説明

濃縮ブドウ果汁の製造方法

【課題】ブドウ酒原料用濃縮ブドウ果汁の新規な製造方法の提供。
【解決手段】ブドウ酒原料となる濃縮ブドウ果汁の製造方法において、(1)搾汁されたブドウ果汁を濃縮する工程、(2)該濃縮されたブドウ果汁を冷却保持する工程、(3)該冷却保持されたブドウ果汁を冷却濾過する工程、及び(4)該冷却濾過されたブドウ果汁を再び濃縮する工程、を含む方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブドウ酒原料となる濃縮ブドウ果汁の製造方法、及び、該濃縮ブドウ果汁を用いて製造される、安定性がよく、香味の優れたブドウ酒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ブドウ酒の製造方法の一つとして、原料となるブドウを破砕、搾汁し、得られた原料果汁を加熱濃縮したブドウ果汁(以下、濃縮ブドウ果汁と称する。)を用いる方法が知られている。
【0003】
このような濃縮ブドウ果汁は、ドラム缶などの容器中で比較的長期間保存することができるので、原料となるブドウの収穫時期に関係なく、需要に応じてブドウ酒の製造が可能であるという利点を有する。また、濃縮ブドウ果汁を原料とするブドウ酒は、通常のブドウ酒に比べて比較的安価に提供され、酒質も軽快で親しみやすいものが多いため、手軽に楽しめるブドウ酒として、我が国のブドウ酒消費量の拡大に大いに貢献している。
【0004】
一方、ブドウ酒の原料となるブドウ果汁には、種々の有機酸が含まれており、その多くは発酵後もブドウ酒中に持ち込まれる。このような有機酸のうち、酒石酸は、爽快な酸味を持ち、リンゴ酸とともにブドウ酒の酸味の主体成分であるが、ブドウ酒中に含まれるカリウムやカルシウムなどのイオンと結合して、酒石といわれる結晶性の塩となる。酒石の多くは酒石酸水素カリウムや酒石酸カルシウムであるが、アルコール水溶液に対する溶解度が極めて小さいため、醸造過程や、瓶詰め後製品として市場で流通する間に、ブドウ酒製品の底部に酒石が沈殿して商品価値を損なう場合がある。
【0005】
従って、ブドウ酒製品中での酒石の生成・沈殿を防止する必要がある。ブドウ酒製品中での酒石の生成・沈殿を防止するために、様々な手段が開発されている。最も知られている方法として、ブドウ酒の冷却処理がある。具体的には、例えば、醸造後のブドウ酒を−4℃〜−5℃で約7〜10日間タンク中で冷却し、強制的に生成した酒石を濾過によってブドウ酒から除去する方法である。
【0006】
このほかに、種々の物質を添加して酒石の発生を抑制する方法が知られている。添加する物質として、メタ酒石酸などが用いられる。
また、ブドウ酒中のイオンを除去する方法が知られている。具体的には、イオン交換樹脂を用いる方法、電気透析による方法、などが用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−110556号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】ワイン学、1991年5月15日 初版第1刷、ワイン学編集委員会編著
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
メタ酒石酸などの添加物は、日本の酒税法でブドウ酒への添加が認められていないため、国産ブドウ酒でも、また、輸入ブドウ酒であっても、そのような添加物を使用して酒石を除去されたブドウ酒を日本国内で販売することはできない。また、昨今、消費者の飲食品の安心安全に対する関心の高まりから、添加物を忌避する傾向があるため、添加物を使用して酒石を除去する方法は、今後も採用される可能性が低いと考えられる。
【0010】
更に、大掛かりな機械を用いて酒石を除去する方法は、特別な機械や装置が必要であり、大きな初期投資の費用がかかる。そのため、一部の企業を除いて簡単に導入することはできない。
このような理由により、現在も、冷却処理による酒石除去方法が広く行なわれている。
【0011】
しかしながら、冷却処理によって酒石を除去する場合、原料となるブドウ果汁は、収穫されたブドウ果実ごとに、含まれる酒石酸やイオンの量に変動があるため、ブドウ酒を製造するたび毎に冷却処理を実施する必要がある。
そのため、冷却処理にかかる直接的なコスト増と、製造効率低下による間接的なコスト増とによって、ブドウ酒の製造原価が増大することが問題となっている。
【0012】
このような問題は、濃縮ブドウ果汁を原料とするブドウ酒の製造においても同様であり、濃縮ブドウ果汁を原料とするブドウ酒の大きな魅力のひとつである低価格が失われることになり、ブドウ酒の消費拡大の妨げとなることが懸念されている。
以上のような理由から、濃縮ブドウ果汁を原料とするブドウ酒の製造時における酒石除去工程(冷却処理工程)の軽減が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記のような課題に鑑み、鋭意研究した結果、濃縮ブドウ果汁製造時に適切な条件の冷却濾過を実施することによって、当該濃縮ブドウ果汁を原料とするブドウ酒の製造工程において、酒石除去のための冷却処理工程を廃止しても、得られたブドウ酒で酒石が発生せず、かつ、香味の優れたブドウ酒となることを見出し、本発明を完成させたものである。
【0014】
したがって、本発明は、ブドウ酒原料用濃縮ブドウ果汁の製造方法において、
(1)搾汁されたブドウ果汁を濃縮する工程、
(2)該濃縮されたブドウ果汁を冷却保持する工程、
(3)該冷却保持されたブドウ果汁を冷却濾過する工程、及び
(4)該冷却濾過されたブドウ果汁を再び濃縮する工程、
を含む方法、
を提供する。
【0015】
前記工程(2)における冷却保持は、好ましくは例えば0〜5℃において行われる。
前記工程(2)における冷却保持は、好ましくは例えば2〜3日間行われる。
前記工程(2)における冷却保持は、好ましくは例えば0〜5℃において2〜3日間行われる。
工程(2)における冷却は、好ましくは例えば、Brix 40〜45度まで濃縮したブドウ果汁に対して行われる。
工程(3)における冷却濾過は、好ましくは例えば0〜5℃で行われる。
【0016】
本発明はまた、上記の方法によって製造された、ブドウ酒原料用濃縮ブドウ果汁を提供する。
本発明はまた、上記の濃縮ブドウ果汁を、希釈して発酵することを特徴とする、ブドウ酒の製造方法を提供する。
本発明は更に、上記のブドウ酒製造方法によって製造されたブドウ酒を提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によって製造された濃縮ブドウ果汁は、これを原料とするブドウ酒の製造時において、酒石発生防止のための冷却処理工程を廃止しても、酒石の沈殿を防止することができる。これによって、冷却にかかるコストが削減できるだけでなく、製造期間の短縮によって、工場の稼働率がアップすることにより、トータルな製造コストも削減できる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
ブドウ果汁
ブドウ果を破砕、搾汁して得られたブドウ果汁は、微生物抑制処理、清澄化を行う。ブドウ搾汁条件は原産国の諸条件ならびに品種に適したものでよい。清澄化されたブドウ果汁は、そのまま引き続き濃縮工程を実施しても、亜硫酸添加して保管し、必要に応じて濃縮工程を実施してもよい。
【0019】
亜硫酸等の添加
酸化により、果汁中の成分が変化することを防止するため、通常、ブドウ果汁に亜硫酸ガス通入及び/又は亜硫酸塩を添加する(以下、単に亜硫酸等の添加ということもある。)。
【0020】
添加する亜硫酸塩は、特に限定されるものではないが、例えば、ピロ亜硫酸カリウムやピロ亜硫酸ナトリウムを用いることができる。添加できる量としては、亜硫酸ガスまたは亜硫酸塩を亜硫酸として、通常200 ppm未満、好ましくは20〜60 ppmの濃度となるよう添加される。
亜硫酸等の添加時期は、ブドウ破砕時および搾汁工程時に行ってもよい。
【0021】
清澄化
ブドウ果汁に、酵素剤、例えばペクチナーゼなどを添加して、清澄化処理を実施してもよい。
【0022】
保管
得られたブドウ果汁は、前記清澄化処理工程の後、すぐに濃縮せず、亜硫酸を添加して保管しておき、その後に濃縮を実施してよい。そのときの亜硫酸塩の種類、亜硫酸濃度は、前記亜硫酸等の添加処理に準ずる。
【0023】
ブドウ果汁の濃縮
上記のようにして得られたブドウ果汁又は保管されていたブドウ果汁を、加熱濃縮、減圧濃縮などの手段により濃縮し、本発明の濃縮ブドウ果汁を得る。ブドウ果汁の濃縮の度合いは、糖度示差屈折計によるBrix度数で表示される。
本発明におけるブドウ果汁の濃縮方法は、次の3つの工程を含む。
【0024】
(1)第1回目の濃縮:ブドウ果汁を、Brix 40〜45度まで濃縮する。濃縮方法は特に制限されず、加熱濃縮、減圧濃縮などの手段により濃縮される。
【0025】
(2)冷却処理工程:第1回目の濃縮後の濃縮ブドウ果汁を、冷却保持し、冷却濾過して酒石を除去する。冷却保持するときの濃縮ブドウ果汁のBrix度数に特に制限は無いが、冷却濾過時の操作性から、一定の濃度以下であることが好ましく、具体的には、Brix 40〜45度であることが好ましい。
【0026】
冷却保持する温度及び時間は、濃縮ブドウ果汁から酒石が生成する条件であれば特に制限されず、濃縮ブドウ果汁の品質に応じて適宜設定することが可能である。具体的には、例えば、0〜5℃にて2〜3日間保持することができる。通常のブドウ酒醸造時に実施される冷却処理工程の冷却条件より緩やかな条件でも、ブドウ酒製品での酒石発生を防止することができる。
【0027】
冷却保持されたブドウ果汁は、冷却濾過によって、沈殿した酒石を除去される。冷却濾過の条件は、活性炭及び酒石を完全に除去できれば特に制限されない。具体的には、濾過温度は、0〜5℃を超えないことが好ましい。濾過手段は、公知の濾過技術を用いることができ、例えば珪藻土濾過を用いることができる。
【0028】
このとき、白ブドウ酒用の濃縮ブドウ果汁を製造する場合には、加熱濃縮による果汁の褐変を脱色するために、冷却時に活性炭を添加してもよい。本発明で用いられる活性炭の種類には特に制限はなく、通常飲料・食品の工業生産に利用されるものであればいかなる活性炭も用いることができる。添加量も特に制限はないが、褐変の程度に応じて変えることができ、濃縮ブドウ果汁の容量に対して、100〜1500 ppm添加することができる。
【0029】
(3)第2回目の濃縮:冷却濾過された濃縮ブドウ果汁を、加熱濃縮、減圧濃縮などの手段により、更にBrix 68〜72度まで濃縮する。
【0030】
続いて、濃縮ブドウ果汁が保管中に、酸化により変化するのを防止し、濃縮ブドウ果汁の保管中の安定化を図るために、亜硫酸ガス通入及び/又は亜硫酸塩を添加する。この時使用される亜硫酸塩は、例えば、ピロ亜硫酸カリウムやピロ亜硫酸ナトリウムを用いることができ、亜硫酸濃度は、亜硫酸として200 ppm以上、好ましくは200〜1000 ppm、更に好ましくは300〜800 ppm、とりわけ好ましくは、400〜600 ppmとなるように添加する。
【0031】
このようにして製造された濃縮ブドウ果汁は、その後タンクなどに充填され、輸送時まで20℃以下、好ましくは10〜20℃の低温下で保管される。保管されていた本発明の製造方法により得られた濃縮ブドウ果汁は、輸送された後、発酵可能な濃度に希釈され、発酵させてブドウ酒とする。この場合の製造条件は、通常のブドウ酒製造と同様の醸造条件であってよく、発酵条件、清澄方法についても特に限定はない。
【0032】
例えば、発酵に用いる種酵母としては、一般的にブドウ酒の製造に用いられる酵母を用いることが好ましい。そのような酵母の例として、例えば、サッカロミセス・セレビシエ等が挙げられる。すなわち種酵母を添加し、単発酵で原酒を得て、その後、おり引き、珪藻土等を用いた清澄ろ過等の清澄工程を経て、香味のよいブドウ酒を製造することができる。
【0033】
本発明の濃縮ブドウ果汁を用いて製造されるブドウ酒は、その醸造工程において、酒石発生防止のための冷却処理工程を廃止することができ、その場合でも得られるブドウ酒製品中での酒石の発生は防止される。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例に基いて具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
比較例として製造時に冷却保持及び冷却濾過を実施しない濃縮ブドウ果汁、実施例として本発明の濃縮ブドウ果汁を用いて、白/ロゼ/赤のブドウ酒をそれぞれ製造した。
【0035】
白/ロゼ/赤のブドウ酒用のブドウ原料を、それぞれ次に記載の製造方法に従って濃縮ブドウ果汁とした。比較例の濃縮ブドウ果汁は、ブドウ果汁を清澄化処理実施した後、冷却保持及び冷却濾過を実施せず、一度にBrix 68〜72度まで濃縮し、亜硫酸塩等添加処理を施したものを用いた。
【0036】
本発明の濃縮ブドウ果汁は、清澄化処理実施したブドウ果汁を、Brix 45度まで加熱濃縮後、0〜5℃まで冷却して2〜3日間保持し、0〜5℃にて珪藻土濾過を実施した。この後、更にBrix 68〜72度まで濃縮し、亜硫酸塩等添加処理を施して、加水してBrix 63度に調整したものを用いた。
【0037】
白/ロゼ/赤のブドウ酒の製造方法は、常法に従った。ただし、酒石除去のための冷却処理は比較例、実施例いずれも実施しなかった。このようにして製造した白/ロゼ/赤のブドウ酒について、比較例、実施例の試料をそれぞれ10サンプル用意し、ブドウ酒のテリの状態/酒石の有無/香味の官能評価の3点について、評価を実施した。それぞれの評価方法は以下の通りである。
【0038】
テリの確認方法
テリとは、ブドウ酒の透明度の度合いのことをいう。360 ml容の透明なガラス瓶に試料のブドウ酒を入れ、水平な台に置かれたプロジェクターにかざして肉眼にて観察する。当該ガラス瓶は、水平方向に進むプロジェクターの光束に対して、30度の角度になるよう斜めに傾ける。眼をプロジェクターのレンズと同じ高さに保ち、当該ガラス瓶に入射して試料ブドウ酒を通過する光束の状態を観察する。光束の状態は、専門パネラー3名が、次の基準に従って5段階で評価し、3点以下を合格とした。
【0039】
1点:透明感が非常にある。液にくもりがない。光束の境がはっきりしている。
2点:透明感がある。わずかにくもりが感じられる。わずかに光束が散乱してみえる。
3点:透明感がややない。くもりが感じられる。光束の周囲がぼんやりとしている。
4点:明らかに曇ってみえる。光速が全体にぼんやりしている。少し白濁してみえる。
5点:白濁してみえる。光がぼんやりと見える。
【0040】
酒石の確認方法
酒石の有無は、360 ml容の透明なガラス瓶に試料のブドウ酒を入れて1日静置した後、肉眼にて専門パネラー3名が確認した。このとき、当該ガラス瓶をプロジェクターにかざして、瓶を左右に回転させたり、または静かに上下を逆転させたのち正方向に戻したりして、瓶内で酒石が舞い上がったり落下したりする様子を観察して酒石の有無を確認した。
【0041】
官能評価方法
専門パネラー3名により、官能評価を実施した。官能評価は、次の基準に従って3段階で評価し、〇のみ合格とした。
〇:異味異臭がない。香味に問題がない。
△:香味が設計品質と若干異なっており、若干欠点がみられる。
×:香味が設計品質と明確に劣っており、異味異臭が著しい。
【0042】
評価結果
各試料に対する評価結果は、表1〜表3に示す通りである。
【表1】

【0043】
【表2】

【0044】
【表3】

【0045】
以上の通り、白/ロゼ/赤のそれぞれのブドウ酒において、実施例のほうが比較例に対して、テリ、酒石の発生、官能評価の3つにおいて、全サンプルで良好な評価が得られた。即ち、テリは最高評価の1点、官能評価も良好であった。特に、冷却処理工程を実施しないにもかかわらず、酒石の発生は認められなかった。
【0046】
比較例は、官能評価が常に不合格であり、テリに関してはしばしば合格ラインぎりぎりであった。また、稀に酒石が発生しないサンプルもあったが(サンプルNo.3、23、43)、多くの場合酒石が発生し、商品価値を大きく損なうことが認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブドウ酒原料用濃縮ブドウ果汁の製造方法において、
(1)搾汁されたブドウ果汁を濃縮する工程、
(2)該濃縮されたブドウ果汁を冷却保持する工程、
(3)該冷却保持されたブドウ果汁を冷却濾過する工程、及び
(4)該冷却濾過されたブドウ果汁を再び濃縮する工程、
を含む方法。
【請求項2】
前記工程(2)における冷却保持を0〜5℃において行う、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(2)における冷却保持を2〜3日間行う、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(2)における冷却保持を、0〜5℃において2〜3日間行う、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
工程(2)における冷却を、Brix 40〜45度まで濃縮したブドウ果汁に対して行う、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
工程(3)における冷却濾過を0〜5℃で行う、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法によって製造された、ブドウ酒原料用濃縮ブドウ果汁。
【請求項8】
請求項7に記載の濃縮ブドウ果汁を、希釈して発酵することを特徴とする、ブドウ酒の製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の製造方法によって製造されたブドウ酒。