説明

漆塗装の下塗剤

【課題】自然塗料である漆を用いて、色むらが少なく、外観に優れた漆塗装物を得ることのできる漆塗装の下塗剤、色むらが少なく、外観に優れた漆塗装物及びその効率的な製造方法を提供すること。
【解決手段】本発明の漆塗装の下塗剤は、キトサンを1.0重量%以上含み、該キトサンの重量平均分子量が400,000未満であるキトサン溶液からなる。また、本発明の漆塗装物は、木材からなる被塗装物にキトサンを含む下地層を形成し、該下地層上に漆塗膜を形成してあることを特徴とする。本発明の漆塗装物の製造方法は、被塗装物に、前記下塗剤を塗布した後、有機溶剤で希釈した漆を塗布する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、漆塗装の下塗剤、漆塗装物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
木造住宅等の木製建造物における、柱、梁、床材、羽目板、手摺り、カウンター、ドア等や、家具等の多くは、木部の保護や美観の向上を目的に塗装されることが多い。今日、使用されている塗料の殆どは、優れた性能や取り扱いの簡便さのために、石油系の合成樹脂を主成分とした合成塗料である。このような合成樹脂の代表的なものとしては、ラッカー樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、フツ素樹脂、ポリエステル樹脂、シリコーン樹脂、アクリルシリコーン樹脂等があるが、これらは資源の枯渇問題や地球温暖化ガスの放出問題等の環境問題を抱えている。
【0003】
近年、環境保護意識や身近な物質に対する安全意識の高まりから、自然素材を積極的に活用しようとする機運が高まっている。自然素材を活用した例としては、トウモロコシ澱粉を主原料にしたポリ乳酸塗料の開発等が挙げられる。
【0004】
また、日本の伝統的な自然塗料の一つとして漆がある。漆塗膜はふっくらとした質感や深みのある艶を呈し、また、耐水性、耐熱性、耐摩耗性に優れており、古くから主に工芸品の塗装の用途に用いられてきた。また、近年の技術としては、特許文献1に、天然産生漆又は精製漆を混練して得られる漆系塗料であって、油中水滴型エマルションの粒径が10〜80nmであるものが、高い光沢の塗膜を与え得るものとして提案されている。
しかし、漆を塗装する対象の木材はその殆どが広葉樹材であり、また、漆塗装品の殆どは漆器などに代表される伝統工芸品である。即ち、柱、梁、床材、羽目板、手摺り、カウンター、ドア等の建築部材、特にスギやヒノキ等の針葉樹材に漆を塗装することは殆どなかった。
【0005】
【特許文献1】特開2007−9023号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
建築部材に漆が用いられない理由は、建築部材の多くが工芸品に比べて広い塗装面積を有するため、塗装むらが目立ち易いこと、特に針葉樹材の場合は、塗料の吸い込み量が多いことため、塗装むらが色むらとして、より目立ち易くなること等にあると考えられる。
漆の吸い込み量が多いと、塗装面が黒色を呈して木目が見え難くなったり、漆の使用量が多くなるため塗装コストが増大したりする等の問題もある。漆の吸い込み量が多いと、更に、被塗装物の表面に充分な厚みのある漆塗膜が形成されにくく、漆特有の艶も得られにくくなる。
【0007】
一般に、塗装むらを軽減したり、塗料の吸い込みを抑制する目的で、下地塗装にプライマーと呼ばれる類の塗装を施すことが多い。しかしながら、従来のプライマーは合成樹脂であることが多く、合成樹脂からなるプライマーを用いることは、自然素材である漆により塗装し、環境に与える負荷を軽減するという観点から好ましくない。
【0008】
従って、本発明の目的は、色むらが少なく、外観に優れた漆塗装物を得ることのできる、漆塗装の下塗剤を提供することにある。
また、本発明の目的は、色むらが少なく、外観に優れた漆塗装物、及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記問題を解決すべく鋭意検討したところ、被塗装物に下塗剤(プライマー)として、自然素材であるキトサン(水溶液状)を塗装することにより、漆を用いて塗装する際の色むらを少なくできること、更には、市販されている一般的なキトサンの水溶液(キトサン濃度1重量%未満)に対して、濃度を1.0重量%以上にすることにより、そのような効果を顕著に向上させ得ることを知見した。
本発明は、このような知見に基づき完成されたものである。
【0010】
即ち、本発明は、キトサンを1.0重量%以上含み、該キトサンの重量平均分子量が400,000未満であるキトサン溶液からなることを特徴とする漆塗装の下塗剤を提供することにより前記目的を達成したものである。
また、本発明は、木材からなる被塗装物にキトサンを含む下地層を形成し、該下地層上に漆塗膜を形成してあることを特徴とする漆塗装物を提供するものである。
更に、本発明は、前記漆塗装物の製造方法であって、前記被塗装物に、前記漆塗装の下塗剤を塗布した後、有機溶剤で希釈した漆を塗布することを特徴とする漆塗装物の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の漆塗装の下塗剤によれば、色むらが少なく、外観に優れた漆塗装物を得ることができる。
本発明の漆塗装物は、色むらが少なく、外観に優れている。
本発明の漆塗装物の製造方法によれば、色むらが少なく、外観に優れた漆塗装物を効率よく製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づいて詳細に説明する。
本発明の漆塗装の下塗剤は、キトサンを1.0重量%以上含み、該キトサンの重量平均分子量が400,000未満である低分子量キトサン溶液からなる。
【0013】
前記低分子量キトサン溶液に含まれるキトサンは、重量平均分子量が400,000未満である。
キトサンは、一般に、かにやエビ等の甲殻類の殻に含まれる天然物高分子であるキチンを脱アセチル化して得られる、β-1,4-ポリ-D-グルコサミンを主成分とする多糖類であり、乳酸、クエン酸、酢酸等の弱酸の水溶液に溶解する。尚、キトサンは、天然には一部の菌類の細胞壁を構成する成分として存在している。
【0014】
しかし、一般に市販されているキトサンは、重量平均分子量が400,000〜500,000と非常に大きく、濃度1重量%の水溶液としても粘度が1,000mPa・sと過大となり、それ以上の濃度に調整することは困難である。
これに対して、本発明においては、重量平均分子量が400,000未満、より好ましくは50,000〜300,000、更に好ましくは、100,000〜200,000となるように低分子化したキトサンを用いており、このような低分子量のキトサンは、キトサン溶液中のキトサンの濃度が1重量%以上となるように調製することが容易であり、更にはそれより高濃度に調製することも可能となる。
そして、そのように低分子量のキトサンを高濃度で含むキトサン溶液を下塗剤(プライマー)として用いることで、漆塗装の際の色むらを低減することができる。
【0015】
前記低分子量キトサン溶液は、乳酸、クエン酸、酢酸等の弱酸を含む水溶液であることが好ましい。また、本発明の効果を損なわない範囲で、pH調製剤、色剤、顔料、紫外線防止剤等の添加剤を含んでいても良い。
また、低分子量キトサン溶液中のキトサンの濃度は、1重量%以上であることが好ましく、より好ましくは2〜8重量%であり、更に好ましくは4〜6重量%である。また、キトサンは、脱アセチル化度が80%以上であることが好ましい。
【0016】
本発明において下塗剤を塗布する対象の被塗装物としては、木造住宅等の木造建築物に用いられる木材からなる各種の建築部材や、木製家具を構成する木材等が挙げられるが、これらに制限されるものではない。建築部材としては、例えば、木造住宅における、柱、梁、床材、羽目板、手摺り、カウンター、ドア等が挙げられる。
また、被塗装物が木材である場合、該木材は、広葉樹材であっても良いが、本発明は、特にスギやヒノキ等の針葉樹材の場合に有益である。針葉樹材は、一般に広葉樹材に比べて液の吸い込み量が多いため、広葉樹材に比べて塗布むらや色むらが生じやすく、本発明の下塗剤で処理するか否かによる色むらの差は、広葉樹材に比べて針葉樹材の場合に特に顕著である。針葉樹材に、本発明の下塗剤を塗装することで、一般に、針葉樹材であることの多い建築部材に漆塗装を適用することが容易となる。
尚、広葉樹材、針葉樹材といった木材は、無垢材の他、各種の木質材であっても良い。木質材としては、集成材、合板、単板積層材(LVL)、パーティクルボード、MDF等が挙げられる。
【0017】
被塗装物に対する下塗剤の塗布方法としては、刷毛塗り、ロールコーター、スプレーコーター、ウエス等、木材の塗装に従来用いられている各種公知の塗布方法を特に制限なく用いることができるが、刷毛塗りが好ましい。下塗剤を塗る回数は、1回でも良いが、複数回塗り重ねても良い。
下塗剤の塗布により被塗装物に下地層が形成される。下地層は、被塗装物の表面に層として完全に区別できる状態に形成されていても良いが、凹凸を有する被塗装物の凹部内に一部又は全部が入り込んだ下地層であっても良い。
また、下塗剤の塗布量は、下地層を有する面1平方メートル当たりのキトサンの乾燥重量が、0.01〜5g/m2であることが好ましく、より好ましくは0.05〜0.5g/m2である。
【0018】
本発明で用いる漆は、漆科植物から得られる生漆、生漆をクロメ(加熱脱水)処理して得られる精製漆など、漆による塗装に従来用いられているものを特に制限なく用いることができる。生漆は、日本産、中国産、台湾産、インドネシア産、ミャンマー産、ベトナム産などの何れを使用しても良い。漆の塗布方法としては、刷毛塗り、ロールコーター、スプレーコーター、ウエス等、各種公知の塗布方法を特に制限なく用いることができるが、刷毛塗りが好ましい。
また、漆の塗布量(乾燥後の重量)は、0.01〜50g/m2であることが好ましく、より好ましくは0.03〜10g/m2である。
【0019】
漆の塗布は、下塗剤を塗布した後、乾燥させてから行うことが好ましい。また、下塗剤の塗布後、余分な下塗剤をウエス等で拭き取った後に乾燥することも好ましい。下塗剤の乾燥は、常温による自然乾燥、あるいは加熱による強制乾燥でも良い。
【0020】
漆は、有機溶剤で希釈して用いることが、色むらになりにくいので好ましい。有機溶剤としては、アセトン、テレビン油、樟脳油、ジオキサン、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、トルエン、リモネン、キシレン等が挙げられるが、好ましくは、テレビン油、樟脳油、リモネン等の天然系溶剤である。
漆と有機溶剤との配合割合は、重量比(前者:後者)で100:10〜100:500であることが好ましい。
漆を塗る回数は、1回でも良いが、複数回塗る重ねることが好ましく、特に有機溶剤に溶解した漆を塗布し、更に漆を塗り重ねることが好ましい。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明は、かかる実施例によって何ら限定されるものではない。
【0022】
(実施例1)
市販の低分子量キトサン水溶液(大日精化工業株式会社製の「ダイトキサン W−10」,重量平均分子量100,000〜200,000,キトサン濃度10重量%,脱アセチル化度80〜85%)を、そのままあるいはイオン交換水で希釈したものを、下塗剤(プライマー)としてヒノキ材に塗布した。具体的には、キトサン水溶液として、キトサン濃度を1〜10重量%の範囲で1%づつ変化させたもの(サンプル1〜10)と、キトサン濃度を1重量%未満(具体的には0.9重量%)としたもの(サンプル11)とを調製し、そのそれぞれをヒノキ材に塗布した。
そして、そのそれぞれについて、余分な塗布液をウエスで拭き取った後、常温にて自然乾燥させた。
【0023】
次に、乾燥後のヒノキ材の下塗剤塗布面に、漆((有)田島漆店から入手、商品名「上生漆」)を、該漆と同重量(重量比=1:1)のテレビン油で希釈したものを刷毛で塗布し、次いで、余分な漆液をウエスで拭き取った後、温度20℃、相対湿度90%に設定した恒温恒湿槽内に放置して塗布した漆を硬化させた。このようにして、漆塗装物を得た。この漆塗装物は、キトサンを含む下地層と該下地層上に形成された漆塗膜とを有している。
尚、サンプル1〜11を用いて得られた各漆塗装物は、キトサンを含む下地層を有する面1平方メートル当たりのキトサンの含有量が、順に0.05g、0.10g、0.15g、0.20g、0.25g、0.30g、0.35g、0.40g、0.45g、0.50gである。
【0024】
(比較例1,コントロール)
実施例1において、ヒノキ材に、キトサン水溶液を塗布することなく、漆をテレビン油で希釈したものを塗布した。それ以外は、実施例1と同様にして漆塗装物を得た。
【0025】
(比較例2)
実施例1において、ヒノキ材に、キトサン水溶液を塗布したのに代えて、ヒノキ材に、市販の水性アクリル樹脂プライマー(和信ペイント(株)製の「水性サイディングシーラー」)を塗布した以外は、実施例1と同様にして漆塗装物を得た。
【0026】
(比較例3)
実施例1において、ヒノキ材に、キトサン水溶液を塗布したのに代えて、ヒノキ材に、市販の溶剤型ニトロセルロースラッカー(和信ペイント(株)製の「ネオラックニス」)を塗布した以外は、実施例1と同様にして漆塗装物を得た。
【0027】
(比較例4)
実施例1において、ヒノキ材に、キトサン水溶液を塗布したのに代えて、ヒノキ材に、市販の溶剤型セラックニス(和信ペイント(株)製の「木のヤニ止めニス」)を塗布した以外は、実施例1と同様にして漆塗装物を得た。
【0028】
(比較例5)
実施例1において、ヒノキ材に、キトサン水溶液を塗布したのに代えて、ヒノキ材に、市販の柿渋(株式会社トミヤマ製の「柿渋」、タンニンを5重量%含む液状物)を塗布した以外は、実施例1と同様にして漆塗装物を得た。
【0029】
(色むらの評価)
実施例及び比較例で得られた各漆塗装物について、硬化後の漆塗装面の色むらを目視にて観察し、その結果を以下に示した。
実施例1:下塗剤として塗布した低分子量キトサン水溶液の濃度が1〜10重量%であるサンプル1〜10については、漆塗装面に色むらは殆ど生じなかった。これに対して、下塗剤として塗布した低分子量キトサン水溶液の濃度が0.9重量%であるサンプル11については、漆塗装面に色むらが生じた。
比較例1:漆塗装面に顕著な色むらが生じた。
比較例2:水性アクリル樹脂がテレビン油と漆の混合溶液によって溶解し、漆塗装面に顕著な色むらが生じた。
比較例3:ニトロセルローススラッカーがテレビン油と漆の混合溶液によって溶解し、漆塗装面に顕著な色むらが生じた。
比較例4:セラックニスがテレビン油と漆の混合溶液によって溶解し、漆塗装面に顕著な色むらが生じた。
比較例5:塗装面の色むらが比較例1に比べるとやや軽減されたが、色むらが生じた。
【0030】
これらの結果から、低分子量キトサンを下塗剤(プライマー)として用いた場合、特にキトサン濃度が1重量%以上である低分子量キトサンを用いた場合には、下塗剤(プライマー)として、アクリル樹脂やニトロセルロースラッカー、セラックニスを用いたものや、市販の柿渋を用いたものに比べて、色むらを顕著に低減でき、外観の良好な被塗装物が得られることが判る。
尚、実施例1において、キトサン濃度を1重量%から増加させていくと、5重量%程度までは色むらの抑制効果が向上したが、それ以上に濃度を高くしても、色むら抑制効果はほぼ変わらない程度となった。従って、低分子量キトサン溶液の濃度は、作業性やコストの点から、5重量%以下であることが好ましい。
本発明によれば、このように色むらが低減されるので、従来、適用が困難であった建築用途など、大面積への漆塗装、特に針葉樹材の大面積への漆塗装が可能となる。例えば、塗装面の面積が0.1〜50m2の建築部材等の塗装に漆を用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キトサンを1.0重量%以上含み、該キトサンの重量平均分子量が400,000未満であるキトサン溶液からなることを特徴とする漆塗装の下塗剤。
【請求項2】
木材からなる被塗装物にキトサンを含む下地層を形成し、該下地層上に漆塗膜を形成してあることを特徴とする漆塗装物。
【請求項3】
前記被塗装物は、前記下地層を有する面1平方メートル当たり、前記キトサンを0.01〜5g含んでいる請求項2記載の漆塗装物。
【請求項4】
前記被塗装物が針葉樹材であることを特徴とする請求項2又は3記載の漆塗装物。
【請求項5】
請求項2〜4の何れかに記載の漆塗装物の製造方法であって、
前記被塗装物に、請求項1記載の漆塗装の下塗剤を塗布した後、有機溶剤で希釈した漆を塗布することを特徴とする漆塗装物の製造方法。

【公開番号】特開2008−274057(P2008−274057A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−117820(P2007−117820)
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【出願人】(000183428)住友林業株式会社 (540)
【Fターム(参考)】