説明

液晶ポリエステル繊維及び液晶ポリエステル繊維布、並びに、液晶ポリエステル繊維の製造方法

【課題】 十分に薄型化された繊維布を形成し得る液晶ポリエステル繊維の製造方法を提供すること。
【解決手段】 好適な実施形態の液晶ポリエステル繊維の製造方法は、液晶ポリエステル及び繊維形成性ポリマーを溶媒に溶解させた溶液を、静電場中で電界によって飛散させることにより液晶ポリエステルを繊維化する繊維化工程を含む。そして、このような製造方法により、平均繊維径が0.01〜1μmである液晶ポリエステル繊維が容易に得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶ポリエステル繊維及び液晶ポリエステル繊維布、並びに、液晶ポリエステル繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プリント配線板基板用の基材としては、古くからガラス繊維布帛が多く用いられてきた。しかし、ガラス繊維は誘電率が高く、しかも重いという欠点を有しており、近年では、ガラス繊維に代わる基材用の材料が求められている。例えば、液晶アラミド繊維は、ガラス繊維のような欠点が少ないため、基材としての適用が検討されている。しかしながら、アラミド繊維は吸湿性が高いことから、優れた電気絶縁性が要求されるプリント配線基板用の基材として未だ十分なものではなかった。
【0003】
一方、液晶ポリエステルは、高耐熱性、低誘電性且つ低吸湿性という特性を兼ね備えていることから、プリント配線基板等の基材として期待されている。例えば、溶融液晶性ポリエステル繊維からなる織布を基材とするプリント配線基板が開示されている(特許文献1参照)。また、平均繊維径が1〜15μmである溶融液晶性ポリエステルからなるプリント配線基板用の基材(繊維布)が開示されている(特許文献2参照)。前者の溶融液晶性ポリエステル繊維は溶融紡糸により、後者の繊維布はメルトブローン法によって得られることが示されている。
【特許文献1】特開昭62−36892号公報
【特許文献2】特開2002−64254号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、プリント配線基板等には、それが搭載される電子機器等の小型化に対応するため、薄型化が求められている。しかしながら、上述した従来の液晶ポリエステルからなる織布や繊維布は、繊維密度が小さく、十分な強度等を維持したまま薄型化するのが困難な傾向にあった。
【0005】
そこで、本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、十分に薄型化された繊維布を形成し得る液晶ポリエステル繊維の製造方法を提供することを目的とする。本発明はまた、このような製造方法により得られた液晶ポリエステル繊維及びこの液晶ポリエステル繊維からなる繊維布を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の液晶ポリエステル繊維の製造方法は、液晶ポリエステル及び繊維形成性ポリマーを溶媒に溶解させた溶液(以下、場合によっては単に「ポリマー溶液」と略す)を、電場中で電気的引力によって飛散させることにより液晶ポリエステルを繊維化する繊維化工程を含むことを特徴とする。
【0007】
上記本発明の製造方法においては、ポリマー溶液を電場中、電気的引力によって飛散させて液晶ポリエステルを繊維化する、いわゆる静電紡糸によって液晶ポリエステル繊維を製造している。本発明者らの検討の結果、このような静電紡糸によると、液晶ポリエステルが電気的な引力によって引き延ばされて細線化されることから、従来の溶融紡糸やメルトブローン法のように物理的な力による場合と比べて、より細い繊維を形成することができることが判明した。したがって、本発明の製造方法によれば、従来に比して細い液晶ポリエステル繊維を得ることができる。そして、このような液晶ポリエステル繊維を用いることにより高密度化ができ、十分に薄型化された液晶ポリエステル繊維布を形成することが可能となる。
【0008】
本発明の製造方法において、ポリマー溶液の溶媒としては、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン及びジメチルスルホキシドからなる群より選ばれる少なくとも1種の溶媒が好ましい。これらの溶媒は、液晶ポリエステルや繊維形成性ポリマーを溶解し易いため、このような溶媒を用いたポリマー溶液は、本発明の製造方法に好適である。
【0009】
また、繊維形成性ポリマーとしては、熱可塑性ポリマーが好ましく、具体的にはポリエチレンオキシド、ポリプロピレンオキシド及びポリビニルアルコールから選ばれる少なくとも一種のポリマーであるとより好ましい。繊維形成性ポリマーがこのような熱可塑性ポリマーであると、ポリマー溶液が静電紡糸に対して好適な粘度を有するようになり、液晶ポリエステル繊維の形成が一層有利となる。
【0010】
液晶ポリエステルとしては、下記一般式(1)、(2)及び(3)で表される構造単位を有するものが好ましい。
【化1】


[式中、Arは、1,4−フェニレン基、2,6−ナフチレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、Arは、1,4−フェニレン基、1,3−フェニレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、Arは、1,4−フェニレン基、1,3−フェニレン基、2,6−ナフチレン基及び下記式(4)で表される基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、X及びYは、それぞれ独立に−O−又は−NH−で表される基を示す。
【化2】


但し、式(4)中、Ar41及びAr42は、それぞれ独立に、2,6−ナフチレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基を示し、Zは、−O−、−SO−及び−CO−で表される基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基を示す。]
【0011】
このような構造を有する液晶ポリエステルは、溶媒に溶解し易く、ポリマー溶液を調製することが特に容易である。したがって、本発明における静電紡糸に対して好適であり、このような構造の液晶ポリエステルを含むポリマー溶液を用いることによって、細い液晶ポリエステル繊維を極めて良好に製造することが可能となる。
【0012】
また、繊維形成性ポリマーの分子量は、100,000以上であると好ましい。繊維形成性ポリマーの分子量が100,000以上であると、ポリマー溶液がより好適な粘度を有するようになって静電紡糸が一層容易となる。
【0013】
上記繊維化工程においては、ポリマー溶液の温度を60℃以上とすることが好ましい。60℃以上の温度で繊維化工程を実施することで、静電紡糸による繊維化が良好に生じるほか、静電紡糸中に液晶ポリエステルが十分に引き延ばされて、細線化された液晶ポリエステルが得られ易くなる。
【0014】
また、繊維化工程後には、得られた液晶ポリエステル繊維を、繊維形成性ポリマーを溶解可能な溶媒で洗浄することが好ましい。繊維化工程後には、ポリマー溶液に含まれていた繊維形成性ポリマーが、静電紡糸中に十分に飛散せずに液晶ポリエステル中に残る場合がある。したがって、得られた液晶ポリエステル繊維を、繊維形成性ポリマーを溶解可能な溶媒で洗浄することで、残存している繊維形成性ポリマーが効率よく除去され、その結果、余分な付着物が少なく軽量な液晶ポリエステル繊維が得られるようになる。繊維形成性ポリマーを溶解可能な溶媒としては、繊維形成性ポリマー以外の付着成分も良好に除去でき、しかも液晶ポリエステル繊維への影響が殆どない水が好適である。
【0015】
本発明はまた、液晶ポリエステルを含有しており、平均繊維径が0.01〜1μmである液晶ポリエステル繊維を提供する。本発明の液晶ポリエステル繊維は、従来の液晶ポリエステル繊維に比して極めて細い繊維径を有することから、高密度化しても十分に薄く、小型の電子部品に搭載されるプリント配線基板等に好適な液晶ポリエステル繊維布が良好に得られるようになる。このような液晶ポリエステル繊維は、上述した本発明の製造方法によって好適に得られる。
【0016】
液晶ポリエステル繊維を構成する液晶ポリエステルは、有機溶媒に可溶なものであると好適である。有機溶媒に可溶な液晶ポリエステルは、ポリマー溶液を容易に形成可能であり、上述した静電紡糸が容易に適用可能であることから、本発明のような細い液晶ポリエステル繊維の形成に有利である。
【0017】
また、液晶ポリエステルは、下記一般式(1)、(2)及び(3)で表される構造単位を有するものであると更に好ましい。
【化3】


[式中、Arは、1,4−フェニレン基、2,6−ナフチレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、Arは、1,4−フェニレン基、1,3−フェニレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、Arは、1,4−フェニレン基、1,3−フェニレン基、2,6−ナフチレン基及び下記式(4)で表される基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、X及びYは、それぞれ独立に−O−又は−NH−で表される基を示す。
【化4】


但し、式(4)中、Ar41及びAr42は、それぞれ独立に、2,6−ナフチレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基を示し、Zは、−O−、−SO−及び−CO−で表される基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基を示す。]
【0018】
上記構造を含む液晶ポリエステルからなる繊維は、本発明のような細い繊維径とした場合であっても高耐熱性、低誘電性且つ低吸湿性といった特性を維持しながら十分な強度を有することができる。また、このような液晶ポリエステルは、有機溶媒に溶解してポリマー溶液を形成し易いため静電紡糸法の適用が容易であり、本発明のような細い繊維径を有する液晶ポリエステル繊維の構成材料として好適でもある。
【0019】
そして、本発明は、上記本発明の液晶ポリエステル繊維からなる液晶ポリエステル繊維布を提供する。このような液晶ポリエステル繊維布は、上記本発明による細い液晶ポリエステルから構成されるため、薄型でも十分な特性を有しており、小型の電子部品に搭載されるプリント配線基板等の基材として好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、十分に薄型化された繊維布を形成し得るような、細い繊維径を有する
液晶ポリエステル繊維の製造方法を提供することが可能となる。また、このような製造方
法により得られ、従来に比して細い繊維径を有する液晶ポリエステル繊維、及び、この液
晶ポリエステル繊維からなり、十分な特性を維持しながら薄型化することが可能な液晶ポ
リエステル繊維布を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。
【0022】
(液晶ポリエステル)
まず、液晶ポリエステル繊維の製造方法の説明に先立って、本発明に好適な液晶ポリエステルについて説明する。好適な液晶ポリエステルは、溶融状態で液晶性を示すサーモトロピック液晶ポリマーであり、450℃以下の温度で光学的に異方性を示す溶融体を形成するものが好ましい。
【0023】
液晶ポリエステルとしては、I型と呼ばれる構造を形成し得る芳香族液晶ポリエステルが、優れた耐熱性が得られることから好ましい。このような芳香族液晶ポリエステルとしては、芳香族ヒドロキシカルボン酸、芳香族ジオール、芳香族ジアミン、水酸基を有する芳香族アミン、芳香族ジカルボン酸等から誘導される構造単位を有するものが挙げられる。
【0024】
より具体的には、液晶ポリエステルとしては、下記一般式(1)、(2)、(3)で表されるような構造単位を適宜組み合わせて有するものが好ましい。ここで、下記一般式(1)で表される構造単位(以下、必要に応じて「(1)単位」という)は、芳香族ヒドロキシカルボン酸から誘導され、下記一般式(2)で表される構造単位(以下、必要に応じて「(2)単位」という)は、芳香族ジオール、芳香族ジアミン、又は、芳香環に水酸基が置換した芳香族アミンから誘導され、下記一般式(3)で表される構造単位(以下、必要に応じて「(3)単位」という)は、芳香族ジカルボン酸から誘導される構造単位である。
【化5】


[式中、Arは、1,4−フェニレン基、2,6−ナフチレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、Arは、1,4−フェニレン基、1,3−フェニレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、Arは、1,4−フェニレン基、1,3−フェニレン基、2,6−ナフチレン基及び下記式(4)で表される基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、X及びYは、それぞれ独立に−O−又は−NH−で表される基を示す。
【化6】


但し、式(4)中、Ar41及びAr42は、それぞれ独立に、2,6−ナフチレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基を示し、Zは、−O−、−SO−及び−CO−で表される基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基を示す。]
【0025】
良好な液晶性を得る観点からは、芳香族液晶ポリエステルとしては、少なくとも上記(1)単位、(2)単位及び(3)単位を有しているものが好ましい。そして、芳香族液晶ポリエステルは、(1)単位、(2)単位及び(3)単位の総量を100モル%としたとき、(1)単位を30〜80モル%、(2)単位を10〜35モル%、(3)単位を10〜35モル%有することが好ましい。このような条件を具備する芳香族液晶ポリエステルは、良好な液晶性を有するとともに、後述する好適な有機溶媒である非プロトン性溶媒に対して十分な溶解性を有しており、ポリマー溶液を良好に形成し得る。
【0026】
芳香族液晶ポリエステルにおける上記一般式(1)〜(3)で表される構造単位は、それぞれ上述した化合物から誘導されるものであるが、芳香族液晶ポリエステルは、これらの構造単位に誘導される化合物(以下、「原料化合物」という)を、公知の方法で縮合することによって得ることができる。
【0027】
ここで、原料化合物は、各構造単位に誘導される上述したような化合物が、縮合に有利となるように誘導体を形成したものであってもよい。例えば、芳香族ヒドロキシカルボン酸や芳香族ジカルボン酸の場合、原料化合物においては、これらのカルボキシル基が、ポリエステルの形成反応に有利な酸塩化物、酸無水物となっていてもよい。また、カルボキシル基が、縮合の際にエステル交換反応によってポリエステルを形成し得るように、アルコールやカルボン酸類とエステルを形成した形態となっていてもよい。
【0028】
また、芳香族ジオールや芳香環に水酸基が置換した芳香族アミンの場合、原料化合物においては、これらのフェノール性水酸基が、エステル交換反応によってポリエステルを形成し得るように、カルボン酸類とエステルを形成していてもよい。さらに、芳香族ジアミンや芳香環に水酸基が置換した芳香族アミンの場合、これらのアミノ基が、アミド交換反応によりポリアミドを形成できるように、カルボン酸類とアミドを形成していてもよい。
【0029】
上記(1)単位の原料化合物としては、p−ヒドロキシ安息香酸、2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸又は4−ヒドロキシ−4’−ビフェニルカルボン酸やこれらの誘導体が好ましい。なかでも、2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸が好適である。なお、(1)単位としては、これらの原料化合物に由来する構造単位を複数種類含んでいてもよい。
【0030】
芳香族液晶ポリエステルにおいて、(1)単位は、一般式(1)〜(3)で表される構造単位の合計100モル%中、好ましくは30〜80モル%、より好ましくは35〜65モル%、更に好ましくは40〜55モル%含まれる。(1)単位が上記範囲で含まれていると、芳香族液晶ポリエステルの溶媒への溶解性が良好となり、静電紡糸法に有利となるほか、良好な液晶性が得られるようになる。
【0031】
また、上記(2)単位の原料化合物としては、レゾルシン、ハイドロキノン、3−アミノフェノール、4−アミノフェノール、1,4−フェニレンジアミン、1,3−フェニレンジアミン、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、4−ヒドロキシ−4’−ビフェニルアルコール等やこれらの誘導体が挙げられる。なかでも、4−アミノフェノールが好ましい。なお、(2)単位も、2種以上が含まれていてもよい。
【0032】
(2)単位は、一般式(1)〜(3)で表される構造単位の合計100モル%中、好ましくは10〜35モル%、より好ましくは17.5〜32.5モル%、更に好ましくは22.5〜30.0モル%含まれる。(2)単位がこのような割合で含まれていると、良好な液晶性が得られ、しかも芳香族液晶ポリエステルの溶媒に対する溶解性も良好となる傾向にある。
【0033】
上記(3)単位の原料化合物としては、テレフタル酸、イソフタル酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸、ジフェニルエーテル−4,4’−ジカルボン酸、ジフェニルスルフォン−4,4’−ジカルボン酸、ベンゾフェノン−4,4’−ジカルボン酸やこれらの誘導体等が挙げられる。なかでも、芳香族液晶ポリエステルは、溶媒への溶解性を良好にする観点からは、当該芳香族液晶ポリエステルに屈曲性を付与し得る構造単位を有することが好ましい。例えば、イソフタル酸から誘導される構造単位や上記一般式(4)で表される構造単位を有することが好ましく、イソフタル酸から誘導される構造単位を有することが特に好ましい。これらの構造単位も、それぞれ2種以上が含まれていてもよい。
【0034】
(3)単位は、一般式(1)〜(3)で表される構造単位の合計100モル%に対して、好ましくは10〜35モル%、より好ましくは17.5〜32.5モル%、更に好ましくは22.5〜30.0モル%含まれる。
【0035】
芳香族液晶ポリエステルにおいて、(2)単位と(3)単位とは、[(2)単位のモル%/(3)単位のモル%]が、0.85〜1.25となるように含まれていることが好ましく、ほぼ1となるように含まれているとより好ましい。このように、(2)単位と、(3)単位とがほぼ等量となるように含まれる場合、芳香族液晶ポリエステルは良好な重合度を有する傾向にある。
【0036】
芳香族液晶ポリエステルは、上述した原料化合物を、公知の方法、例えば、特開2002−220444号公報、特開2002−146003号公報等に記載された方法にしたがって重合を行うことで得ることができる。
【0037】
例えば、まず、(1)単位の原料化合物である芳香族ヒドロキシカルボン酸、及び、(2)単位の原料化合物である芳香族ジオール、芳香族ジアミン又は芳香環に水酸基が置換した芳香族アミンと、脂肪酸無水物とを反応させ、原料化合物中のフェノール性水酸基やアミノ基をアシル化する(アシル化反応)。この際、脂肪酸無水物は、フェノール性水酸基やアミノ基よりも過剰量となるようにする。次いで、得られたアシル化物と、(3)単位の原料化合物である芳香族ジカルボン酸とを溶融重合により反応させて、芳香族液晶ポリエステルを得る。かかる重合反応は、アシル化物と芳香族ジカルボン酸との間のエステル交換やアミド交換反応によって主に進行する重縮合反応である。
【0038】
上記のアシル化反応においては、フェノール性水酸基とアミノ基との合計に対して、脂肪酸無水物を1.0〜1.2倍当量、より好ましくは1.05〜1.1倍当量用いることが好ましい。このようにすれば、その後のエステル交換・アミド交換の際に、アシル化物や原料化合物が昇華しにくくなり、反応系が閉塞するといった問題が生じ難くなる。そのため、液晶ポリエステルの着色等を少なくできる。アシル化反応は、130〜180℃で5分間〜10時間行うことが好ましく、140〜160℃で10分間〜3時間行うことが好ましい。
【0039】
アシル化反応に用いる脂肪酸無水物としては、特に限定されないが、例えば、無水酢酸、無水プロピオン酸、無水酪酸、無水イソ酪酸、無水吉草酸、無水ピバル酸、無水2エチルヘキサン酸、無水モノクロル酢酸、無水ジクロル酢酸、無水トリクロル酢酸、無水モノブロモ酢酸、無水ジブロモ酢酸、無水トリブロモ酢酸、無水モノフルオロ酢酸、無水ジフルオロ酢酸、無水トリフルオロ酢酸、無水グルタル酸、無水マレイン酸、無水コハク酸、無水β−ブロモプロピオン酸等が挙げられる。これらは2種類以上を組み合わせて用いてもよい。なかでも、無水酢酸、無水プロピオン酸、無水酪酸又は無水イソ酪酸が好ましく、無水酢酸がより好ましい。これらは、取り扱い性が良好であるほか、安価に入手できることからコストの低減も図れるものである。
【0040】
また、エステル交換・アミド交換反応は、アシル化物のアシル基に対し、芳香族ジカルボン酸のカルボキシル基が0.8〜1.2倍当量となるようにすることが好ましい。また、エステル交換・アミド交換反応は、400℃まで0.1〜50℃/分の割合で昇温しながら行うことが好ましく、350℃まで0.3〜5℃/分の割合で昇温しながら行うとより好ましい。こうすれば、効率よく生成物である芳香族液晶ポリエステルが得られる傾向にある。なお、エステル交換・アミド交換反応の際には、平衡を生成物側に移動させるために、反応中に副生する脂肪酸や未反応の脂肪酸無水物は、蒸発させる等して反応系外に除去しながら反応を行うことが好ましい。
【0041】
なお、上述したアシル化反応、エステル交換・アミド交換反応は、触媒の存在下で行ってもよい。触媒としては、ポリエステルの重合用として知られるものを適用することができる。例えば、酢酸マグネシウム、酢酸第一錫、テトラブチルチタネート、酢酸鉛、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、三酸化アンチモン等の金属塩触媒や、N,N−ジメチルアミノピリジン、N−メチルイミダゾール等の有機化合物触媒が挙げられる。
【0042】
なかでも、触媒としてはN,N−ジメチルアミノピリジン、N−メチルイミダゾール等の窒素原子を2個以上含む複素環化合物が好ましい。これらの触媒は、アシル化反応前に投入し、アシル化反応後も除去しないでそのままエステル交換反応中に含まれていてもよい。
【0043】
エステル交換・アミド交換による重縮合反応は、上述の通り、溶融重合によって良好に生じさせることができるが、例えば、溶融重合と固相重合とを併用してもよい。固相重合は、溶融重合後、得られたポリマーを取り出し、これを粉砕してパウダー状又はフレーク状にした後、これを用いて公知の固相重合方法を適用することによって行うことができる。このような固相重合は、例えば、窒素等の不活性雰囲気下、20〜350℃、1〜30時間、固相状態で熱処理することによって行うことが好ましい。また、固相重合は、攪拌しながら行ってもよく、攪拌しないで静置した状態で行ってもよい。
【0044】
溶融重合と固相重合とは、適当な攪拌機構を備えることによって同じ槽で行うこともできる。また、固相重合後には、得られた芳香族液晶ポリエステルは、公知の方法によりペレット化し、その後、成形してもよい。上述した芳香族液晶ポリエステルの製造方法は、回分装置や連続装置等を用いて行うことができる。
【0045】
(液晶ポリエステル繊維の製造方法)
次に、上述したような液晶ポリエステルからなる液晶ポリエステル繊維の製造方法について説明する。好適な実施形態においては、静電紡糸法によって液晶ポリエステル繊維を製造する。静電紡糸法とは、繊維の原料を含む溶液を、電場中で電気的引力によって飛散させることにより原料を繊維化する方法である。具体的には、一対の電極を対向配置し、これらに電圧を印加して静電場を発生させる。この状態で、一方の電極側(通常は陽極)に繊維の原料を含む溶液を配置し、これによって帯電した溶液を、他方の電極側(通常は陰極)に向けて静電場中、電気的な引力によって飛散させる。この際、溶液は広く分散するとともに、この溶液に含まれる繊維の原料が、他方の電極側に引っ張られる力により伸長変形して繊維化する。このようにして形成された繊維は、対向する電極側に配置された捕集基板に捕集され、その結果、繊維の構造体が得られる。
【0046】
図1は、本実施形態の液晶ポリエステル繊維の製造装置として好適な静電紡糸装置を示す図である。図1に示すように、静電紡糸装置1は、原料である液晶ポリエステルを含む溶液(ポリマー溶液3)を収容するシリンジ2、このシリンジ2の先端部に設けられ、ポリマー溶液を吐出するノズル4、静電紡糸により形成された液晶ポリエステル繊維が付着する捕集電極5、及び、ノズル4と捕集電極5とに接続され、これらに電圧を印加する電圧発生器6から構成されている。この静電紡糸装置1においては、ノズル4が上記一方の電極として機能し、捕集電極5が上記他方の電極と捕集基板を兼ねている。
【0047】
静電紡糸装置1において、ノズル4は、電極として機能するために金属その他の導電性材料で構成される。また、捕集電極5も同様に導電性材料で構成され、例えば、絶縁性の基板を導電性材料が被覆したような構成を有するものであってもよい。シリンジ2は、内部にポリマー溶液3を収容できる容器である。シリンジ2及び捕集基板5には、電圧発生器6が接続され、これらの間に電圧が印加できるようになっている。
【0048】
上記構成を有する静電紡糸装置1を用いた液晶ポリエステル繊維の製造方法では、まず、上述したような液晶ポリエステルと繊維形成性ポリマーとを溶媒に溶解させた溶液(ポリマー溶液3)を準備する。
【0049】
繊維形成性ポリマーは、そのポリマー分子鎖が高屈曲性であり、静電紡糸に適用するポリマー溶液において高い会合性を示す特性を有するものである。繊維形成性ポリマーは、このような特性により、静電紡糸において液晶ポリエステルの繊維化を促進することができる。繊維形成性ポリマーとしては、高屈曲性を有する構造単位を含むものが挙げられる。また、繊維形成性ポリマーは後述するような静電紡糸法に係る紡糸条件下で、繊維化できる程度の融点を有すると好ましく、具体的には100℃以下の融点を有するポリマーであると好ましく、80℃以下の融点を有するポリマーであるとより好ましい。
【0050】
このような繊維形成性ポリマーとしては、例えば、ポリアルキレンオキシド又はビニル樹脂が好ましい。また、液晶ポリエステル繊維の製造後に、水洗等により除去し易い特性を有していることが好ましい。これらの観点から、好適な繊維形成性ポリマーとしては、ポリエチレンオキシド(ポリエチレングリコール)、ポリプロピレンオキシド、ポリビニルアルコール、ポリビニルアルキルエステル(アルキル基は炭素数1〜6のアルキル基であると好ましい)、ポリビニルアルキルエーテル(アルキル基は炭素数1〜6のアルキル基であると好ましい)、ポリビニルピリジン、ポリアクリルアミド等が挙げられる。なかでも、取り扱い性等の観点から、ポリエチレンオキシド、ポリプロピレンオキシド、ポリビニルアルコール又はこれらの混合物が好ましく、ポリエチレンオキシド及び/又はポリプロピレンオキシドが更に好ましく、ポリエチレンオキシドが特に好ましい。これらの好適な繊維形成性ポリマーは、100℃以下の融点を有するものであり、後述するような静電紡糸法に係る紡糸条件下で、液晶ポリエステルの繊維化を促進することができる。
【0051】
また、繊維形成性ポリマーは、100,000以上の分子量を有していることが好ましい。この分子量が100,000未満であると、ポリマー溶液3の必要な粘度を得るために繊維形成性ポリマーを過度に添加する必要が生じ、得られる液晶ポリエステル繊維の繊維径が不都合に大きくなってしまうおそれがある。また、液晶ポリエステル繊維中に繊維形成性ポリマーが残る可能性も高くなり、得られる繊維構造体の電気特性が低くなるおそれもある。これらの不都合を更に低減する観点からは、繊維形成性ポリマーは、200,000以上の分子量を有しているとさらに好ましく、500,000以上の分子量を有していると特に好ましい。かかる分子量としては、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)法で標準分子量のポリエチレンオキシド換算の重量平均分子量として求められた値を適用することができる。また、市販されている繊維形成性ポリマーから上記の分子量を有するものを選択して用いてもよい。
【0052】
ポリマー溶液3に用いる溶媒は、液晶ポリエステル及び繊維形成性ポリマーを溶解でき、更には静電紡糸の段階で蒸発し得るものであると好ましい。例えば、1−クロロブタン、クロロベンゼン、1,1−ジクロロエタン、1,2−ジクロロエタン、クロロホルム等のハロゲン系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン等のエーテル系溶媒、アセトン、シクロヘキサノン等のケトン系溶媒、酢酸エチル等のエステル系溶媒、γ―ブチロラクトン等のラクトン系溶媒、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート等のカーボネート系溶媒、アセトニトリル、サクシノニトリル等のニトリル系溶媒、N,N’−ジメチルホルムアミド、N,N’−ジメチルアセトアミド、テトラメチル尿素、N−メチルピロリドン等のアミド系溶媒、ニトロメタン、ニトロベンゼン等のニトロ系溶媒、ジメチルスルホキシド、スルホラン等の含硫黄溶媒、ヘキサメチルリン酸アミド、トリn−ブチルリン酸等の含リン溶媒等が挙げられる。
【0053】
これらのなかでも、溶媒としては、ハロゲン原子を含まず、双極子モーメントが3以上5以下である非プロトン性溶媒が好ましく、具体的には、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドンが好適である。このような溶媒は、液晶ポリエステル、特に上述したような好適な実施形態の液晶ポリエステルを良好に溶解でき、紡糸性を良好にすることができ、また環境への負荷も比較的少ないという特性を有している。
【0054】
なお、溶媒としては、上述したものを単独で用いてもよく、組み合わせて用いてもよい。また、液晶ポリエステルの紡糸性を損なわない範囲であれば、上述したもの以外であって、液晶ポリエステル等の溶解性が低い溶媒を併用してもよい。
【0055】
このようなポリマー溶液3において、液晶ポリエステルの含有量(濃度)は、ポリマー溶液3の全量に対して3〜30重量%であると好ましく、5〜25重量%であるとより好ましく、5〜20重量%であると更に好ましい。液晶ポリエステルの濃度が3重量%未満であると、溶液中の液晶ポリエステルが希薄すぎるため繊維形成が困難となる場合がある。一方、30重量%を超えると、ポリマー溶液3の粘度が大きくなり過ぎ、静電紡糸の際に溶液が飛散し難くなって紡糸が困難となるおそれがある。
【0056】
また、繊維形成性ポリマーの含有量は、溶媒に対する含有量が液晶ポリエステルよりも小さいことが好ましい。具体的には、繊維形成性ポリマーの含有量(濃度)は、ポリマー溶液3の全量に対して0.01〜0.30重量%であると好ましく、0.02〜0.16重量%であるとより好ましい。この濃度が小さすぎると、繊維形成性ポリマーによる効果が十分に得られなくなるおそれがある。一方、濃度が大きすぎると、得られる液晶ポリエステル繊維の繊維径が大きくなりすぎるおそれがある。
【0057】
静電紡糸装置1を用いた液晶ポリエステル繊維の製造方法では、上述したポリマー溶液3をシリンジ2内部に収容し、ノズル4に供給する。このシリンジ2は、内部に収容したポリマー溶液3が、少なくとも静電紡糸中は、常にノズル4の先端まで満たされるように機能するが、ポリマー溶液3を押出すものではない。
【0058】
ここで、電圧供給部6を作動させ、ノズル4及び捕集電極5に電圧を印加すると、これらの間に静電場が生じる。こうなると、ノズル4内に供給されているポリマー溶液3が帯電され、この帯電したポリマー溶液3に、反対の電荷を有する捕集電極5側に引っ張られるような電気的引力が加わることになる。印加電圧が高電圧であり、ポリマー溶液3が引っ張られる力が一定以上であれば、ポリマー溶液3は、捕集電極5側に向かって飛散する。
【0059】
ノズル4から飛散したポリマー溶液3は、捕集電極5側に引っ張られて線状に分散する。この際、ポリマー溶液3に含まれる液晶ポリエステルは、上記の引っ張られる力によって伸長変形を生じて徐々に繊維化し、その結果、液晶ポリエステルからなる繊維が形成される。そして、このようにして形成された液晶ポリエステル繊維は、捕集基板5に到達して当該基板上に捕集される。基板上に捕集された液晶ポリエステル繊維は、通常そのまま積層され、繊維布等の液晶ポリエステル繊維の構造体(以下、単に「繊維構造体10」という)を形成する。
【0060】
このような静電紡糸において、ポリマー溶液3に含まれる溶媒は、かかる溶液の分散に伴って蒸発し、捕集基板5に到達する前には除去される。なお、溶媒を確実に除去するために、静電紡糸を減圧下で行ってもよい。また、繊維形成性ポリマーは、溶媒とともに蒸発することもあるが、蒸発せずに液晶ポリエステル繊維に付着したままとなることもある。この場合、後述する洗浄工程によって繊維形成性ポリマーを除去することができる。ただし、特に不都合がなければ、繊維構造体10には、除去しきれなかった溶媒や繊維形成性ポリマーが含まれていてもよい。
【0061】
このような静電紡糸を行う際のポリマー溶液3の温度は、60℃以上であると好ましく、80℃以上であるとより好ましい。このような温度を有していると、ポリマー溶液3中で液晶ポリエステル繊維や繊維形成性ポリマーが良好に溶解された状態となり、静電紡糸が行い易くなる。ここで、静電紡糸を行う際のポリマー溶液3の温度とは、少なくともノズル4から飛散を始める時の温度であり、シリンジ2内に収容されたポリマー溶液3をこのような温度に保持することで調整できる。
【0062】
静電紡糸の際に、ポリマー溶液3の飛散を良好に生じさせるためには、印加する電圧は、ノズル4と捕集電極5間の電位が好ましくは3〜100kV、より好ましくは5〜50kV、更に好ましくは8〜30kVとなる程度であると好ましい。また、ノズル4の先端と捕集電極5との間の距離は、設定電圧でポリマー溶液3の飛散が確実に生じ、しかも、形成された繊維が捕集電極5に確実に到達し得る距離とすることが好ましく、例えば、上記の電位が15kV程度であれば、10〜20cmとすることが好ましい。
【0063】
また、静電紡糸は、溶媒の蒸発のし易さやポリマー溶液3の粘度によっては、0〜50℃で行うことができるが、溶媒が除去され難い場合は、加熱ヒーター等を用いて50℃以上としてもよい。この静電紡糸の温度は、静電紡糸を行う環境の温度であり、少なくともノズル4と捕集電極5間のポリマー溶液3が飛散する空間が静電紡糸を行う環境に含まれる。
【0064】
上述した静電紡糸によって得られた繊維構造体10は、所定の溶媒を用いて洗浄することが好ましい(洗浄工程)。所定の溶媒とは、繊維構造体10の洗浄が可能であれば特に制限されないが、上記のように繊維構造体10には繊維形成性ポリマーが残存していることがあるため、その除去が可能となるように繊維形成性ポリマーを溶解し得る溶媒であると好ましい。ただし、洗浄によって繊維構造体10が変化しないように、液晶ポリエステルは溶解しない溶媒であることが好ましい。繊維形成性ポリマーが上記で例示したようなものである場合、洗浄用の溶媒としては水が好ましく、洗浄効率が高まるように更に無機塩が添加されていたり、pHが調整されていたりしてもよい。
【0065】
また、繊維構造体10に対しては、所望とする特性に応じて更に熱処理を施してもよい。このような熱処理を施すことにより、液晶ポリエステルの結晶化度が高められたり、液晶ポリエステルの熱変性が生じたりして、繊維構造体10の機械強度等が向上する場合がある。ただし、この熱処理は、少なくとも液晶ポリエステル繊維の繊維形状が保持される範囲の温度で行うことが望ましい。
【0066】
このようにして得られた繊維構造体10は、繊維布として単独で用いてもよいが、取り扱い性やその他の要求特性に応じて、支持体等の他の部材と組み合わせて用いることもできる。例えば、他の繊維布(不織布や織布)、フィルム等からなる支持体上に繊維構造体10を形成し、積層体の形態で用いてもよい。また、繊維構造体10は、繊維布に限られず、チューブ、メッシュ等の形態を有することもある。
【0067】
そして、上記の製造方法によって得られた繊維構造体10やこれを有する積層体は、例えば、プリント配線基板の基材として用いることができ、これ以外にも各種フィルター、触媒担持基材、電池セパレーター部材等の広範な用途に適用することができる。
【0068】
以上、好適な実施形態の液晶ポリエステル繊維の製造方法について説明したが、本発明はこれらの製造方法に必ずしも限定されず、適宜変更が可能である。例えば、静電紡糸に用いる電極としては、ノズル4と捕集電極5との2つを用いたが、これに限定されず、例えば、電圧値の異なる2つの電極と、アースにつながった電極との合計3つの電極を含む構成としてもよく、更に多くの電極を組み合わせた構成としてもよい。
【0069】
また、上記の静電紡糸装置1では、電極と捕集基板とを兼ねる捕集電極5を用いたが、例えば、捕集する側の電極の前に捕集基板を別途設け、この上に繊維構造体10を形成するようにしてもよい。この場合、例えば、捕集基板としてベルト状のものを採用し、これを移動させながら静電紡糸を行うことにより、連続的に繊維構造体10を形成することもできる。また、捕集基板として、上述したような支持体をあらかじめ配置しておけば、支持体上に繊維構造体10が形成され、これをそのまま積層体とすることも可能となる。
【0070】
さらに、ポリマー溶液3を吐出する側の電極も必ずしもノズルでなくてもよく、ノズル側に別途電極を配置し、これによってポリマー溶液3が帯電されるようにしても、静電紡糸により液晶ポリエステル繊維を形成することは可能である。また、ノズルは必ずしも1つである必要はなく、複数のノズルを用いることで、繊維構造体の製造速度を向上することもできる。
【実施例】
【0071】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明は必ずしもこれらの実施例には限定されない。
[繊維布の評価方法]
【0072】
下記の実施例及び比較例で製造した液晶ポリエステル繊維からなる繊維布(不織布)
ついては、以下の方法にしたがってこれらの平均繊維径及び吸水率を測定した。
【0073】
(平均繊維径の測定)
得られた繊維布の表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(倍率5000倍)を撮影し、この写真から20本の繊維の繊維径を測定し、これらの平均値を算出した。この平均値を平均繊維径とした。
【0074】
(吸水率の測定)
静電紡糸により得られた繊維構造体を捕集基板である銅箔から剥離し、これにより得られた繊維布を120℃で1時間乾燥した後、デシケーター中で終夜保存した。それから、繊維布をプレッシャークッカーを用いて85℃、85%RHの条件下、168時間静置した。そして、この吸湿処理前後の重量変化に基づいて、繊維布の吸水率を測定した。
[液晶ポリエステルの合成]
【0075】
(合成例1)
攪拌装置、トルクメータ、窒素ガス導入管、温度計及び還流冷却器を備えた反応器に、2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸941g(5.0モル)、4−アミノフェノール507g(4.6モル)、イソフタル酸772g(4.6モル)及び無水酢酸1123g(11モル)を仕込んだ。この反応器内を十分に窒素ガスで置換した後、窒素ガス気流下で15分かけて150℃まで昇温し、温度を保持して3時間還流させた。
【0076】
その後、留出する副生酢酸及び未反応の無水酢酸を留去しながら、170分かけて320℃まで昇温した。トルクの上昇が認められる時点を反応終了とみなし、この時点の内容物を取り出した。得られた固形分を室温まで冷却し、これを粗粉砕機で粉砕した後、窒素雰囲気下、265℃で5時間保持して、固相で重合反応を進めた。これにより、液晶ポリエステル1を得た。
【0077】
(合成例2)
攪拌装置、トルクメータ、窒素ガス導入管、温度計及び還流冷却器を備えた反応器に、2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸84.7g(0.45モル)、4−ヒドロキシアセトアニリド41.6g(0.275モル)、イソフタル酸12.5g(0.075モル)、ジフェニルエーテル−4,4’−ジカルボン酸51.7g(0.20モル)及び無水酢酸81.7g(1.1モル)を仕込んだ。反応器内を十分に窒素ガスで置換した後、窒素ガス気流下で15分かけて150℃まで昇温し、温度を保持して3時間還流させた。
【0078】
その後、留出する副生酢酸及び未反応の無水酢酸を留去しながら170分かけて320℃まで昇温した。トルクの上昇が認められる時点を反応終了とみなし、この時点の内容物を取り出した。得られた固形分は室温まで冷却し、これを粗粉砕機で粉砕した後、窒素雰囲気下、250℃で3時間保持して、固相で重合反応を進めた。これにより、液晶ポリエステル2を得た。
[液晶ポリエステルの誘電率の測定]
【0079】
フローテスター(島津製作所社製、「CFT−500型」)を用い、合成例1及び合成例2でそれぞれ得られた液晶ポリエステルに100kg重の荷重をかけ、320℃で5分間加圧した後、200℃に冷却して錠剤を作製した。次いで、この錠剤を100℃で1時間乾燥した後、デシケーター中で終夜保存した。それから、この錠剤の誘電率をインピーダンスアナライザー(HP製)により測定した。その結果、液晶ポリエステル1の誘電率は3.01(測定周波数1GHz)であることが確認された。また、液晶ポリエステル2の誘電率は3.31(測定周波数1GHz)であることが確認された。
[液晶ポリエステル繊維の製造]
【0080】
(実施例1)
合成例1で得られた液晶ポリエステル(液晶ポリエステル1)20gを、N,N−ジメチルアセトアミド180gに加え、140℃で4時間加熱して完全に溶解させ、褐色透明な溶液を得た。次いで、この溶液に、繊維形成性ポリマーであるポリエチレングリコール(和光純薬工業、平均分子量500,000)を、液晶ポリエステル100重量部に対して0.5重量部となる量加え、70℃で混合してポリマー溶液を作製した。
【0081】
それから、図1に示す装置により、得られたポリマー溶液をノズル4から捕集電極5に向けて20分間吐出することで静電紡糸を行い、捕集電極5上に繊維構造体を形成させた。なお、ノズル4の内径は0.7mmであり、電圧は12kVとし、ノズル4から捕集電極5までの距離は12cmとした。得られた繊維構造体の表面の走査型電子顕微鏡写真を図2に示す。このように、得られた構造体は、明確に繊維から構成される繊維布であった。そして、この繊維布の平均繊維径は0.58μmであった。また、得られた繊維布の吸水率は、0.90%であった。
【0082】
(実施例2)
繊維形成性ポリマーとして、ポリエチレングリコール(和光純薬工業、平均分子量2,000,000)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして繊維構造体を得た。得られた繊維構造体の表面の走査型電子顕微鏡写真を図3に示す。このように得られた繊維構造体は、明確に繊維から構成される繊維布であった。そして、この繊維布の平均繊維径は0.66μmであった。また、得られた繊維布の吸水率は、0.83%であった。
【0083】
(実施例3)
合成例2で得られた液晶ポリエステル(液晶ポリエステル2)30gを、N−メチルピロリドン170gに加え、170℃で8時間加熱して完全に溶解させ、褐色透明な溶液を得た。次いで、この溶液に、繊維形成性ポリマーであるポリエチレングリコール(和光純薬工業、平均分子量2,000,000)を、液晶ポリエステル100重量部に対して0.5重量部となる量加え、70℃で混合してポリマー溶液を作製した。
【0084】
それから、図1に示す装置により、得られたポリマー溶液をノズル4から捕集電極5に向けて20分間吐出することで静電紡糸を行い、捕集電極5上に繊維構造体を形成させた。なお、ノズル4の内径は0.7mmであり、電圧は12kVとし、ノズル4から捕集電極5までの距離は17cmとした。得られた繊維構造体の表面の走査型電子顕微鏡写真を図4に示す。このように、得られた構造体は、明確に繊維から構成される繊維布であった。そして、この繊維布の平均繊維径は0.84μmであった。また、得られた繊維布の吸水率は、0.88%であった。
【0085】
(比較例1)
合成例1で得られた液晶ポリエステル20gを、N,N−ジメチルアセトアミド180gに加え、140℃で4時間加熱して完全に溶解させて、褐色透明な溶液を得た。得られた溶液を用い、図1に示す装置により、この溶液をノズル4から捕集電極5に向けて20分間吐出して静電紡糸を行った。なお、ノズル4の内径は0.7mmであり、電圧は12kVとし、噴出ノズル1から捕集電極5までの距離は12cmとした。捕集電極5上に形成された構造体をSEMで観察したところ、繊維によって構成される構造体は形成されていなかった。この構造体の表面の走査型電子顕微鏡写真を図5に示す。
【0086】
(実施例4)
繊維形成性ポリマーにおいて、ポリエチレングリコール(和光純薬工業、平均分子量500,000)を、ポリプロピレンオキシド(和光純薬工業、平均分子量154,000)に代えて、実施例1と同様の実験を行うことにより、平均繊維径1μm以下の液晶ポリエステル繊維からなる繊維布が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】静電紡糸装置を示す図である。
【図2】実施例1で得られた構造体の表面のSEM写真を示す図である。
【図3】実施例2で得られた構造体の表面のSEM写真を示す図である。
【図4】実施例3で得られた構造体の表面のSEM写真を示す図である。
【図5】比較例1で得られた構造体の表面のSEM写真を示す図である。
【符号の説明】
【0088】
2…シリンジ、3…ポリマー溶液、4…ノズル、5…捕集電極、6…電圧発生器、10…繊維構造体。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液晶ポリエステル及び繊維形成性ポリマーを溶媒に溶解させた溶液を、電場中で電気的引力によって飛散させることにより前記液晶ポリエステルを繊維化する繊維化工程を含む、液晶ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項2】
前記溶媒は、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン及びジメチルスルホキシドからなる群より選ばれる少なくとも1種の溶媒である、請求項1記載の液晶ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項3】
前記繊維形成性ポリマーは、熱可塑性ポリマーである、請求項1又は2記載の液晶ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項4】
前記繊維形成性ポリマーは、ポリエチレンオキシド、ポリプロピレンオキシド及びポリビニルアルコールからなる群より選ばれる少なくとも一種のポリマーである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の液晶ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項5】
前記液晶ポリエステルは、下記一般式(1)、(2)及び(3)で表される構造単位を有する、請求項1〜4のいずれか一項に記載の液晶ポリエステル繊維の製造方法。
【化1】


[式中、Arは、1,4−フェニレン基、2,6−ナフチレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、Arは、1,4−フェニレン基、1,3−フェニレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、Arは、1,4−フェニレン基、1,3−フェニレン基、2,6−ナフチレン基及び下記式(4)で表される基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、X及びYは、それぞれ独立に−O−又は−NH−で表される基を示す。
【化2】


但し、式(4)中、Ar41及びAr42は、それぞれ独立に、2,6−ナフチレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基を示し、Zは、−O−、−SO−及び−CO−で表される基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基を示す。]
【請求項6】
前記繊維形成性ポリマーの分子量は、100,000以上である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の液晶ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項7】
前記繊維化工程において、前記溶液の温度を60℃以上とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載の液晶ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項8】
前記繊維化工程後、前記液晶ポリエステル繊維を、前記繊維形成性ポリマーを溶解可能な溶媒で洗浄する洗浄工程を更に有する、請求項1〜7のいずれか一項に記載の液晶ポリエステルの製造方法。
【請求項9】
前記繊維形成性ポリマーを溶解可能な溶媒が、水である、請求項8記載の液晶ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項10】
液晶ポリエステルを含有しており、平均繊維径が0.01〜1μmである液晶ポリエステル繊維。
【請求項11】
前記液晶ポリエステルは、有機溶媒に溶解するものである、請求項10記載の液晶ポリエステル繊維。
【請求項12】
前記液晶ポリエステルは、下記一般式(1)、(2)及び(3)で表される構造単位を有する、請求項10又は11記載の液晶ポリエステル繊維。
【化3】


[式中、Arは、1,4−フェニレン基、2,6−ナフチレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、Arは、1,4−フェニレン基、1,3−フェニレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、Arは、1,4−フェニレン基、1,3−フェニレン基、2,6−ナフチレン基及び下記式(4)で表される基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基、X及びYは、それぞれ独立に−O−又は−NH−で表される基を示す。
【化4】


但し、式(4)中、Ar41及びAr42は、それぞれ独立に、2,6−ナフチレン基及び4,4’−ビフェニレン基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基を示し、Zは、−O−、−SO−及び−CO−で表される基からなる群より選ばれる少なくとも1つの基を示す。]
【請求項13】
請求項10〜12のいずれか一項に記載の液晶ポリエステル繊維からなる液晶ポリエステル繊維布。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−223210(P2008−223210A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−34873(P2008−34873)
【出願日】平成20年2月15日(2008.2.15)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】