説明

混合液、構造体、および構造体の形成方法

本発明は、官能基を有するカーボンナノチューブと、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤とを含むことを特徴とする混合液により、実質的にカーボンナノチューブのみで構成され、しかもカーボンナノチューブ同士が確実に接続して、ネットワーク構造となっている構造体、ないしその構造体の形成方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、カーボンナノチューブの特性を利用した電子素子、電子材料、構造材料等を製造するに際し、好適に利用可能なカーボンナノチューブを含有する混合液および構造体、並びに構造体の形成方法に関する。
【背景技術】
1991年に発見されたカーボンナノチューブは、それまで知られていたグラファイト、アモルファスカーボン、ダイヤモンドとは異なる新しい炭素の同素体として注目を集めている。その理由はカーボンナノチューブが、それまでの炭素物質とは異なる特異な電子物性を示すためである。
カーボンナノチューブは、炭素のみを構成元素とした新しい材料であり、光官能効果、半導体材料、水素貯蔵材料等の機能が発見され、電子工業の各分野における活用が望まれている。特に、カーボンナノチューブは、わずかに原子配列の仕方(カイラリティ)が変化することで、半導体にも、導体にもなり得ることから、ナノメーターサイズの低次元電気伝導材料やスイッチング素子としての期待も高い。また、電界放出型の電子源や水素貯蔵材料としても注目されている他、トンネル電子顕微鏡や原子間力顕微鏡の探針としての利用も試みられている。
一方、カーボンナノチューブは、導電性、熱伝導性、電磁波シールド性等の機能の付与要素として知られている。例えば、ポリアミド、ポリエステル、ポリエーテル、ポリイミド等の有機ポリマー、あるいは、ガラス、セラミックス材料等の無機ポリマーなどをマトリックスとして用い、カーボンナノチューブと複合することで、導電性、熱伝導性、電磁波シールド性等の機能を有する構造材料用複合材が得られることは知られている。
従来技術としては、例えば、特開2002−290094号公報には、カーボンナノチューブと導電性繊維を特定量含有してなる熱可塑性樹脂材料からなる電磁波シールド材料およびそれからなる成形体が開示されている。この技術によれば、電磁波による機器の障害を防止し得る、優れた電磁波シールド性を有し、特に高周波領域のシールド性に優れる電磁波シールド材料等が得られるとされる。
また、特開2001−267782号公報には、カーボンナノチューブを水に懸濁させて誘電率を水に比べて大きくしたカーボンナノチューブ/水混合物を得て、これを2個の導体の間に充填して形成体を得る技術が開示されている。この技術によれば、マイクロ波の電磁波吸収材として、水よりも誘電率の大きい電磁波吸収遮蔽材料を安価で、容易に製作することができるとされる。
さらに、特開2000−26760号公報には、オルガノポリシロキサンを主剤とし、それに架橋剤として官能性側鎖を有するオルガノシロキサンおよび硬化触媒が配合された組成物や、セラミックス粒子に高熱用溶媒が配合された組成物や、ペルヒドロポリシラザンの有機溶媒溶液や、金属酸化物粉末の存在下に調製されたグリシジルエーテル型エポキシ樹脂プレポリマーの被膜形成性成分にカーボンナノチューブおよびカーボンマイクロコイルを配合して機能性コーティング剤組成物が開示されている。この技術によれば、所望の厚さに容易に塗布し、堅牢な被膜を容易に形成することができて、かつ優れた抵抗発熱性、静電気防止性、電磁波シールド性、等の諸機能を備えた塗布膜が得られるとされる。
カーボンナノチューブは、アスペクト比が高く、非常に細いため、材料として使うことが難しかった。カーボンナノチューブの中では比較的径が太く、しかも安価で、大量合成が可能な多層のカーボンナノチューブであっても、太いもので直径50nm程度、長さは数μm程度と、やはりアスペクト比が高く、非常に細い。
そこで、上記技術を含むこれまでの技術では、例えば、電磁波のシールド材料や導電材料に利用する場合、例えば、ポリアミド等のポリマーの結着剤にカーボンナノチューブを分散させて塗布膜を形成するといったことが行われてきた。しかしながら、このように形成した塗布膜では、カーボンナノチューブ同士が接触する確率が低くなり、電子やホールの高い伝送特性といったカーボンナノチューブ自身が有する優れた特徴を十分に生かすことができないという問題点があった。
一方、これまでは、結着剤によらず、カーボンナノチューブだけで構成された塗布膜等は、単にカーボンナノチューブの集合体でしかなく、カーボンナノチューブのみで構成された塗布膜が実現されれば、その優れた電磁波の吸収・伝送特性、直流電流輸送特性をそのままの形で生かすことの出来る材料の実現が期待できる。特に、カーボンナノチューブ同士が確実に接続し、ネットワーク構造となっている塗布膜であれば、カーボンナノチューブ特有の上記特性を最大限に引き出すことができるものと考えられる。
ところで、特表2002−503204号公報には、化学的置換によってまたは官能性成分の吸着によって官能化されているカーボンナノチューブ、官能化されたカーボンナノチューブが互いに連結して構成する複合体構造、こうしたカーボンナノチューブの表面上に官能基を導入する方法、並びに官能化されたカーボンナノチューブの用途についての技術が開示されている。この文献には、官能化されたカーボンナノチューブを利用してカーボンナノチューブ相互を架橋することができることについても開示されている。しかし、この文献に記載された技術は、基本的にはカーボンナノチューブに機能性を有する官能基を接続し、その官能化されたカーボンナノチューブ自体の機能性を利用しようとするものであり、塗料としての用途は挙げられていない。
したがって、本発明は、実質的にカーボンナノチューブのみで構成され、しかもカーボンナノチューブ同士が確実に接続して、ネットワーク構造となっている、塗布膜を含む構造体、および該構造体を形成し得る塗料等の混合液、並びに該構造体の形成方法を提供することを目的とする。
【発明の開示】
上記目的は、以下の本発明により達成される。すなわち本発明は、外周に官能基を有するカーボンナノチューブと、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤とを含むことを特徴とする混合液、および該混合液を供給し、これを硬化させることにより得られた構造体である。なお、本発明の構造体は、本発明の混合液を、基体(被塗物を含む)等の対象物に供給する方法のほか、官能基を有するカーボンナノチューブと、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤とを別個に前記対象物に供給しても、その後硬化させることにより得ることができる。
本発明の混合液によれば、官能基を有するカーボンナノチューブと、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤とが含まれるため、塗布等により供給し、これを硬化させることにより得られた、前記カーボンナノチューブ同士が、自身が有する前記官能基と前記架橋剤との架橋反応による架橋部位を介して架橋されて、カーボンナノチューブがネットワーク化された状態の塗布膜等の構造体を、簡単に形成することができる。
得られる本発明の構造体は、マトリックス状に硬化したものとなり、カーボンナノチューブ同士が架橋部位を介して接続しており、電子やホールの高い伝送特性といったカーボンナノチューブ自身が有する特徴を存分に発揮することができる。
本発明において、前記官能基としては、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)を挙げることができる。カーボンナノチューブにカルボキシル基を導入することは、比較的容易であり、しかも得られる物質(カーボンナノチューブカルボン酸)は、反応性に富むため、その後エステル化して官能基を−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)とすることは比較的容易である。この官能基は架橋反応しやすく、塗布膜等の構造体形成に適している。
また、当該官能基に対応する前記架橋剤として、ポリオールを挙げることができる。ポリオールは、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)との反応により硬化し、容易に強固な架橋体を形成する。ポリオールとしては、具体的には、グリセリン、エチレングリコール、ブテンジオール、ヘキシンジオール、ヒドロキノンおよびナフタレンジオールからなる群より選ばれるいずれか1つが好ましいものとして挙げられ、中でも、グリセリンやエチレングリコールは、上記官能基との反応性が良好であることは勿論、それ自体生分解性が高く、製造時に過剰に用いても、環境に対する負荷が小さい。
その他、好ましい前記官能基としては、−OH、−COOH、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)、−COX(Xはハロゲン原子)、−NHおよび−NCOを挙げることができ、これらからなる群より選ばれる少なくとも1つの基を選択することが好ましく、その場合、前記架橋剤として、選択された前記官能基と架橋反応を起こし得るものを選択する。
また、その他好ましい前記架橋剤としては、ポリオール、ポリアミン、ポリカルボン酸、ポリカルボン酸エステル、ポリカルボン酸ハライド、ポリカルボジイミドおよびポリイソシアネートを挙げることができ、これらからなる群より選ばれる少なくとも1つの架橋剤を選択することが好ましく、その場合、前記官能基として、選択された前記架橋剤と架橋反応を起こし得るものを選択する。
特に、上記好ましい前記官能基として例示された群、および、上記好ましい前記架橋剤として例示された群より、それぞれ少なくとも1つの官能基および架橋剤を、相互に架橋反応を起こし得る組み合わせとなるように選択することが好ましい。
前記架橋剤としては、非自己重合性の架橋剤であることが好ましい。本発明の混合液により最終的に得られる本発明の構造体において、前記カーボンナノチューブ同士が架橋する架橋部位は、前記官能基の架橋反応後に残存する残基同士を、前記架橋剤の架橋反応後に残存する残基である連結基で連結した架橋構造となっている。
前記架橋剤の特性として、それら同士が重合反応をするような性質(自己重合性)を有すると、当該架橋剤自身が2つ以上連結した重合体を前記連結基が含む状態となってしまう場合があり、カーボンナノチューブ相互の間隔を、使用した架橋剤の残基のサイズに制御することができるため、所望のカーボンナノチューブのネットワーク構造を高い再現性で得られるようになる。さらに架橋剤の残基のサイズを小さくすれば、電気的にも物理的にも極めて近接した状態に、カーボンナノチューブ相互の間隔を構成することができる。
したがって、前記架橋剤が非自己重合性であれば、得られる本発明の構造体を、カーボンナノチューブ自身が有する電気特性ないし物理的特性を極めて高い次元で発揮することができるものとすることができる。
本発明において「自己重合性」とは、架橋剤同士が、水分等他の成分の存在の下、あるいは他の成分の存在なしに、相互に重合反応を生じ得る性質をいい、「非自己重合性」とは、そのような性質を有しないことを言う。
なお、前記架橋剤として非自己重合性のものを選択すれば、本発明の構造体におけるカーボンナノチューブ同士が架橋する架橋部位が、主として同一の架橋構造となる。また、前記連結基としては、炭化水素を骨格とするものが好ましく、その炭素数としては2〜10個とすることが好ましい。
前記混合液には、さらに溶剤を含ませることができ、前記架橋剤の種類によっては、当該架橋剤が、その溶剤を兼ねることも可能である。
一方、本発明の構造体の形成方法は、官能基を有するカーボンナノチューブ、および、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤を基体に供給する供給工程と、供給後の前記カーボンナノチューブの官能基を前記架橋剤により架橋して硬化する硬化工程と、を含むことを特徴とする。また、供給の前に混合液を調製する場合には、前記供給工程に先立ち、官能基を有するカーボンナノチューブに、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤を混合し、前記混合液を調製するための混合工程が為される。さらに、未反応のカーボンナノチューブを出発原料として構造体を形成するには、前記混合工程に先立ち、カーボンナノチューブに官能基を導入する付加工程が為される。
前記官能基としては、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)が挙げられ、このとき前記架橋剤としては、ポリオール(中でもグリセリンおよび/またはエチレングリコール)が挙げられる。この組み合わせの場合、前記硬化工程が、加熱することにより硬化する工程とすればよい。
勿論、前記架橋剤としては、非自己重合性の架橋剤であることが好ましい。
前記官能基が−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)の場合、前記付加工程としては、カーボンナノチューブにカルボキシル基を導入し、さらにこれをエステル化する工程とすればよい。
前記混合液としては、さらに溶剤を含ませることができ、前記架橋剤の種類によっては、当該架橋剤が、その溶剤を兼ねることも可能である。
本発明の構造体の形成方法においても、その他、好ましい前記官能基としては、−OH、−COOH、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)、−COX(Xはハロゲン原子)、−NHおよび−NCOを挙げることができ、これらからなる群より選ばれる少なくとも1つの基を選択することが好ましく、その場合、前記架橋剤として、選択された前記官能基と架橋反応を起こし得るものを選択する。
また、その他好ましい前記架橋剤としては、ポリオール、ポリアミン、ポリカルボン酸、ポリカルボン酸エステル、ポリカルボン酸ハライド、ポリカルボジイミドおよびポリイソシアネートを挙げることができ、これらからなる群より選ばれる少なくとも1つの架橋剤を選択することが好ましく、その場合、前記官能基として、選択された前記架橋剤と架橋反応を起こし得るものを選択する。
特に、上記好ましい前記官能基として例示された群、および、上記好ましい前記架橋剤として例示された群より、それぞれ少なくとも1つの官能基および架橋剤を、相互に架橋反応を起こし得る組み合わせとなるように選択することが好ましい。
【図面の簡単な説明】
図1は、実施例1におけるカーボンナノチューブカルボン酸の合成の反応スキームである。
図2は、実施例1において合成途中で得られたカーボンナノチューブカルボン酸の赤外吸収スペクトルのチャートである。
図3は、多層カーボンナノチューブ原料自体の赤外吸収スペクトルのチャートである。
図4は、実施例1におけるエステル化の反応スキームである。
図5は、実施例1において合成途中で得られた、メチルエステル化されたカーボンナノチューブカルボン酸の赤外吸収スペクトルのチャートである。
図6は、実施例1におけるエステル交換反応による重合の反応スキームである。
図7は、実施例1の塗布膜の赤外吸収スペクトルを測定したチャートである。
図8(a)は、実施例1の塗布膜の走査電子顕微鏡写真(5000倍)である。
図8(b)は、実施例1の塗布膜の走査電子顕微鏡写真(20000倍)である。
図9は、実施例2で精製した単層カーボンナノチューブの走査電子顕微鏡写真(倍率30000倍)である。
図10は、実施例2で原料として用いた単層カーボンナノチューブの走査電子顕微鏡写真(倍率30000倍)である。
図11は、実施例2において合成途中で得られたカーボンナノチューブカルボン酸の赤外吸収スペクトルのチャートである。
図12は、実施例2において合成途中で得られた、メチルエステル化されたカーボンナノチューブカルボン酸の赤外吸収スペクトルのチャートである。
図13は、実施例2におけるエステル交換反応による重合の反応スキームである。
図14は、実施例2の塗布膜の赤外吸収スペクトルを測定したチャートである。
図15は、実施例2の塗布膜の走査電子顕微鏡写真(倍率15000倍)である。
図16は、実施例1〜2および比較例1の各塗布膜の直流電流−電圧特性測定結果を示すグラフである。
図17は、実施例3の塗布膜の直流電流−電圧特性測定結果を示すグラフである。
図18は、実施例1〜2および比較例1の各試料の反射スペクトルの結果を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
[混合液]
本発明の混合液は、官能基を有するカーボンナノチューブと、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤とが、必須成分として含まれ、その他必要に応じて各種添加剤が含まれる。
本発明の混合液は、その使用形態の一つとして、塗料が挙げられる。当該塗料は、本発明の構造体の一態様としての塗布膜を形成することができ、適応範囲が極めて広い。以下、本発明の混合液について、塗料を中心として説明する。
(カーボンナノチューブ)
一般にカーボンナノチューブとは、炭素の6角網目のグラフェンシートが、チューブの軸に平行に管を形成したものを言う。カーボンナノチューブは、さらに分類され、グラフェンシートが1枚の構造のものは単層カーボンナノチューブ(シングルウォールカーボンナノチューブ:SWNT)と呼ばれ、一方、多層のグラフェンシートから構成されているものは多層カーボンナノチューブ(マルチウォールカーボンナノチューブ:MWNT)と呼ばれている。どのような構造のカーボンナノチューブが得られるかは、合成方法や条件によってある程度決定される。
本発明において、主要な構成要素であるカーボンナノチューブは、単層カーボンナノチューブでも、二層以上の多層カーボンナノチューブでも構わない。いずれのカーボンナノチューブを用いるか、あるいは双方を混合するかは、塗布膜の用途により、あるいはコストを考慮して、適宜、選択すればよい。
また、単層カーボンナノチューブの変種であるカーボンナノホーン(一方の端部から他方の端部まで連続的に拡径しているホーン型のもの)、カーボンナノコイル(全体としてスパイラル状をしているコイル型のもの)、カーボンナノビーズ(中心にチューブを有し、これがアモルファスカーボン等からなる球状のビーズを貫通した形状のもの)、カップスタック型ナノチューブ、カーボンナノホーンやアモルファスカーボンで外周を覆われたカーボンナノチューブ等、厳密にチューブ形状をしていないものも、本発明においてカーボンナノチューブとして用いることができる。
さらに、カーボンナノチューブ中に金属等が内包されている金属内包ナノチューブ、フラーレンまたは金属内包フラーレンがカーボンナノチューブ中に内包されるピーポッドナノチューブ等、何らかの物質をカーボンナノチューブ中に内包したカーボンナノチューブも、本発明においてカーボンナノチューブとして用いることができる。
以上のように、本発明においては、一般的なカーボンナノチューブのほか、その変種や、種々の修飾が為されたカーボンナノチューブ等、いずれの形態のカーボンナノチューブでも、その反応性から見て問題なく使用することができる。したがって、本発明における「カーボンナノチューブ」には、これらのものが全て、その概念に含まれる。
これらカーボンナノチューブの合成は、従来から公知のアーク放電法、レーザーアブレーション法、CVD法のいずれの方法によっても行うことができ、本発明においては制限されない。これらのうち、高純度なカーボンナノチューブが合成できるとの観点からは、磁場中でのアーク放電法が好ましい。
用いられるカーボンナノチューブの直径としては、0.3nm以上100nm以下であることが好ましい。カーボンナノチューブの直径が、当該範囲を超えると、合成が困難であり、コストの点で好ましくない。カーボンナノチューブの直径のより好ましい上限としては、30nm以下である。
一方、一般的にカーボンナノチューブの直径の下限としては、その構造から見て、0.3nm程度であるが、あまりに細すぎると合成時の収率が低くなる点で好ましくない場合もあるため、1nm以上とすることがより好ましく、10nm以上とすることがさらに好ましい。
用いられるカーボンナノチューブの長さとしては、0.1μm以上100μm以下であることが好ましい。カーボンナノチューブの長さが、当該範囲を超えると、合成が困難、もしくは、合成に特殊な方法が必要となりコストの点で好ましくなく、当該範囲未満であると、一本のカーボンナノチューブにおける架橋結合点数が少なくなる点で好ましくない。カーボンナノチューブの長さの上限としては、10μm以下であることがより好ましく、下限としては、1μm以上であることがより好ましい。
本発明の混合液におけるカーボンナノチューブの含有量としては、カーボンナノチューブの長さ・太さ、単層か多層か、有する官能基の種類・量、架橋剤の種類・量、溶剤やその他添加剤の有無・種類・量、等により一概には言えず、硬化後良好な塗布膜が形成される程度に高濃度であることが望まれるが、塗布適性が低下するので、あまり高くし過ぎないことが望ましい。
また、具体的なカーボンナノチューブの割合としては、既述の如く一概には言えないが、官能基の質量は含めないで、混合液全量に対し0.01〜10g/l程度の範囲から選択され、0.1〜5g/l程度の範囲が好ましく、0.5〜1.5g/l程度の範囲がより好ましい。
使用しようとするカーボンナノチューブの純度が高く無い場合には、混合液の調製前に、予め精製して、純度を高めておくことが望ましい。本発明においてこの純度は、高ければ高いほど好ましいが、具体的には90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましい。カーボンナノチューブの精製方法に特に制限はなく、従来公知の方法をいずれも採用することができる。
(官能基)
本発明において、カーボンナノチューブが有する官能基としては、カーボンナノチューブに化学的に付加させることができ、かつ、何らかの架橋剤により架橋反応を起こし得るものであれば、特に制限されず、如何なる官能基であっても選択することができる。具体的な官能基としては、−COOR、−COX、−MgX、−X(以上、Xはハロゲン)、−OR、−NR、−NCO、−NCS、−COOH、−OH、−NH、−SH、−SOH、−R’CHOH、−CHO、−CN、−COSH、−SR、−SiR’(以上、R、R、RおよびR’は、それぞれ独立に、置換または未置換の炭化水素基)等の基が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
これらの中でも、−OH、−COOH、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)、−COX(Xはハロゲン原子)、−NHおよび−NCOからなる群より選ばれる少なくとも1つの基を選択することが好ましく、その場合、前記架橋剤として、選択された前記官能基と架橋反応を起こし得るものを選択する。
特に、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)は、カルボキシル基がカーボンナノチューブへの導入が比較的容易で、それにより得られる物質(カーボンナノチューブカルボン酸)をエステル化させることで容易に官能基として導入することができ、しかも、架橋剤による反応性も良好であることから、特に好ましい。
官能基−COORにおけるRは、置換または未置換の炭化水素基であり特に制限は無いが、反応性、溶解度、粘度、塗料の溶剤としての使いやすさの観点から、炭素数が1〜10の範囲のアルキル基であることが好ましく、1〜5の範囲のアルキル基であることがより好ましく、特にメチル基またはエチル基が好ましい。
官能基の導入量としては、カーボンナノチューブの長さ・太さ、単層か多層か、官能基の種類等により異なり、一概には言えないが、1本のカーボンナノチューブに2以上の官能基が付加する程度の量とすることが、得られる架橋体の強度、すなわち塗布膜の強度の観点から好ましい。
なお、カーボンナノチューブへの官能基の導入方法については、後述の[構造体の形成方法]の項において説明する。
(架橋剤)
本発明の混合液において必須成分である架橋剤は、カーボンナノチューブの有する前記官能基と架橋反応を起こすものであればいずれも用いることができる。換言すれば、前記官能基の種類によって、選択し得る架橋剤の種類は、ある程度限定されてくる。また、これらの組み合わせにより、その架橋反応による硬化条件(加熱、紫外線照射、可視光照射、自然硬化等)も、自ずと定まってくる。
具体的に好ましい前記架橋剤としては、ポリオール、ポリアミン、ポリカルボン酸、ポリカルボン酸エステル、ポリカルボン酸ハライド、ポリカルボジイミドおよびポリイソシアネートを挙げることができ、これらからなる群より選ばれる少なくとも1つの架橋剤を選択することが好ましく、その場合、前記官能基として、選択された前記架橋剤と架橋反応を起こし得るものを選択する。
特に、既述の好ましい前記官能基として例示された群、および、上記好ましい前記架橋剤として例示された群より、それぞれ少なくとも1つの官能基および架橋剤を、相互に架橋反応を起こし得る組み合わせとなるように選択することが好ましい。下記表1に、カーボンナノチューブの有する官能基と、それに対応する架橋反応可能な架橋剤との組み合わせを、その硬化条件とともに列挙する。

これらの組み合わせの中でも、官能基側の反応性が良好な−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)と、容易に強固な架橋体を形成するポリオールとの組み合わせが好適なものとして挙げられる。なお、本発明で言う「ポリオール」とは、OH基を2以上有する有機化合物の総称であり、これらの中でも炭素数2〜10(より好ましくは2〜5)、OH基数2〜22(より好ましくは2〜5)のものが、架橋性や過剰分投入した時の溶剤適性、生分解性による反応後の廃液の処理性(環境適性)、ポリオール合成の収率等の観点から好ましい。特に上記炭素数は、得られる構造体におけるカーボンナノチューブ相互間を狭めて実質的な接触状態にする(近づける)ことができる点で、上記範囲内で少ない方が好ましい。具体的には、特にグリセリンやエチレングリコールが好ましく、これらの内の一方もしくは双方を架橋剤として用いることが好ましい。
別の視点から見ると、前記架橋剤としては、非自己重合性の架橋剤であることが好ましい。上記ポリオールの例として挙げたグリセリンやエチレングリコールは勿論、ブテンジオール、ヘキシンジオール、ヒドロキノンおよびナフタレンジオールも非自己重合性の架橋剤であり、より一般的に示せば、自身の中に相互に重合反応を生じ得るような官能基の組を有していないことが、非自己重合性の架橋剤の条件となる。逆に言えば、自己重合性の架橋剤とは、自身の中に相互に重合反応を生じ得るような官能基の組を有しているもの(例えば、アルコキシド)が挙げられる。
本発明の混合液における架橋剤の含有量としては、架橋剤の種類(自己重合性か非自己重合性かの別を含む)は勿論、カーボンナノチューブの長さ・太さ、単層か多層か、有する官能基の種類・量、溶剤やその他添加剤の有無・種類・量、等により一概には言えない。特に、グリセリンやエチレングリコールなどは、それ自身粘度があまり高くなく、溶剤の特性を兼ねさせることが可能であるため、過剰に添加することも可能である。
(その他の添加剤)
本発明の混合液においては、溶剤、粘度調整剤、分散剤、架橋促進剤等の各種添加剤が含まれていてもよい。
溶剤は、前記架橋剤のみでは塗布適性が十分で無い場合に添加する。使用可能な溶剤としては、特に制限は無く、用いる架橋剤の種類に応じて選択すればよい。具体的には、メタノール、エタノール、イソプロパノール、n−プロパノール、ブタノール、メチルエチルケトン、トルエン、ベンゼン、アセトン、クロロホルム、塩化メチレン、アセトニトリル、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン(THF)等の有機溶剤や水、酸水溶液、アルカリ水溶液等が挙げられる。かかる溶剤の添加量としては、塗布適性を考慮して適宜設定すればよいが、特に制限は無い。
粘度調整剤も、前記架橋剤のみでは塗布適性が十分で無い場合に添加する。使用可能な溶剤としては、特に制限は無く、用いる架橋剤の種類に応じて選択すればよい。具体的には、メタノール、エタノール、イソブロパノール、n−プロパノール、ブタノール、メチルエチルケトン、トルエン、ベンゼン、アセトン、クロロホルム、塩化メチレン、アセトニトリル、ジエチルエーテル、THF等が挙げられる。
これら粘度調整剤の中には、その添加量によっては溶剤としての機能を有するものがあるが、両者を明確に区別することに意義は無い。かかる粘度調整剤の添加量としては、塗布適性を考慮して適宜設定すればよいが、特に制限は無い。
分散剤は、混合液中でのカーボンナノチューブないし架橋剤の分散安定性を保持するために添加するものであり、従来公知の各種界面活性剤、水溶性有機溶剤、水、酸水溶液やアルカリ水溶液等が使用できる。ただし、本発明の混合液の成分は、それ自体分散安定性が高いため、分散剤は必ずしも必要ではない。また、形成後の構造体の用途によっては、当該構造体に分散剤等の不純物が含まれないことが望まれる場合もあり、その場合には勿論、分散剤は、添加しないか、極力少ない量のみしか添加しない。
(剤型)
本発明の混合液は、塗布適性から、勿論液体状であるが、前記官能基および前記架橋剤の組み合わせによっては、両者を混合しておくと架橋反応が進んでしまい、硬化して塗布等供給に供し得ない状態となってしまうものもある。その場合には、2液(あるいは、一方が粉体等の固形物)に分離しておき、供給前に混合することが望まれる。本発明においては、このような2液型(一方が粉体等の固形物である「2剤型」を含む。以下同様。)等、液分離型ないし液体−固体分離型のものも「混合液」の概念の中に含めるものとする。したがって、構成成分が複数の液や粉体等に分離されていても、全体として本発明の混合液の組成を構成するものは、勿論本発明の混合液の範疇に含まれる。
1液型の場合には、上記必須構成成分を混合することにより、本発明の混合液を調製することができる。カーボンナノチューブの分散性を高めるために、混合時に、超音波攪拌機その他公知の攪拌機により強攪拌してもよい。
以上のようにして得られた本発明の混合液は、カーボンナノチューブの高い分散安定性と適切な粘度とを有しており、高い塗布適性を有する。特にカーボンナノチューブの含有量が高い場合、一般的なカーボンナノチューブが溶剤不溶性であることから通常極めて分散安定性が低いが、本発明の混合液においては、適切な官能基を有するカーボンナノチューブと架橋剤との組み合わせであり、分散安定性が高い。しかも、基本的に反応に寄与する成分のみから構成されるため、無駄が少なく、不純物が混入する可能性も軽減される。
[構造体]
以上説明した混合液(塗布する場合には「塗料」)を、適当な基体(塗布する場合には「被塗物」)に対して供給(一例として「塗布」)し、硬化することにより、本発明の構造体(塗布した場合には「塗布膜」)が得られる。また、官能基を有するカーボンナノチューブと、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤とを別個に適当な基体に供給し、硬化することによっても得ることができる。供給方法や硬化方法は、後述の[構造体の形成方法]の項で詳述する。
なお、本項においても、構造体の一例である塗布膜を中心に説明する。
本発明の構造体は、カーボンナノチューブがネットワーク化された状態となっている。詳しくは、該構造体は、マトリックス状に硬化したものとなり、カーボンナノチューブ同士が架橋部分を介して接続しており、電子やホールの高い伝送特性といったカーボンナノチューブ自身が有する特徴を存分に発揮することができる。すなわち、本発明の混合液により得られる本発明の構造体は、カーボンナノチューブ相互が緊密に接続しており、しかも他の結着剤等を含まないことから、実質的にカーボンナノチューブのみからなるため、カーボンナノチューブが有する本来の特性を最大限に生かすことができる。
具体的な用途としては、例えば、高周波吸収膜、電波吸収体、導電膜等の電子素子ないし電子材料として、あるいは電子素子ないし電子材料の一部として、有用である。また、樹脂の充填剤とすることで、FRP(繊維強化プラスチック)に比して格段に高強度の構造材料とすることもできる。さらに、前記混合液中の前記架橋剤に各種機能を有する分子構造を予め含ませておき、それにより架橋させることで、構造体にその機能を発現させることも可能である。
本発明の構造体の厚みとしては、用途に応じて、極薄いものから厚めのものまで、幅広く選択することができる。例えば使用する混合液中のカーボンナノチューブの含有量を下げ(単純には、薄めることにより粘度を下げ)、これを薄膜状に塗布すれば極薄い塗布膜となり、同様にカーボンナノチューブの含有量を上げれば厚めの塗布膜となる。さらに、塗布を繰返せば、より一層厚膜の塗布膜を得ることもできる。極薄い塗布膜としては、10nm程度の厚みから十分に可能であり、重ね塗りにより上限無く厚い塗布膜を形成することが可能である。一回の塗布で可能な厚膜としては、5μm程度である。本発明の混合液を、塗布の態様によらず、型に供給することとすれば、より厚い構造体を形成することもできる。
本発明の構造体において、前記カーボンナノチューブ同士が架橋する部位、すなわち、前記カーボンナノチューブが有する前記官能基と前記架橋剤との架橋反応による架橋部位は、前記官能基の架橋反応後に残存する残基同士を、前記架橋剤の架橋反応後に残存する残基である連結基で連結した架橋構造となっている。
既述の如く、本発明の構造体を形成する前段階としての本発明の混合液においては、その構成要素である架橋剤が非自己重合性であることが好ましい。前記架橋剤が非自己重合性であれば、最終的に形成される本発明の構造体における前記連結基については、前記架橋剤1つのみの残基により構成されることになり、架橋されるカーボンナノチューブ相互の間隔を、使用した架橋剤の残基のサイズに制御することができるため、所望のカーボンナノチューブのネットワーク構造を高い再現性で得られるようになる。さらに架橋剤の残基のサイズを小さくすれば、電気的にも物理的にも極めて近接した状態(カーボンナノチューブ相互が、実質的に直接接触した状態)に、カーボンナノチューブ相互の間隔を構成することができる。
なお、カーボンナノチューブにおける官能基に単一のものを、架橋剤に単一の非自己重合性のものを、それぞれ選択した本発明の混合液により、本発明の構造体を形成した場合、当該構造体における前記架橋部位は、同一の架橋構造となる(例示1)。また、カーボンナノチューブにおける官能基に複数種のものを、および/または、架橋剤に複数種の非自己重合性の架橋剤を、それぞれ選択した本発明の混合液により、本発明の構造体を形成した場合であっても、当該構造体における前記架橋部位は、主として用いた前記官能基および非自己重合性の架橋剤の組み合わせによる架橋構造が、主体的となる(例示2)。
これに対して、カーボンナノチューブにおける官能基や架橋剤が単一であるか複数種であるかを問わず、架橋剤に自己重合性のものを選択した本発明の混合液により、本発明の構造体を形成した場合、当該構造体におけるカーボンナノチューブ同士が架橋する架橋部位は、架橋剤同士の連結(重合)個数が異なる数多くの連結基が混在した状態となり、特定の架橋構造が主体的とはなり得ない。
つまり、前記架橋剤として非自己重合性のものを選択すれば、本発明の構造体におけるカーボンナノチューブ同士が架橋する架橋部位が、架橋剤1つのみの残基で官能基と結合するため、主として同一の架橋構造となる。なお、ここで言う「主として同一」とは、上記(例示1)の如く、架橋部位の全てが同一の架橋構造となる場合は勿論のこと、上記(例示2)の如く、架橋部位全体に対して、主として用いた前記官能基および非自己重合性の架橋剤の組み合わせによる架橋構造が、主体的となる場合も含む概念とする。
「主として同一」と言った場合に、全架橋部位における「同一である架橋部位の割合」としては、例えば架橋部位において、カーボンナノチューブのネットワーク形成とは目的を異にする機能性の官能基や架橋構造を付与する場合も想定されることから、一律に下限値を規定し得るわけではない。ただし、強固なネットワークでカーボンナノチューブ特有の高い電気的ないし物理的特性を実現するためには、全架橋部位における「同一である架橋部位の割合」としては、個数基準で50%以上であることが好ましく、70%以上であることがより好ましく、90%以上であることがさらに好ましく、全て同一であることが最も好ましい。これらの個数割合は、赤外線スペクトルで架橋構造に対応した吸収スペクトルの強度比を計測する方法等により求めることができる。
このように、カーボンナノチューブ同士が架橋する架橋部位が、主として同一の架橋構造の構造体であれば、カーボンナノチューブの均一なネットワークを所望の状態に形成することができ、電気的ないし物理的特性を、均質で良好、さらには期待した特性もしくは高い再現性をもって構成することができる。
また、前記連結基としては、炭化水素を骨格とするものが好ましい。ここで言う「炭化水素を骨格」とは、架橋されるカーボンナノチューブの官能基の架橋反応後に残存する残基同士を連結するのに資する、連結基の主鎖の部分が、炭化水素からなるものであることを言い、この部分の水素が他の置換基に置換された場合の側鎖の部分は考慮されない。勿論、連結基全体が炭化水素からなることが、より好ましい。
前記炭化水素の炭素数としては2〜10個とすることが好ましく、2〜5個とすることがより好ましく、2〜3個とすることがさらに好ましい。なお、前記連結基としては、2価以上であれば特に制限は無い。
[構造体の形成方法]
本発明の構造体の形成方法は、官能基を有するカーボンナノチューブ、および、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤を基体に供給する供給工程と、供給後のカーボンナノチューブの官能基を前記架橋剤により架橋して硬化する硬化工程と、を含み、前記供給工程に先立ち、官能基を有するカーボンナノチューブに、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤を混合し、前記混合液を調製するための混合工程を含んでもよい。さらにこの前記混合工程に先立ち、カーボンナノチューブに官能基を導入する付加工程を含んでもよい。
官能基を有するカーボンナノチューブを出発原料とすれば、混合工程から操作を行えばよいし、通常のカーボンナノチューブそのものを出発原料とすれば、付加工程から操作を行えばよい。また、混合工程までの操作で、既述の本発明の混合液のうち、1液型の混合液、あるいは2液型のものが混合された供給直前の混合液が調製される。なお、これら各成分の供給は、供給前に混合液を調製する態様のみならず、前記基体に別個に各成分を供給して、当該基体上において混合する態様であってもよい。
以下、付加工程から順に、本発明の構造体の形成方法について説明する。以下の説明においても、構造体のうち、塗布膜を形成することを中心に説明する。
(付加工程)
本発明において、付加工程は、カーボンナノチューブに所望の官能基を導入する工程である。官能基の種類によって導入方法が異なり、一概には言えない。直接的に所望の官能基を付加させてもよいが、一旦、付加が容易な官能基を導入した上で、その官能基ないしその一部を置換したり、その官能基に他の官能基を付加させたり等の操作を行い、目的の官能基としても構わない。
また、カーボンナノチューブにメカノケミカルな力を与えて、カーボンナノチューブ表面のグラフェンシートをごく一部破壊ないし変性させて、そこに各種官能基を導入する方法もある。
付加工程の操作としては、特に制限は無く、公知のあらゆる方法を用いて構わない。その他、特表2002−503204号公報に各種方法が記載されており、目的に応じて、本発明においても利用することができる。
前記官能基の中でも、特に好適な−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)を導入する方法について説明する。カーボンナノチューブに−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)を導入するには、一旦、カーボンナノチューブにカルボキシル基を付加し(▲1▼)、さらにこれをエステル化(▲2▼)すればよい。
▲1▼カルボキシル基の付加
カーボンナノチューブにカルボキシル基を導入するには、酸化作用を有する酸とともに還流すればよい。この操作は比較的容易であり、しかも反応性に富むカルボキシル基を付加することができるため、好ましい。当該操作について、簡単に説明する。
酸化作用を有する酸としては、濃硝酸、過酸化水素水、硫酸と硝酸の混合液、王水等が挙げられる。特に濃硝酸を用いる場合には、その濃度としては、5質量%以上が好ましく、60質量%以上がより好ましい。
還流は、常法にて行えばよいが、その温度としては、使用する酸の沸点付近が好ましい。例えば、濃硝酸では120〜130℃の範囲が好ましい。また、還流の時間としては、30分〜20時間の範囲が好ましく、1時間〜8時間の範囲がより好ましい。
還流の後の反応液には、カルボキシル基が付加したカーボンナノチューブ(カーボンナノチューブカルボン酸)が生成しており、室温まで冷却し、必要に応じて分離操作ないし洗浄を行うことで、目的のカーボンナノチューブカルボン酸が得られる。
▲2▼エステル化
得られたカーボンナノチューブカルボン酸に、アルコールを添加し脱水してエステル化することで、目的の官能基−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)を導入することができる。
前記エステル化に用いるアルコールは、上記官能基の式中におけるRに応じて決まる。すなわち、RがCHであればメタノールであるし、RがCであればエタノールである。
一般にエステル化には触媒が用いられるが、本発明においても従来公知の触媒、例えば、硫酸、塩酸、トルエンスルホン酸等を用いることができる。本発明では、副反応を起こさないという観点から触媒として硫酸を用いることが好ましい。
前記エステル化は、カーボンナノチューブカルボン酸に、アルコールと触媒とを添加し、適当な温度で適当な時間還流すればよい。このときの温度条件および時間条件は、触媒の種類、アルコールの種類等により異なり一概には言えないが、還流温度としては、使用するアルコールの沸点付近が好ましい。例えば、メタノールでは60〜70℃の範囲が好ましい。また、還流の時間としては、1〜20時間の範囲が好ましく、4〜6時間の範囲がより好ましい。
エステル化の後の反応液から反応物を分離し、必要に応じて洗浄することで、官能基−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)が付加したカーボンナノチューブを得ることができる。
(混合工程)
本発明において、混合工程は、官能基を有するカーボンナノチューブに、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤を混合し、混合液を調製する工程である。ここで言う混合液とは、前記本発明の混合液で言うところの1液型の混合液か、あるいは2液型(分離型)の混合液を混合した塗布等の供給直前の混合液の、いずれかを指す。
混合工程においては、官能基を有するカーボンナノチューブおよび架橋剤のほか、既述の[混合液]の項で説明したその他の成分も混合する。そして、好ましくは、塗布適性を考慮して溶剤や粘度調整剤の添加量を調整することで、供給直前の混合液を調製する。
混合に際しては、単にスパチュラで攪拌したり、攪拌羽式の攪拌機、マグネチックスターラーあるいは攪拌ポンプで攪拌するのみでも構わないが、より均一にカーボンナノチューブを分散させて、保存安定性を高めたり、カーボンナノチューブの架橋による網目構造を全体にくまなく張り巡らせるには、超音波分散機やホモジナイザーなどで強力に分散させても構わない。ただし、ホモジナイザーなどのように、攪拌のせん断力の強い攪拌装置を用いる場合、含まれるカーボンナノチューブを切断してしまったり、傷付けてしまったりする虞があるので、極短い時間行えばよい。
(供給工程)
本発明において、供給工程の好ましい一例は、混合工程までの操作で得られた供給直前の混合液を基体に供給する工程である。当該供給方法に制限はなく、例えば、基体としての被塗物に塗布しようとする場合には、単に液滴を垂らしたり、それをスキージで塗り広げたりする方法から、一般的な塗布方法まで、幅広くいずれの方法も採用することができる。一般的な塗布方法としては、スピンコート法、ワイヤーバーコート法、キャストコート法、ロールコート法、刷毛塗り法、浸漬塗布法、スプレー塗布法、カーテンコート法等が挙げられる。
(硬化工程)
本発明において、硬化工程は、上記供給工程で供給された後のカーボンナノチューブの官能基を前記架橋剤により架橋して硬化する工程である。硬化工程における操作は、前記官能基と前記架橋剤との組み合わせに応じて、自ずと決まってくる。例えば、前掲の表1に示す通りである。熱硬化性の組み合わせであれば、各種ヒータ等により加熱すればよいし、紫外線硬化性の組み合わせであれば、紫外線ランプで照射したり、日光下に放置しておけばよい。勿論、自然硬化性の組み合わせであれば、そのまま放置しておけば十分であり、この「放置」も本発明における硬化工程で行われ得るひとつの操作と解される。
官能基−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)が付加したカーボンナノチューブと、ポリオール(中でもグリセリンおよび/またはエチレングリコール)との組み合わせの場合には、加熱による硬化(エステル交換反応によるポリエステル化)が行われる。加熱により、エステル化したカーボンナノチューブカルボン酸の−COORと、ポリオールのR’−OH(R’は、置換または未置換の炭化水素基)とがエステル交換反応する。そして、かかる反応が複数多元的に進行し、カーボンナノチューブが架橋していき、最終的にカーボンナノチューブが相互に接続してネットワーク状となった構造体が形成される。
上記の組み合わせの場合に好ましい条件について例示すると、加熱温度としては、具体的には50〜500℃の範囲が好ましく、150〜200℃の範囲がより好ましい。また、この組み合わせにおける加熱時間としては、具体的には1分〜10時間の範囲が好ましく、1〜2時間の範囲がより好ましい。
<より具体的な実施例>
以下、本発明を実施例を挙げてより具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例1・・・グリセリンを使って架橋させた多層カーボンナノチューブ塗料、塗布膜の合成]
(付加工程)
▲1▼カルボキシル基の付加・・・カーボンナノチューブカルボン酸の合成
多層カーボンナノチューブ粉末(純度90%、平均直径30nm、平均長さ3μm;サイエンスラボラトリー製)30mgを濃硝酸(60質量%水溶液、関東化学製)20mlに加え、120℃の条件で還流を20時間行い、カーボンナノチューブカルボン酸を合成した。以上の反応スキームを図1に示す。なお、図1中カーボンナノチューブCNTの部分は、2本の平行線で表している(反応スキームに関する他の図に関しても同様)。
溶液の温度を室温に戻したのち、5000rpmの条件で15分間の遠心分離を行い、上澄み液と沈殿物とを分離した。回収した沈殿物を純水10mlに分散させて、再び5000rpmの条件で15分間の遠心分離を行い、上澄み液と沈殿物とを分離した(以上で、洗浄操作1回)。この洗浄操作をさらに5回繰り返し、最後に沈殿物を回収した。
回収された沈殿物の赤外吸収スペクトルを測定した結果を図2に示す。また、用いた多層カーボンナノチューブ原料自体の赤外吸収スペクトルを図3に示す。両スペクトルを比較すればわかるように、多層カーボンナノチューブ原料自体においては観測されていない、カルボン酸に特徴的な1735cm−1(図2における矢示部分)の吸収が、沈殿物の方には観測された。このことから、硝酸との反応によって、カーボンナノチューブにカルボキシル基が導入されたことがわかった。すなわち、沈殿物がカーボンナノチューブカルボン酸であることが確認された。
また、回収された沈殿物を中性の純水に添加してみると、分散性が良好であることが確認された。この結果は、親水性のカルボキシル基がカーボンナノチューブに導入されたという、赤外吸収スペクトルの結果を支持する。
▲2▼エステル化
上記工程で調製されたカーボンナノチューブカルボン酸30mgを、メタノール(和光純薬製)25mlに加えた後、濃硫酸(98質量%、和光純薬製)5mlを加えて、65℃の条件で還流を4時間行い、メチルエステル化した。以上の反応スキームを図4に示す。
溶液の温度を室温に戻したのち、ろ過して沈殿物を分離した。沈殿物は、水洗した後回収した。回収された沈殿物の赤外吸収スペクトルを測定した結果を図5に示す。図5のスペクトルを見ればわかるように、エステルに特徴的な1735cm−1(図5における矢示部分)および1000〜1300cm−1の領域(図5におけるコの字で括った領域)における吸収が観測されたことから、カーボンナノチューブカルボン酸がエステル化されたことが確認された。
(混合工程)
上記工程で得られたメチルエステル化したカーボンナノチューブカルボン酸10mgを、グリセリン(関東化学製)5mlに加え、超音波分散機を用いて混合した。さらに、これを粘度調整剤としてのメタノール10mlに加え、実施例1の塗料(本発明の混合液)を調製した。
(供給工程)
以上のようにして得られた塗料を、パスツールピペットでSiO/Si基板上に0.1ml程度滴下して塗布した。
(硬化工程)
以上のようにして本実施例の塗料が塗布された基板を200℃で2時間加熱して、エステル交換反応による重合を行い、塗布膜を形成した。反応スキームを図6に示す。得られた本実施例の塗布膜(反応物、本発明の構造体)は、10倍〜20倍程度の光学顕微鏡による観察では、極めて均質な膜状であることが確認された。このことから、架橋構造を含む本実施例の塗料ないし塗布膜が、極めて成膜性に優れていることがわかる。
得られた塗布膜の赤外吸収スペクトルを測定した結果を図7に示す。図7のスペクトルを見ればわかるように、エステルに特徴的な1735cm−1(図7における矢示部分)および1000〜1300cm−1の領域(図7におけるコの字で括った領域)における吸収が観測された。
図8(a)および図8(b)に、得られた塗布膜の走査電子顕微鏡(SEM)写真を示す。図8(a)が倍率5000倍、図8(b)が倍率20000倍である。なお、写真の倍率は、写真の引き伸ばしの程度により、多少の誤差が生じている(以下、各種SEM写真において同様)。図8(a)および図8(b)の写真では、勿論カーボンナノチューブ相互の架橋状態までは確認できないが、カーボンナノチューブ相互が極めて近接して密集している様子がわかる。カーボンナノチューブを単に堆積させたり、結着剤により塗り固めたりしたのでは、決して本実施例のような状態にはなり得ない。このことから、極めて緻密なカーボンナノチューブのネットワーク状の塗布膜が形成されていることがわかる。
[実施例2・・・グリセリンを使って架橋させた単層カーボンナノチューブ塗料、塗布膜の合成]
▲1▼単層カーボンナノチューブの精製
単層カーボンナノチューブ粉末(純度40%、Aldrich製)を予めふるい(孔径125μm)にかけて、粗大化した凝集体を取り除いたもの(平均直径1.5nm、平均長さ2μm)30mgを、マッフル炉を用いて450℃で15分間加熱し、カーボンナノチューブ以外の炭素物質を除いた。残った粉末15mgを5規定塩酸水溶液{濃塩酸(35%水溶液、関東化学製)を純水で2倍に希釈したもの}10mlに4時間沈めておくことにより、触媒金属を溶解させた。
この溶液をろ過して沈殿物を回収した。回収した沈殿物に対して、上記の加熱・塩酸に沈めるという工程をさらに3回繰り返して精製を行った。その際、加熱の条件は450℃で20分間、450℃で30分間、550℃で60分間と段階的に強めていった。
図9に最終的に得られた沈殿物のSEM写真(倍率30000倍)を示す。また比較のため、図10には、原料として用いたカーボンナノチューブのSEM写真(倍率30000倍)を示す。精製後のカーボンナノチューブは、精製前(原料)と比べ、純度が大幅に向上していることがわかる(具体的には、純度90%以上と推定される。)。なお、最終的に得られた、精製されたカーボンナノチューブは、原料の5%程度の質量(1〜2mg)であった。
以上の操作を複数回繰返すことで、高純度の単層カーボンナノチューブ粉末15mg以上を精製した。
▲2▼カルボキシル基の付加・・・カーボンナノチューブカルボン酸の合成
上記操作により精製された単層カーボンナノチューブ粉末(純度90%、平均直径1.5nm、平均長さ2μm)15mgを、濃硝酸(60質量%水溶液、関東化学製)20mlに加え、120℃の条件で環流を1.5時間行い、カーボンナノチューブカルボン酸を合成した。
溶液の温度を室温に戻したのち、5000rpmの条件で15分間の遠心分離を行い、上澄み液と沈殿物とを分離した。回収した沈殿物を純水10mlに分散させて、再び5000rpmの条件で15分間の遠心分離を行い、上澄み液と沈殿物とを分離した(以上で、洗浄操作1回)。この洗浄操作をさらに5回繰り返し、最後に沈殿物を回収した。
回収された沈殿物の赤外吸収スペクトルを測定した結果を図11に示す。図11のスペクトルを見ればわかるように、カルボン酸に特徴的な1735cm−1(図11における矢示部分)の吸収が観測されたことから、カーボンナノチューブにカルボキシル基が導入された、カーボンナノチューブカルボン酸であることが確認された。
また、回収された沈殿物を中性の純水に添加してみると、分散性が良好であることが確認された。この結果は、親水性のカルボキシル基がカーボンナノチューブに導入されたという、赤外吸収スペクトルの結果を支持する。
▲3▼エステル化
上記工程で調製されたカーボンナノチューブカルボン酸15mgを、メタノール(和光純薬製)25mlに加えた後、濃硫酸(98質量%、和光純薬製)5mlを加えて、65℃の条件で還流を4時間行い、メチルエステル化した。
溶液の温度を室温に戻したのち、ろ過して沈殿物を分離した。沈殿物は、水洗した後回収した。回収された沈殿物の赤外吸収スペクトルを測定した結果を図12に示す。図12のスペクトルを見ればわかるように、エステルに特徴的な1735cm−1(図12における矢示部分)および1000〜1300cm−1の領域(図12におけるコの字で括った領域)における吸収が観測されたことから、カーボンナノチューブカルボン酸がエステル化されたことを確認された。
(混合工程)
上記工程で得られたメチルエステル化したカーボンナノチューブカルボン酸10mgを、グリセリン(関東化学製)5mlに加え、超音波分散機を用いて混合した。さらに、これを粘度調整剤としてのメタノール10mlに加え、実施例2の塗料(本発明の混合液)を調製した。
(供給工程)
以上のようにして得られた塗料を、パスツールピペットで、実施例1と同様の基板上に0.1ml程度滴下して塗布した。
(硬化工程)
以上のようにして本実施例の塗料が塗布された基板を200℃で2時間加熱して、エステル交換反応による重合を行い、塗布膜(本発明の構造体)を形成した。
[実施例3・・・エチレングリコールを使って架橋させた多層カーボンナノチューブ塗料、塗布膜の合成]
(付加工程)
▲1▼カルボキシル基の付加・・・カーボンナノチューブカルボン酸の合成
多層カーボンナノチューブ粉末(純度90%、平均直径30nm、平均長さ3μm;サイエンスラボラトリー製)30mgを濃硝酸(60質量%水溶液、関東化学製)20mlに加え、120℃の条件で還流を20時間行い、カーボンナノチューブカルボン酸を合成した。
溶液の温度を室温に戻したのち、5000rpmの条件で15分間の遠心分離を行い、上澄み液と沈殿物とを分離した。回収した沈殿物を純水10mlに分散させて、再び5000rpmの条件で15分間の遠心分離を行い、上澄み液と沈殿物とを分離した(以上で、洗浄操作1回)。この洗浄操作をさらに5回繰り返し、最後に沈殿物を回収した。
回収された沈殿物を中性の純水に添加してみると、実施例1のカーボンナノチューブカルボン酸と同様、分散性が良好であることが確認された。この結果から、カーボンナノチューブにカルボキシル基が導入された、カーボンナノチューブカルボン酸が調製されたものと判断できる。
▲2▼エステル化
上記工程で調製されたカーボンナノチューブカルボン酸15mgを、メタノール(和光純薬製)20mlに加えた後、濃硫酸(98質量%、和光純薬製)1mlを加えて、65℃の条件で還流を4時間行い、メチルエステル化した。
溶液の温度を室温に戻したのち、5000rpmの条件で15分間の遠心分離を行い、上澄み液と沈殿物とを分離した。回収した沈殿物をメタノール10mlに分散させて、再び5000rpmの条件で10分間の遠心分離を行い、上澄み液と沈殿物とを分離した(以上で、洗浄操作1回)。この操作をさらに5回繰り返して沈殿物を洗浄し、最後に沈殿物を回収した。
(混合工程)
上記工程で得られたメチルエステル化したカーボンナノチューブカルボン酸15mgとエチレングリコール(和光純薬製)2mlとを混合し、さらに粘度調整剤としてのメタノール10mlに加え、実施例3の塗料(本発明の混合液)を調製した。
(供給工程)
以上のようにして得られた塗料を、パスツールピペットで、実施例1と同様の基板上に0.1ml程度滴下して塗布した。
(硬化工程)
以上のようにして本実施例の塗料が塗布された基板を150℃で1時間加熱し、エステル交換反応による重合を行い、塗布膜(本発明の構造体)を形成した。この硬化工程の反応スキームを図13に示す。
得られた塗布膜の赤外吸収スペクトルを測定した結果を図14に示す。図14のスペクトルを見ればわかるように、エステルに特徴的な1735cm−1(図14における矢示部分)および1000〜1300cm−1の領域(図14におけるコの字で括った領域)における吸収が観測された。
図15に、得られた塗布膜のSEM写真(倍率15000倍)を示す。図15の写真では、勿論カーボンナノチューブ相互の架橋状態までは確認できないが、カーボンナノチューブ相互が極めて近接して密集している様子がわかる。このことから、極めて緻密なカーボンナノチューブのネットワーク状の塗布膜が形成されていることがわかる。
[比較例1・・・カーボンナノチューブ/ポリマーコンポジットの作製]
表面が反応しやすい状態となるように、予め多層カーボンナノチューブ(純度90%、平均直径30nm、平均長さ3μm;サイエンスラボラトリー製)にメカノケミカルな力(ボールミル)を加えておいた。このカーボンナノチューブ0.02gを濃硝酸(60質量%水溶液、関東化学製)14gに添加し、4時間程度、120℃のオイルバス中で還流した。
その後、上澄みが中性になるまで遠心分離とデカンテーションを繰り返し、中性になったところで、その分散液を乾固した。さらにこれをピリジンに分散し、0.05質量%のカーボンナノチューブ分散液を調製した。このカーボンナノチューブ分散液1gとUワニスA(ポリイミド前駆体の20質量%N−メチルピロリドン溶液;宇部興産製)溶液0.56gを良く攪拌混合したのち、真空中で脱泡し、パスツールピペットで金電極が準備されているガラスエポキシ基板上に0.1ml程度滴下してキャストコートした。さらにこれを室温で1日放置して、成膜した。さらにデシケーター中で1日乾燥させた。
以上のようにして、比較例1のカーボンナノチューブ/ポリマーコンポジットを得た。
(比較例2・・・架橋させていない多層カーボンナノチューブ)
多層カーボンナノチューブ粉末(純度90%、平均直径30nm、平均長さ3μm;サイエンスラボラトリー製)10mgを、イソプロピルアルコール20gに分散させた。この分散液は、分散性が極めて悪く、塗料としての性状を保持し得ないものであった。
得られた分散液を、パスツールピペットで基板(Siウエハー)上に0.1ml程度滴下して展開し、100℃程度で10分間加熱することで、比較例2の架橋させていない多層カーボンナノチューブの堆積物を得た。得られた堆積物は、10倍〜20倍程度の光学顕微鏡による観察では、凝集体として島状に分離しており、膜状を呈していないことが確認された。このことから、架橋構造を含まない本比較例の分散液ないし堆積物が、成膜性に劣り、塗料ないし塗布膜として機能し得ないことがわかる。
[評価試験]
(直流導電率の測定)
実施例1の塗布膜(MWNT−net(グリセリン))、実施例2の塗布膜(SWNT−net(グリセリン))、および実施例3の塗布膜(MWNT−net(エチレングリコール))の直流電流−電圧特性測定を行った。ただし、試験に供した各塗布膜は、SiO/Si基板上に5μmの厚さで改めて成膜したものである。
測定は、SiO/Si基板上に成膜された塗布膜に、金電極を蒸着し、ピコアンメータ4140B(ヒューレットパッカード製)を使って2端子法で行った。比較のために、比較例1のカーボンナノチューブ/ポリマーコンポジットについての測定も併せて行った。図16および図17に、直流電流−電圧特性測定結果を示す。また、これらの測定結果から求めた各塗布膜の導電率を下記表2に示す。

架橋構造を含むカーボンナノチューブからなる、実施例1〜3の各塗布膜の導電率は、ポリマーに多層カーボンナノチューブを分散させた比較例1の塗布膜に比べて、非常に高いことがわかった。一般の材料と比較すると、実施例1〜3の各塗布膜の導電率は、カーボンペースト(40Scm−1程度)よりも遥かに高く、導電性高分子であるポリアニリン(5Scm−1程度)と同程度にまで達している。なお、比較例2の堆積物は、塗布膜の体を成していなかったので、電流−電圧特性測定に供することができなかった。
(反射減衰スペクトルの測定)
一般に電波吸収体において、厚さは薄ければ薄いほど、反射減衰量は大きければ大きいほど、優れた電波吸収体であると言うことができる。ここでは、現実的な要求仕様として、「垂直入射方向の厚さ0.5mmでの反射減衰量が6dB以上であること」と設定し評価を行った。
実施例1〜3および比較例1の各塗布膜、並びに比較例2の堆積物について、RF伝送特性の測定を行った。ただし、試験に供した各塗布膜ないし堆積物は、0.5mmピッチで分割された金電極が準備されているガラスエポキシ基板上に、5μmの厚さで改めて成膜したものである。
測定は、ネットワークアナライザ8753ES(アジレントテクノロジー製)を用いて行った。2つのポートを使用してS11、S21の2つのパラメータを測定し、反射減衰スペクトルを求めた。このとき、測定周波数は10kHz〜3GHzとした。図18に、各試料の反射スペクトルの結果を示す。また、反射減衰量が6dB以上である周波数帯域、およびその領域幅を表3にまとめる。

架橋構造を含むカーボンナノチューブからなる、実施例1〜3の各塗布膜は、反射減衰量が6dB以上になる領域を比較的広く有し、特に実施例1の塗布膜では、反射減衰量が6dB以上になる領域は620MHz〜1.4GHzに及び、その帯域幅は760MHzにまで達した。なお、一般的な電波吸収体よりも極めて薄膜での試験であるので、より厚めに形成すれば、本発明の構造体では極めて高い反射減衰量が期待できる。また、本発明の構造体では、カーボンナノチューブ相互間にまだまだ空隙が見られるため、塗布膜を圧縮すれば、格段に高い反射減衰量を達することも容易である。
一方、ポリマーに多層カーボンナノチューブを分散させた比較例1の塗布膜の反射減衰は、この測定範囲内で最大きい減衰でも2dB程度と低く、6dB以上となる帯域は存在しなかった。なお、比較例2の塗布膜は、カーボンナノチューブそのものの堆積物であることから、反射減衰量が6dB以上になる領域を比較的広く有しているが、これは実際には膜を形成し得ないものであるため、形状から見て、電波吸収体として機能し得るものではない。
以上説明したように本発明によれば、実質的にカーボンナノチューブのみで構成され、しかもカーボンナノチューブ同士が確実に接続して、ネットワーク構造となっている構造体、および該構造体を形成し得る混合液、並びに該構造体の形成方法を提供することができる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】


【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】

【図15】

【図16】

【図17】

【図18】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
官能基を有するカーボンナノチューブと、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤とを含むことを特徴とする混合液。
【請求項2】
前記官能基が、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)であることを特徴とする請求項1に記載の混合液。
【請求項3】
前記架橋剤が、ポリオールであることを特徴とする請求項2に記載の混合液。
【請求項4】
前記架橋剤が、グリセリンおよび/またはエチレングリコールであることを特徴とする請求項2に記載の混合液。
【請求項5】
さらに溶剤を含むことを特徴とする請求項1に記載の混合液。
【請求項6】
前記架橋剤が、溶剤を兼ねることを特徴とする請求項5に記載の混合液。
【請求項7】
前記官能基が、−OH、−COOH、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)、−COX(Xはハロゲン原子)、−NHおよび−NCOからなる群より選ばれる少なくとも1つの基であり、前記架橋剤が、選択された前記官能基と架橋反応を起こし得る架橋剤であることを特徴とする請求項1に記載の混合液。
【請求項8】
前記架橋剤が、ポリオール、ポリアミン、ポリカルボン酸、ポリカルボン酸エステル、ポリカルボン酸ハライド、ポリカルボジイミドおよびポリイソシアネートからなる群より選ばれる少なくとも1つの架橋剤であり、前記官能基が、選択された前記架橋剤と架橋反応を起こし得る官能基であることを特徴とする請求項1に記載の混合液。
【請求項9】
前記官能基が、−OH、−COOH、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)、−COX(Xはハロゲン原子)、−NHおよび−NCOからなる群より選ばれる少なくとも1つの基であり、
前記架橋剤が、ポリオール、ポリアミン、ポリカルボン酸、ポリカルボン酸エステル、ポリカルボン酸ハライド、ポリカルボジイミドおよびポリイソシアネートからなる群より選ばれる少なくとも1つの架橋剤であり、
前記官能基と前記架橋剤とが、相互に架橋反応を起こし得る組み合わせとなるようにそれぞれ選択されたことを特徴とする請求項1に記載の混合液。
【請求項10】
前記架橋剤が、非自己重合性の架橋剤であることを特徴とする請求項1に記載の混合液。
【請求項11】
官能基を有するカーボンナノチューブと、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤とを供給し、これを硬化させることにより得られた、前記カーボンナノチューブ同士が、自身が有する前記官能基と前記架橋剤との架橋反応による架橋部位を介して架橋されてなることを特徴とする構造体。
【請求項12】
官能基を有するカーボンナノチューブと、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤の供給が、両者を含む混合液を供給することにより為されることを特徴とする請求項11に記載の構造体。
【請求項13】
前記官能基が、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)であることを特徴とする請求項11に記載の構造体。
【請求項14】
前記架橋剤が、ポリオールであることを特徴とする請求項13に記載の構造体。
【請求項15】
前記架橋剤が、グリセリンおよび/またはエチレングリコールであることを特徴とする請求項13に記載の構造体。
【請求項16】
前記混合液が、さらに溶剤を含むことを特徴とする請求項12に記載の構造体。
【請求項17】
前記架橋剤が、溶剤を兼ねることを特徴とする請求項16に記載の構造体。
【請求項18】
前記架橋剤が、非自己重合性の架橋剤であることを特徴とする請求項11に記載の構造体。
【請求項19】
前記架橋部位が、前記官能基の架橋反応後に残存する残基同士を、炭化水素を骨格とする連結基により連結した架橋構造であることを特徴とする請求項11に記載の構造体。
【請求項20】
前記連結基が、2〜10個の炭素を有する炭化水素を骨格とすることを特徴とする請求項19に記載の構造体。
【請求項21】
官能基を有するカーボンナノチューブ、および、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤を基体に供給する供給工程と、供給後の前記カーボンナノチューブの官能基を前記架橋剤により架橋して硬化する硬化工程と、を含むことを特徴とする構造体の形成方法。
【請求項22】
前記供給工程に先立ち、官能基を有するカーボンナノチューブに、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤を混合し、前記混合液を調製するための混合工程を含むことを特徴とする請求項21に記載の構造体の形成方法。
【請求項23】
前記混合工程に先立ち、カーボンナノチューブに官能基を導入する付加工程を含むことを特徴とする請求項22に記載の構造体の形成方法。
【請求項24】
前記付加工程が、カーボンナノチューブにカルボキシル基を導入し、さらにこれをエステル化する工程であることを特徴とする請求項23に記載の構造体の形成方法。
【請求項25】
前記官能基が、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)であることを特徴とする請求項21に記載の構造体の形成方法。
【請求項26】
前記官能基が−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)であり、前記架橋剤がポリオールであることを特徴とする請求項21に記載の構造体の形成方法。
【請求項27】
前記官能基が−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)であり、前記架橋剤がグリセリンおよび/またはエチレングリコールであることを特徴とする請求項21に記載の構造体の形成方法。
【請求項28】
前記官能基が−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)であり、前記架橋剤がポリオールであり、かつ、前記硬化工程が、加熱することにより硬化する工程であることを特徴とする請求項21に記載の構造体の形成方法。
【請求項29】
前記混合液が、さらに溶剤を含むことを特徴とする請求項21に記載の構造体の形成方法。
【請求項30】
前記架橋剤が、溶剤を兼ねることを特徴とする請求項29に記載の構造体の形成方法。
【請求項31】
前記官能基が、−OH、−COOH、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)、−COX(Xはハロゲン原子)、−NHおよび−NCOからなる群より選ばれる少なくとも1つの基であり、前記架橋剤が、選択された前記官能基と架橋反応を起こし得る架橋剤であることを特徴とする請求項21に記載の混合液。
【請求項32】
前記架橋剤が、ポリオール、ポリアミン、ポリカルボン酸、ポリカルボン酸エステル、ポリカルボン酸ハライド、ポリカルボジイミドおよびポリイソシアネートからなる群より選ばれる少なくとも1つの架橋剤であり、前記官能基が、選択された前記架橋剤と架橋反応を起こし得る官能基であることを特徴とする請求項21に記載の混合液。
【請求項33】
前記官能基が、−OH、−COOH、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)、−COX(Xはハロゲン原子)、−NHおよび−NCOからなる群より選ばれる少なくとも1つの基であり、
前記架橋剤が、ポリオール、ポリアミン、ポリカルボン酸、ポリカルボン酸エステル、ポリカルボン酸ハライド、ポリカルボジイミドおよびポリイソシアネートからなる群より選ばれる少なくとも1つの架橋剤であり、
前記官能基と前記架橋剤とが、相互に架橋反応を起こし得る組み合わせとなるようにそれぞれ選択されたことを特徴とする請求項21に記載の混合液。
【請求項34】
前記架橋剤が、非自己重合性の架橋剤であることを特徴とする請求項21に記載の構造体の形成方法。

【国際公開番号】WO2004/058899
【国際公開日】平成16年7月15日(2004.7.15)
【発行日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−509745(P2005−509745)
【国際出願番号】PCT/JP2003/016547
【国際出願日】平成15年12月24日(2003.12.24)
【出願人】(000005496)富士ゼロックス株式会社 (21,908)
【Fターム(参考)】