説明

漆塗膜の形成方法及び漆シート並びにこの漆シートを用いた漆塗膜形成体

【課題】 広範な対象物に簡単に天然漆の漆塗膜を形成することのできる漆塗膜の形成方法を得る。
【解決手段】 対象物の表面に天然漆の漆塗膜を形成する方法において、天然漆に可塑剤を加え、溶媒で希釈した原液を準備する工程と、この原液を基材上に均一に塗布した後、乾燥,硬化させて前記基材上に天然漆層を形成する工程と、この天然漆層を前記基材から剥離して漆シートを得る工程と、この漆シートの一面又は対象物の表面に接着材を塗布し、前記漆シートを前記対象物の表面に貼り付ける工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象物に柔軟性を有する天然漆のシートを貼り付けることで、簡単に天然漆の塗膜を対象物に形成することのできる漆塗膜の形成方法及び漆シート並びにこの漆シートを用いた漆塗膜形成体に関する。
【背景技術】
【0002】
天然漆の塗膜を形成した製品は、独特の色調や高級感から、従来より家具や食器などに使用されている。しかし、これら対象物への天然漆塗膜の形成は、例えば特許文献1,2の「従来の技術」の欄に記載されているように、高度な熟練を必要とし、均一品質の維持が困難であることから、大量生産と大面積の加工には不向きで価格も高く、そのため年々市場規模が縮小してきているという問題がある。
【0003】
このような問題に鑑みて、特許文献1では、紙状体の一面に漆転写層を形成し、この漆転写層の表面に接着材を塗布して対象物に貼り付けた後、紙状体を剥がす漆転写材が提案されている。
しかしながら、特許文献1に記載の漆転写紙は、特許文献2の「発明が解決しようとする課題」の欄に記載されているように、切断や貼り合わせの際に漆転写層に割れが発生しやすく、特に、対象物が金属である場合に、曲げ加工を行うと貼り合わせた漆層に割れが発生するという問題がある。
そこで、特許文献2では、金属箔に漆層を強固に接着させ、金属箔とともに漆層を対象物に貼り付ける技術を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭61−10497号公報
【特許文献2】特公平5−12148号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献2に記載の技術は、金属箔を必須の要素とし、金属製の対象物には好適ではあるものの、その用途が限られ、対象物によっては使用できないという問題がある。また、天然漆本来の色、光沢、肌触りを得ることができないという問題もある。
本発明は上記の問題点にかんがみてなされたもので、特許文献1,2の問題点を同時に解決して、広範な対象物に簡単に天然漆の漆塗膜を形成することのでき、天然漆の塗膜を形成した漆製品の市場拡大を図ることのできる漆塗膜の形成方法及び漆シート並びにこの漆シートを用いた漆塗膜形成体の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、対象物の表面に天然漆の漆塗膜を形成する方法において、天然漆に可塑剤を加え、溶媒で希釈した原液を準備する工程と、この原液を基材上に均一に塗布した後、乾燥,硬化させて前記基材上に天然漆層を形成する工程と、この天然漆層を前記基材から剥離して漆シートを得る工程と、この漆シートの一面又は対象物の表面に接着材を塗布し、前記漆シートを前記対象物の表面に貼り付ける工程とを有する方法である。
この場合、請求項2に記載するように、漆又はその他の塗料を前記対象物の表面に塗布し、前記漆又はその他の塗料を接着材として漆シートを貼り付けるようにしてもよい。また、請求項3に記載するように、前記原液を基材上に均一に塗布した後に、前記原液の上に金粉,金箔,貝殻片等の装飾材を配置することで、漆塗膜に装飾性を付与することもできる。
【0007】
本発明の漆シートは、請求項4に記載するように、対象物の表面に天然漆の漆塗膜を形成するための漆シートであって、天然漆に可塑剤を加え、溶媒で希釈した原液を基材上に均一に塗布し、乾燥,硬化させて形成された前記基材上の漆層を前記基材から剥離して形成される構成としてある。請求項5に記載するように、前記天然漆100重量%に可塑剤を5〜20重量%加え、所定の粘性になるまで溶媒で希釈したものとするとよい。さらに、請求項6に記載するように、前記漆シートの一面に接着層を形成し、保護シートを貼り付けるようにしてもよい。また、請求項7に記載するように、前記原液を基材上に均一に塗布した後に、前記原液の上に金粉,金箔,貝殻片等の装飾材を配置することで、装飾性の高い漆シートを得ることも可能である。
【0008】
本発明の漆塗膜形成体は、請求項8に記載するように、請求項4〜7のいずれかに記載の漆シートを対象物の表面に貼り付けたものである。この場合、請求項9に記載するように、前記対象物の表面に漆又はその他の塗料を塗布し、前記漆又は前記塗料を接着材として前記漆シートを貼り付けてもよいし、請求項10に記載するように、前記漆シートを所定の形状に切断して前記対象物に貼り付けてもよい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、漆シートは高い柔軟性を有するため、特許文献1のように切断や貼り合わせの際にも漆シートが割れたり破れたりすることがない。また、対象物に貼り付ける際に特許文献2のような補強のための金属箔も必要としない。
そのため、パソコンや携帯電話、浴槽、屋内外の壁面、自動車や鉄道等の車両,船舶,航空機等の内装などのあらゆる対象物に、天然漆本来の色、光沢、肌触りを有する漆塗膜を簡単に形成することができ、漆製品の市場拡大を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の好適な一実施形態を詳細に説明する。
本発明の漆シートは、以下の手順で形成することができる。
[原液]
精製した天然漆に可塑剤を添加し、溶媒を加えて適当な粘性を与える。
可塑剤としては種々のものを用いることができるが、植物由来の可塑剤が好ましく、例えばエポキシ化大豆油を主成分とするものを使用することができる。可塑剤の一例としては、DIC株式会社のエポサイザー(登録商標)W-100ELを挙げることができる。
溶媒としては、例えばトルエンを主成分とするものを用いることができる。溶媒による希釈の目安は、例えば塗装用として市販されているスプレーガンを用いる場合は、後述の基材の表面にスプレーガンで吹き付け塗装ができる程度である。
天然漆に対する可塑剤の割合の一例としては、天然漆100重量%に対して、5重量%〜20重量%の間を挙げることができ、10重量%程度が好ましい。5重量%より少なくなると漆シートに十分な柔軟性が得られず、20重量%を越えると漆シートや漆塗膜の品質が低下する。
【0011】
[添加剤]
原液の湿潤性、増粘性、保存性、粘度安定性、充填性、保持性などの向上を目的として市販の添加剤を加えてもよい。また、天然漆の艶出しのために添加剤を加えてもよい。この場合は、例えば亜麻仁油45%とロジンエステル55%を加熱合わせしたものを用いることができ、天然漆90重量%に対して10重量%程度の割合で添加剤を加えての添加剤の含有量10%程度の精製漆を得る。また、着色のために顔料を添加してもよい。
【0012】
[基材]
基材は、上記の原液をスプレーガンで吹き付けて漆塗膜を形成し、乾燥硬化後に容易に剥がすことができるのであれば、その材質や形態、形状は問わない。
材質としては樹脂やガラス板、金属板,陶板等であってもよい。樹脂の一例としては、ポリプロピレンを挙げることができる。また、金属板や陶板を用いる場合は、必要に応じて剥離剤を塗布するとよい。
形態としては、シート状,フィルム状又は板状のものを用いることができる。形状としては、円形状、楕円状、三角状、多角状、不定形状などあらゆる形状のものを選択することができ、漆塗膜を形成しようとする対象物の形状に一致させた形状とすることも可能である。また、平面状に限らず立体状のものも選択することができ、前記対象物が曲面や球面を有する場合には、これらに一致した曲面状又は球面状の表面を有するものであってもよい。
【0013】
[漆シートの形成]
上記の手順で準備した適度な粘性の原液を市販のスプレーガンに充填して、基材の表面にムラなく吹き付ける。必要に応じて金箔片や金粉,貝殻片(螺鈿)等を原液の上に配置又は撒き散らしてもよい。
この基材を、恒温恒湿のムロ内に収容し、一定期間(2〜3日)放置して漆を乾燥・硬化させ、基材上に天然漆層を形成する。この後、基材をムロから取り出し、天然漆層を基材から剥離して漆シートを得る。漆シートはこのまま保管してもよいし、漆シートの一面に接着材を塗布して接着層を形成し、この接着層にフィルムや金属箔等の保護シートを貼り付けて保管してもよい。なお、市販の両面テープの一面を漆シートの一面に貼り付けることで、接着層の形成と保護シートの貼り付けを同時に行うことが可能である。
【0014】
[漆シートの貼り付け]
漆塗膜を形成しようとする対象物への漆シートの貼り付けは、前記対象物の表面又は漆シートの一面に接着材を塗布して行う。予め漆シートの一面に接着層を形成してこれに保護シートを貼り付けたものは、前記保護シートを剥がして対象物に貼り付ける。対象物の表面に漆等の塗料を塗布し、これを接着材として漆シートを貼り付けるようにしてもよい。
【0015】
本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記の説明に限定されるものではない。
例えば、基材への原液の塗布はスプレーガンで行うものとして説明したが、エアーブラシを用いた吹付法やゴムロールを用いたロールコーター法、刷毛塗り法等の他の塗布方法も用いることができる。特に、吹付法やロールコーター法を利用することで、天然漆の漆シートの生産を自動化できる。
【産業上の利用可能性】
【0016】
本発明は、漆シートの貼り付けが可能であれば、パソコンや携帯電話、浴槽、屋内外の壁面、自動車や鉄道等の車両,船舶,航空機等の内装など、あらゆる対象物への天然漆の塗膜形成に適用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物の表面に天然漆の漆塗膜を形成する方法において、
天然漆に可塑剤を加え、溶媒で希釈した原液を準備する工程と、
この原液を基材上に均一に塗布した後、乾燥,硬化させて前記基材上に天然漆層を形成する工程と、
この天然漆層を前記基材から剥離して漆シートを得る工程と、
この漆シートの一面又は対象物の表面に接着材を塗布し、前記漆シートを前記対象物の表面に貼り付ける工程と、
を有することを特徴とする漆塗膜の形成方法。
【請求項2】
漆又はその他の塗料を前記対象物の表面に塗布し、前記漆又はその他の塗料を接着材として漆シートを貼り付けることを特徴とする請求項1に記載の漆塗膜の形成方法。
【請求項3】
前記原液を基材上に均一に塗布した後に、前記原液の上に金粉,金箔,貝殻片等の装飾材を配置したことを特徴とする請求項1又は2に記載の漆塗膜の形成方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の漆塗膜の形成方法に用いられる漆シートであって、
天然漆に可塑剤を加え、溶媒で希釈した原液を基材上に均一に塗布し、乾燥,硬化させて形成された前記基材上の漆層を前記基材から剥離して形成されることを特徴とする漆シート。
【請求項5】
前記天然漆100重量%に可塑剤を5〜20重量%加え、所定の粘性になるまで溶媒で希釈したことを特徴とする請求項4に記載の漆シート。
【請求項6】
前記漆シートの一面に接着層を形成し、保護シートを貼り付けたことを特徴とする請求項4又は5に記載の漆シート。
【請求項7】
前記原液を基材上に均一に塗布した後に、前記原液の上に金粉,金箔,貝殻片等の装飾材を配置したことを特徴とする請求項3〜5のいずれかに記載の漆シート。
【請求項8】
請求項4〜7のいずれかに記載の漆シートを対象物の表面に貼り付けたことを特徴とする漆塗膜形成体。
【請求項9】
前記対象物の表面に漆又はその他の塗料を塗布し、前記漆又は前記塗料を接着材として前記漆シートを貼り付けたことを特徴とする請求項8に記載の漆塗膜形成体。
【請求項10】
前記漆シートを所定の形状に切断して前記対象物に貼り付けたことを特徴とする請求項8又は9に記載の漆塗膜形成体。

【公開番号】特開2011−98261(P2011−98261A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−253000(P2009−253000)
【出願日】平成21年11月4日(2009.11.4)
【出願人】(509305712)有限会社辻田漆店 (1)
【Fターム(参考)】