説明

渦電流検出方法および渦電流検出装置

【課題】励磁兼検出コイルが温度変動したとしても、より高精度に渦電流を検出することができる渦電流検出方法および渦電流検出装置を提供する。
【解決手段】測定対象物に相当する仮想対象物Wを対象とし、かつ、励磁兼検出コイル16の温度を変化させたときに、複素平面上においてインダクタンスブリッジ回路の中点間電位差Vの挙動を表した近似直線A1を算出する。続いて、複素平面上において実数軸または虚数軸に対する近似直線A1の傾き角度θaを算出する。続いて、実際の測定対象物Wを対象として、複素平面上において中点間電位差Vの座標(Re1,Im1)を算出し、当該座標(Re1,Im1)に対して傾き角度θaを逆回転させる回転座標変換を行い、変換後座標の実数成分Re2または虚数成分Im2を算出する。そして、実数成分Re2または虚数成分Im2を渦電流相関値として出力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、励磁兼検出コイルの温度補償を行う渦電流検出方法および渦電流検出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
渦電流検出装置は、測定対象物の内部構造により変化する渦電流により発生する磁気変動を検出しており、検出感度を向上するため検出ヘッドを測定対象物に接近もしくは接触させて測定している。このため、測定対象物の温度により励磁兼検出コイルの温度が変化して測定誤差を生じることがあった。そこで、特許文献1には、励磁兼検出コイルの温度を測定し、予め用意した補正表により誤差を補正することが記載されている。また、特許文献2には、温度変動による誤差の大部分が励磁兼検出コイルと参照コイルの温度差に起因することとして、励磁兼検出コイルと参照コイルの温度差が小さくなる構造にすることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平4-204319号公報
【特許文献2】特開2007-285804号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1に記載の技術では、温度検出センサと励磁兼検出コイルの位置を完全に一致させることはできず、励磁兼検出コイルの温度を正確に検出することは困難である。そのため、高精度に誤差を補正することはできない。特許文献2に記載の技術において、励磁兼検出コイルと参照コイルとの温度差を小さくする構造にしたとしても、そもそも両コイルは磁気的な影響を受けない距離だけ離して配置されるため、熱源となる測定対象物からの各コイルまでの距離が異なる。そのため、両コイルの温度を完全に同一にすることは困難である。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、励磁兼検出コイルが温度変動したとしても、より高精度に渦電流を検出することができる渦電流検出方法および渦電流検出装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究を重ね、複素平面上において、インダクタンスブリッジの中点間電位差が励磁兼検出コイルの温度に対して傾斜した直線状の関係を有することを見出し、本発明を発明するに至った。
【0007】
(渦電流検出方法)
(請求項1)本発明に係る渦電流検出方法は、渦電流検出装置を用いて測定対象物に発生させた渦電流を検出する渦電流検出方法である。ここで、前記渦電流検出装置は、前記測定対象物に渦電流を発生させて当該渦電流による磁界を検出する励磁兼検出コイルと、前記励磁兼検出コイルに直列接続された参照コイルとにより形成される第一ハーフブリッジ回路と、2個の基準抵抗を直列接続され、前記第一ハーフブリッジ回路に並列接続された第二ハーフブリッジ回路と、それぞれの前記ハーフブリッジ回路の両端に交流電圧を印加する交流電源と、2つの前記ハーフブリッジ回路の中点間電位差を測定する電圧計とを備える。
【0008】
そして、前記渦電流検出方法は、前記測定対象物に相当する仮想対象物を対象とし、かつ、前記励磁兼検出コイルの温度を変化させたときに、複素平面上において前記中点間電位差の挙動を表した近似直線を算出する近似直線算出工程と、前記複素平面上において実数軸または虚数軸に対する前記近似直線の傾き角度を算出する傾き角度算出工程と、実際の前記測定対象物を対象として、前記複素平面上において前記中点間電位差の座標を算出し、当該座標に対して前記傾き角度を逆回転させる回転座標変換を行い、変換後座標の実数成分または虚数成分を算出する回転座標変換工程と、前記実数成分または虚数成分を渦電流相関値として出力する渦電流算出工程とを備える。
【0009】
(請求項2)また、前記近似直線算出工程は、前記仮想対象物を対象として前記励磁兼検出コイルの複数の温度に変化させたときにそれぞれの前記中点間電位差を取得し、取得したそれぞれの前記中点間電位差を複素平面上にプロットし、プロットした複数点を直線近似することにより前記近似直線を算出するようにしてもよい。
(請求項3)また、前記近似直線算出工程は、前記仮想対象物の温度を変化させることにより、前記励磁兼検出コイルの温度を変化させて、前記中点間電位差を取得するようにしてもよい。
【0010】
(請求項4)また、前記近似直線算出工程は、前記励磁兼検出コイルのインダクタンスおよび巻線抵抗についての温度特性を測定し、前記温度特性に基づいて前記近似直線を算出するようにしてもよい。
【0011】
(請求項5)また、前記測定対象物に発生する渦電流は、前記測定対象物に生じている加工変質層の状態に応じて変化し、前記渦電流相関値は、前記加工変質層の状態に対応する値であり、前記渦電流検出方法は、前記測定対象物に生じている加工変質層の状態を検出するようにしてもよい。
【0012】
(渦電流検出装置)
上記においては、本発明を渦電流検出方法として捉えた場合について説明した。この他に、本発明は、渦電流検出装置としても捉えることができる。
(請求項6)本発明に係る渦電流検出装置は、測定対象物に発生させた渦電流を検出する渦電流検出装置において、前記測定対象物に渦電流を発生させて当該渦電流による磁界を検出する励磁兼検出コイルと、前記励磁兼検出コイルに直列接続された参照コイルとにより形成される第一ハーフブリッジ回路と、2個の基準抵抗を直列接続され、前記第一ハーフブリッジ回路に並列接続された第二ハーフブリッジ回路と、それぞれの前記ハーフブリッジ回路の両端に交流電圧を印加する交流電源と、2つの前記ハーフブリッジ回路の中点間電位差を測定する電圧計と、前記中点間電位差に基づいて渦電流相関値を算出する演算部とを備え、前記演算部は、前記測定対象物に相当する仮想対象物を対象とし、かつ、前記励磁兼検出コイルの温度を変化させたときに、複素平面上において前記中点間電位差の挙動を表した近似直線を算出する近似直線算出手段と、前記複素平面上において実数軸または虚数軸に対する前記近似直線の傾き角度を算出する傾き角度算出手段と、実際の前記測定対象物を対象として、前記複素平面上において前記中点間電位差の座標を算出し、当該座標に対して前記傾き角度を逆回転させる回転座標変換を行い、変換後座標の実数成分または虚数成分を算出する回転座標変換手段と、前記実数成分または虚数成分を前記渦電流相関値として出力する渦電流算出手段とを備える。
【発明の効果】
【0013】
(請求項1)本発明によれば、前記励磁兼検出コイルの温度を変化させたときに、複素平面上において、2つのハーフブリッジ回路の中点間電位差の挙動を表した近似直線を算出している。この近似直線は、複素平面上において、実数軸および虚数軸に対して傾きを有している。そこで、実数軸または虚数軸に対する近似直線の傾き角度を算出する。そして、実際に測定対象物を測定して得られた中点間電位差の複素平面上における座標に対して、傾き角度を逆回転させる回転座標変換を行っている。
【0014】
そして、変換後座標の実数成分または虚数成分を渦電流相関値として出力している。ここで、励磁兼検出コイルの温度を変化させたときに、複素平面上において、回転座標変換後の座標の挙動は、実数軸または虚数軸に平行な近似直線となる。つまり、複素平面上において、変換後座標の実数成分または虚数成分は、励磁兼検出コイルの温度が変化したとしても変化しない値となる。従って、変換後座標の実数成分または虚数成分を渦電流相関値として出力することで、当該渦電流相関値は、励磁兼検出コイルの温度に依存しない値となる。励磁兼検出コイルの温度が変化したとしても、高精度に渦電流相関値を取得することができる。ここで、渦電流相関値とは、測定対象物に発生する渦電流そのもの、または、当該渦電流に相関を有する値を含む意味で用いている。
【0015】
(請求項2)本発明によれば、励磁兼検出コイルの温度を実際に変化させた状態でそれぞれの中点間電位差を取得し、複数の中点間電位差を複素平面上にプロットすることにより近似直線を算出している。これにより、確実に近似直線を算出できる。
【0016】
(請求項3)実際に測定において、励磁兼検出コイルの温度が変化する要因は、測定対象物の温度変化であると考えられる。そこで、近似直線を算出する際において、仮想対象物の温度を変化させることにより、励磁兼検出コイルの温度を変化させた状態で中点間電位差を取得するようにしている。これにより、実際の測定の状態に近い状態における温度依存状態を把握することができる。従って、高精度に渦電流相関値を取得できる。
【0017】
(請求項4)励磁兼検出コイルのインダクタンスおよび巻線抵抗の温度特性を把握できれば、演算により、複素平面上の中点間電位差を取得することができる。そこで、本発明は、上記温度特性を測定することで、近似直線を演算により算出するようにしている。これにより、より容易に近似直線を取得することができる。
【0018】
(請求項5)測定対象物に発生する渦電流は、測定対象物に生じている加工変質層の状態に応じて変化することが知られている。そこで、本発明の渦電流検出方法を、加工変質層の状態を検出することに適用することで、高精度に加工変質層の状態を把握することができる。
【0019】
(請求項6)本発明に係る渦電流検出装置によれば、励磁兼検出コイルの温度が変化したとしても、高精度に渦電流相関値を取得することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】第一実施形態:本実施形態における渦電流検出装置の概要構成図である。
【図2】図1の渦電流検出装置の詳細構成図である。
【図3】図2の演算部における傾き角度算出処理を示すフローチャートである。
【図4】図2の演算部における渦電流相関値算出処理を示すフローチャートである。
【図5】図3のS5における近似直線およびS6における傾き角度θaを示す図である。
【図6】図5の近似直線を傾き角度θaの逆回転した場合を示す図である。
【図7】図4のS13における回転座標変換を示す図である。
【図8】第二実施形態:図2の演算部における傾き角度算出処理を示すフローチャートである。
【図9】図8のS21における励磁兼検出コイルの温度特性を示すグラフである。
【図10】図8のS22における近似直線およびS23における傾き角度θaを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
<第一実施形態>
本実施形態の渦電流検出装置の概要構成について、図1を参照して説明する。本実施形態において、渦電流検出装置は、ワークW(測定対象物)に生じている加工変質層の状態、および、ワークWに生じている疵の有無を検出する。加工変質層とは、例えば研削加工により生じる研削焼けなどである。つまり、当該装置は、どのような状態の研削焼けがワークWに生じているかを検出する。この渦電流検出装置は、ワークWに渦電流を発生させて当該渦電流を検出し、加工変質層に対応した渦電流相関値を算出することで、加工変質層の状態を検出する。
【0022】
渦電流検出装置は、図1に示すように、センサ本体10と、測定装置20とを備えて構成される。センサ本体10は、ワークWの表面に接触または接近させるセンサヘッド11を備える。このセンサヘッド11の内部のうち先端側には、励磁兼検出コイル16が設けられ、センサヘッド11の内部のうち後端側には、参照コイル(キャリブレーションコイル)17が設けられている。
【0023】
励磁兼検出コイル16は、励磁によってワークWに渦電流を発生させるとともに、発生した渦電流による磁界をインピーダンスの変化として検出する。ここで、ワークWは、励磁される材料により形成されている。参照コイル17は、インダクタンスブリッジ回路におけるキャリブレーションのために用いるコイルである。この参照コイル17は、励磁兼検出コイル16に直列接続されている。測定装置20は、励磁兼検出コイル16および参照コイル17に電気的に接続されており、ワークWに発生した渦電流相関値を算出する。
【0024】
次に、センサ本体10および測定装置20により形成される電気回路、および、測定装置20の機能ブロックについて図2を参照して説明する。図2に示すように、渦電流検出装置は、第一ハーフブリッジ回路30、第二ハーフブリッジ回路40、交流電源50、電圧計60、演算部70、および、記憶部80を備える。
【0025】
第一ハーフブリッジ回路30は、センサ本体10に含まれるセンサヘッド11の部分に相当する。この第一ハーフブリッジ回路30は、励磁兼検出コイル16と参照コイル17とを直列接続して形成されている。ここで、励磁兼検出コイル16は、自己インダクタンスLsと巻線抵抗Rsとを直列接続された回路として表される。また、参照コイル17は、自己インダクタンスLcと巻線抵抗Rcとを直列接続された回路として表される。
【0026】
第二ハーフブリッジ回路40は、2個の基準抵抗R1,R2を直列接続され、第一ハーフブリッジ回路30に並列接続される。基準抵抗R1,R2は、第一,第二ハーフブリッジ回路30,40により形成されるインダクタンスブリッジ回路の基準状態を調整するために、可変抵抗を用いている。交流電源50は、第一ハーフブリッジ回路30の両端および第二ハーフブリッジ回路40の両端に接続され、交流電圧を印加する。
【0027】
電圧計60は、第一ハーフブリッジ回路30の中点と第二ハーフブリッジ回路40の中点との間の電位差(以下、「中点間電位差」を称する)Vを測定する。この中点間電位差Vは、式(1)にて表される。式(1)において、Zsは、励磁兼検出コイル16のインピーダンスであり、式(2)にて表される。また、Zcは、参照コイル17のインピーダンスであり、式(3)にて表される。Eは、交流電源50の電圧である。ωは、励磁角周波数である。
【0028】
【数1】

【0029】
【数2】

【0030】
【数3】

【0031】
ここで、ワークWは、インダクタンスL-と抵抗Rとの直列回路で擬似的に表すことができる。つまり、センサヘッド11がワークWから十分に離れた位置からワークWに接触または接近すると、励磁兼検出コイル16のインピーダンスZsが変化する。このときのインピーダンスZsの変化量ΔZsは、式(4)にて表される。ここで、式(4)において、Mは、相互誘導係数であり、結合係数kを用いて式(5)にて表される。なお、式(5)において、2つのコイルが完全に磁界を共有しているときには、k=1となり、十分に離れているときには、k=0となる。
【0032】
【数4】

【0033】
【数5】

【0034】
そして、加工変質層のない基準ワークWについて測定した中点間電位差Vがゼロとなるように、基準抵抗R1,R2が調整されている。測定対象のワークWに加工変質層が生じている場合には、励磁兼検出コイル16のインピーダンスZsが変化することに伴って、中点間電位差Vが変化する。このように、中点間電位差Vにより、励磁兼検出コイル16のインピーダンスZsの変化、すなわち渦電流による磁界を検出できる。
【0035】
演算部70は、電圧計60により測定された中点間電位差Vを取得して、中点間電位差Vに基づいて温度補償のための演算を行う。ここで、励磁兼検出コイル16の温度が変化すると、励磁兼検出コイル16のインピーダンスZsが変化する。例えば、R20,L20を20℃における励磁兼検出コイル16の巻線抵抗および自己インダクタンスとした場合に、温度変動後の励磁兼検出コイルの巻線抵抗Rs2および自己インダクタンスLs2は、式(6)(7)のように表される。ここで、αは、巻線抵抗の温度係数であり、βは、自己インダクタンスの温度係数である。このように、励磁兼検出コイル16の温度が変化すると、その巻線抵抗Rsおよび自己インダクタンスLsが変化する。
【0036】
【数6】

【0037】
【数7】

【0038】
そのため、中点間電位差Vは、渦電流の発生による励磁兼検出コイル16のインピーダンスZsの変化に加えて、励磁兼検出コイル16の温度変化によるインピーダンスZsの変化の影響を受ける。そこで、演算部70は、測定された中点間電位差Vから、励磁兼検出コイル16の温度変化による影響分を除外する処理を行う。記憶部80は、演算部70において温度補償のための演算を行うための情報、傾き角度θaを記憶する。ここで、演算部70による処理および記憶部80に記憶される傾き角度θaについて、次に説明する。
【0039】
(演算部による処理について)
次に、演算部による処理について図3および図4のフローチャート、および、図5〜図7のグラフを参照して説明する。演算部70の処理は、図3に示す傾き角度算出処理と図4に示す渦電流相関値算出処理とを行う。
【0040】
演算部70は、最初に、図3に示す傾き角度算出処理を行う。加工変質層が生じていない基準ワークWを対象として、中点間電位差Vの測定を行う(S1)。続いて、中点間電位差Vがゼロとなるような基準抵抗R1,R2の調整を行う(S2)。
【0041】
続いて、加工変質層が生じている仮想ワークWを対象として、当該仮想ワークWを複数の温度にして、それぞれの中点間電位差Vを測定する(S3)。ここで、仮想ワークWの温度を変化すると、仮想ワークWの温度がセンサヘッド11に伝達して、励磁兼検出コイル16の温度が変化する。
【0042】
この測定は、次のように行った。加工変質層の状態が異なる2種類の仮想ワークWを準備し、それぞれの仮想ワークWの温度を変化させて、中点間電位差Vを測定した。ここで、2種類の仮想ワークWについて測定したが、これは本実施形態を分かりやすく説明するために行ったものであり、1種類の仮想ワークWについて行えば足りる。なお、以下においても、2種類の仮想ワークWについて説明する。
【0043】
測定は、励磁周波数を20kHzとし、次の瞬間に行った。(1)仮想ワークWの温度を80℃にした時、(2)80℃にした時から1分後、(3)80℃にした時から2分後、(4)80℃にした時から5分後、(5)80℃にした時から10分後、(6)仮想ワークWを室温である30℃にした時について、測定した。
【0044】
続いて、測定したそれぞれの中点間電位差Vについて、複素平面上における実数成分Re1と虚数成分Im1を算出する(S4)。ここで、式(1)は、式(8)のように、実数成分Reと虚数成分Imとに分けて表すことができる。
【0045】
【数8】

【0046】
そこで、複素平面上に、測定した中点間電位差Vをプロットする。そうすると、それぞれの中点間電位差Vは、図5の黒丸点および黒四角点にて表される。ここで、複素平面上の原点は、図3のS1にて測定した基準ワークWの中点間電位差Vに対応する。そして、図5から分かるように、仮想ワークWの温度が変化すると、中点間電位差Vの実数成分、虚数成分および原点からの絶対値が変化する。
【0047】
続いて、複素平面上にプロットした後には、仮想ワークWについて示す複数の黒丸点に対して例えば最小自乗法により直線近似を行って、近似直線A1を算出する(S5)(近似直線算出工程)。この近似直線A1は、仮想ワークWについて、複素平面上において中点間電位差Vの挙動を表した直線である。また、ここでは、もう一つの仮想ワークWについて示す複数の黒四角点に対して例えば最小自乗法により直線近似を行って、近似直線B1を算出することにする。この近似直線B1は、もう一つの仮想ワークWについて、複素平面上において中点間電位差Vの挙動を表した直線である。
【0048】
そして、近似直線A1,B1は、実数軸および虚数軸に対して傾斜している。そこで、実数軸に対する近似直線A1の傾き角度θa(=θ1)を算出する(S6)(傾き角度算出工程)。この傾き角度θaを記憶部80に記憶する。なお、実数軸に対する近似直線B1の傾き角は、θ2である。ここで、θa,θ2は、いずれも負の角度である。そして、近似直線A1と近似直線B1とは、ほぼ平行になっていることが分かる。このように、加工変質層の状態が異なる場合であっても、実数軸に対する近似直線の傾き角度θaは、ほぼ同一となる。そこで、一つの仮想ワークWについてのみ測定することで、傾き角度θaを算出することができる。
【0049】
ここで、複素平面上において、傾き角度θaがゼロになるように、近似直線A1,B1を回転座標変換した場合について、図6を参照して説明する。図6において、図5に示す近似直線A1,B1を二点鎖線にて示し、近似直線A1,B1に対して角度θを回転させる。ここで、回転角度θは、図5の傾き角度θaを逆回転する角度、すなわち傾き角度θaの正負を逆にした角度である。
【0050】
図6の実線にて示すように、回転変換後の近似直線A2は、実数軸に平行になり、回転変換後の近似直線B2は、実数軸にほぼ平行になる。つまり、近似直線A2,B2上の虚数成分は、常に一定となる。このように、温度が変化しているにも関わらず、測定した中点間電位差Vの座標に対して角度θを回転させることで、回転後の座標の虚数成分は、温度の影響を受けない値となることが分かる。
【0051】
そこで、演算部70は、傾き角度算出処理の次に、図4に示す渦電流相関値算出処理を行う。ここでは、実際の測定対象物としてのワークWを対象とし、中点間電位差Vを測定する(S11)。続いて、複素平面上において、測定した中点間電位差Vの座標、すなわち実数成分Re1および虚数成分Im1を算出する(S12)。
【0052】
続いて、中点間電位差Vの座標(Re1,Im1)に対して、傾き角度θaを逆回転させる回転座標変換を行う(S13)(回転座標変換工程)。つまり、中点間電位差Vの座標(Re1,Im1)に対して、角度θを回転させる。そうすると、図7に示すように、かつ、式(9)に示すように、中点間電位差Vの変換後座標は、(Re2,Im2)となる。そして、変換後の虚数成分Im2を渦電流相関値として出力する(S14)(渦電流算出工程)。
【0053】
【数9】

【0054】
ここで、励磁兼検出コイル16の温度を変化させたときに、複素平面上において、図6に示すように、回転座標変換後の座標(Re2,Im2)の挙動は、実数軸に平行な近似直線A2,B2となる。つまり、複素平面上において、変換後座標の虚数成分Im2は、励磁兼検出コイル16の温度が変化したとしても変化しない値となる。従って、変換後座標の虚数成分Im2を渦電流相関値として出力することで、当該渦電流相関値は、励磁兼検出コイル16の温度に依存しない値となる。励磁兼検出コイル16の温度が変化したとしても、高精度に渦電流相関値を取得することができる。そして、渦電流相関値は、ワークWに生じている加工変質層の状態に応じた値である。従って、本実施形態によれば、高精度に加工変質層の状態を把握することができる。
【0055】
また、実際に測定において、励磁兼検出コイル16の温度が変化する要因は、測定対象物としてのワークWの温度変化であると考えられる。そこで、近似直線A1を算出する際において、仮想ワークWの温度を変化させることにより、励磁兼検出コイル16の温度を変化させた状態で中点間電位差Vを測定するようにしている。これにより、実際の測定の状態に近い状態における温度依存状態を把握することができる。従って、高精度に渦電流相関値を取得できる。
【0056】
<第二実施形態>
上記実施形態においては、演算部70による傾き角度算出処理は、仮想ワークWを実際に複数の温度に変化させて中点間電位差Vを測定し、傾き角度θaを算出した。この他に、以下に説明する処理を適用することもできる。本実施形態における傾き角度算出処理について、図8〜図10を参照して説明する。
【0057】
図8に示すように、傾き角度算出処理は、励磁兼検出コイル16の温度を実際に変化させることで、励磁兼検出コイル16の温度特性を測定する(S21)。具体的には、励磁兼検出コイルの温度を変化させたときの、励磁兼検出コイル16の巻線抵抗Rsおよび自己インダクタンスLsを測定する。この測定結果を図9に示す。図9に示すように、自己インダクタンスLsおよび巻線抵抗Rsは、いずれも、温度が高くなるほど僅かに大きくなっている。そして、図9より、式(6)(7)おける励磁兼検出コイル16の巻線抵抗Rsの温度係数αおよび自己インダクタンスLsの温度係数βを算出する。
【0058】
続いて、励磁兼検出コイルの温度特性に基づいて、複素平面上において、中点間電位差Vの挙動に相当する近似直線C1,D1を算出する(S22)。ここで、近似直線C1は、表1において、測定対象物に相当する試験体P(仮想ワークW)の欄に記載する演算条件により算出した。また、近似直線D1は、表1において、測定対象物に相当する試験体Q(仮想ワークW)の欄に記載する演算条件により算出した。なお、2種類の試験体P,Qについて近似直線C1,D1を算出したが、これは本実施形態を分かりやすく説明するために行ったものであり、1種類の試験体Pについて行えば足りる。
【0059】
【表1】

【0060】
近似直線C1,D1は、図10の実線にて示すようになる。つまり、近似直線C1,D1は、実数軸および虚数軸に対して傾斜している。そこで、実数軸に対する近似直線C1,D1の傾き角度θaを算出する(S23)(傾き角度算出工程)。この傾き角度θaを記憶部80に記憶する。ここで、傾き角度θaは、正の角度である。そして、近似直線C1と近似直線D1とは、平行になっていることが分かる。このように、加工変質層の状態が異なる場合であっても、実数軸に対する近似直線の傾き角度θaは、同一となる。そこで、試験体Pについてのみ演算することで、傾き角度θaを算出することができる。
【0061】
本実施形態によれば、励磁兼検出コイル16のインダクタンスLsおよび巻線抵抗Rsの温度特性を把握できれば、演算により、複素平面上の中点間電位差Vを取得することができる。そこで、当該温度特性を測定することで、近似直線C1,D1を演算により算出するようにしている。これにより、より容易に近似直線C1,D1を取得することができる。
【0062】
<その他>
なお、上記実施形態においては、実数軸に対する傾き角度θaを算出し、回転座標変換後の座標のうち虚数成分Im2を渦電流相関値とした。この他に、虚数軸に対する傾き角度θaを算出し、回転座標変換後の座標のうち実数成分Re2を渦電流相関値としてもよい。この場合も、上記同様の効果を奏する。
【符号の説明】
【0063】
16:励磁兼検出コイル、 17:参照コイル、 30:第一ハーフブリッジ回路、 40:第二ハーフブリッジ回路、 50:交流電源、 60:電圧計、 70:演算部、 A1,B1,C1,D1:中点間電位差の近似直線、 W:測定対象物、 θa:傾き角度


【特許請求の範囲】
【請求項1】
渦電流検出装置を用いて測定対象物に発生させた渦電流を検出する渦電流検出方法であって、
前記渦電流検出装置は、
前記測定対象物に渦電流を発生させて当該渦電流による磁界を検出する励磁兼検出コイルと、前記励磁兼検出コイルに直列接続された参照コイルとにより形成される第一ハーフブリッジ回路と、
2個の基準抵抗を直列接続され、前記第一ハーフブリッジ回路に並列接続された第二ハーフブリッジ回路と、
それぞれの前記ハーフブリッジ回路の両端に交流電圧を印加する交流電源と、
2つの前記ハーフブリッジ回路の中点間電位差を測定する電圧計と、
を備え、
前記渦電流検出方法は、
前記測定対象物に相当する仮想対象物を対象とし、かつ、前記励磁兼検出コイルの温度を変化させたときに、複素平面上において前記中点間電位差の挙動を表した近似直線を算出する近似直線算出工程と、
前記複素平面上において実数軸または虚数軸に対する前記近似直線の傾き角度を算出する傾き角度算出工程と、
実際の前記測定対象物を対象として、前記複素平面上において前記中点間電位差の座標を算出し、当該座標に対して前記傾き角度を逆回転させる回転座標変換を行い、変換後座標の実数成分または虚数成分を算出する回転座標変換工程と、
前記実数成分または虚数成分を渦電流相関値として出力する渦電流算出工程と、
を備える渦電流検出方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記近似直線算出工程は、前記仮想対象物を対象として前記励磁兼検出コイルの複数の温度に変化させたときにそれぞれの前記中点間電位差を取得し、取得したそれぞれの前記中点間電位差を複素平面上にプロットし、プロットした複数点を直線近似することにより前記近似直線を算出する渦電流検出方法。
【請求項3】
請求項2において、
前記近似直線算出工程は、前記仮想対象物の温度を変化させることにより、前記励磁兼検出コイルの温度を変化させて、前記中点間電位差を取得する渦電流検出方法。
【請求項4】
請求項1において、
前記近似直線算出工程は、前記励磁兼検出コイルのインダクタンスおよび巻線抵抗についての温度特性を測定し、前記温度特性に基づいて前記近似直線を算出する渦電流検出方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか一項において、
前記測定対象物に発生する渦電流は、前記測定対象物に生じている加工変質層の状態に応じて変化し、
前記渦電流相関値は、前記加工変質層の状態に対応する値であり、
前記渦電流検出方法は、前記測定対象物に生じている加工変質層の状態を検出する渦電流検出方法。
【請求項6】
測定対象物に発生させた渦電流を検出する渦電流検出装置において、
前記測定対象物に渦電流を発生させて当該渦電流による磁界を検出する励磁兼検出コイルと、前記励磁兼検出コイルに直列接続された参照コイルとにより形成される第一ハーフブリッジ回路と、
2個の基準抵抗を直列接続され、前記第一ハーフブリッジ回路に並列接続された第二ハーフブリッジ回路と、
それぞれの前記ハーフブリッジ回路の両端に交流電圧を印加する交流電源と、
2つの前記ハーフブリッジ回路の中点間電位差を測定する電圧計と、
前記中点間電位差に基づいて渦電流相関値を算出する演算部と、
を備え、
前記演算部は、
前記測定対象物に相当する仮想対象物を対象とし、かつ、前記励磁兼検出コイルの温度を変化させたときに、複素平面上において前記中点間電位差の挙動を表した近似直線を算出する近似直線算出手段と、
前記複素平面上において実数軸または虚数軸に対する前記近似直線の傾き角度を算出する傾き角度算出手段と、
実際の前記測定対象物を対象として、前記複素平面上において前記中点間電位差の座標を算出し、当該座標に対して前記傾き角度を逆回転させる回転座標変換を行い、変換後座標の実数成分または虚数成分を算出する回転座標変換手段と、
前記実数成分または虚数成分を前記渦電流相関値として出力する渦電流算出手段と、
を備える渦電流検出装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−53984(P2013−53984A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−193557(P2011−193557)
【出願日】平成23年9月6日(2011.9.6)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】