説明

無機有機複合物質、無機有機複合物質の製造方法、無機有機複合物質を用いた製品

【課題】 従来の無機有機複合物質よりもさらに長寿命で安定な電荷分離状態が得られる無機有機複合物質を提供する。
【解決手段】
アルミニウム置換メソポーラスシリカを、前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩の溶液中に浸漬させる等の方法により、無機有機複合物質を製造する。図1に、その一例を示す。本発明の無機有機複合物質は、光触媒、光増感剤、色素、酸化剤、還元剤、電池、色素増感型太陽電池、有機EL素子、およびその他のあらゆる用途に用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機有機複合物質、無機有機複合物質の製造方法、無機有機複合物質を用いた製品に関する。
【背景技術】
【0002】
電子供与体・受容体連結分子は、例えば、光合成モデルなどの研究に用いられている。電子供与体・受容体連結分子としては、従来、ポルフィリンなどの色素分子が数多く報告され、その電荷分離状態(電子移動状態)が報告されている。これら電子供与体・受容体連結分子は、産業上利用性の観点から、電荷分離状態の寿命の長さ、酸化力の強さ、還元力の強さ等の特性が要求されており、さらなる特性向上のために研究が重ねられている。
【0003】
それらの特性の中でも、電荷分離状態の寿命の長さは重要な要素である。電荷分離状態の寿命がきわめて短ければ、電荷分離状態における特性を十分に利用できないためである。長寿命の電荷分離状態が得られる電子供与体・受容体連結分子としては、例えば、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン(特許文献1、非特許文献1および2参照)等が報告されている。しかし、このような電子供与体・受容体連結分子は、光照射によって長寿命の電荷分離状態が得られたとしても、溶液中では、分子間の逆電子移動により失活してしまう。この失活を防ぐためには、低温で溶媒を凍結する必要がある。このため、従来の電子供与体・受容体連結分子では、溶液中で電荷分離状態を利用することが困難であり、それが産業上利用における問題となっていた。
【0004】
そこで、本発明者等は、ゼオライトと、電子供与体・受容体連結分子であるキノリニウムイオン誘導体(類縁体)とから形成された無機有機複合物質を発明した。この無機有機複合物質によれば、それまでの電子供与体・受容体連結分子と比較して、はるかに長寿命で安定な電荷分離状態を得ることができる(非特許文献3)。しかしながら、さらに長寿命で安定な電荷分離状態を得ることができれば、電子移動を利用する産業上の分野、例えば酸化剤、還元剤等の分野において、より一層、前記電荷分離状態の利用価値が高くなると考えられる。
【0005】
【特許文献1】特開2005−145853号公報
【非特許文献1】S. Fukuzumi, H. Kotani, K. Ohkubo, S. Ogo, N. V. Tkachenko, H. Lemmetyinen, J. Am. Chem. Soc., 2004, 126, 1600
【非特許文献2】K. Ohkubo, H. Kotani, S. Fukuzumi, Chem. Commun. 2005, 4520.
【非特許文献3】日本化学会第87春季年会講演予稿集CD-ROM, 2E4-41
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、従来の無機有機複合物質よりもさらに長寿命で安定な電荷分離状態が得られる無機有機複合物質の提供を目的とする。さらに、本発明は、前記無機有機複合物質の製造方法、および前記無機有機複合物質を用いた製品を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、前記課題を解決するために、鋭意研究を重ねた結果、無機物質として、メソポーラスシリカのケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有するアルミニウム置換メソポーラスシリカを用いることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明の無機有機複合物質は、
無機物質と有機物質とから形成された無機有機複合物質であって、
前記無機物質は、メソポーラスシリカのケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有するアルミニウム置換メソポーラスシリカであり、
前記有機物質は、電子供与体部位と電子受容体部位とが連結した電子供与体・受容体連結分子またはその塩から形成された有機物質である。
【0009】
本発明の製造方法は、本発明の無機有機複合物質を製造する方法であり、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカを、前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩の溶液中に浸漬させる浸漬工程を含む製造方法である。
【0010】
本発明の製品は、本発明の無機有機複合物質を含み、光触媒、光増感剤、色素、酸化剤、還元剤、電池、色素増感型太陽電池、または有機EL素子として用いられる製品である。すなわち、本発明の光触媒、光増感剤、色素、酸化剤、還元剤、電池、色素増感型太陽電池、または有機EL素子は、それぞれ、本発明の無機有機複合物質を含む。
【発明の効果】
【0011】
本発明の無機有機複合物質は、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカと、前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩とから形成されていることにより、従来の無機有機複合物質よりもさらに長寿命で安定な電荷分離状態が得られる。このため、本発明の無機有機複合物質は、前記電子供与体・受容体連結分子の電荷分離状態の特性を十分に利用することが可能であり、光触媒、光増感剤、色素、酸化剤、還元剤、電池、色素増感型太陽電池、有機EL素子等の種々の製品に使用することができる。例えば、本発明の無機有機複合物質を白金触媒と組み合わせることで、水素発生光触媒とすることも可能である。また、本発明の電池は、本発明の無機有機複合物質を色素として含むことで、色素増感型太陽電池として用いることもできる。さらに、本発明の無機有機複合物質の用途は、これらに限定されず、あらゆる用途に使用可能である。また、本発明の無機有機複合物質は、前記本発明の製造方法により簡便かつ効率的に製造することができる。ただし、本発明の無機有機複合物質を製造する方法はこれに限定されず、どのような製造方法でも良い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
次に、本発明の実施形態について説明する。ただし、本発明は、以下の説明には限定されない。
【0013】
[1.無機有機複合物質]
まず、本発明の無機有機複合物質について説明する。
【0014】
多孔性物質(無機物質)と電子供与体・受容体連結分子(有機物質)とから無機有機複合物質を形成すると、電子供与体・受容体連結分子単独よりも長寿命の電荷分離状態が得られやすい。この理由は、必ずしも明らかではないが、例えば以下のように考えられる。ただし、以下の説明は推定可能な機構の一例であり、本発明はこの考察により何ら限定されない。
【0015】
すなわち、電子供与体・受容体連結分子は、例えば溶液中での光照射等により励起することで、電荷分離状態が生成する。しかし、前記電荷分離状態の分子が2分子以上近接して存在すると、分子間の電子移動反応によって容易に元の状態に戻り、失活してしまう。すなわち、電荷分離状態の寿命が短く、その特性を十分に利用できない。
【0016】
例えば、前記電子供与体・受容体連結分子が、多孔性物質の細孔内に挿入された構造等をとることにより、前記電子供与体・受容体連結分子の電荷分離状態分子が互いに孤立化した状態となり、前記分子間電子移動反応を抑制できると考えられる。これにより、電荷分離状態の高い反応性を効率的に利用できる。
【0017】
次に、本発明の無機有機複合物質において、従来の無機有機複合物質よりも長寿命かつ安定な電荷分離状態を得ることができる機構としては、例えば以下の機構が考えられる。ただし、以下の説明も、推定可能な機構の一例に過ぎず、本発明を何ら制限ないし限定しない。
【0018】
すなわち、メソポーラスシリカは、その孔径が比較的大きい。したがって、分子サイズが大きい電子供与体・受容体連結分子もその細孔内に挿入することができる。分子サイズが大きい電子供与体・受容体連結分子は、一般に、電子移動に伴う再配列エネルギーが小さいため分子内の逆電子移動反応が抑制され、分子サイズが小さい電子供与体・受容体連結分子よりも長寿命の電荷分離状態を達成することが可能である。これにより、本発明の無機有機複合物質は、従来の無機有機複合物質よりも長寿命かつ安定な電荷分離状態を得ることができる。本発明の無機有機複合物質によれば、例えば、室温またはそれよりも高い温度において長寿命の電荷分離状態を得ること等も可能である。本発明の無機有機複合物質の電荷分離状態の寿命は、特に制限されないが、真空中、25℃(298K)において、例えば1秒以上、好ましくは1×10秒以上、より好ましくは5×10秒以上であり、上限値は特に制限されないが、例えば1×10秒以下である。また、本発明の無機有機複合物質の電荷分離状態の寿命は、真空中、100℃(373K)において、例えば1×10−1秒以上、好ましくは10秒以上、より好ましくは1×10秒以上であり、上限値は特に制限されないが、例えば5×10秒以下である。
【0019】
本発明の無機有機複合物質は、前述の通り、アルミニウム置換メソポーラスシリカ(無機物質)と、電子供与体・受容体連結分子またはその塩(有機物質)とから形成されている。以下、これらアルミニウム置換メソポーラスシリカおよび電子供与体・受容体連結分子について説明する。
【0020】
[1−1.アルミニウム置換メソポーラスシリカ(無機物質)]
メソポーラスシリカとは、メソポアすなわち孔径が比較的大きい細孔を有するシリカゲルのことである。アルミニウム置換メソポーラスシリカとは、本発明では、メソポーラスシリカのケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有する無機物質をいう。本発明の無機有機複合物質における前記アルミニウム置換メソポーラスシリカは、Si、AlおよびO以外の元素を含んでいても含んでいなくても良い。本発明において、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカに含まれることがあるSi、AlおよびO以外の元素としては、特に制限されないが、例えば、水素(H)、アルカリ金属(Li、Na、K、Rb、CsおよびFr)、ハロゲン(F、Cl、Br、I、およびAt)、遷移金属(例えば、Fe、Cu、Mn)等がある。
【0021】
本発明の無機有機複合物質における前記アルミニウム置換メソポーラスシリカは、その細孔、すなわち「メソポア」の孔径は、特に制限されないが、例えば、以下の通りとする。すなわち、まず、TEM(透過型電子顕微鏡、株式会社日立製作所製、商品名HITACHI Model H-800 transmission electron microscope)の倍率を5×105倍に設定し、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカの表面を、1μm四方の正方形領域において観察する。そして、前記正方形領域内において観察された全てのメソポアのうち、長径(最大径)Lmax(nm)と短径(最小径)Lmin(nm)のいずれもが一定の数値範囲内であるメソポアの数が、観察された全てのメソポアの数の80%以上であるものとする。前記一定の数値範囲とは、例えば、2〜50nm、好ましくは、2〜10nm、より好ましくは、2〜4nmである。ただし、上記測定方法は、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカのメソポア孔径を測定する方法の一例であり、本発明の無機有機複合物質における前記アルミニウム置換メソポーラスシリカは、この測定方法により測定されたものに限定されない。
【0022】
なお、本発明の無機有機複合物質におけるアルミニウム置換メソポーラスシリカは、メソポーラスシリカすなわち二酸化ケイ素を基本骨格とする物質のケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有する物質であるから、ゼオライトの一種であるということもできる。「ゼオライト」とは、狭義には、二酸化ケイ素を基本骨格とする物質のケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有する物質のうち、細孔の大きさが2.0nm以下(例えば0.5〜2.0nm)程度の物質をいうことがある。しかし、本発明では、ゼオライトとは、二酸化ケイ素を基本骨格とする物質のケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有する物質全般をいうものとする。
【0023】
本発明の無機有機複合物質における前記アルミニウム置換メソポーラスシリカは特に制限されず、例えば、公知のアルミニウム置換メソポーラスシリカを適宜用いることができる。また、本発明において、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカは、適宜合成(製造)して用いても良いし、市販品を用いても良い。合成(製造)する場合の製造方法も特に制限されないが、例えば、界面活性剤をテンプレートとして用いたゾルゲル法により製造可能であり、界面活性剤の種類を変えることによって細孔の大きさや形、充填構造を制御することができる。より具体的には、例えば以下の通りである。すなわち、まず、不活性ガス雰囲気中で、アルミニウム化合物(例えばトリイソプロポキシアルミニウム)とアルカリ(例えば、水酸化ナトリウム)との水溶液を調製する。この水溶液中に、臨界ミセル濃度以上の濃度で界面活性剤を溶解させ、前記界面活性剤の種類に応じて一定の大きさと構造をもつミセル粒子を形成させる。しばらく静置すると、前記ミセル粒子が充填構造をとり、コロイド結晶となる。さらに、この溶液中に、シリカ源となるテトラエトキシシラン等を加え、前記コロイド結晶の隙間でゾルゲル反応を進行させ、アルミニウム置換メソポーラスシリカ骨格を形成させる。反応終了後、得られたアルミニウム置換メソポーラスシリカを高温で焼成し、鋳型とした界面活性剤を分解・除去して純粋なアルミニウム置換メソポーラスシリカを得る。このようにして、本発明で用いるアルミニウム置換メソポーラスシリカを得ることができる。
【0024】
前記アルミニウム置換メソポーラスシリカ合成反応において、反応温度は特に制限されず、例えば、室温(5〜35℃)の水中で前記反応を行っても良く、熱水(100℃の水)中で前記反応を行っても良く、その間の適宜な温度において前記反応を行っても良い。反応時間も特に制限されず、適宜設定すれば良い。また、前記界面活性剤として、例えば、小分子系カチオン性界面活性剤を用いることで、MCMシリーズ(例えばMCM−41型)メソポーラスシリカに対応するアルミニウム置換メソポーラスシリカが製造可能である。さらに、前記界面活性剤として、例えば、ブロックコポリマーを用いることで、SBAシリーズ(例えばSBA−15型)メソポーラスシリカに対応するアルミニウム置換メソポーラスシリカが製造可能である。前記アルミニウム置換メソポーラスシリカ合成反応は、例えば、下記文献(1)〜(4)等を参照して適宜行うことができる。
(1) Kresge, C. T.; Leonowicz, M. E.; Roth, W. J.; Vartuli, J. C.; Beck, J. S. Nature 1992, 359, 710-712
(2) Beck, J. S. et al J. Am. Chem. Soc. 1992, 114, 10834
(3) Corma, A.; Kumar, D. Stud. Surf. Sci. Catal. 1998, 117, 201
(4)Janicke, M. T. et al. J. Am. Chem. Soc. 1998, 120, 6940-6951.
【0025】
本発明の無機有機複合物質において、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカは、前述の通り特に制限されないが、例えば、MCM−41型、MCM−48型、MCM−50型、SBA−15型、またはFSM−16型メソポーラスシリカのケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有するアルミニウム置換メソポーラスシリカであることが好ましい。これらの中で、MCM−41型メソポーラスシリカのケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有するアルミニウム置換メソポーラスシリカ(AlMCM−41)が特に好ましい。なお、本発明において、AlMCM−41における細孔(メソポア)の孔径は、特に制限されないが、例えば2〜10nmである。
【0026】
なお、本発明の無機有機複合物質の構造は特に限定されないが、例えば、前述のように、前記電子供与体・受容体連結分子が、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカの細孔内に挿入された構造を有することが好ましい。前記電子供与体・受容体連結分子がイオン交換によって細孔内に挿入固定化されると、容易に脱着せず安定な構造となるため、電荷分離状態における高い反応性等の特性を十分に利用できると考えられるためである。ただし、この説明も、本発明を何ら限定しない。
【0027】
[1−2.電子供与体・受容体連結分子またはその塩(有機物質)]
次に、前記有機物質について説明する。本発明の無機有機複合物質において、前記有機物質は、電子供与体・受容体連結分子またはその塩から形成される以外は特に制限されないが、例えば以下の通りである。
【0028】
前記電子供与体・受容体連結分子は、例えば、カチオン性分子であることが好ましい。すなわち、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカ(無機物質)は、二酸化ケイ素骨格のケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換されているため、前記アルミニウム原子が酸点(負に帯電した部分)となる。これにより、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカ(無機物質)は、骨格全体が負に帯電し、その細孔(メソポア)内に、カチオン(例えば、Li、Na、K等のアルカリ金属イオン、その他任意の金属イオン等)が取り込まれた構造をしている。そこに、カチオン性分子である前記電子供与体・受容体連結分子を加えると、前記細孔内のカチオンと前記電子供与体・受容体連結分子とのカチオン交換反応が起こる。これにより、前記電子供与体・受容体連結分子が前記アルミニウム置換メソポーラスシリカの細孔内に取り込まれた本発明の無機有機複合物質を形成することができるのである。ただし、この説明も例示であり、本発明を限定するものではない。
【0029】
前記有機物質において、例えば、
前記電子供与体部位が、1または複数の電子供与基であり、
前記電子受容体部位が、1または複数の芳香族カチオンであることがより好ましい。この場合、前記芳香族カチオンは、単環でも縮合環でも良く、芳香環は、ヘテロ原子を含んでいても含んでいなくても良く、前記電子供与基以外の置換基を有していても有していなくても良い。また、前記芳香族カチオンを形成する芳香環は、その環構成原子数は特に制限されないが、5〜26員環であることがさらに好ましい。
【0030】
前記芳香族カチオンを形成する芳香環は、具体的には、例えば、ピロリニウム環、ピリジニウム環、キノリニウム環、イソキノリニウム環、アクリジニウム環、3,4−ベンゾキノリニウム環、5,6−ベンゾキノリニウム環、6,7−ベンゾキノリニウム環、7,8−ベンゾキノリニウム環、3,4−ベンゾイソキノリニウム環、5,6−ベンゾイソキノリニウム環、6,7−ベンゾイソキノリニウム環、7,8−ベンゾイソキノリニウム環、および、それらの環を構成する炭素原子の少なくとも一つがヘテロ原子で置換された環、からなる群から選択される少なくとも一つであることが一層好ましい。アクリジニウム環、ベンゾキノリニウム環、ベンゾイソキノリニウム環等の大環状の(π電子数が多い)芳香族カチオンであれば、例えば、吸収帯が長波長側にシフトし、可視光領域に吸収を有することにより、可視光励起も可能となり得る。
【0031】
前記電子供与体・受容体連結分子は、より具体的には、例えば、下記式(1)〜(8)のいずれかで表される化合物、その立体異性体および互変異性体からなる群から選択される少なくとも一つが挙げられる。
【化4】

前記式(1)〜(8)中、
Rは、水素原子または任意の置換基であり、
Arは、前記電子供与基であり、1個でも複数でも良く、複数の場合は同一でも異なっていても良く、
芳香族カチオンを形成する芳香環は、RおよびAr以外の任意の置換基を1以上有していても良いし、有していなくても良い。
【0032】
前記式(1)〜(8)中、Rは、水素原子、アルキル基、ベンジル基、カルボキシアルキル基(末端にカルボキシル基が付加したアルキル基)、アミノアルキル基(末端にアミノ基が付加したアルキル基)、またはポリエーテル鎖であることが好ましい。Rは、水素原子、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基、ベンジル基、末端にカルボキシル基が付加した炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基、末端にアミノ基が付加した炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基、またはポリエチレングリコール(PEG)鎖であることがより好ましい。PEG鎖は、前記ポリエーテル鎖の一例であるが、前記ポリエーテル鎖の種類は、これに限定されず、どのようなポリエーテル鎖でも良い。R1において、前記ポリエーテル鎖の重合度は特に限定されないが、例えば1〜100、好ましくは1〜50、より好ましくは1〜10である。前記ポリエーテル鎖がPEG鎖の場合、重合度は特に限定されないが、例えば1〜100、好ましくは1〜50、より好ましくは1〜10である。
【0033】
前記電子供与体・受容体連結分子において、前記電子供与基(例えば前記式(1)〜(8)中のAr)は、水素原子、アルキル基、および芳香環からなる群から選択される少なくとも一つであることが好ましい。この場合、前記芳香環は環上にさらに1または複数の置換基を有していても良く、前記置換基は複数の場合は同一でも異なっていても良く、前記電子供与基は、複数の場合は同一でも異なっていても良い。また、この場合の前記電子供与基において、前記アルキル基が、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基であることがより好ましい。さらに、前記電子供与基(例えば前記式(1)〜(8)中のAr)において、前記芳香環が、ベンゼン環、ナフタレン環、アントラセン環、フェナントレン環、ピリジン環、チオフェン環、およびピレン環からなる群から選択される少なくとも一つであることがより好ましい。前記電子供与基(例えば前記式(1)〜(8)中のAr)において、前記芳香環上の置換基は、アルキル基、アルコキシ基、第1級〜第3級アミン、カルボン酸、およびカルボン酸エステルからなる群から選択される少なくとも一つであることがより好ましい。Arにおいて、前記芳香環上の置換基は、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルコキシ基、第1級〜第3級アミン、カルボン酸、およびカルボン酸エステルからなる群から選択される少なくとも一つであることがさらに好ましい。なお、前記芳香環上の置換基において「カルボン酸」とは、カルボキシル基または末端にカルボキシル基が付加した基(例えばカルボキシアルキル基等)をいい、「カルボン酸エステル」とは、アルコキシカルボニル基、フェノキシカルボニル基等のカルボン酸エステル基、およびアシルオキシ基をいう。前記カルボキシアルキル基中のアルキル基としては、例えば、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基が好ましく、前記アルコキシカルボニル基中のアルコキシ基としては、例えば、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルコキシ基が好ましい。
【0034】
前記電子供与基(例えば前記式(1)〜(8)中のAr)は、例えば、フェニル基、o−トリル基、m−トリル基、p−トリル基、2,3−ジメチルフェニル基、2,4−ジメチルフェニル基、2,5−ジメチルフェニル基、2,6−ジメチルフェニル基、3,4−ジメチルフェニル基、3,5−ジメチルフェニル基、2,3,4−トリメチルフェニル基、2,3,5−トリメチルフェニル基、2,3,6−トリメチルフェニル基、メシチル基(2,4,6−トリメチルフェニル基)、および3,4,5−トリメチルフェニル基からなる群から選択される少なくとも一つであることが一層好ましい。
【0035】
前記電子供与体・受容体連結分子として、さらに具体的には、例えば、下記式(9)で表される9−置換アクリジニウムイオン、その互変異性体および立体異性体、からなる群から選択される少なくとも一つがより好ましい。
【化5】

前記式(9)中、RおよびArは、前記式(1)と同じである。
【0036】
前記電子供与体・受容体連結分子としては、例えば、下記式(10)で表される9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンが特に好ましい。
【化6】

【0037】
本発明の無機有機複合物質において、前記電子供与体・受容体連結分子に互変異性体または立体異性体(例:幾何異性体、配座異性体および光学異性体)等の異性体が存在する場合は、いずれの異性体も本発明に用いることができる。また、前記電子供与体・受容体連結分子の塩は、酸付加塩でも良いが、前記電子供与体・受容体連結分子が塩基付加塩を形成し得る場合は、塩基付加塩でも良い。さらに、前記酸付加塩を形成する酸は無機酸でも有機酸でも良く、前記塩基付加塩を形成する塩基は無機塩基でも有機塩基でも良い。前記無機酸としては、特に限定されないが、例えば、硫酸、リン酸、フッ化水素酸、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、次亜フッ素酸、次亜塩素酸、次亜臭素酸、次亜ヨウ素酸、亜フッ素酸、亜塩素酸、亜臭素酸、亜ヨウ素酸、フッ素酸、塩素酸、臭素酸、ヨウ素酸、過フッ素酸、過塩素酸、過臭素酸、および過ヨウ素酸等があげられる。前記有機酸も特に限定されないが、例えば、p−トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、シュウ酸、p−ブロモベンゼンスルホン酸、炭酸、コハク酸、クエン酸、安息香酸および酢酸等があげられる。前記無機塩基としては、特に限定されないが、例えば、水酸化アンモニウム、アルカリ金属水酸化物、アルカリ土類金属水酸化物、炭酸塩および炭酸水素塩等があげられ、より具体的には、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、水酸化カルシウムおよび炭酸カルシウム等があげられる。前記有機塩基も特に限定されないが、例えば、エタノールアミン、トリエチルアミンおよびトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン等があげられる。これらの塩の製造方法も特に限定されず、例えば、前記電子供与体・受容体連結分子に、前記のような酸や塩基を公知の方法により適宜付加させる等の方法で製造することができる。また、置換基等に異性体が存在する場合はどの異性体でも良く、例えば、「ナフチル基」という場合は、1-ナフチル基でも2-ナフチル基でも良い。
【0038】
また、本発明の無機有機複合物質において、前記電子供与体・受容体連結分子の吸収帯は特に限定されないが、可視光領域に吸収帯を有することが好ましい。可視光領域に吸収帯を有することで、本発明の無機有機複合物質を可視光励起することが可能となり得るためである。これによれば、太陽光をエネルギー源として利用できるので、例えば、太陽電池等への適用も可能である。
【0039】
なお、本発明において、アルキル基としては、特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert-ブチル基等が挙げられ、アルキル基を構造中に含む基(アルキルアミノ基、アルコキシ基等)においても同様である。また、ペルフルオロアルキル基としては、特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert-ブチル基等から誘導されるペルフルオロアルキル基が挙げられ、ペルフルオロアルキル基を構造中に含む基(ペルフルオロアルキルスルホニル基、ペルフルオロアシル基等)においても同様である。本発明において、アシル基としては、特に限定されないが、例えば、ホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、イソブチリル基、バレリル基、イソバレリル基、ピバロイル基、ヘキサノイル基、シクロヘキサノイル基、ベンゾイル基、エトキシカルボニル基、等が挙げられ、アシル基を構造中に含む基(アシルオキシ基、アルカノイルオキシ基等)においても同様である。また、本発明において、アシル基の炭素数にはカルボニル炭素を含み、例えば、炭素数1のアルカノイル基(アシル基)とはホルミル基を指すものとする。さらに、本発明において、「ハロゲン」とは、任意のハロゲン元素を指すが、例えば、フッ素、塩素、臭素およびヨウ素が挙げられる。
【0040】
本発明の無機有機複合物質において、前記有機物質(電子供与体・受容体連結分子)は、市販品を用いても良いし、適宜製造(合成)しても良い。製造する場合、製造方法は特に制限されず、例えば、公知の製造方法により、または公知の製造方法を参考にして、適宜製造することができる。一例として、前記式(9)で表される電子供与体・受容体連結分子の場合は、例えば下記のように、アクリドンまたはその誘導体(11)のグリニヤール(Grignard)反応により製造することができる。下記式(11)および(12)において、RおよびArは、式(9)と同じである。反応条件(反応温度、反応時間、溶媒等)も特に制限されず、公知のグリニヤール(Grignard)反応等を参考にして適宜設定すれば良い。
【化7】

【0041】
例えば、下記式(10)で表される9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンの場合は、市販品を用いても良いが、以下のようにして製造することもできる。すなわち、まず、十分に乾燥させた反応容器内をアルゴン置換し、常温常圧のアルゴン雰囲気とする。その雰囲気中で、臭化メシチレン(市販試薬)2.0g(10mmol)、マグネシウム(市販試薬)250mg(10mmol)および脱水テトラヒドロフラン5mL中を攪拌し、グリニヤール(Grignard)試薬を調製する。その中に、10−メチルアクリドン(市販試薬)1.0g(4.8mmol)の脱水ジクロロメタン溶液50mLを加えて12時間攪拌する。生成物を水で加水分解し、過塩素酸水溶液を加えてジクロロメタンで抽出する。その抽出物をメタノール/ジメチルエーテルで再結晶することにより、9−メシチル−10−メチルアクリジニウム過塩素酸塩を得る。なお、この製造方法は、前記特許文献1(特開2005−145853号公報)に記載されている。
【0042】
[2.無機有機複合物質の製造方法]
本発明の無機有機複合物質の製造方法は、前述の通り特に限定されないが、前記本発明の製造方法により製造することができる。本発明の製造方法は、前述の通り、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカを前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩の溶液中に浸漬させる浸漬工程を含む。以下、本発明の製造方法についてさらに詳しく説明する。
【0043】
本発明の製造方法は、例えば、以下のようにして行うことができる。すなわち、まず、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカを焼成により前処理する。本発明の製造方法において、この前処理工程は、あってもなくても良いが、この工程を含むほうが好ましい。アルミニウム置換メソポーラスシリカ(ゼオライト)を焼成すれば、細孔内の水分子等が取り除かれ、電子供与体・受容体連結分子が挿入されやすくなり、本発明の無機有機複合物質の活性等が高くなると考えられるからである。ただし、本発明は、この考察により何ら限定されない。
【0044】
前記前処理工程における焼成温度は、特に限定されないが、例えば100〜400℃、好ましくは150〜350℃、より好ましくは200〜300℃である。焼成時間も特に限定されないが、例えば2〜24時間、好ましくは5〜15時間、より好ましくは8〜12時間である。焼成時における雰囲気も特に限定されず、例えば、大気中でも良いが、不活性ガス雰囲気、減圧下等でも良い。焼成方法も特に限定されず、例えば、電気炉、乾燥機(乾燥器)等、ゼオライトの焼成に通常用いる器具を適宜使用することができる。なお、使用可能なアルミニウム置換メソポーラスシリカの種類は特に限定されず、例えば前述の通りである。
【0045】
次に、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカを前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩の溶液中に浸漬させる前記浸漬工程を行う。この工程は、単に前記アルミニウム置換メソポーラスシリカを前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩の溶液中に浸漬させるのみでも良いが、前記溶液を撹拌しながら行うと、複合物質の形成速度等の観点から好ましい。前記溶液において、溶媒は特に限定されず、単独で用いても二種類以上併用しても良いが、前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩の溶解度等の観点から高極性溶媒が好ましい。前記溶媒は、より具体的には、例えば、ニトリル、ハロゲン化溶媒、エーテル、アミド、スルホキシド、ケトン、アルコール、および水からなる群から選択される少なくとも一種類であることが好ましい。前記ニトリルは、特に限定されないが、例えば、アセトニトリル、ベンゾニトリル、ブチロニトリル等が挙げられる。前記ハロゲン化溶媒は、特に限定されないが、例えば、クロロホルム、ジクロロメタン等が挙げられる。前記エーテルは、特に限定されないが、例えば、THF(テトラヒドロフラン)等が挙げられる。前記アミドは、特に限定されないが、例えば、DMF(ジメチルホルムアミド)等が挙げられる。前記スルホキシドは、特に限定されないが、例えば、DMSO(ジメチルスルホキシド)等が挙げられる。前記ケトンは、特に限定されないが、例えば、アセトン等が挙げられる。前記アルコールは、特に限定されないが、例えば、メタノール等が挙げられる。これら溶媒の中で、アセトニトリルが特に好ましい。前記溶液において、前記電子供与体・受容体連結分子の濃度は、特に限定されないが、例えば1.25×10−5〜1.50×10−4mol/L、好ましくは5.0×10−5〜1.50×10−4mol/L、特に好ましくは1.0×10−4〜1.25×10−4mol/Lである。また、前記溶液において、前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩の物質量(モル数)は、特に限定されないが、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカ1g当り、例えば2.5×10−5〜3.0×10−4mol、好ましくは1.0×10−4〜2.9×10−4mol、より好ましくは2.0×10−4〜2.5×10−4molである。この浸漬工程において、前記溶液の温度も特に限定されないが、例えば0〜45℃、好ましくは15〜40℃、より好ましくは20〜30℃、特に好ましくは20〜25℃である。例えば、前記溶液の加熱または冷却等を特に行わず、室温で前記浸漬工程を行うことが、簡便で好ましい。浸漬時間も特に限定されないが、例えば1〜48時間、好ましくは3〜48時間、より好ましくは8〜36時間、特に好ましくは12〜24時間である。
【0046】
さらに、前記無機有機複合物質を濾取し、洗浄し、乾燥する単離工程を行う。この単離工程も特に限定されず、必要ないのであれば行わなくても良い。洗浄溶媒は特に限定されず、例えば、前記浸漬工程と同じ溶媒等を用いることができる。乾燥温度も特に限定されないが、例えば15〜60℃、好ましくは20〜50℃、より好ましくは25〜40℃である。乾燥時における雰囲気も特に限定されず、例えば、大気中、不活性ガス雰囲気中等であっても良い。また、常圧条件下で乾燥を行っても良いが、減圧下で乾燥を行うと乾燥速度の観点から好ましい。
【0047】
[3.本発明の製品]
次に、本発明の製品およびその使用方法について説明する。
【0048】
本発明の無機有機複合物質は、これをそのまま本発明の製品すなわち本発明の光触媒、光増感剤、色素、酸化剤、還元剤、電池、色素増感型太陽電池、または有機EL素子として用いても良いが、他の適宜な物質とともに用いても良い。本発明の製品すなわち光触媒、光増感剤、色素、酸化剤、還元剤、電池、色素増感型太陽電池、および有機EL素子は、前記電子供与体・受容体連結分子の電荷分離状態の生成により、その優れた機能を発揮し得る。すなわち、前記電子供与体・受容体連結分子は、例えば、前記電荷分離状態の生成により、前記電子供与体・受容体連結分子間で、あるいは前記電子供与体・受容体連結分子と他の物質との間で電子移動を起こすことが可能である。これにより、本発明の無機有機複合物質は、前記分子間あるいは物質間の電子移動に関する用途、すなわち前述の酸化剤、還元剤、電池等に好適に用いることができる。また、前述の通り、本発明の無機有機複合物質は、前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩が前記アルミニウム置換メソポーラスシリカとともに複合物質を形成していることで、前記電子供与体・受容体連結分子の電荷分離状態が長寿命であり、その高い反応性等の特性を利用しやすい。本発明の無機有機複合物質は、例えば、前記電子供与体・受容体連結分子の電荷分離状態から、ビオローゲン等の電子アクセプター物質に電子を移動させ、電子移動還元反応を行うことが可能である。また、本発明の還元剤が還元できる物質(被還元物質)は、前記ビオローゲン等の電子アクセプター物質に限定されない。本発明の還元剤は、種々の物質の還元反応に用いることが可能である。前記被還元物質としては、特に限定されないが、例えば、キノン類、ニトロベンゼン類、シアノベンゼン類等が挙げられる。
【0049】
また、本発明の有機EL素子については、例えば以下の通りである。まず、一般的な有機EL素子の構造の一例として、透明基板上に、透明電極(陽極)、有機発光層および金属電極(陰極)がこの順序で積層されている。前記有機発光層は、発光物質を含んでいる。このような有機EL素子は、前記陽極と陰極とに電圧を印加することによって、前記有機発光層に正孔と電子とが注入される。前記正孔と電子とが再結合することによって生じるエネルギーが前記発光物質を励起する。そして、励起された前記発光物質が基底状態に戻るときに発光する。本発明の有機EL素子は、例えば、前記発光物質として本発明の無機有機複合物質を含む有機EL素子であっても良い。この構成によれば、例えば、電子供与体・受容体連結分子が励起により電荷分離状態を生じ、さらに励起状態(電荷分離状態)から基底状態に戻ることにより発光する。なお、本発明の有機EL素子は、この説明により何ら限定されない。
【0050】
本発明の無機有機複合物質を含む本発明の製品において、前記電子供与体・受容体連結分子の電荷分離状態を生成させる方法は、特に限定されないが、例えば光励起が好ましく、可視光励起がより簡便であるため特に好ましい。可視光励起を行うためには、前述の通り、前記電子供与体・受容体連結分子が可視光領域に吸収帯を有することが好ましい。これにより、長寿命、高酸化力および高還元力を併せ持つ電荷分離状態を簡便に生成させることも可能である。
【0051】
本発明の無機有機複合物質は、前記電子供与体・受容体連結分子が光励起により電荷分離状態を生じ、前述のような分子間あるいは物質間の電子移動を起こすことで、光触媒、光増感剤等に使用可能である。例えば、前述の通り、本発明の無機有機複合物質を白金触媒と組み合わせることで、水素発生光触媒とすることもできる。さらに、本発明の無機有機複合物質は、前記電子供与体・受容体連結分子が可視光領域に吸収帯を有する場合は色素として使用可能である。例えば、前述の通り、本発明の電池は、本発明の無機有機複合物質を色素として含むことで、色素増感型太陽電池として用いることもできる。
【0052】
前記電子供与体・受容体連結分子を光励起する方法は特に限定されないが、例えば、本発明の無機有機複合物質を適宜な溶媒に浸漬させた後、光照射しても良い。溶媒としては、特に限定されないが、例えば、水でも有機溶媒でも良い。前記有機溶媒としては、例えば、ベンゾニトリル、アセトニトリル、ブチロニトリル等のニトリル、クロロホルム、ジクロロメタン等のハロゲン化溶媒、THF(テトラヒドロフラン)等のエーテル、DMF(ジメチルホルムアミド)等のアミド、DMSO(ジメチルスルホキシド)等のスルホキシド、アセトン等のケトン、メタノール等のアルコール等が挙げられる。これら溶媒は、単独で用いても二種類以上併用しても良い。前記溶媒としては、前記電子供与体・受容体連結分子の溶解度、励起状態の安定性等の観点から、極性の高い溶媒が好ましく、例えば、溶解度の観点からアセトニトリルが特に好ましい。本発明の無機有機複合物質の使用量は特に限定されず、必要に応じて適宜調整すれば良いが、前記電子供与体・受容体連結分子の濃度が、前記溶媒に対し、例えば5×10−5M以上、好ましくは1×10−4〜1×10−3Mとなるようにする。
【0053】
また、励起光も特に限定されないが、例えば可視光が好ましい。特に、太陽光等の自然光に含まれる可視光を利用すれば、簡便に励起可能である。照射する可視光の波長のうち、より好ましい波長は、前記電子供与体・受容体連結分子が有する吸収帯によるが、例えば300〜450nmがより好ましく、350〜450nmがさらに好ましい。可視光を照射する際の温度も特に限定されないが、例えば、10〜30℃程度の室温で反応(励起)を進行させることも可能である。
【0054】
本発明の無機有機複合物質を還元剤として用いるためには、例えば、前記電子供与体・受容体連結分子を光照射により励起して電子移動状態(電荷分離状態)の励起種を生成させ、前記励起種から前記被還元物質に電子を移動させて前記被還元物質を還元する。また、本発明の無機有機複合物質を酸化剤として用いるためには、例えば、前記電子供与体・受容体連結分子を光照射により励起して電子移動状態(電荷分離状態)の励起種を生成させ、前記被酸化物質から前記励起種に電子を移動させて前記被酸化物質を酸化する。これらの詳細は、特に限定されない。例えば、光照射により前記励起種を生成させる工程は、前述のように、本発明の無機有機複合物質を溶媒に浸漬させた後、光照射することにより行っても良い。また、前記溶液中に前記被還元物質または前記被酸化物質をあらかじめ溶解させておき、光照射することにより行っても良い。これらの場合の使用溶媒、溶液濃度、照射光波長、温度等の各種条件は、特に限定されないが、例えば前述の通りである。前記還元工程または酸化工程も特に限定されない。例えば、本発明の還元剤においては、前記溶液への光照射後、前記励起種から前記被還元物質への電子移動が自動的に起こることをもって前記還元工程としても良い。同様に、本発明の酸化剤においては、前記溶液への光照射後、前記被酸化物質から前記励起種への電子移動が自動的に起こることをもって前記酸化工程としても良い。
【0055】
本発明の還元剤において、前記被還元物質は、特に限定されないが、例えば、キノン類、ニトロベンゼン類、シアノベンゼン類等が挙げられる。前記電子供与体・受容体連結分子と前記被還元物質の物質量比(モル比)は特に限定されず、前記電子供与体・受容体連結分子と前記被還元物質の種類等に応じて適宜選択可能であるが、例えば1:0.001〜1:1000、好ましくは1:0.005〜1:100、より好ましくは1:0.01〜1:10、特に好ましくは1:0.1〜1:1である。
【0056】
本発明の酸化剤において、前記被酸化物質は、特に限定されないが、例えば、アルキルベンゼン類、アルキルナフタレン類、アルキルアントラセン類、NADH類縁体等が挙げられる。前記電子供与体・受容体連結分子と前記被酸化物質の物質量比(モル比)は特に限定されず、前記電子供与体・受容体連結分子と前記被酸化物質の種類等に応じて適宜選択可能であるが、例えば1:0.001〜1:1000、好ましくは1:0.005〜1:100、より好ましくは1:0.01〜1:10、特に好ましくは1:0.1〜1:1である。
【0057】
また、例えば、本発明の無機有機複合物質においては、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカの細孔径が均一であれば、反応基質をサイズ選択的に取り込むこともできる。これにより、本発明の無機有機複合物質を光触媒として用いれば、例えば、均一系反応では困難な位置選択的反応や構造選択的反応を行うことが可能となる。また、例えば、前記電子供与体・受容体連結分子が可視光領域に吸収を有すれば、可視光により電荷分離状態を生成させることができるので、太陽光を有効利用することが可能である。さらに、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカに助触媒として金属や金属酸化物微粒子を担持させることで、前記電子供与体・受容体連結分子の電荷分離状態の酸化還元力を利用して、水素発生や水の分解等の様々な光触媒反応を行うこともできる。前記アルミニウム置換メソポーラスシリカ、例えばAlMCM−41等は、孔径が比較的大きいため、前記助触媒を担持させやすい。また、本発明の無機有機複合物質は、例えば、前記電子供与体・受容体連結分子が高温(例えば100℃)で長寿命かつ安定な電荷分離状態を形成することにより、高温において、光触媒等としての使用に耐えうる。さらに、本発明の光触媒は、前記電子供与体・受容体連結分子が前記アルミニウム置換メソポーラスシリカに固定化されて複合物質を形成しているため、電子供与体・受容体連結分子を単独で用いる時とは異なり、光触媒として使用後に反応溶液との分離回収が容易にできるので、リサイクル可能な光触媒として利用することもできる。ただし、これらの説明は例示であり、本発明を何ら限定しない。
【0058】
さらに、本発明の無機有機複合物質の用途および使用方法は、以上の説明に限定されず、あらゆる用途および使用方法が可能である。
【実施例】
【0059】
次に、本発明の実施例について説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されない。また、以下の実施例において述べる反応機構等の理論的考察は、推定可能な機構等の一例を示すに過ぎず、本発明を何ら限定しない。
【0060】
以下において、溶液の吸光度(紫外可視吸収スペクトル)は、Hewlett-Packard社製の機器8453 photodiode array spectrophotometer(商品名)を用いて測定した。拡散反射分光法による紫外可視吸収スペクトルは、株式会社島津製作所製のShimadzu UV-3300PC(商品名)およびその付属装置として同社のISR-3100(商品名)を用いて測定した。XRDは、株式会社リガク製RINT−1100(商品名)により、室温において、graphite-monochromatized Cu Ka radiationにより測定した。ESRスペクトルは、JEOL社製X−バンドスペクトロメータ(商品名JES−RE1XE)を用い、石英ESRチューブ(内径4.5mm)内で測定した。高圧水銀ランプは、ウシオ電機株式会社製USH-1005D(商品名、波長λ>390nm、出力1000W)を用いた。キセノンランプは、ウシオ電機株式会社製Ushio Optical ModelX SX-UID 500XAMQ(商品名、波長λ>390nm、出力500W)を用いた。全ての化学物質は、試薬級であり、東京化成、和光純薬、Aldrich社から購入した。
【0061】
本実施例においては、カチオン性の電子供与体・受容体(ドナー・アクセプター、D−A)連結分子である9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンを、イオン交換により、Na置換AlMCM−41メソポーラスシリカに挿入して無機有機複合物質を製造した。さらに、前記無機有機複合物質の光電荷分離について検討し、電荷分離状態(電子移動状態)が長寿命かつ安定であり、酸化剤、還元剤、光触媒等の製品に適していることを確認した。
【0062】
[Na置換AlMCM−41メソポーラスシリカの合成]
Na置換AlMCM−41メソポーラスシリカは、Janicke, M. T. et al. J. Am. Chem. Soc. 1998, 120, 6940-6951.の記載を参照して以下の通り合成した。すなわち、まず、Al(OiPr) 0.472g、脱イオン水39.2gおよび2M NaOHaq 5.00gを、不活性ガス(NまたはAr)雰囲気のナスフラスコ中、25℃(298K)で1時間撹拌した。次に、この中にセチルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)0.80gおよびテトラエトキシシラン(TEOS)3.85gを加え、さらに25℃(298K)で16時間撹拌した。得られた固形物を濾取し、水洗し、不活性ガス(NまたはAr)気流中、2℃/minで500℃まで加熱し、さらに、そのまま500℃で6時間加熱を続けた。その後、2℃/minで室温まで冷却すると、黒色粉末が得られた。この黒色粉末を、不活性ガス(NまたはAr)気流中、2℃/minで500℃まで加熱し、さらに、そのまま500℃で6時間加熱を続けた。その後、2℃/minで室温まで冷却すると、目的物のAlMCM−41(Na置換)が白色粉末として得られた。また、前記25℃(298K)の水を、100℃(373K)の熱水に変える以外は同様にして反応を行い、同じように目的物のAlMCM−41(Na置換)が白色粉末として得られた。
【0063】
なお、前記白色粉末が目的物であることは、XRDにより確認した。図3のスペクトル図に、その結果を示す。図中、横軸は2θを示す。図3は、25℃(298K)の水中で合成した前記白色粉末のXRDパターンであり、図4は、AlMCM−41のXRDパターンの文献(Tuel, A. et al. Chem. Mater. 2004, 16, 2969-2974.)値を示す。図4の左は焼成前、右は焼成後で、上からそれぞれ、[Ca], [Cs], [K], [Na]AlMCM-41のXRDパターンを示す。図示の通り、XRDパターンにおけるピーク値は文献値と良い一致を示したことから、前記白色粉末が目的のAlMCM−41であることが確認された。
【0064】
[実施例1]
図1に示すように、AlMCM−41型アルミニウム置換メソポーラスシリカ(ゼオライト)と9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンとから形成された本発明の無機有機複合物質を製造した。なお、図1は模式図であり、図中の文言、数値等は、推定可能な分子構造、反応機構等の単なる例示であって、本実施例におけるAlMCM−41型ゼオライト、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン、無機有機複合物質等を何ら限定しない。なお、1Åは0.1nmすなわち10−10mに等しい。
【0065】
すなわち、前記の通り25℃(298K)の水中で合成および焼成前処理したNa置換AlMCM−41型ゼオライト0.25gに、過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム(東京化成工業株式会社)の4×10−3mol/Lアセトニトリル溶液25mLを加え、室温で12時間撹拌して黄緑色の懸濁液を得た。この懸濁液は、前記AlMCM−41型ゼオライトと9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンとから形成された無機有機複合物質がアセトニトリル中に懸濁したものである。図5に、反応前の前記過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム(9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン、Acr+-Mes)アセトニトリル溶液の紫外可視吸収スペクトルと、反応後の前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)懸濁液の拡散反射スペクトルを併せて示す。図中、縦軸は吸光度であり、横軸は波長(nm)である。破線は、反応前の前記過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム(9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン、Acr+-Mes)アセトニトリル溶液のスペクトルであり、実線は、反応後の前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)懸濁液のスペクトルである。図示の通り、反応前、反応後とも、極大吸収波長λmaxは約360nmで変化はなかったが、反応後懸濁液(黄緑色)の拡散反射スペクトルは、反応前の過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム アセトニトリル溶液とも、Na置換AlMCM−41型ゼオライト(無色、可視光領域に吸収示さず)とも異なるパターンを示した。このことから、AlMCM−41型ゼオライトと9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンとから形成された無機有機複合物質が生成していることが確認された。なお、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンは、AlMCM−41型ゼオライトの細孔(メソポア)の孔径が約2〜4nmと比較的大きいため、Naイオンとのカチオン交換により、AlMCM−41型ゼオライトの細孔内に挿入されていると推測される。
【0066】
さらに、前記過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム アセトニトリル溶液濃度を種々変化させる以外は同様にして無機有機複合物質を製造し、アセトニトリル溶液中に残存した9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンの量から、AlMCM−41型ゼオライトに対する9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンの挿入量(10−5mol/g)を算出した。図2のグラフに、その結果を示す。図中、横軸は、前記過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム アセトニトリル溶液濃度(mM)であり、縦軸は、AlMCM−41型ゼオライトに対する9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンの挿入量(10−5mol/g)である。図示の通り、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンは、AlMCM−41型ゼオライトに対し、最大(飽和量)で1.1×10−4mol挿入できることが確認された。なお、前記Na置換AlMCM−41型ゼオライトをY型ゼオライト(ジーエルサイエンス社、商品名SK40)に変えたところ、図2に示すように、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンはY型ゼオライトの細孔内に全く挿入しなかった。これは、前記Y型ゼオライトの孔径が約0.7nmと小さいためと考えられる。
【0067】
さらに、前記無機有機複合物質を前記アセトニトリル懸濁液中から濾別し、真空ラインを用いて25 ℃で5時間乾燥させることにより単離した。そして、再度アセトニトリル中に懸濁させて拡散反射スペクトルを測定する等の方法により、前記無機有機複合物質が変質していないことを確認した。すなわち、前記無機有機複合物質において、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンがAlMCM−41型ゼオライトに固定化されており、容易に分離(脱着)しないことが確認された。
【0068】
[電荷分離状態の評価]
実施例1で得られた前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)について、電荷分離状態(電子移動状態)が長寿命かつ安定であり、酸化剤、還元剤、光触媒等の製品に適していることを確認した。無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)としては、実施例1で得られたもののうち、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン(Acr+-Mes)がAlMCM−41型ゼオライトに対し、最大(飽和量)の1.1×10−4mol挿入されているものを単離して用いた。
【0069】
すなわち、まず、前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)に対し、高真空中、25℃(298K)において高圧水銀ランプ(波長λ>390nm)により5秒間可視光照射し、その後、ESRスペクトルを測定したところ、ラジカルの存在を示すシグナルが確認された。このESRシグナルは、Mes部位から一重項励起状態のAcr+部位への分子内電子移動によって生成した電荷分離状態(Acr-Mes・+)に由来するものと考えられる。すなわち、AlMCM−41ゼオライト中において、下記の通り、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン(Acr+-Mes)の電荷分離状態(Acr-Mes・+)が生成し、前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)の電荷分離状態(Acr-Mes・+@AlMCM-41)となっていることが確認された。図6に、前記ESRスペクトル図を示す。このESRシグナルの減衰から、前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)の電荷分離状態(Acr-Mes・+@AlMCM-41)は、高真空中、25℃(298K)において約500秒と長寿命かつ安定であることが確認された。
【化8】

【0070】
次に、前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)に対し、高真空中、100℃(373K)において高圧水銀ランプ(波長λ>390nm)により30秒間可視光照射した。その後、同様にESRスペクトルを測定したところ、ラジカルの存在を示すシグナルが確認された。このESRシグナルは、Mes部位から一重項励起状態のAcr+部位への分子内電子移動によって生成した電荷分離状態(Acr -Mes・+)に由来するものと考えられる。すなわち、25℃(298K)のときと同様、AlMCM−41ゼオライト中において、下記の通り、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン(Acr+-Mes)の電荷分離状態(Acr-Mes・+)が生成し、前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)の電荷分離状態(Acr-Mes・+@AlMCM-41)となっていることが確認された。図7に、前記ESRスペクトル図を示す。さらに、図8のグラフに、図7のESRシグナルの減衰を示す。同図中、横軸は光照射終了後の経過時間(秒)であり、縦軸はESRシグナル強度(I)である。また、図8中の挿入図は、横軸に光照射終了後の経過時間(秒)を、縦軸にln(I/I0)(I0は、光照射終了後の経過時間がゼロ(光照射直後)のESR強度)を示すグラフである。図示の通り、このESRシグナルの減衰は一次反応速度式に従った(観測定数kobs=1.1×10−2−1)。なお、このESRシグナルの減衰は、Acr-Mes・+が分子内逆電子移動反応によって再度Acr+-Mesに戻ったことに由来するものと考えられる。この減衰速度から、前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)において、AlMCM−41ゼオライトに取り込まれた電子供与体・受容体連結分子の電荷分離状態(Acr-Mes・+)が、100℃という非常に高温にも関わらず、約10秒という極めて長い電荷分離寿命を有することが確認された。
【0071】
以上の通り、実施例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)は、25℃(298K)の室温および100℃(373K)の高温の両方において長寿命かつ安定な電荷分離状態を示した。このことは、実施例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)が、高い酸化還元能を示し、酸化剤および還元剤の用途に適していることを示す。また、可視光照射によってこのように長寿命かつ安定な電荷分離状態を示すことは、光触媒として適していることを示す。このように、「室温以上の高温」で、かつ「可視光照射」により電子供与体・受容体連結分子の電荷分離状態生成およびその反応ダイナミクスが分光観測できた例は、従来技術において皆無である。特に、100℃という高温においてすら長寿命な電荷分離状態の生成は、本発明による極めて優れた効果である。
【0072】
さらに、ESRシグナル減衰後、再度前記と同様に高圧水銀ランプを照射し、ESRシグナルが最大値に達したところで照射を止め、ESRシグナル減衰後、再度同条件で高圧水銀ランプを照射することを繰り返した。図9のグラフに、そのときのESRシグナル強度図を示す。同図中、横軸は経過時間であり、縦軸は、ESR強度(I)である。図示の通り、光照射(ON)と光照射中止(OFF)を何度繰り返しても、ESRシグナルの最大値はほとんど減少しなかった。このことは、実施例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)が、繰り返しの光励起によっても劣化せず、酸化剤、還元剤、光触媒等として繰り返しの使用に耐えうることを示す。
【0073】
さらに、前記実施例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)に、高圧水銀ランプ(波長λ>390nm)を用いて高真空中25℃(298K)で300秒間光照射し、光照射の前後で、固体の紫外可視吸収スペクトル(拡散反射スペクトル)を測定した。図10のグラフに、そのスペクトル図を示す。同図において、横軸は波長(nm)であり、縦軸は吸光度である。図示の通り、光照射後は、500nm付近の吸収帯が増大した。これは、AlMCM−41ゼオライトに挿入されたAcr+-Mesに対する光照射により生じた電荷分離状態(Acr-Mes・+)のAcrラジカルに由来するものと考えられる。目視による確認では、光照射前に黄緑色であった前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)が、光照射後は橙色に変化した。このように、本発明の無機有機複合物質において、電子供与体・受容体連結分子およびその電荷分離状態の少なくとも一方が可視光領域に特有の吸収帯を有する場合は、色の変化からも電荷分離状態生成の確認ができる。これにより、例えば、酸化剤、還元剤、光触媒等に用いる際に、反応進行の確認がしやすいという利点がある。
【0074】
さらに、前記実施例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)に、キセノンランプを用いて100℃(373K)で10秒間光照射したところ、前記と同様に、固体の紫外可視吸収スペクトル(拡散反射スペクトル)において500nm付近の吸収帯が増大した。図11のグラフに、その拡散反射スペクトルの減衰曲線を、ESRシグナルの減衰曲線と併せて示す。図11(a)は、拡散反射スペクトル減衰曲線であり、横軸は光照射後経過時間(秒)、縦軸は波長500nmにおける吸光度(ΔAbs)である。また、図11(a)中の挿入図は、横軸に光照射終了後の経過時間(秒)を、縦軸にlnΔAbsを示すグラフである。図示の通り、この拡散反射スペクトルの減衰は一次反応速度式に従った(観測定数kobs=1.0×10−2−1)。また、図11(b)は、100℃(373K)における高圧水銀ランプ後のESRシグナル減衰曲線を示すグラフであり、図8と全く同一である。図11(a)および(b)に示すとおり、ESRシグナル強度の減衰速度と500nmにおけるAcr由来の吸収帯の減衰速度が一致した。このことは、前記実施例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)において、電荷分離状態が100℃という高温においても長寿命かつ安定であることを、さらに裏付ける結果である。
【0075】
以上の通り、実施例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)において、挿入した電子供与体・受容体連結分子を、各種分光観測により定量することができた。この無機有機複合物質に光照射すると、室温で長寿命かつ安定であるのみならず、100℃という高温においても約10秒と極めて長寿命でかつ安定な電荷分離状態が生成した。この電荷分離状態は、ESRおよび拡散反射分光法により分光観測することができた。
【0076】
さらに、実施例1の無機有機複合物質をアセトニトリル等の溶媒中で光励起し、酸化剤、還元剤または光触媒として使用できることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0077】
以上説明した通り、本発明の無機有機複合物質によれば、従来の無機有機複合物質よりもさらに長寿命で安定な電荷分離状態が得られる。このため、本発明の無機有機複合物質は、電子供与体・受容体連結分子の電荷分離状態の特性を十分に利用することが可能であり、光触媒、光増感剤、色素、酸化剤、還元剤、電池、色素増感型太陽電池、有機EL素子等の種々の製品に使用することができる。例えば、本発明の無機有機複合物質を白金触媒と組み合わせることで、水素発生光触媒とすることも可能である。さらに、ゼオライトに助触媒として金属や金属酸化物微粒子を担持させることで、電子供与体・受容体連結分子の電荷分離状態の酸化還元力を利用して、水素発生や水の分解等の様々な光触媒反応を行うこともできる。さらに、本発明の光触媒は、電子供与体・受容体連結分子がゼオライトに固定化されて複合物質を形成しているため、電子供与体・受容体連結分子を単独で用いる場合と異なり、光触媒として使用後に反応溶液との分離回収が容易にできるので、リサイクル可能な光触媒として利用することもできる。また、本発明の電池は、本発明の無機有機複合物質を色素として含むことで、色素増感型太陽電池として用いることもできる。さらに、本発明の無機有機複合物質の用途は、これらに限定されず、あらゆる用途に使用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】図1は、実施例1の無機有機複合物質の製造スキームを示す模式図である。
【図2】図2は、実施例1において、AlMCM−41型ゼオライトに対する9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンの挿入量を示すグラフである。
【図3】図3は、実施例1で製造したAlMCM−41のXRDパターンを示すスペクトル図である。
【図4】図4は、AlMCM−41のXRDパターンを示すスペクトル図(文献値)である。
【図5】図5は、過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム(9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン、Acr+-Mes)アセトニトリル溶液の紫外可視吸収スペクトルと、実施例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)懸濁液の拡散反射スペクトルを併せて示すグラフである。
【図6】図6は、実施例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)の、高真空中、25℃(298K)における高圧水銀ランプ(波長λ>390nm)光照射後のESRスペクトル図である。
【図7】図7は、実施例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)の、高真空中、100℃(373K)における高圧水銀ランプ(波長λ>390nm)光照射後のESRスペクトル図である。
【図8】図8は、図7のESRシグナルの減衰を示す図である。
【図9】図9は、図7と同条件における高圧水銀ランプ(波長λ>390nm)光照射および照射停止を繰り返したときのESRシグナル強度図である。
【図10】図10は、実施例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)の、高真空中25℃(298K)での高圧水銀ランプ(波長λ>390nm)光照射前後における固体の紫外可視吸収スペクトル(拡散反射スペクトル)を示す図である。
【図11】図11は、実施例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)に100℃(373K)で可視光照射した際の拡散反射スペクトルの減衰曲線とESRシグナル減衰曲線を併せて示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機物質と有機物質とから形成された無機有機複合物質であって、
前記無機物質は、メソポーラスシリカのケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有するアルミニウム置換メソポーラスシリカであり、
前記有機物質は、電子供与体部位と電子受容体部位とが連結した電子供与体・受容体連結分子またはその塩から形成された有機物質である、
無機有機複合物質。
【請求項2】
前記有機物質において、
前記電子供与体部位が、1または複数の電子供与基であり、
前記電子受容体部位が、1または複数の芳香族カチオンである、
請求項1記載の無機有機複合物質。
【請求項3】
前記芳香族カチオンを形成する芳香環が、ピロリニウム環、ピリジニウム環、キノリニウム環、イソキノリニウム環、アクリジニウム環、3,4−ベンゾキノリニウム環、5,6−ベンゾキノリニウム環、6,7−ベンゾキノリニウム環、7,8−ベンゾキノリニウム環、3,4−ベンゾイソキノリニウム環、5,6−ベンゾイソキノリニウム環、6,7−ベンゾイソキノリニウム環、7,8−ベンゾイソキノリニウム環、および、それらの環を構成する炭素原子の少なくとも一つがヘテロ原子で置換された環、からなる群から選択される少なくとも一つである請求項2記載の無機有機複合物質。
【請求項4】
前記電子供与体・受容体連結分子が、下記式(1)〜(8)のいずれかで表される化合物、その立体異性体および互変異性体からなる群から選択される少なくとも一つである請求項2または3に記載の無機有機複合物質。
【化1】

前記式(1)〜(8)中、
Rは、水素原子または任意の置換基であり、
Arは、前記電子供与基であり、1個でも複数でも良く、複数の場合は同一でも異なっていても良く、
芳香族カチオンを形成する芳香環は、RおよびAr以外の任意の置換基を1以上有していても良いし、有していなくても良い。
【請求項5】
前記式(1)〜(8)中、Rが、水素原子、アルキル基、ベンジル基、カルボキシアルキル基(末端にカルボキシル基が付加したアルキル基)、アミノアルキル基(末端にアミノ基が付加したアルキル基)、またはポリエーテル鎖である請求項4記載の無機有機複合物質。
【請求項6】
前記電子供与基が、フェニル基、o−トリル基、m−トリル基、p−トリル基、2,3−ジメチルフェニル基、2,4−ジメチルフェニル基、2,5−ジメチルフェニル基、2,6−ジメチルフェニル基、3,4−ジメチルフェニル基、3,5−ジメチルフェニル基、2,3,4−トリメチルフェニル基、2,3,5−トリメチルフェニル基、2,3,6−トリメチルフェニル基、メシチル基(2,4,6−トリメチルフェニル基)、および3,4,5−トリメチルフェニル基からなる群から選択される少なくとも一つである請求項2から5のいずれか一項に記載の無機有機複合物質。
【請求項7】
前記電子供与体・受容体連結分子が、下記式(9)で表される9−置換アクリジニウムイオン、その互変異性体および立体異性体、からなる群から選択される少なくとも一つである、請求項2から6のいずれか一項に記載の無機有機複合物質。
【化2】

前記式(9)中、RおよびArは、前記式(1)と同じである。
【請求項8】
前記電子供与体・受容体連結分子が、下記式(10)で表される9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンである、請求項1に記載の無機有機複合物質。
【化3】

【請求項9】
前記アルミニウム置換メソポーラスシリカが、MCM−41型、MCM−48型、MCM−50型、SBA−15型、またはFSM−16型メソポーラスシリカのケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有するアルミニウム置換メソポーラスシリカである、請求項1から8のいずれか一項に記載の無機有機複合物質。
【請求項10】
前記電子供与体・受容体連結分子が、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカの細孔内に挿入された構造を有する請求項1から9のいずれか一項に記載の無機有機複合物質。
【請求項11】
請求項1記載の無機有機複合物質を製造する方法であり、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカを、前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩の溶液中に浸漬させる浸漬工程を含む製造方法。
【請求項12】
前記浸漬工程に先立ち、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカを焼成する前処理工程をさらに含む請求項11記載の製造方法。
【請求項13】
請求項1から10のいずれか一項に記載の無機有機複合物質を含み、光触媒、光増感剤、色素、酸化剤、還元剤、電池、色素増感型太陽電池、または有機EL素子として用いられる製品。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−280512(P2010−280512A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−246586(P2007−246586)
【出願日】平成19年9月25日(2007.9.25)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】