説明

炭素繊維基材及び炭素繊維強化プラスチック

【課題】CFRPの層間の剥離強さ(層間剪断強さ)を向上させることのできる炭素繊維基材、及びCFRPを提供すること。その上で、望ましくは、構成する炭素繊維マルチフィラメント糸の所望の強度を維持することのできる炭素繊維基材、及び所望の強度を維持することのできるCFRPを提供すること。
【解決手段】炭素繊維強化プラスチック用の炭素繊維基材であって互いに交差する炭素繊維マルチフィラメント糸の経糸と緯糸とで形成されている炭素繊維基材において、積層面のうちの少なくとも一方が前記炭素繊維マルチフィラメント糸の一部のフィラメントを切断して形成された毛羽を有すると共に前記経糸に形成された毛羽の総毛羽長と前記緯糸に形成された毛羽の総毛羽長とが不等であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維強化プラスチック(以下、本明細書では「CFRP」と称する。)用の炭素繊維基材であって互いに交差する炭素繊維マルチフィラメント糸の経糸と緯糸とで形成されている炭素繊維基材、及びこのような炭素繊維を複数枚積層して製造されるCFRPに関する。
【0002】
また、本出願でいう「CFRP」は、マトリックス樹脂として熱硬化性樹脂、又は熱可塑性樹脂を使用して、オートクレーブ成型、ハンドレイアップ成型、RTM成型、ホットプレス成型等によって炭素繊維基材を積層して製造されるCFRP製品全般をいう。そして、本出願でいう「炭素繊維基材」とは、このようなCFRP製品全般を製造するために用いられる織物をいう。
【背景技術】
【0003】
マトリックス樹脂と炭素繊維基材の織物とから成るプリプレグを、2枚以上積層して製造されるCFRPとして、特許文献1に記載された技術が知られている。
【0004】
そして、特許文献1には、力学的特性の向上を目的として、扁平で実質的に撚りが無い強化繊維マルチフィラメント糸を用いた技術が、記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−243147号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記特許文献1の技術では、力学的特性の向上のみを目的として、扁平な強化繊維マルチフィラメント糸が採用されているが、CFRP製品の寿命については、CFRPを構成する炭素繊維基材層と炭素繊維基材層との層間の剥離強さ(以下、「層間の剥離強さ」と称する。)に左右されるという事実がある。従って、CFRP製品の寿命を延ばす為には、層間の剥離強さを向上させる必要がある。
【0007】
ただし、従来の技術においては、炭素繊維基材から成るCFRP製品の寿命を延ばすべく、CFRP層間の剥離強さを向上させることを目的とした技術は存在しなかった。
【0008】
本発明は、上記実情を考慮して創作されたもので、その目的は、CFRPの層間の剥離強さを向上させることのできる炭素繊維基材、及びCFRPを提供することである。
【0009】
なお、CFRPの層間の剥離強さを評価する方法として、JISに規定されている「炭素繊維強化プラスチックの層間せん断試験方法」がある。層間せん断強さとは、CFRP積層板の層と層とを平行にずらす方向のせん断に対する強さをいい、本発明の目的であるCFRPの層間の剥離強さを向上させることと、CFRPの層間せん断強さを向上させることとは同義である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明による炭素繊維基材は、互いに交差する炭素繊維マルチフィラメント糸の経糸と緯糸とで形成されているCFRP用の炭素繊維基材であって、積層面のうちの少なくとも一方が前記炭素繊維マルチフィラメント糸の一部のフィラメントを切断して形成された毛羽を有すると共に前記経糸に形成された毛羽の総毛羽長と前記緯糸に形成された毛羽の総毛羽長とが不等であることを特徴とする。
【0011】
なお、前記で言う「積層面」とは、CFRPを製造すべく前記炭素繊維基材を積層する際において、他の炭素繊維基材に対向する面を指す。従って、CFRPの最も表面側及び裏面側を除く中間層に使用される炭素繊維基材については、その炭素繊維基材における表側の面および裏側の面の2面が積層面となる。すなわち、CFRPの中間層に位置する炭素繊維基材については、2つの積層面を有する。一方、CFRPの最表面を形成する2枚の炭素繊維基材については、その炭素繊維基材における他の炭素繊維基材に対向する1面だけが積層面となり、1つの積層面のみを有するものとなる。なお、前記「積層面のうちの少なくとも一方」について、上記した最表面を形成する2枚の炭素繊維基材の場合は、1つの積層面しか有していないため、その積層面が前記で言う一方の積層面となる。
【0012】
また、前記で言う「総毛羽長」とは、単位面積(例えば、1cm2)あたりに存在する毛羽の総全長(各毛羽の長さの合計)のことであり、毛羽密度(単位面積あたりの毛羽数)に平均毛羽長(全毛羽の長さの平均値)を乗じた値である。具体的には、次式の通り、「総毛羽長=毛羽密度×平均毛羽長」と計算する。
【0013】
さらに、前記でいう「交差」とは、本発明の場合は、経糸と緯糸とが直交する(90°で交わる)場合に限られず、両糸が90°以外の角度で交わるものも含む。なお、経糸を基準とする場合において、緯糸が経糸と直交する方向に対し角度を成している場合、便宜上緯糸と称するが純粋な緯糸ではなく、経糸方向の成分を有するものとなる。何故なら、経糸と直交する方向に対する緯糸の成す角度が大きくなると、その緯糸は、より経糸に近い状態となるからである。従って、経糸と直交する方向に対し緯糸が角度を成している場合は、その緯糸に形成される毛羽は、上記角度に応じて緯糸方向の毛羽(成分)と経糸方向の毛羽(成分)とに分けられる。例えば、緯糸に形成された毛羽は、緯糸が経糸と直交する方向に対し30°の角度を成している場合、その緯糸全体の毛羽のうちの約36%は経糸方向の毛羽となる。
【0014】
一般的な繊維製品の場合、その繊維製品を構成する糸に毛羽が生じていると繊維製品の生産性や品質に悪影響を与えることから、従来においては、繊維製品を製造するにあたり、いかにして毛羽の発生を抑えるかということについて数々の工夫がなされている。すなわち、従来においては、繊維製品を構成する糸に毛羽を発生させないという考え方が常識となっている。しかし、本発明では、逆にこの毛羽を積極的に形成して、炭素繊維基材を用いて製造したCFRPの層間の剥離強さを向上している。
【0015】
ただし、前記層間の剥離強さを向上させるために炭素繊維基材を構成する炭素繊維マルチフィラメント糸の一部のフィラメントを切断した場合、CFRPの層間剥離強さは向上するものの、その反面、炭素繊維マルチフィラメント糸自身の強度が低下して炭素繊維基材自体の強度が低下してしまうため、その炭素繊維基材を積層して得られるCFRPの強度もそれに応じて低下することになる。
【0016】
一方、本発明の発明者らは、そのCFRPを用いた最終製品において、特定の方向の強度が優先される場合があることに着目し、前記のようにCFRPの層間の剥離強さを向上させることができるように、そのCFRPの製造に用いられる炭素繊維基材に毛羽を形成しつつも、炭素繊維基材を構成する経糸及び緯糸の一方の方向における強度を他方の方向よりも高くすべく、経糸及び緯糸に対する毛羽の形成状態を不等としたものである。
【0017】
また、本発明による炭素繊維基材において、毛羽を形成するためにフィラメントを切断しつつも、経糸及び緯糸の一方の糸の方向に関する強度を、毛羽のない炭素繊維基材と比べて低下させないようにすべく、前記不等の割合について、経糸及び緯糸のうちの一方の糸の方向に関する総毛羽長を経糸及び緯糸の総毛羽長の合計の20%未満とすることが好ましい。
【0018】
なお、前記のように、本発明は、経糸と緯糸とが90°以外の角度を成して交差するものも含み、その場合は、一方の糸の方向を基準として考えた場合、他方の糸に形成された毛羽は、その角度に応じて一方の糸の方向の成分とそれに直交する方向の成分とに分けられる。従って、例えば、経糸方向を基準として考えた場合において、緯糸のフィラメントのみを切断して毛羽を得る場合、経糸方向と直交する方向に対し緯糸が成す角度は、緯糸に形成された毛羽の経糸方向に関する成分が20%未満となる角度まで許容されるものであり、具体的には、その角度は経糸方向に対する直交(90°)方向から±約33.7°未満の範囲となる。
【0019】
このように、本発明においては、前記20%未満を達成する上で、単に一方の方向の糸に形成される毛羽の総毛羽長を全体の20%未満とするものに限らず、他方の糸の方向成分との兼ね合いで20%未満とする場合も含む。例えば、前述した緯糸が経糸と直交する方向に対し30°の角度を成している場合、緯糸に形成された毛羽のうちの経糸方向の成分は約36%であり、その場合において経糸に毛羽が形成されていない(経糸における経糸方向の毛羽が0%)状態であれば、経糸方向の毛羽の割合は、基材全体に対する割合で考えると18%程度となり、前記20%未満を満たすものとなる。
【0020】
また、本発明による炭素繊維強化プラスチックは、前記炭素繊維基材を複数枚積層して製造される炭素繊維強化プラスチックであって、その複数枚の炭素繊維基材のうちの少なくとも一枚を前記した本発明による炭素繊維基材とし、その上で、毛羽が形成された前記炭素繊維基材を、前記経糸及び前記緯糸のうちの前記総毛羽長の短い方が炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向に対し45°以内の角度を成して積層されていることを特徴とする。
【0021】
なお、前記でいう「炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向」とは、その炭素繊維強化プラスチックを用いた最終製品との関係において炭素繊維強化プラスチック単体における曲げ強さが求められる方向を指す。詳しくは、前述のように炭素繊維強化プラスチックを用いた最終製品において特定の方向の曲げ強さが優先される場合があり、その設計で最終製品として曲げ強さが求められる方向が設定されると、最終製品を構成する各炭素繊維強化プラスチックについても、最終製品に配置される各炭素繊維強化プラスチックの位置に応じて曲げ強さが求められる方向が設定されるため、前記「強度が求められる方向」となる。そして、各炭素繊維強化プラスチックは、その方向に関する各炭素繊維強化プラスチックとして求められる曲げ強さを満たすように、炭素繊維基材を積層されて製作される。
【0022】
また、本発明による炭素繊維強化プラスチックにおいて、毛羽を形成した前記炭素繊維基材における炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向に関する総毛羽長の合計を、前記経糸及び前記緯糸の総毛羽長の合計の20%未満とすることが好ましい。
【0023】
なお、前記でいう「強度が求められる方向に関する総毛羽長」とは、炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向に対して、炭素繊維基材の毛羽を有する経糸及び緯糸が角度を為す場合に、経糸及び緯糸の総毛羽長を相当する強度が求められる方向の総毛羽長に換算した値を指し、その算出は、以下の通りである。
【0024】
炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向に対して、毛羽を有する炭素繊維基材の糸が角度を為す場合、その炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向の成分(割合)によって、相当する総毛羽長を算出する。例えば、緯糸のみに毛羽の有る炭素繊維基材について、緯糸の方向を炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向に対して45°の角度で配置した場合、次式の通り、「緯糸の総毛羽長における前記強度が求められる方向に関する総毛羽長=緯糸の総毛羽長×sin45°/(sin45°+cos45°)=緯糸の総毛羽長における50%」と計算して、強度が求められる方向に関する総毛羽長を算出するものとする。
【0025】
さらに、本発明による前記炭素繊維強化プラスチックにおいて、前記毛羽を形成した前記炭素繊維基材における前記経糸及び前記緯糸のうちの一方の総毛羽長を前記経糸及び前記緯糸の総毛羽長の合計の20%未満とし、その炭素繊維基材が前記一方の糸をCFRPとして強度が求められる方向に向けて積層されるものとしてもよい。
【発明の効果】
【0026】
本発明の炭素繊維基材によれば、積層面のうちの少なくとも一方が炭素繊維マルチフィラメント糸の一部のフィラメントを切断して形成された毛羽を有するため、積層に使用されるマトリックス樹脂と炭素繊維基材との接触面積が、積層面に毛羽のない炭素繊維基材に対して増加するので、炭素繊維基材を用いて製造したCFRPの層間の剥離強さが向上する。
【0027】
また、本発明の炭素繊維基材によれば、特に、経糸に形成された毛羽の総毛羽長と緯糸に形成された毛羽の総毛羽長とが不等であるため、切断によって強度が低下するものの、その強度低下の割合を経糸と緯糸とで異ならせることができる。これにより、CFRPとして積層する際の炭素繊維基材の向きにより、CFRPとして強度の求められる方向に関する強度を、経糸の総毛羽長と緯糸の総毛羽長とが等しい炭素繊維基材と比べて向上させることができるので、CFRP製品の設計が容易になる。
【0028】
さらに、本発明の炭素繊維基材において、経糸及び緯糸のうちの一方の糸の方向に関する総毛羽長を経糸及び緯糸の総毛羽長の合計の20%未満とすることにより、一方の糸の方向の強度を、毛羽が形成されていない炭素繊維基材と比べて同程度かそれ以上とすることができるため、そのような炭素繊維基材を用いてCFRPを製造することにより、層間剥離強さを向上させつつも、強度が求められる方向における強度を所望のレベルとしたCFRPを製造することが可能となる。
【0029】
より詳しくは、経糸に対し緯糸を織り込んだ状態で形成された炭素繊維基材においては、経糸と緯糸との他方の糸における一部のフィラメントを切断することにより、他方の糸の張力が緩和され、一方の糸のクリンプ部(弓なりに湾曲する部分)に発生するクリンプ応力が緩和される影響を受けて、一方の糸の強度が向上する。その結果、一方の糸についても一部のフィラメントを切断して毛羽を形成する場合であっても、そのフィラメントの切断によって一方の糸の方向における強度は低下するものの、その毛羽の割合が積層面における全毛羽の20%未満であれば、前記クリンプ応力の緩和による一方の糸の強度の向上により、一方の糸の方向の強度を、積層面に毛羽のない炭素繊維基材と比べて同程度かそれ以上とすることができ、そのような炭素繊維基材を用いれば、層間剥離強さを向上させつつも、強度が求められる方向における曲げ強さを所望のレベルとしたCFRPを製造することが可能となる。
【0030】
また、本発明の炭素繊維強化プラスチックによれば、その炭素繊維強化プラスチックを構成する複数枚の炭素繊維基材のうちの少なくとも一枚が積層面のうちの少なくとも一方に炭素繊維マルチフィラメント糸の一部のフィラメントを切断して得た毛羽を有するので、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを積層した炭素繊維強化プラスチックと比べ、前記積層面における層間剥離強さが向上する。しかも、本発明の炭素繊維強化プラスチックによれば、特に、前記経糸に形成された前記毛羽の総毛羽長と前記緯糸に形成された前記毛羽の総毛羽長とが不等、且つ、前記経糸及び前記緯糸のうちの前記総毛羽長の短い方が炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向に対し45°以内の角度を成して積層されるので、経糸の総毛羽長と緯糸の総毛羽長とが等しい炭素繊維強化プラスチックと比べ、前記強度が求められる方向に関する総毛羽長を、短くすることができ、炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向に関する曲げ強さを向上させることができる。
【0031】
また、本発明による炭素繊維強化プラスチックにおいて、毛羽を形成した炭素繊維基材における炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向に関する総毛羽長の合計を、経糸及び緯糸の総毛羽長の合計の20%未満とすることにより、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを積層した炭素繊維強化プラスチックと比べ、炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向に関する曲げ強さを低下させることなく、積層面における層間剥離強さを向上することができる。
【0032】
さらに、本発明による炭素繊維強化プラスチックにおいて、毛羽を形成した炭素繊維基材における経糸及び緯糸のうちの一方の総毛羽長が経糸及び緯糸の総毛羽長の合計の20%未満とされ、その炭素繊維基材が前記一方の糸を炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向に向けて積層されることにより、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを積層した炭素繊維強化プラスチックと比べ、炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向の曲げ強さを低下させることなく、積層面における層間剥離強さを向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】予備試験結果であって、経緯比率0%の炭素繊維基材で製造されたCFRPに対する総毛羽長と物性比率との関係を示すグラフである。
【図2】本試験結果であって、総毛羽長60cmの炭素繊維基材で製造されたCFRPに対する経緯比率と物性比率との関係を示すグラフである。
【図3】本試験結果であって、総毛羽長90cmの炭素繊維基材で製造されたCFRPに対する経緯比率と物性比率との関係を示すグラフである。
【図4】本試験結果であって、総毛羽長180cmの炭素繊維基材で製造されたCFRPに対する経緯比率と物性比率との関係を示すグラフである。
【図5】本発明の炭素繊維基材の実施例の一部を示す平面図である。
【図6】図5のA−A線断面図である。
【図7】図5のB−B線断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下に、本発明の一実施例について、図1〜7を用いて説明する。なお、図5〜図7は、本発明が適用される炭素繊維基材及び本発明の繊維強化プラスチック(CFRP)に用いられる炭素繊維基材を示すものであって、図5は、その炭素繊維基材における実施例の一部を拡大した平面図であり、図6、図7は、図5のA−A線断面図、B−B線断面図である。但し、本実施例における炭素繊維基材1は、経糸2、緯糸3ともに炭素繊維マルチフィラメント糸のみを用いた平織組織の織物とする。従って、本実施例は、経糸2と緯糸3とが90°の角度で交差する(直交する)炭素繊維基材1の一例を示している。
【0035】
また、本実施例におけるCFRPは、複数積層されている炭素繊維基材1における積層面のそれぞれに毛羽を有するものとし、経糸2及び緯糸3のうちの少なくとも緯糸3における炭素繊維マルチフィラメント糸の一部のフィラメントを切断して毛羽が形成されているものとする。但し、図示の炭素繊維基材1は、CFRPの最表面(最も表側及び裏側)に位置するものを除く中間層に使用されるものを示している。なお、この中間層に位置する炭素繊維基材1の場合は、その両面、すなわち、図示の面5及び面6の2面が積層面である。一方、図示しないが、CFRPの最表面に位置する2枚の炭素繊維基材1については、その炭素繊維基材1における他の炭素繊維基材1と対向する1面のみが積層面となる。
【0036】
さらに、本実施例におけるCFRPは、各炭素繊維基材1が糸の方向を揃えて積層されて構成されているものとする。因みに、本実施例における炭素繊維基材1の経糸2及び緯糸3の断面形状は、図6、7に示すような上下方向に潰れた扁平形状であり、毛羽4は、糸を形成するフィラメントの一部を、積層面としての面5及び面6のそれぞれの表面側から切断し、周知の方法で毛羽立たせることによって行われる。
【0037】
その上で、本実施例におけるCFRPは、そのCFRPを構成する各炭素繊維基材1の層間剥離強さを高めるべく、その積層面に形成される毛羽について、経糸2に形成された毛羽の総毛羽長を、積極的に、経糸2及び緯糸3に形成された毛羽の総毛羽長の合計の20%未満となるようにしたものであり、それによって各炭素繊維基材1における経糸2の方向における強度を、積層面に毛羽のない炭素繊維基材と比べて低下させることのないものとしている。
【0038】
そして、それにより、そのような各炭素繊維基材1が糸の方向を揃えて積層されたCFRPは、そのCFRPを構成する全炭素繊維基材1の積層面に形成された毛羽の合計において、経糸2に形成された毛羽の総毛羽長が経糸2及び緯糸3に形成された毛羽の総毛羽長の合計の20%未満となっており、経糸方向における曲げ強さも積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを積層したCFRPと比べて低下しないものとなる。また、本実施例の場合、そのCFRPを用いて最終製品を製造するにあたり、その最終製品において強度が求められる方向と、そのCFRPを構成している炭素繊維基材1の経糸方向とが一致するようにCFRPが用いられるものであり、従って、その経糸2の方向が、最終製品のためにCFRPとして強度が求められる方向となる。
【0039】
以下では、本実施例のCFRPに関する経糸2の方向における曲げ強さと毛羽の状態との関係について、試験結果に基づいて説明する。
【0040】
なお、以下の説明では、前記したような経糸2の方向に関する総毛羽長が、経糸及び緯糸に形成された毛羽の総毛羽長の合計に占める比率を、「経緯比率」と称する。従って、本実施例のようにCFRPとして強度が求められる方向を炭素繊維基材の経糸方向と一致させ、且つ、炭素繊維基材の経糸と緯糸とが直交する場合には、「経緯比率」は、積層面における経糸方向に関する総毛羽長をY、積層面における緯糸方向に関する総毛羽長をXとすると、下式で求められる。
経緯比率(%)=Y÷(X+Y)×100
【0041】
例えば、経糸2には毛羽を形成せずに緯糸3にのみ毛羽を形成した場合、積層面の単位面積(例えば、1cm2)当たりの経糸2における総毛羽長はY=0cmであり、緯糸3における総毛羽長X(>0cm)との比率は0:100であるため、前記の経緯比率0%となる。
【0042】
また、以下の試験では、CFRPを対象として、そのCFRPにおける総毛羽長と物性比率との関係、及びCFRPにおける経緯比率と物性比率との関係を求めている。但し、CFRPにおける総毛羽長と物性比率との関係について、本実施例では、CFRPを構成する各炭素繊維基材1における積層面の総毛羽をほぼ同じ長さとしており、従って、CFRPとしての総毛羽長に対する物性比率の評価は、炭素繊維基材1単体における総毛羽長に対する物性比率の評価と比例しているため、そのCFRPの評価を各炭素繊維基材1単体の評価として代替えすることができる。
【0043】
また、CFRPにおける経緯比率と物性比率の関係についても、本実施例では、各炭素繊維基材1の糸の方向を揃えた状態で積層してCFRPを形成しており、且つ、各炭素繊維基材1の積層面における経緯比率をほぼ同じとしており、これにより、CFRPとしての経緯比率に対する物性比率の評価は、炭素繊維基材1単体における経緯比率に対する物性比率の評価と比例したものとなっており、そのCFRPの評価を各炭素繊維基材1単体の評価として代替えすることができる。
【0044】
〔予備試験〕
炭素繊維機材においては、総毛羽長が同じ場合において経緯比率を変化させると、その炭素繊維基材を用いて製造したCFRPの物性が変化することが予想されることから、本試験では、本実施例におけるCFRPについて、どの程度の経緯比率であれば、その炭素繊維基材を用いて製造したCFRPにおいて、CFRPとして強度を求められる方向(経糸方向)で所望の曲げ強さが得られるかを評価すべく、特定の総毛羽長を有するCFRPに対し、種々の経緯比率におけるCFRPの曲げ強さを求めることにした。但し、その本試験の前に、その本試験による評価の裏付けを目的として、一定の経緯比率において総毛羽長を変化させた場合のCFRPの曲げ強さの変化傾向を把握するための予備試験を行うことにした。
【0045】
なお、本実施例では、予備試験及び本試験のいずれについて、経緯比率を変化させた炭素繊維基材を用いて製造したCFRP(毛羽有りサンプル)の曲げ強さに関する絶対的な評価ではなく、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを用いて製造したCFRP(毛羽無しサンプル)の曲げ強さとの比較による相対的な評価とする。従って、種々の経緯比率の前記毛羽有りサンプル、及び前記毛羽無しサンプルに対し行った曲げ強さに関する試験の結果から、下式により両者の曲げ強さ比率を求め、それを評価に用いるものとする。
曲げ強さ比率(%)=各毛羽有りサンプルの曲げ強さ÷毛羽無しサンプルの曲げ強さ×100
【0046】
また、本実施例では、参照データとして、前記毛羽有りサンプルと前記毛羽無しサンプルとの層間剥離強さについても比較するものとし、その比較のために層間剥離強さ比率も求めている。そして、その層間剥離強さ比率は、下式によって求められる。
層間剥離強さ比率(%)=各毛羽有りサンプルの層間剥離強さ÷毛羽無しサンプルの層間剥離強さ×100
【0047】
まず、予備試験では、評価用の炭素繊維基材として、以下の表1に示すように、3K、6K、12K糸の炭素繊維マルチフィラメント糸を用いた3K、6K、12Kクロスの3種類を用意した。そして、このような3種類の炭素繊維基材について、経緯比率が0%となるように、緯糸3の一部のフィラメントを切断して毛羽4を形成した。
【表1】

【0048】
因みに、炭素繊維製品では、1000を意味する省略記号「K」を用いて、フィラメント数を表すことがある。つまり、炭素繊維のフィラメント数が3000本であることを「3K」と表記し、3Kの炭素繊維糸で製織した織物を「3Kクロス」と表記することがある。そこで、本実施例の説明では、3K、6K、12Kクロスのことを、3K、16K、12Kの炭素繊維基材と称する。
【0049】
上記予備試験のための毛羽の形成は、以下の手順で行われた。
(1)炭素繊維基材の全部の積層面について所望の総毛羽長となるように、切断ピッチ及び切断深さを調整して、緯糸を構成する炭素繊維マルチフィラメント糸の一部のフィラメントを切断する。例えば、炭素繊維基材毎に切断具合を調整することによって、総毛羽長が0〜250cm/cm2の範囲で所定の長さ増分おきに総毛羽長の異なる炭素繊維基材を製造する。なお、総毛羽長0cm/cm2の炭素繊維基材は、積層面に毛羽のない炭素繊維基材である。
(2)炭素繊維基材の積層面の切断されたフィラメントを起毛する。
(3)顕微鏡による目視で、単位面積(1cm2)あたりの毛羽数をカウントし、単位面積あたりの平均値を算出することにより、平均値毛羽密度(以下、毛羽密度という。)を求める。なお、毛羽密度は、炭素繊維基材の表面及び裏面が積層面である場合には、表面ごと、裏面ごとに別々に算出される。試験では、表面と裏面の毛羽密度を同じレベルとした炭素繊維基材を使用した。
(4)また、切断したフィラメントを起毛することによって形成される毛羽長さの平均、すなわち平均毛羽長は、カウントした全毛羽の長さの平均値を算出することで得られる。簡易な算出方法としては、隣り合う経糸と経糸、又は緯糸と緯糸の間隔に対して1/2の値を、平均毛羽長とする算出方法がある。より具体的に言えば、隣り合う経糸と経糸とのピッチが約2mmであれば、これらの経糸同士の間で、これらに拘束される緯糸を切断すれば、緯糸の平均毛羽長は、ほぼ1mmとなる。
(5)そして、総毛羽長は、毛羽密度に平均毛羽長を乗じて、単位面積あたりに存在する毛羽の総全長として算出することで得られる。
【0050】
以上の手順によって、3K、6K、12Kの3種類の炭素繊維基材を、所定の長さ増分おきの総毛羽長となるようにして多数枚製造した。また、前記3種類の炭素繊維基材について積層面に毛羽のない炭素繊維基材も準備した。
【0051】
前記手順で準備した3K、6K、12Kの毛羽有り、毛羽無しの各炭素繊維基材について、各々の表裏面にマトリックス樹脂としてのビニルエステル樹脂(主材リポキシR806B、硬化剤パーメックN、熱硬化性樹脂)を塗布するハンドレイアップ法により、総毛羽長が同じ炭素繊維基材を所望の枚数積層した。その上で、積層してから24時間放置し、その後に100℃で2時間加熱することにより、マトリックス樹脂を硬化させることにより、積層構造のCFRPを製造した。これによって、経緯比率が0%の3K、6K、12Kの各炭素繊維基材について、所定の長さ増分おきの総毛羽長からなる炭素繊維基材を用いたCFRP、及び、各物性比率(曲げ強さ比率、層間剥離強さ比率)を求めるための比較用としての積層面に毛羽を有さない3K、6K、12Kの各炭素繊維基材を積層したCFRPが製造される。
【0052】
このようにして製造したCFRPをダイヤモンドカッタで切り出して、各サンプルの試験片を作製した。なお、試験片の切り出しサイズについては、層間せん断試験(層間剥離強さを求めるための試験)の試験片は、支点間距離15mmを確保するために10×20×3mmとし、曲げ試験(曲げ強さを求める試験)の試験片は、支点間距離80mmを確保するために:15×100×3mmとしてある。その上で、各サンプルについて、層間せん断試験(JIS K 7078)及び曲げ試験(JIS K 7074)の2種類の予備試験を行った。
【0053】
なお、本実施例では、曲げ試験により、CFRPとしての強度を評価している。これは、一般に構造体に用いられる部材は、曲げ負荷がかかる状況で使用される場合が多いため、部材の曲げ強さは、構造体の設計や評価において重要な強さであるからである。そして、部材に曲げ応力が作用した場合、部材には、引張と圧縮の双方の歪が発生し、部材の破壊は引張強さと圧縮強さのいずれか低い方の強度に依存する。
【0054】
なお、層間せん断試験は、2支点間の方向をサンプルの経糸方向に合わせて行うこととした。ちなみに、層間せん断試験では、2支点間の方向を、サンプルの経糸方向に合わせて行った場合の試験結果とサンプルの緯糸方向に合わせて行った倍の試験結果とを比較すると、双方の試験結果は殆ど変わらない。これは、CFRPにおける層間剥離に破壊の方向性が無いためである。一方、曲げ試験については、2支点間の方向をサンプルの経糸方向に合わせる経方向曲げ試験と、2支点間の方向をサンプルの緯糸方向に合わせる緯方向曲げ試験とを行った。
【0055】
図1のグラフには、前記予備試験の結果として、経緯比率0%の炭素繊維基材で製造されたCFRPに対する総毛羽長と各物性比率との関係が示されている。なお、その予備試験では、層間せん断試験および曲げ試験において、同一の総毛羽長のサンプルについて各々3つの試験片を作成し、その3つの試験片のそれぞれについて試験を行うと共に、その測定データの平均値を求めており、図1のグラフは、その平均値に基づいた近似曲線として描かれている。但し、予備試験を行った結果として、3K、6K、12Kの3種類の各炭素繊維基材を積層したCFRPについて、何れも同等の傾向が得られたことから、図1のグラフでは、3Kの炭素繊維基材の結果のみを示している。そして、図1のグラフでは、層間剥離強さ比率の近似曲線を曲線a、経方向曲げ強さ比率の近似曲線を曲線b、緯方向曲げ強さ比率の近似曲線を曲線cとして、それぞれ示している。
【0056】
この図1のグラフから分かるように、層間剥離強さ比率(曲線a)は、山なりの傾向を示している。具体的には、層間剥離強さ比率は、総毛羽長の増加に伴って増加してゆき、総毛羽長120cm/cm2付近のところでピーク値に達し、その後、低下する傾向となっている。このような傾向を示す理由は、次のように推測される。
【0057】
まず、総毛羽長が増加すると、炭素繊維基材の表面積が増えて炭素繊維基材とマトリックス樹脂との結合が強固になるため、毛羽の無い状態からの総毛羽長の増加に伴って層間剥離強さが向上する傾向を示す。一方で、総毛羽長が長くなるということは、それに伴って切断されるフィラメントの数が多くなるということであり、総毛羽長の増加に伴って炭素繊維基材を形成する炭素繊維マルチフィラメント糸自体の強度が低下するため、それに起因して、総毛羽長がある長さを超えた時点で層間剥離強さ比率が低下する傾向を示す。その結果、層間剥離強さ比率は、上記のような山なりの曲線となる傾向を示す。そして、この図1のグラフから、層間剥離強さが10%以上向上する総毛羽長の範囲は、60cm/cm2<総毛羽長<180cm/cm2の範囲であることが読み取れる。言い換えれば、総毛羽長が180cm/cm2よりも短く60cm/cm2よりも長い範囲において、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを用いて製造したCFRPと比べて、炭素繊維基材を用いて製造したCFRPの層間の剥離強さが向上する。なお、層間剥離強さの向上10%という数値の根拠については、以下に説明する通りである。
【0058】
本発明は、積層面に毛羽のない炭素繊維基材を積層したものと比べてCFRPの製造について大幅なコストアップをすることなく、CFRPの製品寿命の観点から要求される層間剥離強さを向上させることを目的としており、炭素繊維基材の積層面に毛羽を形成することにより必然的に発生するコストアップとの兼ね合いにおいて、層間剥離強さを10%以上向上させることを目的としている。
【0059】
なお、経緯比率は、層間剥離強さに影響しない。言い換えれば、総毛羽長が同じであれば、層間剥離強さは変わらない。従って、図1は、経緯比率が0%の場合についての予備試験の結果を示すものであるが、総毛羽長が同じであれば、経緯比率が0%以外の場合においても、総毛羽長と層間剥離強さとの関係は、図1のグラフにおける曲線aとほぼ同じ結果となる。
【0060】
また、図1のグラフから分かるように、緯方向曲げ強さ比率(曲線c)については、総毛羽長の増加に伴って低下してゆく傾向を示している。このような傾向を示す理由は、この予備試験では経緯比率0%の炭素繊維基材から製造されるCFRPを用いて試験が行われるものであり、総毛羽長を増加させることはそのまま緯糸におけるフィラメントの切断量の増加につながるため、総毛羽長の増加に伴ってフィラメントが切断される基材表面の緯糸(炭素繊維糸)自体の強度が低下するためと考えられる。
【0061】
これに対し、経方向曲げ強さ比率(曲線b)については、僅かではあるが、総毛羽長の増加に伴って山なりに向上する傾向を示している。そして、総毛羽長が90〜150cm/cm2の範囲で、最大3%程度の曲げ強さ比率の向上が認められる。このような傾向を示す理由は、次のように推測される。
【0062】
経糸に対し緯糸を織り込んだ状態で形成された炭素繊維基材においては、緯糸における一部のフィラメントを切断することにより、緯糸の張力が緩和され、経糸のクリンプ部(弓なりに湾曲する部分)に発生するクリンプ応力が緩和される影響を受けて、経糸の強度が向上するためと考えられる。そして、この図1のグラフから、経方向曲げ強さ比率が向上する総毛羽長の範囲は、0cm/cm2<総毛羽長<250cm/cm2の範囲であることが読み取れる。言い換えれば、総毛羽長が250cm/cm2よりも短ければ、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを用いて製造したCFRPと比べて、炭素繊維基材を用いて製造したCFRPの経方向曲げ強さが向上する。
【0063】
以上の予備試験結果から、平織組織の炭素繊維基材において緯糸のみを切断した状態、すなわち経緯比率0%の場合について、総毛羽長が250cm/cm2よりも短い範囲では、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを用いて製造したCFRPと比べて、経方向曲げ強さが向上するという結果が得られた。そのことから、炭素繊維基材においては、経緯比率が0%以外の場合、すなわち、経糸の一部のフィラメントを切断して毛羽を形成する場合であっても、そのフィラメントの切断によって経糸の方向に関する強度は低下するものの、その毛羽の割合が積層面における全毛羽に対する特定の割合未満であれば、前記クリンプ応力の緩和による経糸の強度の向上により、経糸の方向に関する強度を、積層面に毛羽のない炭素繊維基材と比べて同程度かそれ以上とすることができ、そのような炭素繊維基材を用いれば、層間剥離強さを向上させつつも、強度が求められる方向に関する曲げ強さを所望のレベルとしたCFRPを製造することが可能となることが推測される。
【0064】
そこで、本試験では、前記予備試験結果に基づき、層間剥離強さ比率が100%を下回らない範囲であって好ましい範囲としての110%を超える範囲、すなわち、総毛羽長が180cm/cm2よりも短く60cm/cm2よりも長い範囲において、経方向曲げ強さ比率が100%を下回らない経緯比率を求めるべく試験を行った。
【0065】
〔本試験〕
本試験では、3K、6K、12Kの3種類の炭素繊維基材について、前記範囲内の3種類の総毛羽長における経緯比率と各物性比率との関係を評価することとした。なお、本試験でも予備試験と同様に、毛羽の作成、CFRPの作成、および、サンプルの切り出し等を行った。
【0066】
その上で、本試験では、上記3K、6K、12Kの各炭素繊維基材のそれぞれで、総毛羽長60、90、180cm/cm2の3通りについて、経緯比率が0〜50%の範囲で異なる複数のサンプルを作成して曲げ試験を行い、各総毛羽長における経緯比率と曲げ強さ比率との関係を評価した。なお、上記3通りの総毛羽長は、いずれも層間剥離強さ比率は110%を超えていると想定されるが、確認のため、各経緯比率における層間せん断試験も行った。
【0067】
その結果としての上記3通りの総毛羽長についての前記本試験の結果を、図2〜4のグラフに示す。なお、その本試験でも、前記予備試験と同様に、層間せん断試験および曲げ試験において、同一の経緯比率のサンプルについて各々3つの試験片を作成し、その3つの試験片のそれぞれについて試験を行うと共に、その測定データの平均値を求めており、図2〜4の各グラフは、その平均値に基づいた近似曲線として描かれている。そして、図2〜4の各グラフでは、層間剥離強さ比率の近似曲線を曲線a、経方向曲げ強さ比率の近似曲線を曲線b、緯方向曲げ強さ比率の近似曲線を曲線cとして、それぞれ示している。さらに、図2〜4の各グラフでは、各曲線a、b、cについて、3Kの炭素繊維基材の結果を実線で、6Kの炭素繊維基材の結果を点線で、12Kの炭素繊維基材の結果を二点鎖線として、それぞれ示している。
【0068】
図2のグラフには、前記本試験の結果として、総毛羽長60cm/cm2の炭素繊維基材で製造されたCFRPに対する経緯比率と各物性比率との関係が示されている。
【0069】
この図2のグラフから、層間剥離強さ比率(曲線a)については、3K、6K、12Kの各炭素繊維基材を積層したCFRPともに、0〜50%の範囲となる経緯比率で、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを積層したCFRPと比べ、層間剥離強さが10%以上向上しており、ほぼ横這いの傾向となっている。つまり、経緯比率が変化しても総毛羽長が一定であれば、層間剥離強さにあまり差異がない傾向が確認される。
【0070】
また、図2のグラフから、曲げ強さ比率のうちの緯方向曲げ強さ比率(曲線c)については、3K、6K、12Kの各炭素繊維基材ともに、経緯比率0%から経緯比率が50%(等比率)に近づくにつれて、緯方向曲げ強度比率が徐々に向上してゆく傾向となっている。このような傾向を示す理由は、経緯比率の増加に伴って基材表面の緯糸(炭素繊維糸)における切断されるフィラメントが減少して緯糸自体の強度が向上するためと考えられる。
【0071】
これに対して、曲げ強さ比率のうちの経方向曲げ強さ比率(曲線b)については、3K、6K、12Kの各炭素繊維基材を積層したCFRPともに、経緯比率0%(最大の不等な比率)で経方向曲げ強さ比率が102%を超える結果となった。そして、0<経緯比率<50%、すなわち、不等な比率の範囲内で、経方向曲げ強さ比率が緯方向曲げ強さ比率よりも常に高い結果を得るとともに、経緯比率が0%から50%(等比率)に近づくにつれて、経方向曲げ強さ比率が低下し、経緯比率50%(等比率)では、緯方向曲げ強さ比率とほぼ一致し、98〜99%程度となった。
【0072】
そして、この図2のグラフから、総毛羽長60cm/cm2の場合においては、3K、6K、12Kの各炭素繊維基材によるCFRPともに、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを用いて製造したCFRPと比べて経方向曲げ強さが向上する経緯比率の範囲は、経緯比率<30%の範囲であることが読み取れる。
【0073】
以上から、経糸の方向をCFRPとして強度が求められる方向に揃えた状態で炭素繊維基材1を積層したCFRPにおいて、そのCFRPを構成する炭素繊維基材1を、総毛羽長60cm/cm2の場合において経緯比率を30%未満とすることにより、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを積層したCFRPと比べ、経糸方向の曲げ強さを低下させずに、層間剥離強さを10%以上向上させたCFRPを得ることができるという結果が得られた。因みに、3K、6K、12Kの各炭素繊維基材ともに、経緯比率0%で経方向曲げ強さ比率が100%を超える値となっている理由は、予備試験でも述べたように、緯糸における一部のフィラメントを切断することにより、緯糸の張力が緩和され、経糸のクリンプ部に発生するクリンプ応力が緩和される影響を受けて、経糸の強度が向上したためと考えられる。
【0074】
また、図3のグラフには、前記本試験の結果として、総毛羽長90cm/cm2の炭素繊維基材で製造されたCFRPに対する経緯比率と各物性比率との関係が示されている。
【0075】
この図3のグラフから分かるように、層間剥離強さ比率(曲線a)については、やはり3K、6K、12Kの各炭素繊維基材を積層したCFRPともに、経緯比率0〜50%の範囲で、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを積層したCFRPと比べ、層間剥離強さが12%以上向上しており、総毛羽長60cm/cm2の場合と同様の傾向となっている。
【0076】
また、図3のグラフから、曲げ強さ比率についても、3K、6K、12Kの各炭素繊維基材ともに、総毛羽長60cm/cm2の場合と同様の傾向を示すことが確認される。すなわち、曲げ強さ比率のうちの緯方向曲げ強さ比率(曲線c)については、3K、6K、12Kの各炭素繊維基材ともに、経緯比率0%から経緯比率が50%(等比率)に近づくにつれて、緯方向曲げ強度比率が徐々に向上してゆき、経緯比率50%(等比率)での緯方向曲げ強さ比率(曲線c)は、98%程度となっている。
【0077】
一方、曲げ強さ比率のうちの経方向曲げ強さ比率(曲線b)については、3K、6K、12Kの各炭素繊維基材を積層したCFRPともに、経緯比率0%(最大の不等な比率)で経方向曲げ強さ比率が103%を超える結果となった。そして、0<経緯比率<50%、すなわち、不等な比率の範囲内で、経方向曲げ強さ比率が緯方向曲げ強さ比率よりも常に高い結果を得るとともに、経緯比率が0%から50%(等比率)に近づくにつれて、経方向曲げ強さ比率が低下し、経緯比率50%(等比率)では、緯方向曲げ強さ比率とほぼ一致し、98%程度となった。
【0078】
この図3のグラフからは、総毛羽長90cm/cm2の場合においては、3K、6K、12Kの各炭素繊維基材によるCFRPともに、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを用いて製造したCFRPと比べて経方向曲げ強さが向上する経緯比率の範囲は、経緯比率<25%の範囲であることが読み取れる。
【0079】
以上から、経糸2の方向をCFRPとして強度が求められる方向に揃えた状態で炭素繊維基材1を積層したCFRPにおいて、そのCFRPを構成する炭素繊維基材1を、総毛羽長90cm/cm2の場合において経緯比率25%未満とすることにより、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを積層したCFRPと比べ、経糸方向の曲げ強さを低下させずに、層間剥離強さを12%以上向上させることができるという結果が得られた。
【0080】
さらに、図4のグラフには、前記本試験の結果として、総毛羽長180cm/cm2の炭素繊維基材で製造されたCFRPに対する経緯比率と各物性比率との関係が示されている。
【0081】
この図4のグラフから分かるように、層間剥離強さ比率(曲線a)については、やはり3K、6K、12Kの各炭素繊維基材を積層したCFRPともに、0〜50%の範囲で、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを積層したCFRPと比べ、層間剥離強さが10%以上向上しており、総毛羽長60cm/cm2、総毛羽長90cm/cm2の場合と同様の傾向となっている。
【0082】
また、図4のグラフから、曲げ強さ比率についても、3K、6K、12Kの各炭素繊維基材を積層したCFRPともに、総毛羽長60cm/cm2、総毛羽長90cm/cm2の場合と同様の傾向を示すことが確認される。経緯比すなわち、曲げ強さ比率のうちの緯方向曲げ強さ比率(曲線c)については、3K、6K、12Kの各炭素繊維基材ともに、経緯比率0%から経緯比率が50%(等比率)に近づくにつれて、緯方向曲げ強度比率が徐々に向上してゆき、経緯比率50%(等比率)での緯方向曲げ強さ比率(曲線c)は、95〜96%程度となっている。
【0083】
一方、曲げ強さ比率のうちの経方向曲げ強さ比率(曲線b)については、3K、6K、12Kの各炭素繊維基材を積層したCFRPともに、経緯比率0%(最大の不等な比率)で経方向曲げ強さ比率が102%を超える結果となった。そして、0<経緯比率<50%、すなわち、不等な比率の範囲内で、経方向曲げ強さ比率が緯方向曲げ強さ比率よりも常に高い結果を得るとともに、経緯比率が0%から50%(等比率)に近づくにつれて、経方向曲げ強さ比率が低下し、経緯比率50%(等比率)では、緯方向曲げ強さ比率とほぼ一致し、95〜96%程度となった。
【0084】
そして、この図4のグラフから、総毛羽長180cm/cm2の場合においては、3K、6K、12Kの各炭素繊維基材によるCFRPともに、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを用いて製造したCFRPと比べて経方向曲げ強さが向上する経緯比率の範囲は、経緯比率<20%の範囲であることが読み取れる。
【0085】
以上の3つの本試験結果から、炭素繊維基材1における経糸2の方向を揃えた状態で積層されたCFRPにおいては、各炭素繊維基材1の積層面における総毛羽長が180cm/cm2〜60cm/cm2の範囲では、3K、6K、12Kのいずれの各炭素繊維基材1を積層したCFRPについても、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを積層したCFRPと比べて層間剥離強さを10%以上向上させつつも、経緯比率が50%未満の不等な比率の範囲において、経方向曲げ強さ比率が緯方向曲げ強さ比率よりも高くなるという結果が得られた。特に、経緯比率20%未満であれば、層間剥離強さを向上させるべく各炭素繊維基材1に毛羽を形成しつつも、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを積層したCFRPと比べ、経糸方向の曲げ強さを低下させずに層間剥離強さを10%以上向上させ得るという結果が得られた。
【0086】
従って、本実施例のCFRPでは、そのCFRPを構成する各炭素繊維基材1を、総毛羽長180cm/cm2〜60cm/cm2の範囲において経緯比率20%未満とし、その上で、そのCFRPを構成する炭素繊維基材1の経糸2の方向を、そのCFRPを用いて製造される最終製品の強度が求められる方向と一致させたかたちで最終製品を製造するものとしており、それにより、CFRP自体の層間剥離強さの向上に伴って製品寿命を向上させることができると共に、強度が求められる方向の強度を維持又は向上させることができる。
【0087】
なお、本発明による炭素繊維基材及びCFRPは、前記実施例のものに限定されず、以下のようなものも含む。
【0088】
前記実施例では、CFRPを構成する炭素繊維基材1における経緯比率20%未満として、積層面に毛羽のない炭素繊維基材のみを積層したCFRPと比べ、経糸方向の曲げ強さを低下させないものとしたが、本発明によるCFRP、及びそのCFRPを構成する各炭素繊維基材1は、これに限定されるものではなく、炭素繊維基材1における経糸2に形成された毛羽の総毛羽長と緯糸3に形成された毛羽の総毛羽長とが単に不等なものであってもよい。
【0089】
すなわち、CFRPの層間剥離強さを向上させるべく、そのCFRPを構成する炭素繊維基材1に毛羽を形成することを前提とした場合において、前記試験結果から明らかなように、そのCFRPを構成する各炭素繊維基材1の経糸2の総毛羽長と緯糸3の総毛羽長とを等しく(等比率であって前記実施例の場合の経緯比率50%)すると、経糸2の方向の強度と緯糸3の方向の強度とが同じレベルで低下するものとなるが、前記実施例の経緯比率50%未満のように経糸2に形成された毛羽の総毛羽長と緯糸3に形成された毛羽の総毛羽長とを不等とすることにより、少なくとも総毛羽長の短い方の糸(経糸)の方向の強度を上記等比率の場合と比べて向上させることができ、最終製品において特定の方向の強度が優先される場合において有効であるため、本発明はそのような場合も含むものである。
【0090】
なお、前記実施例では、CFRPにおけるそのCFRPを構成する各炭素繊維基材1の経糸2の方向、すなわち、総毛羽長の短い方の糸の方向を、最終製品のためにCFRPとして強度が求められる方向としているが、これに限らず、総毛羽長の短い方の糸の方向がCFRPとして強度が求められる方向に対し±45°以内の角度を成すものであってもよい。
【0091】
すなわち、前記実施例の場合で言うと、CFRPを構成する炭素繊維基材1の経緯比率50%未満である場合において、そのような炭素繊維基材1を積層して構成されたCFRPを、その炭素繊維基材1における経糸2の方向がCFRPとして強度が求められる方向(以下、「強度方向」とも言う。)に対し角度を成しているとしても、その角度が±45°以内であれば、経糸2及び緯糸3における毛羽全体の上記強度方向と該強度方向に直交する方向との割合で考えた場合、強度方向の毛羽の割合が強度方向に直交する方向の割合に対し小さくなる、すなわち、不等となるからである。そして、その場合も、前記実施例のように経糸2の方向を強度方向と一致させた場合と同様に、最終製品に用いられる状態(炭素繊維基材1における総毛羽長の少ない方の糸(経糸2)の方向が強度方向に対し角度を成した状態)でのCFRPにおける強度方向の強度を、毛羽が等比率の場合と比べて向上させることができる。なお、CFRPにおける総毛羽長の少ない糸の方向を、最終製品のためにCFRPとして強度が求められる方向に対し角度を成した状態とするということは、言い換えれば、そのCFRPを構成する各炭素繊維基材1が、総毛羽長の少ない糸の方向がCFRPとして強度が求められる方向に対し角度を成して積層される、ということになる。
【0092】
また、前記実施例では、CFRPは、そのCFRPを構成する各炭素繊維基材1を、各積層面に毛羽が形成されると共に、その積層面における総毛羽を同じ長さに統一されたものとしているが、本発明はこれに限らず、各炭素繊維基材1の積層面における総毛羽長を異ならせるようにしても良い。具体的には、CFRPにおいては、炭素繊維基材を積層する厚み方向(以下、「積層方向」という。)における中央部において炭素繊維基材の剥離が発生し易いことから、特に、その中央部での層間剥離強さを向上させることを目的として、以下の(1)〜(4)の実施形態とすることも可能である。
【0093】
(1)中央部に位置する炭素繊維基材(積層枚数が奇数枚の場合は積層方向の中央に位置する炭素繊維基材、積層枚数が偶数枚の場合は積層方向の中央を挟む2枚の炭素繊維基材)、又はその中央部付近に位置する複数枚の炭素繊維基材にのみ積層面に毛羽が形成し、他の炭素繊維基材については毛羽を有さないものとしてもよい。この場合でも、積層面に毛羽の無い炭素繊維基材のみを積層してCFRPを製造した場合と比べて製品の寿命を向上させることができると共に、一部の炭素繊維基材に毛羽を形成しつつも、強度方向(前記実施例の場合の経糸2の方向)における強度の低下を抑える、あるいは向上させることができる。また、この場合は、前記実施例と比べ、積層方向における剥離し難い位置にある炭素繊維基材には毛羽を形成していないため、強度方向と直交する方向における強度低下も抑えられる。
【0094】
(2)中央部に位置する炭素繊維基材1における積層面の総毛羽長を、層間剥離強さ比率に有利な総毛羽長100〜150cm/cm2の範囲に収まるものにすると共に、中央部から遠ざかるにつれて炭素繊維基材1における積層面の総毛羽長を徐々に少なくして、CFRPが構成されるようにしてもよい。この場合も前記(1)と同様の効果が得られる。但し、前記(1)と比べ、CFRP全体としての層間剥離強さは向上するものの、強度方向及び強度方向と直交する方向の強度は若干低下する。
【0095】
(3)CFRPの最表面を除く中間層に使用される炭素繊維基材について、前記実施例と同様に、2つの積層面のそれぞれに毛羽を形成するが、その両積層面における総毛羽長を異ならせるようにしてもよい。但し、その場合において、2つの積層面のうちの積層方向の中央部側に面する方の積層面における総毛羽長を、もう一方の積層面における総毛羽長よりも長くすることが好ましい。そして、この場合においても、前記(2)とほぼ同様の効果が得られる。
【0096】
(4)前記中間層に使用される炭素繊維基材について、2つの積層面のうち一方の積層面にのみ毛羽を形成するものであってもよい。例えば、前記(1)のように積層方向における中央部に位置する炭素繊維基材のみに毛羽を形成する場合において、中央を挟む2枚の炭素繊維基材又は中央部に位置する2枚の炭素繊維基材のそれぞれに対し、その2つの積層面のうち一方の積層面にのみ毛羽が形成すると共に、両炭素繊維基材の毛羽が形成された積層面同士を向かい合わせた状態で炭素繊維基材が積層されるものとしてもよい。この場合でも、前記(1)とほぼ同様の効果が得られる。
【0097】
また、前記実施例では、同じ経緯比率の炭素繊維基材1を積層して構成される、すなわち、CFRPを構成する炭素繊維基材1の毛羽が形成される積層面における全毛羽の総毛羽長に対する強度方向の毛羽の総毛羽長の割合(以下、「毛羽比率」という。)が同じであるものとしたが、本発明におけるCFRPは、これに限らず、CFRPを構成する各炭素繊維基材1の積層面における毛羽比率を、互いに異ならせるようにしても良い。
【0098】
例えば、CFRPにおいては、曲げ力が作用した場合、積層方向における端部付近に位置する炭素繊維基材が破壊し易いことから、積層方向における端部付近に位置する炭素繊維基材1について、その積層面における毛羽比率を、他の炭素繊維基材1の積層面よりも小さくするようにしてもよい。この場合、各積層面における総毛羽長が前記実施例と同じであれば、層間剥離強さに関しては前記実施例と同様の効果が得られると共に、強度方向に関する曲げ強さに関しては前記実施例よりも向上させることができる。また、この場合において、炭素繊維基材1の表裏2つの積層面5、6における経緯比率を互いに異ならせるようにしてもよい。
【0099】
また、前記実施例では、強度方向を経糸2の方向とした上で、CFRP全体として、すなわち、そのCFRPを構成する全炭素繊維基材1の積層面に形成された毛羽4の合計において、経緯比率(毛羽比率)20%未満を実現すべく、そのCFRPを構成する炭素繊維基材1の積層面に形成される毛羽4について、同じ経緯比率にすると共にその経緯比率を20%未満としたが、本発明はこれに限らず、CFRP全体として毛羽比率20%未満を実現する上で、例えば、以下の(1)〜(3)のようにしてCFRPを構成してもよい。
【0100】
(1)前記実施例と同様に強度方向を経糸2の方向とした場合において、積層面における総毛羽長が等しい複数の炭素繊維基材1であって、経緯比率の異なる複数の炭素繊維基材1の組み合わせにより、CFRP全体としての経緯比率(毛羽比率)が20%未満となるようにしてもよい。具体的には、例えば、積層面における総毛羽長が等しい炭素繊維機材1を10枚積層してCFRPを構成する場合において、「経緯比率0%×8枚+経緯比率99%×2枚」、「経緯比率10%×5枚+経緯比率29%×5枚」、「経緯比率0%×2枚+経緯比率10%×2枚+経緯比率20%×2枚+経緯比率30%×2枚+経緯比率39%×2枚」等、種々の組み合わせを採用することにより、CFRP全体として毛羽比率20%未満を得るものとしてもよい。
【0101】
(2)前記(1)の場合において、積層面における総毛羽長が異なる複数の炭素繊維基材1を用いる場合には、次のような組み合わせが考えられる。例えば、積層枚数を9枚とし、「総毛羽長60cm/cm2で経緯比率0%×8枚+総毛羽長120cm/cm2で経緯比率99%×1枚」、「総毛羽長90cm/cm2で経緯比率10%×5枚+総毛羽長90cm/cm2で経緯比率30%×3枚+総毛羽長180cm/cm2で経緯比率29%×1枚」、「総毛羽長60cm/cm2で経緯比率0%×2枚+総毛羽長180cm/cm2で経緯比率10%×1枚+総毛羽長60cm/cm2で経緯比率20%×3枚+総毛羽長90cm/cm2で経緯比率30%×2枚+総毛羽長120cm/cm2で経緯比率39%×1枚」等。これら種々の組み合わせによっても、CFRP全体として毛羽比率20%未満とすることができる。
【0102】
(3)前記(1)、(2)の場合、経糸2の方向、すなわち、総毛羽長の少ない方の糸の方向を強度方向に揃えて炭素繊維基材1を積層するものとしたが、総毛羽長が少ない糸の方向が強度方向に対し角度を成している場合であっても、前記(1)、(2)の組み合わせの考え方を適用できる。すなわち、総毛羽長の少ない方の糸の方向が強度方向に成す角度に基づき、経糸2及び緯糸3のそれぞれにおける総毛羽長のうちの強度方向の割合を求めて各炭素繊維基材1における毛羽比率を求め、前記(1)、(2)における経緯比率を毛羽比率に置き換えることにより、CFRP全体として毛羽比率20%未満を実現することができる。なお、この場合、同じ経緯比率の炭素繊維基材1であっても、上記角度が異なることにより、異なる毛羽比率の炭素繊維基材1として扱われる。
【0103】
また、強度方向に関する曲げ強さが所望のレベルを満たす範囲内で、CFRPは、そのCFRPを構成する複数枚の炭素繊維基材1の中に、総毛羽長の少ない糸の方向が任意の方向に向けられた炭素繊維基材1を含むものであってもよい。
【0104】
例えば、最終製品を考慮したCFRPの厚みに基づいて設定される炭素繊維基材1の積層枚数について、その所要枚数よりも少ない枚数の炭素繊維基材1で強度方向における所望の曲げ強さが得られるのであれば、それ以外の炭素繊維基材1については、毛羽比率が50%を超えるもの(経緯比率が50%に近いものであって経糸2の方向が強度方向に対し45°よりも大きい角度を成すもの)等であってもよい。
【0105】
また、前記実施例では、炭素繊維基材1は、経糸2と緯糸3とが90°の角度で交差する(直交する)織物として構成されているが、これに限らない。例えば、経糸2と緯糸3とが直交しない斜め織り織物であってもよい。そして、その場合は、前述のように、一方の糸の方向を基準として考えた場合、他方の糸に形成された毛羽は、その角度に応じて一方の糸の方向の成分とそれに直交する方向の成分とに分けて取り扱うものとする。
【0106】
例えば、炭素繊維基材1における緯糸3のフィラメントのみを切断して毛羽4を形成し、炭素繊維基材1における経緯比率20%を得る場合、緯糸3が経糸2に対して直交する向きから約33.7°程度傾くと、緯糸3における経糸2の方向の成分が約40%となり、経糸2も含めた基材全体に対する割合に換算すると20%程度となる。したがって、この場合に、炭素繊維基材1は、緯糸3における前記経糸2の方向の成分が20%未満となる約33.7°までであれば、緯糸3の傾きを許容してもよい。
【0107】
また、上記各実施例では、炭素繊維基材1は、その織物組織を平織組織としているが、本発明における炭素繊維基材1はこれに限らず、綾織組織や朱子織組織の織物であってもよい。
【0108】
なお、炭素繊維基材1が綾織組織や朱子組織の織物の場合、炭素繊維基材1の表裏二面における経糸2及び緯糸3の現れ方が異なる状態となる。従って、この場合には、炭素繊維基材1の積層面における経糸2と緯糸3との現れ方に応じて、経緯比率を取り扱うようにしてもよい。
【0109】
ちなみに、朱子組織及び綾織組織において、炭素繊維基材1の表裏二面における経糸と緯糸との現れ方の異なることに伴って、経糸と緯糸とで交錯点の間隔が異なる為、形成される毛羽長さも経糸と緯糸とで異なり、各総毛羽長はその影響を受けることになる。
【0110】
また、前記実施例では、炭素繊維基材1は、フィラメント数の同じ炭素繊維糸(3K、6K、12K等)を製織した織物としているが、本発明はこれに限らない。例えば、炭素繊維基材1は、経糸2と緯糸3とにフィラメント数が異なる炭素繊維糸を用いた織物としてもよい。そして、この場合に、経糸2と緯糸3の炭素繊維糸のフィラメント数の割合に応じて、経緯比率を取り扱うようにしてもよい。
【0111】
また、前記実施例では、CFRPを構成する各炭素繊維基材1は、経糸2及び緯糸3のうちの主に緯糸3における炭素繊維マルチフィラメント糸の一部のフィラメントを切断して毛羽を形成しているが、本発明はこれに限らず、CFRPとして強度が求められる方向と糸の方向との兼ね合いで、経糸2と緯糸3との関係(毛羽の状態等)を、以上で説明した例において全て逆としてもよい。すなわち、前記実施例の場合で言うと、主に経糸2の一部のフィラメントを切断して毛羽を形成したものとし、緯糸3に形成された毛羽の総毛羽長を経糸2及び緯糸3に形成された毛羽の総毛羽長の合計の50%未満(前記実施例の経緯比率で言うと50%超)であって、より好ましくは20%未満(前記実施例の経緯比率で言うと80%超)としたものであってもよい。
【0112】
前記実施例では、CFRPは、炭素繊維基材1をハンドレイアップ法により積層して製造されているが、これに限らない。炭素繊維基材1に対して、予め各積層面にマトリックス樹脂シートを貼り付けてプリプレグを製造した上で、前記製造したプリプレグを所望の枚数積層してオートクレーブ成型によりCFRPを製造してもよい。または、CFRPは、複数枚の炭素繊維基材1を予め積層した状態で金型に配置した上で、RTM成形法によってマトリックス樹脂を注入含浸して製造するようにしてもよい。
【0113】
なお、炭素繊維基材1は、積層面に毛羽4を作成する際の炭素繊維糸におけるフィラメントの切断ピッチを等間隔とする必要はなく、積層面における所望の総毛羽長や経緯比率を得るように、不等間隔で炭素繊維糸(経糸2または緯糸3)の一部のフィラメントを切断して毛羽4を作成すればよい。
【0114】
また、上記各実施例では、炭素繊維基材1は、経糸2および緯糸3を炭素繊維糸でのみ形成された炭素繊維基材としているが、これに限らない。炭素繊維糸の一部のフィラメントを切断して得た毛羽における総毛羽長や経緯比率が許容できる範囲内で、経糸2や緯糸3に炭素繊維糸以外の糸(例えばガラス繊維糸やアラミド繊維糸やポリエチレン繊維糸等)を含むハイブリッドタイプの炭素繊維基材1であってもよい。
【0115】
さらに、前記実施例では、CFRPは、そのマトリックス樹脂を熱硬化性樹脂であるビニルエステル樹脂としているが、これに限らず、そのマトリックス樹脂を他の熱硬化性樹脂、例えば、エポキシ樹脂や不飽和ポリエステル樹脂等としてもよいし、熱可塑性樹脂、例えば、ポリエステル樹脂等としてもよい。
【符号の説明】
【0116】
1炭素繊維基材 2経糸
3緯糸 4毛羽
5面(積層面) 6面(積層面)
a層間剥離強さ比率 b経方向曲げ強さ比率
c緯方向曲げ強さ比率 d経糸方向
e緯糸方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維強化プラスチック用の炭素繊維基材であって互いに交差する炭素繊維マルチフィラメント糸の経糸と緯糸とで形成されている炭素繊維基材において、
積層面のうちの少なくとも一方が前記炭素繊維マルチフィラメント糸の一部のフィラメントを切断して形成された毛羽を有すると共に前記経糸に形成された毛羽の総毛羽長と前記緯糸に形成された毛羽の総毛羽長とが不等であることを特徴とする炭素繊維基材。
【請求項2】
前記経糸及び前記緯糸のうちの一方の糸の方向に関する総毛羽長が前記経糸及び前記緯糸の総毛羽長の合計の20%未満であることを特徴とする請求項1記載の炭素繊維基材。
【請求項3】
炭素繊維強化プラスチック用の炭素繊維基材であって互いに交差する炭素繊維マルチフィラメント糸の経糸と緯糸とで形成されている炭素繊維基材を複数枚積層して製造される炭素繊維強化プラスチックにおいて、
前記複数枚の炭素繊維基材のうちの少なくとも一枚は、その積層面のうちの少なくとも一方が前記炭素繊維マルチフィラメント糸の一部のフィラメントを切断して形成された毛羽を有すると共に前記経糸に形成された前記毛羽の総毛羽長と前記緯糸に形成された前記毛羽の総毛羽長とが不等とされており、且つ、
前記経糸及び前記緯糸のうちの前記総毛羽長の短い方が炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向に対し45°以内の角度を成して積層されていることを特徴とする炭素繊維強化プラスチック。
【請求項4】
前記毛羽を形成した前記炭素繊維基材における炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向に関する総毛羽長の合計が、前記経糸及び前記緯糸の総毛羽長の合計の20%未満であることを特徴とする請求項3記載の炭素繊維強化プラスチック。
【請求項5】
前記毛羽を形成した前記炭素繊維基材における前記経糸及び前記緯糸のうちの一方の総毛羽長が前記経糸及び前記緯糸の総毛羽長の合計の20%未満であり、
その炭素繊維基材が前記一方の糸を炭素繊維強化プラスチックとして強度が求められる方向に向けて積層されていることを特徴とする請求項3記載の炭素繊維強化プラスチック。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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