説明

溶接熱影響部の靭性に優れた厚鋼板

【課題】大入熱溶接を施した際のHAZ靭性が優れると共に、低降伏比を実現でき、更には、良好な母材靭性も確保することができる溶接熱影響部の靭性に優れた厚鋼板を提供することを課題とする。
【解決手段】所定の化学成分組成を満足し、酸素を除く構成元素が、10%<Ti、Al<20%、5%<Ca<40%、5%<REM<50%および/または5%<Zr<40%を満足する酸化物を含有し、円相当径が2μm未満の酸化物が200個/mm以上、円相当径が2μm以上5μm未満の酸化物が30〜70個/mm、円相当径が5μm以上の酸化物が30個/mm未満存在すると共に、円相当径が100nm以下のTi含有窒化物を5×10個/mm以上含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に建築用構造物に用いられる厚鋼板に関し、より詳しくは、入熱量が100kJ/mm以上となるような大入熱での溶接を行った際の、溶接熱影響部(以下、HAZとも述べる。)の靭性に優れた厚鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、建築用構造物などに用いられる鋼材に要求される特性は、建築物の高層化、大型化に伴って、益々厳しくなる傾向にある。特にそれら要求される多くの特性の中でも、靭性に関する要求についてはより厳しくなる傾向がある。
【0003】
建築用構造物などに用いられる鋼材は、接合に溶接が用いられることが数多くあるが、特に溶接接合の際に熱影響を受けて形成されるHAZは靭性が劣化しやすいという問題があった。このHAZ靭性の劣化は、溶接時の入熱量が大きくなるほど顕著に現れるという傾向があるため、HAZ靭性を改善するには、溶接時の入熱量を極力抑えれば良いと考えられる。しかしながら、建築用構造物などに用いられる鋼材については、溶接の作業効率を向上させるという観点から、逆に大入熱溶接、特に入熱量が100kJ/mm以上となるような大入熱溶接が求められる傾向にある。
【0004】
大入熱溶接を行った場合のHAZ靭性を高める技術の代表例として高Ni鋼板があるが、例えば、特許文献1には、2%程度のNiを添加することによって、強度および靭性を向上させた鋼板が開示されている。しかしながら、Niは非常に高価で手に入りにくい元素であるため、添加するNi量を高くすることは好ましくなく、工業的にはむしろNiの添加量をできる限り低く抑えたほうが好ましいということができる。
【0005】
そのような背景もあり、特許文献1に記載のように高Niとすることなく、Niの添加量を極力低く、例えばNiの添加量を1.5%以下とした上で、HAZ靭性を高める技術も種々検討されている。大入熱溶接時のHAZは、入熱によって高温のオーステナイト(γ)領域に長時間保持された後、徐冷されるため、上記入熱における高温保持時のγ粒の成長および徐冷過程における粗大フェライト(α)粒の生成が生じ、組織の粗大化がもたらされやすく、それが大入熱溶接時のHAZ靭性低下の原因となっている。こうしたことから、大入熱溶接時における組織の粗大化を抑制する必要があり、大入熱溶接時におけるHAZ靭性を安定して高い水準に保つ技術を開発することが、必要課題となっている。
【0006】
大入熱溶接時における組織の粗大化を抑制してHAZ靭性を確保するための主な手段としては、酸化物、窒化物、硫化物等の介在物粒子によるγ粒成長ピン止め、介在物粒子を起点とする粒内α生成による組織の微細化等に関する技術等が提案されている。こうした技術の提案例として、特許文献2〜4に記載の技術がある。それら特許文献2〜4には、鋼材中に微細なTi含有窒化物を分散析出させγ粒成長ピン止め粒子として作用させることで、大入熱溶接時のHAZで生じるオーステナイト粒の粗大化を抑制し、HAZ靭性の劣化を抑えることが開示されている。しかしながら、Ti含有窒化物は、近年求められているような大入熱で溶接を行うと消失してしまう量が多くなり、数密度を十分に確保できなくなることがあり、安定したHAZ靭性を得ることはできない。
【0007】
これに対し、特許文献5〜7として、高温で安定な酸化物系介在物をγ粒成長ピン止め粒子として利用する技術が提案されている。しかしながら、酸化物系介在物はTi含有窒化物に比べて数密度が少なく、十分なピン止め効果を得ることは困難であるため、入熱量が100kJ/mm以上となるような大入熱での溶接に対して対応することが十分にはできず、なおいっそうの改善が必要である。
【0008】
すなわち、特許文献5,6には、Ti−REM−Ca−Al系酸化物やREMやZrを含む酸化物を存在させることによって良好なHAZ特性が得られると記載されてはいるものの、想定した入熱量は低い水準にとどまっており、100kJ/mm以上となるような大入熱溶接で良好なHAZ特性が得られるということはできない。また、特許文献7には、特許文献6と同様にREMやZrを含む酸化物を利用する技術が記載されているが、上記と同様に想定した入熱量は低い水準にとどまっており、100kJ/mm以上となるような大入熱溶接で良好なHAZ特性が得られるということはできない。
【0009】
更には、特許文献8には、酸化物系介在物とTi含有介在物の両方をγ粒成長ピン止め粒子として利用することで、高いHAZ靭性を得る技術が記載されている。しかしながら、近年の入熱量の増大傾向を考慮すると、Ti含有介在物を主としたγ粒成長ピン止めの利用には限界があり、酸化物系介在物による大入熱でのHAZ靭性向上手段を早急に確立する必要があるということができる。
【0010】
また、酸化物系介在物粒子を起点とする粒内α生成の起点として作用させる技術としては、特許文献9に記載のTiやREMを含む複合酸化物とMnSを利用した技術が提案されているほか、発明者らは、特許文献10で介在物形状を制御することで、粒内α生成を促進する技術を先に提案している。これらの技術は、粒内α生成に対し、(粒内α/介在物)界面エネルギーの低い介在物が有効との前提で構築されているものである。しかしながら、特許文献9に記載の技術では、そもそも想定している入熱量が小さく、大入熱HAZ靭性を十分に保障するまでには至っていない。
【0011】
また、建築用構造物などに用いられる鋼材は、優れたHAZ靭性が要求されることと併せて、母材の強度、低降伏比、および母材靭性も要求される。近年では、建築物の高層化、大型化に伴い、建築物用の鋼材として高張力鋼材を使用する動きが高まっている。
【0012】
例えば、特許文献11として、微細な炭窒化物分散させると共に、フェライトを一定量以上確保することによって、引張強度が590MPa以上の鋼板での低降伏比を実現する技術が提案されている。しかしながら、この特許文献11に係る技術は、入熱量が100kJ/mm以上となるような大入熱溶接を施した場合のHAZ靭性に着目した技術ではない。また、特許文献12でも、酸化物系介在物を分散させると共に、フェライトを一定量以上確保することによって、引張強度が590MPa以上の鋼板での低降伏比を実現する技術が提案されているが、対象とする入熱量は小さいものである。
【0013】
以上説明したように、入熱量が100kJ/mm以上となるような大入熱溶接を施した場合のHAZ靭性を確保すると共に、母材の強度と靭性を向上させ、更に低降伏比を実現した技術については、未だ開発されていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2006−118007号公報
【特許文献2】特開2001−98340号公報
【特許文献3】特開2004−218010号公報
【特許文献4】特開昭61−253344号公報
【特許文献5】特開2001−20031号公報
【特許文献6】特開2007−100213号公報
【特許文献7】特開2007−247005号公報
【特許文献8】特開2008−223062号公報
【特許文献9】特開平7−252586号公報
【特許文献10】特開2008−223081号公報
【特許文献11】特許第2901890号公報
【特許文献12】特開2007−247004号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、上記従来の実情を鑑みてなされたもので、入熱量が100kJ/mm以上となるような大入熱溶接を施した場合であっても、HAZ靭性が優れると共に、引張強度が490MPa以上の高強度域において低降伏比を実現でき、更には、良好な母材靭性も確保することができる溶接熱影響部の靭性に優れた厚鋼板を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
請求項1記載の発明は、質量%で、C:0.02〜0.15%、Si:0.46%以下(0%を含む)、Mn:1.0〜2.0%、P:0.03%以下(0%を含まない)、S:0.015%以下(0%を含まない)、Al:0.05%以下(0%を含まない)、Ti:0.010〜0.080%、Ca:0.0005〜0.010%、N:0.002〜0.020%、REM:0.0001〜0.02%および/またはZr:0.0001〜0.02%を含有し、残部が鉄および不可避的不純物である厚鋼板であって、酸素を除く構成元素が、質量%で、10%<Ti、Al<20%、5%<Ca<40%、5%<REM<50%および/または5%<Zr<40%を満足する酸化物を含有し、且つ、前記酸化物のうち、円相当径が2μm未満の酸化物が200個/mm以上、円相当径が2μm以上5μm未満の酸化物が30〜70個/mm、円相当径が5μm以上の酸化物が30個/mm未満存在すると共に、Ti含有窒化物を含有し、且つ、前記Ti含有窒化物のうち、円相当径が100nm以下のTi含有窒化物が5×10個/mm以上存在することを特徴とする溶接熱影響部の靭性に優れた厚鋼板である。
【0017】
尚、上記記載を含め、本発明で説明する円相当径とは、酸化物等の大きさに着目して、その面積が等しくなるように想定した円の直径を求めたものであり、透過型電子顕微鏡(TEM)や走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、画像解析することで求めることができる。
【0018】
請求項2記載の発明は、更に、質量%で、Ni:1.50%以下、Cu:1.50%以下、Cr:1.50%以下、Mo:1.50%以下よりなる群から選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の溶接熱影響部の靭性に優れた厚鋼板である。
【0019】
請求項3記載の発明は、更に、質量%で、Nb:0.10%以下および/またはV:0.10%以下を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の溶接熱影響部の靭性に優れた厚鋼板である。
【0020】
請求項4記載の発明は、更に、質量%で、B:0.005%以下を含有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の溶接熱影響部の靭性に優れた厚鋼板である。
【発明の効果】
【0021】
本発明の厚鋼板によると、化学組成が適切に制御され、所定の化学組成を有する酸化物がその大きさごとに適切量分散されており、更に微細なTi含有窒化物が所定量以上確保されているため、入熱量が100kJ/mm以上となるような大入熱溶接を施した場合にも、良好なHAZ靭性を確保することができる。また、引張強度が490MPa以上の高強度域において低降伏比を実現でき、更には、良好な母材靭性も確保することができる。よって、本発明の厚鋼板は、入熱量が100kJ/mm以上となるような大入熱溶接が求められている高層建築物の鋼材などとして有効に用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
建築用構造物に用いられる厚鋼板に関し、入熱量が100kJ/mm以上となるような大入熱での溶接を行った際の溶接熱影響部靭性に優れた厚鋼板を開発するにあたり、まず、発明者らは、酸化物系介在物(以下、単に酸化物とも述べる。)によって高いHAZ靭性を確保することができるということに着目し、様々な角度から検討した。
【0023】
この酸化物を利用した厚鋼板のHAZ靭性向上技術には、利点と欠点がある。利点は、酸化物が粒内α生成起点となりHAZ組織を微細化させることでHAZ靭性を向上させることであり、逆に欠点は、酸化物自体が破壊の起点となることでHAZ靭性に悪影響を及ぼすことである。
【0024】
従来はこのような観点から、酸化物を粒内α生成の起点として利用する場合は、円相当径が2μm未満の酸化物を主体として、それ以上のサイズの酸化物は可能な限り低減するという技術思想で厚鋼板の開発が行われていた。
【0025】
しかしながら、近年の研究開発によると、粒内α生成の起点という観点からはむしろ厚鋼板内に導入する酸化物のサイズが大きい方が粒内αの生成能が高いということが理論的に確認され、報告されており、また、靭性評価温度が高いほど靭性を確保するための酸化物(粗大第2相)のサイズの上限が緩和されることが理論的に確認され、報告されている。
【0026】
このような研究開発結果から、発明者らは、靭性評価温度が比較的高温である建築用構造物に用いられる厚鋼板の場合は、HAZ靭性に悪影響を及ぼす酸化物のサイズの上限を緩和した上で、従来の技術思想を踏襲すること、すなわち、厚鋼板内部に分散させる酸化物は、従来と同様に円相当径が2μm未満の酸化物を主体とした上で、粒内α生成能が高い比較的サイズが大きな酸化物を内部に導入することで、HAZ組織を微細化することができ、HAZ靭性を向上させることができると考え検討を進めた。
【0027】
次に、発明者らは母材の低降伏比という観点から更に検討を進めた。前記したように、酸化物は粒内α生成の起点となることでHAZ靭性の向上に寄与することができる。また、酸化物導入により核生成サイトを多くすることで、酸化物を導入しない場合と比較して母材は比較的高温でベイナイト変態するため、比較的低降伏比になるといえる。一方で、酸化物自体が破壊の起点となり、母材靭性を低下させてしまうという不具合もある。また、その不具合は、母材の強度が増すほど大きくなることが知られており、高強度鋼に酸化物を導入するにあたっては、母材靭性を低下させないことが重要であるといえる。
【0028】
母材靭性を向上させる手段としては、一般には鋼材の熱処理を工夫することで鋼材組織の微細化を図ることが有効であると考えられる。しかしながら、熱処理は工程を煩雑にするため工業的には好ましい手段とはいえない。従って、発明者らは、母材靭性の向上も、HAZ靭性の向上と同様に鋼材内部に酸化物を導入することで粒内αの生成を促進させることが有効と考えた。
【0029】
但し、母材組織はHAZ組織と比較して旧γ粒径が小さい。組織のサイズは、常に粒内からのα生成と旧γ粒界からのα生成のバランスによって決まるため、母材組織の旧γ粒径が小さいということは、粒界からのα生成の勢力の方が相対的に大きくなっているということができる。そのため、粒内α生成による組織微細化効果は、母材においてはHAZと比較すると発揮されにくい。従って、酸化物系介在物制御による粒内αの生成を促進し、母材組織を微細化するためには、導入する酸化物の組成およびサイズをより適切に制御する必要があるといえる。
【0030】
発明者らは、以上様々な角度から検討した技術思想に基づいて、HAZ靭性の向上および母材の特性確保という観点から酸化物の制御を試みた。その結果、酸素を除く構成元素が、質量%で、10%<Ti、Al<20%、5%<Ca<40%、5%<REM<50%および/または5%<Zr<40%を満足する酸化物を導入させ、且つ、それら酸化物のうち、円相当径が2μm未満の酸化物を200個/mm以上、円相当径が2μm以上5μm未満の酸化物を30〜70個/mm、円相当径が5μm以上の酸化物を30個/mm未満、夫々存在させるようにすることで、粒内α生成によるHAZ組織微細化効果が顕著に発現されることを見出し、いっそう優れたHAZ靭性が得られることを確認した。
【0031】
尚、前記酸化物のうち、円相当径が2μm未満の酸化物が200個/mm未満、および/または、円相当径が2μm以上5μm未満の酸化物が30個/mm未満しか存在しない場合は、粒内α生成によるHAZ組織微細化効果が十分に発現されなくなる。円相当径が2μm未満の酸化物については、好ましくは220個/mm以上、より好ましくは250個/mm以上存在することが推奨される。また、円相当径が2μm以上5μm未満の酸化物については、好ましくは50個/mm以上、より好ましくは60個/mm以上存在することが推奨される。
【0032】
また、前記酸化物は、酸化物中のTi、Al、Ca、REM、Zrの質量が、酸素を除く構成元素の合計質量に対し、10%<Ti、Al<20%、5%<Ca<40%、5%<REM<50%および/または5%<Zr<40%の範囲になっておれば良い。酸素を除く構成元素には、Ti、Al、Ca、REM、Zrの元素のほか、Si、Mn等の元素を含むことが許容される。また、この酸化物は、通常、前記した酸素以外の元素を含んだ複合酸化物の形態で存在する。
【0033】
尚、これら酸化物のうちでも、TiとCaの質量比が1超1.4未満である酸化物は、HAZの高温加熱において一部が液相化すると共に、その後の冷却過程で粒内α生成に有利な結晶構造を有して結晶化するため、(粒内α/γ)界面エネルギーの低減に加え、一層低い(粒内α/介在物)界面エネルギーを実現することができ、粒内αの生成が極めて活発に促進されるので特に有効であるといえる。
【0034】
以上のように、本発明の厚鋼板は、成分組成が適切に制御された酸化物を、そのサイズ毎に適切な数(個数密度)だけ含有しているので、十分にHAZ靭性が高められている。
【0035】
また、発明者らは、前記酸化物の制御に加えて、厚鋼板に微細なTi含有窒化物を適切な個数(個数密度)以上含有させることも必要であり、このようなTi含有窒化物によってHAZの旧γ粒成長のピン止めを行うことができることが見出した。尚、本発明で定義するTi含有窒化物には、TiNは勿論のこと、TiNのTiの一部、具体的にはTiに代えて原子比で50%以下の元素を他の窒化物形成元素(Nb、Zr、V等)で置換したものも含まれる。
【0036】
このTi含有窒化物は前記酸化物と比較すると非常に微細であり、溶接による入熱前は鋼材内に非常に数多く微細分散させておくことが可能であるため、たとえ入熱量が100kJ/mm以上となるような大入熱溶接によりTi含有窒化物の多くが消失したとしても、まだ十分な数のTi含有窒化物を残存させることが可能である。このように、大入熱溶接後にもまだ十分な数のTi含有窒化物を残存させることができるので、HAZの旧γ粒成長のピン止めを有効に発揮させることができる。
【0037】
本発明では、HAZ靭性を確保するために、鋼材内に導入する円相当径が100nm以下の微細なTi含有窒化物の個数密度を5×10個/mm以上とした。5×10個/mm未満であれば、旧γ粒成長のピン止め効果を有効に発揮させることができない。
【0038】
尚、鋼材内に導入する円相当径が100nm以下の微細なTi含有窒化物の好ましい個数密度は、5.4×10個/mm以上であり、より好ましい個数密度は、6×10個/mm以上である。本発明では、鋼材内に導入する微細なTi含有窒化物の円相当径の下限については特に規定しないが、測定を行う透過型電子顕微鏡(TEM)の測定限界から、実際の円相当径の下限は10nm程度であるということができる。
【0039】
<製造要件>
上記した要件を満足する本発明の厚鋼板、特に、酸素を除く構成元素が、質量%で、10%<Ti、Al<20%、5%<Ca<40%、5%<REM<50%および/または5%<Zr<40%を満足する酸化物を含有し、且つ、前記酸化物のうち、円相当径が2μm未満の酸化物が200個/mm以上、円相当径が2μm以上5μm未満の酸化物が30〜70個/mm、円相当径が5μm以上の酸化物が30個/mm未満存在すると共に、円相当径が100nm以下のTi含有窒化物が5×10個/mm以上存在する厚鋼板を製造するためには、溶製時および鋳造時の製造要件を適切に制御して、厚鋼板を製造することが好ましい。以下、その製造要件を項目毎に分け詳細に説明する。
【0040】
(溶製時における溶鋼中の溶存酸素量)
溶製時には、Mn、必要な場合は更にSiを用いた脱酸により溶鋼中の溶存酸素量を、質量%で、0.002〜0.01%の範囲とする。溶鋼中の溶存酸素量が0.002%未満である場合は、粒内α生成の起点となる適切な組成を有する酸化物を必要量確保できなくなる。一方、溶存酸素量が0.01%を超えた場合は、円相当径が2μm以上の粗大な酸化物が必要以上に形成されることになり、HAZ靭性に悪影響を及ぼす。溶存酸素量の好ましい下限は0.0025%、好ましい上限は0.008%である。
【0041】
(Ti、REM、Zrの添加量)
円相当径が2μm以上5μm未満の酸化物を所定以上確保するためには、酸化物形成元素の中でも比較的制御が難しいTi、REM、Zrの添加量と、その添加量バランスを適切に調整することが好ましい。Tiの添加量は160ppm超、REMとZrの合計添加量は55ppm超とした上で、添加量バランスを、[Ti]/[REM]+[Zr]という式から求められる値が0.8以上11.8未満となるように調整すれば良い。
【0042】
但し、前式で[ ]は各元素等の添加量を質量%で表した値である。尚、[Ti]、[REM]、[Zr]は、最終的に得られる鋼材中のTi量、REM量、Zr量とは必ずしも一致しない。これは、これら元素が製造途中で蒸発したり、スラグ中に含まれて除去されたりすることがあるためである。
【0043】
(酸化物形成元素の添加順序)
Al、Ti、REM、Zr、Caの酸化物形成元素は、Al→Ti→(REM、Zr→)Caの順に添加する必要がある。この添加順序以外の順に各元素を添加すると、粒内α生成の起点となる好適な組成を有する酸化物を必要量確保できなくなる。特に、Caは脱酸力が極めて強いという特性があるため、TiやAlに先立って添加すると、TiやAlと結びつく酸素が全てなくなってしまうことがあり、本発明で規定する成分組成の酸化物を形成させることができなくなる。尚、REMおよびZrをいずれも添加する場合、その添加順序はどちらが先であっても良いし、同時に添加しても構わない。
【0044】
(Ti添加からCa添加までの時間t1)
Ti添加からCa添加までの時間t1(分)は3〜20分とする。Ti添加からCa添加までの時間t1(分)が3分よりも短くなると、Ca添加に先立って添加した元素による酸化物生成が十分に進行せず、粒内α生成の起点となる適切な組成を有する酸化物を必要量確保できなくなる。また、この時間t1(分)が20分より長くなると、Ca添加までに酸化物の生成が過剰に進行して、酸化物の組成が所望のものとならず、粒内α生成の起点と成り得る適切な組成を有する酸化物を必要量確保できなくなる。尚、Ti添加からCa添加までの時間t1(分)の好ましい下限は5分、好ましい上限は15分である。
【0045】
(Ca添加から鋳込み開始までの時間t2)
Ca添加から鋳込み開始までの時間t2(分)は、下記式(1)(2)から求められるtaとtbの間、すなわち、ta(分)<t2(分)<tb(分)を満足する時間とする。
【0046】
ta=4−10[Ca]/([Ti]+2[Al]+5[REM]+2[Zr]+0.01・・・式(1)
tb=25−40[Ca]/([Ti]+2[Al]+5[REM]+2[Zr]+0.01・・・式(2)
但し、前記した式(1)(2)で[ ]は各元素等の添加量を質量%で表した値である。尚、[Ca]、[Ti]、[Al]、[REM]、[Zr]は、最終的に得られる鋼材中のCa量、Ti量、Al量、REM量、Zr量とは必ずしも一致しない。これは、これら元素が製造途中で蒸発したり、スラグ中に含まれて除去されたりすることがあるためである。
【0047】
Ca添加から鋳込み開始までの時間t2(分)は、Ca添加前に生成した他の酸化物からCaが酸素を奪って所望の酸化物を形成する形成するのに要する時間であり、この時間t2(分)がta(分)以下になると、Ca添加後のCa含有酸化物の形成反応が十分に進行せず、粒内α生成の起点と成り得る適切な組成を有する酸化物を必要量確保できなくなる。また、この時間t2(分)がtb(分)以上になると、Ca添加後のCa含有酸化物の形成反応が過剰に進行し、粒内α生成の起点となる適切な組成を有する酸化物を必要量確保できなくなる。t2(分)は、このように、ta(分)<t2(分)<tb(分)を満足することが必要であるが、生産性の観点からはこの範囲でできる限り短時間であることが望ましい。尚、taとtbを求める式(1)(2)は、各元素の酸化物形成能を考慮し、数多くの実験を重ねて求められた式である。
【0048】
以上が酸化物を必要量確保するためのCa添加から鋳込み開始までの時間t2(分)の条件であるが、更に本発明では円相当径が100nm以下のTi含有窒化物を5×10個/mm以上確保する必要がある。そのためには、更に下記式(3)から求められるtx(分)と、t2(分)、ta(分)、tb(分)の関係が、ta(分)<tx(分)<t2(分)<tb(分)を満足する必要がある。
【0049】
tx=6−{[Si]/([Ti]+2[Al]+5[Ca]+5[REM]+2[Zr]+0.01)}・・・式(3)
但し、前記した式(3)で[ ]は各元素等の添加量を質量%で表した値である。
【0050】
Siを添加する場合は脱酸前から添加されており、脱酸直前までに酸化された状態にある。固溶Si量を所定量以上確保するためには、Siより酸素との親和力が大きい強脱酸元素によって、酸化されたSiを十分な時間還元する必要があるため、tx(分)<t2(分)とする。一方で、粒内αの起点となるように適切に成分調整された酸化物も所定量確保する必要があるので、Si酸化物の還元に要する時間を所定時間より短くする必要があり、t2(分)<tb(分)とする。
【0051】
(鋳造時における冷却時間t3)
鋳造時の1500〜1450℃における冷却時間t3(秒)は300秒以下とする。この冷却時間t3(秒)が300秒を超えると、円相当径が5μm以上の粗大な酸化物の生成量が増加し、HAZ靭性が劣化することになる。尚、鋳造時における冷却時間t3(分)は好まくは280秒以下とする。t3(分)の下限は特に限定しないが通常は190秒程度は必要である。
【0052】
(酸化物形成元素の添加量)
酸化物形成元素のうちCaの添加量(質量%)、つまり[Ca]は、下記式(4)(5)から求められるA値とB値の間、すなわち、A≦[Ca]≦Bを満足する添加量(質量%)とする。尚、A値とB値を求める下記式(4)(5)は、数多くの実験を重ねて求められた式である。
【0053】
A=2.25×[Of]・・・式(4)
B=[Of]×[Ti]/(0.25[REM]+0.12[Zr])・・・式(5)
但し、前記した式(4)(5)で、[Of]はCa添加前の溶存酸素量(質量%)、[Ti]、[REM]、[Zr]は、夫々各元素の溶鋼への添加量(質量%)である。
【0054】
Ca添加量がA値より少ないと、添加したCaの大部分がCaの単独酸化物として消費されてしまうため、粒内α生成の起点となるための適切な組成を有する酸化物を確保できなくなる。一方、Ca添加量がB値を超えると、酸化物中のTiの比率(質量%)が小さくなり、この場合も粒内α生成の起点となるための適切な組成を有する酸化物を確保できなくなる。
【0055】
(Si添加量と、Siより脱酸能が高い元素の合計添加量の調整)
本発明では円相当径が100nm以下のTi含有窒化物を5×10個/mm以上確保する必要があるが、そのためには、Tiの活量を上昇させる固溶Si量を鋼材中に十分に確保することが好ましい。先に説明したようにSiを添加する場合は、Ca、Ti、Al、REM、Zrによる脱酸前から添加されており、製鋼工程で一定量酸化されているため、所望の固溶Si量を鋼材中に確保するためには、Siよりも脱酸能が高い元素、すなわち、Al、Ti、Ca、REM、Zrの添加量の合計を、質量%で0.020%以上とすることが必要である。
【0056】
Siを添加する場合の好ましい添加量は、質量%で0.02%以上であり、より好ましい添加量は0.10%である。一方、Al、Ti、Ca、REM、Zrの好ましい合計添加量は0.025%以上であり、より好ましい合計添加量は0.030%以上である。
【0057】
本発明の厚鋼板を製造するにあたっては、以上説明した溶製時および鋳造時の製造要件を適切に制御して、厚鋼板を製造することが好ましいが、溶製および鋳造の後に、得られた鋳片を加熱して熱間圧延した後、焼入れを実施し、更にオーステナイト・フェライト二相域で加熱した後、焼入れ焼戻し処理を行うことが推奨される。
【0058】
前記熱間圧延後の焼入れは、熱間圧延直後に焼入れを行う直接焼入れ(DQ)の他、熱間圧延材を用いてオフラインで焼入れ(RQ)を行っても良い。尚、DQ処理の場合はやり直しができないことから、RQ処理の場合よりも焼入れ開始温度の厳格な温度管理が要求される。
【0059】
また、オーステナイト・フェライト二相域に加熱してRQ処理等の焼入れを行った後は、必要であれば、フェライト変態開始温度(Ac1)以下の温度で焼戻し、鋼材の強度を調整することが好ましい。
【0060】
<化学成分組成>
次に、本発明の厚鋼板における化学成分組成について説明する。本発明の厚鋼板は、前記した酸化物およびTi含有窒化物によってHAZ靭性および母材靭性を向上させることができるが、これに加えて、夫々の化学成分(元素)の含有量を適切に調整することで、本発明が目標とする高度なHAZ靭性および母材靭性を達成することができ、更に低降伏比を実現することができる。従って、本発明の厚鋼板では、夫々の化学成分の含有量が、以下に説明する範囲内にあることも要件とする。これらの化学成分のうち、酸化物を構成するAl、Ca、Ti、REM、Zrの含有量は、その作用効果から明らかなように、酸化物を構成する量を含めたものである。尚、下記の化学成分の含有量(%)は全て質量%を示す。
【0061】
C:0.02〜0.15%
Cは、鋼板の強度を確保するための必須元素である。Cの含有量が0.02%未満の場合は、必要な強度を確保できなくなる。Cの含有量の好ましい下限は0.03%、より好ましい下限は0.04%である。一方で、Cの含有量が過剰になると、硬質な島状マルテンサイト(MA)が多く生成して母材の靭性劣化を招くことになる。従って、Cの含有量は0.15%以下とする必要がある。Cの含有量の好ましい上限は0.12%、より好ましい上限は0.10%である。
【0062】
Si:0.46%以下(0%を含む)
Siは、固溶強化により強度を確保するのに有用な元素であると共に、Ti含有窒化物の個数密度を確保するためにも有用な元素である。また、鋼板の強度クラスによっては、α相を確保するためにも有用な元素である。但し、Siの含有量が過剰になると、α相が過剰に導入され、必要な引張り強さ(TS)を確保できなくなる。従って、Siの含有量の上限は0.46%とする。また、好ましい上限は0.42%であり、より好ましい上限は0.35%、更に好ましい上限は0.25%である。尚、本発明では特にSiの含有量の下限を特に規定しないが、対象となる厚鋼板の板厚によればSiは必須元素となる場合がある。すなわち、鋳塊サイズが大きい場合は冷却速度が遅くなるため、Siを添加しなくてもTi含有窒化物の個数密度を確保することが可能であるが、鋳塊サイズが小さい場合は冷却速度が速くなるため、Siを添加してTi活量を高めることでTi含有窒化物の個数密度を確保する必要がある。その場合のSiの含有量の好ましい下限は0.01%である。また、Siの含有量のより好ましい下限は0.05%、更に好ましい下限は0.08%である。
【0063】
Mn:1.0〜2.0%
Mnは、鋼板の強度を確保するのに有用な元素であり、こうした効果を有効に発揮させるには1.0%以上含有させる必要がある。Mnの含有量の好ましい下限は1.3%、より好ましい下限は1.4%である。一方、2.0%を超えて過剰に含有させるとHAZの強度が上昇しすぎて靭性が劣化するので、Mnの含有量は2.0%以下とする。Mnの含有量の好ましい上限は1.8%、より好ましい上限は1.6%である。
【0064】
P:0.03%以下(0%を含まない)
Pは、粒界破壊を起こし易く靭性に悪影響を及ぼす不純物元素であるので、その含有量はできるだけ少ないことが好ましい。母材およびHAZの靭性を確保するという観点からは、Pの含有量は0.03%以下に抑制する必要があり、好ましくは0.02%以下、より好ましくは0.01%以下とする。Pの含有量の下限については特に規定しないが、工業的に鋼中のPを0%にすることは困難である。
【0065】
S:0.015%以下(0%を含まない)
Sは、Mn硫化物を形成して母材の靭性を劣化させる元素であるので、その含有量はできるだけ少ないことが好ましい。母材靭性を確保するという観点からは、Sの含有量は0.015%以下に抑制する必要があり、好ましくは0.010%以下、より好ましくは0.008%以下とする。Sの含有量の下限については特に規定しないが、工業的に鋼中のSを0%にすることは困難である。
【0066】
Al:0.05%以下(0%を含まない)
Alは、TiやCa、およびREMやZrに先立ち添加することによって、粒内αの生成に有効な酸化物を形成する上で有用な元素である。こうした効果を有効に発揮させるためには、好ましくは0.003%以上含有させる必要があり、より好ましくは0.010%以上とする。しかしながら、その含有量が過剰であると粗大酸化物が生成して母材およびHAZの靭性が劣化するので、0.05%以下に抑える必要がある。Alの含有量の好ましい上限は0.04%、より好ましい上限は0.03%である。
【0067】
Ti:0.010〜0.080%
Tiは、Alの添加後、Ca、およびREMやZrに先立ち添加することによって、粒内αの生成に有効な酸化物を形成してHAZ靭性の向上に寄与する元素である。こうした効果を有効に発揮させるためには、0.010%以上含有させる必要がある。Tiの含有量の好ましい下限は0.12%、より好ましい下限は0.15%である。一方、Tiの含有量が過剰であると粗大酸化物が多く生成してHAZ靭性を劣化させるので、0.080%以下に抑える必要がある。Tiの含有量の好ましい上限は0.060%、より好ましい上限は0.040%である。
【0068】
Ca:0.0005〜0.010%
Caは、Tiの添加後、3〜20分後に添加することによって、粒内αの生成に有効な酸化物を形成してHAZ靭性の向上に寄与する元素である。こうした効果を有効に発揮させるためには、0.0005%以上含有させる必要がある。Caの含有量の好ましい下限は0.0008%、より好ましい下限は0.0010%である。一方、Caの含有量が過剰であると粗大酸化物が生成して母材およびHAZの靭性が劣化するので0.010%以下に抑える必要がある。Caの含有量の好ましい上限は0.008%、より好ましい上限は0.007%である。
【0069】
N:0.002〜0.020%
Nは、高温で溶け残るTi含有窒化物を形成することによって、母材およびHAZの靭性を確保する上で有用な元素である。こうした効果を有効に発揮させるためには、0.002%以上含有させる必要がある。Nの含有量の好ましい下限は0.003%、より好ましい下限は0.004%である。一方、Nの含有量が過剰になると、固溶N量が増大して歪時効によって母材およびHAZの靭性が劣化するので0.020%以下に抑える必要がある。Nの含有量の好ましい上限は0.018%、より好ましい上限は0.013%である。
【0070】
REM:0.0001〜0.02%および/またはZr:0.0001〜0.02%
REM(希土類元素)およびZrは、Tiの添加後、Caの添加に先立って添加することで、粒内αの生成に有効な酸化物を形成してHAZ靭性の向上に寄与する元素である。こうした効果は、それらの含有量が増加するにつれて増大するが、こうした効果を有効に発揮させるためには、いずれも0.0001%以上含有させる必要がある。REMおよびZrの含有量の好ましい下限は0.0005%、より好ましい下限は0.0010%である。一方、これらの元素を過剰に含有させると、酸化物が粗大になって母材およびHAZの靭性を劣化させるため、いずれも0.02%以下に抑える必要がある。これらの含有量の好ましい上限は0.015%、より好ましい上限は0.01%である。尚、REM(希土類元素)とは、ランタノイド元素(周期律表でLaからLnまでの15元素)、ScおよびYを示す。
【0071】
以上が本発明で規定する必須の含有元素であって、残部は鉄および不可避的不純物である。不可避的不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれるSn、As、Pb等の元素の混入が許容される。また、更に以下に示す元素を積極的に含有させることも有効であり、含有される化学成分(元素)の種類によって厚鋼板の特性が更に改善される。
【0072】
Ni:1.50%以下、Cu:1.50%以下、Cr:1.50%以下、Mo:1.50%以下よりなる群から選ばれる1種以上
Ni、Cu、Cr、およびMoは、いずれもが鋼板の強度−靭性バランス向上に有効な元素であり、その効果はそれらの含有量が増加するにつれて増大する。こうした効果を有効に発揮させるためには、いずれも0.05%以上含有させることが好ましく、0.10%以上含有させることがより好ましい。しかし、Niは高価な元素でありコストの観点からは1.50%以下に抑えることが好ましく、1.20%以下とすることが好ましい。また、Cu、Cr、およびMoは、それらを過剰に含有させると、強度の過大な上昇を招き、母材およびHAZの靭性を劣化させるため、いずれも1.50%以下に抑えることが好ましく、1.20%以下とすることがより好ましい。
【0073】
Nb:0.10%以下および/またはV:0.10%以下
NbおよびVは、炭窒化物として析出し、γ粒の粗大化を抑制することで、母材靭性を向上させるのに有効な元素である。その効果はそれらの含有量が増加するにつれて増大するが、こうした効果を有効に発揮させるためには、いずれも0.002%以上含有させることが好ましく、0.005%以上含有させることがより好ましい。しかし、それらを過剰に含有させると、HAZ組織の粗大化を招き、HAZ靭性を劣化させるため、いずれも0.10%以下に抑えることが好ましく、より好ましくは0.08%以下、更に好ましくは0.05%以下とする。
【0074】
B:0.005%以下
Bは、粗大な粒界αの生成を抑制することで、母材およびHAZの靭性を向上させるのに有効な元素である。その効果はその含有量が増加するにつれて増大するが、こうした効果を有効に発揮させるためには、Bは0.0010%以上含有させることが好ましく、0.0015%以上含有させることがより好ましい。しかし、Bの含有量が過剰になると、オーステナイト粒界でのBNの析出を招き、母材およびHAZの靭性を劣化させるため、0.005%以下に抑えることが好ましい。Bの含有量のより好ましい上限は0.004%、更に好ましい上限は0.003%である。
【0075】
本発明は厚鋼板に関する発明であるが、一般に厚鋼板とは、JIS2402で定義されるように、板厚が3.0mm以上の鋼板のことを示す。但し、本発明の厚鋼板は、50mm以上の板厚の厚鋼板の大入熱溶接を対象として発明されたものであり、対象とする鋼板は、板厚が50mm以上の鋼板であるということができるかもしれないが、これらは単に好ましい態様に過ぎず、本発明を3mm以上50mm未満の板厚の厚鋼板へ適用することを排除するものではない。
【実施例】
【0076】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0077】
本発明の実施例では、まず、表1〜表3に示す各成分組成の鋼を、真空溶解炉(No.1〜54:50kgVIF、No.55〜57:150kgVIF)によって溶製した後、その溶鋼を用いて鋳片を鋳造し、更にその鋳片を用いて熱間圧延を行うことで、No.1〜54の場合は板厚50mmの熱間圧延板を、No.55〜57の場合は板厚80mmの熱間圧延板を得た。この熱間圧延板をオーステナイト・フェライト二相域まで加熱し焼入れを行った後、50℃で焼戻しを行い、試験用の厚鋼板とした。
【0078】
この試験用の厚鋼板を製造するにあたり、制御した各条件を表4〜表6に示す。その条件は、Al添加前の溶鋼中の溶存酸素量[Of]、Al,Ti,(REM,Zr),Caの添加順序、Ti添加からCa添加までの時間t1、Ca添加から鋳込み開始までの時間t2、鋳造時の1500〜1450℃における冷却時間t3、Al,Ti,REM,Zr,Caの各添加量である。
【0079】
尚、適正なCaの添加量を求めるためのA値およびB値、厚鋼板が含有するAl,Ti,Ca,REM,Zrの合計添加量、円相当径が2μm以上5μm未満の酸化物を所定以上確保するための好ましい条件([Ti]>160ppm、([REM]+[Zr])>55ppm、(0.8≦[Ti]/[REM]+[Zr])≦11.8))を満足するか否かについても、併せて示す。
【0080】
尚、表1〜表3において、REMは、質量%で、Ceを50%程度とLaを25%程度含有するミッシュメタルの形態で添加した。また、表1および表2で、「−」は該当元素を添加していないことを示す。
【0081】
また、表4〜表6において、Al,Ti,(REM,Zr),Caの添加順序は、Al→Ti→(REM,Zr)→Caの順で添加した時を「○」、それ以外の順で添加した時を「×」で示す。尚、No.33はCaを添加していないので、添加順序は「−」で示した。
【0082】
また、Ca添加から鋳込み開始までの時間t2については、前記したta(分)<tx(分)<t2(分)<tb(分)を満足するものを「○」、満足しないものを「×」で示す。また、Ca添加量[Ca]に関しては、前記したA≦[Ca]≦Bの関係を満足するものを「○」、満足しないものを「×」で示した。
【0083】
【表1】

【0084】
【表2】

【0085】
【表3】

【0086】
【表4】

【0087】
【表5】

【0088】
【表6】

【0089】
以上の要件で製造した各厚鋼板を用いて、各種大きさの酸化物(酸化物系介在物)の個数密度、Ti含有窒化物の個数密度、母材中の粒内αの生成率、引張り強度TS、降伏比YR、母材靭性およびHAZ靭性を測定により求め出した。これらの測定結果を表7〜表9に示す。
【0090】
(円相当径が2μm未満の酸化物の個数密度の測定)
各厚鋼板の表面から深さt/4(t:板厚)の位置から試験片を切り出し(試験片の軸心がt/4の位置を通るように採取)、圧延方向および板厚方向に平行な断面を、Carl Zeiss社製の電界放射式走査型電子顕微鏡「SUPRA35(商品名)」(以下、FE−SEMと呼ぶ)を用いて観察した。その観察条件は、倍率:5000倍、観察視野:0.0024μm、観察箇所:20箇所とした。画像解析によって、この観察視野中の各酸化物の面積を測定し、その面積から各酸化物の円相当径を算出した。尚、各酸化物が上記した成分組成を満足するものであることは、EDX(エネルギー分散型X線検出器)によって確認した。そして、上記した成分組成を満足する酸化物のうち、円相当径が2μm未満となる酸化物の個数(N1)を1mm相当の個数密度に換算して求めた。但し、円相当径が0.2μm以下となる酸化物については、EDXの信頼性が十分でないため、解析から除外した。
【0091】
(円相当径が2μm以上5μm未満の酸化物の個数密度の測定)
各厚鋼板の表面から深さt/4(t:板厚)の位置から試験片を切り出し(試験片の軸心がt/4の位置を通るように採取)、圧延方向および板厚方向に平行な断面を、FE−SEMを用いて観察した。その観察条件は、倍率:1000倍、観察視野:0.06μm、観察箇所:20箇所とした。画像解析によって、この観察視野中の各酸化物の面積を測定し、その面積から各酸化物の円相当径を算出した。尚、各酸化物が上記した成分組成を満足するものであることは、EDXによって確認した。そして、上記した成分組成を満足する酸化物のうち、円相当径が2μm以上5μm未満となる酸化物の個数(N2)を1mm相当の個数密度に換算して求めた。
【0092】
(円相当径が5μm以上の酸化物の個数密度の測定)
各厚鋼板の表面から深さt/4(t:板厚)の位置から試験片を切り出し(試験片の軸心がt/4の位置を通るように採取)、圧延方向および板厚方向に平行な断面を、FE−SEMを用いて観察した。その観察条件は、倍率:1000倍、観察視野:0.06μm、観察箇所:20箇所とした。画像解析によって、この観察視野中の各酸化物の面積を測定し、その面積から各酸化物の円相当径を算出した。尚、各酸化物が上記した成分組成を満足するものであることは、EDXによって確認した。そして、上記した成分組成を満足する酸化物のうち、円相当径が5μm以上となる酸化物の個数(N3)を1mm相当の個数密度に換算して求めた。
【0093】
(Ti含有窒化物の個数密度の測定)
各厚鋼板の表面から深さt/4(t:板厚)の位置の部位を、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察した。その観察条件は、倍率:60000倍、観察視野:2μm×2μm、観察箇所:5箇所とした。画像解析によって、この観察視野中の各Ti含有窒化物の面積を測定し、その面積から各Ti含有窒化物の円相当径を算出した。尚、Ti含有窒化物であることは、EDXで分析した際に、TiとNのピークが検出されるものをTi含有窒化物とした。そして、円相当径が100nm以下となるTi含有窒化物の個数(N4)を1mm相当の個数密度に換算して求めた。
【0094】
(母材の粒内α生成率の測定)
各厚鋼板の表面から深さt/4(t:板厚)の位置から試験片を切り出し(試験片の軸心がt/4の位置を通るように採取)、圧延方向および板厚方向に平行な断面を、光学顕微鏡を用いて観察した。その観察条件は、倍率:400倍、観察視野:0.04mm、観察箇所:20箇所とした。2μm以上の酸化物について、その酸化物を起点として、一方向以上に放射状に伸びているラス状αの少なくとも一つの中心軸が酸化物周囲のラス状α集団の中心軸平均と15°以上の差を有する場合、その酸化物は粒内αの起点となったと判断し、(粒内αの起点となった酸化物数)/(全酸化物数)を母材の粒内α生成率とした。
【0095】
(引張り強度および降伏比の評価)
各厚鋼板の表面から深さt/4(t:板厚)の位置から、圧延方向に対して直角の方向にJIS Z 2201の4号試験片を採取してJIS Z 2241記載の要領で引張り試験を実施し、引張り強度TS、降伏強度YSを夫々測定した。降伏比YRは、YS/TSという計算により算出した。本実施例では、求められたTSが490MPa以上、YRが80%未満のものを、機械的特性に優れると評価した。
【0096】
(母材靭性の評価)
各厚鋼板の表面から深さt/4(t:板厚)の位置から、シャルピー衝撃試験片(JIS Z 2201の4号試験片)を3本ずつ採取(試験片の軸心が前記t/4の位置を通るように採取)し、0℃でシャルピー衝撃試験を行い、吸収エネルギー(vE)を測定してそれらの平均値を求め、その平均値を各厚鋼板の母材靭性とした。本実施例では、求められたvEの平均値が200J以上のものを、母材靭性に優れると評価した。
【0097】
(HAZ靭性の評価)
各厚鋼板の表面から深さt/4(t:板厚)の位置から、シャルピー衝撃試験片(JIS Z 2201の4号試験片)を3本ずつ採取(試験片の軸心が前記t/4の位置を通るように採取)し、再現HAZ熱サイクルVノッチシャルピー衝撃試験を行った。再現HAZ熱サイクル条件は、1400℃での保持時間を45秒、800〜500℃での冷却時間を800秒とし、入熱量:100kJ/mmのエレクトロガスアーク溶接におけるボンド部の熱履歴を模擬した。この熱サイクルを与えた各試験片について、0℃での吸収エネルギー(vE)を測定し、3本の試験片の平均値を求めた。本実施例では、求められたvEの平均値が建築用鋼材に求められる基準である70J以上のものを、HAZ靭性に優れると評価した。
【0098】
【表7】

【0099】
【表8】

【0100】
【表9】

【0101】
No.1〜23、47〜57は、本発明の要件を満足する発明例であり、化学成分組成、酸化物およびTi含有窒化物の分散が適切になされており、引張り強度TS、降伏比YR、母材靭性、入熱量を100kJ/mmとした場合のHAZ靭性が、全て本実施例の評価基準を満足している。すなわち、No.1〜23、47〜57は、入熱量が100kJ/mm以上となるような大入熱溶接を施した際のHAZ靭性が優れると共に、引張強度が490MPa以上の高強度域において低降伏比を実現でき、更には、良好な母材靭性も確保することができる溶接熱影響部の靭性に優れた厚鋼板であるということができる。
【0102】
これに対し、No.24〜46は、本発明の要件のうちいずれかの要件を満足しない比較例であり、引張り強度TS、降伏比YR、母材靭性、入熱量を100kJ/mmとした場合のHAZ靭性のいずれかで、評価基準を満足していないことが分かる。
【0103】
尚、表4〜表6には、円相当径が2μm以上5μm未満の酸化物を所定以上確保するための好ましい条件([Ti]>160ppm、([REM]+[Zr])>55ppm、(0.8≦[Ti]/[REM]+[Zr])≦11.8))を満足するか否かについて○×で示すが、この条件を満足しないNo.31とNo.36は、円相当径が2μm以上5μm未満の酸化物の含有量は、Caを添加しないNo.33に続いて低いことが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.02〜0.15%、Si:0.46%以下(0%を含む)、Mn:1.0〜2.0%、P:0.03%以下(0%を含まない)、S:0.015%以下(0%を含まない)、Al:0.05%以下(0%を含まない)、Ti:0.010〜0.080%、Ca:0.0005〜0.010%、N:0.002〜0.020%、REM:0.0001〜0.02%および/またはZr:0.0001〜0.02%を含有し、残部が鉄および不可避的不純物である厚鋼板であって、
酸素を除く構成元素が、質量%で、10%<Ti、Al<20%、5%<Ca<40%、5%<REM<50%および/または5%<Zr<40%を満足する酸化物を含有し、且つ、前記酸化物のうち、円相当径が2μm未満の酸化物が200個/mm以上、円相当径が2μm以上5μm未満の酸化物が30〜70個/mm、円相当径が5μm以上の酸化物が30個/mm未満存在すると共に、
Ti含有窒化物を含有し、且つ、前記Ti含有窒化物のうち、円相当径が100nm以下のTi含有窒化物が5×10個/mm以上存在することを特徴とする溶接熱影響部の靭性に優れた厚鋼板。
【請求項2】
更に、質量%で、Ni:1.50%以下、Cu:1.50%以下、Cr:1.50%以下、Mo:1.50%以下よりなる群から選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の溶接熱影響部の靭性に優れた厚鋼板。
【請求項3】
更に、質量%で、Nb:0.10%以下および/またはV:0.10%以下を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の溶接熱影響部の靭性に優れた厚鋼板。
【請求項4】
更に、質量%で、B:0.005%以下を含有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の溶接熱影響部の靭性に優れた厚鋼板。

【公開番号】特開2012−92422(P2012−92422A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−44075(P2011−44075)
【出願日】平成23年3月1日(2011.3.1)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】