説明

溶接用構造材料および溶接継手

【課題】溶接パラメータや設備を変更せずに、溶接部の疲労強度を向上させることができる溶接用構造材料および溶接継手の提供。
【解決手段】溶接用構造材料20の表層部22A,22Bに、表面に沿う方向(矢印C方向)の圧縮残留応力をもたせることによって、溶接用構造材料20からなる第1,第2板材31,32を隅肉溶接により接合する際に、溶接金属34と各表層部22Aとの各境界の近傍に位置する各表層部22Aの部分が、加熱されて圧縮残留応力を開放して膨張するようにし、これによって、溶接金属34の凝固収縮により溶接部33に生じる引張残留応力を低減するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接の母材となる溶接用構造材料、および、2つの溶接用構造材料を隅肉溶接により接合する溶接継手に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接継手は、例えば、油圧ショベルの作業機を構成する作業部材に適用されている。つまり、作業部材は、自身の外形を形成する中空体と、この中空体内に配置され、中空体の歪みを防止する隔壁とを有していて、これら中空体と隔壁とが、隅肉溶接により接合されている。
【0003】
油圧ショベルの作業機に対しては作業中に繰り返し荷重が与えられるので、中空体と隔壁とを接合する溶接部には、十分な疲労強度をもたせる必要がある。しかし、母材である中空体や隔壁と、溶接金属との境界は、溶接金属の凝固収縮により引張残留応力が生じるので、溶接部の周辺部分よりも疲労強度が低下する。特に、境界の止端は、応力集中が生じるので、他の部分よりも疲労亀裂が生じやすくなる。
【0004】
前記引張残留応力を低減させる従来技術としては、例えば特許文献1に示されるものがある。この従来技術では、常温で変態膨張するように組成を変更された溶接材料が使用されていて、その変態膨張によって、溶接金属と母材との境界に圧縮残留応力を付与している。
【特許文献1】特開2003−251493公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述した従来技術では、溶接材料の変態膨張を利用して、母材と溶接金属との境界に圧縮残留応力を付与することによって、溶接部の疲労強度を向上させることができるものの、溶接材料の組成が変更されているので、溶接電流・溶接電圧等の溶接パラメータの変更や、設備の変更が必要であり、わずらわしく、コストがかさむ。
【0006】
本発明は、前述の実状を考慮してなされたもので、その目的は、溶接パラメータや設備を変更せずに、溶接部の疲労強度を向上させることができる溶接用構造材料および溶接継手を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
〔1〕 本発明は、前述の目的を達成するために、溶接の母材として用いられ、溶接される前にあっては、表層部が表面に沿う方向の圧縮残留応力を有することを特徴とする。
【0008】
このように構成した本発明の溶接用構造材料では、溶接の際、溶接金属と表層部との境界の近傍に位置する表層部の部分が、加熱されて圧縮残留応力を開放し膨張する。このような表層部の膨張は、溶接金属の凝固収縮により溶接部に生じる引張残留応力を低減する。したがって、溶接パラメータや設備を変更せずに、溶接部の疲労強度を向上させることができる。
【0009】
〔2〕 本発明は、〔1〕記載の発明において、前記表層部が、引張荷重を付与された状態の金属材料の周囲に鋳込まれてなることを特徴とする。
【0010】
〔3〕 本発明は、2つの溶接用構造材料を隅肉溶接により接合する溶接継手において、前記2つの溶接用構造材料の少なくとも一方が、〔1〕または〔2〕記載の溶接用構造材料からなることを特徴とする。
【0011】
このように構成した本発明の溶接継手では、2つの溶接用構造材料の少なくとも一方が〔1〕または〔2〕記載の溶接用構造材料からなるので、溶接部の疲労強度を向上させることができる。
【0012】
〔4〕 本発明は、〔3〕記載の発明において、作業機械の作業機を構成する作業部材にあって、この作業部材の外形を形成する中空体と、この中空体内に配置される隔壁とを接合するものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明では、溶接の母材として用いられる溶接用構造材料の表層部に圧縮残留応力をもたせ、溶接の際の加熱により溶接用構造材料の表層部が圧縮残留応力を開放して膨張するようにしたので、溶接金属の凝固収縮による引張残留応力を低減することができ、これにより、溶接パラメータや設備を変更せずに、溶接部の疲労強度を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の溶接用構造材料および溶接継手の一実施形態について図を用いて説明する。図1は、本発明が適用される構造物の一例として、油圧ショベルの作業機を構成する作業部材を示す透視図、図2は、図1に示す中空体や隔壁を構成する溶接用構造材料を示す断面図、図3は、図2に示す溶接用構造材料の製造時において鋼板に引張荷重を付与している様子を示す概略図、図4は、図3に示す鋼板の両面側のそれぞれに表層部を鋳込む様子を示す概略図、図5は、図2に示す溶接用構造材料を母材とする溶接継手の一例を示す側面図、図6は、図5に示す溶接部の拡大断面図、図7は、図6に示す止端とその近傍の拡大断面図である。
【0015】
図1に示す1は、油圧ショベルの作業機である。この作業機1は、複数の作業部材、すなわちブーム2、アーム7、およびバケット10を、ピン結合により連結してなる。ブーム2は、その外形を形成する中空体3と、この中空体3内に配置され中空体3の歪みを防止する複数、例えば3つの隔壁4,5,6とを有していて、中空体3と隔壁4,5,6のそれぞれとは、隅肉溶接により接合されている。同様に、アーム7は、その外形を形成する中空体8と、この中空体8内に配置される隔壁9とを有していて、中空体8と隔壁9は、隅肉溶接により接合されている。
【0016】
図2に示す20は、本実施形態の溶接用構造材料である。前述した中空体3,8の外壁のそれぞれを構成する板材、隔壁4,5,6,9のそれぞれを構成する板材は、この溶接用構造材料20からなる。この溶接用構造材料20は、その表層部22A,22Bに、表面に沿う方向(矢印C方向)の圧縮残留応力を有している。これによって、表層部22A,22Bは、溶接の際の加熱により圧縮残留応力を開放して膨張するようになっている。
【0017】
表層部22A,22Bへの圧縮残留応力の付与は、引張荷重が付与された状態の金属材料、例えば鋼板21の両面側に、表層部22A,22Bを鋳込むことによって行う。具体的には、図3に示すように引張手段24,25によって鋼板21に対して表面に沿う方向(矢印P方向)の引張荷重を鋼板21に付与し、この状態で、図4に示すように鋼板21の両面側に設けた型枠26A,26Bのそれぞれに表層部22A,22Bとなる溶解金属23A,23Bを流し込み、溶解金属23A,23Bが凝固した後に、鋼板21を引張荷重から開放し、型枠26A,26Bを取除く。つまり、引張荷重から開放されたことに伴う鋼板21の復元を表層部22A,22Bで妨げることによって、表面に沿う矢印C方向の圧縮残留応力を表層部22A,22Bに付与してある。
【0018】
なお、鋼板21の表面は、図示しないが、溶解金属23A,23Bが溶け込みやすいように粗くしてある。また、表層部22A,22B鋳込む際、鋼板21は引張荷重を付与されていても、高温の溶解金属23A,23Bにより加熱されて応力焼鈍される虞があるため、応力焼鈍が生じるほど鋼板21が加熱される前に溶解金属23A,23Bが凝固するよう、溶解金属23A,23Bを冷却するようにしている。
【0019】
図5に示す30は、本実施形態の溶接継手である。この溶接継手30は、前述した溶接用構造材料20からなる第1板材31と、同じく溶接用構造材料20からなり第1板材31上に直立させた第2板材32とを、第1,第2板材31,32により形成された2つの隅の一方(図5では左側の隅)を隅肉溶接して接合したものである。第1板材31は、前述したブーム2の中空体3を構成する板材や、アーム7の中空体8を構成する板材に相当し、第2板材32は、隔壁4,5,6,9に相当する。
【0020】
図6に示すように、溶接継手30の溶接部33において、溶接金属34は、図示しない溶接ワイヤ等の溶接材料と、第1板材31の表層部22Aのうちの溶解した部分と、第2板材32の表層部22Aのうちの溶解した部分とからなり、第1板材31の鋼板21および第2板材32の鋼板21を含んでいない。
【0021】
溶接金属34は、凝固収縮により、自身と第1板材31との境界、および、自身と第2板材32との境界のそれぞれに、引張残留応力を生じさせる。これらの引張残留応力は、溶接部33の疲労強度を低下させたり、図6に示すように第1,第2板材31,32を引き付ける方向(矢印A方向)に常時作用してブーム2の中空体3の外壁やアーム7の中空体8の外壁における繰り返し荷重による応力振幅を増大させたりするため、ブーム2やアーム7の疲労強度を確保する上で好ましくない。
【0022】
これに対し、本実施形態の溶接継手30では、第1板材31の表層部22A、および第2板材32の表層部22Aが、溶接の際の加熱により圧縮残留応力を開放して膨張するようになっているので、溶接金属34と第1板材31との境界の近傍に位置する表層部22Aの部分の膨張と、溶接金属34と第2板材32との境界の近傍に位置する表層部22Aの部分の膨張とによって、引張残留応力が低減されている。つまり、例えば図7に示す第2板材32側の止端35の近傍のように、溶接金属34と表層部22Aとの境界において、溶接金属34が凝固収縮する方向(矢印S方向)と略同じ方向(矢印E方向)へ表層部22Aが膨張することによって、引張残留応力が低減されている。
【0023】
本実施形態によれば次の効果を得られる。
【0024】
本実施形態の溶接用構造材料20では、表層部22A,22Bに圧縮残留応力をもたせることによって、表層部22A,22Bが溶接の際の加熱により圧縮残留応力を開放して膨張するようにしたので、溶接用構造材料20の表層部22A側や表層部22B側に溶接部を設ける際に、溶接金属の凝固収縮により溶接部に生じる引張残留応力を低減することができる。したがって、溶接パラメータや設備を変更せずに、溶接部の疲労強度を向上させることができる。
【0025】
また、本実施形態の溶接継手30は、溶接用構造材料20からなる第1,第2板材31,32を隅肉溶接により接合したものなので、溶接部33の疲労強度を向上させることができる。さらに、溶接部33の引張残留応力が低減されたことによって、第1,第2板材31,32における繰り返し荷重による応力振幅を低減できるので、母材である第1,第2板材31,32の疲労強度も向上させることができる。つまり、油圧ショベルの作業機1を構成するブーム3やアーム7等の作業部材のように、繰り返し大きな荷重を受けるために高い疲労強度を要求される構造物に好適な溶接継手を実現できる。
【0026】
なお、本実施形態の溶接用構造材料30は、表層部22A,22Bに圧縮残留応力を有する板材であるが、本発明はこれに限るものではなく、表層部に圧縮残留応力を有する角柱状や円柱状等の棒材や筒材でもよい。
【0027】
また、本実施形態の溶接継手30は、図5に示すように、溶接用構造材料20からなる第1板材31と、同じく溶接用構造材料20からなり第1板材31上に直立させた第2板材32とを、第1,第2板材31,32により形成された2つの隅の一方を隅肉溶接して接合したものであるが、本発明はこれに限るものではない。例えば、溶接継手30と同様の形状であって、接合される2つの板材のうちの一方が溶接用構造材料20でないものであってもよい。また、重ね継手、側面隅肉継手、片面当て金継手等のように、板材を重ね合わせて接合する溶接継手であって、接合する2つの板材の一方を溶接用構造材料20とし、この溶接用構造材料20の表層部22Aまたは22B上に、鋼板21を含まない範囲で溶接部を形成したものでもよい。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明が適用される構造物の一例として、油圧ショベルの作業機を構成する作業部材を示す透視図である。
【図2】図1に示す中空体や隔壁を構成する溶接用構造材料を示す断面図である。
【図3】図2に示す溶接用構造材料の製造時において鋼板に引張荷重を付与している様子を示す概略図である。
【図4】図3に示す鋼板の両面側のそれぞれに表層部を鋳込む様子を示す概略図である。
【図5】図2に示す溶接用構造材料を母材とする溶接継手の一例を示す側面図である。
【図6】図5に示す溶接部の拡大断面図である。
【図7】図6に示す止端とその近傍の拡大断面図である。
【符号の説明】
【0029】
1 作業機
2 ブーム(作業部材)
3 中空体
4,5,6 隔壁
7 アーム(作業部材)
8 中空体
9 隔壁
20 溶接用構造材料
21 鋼板(金属材料)
22A,22B 表層部
23A,23B 溶解金属
24,25 引張手段
26,27 型枠
30 溶接継手
31 第1板材
32 第2板材
33 溶接部
34 溶接金属
35 止端

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接の母材として用いられ、溶接される前にあっては、表層部が表面に沿う方向の圧縮残留応力を有することを特徴とする溶接用構造材料。
【請求項2】
前記表層部が、引張荷重を付与された状態の金属材料の周囲に鋳込まれてなることを特徴とする請求項1記載の溶接用構造材料。
【請求項3】
2つの溶接用構造材料を隅肉溶接により接合する溶接継手において、前記2つの溶接用構造材料の少なくとも一方が、請求項1または2記載の溶接用構造材料からなることを特徴とする溶接継手。
【請求項4】
作業機械の作業機を構成する作業部材にあって、この作業部材の外形を形成する中空体と、この中空体内に配置される隔壁とを接合するものであることを特徴とする請求項3記載の溶接継手。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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