説明

溶接用電源装置及び溶接機

【課題】設置状況に拘わらず、電極先端電圧の算出に用いる抵抗値及びインダクタンス値の測定を容易に行うことができる溶接用電源装置を提供する。
【解決手段】先端電圧の算出にかかる電極12の先端までの抵抗値及びインダクタンス値を測定する測定モードへの切り替えの際、トーチTHとワイヤ供給装置13の操作リモコン42とに備えられるトーチスイッチ41とインチングスイッチ42cとを組み合わせた規定操作を行うことで、その操作したスイッチ41,42cの本来の対応動作とは別にその測定モードへの切り替えが行われる。つまり、電極12の付近にあるこれらトーチTHや操作リモコン42のスイッチ41,42cの規定操作により、測定時に電極12の先端部分の状態を確認しながら測定を容易に実施でき、また電極12との距離が大きく離間するような電源装置11自体の設置状況であっても、その測定を容易に実施可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極先端電圧の算出に基づいてフィードバック制御を実施する溶接用電源装置及びその溶接用電源装置を備える溶接機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アーク溶接用電源装置は、例えば特許文献1にて示されるように、商用電源からの交流入力電力を整流した直流電力をインバータ回路にて高周波交流電力に変換し、溶接トランスにて電圧調整された高周波交流電力を整流回路と直流リアクトルとでアーク溶接に適した直流出力電力に変換するように構成されている。電源装置にて生成された出力電力はトーチにて支持される電極に供給され、これにより電極先端と溶接対象との間にアークが生じて、溶接対象の溶接が行われるようになっている。
【0003】
また、このような溶接用電源装置は、出力電流及び出力電圧の検出を行っており、制御装置は、その時々で検出された出力電流及び出力電圧をインバータ回路のPWM制御にフィードバックし、その時々の出力電力を適正値とする制御を実施することで、溶接性能の向上が図られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−103868号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、好適なアークを生じさせるためには、電源装置内で検出する出力電圧をインバータ回路の制御値に反映させるのみならず、正にそのアークが生じている電極の先端電圧を算出し、算出した電極先端電圧を制御値に反映させるのが好ましい。
【0006】
と言うのは、実際には溶接を行うトーチ(電極)と電源装置との間は離間していることが多く、両者間がパワーケーブルを介して接続されているのが一般的な使用形態である。従って、パワーケーブルのケーブル長が使用者毎に異なるため、ケーブル自体の抵抗値が異なるばかりか、ケーブルの敷設状態、例えば余長分を何周も周回させて敷設すると、直線的に敷設した場合や周回数の違いによってインダクタンス値も異なってくる。そのため、更なる溶接性能の向上を図るためには、パワーケーブルを含む電源装置外部の電極までの間での抵抗及びインダクタンスの電圧変動分が無視できないためである。
【0007】
従って、電源装置内で検出する出力電圧をインバータ回路の制御値に反映させる態様では、真の電極先端電圧とは乖離した電圧値がインバータ回路の制御値に反映されることになり、このことが好適なアークの発生の妨げとなって、更なる溶接性能の向上の妨げとなることが懸念されるものである。
【0008】
このような電極先端電圧の算出に用いる抵抗値及びインダクタンス値の測定に際し、電極先端を短絡させた状態で行う等の作業が要求されるため、作業者は電極先端付近に居ることが望ましい。一方で、測定時の操作が電源装置側のみで可能に設定されているのでは、特に電源装置が電極部分に対して水平方向のみなら上下方向に離れた場所に設置されている場合に、電極先端付近に居る作業者が電源装置の操作を行うことが困難であった。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的は、設置状況に拘わらず、電極先端電圧の算出に用いる抵抗値及びインダクタンス値の測定を容易に行うことができる溶接用電源装置、及びその溶接用電源装置を備える溶接機を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、直流電力を高周波交流電力に変換するインバータ回路と、変換した交流電力の電圧調整を行う溶接トランスと、該溶接トランスの二次側交流電力から溶接に適した直流出力電力を生成する直流変換手段とを備え、生成した前記出力電力の電極への供給に基づいて溶接対象との間に溶接のためのアークを生じさせるものであり、本装置内の検出手段にて検出した出力電流と出力電圧とに基づいて前記電極の先端電圧を算出し、算出した先端電圧に基づいて前記インバータ回路を制御する制御手段を更に備えた溶接用電源装置であって、前記電極を短絡状態として行われ、前記インバータ回路の動作にて生じる前記出力電流を所定電流値とした時の前記出力電圧の電圧値に基づいて前記電極先端までの経路上の合計抵抗値を算出する抵抗値算出手段と、前記電極を短絡状態として行われ、前記インバータ回路の動作にて生じる前記出力電流を所定電流値とした時からの電流減衰量に基づいて前記電極先端までの経路上の合計インダクタンス値を算出するインダクタンス値算出手段とを含む処理を実行する測定モードを有し、前記検出手段にて検出した前記出力電圧の電圧値に対して前記電極先端までの経路上の前記合計抵抗値及び前記合計インダクタンス値にかかる電圧変化分を補正して前記先端電圧を算出する先端電圧算出手段を備えるものであり、前記電極の支持及び給電を行うトーチと、前記電極はワイヤ電極であり溶接時の消耗に応じて該電極の送給を行うワイヤ供給装置に備えられた操作リモコンとのそれぞれに設けられる各種操作スイッチの内、少なくとも1つのスイッチを用いた規定操作に基づいて、操作したスイッチの本来の対応動作とは別に前記測定モードが実行可能に切り替えられる切替手段を備えたことをその要旨とする。
【0011】
この発明では、電極先端電圧の算出にかかる電極先端までの合計抵抗値と合計インダクタンス値とを測定する測定モードへの切り替えの際には、トーチとワイヤ供給装置の操作リモコンとのそれぞれに設けられる各種操作スイッチの内、少なくとも1つのスイッチを規定操作することで、その操作したスイッチの本来の対応動作とは別に測定モードへの切り替えが行われる。つまり、トーチや操作リモコンに備えられる本来別の動作を行わせるためのスイッチを用いることで、測定を実施するためのスイッチを別途設けることなく、電極付近にあるこれらトーチや操作リモコンのスイッチの規定操作により、測定時に電極先端部分の状態を確認しながら測定を容易に実施することが可能となる。またこれにより、電極との距離が大きく離間するような電源装置自体の設置状況であっても、容易に測定の実施が可能となる。
【0012】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の溶接用電源装置において、前記トーチにはトーチスイッチが、前記操作リモコンにはインチングスイッチが備えられ、前記トーチスイッチと前記インチングスイッチとを組み合わせたオン操作に基づいて前記電極のインチング動作が行われるものであり、前記切替手段は、前記トーチスイッチと前記インチングスイッチとを組み合わせた前記規定操作に基づいて前記測定モードに切り替えることをその要旨とする。
【0013】
この発明では、測定モードへの切り替えの際に、トーチスイッチと操作リモコンのインチングスイッチとを組み合わせたインチング動作を行うための操作を、例えば所定時間内に所定回数操作するといった規定操作とすることで、両スイッチを用いた操作にて容易に測定モードへの切り替えが可能となる。
【0014】
請求項3に記載の発明は、請求項2に記載の溶接用電源装置において、前記切替手段は、前記測定モードの終了時には、前記トーチスイッチと前記インチングスイッチとの少なくとも一方の規定操作に基づいてその終了を行うことをその要旨とする。
【0015】
この発明では、測定モードの終了の際には、先の測定モードへの切り替え(開始)の際に操作したのと同じトーチスイッチやインチングスイッチを操作することで測定モードの終了が行われるので、終了時の操作も容易となる。
【0016】
請求項4に記載の発明は、請求項2又は3に記載の溶接用電源装置において、前記トーチの先端部に備えられ前記電極に給電を行うコンタクトチップにて、前記測定モード時の前記電極を擬似的に短絡状態とするものであり、前記切替手段は、前記トーチスイッチと前記インチングスイッチとを組み合わせた前記規定操作に基づく前記測定モードへの切り替えと共に、前記両スイッチの操作による本来の対応動作としてのインチング動作にて突出した前記電極を前記コンタクトチップ内に収納させることをその要旨とする。
【0017】
この発明では、測定モードへの切り替えの際に、トーチスイッチとインチングスイッチとを組み合わせた規定操作に基づく本来の対応動作、即ちインチング動作にて突出した電極がその規定操作による測定モードへの切り替えと共にトーチ先端部のコンタクトチップ内に収納される。これにより、測定時に電極を短絡状態とする際、トーチ先端部のコンタクトチップを相手側部材と接触させて電極を擬似的に短絡状態とすることを、別途操作を必要とせず容易に行うことが可能となる。
【0018】
請求項5に記載の発明は、請求項4に記載の溶接用電源装置において、前記切替手段は、前記測定モードの終了と共に、前記電極を前記コンタクトチップから所定量突出させることをその要旨とする。
【0019】
この発明では、測定モードへの切り替えの際にトーチ先端部のコンタクトチップ内に収容していた電極が、測定モードの終了と共にコンタクトチップから所定量突出される。これにより、電極を突出させて行う溶接作業への移行を容易に行うことが可能となる。
【0020】
請求項6に記載の発明は、請求項1〜5のいずれか1項に記載の溶接用電源装置において、前記溶接時に前記トーチの先端部から放出する不活性ガスの制御を行うものであり、前記測定モードでの実測定時の異常を報知する異常報知手段として、前記ガスの放出音が用いられることをその要旨とする。
【0021】
この発明では、測定モードでの実測定時の異常を報知する際に、トーチ先端部から放出されるガスの放出音を用いて作業者にその旨の報知が行われる。つまり、不活性ガスを用いて溶接を行う溶接機では、その旨を報知する手段を別途用いることなく、電源装置よりも離間した電極付近に居る作業者への報知を容易かつ確実に行うことが可能となる。
【0022】
請求項7に記載の発明は、請求項1〜6のいずれか1項に記載の溶接用電源装置を備えて構成された溶接機である。
この発明では、電源装置の設置状況に拘わらず、抵抗値及びインダクタンス値の測定を容易に行うことができる溶接機の提供が可能となる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、設置状況に拘わらず、電極先端電圧の算出に用いる抵抗値及びインダクタンス値の測定を容易に行うことができる溶接用電源装置、及びその溶接用電源装置を備える溶接機を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本実施形態のアーク溶接機における電源装置を主に示す構成図である。
【図2】インダクタンス値の変化を説明するための説明図である。
【図3】抵抗値及びインダクタンス値の算出手法を説明するための説明図である。
【図4】測定モードへの切り替え操作の説明に用いるアーク溶接機の構成図である。
【図5】測定モードへの切り替え操作の説明に用いるタイミング図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図面に従って説明する。
図1は、消耗電極式のアーク溶接機10を示す。アーク溶接機10では、溶接用電源装置11のプラス側出力端子にトーチTHにて支持されるワイヤ電極12が接続され、該電源装置11のマイナス側出力端子に溶接対象Mが接続され、該電源装置11にて生成された直流出力電力のワイヤ電極12への給電によりアーク溶接が行われる。このとき、ワイヤ電極12は溶接時に消耗するため、ワイヤ供給装置13にて消耗に応じて送給がなされる。ワイヤ電極12及び溶接対象Mには、電源装置11の出力端子に接続されるパワーケーブル14を介して出力電力が供給されるようになっている。
【0026】
溶接用電源装置11は、商用電源から供給される三相の交流入力電力をアーク溶接に適した直流出力電力に変換するものである。交流入力電力は、ダイオードブリッジ及び平滑コンデンサよりなる整流平滑回路21にて直流電力に変換され、変換された直流電力はインバータ回路22で高周波交流電力に変換される。インバータ回路22は、IGBT等のスイッチング素子TRを4個用いたブリッジ回路にて構成され、制御装置31によるPWM制御が実施される。
【0027】
インバータ回路22にて生成された高周波交流電力は、溶接トランス23にて所定電圧値に調整された二次側交流電力に変換される。溶接トランス23の二次側交流電力は、ダイオードを用いた整流回路24と直流リアクトル25とで、アーク溶接に適した直流出力電力に変換される。
【0028】
本実施形態の直流リアクトル25には、過飽和特性を有する過飽和リアクトルが用いられている。図2に示すように、直流リアクトル25の特性は、電流値Ip1を含む所定電流値Iaより大となる高電流領域は、必要最低限のインダクタンス値Laで一定となる通常特性領域A1である。一方、所定電流値Ia以下となる低電流領域は、電流値の減少に伴ってインダクタンス値が直線的に次第に大きくなる過飽和特性領域A2である(電流値Ip2でインダクタンス値Lb)。つまり、このような特性の直流リアクトル25を用いることで、高電流領域ではインダクタンス値が小さいことから電流平滑のための波形制御への影響が小さく、低電流領域ではインダクタンス値が増大することでアーク切れが防止されると言うように、全電流領域に亘って好適な直流出力電力が生成される。
【0029】
図1に示すように、制御装置31は、インバータ回路22のスイッチング素子TRに対しPWM制御を実施し、直流出力電力をその時々で適正値とする制御を行っている。このとき、制御装置31は、その時々の出力電流I及び出力電圧Vの検出を行い、検出した出力電流I及び出力電圧Vに基づくPWM制御へのフィードバックを行っている。
【0030】
即ち、電源装置11内のマイナス側出力端子の電源線上に電流センサ33が備えられており、制御装置31は、処理部(CPU)32においてその電流センサ33を介して電源装置11の出力電流Iを検出している。また、整流回路24の直後の電源線間に電圧センサ34が備えられており、制御装置31は、処理部32においてその電圧センサ34を介して電源装置11の出力電圧Vを検出している。制御装置31は、処理部32にてその時々に検出した出力電流I及び出力電圧Vに基づいてPWM制御のデューティの算出を行い、インバータ回路22に出力するPWM制御信号を生成する。
【0031】
ここで、PWM制御には、制御に用いる出力電圧Vとして、正にアークが生じるワイヤ電極12の先端電圧Vaを用いるのが好ましいが、先端電圧Vaの直接的な検出は困難である。そこで、制御装置31は、電圧センサ34から電極12までの間の電圧変化分を記憶装置(図示略)に予め保持しておき、その時々に検出した出力電圧Vにその電圧変化分の補正を行って先端電圧Vaを得るようにし、算出した先端電圧Vaを用いたPWM制御を実施する。
【0032】
ところで、電圧センサ34から電極12までの間の電圧変化分には、電源装置11内部の電圧変化分(整流回路24から出力端子までの抵抗値R1とインダクタンス値L1による電圧変化分)と、外部の電圧変化分(出力端子からパワーケーブル14を介しての電極12先端までの抵抗値R2とインダクタンス値L2による電圧変化分)とがある。電源装置11の内部電圧変化分は、使用状態の影響を受けないために予め補正項として先端電圧Vaの算出に組み込むことが可能であるが、外部電圧変化分は、パワーケーブル14のケーブル長や敷設状態(直線敷設や周回敷設、その周回数)等、使用者毎に条件が相違するため、抵抗値R2、特にインダクタンス値L2の変化の影響を大きく受ける。
【0033】
そのため、使用者がアーク溶接機10を現場に設置し、パワーケーブル14の敷設も含めて正に使用状態としたところで、内部の抵抗値R1及びインダクタンス値L1と、外部の抵抗値R2及びインダクタンス値L2とを合計した抵抗値R及びインダクタンス値Lが測定される。測定した合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lは、制御装置31内に保持される。
【0034】
尚、本実施形態の電源装置11には、前記合計抵抗値R及び合計インダクタンス値Lの測定を行うための処理を実行する測定モードが備えられており、後述の各種スイッチの操作(操作信号の入力)に基づいて制御装置31が測定モードに移行できるようになっている。因みに、測定モードでの測定時においては、ワイヤ電極12を溶接対象Mと短絡状態とする必要があるが、本実施形態では図1に示すように、ワイヤ電極12を溶接対象Mに直接短絡させず、トーチTHの先端部に備えられワイヤ電極12への給電を行うコンタクトチップTHaを溶接対象Mと短絡させて行う。この場合、短絡用の特殊治具を作製して使用してもよい。
【0035】
測定モードについて詳述すると、図3に示すように、先ずインバータ回路22を動作させて、出力電流Iが電流値Ip1まで増大される。この電流値Ip1は、過飽和特性を有する直流リアクトル25の単体において、インダクタンス値Laで一定となる通常特性領域A1の電流値である。実際には図2に示すように、パワーケーブル14の敷設状態等で特性がオフセットするため、合計インダクタンス値Lはオフセットした値La1で一定となるが、そのオフセット分も考慮した通常特性領域A1の電流値に設定される。そして、このような電流値Ip1で保持した区間での平均電圧値Veが測定される。これにより、先ず合計抵抗値Rが次式(a)にて算出される。
【0036】

R=Ve/Ip1 ・・・ (a)

次いで、インバータ回路22の動作を停止させて、この時の時刻T0から計時が開始される。同時に、時刻T0を起点に刻々と変化する出力電流Iのサンプリングが行われ、時定数に該当する電流減衰量となる電流値ΔIp1(Ip1×36.8%)に到達した時刻をT1とし、その時刻T1−T0間の時間(時定数)τ1が求められる。これにより、通常特性領域A1で変化する合計インダクタンス値La1(リアクトル25の単体ではインダクタンス値La)が次式(b)にて算出される。
【0037】

La1=R・τ1(=Ve・τ1/Ip1) ・・・ (b)

次いで、再びインバータ回路22を動作させて、出力電流Iが過飽和特性領域A2内の所定電流値Ip2に調整される。調整後、インバータ回路22の動作を再び停止させて、この時の時刻T2から計時が開始される。同時に、時刻T2を起点に刻々と変化する出力電流Iのサンプリングが行われ、時定数に該当する電流減衰量となる電流値ΔIp2(Ip2×36.8%)に到達した時刻をT3とし、その時刻T3−T2間の時間(時定数)τ2が求められる。これにより、過飽和特性領域A2で変化する合計インダクタンス値Lb1(リアクトル25の単体ではインダクタンス値Lb)が次式(c)にて算出される。
【0038】

Lb1=R・τ2=(Ve・τ2/Ip2) ・・・ (c)

次いで、図2に示すように、算出された通常特性領域A1の合計インダクタンス値La1と過飽和特性領域A2の合計インダクタンス値Lb1とが直線補完により、合計インダクタンス値Lが電流Iの関数L(I)として得られる。そして、このようにして得られた合計インダクタンス値Lの関数L(I)と、先に求めた合計抵抗値Rとが制御装置31内に保持される。以上で、測定モードが終了する。
【0039】
そして、制御装置31は、溶接動作時において、その時々の出力電流I及び出力電圧Vから次式(d)にて先端電圧Vaを算出している。

Va=V−L(I)・dI/dt−RI ・・・ (d)

因みに、具体的数値で示すと、インバータ回路22のオンに基づいて出力電流Iの電流値Ip1=400[A]を10[ms]間出力させ、その後、インバータ回路22をオフさせる。この間の平均電圧値Veが4[V]であると、上記式(a)から、

R=Ve/Ip1=4/400=0.01[Ω]

と合計抵抗値Rが算出される。
【0040】
次いで、電流値Ip1が時定数τ1に相当する電流減衰量となる電流値ΔIp1は、

ΔIp1=400×0.368=147[A]

であり、インバータ回路22をオフしてから出力電流Iが400[A]からその147[A]に達するその時定数τ1が3[ms]であれば、上記式(b)から、

La1=R・τ1=0.01×3=0.03[mH]

と通常特性領域A1において、直流リアクトル25の単体のインダクタンス値Laを含む合計インダクタンス値La1が算出される。尚、上記した電流値Ip1は、予め使用する直流リアクトル25の仕様から推定し、過飽和特性領域A2に達しない値に設定する必要がある。
【0041】
次いで、インバータ回路22を再びオンさせて出力電流Iを過飽和特性領域A2内となる例えばアーク溶接機10の最小電流に相当する電流値Ip2=20[A]として10[ms]間出力させ、その後、インバータ回路22をオフさせる。電流値Ip2が時定数τ2に相当する電流減衰量となる電流値ΔIp2は、

ΔIp2=20×0.368=7[A]

であり、インバータ回路22をオフしてから出力電流Iが20[A]からその7[A]に達するその時定数τ2が10[ms]であれば、上記式(c)から、

Lb1=R・τ2=0.01×10=0.1[mH]

と過飽和特性領域A2において、直流リアクトル25の単体のインダクタンス値Lbを含む合計インダクタンス値Lb1が算出される。
【0042】
そして、これらLa1=0.03[mH]、Lb1=0.1[mH]の直線補完を行うことで合計インダクタンス値Lの関数L(I)が得られ、先に得られた合計抵抗値Rとで、上記式(d)からその時々の先端電圧Vaが算出できるようになっている。尚、上記に挙げた具体的数値は一例であり、これに限定されない。
【0043】
このように過飽和特性を有する直流リアクトル25を用いた本実施形態の溶接用電源装置11であっても先端電圧Vaが適切に算出されることから、適切に算出される先端電圧Vaに基づいたインバータ回路22のその時々の制御が一層適切に行われる。従って、過飽和特性のリアクトル25を用いることとの相乗効果で、全電流領域に亘って一層適切なアーク溶接用の直流出力電力の生成ができるものとなっている。
【0044】
上記した測定モードへの移行は、電源装置11に備えられる操作スイッチ(図示略)の操作に基づいて移行するが、本実施形態では図4に示すように、トーチTHに備えられるトーチスイッチ(トーチSW)41とワイヤ供給装置13に備えられる操作リモコン42とを使用し、電源装置11から離れた位置からの操作でも移行可能に構成されている。
【0045】
トーチTHには、引くことでオンされるトリガ式のトーチスイッチ41が備えられている。トーチスイッチ41は、作業者が手動で溶接を開始すべくオン操作することでワイヤ電極12に電力供給を行う。また、トーチスイッチ41は、操作リモコン42に備えられる後述のインチングスイッチ(インチングSW)42cと共に操作することで、ワイヤ電極12のインチング動作が行われる。具体的には、インチングスイッチ42cのオン操作中にトーチスイッチ41がオンされると、1回のオン操作で所定長さのワイヤ電極12の送出が行われ、トーチTHの先端部からのワイヤ電極12の突出量が調整される。
【0046】
操作リモコン42は、本来、作業者がワイヤ電極12付近で溶接部分を実際に見ながら出力電流Iや出力電圧Vの調整、インチング動作を行うためにワイヤ供給装置13に設けられている。具体的に、操作リモコン42には、出力電流I及び出力電圧Vを調整するための回転操作式の電流用及び電圧用ボリュームスイッチ42a,42bと、インチング動作を行うための押しボタン式のインチングスイッチ42cとが備えられている。操作リモコン42の各種操作に基づいて、電源装置11側での操作を行わなくとも、出力電流I、出力電圧Vの調整やインチング動作が溶接部分の近傍位置で容易に行うことが可能となっており、特に溶接対象Mが長尺物や大型構造物である場合等、パワーケーブル14が数十[m]の長さを要する場合に好適である。
【0047】
そして、このようなトーチスイッチ41と操作リモコン42のインチングスイッチ42cとを使用し、作業者にて予め決められた図5参照の規定操作が行われ、その規定操作に対応する操作信号の制御装置31への入力に基づいて、該制御装置31は上記の測定モードに切り替わる。
【0048】
先ず、作業者は、操作リモコン42のインチングスイッチ42cをオン操作している状態でトーチスイッチ41を所定時間T(例えば数秒)内に5回オン操作する。この操作は、ワイヤ電極12のインチング動作を実施するのと同じ操作であることから、インチングスイッチ42cのオン状態でのトーチスイッチ41の5回のオン操作により、ワイヤ電極12が5回分の突出量だけ突出する。本操作が所定時間T内に完了すると、電源装置11の制御装置31は測定モードに切り替わるべく、先のインチング動作にて突出したワイヤ電極12をその突出分以上に後退(リトラクト)させてトーチTHの先端部のコンタクトチップTHa内にワイヤ電極12を収納し、その後、測定モードに切り替わる。
【0049】
次いで、作業者は、トーチTHの先端部のコンタクトチップTHaを溶接対象Mと接触させて、擬似的にワイヤ電極12を短絡状態とする(図1参照)。この短絡状態でトーチスイッチ41がオンされると、これを契機に実測定が開始される。実測定は、数秒程度で完了するものであり、得られた合計インダクタンス値L(関数)及び合計抵抗値Rは、先端電圧Vaの算出のために制御装置31内の記憶装置にて保持される。
【0050】
そして、実測定の終了の際には、作業者はトーチスイッチ41を5回オン操作する。本操作が行われることで、トーチTHの先端部のコンタクトチップTHa内に収容していたワイヤ電極12を所定量突出させるインチングが行われ、測定モードが終了する。
【0051】
尚、実測定を含む測定モードにおいては、トーチTHの先端部分の短絡不良、測定時間不足等の測定エラーや、異常測定値を取得した際等の測定値エラーが生じた場合、作業者にその異常報知がなされる。この異常報知は、電源装置11に備えられる表示部等での報知が行われるが、トーチスイッチ41や操作リモコン42の使用による操作では、作業者がトーチTHの近傍位置に居て電源装置11から離れていることが想定されるため、その近傍で報知する必要がある。そこで、トーチTHの先端部から不活性ガス(炭酸ガスやアルゴンガス、その混合ガス等)を放出しながらアーク溶接を行うアーク溶接機10とした場合、電源装置11の制御装置31は、ガスボンベ45からの不活性ガスの供給を制御する制御バルブ46を制御することで、トーチTHの先端部から放出されるガスの放出音にて先の異常報知が行われるようになっている。
【0052】
次に、本実施形態の特徴的な効果を記載する。
(1)電源装置11(制御装置31)には、先端電圧Vaの算出にかかる電極12の先端までの合計抵抗値Rと合計インダクタンス値L(本実施形態では関数L(I))とを測定する測定モードが備えられている。そして、測定モードへの切り替えの際には、トーチTHとワイヤ供給装置13の操作リモコン42とに備えられるトーチスイッチ41とインチングスイッチ42cとを組み合わせた規定操作が行われることで、その操作したスイッチ41,42cの本来の対応動作とは別にその測定モードへの切り替えが行われるようになっている。つまり、トーチTHや操作リモコン42に備えられる本来別の動作を行わせるためのスイッチ41,42cを用いることで、測定を実施するためのスイッチを別途設けることなく、電極12の付近にあるこれらトーチTHや操作リモコン42のスイッチ41,42cの規定操作により、測定時に電極12の先端部分の状態を確認しながら測定を容易に実施することができる。またこれにより、電極12との距離が大きく離間するような電源装置11自体の設置状況であっても、容易に測定を実施することができる。
【0053】
(2)測定モードへの切り替えの際に、トーチスイッチ41とインチングスイッチ42cとを組み合わせたインチング動作を行うための操作を、本実施形態ではインチングスイッチ42cをオン操作した状態で所定時間T内にトーチスイッチ41を5回操作するといった規定操作とすることで、両スイッチ41,42cを用いた操作にて容易に測定モードに切り替えることができる。
【0054】
(3)測定モードの終了の際には、先の測定モードへの切り替え(開始)の際に操作したのと同じトーチスイッチ41を操作することで測定モードの終了が行われるので、終了時の操作も容易とすることができる。
【0055】
(4)測定モードへの切り替えの際に、トーチスイッチ41とインチングスイッチ42cとを組み合わせた規定操作に基づく本来の対応動作、即ちインチング動作にて突出した電極12がその規定操作による測定モードへの切り替えと共にトーチTHの先端部のコンタクトチップTHa内に収納される。これにより、測定時に電極12を短絡状態とする際、トーチTHの先端部のコンタクトチップTHaを相手側部材(溶接対象M)と接触させて電極12を擬似的に短絡状態とすることを、別途操作を必要とせず容易に行うことができる。
【0056】
(5)測定モードへの切り替えの際にトーチTHの先端部のコンタクトチップTHa内に収容していた電極12が、測定モードの終了と共にコンタクトチップTHaから所定量突出される。これにより、電極12を突出させて行う溶接作業への移行を容易に行うことができる。
【0057】
(6)測定モードでの実測定時の異常を報知する際に、トーチTHの先端部から放出されるガスの放出音を用いて作業者にその旨の報知が行われる。つまり、不活性ガスを用いて溶接を行う本実施形態のような溶接機10では、その旨を報知する手段を別途用いることなく、電源装置11よりも離間した電極12付近に居る作業者への報知を容易かつ確実に行うことができる。
【0058】
尚、本発明の実施形態は、以下のように変更してもよい。
・上記実施形態では、測定モードへの切り替えの際の規定操作として、インチングスイッチ42cをオン操作した状態で所定時間T内にトーチスイッチ41を5回操作することとしたが、使用するスイッチも含め規定操作はこれに限らず、適宜変更してもよい。また、測定モードの終了の際の規定操作として、トーチスイッチ41を5回操作することとしたが、これにおいても適宜変更してもよい。
【0059】
・上記実施形態では、トーチスイッチ41とインチングスイッチ42cとを用いた規定操作に基づいて測定モードへの切り替えやその終了を行うようにしたが、トーチTHや操作リモコン42に備えられるこれらとは別のスイッチを用いて行うようにしてもよい。例えば、操作リモコン42に備えられる回転操作式の電流用及び電圧用ボリュームスイッチ42a,42bを用いてもよい。また、トーチスイッチ41、インチングスイッチ42c、ボリュームスイッチ42a,42b以外の操作スイッチがトーチTHや操作リモコン42に備えられている場合は、そのスイッチを用いてもよい。
【0060】
・上記実施形態では、過飽和特性を有する直流リアクトル25を用いたが、電流値とインダクタンス値とが一定に変化する線形特性を有する一般的なリアクトルを用いてもよい。因みに、このようなリアクトルを用いれば、一回の電流減衰量の測定にてインダクタンス値の取得が可能(関数の取得は不要)で、先端電圧Vaの算出が容易である。
【0061】
・上記実施形態では、測定モードでの実測定時の異常を報知する際に、トーチTHの先端部から放出されるガスの放出音を用いたが、ガス放出音以外の発音手段や発光手段が備えられているものでは各手段を用いてもよい。この場合、電極12の近傍であるトーチTHや操作リモコン42、ワイヤ供給装置13等に備えられているものを用いることが好ましい。また、異常報知を行わない態様としてもよい。
【符号の説明】
【0062】
10 アーク溶接機(溶接機)
11 溶接用電源装置
12 ワイヤ電極(電極)
13 ワイヤ供給装置
22 インバータ回路
23 溶接トランス
24 整流回路(直流変換手段)
25 直流リアクトル(直流変換手段)
31 制御装置(制御手段、先端電圧算出手段、抵抗値算出手段、インダクタンス値算出手段、切替手段、異常報知手段)
33 電流センサ(検出手段)
34 電圧センサ(検出手段)
41 トーチスイッチ(操作スイッチ)
42 操作リモコン
42c インチングスイッチ(操作スイッチ)
45 ガスボンベ(異常報知手段)
46 制御バルブ(異常報知手段)
TH トーチ
THa コンタクトチップ
M 溶接対象
I 出力電流
Ip1 電流値
Ip2 電流値
V 出力電圧
Va 先端電圧
R 合計抵抗値
L 合計インダクタンス値
L(I) 関数

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流電力を高周波交流電力に変換するインバータ回路と、変換した交流電力の電圧調整を行う溶接トランスと、該溶接トランスの二次側交流電力から溶接に適した直流出力電力を生成する直流変換手段とを備え、生成した前記出力電力の電極への供給に基づいて溶接対象との間に溶接のためのアークを生じさせるものであり、本装置内の検出手段にて検出した出力電流と出力電圧とに基づいて前記電極の先端電圧を算出し、算出した先端電圧に基づいて前記インバータ回路を制御する制御手段を更に備えた溶接用電源装置であって、
前記電極を短絡状態として行われ、前記インバータ回路の動作にて生じる前記出力電流を所定電流値とした時の前記出力電圧の電圧値に基づいて前記電極先端までの経路上の合計抵抗値を算出する抵抗値算出手段と、前記電極を短絡状態として行われ、前記インバータ回路の動作にて生じる前記出力電流を所定電流値とした時からの電流減衰量に基づいて前記電極先端までの経路上の合計インダクタンス値を算出するインダクタンス値算出手段とを含む処理を実行する測定モードを有し、前記検出手段にて検出した前記出力電圧の電圧値に対して前記電極先端までの経路上の前記合計抵抗値及び前記合計インダクタンス値にかかる電圧変化分を補正して前記先端電圧を算出する先端電圧算出手段を備えており、
前記電極の支持及び給電を行うトーチと、前記電極はワイヤ電極であり溶接時の消耗に応じて該電極の送給を行うワイヤ供給装置に備えられた操作リモコンとのそれぞれに設けられる各種操作スイッチの内、少なくとも1つのスイッチを用いた規定操作に基づいて、操作したスイッチの本来の対応動作とは別に前記測定モードが実行可能に切り替えられる切替手段を備えたことを特徴とする溶接用電源装置。
【請求項2】
請求項1に記載の溶接用電源装置において、
前記トーチにはトーチスイッチが、前記操作リモコンにはインチングスイッチが備えられ、前記トーチスイッチと前記インチングスイッチとを組み合わせたオン操作に基づいて前記電極のインチング動作が行われるものであり、
前記切替手段は、前記トーチスイッチと前記インチングスイッチとを組み合わせた前記規定操作に基づいて前記測定モードに切り替えることを特徴とする溶接用電源装置。
【請求項3】
請求項2に記載の溶接用電源装置において、
前記切替手段は、前記測定モードの終了時には、前記トーチスイッチと前記インチングスイッチとの少なくとも一方の規定操作に基づいてその終了を行うことを特徴とする溶接用電源装置。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の溶接用電源装置において、
前記トーチの先端部に備えられ前記電極に給電を行うコンタクトチップにて、前記測定モード時の前記電極を擬似的に短絡状態とするものであり、
前記切替手段は、前記トーチスイッチと前記インチングスイッチとを組み合わせた前記規定操作に基づく前記測定モードへの切り替えと共に、前記両スイッチの操作による本来の対応動作としてのインチング動作にて突出した前記電極を前記コンタクトチップ内に収納させることを特徴とする溶接用電源装置。
【請求項5】
請求項4に記載の溶接用電源装置において、
前記切替手段は、前記測定モードの終了と共に、前記電極を前記コンタクトチップから所定量突出させることを特徴とする溶接用電源装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の溶接用電源装置において、
前記溶接時に前記トーチの先端部から放出する不活性ガスの制御を行うものであり、
前記測定モードでの実測定時の異常を報知する異常報知手段として、前記ガスの放出音が用いられることを特徴とする溶接用電源装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の溶接用電源装置を備えて構成されたことを特徴とする溶接機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−152806(P2012−152806A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−15510(P2011−15510)
【出願日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】