説明

温度感受性アルコール脱水素酵素を有する酵母及び有機酸の製造方法

【課題】従来のアルコール脱水素酵素を破壊した酵母を用いた有機酸、特に乳酸の発酵生産においては、糖含有培地での生育速度を維持したまま、乳酸の製造を行うことが出来ず、糖資化性を維持したまま、高い対糖収率で効率的に有機酸を製造することが可能な変異型アルコール脱水素酵素を有する酵母が望まれていた。
【解決手段】本発明は、野生型アルコール脱水素酵素のアミノ酸配列の一部が変異されたアミノ酸配列からなる変異型アルコール脱水素酵素を有し、温度感受性を示すことを特徴とする酵母を提供する。本酵母を培養することにより、エタノールの副生産を抑え、従来より高い対等収率で有機酸を製造することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変異型アルコール脱水素酵素を有する酵母及び該酵母を用いた有機酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵母は古くから酒造やパンの製造など発酵食品に利用されてきた微生物であるが、遺伝子組換えDNA技術や分子育種技術の進歩により、他種微生物や動植物、昆虫などの外来生物種由来の遺伝子を発現させたり、また、その遺伝子組換え酵母を培養することにより本来の主要発酵生産物であるエタノール以外の物質を発酵生産する基礎技術の開発が進んでいる。
【0003】
一方、近年高まりつつある資源循環型社会への志向の中で、バイオマスを原料としたポリマーに注目が集まっており、中でもポリ乳酸(以下、PLAと略すことがある)は優れた性質を有することが明らかになってきている。このPLAの原料である乳酸の生産技術としては、ラクトバチラス(Lactobacillus)属やラクトコッカス(Lactococcus)属等、乳酸菌と総称される微生物を用いた発酵生産法が主流である。しかし、これら乳酸菌は原料糖に対する生産乳酸量の収率には優れるものの酸に対する耐性が低く、酸性物質である乳酸を多量に蓄積させるためには培養時に炭酸カルシウムや水酸化アンモニウム、あるいは水酸化ナトリウムなどのアルカリによる中和行程を必要とする。
【0004】
しかし、この中和操作により乳酸ナトリウムや乳酸カルシウムなどの乳酸塩が生じるため、その後の精製工程において乳酸塩を乳酸に戻す操作が必要になり、その処理には多大なコストが生じる。
【0005】
そこで、酸に耐性のある酵母を用いて乳酸を生産させることができれば中和操作の軽減が期待され、低コストで乳酸を生産できる可能性がある。しかし、酵母は元来乳酸生産能を持たないことから、酵母による乳酸生産を可能にするためには遺伝子組み換え技術により外来生物種由来の乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子を酵母に導入しなければならない。例えば、L-乳酸の生産については、外来のL-乳酸脱水素酵素遺伝子を酵母サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)属に導入し、L-乳酸を高生産させる試みが既に報告されている(特許文献1)。この手法では、解糖経路を経て原料グルコースをピルビン酸まで代謝した後、L-乳酸脱水素酵素によってピルビン酸を乳酸に還元する。
【0006】
しかし、元来酵母はピルビン酸からアセトアルデヒドを経由してエタノール発酵を行う微生物であるため、乳酸脱水素酵素遺伝子を導入しただけの酵母を用いた生産方法では、目的の乳酸だけではなく乳酸発酵では副産物となるエタノールも著量蓄積するという問題点を抱えている。これは、ピルビン酸がエタノール生産につながるピルビン酸脱炭酸酵素と、乳酸生産を触媒する乳酸脱水素酵素の共通の基質であることに起因する。これを解決するために、ピルビン酸からアセトアルデヒドに還元する酵素であるピルビン酸脱炭酸酵素アイソザイムの遺伝子座に乳酸脱水素酵素遺伝子を組み込むことにより、ピルビン酸からアセトアルデヒドを経由したエタノールの発酵を減少させ、ピルビン酸から乳酸への還元反応を強化する試みがなされているが、エタノール発酵の十分な抑制には至っていない(特許文献2)。
【0007】
一方で、サッカロマイセスゲノムデータベースによると、ピルビン酸からアセトアルデヒドへ還元するピルビン酸脱炭酸酵素をコードする遺伝子にはPDC1、PDC5、PDC6の3種類のアイソジーンが存在し、うちPDC1とPDC5のみが酵母細胞内においてピルビン酸脱炭酸酵素活性を有するとされている。しかし、両者はオートレギュレーション機構によりお互いを相補しており、いずれかを破壊しても酵母細胞内におけるエタノール生産は一定量維持される(非特許文献1)。一方、全てのピルビン酸脱炭酸酵素アイソザイム遺伝子を破壊した酵母は、乳酸発酵の原料となる糖を資化することが出来ない(非特許文献1)。
【0008】
また、アセトアルデヒドからエタノールへ還元するアルコール脱水素酵素遺伝子にも複数のアイソザイムの存在が確認されている。しかし、アルコール脱水素酵素遺伝子座を破壊した酵母はグリセロールを著量蓄積してしまう上に、グルコース資化能力が低下して生育速度が非常に遅くなるため、グルコースを用いた乳酸の発酵生産には適さない(非特許文献2)。また、アルコール脱水素酵素アイソザイムの一つをコードする遺伝子座を、乳酸脱水素酵素遺伝子により破壊して乳酸生産を行った報告があるが、導入する乳酸脱水素酵素の活性の強さや遺伝子背景の異なる酵母を用いた場合はやはりグルコース資化能力の問題が解決できない(特許文献3)。
【特許文献1】特開2003−093060号公報
【特許文献2】特開2003−334092号公報
【特許文献3】特開2006−006271号公報
【非特許文献1】ヨーロピアン ジャーナル オブ バイオケミストリー(European Journal of biochemistry)、188巻、p615-621、1990年
【非特許文献2】ジャーナル オブ バクテリオロジー(Journal of Bacteriology)、172巻、第7号、p3909-3917、1990年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のように、アルコール脱水素酵素を破壊した酵母を用いた有機酸、特に乳酸の発酵生産においては、糖含有培地での生育速度を維持したまま、乳酸の製造を行うことが出来なかった。本発明は、糖資化性を維持したまま、高い対糖収率で効率的に有機酸を製造することが可能な変異型アルコール脱水素酵素を有する酵母、及び該酵母を用いた有機酸の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、酵母がエタノール発酵を行う場合に発現するアルコール脱水素酵素について着目して鋭意検討し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は、野生型アルコール脱水素酵素のアミノ酸配列の一部が置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなる変異型アルコール脱水素酵素を有する酵母であって、該変異型アルコール脱水素酵素が、培養温度を変えることにより細胞内のアルコール脱水素酵素活性が消失又は低下する温度感受性を示すことを特徴とする酵母を提供するものである。
【0012】
また、本発明は、該酵母を培養することを含む有機酸の製造方法、好ましくは乳酸の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、本発明の変異型アルコール脱水素酵素を有する酵母を、変異型アルコール脱水素酵素が感受性を示さない温度で培養することにより糖資化性を維持したまま酵母を増殖させることができ、該変異型アルコール脱水素酵素が感受性を示す温度で培養することによってエタノール発酵を抑えた有機酸発酵が可能になり、効率的に有機酸を製造することができる。
【0014】
本発明の変異型アルコール脱水素酵素を有する酵母を既知の方法により改良し、該酵母を培養することにより、更に高い対糖収率で有機酸を製造することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明は、野生型アルコール脱水素酵素のアミノ酸配列の一部が置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなる変異型アルコール脱水素酵素を有し、該変異型アルコール脱水素酵素が、培養温度を変えることにより細胞内のアルコール脱水素酵素活性が消失又は低下する温度感受性を示す酵母と、該酵母を用いた有機酸の製造方法である。
【0016】
本発明においてアルコール脱水素酵素とは、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)とアセトアルデヒドを酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)とエタノールに変換する活性を持つタンパク質である。
【0017】
酵母は、アルコール脱水素酵素をコードする遺伝子として、複数のアイソジーンを持っているが、生産に使用する酵母細胞内で最も高いアルコール脱水素酵素活性を有するアルコール脱水素酵素遺伝子を用いることが好ましい。具体的には、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)では、サッカロマイセスゲノムデータベース(Saccharomyces Genome Database)に登録されているアルコール脱水素酵素遺伝子のアイソジーンとして、ADH1、ADH2、ADH3、ADH4、ADH5、ADH6、ADH7等が知られており、これらのうち、ADH1遺伝子を用いることが好ましい。ADH1遺伝子は酵母の第15番染色体左腕に存在し、サッカロマイセスゲノムデータベースにおいてはYOL086Cと命名された全長1047bpの遺伝子である。本遺伝子はアルコール脱水素酵素タンパク質をコードすることが可能であり、グルコースなど糖源の取り込みに応答して誘導され、細胞質に発現する。
【0018】
本発明の酵母が有するアルコール脱水素酵素は、野生型アルコール脱水素酵素のアミノ酸配列の一部のアミノ酸、好ましくは1個ないし数個のアミノ酸が、置換、欠失、挿入及び/又は付加により変異されたアミノ酸配列からなる変異型アルコール脱水素酵素を有する。ここで、置換、欠失、挿入、付加の変異は、いずれか単独の変異であってもよく、又はこれらの複数の組合せであってもよい。
【0019】
変異型アルコール脱水素酵素としては、ADH1遺伝子によってコードされる野生型アルコール脱水素酵素の変異型が好ましく、配列番号1に示される野生型アルコール脱水素酵素1の変異型であることがさらに好ましい。より具体的には、本発明の酵母が有する好ましいアルコール脱水素酵素は、配列番号2、配列番号3又は配列番号4に示されるアミノ酸配列からなる変異型アルコール脱水素酵素である。
【0020】
本発明の酵母が有する変異型アルコール脱水素酵素の温度感受性とは、変異型アルコール脱水素酵素を持つ酵母が、野生型アルコール脱水素酵素を持つ酵母に比較して、ある培養温度では同程度のアルコール脱水素酵素活性を示すが、培養温度を変化させて特定の培養温度以上になるとアルコール脱水素酵素活性の消失又は低下を示す性質をいう。酵母は細胞内においてアルコール脱水素酵素の活性が低下すると糖資化能力が低下し、糖含有培地での生育速度が著しく遅くなることから、後記のように、糖含有培地での生育速度を観察することにより感受性の有無を判別し得る。
【0021】
また、酵母の通常の培養温度は28℃から30℃であり、温度感受性を示す温度が通常の培養温度に近いほど、培養温度を変化させるために必要な熱量が少なくて済み、培養にかかるコストを低減させることが出来るので、好都合である。本発明の好ましい様態においては、温度感受性を示す培養温度は34℃以上であり、より好ましくは32℃以上であり、さらに好ましくは30℃以上である。
【0022】
本発明で使用される酵母は特に限定されるものではないが、サッカロミセス(Saccharomyces)属、シゾサッカロミセス(Schizosaccharomyces)属又はクリベロミセス(Kluyveromyces)属に属する酵母が挙げられる。好ましくはサッカロマイセス(Saccharomyces)属に属する酵母であり、さらに好ましくはサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)である。
【0023】
次に、温度感受性を有する変異型アルコール脱水素酵素を有する酵母株の取得方法について、温度感受性ADH1遺伝子を有する酵母株の場合を例示して記載するが、これは変異を導入する遺伝子がADH1遺伝子に限定されることを意味するものではなく、また酵母株の取得方法はこれに限られるものではない。
【0024】
まず、野生型ADH1遺伝子を破壊した酵母株を作製する。酵母は細胞内で主要なアルコール活性を担うADH1遺伝子座が破壊されるとグルコース、マンノース、フルクトース、シュークロースなどを含む糖を資化する能力が低下し、糖含有培地での生育速度が著しく遅くなる。この形質を利用し、ランダムに変異を導入したADH1遺伝子群から温度感受性ADH1遺伝子のスクリーニングを行うことができる。ランダム変異導入ADH1遺伝子を導入した形質転換酵母群を、グルコース、フルクトース、マンノース、シュークロースなどの糖含有培地上で通常の培養温度(室温〜30℃)で培養すると、変異の導入により活性が消失したADH1遺伝子を持つ酵母株は生育しなくなることから、生育性を観察することにより当該温度において活性を有するADH1遺伝子を持った酵母株のみを選抜し得る。次に、選抜された酵母株群を通常の培養温度以外(30℃以上、もしくは室温以下)で糖含有培地を用いて培養すると温度感受性ADH1遺伝子を持った酵母株は生育しなくなることから、温度感受性ADH1遺伝子が導入された酵母株のネガティブスクリーニングが可能となる。具体的には、例えば形質転換体を25℃で培養し、生育した酵母株について30℃、34℃、37℃におけるグルコース含有培地での生育を確認し、それぞれの温度について感受性を示す酵母を取得することができるが、培養温度の設定はこの限りではない。
【0025】
目的遺伝子座の破壊は、通常酵母に用いられる栄養要求性マーカー遺伝子や、薬剤耐性遺伝子などの選択マーカーを用いたADH1遺伝子座の相同組換えにより実現し得る。例えば、URA3、LEU2, TRP1, HIS3等の栄養要求性マーカー遺伝子(「メソッヅ イン エンザイモロジー(Methods in Enzymology)」、 101巻、p.202-211、G-418薬剤耐性遺伝子(「ジーン(Gene)」、 1083年、26巻、p243-253)を利用することができるが、これに限定されるものではない。
【0026】
アルコール脱水素酵素が温度感受性を示すことを確認する方法としては、感受性温度下で培養した酵母細胞の破砕物について、アルコール脱水素酵素が触媒するエタノールからアセトアルデヒドへの酸化反応を観測し、野生型遺伝子を有する酵母細胞に比較して変異型遺伝子を有する酵母細胞の破砕物の示す活性が低いことを指標とする方法が挙げられる。
【0027】
アルコール脱水素酵素の活性は、測定する温度及びpHの条件を各アルコール脱水素酵素アイソザイムが反応を触媒する環境を考慮して決定し、その条件下におけるエタノールに対する基質親和性を測定することによって評価しうる。例えば、サッカロマイセス・セレビシエのADH1遺伝子のコードするアルコール脱水素酵素の培養温度34℃における酵素活性は、培養温度34℃において培養し得られた培養の破砕物を用いて、pHをトリス塩酸緩衝液を用いてpH8.8に調整し、反応温度を30℃とした環境下で、基質をエタノールとして測定する。活性は、エタノールからアセトアルデヒドへの酸化反応と同時に起こる、酸化型ニコチンアミドジヌクレオチド(NAD+)が還元型ニコチンアミドジヌクレオチド(NADH)に変わる還元反応に起因する波長340nmにおける吸光度変化を観測することによって評価され得る。その際、室温において1分間あたりに1μmolのNADHを減少させる酵素量を1単位(unit)と定義することによりアルコール脱水素酵素の比活性は式(1)であらわせる。ここで、Δ340nmは1分間当たりの波長340nmの吸光度の減少量、6.22は光路長1cmにおけるNADHのミリモル分子吸光係数である。
【0028】
【数1】

【0029】
各培養温度において培養した本発明の変異型酵母細胞と野生型酵母細胞の破砕液について、アルコール脱水素酵素活性の測定を同条件下で行い、算出されたアルコール脱水素酵素の比活性を比較することにより、該培養温度における変異型アルコール脱水素酵素の温度感受性を評価することができる。
【0030】
温度感受性変異酵母株の取得方法には、自然界からのスクリーニングや、ニトロソグアニジン、エチルメタンスルホネート等の薬剤処理、紫外線照射など突然変異を利用した手法や、ポリメレース連鎖反応(PCR反応)を利用した遺伝子工学的手法などがある。これらの中でも、遺伝子工学的手法による取得方法が好ましいが、この方法に限定されるわけではない。
【0031】
特定の遺伝子に変異を導入する方法としてはランダムに変異を導入する方法と部位特異的に変異を導入する方法がある。前者のランダム変異の導入方法としては、例えばPCR反応を利用した手法(「ジャーナル オブ メソッヅ イン セル アンド モレキュラー バイオロジー(Journal of Methods in cell and Molecular Biology)」、1989年、第1巻, p11-15)があり、これはTaq DNA ポリメレースによる遺伝子合成に誤りを起こさせることにより、変異を有する遺伝子が調製される。
【0032】
変異の導入方法として、ギャップ修復法を利用して変異導入標的遺伝子上にランダムに点変異を導入する方法においては、まず、自律複製型ベクター上にクローニングした標的遺伝子について、適当な制限酵素を用いて遺伝子内部に欠失(ギャップ)を持つ開環ベクターを作製する。この開環ベクターを用いて酵母の形質転換を行うと、細胞内の染色体上の当該遺伝子座、もしくは開環ベクターと同時に導入した遺伝子断片と、ギャップ部両側の相同配列を対合させてギャップ内部が修復される。これにより、ベクター上のギャップ内部には、染色体上の当該遺伝子、もしくは同時に導入した遺伝子断片のギャップに相当する領域がクローニングされ、閉環ベクターとなる。
【0033】
変異導入標的領域にランダム変異を導入された変異型ADH1遺伝子は、ADH1遺伝子を搭載した酵母用発現ベクターを適当な制限酵素により切断して得られる変異導入標的領域DNAを削除したベクターと、適当なプライマーを用いてADH1遺伝子領域についてランダム変異を導入しながら増幅した断片を用いて、同時に酵母細胞を形質転換することにより得ることができる。ランダム変異を導入した断片の増幅方法は、例えば、部位特異的変異導入用キットMutan-K(TAKARA社製)を用いる方法や、ランダム変異導入用キットBD Diversify PCR Random Mutagenesis Kit(CLONTECH社製)を用いる方法などがあるが、これに限定されるものではない。
【0034】
ギャップ修復法による変異導入に用いるベクターは、正常な機能を持つADH1遺伝子を自律複製型酵母−大腸菌シャトルベクターにクローニングすることによって得られる。この際、導入されるADH1遺伝子領域には、当該遺伝子の上流域及び下流域に存在する当該遺伝子の発現を調節するオペレーター、プロモーター、ターミネーターおよびエンハンサー等のいわゆる調節配列をも含むことが好ましい。この調節配列によりクローニングしたADH1遺伝子を酵母細胞内で発現させ、また、当該調節配列を含む遺伝子領域を用いて相同組換えによって、取得した変異型ADH1遺伝子を染色体上へのインテグレーションすることができる。遺伝子をクローニングする方法としては、既知の遺伝子情報に基づき、酵母細胞からPCR法を用いて必要な遺伝領域を増幅取得する方法や、ゲノムライブラリーやcDNAライブラリーより酵素活性や相同性を指標としてクローニングする方法が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0035】
上記の変異導入に用いるベクターは、コピー数が少なく、例えば酵母のセントロメアの複製開始点と大腸菌のColE1複製開始点の両方を有しており、また、薬剤耐性遺伝子、URA3等の酵母選択マーカー、および、アンピシリン耐性遺伝子などの薬剤耐性遺伝子を含む大腸菌の選択マーカーを有することが好ましい。例えば、YCp50、pRS315、pRS316、pAUR112またはpAUR123等のベクターが挙げられる。しかしながら、ベクターはこれに限定されるものではない。
【0036】
ベクターと増幅遺伝子断片の酵母への導入方法には、形質転換、形質導入、トランスフェクション、コトランスフェクションおよびエレクトロポレーション等の方法があり、具体的には、例えば、酢酸リチウムを用いる方法(「ジャーナル オブ バクテリオロジー(Journal of bacteriology)」、1983年、153巻、p163-168)やプロトプラスト法(原島俊ら、モレキュラー・セル・バイオロジー(「Molecular Cell Biology」)、1984年、4巻、p771-778)等によって行い得る。また、BIO101社製のALKALI CATION YEAST TRANSFORMATION KIT等を用いても実施し得る。これらのうち、酢酸リチウム法を利用した方法が好ましいが、これに限定されるものではない。
【0037】
また、得られた形質転換体の培養方法は、例えば、「メソッズ イン イースト ジェネティクス(Methods In Yeast Genetics)、1990年 、M.D.ローゼ(M.D. Rose)ら」等に記載されている公知の方法を適用できる。選択培地としては、ベクター導入の指標に利用するマーカー遺伝子の栄養分を含まない最小培地であればどのような培地でもよい。好適には以下の組成の培地: Yeast nitrogen base without amino acids(DIFCO社製) 0.67%, グルコース 2.0%, マーカー遺伝子の栄養成分を除いたdropout mixture(前出「メソッヅ イン イースト ジェネティクス(Methods in Yeast Genetics)」)に記載されている培地が用いられ得るが、これに限定されるものではない。
【0038】
ベクターに搭載した状態で取得した温度感受性変異型ADH1遺伝子について、酵母の染色体ADH1遺伝子座にインテグレーションすることにより、培地中からベクターのマーカーとなっている栄養源を抜いたり薬剤を添加することなく、安定して温度感受性ADH1遺伝子を酵母に保有させ得る。
【0039】
染色体上へのインテグレーションに用いる温度感受性変異型ADH1遺伝子断片は、該遺伝子を含有するベクターを酵母細胞内から回収して調製する。形質転換酵母株からのベクターの回収は、ヒアフォールド(Hereford)法などによって行うことができる。その後、常法に従って、抽出したDNAによりJM109あるいはDH5α等の大腸菌を形質転換することができる。得られた形質転換大腸菌を培養し、ベクターを抽出精製することによって、温度感受性変異型ADH1遺伝子を搭載したベクターを回収し得る。回収したベクターから温度感受性変異型ADH1遺伝子領域を適当な制限酵素によって切断し、得られた遺伝子断片を用いて酵母の形質転換を行い、相同組換えによる染色体へのインテグレーションを行う。
【0040】
本発明の酵母は、さらに有機酸合成酵素を導入することにより、該酵母を用いて有機酸の製造を行うことができる。導入される有機酸合成酵素としては、製造を所望とする有機酸を合成することが可能な酵素であれば特に限定されないが、乳酸脱水素酵素、クエン酸合成酵素、ピルビン酸リン酸化酵素、アルデヒド脱水素酵素等が挙げられる。なかでも乳酸脱水素酵素を好ましく用いることができ、乳酸脱水素酵素が導入された酵母を培養することによって乳酸を、特にL−乳酸脱水素酵素が導入された酵母を培養することによってL−乳酸を製造することができる。
【0041】
導入する乳酸脱水素酵素は、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)とピルビン酸を、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)と乳酸に変換する活性を持つ酵素であれば、原核生物由来であっても高等真核生物由来由来であっても特に限定されない。好ましい乳酸脱水素酵素は、乳酸菌、哺乳類、両生類由来の乳酸脱水素酵素であり、より好ましくはラクトバチラス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチラス・サケイ(Lactobacillus sakei)、ペディオコッカス・アシディラクティス(Pediococcus acidilactici)等の乳酸菌由来、ウシ由来、ヒト由来、ゼノプス・レービス(Xenopus laevis)等のカエル由来の乳酸脱水素酵素であり、これらの中でもゼノプス・レービス(Xenopus laevis)由来の乳酸脱水素酵素がさらに好ましい。また、導入する乳酸脱水素酵素には、該酵素をコードする遺伝子が自然突然変異により一部の塩基配列が変化した遺伝的多型性や、既知の方法を用いて人工的に変異誘発された変異型の遺伝子にコードされた酵素も含まれる。
【0042】
有機酸合成酵素遺伝子の発現様式としては、遺伝子を発現させることができるプロモーターの支配下に該遺伝子が連結されていれば、プラスミドによる発現、または染色体への導入による発現など特に限定されない。
【0043】
プラスミドによる発現としては、有機酸合成酵素遺伝子、好ましくは乳酸脱水素酵素遺伝子を酵母の発現プラスミドに連結し、後述する遺伝子導入の方法に従って該プラスミドによる酵母の形質転換を行う方法が挙げられる。通常、酵母で利用する発現プラスミドは、例えば、酵母の2μmプラスミドの複製開始点(Ori)もしくはセントロメアの複製開始点と大腸菌のColE1複製開始点の両方を有しており、また、例えば、薬剤耐性遺伝子、URA3およびLEU2等の酵母選択マーカー、および大腸菌の選択マーカー(薬剤耐性遺伝子等)を有することが好ましい。また、導入した遺伝子を発現させるために、その遺伝子の発現を調節するオペレーター、プロモーター、ターミネーターおよびエンハンサー等のいわゆる調節配列をも含んでいることが望ましい。例えば、GAPDH(グリセルアルデヒド3’−リン酸デヒドロゲナーゼ)プロモーターおよびGAPDHターミネーターが挙げられる。しかしながら、発現ベクターはこれらに限定されるものではなく、例えば、染色体挿入型のベクターであってもかまわない。
【0044】
また、染色体への導入による発現としては、例えば、有機酸合成酵素遺伝子、さらに好ましくは乳酸脱水素酵素遺伝子を、染色体上の目的箇所に、好ましくはピルビン酸脱炭酸酵素1遺伝子のプロモーターの下流に相同組み換えで挿入する方法が挙げられる。染色体上の目的箇所に有機酸合成酵素遺伝子を相同組換えで挿入する方法としては、有機酸合成酵素遺伝子の上流及び下流に、導入目的箇所に相同的な部分を付加するようにデザインしたプライマーを用いてPCRを行い、得られたPCR断片を用いて酵母の形質転換を行う方法が挙げられるが、これに限定されるものではない。また、形質転換株の選択を容易にするために、上記PCR断片には酵母選択マーカーが含まれることが好ましい。
【0045】
ここで用いるPCR断片を調整する方法は、例えば、下記(1)〜(3)のステップ1〜3の工程により行うことができる。その概略を図1に示す。
【0046】
(1)ステップ1:有機酸酵素遺伝子の下流にターミネーターがつながったプラスミドを鋳型とし、図1に示すプライマー1,2をセットとして有機酸酵素遺伝子及びターミネーターを含む断片をPCRで増幅する。プライマー1は、導入目的箇所の上流側に相同的な配列40bp以上を付加するようデザインし、プライマー2は、ターミネーターより下流のプラスミド由来の配列をもとにデザインする。好ましくは、プライマー1に付加する導入目的箇所の上流側に相同的な配列は、ピルビン酸脱炭酸酵素1遺伝子の上流に相同的な配列である。
【0047】
(2)ステップ2:酵母選択マーカーを持つプラスミド、例えばpRS424、pRS426等を鋳型として、図1に示すプライマー3,4をセットとして酵母選択マーカーを含む断片をPCRで増幅する。プライマー3は、ステップ1のPCR断片のターミネーターより下流の配列と相同性のある配列が30bp以上を付加するようにデザインし、プライマー4には、導入目的箇所の下流側に相同的な配列40bp以上を付加するようデザインする。好ましくは、プライマー4に付加する導入目的箇所の下流側に相同的な配列は、ピルビン酸脱炭酸酵素1遺伝子の下流に相同的な配列である。
【0048】
(3)ステップ3:ステップ1,2で得られたPCR断片を混合したものを鋳型とし、プライマー1,4をセットとしてPCRを行うことにより、両末端に導入目的箇所の上流側及び下流側に相同的な配列が付加された、有機酸合成酵素遺伝子、ターミネーター及び酵母選択マーカーを含むPCR断片が得られる。好ましくは、前記PCR断片は、両末端にピルビン酸脱炭酸酵素1遺伝子の上流及び下流に相同的な配列が付加された、有機酸合成酵素遺伝子、ターミネーター及びマーカー遺伝子を含むPCR断片である。
【0049】
上記で得られた有機酸合成酵素遺伝子発現ベクターまたはPCR断片を酵母に導入するには、形質転換、形質導入、トランスフェクション、コトランスフェクションまたはエレクトロポレーション等の方法を用いることができる。具体的には、例えば、酢酸リチウムを用いる方法やプロトプラスト法等がある。
【0050】
本発明の酵母を用いて有機酸を製造する方法で用いられる有機酸生産培地としては、炭素源を好ましくは1〜20%含有しており、かつ微生物の生育に適した栄養素を含有しているものであれば特に限定されない。使用する酵母株にとって最適な栄養源の組成および配合割合は、簡単な小規模実験により決定することができる。例えば、L-乳酸脱水素酵素遺伝子を導入する発現ベクターを酵母内に保持させるのであれば、選択マーカーによる選択圧をかけた培地を用いることが好ましい。培地としては、例えば、ベクターの持つ選択マーカーに符合するアミノ酸を除去した合成培地などが挙げられる。特に好ましい培地としては、炭素源としてグルコースを1〜20%、窒素源としてアミノ酸非含有酵母窒素源(Yeast Nitrogen Base without amino acid、DIFCO社製)を0.67%含有し、適切なアミノ酸を添加した合成培地である。
【0051】
乳酸脱水素酵素が導入された本発明の酵母を培養することによる乳酸の製造は、例えば、まず、主要なアルコール脱水素酵素活性を担うアルコール脱水素酵素をコードする遺伝子として温度感受性変異ADH1遺伝子のみを持ち、乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子が導入された酵母を、通常の培養温度で前培養を行った後、培養液1%を新しい培地に接種して本培養することにより行うことができる。培養時間は、好ましくは10〜50時間であり、より好ましくは20〜40時間である。培養には、静置、撹拌または振とうのいずれの方法も採用し得る。また、通気条件としては好気、微好気、嫌気のいずれの条件も採用し得る。
【0052】
本発明の酵母のうち変異型ADH1遺伝子及び乳酸脱水素酵素を有する酵母は、培養温度を酵母が正常に生育し得る温度から温度感受性を示す温度へシフトさせていくと、糖源を資化する能力を若干保持している一方で、エタノールを生産するためのアルコール脱水素酵素活性が消失又は低下する温度帯が存在する。培養温度を該温度帯に設定することによって、酵母の増殖が極度に阻害されずに乳酸を生産することが可能であり、該温度帯は好ましくは30〜37℃の範囲の温度である。
【0053】
上記のような条件で酵母を培養することにより、培地中に5〜20%の乳酸を得ることができる。得られた乳酸の測定法に特に制限はないが、例えば、HPLCを用いる方法や、F-キット(ロシュ社製)を用いる方法などがある。
【0054】
得られた培養液中の乳酸は、従来より知られている方法によって、精製することができる。例えば、微生物を遠心分離した発酵液をpH1以下にしてからジエチルエーテルや酢酸エチル等で抽出する方法、イオン交換樹脂に吸着、洗浄した後、溶出する方法、酸触媒の存在下でアルコールと反応させてエステルとしてから蒸留する方法、カルシウム塩やリチウム塩として晶析する方法などがある。
【0055】
本発明の温度感受性変異型ADH1遺伝子が導入された酵母は、例えば一般的に実施される工業化生産に向けた諸検討を行う過程において、更に高い対糖収率でL−乳酸を発酵製造できる酵母種に改良することが可能である。
【実施例】
【0056】
以下に、本発明の具体例を記載するが、本発明は以下の具体例に限定する趣旨ではない。
【0057】
(実施例1:温度感受性変異型ADH1遺伝子を有する酵母の作製)
サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)NBRC10505株のゲノムDNA上に存在するアルコール脱水素酵素遺伝子ADH1をURA3マーカー遺伝子と置換した遺伝子組み換え酵母を二回相同組み換えを用いて作出した。pRS316ベクターDNAを鋳型にし、配列番号5および配列番号6で表される塩基配列からなるDNAをプライマーセットとして用いたPCRにより、URA3マーカー遺伝子の5’上流に配列番号7で示した配列、3’下流に配列番号8で示した配列が付加したDNA断片を増幅させた。PCRは、LA-Taq(タカラバイオ社製)を用いて、鋳型とするベクターDNA1 ngと各プライマー10 pmolを含む反応液を、LA-Taqに添付の指示書に従い調製し、94℃の温度で10分間保温後、94℃で30秒間、55℃で30秒間、72℃で1分間保つサイクルを30回繰り返した後、72℃で4分間保温する条件で行った。増幅したDNA断片はQuantum prep PCR Kleen Spin Columns(Bio-rad社製)を用いて精製した。次に、精製したDNA1 μgを用いてNBRC10505株の形質転換を行った。形質転換はYeastmaker Yeast Transformation System(CLONTECH社製)を用いた酢酸リチウム法により行い、詳細は付属の指示書に従った。宿主とするNBRC10505株は、ウラシル、ロイシン、トリプトファン、ヒスチジン合成能を欠損した株であることから、ウラシル非添加培地上で生育した株を、該DNA断片上にあるURA3マーカー遺伝子の働きにより、ゲノムDNA上のADH1遺伝子座にURA3マーカー遺伝子が挿入された酵母株(以下「Δadh1株」とする)とみなして選抜した。
【0058】
次に、野生型のNBRC10505株より染色体ゲノムを調製した。調製は、Genとるくん(タカラバイオ社製)を使用し、詳細は付属の指示書に従った。得られた染色体ゲノムを鋳型とし、配列番号9と配列番号10に示すプライマーを使用してADH1遺伝子の上流域700 bpとADH1構造遺伝子、及び下流域200 bpを含むDNA断片を増幅させた。遺伝子増幅用プライマー(配列番号9,10)は、5末端側にはSacI認識配列、3末端側にはSmaI認識配列がそれぞれ付加されるようにして作製した。PCRは、LA-taq(タカラバイオ社製)を用いて、鋳型とするベクターDNA10 ng、各プライマー10 pmolを含む反応液をLA-taqに添付の指示書に従い調製し、94℃で10分間保温後、94℃で30秒間、55℃で30秒間、72℃で2分間のサイクルを30回繰り返した後、72℃で4分間保温する条件で行った。
【0059】
増幅した断片をpUC118のHincII/BAP処理断片にライゲーションした。ライゲーションはLigation High(東洋紡社製)を使用し、付属の指示書に従った。続いてライゲーション反応を行った溶液を用いて、コンピテント細胞への形質転換を行った。コンピテント細胞は大腸菌DH5α(タカラバイオ社製)を用い、詳細は付属の指示書に従って行った。得られた培養液は、抗生物質アンピシリン100μg/mLを含有するLBプレートに撒いて一晩培養した。得られた形質転換体を100μg/mLアンピシリンを含有するLB液体培地で一晩培養し、ミニプレップによるベクターDNA調製溶液に対する制限酵素処理による確認を行い、目的とするベクターpUC118_ADH1を得た。
【0060】
次に、pUC118_ADH1を制限酵素SacI/SmaIによって切断し、反応溶液のアガロース電気泳動を行った。紫外線照射によって確認した約2 kbの断片を切り出し、切り出したゲルからDNA断片の抽出を行った。抽出はPCR GFX Column(GEヘルスケア社製)を用いて行った。抽出したDNA断片と、制限酵素SacI/SmaIによる切断処理を行ったpRS316の開環ベクター(約6kb断片)のライゲーションを行った。続いてライゲーション反応を行った溶液を用いて大腸菌DH5αの形質転換、形質転換体の培養、およびミニプレップを行い、目的とするベクターpRS316_ADH1を得た。それぞれの工程は、前述の方法に従った。
【0061】
次に、ギャップ修復法を用いてベクター上のADH1遺伝子に変異を導入するため、pRS316_ADH1について制限酵素BalIとPflFIを用いて切断し、ADH1構造遺伝子内が欠失した開環ベクターを作製した。制限酵素反応溶液のアガロース電気泳動を行い、約7 kbの断片を切り出し、切り出したゲルからDNA断片の抽出を行った。さらに、常法に従ってエタノール沈殿を行った。
【0062】
続いて、ギャップ修復法によって変異を導入するための変異導入ADH1遺伝子断片を作製した。断片の作製は、配列番号11及び12に示すプライマーと、ランダム変異導入用キットBD Diversify PCR Random Mutagenesis Kit(CLONTECH社製)を使用して行った。詳細は付属の指示書に従った。得られた断片は、常法に従ってエタノール沈殿を行い、200 ng/μlに濃縮した。
【0063】
得られた開環ベクター500 ngと変異導入ADH1遺伝子断片1000 ngを用いて、Δadh1株の形質転換を行った。形質転換は、前述の方法に準じた。宿主とするΔadh1株は、糖の資化能力が低下した株であるため、グルコースを含む培地では早く生育することができない。そこで、形質転換後、ウラシルを含まないグルコースを含有した培地SC-URA[100g/L グルコース、6.7% Yeast Nitrogen base w/o amino acids (DIFCO社製)、Drop-out supplement without uracil(シグマ社製)]上で2日目までにコロニーを形成した株を、導入されたpRS316_ADH1ベクターDNA上にある変異型ADH1遺伝子が培養した温度においてアルコール脱水素酵素活性を有する株とみなして選抜した。
【0064】
選抜したpRS316_ADH1ベクターを有した形質転換体をSC-URA培地上に1プレート当たり100コロニー程度になるように撒布して25℃、48時間培養し、これを新しいSC-URA平板培地4枚にレプリカし、25℃、30℃、34℃、37℃で培養し、生育状況を対比比較した。30℃、34℃、37℃のいずれかの培養温度において生育しなくなるコロニーを、ベクター上のADH1が温度感受性になった株とみなして単離した。これらのうち、34℃で温度感受性になる酵母株である「pADH1ts-1株」、「pADH1ts-2株」、「pADH1ts-3株」の3株を取得した。
【0065】
得られた温度感受性ADH1ts株3株について、それぞれからベクターを抽出した。ベクターの抽出はプラスミドレスキュー法(酵母遺伝学実験マニュアル、丸善)を用いた。抽出されたベクターを用いて大腸菌DH5αの形質転換を行い、常法に従って培養液からベクターを取得した。得られたベクターを制限酵素SacI/SmaIによって切断し、切断溶液を用いてΔadh1株の形質転換を行った。得られた培養液は、YPDA平板培地に撒いて25℃、48時間培養した。Δadh1株はグルコースを含むプレートでは生育しないので、生育したコロニーはΔadh1遺伝子座が温度感受性ADH1遺伝子に組み換わっているとみなし、これを温度感受性ADH1が染色体上にインテグレーションされた酵母(ADH1ts-1株、ADH1ts-2株、ADH1ts-3株)とした。
【0066】
また、得られた温度感受性酵母ADH1ts-1株、ADHts-2株、ADH1ts-3株の持つ温度感受性ADH1ts遺伝子座について、ダイターミネーター法を用いてキャピラリー電気泳動によりDNA塩基配列を決定し、その配列からアミノ酸配列を決定したところ、それぞれ配列番号2、3、4に示されるアミノ酸一次配列を持っていることが判明した。
【0067】
(実施例2:温度感受性変異型ADH1遺伝子を有する酵母のアルコール脱水素酵素活性の測定)
実施例1で得られた温度感受性変異型ADH1遺伝子を有する酵母ADH1ts-1株、ADH1ts-2株、ADH1ts-3株について、アルコール脱水素酵素活性を測定した。各株をそれぞれ20mLのYPD液体培地に接種し、30℃、20時間の培養を行った。これらを集菌し、50mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)200μlおよびガラスビーズ(500microns acid washed, SIGMA社製)0.2gを加え、4℃で30分間ボルテックスを行った。ボルテックス後、遠心分離により上清を採取した。それぞれの破砕液上清について、ウシIgG(1.38mg/mL, バイオラッド社製)をスタンダードとして作製した検量線をもとにBCA Protein Assay Kit(ピアス社製)により測定し、タンパク質濃度を決定した。
【0068】
次に、各株のアルコール脱水素酵素活性を測定した。活性測定は、53mM リン酸カリウム緩衝液(pH7.0)、20mM ピルビン酸、0.19mM 還元型ニコチンアミドジヌクレオチド(NADH)、0.21mMチアミンピロリン酸、5.3mM塩化マグネシウムを含む反応液190μlに、得られた上清10μlを添加し、添加後の波長340nmの吸光度の変化を分光光度計(Ultraspec3300Pro, アマシャムバイオサイエンス社製)で測定した。得られた吸光度変化量を前記式(1)のΔ340nmに当てはめ、アルコール脱水素酵素活性をそれぞれのタンパク質濃度で割ることにより、各アルコール脱水素酵素比活性を算出した。この結果を表1に示す。
【0069】
(比較例1:野生型酵母のアルコール脱水素酵素活性の測定)
次に、野生型酵母NBRC10505について、実施例2と同様にアルコール脱水素酵素活性を測定した。この結果を表1に示す。
【0070】
【表1】

【0071】
表1に示す実施例2及び比較例1の結果により、実施例1で得られた温度感受性変異型ADH1遺伝子を有する酵母(ADH1ts-1株、ADH1ts-2株、ADH1ts-3株)では、30℃におけるアルコール脱水素酵素活性が野生株(NBRC10505株)に比較して低下していることが判明した。
【0072】
(実施例3:培養温度30℃での温度感受性変異型ADH1遺伝子を有する酵母による乳酸発酵)
実施例1で作製した形質転換体にL-乳酸脱水素酵素遺伝子を導入し、得られた酵母を用いてジャーファメンターによる発酵試験を行い、L-乳酸生産量を測定して温度感受性変異型ADH1遺伝子を有する酵母の乳酸生産量とエタノール生産量を測定した。
【0073】
本実施例では、L−乳酸脱水素酵素遺伝子として、配列番号13に示す核酸配列を有するヒト由来のL−乳酸脱水素酵素(以下、hLLDH)遺伝子を使用した。
【0074】
まず、hLLDH遺伝子のPCR法によるクローニングを行った。PCRの鋳型とするDNAの調製は、ヒト乳ガン株化細胞(MCF−7)を培養回収後、TRIZOL Reagent(Invitrogen社製)を用いてtotal RNAを抽出し、得られたtotal RNAを鋳型としてSuperScript Choice System(Invitrogen社製)を用いた逆転写反応によりcDNAの合成を行った。これらの操作の詳細は、それぞれ付属のプロトコールに従った。得られたcDNAを、続くPCRの鋳型とした。
【0075】
PCR増幅反応には、Taq DNA Polymeraseの50倍の正確性を持つとされるKOD-Plus polymerase(東洋紡社製)を用い、反応バッファー、dNTPmixなどは付属のものを使用した。上記のDNAの調整方法で得られたゲノムDNA、ファージミドDNA、およびcDNAをそれぞれ50ng/サンプル、プライマーを50pmol/サンプル、およびKOD-Plus polymeraseを1ユニット/サンプルになるように50μlの反応系に調製した。反応溶液をPCR増幅装置iCycler(BIO−RAD社製)により94℃の温度で5分熱変成させた後、94℃(熱変成):30秒、55℃(プライマーのアニール):30秒、68℃(相補鎖の伸張):1分を1サイクルとして30サイクル行い、その後4℃の温度に冷却した。hLLDH遺伝子増幅用プライマー(配列番号14,15)には、5末端側にはXhoI認識配列、3末端側にはNotI認識配列がそれぞれ付加されるようにして作製した。
【0076】
各PCR増幅断片を精製し末端をT4 Polynucleotide Kinase(タカラバイオ社製)によりリン酸化後、pUC118ベクター(制限酵素HincIIで切断し、切断面を脱リン酸化処理したもの)にライゲーションした。ライゲーションは、DNA Ligation Kit Ver.2(タカラバイオ社製)を用いて行った。大腸菌DH5αに形質転換し、プラスミドDNAを回収することによりhLLDH遺伝子がサブクローニングされたプラスミドが得られた。このhLLDH遺伝子が挿入されたpUC118ベクターを制限酵素XhoIおよびNotIで切断し、得られたDNA断片を、図2のフィジカルマップに示す酵母発現用ベクターpTRS11のXhoI/NotI切断部位に導入した。このようにして作製したhLLDH遺伝子発現ベクターを、pHLLDHと示す。
【0077】
pHLLDHを増幅鋳型とし、オリゴヌクレオチド(配列番号16,17)をプライマーセットとしたPCRにより、ヒト由来のL−乳酸脱水素酵素遺伝子及びGAPDHターミネーター配列を含む1.3kbのDNA断片を増幅した(図1のステップ1に相当)。ここで配列番号16は、ピルビン酸脱炭酸遺伝子の上流65bpに相同性のある配列が付加されるようデザインした。
【0078】
次に、プラスミドpRS424を増幅鋳型として、オリゴヌクレオチド(配列番号18,19)をプライマーセットとしたPCRにより、酵母選択マーカーであるTRP1遺伝子を含む1.2kbのDNA断片を増幅した(図1のステップ2に相当)。ここで、配列番号18には、GAPDHターミネーター配列の3’末端側配列の65bpに相同性がある配列が、配列番号19は、ピルビン酸脱炭酸酵素1遺伝子の下流40bpに相同性のある配列が、それぞれ付加されるようデザインした。
【0079】
それぞれのDNA断片を1.5%アガロースゲル電気泳動により分離、常法に従い精製した。ここで得られた各1.3kb断片、1.2kb断片を混合したものを増幅鋳型とし、オリゴヌクレオチド(配列番号:16,19)をプライマーセットとしたPCR法によって、ヒト由来のL−乳酸脱水素酵素遺伝子、GAPDHターミネーター及びTRP1遺伝子が連結された約2.5kbのDNA断片を増幅した(図1のステップ3に相当)。
【0080】
上記のDNA断片を1.5%アガロースゲル電気泳動により分離、常法に従い精製後、該DNA断片を用いて実施例1で得たADH1ts-1株、ADH1ts-2株、ADH1s-3株の形質転換を行った。宿主とするADH1ts-1株、ADH1ts-2株、ADH1s-3株は全てトリプトファン合成能を欠損した株であり、PCR断片の持つTRP1遺伝子の働きにより、トリプトファン非添加培地上でPCR断片の導入された形質転換体の選択が可能である。そこで、形質転換体をトリプトファン非添加培地で培養することにより、ヒト由来のL−乳酸脱水素酵素遺伝子が染色体上のピルビン酸脱炭酸酵素1遺伝子プロモーターの下流に導入されている形質転換株を選択した。
【0081】
上記のようにして得られた形質転換株が、ヒト由来のL−乳酸脱水素酵素遺伝子が染色体上のピルビン酸脱炭酸酵素1遺伝子プロモーターの下流に導入されている酵母であることの確認は下記のように行った。まず、形質転換株のゲノムDNAをゲノムDNA抽出キットGenとるくん(タカラバイオ社製)により調製し、これを増幅鋳型とし、オリゴヌクレオチド(配列番号20,21)をプライマーセットとしたPCRにより、約2.8kbの増幅DNA断片が得られることで確認した。なお、非形質転換株では、上記PCRによって約2.1kbの増幅DNA断片が得られる。以下、上記ヒト由来のL−乳酸脱水素酵素遺伝子が染色体上のピルビン酸脱水素酵素1遺伝子プロモーターの下流に導入された形質転換株を、それぞれ、ADH1ts-1-L株、ADH1ts-2-L株、ADH1ts-3-L株とする。
【0082】
ADH1ts-1-L株、ADH1ts-2-L株、ADH1ts-3-L株をSC-ura液体培地5mLに植菌し、30℃、120rpmで一晩、振盪培養を行い前々培養液とした。さらに、この前々培養全量をそれぞれSC-ura液体培地150mLに植菌し、30℃、120rpmで一晩、振盪培養を行い前培養液とした。得られた前培養液全量を10%グルコース含有SC-ura液体培地2Lにそれぞれ植菌し、中和剤として水酸化ナトリウムを添加しながら添加ながら30℃、120rpm、pH6.0、通気量0.1v.v.m下、40時間でジャーファメンター培養した。乳酸生産量の測定は、Shimadzu Shim-pack SCR-102H 2本(Shimadzu, 8.0 mmI.D.×300 mm L.)により、溶出液として5 mM p-toluenesulfonic acid、反応液として5 mM p-toluenesulfonic acid, 20 mM Bis-Tris and 100 mM を用いて電気伝導度で検出し算出した。また、エタノールの生産量の測定は、Shimadzu GC-2010キャピラリーGC TC-1(GL science) 15 meter L.*0.53 mm I.D., df=1.5 μmを用いて、水素炎イオン化検出器により検出し、評価した。これらの結果を表2に示す。
【0083】
(比較例2:野生型ADH1遺伝子を有する酵母による乳酸発酵)
次に野生型アルコール脱水素酵素を有する酵母株SW073-1D hLDH株を用いて実施例3と同様にジャーファメンターによる発酵試験を行い、L-乳酸生産量とエタノール生産量を測定した。これらの結果を表2に示す。
【0084】
(実施例4:培養温度32℃での温度感受性変異型ADH1遺伝子を有する酵母による乳酸発酵)
実施例3で作製した形質転換体ADH1ts-1-L株を用いて、ADH1ts-1-L株の有するアルコール脱水素酵素が温度感受性を示す培養温度32℃でジャーファメンターによる発酵試験を行い、L-乳酸生産量を測定して温度感受性変異型ADH1遺伝子を有する酵母の乳酸生産量とエタノール生産量を測定した。
【0085】
ADH1ts-1-L株をSC-URA液体培地5mLに植菌し、30℃、120rpmで一晩、振盪培養を行い前々培養液とした。さらに、この前々培養全量をそれぞれSC-URA液体培地150mLに植菌し、30℃、120rpmで一晩、振盪培養を行い前培養液とした。得られた前培養液全量を10%グルコース含有SC-URA液体培地2Lにそれぞれ植菌し、中和剤として水酸化ナトリウムを添加しながら添加ながら32℃、120rpm、pH6.0、通気量0.1v.v.m下、40時間でジャーファメンター培養した。乳酸生産量の測定は、Shimadzu Shim-pack SCR-102H 2本(Shimadzu, 8.0 mmI.D.×300 mm L.)により、溶出液として5 mM p-toluenesulfonic acid、反応液として5 mM p-toluenesulfonic acid, 20 mM Bis-Tris and 100 mM を用いて電気伝導度で検出し算出した。また、エタノールの生産量の測定は、Shimadzu GC-2010キャピラリーGC TC-1(GL science) 15 meter L.*0.53 mm I.D., df=1.5 μmを用いて、水素炎イオン化検出器により検出し、評価した。これらの結果を表2に示す。
【0086】
【表2】

【0087】
表2に示すように、本発明の温度感受性変異型ADH1遺伝子を有する酵母(ADH1ts-1-L株、ADH1ts-2-L株、ADH1ts-3-L株)の培養温度30℃における培養(実施例3)では、野生型アルコール脱水素酵素を有する酵母(SW073-1D LDH株)の同温度での培養(比較例2)に比較して、L-乳酸生産量が上昇し、エタノール生産量が低減する効果が得られたことが確認された。ADH1遺伝子に変異が導入されることで、アルコール脱水素酵素活性が低下し、培養温度を上げることなく通常の培養温度で培養しても糖資化性を維持したまま乳酸の生産性を上昇させる効果が得られたことが確認できた。
【0088】
また、本発明の温度感受性変異型ADH1遺伝子を有する酵母(ADH1ts-1-L株)の培養温度32℃における培養(実施例4)では、培養温度30℃における発酵試験結果(実施例3)よりさらにL-乳酸生産量が上昇し、エタノール生産量が低減する効果が得られたことが確認された。
【0089】
(実施例5:カエル由来LDH温度感受性変異型ADH1遺伝子を有する酵母の作製)
実施例1で作製した温度感受性変異型ADH1遺伝子を有する酵母ADH1ts−2株に、カエル由来のL−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子を導入した酵母を作製し、得られた酵母を用いてジャーファメンターによる発酵試験を行い、乳酸生産量とエタノール生産量を測定した。
【0090】
本実施例では、カエル由来のL−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子として、配列番号22に示す核酸配列を有するゼノプス・レービス(Xenopus Laevis)由来のL−乳酸脱水素酵素(以下、xLLDH)遺伝子を使用した。xLLDH遺伝子のクローニングはPCR法により行った。PCRの鋳型としては、ゼノプス・レービスの腎臓由来cDNAライブラリー(STRATAGENE社製)から付属のプロトコールに従って調製したファージミドDNAを用いた。
【0091】
PCR反応には、KOD−Plus Polymerase(東洋紡社製)を用い、反応バッファー、dNTPmix等は付属のものを使用した。上記のように調製したファージミドDNAを50ng/サンプル、プライマーを50pmol/サンプル、及びKOD−Plus Polymeraseを1ユニット/サンプルになるように添加し、50μlの反応系に調製した。反応溶液をPCR装置iCycler(BIO−RAD社製)により94℃の温度で5分熱変性させた後、94℃(熱変性):30秒、55℃(プライマーのアニール):30秒、68℃(相補鎖の伸長):1分、を1サイクルとして30サイクル行い、その後4℃に冷却した。なお、遺伝子増幅用プライマー(配列番号23、24)には、5‘末端側にはSalI認識配列、3’末端側にはNotI認識配列がそれぞれ付加されるようにして作製した。
【0092】
PCR増幅断片を精製し、末端をT4 Polynucleotide Kinase(タカラバイオ社製)によりリン酸化後、pUC118ベクター(制限酵素HincIIで切断し、切断面を脱リン酸化処理したもの)にライゲーションした。ライゲーションは、DNA Ligation Kit Ver.2(タカラバイオ社製)を用いて行った。ライゲーション溶液を用いて大腸菌DH5αのコンピテント細胞(タカラバイオ社製)を形質転換し、抗生物質アンピシリンを50μg/mLを含むLBプレートに撒布して一晩培養した。生育したコロニーからミニプレップで回収したプラスミドDNAを制限酵素SalI及びNotIで切断後、1%アガロースゲル電気泳動を行い、カエル由来のxLLDH遺伝子が挿入されているプラスミドを選抜した。
【0093】
上記xLLDH遺伝子が挿入されたプラスミドを制限酵素SalI及びNotIで切断した後、1%アガロースゲル電気泳動により分離し、定法に従ってxLLDH遺伝子を含む断片を精製した。得られたxLLDH遺伝子を含む断片を、図2に示す発現ベクターpTRS11のXhoI/NotI切断部位にライゲーションし、上記と同様の方法でプラスミドを回収し、制限酵素XhoI及びNotIで切断することにより、xLLDH遺伝子が挿入された発現ベクターを選抜した。以後、このようにして作製されたxLLDH遺伝子を組み込んだ発現ベクターをpTRS102とする。
【0094】
次に、このpTRS102を増幅鋳型とし、オリゴヌクレオチド(配列番号25、26)をプライマーセットとしたPCRにより、xLLDH遺伝子及びGAPDHターミネーター配列を含む1.3kbのDNA断片を増幅した(図1)のステップ1に相当)。ここで配列番号25は、pdc1遺伝子の上流65bpに相同性のある配列が付加されるようにデザインした。
【0095】
次にプラスミドpRS424を増幅鋳型として、オリゴヌクレオチド(配列番号18、19)をプライマーセットとしたPCRにより、酵母の栄養要求性選択マーカーであるTRP1遺伝子を含む1.2kbのDNA断片を増幅した(図1のステップ2に相当)。ここで、配列番号19はpdc1遺伝子の下流65bpに相同性のある配列が付加されるようにデザインした。
【0096】
それぞれのDNA断片を1.5%アガロースゲル電気泳動により分離し、定法に従って精製した。ここで得られた1.3kb、1.2kbの各断片を混合したものを増幅鋳型とし、オリゴヌクレオチド(配列番号:25、19)をプライマーセットとしたPCR法によって、xLLDH遺伝子、GAPDHターミネーター、及びTRP1遺伝子が連結された約2.5kbのDNA断片を増幅した(図1のステップ3に相当)。上記のDNA断片を1.5%アガロースゲル電気泳動により分離し、定法に従って精製した。以下、このDNA断片をxLLDH−TRP1カセットとする。
【0097】
このxLLDH−TRP1カセットを用いて実施例1で作製したADH1ts−2株の形質転換を行い、トリプトファン非添加培地で培養することにより、xLLDH遺伝子が染色体上のpdc1遺伝子プロモーターの下流に導入されている形質転換株を選択した。
【0098】
上記のようにして得られた形質転換株の染色体において、xLLDH遺伝子がpdc1遺伝子プロモーターの下流に導入されている酵母であることに確認は下記のように行った。まず、形質転換株のゲノムDNAをゲノムDNA抽出キットGenとるくん(タカラバイオ社製)により調製し、これを増幅鋳型とし、オリゴヌクレオチド(配列番号19、配列番号27)をプライマーセットとしたPCRにより、約2.8kbの増幅DNA断片が得られることで確認した。なお、非形質転換株では、上記PCRによって焼く2.1kbの増幅DNA断片が得られる。以下、xLLDH遺伝子が染色体上のpdc1遺伝子プロモーターの下流に導入された形質転換株を、ADH1ts−2−XL株とする。
【0099】
(比較例3 カエル由来LDHと野生型ADH1遺伝子を有する酵母の作製)
実施例5で作製したxLLDH−TRP1カセットを用いてNBRC10505株の形質転換を行い、トリプトファン非添加培地で培養することにより、xLLDH遺伝子が染色体上のpdc1遺伝子プロモーターの下流に導入されている形質転換株を選択した。
【0100】
上記のようにして得られた形質転換株の染色体において、xLLDH遺伝子がpdc1遺伝子プロモーターの下流に導入されている酵母であることに確認を、実施例5と同様に行った。以下、NBRC10505株について染色体上pdc1遺伝子プロモーターの下流にxLLDH遺伝子が導入された形質転換株を、ADH1−XL株とする。
【0101】
(実施例6、比較例4:ジャーファメンターによる発酵試験)
実施例5、比較例3で得られたADH1ts−2−XL株、ADH1−XL株を用いて、それぞれジャーファメンターによる発酵試験を行い、L-乳酸生産量とエタノール生産量を測定した。
【0102】
まず、表3に示した組成を持つSC3培地10mLを試験管に取り、そこに少量のADH1ts−2−XL株又はADH1−XL株を植菌し、30℃で一晩培養した(前々培養)。次に、SC3培地110mLを500ml容三角フラスコにいれ、各前々培養液を全量植菌し、30℃で24時間振とう培養した(前培養)。続いて、SC3培地を1L投入したミニジャーファメンター(丸菱バイオエンジ社製、容量5L)に、前培養開始から24時間後の前培養液を全量植菌し、攪拌速度(120rpm)、通気量(0.1L/min)、温度(32℃)、pH(pH5)を一定にして培養を行った(本培養)。本培養開始後35時間の培養液を遠心分離し、得られた上清を膜濾過した後、実施例4と同様にHPLCによりL−乳酸量を測定した。
【0103】
測定結果から算出したL−乳酸の対糖収率を表4に示す。
【0104】
【表3】

【0105】
【表4】

【0106】
実施例6、比較例4の結果(表4)から、ADH1ts−2遺伝子とカエル由来のxLLDH遺伝子を有する酵母を培養することにより、野生型ADH1遺伝子とカエル由来のxLLDH遺伝子を有する酵母を培養する場合に比較して、高い対糖収率でL−乳酸を製造することができた。
【図面の簡単な説明】
【0107】
【図1】図1は、酵母のpdc1遺伝子座に有機酸合成遺伝子を導入する方法を例示する概略図である。
【図2】図2は、本発明の酵母の作製で用いられる発現ベクターの一例であるpTRS11のフィジカルマップを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
野生型アルコール脱水素酵素のアミノ酸配列の一部が置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなる変異型アルコール脱水素酵素を有する酵母であって、該変異型アルコール脱水素酵素が、培養温度を変えることにより細胞内のアルコール脱水素酵素活性が消失又は低下する温度感受性を示すことを特徴とする酵母。
【請求項2】
前記変異型アルコール脱水素酵素が、培養温度が摂氏34度以上で温度感受性を示すことを特徴とする請求項1に記載の酵母。
【請求項3】
前記変異型アルコール脱水素酵素が、培養温度が摂氏30度以上で温度感受性を示すことを特徴とする、請求項2又は3に記載の酵母。
【請求項4】
前記変異型アルコール脱水素酵素が、配列番号1に示される野生型アルコール脱水素酵素1のアミノ酸配列において、1個から数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなる変異型アルコール脱水素酵素であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の酵母。
【請求項5】
前記変異型アルコール脱水素酵素が、配列番号2、配列番号3又は配列番号4のいずれかに示されるアミノ酸配列からなる変異型アルコール脱水素酵素であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の酵母。
【請求項6】
前記酵母が、サッカロミセス属(Saccharomyces)であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の酵母。
【請求項7】
前記酵母が、サッカロミセス・セレビシエ(Sacharomyces cerevisiae)であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の酵母。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の酵母に、さらに有機酸合成酵素が導入された酵母。
【請求項9】
前記有機酸合成酵素が乳酸脱水素酵素である、請求項8に記載の酵母。
【請求項10】
請求項8に記載の酵母を培養することを含む有機酸の製造方法。
【請求項11】
前記変異型アルコール脱水素酵素が温度感受性を示す温度で培養することを含む、請求項10に記載の有機酸の製造方法。
【請求項12】
請求項9に記載の酵母を培養することを含む乳酸の製造方法。
【請求項13】
前記変異型アルコール脱水素酵素が温度感受性を示す温度で培養することを含む、請求項12に記載の乳酸の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−43325(P2008−43325A)
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−181836(P2007−181836)
【出願日】平成19年7月11日(2007.7.11)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】