説明

潤滑油組成物

【課題】塩素系極圧添加剤と同等以上の性能を有する添加剤および該添加剤を含有する潤滑油組成物を提供する。
【解決手段】ジアルキルジチオリン酸カルシウム塩(CaDTP)を唯一の潤滑成分とする潤滑油組成物用添加剤、並びに、鉱物油及び/又は合成油からなる潤滑基油と、ジアルキルジチオリン酸カルシウム塩(CaDTP)とを含有している潤滑油組成物とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油組成物に関する。詳細には、塩素系極圧剤を含有しない潤滑油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の金属加工用潤滑油組成物には、鉱物油または合成油からなる潤滑基油に、仕上げ面の向上や切削抵抗の低減を目的として、塩素系、硫黄系、燐系などの極圧添加剤を添加した潤滑油組成物が使用されてきた。上記極圧添加剤の中で塩素系極圧添加剤は極圧効果の点で優れているため、過酷な潤滑条件下では、塩素化パラフィンなどの塩素系極圧添加剤が多用されてきた。
【0003】
しかしながら、近年、潤滑油組成物においては、環境保護の問題から塩素系極圧添加剤の使用に対する懸念が増大している。また、代表的な塩素系極圧添加剤である塩素化パラフィンの短鎖パラフィン成分は、発がん性物質として現在は規制の対象になっている。そのため、人体に対する安全性を考慮して、塩素系極圧添加剤を使用しない非塩素化油剤が発明されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、ジアルキルジチオリン酸亜鉛塩(ZnDTP)およびそれを含有する潤滑油組成物に関する技術が開示されている。また、非特許文献1には、コロイド状の炭酸カルシウムとチオリン酸カルシウムやジアルキルジチオリン酸カルシウムとがコアとなって、カルシウムスルホネートで分散された添加剤に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平3−223295号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Delfort Bruno、外3名、「Phosphosulfuration of colloidal calcium carbonate−evaluation of antiwear and extreme−pressure properties」、Tribology Transactions、1998年1月、第41巻、第1号、p.140−144
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、低速重切削や高変形率の塑性加工、難削材の加工等の難加工では、価格を考慮すると塩素化パラフィンに代わり得る添加剤が見出されていなかった。したがって、難加工用の潤滑油組成物としては塩素化パラフィンが必須の成分となっていた。
【0008】
そこで、本発明は、塩素系極圧添加剤と同等以上の性能を有する添加剤および該添加剤を含有する潤滑油組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討した結果、以下の発明を完成させた。
【0010】
第1の本発明は、ジアルキルジチオリン酸カルシウム塩(CaDTP)を唯一の潤滑成分とする潤滑油組成物用添加剤である。
【0011】
本発明において「ジアルキルジチオリン酸カルシウム塩(CaDTP)を唯一の潤滑成分とする」とは、基本的にはCaDTPのみを意味するが、CaDTPを合成した際に、生成物中に残存した未反応の原料(例えば、ジアルキルジチオリン酸や水酸化カルシウム)、あるいは副生成物(CaDTP以外の生成物。カルシウム化合物など。)を含む場合は、それらも包含することを意味する。
【0012】
第2の本発明は、鉱物油及び/又は合成油からなる潤滑基油と、ジアルキルジチオリン酸カルシウム塩(CaDTP)とを含有している、潤滑油組成物である。
【0013】
上記第2の本発明の潤滑油組成物において、潤滑成分として炭酸カルシウムを含まないことが好ましい。
【0014】
上記第2の本発明の潤滑油組成物において、ジアルキルジチオリン酸カルシウム塩(CaDTP)の含有量が、組成物全量基準で0.5質量%以上30質量%以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、塩素系極圧添加剤と同等以上の性能を有する添加剤および該添加剤を含有する潤滑油組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】生成物のIRスペクトルを示す図である。
【図2】生成物の31P NMRを示す図である。
【図3】バーリング試験(しごき試験)の結果を示す図である。
【図4】ブローチ試験の結果を示す図である。
【図5】ブローチ試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の上記した作用及び利得は、次に説明する発明を実施するための形態から明らかにされる。以下、本発明を実施形態に基づき説明する。
【0018】
<潤滑油組成物用添加剤>
本発明の潤滑油組成物用添加剤は、ジアルキルジチオリン酸カルシウム塩(CaDTP)を唯一の潤滑成分とする。CaDTPのアルキル基は、炭素数4〜12の直鎖または分岐のアルキル基であることが好ましい。なお、CaDTPを得る方法は特に限定されないが、以下の実施例においてCaDTPを得る方法の一例を説明する。
【0019】
<潤滑油組成物>
本発明の潤滑油組成物は、鉱物油及び/又は合成油からなる潤滑基油と、上記CaDTPとを含有しており、潤滑成分として炭酸カルシウムを含まないことが好ましい。
【0020】
炭酸カルシウムは、CaDTPと比べると粒子径が大きく、親油性も小さいため、潤滑基油中での安定性が劣る(凝集し沈降しやすい)。そのため、非特許文献1などに記載されているように、カルシウムスルホネートなどで分散させ、高塩基性カルシウムスルホネートとして製品化されているが、十分な安定性は得られていない。この分散性不良が固体潤滑剤の最大の欠点となっている。CaDTPは、それ自身に親油性が見込めるため、分散安定性が大幅に向上し、透明な潤滑油組成物を得ることができる。潤滑油組成物を用いて加工を行う際には、加工中に被加工物の表面状態の観察が容易であることが要望されており、潤滑油組成物の透明性は作業性を向上させるための重要な要素である。また、加工油剤のように長期間循環使用する潤滑油組成物では、潤滑剤成分が凝集してフィルターで除去されてしまわないことや汚れの原因とならないことなども重要な因子となる。したがって、本発明の潤滑油組成物には、潤滑成分として炭酸カルシウムを含まないことが好ましい。
【0021】
(潤滑基油)
潤滑基油としては、一般に金属加工用の基油として用いられている、鉱油、合成油、またはこれらの混合物を用いることができる。より具体的には、40℃における動粘度が1mm/s以上100mm/s以下の範囲になるものが好ましく、3mm/s以上50mm/s以下の範囲になるものがより好ましい。動粘度が低すぎれば、引火点が低くなり、ミストによって作業環境を悪化させる虞がある。逆に動粘度が高すぎれば、油剤が被加工物に付着して持ち去られる量が多くなり、経済的でなくなる虞がある。また、この基油の低温流動性の指標である流動点については、特に制限はないが、−10℃以下であることが好ましい。
【0022】
本発明に用いることができる鉱油としては、種々のものを挙げることができる。例えば、パラフィン基系原油、中間基系原油、またはナフテン基系原油を常圧蒸留するか、あるいは常圧蒸留の残渣油を減圧蒸留して得られる留出油、またはこれを常法にしたがって精製することによって得られる精製油、例えば、溶剤精製油、水添精製油、脱ロウ処理油、白土処理油等を挙げることができる。
【0023】
一方、本発明に用いることができる合成油としては、例えば、炭素数8〜14のポリ−α−オレフィン、オレフィンコポリマー(例えば、エチレン−プロピレンコポリマーなど)、あるいはポリブテン、ポリプロピレン等の分岐オレフィンやこれらの水素化物、さらにはポリオールエステル(トリメチロールプロパンの脂肪酸エステル、ペンタエリスリトールの脂肪酸エステルなど)や二塩基酸エステル等のエステル系化合物、アルキルベンゼン等を挙げることができる。
【0024】
(その他の添加剤)
本発明の潤滑油組成物は、上記潤滑基油にCaDTPを添加することにより得られるが、潤滑油組成物の基本的な性能を維持するために、本発明の目的を阻害しない範囲で各種公知の添加剤を適宜配合することができる。ただし、上記したように、潤滑成分として炭酸カルシウムを含まないことが好ましい。
【実施例】
【0025】
還流冷却器をつけた反応フラスコにジ(2−エチルヘキシル)ジチオリン酸(47.45g)と水酸化カルシウム(4.97g)を入れ、マグネチックスターラーを用いて室温で攪拌した。反応フラスコ内の溶液の粘度が高くなったらヘキサン(40g)を加え、17時間攪拌した。攪拌終了後、吸引ろ過、溶媒留去を行い、生成物(49.73g)を得た。
【0026】
上記生成物の分析を行った。まず、ICPを用いて上記生成物のCa濃度を測定した結果、5.1%(構造から計算した理論Ca濃度:5.4%)であり、上記生成物中にCaDTPが生成されていることを確認した。図1には、IRスペクトルを示す。図1において、上段が出発物質であるジ(2−エチルヘキシル)ジチオリン酸のIRスペクトルを示しており、下段が上記生成物のIRスペクトルを示している。図2には、上記生成物の31P NMRを示す。31P NMRにおいて、ジ(2−エチルヘキシル)ジチオリン酸のシグナルは86ppmに現れ、上記反応が進むことで、86ppmのシグナルは105ppmへと低磁場にシフトして出現した。この傾向はZnDTPを合成する場合でも確認された。
【0027】
(実施例1)
鉱物油(ISO VG 46相当)70質量%と、鉱物油(ISO VG 460相当)20質量%と、上記のように作製したCaDTPを含む生成物10質量%とを混合した潤滑油組成物を得た。なお、粘度は80mm/s(40℃)であった。
【0028】
(比較例1)
鉱物油(ISO VG 46相当)60質量%と、鉱物油(ISO VG 460相当)30質量%と、塩素化パラフィン(塩素分50%)10質量%とを混合した潤滑油組成物を得た。なお、粘度は83mm/s(40℃)であった。
【0029】
(比較例2)
鉱物油(ISO VG 46相当)70質量%と、鉱物油(ISO VG 460相当)20質量%と、ZnDTP(R=C8)10質量%とを混合した潤滑油組成物を得た。なお、粘度は80mm/s(40℃)であった。
【0030】
<バーリング試験(しごき試験)>
上記実施例1、比較例1および比較例2で得た潤滑油組成物を用いてバーリング試験を行った。実施例1、比較例1および比較例2の潤滑油組成物の配合比率を表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
ダイ(ダイ径:20.45mm)の上に下穴を開けた試験片(SUS304、3mm厚、常温)を乗せ、その上から鋼球(SUJ2、φ18.00mm、100℃)を押し付けて試験片をしごいた。しごき率((変形前の試験片の板厚−しごいた後の変形部の板厚)/変形前の試験片の板厚)は59.2%であった。
【0033】
上記のようにして試験片をしごいた後、試験片の外観を観察して、焼き付きがなければ「1」、わずかに焼き付きがあれば「2」、1/3面に焼き付きがあれば「3」、1/2面に焼き付きがあれば「4」、全面に焼き付きがあれば「5」、一部欠けていれば「6」、破断していれば「7」として評点を付けた。その結果を図3に示す。
【0034】
図3に示したように、ZnDTPを用いた比較例2では試験片の全面に焼き付きを生じたが、CaDTPを用いた実施例1では試験片の1/3程度しか焼き付いておらず、塩素化パラフィンを用いた比較例1でも同様であった。この結果より、塑性加工において、CaDTPを添加した潤滑油組成物は、ZnDTPを添加した潤滑油組成物よりも潤滑性に優れており、塩素化パラフィンを添加した潤滑油組成物と同等であると考えられる。
【0035】
(実施例2)
鉱物油(ISO VG 10相当)80質量%と、上記のように作製したCaDTPを含む生成物20質量%とを混合した潤滑油組成物を得た。なお、粘度は13mm/s(40℃)であった。
【0036】
(比較例3)
鉱物油(ISO VG 46相当)100質量%の潤滑油組成物とした。なお、粘度は45mm/s(40℃)であった。
【0037】
(比較例4)
鉱物油(ISO VG 10相当)80質量%と、塩素化パラフィン(塩素分50%)20質量%とを混合した潤滑油組成物を得た。なお、粘度は17mm/s(40℃)であった。
【0038】
(比較例5)
鉱物油(ISO VG 10相当)80質量%と、ZnDTP(R=C8)20質量%とを混合した潤滑油組成物を得た。なお、粘度は15mm/s(40℃)であった。
【0039】
<ブローチ試験>
上記実施例2、比較例3、比較例4および比較例5の潤滑油組成物を用いてブローチ試験を行った。試験条件を以下に示す。実施例2、比較例3、比較例4および比較例5の潤滑油組成物の配合比率は表2に示す。
試験機 株式会社不二越製ブローチ試験機
工具 サーフェスブローチ、6枚刃、SKH55
刃幅 4mm
切り込み量 80μm/刃
切削速度 4m/分
繰り返し 2回
測定項目 切削抵抗(主分力、背分力)
【0040】
【表2】

【0041】
ブローチ試験の結果を図4に示す。CaDTPを用いた実施例2では、鉱物油単独である比較例3よりも全切削力が約1200N低下した。この結果は、塩素化パラフィンを用いた比較例4とZnDTPを用いた比較例5よりも良好であった。
【0042】
また、CaDTPの含有量を変えた以外は実施例2と同様にして潤滑油組成物作製し、上記と同様のブローチ試験を行った結果を図5に示す。図5に示したように、CaDTPの含有量を増やしていくと、20質量%付近から全切削力の減少率が緩やかになる傾向が見られた。したがって、価格や添加時の粘度などから、CaDTPの推奨使用範囲は0.5質量%以上30質量%以下と考えられる。
【0043】
以上、現時点において最も実践的であり、かつ好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う潤滑油組成物用添加剤および潤滑油組成物もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジアルキルジチオリン酸カルシウム塩(CaDTP)を唯一の潤滑成分とする潤滑油組成物用添加剤。
【請求項2】
鉱物油及び/又は合成油からなる潤滑基油と、ジアルキルジチオリン酸カルシウム塩(CaDTP)とを含有している、潤滑油組成物。
【請求項3】
潤滑成分として炭酸カルシウムを含まない、請求項2に記載の潤滑油組成物。
【請求項4】
前記ジアルキルジチオリン酸カルシウム塩(CaDTP)の含有量が、組成物全量基準で0.5質量%以上30質量%以下である、請求項2または3に記載の潤滑油組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−285475(P2010−285475A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−138320(P2009−138320)
【出願日】平成21年6月9日(2009.6.9)
【出願人】(000115083)ユシロ化学工業株式会社 (69)
【Fターム(参考)】