説明

炭素繊維の製造方法

【課題】
焼成工程と表面電解処理とを有する炭素繊維の製造方法において、炭素繊維と樹脂との接着力に優れた炭素繊維の製造方法を提供する。
【解決手段】
被処理炭素繊維を、昇温脱離−質量分析による質量数41である発生ガス量と質量数43である発生ガス量の総和の減少率が10質量%以上となるよう液体で洗浄処理した後、表面電解処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マトリクス樹脂との接着力に優れた炭素繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアクリロニトリル系繊維等を原料として製造される炭素繊維は、航空機を始めスポーツ用品まで広い範囲で使用されている。とりわけ、高強度・高弾性率の炭素繊維は、航空機材料用途に使用されており、これらについては更なる高性能化が求められている。
【0003】
このような用途では、ほとんどの場合炭素繊維は樹脂をマトリクスとした複合材料として用いられる。複合材料の力学的特性を十分得るためには、炭素繊維とマトリクス樹脂とは十分かつ安定した接着強度を有することが必要である。そのため、炭素繊維は、ポリアクリロニトリル系繊維等を耐炎化処理し炭素化処理する、いわゆる焼成工程を経た後、表面電解処理して製造されるのが一般的である。そして、この接着強度は炭素繊維や樹脂の種類、炭素繊維の焼成後の表面電解処理などに影響されることが知られている。
【0004】
マトリクス樹脂に接触する炭素繊維の表面に何らかの汚染物質が付着していると、最終的に接着力に悪影響を与えうることが知られている。特に、表面電解処理よりも前の段階の焼成工程では多くのガスが発生しており、また焼成工程以外においても、炭素繊維の製造工程全体はクリーンルームのような環境ではないことが一般的であるため、大気中の炭化水素などを初めとする汚染物が炭素繊維表面に付着しやすい。
【0005】
また、炭素繊維の原料となるアクリル繊維には、高い耐熱性を与えたり、また焼成工程での単繊維間の融着を抑え、焼成工程の通過性をよくすることを目的にシリコーン系油剤が付与されてなる場合があるが、この場合には、焼成工程によって飛散しきれなかったケイ素化合物が炭素繊維表面に付着して残り、汚染物として悪影響を与えるという問題もある。
【0006】
これらの問題を解決するために、特許文献1や特許文献2においては、表面電解処理後に残存している、主にケイ素化合物の除去を行うため、表面電解処理後の繊維について洗浄を行い、高温高湿下での接着特性を維持する炭素繊維の製造方法が提案されている。これらは、アルカリの水溶液や高温の水溶液などを用いて、表面電解処理後の繊維に残存しているケイ素化合物を除去するものである。しかし、この方法によっても、炭化水素などを初めとする付着物やケイ素化合物といった汚染物が残った状態のまま表面電解処理を行うことになるため、これら汚染物の付着により、炭素繊維の単繊維において、表面電解処理の目的である炭素繊維表面における官能基量の生成に局所的なバラツキを生じさせ、必ずしも接着力が安定して優れた炭素繊維を製造することができていないのが実状である。
【0007】
また、特許文献3では、焼成工程のうち炭化工程を前炭化工程と後炭化工程に分離し、その前炭化工程終了後すなわち後炭化工程の前に繊維を洗浄することにより、強度・弾性率に優れた炭素繊維を製造する方法が提示されている。確かに、前炭化工程でも汚染を受け、接着性への影響が考えられるが、これに続く後炭化工程においても炭化水素などを初めとする汚染物が炭素繊維表面に付着していくために、表面電解処理による官能基量の生成に単繊維内での局所的なバラツキを与える結果となり、必ずしも接着力が安定して優れた炭素繊維の製造法とはならなかった。
【0008】
さらに特許文献4においては、多段の表面電解処理による接着力に優れた炭素繊維の製造方法が提示されているが、第一段目の溶液濃度が第二段目よりも高く、第一段目の処理により既に官能基が生成されているため、電解処理前における表面汚染の影響により、やはり全体として官能基量のバラツキが多い炭素繊維表面の電解処理となり、必ずしも接着力に優れたものではなかった。
【0009】
以上のように、これまで提案されている技術をもってしても、電解処理によって生成される単繊維表面での官能基量の局所的バラツキが大きく、ひいては接着力に優れた炭素繊維の製造方法として必ずしも満足できるものではなかった。
【特許文献1】特開昭62−268873号公報
【特許文献2】特開2004−277907号公報
【特許文献3】特開昭61−132631号公報
【特許文献4】特開昭62−276075号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記課題を解決すること、すなわち焼成工程と表面電解処理とを有する炭素繊維の製造方法において、マトリクス樹脂との接着力に優れた炭素繊維の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上述の目的を達成するために、次の構成を有する。すなわち、被処理炭素繊維を、昇温脱離−質量分析による質量数41である発生ガス量と質量数43である発生ガス量の総和の減少率が10質量%以上となるよう液体で洗浄処理した後、表面電解処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、焼成終了後でかつ表面電解処理の工程の間に、炭化水素を初めとする、製造工程中に付着した汚染物や原糸由来の残存ケイ素化合物などを効果的に除去する洗浄工程を導入することによって、炭素繊維表面に生成する官能基量の局所的なバラツキを少なくし、マトリクス樹脂の接着力に優れた炭素繊維を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明において、焼成工程とは、炭素繊維の原料である炭素繊維前駆体繊維を200℃から300℃の空気などの酸化雰囲気で熱処理する、いわゆる耐炎化工程と、その後、最高温度300℃以上最高温度2000℃未満の窒素などの不活性ガス雰囲気中で熱処理する、いわゆる炭化工程と、その後、必要に応じて適用される、最高温度2000℃以上の窒素などの不活性ガス雰囲気中で熱処理する、いわゆる黒鉛化工程とを総称していい、焼成工程の最終の工程としては、炭化工程または黒鉛化工程となる。
【0014】
炭素繊維前駆体繊維としては、例えば、ポリアクリロニトリル系繊維、レーヨン系繊維、ピッチ系繊維、あるいはポリビニルアルコール系繊維等を使用することができるが、なかでも、アクリルニトリル重合体あるいはその共重合体から得られる繊維、すなわち、ポリアクリロニトリル系繊維は、高い引張強度を発現する炭素繊維を得ることができるため、炭素繊維前駆体として好ましく用いることができる。また、炭素繊維前駆体繊維には、高い耐熱性を与えたり、焼成工程での単繊維間の融着を抑え、焼成工程の通過性をよくすることを目的に、シリコーン系油剤が付与されているのが好ましい。
【0015】
本発明において、炭素繊維前駆体繊維の焼成工程を経て、表面電解処理に供する前の繊維、すなわち被処理炭素繊維は、通常、複数のフィラメントが集まった集合体、すなわち繊維束であるが、1つの繊維束を構成するフィラメントの数としては1,000〜80,000本の範囲であるのが一般的である。但し、フィラメント数の多い方が、本発明における洗浄効果がより顕著に発揮できることから、フィラメント数が10,000本以上であるものが良い。なお、本発明で製造される炭素繊維のフィラメント数も、通常、被処理炭素繊維のフィラメント数と同等である。
【0016】
本発明では、被処理炭素繊維を、表面電解処理を行う前に、液体に接触させて洗浄する。従来、炭素繊維の製造方法においては、焼成工程に続いて直ぐに表面電解処理の工程が存在するが、本発明においては、焼成工程と表面電解処理工程との間に、炭化水素などの炭素繊維表面の付着物質を減少させる、洗浄工程を配するのである。
【0017】
洗浄工程では、被処理炭素繊維の主に表面に付着する炭化水素等の付着物質を効果的に減少する程度に洗浄する必要があり、それにより最終的に製造される炭素繊維とマトリクス樹脂との接着力向上に寄与する。繊維表面に付着する炭化水素等の付着物質の量は、昇温脱離−質量分析法による質量数が41および43である発生ガス量を指標として表すことができ、具体的には、これら発生ガス量の総和の減少率が10質量%以上、好ましくは20質量%以上の減少率となるよう洗浄するのである。なお、かかる発生ガス量の総和の減少率は大きい方が好ましいが、70質量%もあれば十分であることが多い。
【0018】
昇温脱離−質量分析法(TPD−MS法、あるいはTDS−MS法)とは、温度コントローラ付き加熱装置に質量分析装置を組み合わせて、加熱時に試料から発生する気体の質量数(本発明では、質量数が41と43)ごとの濃度変化を温度の関数として追跡する手法である。被処理炭素繊維の表面に存在する汚染物質のうち、その後の表面電解処理に悪影響を及ぼすものとしては各種のものが考えられるが、このうち、質量数が41および43である発生ガスを前記した範囲に有効に減らすことが、本発明の効果を得るためには必要である。質量数が41および43である発生ガスが影響する理由については完全に判明した訳ではないが、焼成工程において被処理炭素繊維表面に残存する代表的な不飽和炭化水素や飽和炭化水素による加熱発生ガスがこれら質量数に対応しているものと考えられる。ただし、本発明においては、発生ガス種を完全に特定しなくとも、これら質量数をもつガスを減少させれば顕著な効果を得ることができる。
【0019】
かかる発生ガス量の減少率は以下の方法により測定することができる。まず、焼成工程における最終の工程を経た、すなわち、洗浄工程の直前段階にある被処理炭素繊維試料を採取する。これを上記の昇温脱離−質量分析法を用いて質量数41の発生ガス量と質量数43の発生ガス量を測定する。
【0020】
次に、洗浄工程を通過した直後の炭素繊維試料を採取する。工程を通過する糸条ライン数が複数である場合、洗浄工程の前後で試料採取するラインは同一とする。採取した洗浄工程通過後の炭素繊維試料について、上記の昇温脱離−質量分析法により質量数41の発生ガス量と質量数43の発生ガス量を測定する。
【0021】
このように採取した同一ラインの洗浄工程前と後での昇温脱離−質量分析法により測定された質量数41と43の発生ガス量の総和をそれぞれA(wtppm)とB(wtppm)とすると、洗浄前後における質量数41と43の発生ガス量の総和の減少率は、次の関係式で表される。
【0022】
質量数41と43の発生ガス量の総和の減少率(質量%)=(A−B)÷A×100
洗浄処理としては、前記した発生ガスの減少率を前記した範囲とするために、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、ケトン類、エステル類、アルコール類から選ばれる少なくとも1種の有機液体による洗浄処理を含むことが好ましい。中でも、炭化水素などの溶解性に優れ、かつ沸点が50〜100℃の範囲内である有機液体による洗浄処理を含むのが良い。沸点がこの範囲である有機液体を用いることにより、洗浄後に炭素繊維表面に残存した液体が適当な速さで揮発し、液体自体が炭素繊維の接着特性に影響する問題を避けることができる。かかる条件を満たす、本発明に特に適した有機液体の具体例は、ヘキサン、ベンゼン、アセトン、メチルエチルケトン、酢酸エチル、エタノール、メタノールなどである。
【0023】
また、洗浄処理における条件は、使用する液体の沸点以下の環境下であって、前記した発生ガスの減少率を満足すれば特に制限されるものではなく、たとえば被処理炭素繊維を15〜40℃の範囲において液体に浸漬させるだけでもよいが、より好ましくは洗浄処理において液体に超音波などを与えるのがよい。また、繊維表面に液体を十分に接触させるために、好ましくは5分間以上かけて洗浄するとよい。ただし、洗浄処理にあまりに長い時間をかけると生産効率を阻害するので、1時間も洗浄すれば十分である。ただし、液体による洗浄処理に超音波を用いる場合は、洗浄を行っている液体の温度が時間とともに上昇することが多いため、液温が上昇しすぎないよう温度制御手段を備えるようにした方がよい。さらに、上記洗浄後に乾燥を行い、液体を蒸発させ除去することが好ましい。
【0024】
被処理炭素繊維を上記した洗浄工程を経由させた後に表面電解処理を行うことにより、炭素繊維表面に生成する官能基量の単繊維での局所的なバラツキを少なし、樹脂との接着力が安定して優れた炭素繊維を製造することができる。
【0025】
ところで、炭素繊維前駆体繊維にシリコーン系油剤を付与した場合などには、被処理炭素繊維に酸化ケイ素や窒化ケイ素などのケイ素化合物が残存していることがあり、かかるケイ素化合物も表面電解処理前に減少させておいたほうがよい。かかる観点から、洗浄処理によって、具体的には、ICP発光分光分析法における被処理炭素繊維に含まれるケイ素量の減少率を10質量%以上、好ましくは20質量%以上とするのが良い。それにより本発明の効果をさらに高めることができる。なお、ICP発光分光分析法における被処理炭素繊維に含まれるケイ素量の減少率は大きい方が好ましいが、50質量%もあれば十分であることが多い。
【0026】
ICP発光分光分析法とは、試料にプラズマ波を外部から与え、特定の着目元素(本発明では、ケイ素)を励起させ、その励起された原子が低いエネルギー準位に戻るときに発光線が放出され、その発光線の位置から成分元素の種類を判定し、その強度から各元素(本発明では、ケイ素)の含有量を求める手法である。
【0027】
洗浄処理によるケイ素量の減少率は以下の方法により測定することができる。まず、焼成工程における最終の工程を経た、すなわち、洗浄工程の直前段階にある被処理炭素繊維試料を採取する。これを上記のICP発光分光分析法により、洗浄前のケイ素量を測定する。
【0028】
次に、洗浄工程を通過した直後の炭素繊維試料を採取する。工程を通過する糸条ライン数が複数である場合、洗浄工程の前後で試料採取するラインは同一とする。採取した洗浄工程通過後の炭素繊維試料について、上記のICP発光分光分析法により洗浄後のケイ素量を測定する。
【0029】
このように採取した同一ラインの洗浄工程前と後でのICP発光分光分析法により測定されたケイ素量をそれぞれC(wtppm)とD(wtppm)とすると、洗浄処理によるケイ素量の減少率は、次の関係式で表される
ケイ素量の減少率(質量%)=(C-D)÷C×100
前記した有機液体による洗浄処理のみで、被処理炭素繊維に含まれるケイ素量の減少率を前記範囲とできれば良いが、それだけでは十分でないことが多いので、前記した有機液体による洗浄処理と、それに引き続くフッ化水素酸、フッ化アンモニウム、リン酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化テトラメチルアンモニウムから選ばれる少なくとも1種の水溶液での洗浄処理とを含む洗浄処理を採用するのが良い。
【0030】
炭素繊維表面に存在する、たとえば油剤由来の残存ケイ素化合物が取り除かれるメカニズムは、被処理炭素繊維の表層に付着している無機化している酸化ケイ素や窒化ケイ素などの残存ケイ素化合物、あるいは残存ケイ素化合物が付着している炭素繊維表面の酸性酸化部が、これら水溶液と化学反応を起こし水溶液中に溶解して減少していると一般的に理解されている。例えば、フッ化水素酸やフッ化アンモニウムでは主に酸化ケイ素に由来する残存ケイ素化合物が、リン酸においては窒化ケイ素に由来する残存ケイ素化合物が、それぞれの溶液と化学反応を起こし、ケイ素酸イオンとなり水溶液中に溶解し減少しているものと考えられる。また、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム、水酸化テトラメチルアンモニウムにおいては、酸化ケイ素や残存ケイ素化合物が付着している炭素繊維表面の酸性酸化部などが、それぞれの溶液と酸・塩基を主体とする化学反応を起こし、被処理炭素繊維表層に付着している残存ケイ素化合物が減少しているものと考えられる。このように、(1)フッ化水素酸およびフッ化アンモニウム、(2)リン酸、(3)水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化テトラメチルアンモニウムで残存ケイ素化合物を取り除くメカニズムが異なることから、例えば、フッ化水素酸およびフッ化アンモニウムから選ばれる1種の水溶液での洗浄処理の後、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化テトラメチルアンモニウムから選ばれる1種の水溶液での洗浄処理を行うといった2種(またはそれ以上)の水溶液での洗浄処理を行うとより効果的に残存ケイ素化合物が取り除かれるのでより好ましい。また、かかる洗浄工程において用いる水溶液としては、(1)フッ化水素酸およびフッ化アンモニウムの群、(3)水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化テトラメチルアンモニウムの群、それぞれの群の範囲内においては、2または3の化合物を含む水溶液を用いても良い。
【0031】
フッ化水素酸、フッ化アンモニウム、リン酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化テトラメチルアンモニウムから選ばれる少なくとも1種の水溶液での洗浄条件としては、たとえば被処理炭素繊維を15〜80℃の範囲において液体に浸漬させるだけでもよいが、より好ましくは洗浄処理において液体に超音波などを与えるのがよい。また、繊維表面に液体を十分に接触させるために、好ましくは5分間以上かけて洗浄するとよい。ただし、洗浄処理にあまりに長い時間をかけると生産効率を阻害するので、1時間も洗浄すれば十分である。ただし、ここでも、液体による洗浄処理に超音波を用いる場合は、洗浄を行っている液体の温度が時間とともに上昇することが多いため、液温が上昇しすぎないよう温度制御手段を備えるようにした方がよい。また、フッ化水素酸またはフッ化アンモニウム、リン酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化テトラメチルアンモニウムから選ばれる少なくとも1種の水溶液での洗浄処理を行った場合には、その後、水洗を行うことが望ましい。
【0032】
本発明においては、被処理炭素繊維を以上のような洗浄工程を経た後に、表面電解処理を行う。表面電解処理とは、酸、アルカリなどの電解質の水溶液である電解液中で被処理炭素繊維を陽極とし、陰極との間に直流電流を通じたときに、陽極である被処理炭素繊維側で起こる酸化反応を利用して、炭素繊維表面に官能基を付与する処理である。
【0033】
先に、炭素繊維表面を洗浄することの意味について、概略を述べたが、ここで表面電解処理の前処理としての洗浄工程の意味について、さらに詳しく説明する。表面電解処理を行う際には、焼成工程までに付着した炭化水素などの付着物(典型的には前述した昇温脱離−質量分析法による質量数が41および43である発生ガスとして検出される成分)が被処理炭素繊維表面に残っていると、表面電解処理による官能基付与が十分に行き届くことが困難となる結果、炭素繊維とマトリクス樹脂などの界面接着に有効なカルボキシル基などの反応性官能基を炭素繊維表面に十分に生成することが難しくなるものと考えられる。従って、炭化水素の溶解性に優れ、効果的に除去できることから、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、ケトン類、エステル類、アルコール類から選ばれる少なくとも1種の有機液体による洗浄処理が有効であるものと考えられる。このように炭化水素を除去することで、層間剪断強度(以下、ILSS)などの炭素繊維とマトリクス樹脂の界面接着を高めることが可能であることを見出したが、炭化水素などの付着物が除去された後においても、被処理炭素繊維表面に炭素繊維前駆体繊維の油剤由来のケイ素化合物が多く残っていると、炭素繊維表面を表面電解処理して官能基を付与する際に、その残存ケイ素化合物が障害となり、炭素繊維表面にマトリクス樹脂との界面接着に有効な官能基を十分に生成することが困難となる場合があることも見出した。かかる場合には、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、ケトン類、エステル類、アルコール類から選ばれる少なくとも1種の有機液体での洗浄処理で炭化水素などの付着物に対する洗浄を行った後、さらに、フッ化水素酸、フッ化アンモニウム、リン酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化テトラメチルアンモニウムから選ばれる少なくとも1種の水溶液により残存しているケイ素化合物に対する洗浄を行う工程を組み合わせた洗浄を行った後に表面電解処理を行うことにより、ILSSなどの炭素繊維とマトリクス樹脂の界面接着を高めることができることもまた見出したものである。なお、従来、フッ化水素酸、フッ化アンモニウム、リン酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化テトラメチルアンモニウムから選ばれる少なくとも1種の水溶液により残存しているケイ素化合物に対する洗浄を行うことにより、ケイ素化合物を低減できてもILSSなどの炭素繊維とマトリクス樹脂の界面接着を高めることはできなかったが、本発明の、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、ケトン類、エステル類、アルコール類から選ばれる少なくとも1種の有機液体での洗浄処理で炭化水素などの付着物に対する洗浄を行った後、処理することにより、さらにILSSなどの炭素繊維とマトリクス樹脂の界面接着をさらに高めることを見出したことは、特筆すべき点である。
【0034】
以上のように、本発明では、表面電解処理前に十分洗浄するものであるため、続く表面電解処理で使用する電解液は、特に限定せず、一般に使用される酸性またはアルカリ性の水溶液を用いることができ、このような電解質として、酸性水溶液であれば、硫酸、硝酸が、アルカリ性水溶液であれば、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、重炭酸アンモニウムがそれぞれ好ましく使用される。電解液のpHは特に限定されるものではないが、酸性水溶液ならば3〜5、アルカリ性水溶液では8〜10のpHであることが好ましい。
【0035】
表面電解処理で採用する電解電気量の総量は、炭素繊維1g当たり3〜250クーロン/gであることが好ましい。電解電気量の総量が3クーロン/g未満であると、炭素繊維表面に十分に官能基量を付与できない場合があり、汚染物の付着有無に関係なく、十分な接着強度が得られない可能性がある。一方、電解電気量の総量が250クーロン/gを超えると繊維の表層を損傷する場合があり、かえって接着強度が低下してしまう可能性がある。
【0036】
本発明では、表面電解処理を行った後、水洗、乾燥され、必要に応じてサイジング剤が付与されて炭素繊維が得られる。
【実施例】
【0037】
以下、実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。なお、実施例中の測定方法は下記の通りとした。
【0038】
<昇温脱離−質量分析による発生ガス量の測定>
測定試料として、洗浄前後の被処理炭素繊維を各々250mg程度採取した。その各々について、昇温脱離−質量分析装置を用いて、試料を加熱装置にセットした後、キャリアーガス(ヘリウム)を20分以上流してから発生ガスの質量分析測定を行った。測定条件は次のとおりとした。
・加熱条件:室温〜1000℃
・昇温速度:20℃/min.
・質量数範囲:10〜300
・雰囲気:ヘリウム流 (50ml/min.)
質量数41と43の発生ガス量の総和を求め、洗浄前をA(wtppm)と洗浄後をB(wtppm)として、次の関係式より、質量数41と43の発生ガス量の総和の減少率を求めた。
質量数41と43の発生ガス量の総和の減少率(質量%)=(A−B)÷A×100
なお、本実施例では、昇温脱離−質量分析装置として、島津製作所製のGC/MS QP5050Aに電気加熱炉を付属させたものを使用した。
【0039】
<ICP発光分光分析によるケイ素量の測定>
測定試料として、洗浄前後の被処理炭素繊維を各々500mg採取した。その各々について秤量した後、試料を白金るつぼに入れ、電気炉において800℃で加熱し灰化した。その灰分に炭酸ナトリウムを加えバーナーで融解後、純水および硝酸で溶解してガラス製100mLメスフラスコに定容する。この溶液について、ICP発光分光分析法でケイ素を定量して、洗浄前後の試料中の含有量を求めた。なお、本実施例では、ICP発光分光分析装置としては、エスアイアイ・ナノテクノロジー製のSPS3000を使用した。
【0040】
<層間剪断強度(ILSS)の測定>
炭素繊維と樹脂との接着力の指標として、下記の方法によるショートスパン3点曲げ試験によって、ILSSを測定した。
【0041】
炭素繊維を金枠に巻き取り、それを凹凸かみ合わせの溝幅6mmの凹側金型に入れ、次のエポキシ樹脂組成物を流し込んだ。硬化に先だち、樹脂中の気泡を除くために、80℃に加熱し、真空(10mmHg以下)下、4時間脱泡処理を行った。
(エポキシ樹脂組成物)
・ビスフェノールA型エポキシ樹脂:100質量部(jER(登録商標)828、エポキシ当量184〜194、ジャパンエポキシレジン(株)製)
・3フッ化ホウ素モノエチルアミン:3部
厚さ2.5mmのスペーサーを挟んで凹凸金型をかみ合わせ、加圧しながらエポキシ樹脂組成物を硬化させた。硬化条件は下記の通りとした。
【0042】
プレス圧力:4.9MPa
硬化温度:170℃
硬化時間:1時間
更に金型から試験片を取り出した後、170℃、2時間の追熱処理を行った。
【0043】
得られた試験片は次に示すとおりであった。
【0044】
幅:6±0.05mm
厚さ:2.5±0.05mm
長さ:18±1mm
炭素繊維の体積含有率(Vf):60±3%
このようにして得られた試験片を、試験機を用いて、次に示す測定条件でショートスパン3点曲げを実施し、荷重を求めた。
【0045】
(測定条件)
支点間距離:試験片の厚みの4倍
支点:3.2mmφ
上部圧子:6.35mmφ
クロスヘッド速度:1.3mm/分
測定雰囲気:24±2℃、50±10%RH
なお、本実施例では、試験機としてインストロン5565型万能試験機を用いた。
【0046】
次に、得られた荷重と試験片サイズより、下式により剪断強度を計算した。
【0047】
剪断強度(MPa)=3×荷重(KN)/(4×厚み(mm)×幅(mm))×1000
本実施例では、得られた値をVf60%に換算し、測定数n=5の平均を試験結果とした。
【0048】
(実施例1)
アクリロニトリル99.5モル%、イタコン酸0.5モル%からなる、アクリロニトリル共重合体を用いて乾湿式紡糸法により単繊維繊度0.8dtex、単繊維数が24,000本のアクリル系前駆体繊維を得た。この前駆体繊維には、アミノ変性シリコーンからなるシリコーン系油剤を、炭素繊維の質量100質量%に対して1.1質量%付与した。なお、本油剤付着量は、特開2000−146776に規定された方法において規定される測定法で確認できる。
【0049】
このようにして得られた前駆体繊維束を、240〜280℃の空気雰囲気中で加熱して耐炎化繊維束とした。次に、窒素雰囲気中、300℃以上800℃以下の温度領域で前炭化処理し、さらに、窒素雰囲気中、1350℃の最高温度で炭化処理することにより、被処理炭素繊維を得た。得られた被処理炭素繊維について、昇温脱離−質量分析とICP発光分光分析を行った。
【0050】
次に、この被処理炭素繊維をヘキサン中に室温(25℃)で5分間浸漬洗浄させ、乾燥機(100℃)で乾燥してヘキサンを除去した。乾燥後の被処理炭素繊維を、昇温脱離−質量分析とICP発光分光分析を行った。これらの測定結果を表1に示す。この後、電気伝導度が18ms、pHが4.0に調製された硫酸水溶液にローラー(塩化ビニール製、外径100mm、溝なしフラットロール)を介しながら4秒間浸漬させた後、20クーロン/gの電気量で表面電解処理を施した。この後、水洗工程を経て150℃に温調された乾燥機で水分を蒸発させ、サイジング工程においてエポキシ樹脂を主成分とするサイジング剤を、炭素繊維に0.5質量%付与し、さらに200℃に温調された乾燥機でサイジング剤を乾燥させ、炭素繊維を得た。得られた炭素繊維について、ILSSを測定した。このときの質量数41と43の発生ガス量の総和の減少率は28質量%であり、ケイ素減少率は5質量%、ILSSは105MPaであった。この測定結果を表1に示す。
【0051】
(実施例2)
ヘキサンに替えてアセトンを用いた以外は、実施例1と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維の昇温脱離−質量分析、ICP発光分光分析、およびILSS測定結果を表1に示す。
【0052】
(実施例3)
ヘキサン中での浸漬洗浄に際して超音波を併用した以外は、実施例1と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維の昇温脱離−質量分析、ICP発光分光分析、およびILSS測定結果を表1に示す。
【0053】
(実施例4)
ヘキサンを除去した後、表面電解処理する前に、さらにpH3のフッ化水素酸水溶液に5分間浸漬洗浄した後、10分間の純水による水洗を行った以外は、実施例1と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維の昇温脱離−質量分析、ICP発光分光分析、およびILSS測定結果を表1に示す。
【0054】
(実施例5)
pH3のフッ化水素酸水溶液に替えて、pH13の水酸化ナトリウム水溶液を用いた以外は、実施例4と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維の昇温脱離−質量分析、ICP発光分光分析、およびILSS測定結果を表1に示す。
【0055】
(実施例6)
pH3のフッ化水素酸水溶液に替えて、pH4のリン酸水溶液を用いた以外は、実施例4と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維の昇温脱離−質量分析、ICP発光分光分析、およびILSS測定結果を表1に示す。
【0056】
(実施例7)
アセトンを除去した後、表面電解処理する前に、さらにpH6のフッ化アンモニウム水溶液を用いた以外は、実施例4と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維の昇温脱離−質量分析、ICP発光分光分析、およびILSS測定結果を表1に示す。
【0057】
(実施例8)
pH6のフッ化アンモニウム水溶液に替えて、pH13の水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液を用いた以外は、実施例7と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維の昇温脱離−質量分析、ICP発光分光分析、およびILSS測定結果を表1に示す。
【0058】
(実施例9)
ヘキサンによる洗浄時間を1分とした以外は、実施例1と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維の昇温脱離−質量分析、ICP発光分光分析、およびILSS測定結果を表1に示す。
【0059】
(比較例1)
洗浄処理を行わなかった以外は、実施例1と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維のILSS測定結果を表1に示す。この炭素繊維のILSSの値は、実施例1と比べると低い結果であった。
【0060】
(比較例2)
ヘキサン中での洗浄処理時間を5分間から10秒間に変更した以外は、実施例1と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維の昇温脱離−質量分析、ICP発光分光分析、およびILSS測定結果を表1に示す。洗浄前後における質量数41と43の発生ガス量の総和の減少率は4質量%であり、ILSSの値も実施例1と比べると低い結果であった。
【0061】
(比較例3)
ヘキサン中での浸漬洗浄に替えて、pH3のフッ化水素酸水溶液に5分間浸漬洗浄した後、10分間の純水による水洗を行った以外は、実施例1と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維の昇温脱離−質量分析、ICP発光分光分析、およびILSS測定結果を表1に示す。ILSSの値は、実施例1や実施例4に比べると低い結果であった。
【0062】
(比較例4)
ヘキサン中での浸漬洗浄に替えて、pH13の水酸化ナトリウム水溶液に5分間浸漬洗浄した後、10分間の純水による水洗を行った以外は、実施例1と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維の昇温脱離−質量分析、ICP発光分光分析、およびILSS測定結果を表1に示す。ILSSの値は、実施例1や実施例5に比べると低い結果であった。
【0063】
(比較例5)
ヘキサン中での浸漬洗浄を行わず、pH4のリン酸水溶液に5分間浸漬洗浄した後、10分間の純水による水洗を行った以外は、実施例1と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維の昇温脱離−質量分析、ICP発光分光分析、およびILSS測定結果を表1に示す。ILSSの値は、実施例1や実施例6に比べると低い結果であった。
【0064】
(比較例6)
ヘキサン中での浸漬洗浄を行わず、pH6のフッ化アンモニウム水溶液に5分間浸漬洗浄した後、10分間の純水による水洗を行った以外は、実施例1と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維の昇温脱離−質量分析、ICP発光分光分析、およびILSS測定結果を表1に示す。ILSSの値は、実施例1や実施例7に比べると低い結果であった。
【0065】
(比較例7)
ヘキサン中での浸漬洗浄を行わず、pH13の水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液に5分間浸漬洗浄した後、10分間の純水による水洗を行った以外は、実施例1と同様の方法で炭素繊維を得た。この炭素繊維の昇温脱離−質量分析、ICP発光分光分析、およびILSS測定結果を表1に示す。ILSSの値は、実施例1や実施例8に比べると低い結果であった。
【0066】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
被処理炭素繊維を、昇温脱離−質量分析による質量数41である発生ガス量と質量数43である発生ガス量の総和の減少率が10質量%以上となるよう液体で洗浄処理した後、表面電解処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法。
【請求項2】
前記洗浄処理が、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、ケトン類、エステル類、アルコール類から選ばれる少なくとも1種の有機液体での洗浄処理を含む、請求項1に記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項3】
前記洗浄処理が、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、ケトン類、エステル類、アルコール類から選ばれる少なくとも1種の有機液体での洗浄処理と、それに引き続くフッ化水素酸、フッ化アンモニウム、リン酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化テトラメチルアンモニウムから選ばれる少なくとも1種の水溶液での洗浄処理とを含む、請求項1に記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項4】
前記洗浄処理により、ICP発光分光分析におけるケイ素量の減少率を10質量%以上とする、請求項3に記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項5】
前記有機液体は、その沸点が50〜100℃の範囲内である、請求項2〜4のいずれかに記載の炭素繊維の製造方法。

【公開番号】特開2008−138349(P2008−138349A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−285863(P2007−285863)
【出願日】平成19年11月2日(2007.11.2)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】