説明

潤滑剤膜厚計測方法および潤滑剤膜厚計測装置

【課題】本発明は、測定が比較的容易でしかも潤滑剤の膜厚や膜の形成強度に関する情報を定量的に入手できる潤滑剤膜厚計測方法を提供する。
【解決手段】潤滑剤膜厚計測方法は、潤滑剤Lを介在させて互いに当接しながら相対的に移動する少なくとも内輪2と外輪3(一対の導電性部材)に電極端子11を各々接続し、電極端子11を介して内輪2と外輪3の間に電圧を印加する。印加電圧Esを徐々に増加させることによって、内輪2と外輪3の間に形成される潤滑剤Lの膜が破断されることを誘発させる。頻繁な膜の破断現象を開始させるに至る印加電圧の値を臨界印加電圧値Vcとして検出し、臨界印加電圧値Vcに基づいて潤滑剤Lの膜厚を定量的に算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相互に接しながら移動する一対の部材表面間に介在される潤滑剤の膜厚を測定する潤滑剤膜厚計測方法およびこれに供する潤滑剤膜厚計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
互いに当接して相対移動する部材どうしの摩擦係数を軽減するために、これらの間に潤滑剤が介在される。潤滑剤として一般的に潤滑油が使用される。この潤滑油の適正条件を評価するために、油膜の厚さを測定する方法がある。
【0003】
転動物体の潤滑剤として使用される潤滑油の油膜を測定する方法が特許文献1に開示されている。特許文献1による油膜抵抗測定方法は、油膜の電気抵抗値を定電流回路を用いて測定する。電気抵抗値と油膜厚さとの関係において、電気抵抗値は、油膜パラメータに対する勾配が遷移する遷移点を有している。測定された電気抵抗値が、遷移点よりも大きいか小さいか判定することによって、油膜が厚いか薄いかを評価している。
【0004】
また、特許文献2に開示されている潤滑性測定装置を利用する方法がある。この方法は、潤滑剤で潤滑されながら転動または摺動する表面間の電気容量を測定することにより、潤滑性を測定している。具体的には、転がり軸受の内輪、外輪、転動体の互いに転接する部分をコンデンサの電極とみなし、この間の電気容量を測定している。そして、潤滑膜厚を求める他、接触時間率を求めて、潤滑膜厚を補正する方法が記載されている。
【0005】
特許文献1および特許文献2が軸受全体の潤滑性を測定することに対し、局所的に潤滑性を測定する油膜測定装置および油膜測定方法が特許文献3に開示されている。この油膜測定装置は、相互に転動または摺動する一対の導電性部材の間で形成される少なくとも一対の対向面間の一方に、導電性部材と絶縁されて露出する電極部を備える。電極部が設けられた側の導電性部材は、電圧を印加するための電源入力部が接続される。そして、電極部近傍における一対の導電性部材の対向面および電極部と油膜とによって構成されるコンデンサの電気容量の変化を測定する。
【0006】
また、特許文献3には、電磁波を放射可能なコイルを電極部にさらに設け、このコイルとコンデンサとで共振回路を構成する油膜測定装置および方法が記載されている。この油膜測定方法は、共振回路を共振状態にし、電極部と他方の導電性部材の対向面との距離の変化に応じて他方の対向面に生じる渦電流の変化を検出することで、油膜の厚さを局所的に測定する。
【特許文献1】特開昭52−49868号公報
【特許文献2】特公平1−33773号公報
【特許文献3】特開2003−214810号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1のように電気抵抗値に基づいた潤滑性の評価方法では、油膜形成の有無、すなわち、油膜有りの状態と油膜切れの状態の二値的な判断しか行えない。つまり、ある程度以上の油膜厚さが確保されている限り、内輪と外輪との間は、絶縁されるので、電気抵抗値は、無限大となる。したがって、上述の評価方法によって得られる、内輪と外輪との間の電圧レベルや電圧降下の頻度は、油膜の有無の境界状態にあることを示す指標には成り得る。ところが、油膜厚さや油膜の形成強度に関する定量的な評価をするための情報を得ることはできない。
【0008】
また、特許文献2や特許文献3のように、電気容量を測定することで潤滑性を測定する場合、内外輪の間の電気容量が極めて微小であるため正確な測定が困難であること、内外輪が互いに接触した場合に大きな測定誤差になるため煩雑な補正処理が必要であるなどの実用面での問題がある。
【0009】
そこで、本発明は、測定が比較的容易でしかも潤滑剤の膜厚や膜の形成強度に関する情報を定量的に入手できる潤滑剤膜厚計測方法およびこれに供される潤滑剤膜厚計測装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る潤滑剤膜厚計測方法は、潤滑剤を介在させて互いに当接しながら相対的に移動する少なくとも一対の導電性部材に電極端子を各々接続し、電極端子を介して一対の導電性部材の間に電圧を印加し、電圧を徐々に増加させて一対の導電性部材の間に形成される潤滑剤の膜が破断されることを誘発させ、頻繁な膜の破断現象を開始させるに至る印加電圧の値を臨界印加電圧値として検出し、臨界印加電圧値に基づいて潤滑剤の膜厚を算出する。
【0011】
この場合、一対の導電性部材は、互いに摺接する滑り軸受、または、複数の転動体を介在させて互いに転接する転がり軸受のいずれでも良い。
【0012】
電極端子の間の電圧降下、通過電流、電気抵抗値の少なくとも1つを計測することで臨界印加電圧値を検出する。また、一対の導電性部材の間に印加される電圧は、交流電圧であることが好ましい。さらに、一対の導電性部材の間に印加される電圧は、段階的に変化させる。または、電極端子と電源との間にコンデンサを直列接続して直流電流を遮断し、電極端子に抵抗計を並列接続して一対の導電性部材の間の電気抵抗値を計測する。
【0013】
本発明に係る潤滑剤膜厚計測装置は、電極端子と電源と計測器と制御部と検出手段と解析部とを備える。電極端子は、潤滑剤を介在させて互いに当接しながら相対的に移動する一対の導電性部材に各々接続される。電源は、電極端子を介して一対の導電性部材の間に電圧を印加する。計測器は、一対の導電性部材の間の電気抵抗値を計測する。制御部は、電源に接続され、電圧を徐々に増加させて一対の導電性部材の間に形成される潤滑剤の膜が破断されることを誘発する。検出手段は、印加される電圧の上昇率に対して電気抵抗値が急激に小さくなる臨界印加電圧値を検出する。解析部は、臨界印加電圧値に基づいて潤滑剤の少なくとも膜厚を算出する。
【0014】
この場合、導電性部材の間の電気抵抗値を計測する間、電源と電極端子との間を電気的に遮断するスイッチング手段をさらに備え、電源は、交流電圧を印加する。または、電極端子と電源との間に直列接続されて直流電流を遮断するコンデンサをさらに備え、電源は、交流電圧を印加し、計測器は、直流電気抵抗値を計測する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の潤滑剤膜厚計測方法によれば、互いに当接して相対的に移動する導電性部材の間に介在される潤滑剤の膜厚を計測するために、導電性部材の間に電圧を印加し、潤滑剤の膜の破断を誘発される臨界印加電圧値を求める。そして、この臨界印加電圧値の大きさを尺度として導電性部材の間の電圧、通過電流、抵抗値などから潤滑剤の膜厚を求める。したがって、導電性部材の間に潤滑剤の膜が健全に形成された状態において、潤滑剤の膜厚を定量的に求めることができるので、潤滑性の優劣を見極めることができる。これにより、軸受部の異常を事前に予測したり、潤滑剤・潤滑方法の適否の判断が定量的に行えるようになる。
【0016】
また、本発明の潤滑剤膜厚計測装置は、上記構成を備えることにより、臨界印加電圧値を求めることができる。そして、この臨界印加電圧値を尺度に導電性部材の間の電圧、通過電流、抵抗値などから潤滑剤の膜厚を定量的に求めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明に係る第1の実施形態の潤滑剤膜厚計測装置10は、図1から図3を参照して説明する。図1に示す潤滑剤膜厚計測装置10は、計測対象となる玉軸受1に適用されている。玉軸受1は、内輪2、外輪3、および複数の転動体4を備える。内輪2と転動体4、転動体4と外輪3との間には、それぞれグリースなど絶縁性の潤滑剤Lが介在しており、互いに転接しながら相対的に移動する。内輪2、外輪3、転動体4は、それぞれ鋼材で作られており、したがって、内輪2と転動体4、転動体4と外輪3は、互いに当接しながら相対的に移動する対の導電性部材と見なすことができる。
【0018】
潤滑剤膜厚計測装置10は、電極端子11と電源12とデジタルマルチメータ13と制御装置14と電気抵抗器15とを備える。電極端子11は、内輪2および外輪3に各々接続されている。玉軸受1の内輪2と外輪3とが相対的に回転する。したがって、少なくともどちらか一方の電極端子11は、ブラシなどの摺動可能な電極を適用し、電気的接続がはかられる。電源12は、出力できる電圧が可変式であって、電極端子11を介して内輪2および外輪3に各々電気的に接続され、これらの間に電圧を印加する。電源12の一例としてプログラマブル電源などが適用される。デジタルマルチメータ13は、電極端子11と並列に接続される計測器の一例であって、電極端子11と並列に接続されて内輪2と外輪3との間の電圧、通過電流および電気抵抗値を計測する。デジタルマルチメータ13は、それぞれ対象とするデータを計測する計測器であってもよい。
【0019】
制御装置14は、制御部14aと検出手段14bと解析部14cとを備え、電源12とデジタルマルチメータ13とに接続されている。この制御装置14は、専用に設けられても良いし、これらの機能を備える汎用のコンピュータを適用しても良い。制御部14aは、電源12の電圧を徐々に増加させて、内輪2と転動体4、転動体4と外輪3のそれぞれの間に形成される潤滑剤Lの膜が破断されることを誘発させる。検出手段14bは、印加される電圧の上昇に応じて変化する内輪2と外輪3との間の電気抵抗値Rbが急激に小さくなる臨界印加電圧値Vcを検出する。
【0020】
この臨界印加電圧値Vcは、印加電圧Esの変化率に対して電気抵抗値Rbの変化率が最大となるときの電圧値とする。解析部14cは、臨界印加電圧値Vcに基づいて、潤滑剤Lの膜厚を算出する。解析部14cは、潤滑剤Lの膜厚の他に、膜の形成強度を潤滑性の指標として出力するようにしても良い。電気抵抗器15は、電流制限のために電源12の陽極12aと外輪3との間に直列に接続されている。
【0021】
潤滑剤膜厚計測装置10は、内輪2と転動体4、転動体4と外輪3のそれぞれ間に介在する潤滑剤Lの膜厚を定量的に計測する。その原理について、図2および図3を用いて説明する。図2は、潤滑剤膜厚計測装置10の原理を説明するために必要となる基本的な構成を示している。電源12は、電圧可変式の直流電源である。
【0022】
図2において、内輪2と転動体4のそれぞれ転接面2a,4a、外輪3と転動体4のそれぞれ転接面3a,4aは、潤滑剤Lで潤滑される一対の導電性部材の互いに当接する表面(潤滑面)とみなし、これら転接面2a,3a,4aを電極、潤滑剤Lを誘電体とするコンデンサとみなす。内輪2と外輪3との間の電圧を計測する電圧計16が内輪2と外輪3に接続される電極端子11と並列に設けられている。
【0023】
この電極端子11の間に直流電圧を印加して電圧を徐々に上げる。すると、内輪2と転動体4、転動体4と外輪3の間を僅かではあるが電流が通過し、内輪2と転動体4、転動体4と外輪3の間に形成されている潤滑剤Lの膜厚が印加電圧Esの大きさに応じて薄くなる性質が確認されている。
【0024】
内輪2と外輪3との間の電気抵抗値Rbは、電源12によって印加される印加電圧Es、電気抵抗器15の抵抗値R、電圧計16によって計測される内輪2と外輪3との間の電圧値Vbとすると、次の(式1)によって算出される。
【0025】
Rb=R×Vb/(Es−Vb)……(式1)
このときの印加電圧Esと電気抵抗値Rbとの関係を図3に示す。横軸に電圧可変式の直流電源による印加電圧Esを、縦軸に内輪2と外輪3との間の電気抵抗値Rbを示す。
【0026】
図3によれば、印加電圧Esの変化率に対して急激に電気抵抗値Rbが変化する閾値があることが分かる。この閾値は、電気抵抗値Rbの変化率が最大となるときの電圧とし、これを臨界印加電圧値Vcとする。印加電圧EsがVcを超えると、玉軸受1の転動面2a,3a,4aどうしの電気的に導通状態となる「膜の破断(内輪2と転動体4、転動体4と外輪3との間が接触する現象)」が頻繁に起こるようになり、急激に電気抵抗値Rbが低下していること分かる。
【0027】
このことは、潤滑面の間に形成される潤滑剤Lの膜厚は、潤滑剤Lを介在させる潤滑面間に印加される電圧(または通過する電流)が大きくなるとともに薄くなることを意味している。図3の結果は、直流電圧を印加した場合を示すが、交流電圧を印加した場合にも同様の傾向を示すことも確認されている。このように印加電圧Esや通過電流の影響で潤滑剤Lの膜厚が薄くなる理由については、潤滑油膜の温度上昇による粘度の低下や、油膜表面張力の低下、EHD(電気流体力学)効果による絶縁流体の攪拌現象などの要因が挙げられる。
【0028】
ここで、膜厚が大きいほど、または膜の形成強度が高いほど、電圧を印加することによって膜の破断が生じにくい。そのため、膜の破断を頻繁に誘発させて内輪2と外輪3との間の電気抵抗値Rbを低下させる臨界印加電圧値Vcは、その潤滑剤Lの膜厚や膜の形成強度、すなわち潤滑性の良否を示す指標となる。
【0029】
例えば、図3において、計測対象の玉軸受1を加熱することによって潤滑剤Lの粘度を低下させて膜厚を減少させると、臨界印加電圧値Vcが低下し、逆に、計測対象の玉軸受1を冷却することによって潤滑剤Lの粘度を高めて膜厚を増加させると、臨界印加電圧値Vcも上昇することが確認されている。
【0030】
このように、本発明では、潤滑剤Lで潤滑されながら相互に転動または摺動する少なくとも一対の表面に既知の電圧を漸増させながら印加する手段として電極端子11と電圧可変式の電源12と制御部14aとを備え、この印加電圧Esによる膜の破断現象の開始を監視する手段としてデジタルマルチメータ13と検出手段14bとを備えている。そして、臨界印加電圧値Vcを計測・把握することによって、転接面や摺接面の潤滑性の定量的な評価が可能となっている。
【0031】
次に、図3に示した潤滑剤膜厚計測装置10およびその原理に基づく、潤滑剤膜厚計測方法について説明する。上記構成を備える潤滑剤膜厚計測装置10は、電極端子11を介して、内輪2と外輪3との間に電圧を印加する。制御装置14の制御部14aによって、電圧は、始めは低い値から印加され、徐々に増加される。デジタルマルチメータ13は、この間、定期的に内輪2と外輪3との間に印加される電圧を計測し、得られたデータを制御部14aに送信する。
【0032】
制御装置14は、制御部14aによって印加電圧Esを上昇させながら、同時に先に述べたように、内輪2と外輪3との間の電圧値Vbをデジタルマルチメータ13で監視する。印加電圧Esが直流であるので、内輪2と外輪3との間の電気抵抗値Rbは、デジタルマルチメータ13から送られてくる電圧値Vbとそのときの印加電圧Esとを基に、(式1)によって制御部14aで演算される。
【0033】
検出手段14bは、印加電圧Esの変化率と、制御部14a演算される電気抵抗値Rbの変化率とを比較し、電気抵抗値Rbの変化率が最大となるときの印加電圧を臨界印加電圧値Vcとして解析部14cへ出力する。解析部14cでは、臨界印加電圧値Vcに基づき測定対象となった玉軸受1に適用されている潤滑剤Lの膜厚など、潤滑性能を定量的に評価できる値として算出する。
【0034】
このように、この潤滑剤膜厚計測方法は、潤滑剤Lが膜の破断を生じるにいたる臨界印加電圧値Vcを求めるので、その潤滑剤Lの膜厚や、膜の形成強度を定量的に評価できる。なお、本実施形態においては、印加電圧Esが直流電圧であるので、内輪2と外輪3との間の電気抵抗値Rbは、(式1)から求まる。したがって、電気抵抗値Rbがある閾値以下になった時点の印加電圧Esから、臨界印加電圧値Vcを求めることができる。
【0035】
本実施形態では、(式1)によって電気抵抗値Rbを求め、印加電圧Esの変化率に対する電気抵抗値Rbの変化率から臨界印加電圧値Vcを決定するものとしたが、電極端子11の間の電圧値Vbの変化率や、印加電流(電源12の出力電流)の変化率によっても臨界印加電圧値Vcを決定することが可能である。また、デジタルマルチメータ13で内輪2と外輪3との間の電気抵抗値Rbを直接的に計測する場合は、電源12や電流制限用の電気抵抗器15などで構成される電圧印加回路の影響を受けないように、その都度、玉軸受1を電圧印加回路から切り離すことが好ましい。
【0036】
次に、本発明に係る第2の実施形態の潤滑剤膜厚計測装置10aは、図4を参照して説明する。なお、第1の実施形態に記載した潤滑剤膜厚計測装置10と同じ機能を有する構成は、同一の符号を付してその説明を省略する。
【0037】
潤滑剤膜厚計測装置10aは、電気抵抗器15と電極端子11との間に直列接続されたスイッチ部17を備える。このスイッチ部17は、制御装置14の制御部14aに信号接続されたスイッチング手段の一例であって、制御部14aによって動作の制御が行われる。潤滑剤膜厚計測装置10aの電源12は、交流電圧を印加電圧Esとして出力する。印加電圧Esが交流の場合でも、基本的な測定の原理は直流の場合と同様である。
【0038】
したがって、内輪2と外輪3との間に印加される電圧が漸増して頻繁な潤滑剤Lの膜の破断現象が生じるようになる交流の臨界印加電圧Vacを求めることで、潤滑剤Lの膜厚や膜の形成強度など、潤滑性にかかる定量的な評価ができる。ただし、印加電圧Esが交流であるので、内輪2と転動体4、転動体4と外輪3の間にそれぞれ潤滑剤Lの膜が介在することによって、コンデンサが形成される。交流回路において、コンデンサの誘電体となる潤滑剤Lの膜の部分は、絶縁体として取り扱うことができない。したがって、電極端子11の間における交流電圧から膜の破断現象を推定することが困難である。
【0039】
そこで、計測器として電極端子11へ並列に接続されているデジタルマルチメータ13によって、内輪2と外輪3との間の電気抵抗値Rbを直接計測する。この場合、(1)電源12側の抵抗値の影響を受けないようにすること、(2)デジタルマルチメータ13から出力される抵抗計測用バイアス電流は、油膜形成に影響を与えない程度に十分小さくすること、などに留意する必要がある。
【0040】
(1)について、制御部14aは、スイッチ部17を制御し、内輪2と外輪3との間の電気抵抗値Rbを測定する間のみ電極端子11と電源12との接続を遮断する。厳密にいうと、潤滑剤Lの膜の破断現象を誘発する印加電圧Esとそのときの電極端子11の間の電気抵抗値Rbとの同時性が保てないが、電圧が印加されたことによる潤滑剤Lの膜厚の減厚現象は、印加電圧Esを遮断した直後に瞬間的に回復するわけではない。したがって、スイッチ部17を開放した直後に電気抵抗値Rbを測定すれば、同時に測定した場合の結果として取り扱うことができる。(2)について、バイアス電流が過大である場合、バイアス電圧を下げるなどの処置を施す。ただし、通常市販されているデジタルマルチメータを適用すれば、問題はない。
【0041】
以上の構成を備える潤滑剤膜厚計測装置10aは、第1の実施形態と同様のプロセスによって、印加電圧Esが交流の場合の臨界印加電圧Vacが決定される。なお、第2の実施形態で示した内輪2と外輪3との間の電気抵抗値Rbをデジタルマルチメータ13で直接計測する方法は、第1の実施形態のように印加電圧Esが直流の場合でも適用可能である。
【0042】
本発明に係る第3の実施形態の潤滑剤膜厚計測装置10bは、図5を参照して説明する。なお、第1および第2に記載の潤滑剤膜厚計測装置10,10aと同じ機能を有する構成は、同一の符号を付してその説明を省略する。
【0043】
潤滑剤膜厚計測装置10bは、印加電圧Esが交流で、第2の実施形態に記載の潤滑剤膜厚計測装置10aと一部構成が異なっている。図5に示すように、潤滑剤膜厚計測装置10bは、電極端子11と電源12と直流抵抗計21と制御装置14と電気抵抗器15とコンデンサ22とを備える。電源12は、交流電源であって、出力電圧計を内蔵している。直流抵抗計21は、電極端子11へ並列に接続され、内輪2と外輪3との間の直流抵抗値を計測する。
【0044】
コンデンサ22は、電気抵抗器15と電極端子11との間に直列に接続されている。コンデンサ22の静電容量は、コンデンサ22に印加される交流電圧の分圧が低下することを防止するために、内輪2と転動体4、転動体4と外輪3の各転接面2a,3a,4aどうし、およびこれらの間に介在する潤滑剤Lの膜とによって形成されるコンデンサの静電容量よりも十分に大きくなるように設定する。これにより、直流抵抗計10は、電源12に対して直流的に遮断されるため、交流電圧を印加中においても、内外輪の間の電気抵抗値Rbを計測することができる。
【0045】
このような構成により、制御装置14は、制御部14aによって電源12の電圧を徐々に増大させて潤滑剤Lの膜が破断状態となる臨界印加電圧Vacを求めることができる。また、印加電圧Esを交流電圧にする場合、直流電圧に比べて通電によって軸受がダメージを被る可能性が少ないという利点がある。
【0046】
なお、第1から第3の実施形態において使用した電源12の代わりに、電力の出力形態を交流、直流、パルス波など任意の電圧波形を出力できるプログラマブル電源を使用してもよい。また、直流抵抗計21は、デジタルマルチメータ13と代替可能である。
【0047】
以上のように本発明は、滑り軸受や転がり軸受のように、潤滑剤で潤滑されながら相互に摺動または転動する少なくとも向かい合った一対の表面間の潤滑性を評価するために、摺接面間、あるいは転接面間に形成される潤滑剤の膜の厚みを定量的に計測する方法およびその装置を提供するものである。特に、対向する摺接面あるいは転接面と潤滑剤の膜により構成される絶縁抵抗体(コンデンサ)とみなし、この絶縁抵抗(電気抵抗値)の耐電圧特性として臨界印加電圧を測定することにより、潤滑膜厚やその形成強度などの潤滑性に関するデータを取得する。したがって、得られるデータは、潤滑剤の潤滑性を定量的なものとして評価しやすい。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明に係る第1の実施形態の潤滑剤膜厚計測装置を玉軸受に適用した状態のブロック図。
【図2】図1に示した潤滑剤膜厚計測装置の原理を簡素に示すブロック図。
【図3】図1に示したブロック図中の玉軸受に印加される印加電圧と電気抵抗値との関係を示す図。
【図4】本発明に係る第2の実施形態の潤滑剤膜厚計測装置を玉軸受に適用した状態のブロック図。
【図5】本発明に係る第3の実施形態の潤滑剤膜厚計測装置を玉軸受に適用した状態のブロック図。
【符号の説明】
【0049】
2…内輪(導電性部材)、3…外輪(導電性部材)、4…転動体(導電性部材)、10,10a,10b…潤滑剤膜厚計測装置、11…電極端子、12…電源、13…デジタルマルチメータ(計測器)、14a…制御部、14b…検出手段、14c…解析部、17…スイッチ部(スイッチング手段)、22…コンデンサ、L…潤滑材、Rb…電気抵抗値、Vc…臨界印加電圧値、Es…印加電圧、Vac…(交流の)臨界印加電圧値。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑剤を介在させて互いに当接しながら相対的に移動する少なくとも一対の導電性部材に電極端子を各々接続し、
前記電極端子を介して前記一対の導電性部材の間に電圧を印加し、
前記電圧を徐々に増加させて前記一対の導電性部材の間に形成される前記潤滑剤の膜が破断されることを誘発させ、
頻繁な膜の破断現象を開始させるに至る印加電圧の値を臨界印加電圧値として検出し、
前記臨界印加電圧値に基づいて前記潤滑剤の膜厚を算出する
ことを特徴とする潤滑剤膜厚計測方法。
【請求項2】
前記電極端子の間の電圧降下、通過電流、電気抵抗値の少なくとも1つを計測することで前記臨界印加電圧値を検出することを特徴とする請求項1に記載の潤滑剤膜厚計測方法。
【請求項3】
前記一対の導電性部材の間に印加される前記電圧は、交流電圧であることを特徴とする請求項1に記載の潤滑剤膜厚計測方法。
【請求項4】
前記一対の導電性部材の間に印加される前記電圧は、段階的に変化させることを特徴とする請求項1に記載の潤滑剤膜厚計測方法。
【請求項5】
前記電極端子と前記電源との間にコンデンサを直列接続して直流電流を遮断し、
前記電極端子に抵抗計を並列接続して前記一対の導電性部材の間の電気抵抗値を計測することを特徴とする請求項3に記載の潤滑剤膜厚計測方法。
【請求項6】
潤滑剤を介在させて互いに当接しながら相対的に移動する一対の導電性部材に各々接続される電極端子と、
前記電極端子を介して前記一対の導電性部材の間に電圧を印加する電源と、
前記一対の導電性部材の間の電気抵抗値を計測する計測器と、
前記電源に接続されて、前記電圧を徐々に増加させて前記一対の導電性部材の間に形成される前記潤滑剤の膜が破断されることを誘発する制御部と、
印加される前記電圧の上昇率に対して前記電気抵抗値が急激に小さくなる臨界印加電圧値を検出する検出手段と、
前記臨界印加電圧値に基づいて前記潤滑剤の少なくとも膜厚を算出する解析部と
を備えることを特徴とする潤滑剤膜厚計測装置。
【請求項7】
前記導電性部材の間の電気抵抗値を計測する間、前記電源と前記電極端子との間を電気的に遮断するスイッチング手段をさらに備え、
前記電源は、交流電圧を前記導電性部材に印加する
ことを特徴とする請求項6に記載の潤滑剤膜厚計測装置。
【請求項8】
前記電極端子と前記電源との間に直列接続されて直流電流を遮断するコンデンサをさらに備え、
前記電源は、交流電圧を前記導電性部材に印加し、
前記計測器は、前記一対の導電性部材の間の直流電気抵抗値を計測する
ことを特徴とする請求項6に記載の潤滑剤膜厚計測装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2006−162441(P2006−162441A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−354397(P2004−354397)
【出願日】平成16年12月7日(2004.12.7)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】