説明

無針注射器

【課題】生体等の注射対象領域の比較的浅い部位に対して注射可能であって、可及的に簡素化された構造を有する無針注射器を提供する。
【解決手段】注射針の無い注射器であって、注射目的物質を封入する封入部と、封入部に封入された注射目的物質に対して加圧する加圧部と、加圧部によって加圧された注射目的物質が流れる流路を有し、該注射目的物質が該流路の開口端から注射器の外部の注射対象領域に対して射出される射出部であって、該開口端は、その面積が封入部の流路面積より小さくなるように形成されている射出部と、射出部の開口端の面積より小さい流路面積を有する微小細孔を含み、該開口端から射出される注射目的物質が該微小細孔を通過して注射対象領域側へ到達するように、該開口端の外側に配置される微小細孔部と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、注射針を介することなく、注射目的物質を生体の注射対象領域に注射する無針注射器に関する。
【背景技術】
【0002】
注射針を介することなく注射を行う無針注射器では、加圧ガスやバネにより薬剤等を含む注射液に対して圧力を加えることで注射成分の射出が行われる構成が採用される。そして、注射液を生体内の所望の領域に送り込めるよう、注射液に掛けられる加圧力が調整されることになる。ここで、無針注射器等を介して薬剤を生体内に注射する場合、特に注目されるのは、薬剤を皮膚内のランゲルハンス細胞に投与できる能力である。ランゲルハンス細胞は、皮膚の上側有棘層に通常に存在する樹状細胞である。これらの細胞は、皮膚の免疫応答に関与し、且つ皮膚からリンパ節へ移動することがわかっており、マクロファージに共通の受容体を有し、T及びBリンパ球に対する抗原提示細胞として機能する。そのため、ランゲルハンス細胞は、ワクチンの開発の促進、並びに自己免疫疾患及び拒絶反応防止治療のための処置に関連した免疫系研究において特に重要である。しかしながら、このランゲルハンス細胞は皮下の比較的浅い部位に存在することから、注射液を生体内部に直接運ぶ注射針を有していない無針注射器においては、ランゲルハンス細胞への注射液投与を効率的に行うことは、非常に有効である。
【0003】
一方で、特許文献1には、ランゲルハンス細胞が存在する浅い皮内注射を達成し得るとされる技術が開示されている。当該技術によれば、注射器内を吸引力発生手段によって真空状態として、注射液が射出されるオリフィスに皮膚組織が押し付けられる状態を形成し、その押し付けられた皮膚組織に浸透するのに十分な速度のジェット流で注射液の射出を行うものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2007−518460号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
無針注射器については注射針を有していないことから衛生的にも好ましい構造を有するものであり、広範囲での使用が期待されている。一方で、注射針が無いことから注射液を所望の領域に運ぶための制御が必要になる。従来技術のように注射器内を真空状態に形成し、生体の皮膚を注射液の射出口に押し付けようとすると、好適な真空状態を維持するためにも注射器自体の構造が堅牢化、複雑化してしまう。更には真空状態を形成するためにポンプ等の補助機が必要となり、注射器としての利便性を著しく損ねてしまうおそれがある。
【0006】
本発明では、上記した問題に鑑み、生体等の注射対象領域の比較的浅い部位に対して注射可能であって、可及的に簡素化された構造を有する無針注射器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、無針注射器から注射目的物質(注射液等)が注射器外部に射出される際の、その流径に着目した。即ち、当該流径は、注射目的物質がノズルなどを通過して注射器外部に射出されたときの液柱の径であり、生体の注射対象領域
において注射目的物質が到達する深さを決定する大きな要因の一つとして、射出された注射目的物質の流れにおける、その流径が考えられる。その流径が小さいほど、注射目的物質が到達する深さを浅くコントロールすることが行いやすくなる。
【0008】
具体的には、本発明は、注射針を介することなく、注射目的物質を生体の注射対象領域に注射する無針注射器であって、前記注射目的物質を封入する封入部と、前記封入部に封入された前記注射目的物質に対して加圧する加圧部と、前記加圧部によって加圧された前記注射目的物質が流れる流路を有し、該注射目的物質が該流路の開口端から前記注射器の外部の注射対象領域に対して射出される射出部であって、該開口端は、その面積が前記封入部の流路面積より小さくなるように形成されている射出部と、前記射出部の前記開口端の面積より小さい流路面積を有する微小細孔を含み、該開口端から射出される注射目的物質が該微小細孔を通過して前記注射対象領域側へ到達するように、該開口端の外側に配置される微小細孔部と、を備える。
【0009】
本発明に係る無針注射器では、封入部に封入されている注射目的物質に対して加圧部によって圧力が加えられることで、封入部の流路から射出部の流路への注射目的物質の移動が促されることになる。その結果、射出部の開口端から注射目的物質が注射対象領域に対して射出される。この注射目的物質は、注射対象領域の内部で効能が期待される成分を含むものであり、上記のように加圧部により加えられる圧力がその射出時の駆動源である。そのため、加圧部による射出が可能であれば、注射目的物質の無針注射器内の収容状態や、液体やゲル状等の流体、粉体、粒状の固体等の注射目的物質の具体的な物理的形態は問われない。
【0010】
たとえば、注射目的物質は液体であり、また固体であっても射出を可能とする流動性が担保されればゲル状の固体であってもよい。更には、注射目的物質は、粉体の状態であってもよい。そして、注射目的物質には、生体の注射対象領域に送り込むべき成分が含まれ、当該成分は注射目的物質の内部に溶解した状態で存在してもよく、又は当該成分が溶解せずに単に混合された状態であってもよい。一例を挙げれば、送りこむべき成分として、抗体増強のためのワクチン、美容のためのタンパク質、毛髪再生用の培養細胞等があり、これらが射出可能となるように、液体、ゲル状等の流体に含まれることで注射目的物質が形成される。
【0011】
また、注射目的物質への加圧源は加圧による射出が可能である限りにおいて、様々な加圧源を利用することができる。たとえば、バネ等による弾性力を利用したもの、加圧されたガスを利用したもの、火薬の燃焼で発生するガスの圧力を利用したもの、加圧のための電気的アクチュエータ(モータやピエゾ素子等)を利用したものが、加圧源として挙げられる。また、ユーザの手動によって加圧を達成させる形態も採用し得る。
【0012】
ここで、射出部の開口端の面積は、封入部の流路面積より小さくなるように形成される。ここでいう面積は、注射目的物質の流れに対して垂直な方向における面積である。このように開口端の面積が設定されることで、加圧された注射目的物質は、より流路面積が小さい開口端に集約されて、射出時における注射目的物質にかかる圧力を高めることができる。これにより、射出された注射目的物質が生体の注射対象領域の表面を貫通し、その内部を浸食していくことが可能となる。
【0013】
そして、本発明に係る無針注射器では、当該開口端の外側に上記微小細孔部が配置されている。すなわち、微小細孔部における微小細孔は、射出部の開口端とは異なる構造物としての「孔」である。この微小細孔は、開口端の面積より小さい流路面積を有しており、射出部の開口端から射出された注射目的物質は、注射対象領域に到達する前に、当該微小細孔部の微小細孔を経由することとなる。その結果、微小細孔を経た注射目的物質の流径
は、微小細孔の流路面積に応じて、開口端から射出されたときの流径よりも小さくなる。この微小細孔は複数形成されていてもよく、その場合、換言すれば、開口端から射出された一本の流れが、微小細孔部によってその流径が小さくなるように複数の細い流れに分割されることになる。そのため、注射対象領域の表面には流径の小さい注射目的物質の流れが到達することになり、以て、注射目的物質が到達する注射対象領域での深さを浅く調整することが可能となる。
【0014】
このように射出部の開口端に対して微小細孔部を外側に配置させるという簡素な構成の採用によって、浅い部位への注射目的物質の注射が可能となれば、無針注射器を安価に供給でき、またユーザの利便性が低下するのを避けることもできる。更には、所望の部位に注射目的物質を注射できることから、注射目的物質の効率的な注射、すなわち注射時の無駄な注射目的物質の消費抑制を図ることができる。また、微小細孔部の流路面積を適宜選択することで、加圧部による注射目的物質への加圧を調整しなくても、注射対象領域での注射深さを容易に制御することが可能となる。
【0015】
また、微小細孔部は、開口端を有する射出部とは異なる構造物として形成されるとともに、射出部の開口端の外側に配置される。そのため、無針注射器において、微小細孔部を射出部と一体として形成させる必要は必ずしもなく、微小細孔部と射出部を別体として形成させてもよい。したがって、微小細孔部と射出部が別体として形成される場合には、それぞれを異なる材料で、また異なる製造方法で製造することも可能である。特に、微小細孔部は、流路面積がより小さい微小細孔を有するため、射出部の開口端と異なる材料や製造方法に従うことで、無針注射器の製造を容易化することも可能となる。なお、微小細孔の数は限定しない。
【0016】
ここで、上記無針注射器において、前記微小細孔部が複数形成され、前記微小細孔が面状に配置されている微小細孔面部材と、前記微小細孔面部材を保持した状態で前記射出部側に取り付けられる取付部材であって、その取付状態において前記微小細孔面部材が前記射出部の開口端を覆うように配置される取付部材と、を有するように構成されてもよい。このような構成を採用することで、射出部側への取り付けを取付部材によって行い、微小細孔面部材をその取付部材に保持させていることで、射出部の開口端に対する微小細孔の相対的な配置を容易に行い得る。また、取付部材による射出部への取り付けを脱着可能とすることで、注射対象領域での必要とされる注射深さや衛生的な側面から、微小細孔部を適宜取り替えることが可能となる。このように取り替えを行う場合、微小細孔部全体を取り替えてもよく、また、射出部から取り外した取付部材に対して微小細孔面部材を取り替えるようにしてもよい。特に、射出部に小径の開口端を形成することは加工上困難を伴うものであるが、本発明では所定の開口面積を有する多孔板部材など(たとえばラスメタルやパンチングメタル、メッシュシートなど)を微小細孔面部材として使用することができるため、微小細孔部の形成が容易となる。
【0017】
また、上記無針注射器において、前記微小細孔面部材は、前記取付部材の前記射出部側への取付状態では、前記射出部の前記開口端に接触し、且つ前記微小細孔に対して該開口端から加圧された注射目的物質が流れ込むように構成されてもよい。微小細孔面部材が開口端に接触するように配置されることで、当該開口端が、微小細孔面部材によって覆われることになる。その結果、開口端から射出された注射目的物質は、微小細孔面部材による細分化が施されることになり、注射対象領域での比較的浅い部位への効率的な注射が実現されることになる。また、注射液が微小細孔面部材と射出部との間に残存することを抑制し、注射目的物質の無駄を排除できる。
【0018】
また、上述までの無針注射器において、前記微小細孔面部材が前記取付部材に保持された状態において、該微小細孔面部材の外側表面は、注射時に前記注射対象領域と接触する
該取付部材の外側表面と面一となるように構成されてもよい。微小細孔面部材の外側表面が取付部材の外側表面と面一となることで、注射対象領域への注射時に無針注射器の射出部を当該領域に接触させたとき、注射目的物質が射出されてくる範囲において微小細孔面部材と当該領域との間に不要な間隙が形成されるのを回避することができる。この間隙が存在していると、射出された注射目的物質の一部が注射対象領域の表面にとどまってしまうため、無駄が生じる。そこで、正確な注射を実現するために、当該間隙は可能な限り排除するのが好ましく、従って、上記に示す面一とする構成を採用することは、特に注射対象領域での比較的浅い部位への注射を効率的に実現する上で好適と言える。特に該取付部材が注射対象領域に当接する程度に注射対象領域が略平面状の部位であるときには、このように面一としておくことが好ましい。
【0019】
ここで、上述までの無針注射器において、前記微小細孔面部材は、別の微小細孔面部材と交換可能となるように、前記取付部材に対して脱着可能となるように構成されてもよい。すなわち、微小細孔部のうち微小細孔面部材を取り替えることで、注射対象領域の種類や部位に対応させて、注射深さの制御や好適な衛生条件の確保を実現し得る。
【0020】
また、上述までの無針注射器において、前記取付部材は、前記射出部に対して圧入されることで該射出部に対して固定されてもよい。圧入により取り付けることで、射出部の開口端に対して微小細孔部をより強固に配置することができる。また、取付部材の取り付けの態様としては、圧入の他にも、係合的な手法によるスナップフィット、螺合的な手法によるネジ込み、弾性部材による締め付け等が採用できる。
【0021】
ここで、本発明を、無針注射器の作動方法の側面から捉えることもできる。すなわち、本発明は、注射目的物質を封入する封入部と、該封入部に封入された該注射目的物質に対して加圧する加圧部と、を備え、注射針を介することなく該注射目的物質を注射対象領域に注射する無針注射器の作動方法である。そして、当該方法は、前記加圧部により前記封入部に封入された前記注射目的物質に対して加圧を行うステップと、前記注射器の外部の注射対象領域に対して前記注射目的物質を射出する開口端を有し、該開口端の面積が前記封入部の流路面積より小さく形成された流路を備える射出部において、該流路に前記加圧部によって加圧された該注射目的物質を流し込むステップと、前記開口端から射出された前記注射目的物質が前記注射対象領域に到達する前に、該開口端の外側に配置された前記射出部の該開口端の面積より小さい流路面積を有する微小細孔を含む微小細孔部を通過させるステップと、を含むものである。無針注射器がこのように作動することで、上述したように、生体等の注射対象領域の比較的浅い部位に対して効率的に注射を行うことが可能となる。
【0022】
また、上記無針注射器の作動方法において、前記微小細孔部は、複数の微小細孔が面状に形成された微小細孔面部材と、前記射出部側に前記微小細孔面部材を保持し、前記射出部に対して取り付けられる取付部材とから形成されており、前記微小細孔面部材は、前記射出部の前記開口端に接触するように前記取付部材によって取り付けられてもよい。そして、前記通過させるステップにおいて前記注射目的物質が前記微小細孔部を通過するとき、前記微小細孔面部材の前記微小細孔に前記注射目的物質が流れ込むように構成される。これにより、前記注射対象領域の面方向に対して注射目的物質を広範囲に供給することが可能となる。なお、当該面方向とは、注射の行われる注射深さ方向ではない方向であり、また、当該面方向における面は、平面だけではなく球面等の曲面も含む概念である。
【0023】
また、上記にて開示された本発明に係る無針注射器に関する技術思想は、当該無針注射器の作動方法に係る発明にも適用可能である。
【0024】
ここで、更には、本発明を、無針注射器の使用方法の側面から捉えることもできる。す
なわち、本発明は、注射目的物質を封入する封入部と、該封入部に封入された該注射目的物質に対して加圧する加圧部と、前記注射器の外部の注射対象領域に対して前記注射目的物質を射出する開口端を有し、該開口端の面積が前記封入部の流路面積より小さく形成された流路を含む射出部と、を備え、注射針を介することなく該注射目的物質を注射対象領域に注射する無針注射器の使用方法である。そして、当該使用方法は、前記開口端の外側に、該開口端の面積より小さい流路面積を有する微小細孔を含む微小細孔部を配置するステップと、前記加圧部を介して前記封入部に封入された前記注射目的物質に対して加圧を行わせるステップと、前記射出部において、該流路に前記加圧部によって加圧された該注射目的物質を流し込むステップと、前記開口端から射出された前記注射目的物質が前記注射対象領域に到達する前に、前記微小細孔部を通過させるステップと、を含むものである。無針注射器をこのように使用することで、上述したように、生体等の注射対象領域の比較的浅い部位に対して効率的に注射を行うことが可能となる。また、上記にて開示された本発明に係る無針注射器に関する技術思想は、当該無針注射器の使用方法に係る発明にも適用可能である。
【発明の効果】
【0025】
生体等の注射対象領域の比較的浅い部位に対して注射可能であって、可及的に簡素化された構造を有する無針注射器を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に係る無針注射器の概略構成を示す図である。
【図2】図1に示す無針注射器に対してマスキング部材を装着する様子を示す図である。
【図3】図1に示す無針注射器にマスキング部材が装着された状態の、断面図である。
【図4】図1に示す無針注射器にマスキング部材が装着された状態における、ノズルの開口端と微小細孔を重ねて表示した図である。
【図5】図1に示す無針注射器に対してマスキング部材を装着する様子を示す第二の図である。
【図6】図1に示す無針注射器にマスキング部材が装着された状態の、第二の断面図である。
【図7A】本発明に係る無針注射器におけるマスキング部材の装着状態を示す断面図である。
【図7B】図7Aに示すマスキング部材の装着状態を示す断面図の変形例である。
【図8】本発明に係る無針注射器において注射液に加えられた圧力の推移を示す図である。
【図9A】本発明の実施例1に係る無針注射器における注射結果を示す第一の図である。
【図9B】本発明の実施例1に係る無針注射器における注射結果を示す第二の図である。
【図9C】本発明の実施例1に係る無針注射器における注射結果を示す第三の図である。
【図10A】本発明の実施例2に係る無針注射器における注射結果を示す第一の図である。
【図10B】本発明の実施例2に係る無針注射器における注射結果を示す第二の図である。
【図10C】本発明の実施例2に係る無針注射器における注射結果を示す第三の図である。
【図11】本発明に係る無針注射器の概略構成を示す第二の図である。
【図12】図11に示す無針注射器に装着されるイニシエータ(点火装置)の概略構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、図面を参照して本発明の実施形態に係る無針注射器1(以下、単に「注射器1」という)について説明する。なお、以下の実施形態の構成は例示であり、本発明はこの実施の形態の構成に限定されるものではない。
【0028】
ここで、図1(a)は注射器1の断面図であり、図1(b)は注射器1を、注射液を射出するノズル4側から見た側面図である。なお、本願の以降の記載においては、注射器1によって注射対象物に注射される注射目的物質を「注射液」と総称する。しかし、これには注射される物質の内容や形態を限定する意図は無い。注射目的物質では、皮膚構造体に届けるべき成分が溶解していても溶解していなくてもよく、また注射目的物質も、加圧することでノズル4から皮膚構造体に対して射出され得るものであれば、その具体的な形態は不問であり、液体、ゲル状等様々な形態が採用できる。
【0029】
ここで、注射器1は、注射器本体2を有し、該注射器本体2の中央部には、その軸方向に延在し、軸方向に沿った径が一定である貫通孔14が設けられている。貫通孔14には、金属製のピストン6が、貫通孔14内を軸方向に沿って摺動可能となるように配置され、その一端が加圧部9側に露出し、他端には封止部材7が一体に取り付けられている。そして、注射器1によって注射される注射目的物質である注射液MLは、該封止部材7と、別の封止部材8との間の貫通孔14内に形成される空間に収容される。したがって、封止部材7、8および貫通孔14によって、本発明に係る無針注射器の封入部が形成されることになる。この封止部材7、8は、注射液MLの封入時に該注射液が漏れ出さないように、且つピストン6の摺動に伴って注射液MLが円滑に貫通孔14内を移動できるように、表面にシリコンオイルを薄く塗布したゴム製のものである。
【0030】
加圧部9は、注射器1における注射の駆動力源となるものであり、加圧部9が発生した圧力はピストン6、封止部材7を介して注射液MLへと伝えられることで、注射液MLの射出が開始されることになる。ここで、加圧部9による加圧は、バネの弾性力を利用した形態によるものであり、例えば、ユーザが、図1(a)において加圧部9の一端を、注射器本体2から突出した部分を押圧することで、加圧部9内で圧縮されたバネが解放され、それにより生じた弾性力がピストン6へと伝えられる構成が挙げられる。バネの弾性力を利用した加圧構成は、例えば特開2000−14780号公報に示すように従来技術によるものであり、注射の目的等に応じて加圧力を適宜調整する観点や、ユーザの利便性の観点等から、様々な変形例が採用できる。
【0031】
また、注射器1の先端側(図1の右側)には、注射液MLを射出するためのノズル4が装着されたホルダー5が設けられている。注射器1においては、ノズル4はいわゆる使い捨てタイプのノズルであり、注射液MLの射出が行われるごとに新たなノズルに取り換えられるように、ホルダー5に対して脱着可能に保持される構成となっている。このホルダー5はガスケット3を挟んで注射器本体2の端面に、ホルダー用キャップ13を介して固定される。ホルダー用キャップ13はホルダー5に対して引っ掛かるように断面が鍔状に形成され、且つ注射器本体2に対してネジ固定される。これにより、ホルダー5は、注射液MLの射出時に注射液MLに掛けられる圧力によって注射器本体2から脱落することが防止される。なお、図1に示す例では、ホルダー5の取付状態では、ホルダー5の外側表面とホルダー用キャップ13の外側表面は概ね面一となっている。
【0032】
このホルダー5が注射器本体2に取り付けられた状態(図1(a)に示す状態)のとき、ホルダー5の封止部材8と対向する箇所に、封止部材8を収容可能な凹部10が形成されている。この凹部10は、封止部材8とほぼ同じ径を有し、封止部材8の長さより若干
長い深さを有する。これにより、ピストン6に圧力がかかり注射液MLが封止部材7、8とともに注射器1の先端側に移動したときに、封止部材8が凹部10内に収容されることが可能となる。凹部10に封止部材8が収容されると、加圧された注射液MLが封入状態から解放されることになる。そこで、ホルダー5の注射器本体2側に接触する部位に、解放された注射液MLがノズル4まで導かれるように流路11が形成されている。そして、ノズル4内の流路径は、貫通孔14、流路11の流路径と比べても小さくなっており、これにより、解放された注射液MLは、流路11を経てノズル4に流入し、そこで比較的細い流径を有する流れが形成され、注射対象物である生体の皮膚へ射出されることになる。また、凹部10が封止部材8を収容する深さを有することで、注射液MLの射出が封止部材8によって阻害されることを回避できる。
【0033】
なお、ノズル4は、ホルダー5に複数形成されてもよく、または、一つ形成されてもよい。複数のノズルが形成される場合には、各ノズルに対して解放された注射液が送り込まれるように、各ノズルに対応する流路が形成される。さらに、複数のノズル4が形成される場合には、図1(b)に示すように、注射器1の中心軸の周囲に等間隔で各ノズルが配置されるのが好ましい。なお、本実施の形態では、ホルダー5において3個のノズル4が、注射器1の中心軸の周囲に等間隔で配置されている。また、ノズル4の径(開口端の直径)は、注射対象物、注射液MLに掛かる射出圧力、注射液の物性(粘性)、注射対象物への注射深さ等を考慮して適宜設定されるが、ノズル4は、例えば射出成型を利用して樹脂材料から製造されるため、その径は、小さくても直径はサブミリオーダーである。
【0034】
このように構成される注射器1では、ホルダー用キャップ13で固定されたホルダー5に対して、ノズル4の開口端、すなわち加圧された注射液が外部へと射出される開口箇所を覆うように、マスキング部材12が取り付けられている。マスキング部材12には、後述するように微小細孔を有するメッシュシート部材が備えられ、ノズル4の開口端から射出される注射液MLは、このメッシュシート部材を通過して、生体の皮膚へと射出されることになる。射出された注射液MLには圧力が掛けられているため、生体の皮膚表面を貫通し、その内部に注射液が到達し、以て注射器1における注射の目的を果たすことが可能となる。
【0035】
ここで、図2−図4に基づいて、本実施の形態に係る注射器1の注射液の射出について詳細に説明する。図2は、上述したようにノズル4の開口端を覆うように取り付けられるマスキング部材12と注射器本体2側の構成を示す図であり、図3は、マスキング部材12が注射器本体2側に取り付けられた状態での断面図である。また、図4は、注射器本体2側のノズル4の開口端と、マスキング部材12側に設けられた微小細孔の大きさが比較可能なように両者を重ね合わせて示した図である。マスキング部材12は、概ね規則的に配列された微小細孔を有するメッシュシート部材121と、そのメッシュシート部材121が固定・保持されるための取付キャップ122を有している。メッシュシート部材121としては、医療用化繊織物(例えば、SEFAR社製 MEDIFABやBD(ベクトン・ディッキンソン)社製 Falconセルストレーナー等)を利用できる。メッシュシート部材121では、図4に示すように、ポリアミドやポリエステル等からなる化学繊維が格子状に配列されて格子部121bが形成され、格子部121bに四方を囲まれることで微小細孔121aが規則的に配列された状態が形成されている。微小細孔121aは概ね正方形状であり、その一辺は用途に応じて適宜選択可能であり、例えば、40μm〜100μmの大きさである。そして、図4に示す形態では、このような大きさ・形状を有する微小細孔121aが平面上に規則正しく100μm〜150μmの間隔で配列されている。
【0036】
ここで、ノズル4の開口端の直径は上記のとおりサブミリオーダーであり、例えば0.2mmとする。そのような場合、図4に示すように、ノズル4の開口端の面積に比べてメ
ッシュシート部材121の微小細孔121a1つあたりの面積は小さくなり、一つのノズ
ル4の開口端に対して、数個程度のメッシュシート部材121の微小細孔121aが含まれる大きさの相関となる。このようなメッシュシート部材121が取付キャップ122に固定され、その取付キャップ122が有する爪部123が、ホルダー用キャップ13の側面に設けられた溝部131に係合することで、マスキング部材12が注射器本体2側へ取り付けられる(図3を参照)。このように取り付けられることで、加圧部9による加圧が行われると、注射液MLは、ノズル4の開口端、メッシュシート部材121を経て、生体の皮膚へと射出されることになる。
【0037】
ここで、注射液MLがノズル4の開口端から流れ出る際は、注射液は開口端の大きさに従った流径を有する流れであるが、その直後にメッシュシート部材121へ至ることで、そこに設けられた複数の微小細孔121aを通過することになる。その結果、注射液MLの流れは、メッシュシート部材121に配列されている微小細孔121aに従って細分化されることになる。換言すれば、ノズル4の開口端からの注射液MLの流れは、微小細孔121aによって、流径がより小さい複数の流れに分割され、その複数の分割された流れが、注射器1からの注射液として最終的に皮膚に到達することになる。
【0038】
注射器1から射出された注射液の流れについては、注射液の流速が同じとするとその流径が小さくなるほど皮膚内で注射液が進行する距離、すなわち注射深さが小さくなる。そのため、メッシュシート部材121で細分化された注射液MLは、細分化されない場合と比べて、注射対象物である皮膚での注射深さが浅くなり、故に、図1〜図4に示した注射器1は、皮膚の比較的浅い部位に対して効果的に注射液を届けることが可能となる。なお、メッシュシート部材121が存在することで、注射液の流れに対する抵抗が生まれ、注射液の流速が低下され得るが、加圧部9による加圧力(すなわちバネの弾性力)を調整して、適切な圧力を注射液MLに対して加えることで、皮膚表面の貫通、皮膚内での進行に十分な運動エネルギーを付与すればよい。そして、注射深さについては、メッシュシート部材の微小細孔121aの大きさを適宜選択することで、特にランゲルハンス細胞が存在する皮膚の浅い部位に対する注射を効果的に実現させることが可能となる。
【0039】
なお、図4に示すメッシュシート部材121における微小細孔121aは、概ね正方形の形状を有しているが、微小細孔の面積がノズル4の開口端の面積と比べて小さければ、好ましくはノズル4の開口端に数個分の微小細孔が含まれる程度に小さければ、正方形以外の形状を有する微小細孔であっても構わない。例えば、円形状や楕円形状、長方形状、多角形状であってもよい。また、図4には、微小細孔121aが平面状に概ね規則的に配列されているが、流入する注射液が微小細孔を通って流出できるように、微小細孔が貫通したものでありさえすれば、メッシュシート部材121における微小細孔の配列の形態は限定されない。また、微小細孔121aはメッシュシート部材121に対してエンボス状の多少突起した状態で形成されていてもよい。たとえば米国特許第6,503,231号明細書に示すようなマイクロニードル状の形状であってもよい。その場合、各突起は皮膚へ向いて形成されているようにする。但し、微小細孔がメッシュシート部材121において複雑に形成されれば、注射液に対する抵抗が大きくなり、好適な注射が困難となることに留意する。
【0040】
また、図3には、マスキング部材12が、爪部123と溝部131との係合により注射器本体2側に取り付けられ、注射対象の皮膚に対して注射器を接触させた状態が示されている。このときメッシュシート部材121の外側表面(すなわち、皮膚が存在する側の表面)と取付キャップ122の外側表面(同じく、皮膚が存在する側の表面)とが面一となるように、メッシュシート部材121が取付キャップ122に取り付けられている。このように構成されることで、ユーザが注射器1を皮膚に接触させたとき、微小細孔121aの外側には皮膚が接触した状態となる。そのため、上述したように微小細孔121aによ
って細分化された注射液の流れは、その後大きく乱れることなく皮膚に対して注射されることになり、微小細孔121aの大きさに応じた所望の注射深さを実現することができる。
【0041】
なお、図3に示す場合では、取付キャップ122の厚みとメッシュシート部材121の厚みが異なっているため、上記のとおり外側表面において取付キャップ122とメッシュシート部材121を面一に配置すると、メッシュシート部材121の内側表面と注射器本体2側(取付キャップ13やホルダ5)との間に間隙Δが生じる。これは取付キャップ122とメッシュシート部材121の厚さの違いから生じる段差によるもので、このように間隙Δが形成されていると、開口端から射出された注射液が幾分か拡散される可能性がある。また、この隙間に注射液が残存するため、注射液の一部が無駄になる。このため隙間Δを可能な限り排除するように、当該段差を吸収するように(あるは当該段差と補合的に当接できるよう)、注射器本体2側(取付キャップ13やホルダ5)の形状を工夫する。
【0042】
また、上述した注射器1では、メッシュシート部材121を有するマスキング部材12を、爪部123と溝部131との係合によるスナップフィット方式の固定方法を採用している。そのため、マスキング部材12は注射器本体2に対して脱着可能な構成となっている。ノズル4は樹脂の射出成型によって製造されることから、その開口端の大きさをある一定の寸法以下に小さく加工することには困難を伴う。しかし、本発明のようにメッシュシート部材121を脱着可能に構成することで、最終的に皮膚に対して注射される注射液の流径を決定する構造物(すなわち、メッシュシート部材)をノズル4とは別の構造物として製造でき、それを注射器本体側に取り付けることで注射器1が形成されることになる。そのため、比較的浅い部位への注射を実現する注射器1の製造を簡素化することができる。更には、脱着可能とすることで、衛生的な注射の繰り返しや、注射対象物や注射対象部位の違いによる注射深さの調整が容易に実現される。
【0043】
<変形例>
図5、図6に基づいて、本発明に係る注射器1の変形例について説明する。本変形例では、ホルダー用キャップ13でホルダー5を固定した際に、ホルダー5の頂部がホルダー用キャップ13の外側表面よりも若干量突出し、突出部132が形成される。また、マスキング部材は、上記実施例と同様のメッシュシート部材124が、環状の取付フレーム125の貫通孔を塞ぐように取り付けられている。このとき、図6に示すように、メッシュシート部材124の外側表面と取付フレーム125の外側表面とは面一となっており、また取付フレーム125の貫通孔の内径は、突出部132の外径より若干量大きくなっている。
【0044】
ここで、マスキング部材12の取り付けについては、突出部132に隣接するホルダー用キャップ13の外側表面133に接着剤が塗布された状態で、取付フレーム125の貫通孔が突出部132に嵌り込むように取り付ける。取付フレーム125を突出部132に沿って嵌め込んでいくと、図6に示すようにメッシュシート部材124が突出部132(ホルダー5)の端面に接触する。このとき、取付フレーム125とホルダー用キャップ13の外側表面133との間には接着剤が介在した状態になり、マスキング部材12の取り付けが完了する。
【0045】
このような取付形態では、メッシュシート部材124の内側表面が突出部132の端面に接触するため、メッシュシート部材124とノズル4の開口端との間の間隙Δは実質的に零となる。また、取付フレーム125は接着剤の厚みによってホルダー用キャップ13の外側表面133と接着されることから、メッシュシート部材124が突出部132に接触したときの、取付フレーム125と外側表面133との距離が多少変動しても、そこに介在する接着剤量(接着剤の厚み)を調整することで、間隙Δを零にしながらマスキング
部材12の確実な取り付けを実現することができる。なお、取付フレーム125には、一部が突出して形成されている把持部126が設けられている。そのためユーザはこの把持部126を握りながらマスキング部材12の取り付けを行うことができ、以て接着剤のはみ出しによりユーザの手が汚れるのを回避することができる。なお、マスキング部材12は注射時は皮膚と注射器本体2側(取付キャップ13やホルダ5)に挟まれており、接着剤は実質的には注射を行うまでの間、マスキング部材12を注射器本体2側に保持する機能があればよく、接着能力はそれほど高くなくてよい。よって両面テープなどの粘着層を用いてもよく、またマスキング部材12を注射器本体側から取り外すときには、接着剤や粘着層がマスキング部材12に付着したまま外れるのが好ましい。
【0046】
このように構成されるマスキング部材12において、注射液の注射が終了すると、マスキング部材12を取り外し、残った接着剤を除去してから、新たなマスキング部材12を取り付ければよい。また、マスキング部材12においては、メッシュシート部材124を接着剤によって取付フレーム125に固定させることもできる。この場合、注射後にマスキング部材12を取り外すときに、マスキング部材12取付用の接着剤によってメッシュシート部材124が注射器本体側に残ってしまわないように、マスキング部材12取付用の接着剤の接着強度を、メッシュシート部材124の固定用の接着剤の接着強度よりも低くするのが好ましい。
【0047】
<第2の変形例>
次に、図7A、図7Bに基づいて、本発明に係る注射器1の変形例について説明する。本変形例では、上記変形例と同じように、ホルダー5の突出部132が形成され、マスキング部材12がメッシュシート部材124と取付フレーム125で構成されている。このとき、図7Aに示すように、取付フレーム125の貫通孔の内径と突出部132の外径が概ね一致し、マスキング部材12の取り付け時には取付フレーム125を突出部132に圧入する。これにより、接着剤を使わずにマスキング部材12を強力に固定することが可能となる。また、突出部132の高さに対して取付フレーム125の厚みを小さくすることで、メッシュシート部材124が突出部132に接触するまで圧入することができ、この場合、メッシュシート部材124と突出部132との間に間隙が生じるのを回避することができる。
【0048】
また、図7Bに示すように、取付フレーム125の貫通孔の内壁面125aをテーパー状に形成してもよい。このようにすることでテーパー部分が圧入時のガイドとなり、取付フレーム125の圧入が容易となる。なお、図7Bでは、取付フレーム125の貫通孔の内壁面125aがテーパー状に形成されているが、それに代えて突出部132側をテーパー状に形成してもよい。
【実施例1】
【0049】
ここで、本発明に係る注射器1を用いて行った注射実験について、以下にその実験条件と実験結果を示す。なお、以下の実験条件は、注射対象物であるウサギの皮膚層に注射液を注射することを目的として設定されたものであるが、本発明の注射器がウサギ用に限定されるものではない。
(注射器1の加圧部9について)
注射器1の加圧部9は、バネの弾性力を利用して注射液への加圧を行うものである。図8に、50μlの注射液量に対して加圧部9による加圧が行われたときの、ノズル4から吐
出される注射液に対する加圧力の推移を示す。具体的には、当該圧力推移は、ノズル4の下流に配置されたロードセルによって測定されたものである。この圧力推移からも理解できるように、注射器1において、加圧初期には一時的に加圧力がピーク値を示すが、その後は、注射液の射出が終了するまで、概ね30〜35MPaの加圧力が維持される傾向がある。
(注射液について)
注射後の注射液の拡散状況を把握しやすくするために、着色した水溶液(メチレンブルー)を使用した。
<実験条件>
【表1】

【0050】
<実験結果>
次に、以下に上記実験条件に従った実験結果を、図9A−図9Cに示す。図9A、図9B、図9Cは、それぞれ、実験1、実験2、比較例1での注射結果におけるウサギの皮膚構造体の断面図である。ウサギの皮膚構造体は皮膚表面を含むほぼ同じ大きさの肉片を冷凍保存しておき、実験前に室温で解凍した。その解凍したものに対して所定量の注射液を皮膚の表面から注射した。注射後は肉片の切断を容易にするために一旦凍結させて切断し、注射された注射液の状態を確認した。これらの実験結果からも理解できるように、マスキング部材12を有していない比較例1における実験結果では、ノズル4の開口端から射出された注射液が、ウサギの皮膚構造体の深層部まで到達しているが、実験1、実験2の実験結果では、注射液が皮膚構造体の比較的浅い部位(皮内近傍)に留まり、それより深い部位には到達していない。図8に示すように、上記実験において注射液に掛けられる圧力が、各実験条件で概ね同一であることを考慮すれば、ノズル4のノズル径より小さい微小細孔を有するマスキング部材12を注射器1が備えることで、皮膚構造体の比較的浅い部位への注射を実現できることが理解できる。なお、前述のとおり本実施例はウサギに対して注射した場合の例を示したが、注射対象物は限定されることはなくヒトにも適用できる。また注射部位も限定されず、メッシュシート部材121、124の微小細孔121aを調節すれば、各部位に注射が可能となる。
【実施例2】
【0051】
ここで、本発明に係る注射器1を用いて行った第2の注射実験について、以下にその実験条件と実験結果を示す。なお、第2の実験条件は、注射対象物であるマウスの皮膚層に注射液を注射することを目的として設定されたものであるが、これにより本発明の注射器の適用範囲が限定されるものではない。
(注射器1の加圧部9について)
当該実験には、上記実施例1と同一の注射器1を使用した。したがって、その加圧部9による加圧能力は、図8に示す通りである。
(注射液について)
注射液についても、上記実施例1と同じく、着色した水溶液(メチレンブルー)を使用した。
<実験条件>
【表2】

【0052】
<実験結果>
次に、以下に上記実験条件に従った実験結果を、図10A−図10Cに示す。図10Aは、実験3での注射結果に関し、注射後に皮膚を筋肉層から引き剥がし、その皮膚の裏側(内部側)を観察した図であり、図10Bは、その皮膚が引き剥がされて残った筋肉層の断面図である。また、図10Cは、比較例2での注射結果におけるマウスの皮膚構造体(上記皮膚と筋肉層が結合している状態のもの)の断面図である。なお、マウスの皮膚構造体は皮膚表面を含むほぼ同じ大きさの肉片を冷凍保存しておき、実験前に室温で解凍した。その解凍したものに対して所定量の注射液を皮膚の表面から注射した。注射後は肉片の切断を容易にするために一旦凍結させて切断し、注射された注射液の状態を確認した。これらの実験結果からも理解できるように、マスキング部材12を有していない比較例2における実験結果では、上記実施例1のウサギの場合と同様に、ノズル4の開口端から射出された注射液が、マウスの皮膚構造体の筋肉層の深層部まで到達しているが、実験3の結果では、注射液が皮膚を貫通した後は、皮膚構造体の比較的浅い部位、すなわち皮膚の下層辺りの部位で注射液は広く拡散し、筋肉層に対しても注射液はその上面に付着している程度で筋肉層内には深く到達していない。したがって、マウスを使用する場合でも、ノズル4のノズル径より小さい微小細孔を有するマスキング部材12を注射器1が備えることで、皮膚構造体の比較的浅い部位への注射を実現できることが理解できる。
【0053】
<その他の実施例>
本発明に係る注射器1によれば、上述した注射液を皮膚構造体に注射する場合以外にも、例えば、ヒトに対する再生医療の分野において、注射対象となる細胞や足場組織・スキャフォールドに培養細胞、幹細胞等を播種することが可能となる。例えば、特開2008−206477号公報に示すように、移植される部位及び再細胞化の目的に応じて当業者が適宜決定し得る細胞、例えば、内皮細胞、内皮前駆細胞、骨髄細胞、前骨芽細胞、軟骨細胞、繊維芽細胞、皮膚細胞、筋肉細胞、肝臓細胞、腎臓細胞、腸管細胞、幹細胞、その他再生医療の分野で考慮されるあらゆる細胞を、注射器1により注射することが可能である。より具体的には、上記播種すべき細胞を含む液(細胞懸濁液)を封止部材7、8により貫通孔14に収容し、それに対して加圧することで、移植される部位に所定の細胞を注射、移植する。
【0054】
さらには、特表2007−525192号公報に記載されているような、細胞や足場組織・スキャフォールド等へのDNA等の送達にも、本発明に係る注射器1を使用することができる。この場合、針を用いて送達する場合と比較して、本発明に係る注射器1を使用した方が、細胞や足場組織・スキャフォールド等自体への影響を抑制できるためより好ましいと言える。
【0055】
さらには、各種遺伝子、癌抑制細胞、脂質エンベロープ等を直接目的とする組織に送達させたり、病原体に対する免疫を高めるために抗原遺伝子を投与したりする場合にも、本発明に係る注射器1は好適に使用される。その他、各種疾病治療の分野(特表2008−
508881号公報、特表2010−503616号公報等に記載の分野)、免疫医療分野(特表2005−523679号公報等に記載の分野)等にも、当該注射器1は使用することができ、その使用可能な分野は意図的には限定されない。
【0056】
また、図1に示した注射器1の加圧部9はバネの弾性力を利用して注射液に対して加圧をおこなうものであるが、それに代えて火薬の燃焼によって生じる圧力を利用して注射液に加圧を行う構成を、加圧部9として採用することもできる。当該構成を有する注射器100の概略を図11に示す。
【0057】
ここで、図11(a)は注射器100の断面図であり、図11(b)は注射器100をイニシエータ20側から見た側面図である。なお、図1に示す注射器1と実質的に同一の構成については同一の参照番号を付すことで、その詳細な説明は割愛する。ここで、注射器100は、注射器本体2を有し、該注射器本体2の中央部には、その軸方向に延在し、軸方向に沿った径が一定である貫通孔14が設けられている。そして、貫通孔14の一端は、該貫通孔14の径より大きい径を有する燃焼室29に連通し、残りの一端は、ノズル4が形成されたノズルホルダー5側に至る。更に、燃焼室29の、貫通孔14との連通箇所とは反対側に、イニシエータ20が、その点火部が該連通箇所に対向するように設置される。
【0058】
ここで、イニシエータ20の例について図12に基づいて説明する。イニシエータ20は電気式の点火装置であり、表面が絶縁カバーで覆われたカップ21によって、点火薬22を配置するための空間が該カップ21内に画定される。そして、その空間に金属ヘッダ24が配置され、その上面に筒状のチャージホルダ23が設けられている。該チャージホルダ23によって点火薬22が保持される。この点火薬22の底部には、片方の導電ピン28と金属ヘッダ24を電気的に接続したブリッジワイヤ26が配線されている。なお、二本の導電ピン28は互いが絶縁状態となるように、絶縁体25を介して金属ヘッダ24に固定される。さらに、絶縁体25で支持された二本の導電ピン28が延出するカップ21の開放口は、樹脂27によって導電ピン28間の絶縁性を良好に維持した状態で保護されている。
【0059】
このように構成されるイニシエータ20においては、外部電源によって二本の導電ピン28間に電圧印加されるとブリッジワイヤ26に電流が流れ、それにより点火薬22が燃焼する。このとき、点火薬22の燃焼による燃焼生成物はチャージホルダ23の開口部から噴出されることになる。そこで、本発明においては、イニシエータ20での点火薬22の燃焼生成物が燃焼室29内に流れ込むように、注射器本体2に対するイニシエータ20の相対位置関係が設計されている。また、イニシエータ用キャップ15は、イニシエータ20の外表面に引っ掛かるように断面が鍔状に形成され、且つ注射器本体2に対してネジ固定される。これにより、イニシエータ20は、イニシエータ用キャップ15によって注射器本体2に対して固定され、以てイニシエータ20での点火時に生じる圧力で、イニシエータ20自体が注射器本体2から脱落することを防止できる。
【0060】
なお、注射器100において用いられる点火薬22として、好ましくは、ジルコニウムと過塩素酸カリウムを含む火薬(ZPP)、水素化チタンと過塩素酸カリウムを含む火薬(THPP)、チタンと過塩素酸カリウムを含む火薬(TiPP)、アルミニウムと過塩素酸カリウムを含む火薬(APP)、アルミニウムと酸化ビスマスを含む火薬(ABO)、アルミニウムと酸化モリブデンを含む火薬(AMO)、アルミニウムと酸化銅を含む火薬(ACO)、アルミニウムと酸化鉄を含む火薬(AFO)、もしくはこれらの火薬のうちの複数の組合せからなる火薬が挙げられる。これらの火薬は、点火直後の燃焼時には高温高圧のプラズマを発生させるが、常温となり燃焼生成物が凝縮すると気体成分を含まないために発生圧力が急激に低下する特性を示す。適切な注射が可能な限りにおいて、これ
ら以外の火薬を点火薬として用いても構わない。
【0061】
ここで、燃焼室29内には、点火薬22の燃焼によって生じる燃焼生成物によって燃焼しガスを発生させる、円柱状のガス発生剤30が配置されている。ガス発生剤30の一例としては、ニトロセルロース98質量%、ジフェニルアミン0.8質量%、硫酸カリウム1.2質量%からなるシングルベース無煙火薬が挙げられる。また、エアバッグ用ガス発生器やシートベルトプリテンショナ用ガス発生器に使用されている各種ガス発生剤を用いることも可能である。このガス発生剤30は、上記点火薬22と異なり、燃焼時に発生した所定のガスは常温においても気体成分を含むため、発生圧力の低下率は上記点火薬22と比べて小さい。さらに、ガス発生剤30の燃焼時の燃焼完了時間は、上記点火薬22と比べて長いが、燃焼室29内に配置されるときの該ガス発生剤30の寸法や大きさ、形状、特に表面形状を調整することで、該ガス発生剤30の燃焼完了時間を変化させることが可能である。これは、燃焼室29内に流れ込む点火薬22の燃焼生成物との接触状態が、ガス発生剤30の表面形状や、また燃焼室29内でのガス発生剤30の配置に起因する該ガス発生剤30と点火薬22との相対位置関係によって変化すると考えられるからである。
【0062】
次に、貫通孔14には、金属製のピストン6が、貫通孔14内を軸方向に沿って摺動可能となるように配置され、その一端が燃焼室29側に露出し、他端には封止部材7が一体に取り付けられている。そして、注射器100によって注射される注射液MLは、該封止部材7と、別の封止部材8との間の貫通孔14内に形成される空間に収容される。
【0063】
このように構成される注射器100では、イニシエータ20における点火薬22と、燃焼室29に配置されたガス発生剤30によって、燃焼室29内に燃焼生成物もしくは所定のガスを発生させて、ピストン6を介して貫通孔14内に収容されている注射液MLに圧力を加える。その結果、封止部材7、8を伴って注射液MLは注射器100の先端側に押し出され、封止部材8が凹部10内に収容されると注射液MLが流路11およびノズル4を経て、注射対象物に射出されることになる。そして、上述までの通り、注射器100においてもマスキング部材12が設けられることで、そこに配された微小細孔の大きさとノズル4の開口端の大きさとの相対関係によって、注射深さを比較的浅く調整することが可能となる。
【符号の説明】
【0064】
1・・・・注射器
2・・・・注射器本体
4・・・・ノズル
5・・・・ホルダー
6・・・・ピストン
7、8・・・・封止部材
9・・・・加圧部
10・・・・凹部
11・・・・流路
12・・・・マスキング部材
13・・・・ホルダ用キャップ
14・・・・貫通孔
20・・・・イニシエータ
22・・・・点火薬
29・・・・燃焼室
30・・・・ガス発生剤
100・・・・注射器
121、124・・・・メッシュシート部材
122・・・・取付キャップ
123・・・・爪部
125・・・・取付フレーム
131・・・・溝部
132・・・・突出部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
注射針を介することなく、注射目的物質を生体の注射対象領域に注射する注射器であって、
前記注射目的物質を封入する封入部と、
前記封入部に封入された前記注射目的物質に対して加圧する加圧部と、
前記加圧部によって加圧された前記注射目的物質が流れる流路を有し、該注射目的物質が該流路の開口端から前記注射器の外部の注射対象領域に対して射出される射出部であって、該開口端は、その面積が前記封入部の流路面積より小さくなるように形成されている射出部と、
前記射出部の前記開口端の面積より小さい流路面積を有する微小細孔を含み、該開口端から射出される注射目的物質が該微小細孔を通過して前記注射対象領域側へ到達するように、該開口端の外側に配置される微小細孔部と、
を備える、無針注射器。
【請求項2】
前記微小細孔部は、
前記微小細孔が複数形成され、該複数の微小細孔が面状に配置されている微小細孔面部材と、
前記微小細孔面部材を保持した状態で前記射出部側に取り付けられる取付部材であって、その取付状態において前記微小細孔面部材が前記射出部の開口端を覆うように配置される取付部材と、
を有する、請求項1に記載の無針注射器。
【請求項3】
前記微小細孔面部材は、前記取付部材の前記射出部側への取付状態では、前記射出部の前記開口端に接触し、且つ前記複数の微小細孔に対して該開口端から加圧された注射目的物質が流れ込む、
請求項2に記載の無針注射器。
【請求項4】
前記微小細孔面部材が前記取付部材に保持された状態において、該微小細孔面部材の外側表面は、注射時に前記注射対象領域と接触する該取付部材の外側表面と面一となる、
請求項2又は請求項3に記載の無針注射器。
【請求項5】
前記微小細孔面部材は、別の微小細孔面部材と交換可能となるように、前記取付部材に対して脱着される、
請求項2から請求項4の何れか一項に記載の無針注射器。
【請求項6】
前記取付部材は、前記射出部に対して圧入されることで該射出部に対して固定される、
請求項2から請求項5の何れか一項に記載の無針注射器。
【請求項7】
注射目的物質を封入する封入部と、該封入部に封入された該注射目的物質に対して加圧する加圧部と、を備え、注射針を介することなく該注射目的物質を注射対象領域に注射する無針注射器の作動方法であって、
前記加圧部により前記封入部に封入された前記注射目的物質に対して加圧を行うステップと、
前記注射器の外部の注射対象領域に対して前記注射目的物質を射出する開口端を有し、該開口端の面積が前記封入部の流路面積より小さく形成された流路を備える射出部において、該流路に前記加圧部によって加圧された該注射目的物質を流し込むステップと、
前記開口端から射出された前記注射目的物質が前記注射対象領域に到達する前に、該開口端の外側に配置された前記射出部の該開口端の面積より小さい流路面積を有する微小細孔を含む微小細孔部を通過させるステップと、
を含む、無針注射器の作動方法。
【請求項8】
前記微小細孔部は、複数の微小細孔が面状に形成された微小細孔面部材と、前記射出部側に前記微小細孔面部材を保持し、前記射出部に対して取り付けられる取付部材とから形成されており、
前記微小細孔面部材は、前記射出部の前記開口端に接触するように前記取付部材によって取り付けられ、
前記通過させるステップにおいて前記注射目的物質が前記微小細孔部を通過するとき、前記微小細孔面部材の前記微小細孔に前記注射目的物質が流れ込むことで、前記注射対象領域の面方向に対して注射目的物質を供給する、
請求項7に記載の無針注射器の作動方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7A】
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【図7B】
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【図8】
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【図11】
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【図12】
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【図9A】
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【図9B】
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【図9C】
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【図10A】
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【図10B】
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【図10C】
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【公開番号】特開2013−59424(P2013−59424A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−198899(P2011−198899)
【出願日】平成23年9月12日(2011.9.12)
【出願人】(000002901)株式会社ダイセル (1,236)
【Fターム(参考)】