説明

湿式伸線機

【課題】設備の低コスト化および省スペース化を図りつつ、ワイヤの品質および性状の安定化、ダイス寿命の向上および省エネルギー化をいずれも実現することのできる湿式伸線機を提供する。
【解決手段】ダイス群11を挟んで対向する同軸多段の駆動コーンプーリ12および従動コーンプーリ13の対を少なくとも1対備える湿式伸線機である。駆動コーンプーリ12および従動コーンプーリ13の各段がすべて同径であり、駆動コーンプーリ12の駆動軸14が多段で構成され、かつ、駆動コーンプーリ12の各段が、対応する駆動軸14の各段により個々に独立して駆動される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は湿式伸線機に関し、詳しくは、スチールコードなどの高鋼線等の製造に用いられる湿式伸線機であって、製造される金属線材の特性を改善するために、スリップ式の伸線方法を用いる湿式伸線機に関する。
【背景技術】
【0002】
スチールコードなどの高鋼線の製造等において用いられる、液体潤滑剤を用いた湿式伸線は、ダイスを通したワイヤを駆動するコーンプーリに順次巻きつけて、約20個以上のダイスを用いてワイヤの伸線を行う方法である。また、スリップ式伸線とは、駆動コーンプーリの回転速度を、巻きつけているワイヤ速度よりも早いスピードで回転させて、スリップさせながら伸線する方式である。
【0003】
このスリップ式伸線は、ワイヤ・コーン間でスリップさせながら伸線を行うため、スリップ分の無駄な回転負荷を生じ、エネルギーロスとなるだけでなく、それがワイヤテンションのアバレなどを生じ、伸線振動の原因となり、ダイス寿命、ワイヤ表面性状、疲労性を大きく悪化させる場合がある。
【0004】
また、ワイヤは、伸線により加工を受けた分だけ長さが順次長くなる。図2に示すような従来の伸線機では、コーンプーリ101を同一軸で駆動させるので、図示するように、ワイヤ(金属線材)1の長くなる分に合わせて、コーンプーリ径を順次大きくして回転速度を増すよう設計している。この速度比を設計リダクションという。そのため、個々のコーンプーリ101の速度比を変更したい場合には、コーンプーリ径を変更する必要があり、設備投資や変更工事を要するという問題があった。さらに、ダイス102の配置(ダイスホルダー)はコーンプーリ径に合わせて調芯して設計するため、同一平面での設計ではなく3次元的な配置設計となり、調芯が困難となるが、上記コーンプーリ径の変更時には、ダイスホルダーも設計変更することが必要となる。なお、図中、符号103はワイヤを巻き取るためのキャプスタンを示し、符号104,105はそれぞれ巻き出しロールおよび巻取りロール、符号106は最終ダイスを示す。
【0005】
一方、ダイス配置が真直ぐで伸直性が良く、スリップもほとんどない伸線方式として、図3に示すようなタンデム式伸線機が存在する。このタンデム式では、駆動プーリ201がダイス202を介して水平方向に直線的に配置されるため、設備が巨大になり、スペース生産性も悪いことから、主として太径の銅、アルミ、軟鋼の伸線に用いられている。なお、図中、符号203はワイヤを巻き取るためのキャプスタンを示し、符号204,205はそれぞれ巻き出しロールおよび巻取りロールを示す。
【0006】
伸線に係る改良技術としては、例えば、特許文献1に、最終側の5及至8個のダイスを出た線材速度と、駆動コーンの周速との差、すなわちスリップ量を実質的にゼロとすることで、断線等の減少を図った伸線方法が開示されている。また、引用文献2には、所定に定義されるスリップ速度率を3〜8%にすることで、ダイス寿命の向上や断線の抑制を図った金属線材の製造方法および製造装置が開示されており、引用文献3には、従動コーンに対してダイス配置を適正化することで、ワイヤ振れを無くしてダイス寿命や線径精度の向上を図った伸線方法およびその装置が開示されている。
【0007】
さらに、引用文献4には、特定の線径領域でのダイス個々の仕事率について所定条件を満足するとともに、入線側コーン式キャプスタンのスリップ率を30%以下にすることで、断線の減少およびダイス寿命のアップを図った多段スリップ型伸線機が開示されている。さらにまた、特許文献5には、伸線によるドラム(コーン)径大化を極力生じさせず、かつ、スリップを抑制することを目的として、2段変速式の伸線機とする技術が開示されており、特許文献6には、線材を移送するためのキャプスタン(駆動プーリ)を千鳥状に配置することで、省スペース化、設備の簡素化および駆動伝達効率の向上に寄与できる伸線装置とする技術が開示されている。さらにまた、特許文献7には、キャプスタンの伸線駆動モータを軸毎に分割して制御させることで、スリップを抑制しつつ省エネルギーを図る伸線機が開示されている。
【特許文献1】特開平8−117836号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献2】特開平9−24413号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献3】特開平6−226329号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献4】特開平4−322812号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献5】特開平7−236911号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献6】特開平10−180342号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献7】特開平11−47821号公報(特許請求の範囲等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のように、伸線工程の改良に関しては、これまでに種々の技術が提案されてきているが、これまでの方式では、スペース生産性、品質(ワイヤ性状)および省エネルギー性の全てを充分に満足できる設備は存在しなかった。例えば、上記特許文献1,2,4のように、ワイヤ品質および生産性確保のために高強度化、高速化に対応したダイス条件に変更しようとしても、設計リダクションの制約で設備改造が必要となるため、費用と時間の投資が必要になる。
【0009】
また、特許文献6,7に開示されているタンデム型のようなゼロスリップとする設備では、20個以上のダイスを使用すると、いくら省スペース化しても、巨大な設備とならざるを得ず、スリップ式伸線にはかなわない。また、個々に独立してモータを配しているため、効率が悪く、コストも掛かることとなる。そのため、複数本を同時に伸線する方法をとっているが、断線時には処理工数が掛かるという問題もあった。
【0010】
そこで本発明の目的は、設備の低コスト化および省スペース化を図りつつ、ワイヤの品質および性状の安定化、ダイス寿命の向上および省エネルギー化をいずれも実現することのできる湿式伸線機を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は鋭意検討した結果、下記構成とすることにより上記課題を解決できることを見出して、本発明を解決するに至った。
【0012】
すなわち、本発明の湿式伸線機は、ダイス群を挟んで対向する同軸多段の駆動コーンプーリおよび従動コーンプーリの対を少なくとも1対備える湿式伸線機において、
前記駆動コーンプーリおよび従動コーンプーリの各段がすべて同径であり、該駆動コーンプーリの駆動軸が多段で構成され、かつ、該駆動コーンプーリの各段が、対応する駆動軸の各段により個々に独立して駆動されることを特徴とするものである。
【0013】
本発明において好適には、前記駆動コーンプーリがギアにより駆動されるものとし、前記駆動コーンプーリおよび従動コーンプーリの対の各段で、平行な方向に伸線を行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、上記構成としたことにより、設備の低コスト化および省スペース化を図りつつ、スリップ振動の低減や、ワイヤの品質および性状の安定化、疲労性の向上や断線の減少に加えて、ダイス寿命の向上および省エネルギー化についても実現することのできる湿式伸線機を得ることが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の好適実施形態について、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明の一好適構成例に係る湿式伸線機を示す概略説明図である。図示するように、本発明の湿式伸線機は、ダイス群11を挟んで対向する同軸多段の駆動コーンプーリ12および従動コーンプーリ13の対を少なくとも1対、図示する例では1対備えている。
【0016】
本発明の湿式伸線機においては、図示するように、駆動コーンプーリ12および従動コーンプーリ13の各段がすべて同径であるとともに、駆動コーンプーリ12の駆動軸14が多段で構成され、かつ、駆動コーンプーリ12の各段が、対応する駆動軸14の各段により個々に独立して駆動される。
【0017】
すなわち、本発明においては、パイプ状の軸を用いて駆動軸14を多段化し、各段の同径駆動コーンプーリ12を同径のそれぞれを個々に独立して駆動させるものとしたことで、省スペース性を担保しつつ、図2に示す従来の伸線機とは異なりダイス配置を平面状とすることができるため、ダイスとワイヤとが伸直になりやすくなって、金属線材の性状を安定化するとともに、ダイス寿命を延ばすことが可能となったものである。
【0018】
図示するように、駆動コーンプーリ12の駆動は、ギア15により駆動されるものとすることが好ましい。これにより、速度比が自在に設計、変更可能となるため、図示するように予備ギア16を設けることで、個々のダイス条件(すなわち、適切な減面率)に合わせた設計リダクションを設定できる自由度があり、スリップ式の伸線方法でありながらスリップを極力抑えることができるので、低スリップによるワイヤ性状の安定化に加え、伸線電力の低減(エネルギー消費の低減)、スリップ振動の抑制によるダイス寿命低下の抑制、ひいては、これらに伴う高速化についても実現することが可能となる。
【0019】
本発明においては、従来のスリップ式伸線機(図2)とは異なり、駆動コーンプーリ12および従動コーンプーリ13の対の各段で、平行な方向に伸線を行うことができるため、ダイス配置を単純化することができ、設計段階で調芯が効果的に行えることから、ワイヤの品質安定化にも寄与できる。また、本発明の湿式伸線機においては、上記のような単純な構成の設計設備であるために、設備コストも低減でき、安価でかつ高性能の伸線機とすることが可能である。
【0020】
本発明の湿式伸線機においては、駆動コーンプーリ12および従動コーンプーリ13に関して上記条件を満足する点のみが重要であり、それ以外の、使用するダイスなどの伸線条件、伸線に供する金属線材の条件等については常法に従い適宜選定することができ、特に制限されるものではない。なお、図1中、符号17はモータ、符号18はワイヤを巻き取るためのキャプスタン、符号19は最終ダイスを示し、符号20,21はそれぞれ巻き出しロールおよび巻取りロールを示す。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を、実施例を用いてより詳細に説明する。
【0022】
<実施例1,2>
図1に示す本発明の湿式伸線機を用いて、下記に従い金属線材の伸線を行った。図示する湿式伸線機の駆動コーンプーリ12および従動コーンプーリ13の各段の径はすべて同一とし、駆動コーンプーリ21の駆動軸14を多段で構成して、駆動コーンプーリ12の各段を、対応する駆動軸14の各段により個々に独立して駆動した。ダイス数は19個であった。
【0023】
<比較例1,2>
図2に示す従来のスリップ式伸線機を用いた以外は実施例1,2と同様にして、金属線材の伸線を行った。図示するスリップ式伸線機のコーンプーリ101の径は、常法に従い、伸線に伴う各段ごとに大きくなるよう設定した。
【0024】
上記実施例1,2および比較例1,2のそれぞれのコーン径を、下記の表1中に示す。また、ギア比については、設計リダクションを合わせたギア比とした。
【0025】
評価は、3600MPa級0.20mmのスチールワイヤを用いて行い、電力指数、加速度振動RMS値指数、ワイヤ疲労性としての捻回値指数、断線指数、ダイス寿命指数の各項目につき、下記表2中に示すように伸線速度(伸線速度(線速)600m/min、これを100とする)を変えて実施した。電力量は、伸線量と積算電力から、伸線1kgあたりの電力量を算出することにより求めた。また、捻回値は、特許第3844267号公報に開示された繰り返し捻回測定法と同様の方法を用い、試験長:50mm、軸線方向張力:約1.5kg、撚り速度:約30回/分の条件で測定した。さらに、断線は、断線回数と伸線量とから、100トンあたりの断線回数を算出し、ダイス寿命は、伸線量とダイス太り量から、規定太り量までの伸線量を寿命として算出した。
これらの結果を、下記の表2中に併せて示す。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

*)各評価結果はすべて、比較例1の値を100とした指数にて評価した結果である。それぞれ、電力指数は小なるほど低電力で良好であり、振動指数は小なるほど低振動で良好であり、捻回指数は大なるほどワイヤ疲労性に優れ良好であり、断線指数は小なるほど断線が少なく良好であり、ダイス寿命指数は大なるほど高寿命で良好である。
【0028】
伸線速度が100である実施例1では、電力が約10%、振動で30%低減されており、比較例1に比してワイヤ捻回値には変化がないものの、断線の減少およびダイス寿命については共に向上していることがわかる。このうち電力の低減効果については、装置の駆動伝達効率の改善による効果である。さらに、伸線速度を50%アップすると、電力低減効果や振動抑制効果が更に向上することもわかる。さらにまた、スピードアップしてもワイヤ捻回値やダイス寿命について大きな減少はなく、高速化も可能な伸線機となっていることが確かめられた。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の一好適構成例に係る湿式伸線機を示す概略説明図である。
【図2】従来のスリップ式伸線機を示す概略説明図である。
【図3】従来のタンデム式伸線機を示す概略説明図である。
【符号の説明】
【0030】
1 ワイヤ(金属線材)
11 ダイス群
12 駆動コーンプーリ
13 従動コーンプーリ
14 駆動軸
15 ギア
16 予備ギア
17 モータ
18,106,203 キャプスタン
19,106 最終ダイス
20,104,204 巻き出しロール
21,105,205 巻取りロール
101 コーンプーリ
102,202 ダイス
201 駆動プーリ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイス群を挟んで対向する同軸多段の駆動コーンプーリおよび従動コーンプーリの対を少なくとも1対備える湿式伸線機において、
前記駆動コーンプーリおよび従動コーンプーリの各段がすべて同径であり、該駆動コーンプーリの駆動軸が多段で構成され、かつ、該駆動コーンプーリの各段が、対応する駆動軸の各段により個々に独立して駆動されることを特徴とする湿式伸線機。
【請求項2】
前記駆動コーンプーリがギアにより駆動される請求項1記載の湿式伸線機。
【請求項3】
前記駆動コーンプーリおよび従動コーンプーリの対の各段で、平行な方向に伸線を行う請求項1または2記載の湿式伸線機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−302400(P2008−302400A)
【公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−153040(P2007−153040)
【出願日】平成19年6月8日(2007.6.8)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】