液体マトリックスを用いたMALDI質量分析法
【課題】検出すべき分子種に対するイオン化抑制効果を低減するMALDI質量分析法;MS測定の段階において、特定の分子種の選択的なイオン化、又は特定の付加イオン種の選択的な検出が可能なMALDI質量分析法;スループット性に優れ、試料の損失が無い(又は著しく少ない)MALDI質量分析法を提供する。
【解決手段】構造解析すべき分子と、イオンXを有する塩とを含む水溶液相、及び、アミノキノリンのイオンと酸性基含有有機物質のイオンとを含むイオン性液体相、からなる二相液滴を形成する工程と、二相液滴から水を除去し、残渣と残相とからなるスポット得る工程と、残渣の部分にレーザー光を照射し、少なくとも構造解析すべき分子にイオンXが付加したイオンを得ること、及び/又は、残相の部分にレーザー光を照射し、構造解析すべき分子のプロトン付加イオンを得る工程と、を含む、液体マトリックスを用いたMALDI質量分析法。
【解決手段】構造解析すべき分子と、イオンXを有する塩とを含む水溶液相、及び、アミノキノリンのイオンと酸性基含有有機物質のイオンとを含むイオン性液体相、からなる二相液滴を形成する工程と、二相液滴から水を除去し、残渣と残相とからなるスポット得る工程と、残渣の部分にレーザー光を照射し、少なくとも構造解析すべき分子にイオンXが付加したイオンを得ること、及び/又は、残相の部分にレーザー光を照射し、構造解析すべき分子のプロトン付加イオンを得る工程と、を含む、液体マトリックスを用いたMALDI質量分析法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体マトリックスを用いたMALDI質量分析法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでMALDI質量分析法では主として固体マトリックスが使用されてきた。固体マトリックスを用いて質量分析を行う場合、試料/マトリックス混合結晶をサンプルプレート(ターゲットプレート)上に作成する。混合結晶は使用するマトリックスおよび混合結晶の作成方法に応じて、様々な特徴的な結晶状態が報告されている。これらは一般に不均質であり、レーザー照射される結晶の場所ごとに得られるスペクトルが異なる。すなわち、試料イオンが得られるのは、不均質な混合結晶の限られた一部であるため、混合結晶の場所によってイオン化の偏りが生じる。
【0003】
MALDI質量分析では、分析すべき試料中にイオン化が容易な物質とイオン化が困難な物質とが共存する場合、イオン化が容易な物質が優先的にイオン化され、その一方で、イオン化が困難な物質はイオン化効率が低下するか、或いはイオン化されないことがある(すなわちイオン化抑制効果が生じる)(非特許文献1:アナリティカル・ケミストリ(Analytical Chemistry)、1999年、第71巻、p.4160−4165)。
【0004】
イオン性液体は、いくつかの化学的用途に用いられているが、非特許文献2:ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(Journal of American Chemical Society)、2002年、第124巻、p.14247-14254には、ほとんどのイオン性液体が、類似の極性をもつにも関わらず、有機合成反応の溶媒、MALDI質量分析におけるマトリックス、液−液抽出における液相、およびガスクロマトグラフィーにおける固定相として用いられる際に、互いにまったく異なる挙動を示すことがあると記載されている。
【0005】
MALDI質量分析で使用されているレーザーの吸収波長を有する成分から構成されるイオン液体はマトリックス(すなわち液体マトリックス)としての利用が可能である。液体マトリックスの構成イオンである酸性基含有有機物質のイオンは、主として、MALDI質量分析に一般的に用いられている固体マトリックス(例えば、α-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸:CHCA, 2,5-ジヒドロキシ安息香酸:DHB、シナピン酸:3,5-ジメトキシ-4-ヒドロキシケイ皮酸:SAなど)が用いられる。一方、液体マトリックスの他の構成イオンであるアミンのイオンは、非常に多岐に渡ることが、非特許文献3:アナリティカル・ケミストリ(Analytical Chemistry)、2001年、第73巻、p.3679-3686、及び非特許文献4:アナリティカル・アンド・バイオアナリティカル・ケミストリ(Analytical and Bioanalytical Chemistry)、2006年、第386巻、p.24-37に記載されている。
【0006】
非特許文献5:ラピッド・コミュニケーションズ・イン・マス・スペクトロメトリ(Rapid Communications in Mass Spectrometry)、1996年、第10巻、p.923-926には、酸性基含有機物質のイオンにCHCAを用い、アミンのイオンに3-アミノキノリンを用いた液体マトリックス(すなわち3-アミノキノリン/CHCA)について記載されている。
【0007】
また、MALDI質量分析装置として、特許文献1:特表2003−512702号公報、特許文献2:特表2005−502175号公報、特許文献3:特表2005−512276号公報、非特許文献6:ジャーナル・オブ・マススペクトロメトリ(Journal of Mass Spectrometry)、2004年、第39巻、p.471−484に、デジタルイオントラップ型の装置が記載されている。従来のイオントラップでは、高電圧高周波の正弦波電圧を用いてイオンをトラップし、正弦波電圧の周波数を一定に保ったまま正弦波の振幅を変化させることで質量分析を行うのに対して、デジタルイオントラップは、デジタル制御により生成した高周波矩形波電圧を用いて、矩形波電圧の振幅を一定に保ったまま周波数を変化させることで質量分析を行うことを特徴とする。
【0008】
【非特許文献1】アナリティカル・ケミストリ(Analytical Chemistry)、1999年、第71巻、p.4160−4165
【非特許文献2】ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(Journal of American Chemical Society)、2002年、第124巻、p.14247−14254
【非特許文献3】アナリティカル・ケミストリ(Analytical Chemistry)、2001年、第73巻、p.3679−3686
【非特許文献4】アナリティカル・アンド・バイオアナリティカル・ケミストリ(Analytical and Bioanalytical Chemistry)、2006年、第386巻、p.24−37
【非特許文献5】ラピッド・コミュニケーションズ・イン・マス・スペクトロメトリ(Rapid Communications in Mass Spectrometry)、1996年、第10巻、p.923−926
【非特許文献6】ジャーナル・オブ・マススペクトロメトリ(Journal of Mass Spectrometry)、2004年、第39巻、p.471−484
【特許文献1】特表2003−512702号公報
【特許文献2】特表2005−502175号公報
【特許文献3】特表2005−512276号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
第1に、MALDI質量分析では、混合試料を測定する場合、イオン化効率が低い物質は、イオン化抑制効果によって、検出感度が低下するか、或いは検出されないという問題がある。例えば、生体高分子である糖タンパク質の酵素消化によって得られるペプチドと糖ペプチドとの混合物をMALDI質量分析に供した場合、糖ペプチドのイオン化効率がペプチドと比較して低いため、イオン化抑制効果によって糖ペプチドの検出が極めて困難となるという問題がある。
【0010】
第2に、糖タンパク質の酵素消化物(すなわちペプチドと糖ペプチドとの混合物)をMALDI質量分析に供した場合、MSスペクトルにおいては、ペプチドと糖ペプチドとのピークが混在して検出されるため、それらのピークの中から糖ペプチドのピークを容易に識別することができない。MSスペクトルのピークの中から糖ペプチドのピークを探し出すためには、各ピークについてさらにMS/MS測定に供し、解析を行う必要がある。このように、MSスペクトルのピーク中から糖ペプチドのピークを探し出す手間が必要となるという問題がある。
【0011】
第3に、MALDI質量分析において、塩類は試料のイオン化を阻害するものである。このため、測定に先立ち、試料の純度を高めるための脱塩処理が前処理として必要である。しかしながら、このような前処理によってスループットの低下及び試料の損失が生じるという問題がある。
【0012】
そこで、上記の問題に鑑み、本発明の目的は、第1に、検出すべき分子種に対するイオン化抑制効果を低減するMALDI質量分析法を提供することにある。
第2に、本発明の目的は、MS測定の段階において、特定の分子種の選択的なイオン化、又は特定の付加イオン種の選択的な検出が可能なMALDI質量分析法を提供することにある。
第3に、本発明の目的は、スループット性に優れ、試料の損失が無い(又は著しく少ない)MALDI質量分析法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、鋭意検討の結果、ターゲットプレート上に、試料を含む水溶液相と液体マトリックス相とからなる液滴を調製し、水溶液を乾燥させることによって、上記本発明の目的が達成されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
本発明は、以下の発明を含む。
(1)
(i)構造解析すべき分子を含む試料と、構成イオンXを有する塩と、を含む水溶液の相、及び
アミノキノリンのイオンと酸性基含有有機物質のイオンとを含む、マトリックスとしてのイオン性液体の相、
からなる二相液滴を、ターゲットプレート上に形成する二相液滴形成工程と、
(ii)前記二相液滴における前記水溶液の相から水を除去することによって、前記水溶液の相から得られた残渣と、前記イオン性液体の相から得られた残相とからなるスポットを前記ターゲットプレート上に得るスポット形成工程と、
(iii)前記スポットにおける前記残渣の部分にレーザー光を照射し、少なくとも前記構造解析すべき分子に前記イオンXが付加したイオンを得ること、及び/又は
前記スポットにおける前記残相の部分にレーザー光を照射し、前記構造解析すべき分子にプロトンが付加したイオンを得ること、
を含む質量分析工程と、
を含む、液体マトリックスを用いたMALDI質量分析法。
【0015】
「イオン性液体」は、室温で液体の状態で存在し、その実体は塩である物質をいう。本明細書において、「マトリックスとしてのイオン性液体」と、「液体マトリックス」とは、同じ意味で記載する。
【0016】
前記工程(i)における、「試料」及び「塩」を含む「水溶液の相」と「イオン性液体の相」とからなる「二相液滴」は、すなわち、試料及び塩を含む水性相と液体マトリックスの有機相との二相からなる液滴である。
【0017】
前記工程(i)における、「水溶液の相」と「イオン性液体の相」とからなる「液滴」においては、「水溶液の相」は「液滴」の中心部に、「イオン性液体の相」は「水溶液の相」の外周部に位置することができる。
【0018】
「前記液滴における前記水溶液の相から水を除去する」とともに、「液滴」における「水溶液の相」の占める体積は縮小する。その結果、「水溶液の相」は水の除去により微小な「残渣」となる。その結果、「水溶液の相」に含まれていた「塩」は、「残渣」中に集まる。一方、「水溶液の相」に含まれていた「構造解析すべき分子」は、その全部又は一部が、「イオン性液体の相」へ取り込まれ、「残相」中に残る。
すなわち、「水溶液の相」中に存在していた「構造解析すべき分子」は、「イオン性液体の相」へ、「水溶液の相」中に共存していた「塩」の脱塩を伴って取り込まれる。従って、「残相」中には脱塩された「構造解析すべき分子」が調製される。
なお、「残渣」には、「構造解析すべき分子」の一部が「塩」とともに残存する場合がある。
【0019】
「アミノキノリンのイオンと酸性基含有有機物質のイオンとを含む」イオン性液体は、アミノキノリンのイオンと酸性基含有有機物質のイオンとから構成される。
【0020】
(2)
前記工程(iii)において、前記スポットにおける前記残渣の部分にレーザー光を照射し、前記構造解析すべき分子にプロトンが付加したイオンをさらに得る、(1)に記載のMALDI質量分析法。
【0021】
(3)
前記アミノキノリンは、3−アミノキノリン及びその構造異性体からなる群から選ばれる、(1)又は(2)に記載のMALDI質量分析法。
【0022】
3−アミノキノリンの「構造異性体」には、2−アミノキノリン、4−アミノキノリン、5−アミノキノリン、6−アミノキノリン、7−アミノキノリン、及び8−アミノキノリンが含まれる。
【0023】
(4)
前記酸性基含有有機物質はα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)及び2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)からなる群から選ばれる、(1)〜(3)のいずれかに記載のMALDI質量分析法。
【0024】
(5)
前記構造解析すべき分子は、糖、糖ペプチド、及びペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種の分子である、(1)〜(4)のいずれかに記載のMALDI質量分析法。
【0025】
前記工程(i)における「試料」には、「糖、糖ペプチド、及びペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種の分子」が混合して含まれてよい。そのような試料には、糖タンパク質の消化物(すなわち糖ペプチドとペプチドとの混合物)、タンパク質の消化物が含まれる。
【0026】
「糖」には、単糖、糖鎖、及びそのラベル化体が含まれる。ラベル化体には、ピリジルアミノ化糖が含まれる。
【0027】
前記工程(i)において、「試料」に、「構造解析すべき分子」として「糖」が含まれる場合、当該糖は、前記工程(iii)において、「残渣」から少なくとも「イオンXが付加したイオン」として、「残相」から「プロトンが付加したイオン」として得ることができる。
【0028】
前記工程(i)において、「試料」に、「構造解析すべき分子」として「糖ペプチド」が含まれる場合、当該糖ペプチドは、前記工程(iii)において、「残渣」から少なくとも「イオンXが付加したイオン」として、「残相」から「プロトンが付加したイオン」として得ることができる。それらイオンは、糖−アミノ酸結合が維持されたものとして得られる。
【0029】
前記工程(i)において、「試料」に、「構造解析すべき分子」として「ペプチド」が含まれる場合、当該ペプチドは、前記工程(iii)において、「残相」から「プロトンが付加したイオン」として得ることができる。
【0030】
本発明は、特に前記工程(i)において、「試料」が糖タンパク質の酵素消化物である場合、すなわち、「試料」に「構造解析すべき分子」として「糖ペプチド」と「ペプチド」とが混合して含まれる場合に有用である。
【0031】
(6)
前記イオンXはナトリウムイオン及びカリウムイオンからなる群から選ばれる金属イオンである、(1)〜(5)のいずれかに記載のMALDI質量分析法。
【発明の効果】
【0032】
本発明では、MALDIターゲットプレートウェル上の、レーザーを照射すべきスポットの調製において、試料の溶媒として水を利用することによって、親水性物質である塩を、ターゲットプレートウェル上に占める当該レーザーを照射すべきスポットの微小な一部(通常は中心部)に集積させることができる。
【0033】
このため、塩を、当該レーザーを照射すべきスポットの微小な一部(すなわち残渣)に集積させることによって、検出すべき分子種のイオン化を阻害する物質のひとつである塩を、当該レーザーを照射すべきスポットの他の部分(すなわち残相)から分離することができる。従って、当該他の部分(残相)においては、塩によるイオン化抑制作用を低減させることができ、その結果、当該他の部分(残相)に存在する分子のイオン化を効果的に行うことが可能になる。
【0034】
また、二相液滴からの水の除去に伴って、親水性物質(主として塩)が水とともに一部へ集合し、その結果、親水性物質(主として塩)がスポットの残渣中に蓄積される。このことによって、残渣中において、親水性のより高い分子(すなわち当該親水性物質に対して親和性の高い分子)のイオン種を優位に検出し、その一方で、残相中において、親水性のより低い分子(すなわち当該親水性物質に対して親和性の低い分子)のイオン種を優位に検出することができる。このため、従来の方法ではイオン化効率が異なる分子であっても、残渣又は残相にレーザーを照射することによって、別々に検出することができる。従って、それらの分子の一方が、従来の方法ではイオン化効率が低いものであっても、高感度に検出することが可能になる。
【0035】
このため、試料中に、親水性のより高い分子と親水性のより低い分子とが混在している場合であっても、残渣又は残相にレーザーを照射することによって、親水性のより高い分子のイオン種と、親水性のより低い分子のイオン種とを、分離して検出することが可能になる。
【0036】
さらに、塩を、当該レーザーを照射すべきスポットの微小な一部(残渣)に集積させることができることによって、従来の方法で行っていた脱塩処理を前処理として行うことが必要でなくなる。従って、従来の方法における脱塩前処理に伴うスループット性の低さ及び試料の損失を回避することが可能になる。
【0037】
すなわち、本発明によると、検出すべき分子種に対するイオン化抑制効果を低減することができるMALDI質量分析が可能である。
また、本発明によると、MS測定の段階において、特定の分子種の選択的なイオン化、又は特定の付加イオン種の選択的な検出ができるMALDI質量分析が可能である。
さらに、本発明によると、スループット性に優れ、試料の損失が無い(又は著しく少ない)MALDI質量分析が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
本発明のMALDI質量分析法は、(i)塩含有試料水性相とマトリックス有機相とからなる二相液滴を形成する工程と、(ii)当該二相液滴から水を除去することによって、水性相に由来する残渣と有機相に由来する残相とからなる質量分析用スポットを形成する工程と、(iii)当該質量分析用スポットの残渣部及び又は残相部にレーザーを照射して試料イオンを検出する質量分析工程とを含む。
【0039】
[1.二相液滴形成工程]
[1−1.塩含有試料水性相]
塩含有試料水性相には、構造解析すべき分子を含む試料と、構成イオンXを有する塩とを含む。
構造解析すべき分子としては、糖、糖ペプチド、ペプチド、及びその他の生体高分子のいかなるものも許容される。これらの分子から少なくとも1種の分子が選択されうる。糖には、単糖、糖鎖、及びそのラベル化体が含まれる。糖のラベル化体としては、いかなる修飾を受けた糖であっても良いが、例えば、ピリジルアミノ化糖などが挙げられる。
【0040】
試料には、これらの分子の1種又は複数種が混合して含まれてよい。試料の具体例としては、これらの分子を単独で含むもののほか、糖ペプチドとペプチドとの混合物、ペプチド混合物、糖とペプチドとの混合物などが挙げられる。糖ペプチドとペプチドとの混合物としては、例えば、糖タンパク質をペプチド鎖の断片化処理に供することによって得られるものが挙げられる。また、ペプチド混合物として、タンパク質の断片化処理物が挙げられる。糖とペプチドとの混合物として、糖タンパク質又は糖ペプチドを糖鎖の切り出し処理に供することによって得られるもの、或いは、糖タンパク質をペプチド鎖の断片化処理に供し、さらに糖鎖の切り出し処理に供することによって得られるものが挙げられる。
【0041】
ここで、ペプチド鎖の断片化処理や糖鎖の切り出し処理は、当業者にとって適宜行われるものである。ペプチド鎖の断片化処理法として代表的なものに、タンパク質分解酵素による消化やブロモシアンなどの試薬による化学的分解を行う方法が挙げられるが、その他当業者に公知のいかなる方法も用いられうる。糖鎖の切り出し処理法として代表的なものに、ピリジルアミノ化法が挙げられるが、その他当業者に公知のいかなる方法も用いられうる。
【0042】
塩含有試料水性相に含まれる塩は、試料の調製工程などで用いた緩衝液や、その他の様々な親水性物質(例えば、試薬の残留物、その他当該調製工程において混入した様々な物質など)として含まれうるものである。従って、このような塩には、生化学的に許容されるいかなる塩も含まれる。当該塩の構成イオンXとしては、金属イオンとすることができる。このような金属イオンとしては、ナトリウムイオンやカリウムイオンが代表的である。
【0043】
なお、「親水性」は、主として官能基の種類及び分子の構造によって、「疎水性」と分類することができる。官能基として、カルボキシル基、水酸基、チオール基、アミノ基、アミド基などを有する分子は主として親水性を示し、官能基として、脂肪族炭化水素や芳香環を有する分子は主として疎水性を示す。両官能基を有する分子は、両親媒性を示すことがある。
【0044】
[1−2.マトリックス有機相]
マトリックス有機相には、マトリックスとしてのイオン性液体を含む。イオン性液体は、室温で液体の状態で存在し、その実態は塩である物質をいう。マトリックス有機相には、イオン性液体以外に、有機溶剤が含まれていても良い。このような有機溶剤は、イオン性液体調製時に用いられるものであることが多い。
【0045】
液体マトリックスとしては、アミノキノリンのイオンと酸性基含有有機物質のイオンとから構成されるイオン性液体を用いる。
アミノキノリンとしては、具体的には、3−アミノキノリン及びその構造異性体が挙げられる。当該構造異性体には、2−アミノキノリン、4−アミノキノリン、5−アミノキノリン、6−アミノキノリン、7−アミノキノリン、及び8−アミノキノリンが含まれる。
【0046】
酸性基含有有機物質としては、特に限定されず、例えば、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸、2,5-ジヒドロキシ安息香酸、p−クマル酸、α−シアノ−3−ヒドロキシケイ皮酸、4-ヒドロキシ安息香酸、p-ヒドロキシ安息香酸、p-ヒドロキシフェニルピルビン酸、3-ヒドロキシピコリン酸、3,5-ジメトキシ-4-ヒドロキシケイ皮酸(シナピン酸)、4-ヒドロキシ-3-メトキシケイ皮酸(フェルラ酸)、カフェイン酸(3,4-ジヒドロキシケイ皮酸)、5-メトキシサリチル酸、2-(4-ヒドロキシフェニルアゾ)安息香酸、ニコチン酸、ピコリン酸、3-アミノピコリン酸、3-ヒドロキシピコリン酸、2-アミノ安息香酸、3-アミノ-4-ヒドロキシ安息香酸、6-アザ-2-チオチミン、2,4,6-トリヒドロキシアセトフェノン、1,4-ジヒドロ-2-ナフトエ酸、3-インドールアクリル酸、インドール-2-カルボン酸、チオグリコール酸などから選択されうる。好ましくは、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸や2,5-ジヒドロキシ安息香酸が選択される。
【0047】
液体マトリックスの調製方法としては特に限定されるものではない。具体的な調製方法としては従来からのイオン性液体の調製法に準じることができる。
【0048】
例えば、もっとも簡便な調製法の一つとしては、イオン性液体を構成するアミノキノリンイオンの由来元となるアミノキノリン類と、酸性基含有物質イオンの由来元となる酸物質とを混合して反応させる方法が挙げられる。
【0049】
双方の物質を反応させるためには、酸物質をアミノキノリン類に加えても良いし、アミノキノリン類を酸物質に加えても良い。当該双方の物質の反応は、溶媒中で行うことができる。そのため、酸物質及びアミノキノリン類の少なくとも一方を予め溶液として調製して、酸物質をアミノキノリン類に加えても良いし、アミノキノリン類を酸物質に加えても良い。或いは、溶媒に酸物質及びアミノキノリン類を同時に加えても良い。
【0050】
互いに反応させるべきアミノキノリン類と酸物質との比は、モル比で表して10:1〜2:1、好ましくは7:1〜4:1と設定することができる。溶媒中どのような濃度で双方の物質を反応させるかについては、当業者が適宜決定すればよい。
【0051】
溶媒中で反応させた場合は、反応後、溶媒を除去することができる。溶媒の除去は、留去、好ましくは減圧下における留去によって行うことができる。溶媒の除去を行った後、液状の物質をイオン性液体として得ることができる。
一方、二相液滴の形成時における、イオン性液体の粘性に起因する操作性などの観点から、当該溶媒を除去せずに有機溶剤を含んだ態様でイオン性液体を得ても良い。この場合、質量分析用スポットをより検出選択性良い状態で得るために、より高濃度のイオン性液体溶液であることが好ましい。
【0052】
[1−3.二相液滴の調製]
二相液滴形成をターゲットプレート上に形成する具体的方法としては特に限定されない。
混合液の液滴をターゲットプレート上に形成する具体的方法としては特に限定されない。たとえば、塩含有試料水溶液と液体マトリックス又は液体マトリックス溶液(以下、これらをまとめて液体マトリックスと記載することがある)とを別々に調製し、両液を混合させて混合液を得て、得られた混合液をターゲットプレート上に滴下することによって、二相液滴を形成することができる。また、例えば、塩含有試料水溶液と液体マトリックスとを別々に調製し、塩含有試料水溶液をターゲットプレート上に滴下して塩含有試料水溶液の液滴を形成し、水分が乾燥しない間に、形成された塩含有試料水溶液の液滴にさらに液体マトリックスを滴下することによって、二相液滴を形成することができる。またこの場合、塩含有試料水溶液と液体マトリックス溶液との滴下順序を逆にしても良い。
【0053】
[1−4.二相液滴の態様]
二相液滴の態様は、塩含有試料水溶液の水性相と液体マトリックスの有機相からなるものであれば特に限定されるものではないが、通常、ターゲットプレート上にある程度の広がりをもって塩含有試料水溶液の水性相が接しており、その外周、又は外周及び表面を取り囲むように液体マトリクスの有機相が接している。
例として、水相と液体マトリックス相とからなる二相液滴のモデルを後述の図1及び図10に示す。
【0054】
[1−5.二相液滴中の液体マトリックス量]
ターゲットプレート上に形成される二相液滴1個に含まれる液体マトリックスの量(すなわちターゲットプレート上に形成される後述の質量分析用スポット1個あたりの液体マトリックスの量)としては、特に限定されるものではない。例えば、二相液滴1個あたりのイオン性液体の量を、1nmol〜10μmol、さらに好ましくは10nmol〜1μmolとすることができる。
【0055】
[1−6.二相液滴中の試料及び塩の量]
ターゲットプレート上に形成される二相液滴1個に含まれる構造解析すべき分子の量としては、特に限定されるものではない。例えば、液体マトリックス200nmolに対し、構造解析すべき分子は、10pmol〜数fmolの広い範囲で許容される。
【0056】
塩は、試料の調製工程などで加えられるものであるため、その含有量としては特に限定されるものではない。下限値は、特に限定されないが、例えば、0.1mM程度、或いは0.01mM程度である。この量を下回ると、後述の質量分析工程において、Xイオンが付加したイオンの検出量が減少する傾向が生じると考えられる。一方、上限値は特に限定されないが、500mM程度、或いは1000mM程度まで許容される。この量を上回ると、本発明の効果が得られにくい傾向が生じると考えられる。
【0057】
[1−7.二相液滴の体積]
1個の質量分析用スポットを形成する二相液滴の体積(すなわち、塩含有試料水溶液の水性相の体積と液体マトリックスの有機相の体積との合計)としては、特に限定されず、当業者が適宜決定することができる。
ターゲットプレート上にウェルが設けられている場合、二相液滴は、ウェル内に形成することができる。この場合、二相液滴は、当該ウェル内に収まる程度の体積をもって形成される。具体的には、10nL〜10μl程度、例えば0.5μl程度の液滴を形成することができる。
【0058】
[1−8.ターゲットプレート]
ターゲットプレートとしては、特に限定されない。通常MALDI質量分析に使用されるステンレス鋼ターゲットプレートなどや、化学的或いは物理的に表面処理がなされたターゲットプレートなど、さまざまなものを使用することができる。表面処理がなされたものとしては、ターゲットプレート表面の表面粗さを所望の程度にする処理がなされたものが挙げられる。そのような表面処理としては、例えば、研磨処理や鏡面仕上げ処理が挙げられる。
【0059】
[2.質量分析用スポット形成工程]
[2−1.質量分析用スポットの形成]
質量分析用スポットは、二相液滴から水分が除去されることによって得られる。より具体的には、質量分析用スポットは、以下のような過程を経て形成される。
【0060】
ターゲットプレート上の二相液滴の水性相から水が除去されるに伴い、水性相の体積が減少する。溶媒の除去の方法としては、いかなる方法も許容され、操作性の観点からは自然蒸発を行うことが好ましい。これにより、水性相が濃縮され、塩分濃度が高くなる。それに伴い、水性相の広がりが縮小するか、或いは水性相のターゲットプレート表面からの高さが低下する。水性相の濃縮と水性相の体積の縮小とが相伴って起こるため、濃縮がより進行すれば、濃縮された水性相の体積のより小さい体積へ、塩がより濃い濃度で集められる。水性相中の水分の大部分或いはすべてが除去されることによって、水性相は消失して最終的に残渣となり、この残渣中に、水性相に含まれていた塩が蓄積する。
【0061】
一方、水性相中に含まれていた構造解析すべき分子は、水の除去に伴う水性相の体積の縮小とともに、液体マトリックス相に取り込まれる。上述のように、水性相中に存在していた塩は濃縮され続ける水性相中に残る一方で、水性相中に存在していた構造解析すべき分子は、濃縮され続ける水性相中から液体マトリックス相へ取り込まれる。すなわち、当該液体マトリックス相へ取り込まれた構造解析すべき分子は、水性相中に共存していた塩の脱塩を伴って液体マトリックス相へ取り込まれたことになる。このことにより、液体マトリックス相は最終的に残相となり、この残相中に、脱塩された構造解析すべき分子が調製される。
【0062】
なお、水性相中の構造解析すべき分子は、そのすべてが液体マトリックス相に取り込まれるとは限らない。水性相中の構造解析すべき分子の一部は、残渣中に、蓄積された塩とともに残存する場合もある。
【0063】
[2−2.質量分析スポットの態様]
このようにして得られた質量分析用スポットは、二相液滴における塩含有試料水溶液の水性相に由来する残渣と、二相液滴における液体マトリックスの有機相に由来する残相とからなる。通常は、残相の中央部分に残渣が位置し、当該残渣は、周辺の残相より窪んだ形状で得られることが多いため、目視で識別することが可能である。具体的には、顕微鏡やCCDカメラなどで識別することが可能である。
残渣には、水性相中に含まれていた塩、又は、当該塩と構造解析すべき分子の一部、を主として含み、残相には、液体マトリックス相に含まれていたイオン性液体、及び脱塩された構造解析すべき分子を主として含む。
質量分析用スポットのこの態様は、室温下及び真空下でも維持される。
【0064】
[3.質量分析工程]
質量分析工程においては、上記のようにして得られた質量分析用スポットにレーザーを照射し、このレーザー照射位置によって、異なるイオンを検出する。
【0065】
[3−1.イオン化抑制効果、イオン検出選択性、及び解析スループット性]
すでに述べたように、レーザーを照射すべきスポットにおいて、塩は、当該スポットの微小な一部(すなわち残渣)に集積している。このことによって、検出すべき分子種のイオン化を阻害する物質のひとつである塩を、当該レーザーを照射すべきスポットの他の部分(すなわち残相)から分離される。従って、当該他の部分(残相)においては、塩によるイオン化抑制作用を低減させることができ、その結果、当該他の部分(残相)に存在する分子のイオン化を効果的に行うことが可能になる。
この点から、本発明の方法は、検出すべき分子種に対するイオン化抑制効果を低減することができるMALDI質量分析を可能にする。
【0066】
また、すでに述べたように、質量分析用スポット形成において、二相液滴からの水の除去に伴って、親水性物質(主として塩)が水とともに一部へ集合する。この結果、親水性物質(主として塩)がスポットの残渣中に蓄積される。
このことによって、試料中における親水性のより高い分子は、質量分析用スポットの残渣において、当該親水性物質(主として塩)との親和性によって、当該親和性物質が付加したイオンとして優位に検出されうる。一方、試料中における親水性のより低い分子は、イオン化効率が低下しうるか、或いは、イオンとして検出されない場合がある。
そして、試料中における親水性のより高い分子は、質量分析用スポットの残相において、親水性物質が付加しないイオンとして優位に検出されうる。一方、試料中における親水性のより高い分子は、イオン化効率が低下しうるか、或いは、イオンとして検出されない場合がある。
この点からも、本発明の方法は、検出すべき分子種に対するイオン化抑制効果を低減することができるMALDI質量分析を可能にする。
【0067】
従って、従来の方法ではイオン化効率が異なる分子であっても、残渣又は残相にレーザーを照射することによって、別々に検出することができる。すなわち、それらの分子の一方が、従来の方法ではイオン化効率が低いものであっても、高感度に検出することが可能になる。
【0068】
このように、質量分析工程では、残渣又は残相にレーザーを照射することによって、親水性のより高い分子のイオン種と、親水性のより低い分子のイオン種とを、分離して検出する(detected separately)ことができる。
この点から、本発明の方法は、MS測定の段階において、特定の分子種の選択的なイオン化、又は特定の付加イオン種の選択的な検出ができるMALDI質量分析を可能にする。特に、試料中に、親水性のより高い分子と親水性のより低い分子とが混在している場合に有用である。
【0069】
しかしながら、解析すべき分子の種類や、液体マトリックスの種類や、親和性物質の量などによっては、同じ分子に由来するイオンが、残渣から、親和性物質が付加したイオンとして検出され、且つ、残相から、親和性物質が付加しないイオンとして検出される場合もある。また、残渣から、親和性物質が付加したイオンと、親和性物質が付加しないイオンとの両方が検出される場合もある。
解析すべき分子の種類によっては、親和性物質が付加したイオンと、親和性物質が付加しないイオンとのMSn分析(すなわちMS2以上の多段階分析)における開裂機構が異なる場合がある。そのような分子の一例として、糖ペプチド及び糖が挙げられるが、これに限定されるものではない。従って、親和性物質が付加したイオンと、親和性物質が付加しないイオンとの両方が検出される場合は、構造解析に利用できる情報が多くなるため、構造解析の正確度が向上するという点で有用である。
【0070】
さらに、塩を、当該レーザーを照射すべきスポットの微小な一部に集積させることができることによって、従来の方法で行っていた脱塩処理を前処理として行うことが必要でなくなる。例えば、従来の方法では、一般にペプチドの脱塩処理にはZipTipが用いられているが、アミノ酸の数が少ないペプチドや疎水性の低いペプチドはZipTipへの吸着効率が低く、洗浄過程で塩とともに洗い流される場合が多かった。従って、本発明の方法によって、従来の方法における脱塩前処理に伴うスループット性の低さ及び試料の損失を回避することが可能になる。
この点から、本発明の方法は、スループット性に優れ、試料の損失が無い(又は著しく少ない)MALDI質量分析を可能にする。
【0071】
[3−2.レーザー照射部位及び検出されるイオン種]
具体的には、質量分析用スポットにおける残渣の部分にレーザー光を照射することによって、少なくとも、構造解析すべき分子に塩の構成イオンXが付加したイオンを得る。場合により(例えば、解析すべき分子の種類や、液体マトリックスの種類や、イオンXの存在量などによる)、残渣の部分にレーザー光を照射することによって、さらに、構造解析すべき分子にプロトンが付加したイオンを得ることもある。
一方、質量分析用スポットにおける残相の部分にレーザー光を照射することによって、構造解析すべき分子にプロトンが付加したイオンを得る。
【0072】
[3−3.試料の例及び検出されるイオン種]
例えば、試料に、構造解析すべき分子として糖が含まれる場合、当該糖は、残渣から、少なくとも、イオンXが付加したイオンとして検出され、残相から、プロトンが付加したイオンとして検出される。場合により、残渣から、プロトンが付加したイオンとしても検出される場合がある。
【0073】
例えば、試料に、構造解析すべき分子として糖ペプチドが含まれる場合、当該糖ペプチドは、残渣から、少なくともイオンXが付加したイオンとして検出され、残相から、プロトンが付加したイオンとして検出される。場合により、残渣から、プロトンが付加したイオンとしても検出される場合がある。
なお、それらイオンは、糖−アミノ酸結合が維持されたものとして得られる。
【0074】
例えば、試料に、構造解析すべき分子としてペプチドが含まれる場合、当該ペプチドは、残相から、プロトンが付加したイオンとして得ることができる。
【0075】
本発明は、特に、試料が糖タンパク質のタンパク質分解酵素消化物である場合、すなわち、試料に構造解析すべき分子として糖ペプチドとペプチドとが混合して含まれる場合に有用である。このような場合、残相からペプチドのプロトン付加イオンを、残渣から糖ペプチドのイオンX付加イオンを得ることが出来る。また、残渣から糖ペプチドのプロトン付加イオンがさらに得られる場合もある。
【0076】
本発明では、液体マトリックスを用いていることから、糖ペプチドイオン(すなわち糖−アミノ酸結合が維持されたイオン)を検出することができる。すなわち、構造解析すべき糖ペプチドから、糖鎖とペプチドとの間の結合の開裂が起こることなくイオンを生じさせることができる。
【0077】
試料が糖タンパク質のタンパク質分解酵素消化物である場合、通常、糖タンパク質の構造解析を行うことを目的とする。糖タンパク質の構造解析においては、タンパク質部分の一次構造の特定、糖鎖部分の一次構造の特定、及び糖鎖結合部位の特定を行うことが必要である。
糖ペプチドイオンの検出は、糖タンパク質の構造解析を行うために必要な情報の1つである、糖鎖結合部位の特定を行うための情報を得るという点で重要である。また、糖タンパク質の構造解析を行うために必要なそれ以外の情報である、タンパク質部分の一次構造の特定を行うための情報、及び糖鎖部分の一次構造の特定を行うための情報も、当該糖ペプチドイオンから得ることができる。
【0078】
一方、糖タンパク質に由来する、ペプチドイオンや、糖鎖部分のみのイオンからは、タンパク質部分の一次構造の特定を行うための情報、及び糖鎖部分の一次構造の特定を行うための情報を得ることができる。しかしながら、上記のような糖鎖結合部位の特定を行うための情報を得ることは、例えば糖鎖結合部位となるアミノ酸に化学的にタグを付加するなどのさらなる工程を行わない限り、不可能である。
【0079】
糖タンパク質の構造解析においては、具体的には、例えば、糖ペプチドイオンをプリカーサイオンとして選択し、MSn分析を行うことで、糖タンパク質の構造解析を行うことができる。
【0080】
さらに具体的には、糖ペプチドとして、ペプチドに付加しやすいプラスチャージイオンが付加したイオンと、糖に付加しやすいプラスチャージイオンが付加したイオンとを検出し、それぞれをプリカーサイオンとして選択しMSn分析を行うことで、前者のイオンからはタンパク質部分の一次構造、糖鎖結合部位及び糖鎖の一次構造を、後者のイオンからは前者のイオンの場合とは異なる糖鎖の一次構造を特定することができる。さらにこの場合、ペプチドに付加しやすいプラスチャージイオンとしてはプロトンが挙げられ、糖鎖に付加しやすいプラスチャージイオンとしては金属イオンが挙げられる。
【0081】
上述のように、糖ペプチドは、残渣から、少なくともイオンX(例えば金属イオン)が付加したイオンとして検出され、残相から、プロトンが付加したイオンとして検出される。場合により、残渣から、プロトンが付加したイオンとしても検出される場合がある。このように、糖ペプチドからは、イオンX(例えば金属イオン)が付加したイオンと、プロトンが付加したイオンとの両方が得られるため、それぞれのイオンをプリカーサイオンとしたMSn分析によって、それぞれに異なる構造情報が得られる。すなわち、多くの構造情報が得られる。このため、正確な構造解析が可能になる。
【実施例】
【0082】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。以下において、%で表される量は、体積を基準として示す。
【0083】
[参考例1:3AQ/CHCAを用いた質量分析用スポットモデルの形成]
本参考例においては、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(3AQ/CHCA)を用いた、質量分析用スポットモデルの形成を行った。
水(0.5μL)と3AQ/CHCA(1μL)の混合液を、MALDIターゲットプレートウェル(ウェル直径:2.8mm、以下において同じ)に滴下して室温下に放置し、時間経過にともなう液滴の変化を写真撮影した。
【0084】
その結果を図1に示す。図1においては、番号[1]から[6]の順に時間が経過していることを示す。液滴中心部分の液体相は水の相であり、その周りに位置する液体相は3AQ/CHCAの相である。いずれの相も透明であり、3AQ/CHCAの相は黄色味を帯びている。時間経過とともに水が蒸発していくために、液滴中心の水相の領域が縮小していくことが観測された。
【0085】
[実施例1:液体マトリックス3AQ/CHCAの塩耐性1]
本実施例では、試料(アンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物)水溶液を様々な塩濃度で調製し、マトリックスとして3AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行った。
【0086】
1)CHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸,シグマ社)をメタノールに溶解し、飽和溶液を調製した。
2)35mgの3−アミノキノリンを、上記1)で調製したCHCA飽和溶液150μLに溶解し、これによりイオン液体マトリックス3−アミノキノリン/α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(3AQ/CHCA)を調製した。
【0087】
3)0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液で調製した1.6 pmol/μLアンジオテンシンII(ヒト由来)と1.2 pmol/μL酸化型インスリンB鎖(ウシ由来)とを等体積量混合した。
4)アンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物に、1 M、400 mM、200 mM又は40 mMのトリス塩酸緩衝液(Tris-HCl) (pH8.0)、あるいは水を、それぞれ、当該混合物と等体積量混合した。
5)Tris-HCl (pH8.0)を添加したアンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物に、それぞれ、当該混合物と等体積量の3AQ/CHCAを混合した。
これにより、試料と3AQ/CHCAとの混合液を調製した。この混合液中のTris-HClの濃度は、それぞれ、250mM、100mM、50mM、10mM、及び0mMである。
【0088】
6)試料と3AQ/CHCAとの混合液1μLをMALDIターゲットプレートウェルに滴下した。
7)試料と3AQ/CHCAとの混合液滴を室温下に放置して水を蒸発させ、水が完全に蒸発したことを確認した後、MALDI質量分析装置で測定を行った。質量分析装置としては、337nmの紫外レーザーを備えたMALDI-Digital Ion Trap(DIT)質量分析装置を用いた。MALDI-DIT質量分析装置は、イオン源にMALDI、質量分析部にDigital Ion Trapを用いた質量分析装置で、Digital Ion Trapは高周波矩形波電圧を用いてイオンをトラップし、矩形波電圧の振幅を一定に保ったまま周波数を変化させて質量分析を行うものである。
【0089】
図2に、得られたMALDIマススペクトル(図2のa1〜e1)と、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像(図2のa2〜e2)とを示す。マススペクトルにおいては、縦軸はイオンの強度(Intensity, uA)、横軸は質量電荷比(m/z)を表す(以下、すべてのマススペクトルにおいて同じ)。
図2のa1〜e1が示すように、いずれのTris-HCl (pH 8.0)濃度の場合でも、試料イオンを検出することができた。図2のa2〜e2が示すように、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの中心部分に窪み形状が観察された。この窪みの部位からは試料イオンを検出することができず、その周辺部位からは試料イオンを検出することができた。
【0090】
このことから、3AQ/CHCAの相とTris-HClを含む試料の相とからなる液滴内において、液滴中の水の蒸発に伴う、Tris-HClを含む試料の相の領域が縮小していく過程で、当該相中のTris-HClの成分は、水とともに液滴中心部へ集合したといえる。
従って、液体マトリックス3AQ/CHCAを用いることによって、MALDIターゲットプレートウェル上で、試料を含む水溶液中の塩を液滴中心部へ集積させることが可能となり、その結果として試料の脱塩効果が得られた。
【0091】
[実施例2:液体マトリックス3AQ/CHCAの塩耐性2]
本実施例では、試料(ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物)水溶液を様々な塩濃度で調製し、マトリックスとして3AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行った。
具体的には、試料を、アンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物から、ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物に変更した以外は、実施例1と同様の操作を行った。
その結果、100fmolのBSAトリプシン消化物の測定で、Tris-HCl(pH 8.0)濃度が250mMでもBSAペプチドが検出され、実施例1と同様の脱塩効果が得られたことを確認した(データ示さず)。
【0092】
[実施例3:液体マトリックス8AQ/CHCAの塩耐性]
本実施例では、試料(ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物)水溶液を様々な塩濃度で調製し、マトリックスとして8AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行った。
具体的には、試料を、アンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物から、ウシ血清アルブミンのトリプシン消化物に変更し、且つ、3−アミノキノリンを8−アミノキノリンに変更した以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0093】
図3に、得られたMALDIマススペクトル(図3のa1〜e1)と、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像(図3のa2〜e2)とを示す。
図3のa1〜e1が示すように、いずれのTris-HCl (pH 8.0)濃度の場合でも、試料イオンを検出することができた。図3のa2〜e2が示すように、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの中心部分に窪み形状が観察された。この窪みの部位からは試料イオンを検出することができず、その周辺部位からは試料イオンを検出することができた。
【0094】
このことから、8AQ/CHCAについても、3AQ/CHCAについての実施例1及び2と同様の脱塩効果が得られたことが示された。
【0095】
[比較例1:固体マトリックスCHCAの塩耐性1]
本比較例では、上記実施例1の比較のため、試料(アンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物)水溶液を様々な塩濃度に調製し、マトリックスとしてCHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸)を用い、MALDI質量分析を行った。
具体的には、マトリックスを3AQ/CHCAからCHCAに変更した以外は、上記実施例1と同様の操作を行った。
【0096】
図4に、得られたMALDIマススペクトル(図4のa1〜e1)と、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像(図4のa2〜e2)とを示す。
図4のa1〜e1が示すように、Tris-HCl (pH 8.0)の濃度が100 mM以上の場合、Tris-HCl (pH 8.0)のイオン化阻害作用によって試料イオンが検出されなかった。
【0097】
[比較例2:固体マトリックスCHCAの塩耐性2]
本比較例では、上記実施例2及び3の比較のため、試料(ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物)水溶液を様々な塩濃度に調製し、マトリックスとしてCHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸)を用い、MALDI質量分析を行った。
具体的には、マトリックスを3AQ/CHCA又は8AQ/CHCAからCHCAに変更した以外は、上記実施例2又は3と同様の操作を行った。
【0098】
図5に、得られたMALDIマススペクトル(図5のa1〜e1)と、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像(図5のa2〜e2)とを示す。
図5のa1〜e1が示すように、Tris-HCl (pH 8.0)の濃度が250 mM以上の場合、Tris-HCl (pH 8.0)のイオン化阻害作用によって試料イオンが検出されなかった。
【0099】
[実施例4:3AQ/CHCAを用いたピリジルアミノ化糖のMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、ピリジルアミノ化糖PA-009とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(3AQ/CHCA)を用い、MALDI質量分析を行った。
【0100】
1)CHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸,シグマ社)をメタノールに溶解し、飽和溶液を調製した。
2)35mgの3−アミノキノリンを、上記1)で調製したCHCA飽和溶液150μLに溶解し、イオン性液体3AQ/CHCA(液体マトリックス)を調製した。
【0101】
3)ピリジルアミノ化糖鎖PA-009;中性2分岐糖鎖,タカラバイオ社)を水に溶解し、2pmol/μLの水溶液として調製した。PA-009の構造を以下に示す。
【0102】
【化1】
【0103】
4)MALDIターゲットプレートウェルに、上記3)で得られた水溶液を0.5μL滴下した。
5)上記4)の液滴が乾燥する前に、当該液滴の上に、さらに上記2)で得られた液体マトリックス3AQ/CHCAを1μL滴下した。
6)上記5)で得られた、上記4)で滴下した水溶液の相と液体マトリックスの相とからなる液滴を室温下に放置し、水溶液相の水を蒸発させた。水が完全に蒸発したことを確認した後、MALDI質量分析装置で測定を行った。質量分析装置としては、337nmの紫外レーザーを備えたMALDI-Digital Ion Trap(DIT)質量分析装置を用いた。
【0104】
図6に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図6のA)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図6のA-[1]〜A-[4])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]〜[4]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、1pmolである。
【0105】
図6が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、PA-009のナトリウム付加イオンが優位に検出され、他の部位[2]、[3]及び[4]における測定ではプロトン付加分子が優位に検出された。
【0106】
この結果から、スポット中心部(残渣)と中心部以外(残相)とで検出できるイオン種を選択的かつ容易に分離検出(detected separately)できることがわかる。また、試料と3AQ/CHCAの混合液滴中に存在していたナトリウムイオンは、スポット中心部(残渣)に集積していると言える。
【0107】
[実施例5:3AQ/CHCAを用いた糖ペプチドのMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、糖ペプチドTf-GP1とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(3AQ/CHCA)を用い、MALDI質量分析を行った。
上記実施例4における工程3)で、ピリジルアミノ化糖鎖PA-009の水溶液調製の代わりに糖ペプチドTf-GP1水溶液を調製した以外は、実施例4と同様の操作を行った。
【0108】
糖ペプチド(Tf-GP1)水溶液は次のように調製した。市販のヒトトランスフェリン(シグマ社)をトリプシン消化し、セファロースを用いた糖ペプチドの濃縮を行った後、オクタデシルシリカカラムを用いたHPLCによりTf-GP1を単離し、0.1% TFA水溶液に溶解し、2pmol/mLとして調製した。Tf-GP1の構造を以下に示す。
【0109】
【化2】
【0110】
図7に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図7のB)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図7のB-[1]〜B-[4])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]〜[4]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、1pmolである。
【0111】
図7が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、ナトリウム付加イオンが優位に検出され、他の部位[2]、[3]及び[4]における測定ではプロトン付加分子が優位に検出された。
【0112】
この結果から、スポット中心部(残渣)と中心部以外(残相)とで検出できるイオン種を選択的かつ容易に分離検出できることがわかる。また、試料と3AQ/CHCAの混合液滴中に存在していたナトリウムイオンは、スポット中心部(残渣)に集積していると言える。
【0113】
[実施例6:3AQ/CHCAを用いた消化ペプチドのMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(3AQ/CHCA)を用い、MALDI質量分析を行った。
【0114】
上記実施例4における工程3)で、ピリジルアミノ化糖鎖PA-009の水溶液調製の代わりに消化ペプチド水溶液を調製した以外は、実施例4と同様の操作を行った。
消化ペプチド水溶液は、市販のウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物(ウォーターズ社)を、0.1% トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液に溶解し、200fmol/μLの濃度に調整することにより調製した。
【0115】
図8に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図8のC)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図8のC-[1]〜C-[4])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]〜[4]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、100fmolである。
【0116】
図8が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、BSAトリプシン消化ペプチドはほとんど検出されなかった。一方他の部位[2]、[3]及び[4]における測定ではBSAトリプシン消化ペプチドが検出された。
【0117】
この結果から、ペプチドはスポット中心部(残渣)ではイオン化効率が著しく低い、あるいはスポット中心部(残渣)のペプチドの存在量が少ないことが示される。
【0118】
[実施例7:3AQ/CHCAを用いた糖タンパク質消化ペプチドのMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、糖タンパク質消化ペプチドモデル、すなわちBSAのトリプシン消化ペプチドと糖ペプチドTf-GP1との混合物とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(3AQ/CHCA)を用い、MALDI質量分析を行った。
【0119】
上記実施例4における工程3)及び4)の工程を、以下のように変更した以外は、実施例4と同様の操作を行った。
3) 市販のヒトトランスフェリン(シグマ社)をトリプシン消化し、セファロースを用いた糖ペプチドの濃縮を行った後、オクタデシルシリカカラムを用いたHPLCによりTf-GP1を単離し、0.1% TFA水溶液に溶解し、2pmol/mLに調整することにより糖ペプチド(Tf-GP1)水溶液を調製した。
別途、ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物(ウォーターズ社)を、0.1% トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液に溶解し、200fmol/μLの濃度に調整することにより消化ペプチド水溶液を調製した。
【0120】
4) MALDIターゲットプレートウェルに、上記3)で得られた消化ペプチド水溶液を0.5μL(100fmol)滴下し、その液滴の上に続けて、上記3)で得られた糖ペプチド水溶液を0.5μL(1pmol)滴下した。
【0121】
図9に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図9のD)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図9のD-[1]〜D-[4])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]〜[4]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、トリプシン消化ペプチドが100fmol、糖ペプチドが1pmolである。
【0122】
図9が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、Tf-GP1のナトリウム付加イオンが優位に検出され、BSAトリプシン消化ペプチドはほとんど検出されなかった。一方、他の部位[2]、[3]及び[4]における測定では、BSAトリプシン消化ペプチドのプロトン付加分子が優位に検出され、Tf-GP1もプロトン付加分子として検出された。
【0123】
この結果から、3AQ/CHCAによるペプチドと糖ペプチドと混合物の測定では、測定部位により優位に検出される試料イオンが異なり、測定部位の選択により、検出されたピークの中から容易に試料イオンの種類を識別することが可能であることが示される。
【0124】
[参考例2:3AQ/DHBを用いた質量分析用スポットモデルの形成]
本参考例においては、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/2,5−ジヒドロキシ安息香酸(3AQ/DHB)を用いた以外は、参考例1と同様の操作を行い、質量分析用スポットモデルの形成を行った。
【0125】
その結果を図10に示す。図10においては、番号[1]から[6]の順に時間が経過していることを示す。液滴中心部分の液体相は水の相であり、その周りに位置する液体相は3AQ/DHBの相である。いずれの相も透明であり、3AQ/DHBの相は黄色味を帯びている。時間経過とともに水が蒸発していくために、液滴中心の水相の領域が縮小していくことが観測された。
【0126】
[実施例8:3AQ/DHBを用いたピリジルアミノ化糖のMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、ピリジルアミノ化糖PA-009とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/2,5−ジヒドロキシ安息香酸(3AQ/DHB)を用い、MALDI質量分析を行った。
液体マトリックスとして3AQ/ DHBを用いた以外は、実施例4と同様の操作を行い、マススペクトルを得た。
【0127】
図11に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図11のE)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図11のE-[1]及びE-[2])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、1pmolである。
【0128】
図11が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、PA-009のプロトン付加分子に加えて、ナトリウムイオンやカリウムイオン付加分子が検出され、他の部位[2]における測定では、プロトン付加分子が優位に測定された。
【0129】
[実施例9:3AQ/DHBを用いた糖ペプチドのMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、糖ペプチドTf-GP1とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/2,5−ジヒドロキシ安息香酸(3AQ/DHB)を用い、MALDI質量分析を行った。
液体マトリックスとして3AQ/DHBを用いた以外は、実施例5と同様の操作を行い、マススペクトルを得た。
【0130】
図12に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図12のF)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図12のF-[1]及びF-[2])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、1pmolである。
【0131】
図12が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、Rf-GP1のプロトン付加分子に加えて、ナトリウムイオンやカリウムイオンが付加した分子が検出され、他の部位[2]における測定では、プロトン付加分子が優位に測定された。
【0132】
[実施例10:3AQ/DHBを用いた消化ペプチドのMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/2,5−ジヒドロキシ安息香酸(3AQ/DHB)を用い、MALDI質量分析を行った。
液体マトリックスとして3AQ/DHBを用いた以外は、実施例6と同様の操作を行い、マススペクトルを得た。
【0133】
図13に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図13のG)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図13のG-[1]及びG-[2])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、100fmolである。
【0134】
図13が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、カチオン付加と予想されるBSAトリプシン消化ペプチドが検出された。一方、他の部位[2]における測定では、BSAトリプシン消化ペプチドがプロトン付加分子として検出された。
【0135】
[実施例11:3AQ/DHBを用いた糖タンパク質消化ペプチドのMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、糖タンパク質消化ペプチドモデル、すなわちBSAのトリプシン消化ペプチドと糖ペプチドTf-GP1との混合物とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/2,5−ジヒドロキシ安息香酸(3AQ/DHB)を用い、MALDI質量分析を行った。
液体マトリックスとして3AQ/DHBを用いた以外は、実施例7と同様の操作を行い、マススペクトルを得た。
【0136】
図14に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図14のH)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図14のH-[1]及びH-[2])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、トリプシン消化ペプチドが100fmol、糖ペプチドが1pmolである。
【0137】
図14が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、Tf-GP1がプロトン付加イオンおよびナトリウム付加分子、カリウムイオン付加分子が優位に検出され、BSAトリプシン消化ペプチドはほとんど検出されなかった。一方、他の部位[2]における測定では、BSAトリプシン消化ペプチドのプロトン付加分子が優位に検出され、Tf-GP1もプロトン付加分子として検出された。
【0138】
この結果は、3AQ/CHCAにおける場合と同様、3AQ/DHBを用いた場合でも、ペプチドと糖ペプチド混合物の測定において、測定部位により優位に検出される試料イオンが異なり、測定部位の選択により、検出されたピークの中から容易に試料イオンの種類を識別可能であることを示している。
【図面の簡単な説明】
【0139】
【図1】参考例1で得られた結果であり、3AQ/CHCAを用いた質量分析用スポットモデルが時間経過とともに形成される様子を示した写真である。
【図2】実施例1で得られた結果であり、試料(アンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物)水溶液を様々な塩濃度に調製し、マトリックスとして3AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行って得られたMALDIマススペクトル(図2のa1〜e1)及びレーザー照射対象となったスポットの画像(図2のa2〜e2)である。
【図3】実施例3で得られた結果であり、試料(BSAのトリプシン消化物)水溶液を様々な塩濃度に調製し、マトリックスとして8AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行って得られたMALDIマススペクトル(図3のa1〜e1)及びレーザー照射対象となったスポットの画像(図3のa2〜e2)である。
【図4】比較例1で得られた結果であり、試料(アンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物)水溶液を様々な塩濃度に調製し、マトリックスとしてCHCAを用い、MALDI質量分析を行って得られたMALDIマススペクトル(図4のa1〜e1)及びレーザー照射対象となったスポットの画像(図4のa2〜e2)である。
【図5】比較例2で得られた結果であり、試料(BSAのトリプシン消化物)水溶液を様々な塩濃度に調製し、マトリックスとしてCHCAを用い、MALDI質量分析を行って得られたMALDIマススペクトル(図5のa1〜e1)及びレーザー照射対象となったスポットの画像(図5のa2〜e2)である。
【図6】実施例4で得られた結果であり、解析すべき試料を、ピリジルアミノ化糖PA-009とし、液体マトリックスとして3AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図6のA)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図6のA-[1]〜A-[4])である。
【図7】実施例5で得られた結果であり、解析すべき試料を、糖ペプチドTf-GP1とし、液体マトリックスとして3AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図7のB)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図7のB-[1]〜B-[4])である。
【図8】実施例6で得られた結果であり、解析すべき試料を、BSAのトリプシン消化物とし、液体マトリックスとして3AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図8のC)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図8のC-[1]〜C-[4])である。
【図9】実施例7で得られた結果であり、解析すべき試料を、糖タンパク質消化ペプチドモデル(すなわちBSAのトリプシン消化ペプチドと糖ペプチドTf-GP1との混合物)とし、液体マトリックスとして3AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図9のD)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図9のD-[1]〜D-[4])である。
【図10】参考例2で得られた結果であり、3AQ/DHBを用いた質量分析用スポットモデルが時間経過とともに形成される様子を示した写真である。
【図11】実施例8で得られた結果であり、解析すべき試料を、ピリジルアミノ化糖PA-009とし、液体マトリックスとして3AQ/DHBを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図11のE)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図11のE-[1]及びE-[2])である。
【図12】実施例9で得られた結果であり、解析すべき試料を、糖ペプチドTf-GP1とし、液体マトリックスとして3AQ/DHBを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図12のF)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図12のF-[1]及びF-[2])である。
【図13】実施例10で得られた結果であり、解析すべき試料を、ウシ血清アルブミン(BSA)のトリプシン消化物とし、液体マトリックスとして3AQ/DHBを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図13のG)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図13のG-[1]及びG-[2])である。
【図14】実施例11で得られた結果であり、解析すべき試料を、糖タンパク質消化ペプチドモデル(すなわちBSAのトリプシン消化ペプチドと糖ペプチドTf-GP1との混合物)とし、液体マトリックスとして3AQ/DHBを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図14のH)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図14のH-[1]及びH-[2])である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体マトリックスを用いたMALDI質量分析法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでMALDI質量分析法では主として固体マトリックスが使用されてきた。固体マトリックスを用いて質量分析を行う場合、試料/マトリックス混合結晶をサンプルプレート(ターゲットプレート)上に作成する。混合結晶は使用するマトリックスおよび混合結晶の作成方法に応じて、様々な特徴的な結晶状態が報告されている。これらは一般に不均質であり、レーザー照射される結晶の場所ごとに得られるスペクトルが異なる。すなわち、試料イオンが得られるのは、不均質な混合結晶の限られた一部であるため、混合結晶の場所によってイオン化の偏りが生じる。
【0003】
MALDI質量分析では、分析すべき試料中にイオン化が容易な物質とイオン化が困難な物質とが共存する場合、イオン化が容易な物質が優先的にイオン化され、その一方で、イオン化が困難な物質はイオン化効率が低下するか、或いはイオン化されないことがある(すなわちイオン化抑制効果が生じる)(非特許文献1:アナリティカル・ケミストリ(Analytical Chemistry)、1999年、第71巻、p.4160−4165)。
【0004】
イオン性液体は、いくつかの化学的用途に用いられているが、非特許文献2:ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(Journal of American Chemical Society)、2002年、第124巻、p.14247-14254には、ほとんどのイオン性液体が、類似の極性をもつにも関わらず、有機合成反応の溶媒、MALDI質量分析におけるマトリックス、液−液抽出における液相、およびガスクロマトグラフィーにおける固定相として用いられる際に、互いにまったく異なる挙動を示すことがあると記載されている。
【0005】
MALDI質量分析で使用されているレーザーの吸収波長を有する成分から構成されるイオン液体はマトリックス(すなわち液体マトリックス)としての利用が可能である。液体マトリックスの構成イオンである酸性基含有有機物質のイオンは、主として、MALDI質量分析に一般的に用いられている固体マトリックス(例えば、α-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸:CHCA, 2,5-ジヒドロキシ安息香酸:DHB、シナピン酸:3,5-ジメトキシ-4-ヒドロキシケイ皮酸:SAなど)が用いられる。一方、液体マトリックスの他の構成イオンであるアミンのイオンは、非常に多岐に渡ることが、非特許文献3:アナリティカル・ケミストリ(Analytical Chemistry)、2001年、第73巻、p.3679-3686、及び非特許文献4:アナリティカル・アンド・バイオアナリティカル・ケミストリ(Analytical and Bioanalytical Chemistry)、2006年、第386巻、p.24-37に記載されている。
【0006】
非特許文献5:ラピッド・コミュニケーションズ・イン・マス・スペクトロメトリ(Rapid Communications in Mass Spectrometry)、1996年、第10巻、p.923-926には、酸性基含有機物質のイオンにCHCAを用い、アミンのイオンに3-アミノキノリンを用いた液体マトリックス(すなわち3-アミノキノリン/CHCA)について記載されている。
【0007】
また、MALDI質量分析装置として、特許文献1:特表2003−512702号公報、特許文献2:特表2005−502175号公報、特許文献3:特表2005−512276号公報、非特許文献6:ジャーナル・オブ・マススペクトロメトリ(Journal of Mass Spectrometry)、2004年、第39巻、p.471−484に、デジタルイオントラップ型の装置が記載されている。従来のイオントラップでは、高電圧高周波の正弦波電圧を用いてイオンをトラップし、正弦波電圧の周波数を一定に保ったまま正弦波の振幅を変化させることで質量分析を行うのに対して、デジタルイオントラップは、デジタル制御により生成した高周波矩形波電圧を用いて、矩形波電圧の振幅を一定に保ったまま周波数を変化させることで質量分析を行うことを特徴とする。
【0008】
【非特許文献1】アナリティカル・ケミストリ(Analytical Chemistry)、1999年、第71巻、p.4160−4165
【非特許文献2】ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(Journal of American Chemical Society)、2002年、第124巻、p.14247−14254
【非特許文献3】アナリティカル・ケミストリ(Analytical Chemistry)、2001年、第73巻、p.3679−3686
【非特許文献4】アナリティカル・アンド・バイオアナリティカル・ケミストリ(Analytical and Bioanalytical Chemistry)、2006年、第386巻、p.24−37
【非特許文献5】ラピッド・コミュニケーションズ・イン・マス・スペクトロメトリ(Rapid Communications in Mass Spectrometry)、1996年、第10巻、p.923−926
【非特許文献6】ジャーナル・オブ・マススペクトロメトリ(Journal of Mass Spectrometry)、2004年、第39巻、p.471−484
【特許文献1】特表2003−512702号公報
【特許文献2】特表2005−502175号公報
【特許文献3】特表2005−512276号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
第1に、MALDI質量分析では、混合試料を測定する場合、イオン化効率が低い物質は、イオン化抑制効果によって、検出感度が低下するか、或いは検出されないという問題がある。例えば、生体高分子である糖タンパク質の酵素消化によって得られるペプチドと糖ペプチドとの混合物をMALDI質量分析に供した場合、糖ペプチドのイオン化効率がペプチドと比較して低いため、イオン化抑制効果によって糖ペプチドの検出が極めて困難となるという問題がある。
【0010】
第2に、糖タンパク質の酵素消化物(すなわちペプチドと糖ペプチドとの混合物)をMALDI質量分析に供した場合、MSスペクトルにおいては、ペプチドと糖ペプチドとのピークが混在して検出されるため、それらのピークの中から糖ペプチドのピークを容易に識別することができない。MSスペクトルのピークの中から糖ペプチドのピークを探し出すためには、各ピークについてさらにMS/MS測定に供し、解析を行う必要がある。このように、MSスペクトルのピーク中から糖ペプチドのピークを探し出す手間が必要となるという問題がある。
【0011】
第3に、MALDI質量分析において、塩類は試料のイオン化を阻害するものである。このため、測定に先立ち、試料の純度を高めるための脱塩処理が前処理として必要である。しかしながら、このような前処理によってスループットの低下及び試料の損失が生じるという問題がある。
【0012】
そこで、上記の問題に鑑み、本発明の目的は、第1に、検出すべき分子種に対するイオン化抑制効果を低減するMALDI質量分析法を提供することにある。
第2に、本発明の目的は、MS測定の段階において、特定の分子種の選択的なイオン化、又は特定の付加イオン種の選択的な検出が可能なMALDI質量分析法を提供することにある。
第3に、本発明の目的は、スループット性に優れ、試料の損失が無い(又は著しく少ない)MALDI質量分析法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、鋭意検討の結果、ターゲットプレート上に、試料を含む水溶液相と液体マトリックス相とからなる液滴を調製し、水溶液を乾燥させることによって、上記本発明の目的が達成されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
本発明は、以下の発明を含む。
(1)
(i)構造解析すべき分子を含む試料と、構成イオンXを有する塩と、を含む水溶液の相、及び
アミノキノリンのイオンと酸性基含有有機物質のイオンとを含む、マトリックスとしてのイオン性液体の相、
からなる二相液滴を、ターゲットプレート上に形成する二相液滴形成工程と、
(ii)前記二相液滴における前記水溶液の相から水を除去することによって、前記水溶液の相から得られた残渣と、前記イオン性液体の相から得られた残相とからなるスポットを前記ターゲットプレート上に得るスポット形成工程と、
(iii)前記スポットにおける前記残渣の部分にレーザー光を照射し、少なくとも前記構造解析すべき分子に前記イオンXが付加したイオンを得ること、及び/又は
前記スポットにおける前記残相の部分にレーザー光を照射し、前記構造解析すべき分子にプロトンが付加したイオンを得ること、
を含む質量分析工程と、
を含む、液体マトリックスを用いたMALDI質量分析法。
【0015】
「イオン性液体」は、室温で液体の状態で存在し、その実体は塩である物質をいう。本明細書において、「マトリックスとしてのイオン性液体」と、「液体マトリックス」とは、同じ意味で記載する。
【0016】
前記工程(i)における、「試料」及び「塩」を含む「水溶液の相」と「イオン性液体の相」とからなる「二相液滴」は、すなわち、試料及び塩を含む水性相と液体マトリックスの有機相との二相からなる液滴である。
【0017】
前記工程(i)における、「水溶液の相」と「イオン性液体の相」とからなる「液滴」においては、「水溶液の相」は「液滴」の中心部に、「イオン性液体の相」は「水溶液の相」の外周部に位置することができる。
【0018】
「前記液滴における前記水溶液の相から水を除去する」とともに、「液滴」における「水溶液の相」の占める体積は縮小する。その結果、「水溶液の相」は水の除去により微小な「残渣」となる。その結果、「水溶液の相」に含まれていた「塩」は、「残渣」中に集まる。一方、「水溶液の相」に含まれていた「構造解析すべき分子」は、その全部又は一部が、「イオン性液体の相」へ取り込まれ、「残相」中に残る。
すなわち、「水溶液の相」中に存在していた「構造解析すべき分子」は、「イオン性液体の相」へ、「水溶液の相」中に共存していた「塩」の脱塩を伴って取り込まれる。従って、「残相」中には脱塩された「構造解析すべき分子」が調製される。
なお、「残渣」には、「構造解析すべき分子」の一部が「塩」とともに残存する場合がある。
【0019】
「アミノキノリンのイオンと酸性基含有有機物質のイオンとを含む」イオン性液体は、アミノキノリンのイオンと酸性基含有有機物質のイオンとから構成される。
【0020】
(2)
前記工程(iii)において、前記スポットにおける前記残渣の部分にレーザー光を照射し、前記構造解析すべき分子にプロトンが付加したイオンをさらに得る、(1)に記載のMALDI質量分析法。
【0021】
(3)
前記アミノキノリンは、3−アミノキノリン及びその構造異性体からなる群から選ばれる、(1)又は(2)に記載のMALDI質量分析法。
【0022】
3−アミノキノリンの「構造異性体」には、2−アミノキノリン、4−アミノキノリン、5−アミノキノリン、6−アミノキノリン、7−アミノキノリン、及び8−アミノキノリンが含まれる。
【0023】
(4)
前記酸性基含有有機物質はα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)及び2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)からなる群から選ばれる、(1)〜(3)のいずれかに記載のMALDI質量分析法。
【0024】
(5)
前記構造解析すべき分子は、糖、糖ペプチド、及びペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種の分子である、(1)〜(4)のいずれかに記載のMALDI質量分析法。
【0025】
前記工程(i)における「試料」には、「糖、糖ペプチド、及びペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種の分子」が混合して含まれてよい。そのような試料には、糖タンパク質の消化物(すなわち糖ペプチドとペプチドとの混合物)、タンパク質の消化物が含まれる。
【0026】
「糖」には、単糖、糖鎖、及びそのラベル化体が含まれる。ラベル化体には、ピリジルアミノ化糖が含まれる。
【0027】
前記工程(i)において、「試料」に、「構造解析すべき分子」として「糖」が含まれる場合、当該糖は、前記工程(iii)において、「残渣」から少なくとも「イオンXが付加したイオン」として、「残相」から「プロトンが付加したイオン」として得ることができる。
【0028】
前記工程(i)において、「試料」に、「構造解析すべき分子」として「糖ペプチド」が含まれる場合、当該糖ペプチドは、前記工程(iii)において、「残渣」から少なくとも「イオンXが付加したイオン」として、「残相」から「プロトンが付加したイオン」として得ることができる。それらイオンは、糖−アミノ酸結合が維持されたものとして得られる。
【0029】
前記工程(i)において、「試料」に、「構造解析すべき分子」として「ペプチド」が含まれる場合、当該ペプチドは、前記工程(iii)において、「残相」から「プロトンが付加したイオン」として得ることができる。
【0030】
本発明は、特に前記工程(i)において、「試料」が糖タンパク質の酵素消化物である場合、すなわち、「試料」に「構造解析すべき分子」として「糖ペプチド」と「ペプチド」とが混合して含まれる場合に有用である。
【0031】
(6)
前記イオンXはナトリウムイオン及びカリウムイオンからなる群から選ばれる金属イオンである、(1)〜(5)のいずれかに記載のMALDI質量分析法。
【発明の効果】
【0032】
本発明では、MALDIターゲットプレートウェル上の、レーザーを照射すべきスポットの調製において、試料の溶媒として水を利用することによって、親水性物質である塩を、ターゲットプレートウェル上に占める当該レーザーを照射すべきスポットの微小な一部(通常は中心部)に集積させることができる。
【0033】
このため、塩を、当該レーザーを照射すべきスポットの微小な一部(すなわち残渣)に集積させることによって、検出すべき分子種のイオン化を阻害する物質のひとつである塩を、当該レーザーを照射すべきスポットの他の部分(すなわち残相)から分離することができる。従って、当該他の部分(残相)においては、塩によるイオン化抑制作用を低減させることができ、その結果、当該他の部分(残相)に存在する分子のイオン化を効果的に行うことが可能になる。
【0034】
また、二相液滴からの水の除去に伴って、親水性物質(主として塩)が水とともに一部へ集合し、その結果、親水性物質(主として塩)がスポットの残渣中に蓄積される。このことによって、残渣中において、親水性のより高い分子(すなわち当該親水性物質に対して親和性の高い分子)のイオン種を優位に検出し、その一方で、残相中において、親水性のより低い分子(すなわち当該親水性物質に対して親和性の低い分子)のイオン種を優位に検出することができる。このため、従来の方法ではイオン化効率が異なる分子であっても、残渣又は残相にレーザーを照射することによって、別々に検出することができる。従って、それらの分子の一方が、従来の方法ではイオン化効率が低いものであっても、高感度に検出することが可能になる。
【0035】
このため、試料中に、親水性のより高い分子と親水性のより低い分子とが混在している場合であっても、残渣又は残相にレーザーを照射することによって、親水性のより高い分子のイオン種と、親水性のより低い分子のイオン種とを、分離して検出することが可能になる。
【0036】
さらに、塩を、当該レーザーを照射すべきスポットの微小な一部(残渣)に集積させることができることによって、従来の方法で行っていた脱塩処理を前処理として行うことが必要でなくなる。従って、従来の方法における脱塩前処理に伴うスループット性の低さ及び試料の損失を回避することが可能になる。
【0037】
すなわち、本発明によると、検出すべき分子種に対するイオン化抑制効果を低減することができるMALDI質量分析が可能である。
また、本発明によると、MS測定の段階において、特定の分子種の選択的なイオン化、又は特定の付加イオン種の選択的な検出ができるMALDI質量分析が可能である。
さらに、本発明によると、スループット性に優れ、試料の損失が無い(又は著しく少ない)MALDI質量分析が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
本発明のMALDI質量分析法は、(i)塩含有試料水性相とマトリックス有機相とからなる二相液滴を形成する工程と、(ii)当該二相液滴から水を除去することによって、水性相に由来する残渣と有機相に由来する残相とからなる質量分析用スポットを形成する工程と、(iii)当該質量分析用スポットの残渣部及び又は残相部にレーザーを照射して試料イオンを検出する質量分析工程とを含む。
【0039】
[1.二相液滴形成工程]
[1−1.塩含有試料水性相]
塩含有試料水性相には、構造解析すべき分子を含む試料と、構成イオンXを有する塩とを含む。
構造解析すべき分子としては、糖、糖ペプチド、ペプチド、及びその他の生体高分子のいかなるものも許容される。これらの分子から少なくとも1種の分子が選択されうる。糖には、単糖、糖鎖、及びそのラベル化体が含まれる。糖のラベル化体としては、いかなる修飾を受けた糖であっても良いが、例えば、ピリジルアミノ化糖などが挙げられる。
【0040】
試料には、これらの分子の1種又は複数種が混合して含まれてよい。試料の具体例としては、これらの分子を単独で含むもののほか、糖ペプチドとペプチドとの混合物、ペプチド混合物、糖とペプチドとの混合物などが挙げられる。糖ペプチドとペプチドとの混合物としては、例えば、糖タンパク質をペプチド鎖の断片化処理に供することによって得られるものが挙げられる。また、ペプチド混合物として、タンパク質の断片化処理物が挙げられる。糖とペプチドとの混合物として、糖タンパク質又は糖ペプチドを糖鎖の切り出し処理に供することによって得られるもの、或いは、糖タンパク質をペプチド鎖の断片化処理に供し、さらに糖鎖の切り出し処理に供することによって得られるものが挙げられる。
【0041】
ここで、ペプチド鎖の断片化処理や糖鎖の切り出し処理は、当業者にとって適宜行われるものである。ペプチド鎖の断片化処理法として代表的なものに、タンパク質分解酵素による消化やブロモシアンなどの試薬による化学的分解を行う方法が挙げられるが、その他当業者に公知のいかなる方法も用いられうる。糖鎖の切り出し処理法として代表的なものに、ピリジルアミノ化法が挙げられるが、その他当業者に公知のいかなる方法も用いられうる。
【0042】
塩含有試料水性相に含まれる塩は、試料の調製工程などで用いた緩衝液や、その他の様々な親水性物質(例えば、試薬の残留物、その他当該調製工程において混入した様々な物質など)として含まれうるものである。従って、このような塩には、生化学的に許容されるいかなる塩も含まれる。当該塩の構成イオンXとしては、金属イオンとすることができる。このような金属イオンとしては、ナトリウムイオンやカリウムイオンが代表的である。
【0043】
なお、「親水性」は、主として官能基の種類及び分子の構造によって、「疎水性」と分類することができる。官能基として、カルボキシル基、水酸基、チオール基、アミノ基、アミド基などを有する分子は主として親水性を示し、官能基として、脂肪族炭化水素や芳香環を有する分子は主として疎水性を示す。両官能基を有する分子は、両親媒性を示すことがある。
【0044】
[1−2.マトリックス有機相]
マトリックス有機相には、マトリックスとしてのイオン性液体を含む。イオン性液体は、室温で液体の状態で存在し、その実態は塩である物質をいう。マトリックス有機相には、イオン性液体以外に、有機溶剤が含まれていても良い。このような有機溶剤は、イオン性液体調製時に用いられるものであることが多い。
【0045】
液体マトリックスとしては、アミノキノリンのイオンと酸性基含有有機物質のイオンとから構成されるイオン性液体を用いる。
アミノキノリンとしては、具体的には、3−アミノキノリン及びその構造異性体が挙げられる。当該構造異性体には、2−アミノキノリン、4−アミノキノリン、5−アミノキノリン、6−アミノキノリン、7−アミノキノリン、及び8−アミノキノリンが含まれる。
【0046】
酸性基含有有機物質としては、特に限定されず、例えば、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸、2,5-ジヒドロキシ安息香酸、p−クマル酸、α−シアノ−3−ヒドロキシケイ皮酸、4-ヒドロキシ安息香酸、p-ヒドロキシ安息香酸、p-ヒドロキシフェニルピルビン酸、3-ヒドロキシピコリン酸、3,5-ジメトキシ-4-ヒドロキシケイ皮酸(シナピン酸)、4-ヒドロキシ-3-メトキシケイ皮酸(フェルラ酸)、カフェイン酸(3,4-ジヒドロキシケイ皮酸)、5-メトキシサリチル酸、2-(4-ヒドロキシフェニルアゾ)安息香酸、ニコチン酸、ピコリン酸、3-アミノピコリン酸、3-ヒドロキシピコリン酸、2-アミノ安息香酸、3-アミノ-4-ヒドロキシ安息香酸、6-アザ-2-チオチミン、2,4,6-トリヒドロキシアセトフェノン、1,4-ジヒドロ-2-ナフトエ酸、3-インドールアクリル酸、インドール-2-カルボン酸、チオグリコール酸などから選択されうる。好ましくは、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸や2,5-ジヒドロキシ安息香酸が選択される。
【0047】
液体マトリックスの調製方法としては特に限定されるものではない。具体的な調製方法としては従来からのイオン性液体の調製法に準じることができる。
【0048】
例えば、もっとも簡便な調製法の一つとしては、イオン性液体を構成するアミノキノリンイオンの由来元となるアミノキノリン類と、酸性基含有物質イオンの由来元となる酸物質とを混合して反応させる方法が挙げられる。
【0049】
双方の物質を反応させるためには、酸物質をアミノキノリン類に加えても良いし、アミノキノリン類を酸物質に加えても良い。当該双方の物質の反応は、溶媒中で行うことができる。そのため、酸物質及びアミノキノリン類の少なくとも一方を予め溶液として調製して、酸物質をアミノキノリン類に加えても良いし、アミノキノリン類を酸物質に加えても良い。或いは、溶媒に酸物質及びアミノキノリン類を同時に加えても良い。
【0050】
互いに反応させるべきアミノキノリン類と酸物質との比は、モル比で表して10:1〜2:1、好ましくは7:1〜4:1と設定することができる。溶媒中どのような濃度で双方の物質を反応させるかについては、当業者が適宜決定すればよい。
【0051】
溶媒中で反応させた場合は、反応後、溶媒を除去することができる。溶媒の除去は、留去、好ましくは減圧下における留去によって行うことができる。溶媒の除去を行った後、液状の物質をイオン性液体として得ることができる。
一方、二相液滴の形成時における、イオン性液体の粘性に起因する操作性などの観点から、当該溶媒を除去せずに有機溶剤を含んだ態様でイオン性液体を得ても良い。この場合、質量分析用スポットをより検出選択性良い状態で得るために、より高濃度のイオン性液体溶液であることが好ましい。
【0052】
[1−3.二相液滴の調製]
二相液滴形成をターゲットプレート上に形成する具体的方法としては特に限定されない。
混合液の液滴をターゲットプレート上に形成する具体的方法としては特に限定されない。たとえば、塩含有試料水溶液と液体マトリックス又は液体マトリックス溶液(以下、これらをまとめて液体マトリックスと記載することがある)とを別々に調製し、両液を混合させて混合液を得て、得られた混合液をターゲットプレート上に滴下することによって、二相液滴を形成することができる。また、例えば、塩含有試料水溶液と液体マトリックスとを別々に調製し、塩含有試料水溶液をターゲットプレート上に滴下して塩含有試料水溶液の液滴を形成し、水分が乾燥しない間に、形成された塩含有試料水溶液の液滴にさらに液体マトリックスを滴下することによって、二相液滴を形成することができる。またこの場合、塩含有試料水溶液と液体マトリックス溶液との滴下順序を逆にしても良い。
【0053】
[1−4.二相液滴の態様]
二相液滴の態様は、塩含有試料水溶液の水性相と液体マトリックスの有機相からなるものであれば特に限定されるものではないが、通常、ターゲットプレート上にある程度の広がりをもって塩含有試料水溶液の水性相が接しており、その外周、又は外周及び表面を取り囲むように液体マトリクスの有機相が接している。
例として、水相と液体マトリックス相とからなる二相液滴のモデルを後述の図1及び図10に示す。
【0054】
[1−5.二相液滴中の液体マトリックス量]
ターゲットプレート上に形成される二相液滴1個に含まれる液体マトリックスの量(すなわちターゲットプレート上に形成される後述の質量分析用スポット1個あたりの液体マトリックスの量)としては、特に限定されるものではない。例えば、二相液滴1個あたりのイオン性液体の量を、1nmol〜10μmol、さらに好ましくは10nmol〜1μmolとすることができる。
【0055】
[1−6.二相液滴中の試料及び塩の量]
ターゲットプレート上に形成される二相液滴1個に含まれる構造解析すべき分子の量としては、特に限定されるものではない。例えば、液体マトリックス200nmolに対し、構造解析すべき分子は、10pmol〜数fmolの広い範囲で許容される。
【0056】
塩は、試料の調製工程などで加えられるものであるため、その含有量としては特に限定されるものではない。下限値は、特に限定されないが、例えば、0.1mM程度、或いは0.01mM程度である。この量を下回ると、後述の質量分析工程において、Xイオンが付加したイオンの検出量が減少する傾向が生じると考えられる。一方、上限値は特に限定されないが、500mM程度、或いは1000mM程度まで許容される。この量を上回ると、本発明の効果が得られにくい傾向が生じると考えられる。
【0057】
[1−7.二相液滴の体積]
1個の質量分析用スポットを形成する二相液滴の体積(すなわち、塩含有試料水溶液の水性相の体積と液体マトリックスの有機相の体積との合計)としては、特に限定されず、当業者が適宜決定することができる。
ターゲットプレート上にウェルが設けられている場合、二相液滴は、ウェル内に形成することができる。この場合、二相液滴は、当該ウェル内に収まる程度の体積をもって形成される。具体的には、10nL〜10μl程度、例えば0.5μl程度の液滴を形成することができる。
【0058】
[1−8.ターゲットプレート]
ターゲットプレートとしては、特に限定されない。通常MALDI質量分析に使用されるステンレス鋼ターゲットプレートなどや、化学的或いは物理的に表面処理がなされたターゲットプレートなど、さまざまなものを使用することができる。表面処理がなされたものとしては、ターゲットプレート表面の表面粗さを所望の程度にする処理がなされたものが挙げられる。そのような表面処理としては、例えば、研磨処理や鏡面仕上げ処理が挙げられる。
【0059】
[2.質量分析用スポット形成工程]
[2−1.質量分析用スポットの形成]
質量分析用スポットは、二相液滴から水分が除去されることによって得られる。より具体的には、質量分析用スポットは、以下のような過程を経て形成される。
【0060】
ターゲットプレート上の二相液滴の水性相から水が除去されるに伴い、水性相の体積が減少する。溶媒の除去の方法としては、いかなる方法も許容され、操作性の観点からは自然蒸発を行うことが好ましい。これにより、水性相が濃縮され、塩分濃度が高くなる。それに伴い、水性相の広がりが縮小するか、或いは水性相のターゲットプレート表面からの高さが低下する。水性相の濃縮と水性相の体積の縮小とが相伴って起こるため、濃縮がより進行すれば、濃縮された水性相の体積のより小さい体積へ、塩がより濃い濃度で集められる。水性相中の水分の大部分或いはすべてが除去されることによって、水性相は消失して最終的に残渣となり、この残渣中に、水性相に含まれていた塩が蓄積する。
【0061】
一方、水性相中に含まれていた構造解析すべき分子は、水の除去に伴う水性相の体積の縮小とともに、液体マトリックス相に取り込まれる。上述のように、水性相中に存在していた塩は濃縮され続ける水性相中に残る一方で、水性相中に存在していた構造解析すべき分子は、濃縮され続ける水性相中から液体マトリックス相へ取り込まれる。すなわち、当該液体マトリックス相へ取り込まれた構造解析すべき分子は、水性相中に共存していた塩の脱塩を伴って液体マトリックス相へ取り込まれたことになる。このことにより、液体マトリックス相は最終的に残相となり、この残相中に、脱塩された構造解析すべき分子が調製される。
【0062】
なお、水性相中の構造解析すべき分子は、そのすべてが液体マトリックス相に取り込まれるとは限らない。水性相中の構造解析すべき分子の一部は、残渣中に、蓄積された塩とともに残存する場合もある。
【0063】
[2−2.質量分析スポットの態様]
このようにして得られた質量分析用スポットは、二相液滴における塩含有試料水溶液の水性相に由来する残渣と、二相液滴における液体マトリックスの有機相に由来する残相とからなる。通常は、残相の中央部分に残渣が位置し、当該残渣は、周辺の残相より窪んだ形状で得られることが多いため、目視で識別することが可能である。具体的には、顕微鏡やCCDカメラなどで識別することが可能である。
残渣には、水性相中に含まれていた塩、又は、当該塩と構造解析すべき分子の一部、を主として含み、残相には、液体マトリックス相に含まれていたイオン性液体、及び脱塩された構造解析すべき分子を主として含む。
質量分析用スポットのこの態様は、室温下及び真空下でも維持される。
【0064】
[3.質量分析工程]
質量分析工程においては、上記のようにして得られた質量分析用スポットにレーザーを照射し、このレーザー照射位置によって、異なるイオンを検出する。
【0065】
[3−1.イオン化抑制効果、イオン検出選択性、及び解析スループット性]
すでに述べたように、レーザーを照射すべきスポットにおいて、塩は、当該スポットの微小な一部(すなわち残渣)に集積している。このことによって、検出すべき分子種のイオン化を阻害する物質のひとつである塩を、当該レーザーを照射すべきスポットの他の部分(すなわち残相)から分離される。従って、当該他の部分(残相)においては、塩によるイオン化抑制作用を低減させることができ、その結果、当該他の部分(残相)に存在する分子のイオン化を効果的に行うことが可能になる。
この点から、本発明の方法は、検出すべき分子種に対するイオン化抑制効果を低減することができるMALDI質量分析を可能にする。
【0066】
また、すでに述べたように、質量分析用スポット形成において、二相液滴からの水の除去に伴って、親水性物質(主として塩)が水とともに一部へ集合する。この結果、親水性物質(主として塩)がスポットの残渣中に蓄積される。
このことによって、試料中における親水性のより高い分子は、質量分析用スポットの残渣において、当該親水性物質(主として塩)との親和性によって、当該親和性物質が付加したイオンとして優位に検出されうる。一方、試料中における親水性のより低い分子は、イオン化効率が低下しうるか、或いは、イオンとして検出されない場合がある。
そして、試料中における親水性のより高い分子は、質量分析用スポットの残相において、親水性物質が付加しないイオンとして優位に検出されうる。一方、試料中における親水性のより高い分子は、イオン化効率が低下しうるか、或いは、イオンとして検出されない場合がある。
この点からも、本発明の方法は、検出すべき分子種に対するイオン化抑制効果を低減することができるMALDI質量分析を可能にする。
【0067】
従って、従来の方法ではイオン化効率が異なる分子であっても、残渣又は残相にレーザーを照射することによって、別々に検出することができる。すなわち、それらの分子の一方が、従来の方法ではイオン化効率が低いものであっても、高感度に検出することが可能になる。
【0068】
このように、質量分析工程では、残渣又は残相にレーザーを照射することによって、親水性のより高い分子のイオン種と、親水性のより低い分子のイオン種とを、分離して検出する(detected separately)ことができる。
この点から、本発明の方法は、MS測定の段階において、特定の分子種の選択的なイオン化、又は特定の付加イオン種の選択的な検出ができるMALDI質量分析を可能にする。特に、試料中に、親水性のより高い分子と親水性のより低い分子とが混在している場合に有用である。
【0069】
しかしながら、解析すべき分子の種類や、液体マトリックスの種類や、親和性物質の量などによっては、同じ分子に由来するイオンが、残渣から、親和性物質が付加したイオンとして検出され、且つ、残相から、親和性物質が付加しないイオンとして検出される場合もある。また、残渣から、親和性物質が付加したイオンと、親和性物質が付加しないイオンとの両方が検出される場合もある。
解析すべき分子の種類によっては、親和性物質が付加したイオンと、親和性物質が付加しないイオンとのMSn分析(すなわちMS2以上の多段階分析)における開裂機構が異なる場合がある。そのような分子の一例として、糖ペプチド及び糖が挙げられるが、これに限定されるものではない。従って、親和性物質が付加したイオンと、親和性物質が付加しないイオンとの両方が検出される場合は、構造解析に利用できる情報が多くなるため、構造解析の正確度が向上するという点で有用である。
【0070】
さらに、塩を、当該レーザーを照射すべきスポットの微小な一部に集積させることができることによって、従来の方法で行っていた脱塩処理を前処理として行うことが必要でなくなる。例えば、従来の方法では、一般にペプチドの脱塩処理にはZipTipが用いられているが、アミノ酸の数が少ないペプチドや疎水性の低いペプチドはZipTipへの吸着効率が低く、洗浄過程で塩とともに洗い流される場合が多かった。従って、本発明の方法によって、従来の方法における脱塩前処理に伴うスループット性の低さ及び試料の損失を回避することが可能になる。
この点から、本発明の方法は、スループット性に優れ、試料の損失が無い(又は著しく少ない)MALDI質量分析を可能にする。
【0071】
[3−2.レーザー照射部位及び検出されるイオン種]
具体的には、質量分析用スポットにおける残渣の部分にレーザー光を照射することによって、少なくとも、構造解析すべき分子に塩の構成イオンXが付加したイオンを得る。場合により(例えば、解析すべき分子の種類や、液体マトリックスの種類や、イオンXの存在量などによる)、残渣の部分にレーザー光を照射することによって、さらに、構造解析すべき分子にプロトンが付加したイオンを得ることもある。
一方、質量分析用スポットにおける残相の部分にレーザー光を照射することによって、構造解析すべき分子にプロトンが付加したイオンを得る。
【0072】
[3−3.試料の例及び検出されるイオン種]
例えば、試料に、構造解析すべき分子として糖が含まれる場合、当該糖は、残渣から、少なくとも、イオンXが付加したイオンとして検出され、残相から、プロトンが付加したイオンとして検出される。場合により、残渣から、プロトンが付加したイオンとしても検出される場合がある。
【0073】
例えば、試料に、構造解析すべき分子として糖ペプチドが含まれる場合、当該糖ペプチドは、残渣から、少なくともイオンXが付加したイオンとして検出され、残相から、プロトンが付加したイオンとして検出される。場合により、残渣から、プロトンが付加したイオンとしても検出される場合がある。
なお、それらイオンは、糖−アミノ酸結合が維持されたものとして得られる。
【0074】
例えば、試料に、構造解析すべき分子としてペプチドが含まれる場合、当該ペプチドは、残相から、プロトンが付加したイオンとして得ることができる。
【0075】
本発明は、特に、試料が糖タンパク質のタンパク質分解酵素消化物である場合、すなわち、試料に構造解析すべき分子として糖ペプチドとペプチドとが混合して含まれる場合に有用である。このような場合、残相からペプチドのプロトン付加イオンを、残渣から糖ペプチドのイオンX付加イオンを得ることが出来る。また、残渣から糖ペプチドのプロトン付加イオンがさらに得られる場合もある。
【0076】
本発明では、液体マトリックスを用いていることから、糖ペプチドイオン(すなわち糖−アミノ酸結合が維持されたイオン)を検出することができる。すなわち、構造解析すべき糖ペプチドから、糖鎖とペプチドとの間の結合の開裂が起こることなくイオンを生じさせることができる。
【0077】
試料が糖タンパク質のタンパク質分解酵素消化物である場合、通常、糖タンパク質の構造解析を行うことを目的とする。糖タンパク質の構造解析においては、タンパク質部分の一次構造の特定、糖鎖部分の一次構造の特定、及び糖鎖結合部位の特定を行うことが必要である。
糖ペプチドイオンの検出は、糖タンパク質の構造解析を行うために必要な情報の1つである、糖鎖結合部位の特定を行うための情報を得るという点で重要である。また、糖タンパク質の構造解析を行うために必要なそれ以外の情報である、タンパク質部分の一次構造の特定を行うための情報、及び糖鎖部分の一次構造の特定を行うための情報も、当該糖ペプチドイオンから得ることができる。
【0078】
一方、糖タンパク質に由来する、ペプチドイオンや、糖鎖部分のみのイオンからは、タンパク質部分の一次構造の特定を行うための情報、及び糖鎖部分の一次構造の特定を行うための情報を得ることができる。しかしながら、上記のような糖鎖結合部位の特定を行うための情報を得ることは、例えば糖鎖結合部位となるアミノ酸に化学的にタグを付加するなどのさらなる工程を行わない限り、不可能である。
【0079】
糖タンパク質の構造解析においては、具体的には、例えば、糖ペプチドイオンをプリカーサイオンとして選択し、MSn分析を行うことで、糖タンパク質の構造解析を行うことができる。
【0080】
さらに具体的には、糖ペプチドとして、ペプチドに付加しやすいプラスチャージイオンが付加したイオンと、糖に付加しやすいプラスチャージイオンが付加したイオンとを検出し、それぞれをプリカーサイオンとして選択しMSn分析を行うことで、前者のイオンからはタンパク質部分の一次構造、糖鎖結合部位及び糖鎖の一次構造を、後者のイオンからは前者のイオンの場合とは異なる糖鎖の一次構造を特定することができる。さらにこの場合、ペプチドに付加しやすいプラスチャージイオンとしてはプロトンが挙げられ、糖鎖に付加しやすいプラスチャージイオンとしては金属イオンが挙げられる。
【0081】
上述のように、糖ペプチドは、残渣から、少なくともイオンX(例えば金属イオン)が付加したイオンとして検出され、残相から、プロトンが付加したイオンとして検出される。場合により、残渣から、プロトンが付加したイオンとしても検出される場合がある。このように、糖ペプチドからは、イオンX(例えば金属イオン)が付加したイオンと、プロトンが付加したイオンとの両方が得られるため、それぞれのイオンをプリカーサイオンとしたMSn分析によって、それぞれに異なる構造情報が得られる。すなわち、多くの構造情報が得られる。このため、正確な構造解析が可能になる。
【実施例】
【0082】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。以下において、%で表される量は、体積を基準として示す。
【0083】
[参考例1:3AQ/CHCAを用いた質量分析用スポットモデルの形成]
本参考例においては、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(3AQ/CHCA)を用いた、質量分析用スポットモデルの形成を行った。
水(0.5μL)と3AQ/CHCA(1μL)の混合液を、MALDIターゲットプレートウェル(ウェル直径:2.8mm、以下において同じ)に滴下して室温下に放置し、時間経過にともなう液滴の変化を写真撮影した。
【0084】
その結果を図1に示す。図1においては、番号[1]から[6]の順に時間が経過していることを示す。液滴中心部分の液体相は水の相であり、その周りに位置する液体相は3AQ/CHCAの相である。いずれの相も透明であり、3AQ/CHCAの相は黄色味を帯びている。時間経過とともに水が蒸発していくために、液滴中心の水相の領域が縮小していくことが観測された。
【0085】
[実施例1:液体マトリックス3AQ/CHCAの塩耐性1]
本実施例では、試料(アンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物)水溶液を様々な塩濃度で調製し、マトリックスとして3AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行った。
【0086】
1)CHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸,シグマ社)をメタノールに溶解し、飽和溶液を調製した。
2)35mgの3−アミノキノリンを、上記1)で調製したCHCA飽和溶液150μLに溶解し、これによりイオン液体マトリックス3−アミノキノリン/α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(3AQ/CHCA)を調製した。
【0087】
3)0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液で調製した1.6 pmol/μLアンジオテンシンII(ヒト由来)と1.2 pmol/μL酸化型インスリンB鎖(ウシ由来)とを等体積量混合した。
4)アンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物に、1 M、400 mM、200 mM又は40 mMのトリス塩酸緩衝液(Tris-HCl) (pH8.0)、あるいは水を、それぞれ、当該混合物と等体積量混合した。
5)Tris-HCl (pH8.0)を添加したアンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物に、それぞれ、当該混合物と等体積量の3AQ/CHCAを混合した。
これにより、試料と3AQ/CHCAとの混合液を調製した。この混合液中のTris-HClの濃度は、それぞれ、250mM、100mM、50mM、10mM、及び0mMである。
【0088】
6)試料と3AQ/CHCAとの混合液1μLをMALDIターゲットプレートウェルに滴下した。
7)試料と3AQ/CHCAとの混合液滴を室温下に放置して水を蒸発させ、水が完全に蒸発したことを確認した後、MALDI質量分析装置で測定を行った。質量分析装置としては、337nmの紫外レーザーを備えたMALDI-Digital Ion Trap(DIT)質量分析装置を用いた。MALDI-DIT質量分析装置は、イオン源にMALDI、質量分析部にDigital Ion Trapを用いた質量分析装置で、Digital Ion Trapは高周波矩形波電圧を用いてイオンをトラップし、矩形波電圧の振幅を一定に保ったまま周波数を変化させて質量分析を行うものである。
【0089】
図2に、得られたMALDIマススペクトル(図2のa1〜e1)と、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像(図2のa2〜e2)とを示す。マススペクトルにおいては、縦軸はイオンの強度(Intensity, uA)、横軸は質量電荷比(m/z)を表す(以下、すべてのマススペクトルにおいて同じ)。
図2のa1〜e1が示すように、いずれのTris-HCl (pH 8.0)濃度の場合でも、試料イオンを検出することができた。図2のa2〜e2が示すように、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの中心部分に窪み形状が観察された。この窪みの部位からは試料イオンを検出することができず、その周辺部位からは試料イオンを検出することができた。
【0090】
このことから、3AQ/CHCAの相とTris-HClを含む試料の相とからなる液滴内において、液滴中の水の蒸発に伴う、Tris-HClを含む試料の相の領域が縮小していく過程で、当該相中のTris-HClの成分は、水とともに液滴中心部へ集合したといえる。
従って、液体マトリックス3AQ/CHCAを用いることによって、MALDIターゲットプレートウェル上で、試料を含む水溶液中の塩を液滴中心部へ集積させることが可能となり、その結果として試料の脱塩効果が得られた。
【0091】
[実施例2:液体マトリックス3AQ/CHCAの塩耐性2]
本実施例では、試料(ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物)水溶液を様々な塩濃度で調製し、マトリックスとして3AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行った。
具体的には、試料を、アンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物から、ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物に変更した以外は、実施例1と同様の操作を行った。
その結果、100fmolのBSAトリプシン消化物の測定で、Tris-HCl(pH 8.0)濃度が250mMでもBSAペプチドが検出され、実施例1と同様の脱塩効果が得られたことを確認した(データ示さず)。
【0092】
[実施例3:液体マトリックス8AQ/CHCAの塩耐性]
本実施例では、試料(ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物)水溶液を様々な塩濃度で調製し、マトリックスとして8AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行った。
具体的には、試料を、アンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物から、ウシ血清アルブミンのトリプシン消化物に変更し、且つ、3−アミノキノリンを8−アミノキノリンに変更した以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0093】
図3に、得られたMALDIマススペクトル(図3のa1〜e1)と、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像(図3のa2〜e2)とを示す。
図3のa1〜e1が示すように、いずれのTris-HCl (pH 8.0)濃度の場合でも、試料イオンを検出することができた。図3のa2〜e2が示すように、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの中心部分に窪み形状が観察された。この窪みの部位からは試料イオンを検出することができず、その周辺部位からは試料イオンを検出することができた。
【0094】
このことから、8AQ/CHCAについても、3AQ/CHCAについての実施例1及び2と同様の脱塩効果が得られたことが示された。
【0095】
[比較例1:固体マトリックスCHCAの塩耐性1]
本比較例では、上記実施例1の比較のため、試料(アンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物)水溶液を様々な塩濃度に調製し、マトリックスとしてCHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸)を用い、MALDI質量分析を行った。
具体的には、マトリックスを3AQ/CHCAからCHCAに変更した以外は、上記実施例1と同様の操作を行った。
【0096】
図4に、得られたMALDIマススペクトル(図4のa1〜e1)と、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像(図4のa2〜e2)とを示す。
図4のa1〜e1が示すように、Tris-HCl (pH 8.0)の濃度が100 mM以上の場合、Tris-HCl (pH 8.0)のイオン化阻害作用によって試料イオンが検出されなかった。
【0097】
[比較例2:固体マトリックスCHCAの塩耐性2]
本比較例では、上記実施例2及び3の比較のため、試料(ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物)水溶液を様々な塩濃度に調製し、マトリックスとしてCHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸)を用い、MALDI質量分析を行った。
具体的には、マトリックスを3AQ/CHCA又は8AQ/CHCAからCHCAに変更した以外は、上記実施例2又は3と同様の操作を行った。
【0098】
図5に、得られたMALDIマススペクトル(図5のa1〜e1)と、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像(図5のa2〜e2)とを示す。
図5のa1〜e1が示すように、Tris-HCl (pH 8.0)の濃度が250 mM以上の場合、Tris-HCl (pH 8.0)のイオン化阻害作用によって試料イオンが検出されなかった。
【0099】
[実施例4:3AQ/CHCAを用いたピリジルアミノ化糖のMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、ピリジルアミノ化糖PA-009とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(3AQ/CHCA)を用い、MALDI質量分析を行った。
【0100】
1)CHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸,シグマ社)をメタノールに溶解し、飽和溶液を調製した。
2)35mgの3−アミノキノリンを、上記1)で調製したCHCA飽和溶液150μLに溶解し、イオン性液体3AQ/CHCA(液体マトリックス)を調製した。
【0101】
3)ピリジルアミノ化糖鎖PA-009;中性2分岐糖鎖,タカラバイオ社)を水に溶解し、2pmol/μLの水溶液として調製した。PA-009の構造を以下に示す。
【0102】
【化1】
【0103】
4)MALDIターゲットプレートウェルに、上記3)で得られた水溶液を0.5μL滴下した。
5)上記4)の液滴が乾燥する前に、当該液滴の上に、さらに上記2)で得られた液体マトリックス3AQ/CHCAを1μL滴下した。
6)上記5)で得られた、上記4)で滴下した水溶液の相と液体マトリックスの相とからなる液滴を室温下に放置し、水溶液相の水を蒸発させた。水が完全に蒸発したことを確認した後、MALDI質量分析装置で測定を行った。質量分析装置としては、337nmの紫外レーザーを備えたMALDI-Digital Ion Trap(DIT)質量分析装置を用いた。
【0104】
図6に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図6のA)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図6のA-[1]〜A-[4])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]〜[4]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、1pmolである。
【0105】
図6が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、PA-009のナトリウム付加イオンが優位に検出され、他の部位[2]、[3]及び[4]における測定ではプロトン付加分子が優位に検出された。
【0106】
この結果から、スポット中心部(残渣)と中心部以外(残相)とで検出できるイオン種を選択的かつ容易に分離検出(detected separately)できることがわかる。また、試料と3AQ/CHCAの混合液滴中に存在していたナトリウムイオンは、スポット中心部(残渣)に集積していると言える。
【0107】
[実施例5:3AQ/CHCAを用いた糖ペプチドのMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、糖ペプチドTf-GP1とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(3AQ/CHCA)を用い、MALDI質量分析を行った。
上記実施例4における工程3)で、ピリジルアミノ化糖鎖PA-009の水溶液調製の代わりに糖ペプチドTf-GP1水溶液を調製した以外は、実施例4と同様の操作を行った。
【0108】
糖ペプチド(Tf-GP1)水溶液は次のように調製した。市販のヒトトランスフェリン(シグマ社)をトリプシン消化し、セファロースを用いた糖ペプチドの濃縮を行った後、オクタデシルシリカカラムを用いたHPLCによりTf-GP1を単離し、0.1% TFA水溶液に溶解し、2pmol/mLとして調製した。Tf-GP1の構造を以下に示す。
【0109】
【化2】
【0110】
図7に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図7のB)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図7のB-[1]〜B-[4])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]〜[4]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、1pmolである。
【0111】
図7が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、ナトリウム付加イオンが優位に検出され、他の部位[2]、[3]及び[4]における測定ではプロトン付加分子が優位に検出された。
【0112】
この結果から、スポット中心部(残渣)と中心部以外(残相)とで検出できるイオン種を選択的かつ容易に分離検出できることがわかる。また、試料と3AQ/CHCAの混合液滴中に存在していたナトリウムイオンは、スポット中心部(残渣)に集積していると言える。
【0113】
[実施例6:3AQ/CHCAを用いた消化ペプチドのMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(3AQ/CHCA)を用い、MALDI質量分析を行った。
【0114】
上記実施例4における工程3)で、ピリジルアミノ化糖鎖PA-009の水溶液調製の代わりに消化ペプチド水溶液を調製した以外は、実施例4と同様の操作を行った。
消化ペプチド水溶液は、市販のウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物(ウォーターズ社)を、0.1% トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液に溶解し、200fmol/μLの濃度に調整することにより調製した。
【0115】
図8に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図8のC)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図8のC-[1]〜C-[4])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]〜[4]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、100fmolである。
【0116】
図8が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、BSAトリプシン消化ペプチドはほとんど検出されなかった。一方他の部位[2]、[3]及び[4]における測定ではBSAトリプシン消化ペプチドが検出された。
【0117】
この結果から、ペプチドはスポット中心部(残渣)ではイオン化効率が著しく低い、あるいはスポット中心部(残渣)のペプチドの存在量が少ないことが示される。
【0118】
[実施例7:3AQ/CHCAを用いた糖タンパク質消化ペプチドのMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、糖タンパク質消化ペプチドモデル、すなわちBSAのトリプシン消化ペプチドと糖ペプチドTf-GP1との混合物とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(3AQ/CHCA)を用い、MALDI質量分析を行った。
【0119】
上記実施例4における工程3)及び4)の工程を、以下のように変更した以外は、実施例4と同様の操作を行った。
3) 市販のヒトトランスフェリン(シグマ社)をトリプシン消化し、セファロースを用いた糖ペプチドの濃縮を行った後、オクタデシルシリカカラムを用いたHPLCによりTf-GP1を単離し、0.1% TFA水溶液に溶解し、2pmol/mLに調整することにより糖ペプチド(Tf-GP1)水溶液を調製した。
別途、ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物(ウォーターズ社)を、0.1% トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液に溶解し、200fmol/μLの濃度に調整することにより消化ペプチド水溶液を調製した。
【0120】
4) MALDIターゲットプレートウェルに、上記3)で得られた消化ペプチド水溶液を0.5μL(100fmol)滴下し、その液滴の上に続けて、上記3)で得られた糖ペプチド水溶液を0.5μL(1pmol)滴下した。
【0121】
図9に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図9のD)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図9のD-[1]〜D-[4])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]〜[4]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、トリプシン消化ペプチドが100fmol、糖ペプチドが1pmolである。
【0122】
図9が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、Tf-GP1のナトリウム付加イオンが優位に検出され、BSAトリプシン消化ペプチドはほとんど検出されなかった。一方、他の部位[2]、[3]及び[4]における測定では、BSAトリプシン消化ペプチドのプロトン付加分子が優位に検出され、Tf-GP1もプロトン付加分子として検出された。
【0123】
この結果から、3AQ/CHCAによるペプチドと糖ペプチドと混合物の測定では、測定部位により優位に検出される試料イオンが異なり、測定部位の選択により、検出されたピークの中から容易に試料イオンの種類を識別することが可能であることが示される。
【0124】
[参考例2:3AQ/DHBを用いた質量分析用スポットモデルの形成]
本参考例においては、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/2,5−ジヒドロキシ安息香酸(3AQ/DHB)を用いた以外は、参考例1と同様の操作を行い、質量分析用スポットモデルの形成を行った。
【0125】
その結果を図10に示す。図10においては、番号[1]から[6]の順に時間が経過していることを示す。液滴中心部分の液体相は水の相であり、その周りに位置する液体相は3AQ/DHBの相である。いずれの相も透明であり、3AQ/DHBの相は黄色味を帯びている。時間経過とともに水が蒸発していくために、液滴中心の水相の領域が縮小していくことが観測された。
【0126】
[実施例8:3AQ/DHBを用いたピリジルアミノ化糖のMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、ピリジルアミノ化糖PA-009とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/2,5−ジヒドロキシ安息香酸(3AQ/DHB)を用い、MALDI質量分析を行った。
液体マトリックスとして3AQ/ DHBを用いた以外は、実施例4と同様の操作を行い、マススペクトルを得た。
【0127】
図11に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図11のE)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図11のE-[1]及びE-[2])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、1pmolである。
【0128】
図11が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、PA-009のプロトン付加分子に加えて、ナトリウムイオンやカリウムイオン付加分子が検出され、他の部位[2]における測定では、プロトン付加分子が優位に測定された。
【0129】
[実施例9:3AQ/DHBを用いた糖ペプチドのMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、糖ペプチドTf-GP1とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/2,5−ジヒドロキシ安息香酸(3AQ/DHB)を用い、MALDI質量分析を行った。
液体マトリックスとして3AQ/DHBを用いた以外は、実施例5と同様の操作を行い、マススペクトルを得た。
【0130】
図12に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図12のF)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図12のF-[1]及びF-[2])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、1pmolである。
【0131】
図12が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、Rf-GP1のプロトン付加分子に加えて、ナトリウムイオンやカリウムイオンが付加した分子が検出され、他の部位[2]における測定では、プロトン付加分子が優位に測定された。
【0132】
[実施例10:3AQ/DHBを用いた消化ペプチドのMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、ウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin:BSA)のトリプシン消化物とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/2,5−ジヒドロキシ安息香酸(3AQ/DHB)を用い、MALDI質量分析を行った。
液体マトリックスとして3AQ/DHBを用いた以外は、実施例6と同様の操作を行い、マススペクトルを得た。
【0133】
図13に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図13のG)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図13のG-[1]及びG-[2])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、100fmolである。
【0134】
図13が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、カチオン付加と予想されるBSAトリプシン消化ペプチドが検出された。一方、他の部位[2]における測定では、BSAトリプシン消化ペプチドがプロトン付加分子として検出された。
【0135】
[実施例11:3AQ/DHBを用いた糖タンパク質消化ペプチドのMALDI質量分析]
本実施例では、解析すべき試料を、糖タンパク質消化ペプチドモデル、すなわちBSAのトリプシン消化ペプチドと糖ペプチドTf-GP1との混合物とし、液体マトリックスとして3−アミノキノリン/2,5−ジヒドロキシ安息香酸(3AQ/DHB)を用い、MALDI質量分析を行った。
液体マトリックスとして3AQ/DHBを用いた以外は、実施例7と同様の操作を行い、マススペクトルを得た。
【0136】
図14に、試料と液体マトリックスと混合液滴の水が蒸発した後のスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図14のH)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図14のH-[1]及びH-[2])とを示す。スポット中心部に該当するレーザー照射部位[1]は残渣であり、レーザー照射部位[2]は残相である。なお、当該スポットに存在する試料の量は、トリプシン消化ペプチドが100fmol、糖ペプチドが1pmolである。
【0137】
図14が示すように、レーザー照射部位[1]における測定では、Tf-GP1がプロトン付加イオンおよびナトリウム付加分子、カリウムイオン付加分子が優位に検出され、BSAトリプシン消化ペプチドはほとんど検出されなかった。一方、他の部位[2]における測定では、BSAトリプシン消化ペプチドのプロトン付加分子が優位に検出され、Tf-GP1もプロトン付加分子として検出された。
【0138】
この結果は、3AQ/CHCAにおける場合と同様、3AQ/DHBを用いた場合でも、ペプチドと糖ペプチド混合物の測定において、測定部位により優位に検出される試料イオンが異なり、測定部位の選択により、検出されたピークの中から容易に試料イオンの種類を識別可能であることを示している。
【図面の簡単な説明】
【0139】
【図1】参考例1で得られた結果であり、3AQ/CHCAを用いた質量分析用スポットモデルが時間経過とともに形成される様子を示した写真である。
【図2】実施例1で得られた結果であり、試料(アンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物)水溶液を様々な塩濃度に調製し、マトリックスとして3AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行って得られたMALDIマススペクトル(図2のa1〜e1)及びレーザー照射対象となったスポットの画像(図2のa2〜e2)である。
【図3】実施例3で得られた結果であり、試料(BSAのトリプシン消化物)水溶液を様々な塩濃度に調製し、マトリックスとして8AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行って得られたMALDIマススペクトル(図3のa1〜e1)及びレーザー照射対象となったスポットの画像(図3のa2〜e2)である。
【図4】比較例1で得られた結果であり、試料(アンジオテンシンII/酸化型インスリンB鎖の混合物)水溶液を様々な塩濃度に調製し、マトリックスとしてCHCAを用い、MALDI質量分析を行って得られたMALDIマススペクトル(図4のa1〜e1)及びレーザー照射対象となったスポットの画像(図4のa2〜e2)である。
【図5】比較例2で得られた結果であり、試料(BSAのトリプシン消化物)水溶液を様々な塩濃度に調製し、マトリックスとしてCHCAを用い、MALDI質量分析を行って得られたMALDIマススペクトル(図5のa1〜e1)及びレーザー照射対象となったスポットの画像(図5のa2〜e2)である。
【図6】実施例4で得られた結果であり、解析すべき試料を、ピリジルアミノ化糖PA-009とし、液体マトリックスとして3AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図6のA)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図6のA-[1]〜A-[4])である。
【図7】実施例5で得られた結果であり、解析すべき試料を、糖ペプチドTf-GP1とし、液体マトリックスとして3AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図7のB)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図7のB-[1]〜B-[4])である。
【図8】実施例6で得られた結果であり、解析すべき試料を、BSAのトリプシン消化物とし、液体マトリックスとして3AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図8のC)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図8のC-[1]〜C-[4])である。
【図9】実施例7で得られた結果であり、解析すべき試料を、糖タンパク質消化ペプチドモデル(すなわちBSAのトリプシン消化ペプチドと糖ペプチドTf-GP1との混合物)とし、液体マトリックスとして3AQ/CHCAを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]〜[4](図9のD)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図9のD-[1]〜D-[4])である。
【図10】参考例2で得られた結果であり、3AQ/DHBを用いた質量分析用スポットモデルが時間経過とともに形成される様子を示した写真である。
【図11】実施例8で得られた結果であり、解析すべき試料を、ピリジルアミノ化糖PA-009とし、液体マトリックスとして3AQ/DHBを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図11のE)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図11のE-[1]及びE-[2])である。
【図12】実施例9で得られた結果であり、解析すべき試料を、糖ペプチドTf-GP1とし、液体マトリックスとして3AQ/DHBを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図12のF)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図12のF-[1]及びF-[2])である。
【図13】実施例10で得られた結果であり、解析すべき試料を、ウシ血清アルブミン(BSA)のトリプシン消化物とし、液体マトリックスとして3AQ/DHBを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図13のG)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図13のG-[1]及びG-[2])である。
【図14】実施例11で得られた結果であり、解析すべき試料を、糖タンパク質消化ペプチドモデル(すなわちBSAのトリプシン消化ペプチドと糖ペプチドTf-GP1との混合物)とし、液体マトリックスとして3AQ/DHBを用い、MALDI質量分析を行った場合の、レーザー照射対象となったスポットの画像及び当該スポットにおけるレーザー照射部位[1]及び[2](図14のH)と、それぞれのレーザー照射部位から得られたMALDIマススペクトル(図14のH-[1]及びH-[2])である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)構造解析すべき分子を含む試料と、構成イオンXを有する塩と、を含む水溶液の相、及び
アミノキノリンのイオンと酸性基含有有機物質のイオンとを含む、マトリックスとしてのイオン性液体の相、
からなる二相液滴を、ターゲットプレート上に形成する二相液滴形成工程と、
(ii)前記二相液滴における前記水溶液の相から水を除去することによって、前記水溶液の相から得られた残渣と、前記イオン性液体の相から得られた残相とからなるスポットを前記ターゲットプレート上に得るスポット形成工程と、
(iii)前記スポットにおける前記残渣の部分にレーザー光を照射し、少なくとも前記構造解析すべき分子に前記イオンXが付加したイオンを得ること、及び/又は
前記スポットにおける前記残相の部分にレーザー光を照射し、前記構造解析すべき分子にプロトンが付加したイオンを得ること、
を含む質量分析工程と、
を含む、液体マトリックスを用いたMALDI質量分析法。
【請求項2】
前記工程(iii)において、前記スポットにおける前記残渣の部分にレーザー光を照射し、前記構造解析すべき分子にプロトンが付加したイオンをさらに得る、請求項1に記載のMALDI質量分析法。
【請求項3】
前記アミノキノリンは、3−アミノキノリン及びその構造異性体からなる群から選ばれる、請求項1又は2に記載のMALDI質量分析法。
【請求項4】
前記酸性基含有有機物質はα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸及び2,5−ジヒドロキシ安息香酸からなる群から選ばれる、請求項1〜3のいずれか1項に記載のMALDI質量分析法。
【請求項5】
前記構造解析すべき分子は、糖、糖ペプチド、及びペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種の分子である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のMALDI質量分析法。
【請求項6】
前記イオンXはナトリウムイオン及びカリウムイオンからなる群から選ばれる金属イオンである、請求項1〜5のいずれか1項に記載のMALDI質量分析法。
【請求項1】
(i)構造解析すべき分子を含む試料と、構成イオンXを有する塩と、を含む水溶液の相、及び
アミノキノリンのイオンと酸性基含有有機物質のイオンとを含む、マトリックスとしてのイオン性液体の相、
からなる二相液滴を、ターゲットプレート上に形成する二相液滴形成工程と、
(ii)前記二相液滴における前記水溶液の相から水を除去することによって、前記水溶液の相から得られた残渣と、前記イオン性液体の相から得られた残相とからなるスポットを前記ターゲットプレート上に得るスポット形成工程と、
(iii)前記スポットにおける前記残渣の部分にレーザー光を照射し、少なくとも前記構造解析すべき分子に前記イオンXが付加したイオンを得ること、及び/又は
前記スポットにおける前記残相の部分にレーザー光を照射し、前記構造解析すべき分子にプロトンが付加したイオンを得ること、
を含む質量分析工程と、
を含む、液体マトリックスを用いたMALDI質量分析法。
【請求項2】
前記工程(iii)において、前記スポットにおける前記残渣の部分にレーザー光を照射し、前記構造解析すべき分子にプロトンが付加したイオンをさらに得る、請求項1に記載のMALDI質量分析法。
【請求項3】
前記アミノキノリンは、3−アミノキノリン及びその構造異性体からなる群から選ばれる、請求項1又は2に記載のMALDI質量分析法。
【請求項4】
前記酸性基含有有機物質はα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸及び2,5−ジヒドロキシ安息香酸からなる群から選ばれる、請求項1〜3のいずれか1項に記載のMALDI質量分析法。
【請求項5】
前記構造解析すべき分子は、糖、糖ペプチド、及びペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種の分子である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のMALDI質量分析法。
【請求項6】
前記イオンXはナトリウムイオン及びカリウムイオンからなる群から選ばれる金属イオンである、請求項1〜5のいずれか1項に記載のMALDI質量分析法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
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【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2009−257848(P2009−257848A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−105162(P2008−105162)
【出願日】平成20年4月14日(2008.4.14)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年4月14日(2008.4.14)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
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