説明

液相焼結アルミニウム合金

【課題】強度が高く、耐摩耗性に優れる液相焼結アルミニウム合金、及びこの合金の製造に適した液相焼結アルミニウム合金の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明液相焼結アルミニウム合金は、母材中に、酸化アルミニウムを主成分とする硬質粒子及びムライトを主成分とする硬質粒子の少なくとも一方を0.5質量%以上3.0質量%以下含有する。特定の硬質粒子を特定の範囲含むことで、鉄系焼結材よりも高強度であり、耐摩耗性に優れる。この液相焼結アルミニウム合金は、母材粉末と、酸化アルミニウムを主成分とする硬質粒子及びムライトを主成分とする硬質粒子の少なくとも一方とを混合した混合粉末を成形した成形体を液相焼結することで製造される。焼結法により製造することで、複雑な三次元形状の製品でも簡単に製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、種々の機械部品などの素材に適した液相焼結アルミニウム合金、及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車、OA機器、家庭用電気製品といった種々の分野の機械部品に、焼結鋼からなるものが利用されている。焼結鋼は、強度や耐摩耗性といった機械的特性に優れる上、最終製品形状に近いものが製造できるため、複雑な三次元形状の製品の素材に適している。
【0003】
近年、燃費の向上などの観点から、機械部品の軽量化が望まれており、重い鉄系焼結材に代わる素材が求められている。鉄系材料よりも軽量の素材として、アルミニウム合金が挙げられる。特に、液相焼結材は、複雑な形状の製品素材に適している。鉄系焼結材を液相焼結アルミニウム合金に置換するには、液相焼結アルミニウム合金材が、鉄系焼結材と同等以上の引張強度及び耐摩耗性を有することが望まれる。
【0004】
ところが、最強の引張強度を有するAl-Zn-Cu-Mg合金系の液相焼結材は、耐摩耗性が低い。一方、耐摩耗性に優れるAl−Si-Cu-Mg合金系の液相焼結材は、鉄系焼結材に比べて引張強度が低い。他方、アルミニウム合金母材に硬質粒子を添加して、引張強度と耐摩耗性との両立を図ることが検討されている(特許文献1〜3)。
【0005】
【特許文献1】特開2006-28569号公報
【特許文献2】特開2001-181765号公報
【特許文献3】特公平06-021309号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、従来のアルミニウム合金では、高硬度な摺動対象に対して十分な特性を有すると共に、形状の自由度が大きい、という要求を満足しない。
【0007】
特許文献1には、125メッシュの篩でふるったB4C(例えば、HV=6200)、SiC(例えば、HV=3000)、及びCrB2(例えば、HV=2100)のいずれかを5質量%添加したAl-Zn-Cu-Mg系の液相焼結アルミニウム合金が、S45C熱処理材(HV=210〜290)に対して、耐摩耗特性に優れる旨が記載されている。しかし、一般に、鉄系焼結材が摺動する相手材(摺動対象)は、上記のようなHVが300前後の軟らかいものではなく、焼入鋼、ハイス鋼や窒化鋼といったHV=600〜1000程度の高硬度のものが多い。特許文献1では、このような相手材に対する機械的特性について十分に検討されていない。また、摺動する際には、自己が摩耗しないことは勿論のこと、相手材も摩耗させない(相手攻撃性が小さい)ことが望まれる。しかし、特許文献1に記載されるB4Cを含有した液相焼結アルミニウム合金は、相手攻撃性が大きい。
【0008】
特許文献2,3に記載されるアルミニウム合金材は、固相押出材である。押出法では、硬質粒子を含有しても、引張強度が低下し難い。しかし、押出法では、円筒状といった、断面が同一形状の二次元的な製品しか製造できないため、形状の自由度が小さい。
【0009】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、その目的の一つは、引張強度が高く、かつHV600〜1000程度の高硬度な相手材に対して耐摩耗性に優れており、複雑な三次元形状の製品素材に適した液相焼結アルミニウム合金を提供することにある。また、本発明の他の目的は、上記本発明液相焼結アルミニウム合金の製造に適した液相焼結アルミニウム合金の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
液相焼結アルミニウム合金からなる母材に硬質粒子を添加した場合、合金の耐摩耗性が向上する反面、合金の引張強度が低下する傾向にある。そこで、母材に硬質粒子を含有させて合金の耐摩耗性を向上する場合、合金の引張強度の低下をできるだけ抑える必要がある。引張強度の低下を抑えるには、
(1) 含有量が少なくても、耐摩耗性の向上効果が大きい硬質粒子を添加する、
(2) 硬質粒子の大きさを最適化する、
(3) 硬質粒子と母材(マトリクス)との結合力を向上させる、
(4) 焼結を活性化させる硬質粒子を添加する、
などの工夫が必要になる。本発明者らは、セラミックス粒子や金属間化合物粒子といった硬質粒子を含有する液相焼結アルミニウム合金を作製し、その機械的特性を調べた。その結果、アルミナやムライトといった酸化アルミニウムを含み、ビッカース硬度Hvが1000以上といった硬質粒子を特定の範囲で含有する場合、引張強度の低下が少なく、耐摩耗性に優れる、との知見を得た。本発明は、この知見に基づくものである。
【0011】
本発明液相焼結アルミニウム合金は、母材中に酸化アルミニウムを主成分とする硬質粒子及びムライトを主成分とする硬質粒子の少なくとも一方を0.5質量%以上3.0質量%以下含有することを特徴とする。
【0012】
上記本発明液相焼結アルミニウム合金は、本発明液相焼結アルミニウム合金の製造方法により製造することができる。本発明液相焼結アルミニウム合金の製造方法は、母材中に酸化アルミニウムを主成分とする硬質粒子及びムライトを主成分とする硬質粒子の少なくとも一方を0.5質量%以上3.0質量%以下含有するアルミニウム合金を焼結法により製造する方法に係るものであり、以下の工程を具える。
【0013】
1-1 母材粉末と、酸化アルミニウムを主成分とする硬質粒子及びムライトを主成分とする硬質粒子の少なくとも一方とを混合した混合粉末を成形して、成形体を形成する工程。
1-2 上記成形体を液相焼結して焼結体を形成する工程。
更に、1-3 上記焼結体にサイジングを施す工程を具えてもよい。
【0014】
本発明液相焼結アルミニウム合金は、酸化アルミニウムを含む硬質粒子を特定の範囲で含有することで、母材単独の場合と比較して引張強度の低下が少なく、強度が高い。また、本発明合金は、HV600〜1000といった高硬度な相手材に対する耐摩耗性にも優れている。更に、本発明合金は、B4C粒子を含有する従来の液相焼結アルミニウム合金に比較して、相手攻撃性が小さい。加えて、本発明合金は、焼結法により製造されることで、複雑な三次元形状の製品素材に利用することができる。従って、本発明合金は、鉄系焼結材の代替素材に利用できると期待される。また、本発明合金は、非常に高価なB4Cを用いることなく、耐摩耗性に優れており、生産性に優れる。
【0015】
以下、本発明をより詳細に説明する。
<液相焼結アルミニウム合金>
[母材]
本発明液相焼結アルミニウム合金の母材は、添加元素と残部がAl及び不純物からなるアルミニウム合金で構成される。母材の組成は適宜選択することができるが、特に、Al-Zn-Mg-Cu系合金が強度に優れて好ましい。Al-Zn-Mg-Cu系合金の具体的な組成は、質量%でZnを5.1〜6.5%、Mgを2.0〜3.0%、Cuを1.2〜2.0%、Snを0.1〜0.3%含有し、残部がAl及び不純物からなるもの、その他、JIS規定の7075、7010といった公知の組成が挙げられる。母材中の添加元素は、アルミニウム中に固溶又は晶出、析出して存在する。母材の組成(元素及び含有量)は、例えば、SEM-EDXや発光分光分析方法などを利用することで測定できる。母材の組成は、原料となる母材粉末の組成により調整するとよい。
【0016】
本発明液相焼結アルミニウム合金は、大きな剪断力が加わる押出工程を経ていないことから、母材を構成する母材粒子のアスペクト比(最大径と最小径との比)が小さい(5未満)。即ち、合金組織を調べることで、焼結により製造されたことが確認できる。
【0017】
[硬質粒子]
本発明液相焼結アルミニウム合金は、母材中に酸化アルミニウム(以下、アルミナと呼ぶ)を主成分とする硬質粒子及びムライトを主成分とする硬質粒子の少なくとも一方を特定量含有していることを最大の特徴とする。硬質粒子は、実質的にアルミナ(例えば、HV=2600)からなるもの、又は実質的にムライト(アルミナと酸化ケイ素との化合物、例えば、HV=1150)からなるものが挙げられ、少なくとも1種の粒子を含むことが好ましく、双方を含んでいてもかまわない。アルミナは、耐摩耗性の向上効果が顕著であり、ムライトは、相手攻撃性が小さい。所望の特性となるように含有させるとよい。相手材の硬度がHV=600〜1000程度の摺動部品の素材に本発明合金を利用する場合、合金の硬度は、相手材よりも若干高い方が好ましい。合金の硬度は、硬質粒子の含有量が多いほど高くなる傾向にある。アルミニウム合金中の硬質粒子の組成(化合物元素及び含有量)は、例えば、SEM-EDX、X線回折、化学分析などを利用することで測定できる。
【0018】
硬質粒子の含有量(複数種の硬質粒子を含有する場合、合計含有量)は、0.5質量%以上であると、焼結鋼と同程度或いはそれ以上の耐摩耗性や強度、硬度を有することができる。硬質粒子の含有量が多いほど、耐摩耗性や硬度が向上するが、3.0質量%を超えると、強度が低下したり、相手材の摩耗や損傷が激しくなる。より好ましい含有量は、1質量%以上2質量%以下である。
【0019】
硬質粒子は、小さい方が耐摩耗性に優れる傾向にある。硬質粒子が大き過ぎると、小さい粒子と同じ耐摩耗性を確保するために硬質粒子の含有量が多くなり、その結果、相手攻撃性が大きくなる。具体的な大きさは、アルミナ粒子の場合、平均粒径は、10μm以下が好ましく、1μm以上6μm以下がより好ましい。特に、最大径が10μm以下であることが好ましく、5μm以上10μm以下がより好ましい。上記範囲を満たす大きさのアルミナ粒子を上記特定の範囲で含有する場合、合金の焼結性を高める効果がある。ムライト粒子の場合、平均粒径は、20μm以下が好ましく、1μm以上15μm以下がより好ましい。特に、最大径が30μm以下であることが好ましく、4μm以上30μm以下がより好ましい。
【0020】
原料に用いる硬質粒子の粒度分布は、例えば、マイクロトラック法(レーザー回折・散乱式粒度分析法)で計測する。アルミニウム合金中の硬質粒子の平均粒径、最大径は以下のように測定する。アルミニウム合金の任意の断面を光学顕微鏡(100〜400倍)で観察し、この観察像を画像処理して、この断面中に存在する全ての硬質粒子の面積を測定する。各面積の円相当径を演算し、この円相当径を各粒子の直径とし、当該断面における最大の直径をこの断面の最大径とする。n=10個の断面について最大径を求め、10個の最大径の平均を硬質粒子の最大径とする。また、一つの断面における全ての粒子の直径の平均をとり、n=10個の断面について平均を求め、10個の直径の平均を更に平均したものを硬質粒子の平均粒径とする。
【0021】
[機械的特性]
本発明液相焼結アルミニウム合金は、母材よりも高硬度な硬質粒子を含有することで、耐摩耗性に優れると共に、高強度であることから疲労強度も高い傾向にある。母材の組成や製造方法にもよるが、本発明合金は、引張強度が450MPa以上、更に520MPa以上を満たす。また、硬度は、HRBで83以上、更に85以上を満たす。
【0022】
<製造方法>
[母材粉末]
本発明製造方法で用いる母材粉末は、母材と同様な組成のアルミニウム合金粉末(以下、Al合金粉末と呼ぶ)を利用してもよいが、Al及び不純物からなるいわゆる純アルミニウムからなる粉末(以下、純Al粉末と呼ぶ)と添加元素の濃度が高いAl合金粉末とを組み合わせた粉末を用いてもよい。軟らかい純Al粉末を含有すると、成形性に優れる。純Al粉末の量やAl合金粉末における添加元素の濃度は適宜選択することができる。
【0023】
[原料に用いる硬質粒子]
原料に用いた硬質粒子は、アルミニウム合金の母材中に実質的にそのまま残存する。従って、合金中の硬質粒子の含有量や大きさが所望の量や所望の大きさとなるように、原料となる硬質粒子の量や大きさを調整する。
【0024】
[成形]
成形は、冷間金型成形などの冷間の加圧成形が利用できる。
【0025】
[焼結]
得られた成形体の焼結は、液相出現温度で行えばよく、公知の条件を利用できる。代表的な焼結条件は、窒素やアルゴンといった不活性雰囲気で、温度:580〜620℃、時間:0(規定温度到達と同時に降温開始)〜60分が挙げられる。
【0026】
[サイジング]
得られた焼結体に適宜サイジングを施してもよい。サイジングは、熱間でも冷間でもよい。冷間サイジングは、寸法精度を向上させることができ、熱間サイジングは、強度を向上させることができる。
【0027】
[熱処理]
焼結後、又はサイジング後、溶体化、時効の熱処理を適宜施してもよい。熱処理条件は、公知の条件を利用することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明液相焼結アルミニウム合金は、耐摩耗性、強度といった機械的特性に優れると共に、形状の自由度が大きい。本発明液相焼結アルミニウム合金の製造方法は、機械的特性に優れる上に、複雑な形状の本発明液相焼結アルミニウム合金を生産性よく製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
(試験例1:焼結+熱間サイジング)
種々の硬質粒子を添加した液相焼結アルミニウム合金を作製し、その組織と機械的特性とを調べた。この試験では、原料粉末の準備→成形→焼結→熱間サイジング→熱処理という工程で液相焼結アルミニウム合金を作製した。
【0030】
母材粉末として、Al-6.0Zn-2.5Mg-1.75Cu-0.2Sn(単位:質量%)の組成のAl-Zn系合金粉末(ecka社製ALUMIX431/D、平均粒径50μm)を用意すると共に、表1に示す組成の硬質粒子の粉末を用意した。用意した添加用の硬質粒子はいずれも市販のものであり、合金中の含有量が2.25体積%となるように各粉末の量を調整した。アルミナ粉末は、平均粒径が3μm(最大径6μm)のもの、ムライト粉末は、平均粒径が12μm(最大径30μm)のものを用いた。また、比較試料の原料として、Al-15Si-2.6Cu-0.65Mg(単位:質量%)の組成のAl-Si系合金粉末(ecka社製ALUMIX231、平均粒径50μm)も用意した。
【0031】
(試料No.1-1〜1-5)
用意したAl-Zn系合金の母材粉末と硬質粒子とをそれぞれ混合させた混合粉末を5ton/cm2の面圧で金型成形して成形体を作製し、この成形体を窒素雰囲気中で615±5℃×10分の焼結条件で液相焼結した。得られた焼結体に、400℃、8ton/cm2の条件で熱間サイジングを施した後、T6条件(490℃の溶体化、175℃×2時間の時効)で熱処理を施して、硬質粒子を含有する液相焼結Al-Zn系合金を作製した。
【0032】
(試料No.1-100)
比較試料として、硬質粒子を含有していない液相焼結Al-Zn系合金を準備した。この試料は、Al-Zn系合金粉末を用いて、試料No.1-1〜1-5と同様の条件で成形、焼結、熱間サイジング、及び熱処理を行って作製した。
【0033】
(試料No.1-200)
比較試料として、硬質粒子を含有していない液相焼結Al-Si系合金を準備した。この試料は、Al-Si系合金粉末を用い、成形体に施す焼結条件を560±5℃×20分とした以外は、上記Al-Zn系合金の試料と同様の条件で成形、焼結、熱間サイジング、及び熱処理を行って作製した。
【0034】
(試料No.1-300)
比較試料として、市販の焼結鋼(D40)を準備した。
【0035】
(試料No.1-400)
比較試料として、B4C粒子を含有する液相焼結Al-Zn系合金を準備した。この試料は、Al-Zn系合金粉末に、125meshの篩でふるったB4C粉末を5質量%添加して混合し、試料No.1-1〜1-5と同様の条件で成形、焼結、熱間サイジング、及び熱処理を行って作製した。
【0036】
用意したアルミナ粉末及びB4C粉末について、マイクロトラック法により、粒度分布を測定した。その結果を図1に示す。図1に示すように、試料No.1-400で用いたB4C粉末は、平均粒径が45μm程度、最大径が100μm超であり、アルミナ粉末に比較して、非常に大きい。
【0037】
得られた各試料の硬度HRB、引張強度(室温:約20℃)、自己摩耗量(μm)、相手摩耗量(μm)を測定した。その結果を表1及び図2,3に示す。以下、表において「-」は測定を行っていないことを示す。図2は、各試料の引張強度を示すグラフ、図3(I)は、各試料の自己摩耗量を示すグラフ、(II)は、各試料の相手摩耗量を示すグラフである。図2の破線は、焼結鋼の引張強度を示す。
【0038】
自己摩耗量は、以下のように測定した。図4は、自己摩耗量の調査方法を説明する説明図である。試料ごとに評価材1を用意し、評価材1の表面に一対の相手材2を離間して配置し、各相手材2に同じ荷重を加えた状態で、評価材1を所定の距離だけ回転させる。その後、評価材1の表面に生じた摩耗跡の深さを形状測定器にて測定した。この摩耗跡の深さを自己摩耗量として評価する。一方、相手摩耗量は、上記回転後において、相手材の厚さをマイクロメーターで計測し、試験前後の厚さの差を相手摩耗量として評価する。評価材1は、直径φ35mm、厚さ10mmとし、相手材2は、5mm×10mm×7mm(評価材1との接触面:5mm×10mm)とし、窒化鋼(HV=900)で作製した。回転条件は、速度:14.5cm/sec、回転距離:260m、面圧:70MPa、雰囲気:油中(市販のエンジンオイルを使用)、温度:室温(約20℃)とした。
【0039】
【表1】

【0040】
表1及び図2,3に示すように、硬質粒子を含有しない液相焼結Al-Zn系合金は、焼結鋼よりも自己摩耗量が多い。これに対し、アルミナやムライトを含有する液相焼結アルミニウム合金は、引張強度や硬度が焼結鋼よりも高い上に、自己摩耗量や相手摩耗量が少なく、機械的特性に優れる。また、アルミナやムライトを含有する液相焼結アルミニウム合金は、引張強度が高いことから、疲労強度にも優れると期待される。また、アルミナを含有する試料は、自己摩耗量が少なく、耐摩耗性に優れることが分かる。ムライトを含有する試料は、相手摩耗量が少なく、相手攻撃性が小さいことが分かる。
【0041】
一方、液相焼結Al-Si系合金は、硬質粒子を含有していないにもかかわらず引張強度が焼結鋼よりも低い。他方、B4C粒子を含有する液相焼結Al-Zn系合金は、相手摩耗量が非常に多く、相手攻撃性が大きい。
【0042】
また、アルミナを含有する試料No.1-1、ムライトを含有する試料No.1-2、及び硬質粒子を含有していないAl-Zn系合金の試料No.1-100の組織(いずれも熱処理後のもの)を光学顕微鏡(100倍)で観察した。観察像を図5に示す。図5(I)は、アルミナを含有する試料No.1-1、(II)は、ムライトを含有する試料No.1-2、(III)は、Al-Zn系合金母材のみの試料No.1-100を示す。図5(I),(II)において、白っぽい部分(明るい部分)は、母材粒子を示し、黒い(暗い)粒子状の部分は、硬質粒子を示す。
【0043】
図5に示すように試料No.1-1,1-2は、母材粒子の粒界上に硬質粒子が点在していることが分かる。また、図5に示すように、原料として添加した硬質粒子がほぼそのまま存在することが分かる。更に、合金中の母材粒子は、アスペクト比が小さいことが分かる。
【0044】
(試験例2:硬質粒子の含有量)
試験例1で作製したアルミナを含有した試料No.1-1に対して、アルミナの含有量を変化させた液相焼結アルミニウム合金を作製し、機械的特性を調べた。
【0045】
この試験で作製した各試料No.2-1,2-2,2-3は、硬質粒子(アルミナ粒子)の含有量を異ならせた以外の点は、試料No.1-1と同様にして作製し、機械的特性(硬度HRB、引張強度(室温:約20℃)、自己摩耗量(μm))、相対密度(%)を測定した。その結果を表2に示す。機械的特性は、試験例1と同様にして測定した。相対密度は、熱処理後に得られた熱間サイジング材である試料No.1-1の密度を真密度とし、この真密度に対する各試料No.2-1,2-2,2-3の密度の割合を求め、この割合とした。各試料の密度は、熱処理後に得られた熱間サイジング材に対して測定した。これらの密度は、アルキメデス法により求めた。
【0046】
また、各試料No.2-1,2-2,2-3の組織を光学顕微鏡(100倍)で観察した。観察像を図6に示す。図6(I)は試料No.2-1(アルミナ含有量:1.5質量%)、(II)は試料No.2-2(アルミナ含有量:1.0質量%)、(III)は試料No.2-3(アルミナ含有量:0.5質量%)を示す。更に、硬質粒子の含有量(質量%)と自己摩耗量(μm)との関係を図7に示す。図7中の破線は、焼結鋼(試料No.1-300)の自己摩耗量を示す。
【0047】
【表2】

【0048】
表2及び図7に示すように、硬質粒子の含有量が多いほど、自己摩耗量が少なく、耐摩耗性に優れる。特に、図7に示すグラフから、硬質粒子の含有量が0.5質量%以上であると、硬質粒子を含有しない場合と比較して耐摩耗性を向上できることが分かる。更に、硬質粒子が1.0質量%以上であると、焼結鋼と同等以上の耐摩耗性を有することが分かる。但し、硬質粒子の含有量が多過ぎると、引張強度が低下する傾向にあり、強度及び耐摩耗性を考慮すると、硬質粒子の含有量は、0.5〜3.0質量%が好ましいと考えられる。
【0049】
(試験例3:硬質粒子の大きさ)
試験例1で作製したアルミナを含有した試料No.1-1、及びムライトを含有した試料No.1-2に対して、硬質粒子の大きさを変えた液相焼結アルミニウム合金を作製し、機械的特性を調べた。
【0050】
この試験では、添加する硬質粒子の量を2.25体積%(アルミナ:3質量%、ムライト:2.49質量%に相当)に固定し、硬質粒子の平均粒径が異なる種々の粉末を用意した。試料No.3-1,3-2,3-3は、平均粒径が10,30,50μmのアルミナ粉末を用いて、試料No.1-1と同様の条件で作製した。試料No.3-4,3-5は、平均粒径が2,30μmのムライト粉末を用いて、試料No.1-2と同様の条件で作製した。アルミナ粉末及びムライト粉末の平均粒径、最大径は、試験例1と同様に粒度分布を測定して求めた。
【0051】
得られた各試料No.3-1〜3-5の自己摩耗量(μm)及び相手摩耗量(μm)を測定した。いずれの摩耗量も試験例1と同様にして測定した。その結果を表3及び図8に示す。図8(I)は、アルミナを含有する各試料の摩耗量を示すグラフ、(II)は、ムライトを含有する各試料の摩耗量を示すグラフである。図8中の破線は、焼結鋼(試料No.1-300)の自己摩耗量を示す。
【0052】
【表3】

【0053】
硬質粒子がアルミナである場合、平均粒径が10μmを超えると、相手摩耗量が10μm程度からそれ以上と多くなり、相手攻撃性が大きくなっている。硬質粒子がムライトである場合、平均粒径が20μmを超えると、自己摩耗量及び相手摩耗量が10μm程度からそれ以上と多くなる。これらのことから、硬質粒子がアルミナの場合、平均粒径が10μm以下、ムライトの場合、平均粒径が20μm以下が好ましいと言える。
【0054】
(試験例4:焼結)
試験例1と製造方法を異ならせて液相焼結アルミニウム合金を作製した。この試験では、原料粉末の準備→成形→焼結→熱処理という工程で液相焼結アルミニウム合金を作製し、機械的特性を調べた。
【0055】
具体的には、試験例1で作製したアルミナを含有した試料No.1-1に対して、アルミナの含有量を1.0質量%に変更した点、及び焼結後に熱間サイジングを行わなかった点を除いて、試料No.1-1と同様にして試料No.4-1を作製し、試験例1と同様にして機械的特性(引張強度(室温:約20℃)、硬度HBR)を測定した。その結果を表4に示す。また、熱処理後に試料No.4-1の相対密度(%)を試験例2と同様にして調べたところ、98.6%であった。
【0056】
【表4】

【0057】
表4に示すように、硬質粒子を含有したアルミニウム合金は、焼結鋼と同等程度の強度を有し、焼結鋼よりも硬度に優れる。
【0058】
(試験例5:焼結+冷間サイジング)
試験例1と製造方法を異ならせて液相焼結アルミニウム合金を作製した。この試験では、原料粉末の準備→成形→焼結→冷間サイジング→熱処理という工程で液相焼結アルミニウム合金を作製し、機械的特性を調べた。
【0059】
具体的には、試験例1で作製した各試料に対して、熱間サイジングを冷間サイジングに変えた点を除いて、試験例1と同様にして各試料No.5-1〜5-5,5-100を作製し、試験例1と同様にして機械的特性(引張強度(室温:約20℃)、硬度HBR)を測定した。その結果を表5に示す。冷間サイジングの条件は、室温(約20℃)、8ton/cm2で行った。また、熱処理後に試料No.5-1,5-2の相対密度(%)を試験例2と同様にして調べたところ、それぞれ98.9%,98.2%であった。
【0060】
【表5】

【0061】
表5に示すように、アルミナ粒子やムライト粒子を含有した液相焼結アルミニウム合金は、焼結鋼と同等程度の硬度を有し、焼結鋼よりも強度に優れる。
【0062】
(試験例6:硬質粒子の含有量)
試験例5で作製したアルミナを含有した試料No.5-1に対して、アルミナの含有量を変化させた液相焼結アルミニウム合金を作製し、機械的特性を調べた。
【0063】
この試験で作製した各試料No.6-1,6-2,6-3は、硬質粒子(アルミナ粒子)の含有量を異ならせた以外の点は、試料No.5-1と同様にして作製し、機械的特性(硬度HBR、引張強度(室温:約20℃)、自己摩耗量(μm))を測定した。また、熱処理後に試料No.6-1,6-2,6-3の相対密度(%)を試験例2と同様にして測定した。これらの結果を表6に示す。
【0064】
【表6】

【0065】
冷間サイジングを行った場合、熱間サイジングを行った場合と比較して、強度や硬度が低いものの、焼結鋼よりも強度や硬度に優れる上に、自己摩耗量も少ない。従って、寸法精度に優れることが望まれる場合、冷間サイジングを行うことが好ましく、強度に優れることが望まれる場合、熱間サイジングを行うことが好ましいと言える。
【0066】
(試験例7:成形時の圧力と相対密度)
この試験では、焼結前の成形体の相対密度及び焼結後の焼結体の相対密度と、硬質粒子の含有量との関係を調べた。
【0067】
試験例1で用いた母材粉末、及び硬質粒子(アルミナ)と同様のものを用意し、これらを混合した後、成形時の圧力を変化させて成形体を形成し、各成形体について相対密度を測定した。また、得られた各成形体を試験例1と同様の条件で焼結して焼結体を作製し、各焼結体について相対密度(%)を試験例2と同様にして測定した。その結果を表7及び図9に示す。
【0068】
【表7】

【0069】
表7及び図9に示すように成形時の圧力が高いほど、成形体及び焼結体の相対密度が高い。特に、アルミナを含有した焼結体は、成形時の圧力が小さくても、アルミナを含有しない焼結体であって、成形時の圧力を高めたものと同等以上の相対密度になっている。このことから、硬質粒子を含有する液相焼結アルミニウム合金の製造にあたり、成形時の圧力が小さくても、高密度の液相焼結アルミニウム合金が製造できると言える。また、このことから、平均粒径が10μm以下といった微細なアルミナ粒子を0.5〜3質量%の範囲で混合させて液相焼結することで、焼結が活性化されることが分かる。
【0070】
上述の試験例1〜7の結果に示すように、アルミナやムライトといった硬質粒子を特定量含有する液相焼結アルミニウム合金は、強度や耐摩耗性といった機械的特性に優れる。かつ、この合金は、焼結法により製造できることから、鉄系焼結材の代替素材となり得ると期待される。
【0071】
上述の試験例1〜7では、焼結法のみを示したが、焼結法に代えて熱間鍛造法を利用することもできる。熱間鍛造法を利用すると、より高強度なアルミニウム合金が得られる。
【0072】
なお、上述した実施形態は、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能であり、上述した構成に限定されるものではない。例えば、母材の組成や硬質粒子の含有量を適宜変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明液相焼結アルミニウム合金は、耐摩耗性、高強度、かつ軽量化が望まれる種々の分野の製品素材として好適に利用することができる。本発明液相焼結アルミニウム合金の製造方法は、本発明液相焼結アルミニウム合金、特に複雑な三次元形状の合金の製造に好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】試験例1で使用したアルミナ粉末の粒度分布、及び120μmの篩でふるったB4C粉末の粒度分布を示す。
【図2】試験例1で作製した各試料の引張強度を示すグラフである。
【図3】試験例1で作製した各試料の機械的特性を示すグラフであり、(I)は、自己摩耗量、(II)は、相手摩耗量を示す。
【図4】自己摩耗量の測定方法を説明する説明図である。
【図5】試験例1で作製した試料の断面の顕微鏡写真であり、(I)は、アルミナを含む試料No.1-1、(II)は、ムライトを含有する試料No.1-2、(III)は、硬質粒子を含まないAl-Zn系合金母材のみの試料No.1-100を示す。
【図6】試験例2で作製した試料の断面の顕微鏡写真であり、(I)は、アルミナの含有量が1.5質量%である試料No.2-1、(II)は、同1.0質量%である試料No.2-2、(III)は、同0.5質量%である試料No.2-3を示す。
【図7】アルミナ粒子の含有量と自己摩耗量との関係を示すグラフである。
【図8】試験例3で作製した各試料について、硬質粒子の平均粒径と摩耗量との関係を示すグラフであり、(I)は、硬質粒子がアルミナの場合、(II)は、硬質粒子がムライトの場合を示す。
【図9】成形時の圧力と相対密度との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0075】
1 評価材 2 相手材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材中に、酸化アルミニウムを主成分とする硬質粒子及びムライトを主成分とする硬質粒子の少なくとも一方を0.5質量%以上3.0質量%以下含有することを特徴とする液相焼結アルミニウム合金。
【請求項2】
前記母材は、Al-Zn-Mg-Cu系合金からなることを特徴とする請求項1に記載の液相焼結アルミニウム合金。
【請求項3】
前記硬質粒子は、酸化アルミニウムからなることを特徴とする請求項1又は2に記載の液相焼結アルミニウム合金。
【請求項4】
前記硬質粒子の平均粒径は、10μm以下であることを特徴とする請求項3に記載の液相焼結アルミニウム合金。
【請求項5】
前記硬質粒子は、ムライトからなることを特徴とする請求項1又は2に記載の液相焼結アルミニウム合金。
【請求項6】
前記硬質粒子の平均粒径は、20μm以下であることを特徴とする請求項5に記載の液相焼結アルミニウム合金。
【請求項7】
母材粉末と、酸化アルミニウムを主成分とする硬質粒子及びムライトを主成分とする硬質粒子の少なくとも一方とを混合した混合粉末を成形して、成形体を形成する工程と、
前記成形体を液相焼結して焼結体を形成する工程とを具え、
母材中に前記硬質粒子を0.5質量%以上3.0質量%以下含有するアルミニウム合金を製造することを特徴とする液相焼結アルミニウム合金の製造方法。
【請求項8】
更に、前記焼結体にサイジングを施す工程を具えることを特徴とする請求項7に記載の液相焼結アルミニウム合金の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2009−242883(P2009−242883A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−91792(P2008−91792)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(593016411)住友電工焼結合金株式会社 (214)
【Fターム(参考)】