説明

炭化物粉末

【課題】ナノメータ単位の粒子径を有するW、Ta、Nb、Cr、Siの炭化物粉末の合成手段を提供する。
【解決手段】金属アルコキシドと、C、H、N、O以外の元素を実質的に含まない有機物の炭素源とを溶媒に溶解した後に、乾燥し得られた組成物を、非酸化雰囲気中、1000〜1900℃にて炭化処理する。アルコキシドに存在する配位子と、炭素源の官能基を液相中で置換し、安定に存在させることにより、金属の酸化物生成を抑制できる。得られた金属炭化物は最大粒子径が150nm以下で遊離炭素含有量が0.5重量%以下である。この焼結体は強度や破壊靭性(耐クラック発生・伝播性)にも優れており、加工時のクラック発生や粒子脱落(プルアウト)が無い材料である。また、炭化物が微細な為、2〜15重量%の炭化物含有量でも従来のセラミックス複合材料焼結体と同等以上の機械的特性や加工特性が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細なW、Ta、Nb、Cr、Siの炭化物粉末に関わる。
【背景技術】
【0002】
W、Ta、Nb、Cr等の金属炭化物、それらの代表的な炭化物としてWC、TaC、NbC、SiC、Crは、従来よりエンジニアリングセラミックスの主成分、副成分、焼結助材などとして使用されてきた。
これらの炭化物は、最近では「ナノコンポジット」とよばれるような、セラミックスや金属マトリックス中に微細な分散材として用いられることも増えてきた。分散による組織の強化(強度や靭性)や、電気的、熱的特性の改善を狙って添加されるものである。
用いられる粉末の粒子径は、小さい程よい。最少の添加量にてより多くの粒子を分散することが、マトリックス金属およびセラミックスの従来特性を損なうことなく、特性の向上が見込めるためである。
【0003】
そのために、炭化物の微細粉末は技術の進歩と共に小さい粒子径のものを作ることができるようになってきた。
通常よく用いられる主材料としての炭化物の原料粉末は、平均粒子径が0.5〜5μm程度である。これらの殆どは金属酸化物粉末を炭化処理することによって得られている。これらの粉末をボールミルやブラストミル、ジェット粉砕機などで、より小さくすることは可能であるが、最大粒子径を150nmあるいはそれ以下にするためには膨大な時間が必要となり、現実的でない。
【0004】
そのために特許文献1には、4〜6a族金属を含むアルコキシドを溶媒中に分散させ、乾燥後に炭素粉末と共に熱処理を行うことで、最大粒子径が10〜150nmと微細な炭化物を得る技術が開示されている。
【0005】
なお、Siは金属的な挙動も示すこと、およびその炭化物焼結体の性質から、その炭化物も請求の範囲とした。

【特許文献1】特開昭61−232212号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、W、Ta、Nb、Cr、Siの微細な炭化物粉末を得ることにある。また、遊離炭素含有量が0.5%重量以下の微細な炭化物粉末を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の微細な炭化物粉末は、最大粒子径が150nm以下かつ遊離炭素量が0.5体積%以下である。
炭化物の最大粒子径が150nm以上になると、炭化物粉末を添加したセラミックスの粒成長を抑える分散強化効果を十分に発揮できず、また、そのセラミックス中に空隙が残留して焼結体の強度劣化に繋がるので好ましくない。
また、炭化物粉末中に遊離炭素が含まれると、炭化物粉末を添加したセラミックスの焼結時にこの遊離炭素が焼結を阻害し、緻密な焼結体が得られない。また、遊離炭素はポアの発生原因となり、特に0.5重量%を上回ると、そのセラミックスの相対密度が99%を下回り、機械的強度が大きく低下するため好ましくない。炭化物粉末中の遊離炭素含有量は少ないほど好ましい。
【0008】
本発明の最大粒子径が150nm以下で、遊離炭素量が0.5重量%以下である、微細な炭化物粉末は、金属アルコキシドの金属(W、Ta、Nb、Cr、Si)に配位可能な官能基であるOH基またはCOOH基を1個以上含み、かつ、C、H、N、O以外の元素を含まない有機物を炭素源として溶媒中に溶解して液体とし、これに、炭素源と金属アルコキシドのモル比率(炭素源/金属アルコキシド)をαとすると、αが0.7≦α≦1.0となるように金属アルコキシドを混合した溶液すなわち、前駆体溶液を得て、得られた前駆体溶液中の生成物を必要に応じて乾燥した後、非酸化雰囲気または真空雰囲気中で、1000〜1900℃で熱処理することにより得ることができる。
【0009】
炭素源として、金属アルコキシドの金属に配位可能な配位子を有している有機物を使うことで、金属アルコキシドに存在する配位子と炭素源の官能基を溶液中で置換し、炭素源と金属源の分子レベルでの均一組成物が得られる。この均一組成物は、その後の炭化反応温度を飛躍的に低温化ができ、その結果、炭化物の粒成長を抑制することが可能となり、最大粒子径が150nm以下の微細な粒子を得ることができる。
前記前駆体溶液中の炭素源と金属源の分子レベルでの均一組成物は、炭素源の偏りが無く、金属源に対し炭素源の量が不足しないため、酸化物などの炭化物以外の物質を生成することがない。
【0010】
前記有機物を炭素源として溶媒中に溶解した液体中への金属アルコキシドの混合量を前記のように適正化することによって、遊離炭素量が0.5重量%以下の炭化物粉末が得られる。例えば、金属源に対し炭素源の配合比率が高い場合には、遊離炭素が生成し好ましくない。一方、金属に対し炭素源の配合比率が低すぎる場合、炭化物以外の物質が生成されやはり好ましくない。
【0011】
炭素源の官能基としては、配位結合を形成しやすいOH基またはCOOH基が挙げられ、炭素源の例としては、フェノールやカテコール等のフェノール類、ノボラック型フェノール樹脂、サリチル酸、フタル酸、カテコール、無水クエン酸等の有機酸、EDTA等が挙げられる。これらの有機化合物は、1種単独で使用しても良いし、2種以上を併用しても良い。しかしながら、C、H、N、O以外の元素を含む炭素源は、これらの元素を、不純物として残存することがあるので好ましくない。
【0012】
炭化温度は、最大粒子径を150nm以下に抑えるためには、1000℃以上1900℃以下であることが好ましい。1000℃以下では、炭化にかかる時間が長時間となり、生産性が悪く、1900℃以上では炭化物の粒成長が著しく最大粒子径が150nm以上となる。この際は、酸素が含まれる雰囲気中で行なうと、炭素源が酸化してガスとなり飛散するために非酸化雰囲気中で行なう必要がある。雰囲気は真空、希ガス、水素ガス中が特に好ましい。
【0013】
炭素源としては、2個以上の配位子を有しかつ環状化合物を有するである有機物を使用することが好ましい。配位子が2個以上の多座配位子である場合、金属に対しキレートを形成することで、単座配位子化合物に比べ、金属との間でより強固な配位結合が可能となり、金属源との極めて均一な混合状態が得られるため、炭素源の偏りがなく、遊離炭素量の抑制に効果的である。また、環状化合物は残炭率が高く、使用する炭素源の量を抑制できるため、コスト削減に有効である。
【0014】
金属(W、Ta、Nb、Cr、Si)に対し極めて高い配位結合が可能な炭素源は、前駆体溶液を加熱し乾燥した段階においても配位状態が保持され、金属源との極めて均一な混合状態が得られるため、炭素源の偏りがなく、遊離炭素量の抑制に効果的である。
また、金属アルコキシドとしては、各金属に応じてペンタエトキシタングステン、ペンタイソプロポキシタングステン、テトラメトキシシラン、テトラ―i―プロポキシシラン、テトラ―n―ブトキシシラン、ペンタメトキシタンタル、ペンタ―n―ブトキシタンタル、ペンタメトキシニオブ、ペンタ―i―ブトキシニオブ、クロム(III)ベンゾイルアセトナート、バナジウムトリ―i―プロポキシドオキシド、バナジウムトリ―t―ブトキシドオキシド、クロム(III)ベンゾイルアセトナートなどが代表的なものが挙げられるが、これらに限定するものではない。
【0015】
また、微細な炭化物の分散セラミック焼結体を得るためには、必ずしも炭素源と有機溶剤を金属アルコキシドと混合した溶液である前駆体溶液中にセラミックス混合を混合して得られたスラリーを一旦乾燥させる必要はなく、ゲル化させて固体とし、炭化処理および焼結を行っても良い。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、ナノメータ単位の粒子径を有する微細な金属炭化物(WC、TaC、NbC、SiC、Cr)粉末の合成手段として、気相法に比べ量産性に優れた液相法を採用したもので、金属アルコキシドに存在する配位子と炭素源の官能基を液相中で置換し安定に存在させることにより、金属の酸化物生成を抑制できる。
また、炭素源の官能基の構造および官能基の量と金属源の配位子との置換反応を制御することによって金属と結合しない遊離炭素量を著しく低減できる。
さらにまた、分子レベルで金属と炭素が結合しているため炭化反応を飛躍的に低温化でき、炭化物粒子の粒成長を抑制できる結果、微細で高品質な炭化物粉末が得られる。
この微細な炭化物粉末の製造法でえられた炭化物を他のセラミックスとの混合粉末の製造に適用しその粉末を焼結ことで、セラミックスの粒成長が抑制され、炭化物が分散した薄膜磁気ヘッド用基板やレンズ成形型、半導体製造用治具、切削工具、電圧非直線抵抗体、真空チャック、半導体保持具、発熱体、ヒートシンク、摺動部材、精密金型、光学用反射鏡、耐摩耗用部材、PTC半導体、ガスセンサー、圧電性素子、溶融金属容器、スライディングノズル、浸漬ノズル等として最適な高密度な焼結体を得ることができる。
たとえば、本発明の150nm以下の炭化物を分散したアルミナ系複合材料では、炭化物のアルミナ結晶の粒成長抑制効果によりアルミナの結晶粒子が従来に比べ微細化され、炭化物粒子の接触点でも容易に焼結が進行してマイクロポアの発生も抑制される。
【0017】
このようなマイクロ組織を有する焼結体は、優れた鏡面加工性を有しており容易に光学的鏡面(Rtmが1nm以下)を得ることが可能であり、研磨速度も大きいため、生産の効率化にも寄与する。更に、この焼結体はイオン加工(反応性イオンエッチング、イオンビーム加工)においても優れた表面粗さが得られる。
【0018】
また、強度や破壊靭性(耐クラック発生・伝播性)にも優れており、加工時のクラック発生や粒子脱落(プルアウト)が無い材料である。
さらに、本発明に係る焼結体は、炭化物が微細な為、2〜15重量%の炭化物含有量でも従来の焼結体と同等以上の機械的特性や加工特性が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態を実施例に基づき説明する。
【実施例】
【0020】
(実施例1)
前駆体の原料として、炭素源となる分子量138.1のサリチル酸20gを溶媒である2−メトキシエタノール60mlに加えて撹拌し溶解して無色透明な液体を得た。
この溶液にTa含有量が約54.8gの常温で液状の分子量542のタンタルイソプロポキシド182.4gを加え、撹拌させてタンタルイソプロポキシドの一部にサリチル酸が配位置換した均一な赤褐色を呈する透明性の高い組成物を得た。引き続き2時間攪拌した後、撹拌しながらオイルバス中で加熱して乾燥体を得た。この乾燥体はタンタルイソプロポキシドと炭素源であるサリチル酸のモル比率(炭素源/タンタルアルコキシド)αがα=0.9であった。
【0021】
次に、得られた乾燥体を、内径200mm、高さ80mmの黒鉛製のるつぼ内で、13.33Pa(0.1Torr)の真空雰囲気下、最高処理温度1000〜1900℃まで昇温した後、その最高処理温度で4時間保持し、その後自然冷却して熱処理し、組成物を得た。得られた組成物は、TaC単相であり、他の結晶質の不純物は含まれていなかった。
【0022】
図1に、得られたTaC粉末を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した写真を示す。この写真によって、TaC粉末の最大粒子径が150nm以下、平均で50nm以下であることが分かる。得られたTaC粉末中の遊離炭素量量は、炭素沈殿分離燃焼赤外線吸収法により調べた結果、0.05重量%であった。
【0023】
この実施例以外の炭化物粉末(WC、NbC、SiC、Cr)でも、同様の試験を行ったが、総て結果はTaCの場合と同じで、良好であった。

(実施例2)
前駆体の原料として、炭素源となる分子量138.1のサリチル酸20gを溶媒である2−メトキシエタノール60mlに加えて撹拌し溶解して無色透明な液体を得た。
この溶液にW含有量が約55.8gの常温で液状の分子量562のタングステンイソプロポキシド188.4gを加え、撹拌させてタングステンイソプロポキシドの一部にサリチル酸が配位置換した均一な赤褐色を呈する透明性の高い組成物を得た。
【0024】
これと別容器にて、炭素源となる分子量138.1のサリチル酸20gを溶媒である2−メトキシエタノール60mlに加えて撹拌し溶解して無色透明な液体を得た。
この溶液にNb含有量が約55.8gの常温で液状の分子量562のニオブイソプロポキシド90.1gを加え、撹拌させてニオブイソプロポキシドの一部にサリチル酸が配位置換した均一な赤褐色を呈する透明性の高い組成物を得た。
【0025】
前記2種類の組成物を、足しあわせた後に3時間攪拌した。さらに撹拌しながらオイルバス中で加熱して乾燥体を得た。この乾燥体はタングステンイソプロポキシドとニオブイソポキシドと炭素源であるサリチル酸のモル比率(炭素源/(タングステンアルコキシド+ニオブイソポキシド))αがα=1.0であった。
【0026】
次に、得られた乾燥体を、内径300mm、高さ80mmの黒鉛製のるつぼ内で、13.33Pa(0.1Torr)の真空雰囲気下、最高処理温度1050〜1700℃まで昇温した後、その最高処理温度で4時間保持し、その後自然冷却して熱処理し、組成物を得た。得られた組成物はをX線回折で測定したところ、WCとNbCだけにピークが見られ他の結晶質の不純物は含まれていなかった。
【0027】
実施例1同様に、得られたTaC粉末を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察したところ、WC+NbC粉末の最大粒子径が150nm以下、平均で50nm以下であることが分かった。得られたTaC粉末中の遊離炭素量量は、炭素沈殿分離燃焼赤外線吸収法により調べた結果、0.02wt%であった。
この微細粉末は、非常に両成分の拡散がよく、そのままホットプレス法で焼結しても、他のセラミックス粉末と混合した後でも、WCとNbCの成分の偏りが見られない焼結体が得られた。
また、本実施例はWCとNbCの混合炭化物についてのべたが、その他の2種の組合せ、3種、4種、5種の組合せでも問題なく混合炭化物粉末を得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】粉末の粒子を表すTEM写真

【特許請求の範囲】
【請求項1】
最大粒子径が150nm以下で遊離炭素含有量が0.5重量%以下であるW、Ta、Nb、Cr、Siいずれかの金属炭化物粉末。
【請求項2】
W、Ta、Nb、Cr、Siのいずれか1種の金属成分を含む金属アルコキシドと、
C、H、N、O以外の元素を実質的に含まない(10ppm未満)有機物の炭素源とを
溶媒中に溶解した後に、乾燥し得られた組成物を、
非酸化雰囲気中、1000〜1900℃にて炭化処理をすることにより得られる、
最大粒子径150nm以下で遊離炭素含有量が0.5重量%以下であるW、Ta、Nb、Cr、Siいずれかの金属炭化物粉末の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−105936(P2008−105936A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−256953(P2007−256953)
【出願日】平成19年9月29日(2007.9.29)
【出願人】(000229173)日本タングステン株式会社 (80)
【Fターム(参考)】