説明

海島複合繊維、および該繊維を用いたポリアクリロニトリル系ポリマー繊維の製造方法

【課題】従来法と比べて高配向で、強度の優れたアクリル繊維を提供する。
【解決手段】重量平均分子量が30万〜400万のポリアクリロニトリル系ポリマーを島成分、エステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーを海成分とし、島成分の直径が2μm〜300μmの範囲内であり、島成分が実質連続である海島複合繊維。島成分と海成分とが、重量比10/90〜80/20であることが好ましい。および、該繊維から、アルカリ溶液によってエステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーからなる海成分を分解溶出し、得られる繊維を2倍以上延伸するポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアクリロニトリル系ポリマーと、エステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーからなる海島複合繊維、および、それから得られるポリアクリロニトリル系ポリマー繊維の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アクリル繊維は古くから用いられており、ポリエステル、ナイロンと共に三大合繊のひとつである。このアクリル繊維を焼成し、高強度高弾性率繊維である炭素繊維を得る方法は周知であり、広く実施されている。しかしながら、炭素繊維の理論強度に対して、実際の炭素繊維強度はまだ低く、炭素繊維本来の能力が十分発揮されているとはいえない。かかる問題を解決する手段の一つとして、炭素繊維用前駆体としてのアクリル繊維の強度、弾性率、配向度、結晶化度の改良について、報告がされている。
【0003】
炭素繊維前駆体としてのアクリル繊維の構造制御から炭素繊維の高強度化を行うアプローチとしては、繊維の破断要因となる欠陥を減少させるためにアクリル繊維を高分子量化したり、溶液紡糸工程でアクリル繊維の内外層差発生を抑制して均一なアクリル繊維を得る手法が公知である。
【0004】
また、アクリル繊維を高配向化することで高強度炭素繊維を得る手法として、ポリアクリロニトリル系ポリマーの重合を懸濁重合として分子鎖の分岐を抑制し、製糸時にアクリル繊維の高倍率延伸を行うことで高配向のアクリル繊維を得る方法が示されている(特許文献1)。該方法では、X線による配向度が90%になるものの、使用するポリアクリロニトリル系ポリマーの分子量が20万〜50万であり、分子鎖末端の数が多いために欠陥の数が増加し、高強度化の効果としては不十分であるほか、分子鎖の枝分かれができるような共重合体を導入できない手法であった。
【0005】
また、一旦凝固浴にて凝固させたアクリル繊維を、延伸時に延伸浴中で再度繊維表層を溶解しながら高倍率で延伸し、水洗、乾燥させることで、均一性に優れ、高配向のアクリル繊維を得る方法について提案されている(特許文献2)。該手法では、確かに均一なアクリル繊維が得られるものの、特許文献記載の方法では、延伸浴中でアクリル繊維表層を溶解させるため、延伸で繊維同士が接着しやすいといった問題があるほか、延伸浴の温度、濃度の厳密な管理が必要であり、安定して高配向のアクリル繊維を得るのが難しいという問題があった。
【0006】
上述のように、従来から、高強度炭素繊維を得るための前駆体となる均一で高配向化したアクリル繊維を得る検討が行われてきたが、その内容としてはポリマーの共重合成分が限定されたり、工程の管理が困難であったり、不十分なものであった。このため、重合手法によらず、安定して均一な高配向のアクリル繊維が得られることが可能な製造方法の確立が望まれていた。
【特許文献1】特開昭63−66317号公報
【特許文献2】特開昭58−15028号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、上記従来技術の問題点として上げられた繊維の溶着を防止し、高倍率延伸によって強度を向上させたポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を達成するために、本発明は以下の構成を要旨とするものである。
【0009】
本発明の第1の発明は、重量平均分子量が30万〜400万のポリアクリロニトリル系ポリマーを島成分、エステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーを海成分とし、島成分の直径が2μm〜300μmの範囲内であり、島成分が実質連続であることを特徴とする海島複合繊維である。
【0010】
本発明の第2の発明は、島成分と海成分とが、重量比10/90〜80/20であることを特徴とする請求項1記載の海島複合繊維である。
【0011】
本発明の第3の発明は、請求項1または2いずれか1項記載の海島複合繊維を用いて、アルカリ溶液処理によってエステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーを分解溶出し、得られる繊維を2倍以上延伸することを特徴とするポリアクリロニトリル系ポリマー繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、前記の目的が達成される。そして、本発明の製造方法により得られるポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維は優れた配向を有し、炭素繊維前駆体として好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の海島複合繊維ついて詳細に説明する。
【0014】
本発明の海島複合繊維とは、ポリアクリロニトリル系ポリマーから形成される島成分とエステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーから形成される海成分からなる海島複合繊維であり、海成分であるエステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーに被覆されて、島成分であるポリアクリロニトリル系ポリマーが存在することを特徴とする。島成分を形成するポリアクリロニトリル系ポリマーは海島複合繊維中で連続であり、海島複合繊維の任意の位置で繊維断面を観察しても、島成分であるポリポリアクリロニトリル系ポリマーが観察される。島成分の数は4以上が好ましい。島成分が4以上であれば、生産性が高く効率的にアクリル繊維を得ることができる。また好ましい島数の上限は2000であり、2000以下であれば紡糸時のアクリル繊維同士の融着を抑制でき、高倍率延伸を行うことが可能になる。
【0015】
本発明でいう実質連続とは、上記海島複合繊維の島成分が連続であって海島複合繊維の繊維軸方向にポリアクリロニトリル系ポリマーが筋状に連続している状態をさし、任意の繊維断面でポリアクリロニトリル系ポリマーからなる島数が同一である。島成分が実質連続であるために、海島複合繊維を延伸する場合には海成分だけでなく島成分のポリアクリロニトリル系ポリマーを追随させて延伸することができる。また、島成分が実質連続であるために、海成分を除去した後のポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維束が分散することなく取り扱い性が高くなり、ポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維を延伸することが可能tなる。
【0016】
本発明で用いるポリアクリロニトリル系ポリマーは、アクリロニトリルホモポリマー及び/又は用途に応じてアクリロニトリルモノマーと他種モノマーとの共重合体を用いることができる。他種モノマーの例としては、アクリル繊維の風合いや染色性を変える目的でスチレン、ビニルトルエン、酢酸ビニル、塩化ビニル、塩化ビニリデン、臭化ビニル、臭化ビニリデン、フッ化ビニル、フッ化ビニリデンなどの不飽和モノマー類、さらにp−スルホフェニルメタリルエーテル、メタリルスルホン酸、アリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸及びこれらのアルカリ金属塩などが挙げられる。アクリロニトリルモノマーと他種モノマーとの比率は繊維の用途に応じて適宜選択可能であるが、好ましくはポリアクリロニトリル系ポリマーを構成するアクリロニトリルモノマーが40重量%以上、より好ましくは80重量%以上である。アクリロニトリルモノマーの比率を上げることで、本発明の海島複合繊維から海成分を除去した後に得られるポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維のアクリル独自の特性が保たれる。
【0017】
そのほか、炭素繊維前駆体として用いる場合には、耐炎化工程でのポリアクリロニトリル系ポリマーの環化の進行を促進する目的でカルボン酸基、もしくはそのエステル化物を有するモノマーもしくはアクリルアミド系モノマーを共重合してもよい。ポリアクリロニトリル系ポリマーの総重量に対して環化促進のためのモノマーを、0.5重量%以上共重合することが好ましく、1.0重量%以上共重合すれば環化が促進されてさらに好ましい。共重合成分の上限としては、実質共重合困難になる20%である。
【0018】
本発明で用いるポリアクリロニトリル系ポリマーは、重量平均分子量が30万〜400万であることが重要である。ポリアクリロニトリル系ポリマーの重量平均分子量を30万以上とすることで、得られる繊維を高強度とすることができる。一方、重量平均分子量を400万以下とすることで、紡糸原液濃度を上げることが可能になり、紡糸性を向上できる。この観点から、ポリアクリロニトリル系ポリマーの重量平均分子量は60万〜300万であることがより好ましい。
【0019】
本発明でいうエステル系ポリマーは、主鎖にエステル結合を含むポリマーのことをいう。エステル系ポリマーは、海島複合繊維の紡糸工程において凝固液にアルコール類やケトン類などの爆発性があり、環境負荷の大きい有機溶媒を使わずに、例えば、水により凝固が可能であり、特殊な設備を必要とせず、海島複合繊維の製造に従来のアクリル繊維の製造方法が利用できる。また、エステル系ポリマーはアルカリ溶液により容易に分解するため、海島複合繊維からポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維を製造する際のエステル系ポリマーの除去工程においても有機溶剤を使用せず、例えばアルカリ溶液を使用して効率良く除去が可能である。また、製糸工程および除去工程で使用する溶媒の安全対策に必要な設備投資を大幅に削減する事が可能となる。
【0020】
本発明のエステル系ポリマーは主鎖にエステル結合を含むポリマーであり、原液調整時の溶媒への溶解性、および延伸性の点から、45℃における15重量%ジメチルスルホキシド溶液の粘度が100〜1800poiseであるものが好ましい。
【0021】
また、本発明のエステル系ポリマーは、海島複合繊維からアルカリ溶液を用いてエステル系ポリマーを除去してポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維を得る際にエステル系ポリマーの分解速度を上げ、短時間で溶出させる目的で、ポリアルキレングリコールを共重合したブロックポリエーテルエステルがより好ましい。
【0022】
ポリアルキレングリコールの分子量は、ポリエステルとの重合性の点から1000〜20000が好ましく、溶媒への溶解性の点、およびできるブロックポリエーテルエステルを均一な構造とするために3000〜6000とすることがより好ましい。また、ポリアルキレングリコールの混率は、エステル系ポリマーの全重量に対して1〜60重量%が好ましい。1重量%以上とすることで、アルカリ処理時の分解速度が促進され、60重量%以下とすることで得られる海島複合繊維の耐水性が向上する。ポリアルキレングリコールの具体的な例としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、などが挙げられるが、中でも重合性、およびアルカリ溶解性の面からポリエチレングリコールを使用することが特に好ましい。
【0023】
本発明でいうビニルアルコール系ポリマーはポリビニルアルコール成分を主成分とし、平均重合度1000以上のビニルポリマーのことをいう。このビニルアルコール系ポリマーには他のモノマーが共重合されていてもよく、共重合成分としてはたとえばエチレン、酢酸ビニル、イタコン酸、ビニルアミン、アクリルアミド、ピバリン酸ビニル、無水マレイン酸、スルホン酸含有ビニル化合物などが挙げられる。易溶解性を保つ点から、ビニルアルコールユニットを全構成ユニットの70モル%以上有するポリマーとするのが好ましい。また、ポリアクリロニトリル系ポリマーの平均重合度は、製糸性の点から1500以上とするのが好ましく、海島複合繊維からビニル形ポリマーを除去して繊維を得るために、ビニルアルコール系ポリマーの易溶解性を保つ点から、5000以下とするのが好ましい。
【0024】
本発明の海島複合繊維の繊度は、単糸繊度が0.5dtex以上500dtex以下が好ましい。単糸繊度を0.5dtex以上とすることで製糸工程での糸切れが少なくなり工程通過性が向上する。また、500dtex以下とする事で海成分の除去工程における除去効率が高くなる。より好ましくは1dtex以上300dtex以下である。
【0025】
本発明の海島複合繊維の島成分は、直径2μm〜300μmの範囲内であることが重要である。島成分の直径が2μm以上であれば、海成分除去後のポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維の延伸を行う際、工程通過性が安定して高倍率延伸を行いやすく、高配向させた繊維を得るのに好ましい。この点からさらに好ましくは10μm以上である。また、芯成分の直径が300μm以下であれば、芯成分の直径が200μm以下であればさらに好ましい。さらに好ましくは10μm以上である。また、島成分の直径が300μm以下であれば、ポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維を焼成する工程での反応促進のため好ましく、島成分の直径が250μm以下であればさらに好ましい。
【0026】
本発明の海島複合繊維は、複合紡糸した後に、エステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーが可溶でかつポリアクリロニトリル系ポリマーが不溶の溶媒を用いて、海成分のエステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーを分解溶出し、島成分のポリアクリロニトリル系ポリマーのみからなる繊維を得ることができる。海成分の除去によって得られるポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維は、溶液紡糸時にポリアクリロニトリル系ポリマー繊維表層が海成分によって保護されていることから、表層に明確なスキン層を作らず、繊維内層と外層との構造差がなく、断面内が均一な構造を有する繊維となるのである。このため延伸を阻害する要素が小さくなり、均一で高配向のポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維となるのである。特に、本手法で得られたポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維を通常の延伸法によって2倍以上に延伸することで、繊維断面が均一な繊維が得られる。さらに、この繊維を破断伸度20%以下まで延伸することにより、断面内が均一で高配向のポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維が得られる。こうして得られるポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維は、繊維断面の構造が均一であるため炭素繊維前駆体として好ましい。また、ここでいう繊維の配向としては、複屈折による測定値Δnが−2.5×10−3以下であればよく、−3.0×10−3以下であればさらに好ましい。
【0027】
海成分の除去に使用される溶媒としてはポリマーの組み合わせによって自由に選択することができるが、エステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーを除去するために、溶媒はアルカリ性水溶液であればよい。
【0028】
本発明の海島複合繊維の島成分/海成分の重量比率は、重量比10/90〜80/20であることが好ましい。島成分が10重量%以上であれば、分解溶出するエステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーの使用量が少なくなり生産効率を上げられるため好ましく、50重量%以上であればさらに好ましい。また、海成分が20重量%以上であれば、海成分のポリマー層が厚くなるため、島成分のポリアクリロニトリル系ポリマーをカバリングできるため好ましく、海成分が30重量%以上であればさらに好ましい。
【0029】
次に、本発明の海島複合繊維の製造方法の好適な実施の形態について詳細に説明する。本実施形態における海島複合繊維の製造方法では、島部と海部とを有する海島複合繊維を製造するために、ポリアクリロニトリル系ポリマーを含む紡糸原液と、エステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーを含む紡糸原液をそれぞれ作成し、海島型紡糸口金にそれぞれ海成分、島成分として吐出させ、通常の溶液紡糸工程によって得られる。
【0030】
このとき準備する海成分及び島成分の紡糸原液において、それぞれの紡糸原液における固形分濃度や温度、またポリマーを溶解する溶剤の種類については、必要に応じて適宜変更して紡糸原液の調整を行うことができる。具体的には、紡糸原液における固形分濃度については、海島複合状態の安定化、紡糸性、生産性などを考慮し、例えば1〜30重量%程度の適切な濃度に設定することができる。また、紡糸原液に使用する溶剤については、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、アセトン、ジメチルスルホキシド等の有機溶剤や、ロダン塩、硝酸などの無機溶剤、その他アクリル繊維の溶液紡糸で一般的に用いられる溶剤の何れの溶剤でも使用することができるが、回収の容易さを考慮すると有機溶剤を用いることが好ましい。また、ポリアクリロニトリル系ポリマーとエステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーに共通の良溶媒が取り扱い性が好ましく、例えばジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシドが挙げられる。
【0031】
次に、上記のように準備した海成分及び島成分の紡糸原液を、島数を規定して紡糸可能な海島型紡糸口金を用いて、島成分及び海成分の紡糸原液比率を設定して紡糸を行う。この際、紡糸原液中のポリマー成分が島成分/海成分の重量比率として、10/90〜80/20となるように紡糸原液比率を設定して紡糸を行うことが好ましい。
【0032】
ポリアクリロニトリル系ポリマーおよび、エステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーそれぞれの原液の温度と濃度としては、製糸性と操業性の点から20〜90℃が好ましく、ポリアクリロニトリル系ポリマー、エステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーの原液の濃度は20〜90℃における粘度が200〜4000poiseとなるようにポリマー濃度を調節することが好ましい。さらに、紡糸安定性の面から、ポリアクリロニトリル系ポリマーを含む紡糸原液の方が高粘度であることが好ましい。
【0033】
なお本実施形態において、紡糸を行う方法に関しては、溶液紡糸であれば、湿式紡糸法、乾湿式紡糸法、乾式紡糸法のいずれの方法でも用いることができ、ポリアクリロニトリル系ポリマーとエステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーに対して固化能力のある溶媒で満たした凝固浴中に吐出する湿式紡糸、ポリマー原液を一旦空中を走行させてから凝固浴に導く乾湿式紡糸が適用できる。
【0034】
凝固浴に用いる溶媒としてはポリアクリロニトリル系ポリマーとエステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーの両成分に対する貧溶媒を含む溶液であればよく、溶媒回収の観点から、両成分に対する貧溶媒とポリマー原液調整の際に用いる溶媒との混合溶媒が特に好ましい。このような例としては、メタノール、エタノール、プロパノールなどのアルコール類や、水といった貧溶媒と原液調整時の溶媒との混合溶液が挙げられる。環境負荷の低減と、凝固溶媒を安全に取り扱うための設備費用面から、水と原液調整の際に用いる溶媒との混合溶液を用いることが最も好ましい。混合溶液の濃度としては、凝固液中における原液調整時の溶媒の濃度が10〜90重量%であることが好ましい。凝固液中における原液調整時の溶媒の濃度を10重量%以上とすることで、凝固液の回収、精製分離、再利用にかかる費用が削減でき、90重量%以下とすることで紡糸原液の凝固が、より好ましくは20〜80重量%である。凝固浴の温度は、操業性の点から0〜90℃で行うことが好ましく、より好ましくは5〜70℃である。
【0035】
凝固糸の引き取り速度としては、操業性の観点から1〜100m/minが好ましい。引き取られた海島複合繊維は、適度な繊維直径とするため、また、ポリアクリロニトリル系ポリマーを配向させるために延伸を行うことが好ましい。延伸は凝固に引き続き液浴延伸等により多段階で行うこともできる。巻取りローラの速度を引き取りローラ速度で除した総延伸倍率は、目的に応じ適宜調整することができ、2〜20倍程度が好ましい。また、工程の途中もしくは最後に適宜、乾燥、給油、洗浄を行っても良い。
【0036】
こうして得られた海島複合繊維は、ポリアクリロニトリル系ポリマーが島成分、エステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーが海成分となった海島複合繊維となる。この海島複合繊維から海成分を除去することでアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維を得ることができる。海成分の除去は、一旦巻き取った後でも良いし、巻き取らずにそのまま海成分を除去してもよい。
【0037】
本発明で得られる海島複合繊維の海成分を除去するには、海島複合繊維を、エステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーが可溶な溶媒で満たした溶解浴を通すのが好ましい方法である。エステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーの種類によって、溶解浴の溶媒を変更することが可能であるが、エステル系ポリマーである場合には、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどを溶解したアルカリ性の水溶液とすることが好ましく、アルカリ溶液の濃度は0.1〜10重量%が好ましい。濃度が0.1重量%以上とする事でエステル系ポリマーの分解溶出速度が上がり、濃度が10重量%以下とすることでポリアクリロニトリル系ポリマーの分解反応を抑制できる。アルカリ溶液の温度は、エステル系ポリマーの分解溶出速度を保ちつつ、アルカリ溶液からの水の蒸発を抑え、溶液濃度を一定に保つ目的で10〜100℃とすることが好ましい。ビニルアルコール系ポリマーの場合には、同様のアルカリ性水溶液を用いることができる他、アルコールを用いて海成分を除去することもできる。
【0038】
本発明においては、海成分を除去した後のポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維をさらに延伸することが可能で、この繊維を2倍以上に延伸することで、高配向の繊維を得ることができる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお実施例中の各特性値は次の方法で求めた。
【0040】
A.ポリマー溶液の粘度
粘度測定法により、下記の測定装置および条件を用いて測定し、下記の剪断速度の範囲内で実測された粘度の値を溶液粘度として使用した。
粘度測定装置:BROOKFIELD製 DV−II+Pro VISCOMETER
恒温装置:BROOKFIELD製 TC500
剪断速度:10〜20sec−1
【0041】
B.ポリアクリロニトリル系ポリマーの重量平均分子量
ジメチルホルムアミド溶液により、25℃で重合体の極限粘度[η]を測定し、下記式によって算出した。
【0042】
【数1】

【0043】
C.繊度
繊維を100m測り取り、その重量から繊維繊度を測定した。
【0044】
D.島部直径
スライスした繊維断面を光学顕微鏡で観察し、その面積を円換算して直径を算出した。島部直径の平均を算出し、島部直径平均とした。
【0045】
E.繊維の複屈折測定
OLYMPUS(株)社製BH−2型偏光顕微鏡を用い、通常の干渉縞法によって、レターデーションと繊維径より求めた。
【0046】
実施例1
ポリアクリロニトリル系ポリマーとして、ジメチルスルホキシドを溶媒とする溶液重合法により、アクリロニトリルを重合し、45℃において720poiseを示す15重量%アクリロニトリルホモポリマーのジメチルスルホキシド溶液を作製した。
【0047】
エステル系ポリマーとして、アジピン酸5部、アゼライン酸12部に対してエチレングリコールを12部仕込んでエステル化反応を行い、プレポリマーを得た。このプレポリマーにポリエチレングリコール(分子量4000)48部を加えて重縮合を行い、ポリアジペート、ポリアゼレート、ポリエチレングリコールからなるブロックポリエーテルエステルを得た。このブロックポリエーテルエステル100部をジメチルスルホキシド870部に溶解し、アクリロニトリル30部をグラフト重合したエステル系ポリマーのジメチルスルホキシド溶液を得た。得られたエステル系ポリマーの15.0重量%ジメチルスルホキシド溶液の粘度は45℃において100poiseを示した。
【0048】
これらポリマー溶液を45℃下で、単糸あたり16の島を有する通常の海島紡糸用口金の島部にポリアクリロニトリル系ポリマー溶液、海部にエステル系ポリマー溶液をそれぞれ、海島複合繊維のポリマー重量比率が60/40となるようにギアポンプで計量して吐出した。該紡糸原液を10℃の45重量%ジメチルスルホキシド水溶液からなる凝固浴中に吐出し、6.0m/minで引き取り凝固糸を得た。凝固糸は引き続き、75℃の30重量%ジメチルスルホキシド水溶液、95℃の15重量%ジメチルスルホキシド水溶液からなる2段の延伸浴で5倍延伸した後、25℃の水浴で水洗して糸中に残存するジメチルスルホキシドを除いた後、単糸35dtex、4fの海島複合繊維を得た。製糸性は良好であった。得られた海島複合繊維の島部の直径平均は23μmであった。この繊維を、60℃にした5%水酸化ナトリウム水溶液の浴を通してエステル系ポリマーを除去した後、引き続いて90℃の熱水浴で加熱しながら3.1倍延伸を行い、ポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維を得た。
【0049】
実施例2
ポリアクリロニトリル系ポリマーとして、ジメチルスルホキシドを溶媒とする溶液重合法により、アクリロニトリルを重合し、45℃において430poiseを示す20重量%アクリロニトリルホモポリマーのジメチルスルホキシド溶液を作製し、島部と海部のポリマー重量比率が70/30となるようにギアポンプで計量して吐出したた以外は実施例1と同様にして海島複合繊維を得た。ポリアクリロニトリル系ポリマーの重量平均分子量が低下したことで実施例1に対して海成分除去後の延伸倍率がわずかに低下したが、十分な物性のポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維が得られた。
【0050】
実施例3
ポリアクリロニトリル系ポリマーとして、ジメチルスルホキシドを溶媒とする溶液重合法により、アクリロニトリルを重合し、45℃において950poiseを示す5重量%アクリロニトリルホモポリマーのジメチルスルホキシド溶液を作製し、島部と海部のポリマー重量比率が50/50となるように計量して吐出した以外は実施例1と同様にして、海島複合繊維を得た。ポリアクリロニトリル系ポリマーの重量平均分子量を増加させても十分な物性のポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維が得られた。
【0051】
実施例4
実施例1において、エステル系ポリマーの代わりに重合度1700、ケン化度99モル%のポリビルアルコールの20重量%ジメチルスルホキシド溶液を使用したこと以外は実施例1と同様にして海島複合繊維を得た。ポリビニルアルコールを用いても、高配向のポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維が得られた。
【0052】
実施例5
島部と海部のポリマー重量比率が75/25となるように計量して吐出した以外は実施例1と同様にして、海島複合繊維を得た。海部が減少することで被覆の効果が減少し、繊維の延伸倍率がわずかに低下したが、十分な物性のポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維が得られた。
【0053】
比較例1
実施例1で用いたポリアクリロニトリル系ポリマーのみを用いて紡糸した以外は実施例1と同様にして、紡糸を行った。紡糸工程中に糸切れが発生し、繊維を得ることができなかった。
【0054】
比較例2
ポリアクリロニトリル系ポリマーとして、ジメチルスルホキシドを溶媒とする溶液重合法により、アクリロニトリルを重合し、45℃において210poiseを示す20重量%アクリロニトリルホモポリマーのジメチルスルホキシド溶液を作製した以外は実施例1と同様にして、海島複合繊維を得た。しかし、この海島複合繊維から海成分を除去しても、ポリアクリロニトリル系ポリマーからなる繊維は延伸性能が低く、高配向な繊維が得られなかった。
【0055】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の海島複合繊維は従来のアクリル繊維の製造工程を利用して、安全かつ環境負荷が少ない方法により製造が可能であり、優れた炭素繊維前駆体となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量平均分子量が30万〜400万のポリアクリロニトリル系ポリマーを島成分、エステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーを海成分とし、島成分の直径が2μm〜300μmの範囲内であり、島成分が実質連続であることを特徴とする海島複合繊維。
【請求項2】
島成分と海成分との重量比が10/90〜80/20であることを特徴とする請求項1記載の海島複合繊維。
【請求項3】
請求項1または2に記載の海島複合繊維を用いて、アルカリ溶液処理によってエステル系ポリマーまたはビニルアルコール系ポリマーからなる海成分を分解溶出し、得られる繊維を2倍以上延伸することを特徴とするポリアクリロニトリル系ポリマー繊維の製造方法。

【公開番号】特開2010−116651(P2010−116651A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−291839(P2008−291839)
【出願日】平成20年11月14日(2008.11.14)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】