説明

溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法および溶融亜鉛めっき鋼板

【課題】成形荷重が高くなり型かじりを生じやすい材料においても優れたプレス成形性を有する溶融亜鉛めっき鋼板を安定的に製造する製造方法及び優れたプレス成形性を有する溶融亜鉛めっき鋼板を提供する。
【解決手段】めっき層が主としてη相からなる溶融亜鉛めっき鋼板を、調質圧延前または後に表面活性化処理を施し、次いで、pH緩衝剤を有する酸性処理液に接触させた後、水洗、乾燥を行うことによりめっき表面にZnを主体とする酸化物層を形成させる溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法において、前記酸性処理液中に硝酸イオンを0.5g/l〜100g/l含有し、前記鋼板を酸性処理液に相対流速0.3m/秒以上で接触させることを特徴とする。また、上記製造方法により生産され、Znを主体とする酸化物層を、調質圧延により形成される凹部を除く、凸部または平坦部表層に平均15nm以上の膜厚で有する溶融亜鉛めっき鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は成形荷重が高く型かじりを生じやすい材料においても優れたプレス成形性を有する溶融亜鉛めっき鋼板を安定的に製造する製造方法および優れたプレス成形性、接着剤適合性、化成処理性を有する溶融亜鉛めっき鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、防錆性の向上の観点から、自動車用パネル部品には亜鉛系めっき鋼板、特に溶融亜鉛系めっき鋼板の使用比率が増加している。溶融亜鉛系めっき鋼板には亜鉛めっき後に合金化処理を施したものと施さないものとがあり、一般に前者は合金化溶融亜鉛めっき、後者は溶融亜鉛めっき鋼板と称される。尚、本発明においては亜鉛めっき後に合金化処理を行ったものを合金化溶融亜鉛めっき鋼板、亜鉛めっき後に合金化処理を行わなかったものを溶融亜鉛めっき鋼板とする。
【0003】
現在、溶接性、および塗装性に優れた特性を有する合金化溶融亜鉛めっき鋼板が自動車用パネルに使用されることが多い。一方で、昨今のさらなる防錆性の向上を目指し、自動車メーカーでは厚目付けの亜鉛系めっき鋼板に対する要望が強くなりつつあるが、前述した合金化溶融亜鉛めっき鋼板で厚目付け化を実施すると合金化に長時間を要するだけでなく、めっき層の中で合金化がしていない部分が残存する合金化不良いわゆる焼けムラが発生しやすい。逆に、めっき層全体を合金化させた場合はめっき層と下地鋼板界面に硬くて脆いΓ相が形成されやすく、加工時に界面から剥離する現象、いわゆるパウダリングが生じ易いという問題が生じる。
このような観点から、厚目付け化には溶融亜鉛めっき鋼板が有効である。しかしながら、溶融亜鉛めっき鋼板を自動車用パネルにプレス成形する際には前記合金化溶融亜鉛めっき鋼板と比較すると、金型との摺動抵抗が大きく、また表面の融点が低いことにより金型と鋼板表面の凝着を生じやすく、プレス割れが起こりやすいという問題がある。
【0004】
溶融亜鉛めっき鋼板使用時のプレス形成性を向上させる方法として、高粘度の潤滑油を塗布する方法が広く用いられている。しかし、この方法では潤滑油の高粘性のために塗装工程で脱脂不良による塗装欠陥が発生したり、プレス時の油切れによるプレス性能が不安定にある等の問題がある。従って厚目付け化が可能である溶融亜鉛めっき鋼板自体のプレス成形性が改善されることが強く要請されている。
【0005】
特許文献1及び特許文献2には亜鉛系めっき鋼板表面に電解処理、浸漬処理、塗布酸化処理、または加熱処理を施すことによりZnOを主体とする酸化膜を形成させて溶接性、または加工性を向上させる技術を開示している。
【0006】
この他にも特許文献3にはMo酸化物皮膜、特許文献4にはCo系酸化物皮膜、特許文献5にはNi系酸化物皮膜、特許文献6にはCa系酸化物皮膜を表面に形成した亜鉛めっき鋼板が提案されている。
【0007】
また特許文献7にFe系酸化物とZn系酸化物、Al系酸化物からなる参加皮膜を供えた亜鉛系めっき鋼板に関する技術が記載されている。前記と同様、溶融亜鉛めっき鋼板の場合、表面が不活性なため、初期に形成されるFe酸化物が不均一となり、効果を得るための酸化物量が多く、酸化物の剥離などの問題が生じる。
【0008】
特許文献8には亜鉛系めっき鋼板の表面にリン酸ナトリウム5〜60g/lを含みpH2〜6の水溶液にめっき鋼板を浸漬するか、電解処理または上記水溶液を塗布することにより、P酸化物を主体とした酸化膜を形成して、プレス成形性及び化成処理性を向上させる技術を開示している。
【0009】
しかしながら上記の先行技術を溶融亜鉛めっきに適用した場合、プレス成形性の改善効果を安定して得ることが出来ない。本発明者らはその原因について詳細な検討を行った結果、溶融亜鉛めっき鋼板表層にAl酸化物が形成しているために表面の反応性が劣り、調質圧延により形成される凹凸が大きいことが原因であることを見出した。
【0010】
通常、溶融亜鉛めっき鋼板の製造の際には、亜鉛浴に浸漬した際に過剰なFe−Znの合金化反応を抑制し、めっき密着性を確保するために亜鉛浴中には微量なAlが添加されている。この微量に含まれるAlは易酸化性元素であるため、溶融亜鉛めっき鋼板の表層にはAl酸化物が緻密に形成している。そのため、表面が不活性でありZnOを主体とする酸化膜、Mo酸化物皮膜、Co系酸化物皮膜、Ni系酸化物皮膜、Ca系酸化物皮膜を形成することが出来ない。
【0011】
すなわち、先行技術を溶融亜鉛めっき鋼板に適用した場合、表面の反応性が低いため、電解処理、浸漬処理、塗布酸化処理及び加熱処理等を行っても所定の皮膜を表面に均一に形成させることは困難であることがわかった。また、反応性の低い部分、即ちAl酸化物の多い部分では膜厚が薄く、Al酸化物の少ない部分では膜厚が厚くなり、皮膜の不均一性によりプレス成形性が安定して得られることが出来ないことがわかった。
【0012】
仮にこのような酸化膜をAl酸化物層の上層に付与したとしても、付与した酸化膜と下地との密着性が悪く十分な効果が得られないだけでなく、加工時にプレス金型に付着し、付着物が堆積することにより押し傷を作るなどプレス品への悪影響をもたらす問題がある。
【0013】
一方で、本発明者らは上記の問題点を改善すべく、研究した結果、以下の知見を得、特許出願を行った。(特許文献9)すなわち、平坦部に硬質かつ高融点の皮膜を安定的に形成させる手法であり、良好な摺動特性を得ることができる合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法および合金化溶融亜鉛めっき鋼板である。しかし、特許文献9の手法を用いて、厚目付け化に有効である溶融亜鉛めっきに適用した場合、プレス成形性に有効な酸化膜厚を得ることは困難であった。この原因について詳細に調査を行った結果、合金化溶融亜鉛めっき鋼板に比べ、溶融亜鉛めっき鋼板表層では形成しているAl濃化量が多く、かつ表面に純Znが存在しているために反応性の不均一性が大きく、特許文献9の手法のみではプレス成形性に有効な皮膜の形成が困難であった。
【0014】
そこで本発明者らが上記の問題点を改善すべく、さらに研究を重ねた結果、下記の知見を得、特許出願した。(特許文献10)
すなわち、特許文献10は溶融亜鉛めっき鋼板特有のAl酸化物と、Zn系酸化物を共存させることにより広範な摺動条件で良好なプレス成形性を得る手法である。
【特許文献1】特開昭53−60332号公報
【特許文献2】特開平2−190483号公報
【特許文献3】特開平3−191091号公報
【特許文献4】特開平3−191092号公報
【特許文献5】特開平3−191093号公報
【特許文献6】特開平3−191094号公報
【特許文献7】特開2000−160358号公報
【特許文献8】特開平4−88196号公報
【特許文献9】特開2003−306781号公報
【特許文献10】特願2003−113938号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、上記特許文献10において、より詳細な検討を進めるうちに、調質圧延による凹部に優先的に酸化皮膜が形成され、製造時のラインスピード増加による酸性処理液膜保持時間が減少すると、プレス加工時に金型と接触する凸部に酸化皮膜が形成されにくく、良好なプレス成形性が得られないことが分かった。特に難成形部品のプレス成形においては、ビード部が高面圧であるだけではなく、ダブルビードと呼ばれるビード部が2重になっている金型の場合、プレス成形時の金型プレスで同一部位が2回摺動を受けるため、1回目のビード通過で皮膜が破壊され、2回目のビード通過時に金型と亜鉛との直接接触による亜鉛の凝着が起こり、プレス割れが起こりやすく、耐型かじり性が劣化する。これは、特許文献10の製造方法において、鋼板を酸性処理液に接触させて保持する際に酸化皮膜が形成されるため、酸性処理液が多く残存している凹部に厚い酸化皮膜を形成され、凸部は凹部に比べて残存する酸性処理液量が少ないために酸化皮膜厚が薄くなることに起因すると考えられる。
【0016】
本発明は上記の問題点を改善し、本発明は成形荷重が高く型かじりを生じやすい材料においても優れたプレス成形性を有する溶融亜鉛めっき鋼板を安定的に製造する製造方法および優れたプレス成形性、接着剤適合性、化成処理性を有する溶融亜鉛めっき鋼板を提供することを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは上記の課題を解決すべく、さらに鋭意研究を重ねた。その結果、まず特許文献10の製造方法においては、鋼板を酸性処理液に接触させて保持する際に酸化皮膜が形成されるため、酸性処理液が多く残存している凹部に厚い酸化皮膜を形成され、凸部は凹部に比べて残存する酸性処理液量が少ないために酸化皮膜厚が薄くなることがわかった。そして、このような液膜量の差を低減し、プレス成形時に金型と直接接触する部位である凸部に優先的に酸化皮膜を厚く形成するためには、従来の酸化皮膜形成技術に加えて、酸化処理液中で酸化皮膜を形成することが有効であり、pH緩衝作用を有する酸性処理液に硝酸イオンを0.5g/l〜100g/l含有し、鋼板を酸性処理液に相対流速0.3m/秒以上で接触させること、さらには、凸部または平坦部表層に平均15nm以上の酸化皮膜を形成させることが効果的であることを突き止めた。
【0018】
本発明は、以上の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
[1]めっき層が主としてη相からなる溶融亜鉛めっき鋼板を、調質圧延前または後に表面活性化処理を施し、次いで、pH緩衝剤を有する酸性処理液に接触させた後、水洗、乾燥を行うことによりめっき表面にZnを主体とする酸化物層を形成させる溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法において、前記酸性処理液中に硝酸イオンを0.5g/l〜100g/l含有し、前記鋼板を酸性処理液に相対流速0.3m/秒以上で接触させることを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[2]前記[1]において、前記酸性処理液がpH緩衝作用を有し、かつ0.1リットルの酸性処理液のpHを2.0から5.0まで上昇させるのに必要な1.0mol/lの水酸化ナトリウム溶液の量(ml)で定義するpH上昇度が5〜45の範囲にある酸性処理液を用いることを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[3]前記[1]又は[2]において、前記酸性処理液として、酢酸塩、フタル酸塩、クエン酸塩、コハク酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、ホウ酸塩、リン酸塩のうち、少なくとも1種類以上を、前記各成分含有量5〜50g/lの範囲で含有し、pHが0.5〜3.5、液温が20〜70℃の範囲にある酸性処理液を用いることを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[4]前記[1]〜[3]のいずれかにおいて、前記表面活性化処理に用いる薬液がpH11以上であるアルカリ性溶液であることを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[5]前記[1]〜[4]のいずれかにおいて、前記表面活性化処理により、溶融亜鉛めっき鋼板表面のAl濃度を20at%未満とすることを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[6]前記[1]〜[5]のいずれかにおいて、前記酸性処理液に接触させた後の前記鋼板表面に形成する酸性処理液の液膜量が3g/m以下であり、かつ、酸洗処理後水洗までの保持時間が1〜30秒であることを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[7]前記[1]〜[6]のいずれかにおいて、酸性処理液に接触させた後に、アルカリ性の溶液に接触させ、表面に残存した酸性処理液の中和処理を行うことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[8]前記[1]〜[7]のいずれかに記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法により生産され、Znを主体とする酸化物層を、調質圧延により形成される凹部を除く、凸部または平坦部表層に平均15nm以上の膜厚で有することを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼板。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、溶融亜鉛めっき鋼板などの成形荷重が高く型かじりを生じやすい材料においても、プレス成形時の摺動抵抗が小さく、優れたプレス成形性を有する溶融亜鉛めっき鋼板を安定して製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
溶融亜鉛めっき鋼板は、通常、微量のAlを含んだ亜鉛浴に浸漬することにより製造されるため、めっき皮膜は主としてη相からなり、また表層には、亜鉛浴に含まれているAlによるAl系酸化物層が形成された皮膜である。このη相は、合金化溶融亜鉛めっき皮膜の合金相であるζ相、δ相と比較すると軟らかく、かつ融点が低いことから、凝着が発生しやすく、プレス成形時の摺動性に劣る。ただし、溶融亜鉛めっき鋼板の場合、表面にAl系酸化物層が形成されていることにより、金型の凝着を抑制する効果がわずかに見られるため、特に金型との摺動距離が短い場合には、摺動特性の劣化が見られないことがある。しかしながら、この表面に形成されているAl系酸化物層は薄いため、摺動距離が長くなると凝着が発生しやすくなり、広範な摺動条件で満足するプレス成形性を得ることができない。さらに、溶融亜鉛めっき鋼板は軟質であり、他のめっきと比較して金型と凝着しやすく、面圧が低い場合に、摺動特性が低くなる。
【0021】
このような溶融亜鉛めっき鋼板と金型との凝着を抑制するためには、表面に厚い酸化物層を均一に被覆形成することが有効である。このため、めっき鋼板表面に存在するAl系酸化物層の一部を破壊し、酸化処理を行うことによりZn酸化物層を形成し、Zn酸化物と溶融亜鉛めっき鋼板特有のAl系酸化物が共存した酸化物層を形成することは溶融亜鉛めっき鋼板の摺動特性の向上に有効である。実際のプレス成形時には表層の酸化物は磨耗し、削り取られる為、金型と鋼板の接触面積が大きい場合には十分に厚い酸化物層の存在が必要である。
【0022】
このように溶融亜鉛めっきの平坦部に均一に酸化物層を形成させる手法としては調質圧延後の溶融亜鉛めっき鋼板を酸性処理液と接触させ、その後、鋼板表面に酸性処理液の液膜が形成された状態で所定時間保持した後、水洗、乾燥する方法が有効であるが、この際に凸部に残存する酸性処理液が少ないために凸部に形成される酸化物は薄くなる。これを改善するためには残存させる液膜量を多くすることが有効であるが、その場合は酸性処理液膜保持時間が長時間必要であり、製造時のラインスピードが制限されてしまうため好ましくない。また、酸化膜厚制御が困難になる点、凹部の酸化膜厚が厚くなりすぎることによる化成処理性への悪影響などが発生する。
【0023】
上記の結果を踏まえ、検討した結果、硝酸イオンを0.5g/l〜100g/l含有するpH緩衝作用を有する酸性処理液を用いることにより凹部、凸部に関係なく酸性処理液中で酸化皮膜(Znを主体とする酸化物層)が形成され、目的とするプレス加工時における金型との接触部である凸部に酸化皮膜を効率的に形成することが可能であることが分かった。
【0024】
このめっき表層におけるZnを主体とする酸化物層については、その平均厚さを15nm以上とすることにより良好な摺動性が得られる。さらに、酸化物層の平均厚さを20nm以上とするとより効果的である。これは、金型と被加工物の接触面積が大きくなるプレス成形加工において、表層の酸化物層が摩耗した場合でも残存し、摺動性の低下を招くことがないためである。尚、上記記載のとおり、摺動性の観点から酸化物層の平均厚さに上限はないが、厚い酸化物層が形成されると、表面の反応性が極端に低下し、自動車製造時の塗装前の化成処理において化成処理皮膜を形成するのが困難になるため、酸化物層の平均厚さを100nm以下とすることが好ましい。より好ましくは酸化物層の平均厚さが平均80nm以下の溶融亜鉛めっき鋼板である。
【0025】
なお、酸化物層の平均厚さは、Arイオンスパッタリングと組み合わせたオージェ電子分光(AES)により求めることができる。この方法においては、所定厚さまでスパッタした後、測定対象の各元素のスペクトル強度から相対感度因子補正により、その深さでの組成を求めることができる。このうち、酸化物に起因する0の含有率は、ある深さで最大値となった後(これが最表層の場合もある)、減少し、一定となる。0の含有率が最大値より深い位置で、最大値と一定値との和の1/2となる深さを、酸化物の厚さとする。
【0026】
また、この酸化物層形成メカニズムについては明確でないが、次のように考えることができる。溶融亜鉛めっき鋼板を酸性処理液に接触させると、鋼板側からは亜鉛の溶解が生じる。この亜鉛の溶解は、同時に水素発生反応を生じるため、亜鉛の溶解が進行すると、溶液中の水素イオン濃度が減少し、その結果、溶液のpHが上昇し酸化物または水酸化物が安定となるpH領域に到達すると、溶融亜鉛めっき鋼板表面にZnを主体とする酸化物層を形成すると考えられる。
【0027】
また、このような酸化物層の形成方法は、めっき表面をわずかに溶解させながら進行するものであるため、酸化物を分散させた溶媒を用いた塗布処理などにより得られる層と比較して密着性も良好であるとともに、水酸化物の沈殿反応を利用したものであるため、加熱処理などにより表面を完全被覆することで得られる皮膜と比較すると、厚い酸化皮膜を形成できる。
【0028】
酸性処理液中に硝酸イオンを含有させる為には硝酸、または硝酸ナトリウム、硝酸アルミニウム、硝酸アンモニウム、硝酸バリウム、硝酸ビスマス、硝酸セシウム、硝酸コバルト、硝酸インジウム、硝酸ユウロピウム、硝酸鉄、硝酸リチウム、硝酸マグネシウム、硝酸マンガン、硝酸ニッケル、硝酸ストロンチウム、硝酸イットリウム、硝酸亜鉛などの硝酸塩のうち少なくとも1種以上を添加しかつ硝酸イオン濃度が0.5g/l以上100g/l以下であることが必要である。硝酸イオン濃度が0.5g/l未満であると酸性処理液中での酸化皮膜が形成されず、凸部の酸化皮膜が薄くなってしまう。一方、100g/l超えになると、溶解が主体となるために酸性処理液中での酸化皮膜形成が困難になるだけではなく、溶融亜鉛めっき鋼板本来の目的である防錆機能を損なうことになる。酸性処理液中での効果が十分とする点から、好ましくは硝酸イオンの濃度は70g/l以下とする。
【0029】
また使用する酸性処理液は、pH2.0〜5.0の領域においてpH緩衝作用を有するものが好ましい。これは、前記pH範囲でpH緩衝作用を有する酸性処理液を使用すると、酸性処理液に接触中、及び接触後の所定時間保持中に、酸性処理液とめっき層の反応によりZnの溶解とZnを主体とする酸化物の形成が十分に生じ、平坦部表面に15nm以上の酸化物層を安定して得ることができるためである。
【0030】
また、このようなpH緩衝作用の指標として、1リットルの酸性処理液のpHを2.0から5.0まで上昇させるのに要する1.0mol/l水酸化ナトリウム水溶液の量(ml)で定義するpH上昇度で評価でき、この値が5〜45の範囲にあるとよい。pH上昇度が5未満であると、pH上昇が速やかに起こって酸化物層の形成に十分な亜鉛の溶解が得られないため、十分な酸化物層の形成が生じず、45を超えると、亜鉛の溶解が促進され、酸化物層の形成に長時間要するだけでなく、めっき層の損傷も激しく、本来の防錆鋼板としての役割も失うことが考えられるためである。ここで、pHが2.0を超える酸性処理液のpH上昇度は、酸性処理液に硫酸等のpH2.0〜5.0の領域でほとんどpH緩衝性を有しない無機酸を添加してpHを一旦2.0に低下させて評価することとする。
【0031】
このようなpH緩衝性を有する薬液としては、酸性領域でpH緩衝性を有すれば、その薬液種に制限はないが、例えば、酢酸ナトリウム(CH3COONa)などの酢酸塩、フタル酸水素カリウム((KOOC)2C6H4)などのフタル酸塩、クエン酸ナトリウム(Na3C6H5O7)やクエン酸二水素カリウム(KH2C6H5O7)などのクエン酸塩、コハク酸ナトリウム(Na2C4H4O4)などのコハク酸塩、乳酸ナトリウム(NaCH3CHOHCO2)などの乳酸塩、酒石酸ナトリウム(Na2C4H4O6)などの酒石酸塩、ホウ酸塩、リン酸塩のうちの一種以上を用いることができる。
【0032】
また、その濃度としては、それぞれ5〜50g/lの範囲であることが望ましい、これは、5g/l未満であると、pH緩衝効果が不十分で、所定の酸化物層を形成できないためであり、50g/lを超えても、効果が飽和するだけでなく、酸化物の形成に長時間を要するためである。酸性処理液には、めっき鋼板を接触させることにより、めっきよりZnが溶出混入するが、これはZn系酸化物の形成を著しく妨げるものではない。従って、酸性処理液中のZn濃度は特に規定しない。より好ましいpH緩衝剤及びその濃度としては、酢酸ナトリウム3水和物を10〜50g/lの範囲、さらに好ましくは、20〜50g/lの範囲とした液であり、本溶液を用いれば有効に本発明の酸化物を得ることができる。
【0033】
これら使用する酸性処理液のpHは0.5〜3.5の範囲にあることが好ましい。これはpHが3.5を超えると、溶液中または酸性処理液保持中にZnの溶解量が少なくなるため、その後の乾燥時にZnの酸化物が形成されなくなるためである。一方、pHが0.5より低くなると、亜鉛の溶解が促進され、めっき付着量が減少するだけでなく、めっき皮膜に亀裂が生じ、加工時に剥離が生じやすくなる。より好ましくはpH1.0〜3.0の酸性処理液である。なお、酸性処理液のpHが0.5〜3.5の範囲より高い場合には硫酸等のpH緩衝性の無い無機酸や、使用する塩の酸溶液、例えば酢酸やフタル酸、クエン酸等でpHを調整することができる。
【0034】
酸性処理液の温度については20〜70℃の範囲にあることが好ましい。あるいは前述したように酸化物層の形成反応は、酸性処理液への接触後、所定時間保持する際に生じるため、保持時の板温を20〜70℃の範囲に制御することも有効である。これは20℃未満であると酸化物層の生成反応に長時間を要し、生産性の低下を招くためである。一方温度が高い場合には反応は比較的すばやく進行するが、逆に鋼板表面に処理ムラを発生しやすくするため、70℃以下の温度に制御することが望ましい。なお、前述したpH上昇度は溶液の温度によりわずかに変化するが、処理を行う温度でのpH上昇度が、前述した範囲内にあれば本発明の効果は十分に得られるものである。
【0035】
本発明では使用する酸性処理液中に硝酸イオンを含有していれば、摺動性に優れた酸化皮膜を安定して形成できるため、酸性処理液中にその他の金属イオンや無機化合物などを不純物として、あるいは故意に含有していても本発明の効果が損なわれるものではない。特に、Znイオンは溶融亜鉛めっき鋼板と酸性処理液が接触した際に溶出するイオンであるために操業中に酸性処理液中でZnイオン濃度の増加が認められるが、このZnイオン濃度の大小は本発明の効果には何の影響も及ぼさないものである。
【0036】
溶融亜鉛めっき鋼板を酸性処理液に接触させる方法には特に制限は無く、めっき鋼板を酸性処理液に浸漬する方法、めっき鋼板に酸性処理液をスプレーする方法等がある。しかし、本発明においては、鋼板と酸性処理液の相対速度が0.3m/秒以上である必要があり、このことにより酸性溶液中で凸部に優先的に酸化皮膜が形成する。0.3m/秒以下の場合、酸性溶液中での溶液と鋼板との接触ムラが生じる結果、外観上のムラが発生するだけではなく、酸化皮膜は相対速度に応じて形成されるため、酸化皮膜が鋼板上に不均一に形成し、鋼板全面での安定したプレス成形性を得ることが出来なくなる。
【0037】
酸性処理液との接触後、最終的に薄い液膜状で鋼板表面に存在することが望ましい。これは、浴中で形成した酸化皮膜に加えて、前述の通り水酸化物の沈殿反応を利用した酸化物の形成を行い、摺動特性に優れた酸化皮膜を厚く形成することを目的としている。鋼板表面に存在する酸性処理液の量が多いと亜鉛の溶解が生じても溶液のpHが上昇しにくく、亜鉛の溶解量が多くなり酸化物層を形成するまでに長時間を要するだけでなく、亜鉛の溶解によりめっき層の損傷が激しくなり本来の防錆鋼板としての役割も失うことが考えられるためである。この観点から鋼板表面に形成する溶液膜の量は3g/m以下に調整することが有効であり、液膜量の調整は絞りロール、エアワイピング等で行うことができる。
【0038】
酸化物層を形成する手法としては、溶融亜鉛めっき鋼板をpH緩衝作用を有する酸性処理液に接触させ、その後、水洗まで1〜30秒保持した後、水洗・乾燥することが有効である。
【0039】
この酸化物層形成メカニズムについては前述したように考えることができるが、Znを主体とする酸化物の形成のためには、亜鉛の溶解とともに、鋼板に接触している溶液のpHが上昇することが必要であるため、鋼板を酸性処理液に接触させた後に水洗までの保持時間を調整することが有効である。この際、保持時間が1秒未満であると、鋼板に接触している溶液のpHが上昇する前に液が洗い流されるために酸化物を形成できず、一方、30秒以上保持しても酸化物生成に変化が見られないためである。この保持過程で、酸化物(もしくは水酸化物)が成長する。より好ましい保持時間は、2〜15秒である。
【0040】
また、酸化処理を行う前に、表面活性化処理を行うことが必須である。この目的は、溶融亜鉛めっき鋼板特有の表層に形成したAl系酸化物を除去し、表面に新生面を露出させることにより、新生面が露出された部分で反応を活性化させ、Znを主体とする酸化物の生成を容易にするためである。調圧ロールなどにより、めっき鋼板表面に存在するAl系酸化物層の一部を破壊することができるが、材質上制限される伸長率のために、鋼板の種類によっては、十分にAl系酸化物層を破壊できない場合がある。そこで、鋼板の種類によらず、安定的に摺動性に優れた酸化物層を形成するには、溶融亜鉛めっき鋼板特有のAl系酸化物層を除去する処理を行い、表面を活性化することが必要となる。
【0041】
アルカリ性溶液に接触させることによりAl系酸化物層を除去する処理を施した場合に得られる、酸化処理前の表面Al系酸化物について種々検討したところ、本発明で規定されるZnを主体とする酸化物を、前述の酸化処理により形成するのに有効な溶融亜鉛めっき鋼板特有の表面Al系酸化物層の好ましい形態は以下のとおりである。
【0042】
すなわち、アルカリ性溶液に接触させたときに溶融亜鉛めっき鋼板特有の表層に形成しているAl系酸化物を完全に除去する必要は無く、めっき表層のZn系酸化物と混在している状態で良いが、表面の平坦部の酸化物に平均的に含まれるAl濃度が20at%未満となる状態にすることが好ましい。ここで示したAl濃度は、オージェ電子分光(AES)とArスパッタリングによる深さ方向分析により、2μm×2μm程度の領域における平均的な酸化物厚さとAl濃度の深さ方向分布を測定したときの、酸化物の厚さに相当する深さまでの範囲におけるAl濃度の最大値とした。
【0043】
Al濃度が20at%以上となると、反応性が低下するためにZnの溶解量が減少する。前述の通り、本発明はZnの溶解による水素発生に伴ったpH上昇を引き起こし、Znを主体とする酸化物の形成を図る技術であるため、Znの溶解量が減少することによりZnを主体とする酸化物の形成が困難になる。尚、溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法により表層に形成しているAl濃度は変化するが、前述した手法を用いて測定した場合、通常30〜40at%程度である。
【0044】
溶融亜鉛めっき鋼板特有のAl系酸化物層を除去し、表面を活性化する処理、すなわち、溶融亜鉛めっき鋼板特有の表面のAl系酸化物状態を上述の通り実現する為には、アルカリ性水溶液に接触させることがより有効である。この場合、水溶液はpHが11以上、浴温を30℃以上とし、液との接触時間を1秒以上とすることが好ましい。より好ましくはpH11以上、浴温50℃以上である。上記範囲内のpHであれば溶液の種類に制限はなく、水酸化ナトリウムや水酸化ナトリウム系の脱脂剤などを用いることができる。
【0045】
活性化処理は酸化処理の前に実施する必要があるが、溶融亜鉛めっき後に行われる調質圧延の前、後いずれで実施しても良い。ただし、調質圧延の後、活性化処理を施すと、圧延ロールにより押しつぶされ凹部となった部分でAl系酸化物が機械的に破壊されるため、凹部以外の凸部及び/または平坦部とAl酸化物の除去量が異なる傾向がある。このため、活性化処理後のAl酸化物量が、面内で不均一となり、引き続き行われる酸化処理が不均一となり十分な特性を得られない場合がある。このため、より好ましくはめっき後、活性化処理を施し、面内で均一にAl酸化物を適正量除去した後、調質圧延を実施、引き続き酸化処理とするプロセスが好ましい。
【0046】
酸性処理液が水洗、乾燥後の鋼板表面に残存すると、鋼板コイルが長期保管されたときに錆が発生しやすくなる。係る錆発生を防止する観点から、酸性処理液接触後に、アルカリ性溶液に浸漬あるいはアルカリ性溶液をスプレーするなどの方法でアルカリ性溶液と接触させて、鋼板表面に残存している酸性処理液を中和する処理を施しても良い。アルカリ性溶液は表面に形成されたZn系酸化物の溶解を防止するためpH12以下であることが望ましい。前記pHの範囲であれば使用する溶液に制限は無く、水酸化ナトリウムやリン酸ナトリウムを含有する溶液を用いることができる。
【0047】
なお、本発明における酸化物層とはZnを主体とする酸化物及び複合水酸化物などからなる層である。
【0048】
本発明に係る溶融亜鉛めっき鋼板を製造するに関しては、酸性処理液中に硝酸イオンが添加されていることが必要であるが、それ以外の添加元素成分は特に限定されない。すなわち、その他の元素として、Pb、Sb、Si、Sn、Mg、Mn、Ni、Ti、Li、Cuなどが含有または添加されていても、本発明の効果が損なわれるものではない。
【0049】
また、酸化処理中に不純物が含まれることにより、P、S、N、B、Cl、Na、Mn、Ca、Mg、Ba、Sr、Siなどが酸化物層中に微量取り込まれても、本発明の効果が損なわれるものではない。
【実施例1】
【0050】
下記実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例により特に限定されるものではない。
(基体)
板厚0.8mmの冷延鋼板上に通常の手法を用いて溶融亜鉛めっきを施した。その後調質圧延を行った後、表面活性化処理を行った。表面活性化処理による表面Al濃度の変化を調査するために酸化物層形成処理を行わないものと、引き続き図1に示す構成の処理設備を用いて酸化物層形成処理を行ったものを作製した。尚、一部は溶融亜鉛めっきを施し、表面活性化処理後に調質圧延を行い、酸化物層を形成した。
表面活性化処理は活性化槽1で所定濃度の水酸化ナトリウム水溶液に浸漬した。尚、一部比較例として表面活性化処理を施さないものも作成した。
酸化物の形成処理は以下に示す通りである。
【0051】
まず酸性処理液槽2でpH2.0の酸性処理液に処理液温度を変化させて浸漬した後、絞りロール3で鋼板表面に液膜を形成した。この際、絞りロールの圧力を変化させることで液膜量の調整を行った。次いで、洗浄槽5で50℃の温水を鋼板にスプレーし、中和槽6を空通しし、洗浄槽7で50℃の温水を鋼板にスプレーして洗浄し、ドライヤー8で乾燥し、めっき表面に酸化物層を形成した。
【0052】
酸性処理槽2で浸漬処理を行う溶液は、pH緩衝剤として酢酸ナトリウム40g/lを含有し、硝酸イオンを添加する目的で硝酸ナトリウムを所定量添加した溶液を使用し、pHは硫酸を添加することで調整した。なお、比較のために、上記において、pH緩衝剤を含まない溶液、硝酸イオンを含まない溶液も作製して試験に使用した。
【0053】
尚、前記水洗までの保持時間は絞りロール3で液膜量の調整を行い、洗浄槽5で洗浄を開始するまでの時間であり、ラインスピードを変化させることで調整した、尚一部絞りロール3出側のシャワー水洗装置4を用いて絞り直後に鋼板を洗浄するものも作製した。
酸性溶液は酸性処理液層2では流動させず、鋼板と酸性処理液との相対速度は鋼板のスピードを変更することにより変化させた。
【0054】
次に以上のように作製した鋼板について、酸化膜形成処理前のAl濃度、酸化皮膜形成処理後のめっき層平坦部の酸化膜厚を測定し、さらに目視にてムラが無い場合を「○」、ムラが明確に認められた場合を「×」、わずかにムラが認められた場合を「△」と判定した。次に、プレス成形を簡易に評価する手法として摩擦係数の測定および実際の成形性をより詳細にシミュレートする目的で耐型かじり性評価を実施した。また鋼板に防錆油を塗布した後、誇りなど外部要因の影響が無いように屋外に放置し約6ヵ月後の点錆の発生の有無を調査し、点錆なしを「○」点錆発生ありを「×」とした。さらに、化成処理性、接着接合性についても測定・評価した。摩擦係数の測定、耐型かじり性、化成処理性、接着接合性ならびに酸化膜厚、及び表面Al濃度の測定は以下のようにして行った。尚、一部試料については、活性化処理による効果を確認する為、酸化処理を施す前に、表面酸化物の解析を行った。
プレス成形性
(1−A)摺動特性評価(摩擦係数の測定)
プレス成形性を評価するために、各供試材の摩擦係数を以下のようにして測定した。
図2は、摩擦係数測定装置を示す概略正面図である。同図に示すように、供試材から採取した摩擦係数測定用試料11が試料台12に固定され、試料台12は、水平移動可能なスライドテーブル13の上面に固定されている。スライドテーブル13の下面には、これに接したローラ14を有する上下動可能なスライドテーブル支持台15が設けられ、これを押上げることにより、ビード16による摩擦係数測定用試料11への押付荷重Nを測定するための第1ロードセル17が、スライドテーブル支持台15に取付けられている。上記押付力を作用させた状態でスライドテーブル13を水平方向へ移動させるための摺動抵抗力Fを測定するための第2ロードセル18が、スライドテーブル13の一方の端部に取付けられている。なお、潤滑油として、スギムラ化学社製のプレス用洗浄油プレトンR352Lを試料11の表面に塗布して試験を行った。
【0055】
図3は使用したビードの形状・寸法を示す概略斜視図である。ビード16の下面が摩擦係数測定用試料11の表面に押し付けられた状態で摺動する。図3に示すビード6の形状は幅10mm、試料の摺動方向長さ59mm、摺動方向両端の下部は曲率4.5mmRの曲面で構成され、試料が押し付けられるビード下面は幅10mm、摺動方向長さ50mmの平面を有する。このビードを用いると、摺動距離が長い条件での摩擦係数を評価できる。摩擦係数測定試験は、押し付け荷重N:400kgf、試料の引き抜き速度(スライドテーブル3の水平移動速度):20cm/minとした。供試材とビードとの間の摩擦係数μは、式:μ=F/Nで算出した。
(1−B)耐型かじり性評価
実プレス時のビード通過部を想定した面圧の高い条件下での耐かじり性を評価するため、図2の摩擦係数測定装置を用い、上記記載の摩擦係数測定と同様の測定手順で試験に供した。
【0056】
図4は、耐型かじり性評価に使用したビード形状・寸法を示す概略斜視図である。ビード16の下面が試料11の表面に押し付けられた状態で摺動する。図4に示すビード6の形状は幅10mm、試料の摺動方向長さ12mm、摺動方向両端の下部は曲率4.5mmRの曲面で構成され、試料が押し付けられるビード下面は幅10mm、摺動方向長さ3mmの平面を有する。このビードを用いると、プレス成形時のビード通過部での摩擦係数を評価できる。
【0057】
耐型かじり性評価試験条件は、試験前にスギムラ化学社製のプレス用洗浄油プレトンR352Lを試料11の表面に塗布し同一部位を10回繰り返し摺動を実施し、10回目の摩擦係数により耐型かじり性の指標とした。摩擦係数測定は、押し付け荷重N:800kgf、試料の引き抜き速度(スライドテーブル3の水平移動速度):100cm/minとした。供試材とビードとの間の摩擦係数μは、式:μ=F/Nで算出した。摩擦係数と表面外観を目視により以下のように評価して示した。
○:型かじりによる擦り傷が無い、又は調質圧延による凹凸が残存している。
×:型かじりによる擦り傷が発生している。
(2)化成処理性
化成処理性については、以下の方法により評価した。試料に防錆油(パーカー興産製、ノックスラスト550HN)を約1g/m塗布し、引き続きアルカリ脱脂(日本パーカライジング(株)製 FC-E2001、スプレー処理、スプレー圧1kgf/cm)、水洗、表調処理(日本パーカライジング(株)製 PL-Z)、化成処理(日本パーカライジング(株)製 PB-L3080)の手順で、化成処理皮膜を形成した。このとき、化成処理時間は標準条件(2分)としたが、アルカリ脱脂では、脱脂液濃度を1/2、脱脂時間を15秒とし、標準条件より弱い脱脂条件とした。
【0058】
評価は、化成処理後の外観により評価した。
○:スケがなく緻密に全面をリン酸塩結晶が被覆する。
×:広い範囲でリン酸塩結晶が形成されない領域がある。
(3)接着接合性
25×100mmサイズの試験片、2本に油(スギムラ化学プレトンR352L)を塗布し、塩ビ系樹脂マスチックシーラーを25×10mmの領域に塗布、接着剤を塗布した部分を重ね合わせ、170℃×20分の乾燥炉で乾燥させ接着し、I型の1組の試験片とした。本試験片を引っ張り試験機で、5mm/分の速度で接着位置で破断するまで引っ張り、引き抜き時の最大荷重を測定、荷重を接着面積で割り、接着強度とした。
【0059】
接着強度が、0.2MPa以上であれば ○
接着強度が、0.2MPa未満であれば ×
として評価した。
(4)酸化膜厚の測定
オージェ電子分光法(AES)を用い、Ar+スパッタリングとAESスペクトルの測定を繰り返すことで、めっき皮膜表面部分の組成の深さ方向分布を測定した。スパッタリングの時間から深さへの換算は、膜厚既知のSiO2膜を測定して求めたスパッタリングレートにより行った。組成(at%)は、各元素のオージェピーク強度から相対感度因子補正により求めたが、コンタミネーションの影響を除くためにCは考慮に入れなかった。酸化物、水酸化物に起因するO濃度の深さ分布は表面近傍で高く、内部へ行くに従って低下して一定となる。最大値と一定値との和の1/2となる深さを、酸化物の厚さとした。平坦な部分の2μm×2μm程度の領域を分析の対象とし、任意の2〜3点で測定した結果の平均値を平均酸化膜厚とした。なお、予備処理として30秒のArスパッタリングを行って、供試材表面のコンタミネーションレイヤーを除去した。
(5)活性化処理後の表面状態測定(酸化膜形成処理前のAl濃度の測定)
活性化処理の効果を確認するため、前記(5)と同様の方法で、活性化処理後の表面の平坦部における酸化物厚さとAl濃度の深さ方向分布を測定した。酸化物の厚さに相当する深さまでの範囲におけるAl濃度の最大値を、活性化処理の効果の指標とした。
以上より得られた試験結果を表1に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
表1に示す試験結果から下記事項が明らかとなった。
(1)No.1は酸性処理液による処理を行っていないため、平坦部に摺動性を向上させるのに十分な酸化膜が形成されず、面圧の低い条件1において摩擦係数が高く、耐型かじり性試験において摩擦係数が高く、型かじりが確認された。
(2)No.2〜5は硝酸イオンを含有し、pH緩衝剤を含有しないため、酸化膜が充分に形成されず、摺動特性、耐型かじり性に劣ることが分かる。
(3)No.6、10、14、18、22、49、53は酸性処理液による酸化膜形成処理は行っているが、表面活性化処理を行っていないため、平坦部に摺動性を向上させるのに十分な酸化皮膜が形成されておらず、摩擦係数、耐型かじり性評価において、No.1と同様、高い値となった。尚、耐型かじり性評価においてすべてのサンプルで型かじりが確認された。
(4)No.7〜9は酸性処理液による酸化膜形成処理は行っているが、酸性処理液中に硝酸イオンを含まない溶液を用いた例である。No.7は溶液中での酸化膜が充分に形成されずためにロール絞り後即水洗を行ったためにプレス成形性に劣ることが分かる。No.8.9においては摺動特性は良好であるものの、耐型かじり性に劣ることが分かる。
(5)No.11〜13、No.15〜17、No.19〜21、No.23、25、26、No.50〜52、No.54〜56は酸性処理液に硝酸イオンを含有させ、酸性処理液中の硝酸イオン濃度を増加させた例である。No.11〜13浴においては、硝酸イオン濃度が低いためにその効果が認められない。一方、No.15〜17、No.19〜21、No.23、25、26、No.50〜52浴においては、適正な硝酸イオン濃度であるためにプレス成形性に有効な酸化皮膜が形成されており、化成処理性、接着接合性にも優れていることが分かる。No.54〜56浴においては、硝酸イオン濃度が高い例であり、プレス成形性は良好であるが表面にムラがあり外観を損なっているだけではなく、接着接合性が劣化していることが分かる。
(6)No.26、及び29〜32は鋼板と酸性処理液との相対流速を変化させた例であるが、No.29は相対流速が低いために酸性処理液との接触にムラがあり、酸化膜厚に大きな違いが認められ、安定したプレス成形性が得られていないことが分かる。一方、No.26及び30〜32はプレス成形性、化成処理性、接着接合性に優れていることが分かる。
(7)No.26及びNo.33〜37は処理液温度を変化させた例であるが、処理液温度の低いNo.26はそれ以外の例と比較してプレス成形性への効果がやや低い。一方、No.37はそれ以外の例と比較して摩擦係数及び最大成形高さの効果は高いが、外観にわずかにムラが認められた。
(8)No.25、26及びNo.39〜44は液膜量を変化させた場合の例であるが、液膜量が多い場合はやや摩擦係数が高くなっている。
(9)No.45〜47は酸化皮膜形成処理後、水洗、乾燥を行った後、中和槽を用いた例を示しているが、6ヶ月放置後にも点錆の発生は認められず、酸化物層を形成した鋼板コイルが使用前に長期保管されることがあっても錆発生を防止する能力に優れていることが分かる。
(10)No.48は活性化処理を調質圧延後に行った場合の例であるが、その他の条件が同じであるNo.26と比べ、プレス成形性、化成処理性、接着接合性に違いは無く、同等の性能が得られていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明によれば、プレス成形時の摺動抵抗が小さく、安定して優れたプレス成形性を示す溶融亜鉛めっき鋼板とその製造方法を提供でき、自動車車体用途を中心に広範な分野で適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】実施例で使用した酸化物層形成処理設備の主要部を示す図
【図2】摩擦係数測定装置を示す概略正面図
【図3】図2中のビード形状及び寸法を示す概略斜視図(摺動特性評価に使用)
【図4】図2中のビード形状及び寸法を示す概略斜視図(耐型かじり性評価に使用)
【符号の説明】
【0064】
1 活性化槽
2 酸性処理液槽
3 絞りロール
4 シャワー水洗装置
5 洗浄槽
6 中和槽
7 洗浄槽
8 ドライヤー
S 鋼板
11 摩擦係数測定用試料
12 試料台
13 スライドテーブル
14 ローラ
15 スライドテーブル支持台
16 ビード
17 第1ロードセル
18 第2ロードセル
19 レール
N 押付荷重
F 摺動抵抗力

【特許請求の範囲】
【請求項1】
めっき層が主としてη相からなる溶融亜鉛めっき鋼板を、調質圧延前または後に表面活性化処理を施し、次いで、pH緩衝剤を有する酸性処理液に接触させた後、水洗、乾燥を行うことによりめっき表面にZnを主体とする酸化物層を形成させる溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法において、前記酸性処理液中に硝酸イオンを0.5g/l〜100g/l含有し、前記鋼板を酸性処理液に相対流速0.3m/秒以上で接触させることを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記酸性処理液がpH緩衝作用を有し、かつ0.1リットルの酸性処理液のpHを2.0から5.0まで上昇させるのに必要な1.0mol/lの水酸化ナトリウム溶液の量(ml)で定義するpH上昇度が5〜45の範囲にある酸性処理液を用いることを特徴とする請求項1に記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記酸性処理液として、酢酸塩、フタル酸塩、クエン酸塩、コハク酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、ホウ酸塩、リン酸塩のうち、少なくとも1種類以上を、前記各成分含有量5〜50g/lの範囲で含有し、pHが0.5〜3.5、液温が20〜70℃の範囲にある酸性処理液を用いることを特徴とする請求項1又は2に記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記表面活性化処理に用いる薬液がpH11以上であるアルカリ性溶液であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記表面活性化処理により、溶融亜鉛めっき鋼板表面のAl濃度を20at%未満とすることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記酸性処理液に接触させた後の前記鋼板表面に形成する酸性処理液の液膜量が3g/m以下であり、かつ、酸洗処理後水洗までの保持時間が1〜30秒であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項7】
酸性処理液に接触させた後に、アルカリ性の溶液に接触させ、表面に残存した酸性処理液の中和処理を行うことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法により生産され、Znを主体とする酸化物層を、調質圧延により形成される凹部を除く、凸部または平坦部表層に平均15nm以上の膜厚で有することを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−233280(P2006−233280A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−49972(P2005−49972)
【出願日】平成17年2月25日(2005.2.25)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】