説明

温度測定方法及び温度測定装置

【課題】簡単な装置構成により、高精度の温度測定が可能な、温度測定方法及び温度測定装置を提供すること。
【解決手段】加熱炉11内に配置された被測定物体13の温度を測定する温度測定方法及び温度測定装置を提供する。この温度測定装置10は、炉内ガスによる吸収及び放射が起こらない波長を有する単色輝度により、少なくとも被測定物体13の放射エネルギーを計測する輝度計測部14と、輝度計測部14の測定範囲内で当該輝度計測部14の近傍に配置され、加熱炉11内の迷光を補正するための温度既知物体12と、輝度計測部14が計測した被測定物体13及び温度既知物体12の単色輝度を迷光補正して、被測定物体13の温度を求める演算部20と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加熱炉内において被測定物体の温度を非接触で測定する温度測定方法及び温度測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、鉄鋼の熱延鋼板の製造工程では、連続鋳造によって製造されたスラブ等の鋼材(被測定物体)を所定温度に調整するための加熱炉が使用される。この加熱炉へ搬送された鋼材は、加熱炉により所定温度(例えば、1000〜1200℃)に加熱され、その温度を所定時間(例えば、0.5〜1.5時間程度)保持させられる。これにより、例えば鋼材の結晶粒を目的とする大きさに調整することができ、この後、更に圧延等の各処理を加えて製品が完成する。なお、この加熱炉内での鋼材の温度測定には、比較的高温度の測定も可能である非接触型の放射温度計(光表面温度測定手段)が使用されている。
【0003】
しかし、放射温度計で鋼材の表面温度を測定する場合、例えば、加熱炉内部における炉の内壁や火炎からの放射光(熱放射エネルギー)が鋼材表面で反射(迷光)するため、測定される鋼材の表面温度に誤差が生じていた。
【0004】
そこで、例えば、特許文献1には、加熱炉内の鋼材(被加熱鋼材)の表面に対向して遮蔽板を配置し、遮蔽板の中央開口部を通じて入射する鋼材からの放射エネルギーを放射温度計で測定することで、炉壁からの放射温度計への迷光(放射雑音)の回り込みを遮蔽板で遮断し、鋼材の表面温度を測定する方法が開示されている。
【0005】
また、例えば、特許文献2には、鋼材に対して放射光の影響を及ぼす二箇所以上の炉壁部分の温度を測定し、この温度に基づいて鋼材の表面温度を補正して測定する方法が開示されている。
【0006】
【特許文献1】特開61−292528号公報
【特許文献2】特開62−22089号公報
【特許文献3】特開2005−134153号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記特許文献1では、遮光板が配置されるため、被測定物体が移動するような加熱炉には適用しにくい。更に、上記特許文献1では、遮光板により完全に迷光を遮断することは困難であり、迷光の経路によっては、温度測定精度が低下する場合がある。更に、遮蔽板を冷却する必要があり、装置自体の構成が複雑になる。また、上記特許文献2では、火炎による影響等を十分に低減させることが難しく、火炎を使用するような加熱炉には使用しにくく、このような加熱炉に適用した場合、正確な温度測定が困難である。
【0008】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、簡単な装置構成により、高精度の温度測定が可能な、温度測定方法及び温度測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明のある観点によれば、加熱炉内に配置された被測定物体の温度を測定する温度測定方法であって、上記加熱炉内の迷光を補正するための温度既知物体を、輝度計測部の近傍に設置し、上記輝度計測部を用いて、炉内ガスによる吸収及び放射が起こらない波長を有する単色輝度により、上記被測定物体及び上記温度既知物体の放射エネルギーを計測し、計測した上記単色輝度を迷光補正して、上記被測定物体の温度を求めることを特徴とする、温度測定方法が提供される。
【0010】
また、上記被測定物体の温度を求める際に、上記温度既知物体の放射エネルギーと、当該温度既知物体の温度とに基づいて、迷光量を算出し、算出した上記迷光量と、上記被測定物体の放射エネルギーとに基づいて、当該被測定物体の温度を算出してもよい。
【0011】
また、上記輝度計測部は、上記被測定物体及び上記温度既知物体の放射エネルギーの単色輝度分布を所定の画素数の画像として撮像する撮像装置であり、上記温度既知物体は、上記撮像装置が撮像する画像中を占める領域が25画素以上となる位置に配置されてもよい。
【0012】
また、上記温度既知物体は、上記撮像装置が撮像する画像中を占める領域が100画素以上となる位置に配置されることが更に望ましい。
【0013】
また、上記温度既知物体の放射率は、上記被測定物体の放射率に対して前後0.1の範囲内であってもよい。
【0014】
また、上記輝度計測部を用いて、上記加熱炉の炉内壁の放射エネルギーを更に計測し、当該炉内壁と上記温度既知物体との放射エネルギーの差を記録し、記録した上記放射エネルギーの差に基づいて、上記温度既知物体の放射率の経時変化の有無を把握してもよい。
【0015】
また、上記温度既知物体の放射率の経時変化が生じた場合、経時変化後の放射率を算出し、当該経時変化後の放射率を使用して、上記迷光補正を行ってもよい。
【0016】
また、上記温度既知物体は、以下の(A)、(B)及び(C)の条件のうち、少なくともいずれかを満たす位置に配置されてもよい。
(A)炉内迷光分布上、上記被測定物体の位置と迷光量がほぼ同一となる距離だけ炉壁から離隔した位置
(B)上記被測定物体の測定表面に対する角度が、被測定物体の放射率が変化しない角度以上となる位置
(C)上記被測定物体との間に火炎を挟まない位置
【0017】
また、上記課題を解決するために、本発明の別の観点によれば、加熱炉内に配置された被測定物体の温度を測定する温度測定装置であって、炉内ガスによる吸収及び放射が起こらない波長を有する単色輝度により、少なくとも上記被測定物体の放射エネルギーを計測する輝度計測部と、上記輝度計測部の測定範囲内で当該輝度計測部の近傍に配置され、上記加熱炉内の迷光を補正するための温度既知物体と、上記輝度計測部が計測した上記被測定物体及び上記温度既知物体の単色輝度を迷光補正して、上記被測定物体の温度を求める演算部と、を有することを特徴とする、温度測定装置が提供される。
【0018】
また、上記演算部は、上記被測定物体の温度を求める際に、上記温度既知物体の放射エネルギーと、当該温度既知物体の温度とに基づいて、迷光量を算出する迷光算出部と、上記迷光算出部が算出した上記迷光量と、上記被測定物体の放射エネルギーとに基づいて、当該被測定物体の温度を算出する温度算出部と、を有してもよい。
【0019】
また、上記輝度計測部は、上記被測定物体及び上記温度既知物体の放射エネルギーの単色輝度分布を所定の画素数の画像として撮像する撮像装置であり、上記温度既知物体は、上記撮像装置が撮像する画像中を占める領域が25画素以上となる位置に配置されてもよい。
【0020】
また、上記温度既知物体は、上記撮像装置が撮像する画像中を占める領域が100画素以上となる位置に配置されることを特徴とする、請求項11に記載の温度測定装置。
【0021】
また、上記温度既知物体の放射率は、上記被測定物体の放射率に対して前後0.1の範囲内であってもよい。
【0022】
また、上記輝度計測部は、上記加熱炉の炉内壁の放射エネルギーを更に計測し、当該炉内壁と上記温度既知物体との放射エネルギーの差が記録される記憶部と、上記記憶部に記録された上記放射エネルギーの差に基づいて、上記温度既知物体の放射率の経時変化の有無を把握する放射率変更部と、を有してもよい。
【0023】
また、上記放射率変更部は、上記温度既知物体の放射率の経時変化が生じた場合、経時変化後の放射率を算出し、上記演算部は、当該経時変化後の放射率を使用して、上記迷光補正を行ってもよい。
【0024】
また、上記温度既知物体は、以下の(A)、(B)及び(C)の条件のうち、少なくともいずれかを満たす位置に配置されてもよい。
(A)炉内迷光分布上、上記被測定物体の位置と迷光量がほぼ同一となる距離だけ炉壁から離隔した位置
(B)上記被測定物体の測定表面に対する角度が、被測定物体の放射率が変化しない角度以上となる位置
(C)上記被測定物体との間に火炎を挟まない位置
【発明の効果】
【0025】
以上説明したように本発明によれば、簡単な装置構成により、高精度の温度測定が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0027】
<A.関連技術>
まず、本発明の一実施形態に係る加熱炉内の被測定物体(温度測定対象物体)の温度を測定する温度測定方法について説明する前に、図10及び図11を参照しつつ、関連技術について説明する。図10及び図11は、関連技術に係る温度測定方法について説明するための説明図である。
【0028】
加熱炉内において被測定物体の表面温度を非接触で測定する場合には一般には放射温度計等、物体表面からの熱放射エネルギーを計測する方法が用いられる。しかしながら、加熱炉内には炉の内壁や火炎等からの放射エネルギーが存在する。この放射エネルギーが被測定物体の表面で反射して放射温度計等のセンサーに入射する。従って、放射温度計等は、被測定物体からの熱放射エネルギーと、内壁や火炎等からの放射エネルギーが被測定物体の表面で反射した反射エネルギーとの合計に相当する温度を表示するので、反射エネルギーに相当する温度の誤差が生ずる。この反射エネルギーは、迷光、反射光、外部光、背光、迷光雑音等種々の名称で呼ばれているが、いずれも同じものであり、以下「迷光」と記す。
【0029】
例えば、外気条件下や室温条件下での測定では、大気や室内の壁が発する放射エネルギーは、高温の被測定物体の放射エネルギーに比して小さいので迷光誤差が問題になることはない。しかしながら、高温の火炎や炉壁を有する加熱炉においては、迷光による誤差が大きく、このために、正確な温度測定が困難であった。
【0030】
迷光の影響を補正して真の物体温度を得る方法が開発されている。この関連技術に係る方法によれば、図10に示すように、まず、加熱炉11内に温度既知物体12を置き、演算手段18により、その物体12の既知温度から熱放射理論により算出される表面輝度と、その物体12の見掛け輝度の測定値との差異に基づいて、加熱炉11内迷光量を定量する。そして更に、演算手段18により、カメラを有する放射型温度計等の光表面温度測定手段14により計測される被測定物体13の見掛けの輝度から、加熱炉11内迷光量を差し引いて被測定物体の真の放射エネルギーを算出して温度を得る。そして、その温度が温度表示部19により表示される。このような関連技術としては、例えば、上記特許文献3が挙げられる。
【0031】
この方法において、容易に考えうるのは、迷光の補正誤差を小さくするために、被測定物体の近傍に温度既知物体を置いて比較する形態である。
【0032】
しかし、そのような形態では、以下のような問題がある。
問題(1):被測定物体が移動する場合には、その近傍に温度既知物体を置くことが難しい。
問題(2):温度既知物体を被測定物体の近傍、即ちカメラから離れた位置に置くと、画像の中の温度既知物体の画素数が少なくなる。
【0033】
上記問題(1)について説明する。
被測定物体が移動する場合、例えばウォーキングビーム式加熱炉等では、被測定物体の動きによって温度既知物体が破損する恐れがある。この対策として、被測定物体の移動に応じて遮蔽板が移動する機構を設ければ測定システム自体が複雑となり、実用的でない。
【0034】
上記問題(2)について説明する。
例えば、被測定物体が離れた位置に配置されたり、比較的小さい被測定物体の温度を計測するためには、被測定物体を撮像可能なように、ある程度の解像度を有する撮像装置を使用する必要がある。撮像装置として例えば40万画素のカメラを用いた場合、1画素の視野角は幅0.08度、高さ0.08度程度の小さい領域となる。温度既知物体をカメラから離れた位置に置くと、画像中を占める温度既知物体の領域が非常に小さくなるため、1画素の出力は空間的、時間的変動、信号処理系の外乱等の影響を受け、いくらかのバラツキを生ずる。
【0035】
図11に1画素単位の出力のバラツキの一例を示す。図11に示すように、1画素単位の出力のバラツキは大きく、このバラツキにより計測精度が低下してしまう恐れがある。従って、高い計測精度を得るためには、単一画素でなく、領域を定めてその領域内の画素の平均値をとる必要があり、少なくとも5×5画素、望ましくは10×10画素以上の平均をとるべきである。
【0036】
しかし、例えばカメラから6メートル離れた被測定物体の近傍に温度既知物体を配置する場合を考えると、1画素当りの視野角0.08度に相当する幅は10ミリメートル程度になる。10×10画素の平均をとるためには、100×100ミリメートルの領域の平均をとらなければならない。
【0037】
一方、温度既知物体12としては、図10に示すように、保護管17付き熱電対温度計16を用いることが実用的であり、これは、通常、直径約20〜30ミリメートル程度の大きさであるので、100×100ミリメートルの大きな温度既知物体を設置するのは非現実的である。
【0038】
本発明者らは、従来の温度測定装置やこの関連技術に係る温度測定装置について鋭意研究を行った結果、上記のような問題(1)及び問題(2)等の課題に想到した。この課題に対し、発明者らは、以下に示す手段などにより、温度既知物体、例えば保護管付き熱電対を、被測定物体近傍でなく、撮像装置の近傍に設置することにより、迷光の影響を更に効果的に補正することが可能な温度測定方法を発明した。
【0039】
<B.一実施形態に係る温度測定方法>
以下、本発明の一実施形態に係る温度測定方法について説明する。
この温度測定方法は、上述の関連技術に係る温度測定方法を前提に、大きく分けて以下の1〜3のような特徴を有する。
【0040】
特徴1.迷光を補正するための温度既知物体を、撮像装置の近傍に設置し、かつ、被計測物体の放射エネルギーの計測する際、炉内ガスによる吸収及び放射が起こらない波長を選択してその単色輝度を計測し、得られた単色輝度を迷光補正して温度を求める。
特徴2.温度既知物体は、その大きさが撮像装置の画素数において少なくとも25画素、望ましくは100画素以上となるような位置に配置される。
特徴3.温度既知物体は、その放射率が被測定物体の放射率に対して前後0.1の範囲となる材質を用いる。
【0041】
この各特徴について順次説明しつつ、本実施形態に係る温度測定方法について説明する。
【0042】
(B−1.特徴1)
特徴1.迷光を補正するための温度既知物体を、撮像装置の近傍に設置し、かつ、被計測物体の放射エネルギーの計測する際、炉内ガスによる吸収及び放射が起こらない波長を選択してその単色輝度を計測し、得られた単色輝度を迷光補正して温度を求める。
【0043】
なお、この特徴1において、「炉内ガスによる吸収及び放射が起こらない波長」とは、完全に吸収及び放射が起こらないという意味ではなく、他の波長に比べて吸収及び放射が起こりにくい波長を意味する。また、「単色輝度」や「単波長」とは、全波長ではないという意味で、例えば波長の選択精度などにより所定の幅の波長の輝度をも含むものとする。この特徴1及び本実施形態に係る温度測定方法による温度測定過程について説明すると、以下の通りである。
【0044】
例えば、温度既知物体と被計測物体とが接近している場合には両者に入射する迷光量はほぼ等しいので、温度既知物体の計測結果から得られた迷光量が被計測物体にも照射されるものとして、計測した被計測物体の放射エネルギーを補正すればよい。しかし、本実施形態の如く両者が離れている場合には、迷光量の相等性は必ずしも保障されない。
【0045】
そこで、本実施形態の方法では、温度既知物体と被測定物体の迷光量の相等性を確保するために、大きく分けて下記の手段を用いる。
【0046】
手段1)炉内ガスによる吸収・放射が起こらない波長を選択し、単波長の測定を行う。
手段2)炉内の温度分布等による誤差の理論的評価を可能にするために、放射伝熱の理論を厳密に適用して迷光補正計算式を作成する。
【0047】
(手段1)
以下、各手段について具体的に述べる。
燃焼炉内には燃料の燃焼によって生じた二酸化炭素や水蒸気などが存在し、これらのガス体は、炉内の放射エネルギーを吸収し、また、自己の温度に応じたエネルギーを放射する。ガスの温度は、炉内の位置によって異なるので、炉内迷光量は、位置によって異なる。しかし、二酸化炭素や水蒸気等のガスが吸収・放射するのは、スペクトルのうちいくつかの特定の波長域に限られている。従って、二酸化炭素の吸収・放射波長域と水蒸気の吸収・放射波長域とを共に避けた波長を計測すれば、炉11内ガスの影響を含まない迷光補正が可能である。
【0048】
そこで、本実施形態では、上記条件を満たす波長、例えば1μmの単波長を計測することによって、温度既知物体と被測定物体との位置が離れている条件下での迷光補正を可能とした。尚、本実施形態の如く、迷光補正の目的で単波長条件を必須とする例は、先例がない。
【0049】
(手段2)
単波長を用いることに従って、迷光を補正するための計算は、一般的な放射伝熱計算で用いられるStefan−Bolzmannの式でなく、単波長の放射エネルギーを計算するPlankの式を用いる。具体的には下記の手順1〜7により計算する。
【0050】
手順1)事前に、オフラインの黒体標準炉を用いて、撮像装置の出力と黒体輝度との関係式を作成する。
【0051】
先ず、黒体標準炉の温度をT[K]に保持する。Planckの法則(下記式1)により温度Tにおける黒体輝度Eを計算する。
【0052】
【数1】

【0053】
ここで上記式1の各定数等は、以下の通りである。
E :波長λの黒体輝度[W/m
λ :波長[m]
T :温度[K]
C1:定数 3.74×10−16[W/m
C2:定数 0.014387[μm・K]
【0054】
次に、撮像装置で黒体標準炉の標準温度点を計測し、撮像装置の出力Lを得る。温度Tを変えて順次同様の計測を行い、EとLの関係式を最小2乗法等により作成する。ここでは、このEとLの関係式を下記式2とする。
【0055】
【数2】

【0056】
この式2が表す関係式は、個々の撮像装置固有の特性式を意味するので、新たな撮像装置を導入したとき撮像装置毎に作成する必要がある。ただし撮像装置に固有の特性であるので、この手順1は1回実施すれば、それ以降再度行なう必要はない。また、本実施形態では、計測波長λとして、例えば1μmの波長を用い、その波長の選択には、光学フィルタを使用することができる。しかしながら、計測波長λは、他の波長であってもく、波長の選択方法は、光学フィルタ以外にも例えば特定の波長のみを撮像する撮像素子を使用したり、撮像装置に含まれる特定の波長を画像解析により抽出する等、様々な方法を使用することができることはいうまでもない。
【0057】
手順2)実際の炉において、温度既知物体例えば保護管付き熱電対の温度T[K]から、下記式3のようにPlanckの法則により黒体輝度Eを算出する。
【0058】
【数3】

【0059】
手順3)撮像装置により、温度既知物体を計測し、出力Lを得る。オフラインにて作成した上記特性式(式2)により、出力Lに該当する輝度を計算する。
【0060】
この手順3で計算される輝度は、迷光の反射を含む見掛けの輝度であり、放射伝熱学の分野で射度と呼ばれる量に該当する。これをGと表す。つまり、この輝度Gは、下記式4で表される。
【0061】
【数4】

【0062】
手順4)上記EとGから下記の式5により、迷光量Jを計算する。
【0063】
【数5】

【0064】
この式5中、εは温度既知物体の放射率である。
ここで、この式5の導出過程について述べる。温度Tの物体表面から放射される単色放射量Aは、Planckの法則から計算される黒体輝度Eに、物体表面の放射率εを乗じたものである。即ち、単色放射量Aは、下記式6で表される。
【0065】
【数6】

【0066】
また、炉内迷光(外来照射)Jが物体表面で反射される量Bは、放射伝熱理論より、下記の式7で表される。
【0067】
【数7】

【0068】
撮像装置で計測される「見掛けの輝度」Gは上記AとBの合計であるので下記式8で表される。
【0069】
【数8】

【0070】
この式を変形すると、迷光量Jを算出する式9が得られる。よって、この式9にE,G及びεを代入して、上記式5が導出される。
【0071】
【数9】

【0072】
手順5)撮像装置により、被測定物体を計測し、出力Lを得る。そして、上記特性式(式2)により、出力Lに該当する輝度を計算する。これは、迷光の反射を含む見掛けの輝度である。これをGと表す。つまり、この輝度Gは、下記式10で表される。
【0073】
【数10】

【0074】
手順6)上記Gと上記手順4)項で算出した迷光量J(式5)から、下記の式11により被測定物体の黒体輝度Eを計算する。
【0075】
【数11】

【0076】
εは被測定物体の放射率である。
ここで、この式の導出過程について述べる。
上記手順4)項で導出した下記の式12(上記式8)を用い、この式を変形して黒体輝度Eを求めると、上記の式11が得られる。
【0077】
【数12】

【0078】
手順7)このEから、下記Planckの法則の逆関数(式13)を用いて、被測定物体の温度T[K]を求める。
【0079】
【数13】

【0080】
ここで、Logは自然対数である。
ここに述べた迷光補正方法(手順1〜手順7)を用いることによって、温度既知物体と被測定物体との距離が離れている場合においても、被測定物体の温度を求めることが可能である。以下、その理由を述べる。
【0081】
温度既知物体及び被測定物体からの放射エネルギーは、物体自身からの放射量と炉内から受けた迷光の反射量との和であり、上述の手順4)項で導出した式8の如く、温度既知物体及び被測定物体の夫々について下記の式14及び式15で表される。
【0082】
【数14】

【0083】
ここで、添字1は温度既知物体、添字2は被測定物体を表す。夫々の式の右辺第1項は物体自身からの放射量、第2項は炉内からの迷光の物体表面での反射量である。
【0084】
上記関連技術においては、放射エネルギーの差ΔG(=G−G)を加減算することによって補正を行ない、上記2つの式14及び式15において、見掛けの輝度Gと黒体輝度Eとの関係が同じであることを利用して輝度Eを求めて被測定物体の温度を得ている。従って、上記関連技術の方法においては、上記2つの式のεとεが等しく、かつ、(1−ε)Jと(1−ε)Jが等しいことが要件となる。即ち、温度既知物体と被測定物体の放射率が等しく、測定波長帯域に亘る迷光量Jの合計が等しいことが要件であるので、迷光が等しいことが明確であるような近傍に両者を置くことが必要である。それに対して、本実施形態の温度測定方法においては、上記補正計算手順の説明に示した如く、両式の相等性は要件ではない。即ち、炉内で迷光量に差が少ない単波長を使用するので、上式の第2項(1−ε)Jと(1−ε)Jとが等しい必要はなく、放射率ε及び迷光Jが位置によって異なっても、測定誤差を低減することが可能である。
【0085】
一般に加熱炉で加熱する材料は、金属材料の場合は表面が酸化するために放射率が高く、非金属材料の場合は材料そのものの放射率が高い。通常、被加熱物の放射率は0.8を上回る値である。そのため、εに較べて(1−ε)が小さく、上式の第1項εEに較べて第2項(1−ε)Jが小さくなる。従って、温度既知物体位置の迷光Jと被測定物体位置の迷光Jに若干の差があっても、相対的に値が小さい第2項に差が生ずるだけであるので、式の計算結果への影響は小さい。また、本実施形態では、計測波長λを、炉内ガスによる吸収・放射が少ない波長に設定する。従って、温度既知物体位置の迷光Jと被測定物体位置の迷光Jとの差を非常に小さくすることができる。よって、本実施形態では、温度既知物体と被測定物体とを近接して配置しなくても、J=Jとして計算することが可能である。なお、JとJの差異は10%程度異なっていても誤差には大きな影響はない。なぜならば、放射率0.8程度で、Jの差異が0.2程度ならば、上記の式の右辺の差異は(1−0.8)×10%=2%程度の影響に過ぎないからである。
【0086】
以上の理由により、単波長の測定を行う本実施形態の温度測定方法を用いれば、迷光に若干の差異がある位置に温度既知物体を置いても、精度を大きく落とすことなく温度計測が可能である。即ち、被測定物体の近傍に温度既知物体を置く必要はない。
【0087】
(B−2.特徴2)
特徴2.温度既知物体は、その大きさが撮像装置の画素数において少なくとも25画素、望ましくは100画素以上となるような位置に配置される。
【0088】
この特徴2について説明すると、以下の通りである。
上記問題(2)に示した如く、関連技術では、撮像装置の1画素が占める領域が小さいため、1画素の出力は、例えば空間的・時間的変動・信号処理系の外乱等の影響を受け、いくらかのバラツキを生ずる。温度既知物体の1画素単位の出力の実測値を図1に示す。
【0089】
図1に示す実測値の標準偏差を算出するとσ=11℃であった。よって、1画素のみの測定値を用いて迷光補正を行えば、誤差が大きく、実用に耐えないことは明らかである。そこで、本実施形態の温度測定方法では、複数の画素の平均値を取り、その平均値で補正計算を行なうことにより、このような問題を解決することができる。
【0090】
以下、この特徴2を導出した発明者らの考察に基づいて、具体的な条件を説明する。
上述の通り、1画素単位の標準偏差は11℃であった。統計学の法則によればn個の平均値をとった場合の標準偏差は、その個数の平方根に逆比例するので、25画素の平均をとれば、標準偏差は5分の1の約2℃となる。100画素の平均値をとれば、100の平方根10に逆比例するので、10分の1の約1℃となる。
【0091】
炉内の温度計測においては、標準偏差2℃であれば概ね実用可能であり、1℃であれば、十分である。よって、少なくとも25画素(例えば5×5画素)、望ましくは100画素(例えば10×10画素)以上の画素数が得られる位置に温度既知物体を置く必要がある。
【0092】
温度既知物体としては、例えば、保護管付き熱電対を用いるのが適当である。加熱炉で用いられる保護管付き熱電対の外径は20〜30mm程度であるので、計測範囲は四角形の場合は縦横10mm程度、円形の場合は直径10mm程度の範囲となる。
【0093】
一方、撮像装置として、例えば、一般的に用いられる画素数40万個程度のCCDカメラでは、1画素の視角は約0.08度×0.08度程度である。よって、5×5=25画素を見る視角は、0.4度×0.4度となる。tan0.4度=0.0070であるので、0.4度×0.4度の視角に10mm×10mmの範囲を写すためには、10mm/0.0070=1400mmよりカメラに近い位置に置かなければならない。
【0094】
温度既知物体の被測定部位の大きさが10mmの場合について計算したが、大きさが異なる場合についても同様の計算を行えば、温度既知物体を置くべき位置は、被測定部分の大きさYに対し撮像装置からの距離Xは、下記式16を満たすことが望ましい。
【0095】
【数15】

【0096】
このような考察に基づいて、本発明者らは、上記特徴2を導き出した。従って、本実施形態では、温度既知物体は、その大きさが撮像装置の画素数において少なくとも25画素(例えば5×5画素)、望ましくは100画素(例えば10×10画素)以上となるような位置に配置される。換言すれば、温度既知物体は、温度既知物体の被測定部分の大きさをYとし、その撮像装置からの距離をXとした場合、Xは、上記式16を満たすように設定される。更に具体的には、このXは、撮像装置として画素数40万個程度のCCDカメラを使用し、かつ、Yを10mmとした場合、1400mmよりも小さい値に設定される。その結果、本実施形態に係る温度測定方法では、撮像装置の測定誤差を低減させて、温度測定精度を向上させることができる。
【0097】
(B−3.特徴3)
特徴3.温度既知物体は、その放射率が被測定物体の放射率に対して前後0.1の範囲となる材質を用いる。
【0098】
この特徴3について説明すると、以下の通りである。
本発明の発明者らは、本実施形態の温度測定方法について、計測条件が種々に変わった場合の計測結果、即ち迷光補正後温度の誤差について理論的検討を行なった。
【0099】
検討条件は、長さ12m、高さ2.5mの燃焼炉にて、炉内壁温度1200℃、炉床に置かれた被測定物体の温度900℃、被測定物体の放射率0.86として、炉内の放射伝熱計算を行ない、上記特徴1及び特徴2を満たす条件下での各面の放射伝熱量及び反射迷光量の理論値を求めた。計算の手法は、甲藤好郎著「伝熱概論」(養賢堂)p.377−p.382に示された手順を用いた。
【0100】
その計算結果に、上述の特徴1で説明した迷光補正計算方法を適用し、温度既知物体の位置を長手方向の炉内左壁位置を原点0m点とし、その0m点から右側へ12m点まで2m毎に変化させた場合の迷光補正値を計算した。撮像装置の位置は左側0m点とし、被測定物体の位置は炉長手方向の中心、つまり6m点とした。計算結果を図2に示す。図2に示した放射率εは温度既知物体の放射率であり、被測定物体の放射率は0.86に固定している。
【0101】
図2に示すように、この計算結果によれば、例えば温度既知物体の放射率が被測定物体の放射率0.86と等しい場合、温度既知物体の位置がどこであろうとも、被測定物体の補正後温度は、被測定物体の真の温度900℃に対して、3℃以内の差異に収まる。
【0102】
しかし、被測定物体と温度既知物体との放射率εに差がある場合は、差異が大きくなることが判る。被測定物体の放射率ε=0.86に対して温度既知物体の放射率が0.81〜0.91即ち前後0.05の範囲では、真の温度900℃に対して、±6℃であるが、温度既知物体の放射率が0.76〜0.96即ち前後0.1の範囲では±13℃程度となる。
【0103】
実用性を考慮して10℃程度までの誤差を許容すれば、温度既知物体の放射率は、温度や放射率のレベルにより若干異なるが、被測定物体放射率の前後0.1程度以内となる材質を選定すべきであり、望ましくは前後0.05程度以内とすれば更に測定誤差を低減させることができる。
【0104】
一方、上記関連技術では、温度既知物体の輝度によって迷光を補正する方式が採用されている。この関連技術において、被測定物体と温度既知物体との位置関係は明示されていないが、実施例として例示された図においては被測定物体の近傍に温度既知物体を置いており、実施形態として両者を近傍に置くことが想定されていると考えられる。
【0105】
発明者らの知見によれば、上述のように、例えば被測定物体の温度が900℃、炉内壁の温度が1200℃のように、被測定物体と炉内壁との温度に大きな差がある場合、炉壁近傍では炉壁からの迷光の影響を強く受ける。しかし、温度既知物体の放射率と被測定物体の放射率とが同程度の場合には、その影響は小さくなる。これを図3に示す。図3には、上記図2中の温度既知物体の放射率εが、被測定物体と等しい0.86の場合の計算結果と、その値から離れた0.76の場合の計算結果とを示した。つまり、図3において●のプロットは、被測定物体と温度既知物体との放射率が同程度の場合の例であり、×のプロットは、温度既知物体の放射率が被測定物体と異なる場合の例である。ここでも、被測定物体は炉の中心即ち6m点に置いた。
【0106】
図3に示すように、放射率が異なる場合は、温度の誤差が大きくなるのみでなく、炉壁近傍と中央との差が大きくなることがわかる。この理由により、上記関連技術では、放射率の規定がないために、明示されていないものの、実施態様として、被測定物体の近傍に温度既知物体を置かざるを得なかったものと考えられる。
【0107】
しかし、本実施形態では、温度既知物体の放射率を規制することにより、図3の●プロットに示される如く、6m点においた被測定物体から離れた位置に温度既知物体を置いても誤差の小さい測定が可能である。
【0108】
以上、本発明の一実施形態に係る温度測定方法が有する特徴1〜3について説明した。この本実施形態に係る温度測定方法は、上記特徴1〜3に加えて、更に、測定精度を維持向上させるために、以下のような特徴4,5をも有する。
【0109】
特徴4.放射率の経時変化への対処
特徴5.炉内の迷光量分布等から規定される温度既知物体の位置
【0110】
そこで次に、この特徴4,5について説明する。
【0111】
(B−4.特徴4)
特徴4.放射率の経時変化への対処
【0112】
この特徴4について説明すれば、以下の通りである。
温度既知物体として金属保護管付き熱電対を用いた場合は、長期間の使用などによる酸化の影響によって、温度既知物体の放射率が、若干変化する可能性がある。また、セラミック製保護管付き熱電対を用いた場合では酸化の恐れはないが、煤や炉内ダスト等の付着による放射率変化の可能性は排除できない。そこで、本実施形態に係る温度測定方法では、このような温度既知物体の放射率の経時変化に対して、以下に示す手段により対処することができる。
【0113】
(手段1)
手段1)放射率の経時変化の把握方法
一般に物体表面の放射率を測定するためには迷光の無い条件下でその物体の温度と輝度を測定する必要がある。よって、炉内に設置したままでは放射率の把握は困難である。しかし、炉の操業条件が一定ならば炉内の迷光量分布に変動は無く、温度既知物体からの放射輝度と炉の内壁からの放射輝度の関係は一定と考えられる。この現象を利用し、撮像装置の視野内の炉内壁輝度と温度既知物体輝度との差を長期的に記録し、同一温度条件での傾向管理を行なうことによって放射率の経時変化の有無を把握、管理することができる。例えば、炉内壁輝度と温度既知物体輝度との差の変化が、所定の閾値を超えた場合などに、温度既知物体の放射率が変化したと判断することができる。そして、放射率が変化した場合、温度測定精度を保つために、以下の手段2による対処を採ることができる。
【0114】
(手段2)
手段2)放射率の経時変化が生じた場合の対処方法
温度既知物体を新品に交換することが最良の手段である。交換することが不可能であり、かつ、上記手段1の傾向管理データから放射率の変化値が推定できる場合には、以下の方法によって補正してもよい。即ち、上述の特徴1の手段2)で導出した迷光量Jを計算する以下の式17(上記式5)において、標準の放射率εの代わりに経時変化後の放射率εを用いた式18により、迷光量Jを計算する。
【0115】
【数16】

【0116】
迷光量Jを計算した後は、上記特徴1の手順5)項以降を、前述の計算手順に従って計算し、迷光補正後温度を算出する。この方法によって放射率の経時変化に対する補正計算を行なった例を図4に示す。図4に示すように、温度既知物体の放射率が、基準の放射率0.86に対して経時的に上昇した場合、補正後の温度は低下していく。しかしながら、本実施形態に係る温度測定方法によれば、上記の特徴4を用いて計算することにより、正しい温度900℃の出力を得ることができる。
【0117】
つまり、本実施形態に係る温度測定方法は、この特徴4を有することにより、温度既知物体の放射率の経時変化等による影響を低減させて、長期間の使用に対しても、温度測定精度を維持させることができる。
【0118】
(経時変化後の放射率ε
なお、ここで使用した経時変化後の放射率εは、以下のように導き出すことができる。
上述の通り、手段1では、撮像装置の視野内の炉内壁輝度と温度既知物体輝度との差を長期的に記録する。この際、炉内において放射率の経時変化が比較的安定して変化がほとんど無いとみなされる部位、例えば長期間補修改修を行っていない炉壁の輝度と、温度既知物体輝度との差もあわせて記録する。以下、この部位を「比較部位」ともいう。なお、炉内壁が比較部位である場合、手段1で記録する炉内壁輝度を比較部位の輝度とすることができる。
【0119】
ここで比較部位の見掛けの輝度をGwとし、温度既知物体輝度をGtとする。つまり、比較部位輝度Gwと温度既知物体輝度Gtとの差ΔG(=Gt−Gw)の変化を長期間記録することになる。なお、撮像装置が計測する「見掛けの輝度G」は、上記式8で表されるので、初期の温度既知物体(Gt)、初期の比較部位(内壁等)(Gw)、長期間経過後の温度既知物体(Gt)、長期間経過後の比較部位(Gw)の見掛け輝度は、夫々下記のようになる。
【0120】
【数17】

【0121】
この式A1中、Etは、温度既知物体の黒体輝度、Jtは、温度既知物体の迷光量、ε、比較部位の放射率、Ewは、比較部位の黒体輝度、Jwは、比較部位の迷光量である。ここで、比較部位は、放射率の経時変化が比較的安定して変化がほとんど無いとみなされる部位であるため、比較部位の放射率は、期間経過前後においてεで一定となる。また、測定時の温度を一定とすることにより、既知物体の黒体輝度Etも、期間経過前後において変化しない。更に、炉内迷光条件が大きく代わることは少ないため、既知物体の迷光量Jt及び比較部位の迷光量Jwも、期間経過前後において変化しない。
【0122】
この式A1より、初期の輝度差ΔGと、期間経過後の輝度差ΔGとは、以下式A2と式A3とのようになる。
【0123】
【数18】

【0124】
よって、輝度差ΔGの経時変化量(ΔG−ΔG)は、下記式A4のように計算できる。
【0125】
【数19】

【0126】
この式A4より、温度既知物体の放射率の変化量(ε−ε)は、見掛け輝度差の経時変化量(ΔG−ΔG)に比例することが判る。
【0127】
ここで、(ε−ε)と(ΔG−ΔG)との比例定数をK(=Et−Jt)とすると、この比例定数Kは、以下のように求めることができる。
【0128】
Etは、温度既知物体の黒体輝度であるため、既知の温度値から、上記式3により計算することができる。一方、Jtは、温度既知物体の受ける迷光量であるため、上記式4と式5により、撮像装置の出力Lから算出することができる。従って、これらの測定及び計算を予め行うことにより、比例定数K(=Et−Jt)を求めることができる。また、式A4は、下記式A5のように計算できる。
【0129】
【数20】

【0130】
よって、この式A5に、算出した比例定数Kと、見掛け輝度差の経時変化量(ΔG−ΔG)とを代入することにより、経時変化後の温度既知物体の放射率εを求めることができる。なお、長期間経過後の比較計算は、比例定数Kを算出した炉内条件で行うので、EtとJtは変わらないものとすることができ、予め算出した比例定数Kを、例えば温度既知物体を交換するまで使用することが可能である。
【0131】
なお、この経時変化後の温度既知物体の放射率εを計算は、炉内の状況(温度および迷光量)が同等の条件であるデータを用いて行われる必要がある。よって、測定して記録した長期間のデータのうちの既知温度計温度及び比較部位(炉壁内面等)の温度が初期とほぼ同等であり、かつ、炉の操業条件(炉内迷光条件)がほぼ同一である時間帯のデータを多数抽出し、その平均値を用いて、放射率εを計算することが望ましい。また、データの分散から統計的手法によって結果の確かさの検定を行うことも可能である。
【0132】
(B−5.特徴5)
特徴5.炉内の迷光量分布等から規定される温度既知物体の位置
【0133】
118
この特徴5について説明すれば、以下の通りである。
上記の如く、本実施形態では、炉内ガス等による反射・吸収が起こらない波長を使用するなどにより、温度既知物体は被測定物体の近傍に配置される必要はないが、この波長においても、炉内の迷光は位置による分布がある。そこで、本実施形態に係る温度測定方法では、測定精度を更に高めるために、温度既知物体は、被測定物体位置の迷光量と同等の迷光量となる位置に置く。迷光分布等による温度既知物体の位置の制約は、次の3つの条件によって規定される。
【0134】
(条件1)炉内迷光分布上、被測定物体の位置と迷光量がほぼ同一となる位置
(条件2)被測定物体の測定表面に対する角度が、被測定物体の放射率が変化しない角度以上となる位置
(条件3)被測定物体との間に火炎を挟まない位置
【0135】
以下、夫々の条件について述べる。
【0136】
(条件1)
(条件1)炉内迷光分布上、被測定物体の位置と迷光量がほぼ同一となる位置
炉の内壁に温度分布がある場合、炉内壁近傍では、近くの炉内壁の温度の影響を強く受けるため、迷光量が炉内の一般部分とは異なる場合がある。一部の炉内壁温度が異なる場合について、発明者らのデータに基づいて、迷光量を算出した結果を図5に示す。炉内壁温度1200℃に保持した炉において、一部の炉内壁を1100℃としたときの迷光分布である。図5の横軸は1100℃の炉壁からの距離である。炉内壁より0.25m未満の領域における迷光量は、他の位置の迷光量と著しく異なる。そこで、本実施形態に係る温度測定方法では、温度既知物体を炉内壁から0.25m以上離れた位置に配置することにより、炉内壁の温度分布による炉内迷光分布による影響を低減して、温度測定精度を更に向上させることができる。
【0137】
(条件2)
(条件2)被測定物体の測定表面に対する角度が、被測定物体の放射率が変化しない角度以上となる位置
一般的には、物質によっては、表面の放射率が、放射方向によって異なる場合がある。これは例えば化学工学便覧改訂3版の図2.81に例示されている。一方、本実施形態に係る温度測定方法では、温度既知物体と被測定物体とを撮像装置の同一視野内に置いて、輝度の比較によって補正計算を行なう。従って、被測定物体の放射率が温度既知物体の放射率に対して変化しないよう、被測定物体の測定表面に対する角度が、放射率が変化しない範囲の角度となる位置に、温度既知物体を配置して両者を撮像装置の視野内に収めなければならない。
【0138】
このような問題点に想到した発明者らは、被測定物体として鋼材を用い、種々の角度に温度既知物体を配置して、被測定物体の温度測定を上述の方法で行い、誤差の大きさから、角度の限界を判定した。その結果、図6に示す如く、この角度は、13度以上にすることが必要であるとの結論が得られた。
【0139】
そこで、本実施形態に係る温度測定方法では、被測定物体の測定表面に対する角度が13度超過となる位置に、温度既知物体を配置することにより、被測定物体の放射率の変化による温度測定への影響を低減させて、温度測定精度を更に向上させることができる。
【0140】
(条件3)
(条件3)被測定物体との間に火炎を挟まない位置
本実施形態では、燃焼ガス中の熱放射ガスである二酸化炭素と水蒸気の放射スペクトルを避けた単色光例えば波長1μmの放射を計測するので、全波長放射測定型の温度計に較べて、火炎の影響は受けにくい。しかし、火炎には熱放射性のフリーラジカル等が含まれるので、被測定物体との間に火炎が介在すると迷光補正誤差が生ずる可能性がある。そこで、本実施形態に係る温度測定方法では、被測定物体と温度既知物体及び撮像装置との間に火炎を挟まない位置関係を保持することにより、火炎による影響を低減させる。この位置関係は、本技術を適用する炉の被測定物体と火炎との位置関係により規定される。具体的には、図7に示すように、被測定点(被測定物体)から火炎の端までの水平距離をX、被測定点から火炎下端までの高さをY、被測定点から温度既知物体までの水平距離をX、高さをYとするとき、温度既知物体の位置は、下記式19を満たすように設定される。
【0141】
【数21】

【0142】
以上、条件1〜3を総合し、炉内の迷光分布等によって規定される、温度既知物体の位置は、下記の様に示される。
【0143】
つまり、この位置は、
(条件1)炉の内壁からの距離が0.25m以上であり、
(条件2)被測定点と温度既知物体とのなす角度が、被測定点の表面に対して13度以上であり、
(条件3)被測定点から火炎の端までの水平距離をX、被測定点から火炎までの高さをY、被測定点から温度既知物体までの水平距離をX、高さをYとするとき上記式19を満たすように設定される。
【0144】
この温度既知物体の位置を例示すれば、図7の斜線範囲である。本実施形態に係る温度測定方法は、この範囲内に温度既知物体を配置することにより、被測定物体の温度測定精度を更に向上させることができる。
【0145】
以上、本発明の一実施形態に係る温度測定方法について説明した。
次に、このような方法を実際に実行する本実施形態に係る温度測定装置について説明する。
【0146】
<C.一実施形態に係る温度測定装置>
図7に示すように、温度測定装置10は、加熱炉11内に配置された被測定物体13の温度を測定する。図7では、加熱炉11として、バーナ15によって加熱を行う炉を例示しているが、本実施形態に係る温度測定装置10を適用可能な加熱炉11は、この例に限定されるものではない。
【0147】
温度測定装置10は、図7に示すように、撮像装置14と、温度既知物体12と、演算部20と、表示部31と、記憶部32とを有する。
【0148】
撮像装置14は、輝度計測部の一例であって、被測定物体13と温度既知物体12とを同一視野内に収めて撮像することが可能なように配置される。図7では、撮像装置14が加熱炉11内に挿入された場合を示しているが、この場合、撮像装置14は、耐熱構造を有する。また、撮像装置14は、加熱炉11内部を撮像可能であればよいので、例えば、加熱炉11に耐熱ガラスなどにより窓を設けて、撮像装置14を加熱炉11の外部に配置することももちろん可能である。
【0149】
また、撮像装置14は、例えば、上記特徴1を満たすように、所定の波長の輝度を撮像可能なように波長選択フィルタ等(図示せず)を有する。この波長選択フィルタは、波長選択部の一例であって、所定の波長の光を透過する。この波長選択部としては、波長選択フィルタに限定されるものではない。例えば、撮像装置14が、撮像可能な全波長帯域(又は所定の波長帯域)の輝度を撮像し、画像解析部21が、所定の波長の光のみを抽出することも可能である。この場合、画像解析部21が波長選択部を兼ねることになる。また、撮像装置14の撮像素子として、所定の波長の単色輝度のみを撮像するような素子を使用することも可能である。この場合、撮像装置14が波長選択部を兼ねることになる。
【0150】
このような撮像装置14としては、例えば、CCD(Charge Coupled Device)、CMOS(相補性金属酸化膜半導体)などのイメージセンサを使用したカメラを使用することができが、例えば、IP(イメージングプレート)などのように、撮像画像中の輝度値を蓄積することが可能な構成であればどのような構成であってもよい。そして、このような撮像装置14からは、撮像画像中の各画素に受光された輝度値が、電気信号として出力される。
【0151】
一方、温度既知物体12は、上記特徴1,2,5を満たす位置に配置され、例えば、保護管と、その保護管内部に挿入された温度計とを有する。この保護管としては、例えば、上記特徴3で規定した放射率を満たす材質で構成される。被測定物体13が鋼材の場合、このような材質としては、例えば、アルミナ、アルミナ・シリカ系、シリコンカーバイド、石英等のセラミックス材料や、インコネル、ハステロイ、ステンレス等の金属材料が挙げられる。また、温度計としては、例えば、熱電対温度計や抵抗温度計などの接触式温度計を使用することができる。熱電対温度計としては、例えば、白金−白金ロジウム熱電対などが挙げられ、抵抗温度計としては、例えば、白金抵抗温度計などが挙げられる。しかしながら、これらの温度計は、加熱炉11の温度や測定したい温度帯域に併せて適宜変更される。この温度既知物体12の温度は、演算部20(迷光計算部22)に出力される。
【0152】
演算部20は、撮像装置14による撮像画像を解析して、被測定物体13の単色輝度から、被測定物体13の温度を算出する。その際、演算部20は、この温度を上述の通り迷光補正する。そのために、演算部20は、図7に示すように、画像解析部21と、迷光算出部22と、迷光補正部23と、温度算出部24と、放射率変更部25と、記憶部26とを有する。
【0153】
画像解析部21は、撮像装置14が撮像した撮像画像(単波長の輝度値を含む画像)を解析し、温度既知物体12の輝度値に相当する出力値と、被測定物体13の輝度値に相当する出力値とを算出する。そして、画像解析部21は、それぞれ温度既知物体12に対する出力値を、迷光算出部22に出力し、被測定物体13の輝度値に対する出力値を、迷光補正部23に出力する。この際、画像解析部21は、温度既知物体12が上記特徴1,2を有する位置に配置されるため、複数の画素の平均値から温度既知物体12の輝度値に相当する出力値を算出することができ、同様に、被測定物体13に対しても平均値を使用することができる。従って、温度の算出精度誤差を低減することができる。
【0154】
迷光算出部22は、温度既知物体12の輝度値に相当する出力値に基づいて、上記特徴1の手順2〜4を実行し、迷光量Jを算出する。なお、手順1は、既に処理されており、上記式1,2等は、既に迷光算出部22に記録されており、迷光算出部22は、記録している式1,2を使用して、手順2〜4を実行する。
【0155】
迷光補正部23は、温度既知物体12の輝度値に相当する出力値と、迷光算出部22が算出した迷光量Jとに基づいて、上記特徴1の手順5,6を実行して迷光補正し、被測定物体13の黒体輝度を算出する。
【0156】
温度算出部24は、迷光補正部23が算出した被測定物体13の黒体輝度に基づいて、上記特徴1の手順7を実行して、迷光補正した被測定物体13の温度を算出する。そして、この算出結果は、表示部31に表示されたり、記憶部32に記録される。なお、表示部31は、例えば、ブラウン管(CRT:Cathode Ray Tube)・液晶ディスプレイ(LCD:Liquid Crystal Display)・プラズマディスプレイ(PDP:Plasma Display Panel)・電界放出ディスプレイ(FED:Field Emission Display)・有機エレクトロルミネッセンスディスプレイ(有機EL、OELD:Organic Electroluminescence Display)・ビデオプロジェクタなどが使用可能である。
【0157】
一方、画像解析部21は、更に加熱炉11の炉内壁の輝度に相当する出力値を抽出して、放射率変更部25に出力する。そして、放射率変更部25は、この出力値から、炉内壁輝度を算出し、炉内壁輝度と温度既知物体輝度との差を記憶部26に記録する。放射率変更部25及び記憶部26は、これらの情報を使用して上記特徴4を実行し、迷光算出部22が使用する温度既知物体12の放射輝度を適宜更新する。
【0158】
なお、演算部20は、例えば、汎用又は専用のコンピュータで構成されてもよい。そして、このコンピュータに上記各構成の機能を実現させるプログラムを実行させることにより、演算部20を構成することができる。なお、コンピュータは、CPU(Central Processing Unit)と、HDD(Hard Disk Drive)・ROM(Read Only Memory)・RAM(Random Access Memory)等の記録装置と、LAN(Local ArEa NEtworK)・インターネット等のネットワークに接続された通信装置と、マウス・キーボード等の入力装置と、フレキシブルディスク等の磁気ディスク、各種のCD(Compact Disc)・MO(Magneto Optical)ディスク・DVD(Digital Versatile Disc)等の光ディスク、半導体メモリ等のリムーバブル記憶媒体等を読み書きするドライブと、モニタなどの表示装置・スピーカやヘッドホンなどの音声出力装置などの出力装置等と、を有してもよい。そして、このコンピュータは、記録装置・リムーバブル記憶媒体に記録されたプログラム、又はネットワークを介して取得したプログラムを実行することにより、演算部20の各構成の機能を実現することができる。
【0159】
<D.一実施形態に係る実施例>
次に、本発明の一実施形態に係る温度測定方法及び温度測定装置により、被測定物体13として、燃焼炉(加熱炉11の一例)内の鋼材表面温度を測定した例を示す。燃焼炉は、内法長さ8m、幅2m、高さ2mであり、LNG(Liquefied Natural Gas)により加熱される。鋼材は、およそ5m、厚み50mmである。撮像装置14は、画素38万個のCCDカメラを用いた。CCDカメラは波長フィルター機能を有しており、この波長フィルター機能により、波長1.0±0.2μmの単波長の放射光を測定した。なお、この際、波長フィルター機能は、±0.2μm程度の幅を有しているため、撮像装置14は、実際には波長0.8〜1.2μの放射光のみを計測することになるが、この程度の幅の波長は、実用上及び工業上、単波長とみなすことができる。従って、撮像装置14は、厳密な単波長光を撮像する必要はなく、工業的に単波長とみなせる程度の波長の光を撮像すればよい。
【0160】
放射温度計検定業者に依頼して温度計検定用黒体炉の温度とCCDカメラの出力値との関係を検定した。検定温度範囲は900℃から1250℃である。得られた検定データを用いて、最小自乗法による当てはめ計算を行ない、上記迷光補正計算手順の中の撮像装置14の特性式20(上記式2)の具体的な形として、下記式21を得た。
【0161】
【数22】

【0162】
ここで、GはCCDカメラのゲイン設定値、SSはシャッター速度設定値、LはCCDカメラの出力であり、また、Eは黒体炉の温度に対応する輝度であって、検定を行なった温度、900℃、1000℃、1100℃、1200℃、1250℃の夫々について、上記で説明したPlanckの式で計算される値である。具体的な計算方法としては、Eを従属変数とし、G、SS、及びLを独立変数として非線形最小自乗法によって、式の中の5個の係数を決定した。この特性式は、本実施例で用いたCCDカメラに特有のものであり、CCDカメラの機種が異なる場合や、CCDカメラ以外の撮像装置14を用いる場合には、個別に作成しなければならない。
【0163】
CCDカメラは、図8に示すように、炉の側壁に開口した測定口から斜め下方に向けて挿入した。鋼材の最も遠方の点(位置1)からカメラまでの水平距離は6m、鋼材の置かれた水平面からCCDカメラまでの高さは1.6mである。これは、CCDカメラの先端と、鋼材の最も遠方の点(位置1)を結ぶ線上に火炎が入らない位置関係になっている。CCDカメラの中心線は、鋼材の中央(位置2)に向けてあり、具体的には伏角21度である。この伏角は、鋼材表面全体即ち位置1から位置3までをカメラの視野に納めるために選択したものであり、炉の形と鋼材が置かれる位置を考慮して適宜決定すればよい。
【0164】
温度既知物体12は、保護管付き熱電対を用い、外径は17mmである。この保護管付き熱電対は、CCDカメラ先端から0.2m下の位置に水平に挿入し、炉壁の内面から炉内側に0.3m突き出して、先端部分がCCDカメラの視野内に入っている。CCDカメラの視野内に入る位置関係であれば、必ずしも水平に挿入する必要はなく、炉の構造によっては天井に開口して垂直に挿入する方が強度面で有利な場合もある。この熱電対は温度既知物体として働くものであるので、外側を覆う保護管は放射率が、既知のものでなければならない。本実施例では放射率0.85のアルミナ・シリカ系セラミック保護管を用いた。
【0165】
この実施例では、鋼材の放射率は0.86であったので、上記熱電対保護管の放射率とほぼ同一であるが、上記特徴3を満たす範囲内であれば、放射率が異なっていてもよい。熱電対の種類は、JISB型熱電対を使用した。熱電対の種類は使用する温度によって適宜選択すればよい。また、熱電対でなく他の温度センサー、例えば白金抵抗温度計等を使用してもよい。
【0166】
CCDカメラの視野角は左右60度上下45度と十分に大きく、鋼材以外に炉の内壁面をも視野内に納めている。炉の内壁面の輝度と熱電対保護管表面の輝度とは熱電対に接続された記憶部26によって長期間保存され、その差の傾向管理を行なって熱電対保護管の放射率の経年変化を把握し、変化が生じた場合は、輝度の差が等しくなるよう、迷光計算に用いる温度既知物体放射率を補正する。この補正にあたっては、保存されたデータのうち、炉内温度がある一定温度(この実施例においては1190℃〜1210℃の範囲)であり、かつ、温度既知物体の温度がある一定温度(この実施例においては1170℃から1190℃)の範囲のデータのみを抽出することにより、炉内の熱放射条件が相等な条件で行った。
【0167】
温度既知物体のCCDカメラでの輝度測定範囲は、表面約10mm径の円形部分であり、画素数約200個の平均値を計測した。鋼材温度は、900℃から1250℃までの範囲である。図に示された位置1、位置2、位置3の3点を計測した。位置1はCCDカメラから水平距離で約6m、位置2は約4m、位置3は約2m離れた位置である。
【0168】
上記本実施形態に係る温度測定方法によって迷光補正計算を行い、被測定物体の各位置に埋め込んだ熱電対温度計によって計測した温度と比較した結果を図9に示す。図9中、縦軸は、本実施形態に係る温度測定方法により迷光補正計算を行った計測温度であり、横軸は、埋め込み熱電対実測温度である。また、図9中の実線は、本方法による計測温度(迷光補正後)と、埋め込み熱電対実測温度が一致している線(横軸=縦軸)を表す。図9に示すように、各位置1〜3における測定点は、実線上に位置しており、埋め込み熱電対実測温度と、本方法による計測温度(迷光補正後)が良好な一致を示した。従って、本実施形態に係る温度測定方法が精度よく被測定物体の温度を測定することが可能であることが判る。
【0169】
<E.上記特許文献1〜3に対する本発明の一実施形態による効果の例>
最後に、本発明の一実施形態に係る温度測定方法等による効果が判りやすいように、上記特許文献1〜3に対する有利な効果の例を説明する。ただし、ここで説明する効果は、あくまで一例であって、本実施形態に係る温度測定方法等による効果を限定するものではないことは言うまでもない。
【0170】
(E−1.特許文献1)
特許文献1に記載の温度測定方法では、温度測定物体の表面に遮蔽板を設けて炉内迷光を遮断する。そして、遮蔽板は、水冷して遮蔽板自体からの熱放射を防いでいる。遮蔽板の発する放射による誤差は、遮蔽板の温度Tを実測し、見掛け放射エネルギーGから下記の式22により補正後真温度Tを得る。なお、Eb(T)は温度Tにおける放射エネルギを表す。
【0171】
【数23】

【0172】
この特許文献1では、被測定物体の近くに遮蔽板を置く必要がある。しかし、被測定物体が移動する場合、例えばウォーキングビーム式加熱炉等では、被測定物体の動きによって遮蔽板が破損する恐れがある。被測定物体の移動に応じて遮蔽板が移動する機構を設ければ測定システム自体が複雑になる。また、遮光板で迷光を完全に遮断することは困難であり、迷光の経路によっては、精度が低下してしまう可能性がある。
【0173】
一方、本実施形態に記載の温度測定方法等では、被測定物体の近くに構造物を置く必要性がない。従って、本実施形態に記載の温度測定方法等は、上記特許文献1に対して、遮蔽板、その水冷装置、複雑な測定システムなどを使用する必要が無く、簡単な装置構成により温度を測定することができる。また、この温度測定方法等では、迷光量を算出して、迷光補正を行うため、遮光板で遮断しきれないような迷光の影響も低減させることができ、高精度の温度測定が可能である。
【0174】
(E−2.特許文献2)
特許文献1に記載の温度測定方法では、炉壁の実測温度Twと炉壁実効温度Tw’を用い、輝度Lを表す下記の式によって放射温度計の見掛け温度Sから補正した表面温度Tを得る。
【0175】
【数24】

【0176】
この際、上記の炉壁実効温度Tw’は、炉壁に2ヶ所以上設置した温度計の実測温度Tw1,Tw2,…Twnの輝度の一次式24により算出する。
【0177】
【数25】

【0178】
この一次式の係数a,a,…aは実験等によりあらかじめ炉体形状及び鋼材の寸法に適合した値に設定しておく。
【0179】
この特許文献2では、炉内における迷光の光源は、主に火炎と炉壁である。しかしながら、この特許文献2では、炉壁からの迷光の影響はある程度補正できるが、火炎からの放射エネルギーが変化した場合の補正が困難である。火炎を用いない加熱炉や火炎の温度や大きさが常に一定の加熱炉ならば火炎から発する迷光は、係数a,a,…aに一定値として含まれるが、火炎が変動すれば、この係数a,a,…aは変わるものと考えられる。一般に、加熱炉では被熱物の量及び到達温度に応じて温度を適正に制御するために燃焼装置の燃焼量を適宜調節するので火炎状態は時間と共に変化する。これに対して、特許文献2では、火炎の変化に応じた補正手段は示されていない。従って、この特許文献2を火炎を用いる加熱炉に適用することは困難である。
【0180】
一方、本実施形態に記載の温度測定方法等では、炉壁から発する迷光と火炎から発する迷光がいずれも温度既知物体に照射されるように、温度既知物体を炉内空間に配置する。また、火炎と被測定物体及び温度既知物体との位置関係を上記特徴5に示すように規定する。従って、本実施形態に記載の温度測定方法等では、火炎の放射エネルギーの変動に対しても適正な補正を行うことが可能である。
【0181】
(E−3.特許文献3)
特許文献3については、上記関連技術で説明した通りであり、上記の説明において詳しく効果等を説明したが、本発明の一実施形態に係る温度測定装置は、更に、温度既知物体を被測定物体から離れた、カメラの近傍に設置することによって、上記特許文献1で説明した被測定物体の移動による種々の障害を回避するとともに、通常小さな物体である温度既知物体の画角を大きくして十分な画素数を得て補正精度を高めることが可能である。
【0182】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0183】
なお、上記実施形態では、本発明の一実施形態に係る温度測定方法等の特徴が判りやすいように、特徴1〜5と区分して説明した。しかしながら、この特徴1〜5は、本発明の一実施形態の特徴を限定するものではなく、本発明の一実施形態の特徴は、各特徴1〜5で詳細に説明した中に記載された各特徴をも含むことは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0184】
【図1】本発明の一実施形態に係る温度測定方法が有する特徴2について説明する説明図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る温度測定方法が有する特徴3について説明する説明図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る温度測定方法が有する特徴3について説明する説明図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る温度測定方法が有する特徴4について説明する説明図である。
【図5】本発明の一実施形態に係る温度測定方法が有する特徴5の条件1について説明する説明図である。
【図6】本発明の一実施形態に係る温度測定方法が有する特徴5の条件2について説明する説明図である。
【図7】本発明の一実施形態に係る温度測定方法が有する特徴5について説明する説明図である。
【図8】本発明の一実施形態に係る温度測定方法の実施例について説明する説明図である。
【図9】本発明の一実施形態に係る温度測定方法の実施例について説明する説明図である。
【図10】関連技術に係る温度測定方法について説明するための説明図である。
【図11】関連技術に係る温度測定方法について説明するための説明図である。
【符号の説明】
【0185】
10 温度測定装置
11 加熱炉
12 温度既知物体
13 被測定物体
14 撮像装置
15 バーナ
20 演算部
21 画像解析部
22 迷光算出部
23 迷光補正部
24 温度算出部
25 放射率変更部
26 記憶部
31 表示部
32 記憶部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱炉内に配置された被測定物体の温度を測定する温度測定方法であって、
前記加熱炉内の迷光を補正するための温度既知物体を、輝度計測部の近傍に設置し、
前記輝度計測部を用いて、炉内ガスによる吸収及び放射が起こらない波長を有する単色輝度により、前記被測定物体及び前記温度既知物体の放射エネルギーを計測し、
計測した前記単色輝度を迷光補正して、前記被測定物体の温度を求めることを特徴とする、温度測定方法。
【請求項2】
前記被測定物体の温度を求める際に、
前記温度既知物体の放射エネルギーと、当該温度既知物体の温度とに基づいて、迷光量を算出し、
算出した前記迷光量と、前記被測定物体の放射エネルギーとに基づいて、当該被測定物体の温度を算出することを特徴とする、請求項1に記載の温度測定方法。
【請求項3】
前記輝度計測部は、前記被測定物体及び前記温度既知物体の放射エネルギーの単色輝度分布を所定の画素数の画像として撮像する撮像装置であり、
前記温度既知物体は、前記撮像装置が撮像する画像中を占める領域が25画素以上となる位置に配置されることを特徴とする、請求項1又は2に記載の温度測定方法。
【請求項4】
前記温度既知物体は、前記撮像装置が撮像する画像中を占める領域が100画素以上となる位置に配置されることを特徴とする、請求項3に記載の温度測定方法。
【請求項5】
前記温度既知物体の放射率は、前記被測定物体の放射率に対して前後0.1の範囲内であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の温度測定方法。
【請求項6】
前記輝度計測部を用いて、前記加熱炉の炉内壁の放射エネルギーを更に計測し、
当該炉内壁と前記温度既知物体との放射エネルギーの差を記録し、
記録した前記放射エネルギーの差に基づいて、前記温度既知物体の放射率の経時変化の有無を把握することを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の温度測定方法。
【請求項7】
前記温度既知物体の放射率の経時変化が生じた場合、経時変化後の放射率を算出し、
当該経時変化後の放射率を使用して、前記迷光補正を行うことを特徴とする、請求項6に記載の温度測定方法。
【請求項8】
前記温度既知物体は、以下の(A)、(B)及び(C)の条件のうち、少なくともいずれかを満たす位置に配置されることを特徴とする、請求項1〜7のいずれかに記載の温度測定方法。
(A)炉内迷光分布上、前記被測定物体の位置と迷光量がほぼ同一となる距離だけ炉壁から離隔した位置
(B)前記被測定物体の測定表面に対する角度が、被測定物体の放射率が変化しない角度以上となる位置
(C)前記被測定物体との間に火炎を挟まない位置
【請求項9】
加熱炉内に配置された被測定物体の温度を測定する温度測定装置であって、
炉内ガスによる吸収及び放射が起こらない波長を有する単色輝度により、少なくとも前記被測定物体の放射エネルギーを計測する輝度計測部と、
前記輝度計測部の測定範囲内で当該輝度計測部の近傍に配置され、前記加熱炉内の迷光を補正するための温度既知物体と、
前記輝度計測部が計測した前記被測定物体及び前記温度既知物体の単色輝度を迷光補正して、前記被測定物体の温度を求める演算部と、
を有することを特徴とする、温度測定装置。
【請求項10】
前記演算部は、
前記被測定物体の温度を求める際に、前記温度既知物体の放射エネルギーと、当該温度既知物体の温度とに基づいて、迷光量を算出する迷光算出部と、
前記迷光算出部が算出した前記迷光量と、前記被測定物体の放射エネルギーとに基づいて、当該被測定物体の温度を算出する温度算出部と、
を有することを特徴とする、請求項9に記載の温度測定装置。
【請求項11】
前記輝度計測部は、前記被測定物体及び前記温度既知物体の放射エネルギーの単色輝度分布を所定の画素数の画像として撮像する撮像装置であり、
前記温度既知物体は、前記撮像装置が撮像する画像中を占める領域が25画素以上となる位置に配置されることを特徴とする、請求項9又は10に記載の温度測定装置。
【請求項12】
前記温度既知物体は、前記撮像装置が撮像する画像中を占める領域が100画素以上となる位置に配置されることを特徴とする、請求項11に記載の温度測定装置。
【請求項13】
前記温度既知物体の放射率は、前記被測定物体の放射率に対して前後0.1の範囲内であることを特徴とする、請求項9〜12のいずれかに記載の温度測定装置。
【請求項14】
前記輝度計測部は、前記加熱炉の炉内壁の放射エネルギーを更に計測し、
当該炉内壁と前記温度既知物体との放射エネルギーの差が記録される記憶部と、
前記記憶部に記録された前記放射エネルギーの差に基づいて、前記温度既知物体の放射率の経時変化の有無を把握する放射率変更部と、
を有することを特徴とする、請求項9〜13のいずれかに記載の温度測定装置。
【請求項15】
前記放射率変更部は、前記温度既知物体の放射率の経時変化が生じた場合、経時変化後の放射率を算出し、
前記演算部は、当該経時変化後の放射率を使用して、前記迷光補正を行うことを特徴とする、請求項14に記載の温度測定装置。
【請求項16】
前記温度既知物体は、以下の(A)、(B)及び(C)の条件のうち、少なくともいずれかを満たす位置に配置されることを特徴とする、請求項1〜7のいずれかに記載の温度測定装置。
(A)炉内迷光分布上、前記被測定物体の位置と迷光量がほぼ同一となる距離だけ炉壁から離隔した位置
(B)前記被測定物体の測定表面に対する角度が、被測定物体の放射率が変化しない角度以上となる位置
(C)前記被測定物体との間に火炎を挟まない位置

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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