説明

溶接缶用表面処理錫めっき鋼板及びこれから成る溶接缶

【課題】ノンクロム系の表面処理でありながら、優れた溶接性、特に高速溶接性を有すると共に、加工密着性、耐食性に優れた溶接缶用錫めっき鋼板を提供することである。
【解決手段】鋼板に錫めっき層が形成されてなる錫めっき鋼板の錫めっき層の表面にシランカップリング剤を主剤とする表面処理層が形成されて成る表面処理錫めっき鋼板において、前記錫めっき層におけるフリー錫量(Xg/m)及び表面処理層中のケイ素量(Ymg/m)が下記式、
0.2≦X≦13
Y≧1.0
Y≦1.58X+6.92
Y≦−0.36X+10.70
のすべてを満たす範囲にあることを特徴とする溶接缶用表面処理錫めっき鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接缶用表面処理錫めっき鋼板及びこの表面処理錫めっき鋼板から成る溶接缶に関し、より詳細には溶接性、有機樹脂被覆の密着性、及び耐食性に優れた溶接缶用表面処理錫めっき鋼板及び溶接缶に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、錫めっき鋼板(ぶりき)、ティンフリースチール(TFS)、ティンニッケルスチール(TNS)、ローティンコーテッドスチール(LTS)等の金属容器用材料は、鋼板輸送時の鋼面や錫めっき表面の酸化を防止すると共に、塗膜の密着性を向上し、更に耐食性を向上する目的で、クロム水和酸化物や金属クロム層から成るクロム系表面処理被膜が形成されているのが一般的である。特に溶接缶においては、抵抗溶接により行うため、すずの酸化が進むと溶接に必要なフリー錫量が不足し、或いは酸化錫が溶接抵抗となるため、溶接性に劣るようになる。
【0003】
その一方クロム系表面処理においては、処理工程で6価クロムが使用されるため、環境負荷、或いは作業環境性の点からノンクロム表面処理化が要望されている。
ノンクロム系の表面処理も種々提案されており、例えばNiめっき及びその上に有機樹脂を主体とする化成被膜を使用して耐食性を向上させたラミネート鋼板から成るシームレス缶や(特許文献1)、或いは錫合金層を有し、上層にPとSiを含有する化成被膜を有し、該化成被膜中のP及びSiの付着量が特定範囲にある表面処理鋼板が提案されている(特許文献2)。
また溶接缶用の表面処理錫めっき鋼板として錫めっき層上にシランカップリング剤処理層が形成されたものも本出願人から提案されている(特許文献3)。
【0004】
【特許文献1】特開2001−262371号公報
【特許文献2】特開2002−275657号公報
【特許文献3】特開2006−001630号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の表面処理鋼板を溶接缶の用途に用いた場合には、表面処理被膜としてシランカップリング剤のような有機物含有表面処理被膜が形成されていると、被膜の電気抵抗のために電気伝導性が不良になり、溶接可能範囲が狭くなるという問題がある。また高速溶接性の点で充分満足するものではなかった。
一方、溶接缶においても、ネックイン加工、ビード加工、フランジ加工などの過酷な加工に施されることから、これらの加工によって樹脂被膜に欠陥を生じないことが耐食性の点から必須であり、そのため有機樹脂被膜の加工密着性が要求されるが、溶接性を満足し得る従来の表面処理鋼板では、加工密着性は充分満足するものではなかった。
また上記特許文献3に記載された、本出願人によるシランカップリング剤処理層を有する溶接缶においては、硫化物を含有する魚貝類・畜肉類等を主な内容物とするものであることから、レトルト処理時あるいは缶詰保管時に内容物から発生する硫化水素による錫の変色や鉄の硫化物化を防止するため亜鉛が表面処理鋼板の必須の構成要件であり、このため金属溶解タイプの腐食性の強い酸性の内容物には対応することができず、しかも飲料缶に特有のトリプルネックイン加工のような過酷な加工に施された場合には樹脂被膜の加工密着性を満足することができない。また、30m/min.以上での高速での溶接性に劣ることが分かった。
【0006】
従って本発明の目的は、ノンクロム系の表面処理でありながら、優れた溶接性、特に高速溶接性を有すると共に、加工密着性、耐食性に優れた溶接缶用錫めっき鋼板を提供することである。
また本発明の他の目的は、耐食性に優れ、外観特性に優れた溶接缶を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、鋼板に錫めっき層が形成されてなる錫めっき鋼板の錫めっき層の表面にシランカップリング剤を主剤とする表面処理層が形成されて成る表面処理錫めっき鋼板において、前記錫めっき層におけるフリー錫(Sn)量(Xg/m)及び表面処理層中のケイ素(Si)量(Ymg/m)が下記式(1)〜(4)、
0.2≦X≦13 ・・・(1)
Y≧1.0 ・・・(2)
Y≦1.58X+6.92 ・・・(3)
Y≦−0.36X+10.70・・・(4)
のすべてを満たす範囲にあることを特徴とする溶接缶用表面処理錫めっき鋼板が提供される。
【0008】
本発明の溶接缶用表面処理錫めっき鋼板においては、
1.鋼板表面と錫めっき層の間に錫−鉄合金層が形成されていること、特に錫−鉄合金層中にニッケルが含有されていること、
2.シランカップリング剤が、アミノシランを含む水溶性シランカップリング剤であること、
3.鋼板が、炭素量が0.10重量%以下の鋼から成ること、
4.表面処理層上に有機樹脂被覆が形成されていること、
が好適である。
本発明によればまた、上記溶接缶用表面処理錫めっき鋼板から成形されて成る溶接缶が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明の溶接缶用表面処理錫めっき鋼板は、溶接性に優れており、特に30m/min.という高速溶接においても確実に溶接することができる高速溶接性を有している。
また耐食性にも優れており、金属溶解タイプの腐食性の強い酸性飲料などを充填した場合にも優れた耐食性を有している。
更に、樹脂被覆の密着性に優れ、トリプルネックイン加工等の過酷な加工に付された場合の加工密着性にも優れている。
また本発明においては、印刷における顔料濃度を高くしても樹脂被覆の密着性に優れているため、溶接缶が有するシート印刷による秀麗な印刷が可能であるという特徴と相俟って優れた外観特性を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
前述したとおり、溶接缶用の表面処理錫めっき鋼板においては、溶接性、加工密着性、耐食性を満足することが必要であり、表面処理被膜にシランカップリング剤を用いた場合には、溶接性、特に高速溶接性の点で満足するものではなかった。その一方シランカップリング剤処理は、錫めっき鋼板と有機樹脂被膜の密着性を向上し、厳しい加工に付された場合にも有機樹脂被膜の加工密着性を向上し、優れた耐食性を得る上では有効であることから、本発明においては、シランカップリング剤を用いた場合にも優れた溶接性を得るべく鋭意研究を行った結果、シランカップリング剤処理層の厚みとフリー錫量が特定の関係を満足することが重要であることを見出した。
本発明者等はシランカップリング剤表面処理層のSi量、及び錫めっき層のフリー錫量を種々変化させて、溶接性、密着性、耐食性を評価した結果、フリー錫量に対応したSi量の上限に一定の条件があることがわかった。すなわち本発明者等の実験の結果を示す図1において、錫めっき層中のフリー錫量(X)及びシランカップリング剤処理層中のSi量(Y)が、上記式(1)〜(4)のすべてを満足する範囲(図1に示す斜線の範囲)内にあることにより、優れた溶接性、加工密着性、耐食性を発現し得ることを見出したのである。
【0011】
すなわち図1からも明らかなように、錫めっき層中のフリー錫量が上記式(1)を満足しない場合、すなわちXが0.2g/mよりも小さい場合には、溶接に利用可能な錫量が不足しているために、充分な溶接を行うことができず溶接性に劣り、また錫による鋼板表面の被覆が不十分であるため耐食性にも劣ることになる。一方、Xが13g/mよりも大きくても経済的に不利なだけで、溶接性や耐食性の更なる向上を得ることはできない。
シランカップリング剤処理層のSi量が1.0mg/mよりも小さい場合には、シランカップリング剤による酸化膜抑制効果が低下するとともに、有機樹脂被覆の密着効果を充分得ることができなくなり、経時密着性、加工密着性に劣っている(上記式(2))。
またシランカップリング剤処理層のSi量の上限を定める上記式(3)及び(4)は、フリー錫の量Xが1.95g/mの近傍で交差し、この交差点を境にフリー錫量Xに対応するSi量の上限の傾向が変化していることが理解される。すなわち、フリー錫量Xが約1.95g/mまで増加する場合にはSi量の上限も増加するが、フリー錫量Xが約1.95g/mを超えるとSi量の上限は減少し、これを超える場合には、満足する溶接性を得ることができない。更に、フリー錫量Xが1.95g/mを超えた範囲では、Si量が上限を超えると密着性の低下も生じてしまうのである。
【0012】
(溶接缶用錫めっき鋼板)
本発明の溶接缶用表面処理錫めっき鋼板においては、鋼板の少なくとも一方の表面に錫めっき層、シランカップリング剤処理層が形成されてなるものであり、シランカップリング剤処理層の上には有機樹脂被覆層、特に有機塗膜が形成されていることが好適である。
【0013】
[鋼板]
本発明に用いる鋼板は、溶接缶の用途に用いられていた従来公知の冷延鋼板等を使用することができるが、本発明においては特に炭素(C)量が0.10重量%以下の低炭素鋼板を好適に用いることができる。溶接性は、上述したシランカップリング剤処理層中のSi量の他に鋼板中のC量にも影響を受け、特にC量は高速溶接性に影響を与える。すなわち、C量が増えると溶接時にスプラッシュが出やすい傾向があり、その一方C量が少ないとネックショルダー部に凹みが生じやすい等の傾向があることから、本発明においては、C量が0.10重量%以下、特に0.03〜0.1重量%の範囲にある鋼板を用いることが好適である。
また用いる低炭素鋼板の板厚は0.1〜0.4mm程度のものが好ましい。
【0014】
[錫めっき層]
鋼板の少なくとも一方の面に設ける錫めっき層は、前述した通り、フリー錫量が0.2〜13g/mとなるように、鋼板上に錫めっき層を構成する。
尚、本明細書において「フリー錫」とは、鉄やニッケルと合金化していない金属錫のことである。
本発明においては、フリー錫量が上記範囲となるように、鋼板上に錫めっき層を形成し、リフロー処理温度や処理時間及び有機樹脂被覆後の加熱焼付け条件を制御することにより、鋼板自体の耐食性を向上させると共に、シランカップリング剤表面処理層との組み合わせにより、溶接性、有機樹脂被覆との加工密着性及び経時密着性を向上させ、更に加工後の耐食性の向上を図ることが可能となるのである。なお、錫めっき層は鋼板表面を一様に被覆していても、島状に存在していても良い。
また鋼板の少なくとも一方の面、すなわち缶内面側となるべき面に錫めっき層を設けるが、缶外面側となるべき他方の面にも錫めっき層を設けることが望ましく、錫量は缶内面側となるべき面と同様の量であっても、異なる量であっても構わない。缶内面側と缶外面側の錫めっき量の差は、6g/m以下であることが経済性の面で好ましい。
【0015】
本発明においては、鋼板上に設ける錫めっき層の鋼板側の一部を錫鉄合金とすることによって錫めっき層/錫−鉄合金層の二層構成にすることもできる。錫−鉄合金層を形成することによって、加工密着性が向上すると共に、鋼板自体の耐食性も向上させることが可能になる。
錫めっき層を、錫めっき層/錫鉄合金層の二層構成に形成するには、鋼板上に所定量の錫めっきを行った後、錫の融点以上に加熱した後冷却を行う(リフロー処理)ことによって錫めっき層の鋼板側の一部を鉄−錫合金層に変化させることができる。
本発明においては、錫めっき前の鋼板表面に薄ニッケルめっきや薄いニッケル拡散層を予め設けておくことにより、鋼板側の一部を錫−ニッケル−鉄合金とすることが特に好ましい。これにより合金層を微細化することが可能となり、フリー錫の合金化を抑制することができる。尚、前述したように、本発明においては、合金層を形成した場合でも合金化されていないフリー錫量が上述した範囲内にあることが重要である。
尚、錫めっき層には、亜鉛が含有されていないことが望ましい。前述したように、亜鉛が含有されていると、特に金属溶解タイプの腐食性の内容物に適用可能な耐食性を得ることができず、また加工密着性の点で劣るようになる。更に、高速溶接時にスプラッシュやブローホールが発生し溶接性が低下する。
【0016】
[シランカップリング剤処理層]
錫めっき層上に形成されるシランカップリング剤処理層は、シランカップリング剤が有する反応基により、錫めっき層あるいは錫−鉄合金層と有機樹脂被膜の密着性を向上させることが可能となる。またシランカップリング剤処理層自体が耐久性と耐水性を向上させる一方、錫めっき層へのガス透過を抑制し、これにより錫めっき層の酸化皮膜の形成を抑制するため、酸化皮膜の生成・成長による有機樹脂被覆層の密着性の低下を防止できる。
本発明においては、前述したとおり、錫めっき層のフリー錫量との関係において、シランカップリング剤処理層中のSi量の上限が決定される。フリー錫量が2.0g/m付近(X=1.95g/m)を境に、フリー錫量がこの値以下の場合には上記式(3)及びフリー錫量がこの値以上の場合には上記式(4)を満足するSi量であることが重要である。またSi量の下限は1.0mg/mである。
【0017】
シランカップリング剤表面処理層を形成するために用いるシランカップリング剤は、有機樹脂被覆と化学結合する反応基と錫めっき鋼板と化学結合する反応基を有するものであり、ビニル基、スチリル基、アクリロキシ基、ウレイド基、クロロプロピル基、スルフィド基、イソシアネート基、アミノ基、エポキシ基、メタクリロキシ基、メルカプト基等の反応基と、メトキシ基、エトキシ基等の加水分解性アルコキシ基を含むオルガノシランから成るものや、メチル基、フェニル基、等の有機置換基と加水分解性アルコキシ基を含有するシランを使用することができる。
本発明において、好適に用いることができるシランカップリング剤の具体例としては、γ−APS(γ−アミノプロピルトリメトキシシラン)、γ−GPS(γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン)、BTSPA(ビストリメトキシシリルプロピルアミノシラン)、N−β(アミノエチル)γ−アミノプロピルトリメトキシシラン等を挙げることができる。
【0018】
シランカップリング剤処理層を錫めっき層上に形成するには、上述したシランカップリング剤溶液を錫めっき層上に塗布、若しくはシランカップリング剤溶液中に、錫めっき層が形成された鋼板を浸漬し、その後絞りロールで過剰な溶液を除去することにより形成することができる。好適なシランカップリング剤溶液の組み合わせ及び処理の順序は以下の通りである。
(1)アミノ基含有シランカップリング剤溶液及び/又はエポキシ基含有シランカップリング剤溶液を用いて処理生成する。
(2)アミノ基含有シランカップリング剤溶液及び/又はエポキシ基含有シランカップリング剤溶液と、有機置換基と加水分解性アルコキシ基を含有したシランから成る混合溶液を用いて処理生成する。この混合処理によって、レトルト処理後においても、密着性をより高いレベルに維持する効果が期待できる。
(3)有機置換基と加水分解性アルコキシ基を含有したシランで処理した後、次いでアミノ基含有シランカップリング剤溶液及び/又はエポキシ基含有シラン溶液から成るシランカップリング剤溶液を用いて処理生成する。この二段処理によって、混合処理にはない処理液の経時安定性を維持しつつ、レトルト処理後においても、密着性をより高いレベルに維持する効果が期待できる。
【0019】
[有機樹脂被覆]
本発明において、シランカップリング剤処理層上に形成される有機樹脂被覆は、熱可塑性樹脂フィルムの被覆或いは熱硬化性塗料による塗膜の何れであってもよいが、密着性の点で有機樹脂塗料により形成された有機塗膜であることがより好適である。
有機樹脂塗料としては、金属缶の塗装に用いられていた従来公知の熱硬化性塗料を用いることができ、エポキシ系塗料、フェノール系塗料、アクリル系塗料、ウレタン系塗料等を挙げることができる。特に作業性等の観点から有機溶剤を用いない水溶性の塗料を用いることが望ましいことから、エポキシ・アクリル系水性塗料を用いることが好ましい。
【0020】
有機樹脂被覆に使用し得る樹脂フィルムとしては、ポリオレフィン樹脂、熱可塑性ポリエステル樹脂等従来公知の熱可塑性樹脂を挙げることができるが、最も好適には、熱可塑性ポリエステル樹脂を用いることが望ましい。熱可塑性ポリエステル樹脂は、内容物中の芳香成分の吸着が少なく、腐食成分に対するバリア性や耐衝撃性にも優れたものである。
【0021】
熱可塑性ポリエステル樹脂としては、従来公知のカルボン酸成分とアルコール成分とから誘導されたポリエステル樹脂を使用することができ、ホモポリエステルでも、共重合ポリエステルでも、或いはこれらの2種以上のブレンド物であってもよい。
本発明においては、従来公知の熱可塑性ポリエステル樹脂の中でも、特にポリエチレンテレフタレート系の共重合樹脂、すなわちカルボン酸成分の50モル%以上がテレフタル酸で、アルコール成分の50モル%以上がエチレングリコール成分であるエチレンテレフタレート系の共重合ポリエステル樹脂を用いることが好ましい。好適には、カルボン酸成分としてイソフタル酸を3〜18モル%を含有するポリエチレンテレフタレート/イソフタレートを使用できる。
用いるポリエステル樹脂は、フィルムを形成し得る分子量を有し、オルトクロロフェノール中25℃で測定した固有粘度[η]が0.6〜1.2の範囲にあることが好ましい。
また、必要に応じて、エポキシフェノール系樹脂、エポキシアクリル系樹脂などの接着プライマー樹脂を介して上記熱可塑性フィルムを配置することもできる。
【0022】
樹脂フィルム層をシランカップリング剤処理層が形成された鋼板に形成するには、従来公知の任意の手段を行うことができ、例えば、押出コート法、キャストフィルム熱接着法、フィルム熱接着法等により行うことができる。
フィルムを用いる場合は、フィルムはT−ダイ法や、インフレーション製膜法により得ることができる。フィルムとしては、押出したフィルムを急冷した、キャスト成形法による未延伸フィルムであることが、フィルムの歪みがなく、加工性、密着性に優れているので好ましいが、このフィルムを延伸温度で逐次或いは同時二軸延伸し、延伸後のフィルムを熱固定することにより製造される二軸延伸フィルムを用いることもできる。
【0023】
有機樹脂被覆として有機塗膜を形成する場合、その厚みは1〜16μm、特に3〜10μmの範囲にあることが好ましく、また樹脂フィルム層を形成する場合、その厚みは8〜42μm、特に10〜40μmの範囲にあることが表面処理錫めっき鋼板の保護及び加工性とのバランスの点で好ましい。有機樹脂被覆の厚みが上記範囲より小さい場合は、バリア性が低下し、内容物浸透による腐食が発生したり、加工時に被膜にキズが入りやすくなり、腐食が発生する確率が高くなる。また、厚みが上記範囲より大きい場合には、被膜自体の剛性が高くなり、ネックイン部、巻締部等の厳しい加工を受ける部分において加工密着性が劣るようになる。
また、有機樹脂被覆は、溶接性の点から溶接部及びその近傍を除いたシランカップリング剤処理層上に施される。
【0024】
[層構成]
本発明に用いる溶接缶用表面処理錫めっき鋼板は、上述した通り、鋼板の少なくとも一方の表面に、錫めっき層、シランカップリング剤処理層、有機樹脂被覆の順に設けて成るものであり、また好適には、鋼板表面と錫めっき層の間に更に、錫鉄合金層或いは錫鉄ニッケル合金層が形成されるが、必要によりこれら以外の他の層を設けることも可能である。すなわち、缶外面側となる鋼板の他方の表面にも内面側と同様に錫めっき層及び有機樹脂被覆を設けることは勿論、有機樹脂被覆の上にホワイトコート層、印刷層等を設けることもできる。特に本発明の溶接缶用表面処理錫めっき鋼板は、密着性に優れているので、印刷層や下地層の顔料の含有量を高くすることができ、外観特性にも優れている。
【0025】
(溶接缶)
本発明の溶接缶は、上述した有機樹脂被覆表面処理錫めっき鋼板からなる缶胴ブランクの両端縁部を1mm以下、特に0.4mm以下のオーバーラップ幅で重ね合わせた状態で溶接を行う。溶接条件は、30乃至120m/min.の範囲の溶接速度、40乃至60kgfの範囲の溶接加圧力であることが好ましく、特に55m/min.以上の高速溶接でも優れた溶接性を発現することができる。
図2は溶接を説明するための図であり、電極ロール20a、20b又は電極ロール20a,20bでバックアップした溶接銅線21a,21bで有機樹脂被覆表面処理鋼板22のオーバーラップ部23をはさんでシーム溶接を行った後、溶接部を上述した熱硬化性塗料等を用いて溶接部の金属露出を補修する。
次いで、ネックイン加工、ビード加工、フランジ加工を施すことにより、缶胴部が形成される。次いで、別途形成された缶端部(缶蓋及び缶底)を巻締め加工することにより溶接缶が成形される。尚、本発明の溶接缶は、飲料缶に好適に使用できることから、ネックイン加工において、トリプルネックイン加工のような高度に縮径することもできる。
また、必要に応じて、上記のネックイン加工をする前や加工後の缶内面に、部分的あるいは全面にスプレー塗装をすることもできる。スプレー用の塗料としては、エポキシアクリル系塗料、エポキシフェノール系塗料などが好適に使用できる。
【0026】
本発明の溶接缶は、耐食性に優れており、金属腐食性の酸性飲料などの飲料缶に好適に使用することができる。またこれ以外にもエアゾール缶、溶剤等を内容物とする18リットル缶等に好適に使用できるが、これに限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
(表面処理錫めっき鋼板の作成)
炭素量0.04重量%で板厚0.22mmの低炭素鋼板を用いて、リフロー処理後のフリーSn量が表1及び表2に示す値となるようにSnめっきを施した。次いで、リフロー処理を行った材料に、乾燥後のSi量が表1になるように希釈濃度を変えたアミノシランカップリング剤(γ−アミノプロピルトリメトキシシラン)液を50mpmでロールコートにより塗布し、150℃の熱風で乾燥することにより、表面処理錫めっき鋼板を得た(試料番号1〜76)。
試料番号77の材料は、リフロー処理を行わなかった以外は、上記と同様に処理して錫めっき鋼板を得た。
【0028】
尚、表1及び表2中の各数値の測定方法は以下のとおりである。
(1)シランカップリング剤処理層中のSi量の測定
シランカップリング剤を塗布する前後の試験片について、蛍光X線法でSi量を測定し、両者の差からSi量を計算して求めた。
(2)鋼板中の炭素量の測定
るつぼ中に入れた試料を高周波加熱により酸素気流中で燃やし、発生するCO濃度を赤外線分析計で分析して、鋼中のC量を求めた。測定装置は、「固体中炭素分析装置 EMIA-921V 堀場製作所(株)製」であった。
(3)錫めっき層中のフリー錫量の測定
樹脂被覆をする前の表面処理錫めっき鋼板について、JIS G3303に準じて、電気化学的に金属錫(フリー錫)を溶解する前後の試験片について、蛍光X線法で錫量を測定し、両者間の差から、フリー錫量を計算して求めた。
【0029】
(樹脂被覆表面処理錫めっき鋼板の作成)
試料番号1〜73及び77の材料は、上記錫めっき鋼板を用いて、エポキシアクリルフェノール系水性塗料を缶胴の継目部分にあたる溶接マージン部を除いて、焼付け後の膜厚が内面側5μm、外面側3μmになるようにマージン塗装し、熱風乾燥炉中でそれぞれ185℃10分、205℃10分間焼付け硬化させた後、外面側も同様に溶接マージン部を残して外面塗装印刷を行って樹脂被覆錫めっき鋼板を得た。
試料番号74の材料は、缶内面側となる側にポリエステル樹脂(イソフタル酸10mol%共重合のポリエチレンテレフタレート樹脂)を、溶接マージン部を残して押出しコートし、内面樹脂膜厚28μmとした以外は、試料番号1〜73と同様にして樹脂被覆錫めっき鋼板を得た。
試料番号75の材料は、缶内面になる側に予めエポキシフェノール系接着プライマを塗布した厚み20μmの二軸延伸ポリエチレンテレフタレート/イソフタレートフィルム(融点230℃)を、溶接マージン部を残してラミネートした以外は、試料番号1〜73と同様にして樹脂被覆錫めっき鋼板を得た。
試料番号76の材料は、缶内面になる側にエポキシフェノール系塗料を65mg/dmの塗膜厚となる様に塗装した以外は、試料番号1〜73と同様にして樹脂被覆錫めっき鋼板を得た。
【0030】
(溶接缶の作成)
試料番号1〜77の材料は、樹脂被覆表面処理錫めっき鋼板を、ブランクエッジ近傍が溶接マージン部になるように切断し、そのブランクをSoudronic社製銅ワイヤシーム溶接機にて、溶接部同士を0.3mmの幅で円筒状に重ね合わせて溶接した。溶接条件は、溶接速度が55m/min.、溶接加圧力が50kgfで行った。
次に、試料番号1〜73,76,77の材料は、缶胴の溶接継ぎ目部の内外面側に溶剤型エポキシフェノール系補修塗料を、乾燥後の塗膜厚みが35μmになるようにスプレー塗装した後、熱風乾燥炉中で220℃40秒間焼付けることにより継ぎ目部分を被覆し、溶接缶胴(缶径65.4mm、缶胴高さ122mm)を作成し、片側に蓋を巻き締めた後、もう一方の開口端を3段階のダイネック加工により、60.3mmまでネッキングした。
試料番号74,75の材料は、缶胴の溶接継ぎ目部の内面側にポリエステルパウダーにより乾燥膜厚が70μmになるようにパウダー塗装し、熱風乾燥炉中で、パウダー塗装部が240℃3秒間になるようにパウダー塗装部のみを焼付けた以外は、上記と同様にして溶接缶胴を得た。
【0031】
(容器評価)
1.溶接性評価
溶接電圧は、スプラッシュ・ブローホールの発生により上限とし、溶接部引き剥がし試験で溶接されていない部分が僅かでも存在した場合を下限とし、その間の電圧ポイント数で、下記の基準により溶接性を評価した。溶接缶としての安定生産できる許容範囲は、評価◎と○である。尚、スプラッシュ発生は肉眼観察、ブローホール発生はX線の透過観察により判断した。
◎:溶接可能範囲が4ポイント以上
○:溶接可能範囲が3ポイント以上〜4ポイント未満
△:溶接可能範囲が2ポイント以上〜3ポイント未満
×:溶接可能範囲が2ポイント未満
尚、缶体評価を行うにあたり、評価×の材料については、溶接条件をより溶接しやすい条件(溶接加圧力55kgf、溶接速度15m/min.)に変更して溶接し、評価に供試した。この条件でも、溶接できなかった材料については、缶体評価を中止した。
【0032】
2.耐食性評価
缶胴を切り開いてから、溶接部以外から60mm×60mmの試験片を切り出し、缶内面について耐食性を評価した。試験片端部から腐食が進行しない様に、エッジを保護テープで被覆後、1.5%NaCl+1.5%クエン酸溶液に浸漬し、37℃で12日保管し、腐食状態を目視により5段階評価した。評価基準は次のとおりである。評価◎と○が、製品としての許容範囲である。
◎:腐食面積が全面積の20%未満
○:腐食面積が全面積の20%以上〜40%未満
△:腐食面積が全面積の40%以上〜60%未満
×:腐食面積が全面積の60%以上
【0033】
3.密着性評価
(a)缶胴部密着性
耐食性評価の場合と同様に缶胴平坦部から60mm×60mmの試験片を切り出した後、缶内面側塗膜にカッターで8方向に切り込みを入れて(図3参照)試験片とした。その後、水中で116℃−60分レトルト処理をした。レトルト処理後は、できるだけ迅速に試験片の評価を行った。評価直前まで試験片は水中に入れておき、水分を拭き取ってからニチバン製セロテープ(登録商標)(24mm巾)を貼った後剥離試験を2回繰り返し、密着性評価を行った。
(b)ネック部密着性
3段ネック加工された側の缶胴開口部を4分割し、1/4円の試験片を4つ作った。缶胴ネック部の内面側各段差に沿って円周方向に平行にカッターで3本切り込みを入れた後、水中で116℃で60分間のレトルト処理を行った。レトルト処理後の試験片はできるだけ迅速に評価を行った。評価直前まで試験片は水中に入れておき、水分を拭き取ってからニチバン製セロテープ(登録商標)(24mm巾)を貼った後剥離試験を2回繰り返し、密着性評価を行った。
【0034】
缶胴部密着性、ネック部密着性の各評価とも、以下の基準に基づいて評価した。
5点:周辺に剥離を生じている切り込み部分が、切り込み全体の0%
4点:周辺に剥離を生じている切り込み部分が、切り込み全体の3%未満
3点:周辺に剥離を生じている切り込み部分が、切り込み全体の3%以上〜10%未満
2点:周辺に剥離を生じている切り込み部分が、切り込み全体の10%以上〜20%未満
1点:周辺に剥離を生じている切り込み部分が、切り込み全体の20%以上〜50%未満
0点:周辺に剥離を生じている切り込み部分が、切り込み全体の50%以上
密着性の総合評価にあたり、両評価の合計得点が4点以下を×、5〜6点を△、7〜8点を○、9点以上を◎とした。製品化許容範囲は、◎と○である。
【0035】
4.経時密着性評価
表面処理後の鋼板を樹脂被覆なしの状態で室温6ヶ月間経時保管した材料を用いて、樹脂被覆後に、上記の缶胴部密着性評価と同様にして評価を行った。評価が2点以下を×、3〜4点を○、5点を◎とした。製品としての許容範囲は、◎と○である。
【0036】
5.総合判定
溶接性評価、耐食性評価、密着性総合評価、経時密着性評価を基に、次の基準により総合判定を行った。製品としての許容範囲は、◎か○である。
◎:いずれの評価も、◎
○:いずれの評価も、◎か○
×:いずれかの評価に、△か×が含まれる
【0037】
以上の5種類の評価・判定結果を表1に示した。溶接不能により評価を行わなかった項目は「−」の記号で示した。
表1及び表2の結果から、フリーSn量とSi量の相関図を作成し、図1に総合評価結果を示した。良好な性能を示すのは、フリーSn量(Xg/m)及び表面処理層中のSi量(Ymg/m)が下記式、
0.2≦X≦13
Y≧1.0
Y≦1.58X+6.92
Y≦―0.36X+10.70
のすべてを満たす範囲内にあるものであることがわかる。
【0038】
【表1】

【0039】
【表2】

【0040】
(鋼中炭素量変更の実験例)
表3に示すC量を有する鋼板の表面に、リフロー処理後のフリーSn量が2.1g/m
となる様にSnめっきを施し、リフロー処理をした後、アミノシランカップリング剤(γ−アミノプロピルトリメトキシシラン)液を塗布後乾燥し、Si量5.0mg/mの表面処理鋼板を得た。試料番号1〜73と同様に溶接マージン部を残して、内面塗装、外面塗装印刷をし、ブランクにしたのち、これら材料の溶接性を比較した。その他の鋼板の条件、溶接性評価方法及び評価基準は、試料番号1〜73と同様である。溶接缶としての安定生産できる許容範囲は、評価◎と○である。
ここで、低速溶接条件は、溶接加圧力55kgfで溶接速度15m/min.であり、高速溶接条件は、溶接加圧力50kgfで溶接速度55m/min.で行った。
【0041】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の溶接缶用表面処理錫めっき鋼板における錫めっき層中のフリー錫量(X)とシランカップリング剤処理層中のSi量(Y)の関係を示す図である。
【図2】溶接方法を説明するための図である。
【図3】実施例における密着性評価試験の方法を説明するための図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板に錫めっき層が形成されてなる錫めっき鋼板の錫めっき層の表面にシランカップリング剤を主剤とする表面処理層が形成されて成る表面処理錫めっき鋼板において、
前記錫めっき層におけるフリー錫量(Xg/m)及び表面処理層中のケイ素量(Ymg/m)が下記式、
0.2≦X≦13
Y≧1.0
Y≦1.58X+6.92
Y≦−0.36X+10.70
のすべてを満たす範囲にあることを特徴とする溶接缶用表面処理錫めっき鋼板。
【請求項2】
前記鋼板表面と錫めっき層の間に錫−鉄合金層が形成されている請求項1記載の溶接缶用表面処理錫めっき鋼板。
【請求項3】
前記錫−鉄合金層中にニッケルが含有されている請求項2記載の溶接缶用表面処理錫めっき鋼板。
【請求項4】
前記シランカップリング剤が、アミノシランを含む水溶性シランカップリング剤である請求項1乃至3の何れかに記載の溶接缶用表面処理錫めっき鋼板。
【請求項5】
前記鋼板が、炭素量が0.10重量%以下の鋼から成る請求項1乃至4の何れかに記載の溶接缶用表面処理錫めっき鋼板。
【請求項6】
前記表面処理層上に有機樹脂被覆が形成されている請求項1乃至5の何れかに記載の溶接缶用表面処理錫めっき鋼板。
【請求項7】
請求項1乃至6の何れかに記載の溶接缶用表面処理錫めっき鋼板から成形されて成る溶接缶。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−46754(P2009−46754A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−216609(P2007−216609)
【出願日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【出願人】(000003768)東洋製罐株式会社 (1,150)
【出願人】(390003193)東洋鋼鈑株式会社 (265)
【Fターム(参考)】