説明

炭酸カルシウムの製造方法

【課題】 針状炭酸カルシウムを製造するに当たり、複雑な合成条件や操作を必要とせず、容易でかつ相対的に幅広い合成条件のもとで、光沢度、不透明度に優れる針状炭酸カルシウムの製造方法を提供する。
【解決手段】 種結晶を用い、水酸化カルシウムと炭酸ガスの反応によって針状軽質炭酸カルシウムを製造する方法において、活性度が100〜300mLの範囲にある生石灰を消和して得られる水酸化カルシウムを主成分とする懸濁液に、該水酸化カルシウム100質量部に対し0.5〜10質量部の炭酸カルシウム種結晶と0.5〜10質量部の硫酸化合物を予め添加して攪拌しながら炭酸化反応を行うことにより、一次粒子の平均粒子径が長径0.5〜3.0μm、短径0.1〜0.5μmで、短径の標準偏差が0.1μm以下の針状炭酸カルシウムを得ることを特徴とする炭酸カルシウムの製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軽質炭酸カルシウム(沈降性炭酸カルシウム、以下「軽質炭酸カルシウム」という)の製造方法に関し、さらに詳しくは、製造効率が高く、しかも品質の安定した軽質炭酸カルシウムが容易に製造でき、かつ塗工用の軽質炭酸カルシウムとして、特に光沢度、不透明度及びインキセット性等に優れる針状軽質炭酸カルシウム(以下、単に「針状炭酸カルシウム」ともいう)の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
塗工紙の製造分野では、塗工用顔料として、例えばカオリン、クレー、二酸化チタン、タルク、水酸化アルミニウム、重質炭酸カルシウム、軽質炭酸カルシウム等の無機顔料が広く使用されている。これら無機顔料のうち、軽質炭酸カルシウムは、白色度、不透明度、平滑度あるいは透気度等に優れるので、従来より好ましく使用されている無機顔料の1つである。ところで、軽質炭酸カルシウムは3種の結晶構造を有し、その結晶構造の違いによって塗工紙の品質特性上の特徴を発現させている。例えば、紡錘状炭酸カルシウムの場合は、低光沢性でウェットインキ着肉性等に優れた塗工紙の製造に適し、針状炭酸カルシウムの場合には、高光沢性で不透明度、インキ着肉性及びインキセット性に優れた塗工紙の製造に適する等の特性を示す。
【0003】
軽質炭酸カルシウムの代表的な工業的製造方法としては、水酸化カルシウムの水性懸濁液(生石灰を水で消化させることによって得られる)に二酸化炭素含有ガス(炭酸ガス)を吹き込み、炭酸化反応によって製造する方法がある。そして、一般に炭酸化反応槽としては、反応ガス(二酸化炭素含有ガス)で攪拌する比較的大容量のコーン型底部を持った反応槽が用いられる。その際、得られる軽質炭酸カルシウムとしては、アラゴナイト、カルサイト、バテライトと呼ばれる結晶構造をとることが知られている。
【0004】
ところで、カルサイトとアラゴナイトとでは、晶癖、密度、屈折率等に違いがある。カルサイトは主に紡錘状の結晶を形成し、アラゴナイトは針状の結晶を形成する。カルサイトは熱力学的に最も安定で、アラゴナイトは440℃以上の加熱によりカルサイトに相転移する。一方、バテライトは天然にはなく、人工的に調製されたもので不安定な結晶構造であり、容易にカルサイトに相転移する。そして、工業的には、カルサイト系紡錘状炭酸カルシウムの生成は比較的容易である。他方、アラゴナイト系針状炭酸カルシウムの製造に際しては、製造条件、例えば反応温度や使用する生石灰等によって変動し易く、安定した製品を得るにはその条件設定が重要であり、これまでに種々の提案がなされてきた。
【0005】
例えば、水酸化カルシウムスラリーに二酸化炭素含有ガスを吹き込む際の条件を三段階にわたって制御することが提案されている(特許文献1)。また、炭酸化率によって昇温温度を制御しながら強制加温を行う方法が提案されている(特許文献2)。上記のように、アラゴナイト系針状炭酸カルシウムの製造に当たって提案されている方法は、合成条件及びその制御を厳密に規定する必要があり、かつ合成条件が比較的狭い範囲に限られる。そのために、操作が複雑となり、結果的に生産性が低下するという難点がある。
【0006】
また、先ず合成条件の異なる方法で微小なアラゴナイト系針状炭酸カルシウムを製造し、次いで水酸化カルシウムスラリーに該針状炭酸カルシウムを種結晶として用い、このスラリーに二酸化炭素(ガス)を導入し炭酸化反応によってこれを成長させて所望の粒子径を有するアラゴナイト系針状炭酸カルシウムを製造することが提案されている(特許文献3)。しかしながら、この方法も所望とするアラゴナイト系針状炭酸カルシウムを効率よく製造することが困難であるという難点を抱えている。
【0007】
さらに、水酸化カルシウムを主成分とする水性懸濁液中に二酸化炭素含有ガスを吹き込んで炭酸化反応を行うことによる針状炭酸カルシウムの製造方法において、該水性懸濁液中に針状炭酸カルシウム種結晶を配合し、かつ該水性懸濁液を単位容積当りに与える攪拌動力を示すP値で0.25kw/m以上を示す攪拌力で攪拌しながら炭酸化反応を行わせる方法が提案されている(特許文献4)が、高攪拌力を維持しながら反応の温度設定を比較的低温に長時間制御する必要があり、操作の複雑性と製造コストが高くなるという問題点を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公昭55−51852号公報
【特許文献2】特公平2−55370号公報
【特許文献3】特公平1−34930号公報
【特許文献4】特開2000−272919号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、水酸化カルシウムを主成分とする水性懸濁液に二酸化炭素含有ガスを吹き込んで炭酸化反応させることにより針状炭酸カルシウムを製造するに当たり、複雑な合成条件及び操作を必要とせず、容易でかつ相対的に幅広い合成条件のもとで、塗工用に適した、特に光沢度、不透明度に優れる高品質の針状炭酸カルシウムを得る方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、基本的には、水酸化カルシウムを主成分とする水性懸濁液中に二酸化炭素含有ガスを吹き込み、炭酸化反応によって針状炭酸カルシウムを製造する際に、特定の活性度を有する生石灰を消和して得られる水酸化カルシウム水性懸濁液中に針状炭酸カルシウムを含有する炭酸カルシウム種結晶と硫酸化合物を特定量添加することを特徴とするものであり、以下の各発明を包含する。
【0011】
(1)種結晶を用い、水酸化カルシウムと炭酸ガスの反応によって針状軽質炭酸カルシウムを製造する方法において、4N塩酸25g粗粒適定法10分値で表される活性度が100〜300mLの範囲にある生石灰を消和して得られる水酸化カルシウムを主成分とする懸濁液に、該水酸化カルシウム100質量部に対し0.5〜10質量部のアラゴナイト系針状軽質炭酸カルシウムを含む炭酸カルシウム種結晶と0.5〜10質量部の硫酸化合物を予め添加して攪拌しながら炭酸化反応を行うことにより、一次粒子の平均粒子径が長径0.5〜3.0μm、短径0.1〜0.5μmで、短径の標準偏差が0.1μm以下の針状軽質炭酸カルシウムを得る炭酸カルシウムの製造方法。
【0012】
(2)前記短径の変動係数が50%以下である(1)に記載の炭酸カルシウムの製造方法。
【0013】
(3)前記硫酸化合物が硫酸、硫酸カルシウム、硫酸アルミニウム、硫酸マグネシウム、硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウムから選択される少なくとも1種である(1)または(2)に記載の炭酸カルシウムの製造方法。
【0014】
(4)前記硫酸化合物が硫酸カルシウムである(1)〜(3)のいずれか1項に記載の炭酸カルシウムの製造方法。
【0015】
(5)前記硫酸カルシウムが二水石膏である(1)〜(4)のいずれか1項に記載の炭酸カルシウムの製造方法。
【0016】
(6)請求項1に記載の水酸化カルシウム100質量部に硫酸を0.5〜10質量部添加して、水酸化カルシウム水溶液中に二水石膏を生成させた(1)または(2)に記載の炭酸カルシウムの製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の炭酸カルシウムの製造方法により複雑な合成条件及び操作を必要とせず、容易でかつ相対的に幅広い合成条件のもとで、塗工用に適した、光沢度、不透明度に優れる高品質の針状炭酸カルシウムを得る方法を提供することが可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、水酸化カルシウムを主成分とする水性懸濁液に炭酸ガスを吹き込んで炭酸化反応を行うことによって針状炭酸カルシウムを製造する方法に関するものであり、その特徴は、炭酸化反応を行わしめる水酸化カルシウムとして特定の活性度を有する生石灰を消和して得られる水酸化カルシウムを用い、その水性懸濁液中に特定量の針状炭酸カルシウムを含有する炭酸カルシウム種結晶と硫酸化合物を添加することである。
【0019】
本発明の針状炭酸カルシウムを製造するための原料である生石灰は、石灰石を焼成した塊状または粉末状のものであり、4N塩酸25g粗粒適定法10分値で表される活性度が100〜300mLである必要がある。
【0020】
ここで、4N塩酸25g粗粒適定法10分値で表される活性度とは、反応性試験方法である粗粒滴定法により測定される値である。具体的には、ビーカーに純水1Lを投入し、攪拌をスタートさせる。この際、フェノールフタレイン指示薬を2〜3滴加える。次に、粒径1〜3mmの生石灰粒子25gを一度に投入し、直ちにストップウォッチを押し、1分経過後より溶液がわずかに赤色を持続するように33℃で4N塩酸をビューレットから連続滴下し、1分ごとの累計滴下量を記録する。結果は10分間に滴下した4N塩酸の総量(mL)で表した値である。
【0021】
生石灰の物性は原料である石灰石の成因、成分などによっても影響されるが、焼成温度、焼成時間により大きく影響を受ける。石灰石の熱分解過程は焼成温度が低い領域では結晶の骨格が保持されたままで二酸化炭素の放散が行われるため、密度が小さく、比表面積や活性度が大きくなる。逆に焼成温度が高くなるほど生石灰の密度や粒径は大きくなる反面、比表面積や気孔率は低下し、活性度は小さくなる。このように焼成条件の違いにより焼成された生石灰の活性度が変化し、焼成温度、焼成時間を制御することで所望の活性度を得ることができる。活性度100〜300mLの生石灰は焼成温度が900〜1200℃、焼成時間が1〜60分の条件で製造され、所望の活性度を有する生石灰は、例えば奥多摩工業株式会社製生石灰(商品名:「タマライム」)、古手川産業株式会社製生石灰、新見化学工業株式会社製生石灰(特選、特号、1号、2号、3号)、北海道共同石灰製生石灰、矢橋工業株式会社製生石灰(商品名:「QUICKLIME」)、米庄石灰工業株式会社製生石灰、入交石灰工業製生石灰などの生石灰メーカーから入手することができる。
【0022】
因みに、生石灰の活性度が100mL未満であると針状炭酸カルシウムの収率が下がり、粒子径分布のばらつきが大きくなる。逆に、活性度が300mLを超えるとカルサイト系紡錘状炭酸カルシウムが生成され易くなり、針状炭酸カルシウムが得られ難くなる問題がある。活性度の好ましい範囲としては100〜300mL、より好ましくは150〜250mLである。
【0023】
このような生石灰を水により湿式消化し、水酸化カルシウム(消石灰)水性懸濁液を製造する。この際、水性懸濁液の消石灰濃度が5〜15質量%、好ましくは9〜13質量%となるようにする。消石灰水性懸濁液の消石灰濃度をこのような濃度範囲にすることにより次の炭酸化工程においてアラゴナイト系針状炭酸カルシウム結晶が製造し易くなる。
【0024】
本発明においては上記で得た水酸化カルシウム水性懸濁液中に炭酸カルシウム種結晶および硫酸化合物を、水酸化カルシウム100質量部に対して炭酸カルシウム種結晶0.5〜10質量部、硫酸化合物0.5〜10質量部となる質量比率で配合しておき、二酸化炭素含有ガス(炭酸ガス)を水性懸濁液に吹き込んで炭酸化反応を行う。なお、炭酸化反応は、水酸化カルシウムが炭酸カルシウムに変換されることにより終了するものであり、反応の完結を示すpH8.0以下まで炭酸ガスの吹き込みを継続して行うものである。
【0025】
本発明の方法における水酸化カルシウム水性懸濁液に添加する炭酸カルシウム種結晶の配合量は、水酸化カルシウム100質量部に対して炭酸カルシウム種結晶0.5〜10質量部である。炭酸カルシウム種結晶の配合量が0.5質量部未満であると、炭酸化反応で針状炭酸カルシウムを生成させるための温度範囲が狭くなり、かつ生産性が低下するといった難点がある。他方、炭酸カルシウム種結晶の配合量が10質量部を超えると、得られる針状炭酸カルシウムの凝集性が強くなり、結果的に塗工紙の塗工層用の炭酸カルシウムとしての品質低下が懸念される。また、硫酸化合物の配合量が0.5質量部未満であると、一次粒子の短径が小さくならず、該炭酸カルシウムを用いて塗工紙を構成した場合、光沢度が上がらず所望の効果が得られない。他方、硫酸化合物の配合量が10質量部を超えると炭酸カルシウムスラリーの粘度が上昇し、凝集性が強くなり、塗工紙の塗工層用に適さなくなる。針状炭酸カルシウム種結晶の添加で幅広い条件で安定した炭酸カルシウムの品質が得られるようになり、硫酸化合物の添加により高品質な炭酸カルシウムが得られるようになる。
【0026】
炭酸化反応に先立って上記水性懸濁液に添加する炭酸カルシウム種結晶としては、天然及び合成の炭酸カルシウムのいずれも使用できるが、アラゴナイト結晶含有率が20質量%以上である炭酸カルシウムが好ましい。20質量%未満のものを使用すると、本発明の所望の効果が低下するおそれがあり、結果的に塗工層用軽質炭酸カルシウムとしての品質低下が懸念される。
【0027】
本発明において使用される硫酸化合物としては、特に限定されないが、硫酸や硫酸塩が挙げられ、硫酸、硫酸カルシウム、硫酸アルミニウム、硫酸マグネシウム、硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウムから選択される少なくとも1種であることが好ましい。硫酸化合物は炭酸化反応において媒晶作用により粒子の形態が制御され、微細な結晶が析出される。なかでも、硫酸カルシウムであることが好ましい。硫酸カルシウムを添加した場合、粒子を微細化する効果が高い。硫酸カルシウムには二水石膏、半水石膏、無水石膏があるが、半水石膏は水性懸濁液に添加すると粘度が上昇する傾向であるため、添加により粘度が変化しない二水石膏を用いることが特に好ましい。
【0028】
二水石膏を使用する場合、水酸化カルシウム水溶液に直接添加する方法のほかに、水酸化カルシウム水溶液中に二水石膏を生成させて炭酸カルシウムを製造する方法もある。水酸化カルシウム水溶液に硫酸を添加することで中和反応により二水石膏が生成し、この水溶液を用いて炭酸化反応を進めると媒晶作用により微細な炭酸カルシウムの結晶が析出される。
【0029】
本発明で採用される攪拌は、単位容積あたりに与える攪拌動力を示すP値で0.25kw/m以上が好ましく、上限については特に限定するものではないが、本発明が所望とする針状炭酸カルシウムを効率良く得るためには0.4kw/m以上が好ましく、さらに好ましくは0.4〜1.5kw/mの範囲である。P値が0.25kw/m未満の場合は、本発明が所望とする針状炭酸カルシウムが得られ難い。また、P値が1.5kw/mを超える強力な攪拌でも、本発明が所望とする効果を得ることができるが、動力負荷に見合った効果が得られないおそれがある。なお、攪拌動力を示すP値とは、P=P/V(kw/m)で表され、Pは水性懸濁液への二酸化炭素含有ガス通気時における攪拌動力(kw)であり、Vは攪拌の対象となる液容積(m)である。強力な攪拌を得て反応を促進させるためには、攪拌の中心となる攪拌翼として、剪断能力に優れ、かつガス気泡を破壊細分化するのに好適なタービン型攪拌翼あるいは傾斜タービン型攪拌翼を装備した攪拌翼が特に好ましく使用される。
【0030】
本発明の方法により、簡単に効率良く針状炭酸カルシウムが得られることの明確な理由は今後の研究を待たなければならないが、一応、次のように考えられる。すなわち、固体(軽質炭酸カルシウム)の生成に際しては、先ず結晶核が生成されるが、本発明の方法によると、炭酸化反応の開始に先立って、水酸化カルシウムの水性懸濁液に針状炭酸カルシウムを予め添加しておくことで、不均一核生成での核の生成のうち、一部が該針状炭酸カルシウム表面上で起きる。ついで、以降の結晶成長においては、同一の結晶構造をもつものが成長するという、所謂エピタキシャル成長が作用しているものと考えられるが、その際硫酸化合物が存在すると媒晶作用により、粒子の形態が制御され、微細な結晶が析出される。
【0031】
そして、炭酸化反応時に上記したように、剪断能力に優れ、かつガス気泡を破壊細分化するのに好適なタービン型攪拌翼、あるいは傾斜タービン型攪拌翼を備えた攪拌機で強力な攪拌を付与しながら炭酸化反応を促進することにより、水性懸濁液中の水酸化カルシウム粒子と炭酸ガスとの接触の機会が大幅に増し、通常の炭酸化反応と比較して、反応の効率が大幅に向上し、これにより、水酸化カルシウムと炭酸ガス混合系の水性懸濁液は高エネルギー状態になり、このエネルギーを速やかに低下せしめて安定な生成系に変化するプロセスとして、表面エネルギーの高い結晶面を持つアラゴナイト系炭酸カルシウムの針状結晶が生成するものと推察される。
【0032】
本発明の方法において、水酸化カルシウムを主成分とする水性懸濁液に、10〜35容量%の二酸化炭素含有ガスを水酸化カルシウム1kg当り二酸化炭素(ガス)として、0.5〜5L/分の割合で導入し、同時に水性懸濁液に対し攪拌動力を示すP値で0.25kw/m以上を示す攪拌力(好ましくは、攪拌翼としてタービン型攪拌翼又は傾斜タービン型攪拌翼を使用)で水性懸濁液を強攪拌しながら炭酸化反応を行い、針状炭酸カルシウムを得る。
【0033】
本発明の方法において、炭酸化反応開始時の水性懸濁液の温度が10℃未満であるか、あるいは70℃を越えると本発明が所望とする針状炭酸カルシウムを得ることが難しい。なお、炭酸化反応開始時の水性懸濁液の温度としては、70℃以下、好ましくは30〜60℃、さらに好ましくは30〜50℃である。このような反応開始時の温度により、より安定した高品質の針状炭酸カルシウムが得られ易い。水酸化カルシウムを主成分とする水性懸濁液の固形分濃度が5%未満である場合は、生産性が劣るため好ましくなく、また、15%より高い場合は、該水性懸濁液の粘度が高くなるため、攪拌動力の増加となるとともに、操業性に劣ることから好ましくない。
【0034】
炭酸化反応における二酸化炭素濃度は特に限定されるものではなく、好ましくは、二酸化炭素(ガス)の混合容量が10〜35容量%である二酸化炭素含有ガスを使用し、かつ二酸化炭素(ガス)として、水酸化カルシウム1kg当り0.5〜5.0L/分の割合となるように水性懸濁液中に吹き込んで炭酸化反応を促進すると、反応時間、及び得られる針状炭酸カルシウムの品質等の面で、極めて効率良く炭酸化反応が促進される。二酸化炭素導入量が0.5L/分未満では生産性が劣り、また、5L/分を超えるような量を採用することはできるが、そのように使用量を増加させるために必要な動力負荷に見合った効果は期待できない。
【0035】
本発明の方法で針状炭酸カルシウムが生成することの明確な理由については定かではないが、針状炭酸カルシウム種結晶と硫酸化合物を添加しておくことで、種結晶に含有されている針状結晶が極めて効率良く生成される方法であるので、バッチ方式で行われる本発明の方法による針状炭酸カルシウムの製造に際して、先に得られた針状炭酸カルシウムを、つぎの炭酸化反応のベースとなる水酸化カルシウム懸濁液に添加する炭酸カルシウム種結晶として利用すると、先に得られた針状炭酸カルシウムと同様のアラゴナイト系針状炭酸カルシウムをつぎつぎと効率良く得ることができる。
【0036】
本発明により得られる針状炭酸カルシウムの粒子形状は、一次粒子の平均粒子径で長径:0.5〜3.0μm、短径:0.1〜0.5μmで、かつ短径の標準偏差が0.1μm以下、変動係数が50%以下となるように制御する。短径、長径の平均粒子径の測定は走査型電子顕微鏡(SEM)で粒子を観察し、SEM写真から任意に選んだ100個の粒子の短径、長径を測定し、平均値、標準偏差および変動係数を求めた。
【0037】
かくして得られる針状炭酸カルシウムはそのままスラリーとして、または脱水して乾燥製品として、紙の填料及び顔料として利用できる。さらに、紙以外に塗料、インキ、プラスチック、あるいはゴム等の充填剤にも利用できる。紙の填料として使用する場合は白色度、不透明度に優れる紙が得られる。また、フィルタープレス等で脱水濃縮してケーキとし、さらに高濃度で水に分散後、湿式解砕をすることにより、光沢度及びインキセット性等に優れる塗工層用顔料として塗工紙に適用できるものである。
【実施例】
【0038】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。勿論、本発明はそれらに限定されるものではない。なお、例中の「部」及び「%」は特に断らない限り、それぞれ「質量部」及び「質量%」を示す。
【0039】
なお、各測定は下記により行った。
〔平均粒子径〕:炭酸化反応後に得られた水性懸濁液を、マイクロトラックHRA粒度分析計(日機装社製)を使用してメディアン径を測定した。
〔一次粒子径〕:炭酸化反応後に得られた水性懸濁液を乾燥した粉体粒子100個について、走査型電子顕微鏡(SEM)写真を使用して各粒子の長径、および短径を測定し、平均値、標準偏差、変動係数を求めた。
〔アラゴナイト比率〕:炭酸化反応後に得られた水性懸濁液を乾燥した粉体について、アラゴナイト/(アラゴナイト+カルサイト)の比率をX線回折強度(Cu Kα線)より測定した。
【0040】
〔光沢度〕:塗工紙をJIS P 8142:2005に準拠して測定した。
〔平滑度、透気度〕:JAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法No.5−2:2000に準じ、旭精工社製測定器を用いて塗工紙の王研式透気度、平滑度を測定した。
〔インキ着肉性〕:塗工紙をインキ(F Gloss 85墨/DIC株式会社製)を用いて、RI試験機にて印刷して評価した。
〔インキセット性〕:塗工紙をインキ(ベストワン 360 浅葱/株式会社T&K TOKA)を用いてRI試験機にて印刷して評価した。
【0041】
(予め添加する針状炭酸カルシウムの製造)炭酸化反応槽22m(直径2.6m)に、濃度11%、粘度40mPa・s及び温度35℃の水酸化カルシウム水性懸濁液を20m入れ、20容量%の二酸化炭素含有ガスを水酸化カルシウム1kg当り二酸化炭素(ガス)換算で2.5L/分となる割合で吹き込み、同時に攪拌動力P値が0.7kw/mを示す条件で、攪拌翼が傾斜タービン型攪拌翼(直径1.02m)である攪拌機(サタケマルチSミキサー/佐竹化学機械工業社)により水酸化カルシウム水性懸濁液を90rpmで強攪拌しながら炭酸化反応を行い、pH:7.7を反応終了として、平均粒子径:7.0μmのアラゴナイト比率60%の針状・紡錘状混合炭酸カルシウムを得た。
【0042】
<実施例1>
炭酸化反応槽22m2 (直径2.6m)中に、活性度200mLである生石灰から消和して得られた水酸化カルシウム水性懸濁液に上記方法で製造した針状・紡錘状混合炭酸カルシウムを該水酸化カルシウム100部に対し5部添加し、さらに硫酸カルシウム(半水石膏、吉野石膏社製)を5部添加し、固形分濃度11%、粘度45mPa・s及び液温が40℃の水酸化カルシウムを主体とする水性懸濁液20mを調製した。次いで、この水性懸濁液に20容量%の二酸化炭素含有ガスを水酸化カルシウム1kg当り二酸化炭素(ガス)として2.5L/分となる割合で吹き込み、同時に攪拌動力P値が0.7kw/mとなる攪拌力で、傾斜タービン型攪拌翼を備えた前記と同様の攪拌機により攪拌を行いながら炭酸化反応を行い、pH:7.7を反応終了として炭酸カルシウムを得た。得られた炭酸カルシウムの品質評価結果(スラリー濃度、一次粒子径(長径、短径)、短径標準偏差、短径変動係数、平均粒子径、アラゴナイト比率)を表1に示す。
【0043】
<実施例2>
実施例1において添加する硫酸化合物を硫酸に変更した以外は実施例1と同様にして炭酸カルシウムを得た。得られた炭酸カルシウムの品質評価結果を表1に示す。
【0044】
<実施例3>
実施例1において添加する硫酸化合物を硫酸アルミニウムに変更した以外は実施例1と同様にして炭酸カルシウムを得た。得られた炭酸カルシウムの品質評価結果を表1に示す。
【0045】
<実施例4>
実施例1において、生石灰の活性度を100mLに変更した以外は実施例1と同様にして炭酸カルシウムを得た。得られた炭酸カルシウムの品質評価結果を表1に示す。
【0046】
<実施例5>
実施例1において、生石灰の活性度を300mLに変更した以外は実施例1と同様にして炭酸カルシウムを得た。得られた炭酸カルシウムの品質評価結果を表1に示す。
【0047】
<実施例6>
実施例1において、水酸化カルシウムの水性懸濁液に添加するアラゴナイト系針状炭酸カルシウムの量が水酸化カルシウム100部に対し、0.5部添加に変更し、硫酸カルシウムを水酸化カルシウム100部に対し、0.5部添加に変更した以外は実施例1と同様にして炭酸カルシウムを得た。得られた炭酸カルシウムの品質評価結果を表1に示す。
【0048】
<実施例7>
実施例1において、水酸化カルシウムの水性懸濁液に添加するアラゴナイト系針状炭酸カルシウムの量が水酸化カルシウム100部に対し、10部添加に変更し、硫酸カルシウムを水酸化カルシウム100部に対し、10部添加に変更した以外は実施例1と同様にして炭酸カルシウムを得た。得られた炭酸カルシウムの品質評価結果を表1に示す。
【0049】
<実施例8>
実施例1において、添加する硫酸化合物を硫酸カルシウム(二水石膏、吉野石膏社製)に変更した以外は実施例1と同様にして炭酸カルシウムを得た。得られた炭酸カルシウムの品質評価結果を表1に示す。
【0050】
<比較例1>
実施例1において、生石灰の活性度を50mLに変更した以外は実施例1と同様にして炭酸カルシウムを得た。反応時間は280分となり、生産効率が極めて低いものであった。品質評価結果を表2に示す。
【0051】
<比較例2>
実施例1において、生石灰の活性度を400mLに変更した以外は実施例1と同様にして炭酸カルシウムを得た。品質評価結果を表2に示す。
【0052】
<比較例3>
実施例1において、水酸化カルシウムの水性懸濁液に添加するアラゴナイト系針状炭酸カルシウムを無添加に変更した以外は実施例1と同様にして炭酸カルシウムを得た。得られた炭酸カルシウムの品質評価結果を表2に示す。
【0053】
<比較例4>
実施例1において、水酸化カルシウムの水性懸濁液に添加する硫酸化合物を無添加に変更した以外は実施例1と同様にして炭酸カルシウムを得た。得られた炭酸カルシウムの品質評価結果を表2に示す。
【0054】
<比較例5>
実施例1において、水酸化カルシウムの水性懸濁液に添加するアラゴナイト系針状炭酸カルシウムの量を水酸化カルシウム100部に対し、20部添加に変更した以外は実施例1と同様にして炭酸カルシウムを得た。得られた炭酸カルシウムの品質評価結果を表2に示す。
【0055】
<比較例6>
実施例1において、水酸化カルシウムの水性懸濁液に添加する硫酸カルシウムを水酸化カルシウム100部に対し、20部添加に変更した以外は実施例1と同様にして炭酸カルシウムを得た。得られた炭酸カルシウムの品質評価結果を表2に示す。
【0056】
塗工紙の製造:上記実施例1〜8及び比較例1〜6で得られた軽質炭酸カルシウムを下記に示すような後加工に供し、塗工用顔料として調整した後、塗工組成物(塗料)の調製を行い、該塗料を使用して塗工紙を製造した。かくして得られた塗工紙の品質評価結果を表1および表2に示す。
【0057】
(塗工用炭酸カルシウムスラリーの調製)
前記実施例1〜8及び比較例1〜6で得られた炭酸カルシウム含有スラリーをラースターフィルター(ISDC−H1500/石垣社)により脱水操作を行い、実施例1〜8は固形分濃度60〜65%、比較例1〜6は固形分濃度60〜66%のケーキを得た。次いで、該ケーキを解砕機(ケーキ解砕機ミニファイザーCV−1型/太平洋機工社)で粗粉砕した後、コーレスミキサーを用いて炭酸カルシウムに対し1.0%のポリアクリル酸ソーダ分散剤(アロンA−9/東亞合成社)及び水を加えて分散させ、実施例1〜8は濃度63〜67%、比較例1〜6は濃度58〜64%の高濃度炭酸カルシウムスラリーを調製した。次いで、上記の炭酸カルシウムスラリーを、解砕メディアとして直径1.0〜1.4mmのガラスビーズを用いてサンドグラインダー(OSG−64G/アイメックス社)で湿式解砕処理を行い、平均粒子径が0.6μmの炭酸カルシウムを調製した。
【0058】
(塗料調製)
上記の如き方法により調製された炭酸カルシウム(スラリー)に対し、炭酸カルシウム固形分100部に対し、酸化澱粉(商品名:「エースA」、王子コーンスターチ社製)6部、スチレン−ブタジエン共重合体ラテックス(商品名:「OJ−1000H」、JSR社)9部(それぞれ固形分として)を添加し、コーレスミキサーを用いて分散し、さらに水を加えて濃度55%の塗料を調製した。
【0059】
(塗工紙の製造)
上記で得られた塗料を米坪70g/mの中性上質紙原紙に、片面当り乾燥質量で13g/mとなるようにマルチラボコーター(王子エンジニアリング社製)のブレード塗工で両面塗工を行い、乾燥後、スーパーカレンダーに2回通紙処理して塗工紙を得た。かくして得られた塗工紙の品質評価結果を表1および表2に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
印刷適性の評価は次の評価基準による。
5:かなり優れる
4:優れる
3:標準
2:劣る
1:かなり劣る
【0063】
本発明によれば、表1の実施例と表2の比較例との比較から明らかなように特定の活性度を有する生石灰を消和して得られる水酸化カルシウム水性懸濁液中に特定量の針状炭酸カルシウムを含有する炭酸カルシウムと硫酸化合物を添加することで、針状炭酸カルシウムを極めて容易かつ安定的に製造することができ、かつ本発明の方法によって得られた針状炭酸カルシウムを使用して塗工紙に仕上げると、表1および表2の結果から明らかなように、光沢度、インキ着肉性及びインキセット性等に優れる塗工紙を得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の製造方法による針状炭酸カルシウムを用いて塗工紙を構成すると、光沢度、不透明度、インキ着肉性、インキセット性等に優れた塗工紙が得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
種結晶を用い、水酸化カルシウムと炭酸ガスの反応によって針状軽質炭酸カルシウムを製造する方法において、4N塩酸25g粗粒適定法10分値で表される活性度が100〜300mLの範囲にある生石灰を消和して得られる水酸化カルシウムを主成分とする懸濁液に、該水酸化カルシウム100質量部に対し0.5〜10質量部の針状軽質炭酸カルシウムを含む炭酸カルシウム種結晶と0.5〜10質量部の硫酸化合物を予め添加して攪拌しながら炭酸化反応を行うことにより、一次粒子の平均粒子径が長径0.5〜3.0μm、短径0.1〜0.5μmで、短径の標準偏差が0.1μm以下の針状軽質炭酸カルシウムを得ることを特徴とする炭酸カルシウムの製造方法。
【請求項2】
前記短径の変動係数が50%以下であることを特徴とする請求項1に記載の炭酸カルシウムの製造方法。
【請求項3】
前記硫酸化合物が硫酸、硫酸カルシウム、硫酸アルミニウム、硫酸マグネシウム、硫酸バリウム、硫酸ストロンチウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウムから選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の炭酸カルシウムの製造方法。
【請求項4】
前記硫酸化合物が硫酸カルシウムであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の炭酸カルシウムの製造方法。
【請求項5】
前記硫酸カルシウムが二水石膏であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の炭酸カルシウムの製造方法。
【請求項6】
請求項1に記載の水酸化カルシウム100質量部に硫酸を0.5〜10質量部添加して、水酸化カルシウム水溶液中に二水石膏を生成させたことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の炭酸カルシウムの製造方法。

【公開番号】特開2010−77009(P2010−77009A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−41604(P2009−41604)
【出願日】平成21年2月25日(2009.2.25)
【出願人】(000122298)王子製紙株式会社 (2,055)
【Fターム(参考)】