説明

溶接用電源装置

【課題】電極先端電圧の算出に用いるインダクタンス値の測定を容易に行うことができる溶接用電源装置を提供する。
【解決手段】先端電圧Vaの算出にかかる電極12の先端までの合計インダクタンス値Lの測定は、仮溶接モードの実溶接中の短絡期間に行われる。つまり、インダクタンス値Lの測定は電極12を短絡状態として行う必要があるが、実溶接中の短絡期間にて実施することで電極12を短絡させる作業が不要となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極先端電圧の算出に基づいてフィードバック制御を実施する溶接用電源装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アーク溶接用電源装置は、例えば特許文献1にて示されるように、商用電源からの交流入力電力を整流した直流電力をインバータ回路にて高周波交流電力に変換し、溶接トランスにて電圧調整された高周波交流電力を整流回路と直流リアクトルとでアーク溶接に適した直流出力電力に変換するように構成されている。電源装置にて生成された出力電力はトーチにて支持される電極に供給され、これにより電極先端と溶接対象との間にアークが生じて、溶接対象の溶接が行われるようになっている。
【0003】
また、このような溶接用電源装置は、出力電流及び出力電圧の検出を行っており、制御装置は、その時々で検出された出力電流及び出力電圧をインバータ回路のPWM制御にフィードバックし、その時々の出力電力を適正値とする制御を実施することで、溶接性能の向上が図られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−103868号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、好適なアークを生じさせるためには、電源装置内で検出する出力電圧をインバータ回路の制御値に反映させるのみならず、正にそのアークが生じている電極の先端電圧を算出し、算出した電極先端電圧を制御値に反映させるのが好ましい。
【0006】
と言うのは、実際には溶接を行うトーチ(電極)と電源装置との間は離間していることが多く、両者間がパワーケーブルを介して接続されているのが一般的な使用形態である。従って、パワーケーブルのケーブル長が使用者毎に異なるため、ケーブル自体の抵抗値が異なるばかりか、ケーブルの敷設状態、例えば余長分を何周も周回させて敷設すると、直線的に敷設した場合や周回数の違いによってインダクタンス値も異なってくる。そのため、更なる溶接性能の向上を図るためには、パワーケーブルを含む電源装置外部の電極までの間での抵抗及びインダクタンスの電圧変動分が無視できないためである。
【0007】
従って、電源装置内で検出する出力電圧をインバータ回路の制御値に反映させる態様では、真の電極先端電圧とは乖離した電圧値がインバータ回路の制御値に反映されることになり、このことが好適なアークの発生の妨げとなって、更なる溶接性能の向上の妨げとなることが懸念されるものである。
【0008】
尚、電極までの抵抗値は、使用するケーブルによって決定するものであり、敷設状態によって受ける影響は小さい。一方、インダクタンス値は、同一のパワーケーブルを使用していても敷設状態でその値が大きく影響を受けるため、その都度の使用状態で測定することが好ましい。従って、電極先端電圧の算出には特にインダクタンス値の測定が中心に行われる、若しくはインダクタンス値のみの測定が行われるが、その測定作業を容易に行うことも要求されている。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的は、電極先端電圧の算出に用いるインダクタンス値の測定を容易に行うことができる溶接用電源装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、直流電力を高周波交流電力に変換するインバータ回路と、変換した交流電力の電圧調整を行う溶接トランスと、該溶接トランスの二次側交流電力から溶接に適した直流出力電力を生成する直流変換手段とを備え、生成した前記出力電力の電極への供給に基づいて溶接対象との間に溶接のためのアークを生じさせるものであり、本装置内の検出手段にて検出した出力電流と出力電圧とに基づいて前記電極の先端電圧を算出し、算出した先端電圧に基づいて前記インバータ回路を制御する制御手段を更に備えた溶接用電源装置であって、前記電極先端までの経路上の合計抵抗値を保持する抵抗値保持手段と、溶接動作中の短絡期間に行われ、前記インバータ回路の動作にて生じる前記出力電流を所定電流値とした時からの電流減衰量に基づいて前記電極先端までの経路上の合計インダクタンス値を算出するインダクタンス値算出手段とを備え、前記電極の先端電圧を算出する先端電圧算出手段は、前記検出手段にて検出した前記出力電圧の電圧値に対して前記電極先端までの経路上の前記合計抵抗値及び前記合計インダクタンス値にかかる電圧変化分を補正して前記先端電圧を算出することをその要旨とする。
【0011】
この発明では、電極先端電圧の算出にかかる電極先端までの合計インダクタンス値の測定が実溶接中の短絡期間に行われる。つまり、インダクタンス値の測定は電極を短絡状態として行う必要があるが、実溶接中の短絡期間にて実施することで電極を短絡させる作業が不要となり、インダクタンス値の測定を実際に溶接しながら容易に行うことが可能となる。
【0012】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の溶接用電源装置において、前記合計インダクタンス値の測定は、仮溶接モード中に実施されることをその要旨とする。
この発明では、インダクタンス値の測定は仮溶接モード中に実施、即ち本溶接モードと別モードとして実施される。つまり、インダクタンス値の測定には測定専用の電流波形に変更されるため、溶接性能の低下を招く虞がある。そのため、測定を行う仮溶接モードを本溶接モードと別に設けたことで、高い溶接性能が要求される本溶接の溶接性能にその測定の影響を与えないようにすることが可能となる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、電極先端電圧の算出に用いるインダクタンス値の測定を容易に行うことができる溶接用電源装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本実施形態のアーク溶接機の電源装置を示す構成図である。
【図2】インダクタンス値の測定手法を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図面に従って説明する。
図1は、消耗電極式のアーク溶接機10を示す。アーク溶接機10では、溶接用電源装置11のプラス側出力端子にトーチTHにて支持されるワイヤ電極12が接続され、該電源装置11のマイナス側出力端子に溶接対象Mが接続され、該電源装置11にて生成された直流出力電力のワイヤ電極12への給電によりアーク溶接が行われる。このとき、ワイヤ電極12は溶接時に消耗するため、ワイヤ供給装置13にて消耗に応じて送給がなされる。ワイヤ電極12及び溶接対象Mには、電源装置11の出力端子に接続されるパワーケーブル14を介して出力電力が供給されるようになっている。
【0016】
溶接用電源装置11は、商用電源から供給される三相の交流入力電力をアーク溶接に適した直流出力電力に変換するものである。交流入力電力は、ダイオードブリッジ及び平滑コンデンサよりなる整流平滑回路21にて直流電力に変換され、変換された直流電力はインバータ回路22で高周波交流電力に変換される。インバータ回路22は、IGBT等のスイッチング素子TRを4個用いたブリッジ回路にて構成され、制御装置31によるPWM制御が実施される。
【0017】
インバータ回路22にて生成された高周波交流電力は、溶接トランス23にて所定電圧値に調整された二次側交流電力に変換される。溶接トランス23の二次側交流電力は、ダイオードを用いた整流回路24と直流リアクトル25とで、アーク溶接に適した直流出力電力に変換される。
【0018】
制御装置31は、インバータ回路22のスイッチング素子TRに対しPWM制御を実施し、直流出力電力をその時々で適正値とする制御を行っている。このとき、制御装置31は、その時々の出力電流I及び出力電圧Vの検出を行い、検出した出力電流I及び出力電圧Vに基づくPWM制御へのフィードバックを行っている。
【0019】
即ち、電源装置11内のマイナス側出力端子の電源線上に電流センサ33が備えられており、制御装置31は、処理部(CPU)32においてその電流センサ33を介して電源装置11の出力電流Iを検出している。また、整流回路24の直後の電源線間に電圧センサ34が備えられており、制御装置31は、処理部32においてその電圧センサ34を介して電源装置11の出力電圧Vを検出している。制御装置31は、処理部32にてその時々に検出した出力電流I及び出力電圧Vに基づいてPWM制御のデューティの算出を行い、インバータ回路22に出力するPWM制御信号を生成する。
【0020】
ここで、PWM制御には、制御に用いる出力電圧Vとして、正にアークが生じるワイヤ電極12の先端電圧Vaを用いるのが好ましいが、先端電圧Vaの直接的な検出は困難である。そこで、制御装置31は、その時々に検出した出力電圧Vに対して電圧センサ34から電極12までの間の電圧変化分の補正を行って先端電圧Vaを得るようにし、算出した先端電圧Vaを用いたPWM制御を実施する。
【0021】
ところで、電圧センサ34から電極12までの間の電圧変化分には、電源装置11内部の電圧変化分(整流回路24から出力端子までの抵抗値R1とインダクタンス値L1による電圧変化分)と、外部の電圧変化分(出力端子からパワーケーブル14を介しての電極12先端までの抵抗値R2とインダクタンス値L2による電圧変化分)とがある。電源装置11の内部電圧変化分は、使用状態の影響を受けないために予め補正項として先端電圧Vaの算出に組み込むことが可能であるが、外部電圧変化分は、パワーケーブル14のケーブル長や敷設状態(直線敷設や周回敷設、その周回数)等、使用者毎に条件が相違するため、抵抗値R2、特にインダクタンス値L2の変化の影響を大きく受ける。
【0022】
そのため、本実施形態の電源装置11は、実ワークへの溶接を行うための本溶接モードに加え、内部と外部の各インダクタンス値L1,L2を合計した合計インダクタンス値Lの測定を行いつつ溶接を行う仮溶接モードを備えている。本溶接モードと仮溶接モードとの切り替えは、電源装置11に備えられる例えば操作スイッチ(図示略)の操作に基づいて行われる。測定した合計インダクタンス値Lは、制御装置31内に保持される。尚、内部と外部の各抵抗値R1,R2を合計した合計抵抗値Rは、溶接機10に使用されるパワーケーブル14の抵抗値を抵抗値R2として数値入力することで取得可能、若しくはパワーケーブル14の型番、ケーブル情報(ケーブル長や断面積)等の入力から抵抗値R2を取得可能となっており、制御装置31内に保持される。
【0023】
仮溶接モードについて詳述すると、実溶接中において交互に繰り返される短絡期間とアーク期間との内で、例えば適切な測定が可能なタイミングの短絡期間中に図2のような測定専用の電流波形を用いて行われる。その際、測定を含む仮溶接は、本来の溶接性能が十分得られない虞があるため、実ワークを用いるよりも、廃材を用いて行うのが好ましい。
【0024】
図2に示すように、所定短絡期間中において、測定を開始すべく時刻T1からインバータ回路22が動作されて出力電流Iが電流値Icまで増大される。本実施形態では、電流値Icに到達した時刻T2からその電流値Icで所定時間一定となる定電流制御が行われる。
【0025】
時刻T3になるとインバータ回路22の動作が停止され、該時刻T3を起点に計時が開始されるとともに、刻々と変化する出力電流Iのサンプリングが行われる。因みに、本実施形態では、時刻T3は、短絡期間後期のくびれ判定がなされた時間に設定されている。制御装置31は、実溶接中の短絡・アーク期間検出の一環として、短絡後期に生じる電極12先端の溶滴のくびれ現象の検出(判定)を行っている。そして、サンプリングしている出力電流Iが時定数に該当する電流減衰量となる電流値(Ic×0.632)に到達した時刻をT4とし、その時刻T3−T4間の時間(時定数)τが求められ、次式(a)から合計インダクタンス値Lが算出される。
【0026】

L=R・τ ・・・ (a)

このようにして求めた合計インダクタンス値Lは、合計抵抗値Rとともに制御装置31内に保持される。そして、制御装置31は、以降の溶接動作時において、保持している合計抵抗値Rと合計インダクタンス値Lとその時々の出力電流I及び出力電圧Vとを用い次式(b)から先端電圧Vaを算出し、算出した先端電圧Vaに基づいてインバータ回路22の制御を行っている。
【0027】

Va=V−LdI/dt−RI ・・・ (b)

合計インダクタンス値Lを取得した後の時刻T5では、インバータ回路22の動作が再開され、仮溶接モードが終了するまでインバータ回路22の所定動作が継続される。尚、この仮溶接時に最新の合計インダクタンス値Lを先端電圧Vaの算出に用いれば(合計抵抗値Rも最新値に更新時)、ビード形状等、溶接状態をその仮溶接時に確認することもできる。
【0028】
こうして算出される先端電圧Vaは、現状のパワーケーブル14の敷設状態を含む現状のアーク溶接機10の溶接環境にかかる電圧変化分が反映されているため、インバータ回路22の制御はその溶接環境に応じた適切なものとなり、適切なアーク溶接用の直流出力電力の生成が行われる。結果、実ワークを溶接対象Mとした本溶接時の溶接性能の向上を図ることができる。
【0029】
次に、本実施形態の特徴的な効果を記載する。
(1)先端電圧Vaの算出にかかる電極12の先端までの合計インダクタンス値Lの測定が仮溶接モードの実溶接中の短絡期間に行われる。つまり、インダクタンス値Lの測定は電極12を短絡状態として行う必要があるが、実溶接中の短絡期間にて実施することで電極12を短絡させる作業が不要となり、インダクタンス値Lの測定を実際に溶接しながら容易に行うことができる。また、先に保持した抵抗値Rの最新値と合わせて、測定したインダクタンス値Lを先端電圧Vaの算出に即座に用いインバータ回路22の制御に即座に反映させれば、引き続き仮溶接モードでの実溶接にてその溶接状態を確認することもできる。
【0030】
(2)インダクタンス値Lの測定は仮溶接モード中に実施、即ち本溶接モードと別モードとして実施される。つまり、インダクタンス値Lの測定には測定専用の電流波形に変更されるため、溶接性能の低下を招く虞がある。そのため、測定を行う仮溶接モードを本溶接モードと別に設けたことで、高い溶接性能が要求される本溶接の溶接性能にその測定の影響を与えないようにすることができる。
【0031】
尚、本発明の実施形態は、以下のように変更してもよい。
・上記実施形態では、実ワークの溶接のための本溶接モードと、測定を含む仮溶接モードとを別に設けたが、測定専用の電流波形を用いることでの溶接性能への影響が極小であれば、1つのモードで行うようにしてもよい。この場合、例えば本溶接を行いながら所定タイミング毎に刻々と測定を行ってそれを制御に反映すれば、常に適切な制御を実施することができる。
【0032】
・上記実施形態では、インバータ回路22をオフして時間(時定数)τを算出する起点としてくびれ判定を用いたが、これ以外のタイミングで時間(時定数)τの算出を行ってもよい。
【0033】
次に、上記実施形態及び別例から把握できる技術的思想を以下に追記する。
(イ) 請求項1又は2に記載の溶接用電源装置を備えて構成されたことを特徴とする溶接機。
【0034】
このようにすれば、電極先端電圧の算出に用いるインダクタンス値の測定を容易に行うことができる溶接機の提供が可能となる。
【符号の説明】
【0035】
10 アーク溶接機(溶接機)
11 溶接用電源装置
12 ワイヤ電極(電極)
22 インバータ回路
23 溶接トランス
24 整流回路(直流変換手段)
25 直流リアクトル(直流変換手段)
31 制御装置(制御手段、先端電圧算出手段、抵抗値保持手段、インダクタンス値算出手段)
33 電流センサ(検出手段)
34 電圧センサ(検出手段)
M 溶接対象
I 出力電流
Ic 電流値
V 出力電圧
Va 先端電圧
R 合計抵抗値
L 合計インダクタンス値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流電力を高周波交流電力に変換するインバータ回路と、変換した交流電力の電圧調整を行う溶接トランスと、該溶接トランスの二次側交流電力から溶接に適した直流出力電力を生成する直流変換手段とを備え、生成した前記出力電力の電極への供給に基づいて溶接対象との間に溶接のためのアークを生じさせるものであり、本装置内の検出手段にて検出した出力電流と出力電圧とに基づいて前記電極の先端電圧を算出し、算出した先端電圧に基づいて前記インバータ回路を制御する制御手段を更に備えた溶接用電源装置であって、
前記電極先端までの経路上の合計抵抗値を保持する抵抗値保持手段と、
溶接動作中の短絡期間に行われ、前記インバータ回路の動作にて生じる前記出力電流を所定電流値とした時からの電流減衰量に基づいて前記電極先端までの経路上の合計インダクタンス値を算出するインダクタンス値算出手段とを備え、
前記電極の先端電圧を算出する先端電圧算出手段は、前記検出手段にて検出した前記出力電圧の電圧値に対して前記電極先端までの経路上の前記合計抵抗値及び前記合計インダクタンス値にかかる電圧変化分を補正して前記先端電圧を算出することを特徴とする溶接用電源装置。
【請求項2】
請求項1に記載の溶接用電源装置において、
前記合計インダクタンス値の測定は、仮溶接モード中に実施されることを特徴とする溶接用電源装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−187595(P2012−187595A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−51425(P2011−51425)
【出願日】平成23年3月9日(2011.3.9)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】