徴とする請求項1に記載の流電陽極体。
【請求項3】
前記被覆体は、前記六面から前記対抗面と前記反対面とを除いた四面より選択された二以上の面を被覆することを特徴とする請求項2に記載の流電陽極体。
【請求項4】
前記被覆体は、前記対抗面と前記反対面とを含む二以上の面を被覆することを特徴とする請求項2に記載の流電陽極体。
【請求項5】
前記犠牲金属は、アルミニウム、亜鉛、マグネシウム、アルミニウム合金、亜鉛合金、マグネシウム合金よりなる群より選択された何れかよりなることを特徴とする請求項1ないし4の何れかに記載の流電陽極体。
【請求項6】
防食対象の金属構造物と固定的に接続するための金属よりなるタブと、前記金属構造物よりも卑な腐食電位を有する何れかの犠牲金属よりなり、前記タブと電気的および構造的に連結され、二以上の面を有する流電陽極とを備えた流電陽極体を、前記面より選択された一以上の面を前記犠牲金属の溶出を防止するべく被覆して前記犠牲金属の溶出を残る面のみに規制し、
前記タブにより前記流電陽極体を前記金属構造物と固定的および電気的に接続する、
ことよりなる流電陽極法。
【請求項7】
海水ないし汽水中において前記金属構造物に対向するべく陽極を設置し、前記金属構造物を陰極として、前記海水ないし前記汽水を電気分解してその生成物を構造物に電着せしめる、
ことをさらに含むことを特徴とする請求項6に記載の流電陽極法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−242161(P2010−242161A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−91974(P2009−91974)
【出願日】平成21年4月6日(2009.4.6)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】