説明

減衰力可変式ダンパおよび減衰力可変式ダンパ装着車両

【課題】 磁性流体または磁気粘性流体を用いた減衰力可変式ダンパや減衰力可変式ダンパ装着車両において、磁界印可手段の失陥時における減衰力の確保を図ることを目的とする。
【解決手段】 シリンダチューブ12の外周面には上部が開放されたマグネットホルダ41がスポット溶接等によって固着されており、車載工具箱に格納されたマグネットプレート42がこのマグネットホルダ41に保持されるようになっている。マグネットプレート42は、シリンダチューブ12の外周面に密着すべく円弧状断面を呈するとともに、シリンダチューブ12内でのピストン16の全可動範囲にわたる長さを有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性流体または磁気粘性流体を用いた減衰力可変式ダンパとこの減衰力可変式ダンパが装着された減衰力可変式ダンパ装着車両に係り、詳しくは磁界印可手段の失陥時における減衰力の確保を図る技術に関する。
【背景技術】
【0002】
懸架装置は、自動車の走行安定性や乗り心地を左右する重要な要素であり、車体に対して車輪を上下動自在に支持させるためのリンク(アームやロッド類)と、その撓みにより路面からの衝撃等を吸収するスプリングと、車体の上下振動を減衰させるダンパとを主要構成要素としている。懸架装置用のダンパでは、作動油が充填された円筒状のシリンダチューブとこのシリンダチューブ内で摺動するピストンが先端に装着されたピストンロッドとを備え、ピストン(ピストンロッド)の移動に伴って作動油を複数の油室間で移動させる構造を採った筒型が広く採用されている。通常、筒型ダンパのピストンには、オリフィスと薄鋼板等を素材とするディスクバルブとが設けられており、作動油がディスクバルブを押しのけて流動する際の流動抵抗によって減衰力が生起される。
【0003】
近年、車体の姿勢変化の抑制と乗り心地の向上とを両立させるべく、路面状況や自動車の運動状態等に応じて減衰力が可変制御される減衰力可変式ダンパが提案されている。減衰力可変式ダンパでは、ロータリアクチュエータや電磁アクチュエータによってオリフィスの断面積を機械的に変化させるもの(特許文献1,2参照)が一般的であったが、作動流体として磁性流体を用い、ピストンに形成された流路を通過する磁性流体の粘度をコイルによって変化させるもの(特許文献3参照)が開発されている。この減衰力可変式ダンパによれば、精密な加工を要する減衰力可変機構が不要となって製造コストや構成部品点数の大幅な削減が可能となるだけでなく、磁性流体の粘度変化が極めて短時間(例えば、数ミリ秒)で行われるために制御応答性も著しく向上する。なお、近年では、磁性流体に代えて、磁気粘性流体を用いた減衰力可変式ダンパの開発も進められている。
【特許文献1】特開平11−218179号公報
【特許文献2】特開2001−12530号公報
【特許文献3】特開昭60−113711号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
磁性流体や磁気粘性流体を用いる減衰力可変式ダンパでは、コイルによって磁性流体や磁気粘性流体に磁界を印可することによって減衰力を発生させる都合上、磁界が全く印可されていない状態での流動抵抗を小さくすべくピストンに形成される流路の断面積が比較的大きく設定されている。そのため、何らかの原因によりコイルやその制御回路が失陥した場合、減衰力が殆ど得られなくなってしまい、旋回走行時に車体がロールしやすくなること等で運転者に違和感を与える問題があった。
【0005】
本発明は、このような背景に鑑みなされたもので、磁性流体または磁気粘性流体を用いた減衰力可変式ダンパや減衰力可変式ダンパ装着車両において、磁界印可手段の失陥時における減衰力の確保を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1の発明に係る減衰力可変式ダンパは、磁性流体または磁気粘性流体が充填され、車体側部材と車輪側部材とのどちらか一方に連結されたシリンダチューブと、前記シリンダチューブを第1液室と第2液室とに区画するとともに、前記磁性流体または磁気粘性流体を当該第1液室と当該第2液室との間で流通させる連通孔を備えたピストンと、前記車体側部材と前記車輪側部材とのどちらか他方を当該ピストンに連結するピストンロッドと、外部からの電気的入力に応じて、前記連通孔を通過する前記磁性流体または前記磁気粘性流体に磁界を印可する磁界印可手段とを備えた減衰力可変式ダンパにおいて、前記シリンダチューブには、その外周に応急用永久磁石を取り付けるための永久磁石装着手段が形成されたことを特徴とする。
【0007】
また、請求項2の発明に係る減衰力可変式ダンパは、請求項1に記載の減衰力可変式ダンパにおいて、前記応急用永久磁石は、前記シリンダチューブにおける前記ピストンの全可動範囲にわたる長さを有することを特徴とする。
【0008】
また、請求項3の発明に係る減衰力可変式ダンパ装着車両は、磁性流体または磁気粘性流体が充填され、車体側部材と車輪側部材とのどちらか一方に連結されたシリンダチューブと、前記シリンダチューブを第1液室と第2液室とに区画するとともに、前記磁性流体または磁気粘性流体を当該第1液室と当該第2液室との間で流通させる連通孔を備えたピストンと、前記車体側部材と前記車輪側部材とのどちらか他方を当該ピストンに連結するピストンロッドと、外部からの電気的入力に応じて、前記連通孔を通過する前記磁性流体または前記磁気粘性流体に磁界を印可する磁界印可手段とを備えた減衰力可変式ダンパが装着された減衰力可変式ダンパ装着車両において、前記シリンダチューブの外周に取り付けるための応急用永久磁石を車体に装備したことを特徴とする。
【0009】
また、請求項4の発明に係る減衰力可変式ダンパ装着車両は、請求項3に記載の減衰力可変式ダンパ装着車両において、前記応急用永久磁石は、前記シリンダチューブにおける前記ピストンの全可動範囲にわたる長さを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
請求項1の減衰力可変式ダンパによれば、何からの原因で磁界印可手段の機能が失陥した場合にも、永久磁石装着手段に応急用永久磁石を装着することによりピストンの連通孔を通過する磁性流体や磁気粘性流体に磁界が印可され、所定の減衰力を発生されることができる。また、請求項2の減衰力可変式ダンパによれば、サスペンションの全ストロークにわたって減衰力を発生されることができる。また、請求項3,4の減衰力可変式ダンパ装着車両によれば、ツールボックスやエンジンルームに装備された応急用永久磁石をシリンダチューブに装着することで、減衰力可変式ダンパの失陥時に運転者等が応急的な対処ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図面を参照して、本発明を4輪自動車のリヤサスペンションに適用した一実施形態と実施形態の一部変形例とを詳細に説明する。
〔実施形態〕
図1は実施形態に係るサスペンションの模式的構成図であり、図2は実施形態に係るダンパの縦断面図であり、図3は実施形態に係るMLV(Magnetizable Liquid Valve:磁気流体バルブ)の概略構造図であり、図4は実施形態に係る応急用永久磁石の装着方法を示す斜視図である。
【0012】
《実施形態の構成》
図1に示すように、本実施形態のリヤサスペンション1は、いわゆるH型トーションビーム式サスペンションであり、左右のトレーリングアーム2,3や、両トレーリングアーム2,3の中間部を連結するトーションビーム4、懸架ばねである左右一対のコイルスプリング5、左右一対のダンパ6等から構成されており、左右のリヤホイール7,8を懸架している。ダンパ6は、MRF(Magneto-Rheological Fluid:磁気粘性流体)を作動流体とする減衰力可変型ダンパであり、トランクルーム内等に設置されたECU9によってその減衰力が可変制御される。
【0013】
図2に示すように、本実施形態のダンパ6は、モノチューブ式(ド・カルボン式)であり、MRFが充填された円筒状のシリンダチューブ12と、このシリンダチューブ12に対して軸方向に摺動するピストンロッド13と、ピストンロッド13の先端に装着されてシリンダチューブ12内を上部油室14と下部油室15とに区画するピストン16と、シリンダチューブ12の下部に高圧ガス室17を画成するフリーピストン18と、ピストンロッド13等への塵埃の付着を防ぐカバー19と、フルバウンド時における緩衝を行うバンプストップ20とを主要構成要素としている。
【0014】
シリンダチューブ12は、下端のアイピース12aに嵌挿されたボルト21を介して、車輪側部材であるトレーリングアーム2の上面に連結されている。また、ピストンロッド13は、上下一対のブッシュ22とナット23とを介して、その上端のスタッド13aが車体側部材であるダンパベース(ホイールハウス上部)24に連結されている。
【0015】
図3に示すように、ピストン16には、上部油室14と下部油室15とを連通する連通孔31と、連通孔31の周囲に配設されたMLV32とが設けられている。ECU9からMLV32に電流が供給されると、連通孔31を流通するMRFに磁界が印可されて強磁性微粒子33が鎖状のクラスタを形成し、連通孔31内を通過するMRFの見かけ上の粘度(以下、単に粘度と記す)が上昇する。
【0016】
図2に示すように、シリンダチューブ12の外周面には上部が開放されたマグネットホルダ(永久磁石装着手段)41がスポット溶接等によって固着されており、車載工具箱に格納されたマグネットプレート(応急用永久磁石)42がこのマグネットホルダ41に保持されるようになっている。マグネットプレート42は、シリンダチューブ12の外周面に密着すべく円弧状断面を呈するとともに、シリンダチューブ12内でのピストン16の全可動範囲にわたる長さを有している。なお、カバー19には、マグネットホルダ41と略同一の角度位相で、膨出部19aが形成されている。
【0017】
《実施形態の作用》
自動車が走行を開始すると、ECU9は、前後Gセンサ、横Gセンサ、および上下Gセンサから得られた車体の加速度や、車速センサから入力した車体速度、車輪速センサから得られた各車輪の回転速度等に基づき各車輪についてダンパ6の目標減衰力を設定した後、MLV32に対して制御電流を供給する。これにより、自動車の走行状態に応じてダンパ6の減衰力が常に最適な値に調整され、高度な操縦安定性と快適な乗り心地とが高いレベルで実現される。
【0018】
自動車の走行時において、電子的あるいは電気的な失陥等が生じ、ECU9からMLV32に制御電流が供給されなくなることがある。この場合、ダンパ6では、MRFが低粘度のまま連通孔31を流通することになるため、その減衰力が殆ど無くなってしまう。乗員は、ダンパ6の減衰力が失われたことを操縦安定性の変化やインジケータランプ等によって認識すると、自動車を路側の安全地帯等に停車させ、マグネットプレート42をダンパ6に装着する。すなわち、車体をジャッキアップしてリヤホイール7を外した後、車載工具箱からマグネットプレート42を取り出し、図4に示すように、先ずマグネットプレート42の上端をカバー19の膨出部19aに差し入れ(A)、マグネットプレート42の下端をマグネットホルダ41に挿入する(B)。すると、マグネットプレート42は、その磁力によってシリンダチューブ12に吸着することも相俟って、マグネットホルダ41内に確実に保持される。
【0019】
シリンダチューブ12にマグネットプレート42が装着されると、シリンダチューブ12内ではピストン16の可動範囲におけるMRFの粘度が上昇し、ダンパ6の減衰力が所定の値に保たれることになる。これにより、山間地等で故障が生じた場合等においても、運転者は、自動車を運転して整備工場や自宅まで運ぶことができる。
【0020】
〔一部変形例〕
図5は実施形態の一部変形例に係る応急用永久磁石の装着方法を示す斜視図である。
図5に示すように、一部変形例では、シリンダチューブ12に上下一対の係止突起43,44が設けられる一方、マグネットプレート42には係止突起43,44に対応する係止孔45,46が穿設されている。一部変形例の場合、乗員は、マグネットプレート42の上端をカバー19の膨出部19aに差し入れ(A)、係止突起43,44が係止孔45,46に係合させながら、磁力によってマグネットプレート42をシリンダチューブ12に装着する(B)。一部変形例では、このような構成を採ったため、マグネットプレート42の装着がより簡単に行えるようになった。なお、一部変形例も、その作用は上述した実施形態と同様である。
【0021】
以上で具体的実施形態の説明を終えるが、本発明は上記実施形態に限定されることなく幅広く変形実施することができる。例えば、上記実施形態は4輪自動車のリヤサスペンションを構成するモノチューブ式ダンパに本発明を適用したものであるが、本発明は、フロントサスペンション用のダンパやツインチューブ式ダンパにも当然に適用できる。また、上記実施形態は磁気粘性流体を用いた減衰力可変式ダンパに本発明を適用したものであるが、磁性流体を用いた減衰力可変式ダンパに本発明を適用してもよい。その他、応急用永久磁石の具体的形状やシリンダチューブへのその固定方法等についても、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施形態に係るサスペンションの模式的構成図である。
【図2】実施形態に係るダンパの縦断面図である。
【図3】実施形態に係るMLVの概略構造図である。
【図4】実施形態に係る応急用永久磁石の装着方法を示す斜視図である。
【図5】一部変形例に係る応急用永久磁石の装着方法を示す斜視図である。
【符号の説明】
【0023】
2 トレーリングアーム(車輪側部材)
6 ダンパ
12 シリンダチューブ
13 ピストンロッド
14 上部油室(第1液室)
15 下部油室(第2液室)
16 ピストン
24 ダンパベース(車体側部材)
31 連通孔
32 MLV(磁界印可手段)
41 マグネットホルダ(永久磁石装着手段)
42 マグネットプレート(応急用永久磁石)
43,44 係止突起(永久磁石装着手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性流体または磁気粘性流体が充填され、車体側部材と車輪側部材とのどちらか一方に連結されたシリンダチューブと、
前記シリンダチューブを第1液室と第2液室とに区画するとともに、前記磁性流体または磁気粘性流体を当該第1液室と当該第2液室との間で流通させる連通孔を備えたピストンと、
前記車体側部材と前記車輪側部材とのどちらか他方を当該ピストンに連結するピストンロッドと、
外部からの電気的入力に応じて、前記連通孔を通過する前記磁性流体または前記磁気粘性流体に磁界を印可する磁界印可手段と
を備えた減衰力可変式ダンパにおいて、
前記シリンダチューブには、その外周に応急用永久磁石を取り付けるための永久磁石装着手段が形成されたことを特徴とする減衰力可変式ダンパ。
【請求項2】
前記応急用永久磁石は、前記シリンダチューブにおける前記ピストンの全可動範囲にわたる長さを有することを特徴とする、請求項1に記載の減衰力可変式ダンパ。
【請求項3】
磁性流体または磁気粘性流体が充填され、車体側部材と車輪側部材とのどちらか一方に連結されたシリンダチューブと、
前記シリンダチューブを第1液室と第2液室とに区画するとともに、前記磁性流体または磁気粘性流体を当該第1液室と当該第2液室との間で流通させる連通孔を備えたピストンと、
前記車体側部材と前記車輪側部材とのどちらか他方を当該ピストンに連結するピストンロッドと、
外部からの電気的入力に応じて、前記連通孔を通過する前記磁性流体または前記磁気粘性流体に磁界を印可する磁界印可手段と
を備えた減衰力可変式ダンパが装着された減衰力可変式ダンパ装着車両において、
前記シリンダチューブの外周に取り付けるための応急用永久磁石を車体に装備したことを特徴とする減衰力可変式ダンパ装着車両。
【請求項4】
前記応急用永久磁石は、前記シリンダチューブにおける前記ピストンの全可動範囲にわたる長さを有することを特徴とする、請求項3に記載の減衰力可変式ダンパ装着車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−187176(P2007−187176A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−3415(P2006−3415)
【出願日】平成18年1月11日(2006.1.11)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】