説明

液体噴射ヘッド及び液体噴射装置並びに圧電アクチュエータ

【課題】変位特性を向上した液体噴射ヘッド及び液体噴射装置並びに圧電アクチュエータを提供する。
【解決手段】液滴を噴射するノズル開口に連通する圧力発生室12が形成された流路形成基板10と、下電極60と、下電極60上に形成された圧電体層70と、圧電体層70の下電極60とは反対側に形成された上電極80と、を備え、圧力発生室12に圧力を発生させてノズル開口から液滴を吐出する圧電素子300と、を具備し、下電極60は、ランタンニッケル酸化物を含む第一電極層61と、第一電極層61の圧電体層70側に形成され、ペロブスカイト型構造を有する遷移金属酸化物を含む第二電極層62と、を有し、第二電極層62の面内の格子定数は、第一電極層61の面内の格子定数よりも大きく、且つ圧電体層70の面内の格子定数よりも大きい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、下電極、圧電体層及び上電極を備えた圧電素子を具備する液体噴射ヘッド及び液体噴射装置並びに圧電アクチュエータに関する。
【背景技術】
【0002】
液体噴射ヘッド等に用いられる圧電素子は、電気機械変換機能を呈する圧電材料からなる圧電体層を2つの電極で挟んだ素子であり、圧電体層としては、鉛、ジルコニウム及びチタンを含んだ、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等を用いたものが提案されている(特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2001−223404号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、この圧電体層を用いて圧電素子を設けたとしても、十分な変位を得ることができなかった。なお、このような問題は、インクジェット式記録ヘッドに代表される液体噴射ヘッドに限定されず、他の装置に搭載される圧電アクチュエータにおいても同様に存在する。
【0005】
本発明はこのような事情に鑑み、変位特性を向上した液体噴射ヘッド及び液体噴射装置並びに圧電アクチュエータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決する本発明の態様は、液滴を噴射するノズル開口に連通する圧力発生室が形成された流路形成基板と、下電極と、該下電極上に形成された圧電体層と、該圧電体層の前記下電極とは反対側に形成された上電極と、を備え、前記圧力発生室に圧力を発生させて前記ノズル開口から液滴を吐出する圧電素子と、を具備し、前記下電極は、ランタンニッケル酸化物を含む第一電極層と、該第一電極層の前記圧電体層側に形成され、ペロブスカイト型構造を有する遷移金属酸化物を含む第二電極層と、を有し、前記第二電極層の面内の格子定数は、前記第一電極層の面内の格子定数よりも大きく、且つ前記圧電体層の面内の格子定数よりも大きいことを特徴とする液体噴射ヘッドにある。
かかる態様では、格子定数の大きな第二電極層上に圧電体層を設けるので、面内方向の格子定数が大きな圧電体層となり、変位特性を向上することができる。また、ランタンニッケル酸化物を含む第一電極層によって圧電体層を(100)面に優先配向させることができ、優れた変位特性を有する圧電体層とすることができる。なお、本発明において、「上電極」や「下電極」なる表現を用いているが、これは、単に圧電体層70の両側の一方と他方とを特定するために用いているものであり、流路形成基板に対する配置のことではない。
【0007】
ここで、前記第二電極層は、バリウム鉛酸化物を含むことが好ましい。これによれば、バリウム鉛酸化物の格子定数はランタンニッケル酸化物の格子定数よりも大きいため、ランタンニッケル酸化物上に直接設けた圧電体層よりも、第二電極層上の圧電体層の面内の格子定数を引き伸ばすことができる。
【0008】
また、前記圧電体層は、鉛、ジルコニウム及びチタンを含むことが好ましい。これによれば、優れた変位特性の圧電素子とすることができると共に、第二電極層としてバリウム鉛酸化物を用いた場合には、圧電体層の成分が下電極側に拡散するのを抑制することができ、且つ下電極の成分が圧電体層側に拡散するのを抑制することができる。
【0009】
また、前記第一電極層は、(100)面に優先配向していることが好ましい。これによれば、ランタンニッケル酸化物を含む第一電極層は、自然配向によって(100)面に優先配向し、その上に形成された第二電極層及び圧電体層を(100)面に優先配向させることができる。
【0010】
また、前記圧電体層は、単斜晶系のペロブスカイト型構造を有し、且つ(100)面に優先配向していることが好ましい。これによれば、第二電極層上に所定の結晶構造で所定の配向性を有する圧電体層を設けるので優れた変位特性とすることができる。
【0011】
さらに、本発明の他の態様は、上記態様の液体噴射ヘッドを備えることを特徴とする液体噴射装置にある。
かかる態様では、低い駆動電圧で、重量の大きな液滴を吐出可能な液体噴射ヘッドを実現できる。
【0012】
また、本発明の他の態様は、下電極と、前記下電極上に形成された圧電体層と、前記圧電体層の前記下電極とは反対側に形成された上電極と、を備えた圧電素子を具備する圧電アクチュエータであって、前記下電極は、ランタンニッケル酸化物を含む第一電極層と、該第一電極層の前記圧電体層側に形成され、ペロブスカイト型構造を有する遷移金属酸化物を含む第二電極層と、を有し、前記第二電極層の面内の格子定数は、前記第一電極層の面内の格子定数よりも大きく、且つ、前記圧電体層の面内の格子定数よりも大きいことを特徴とする圧電アクチュエータにある。
かかる態様では、格子定数の大きな第二電極層上に圧電体層を設けるので、面内方向の格子定数が大きな圧電体層となり、変位特性を向上することができる。また、ランタンニッケル酸化物を含む第一電極層によって圧電体層を(100)面に優先配向させることができ、優れた変位特性を有する圧電体層とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に本発明を実施形態に基づいて詳細に説明する。
(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係る液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図であり、図2は、図1の平面図及びそのA−A′断面図であり、図3は、インクジェット式記録ヘッドの要部を拡大した断面図である。
【0014】
図1及び図2に示すように、本実施形態の流路形成基板10は、シリコン単結晶基板からなり、その一方の面には二酸化シリコンからなる弾性膜50が形成されている。
【0015】
流路形成基板10には、複数の圧力発生室12がその幅方向に並設されている。また、流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向外側の領域には連通部13が形成され、連通部13と各圧力発生室12とが、各圧力発生室12毎に設けられたインク供給路14及び連通路15を介して連通されている。連通部13は、後述する保護基板のリザーバ部31と連通して各圧力発生室12の共通のインク室となるリザーバの一部を構成する。インク供給路14は、圧力発生室12よりも狭い幅で形成されており、連通部13から圧力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。なお、本実施形態では、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向から絞ることでインク供給路を形成してもよい。
【0016】
なお、本実施形態では、流路形成基板10には、圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15からなる液体流路が設けられていることになる。
【0017】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
【0018】
一方、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、絶縁体膜55が形成されている。さらに、この絶縁体膜55上には、下電極膜60と、圧電体層70と、上電極膜80とが、積層形成されて、圧電素子300を構成している。ここで、圧電素子300は、下電極膜60、圧電体層70及び上電極膜80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。本実施形態では、下電極膜60を圧電素子300の共通電極とし、上電極膜80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。また、ここでは、圧電素子300と当該圧電素子300の駆動により変位が生じる振動板とを合わせて圧電アクチュエータと称する。なお、上述した例では、弾性膜50、絶縁体膜55及び下電極膜60が振動板として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、例えば、弾性膜50及び絶縁体膜55を設けずに、下電極膜60のみが振動板として作用するようにしてもよい。また、圧電素子300自体が実質的に振動板を兼ねるようにしてもよい。
【0019】
圧電体層70は、下電極膜60上に形成される分極構造を有する一般式ABOで示される酸化物の圧電材料からなるペロブスカイト型構造を有する結晶膜である。圧電体層70としては、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等の強誘電体材料や、これに酸化ニオブ、酸化ニッケル又は酸化マグネシウム等の金属酸化物を添加したもの等が好適である。具体的には、チタン酸鉛(PbTiO)、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O)、ジルコニウム酸鉛(PbZrO)、チタン酸鉛ランタン((Pb,La),TiO)、ジルコン酸チタン酸鉛ランタン((Pb,La)(Zr,Ti)O)又は、マグネシウムニオブ酸ジルコニウムチタン酸鉛(Pb(Zr,Ti)(Mg,Nb)O)等を用いることができる。本実施形態では、圧電体層70として、Pb(ZrTi1−x)Oで、xが0.5のPZTを用いた。つまり、圧電体層70は、鉛、ジルコニウム及びチタンを含んだものを用いた。
【0020】
また、圧電体層70は、結晶が(100)面に優先配向しており、その結晶構造は、単斜晶系(monoclinic)となっている。なお、本発明で「結晶が(100)面に優先配向している」とは、全ての結晶が(100)面に配向している場合と、ほとんどの結晶(例えば、90%以上)が(100)面に配向している場合と、を含むものである。また、本発明で「結晶構造が、単斜晶系(monoclinic)となっている」とは、全ての結晶が単斜晶系である場合と、ほとんど全ての結晶(例えば、90%以上)が単斜晶系であり、単斜晶系ではない残りの結晶が菱面体晶系(rhombohedral)あるいは正方晶系(tetragonal)である場合と、を含むものである。
【0021】
さらに、圧電体層70は、分極方向が膜面垂直方向(圧電体層70の厚さ方向)に対して所定角度(50〜60°)傾いているエンジニアード・ドメイン配置であることが望ましい。
【0022】
圧電体層70の厚さについては、製造工程でクラックが発生しない程度に厚さを抑え、且つ十分な変位特性を呈する程度に厚く形成する。例えば、本実施形態では、圧電体層70を1〜2μm前後の厚さで形成した。
【0023】
また、圧電体層70の製造方法は特に限定されず、例えば、有機金属化合物を溶媒に溶解・分散したいわゆるゾルを塗布乾燥してゲル化し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなる圧電体層70を得る、いわゆるゾル−ゲル法を用いて圧電体層70を形成することができる。もちろん、圧電体層70の製造方法は、ゾル−ゲル法に限定されず、例えば、MOD(Metal-Organic Decomposition)法やスパッタリング法等を用いてもよい

【0024】
下電極膜60は、流路形成基板10側に設けられてランタンニッケル酸化物を含む第一電極層61と、第一電極層61の圧電体層70側に設けられて、ペロブスカイト型構造を有する遷移金属酸化物を含む第二電極層62とで構成されている。
【0025】
第一電極層61は、厚さが例えば100nmのランタンニッケル酸化物(LNO)を含む。ランタンニッケル酸化物(LNO)は、結晶が(100)面に優先配向した導電性材料として用いられている。なお、ランタンニッケル酸化物(LNO)は、二次元の方向に異方性があるランタン(La)の層状化合物であるため、(100)面に自然配向すると考えられる。
【0026】
ランタンニッケル酸化物(LNO)の格子定数は、ABOのキュービック表示において、3.87Åであり、圧電体層70であるPZTの代表的な格子定数4.10Åに比べて小さいものである。なお、ランタンニッケル酸化物としては、例えば、LaNiOが挙げられるが、たとえ他の組成比のランタンニッケル酸化物であったとしても、Bサイトにはイオン半径の比較的小さなニッケル(Ni)が存在するため、比較的大きなイオン半径を有するジルコニウムやチタンなどがBサイトに存在する圧電体層70の格子定数よりも小さくなると考えられる。また、ランタンニッケル酸化物を含む第一電極層61は、薄すぎると、(100)面に優先配向したペロブスカイト型構造を有するものにならないため、例えば、100nm程度は必要である。
【0027】
第二電極層62は、ペロブスカイト型構造を有する遷移金属酸化物を含み、第一電極層61の面内の格子定数よりも大きく、且つ圧電体層70の面内の格子定数よりも大きい材料が用いられる。このような第二電極層62の材料としては、例えば、バリウム鉛酸化物(一例としてBaPbO)が挙げられる。
【0028】
なお、バリウム鉛酸化物は、厚すぎると、結晶が(110)面に優先配向してしまうため、結晶が(100)面に優先配向する程度の厚さで形成することが好ましく、バリウム鉛酸化物の厚さは、1μm以下とするのが好適である。さらに、100nm程度が好ましい。
【0029】
また、面内の格子定数とは、圧電体層70の下面、すなわち、圧電体層70と下電極膜60との界面に水平な方向の格子定数のことを言う。
【0030】
また、バリウム鉛酸化物(BaPbO)は、格子定数が4.25Åであり、このバリウム鉛酸化物(BaPbO)を含む第二電極層62上には、圧電体層70をその格子定数を面内に引き伸ばして形成して、圧電体層70の面内の格子定数を大きくしている。すなわち、第一電極層61上に圧電体層70を形成すると、第一電極層61の格子定数(3.87Å)により圧電体層70の面内の格子定数が収縮し、圧電体層70は、一般的なPZTの格子定数(4.10Å)よりも小さな格子定数となってしまう。これに対して、バリウム鉛酸化物(BaPbO)を含む第二電極層62は、金属であり、強誘電性を示さない。したがって、PZTなどの圧電体層70とは異なり、ヤング率が200GPa程度と硬く、面内格子定数は下地となる第一電極層61(LNO)の影響を受け難い。すなわち、第二電極層62は、下地となる第一電極層61の(100)面の優先配向のみを受け継ぎ、第二電極層62の格子定数は、バリウム鉛酸化物のバルクの格子定数に近い面内格子定数(例えば、4.25Å)と、第一電極層61及び圧電体層70よりも大きくすることができる。これにより、第二電極層62上に圧電体層70を形成することで、圧電体層70の面内の格子定数を4.15Å程度に引き伸ばすことができる。
【0031】
このように、圧電体層70の面内の格子定数を比較的大きくすることで、圧電体層70の圧電特性を向上することができる。また、第一電極層61及び第二電極層62を含む下電極膜60上に、(100)面に優先配向した圧電体層70を形成することができる。すなわち、第一電極層61は(100)面に優先配向し、その上に形成された第二電極層62も(100)面に優先配向しているため、圧電体層70を第二電極層62上にエピタキシャル成長により形成することで、圧電体層70を(100)面に優先配向させることができる。ここで、例えば、下電極膜60として、遷移金属酸化物からなる第二電極層62のみを設けた場合、第二電極層62は、(100)面に優先配向しない可能性がある。
【0032】
本実施形態では、(100)面に優先配向した第一電極層61によって、圧電体層70を(100)面に優先配向させることができると共に、第二電極層62によって、圧電体層70の面内の格子定数を引き伸ばすことができ、変位特性や耐久性などの圧電特性に優れた圧電素子300を実現できる。これにより、低電圧で圧電素子300を駆動しても、ノズル開口21から重量の大きなインク滴を吐出させることができる。
【0033】
なお、第二電極層62は、導電性を有するため電極として機能するため、第一電極層61の厚さを比較的薄く形成することができる。すなわち、例えば、第一電極層61のみが電極として機能し、第二電極層62が電極として機能しない場合には、電気抵抗の問題から第一電極層61を比較的厚く形成する必要があり、高コストになってしまう。
【0034】
また、下電極膜60の第二電極層62として、バリウム鉛酸化物を用いることで、圧電体層70の成分が下電極膜60側に拡散して不具合が発生するのを抑制すると共に、下電極膜60の成分が圧電体層70側に拡散して不具合が発生するのを抑制することができる。すなわち、例えば、ランタンニッケル酸化物を含む第一電極層61上に直接圧電体層70を形成すると、第一電極層61のランタン(La)やニッケル(Ni)が圧電体層70側に拡散してしまうと共に、圧電体層70の鉛(Pb)等の成分が第一電極層61側に拡散してしまう。
【0035】
これに対して、第二電極層62として、バリウム鉛酸化物(BaPbO)を用いることで、第二電極層62のイオン半径の大きなバリウム(Ba)は、圧電体層70側に拡散することなく、また、拡散したとしても、バリウム(Ba)は圧電材料としても使用される材料であるため特に問題にならない。また、第二電極層62の鉛(Pb)が圧電体層70側に拡散したとしても、圧電体層70は元から鉛(Pb)を含有するため、第二電極層62から拡散された鉛による不具合が発生することがない。また、圧電体層70の成分である鉛(Pb)も同様に、第二電極層62側に拡散されたとしても、第二電極層62は元から鉛(Pb)を含有するため、圧電体層70から拡散された鉛による不具合が発生することがない。ちなみに、第二電極層62の下地となるランタンニッケル酸化物を含む第一電極層61の成分は、第二電極層62によって、圧電体層70側に拡散し難いものである。
【0036】
(実施例)
ここで、(110)面に優先配向したシリコンウェハ上に、二酸化シリコン(SiO)からなり厚さが1000nmの弾性膜50と、二酸化ジルコニウム(ZrO)からなり厚さが500nmの絶縁体膜55とを設け、絶縁体膜55上に下電極膜60として、上述した実施形態1と同様に、ランタンニッケル酸化物(LNO)からなり厚さが100nmの第一電極層61と、バリウム鉛酸化物(BaPbO)からなり厚さが40nmの第二電極層62とを設けた。そして、この下電極膜60上にPb(Zr0.5Ti0.5)Oとなる圧電体層70を形成した後、圧電体層70上にイリジウム(Ir)からなり厚さが200nmの上電極膜80を形成した。
【0037】
なお、第一電極層61及び第二電極層62は、スパッタリング法により形成した。また、圧電体層70は、ゾル−ゲル法により形成し、その焼成温度を700℃とした。
【0038】
(比較例)
比較のため、上述した実施例の第二電極層62を形成しないもの、すなわち、下電極膜60が第一電極層61のみで構成される以外、上述した実施例と同じ構成のものを形成した。
【0039】
(試験例)
上述した実施例及び比較例における第一電極層61、第二電極層62及び圧電体層70の格子定数を測定した。また、圧電素子300の変位量を測定した。この結果を下記表1に示す。なお、格子定数は、膜の面内方向をa軸、厚さ方向をc軸と表している。また、格子定数は、X線回折法(X-Ray Diffraction)により測定したX線の回折ピークにより求めた。また、面内方向の格子定数の測定には、in-plane法を用いた。変位量は、上下電極膜に電圧を印加して、圧電素子の変位量をレーザー変位計で測定した。
【0040】
【表1】

【0041】
表1に示すように、比較例のランタンニッケル酸化物を含む第一電極層61上に直接形成した圧電体層70は、a軸の格子定数が4.08Åとなったのに対し、実施例のランタンニッケル酸化物を含む第一電極層61と、バリウム鉛酸化物(BaPbO)を含む第二電極層62とで構成された下電極膜60上に形成した圧電体層70は、a軸の格子定数が4.15Åと大きくなった。
【0042】
また、圧電素子300の変位量を測定したところ、a軸の格子定数が大きな圧電体層を有する実施例の圧電素子の方が、a軸の格子定数が小さな圧電体層を有する比較例の圧電素子に比べて大きな変位量となることが分かった。以上のことから、圧電体層70の面内の格子定数が大きい方が、優れた変位特性を有するものであることが判明した。
【0043】
また、実施例の圧電体層70について、配向率と半価幅とを測定したところ、実施例の圧電体層70は、(100)面の配向率が98%と高く、X線回折法(XRD)によって測定した(200)面に由来するX線の回折ピークの半価幅が12度となった。半価幅の値は小さいほど好ましく、結晶の配向揺らぎが小さいことを示している。下電極膜60として、ランタンニッケル酸化物を用いない方法では、一般的に20度以上となってしまう。ここで、X線回折法によって圧電体層70を測定すると、(100)面及び(200)面等に相当する回折強度のピークが発生する。そして、「半価幅」とは、X線回折法により測定されたX線回折チャートで示されるロッキングカーブの各結晶面に相当するピーク強度の半価での幅のことを言う。
【0044】
また、上電極膜80は、例えば、厚さが200nmのイリジウム(Ir)を含む。この上電極膜80は、圧電素子300の個別電極として機能する。また、上電極膜80には、インク供給路14側の端部近傍から引き出され、絶縁体膜55上にまで延設される、例えば、金(Au)等を含むリード電極90が接続されている。
【0045】
このような圧電素子300が形成された流路形成基板10上、すなわち、下電極膜60、絶縁体膜55及びリード電極90上には、リザーバ100の少なくとも一部を構成するリザーバ部31を有する保護基板30が接着剤35を介して接合されている。このリザーバ部31は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるリザーバ100を構成している。また、流路形成基板10の連通部13を圧力発生室12毎に複数に分割して、リザーバ部31のみをリザーバとしてもよい。さらに、例えば、流路形成基板10に圧力発生室12のみを設け、流路形成基板10と保護基板30との間に介在する部材(例えば、弾性膜50、絶縁体膜55等)にリザーバと各圧力発生室12とを連通するインク供給路14を設けるようにしてもよい。
【0046】
また、保護基板30の圧電素子300に対向する領域には、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有する圧電素子保持部32が設けられている。圧電素子保持部32は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有していればよく、当該空間は密封されていても、密封されていなくてもよい。
【0047】
このような保護基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例えば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0048】
また、保護基板30には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられている。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極90の端部近傍は、貫通孔33内に露出するように設けられている。
【0049】
また、保護基板30上には、並設された圧電素子300を駆動するための駆動回路120が固定されている。この駆動回路120としては、例えば、回路基板や半導体集積回路(IC)等を用いることができる。そして、駆動回路120とリード電極90とは、ボンディングワイヤ等の導電性ワイヤからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。
【0050】
また、このような保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料からなり、この封止膜41によってリザーバ部31の一方面が封止されている。また、固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のリザーバ100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、リザーバ100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0051】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドでは、図示しない外部のインク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、リザーバ100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの下電極膜60と上電極膜80との間に電圧を印加し、弾性膜50、絶縁体膜55、下電極膜60及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0052】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明の基本的な構成は上述したものに限定されるものではない。例えば、上述した実施形態1では、流路形成基板10として、シリコン単結晶基板を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、結晶面方位が(100)面、(110)面等のシリコン単結晶基板を用いるようにしてもよく、また、SOI基板、ガラス等の材料を用いるようにしてもよい。
【0053】
なお、上述した実施形態1では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンタ等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレー等のカラーフィルタの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレー、FED(電界放出ディスプレー)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【0054】
また、本発明は、インクジェット式記録ヘッドに代表される液体噴射ヘッドに搭載される圧電素子に限られず、他の装置に搭載される圧電素子にも適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の実施形態1に係る記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図である。
【図2】本発明の実施形態1に係る記録ヘッドの平面図及び断面図である。
【図3】本発明の実施形態1に係る記録ヘッドの要部拡大断面図である。
【符号の説明】
【0056】
1 インクジェット式記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、 10 流路形成基板、 12
圧力発生室、 13 連通部、 14 インク供給路、 15 連通路、 20 ノズルプレート、 21 ノズル開口、 30 保護基板、 31 リザーバ部、 40 コンプライアンス基板、 50 弾性膜、 55 絶縁体膜、 60 下電極膜、 61 第一電極層、 62 第二電極層、 70 圧電体層、 80 上電極膜、 90 リード電極、 100 リザーバ、 120 駆動回路、 300 圧電素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液滴を噴射するノズル開口に連通する圧力発生室が形成された流路形成基板と、
下電極と、該下電極上に形成された圧電体層と、該圧電体層の前記下電極とは反対側に形成された上電極と、を備え、前記圧力発生室に圧力を発生させて前記ノズル開口から液滴を吐出する圧電素子と、を具備し、
前記下電極は、ランタンニッケル酸化物を含む第一電極層と、該第一電極層の前記圧電体層側に形成され、ペロブスカイト型構造を有する遷移金属酸化物を含む第二電極層と、を有し、
前記第二電極層の面内の格子定数は、前記第一電極層の面内の格子定数よりも大きく、且つ前記圧電体層の面内の格子定数よりも大きいことを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項2】
前記第二電極層は、バリウム鉛酸化物を含むことを特徴とする請求項1記載の液体噴射ヘッド。
【請求項3】
前記圧電体層は、鉛、ジルコニウム及びチタンを含むことを特徴とする請求項1又は2記載の液体噴射ヘッド。
【請求項4】
前記第一電極層は、(100)面に優先配向していることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の液体噴射ヘッド。
【請求項5】
前記圧電体層は、単斜晶系のペロブスカイト型構造を有し、且つ(100)面に優先配向していることを特徴とする請求項1〜4の何れか一項に記載の液体噴射ヘッド。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか一項に記載の液体噴射ヘッドを備えることを特徴とする液体噴射装置。
【請求項7】
下電極と、前記下電極上に形成された圧電体層と、前記圧電体層の前記下電極とは反対側に形成された上電極と、を備えた圧電素子を具備する圧電アクチュエータであって、
前記下電極は、ランタンニッケル酸化物を含む第一電極層と、該第一電極層の前記圧電体層側に形成され、ペロブスカイト型構造を有する遷移金属酸化物を含む第二電極層と、を有し、
前記第二電極層の面内の格子定数は、前記第一電極層の面内の格子定数よりも大きく、且つ、前記圧電体層の面内の格子定数よりも大きいことを特徴とする圧電アクチュエータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−92994(P2010−92994A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−260104(P2008−260104)
【出願日】平成20年10月6日(2008.10.6)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】