説明

炭酸ガス溶接用ソリッドワイヤ

【課題】狭開先施工においても十分な溶け込みが得られ、強度及び靭性等の機械的性能が優れた溶接金属が得られる炭酸ガス溶接用ソリッドワイヤを提供する。
【解決手段】C:0.03乃至0.10質量%、Si:0.67乃至1.00質量%、Mn:1.81乃至2.50質量%、S:0.006乃至0.018質量%、Ti:0.100乃至0.150質量%、B:0.0015乃至0.0070質量%、めっき分含むCu:0.10乃至0.45質量%以下を含有し、パラメータPBS及びPMTがPBS≦10、PMT≦32を満足し、P:0.020質量%以下、Nb:0.04質量%以下、V:0.04質量%以下、Al:0.04質量%以下に規制し、残部Fe及び不可避不純物である。PBS=[B]×[S]×10、PMT=[Mn]×[Ti]×10

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は軟鋼又は490乃至520N/mm級高張力鋼を炭酸ガスシールドアーク溶接する際に使用される炭酸ガス溶接用ソリッドワイヤに関し、特に高能率で溶接可能であると共に、機械的性能が良好な溶接金属が得られる炭酸ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
近時、建築鉄骨分野では、COをシールドガスとするガスシールドアーク溶接法が、その高能率性の利点から主として使用されている。従前、このガスシールドアーク溶接法は、人手による半自動溶接法が殆どであったが、省人化によるコストダウン及び夜間又は休日の無人運転による更に一層の溶接能率向上を目的として、ロボットによる自動溶接も普及してきている。一方、溶接品質の面では耐震性向上を主眼として溶接継手部の性能向上を図るべく、1997年のJASS6改定及び1999年の建築基準法改定において、溶接時の入熱・パス間温度に上限管理が規定された。この動向を受けて、溶接ワイヤも490N/mm級炭素鋼鋼板に対して最大入熱40kJ/cm、パス間温度350℃まで、520N/mm級炭素鋼鋼板に対して最大入熱30kJ/cm、パス間温度250℃まで許容できるものとして、大入熱・高パス間温度対応ワイヤが開発され、1999年に540N/mm級=YGW18としてJIS化された。以後、今日まで、従前のワイヤよりも大入熱・高パス間温度で優れた機械的性能が得られる540N/mm級ワイヤが急速に普及している。また、この540N/mm級ワイヤは、入熱及びパス間温度を管理しにくい半自動溶接での普及が早かったが、近時、ロボット溶接による全自動溶接にも540N/mm級ワイヤが適用されることが多くなってきている。
【0003】
従来の炭酸ガス溶接用大電流・高パス間温度対応ワイヤとしては、特許文献1乃至16に記載のワイヤが公知である。これらのワイヤは、全般的に、Si、Mn、Tiといった脱酸成分を従来ワイヤよりも多く含有し、かつMo、B、Cr、Al、Nb、V、Ni等を必要に応じて添加している。これによって、鋼の焼入れ性を高め、結晶粒微細化による靭性の向上と、更に析出硬化及び固溶硬化の作用とを組み合わせることにより、強度を高めている。
【0004】
しかしながら、これらの従来のワイヤは、全てロボットによる溶接に使用することを考慮して設計されていないのが実情である。従来の大電流・高パス間温度対応ワイヤでは、スラグ発生量が過剰で、かつ剥離性が劣るという欠点があった。スラグは絶縁性のため、堆積したスラグはアーク安定性を阻害し、溶込み不足及びスラグ巻きといった欠陥発生の直接原因となる。更に、多少なりともスラグが自然剥離しなければ、溶接ロボットがスタート位置をずらしながら再アークを試みてもアークスタートミスを続け、溶接ロボットはエラー判定して停止してしまう。溶接ロボットは無人化することで最大の長所を発揮するが、短時間でスラグが堆積し、アークの不安定化を引き起こしてしまっては、人手によるスラグ除去作業が高い頻度で必要となったり、アークスタートミスから復帰するためにアークスタート部のスラグ除去を行う必要が生じるなど、その長所を発揮できない。そこで、この問題を解決すべく、最大入熱40kJ/cm・最高パス間温度350℃の条件で490N/mm級鋼に必要十分な機械的性能を有し、かつスラグ発生量が少なく、剥離性も良好であり、連続積層高さが大きい高能率な溶接ワイヤが望まれていた。
【0005】
この要望に対し、スラグ剥離性を改善したワイヤとして、特許文献17乃至19に記載のワイヤが開発されている。また、スラグ剥離性改善と共にスラグ生成量をも低減したワイヤが特許文献20、21に開示されている。
【0006】
【特許文献1】特開平10−230387号公報
【特許文献2】特開平11−90678号公報
【特許文献3】特開2000−317678号公報
【特許文献4】特開2001−287086号公報
【特許文献5】特開2002−321087号公報
【特許文献6】特開2002−346789号公報
【特許文献7】特開2002−79395号公報
【特許文献8】特開2002−103082号公報
【特許文献9】特開2003−119550号公報
【特許文献10】特開2003−136281号公報
【特許文献11】特開2004−195543号公報
【特許文献12】特開2004−202572号公報
【特許文献13】特開2004−237361号公報
【特許文献14】特開2004−98143号公報
【特許文献15】特開平11−239892号公報
【特許文献16】特開2004−237333号公報
【特許文献17】特開2006−88187号公報
【特許文献18】特開2006−305605号公報
【特許文献19】特開2006−150437号公報
【特許文献20】特開2004−122170号公報
【特許文献21】特開2006−26643号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、近時のロボット溶接技術の進化は著しいものがある。このため、開先角度も30°の狭開先化が実現されている。即ち、従来、開先角度は35°が標準であったが、開先面積の縮小によるパス数減と溶接時間短縮、溶接ワイヤの使用量削減、熱歪の低減、パス間温度上昇の低減による強度及び靭性等の溶接金属の機械的性能向上を目的として、30°程度の狭開先化が実現可能となってきている。このように、開先角度が小さくなると、トーチノズルが開先面に干渉しやすくなるため、必然的にチップ先端から開先底面までの距離、所謂ワイヤ突出し長さが長くなることが多く、アーク力低下による溶込み不良が発生しやすくなることが判明した。また、突出し長さが長くなることで、ガスシールド性が劣化して、溶接金属中に大気から窒素が混入し、靭性を低下させる傾向もある。
【0008】
従来、溶接ワイヤ面から溶込み不良を防止する技術を開示したものはない。また、従来の優れたスラグ剥離性とスラグ量の最少化を実現しつつ、強度及び靱性といった機械的性能が優れた溶接ワイヤは存在しない。そこで、溶け込み不良が防止され、機械的性能も優れていて、ロボットによる多層溶接での狭開先施工にも対応できる最適な溶接ワイヤの開発が要望されている。
【0009】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、狭開先施工においても十分な溶け込みが得られ、強度及び靭性等の機械的性能が優れた溶接金属が得られる炭酸ガス溶接用ソリッドワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る炭酸ガス溶接用ソリッドワイヤは、C:0.03乃至0.10質量%、Si:0.67乃至1.00質量%、Mn:1.81乃至2.50質量%、S:0.006乃至0.018質量%、Ti:0.100乃至0.150質量%、B:0.0015乃至0.0070質量%、めっき分含むCu:0.10乃至0.45質量%以下を含有し、下記数式1及び数式2で表されるパラメータPBS及びPMTがPBS≦10、PMT≦32を満足し、P:0.020質量%以下、Nb:0.04質量%以下、V:0.04質量%以下、Al:0.04質量%以下に規制し、残部Fe及び不可避不純物であることを特徴とする。
【0011】
【数1】

【0012】
【数2】

【0013】
この炭酸ガス溶接用ソリッドワイヤにおいて、Mo:0.25質量%以下、Cr:0.25質量%以下、及びNi:0.25質量%以下からなる群から選択された少なくとも1種を含有することが好ましい。また、ワイヤ表面にMoSが、ワイヤ10kgあたり、0.01乃至1.00g存在することが好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明者等は、ワイヤ突出し長さと溶滴の移行形態、そして溶込み深さの関係について研究を行った結果、以下の事象を解明した。ワイヤ送給量一定においては、突出し長さが長くなると、ワイヤ先端からチップ内通電点までの間の電気抵抗が高まり、温度上昇により溶融しやすくなるため、溶接機から供給される溶接電流が低下する一方、溶接電圧は上昇する。溶接電流の減少及び溶接電圧の増大の条件においては、ワイヤ先端が溶融して溶接部へ落下する溶滴は、アーク反力が小さく、かつ移行空間(アーク長)が長いので、大粒の完全グロビュール移行になりやすい。アークの指向性は弱くなり、ワイヤを中心とした同心円状の溶滴落下域の面積は拡大する。また、移行周期も長くなって、母材へ与えられるアーク力は弱くなり、溶込み深さが小さくなる。この現象を避けるためには、完全なグロビュール溶滴移行を防ぐのが最も効果的であり、そのためには溶滴を大きく成長させる因子を抑制することが必要であることを、本発明者等が見出した。この溶滴の大きさに最も影響を及ぼすのがTiであり、ワイヤ中のTi含有量が少ないほど、溶滴成長を抑え、短絡移行となって、アークの集中性が増加し、溶滴落下域の面積が縮小し、溶込み深さが増す。
【0015】
図1は、横軸にワイヤ突き出し長さ(mm)をとり、縦軸に溶け込み深さ(mm)をとって、Ti含有量と、ワイヤ突き出し長さと、溶け込み深さとの関係を示すグラフ図である。但し、ワイヤ送給量は10m/分である。この図1に示すように、ワイヤ突き出し長さが長くなるほど、溶け込み深さが小さくなるが、ワイヤ突き出し長さが同一である場合は、Ti含有量が少なくなるほど、溶け込み深さが大きくなることが示されている。
【0016】
また、Ti酸化物はスラグ源であり、Ti量を従来よりも少なくすることにより、スラグ堆積で生じる問題点を軽減できる。
【0017】
一方、Tiは窒素との親和性が強く、シールド不良時の窒素と結合してブローホールの発生を防止し、金属脆化を防ぐ効果がある。Tiを少なくすることはブローホールの発生及び金属脆化の問題を生じさせることになるため、Tiの減少による溶け込み深さの改善と、ブローホールの発生及び金属脆化の問題とを相殺させるために、Mn及びBの含有量の最適化を行った。
【0018】
以下に、本発明の炭酸ガス溶接用ソリッドワイヤの成分添加理由及び組成限定理由について説明する。
【0019】
「C:0.03乃至0.10質量%」
Cは強度を確保する為に重要な添加元素であるが、0.03質量%未満では大入熱・高パス間温度溶接時に必要強度を確保できない。このため、Cは0.03質量%以上、望ましくは0.05質量%以上とする。一方、Cを過剰に添加すると高温割れが発生しやすくなる。また、Cを過剰に添加すると、アーク雰囲気中においてCO爆発現象によりスパッタ発生量も増加し、アーク安定性が劣化する。更に、C含有量が多いと、溶接金属の強度が過大となり、靭性が逆に低下する。C含有量が0.10質量%を超えると、これらの影響が顕著になるため、上限値を0.10質量%とする。
【0020】
「Si:0.67乃至1.00質量%」
Siは、主として、強度確保と脱酸による気孔欠陥防止のために添加する。また、Siの添加は、スラグ量を増大させるものの、スラグ剥離性は向上する。これらの効果は、Si含有量が0.67質量%以上で有効である。Si含有量が0.67質量%未満では、スラグ剥離性が悪く、アークが不安定化する。Siの更に好ましい下限値は0.75質量%である。一方、Siを1.00質量%を超えて過剰に添加すると、スラグ量が過剰となり、アーク安定性が劣化すると共に、靱性値が低下する。このため、Siの上限値を1.00質量%とする。
【0021】
「Mn:1.81乃至2.50質量%」
Mnは溶接金属の脱酸効果があり、また溶接金属の強度を上昇させ、高靱性な溶接金属を得る効果がある。狭開先対応機能を備えたロボットシステムでは最大ワイヤ突出し長さが長く設定され、シールド不良によるブローホール発生及び靱性低下が起き易いので、ロボット用ワイヤとしてMnを比較的多く添加し、これらの欠点を防止することができる。このためには、Mn含有量は少なくとも1.81質量%以上添加することが必要である。一方、Mn含有量が2.50質量%を超えると、スラグ量が増大すると共に、スラグ剥離性が低下する。その結果、アーク安定性も劣化する。なお、後述するように、Ti量との関係によっては、Mnの上限値は更に低く抑制される。
【0022】
「S:0.006乃至0.018質量%」
Sはその添加により溶融池の表面張力が低下し、凝固時の物理的凹凸を減少させて溶接金属の表面を滑らかにする効果がある。これにより、スラグ剥離性を向上させることができる。Sが0.006質量%未満では、この効果は現れず、剥離性が悪いことに起因してアーク安定性が劣化する。一方、Sを0.018質量%を超えて添加しても、溶接金属の表面形状改善効果は飽和してしまう上に、高温割れが発生しやすくなる。また、スラグの形態が粒状化し、ア−クによる溶融を妨げ、部分的なアーク不安定原因となると共に、靱性も低下する。従って、Sの上限値は0.018質量%である。なお、後述するように、B量との関係によって、Sの上限値は更に低く抑制される。
【0023】
「Ti:0.100乃至0.150質量%」
Tiは高電流城でのアーク安定性を向上させる効果がある。一般的には、Tiを0.20質量%前後添加するワイヤが多い。本発明のワイヤの組成の特徴の一つは、Ti含有量が一般的なものよりも低いことである。Tiが0.100質量%未満では、アーク安定性が劣化し、スパッタ発生量が増加する。よって、Tiは0.100質量%以上添加することが必要である。一方、Ti含有量を高めると、上述した溶滴移行形態の変異により、溶け込み深さが減少し、ワイヤ突出し長さが長い場合に溶込み不良が生じやすくなる。Ti含有量が0.150質量%を超えると、完全グロビュール溶滴移行となり、溶込み不良が生じるため、上限値を0.150質量%とする。なお、後述するように、Mn含有量との関係によっては、Ti含有量の上限値は更に低く抑制される。ロボット溶接の場合は、最適電圧及び溶接速度を常に最適に設定することができるので、Ti含有量が低めであっても、アーク安定性が劣化することはない。
【0024】
「B:0.0015乃至0.0070質量%」
Bは少量の添加で溶接金属の結晶粒の微細化による強度と靱性を向上させる効果がある。B含有量が0.0015質量%未満では、溶接金属の強度と靱性の向上効果が現れず、これらの機械的特性が不足する。このため、Bは0.0015質量%を下限値とする。一方、Bを0.0070質量%を超えて過剰に添加すると、高温割れが発生しやすくなる。従って、B含有量は0.0070質量%を上限値とする。なお、S量との関係によって、B含有量の上限値は更に低く抑制される。
【0025】
「Cu:0.10乃至0.45質量%」
Cuは過剰添加で高温割れを発生させやすくなると共に、スラグの性質を変化させて剥離性を劣化させる。その結果、アーク安定性が劣化する。ワイヤ素線にCuを積極的に添加させる必要はなく、通電性、耐錆性、伸線性及び意匠性改善のために、ワイヤ表面に施される銅めっき中のCu分として添加されるものが殆どである。Cuが0.10質量%として換算される量以下のめっき量では、めっき膜の膜厚が薄すぎて通電性が悪く、アーク不安定が生じ、スパッタが増加する。一方、Cu含有量が0.45質量%を超えると、高温割れ及びスラグ剥離性が問題となるので、Cuの上限値は0.45質量%とする。なお、Cuは線材に含まれるものと、銅めっき分とを合計した値とする。
【0026】
「PBS≦10 (PBS=[B]×[S]×10)」
BとSは共に高温割れを引き起こす元素であり、BとSの含有量を夫々単独で規定すること以外に、両元素を相互に関連をもって規制することにより、高温割れを防止する必要がある。即ち、狭開先の溶接施工では高温割れが発生しやすいため、従来以上に割れ防止には留意する必要があり、これらのB及びSの含有量を単独で規制すること以外に、相互に関連をもって規制することが必要である。
【0027】
図2は横軸にS含有量をとり、縦軸にB含有量をとって、割れ発生等と、これらのS及びB含有量との関係を示すグラフ図である。図2に示すように、本願発明者等による実験研究の結果、PBS>10の範囲では、B及びSが共に本発明における規定範囲でも、両元素とも高い含有量範囲にあるため、割れが生じることを知見した。従って、相関パラメータPBSを[B]×[S]×10と定義した場合、このPBSを10以下とすることが必要である。
【0028】
「PMT≦32 (PMT=[Mn]×[Ti]×10)」
MnとTiはスラグの主要生成元素であり、MnとTiの含有量を夫々単独で規定すること以外に、両元素を相互に相関をもって規制することによって、過剰なスラグ発生を防止する必要がある。
【0029】
図3は横軸にMn含有量をとり、縦軸にTi含有量をとって、スラグ量等と、これらのMn及びTi含有量との関係を示すグラフ図である。図3に示すように、PMT>32の範囲では、Mn及びTiがいずれも本発明の規定範囲内でも、両元素とも含有量が高いため、スラグ生成量が多くなり、スラグ剥離性も悪くなるため、アークの安定性が劣化することを本願発明者等が知見した。また、スラグ量が増大すると、頻繁にスラグ除去を行なう必要があり、運転効率が低下してしまう。従って、相関パラメータPMTを[Mn]×[Ti]×10と定義した場合、このPMTを32以下とすることが必要である。
【0030】
「P:0.020質量%以下」
Pは高温割れを発生させる主要元素の一つであり、Pを積極的に添加する必要性はない。従って、高温割れが問題とならない上限値として、Pの上限値を0.020質量%に設定する。
【0031】
「Nb:0.04質量%以下、V:0.04質量%以下、Al:0.04質量%以下」
Nb、V、Alは低入熱溶接条件において、溶接金属の靱性を低下させてしまう。このため、これらの元素は、積極的に添加することは回避すべきであり、靱性劣化を無視できる許容範囲の上限として、これらの元素の規制上限値を夫々0.04質量%とする。
【0032】
「Mo:0.25質量%以下、Cr:0.25質量%以下、及びNi:0.25質量%以下」
Mo、Cr、Niは溶接金属の焼き入れ性を向上させ、強度を上昇させるために、積極的に添加することが好ましい。これらのMo、Cr、Niは、より高い入熱及びパス間温度でも、適度な強度を維持できる。これらの元素の添加は、特に、下限を設ける必要はないが、0.05質量%以上の添加でその効果が顕著となる。一方、これらの元素を0.25質量%を超えて添加すると、溶接金属のミクロ組織がマルテンサイト化し、靱性が低下してしまう。従って、これらの元素は、添加する場合は、夫々0.25質量%以下とする。
【0033】
「ワイヤ表面のMoS:ワイヤ10kgあたり0.01乃至1.00g」
ワイヤ送給性はスラグ剥離性に大きな影響を及ぼす。ワイヤ送給が安定することにより溶融池形成もまた安定となり、生成されたスラグの厚さが均一となり、熱収縮の歪が均一に作用することにより、全面剥離しやすくなる。ワイヤ表面のMoSはチップ・ワイヤ間の給電点における融着を低下し、ワイヤ迭給性向上につながる。従来のワイヤ送給性向上手段としては、ワイヤ表面の粒界に沿って過剰酸化させる方法があるが、この方法では、O量が過剰になってスラグ量が増大するという欠点がある。これに対し、MoSの塗布は、他の送給性向上手段に比べて、スラグ量を増大させることがないため、本発明のワイヤのワイヤ迭給性向上手段として好適である。この効果はワイヤ10kgあたり0.01g以上のMoSの付着で有効である。一方、ワイヤ10kgあたり1.00gを超えてMoSを付着させると、送給系内への堆積が始まり、逆にMoSが詰まることによる送給不良が発生し、スラグ性状に影響を及ぼして、剥離性を低下させることになる。その結果、アーク安定性が劣化する。従って、ワイヤ表面に、ワイヤ10kgあたり0.01乃至1.00gのMoSを存在させることが好ましい。
【実施例】
【0034】
以下、本発明の効果を説明するために、本発明の範囲に入る実施例のワイヤと、本発明の範囲から外れる比較例のワイヤとについて、溶接試験を実施した結果について説明する。図4(a)乃至(c)は、溶接試験体形状と開先形状を示す図である。図4(a)は開先部を拡大して示す断面図、図4(b)は試験体の正面図、図4(c)は側面図である。ダイヤフラム1がその面を垂直にして配置され、丸型鋼管3がその軸を水平にし、丸型鋼管3の端面をダイヤフラム1に対向させて配置されている。この丸型鋼管3の端面が面取りされて、ダイヤフラム1との間にレ型開先が形成されている。また、丸型鋼管3の内面に筒状の裏当て金2が配置されている。そして、この開先部を溶接トーチ4により周溶接した。
【0035】
下記表1は溶接条件を示す。また、下記表2はダイヤフラム1,鋼管3及び裏当て金2の鋼板の組み合わせを示し、表3はダイヤフラム1、鋼管3及び裏当金2の組成(質量%)を示す。図4に示す溶接試験体を、表1に示す溶接条件で市販の鉄骨建築用ロボット溶接システムを使用して溶接した。なお、ダイヤフラム1と鋼管3は高炉材であるのに対し、裏当て金2は市販の電炉材であり、裏当て金2は著しく窒素含有量が高く、溶接性が劣るものである。開先角度は一般的には35°、ルートギャップは7mmであるが、この溶接試験では、開先角度が30°、ルートギャップが5mmの狭開先施工としている。そして、溶接終了後のスラグの剥離性をデジタル画像処理により算出し、スラグ量を計測し、溶接金属の強度と靱性の指標として引張試験とシャルピー衝撃試験を実施した。また、溶接中のアークの安定性とスパッタ発生量も記録した。更に、溶込み不足と高温割れの発生の有無を超音波探傷試験にて調べた。
【0036】
下記表4は、実施例及び比較例のワイヤ組成(質量%)を示す。また、下記表5は、溶接試験の試験結果を示す。なお、表4の組成で、「<0.***」としているのは、組成の分析結果が一般的な分析精度の下限値未満の値であることを示し、工業的には含有していないものである。
【0037】
表5に示す各特性の評価方法については以下のとおりである。スラグの剥離性評価方法については、剥離性とスラグ量の評価は鋼管の板厚が薄い条件1(表2参照)でのみ計測した。なお、条件1でスラグ剥離性が良好であった溶接ワイヤは条件2でも同じく良好であることを確認している。溶接開始点が最終パスの溶接に入る際に、ワイヤから90°戻った地点を中心として前後100mm、合計200mmを写真撮影した(図4(b)及び(c)参照)。次に、そのビード外観写真を、(a)スラグが自然剥離した部分と(b)スラグが付着したままの部分とに2値化して、その分布を求めた。画像解析ソフトによりそれぞれのピクセルの合計を計算し、(a)/((a)+(b))×100でスラグ剥離率(%)を求めた。スラグ剥離率が15%以上のものを、スラグ剥離性良好と判定した。
【0038】
次に、スラグ量については、ビード外観写真撮影後に自然剥離したものも含めて、全てのスラグを回収し、重量測定した。このスラグ量が12g以下のものを、スラグ量が良好であるとした。
【0039】
溶接金属の引張試験とシャルピー衝撃試験は、条件2(表2参照)において、JIS Z3111のA2号(平行部直径6mm)及び標準試験片(10mm角)を、夫々図5及び図6に示す位置より採取し、試験に供した。なお、引張試験は室温の20℃、シャルピー衝撃試験は0℃、3本平均を評価値とした。引張強さが490N/mm以上、シャルピー衝撃試験が平均70J以上を合格とした。
【0040】
アーク安定性は溶接中の官能評価によるもので、特にスラグがアークの発生を邪魔し、乱すことがなかった場合を良好と判断した。なお、ワイヤ送給不良に起因するアークの乱れが生じた場合も不合格とした。
【0041】
スパッタ発生量は条件1(表2参照)における溶接終了後にシールドノズルに付着したスパッタを回収し、重量測定したものである。スパッタ発生量が6g以下を良好と判定した。
【0042】
【表1】

【0043】
【表2】

【0044】
【表3】

【0045】
【表4−1】

【0046】
【表4−2】

【0047】
【表4−3】

【0048】
【表4−4】

【0049】
【表5−1】

【0050】
【表5−2】

【0051】
表5に示すように、本発明の実施例1乃至18は、各成分の組成範囲が本発明の請求項1乃至3にて規定した範囲内にあるので、スラグの剥離性、スラグ量、溶接金属の強度、靱性、アークの安定性、低スパッタ性、溶込み性能、及び耐割れ性が全て良好であり、優れた溶接作業性と溶接金属の優れた機械的性質が得られている。
【0052】
一方、比較例19乃至50は本発明の範囲から外れるものであるが、比較例19はCが過少であり、溶接金属の強度が不足した。比較例20はCが過剩であり、溶接金属に高温割れが発生し、強度が過剰で低靱性化した。また、スパッタも多く、アーク安定性が悪かったため、連続溶接性も劣化した。比較例21はSiが過少であり、溶接金属の強度が不足し、スラグ剥離性も悪く、スラグが邪魔でアーク不安定となり、連続溶接性が劣化した。また、脱酸不足でブローホールも発生した。比較例22はSiが過剰であり、溶接金属の靱性が不足し、スラグ量が過剰で邪魔となり、アークが不安定となって連続溶接性が劣化した。比較例23はMnが過少であり、靱性が低く、脱酸不足でブローホールも発生した。比較例24はMnが過剰であり、スラグ量が多く、剥離性も悪かった。また、スラグが邪魔でアーク不安定となり、連続溶接性が劣化した。比較例25はTiが過少であり、スパッタ発生量が多く、アーク安定性が劣り、シールドノズル詰まりが生じやすいため、連続溶接性が劣化した。比較例26、27はTiが過剰であり、溶滴移行が完全グロビュール移行となったため、溶込み不良が多発した。比較例28はMn、Tiの各成分は夫々規定範囲を満足しているが、パラメータPMTが大きすぎたため、スラグ量が多く、剥離性も悪かった。また、スラグが邪魔で、アーク不安定となり、連続溶接性が劣化した。比較例29はSが過少であり、スラグの剥離性が悪く、スラグが邪魔でアーク不安定となり、連続溶接性が劣化した。比較例30はSが過剰であり、靭性が低いと共に高温割れも発生した。スラグは剥離性は良いものの、付着しているものは粒状化し、厚さが増してアークの安定性を損なっていた。その結果、連続溶接性が劣化した。
【0053】
比較例31はS及びBの各成分は本発明の規定範囲を満足しているが、パラメータPBSが大きすぎたため、耐割れ性が損なわれ、割れが発生した。比較例32はPが過剰であり、靭性が低いと共に高温割れも発生した。比較例33はCuが過少であり、銅めっき層の厚さが薄いため、通電不良となり、微小融着が多発してアークが不安定化し、スパッタも増加した。比較例34はCuが過剰であり、高温割れが発生すると共にスラグ剥離性も悪く、スラグが邪魔でアーク不安定となり、連続溶接性が劣化した。比較例35はBが不足しており、強度と靭性が不足した。比較例36はBが過剰であり、高温割れが発生した。
【0054】
比較例37はMn、Ti、B、及びSの各元素は、夫々単独で本発明の規定範囲を満足しているが、パラメータPMT、PBSが本発明の規定範囲を超えている。このため、スラグ量が多く、スラグ剥離性も悪かった。また、スラグが邪魔でアーク不安定となり、連続溶接性が劣化し、更に高温割れも発生した。比較例38乃至40は夫々Nb、V、Alが過剰であり、靱性が低下した。比較例41乃至43は夫々Mo、Cr、Niが過剰であり、強度が向上したものの、この強度が過剰であり、逆に靭性が低下した。比較例44はMoS付着量が過剰であり、コンジットライナー等の送給系にMoSが堆積して詰まり、ワイヤ送給が非常に不安定となった。その結果、アーク安定性が損なわれ、スラグ分布が不均一化して悪影響を及ぼし、スラグ剥離性が低下した。結果、スラグが邪魔で、連続溶接性が劣化した。
【0055】
比較例45はTiが過剰であり、Sが過少であり、Bが無添加である。このため、Ti過剰により、溶液移行が完全グロビュールとなったため、溶込み不良が多発した。更に、Sが過少なことから、スラグ剥離性も悪かった。また、スラグが邪魔でアーク不安定となり、連続溶接性が劣化した。更に、B無添加のため、強度及び靱性が不足した。比較例46はTiが過剰であり、S及びMnが過少である。Ti過剰により溶滴移行が完全グロビュール移行となったため、溶込み不良が多発した。更に、Sが過少なことから、剥離性も悪かった。スラグが邪魔でアーク不安定となり、連続溶接性が劣化した。Mnが過少のため、強度及び靭性が不足すると共に、脱酸不足でブローホールも発生した。比較例47はCが過剰であり、Mnが不足し、Ti及びBが無添加である。このため、Mn不足とB無添加により、強度及び靱性が不足し、脱酸不足でブローホールも発生した。C過剰により高温割れが発生し、更にTi無添加も相乗してスパッタが極めて多く、アーク安定性が悪かった。
【0056】
比較例48はTi、PMT、Moが過剰であり、Si及びSが不足する。このため、Ti過剰により溶滴移行が完全グロビュール移行となったため、溶込み不良が多発した。更に、Si及びSが過少なことから、スラグ剥離性も悪かった。スラグが邪魔でアーク不安定となり、連続溶接性が劣化した。また、Mo過剰により靱性が不足した。更に、Si不足による脱酸不足で、ブロ−ホールも発生した。比較例49はSiとSが過剰であり、Tiが不足し、Bが無添加である。B無添加により靭性が低下し、強度も低かった。Si及びSが過剰のため、スラグ量が多く、かつ粒状化してアーク安定性を損なった。その結果、連続溶接性が劣化した。また、Ti不足によりスパッタが多発した。S過剰のため、高温割れも発生した。比較例50はSiが不足し、Bが過剰であり、PBSが大きすぎる。Si不足により溶接金属の強度が不足し、スラグ剥離性も悪く、スラグが邪魔でアーク不安定となり、連続溶接性が劣化した。Si不足により脱酸不足でブローホールも発生した。また、PBSが大きすぎるため、高温割れも発生した。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】ワイヤ成分におけるTi量とワイヤ突出し長さが溶込み深さに及ぼす影響を示す図である。
【図2】本請求におけるBとSの範囲の示す図である。
【図3】本請求におけるMnとTiの範囲の示す図である。
【図4】溶接試験体形状と開先形状を示す図である。
【図5】溶接金属引張試験片の採取位置である。
【図6】溶接金属シャルピー衝撃試験片の採取位置である。
【符号の説明】
【0058】
1 ダイヤフラム
2 裏当て金
3 丸型鋼管
4 トーチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.03乃至0.10質量%、Si:0.67乃至1.00質量%、Mn:1.81乃至2.50質量%、S:0.006乃至0.018質量%、Ti:0.100乃至0.150質量%、B:0.0015乃至0.0070質量%、めっき分含むCu:0.10乃至0.45質量%以下を含有し、下記数式で表されるパラメータPBS及びPMTがPBS≦10、PMT≦32を満足し、P:0.020質量%以下、Nb:0.04質量%以下、V:0.04質量%以下、Al:0.04質量%以下に規制し、残部Fe及び不可避不純物であることを特徴とする炭酸ガス溶接用ソリッドワイヤ。
BS=[B]×[S]×10
MT=[Mn]×[Ti]×10
【請求項2】
Mo:0.25質量%以下、Cr:0.25質量%以下、及びNi:0.25質量%以下からなる群から選択された少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項1に記載の炭酸ガス溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項3】
ワイヤ表面にMoSが、ワイヤ10kgあたり、0.01乃至1.00g存在することを特徴とする請求項1又は2に記載の炭酸ガス溶接用ソリッドワイヤ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−178737(P2009−178737A)
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−19482(P2008−19482)
【出願日】平成20年1月30日(2008.1.30)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】