説明

温間鍛造用ステンレス鋼線材および塑性加工方法

【課題】通電加熱性と温間潤滑性に優れるステンレス鋼線材および塑性加工方法提供し、安定して高生産性の温間鍛造を実施することで冷間鍛造部品,非磁性部品,高強度部品等のステンレス鋼部品の製造コストを大幅に下げる。
【解決手段】300℃での摩擦係数が0.3以下の潤滑被膜を表面に有し、体積抵抗率が1×10-5Ω・m以下であり、好ましくは、非磁性部品製造用のオーステナイト系ステンレス鋼線材であって、下記の(a)式で示されるM値が−80〜100であることを特徴とする温間鍛造用ステンレス鋼線材および塑性加工方法。
M=551−462(C+N)―9.2Si―8.1Mn
−29(Ni+Cu)−13.7Cr―18.5Mo ・・・・・・・(a)
ここに、C,N,Mn,Ni,Cu,Cr,Moは各成分の質量%を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、通電加熱の温間鍛造用のステンレス鋼線材および塑性加工方法に係わり、例えば、従来の冷間鍛造部品,非磁性部品,高強度部品を通電加熱の温間鍛造により製造することで安価に提供することに関する。
【背景技術】
【0002】
これまで、耐食性が必要とされる部品については、SUS304,SUS304N,SUS329J3L等のステンレス鋼を冷間鍛造加工により製造されてきた。
【0003】
しかしながら、冷間鍛造部品において、SUS304等のオーステナイト系ステンレス鋼は冷間鍛造用により加工誘起マルテンサイトが生成して磁性を示すことから、Ni等の加工誘起マルテンサイトの生成を抑制する高価な元素を添加して、これを回避していた。更には、SUS304NやSUS329J4L等の高強度ステンレス鋼は強冷間鍛造時に加工割れが発生する上に工具寿命にも劣るという問題もあった。
【0004】
そのため、ステンレス鋼短片サンプルに潤滑材を塗布して、加熱炉でサンプルを100〜300℃に加熱して温間鍛造を実施し、加工誘起マルテンサイトの生成を抑制して金型寿命を向上させる技術が提案されている。(特許文献1)
また、温間鍛造用の潤滑材として、黒鉛系油分散型や高塩基性アルカリ土類金属有機酸塩分散型の潤滑材をポンプで金型に供給することが提案されている。(特許文献2)
但し、該加熱方式や潤滑材の塗布方式では、線材や鋼線を連続的に加熱してヘッダー加工,パーツフォーマ加工することが困難であり、生産性に劣るという欠点がある。
【0005】
一方、線材又は鋼線を連続的に供給して、鍛造加工直前にインラインの誘導加熱により加熱してパーツフォーマする技術が提案されている。(特許文献3)
誘導加熱により加熱しているため潤滑材の種類に依存することなく、スパークの発生を防止して安定的に加熱できる一方で、誘導加熱は設備費が高いという欠点がある。
【0006】
好ましくは、設備費が安いインラインの通電加熱により加熱し、ヘッダー加工やパーツフォーマ加工することが望まれる。しかしながら、ステンレス鋼線材のヘッダー加工やパーツフォーマ加工用の潤滑材は蓚酸塩被膜に代表されるように導電性が悪く、通電加熱時にスパークが発生する等、安定して通電加熱して温間鍛造することができなかった。
【0007】
以上、これまでのステンレス鋼の温間鍛造において、安価な通電加熱方式にて線材や鋼線をインラインで加熱し、高生産性のヘッダー加工やパーツフォーマ加工で安定して部品を温間鍛造する技術は提案されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許公報 特開平5−123808号公報
【特許文献2】特許公報 特開平8−333594号公報
【特許文献3】特許公報 特開平6−134543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、通電加熱性と温間潤滑性に優れるステンレス鋼線材および塑性加工方法を提供し、安定して高生産性の温間鍛造を実施することで冷間鍛造部品,非磁性部品,高強度部品等のステンレス鋼部品の製造コストを大幅に下げることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために種々検討した結果、ステンレス線材の表面にグラファイト等を含有する導電性および高温潤滑性を有する潤滑被膜を付与して、安価な通電加熱方式で鍛造直前にインラインで加熱することにより、安定して温間鍛造が可能であり(図1)、鍛造時の工具寿命を大幅に低減する,加工誘起マルテンサイトの生成を防止し非磁性部品の製造コストを大幅に低減できる,安定的に高強度材を鍛造加工できる等の効果を見出した。本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨とするところは以下の通りである。
(1)300℃での摩擦係数が0.3以下の潤滑被膜を表面に有し、体積抵抗率が1×10-5Ω・m以下であることを特徴とする温間鍛造用ステンレス鋼線材。
(2)非磁性部品製造用のオーステナイト系ステンレス鋼線材であって、下記の(a)式で示されるM値が−30〜100であることを特徴とする(1)に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材。
M=551−462(C+N)―9.2Si―8.1Mn
−29(Ni+Cu)−13.7Cr―18.5Mo ・・・・・・・(a)
ここに、C,N,Mn,Ni,Cu,Cr,Moは各成分の質量%を示す
(3)高強度部品製造用のオーステナイト系ステンレス鋼鋼線であって、常温での引張強さが800〜1200N/mmであることを特徴とする(1)または(2)に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線。
(4)(1)乃至(3)のいずれか一項に記載のステンレス鋼線材を通電加熱により50〜600℃に加熱し、引き続き、温間鍛造加工を行うことを特徴とする温間鍛造用ステンレス鋼線材の塑性加工方法。
本発明において、「線材」とは、鋳造した鋼片を熱間圧延した棒鋼や鋼線材、および、これに熱処理や伸線加工を施した鋼線をいう。(以下、同様)
【発明の効果】
【0011】
本発明による通電加熱の温間鍛造用のステンレス鋼線材は、高強度部品やNi等の高価な元素の添加を抑制した非磁性部品を連続してヘッダー等で温間鍛造できると共に金型の工具寿命を大幅に向上させる効果を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】(a)は従来の温間鍛造工程を示す図であり、(b)は本発明の温間鍛造工程を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、先ず、本発明の請求項1記載の限定理由について説明する。
【0014】
鍛造加工直前にステンレス鋼線材をインラインで安価な設備・方法で安定して50〜600℃に急速加熱するにはロール間電極で通電加熱することが有効である。この時、表面の潤滑被膜を合わせた線材または鋼線の体積抵抗率が1×10-5Ω・mを超えると通電時にスパークが発生し易く、また、単時間で加熱が不可能になり、安定して高生産性の温間鍛造ができなくなる。
【0015】
本実施形態において、「線材」とは、鋳造した鋼片を熱間圧延した棒鋼や鋼線材、および、これに熱処理や伸線加工を施した鋼線をいう。(以下、同様)
また、潤滑材の潤滑性能について、潤滑材の摩擦係数が300℃で0.3を超える潤滑材では、通電加熱ができても温間鍛造時に焼き付きが生じ易くなり安定して高生産性の温間鍛造ができなくなる。ここで300℃での潤滑材の摩擦係数については、例えば、リング圧縮式摩擦試験で40%の圧下率で圧縮加工した時の摩擦係数をいう。
【0016】
そのため、潤滑被膜中にグラファイト(黒鉛)粉末、炭素繊維等、導電性と温間潤滑性に優れる物質を混ぜることが有効であり、好ましくはグラファイトを潤滑材中に2%以上含有させる。潤滑被膜については、バッチ式でグラファイト含有等の溶液に浸漬・乾燥で処理する、又は、通電加熱直前にインラインで塗布・乾燥することで形成する。また、電気Cuめっき,Snめっき被膜等も有効である。
【0017】
本発明の請求項2記載の限定理由について述べる。
【0018】
オースナイト系ステンレス鋼を冷間鍛造すると加工誘起マルテンサイトが生成し、磁性を示すようになるため、非磁性用の冷間鍛造部品に対してはNi等の高価な元素を添加してオーステナイトの安定度を示す(a)式のM値を−80未満にしており、コストアップを余儀なくされている。しかしながら、前記の本発明のステンレス鋼線材を50〜600℃で温間鍛造することによりM値が−80以上の安価なオーステナイト系ステンレス鋼でも磁性を生じさせることなく鍛造加工が可能となり、本発明の経済的効果が大きくなる。一方、M値が100を超えると本発明の温間鍛造を実施しても磁性を抑制できなくなる。そのため、M値の上限を100に限定する。
M=551−462(C+N)―9.2Si―8.1Mn
−29(Ni+Cu)−13.7Cr―18.5Mo ・・・・・・・(a)
ここに、C,N,Mn,Ni,Cu,Cr,Moは各成分の質量%を示す
本発明の請求項3記載の限定理由について述べる。
【0019】
通常、常温での引張強さが800N/mm以上の高強度ステンレス鋼線材を冷間鍛造すると、加工割れを引き起こすばかりか金型の工具寿命が大幅に劣化する。しかしながら、前記の本発明のステンレス鋼線材を50〜600℃で温間鍛造することにより加工割れ,工具寿命の劣化を抑制して鍛造加工が可能となり、本発明の経済的効果が大きくなる。そのため、好ましくは、800N/mm以上に限定する。一方、常温での引張強さが1200N/mmを超えると本発明の温間鍛造を実施しても加工割れや工具寿命の劣化を抑制する効果がなくなる。そのため、上限を1200N/mmに限定する。
【0020】
本発明の請求項4記載の限定理由について述べる。
【0021】
本発明による鍛造直前の通電加熱温度が50℃未満の場合、金型の工具寿命改善の効果に加え、部品の磁性抑制の効果や高強度部品の鍛造化効果がなくなる。そのため、通電加熱温度を50℃以上に限定する。一方、600℃を超えると温間鍛造時に厚いスケールが生成し、鍛造加工後のバレル研磨等、安価な方法でスケール除去が困難となり、大幅な製造コストアップとなる。好ましくは、通電加熱温度は200〜500℃である。
【実施例】
【0022】
以下に本発明の実施例について説明する。
【0023】
表1に実施例の線材の化学組成と鋼線の引張強さを示す。
【0024】
【表1】

これらの化学組成の鋼線は、150kgの真空溶解炉にて溶解し、φ180mmの鋳片に鋳造し、その鋳片をφ10.0〜15mmまで熱間の線材圧延を行い、1050℃で熱間圧延を終了し、そのまま、1050℃で5分保持後,水冷の連続熱処理を施して、酸洗を行い線材とした。その後、冷間鍛造用の代表的な化成処理の蓚酸塩被膜を付与したものと、潤滑被膜の導電率を変化させるために水溶性のステアリン酸Caにグラファイトの含有率を変化させた溶液へ浸漬して乾燥させたものを供試材として作成した。また、一部の線材については通常実施される方法にてCuめっきやSnめっきを施した。そして、各々φ9.5mmまで伸線加工を施して鍛造用素材となる鋼線とした。その後、2ロール方式(Cu電極)の通電加熱により常温〜700℃に急速加熱を施し、続けてヘッダーにより頭部85%の平頭への据え込み加工と、減面率30%の軸絞り加工を100本/分の加工速度で1000本加工を実施した。
【0025】
評価は、潤滑被膜付き線材の体積抵抗率,潤滑被膜の高温摩擦係数,鋼線の引張強さ,通電加熱性,鍛造加工時の加工割れ・工具寿命,鍛造品の透磁率を評価した。その評価結果を表2に示す。
【0026】
【表2】

潤滑被膜付き線材の体積抵抗率は、線材に潤滑被膜処理をした後に、4端子法によりACミリオームハイテスタ3560型により測定した。なお、被膜保護のため純銅板を挟んで電極とした。本発明例の線材では、全て1.0×10-5Ω・m以下の範囲であった。
潤滑被膜の高温の摩擦係数は、線材からリング上の円筒形の試験片(外径8.4mm,内径4.2mm,高さ2.8mm)を切り出し、表面に潤滑処理を施してから300℃に加熱して、平面のダイス内で単純圧縮加工(圧縮率40%)を施し、内径の縮小率で評価した(日本塑性加工学会編:プロセスメタラジー,(1993),73,コロナ社)。本発明例では、300℃での摩擦係数が全て0.3以下であった。
【0027】
鋼線の引張強さは、JIS Z 2241の引張試験での引張強さを評価した。本発明例の鋼線では、800N/mm以上であるにもかかわらず良好な温間鍛造性(加工割れ,工具寿命)を示した。
【0028】
通電加熱性は、通電加熱によりスパークが発生することなく、所定の温度に通電加熱が可能で、1000本安定して温間鍛造が可能か否かで評価した。スパークが発生せずに安定して所定の温度に安定して通電加熱可能である場合を○:合格,スパークが発生,または、予定の温度に安定して通電加熱が不可能である場合を×:不合格とした。
【0029】
鍛造時の加工割れは、頭部の平頭の据え込み加工部分で割れ無く加工できたかどうかで評価した。100本観察し、加工割れが全くない場合を◎,加工割れが1割未満である場合を○:合格,加工割れが1割以上ある場合を×:不合格として評価した。本発明例では、加工割れが1割未満であった。
【0030】
鍛造時の金型の工具寿命は、軸部の絞り加工を工具損傷無く、1000本加工が可能か否かで評価した。1000本以上工具損傷が無い場合を◎,500本以上工具損傷が無い場合を○:合格,工具損傷が500本未満で発生する場合を×:不合格とした。本発明例では工具損傷無く、500本以上軸絞り加工が可能であった。
【0031】
透磁率の評価は、透磁率計で鍛造部品の頭部の比透磁率を測定し、2.0未満であれば非磁性(○:合格)として評価し、2.0以上であれば磁性(×:不合格)として評価した。本発明例のγ系ステンレス鋼では、M値が−80以上でも非磁性が得られている。
【0032】
一方、比較例は、本発明の範囲外にあり、通電加熱性,高温での摩擦係数,鍛造時の加工割れ性,工具寿命や磁性に劣っており、本発明の優位性は明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0033】
以上の各実施例から明らかなように、本発明により、ステンレス鋼線を安価な通電加熱方式で加熱して連続して安定して温間鍛造ができ、金型の工具寿命を大幅に改善すると共に高強度部品やNi等の高価な元素の添加を抑制した非磁性部品を安価に提供することができ、産業上極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
300℃での摩擦係数が0.3以下の潤滑被膜を表面に有し、体積抵抗率が1×10-5Ω・m以下であることを特徴とする温間鍛造用ステンレス鋼線材。
【請求項2】
非磁性部品製造用のオーステナイト系ステンレス鋼線材であって、下記の(a)式で示されるM値が−80〜100であることを特徴とする請求項1に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材。
M=551−462(C+N)―9.2Si―8.1Mn
−29(Ni+Cu)−13.7Cr―18.5Mo ・・・・・・・(a)
ここに、C,N,Mn,Ni,Cu,Cr,Moは各成分の質量%を示す。
【請求項3】
高強度部品製造用のオーステナイト系ステンレス鋼線であって、常温での引張強さが800〜1200N/mmであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載のステンレス鋼線材を通電加熱により50〜600℃に加熱し、引き続き、温間鍛造加工を行うことを特徴とする温間鍛造用ステンレス鋼線材の塑性加工方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−201496(P2010−201496A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−52748(P2009−52748)
【出願日】平成21年3月6日(2009.3.6)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【出願人】(000229597)日本パーカライジング株式会社 (198)
【Fターム(参考)】