説明

焼結体用硬質粒子およびその焼結体

【目的】安価で、耐酸化性に優れ、且つ、耐磨耗性を殆ど損なうことなく、被削性を向上させることができる焼結体用硬質粒子、および被削性に優れた焼結体を提供すること。
【解決手段】質量%で、C:0.3%〜2.5%、Cr:10.0%超〜25.0%、Ni:10.0%〜30.0%、Mn:1.0%超〜3.0%、Mo:20.0%超〜40.0%、Si:0.3%〜2.5%、Co:10.0%〜30.0%未満を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる焼結体用硬質粒子。更に、必要に応じてさらに、質量%で、Y:0.01%〜0.50%の範囲で添加してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結体用硬質粒子およびその焼結体に関するもので、更に詳しくは、内燃機関のバルブシートなどの高温環境下において耐摩耗性が優れ、且つ、良好な被削性を有する焼結体が得られる硬質粒子に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンのバルブシートには、焼結合金が多く使用されてきた。これは、耐熱性の高い合金粉末に耐摩耗性に優れる硬質粒子を添加することで耐熱性および耐摩耗性に優れた合金を得ることが、溶製材に比べて、比較的容易だからである。
【0003】
一方、近年のエンジンは、環境にやさしいことが要求されるようになってきており、燃費の向上と排ガスクリーン化ため、理論空燃比で燃焼させる方向に進んでいる。そのため、燃焼温度の上昇する上に、余剰燃料の噴射による冷却作用と潤滑作用が期待できなくなり、バルブシートには、より高い温度での耐酸化性、耐摩耗性の向上が必要となっている。
【0004】
また、将来、ガソリン代替燃料として考えられているCNG、LPG等のガス燃料は、完全燃焼するために潤滑作用が期待できないため、やはり、バルブシートの摩耗が問題となる。
【0005】
上記エンジンに好適なバルブシートに用いられる硬質粒子として、例えば、特許文献1には、質量%でMo:20〜70%、C:0.5〜3%、Ni:5〜40%、Mn:1〜20%、残部が不可避不純物とFeからなることを特徴とする硬質粒子や、質量%でMo:20〜60%、C:0.2〜3%、Ni:5〜40%、Mn:1〜15%、Cr:0.1〜10%を含み、残部が不可避不純物とFeからなることを特徴とする硬質粒子の開示あり、これら硬質粒子の粉末10〜60質量%と炭素粉末0.2〜2%と純Fe粉末または低合金鋼粉末とを混合した粉末形成体を形成し、焼結して得られる耐摩耗性鉄基焼結合金の開示がある。
【0006】
一方、バルブシートに用いられる硬質粒子としては、高温強度および潤滑性に優れたCo基合金も使用されており、例えば、特許文献2には、質量%で、Si2〜3.5%、Cr:6〜10%、Mo:20〜35%、及びREM:0.01〜0.5%を含有し、残部がCo及び不可避的不純物からなることを特徴とする焼結体用硬質粒子粉末の開示あり、これら焼結体用硬質粒子粉末と、純鉄粉及び黒鉛粉末とを混合して粉末形成体を形成し、焼結して得られる耐摩耗性鉄基焼結体の開示がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−181807号公報
【特許文献2】特開2009−155681号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、高負荷エンジン等に対応した上記のような硬質粒子を用いた焼結合金で形成した焼結体は、耐摩耗性は優れているものの、切削加工性が考慮されていないために、焼結体からバルブシートに切削加工する際の工具の摩耗量が大きく、工具の消耗が激しく、製造コストが高い問題があった。また、Crの含有量が低いために、耐酸化性にも問題があった。更に、Co基粉末はコストが高い問題もあった。
【0009】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、その目的は、安価で、耐酸化性に優れ、且つ、耐摩耗性を殆ど損なうことなく、被削性を向上させることができる焼結体用硬質粒子、および被削性に優れた焼結体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明者等は、Fe基焼結体用硬質粒子を用いた焼結合金で形成した焼結体の被削性を改善するために、Fe基焼結体用硬質粒子の成分組成について鋭意研究した。その結果、Mn、Coの添加を抑え、Cr、Niを添加することにより、バルブシートの耐酸化性に優れ、且つ、耐摩耗性を殆ど損なうことなく、被削性を向上させることができるという知見を得た。
【0011】
本発明は、この知見に基づいてなされたものであり、本発明に係る焼結体用硬質粒子粉末は、質量%で、C:0.3%〜2.5%、Cr:10.0%超〜25.0%、Ni:10.0%〜30.0%、Mn:1.0%超〜3.0%、Mo:20.0%超〜40.0%、Si:0.3%〜2.5%、Co:10.0%〜30.0%未満を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを要旨とする。
【0012】
本発明に係る焼結体用硬質粒子粉末は、必要に応じてさらに、質量%で、Y:0.01%〜0.50%の範囲で添加してもよい。
【0013】
また、上記課題を解決するために、本発明に係る焼結体は、本発明に係る焼結体用硬質粒子粉末と、純鉄粉及び黒鉛粉末とを混合して混合粉末とする混合工程と、前記混合粉末を圧粉成形して圧粉体とする成形工程と、前記圧粉体を焼結する焼結工程とを経て得られることを要旨とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る焼結体用硬質粒子粉末は、質量%で、C:0.3%〜2.5%、Cr:10.0%超〜25.0%、Ni:10.0%〜30.0%、Mn:1.0%超〜3.0%、Mo:20.0%超〜40.0%、Si:0.3%〜2.5%、Co:10.0%〜30.0%未満を含有するものであるから、耐酸化性に優れ、且つ、耐摩耗性を殆ど損なうことなく、被削性を向上させることができる効果がある。よって、バルブシートの材料として特に適している。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】バルブシート単体摩耗試験機の概要を示す断面図である。
【図2】摩耗試験片の摩耗量の測定箇所を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明の一実施形態について詳細に説明する。本発明に係る焼結体用硬質粒子粉末は、以下の構成元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる。含まれる構成元素の種類、含有率および限定理由などは、以下の通りである。
【0017】
C:0.3質量%〜2.5質量%
Cは、MoおよびCo、Niと結合しMC型の炭化物を形成し、硬質粒子の硬さ、耐摩耗性を向上させる。その効果を得るためには0.3質量%以上の添加が必要である。0.3質量%未満では十分なMC型の炭化物が得られず、硬さの低下および耐摩耗性低下を招く。好ましくは0.5質量%以上、より好ましくは0.7質量%以上であるとよい。一方、過剰な添加は、炭化物量増大による相手攻撃性の増大と工具寿命の低下に繋がる。そのため、C添加量を2.5%質量以下に制限する。好ましくは1.8質量%以下、更に好ましくは1.3質量%以下であるとよい。
【0018】
Cr:10.0質量%超〜25.0質量%
Crは、耐酸化性確保のため必須元素となる。10.0質量%以下では十分な耐酸化性が得られない。Cr添加量は、好ましくは12.0質量%以上であるとよい。一方、過剰の添加は、焼結時に混合した純Fe粉へのCr拡散によって、フェライト相が生成され、硬さの低下を促進する。そのため、Cr添加量を25.0質量%以下に制限する。好ましくは24.0質量%以下であるとよい。
【0019】
Ni:10.0質量%〜30.0質量%
Niは、Mn、Coと同じくオーステナイトの安定元素であり、Moの固溶量の増加による耐摩耗性の改善に必須の元素である。またNiは、Coに比べてマトリックスへの拡散スピードが遅いために、マトリックス(以下、基地)のオーステナイト化が抑制され、基地の硬さの増大を抑制できる。また、コスト低減の観点からも有効である。その効果を得るためには10.0質量%以上の添加が必要である。好ましくは、13.0質量%以上であるとよい。一方、過剰の添加は、焼結合金の基地中に拡散しオーステナイトの形成量を増加させるため、硬さの増加、それによる相手攻撃性の増大、工具寿命の低下に繋がる。そのため、Niの添加量を30.0%質量以下に制限する。好ましくは26.0質量%以下であるとよい。
【0020】
Mn:1.0質量%超〜3.0質量%
Mnは、焼結時に硬質粒子から基地へ効率よく拡散し、硬質粒子と基地の密着性を高める。その効果を得るためには1.0質量%以上の添加が必要である。1.0質量%未満ではオーステナイト生成量が少なく硬さの改善効果が得られない。好ましくは、1.3質量%以上であるとよい。一方、上限を超えて添加すると、基地の硬さが増加するために、相手材への攻撃性が増大したり、切削工具の寿命低下に繋がる。そのため、Mnの添加量を3.0質量%以下に制限する。好ましくは2.7質量%以下であるとよい。
【0021】
Mo:20.0質量%超〜40.0質量%
Moは、MC型の炭化物を形成し硬質粒子の硬さ向上に必須の元素である。20.0質量%未満では粉末粒子として十分な硬さが得られない。そのため、20.0質量%以上の添加が必要である。好ましくは、25.0質量%以上であるとよい。一方、過剰の添加は、MC型の炭化物の量が増大し過ぎて、相手材への攻撃性が増大したり、硬質粒子の脱落による焼結体の摩耗量増大に繋がる。そのため、Moの添加量を40.0質量%以下に制限する。好ましくは38質量%以下であるとよい。
【0022】
Si:0.3質量%〜2.5質量%
Siは、珪化物の生成による硬質粒子の硬さの向上させる。その効果を得るためには0.3質量%以上の添加が必要である。0.3質量%未満では、硬質粒子に必要な十分な硬さが確保できないために、硬質粒子として機能できない。好ましくは、0.4質量%以上であるとよい。一方、過剰の添加は、硬度上昇により相手材への攻撃性が増大する。そのため、Siの添加量を2.5質量%以下に制限する。好ましくは、1.7質量%以下であるとよい。
【0023】
Co:10.0質量%〜30.0質量%未満
Coは、Niと同様オーステナイト形成元素である。また、CoはMoとともにCと結合し、M6C型の炭化物を生成し、硬質粒子の硬さ増加の硬化が得られる。その効果を得るためには、10.0質量%以上の添加が必要である。好ましくは、13.0質量%以上であるとよい。一方、上限を超えて添加すると、基地中のオーステナイト相生成による硬さの増加によって工具寿命の低下に繋がる。そのため、Coの添加量を30質量%未満に制限する。好ましくは、26.0質量%以下であるとよい。
【0024】
Y:0.01質量%〜0.50質量%
Yは、Yの酸化物を硬質粒子中に形成し、硬質粒子硬さの増加、耐摩耗性の向上に寄与する。その効果を得るためには、0.01質量%以上の添加が必要である。一方、過剰の添加は、酸化物量増加による密着性の低下によって、耐摩耗性が低下する。そのため、Yの添加量を0.50質量%以下に制限する。好ましくは、0.4質量%以下であるとよい。
【実施例】
【0025】
以下、本発明の実施例及び比較例について説明する。
(硬質粒子粉末の組成)
実施例1〜8及び比較例1〜10について、表1に示す各成分元素を有する硬質粒子粉末をアトマイズ法で作成した。
【0026】
(焼結体の作製)
実施例1〜8及び比較例1〜10について、以下の手順で焼結体を作製した。
まず、純鉄粉(ASC100.29)69.2質量%、硬質粒子粉末30質量%、及び、黒鉛(CPB)0.8質量%を配合した。これを100重量部として、更に、Zn−St0.5重量部(成形潤滑材)を添加し混合して、焼結体の原料混合粉を得た。
次いで、実施例1〜5及び比較例1〜6の各原料混合粉を成形圧力8t/cmで圧粉成形し、
(1)直径35mmで厚さ14mmの円柱形状の圧粉体を得た。
(2)外径28mm、内径20mmで厚さ4mmのリング形状の圧粉体を得た。
次いで、円柱形状及びリング形状の圧粉体を400度の大気雰囲気中で1時間、脱脂し、次に、1160度の分解アンモニア雰囲気中(N+3H)で1時間、焼結し、焼結体を得た。
【0027】
【表1】

【0028】
上記で得られたリング状焼結体の一部を切り出し、リング断面を埋め込み研磨後、硬質粒子およびマトリックスの硬さをマイクロビッカース硬さ試験機を用いて測定した。測定結果を表2に示す。尚、値は5点測定の平均値である。
【0029】
また、直径35mmで厚さ14mmの円柱形状の圧粉体を用いて以下の条件にて切削試験を行い、120m、240m、370m切削後の工具のコーナー最大摩耗量を測定した。測定結果を表2に示す。
<試験条件>
・工具材種:VP15TF(TiAlNコーティング)
・工具型番:WPMT040204−MV
・切削速度:V=150m/min
・送り速度:f=0.1mm/rev.
・切込み量:d=0.3mm
・環 境 :乾式
【0030】
摩耗試験は、図1に示すバルブシート単体摩耗試験機を用いて、直径35mmで厚さ14mmの円柱形状の圧粉体をバルブシート形状に加工した。その後、シートホルダーにセットし、以下の試験条件で耐摩耗性試験を行った。摩耗量は、形状測定器により摩耗試験前後の摩耗試験片の形状を測定し、図2(図1の矢示Aで示す部分の拡大図)に示すように摩耗試験片面に対して垂直方向の
差Dを求めることにより求めた。測定結果を表2に示す。
<試験条件>
・試験時間:10時間
・燃料:LPG
・接触回数:3000回/分
・バルブ駆動:クランクシャフト
・バルブ回転数:10回/分
・バルブフェイス:Fe−21Cr−9Mn−4Ni+Co合金肉盛
・試験片温度:300度
【0031】
【表2】

【0032】
硬質粒子硬さは、Hmv>650のものを◎、Hmv:550〜650のものを○、Hmv<550のものを△として評価した。同様に、切削性は、370m切削時のコーナー最大摩耗量が、220μm未満のものを◎、220〜320μmのものを○、320μmを超えるものを△として評価し、耐摩耗性は、バルブシート摩耗量が、15μm未満のものを◎、15〜30μmのものを○、30μmを超えるものを△として評価した。尚、表中の−は、摩耗量が大きくなり過ぎて測定不能であったことを示す。
【0033】
Ni添加量が多すぎる比較例2は、硬質粒子の硬化と基地への拡散によるオーステナイトの形成量が増加による基地の硬さ増加により、工具寿命が劣化したと考えられる。
Ni添加量が少なすぎる比較例3は、硬質粒子の十分な硬化が得られず、十分な耐摩耗性が得られなかったと考えられる。
【0034】
Crの添加量が少なすぎる比較例4は、硬質粒子の耐酸化性低下により酸化が促進され密着性が低下することで、硬質粒子の脱落が起こり、十分な耐摩耗性が得られなかったと考えられる。
Crの添加量が多すぎる比較例5は、フェライト相の生成により基地の硬さが低下し、十分な耐摩耗性が得られなかったと考えられる。
【0035】
Coの添加量が多すぎる比較例6は、硬質粒子の硬化と基地への拡散によるオーステナイトの形成量が増加による基地の硬さ増加により、工具寿命が劣化したと考えられる。
Coの添加量が少なすぎる比較例7は、硬質粒子の十分な硬化が得られず、十分な耐摩耗性が得られなかったと考えられる。
【0036】
Mnの添加量が多すぎる比較例8は、硬質粒子と基地の密着性の低下により、硬質粒子の脱落が起こり、十分な耐摩耗性が得られなかったと考えられる。
Mnの添加量が少なすぎる比較例9は、硬質粒子の十分な硬化が得られず、十分な耐摩耗性が得られなかったと考えられる。
【0037】
Moの添加量が少なすぎる比較例10は、硬質粒子内の炭化物の生成が少なく、硬質粒子の硬さが低いため、十分な耐摩耗性が得られなかったと考えられる。
【0038】
Cの添加量が少なすぎる比較例11は、硬質粒子内の炭化物の生成が少なく、硬質粒子の硬さが低いため、十分な耐摩耗性が得られなかったと考えられる。
Cの添加量が多すぎる比較例12は、硬質粒子内の炭化物の増加により硬質粒子の硬さが高すぎて、工具寿命が劣化したと考えられる。
【0039】
Siの添加量が少なすぎる比較例13は、硬質粒子内の珪化物の生成量が少なく、硬質粒子の硬さが低いため、十分な耐摩耗性が得られなかったと考えられる。
Siの添加量が多すぎる比較例14は、硬質粒子内の珪化物の増加により硬質粒子の硬さが高すぎて、工具寿命が劣化したと考えられる。
【0040】
一方、表2から明らかなように、実施例は耐摩耗性に優れ、且つ、切削性が優れていることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:0.3%〜2.5%、
Cr:10.0%超〜25.0%、
Ni:10.0%〜30.0%、
Mn:1.0%超〜3.0%、
Mo:20.0%超〜40.0%、
Si:0.3%〜2.5%、
Co:10.0%〜30.0%未満を含有し、
残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする焼結体における硬質粒子硬さ及び切削性に優れた焼結体用硬質粒子。
【請求項2】
質量%で
Y:0.01%〜0.50%を更に含有することを特徴とする請求項1記載の焼結体用硬質粒子。
【請求項3】
請求項1または2に記載の焼結体用硬質粒子粉末と、純鉄粉及び黒鉛粉末とを混合して混合粉末とする混合工程と、
前記混合粉末を圧粉成形して圧粉体とする成形工程と、
前記圧粉体を焼結する焼結工程とを経て得られる焼結体。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−157617(P2011−157617A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−22715(P2010−22715)
【出願日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【出願人】(000003713)大同特殊鋼株式会社 (916)
【Fターム(参考)】