説明

焼結含油軸受およびその製造方法

【課題】パワーウインド用モータの軸受のような、間欠的かつ短時間で使用される電装用モータの軸受として使用されても鳴き音の発生が抑えられる焼結含油軸受を提供する。
【解決手段】気孔の条件として、気孔径が円相当径で45〜63μmの中程度の大きさの気孔の数を気孔総数の0.9〜2.5%とし、気孔径が円相当径で63〜75μmの粒子間気孔の数を気孔総数の0.1〜1.2%とし、気孔径が円相当径で75μmを超える大きな粒子間気孔の数を気孔総数の3%以下として形成された焼結含油軸受とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結含油軸受およびその製造方法に係り、特に、自動車等に電装される寒冷地環境で好適な電動機用の焼結含油軸受およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
焼結含油軸受は、多孔質な焼結体により軸受本体を形成し、焼結体の気孔中に潤滑油を含浸したものであり、無給油で長時間使用できる利点を有する。この利点により、焼結含油軸受は各種軸受装置に適用されており、自動車の製造分野においても各種電装用モータの軸受等に適用が進んでいる。これらの電装用モータは自動車の室内に配置されるため、軸と軸受内周面が金属接触して摺動する際に発生する騒音いわゆる鳴き音が発生すると耳障りとなるため、鳴き音発生防止のための各種手段が為されている。
【0003】
特許文献1、2は、例えば、零下20℃あるいは零下30℃に至るような寒冷地環境で使用しても鳴き音が発生しない焼結含油軸受を提供するもので、有効多孔率が高いながらも通気度が低いという相反する特性を焼結含油軸受に付与することで、鳴き音の発生を防止したものである。すなわち、通気度は潤滑油の滲み出し性および摺動面の油圧に影響し、通気度が高いものは、寒冷地環境での摺動の際に鳴き音が発生し易い。その一方で、通気度を高めるために焼結含油軸受の密度を高くすると気孔の数が減少し、その結果、有効多孔率が減少して、その分、含油能力が低下することとなる。したがって、含油能力を高めるために有効多孔率を増加させると通気度は増加することとなる。このように通気度と有効多孔率は二律背反の関係にあり、有効多孔率(含油能力)を高くすると同時に通気度を低下させることは困難である。
【0004】
このような課題に対し、特許文献1、2は、鉄粉末として多孔質の還元鉄粉末を用いることで、焼結含油軸受の鉄相に微細気孔を多数配置して有効多孔率を高くし、これにより通気度を低く抑制しつつ有効多孔率を高めることで相反する通気度と有効多孔率の問題を解決し、寒冷地環境で使用しても鳴き音が発生しない焼結含油軸受を提供したものである。
【0005】
具体的には、特許文献1に記載の焼結含油軸受は、軸受材料の焼結合金がSnおよびPを含むCu合金相とFeのフェライト相とが面積比においてほぼ均等割合の混在状態を呈した断面組織で、0.7質量%以下の黒鉛粒子を含有し、サイジングされた軸受内周表面に露出する鉄部の面積が2〜6%、有効多孔率20〜30%、および軸受の通気度が6〜50×10−11cmであり、気孔内には40℃における動粘度で61.2〜74.8mm/s(cSt)の合成油が含油されていることを骨子とする。
【0006】
また、特許文献2に記載の焼結含油軸受は、鉄粉、および銅粉又は銅合金粉を含む混合粉を、圧縮成形および焼結する焼結含油軸受用合金の製造方法において、用いる鉄粉の一部又は全てが、表面から内部にわたり多数の微細孔を有する海綿状で気体吸着法による比表面積が110〜500m/kgであり、粒度が177μm以下(80メッシュ篩を通過)の多孔質鉄粉を用いることを骨子とする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−120674号公報
【特許文献2】特開2005−082867号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1、2に記載された焼結含油軸受は、例えば、カーエアコンのブロワ用の軸受として好適に用いられている。しかしながら、自動車の窓開閉用のパワーウインド用モータの軸受として使用すると、常温環境下でも鳴き音が発生することが判明した。カーエアコンはいったん運転を開始すれば、しばらく継続して運転が続けられるため、運転が開始されれば充分な量の潤滑油が供給されて、軸と軸受の内周面との間に強固な油膜が形成される。一方、パワーウインドは短時間のみの作動であり、しかも間欠的に運転されるものであるから、充分な量の潤滑油が供給されて軸と軸受の内周面との間に強固な油膜が形成される以前に運転が停止され、そのため常に軸と軸受の内周面との間の油膜形成が不充分になるものと考えられる。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みて為されたものであり、パワーウインド用モータの軸受のような、間欠的かつ短時間で使用される電装用モータの軸受として使用されても、鳴き音の発生が抑えられる焼結含油軸受と、そのような焼結含油軸受の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記特許文献1、2に記載の焼結含油軸受の“気孔”は、次の2種の気孔からなる。すなわち、一般の焼結合金が有する、粉末粒子間の隙間として形成される気孔(以下、「粒子間気孔」と称す)と、海綿状の多孔質鉄粉末により形成される焼結合金の鉄相(鉄部)内に分散する微細気孔(以下、「微細気孔」と称す)である。粒子間気孔は比較的大きな気孔であり、焼結含油軸受の通気度に与える影響が大きい。一方、微細気孔は、一部連通するものの多数は連通しておらず、焼結含油軸受の通気度に与える影響は小さい。
【0011】
ここで、軸と、軸が摺動する軸受内周面とを金属接触させず良好な摺動状態とするためには、軸と軸受内周面との間に良好な油膜を形成し、油膜の圧力で軸を保持して金属接触を防止する必要があるが、軸受の通気度が高いと潤滑油の漏洩が生じ、良好な油膜が形成されない。このため、特許文献1、2では、粒子間気孔を減少させて通気度を小さくし、油膜の形成能力を向上させている。その一方で、通気度が小さくなると潤滑油の供給量が少なくなるため、特許文献1、2では、微細気孔を配置することにより、有効多孔率を高くして含油量を増加させることで良好な油膜の形成に必要な潤滑油の量を確保している。
【0012】
しかしながら、運転していないときに焼結合金鉄相の微細気孔に含油された潤滑油は収縮して微細気孔内に毛細管力で吸引され、軸と摺動する軸受内周面に良好な油膜を形成するために潤滑油の供給量が不足しがちとなる。このため、運転開始時に軸受内周面の潤滑油の量が不足して金属接触が生じ、これが鳴き音の原因となると考えられる。
【0013】
そこで本発明者らは、粒子間気孔の大きさに着目し、適度な大きさの粒子間気孔を配置すれば、軸受の通気度を小さく抑制したまま運転開始時に不足する潤滑油が供給され、運転開始時から良好な油膜を形成できることを予測して鋭意研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち本発明は、有効多孔率が高く含油能力の高い上記特許文献2の焼結含油軸受において、中程度の大きさの気孔として、気孔径が円相当径で45〜63μmとなる気孔の数が気孔総数の0.9〜2.5%、円相当径で63〜75μmとなる気孔の数が気孔総数の0.1〜1.2%となる粒子間気孔を配置するとともに、大きな気孔すなわち、気孔径が円相当径で75μmを超える粒子間気孔の数を気孔総数の3%以下に抑制して形成したことを骨子とする。このように中程度の粒子間気孔を配置するとともに大きな粒子間気孔の数を抑制したことにより、軸受の通気度が小さく抑制されたまま、潤滑油の供給のための気孔が配置され、その結果、寒冷地環境であっても運転開始時から充分な量の潤滑油が供給され、軸と軸受内周面との間に強固な油膜を形成することができる。
【0015】
特許文献1、2に記載の焼結含油軸受に対する本発明の焼結含油軸受の考え方を図1に示す。同図に示すように、特許文献1の焼結含油軸受は微細気孔の数が多いが、90μmを超える気孔が比較的多く、かつ100μmを超える気孔も存在している。一方、特許文献2に記載の焼結含油軸受は、特許文献1に記載の焼結含油軸受に比して微細気孔の数が多く、90μmを超える大きな気孔は存在しない。そこで本発明の焼結含油軸受においては、特許文献2のように微細気孔を多くし、また、90μm以上の大きな気孔の数を低減するとともに100μmを超えるような大きな気孔を排除することで通気度を低下させる。その上で、45〜75μm程度の中程度の大きさの気孔をある程度設けることにより、通気度を低く抑制したまま、この中程度の大きさの気孔により潤滑油の供給を果たすのである。
【0016】
本発明の焼結含油軸受は、具体的には、全体組成が、質量比で、Cu:10〜59%、Sn:1〜3%、P:0.12〜0.96%、および残部がFeと不可避不純物からなる鉄銅系焼結合金から構成され、軸受内周面の気孔面積率が20〜50%であり、通気度が1〜30×10−11cmであり、かつ気孔総数が800個/mm以上で、かつ気孔径が、円相当径で75μmを超える気孔数が気孔総数の3%以下、円相当径で63〜75μmとなる気孔の数が気孔総数の0.1〜1.2%、円相当径で45〜63μmとなる気孔の数が気孔総数の0.9〜2.5%、および円相当径で45μm未満の気孔が気孔総数の残部となる気孔分布を示すことを特徴とする。
【0017】
また、本発明の焼結含油軸受は、全体組成に、ZnおよびNiの少なくとも1種を5質量%以下含むことを特徴とする。
【0018】
また、本発明の焼結含油軸受は、基地中に、黒鉛、二硫化モリブデン、硫化マンガン、弗化カルシウムのうち少なくとも1種の固体潤滑剤成分が、前記鉄銅系焼結合金100質量部に対して0.2〜2質量部が前記鉄銅系焼結合金の気孔中に分散することを特徴とする。
【0019】
また、本発明は、上記のような気孔分布の焼結含油軸受を製造する方法として、粒度分布が、200メッシュ篩上の粉末が5%以下、200メッシュ篩下かつ240メッシュ篩上の粉末が2〜10%、240メッシュ篩下かつ325メッシュ篩上の粉末が10〜50%、325メッシュ篩下の粉末が残部となる銅燐合金粉末を用い、この銅燐合金粉末が焼結時に液相を発生して流出して形成される流出孔(カーケンダルボイド)を利用して上記の中程度の粒子間気孔を形成することを骨子とする。
【0020】
なお、nnnメッシュ篩下とは目開きがnnnメッシュの篩を通過する大きさの粉末を言い、mmmメッシュ篩上とは目開きがmmmメッシュの篩を通過しない大きさの粉末を言う。例えば、上記の240メッシュ篩下かつ325メッシュ篩上の粉末とは、目開きが240メッシュの篩を通過し、目開きが325メッシュの篩を通過しない大きさの粉末を言う。
【0021】
本発明の焼結含油軸受の製造方法は、具体的には、鉄粉末に、銅粉末と、銅燐合金粉末と、錫粉末および銅錫合金粉末のうち少なくとも1種の粉末を混合した原料粉末を用い、前記原料粉末を圧縮成形して密度が5.5〜6.8Mg/mの範囲となる略円筒形の成形体を成形し、得られた成形体を焼結する焼結含油軸受の製造方法において、前記原料粉末の組成が、質量比で、Cu:10〜59%、Sn:1〜3%、P:0.12〜0.96%、および残部がFeと不可避不純物であり、前記鉄粉末として、表面から内部にわたり多数の微細孔を有する海綿状で気体吸着法による比表面積が110〜500m/kgであり、80メッシュの篩下の多孔質鉄粉末を用い、前記銅燐合金粉末として、P量が4〜12質量%で残部がCuおよび不可避不純物からなり、かつ200メッシュ篩上の粉末が4%以下、200メッシュ篩下かつ240メッシュ篩上の粉末が2〜10%、240メッシュ篩下かつ325メッシュ篩上の粉末が10〜50%、325メッシュ篩下の粉末が残部となる粒度分布を有する銅燐合金粉末を用い、前記錫粉末および銅錫合金粉末のうち少なくとも1種の粉末として325メッシュ篩下の粉末を用い、前記銅燐合金粉末および銅錫合金粉末によるCu以外のCuとして、100メッシュ篩下の箔状銅粉末、もしくは2質量%以上の100メッシュ篩下の箔状銅粉と、残部が粒度が200メッシュ篩下の電解銅粉を用い、前記焼結における焼結温度が760〜810℃であることを特徴とする。
【0022】
本発明の焼結含油軸受の製造方法では、前記原料粉末に、質量比で、ZnおよびNiの少なくとも1種を、5質量%以下となるよう銅亜鉛合金粉末および銅ニッケル合金粉末の少なくとも1種を添加することを含む。
【0023】
また、本発明の焼結含油軸受の製造方法では、前記原料粉末100質量部に対し、0.2〜2質量部の黒鉛粉末、二硫化モリブデン粉末、硫化マンガン粉末、弗化カルシウム粉末のうち少なくとも1種の固体潤滑剤成分粉末を添加することを含む。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、運転開始時においても充分な量の潤滑油が供給されて強固な油膜の形成ができるため、パワーウインド用モータの軸受のような、間欠的かつ短時間で使用される電装用モータの軸受として使用されても鳴き音の発生が抑えられる焼結含油軸受を提供することができるといった効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の焼結含油軸受の気孔分布の一例、および従来の焼結含油軸受の気孔分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
(1)焼結含油軸受
(1−1)焼結合金の組成
焼結含油軸受を構成する焼結合金としては、全体組成が、質量比で、Cu:10〜59%、Sn:1〜3%、P:0.12〜0.96%、および残部がFeと不可避不純物からなり、鉄相、銅合金(Cu−Sn−P合金)相、および気孔(粒子間気孔および微細気孔)からなる金属組織を呈する鉄銅系焼結合金を用いる。
【0027】
Feは後述する多孔質鉄粉末の形態で付与され、鉄相を形成して軸受の強度の向上に寄与するとともに、鉄相内に分散する微細気孔により有効多孔率を高くして含油能力を高くする。
【0028】
Cuは、軟質な銅系合金(Cu−Sn−P)相を形成し、軸とのなじみ性の改善および焼き付きの防止に寄与する。全体組成中のCu量が10質量%に満たないと、その効果が乏しい。一方、全体組成中のCu量が59質量%を超えると、Feが減少する結果、鉄相が減少して鉄相内に分散する微細気孔が減少する結果、有効多孔率が低くなって含油能力が損なわれる。これらのことから、全体組成中のCu量を10〜59質量%とする。
【0029】
Snは、Cuと共晶液相を発生して焼結を促進する作用、およびCuと合金化して銅系合金相を強化して銅系合金相の耐摩耗性を向上する作用を有する。全体組成中のSn量が1質量%に満たないと、その作用が乏しい。一方、全体組成中のSn量が3質量%を超えると、銅系合金相の硬さが増加しすぎて軸とのなじみ性が損なわれることとなる。これらのことから、全体組成中のSn量を1〜3質量%とする。
【0030】
Pは、後述する銅燐合金粉末の形態で付与され、中程度の大きさの粒子間気孔の形成に寄与する。また、上記のSnとともにCuと合金化して銅系合金相を強化し、銅系合金相の耐摩耗性を向上させる作用を有する。全体組成中のP量が0.12質量%に満たないと、これらの作用が乏しくなる。一方、全体組成中のP量が0.96質量%を超えると、粒子間気孔の数が多くなって軸受の通気度が増加し、油圧の漏洩が生じ易くなる。これらのことから、全体組成中のP量を0.12〜0.96質量%とする。
【0031】
Zn、Niは、銅合金相を強化して銅合金相の耐摩耗性の向上に寄与する作用を有するので、ZnおよびNiの少なくとも1種を成分として与えてもよい。ただし、これらの元素の量が過大になると、軸の摩耗が増加し易くなる。このため、ZnおよびNiの少なくとも1種を成分として与える場合は、5質量%以下とする。
【0032】
(1−2)気孔の面積率
軸受内周面の気孔面積率は、20〜50%の範囲とする。軸受内周面の気孔面積率が20%に満たないと、気孔の数が少なく充分な潤滑効果が得られない。その一方で、軸受内周面の気孔面積率が50%を超えると、焼結含油軸受の強度の低下が著しくなる。
【0033】
(1−3)通気度
焼結含油軸受の通気度は、摺動音と密接な関係があり、通気度と騒音レベルの関係は二次関数に近似していて通気度が高いと騒音レベルも高くなる。このため、焼結含油軸受の通気度を30×10−11cm以下とする。その一方で、焼結含油軸受の通気度は、潤滑油の供給能力に影響し、通気度が1×10−11cmに満たないと、潤滑油の供給が阻害されて良好な摺動特性が発揮できなくなる。これらのことから、焼結含油軸受の通気度を1〜30×10−11cmとする。
【0034】
(1−4)気孔総数
焼結含油軸受の内周面に露出する気孔(粒子間気孔および微細気孔)の総数は、乏しいと有効多孔率が少なくなって含油能力が乏しくなるとともに、潤滑油の供給能力が乏しくなるため、気孔の総数を800個/mm以上とする。
【0035】
(1−5)気孔分布
焼結含油軸受の内周面に露出する気孔総数の大部分は微細気孔であり、この微細気孔により有効多孔率を高くして含油能力を高くしている。その一方で、通気度を小さくしようとするあまり粒子間気孔まで小さくすると、潤滑油の供給能力が低下して充分な量の潤滑油が供給できず、良好な油膜の形成が損なわれることとなる。このため中程度の大きさの気孔を配置して通気度の増加を抑制したまま潤滑油の供給能力を向上させ、寒冷地環境における鳴き音発生を防止する。
【0036】
中程度の大きさの気孔は、粒子間気孔として形成されるが、円相当径で45〜63μmとなる気孔の数が気孔総数の0.9〜2.5%、および円相当径で63〜75μmとなる気孔の数が気孔総数の0.1〜1.2%となるよう配置する。ここで、円相当径とは、一つの気孔の面積を、同じ面積の一つの円の面積とした場合の円の直径である。このような気孔の円相当径で45〜63μmとなる気孔の数が気孔総数の0.9%および円相当径で63〜75μmとなる気孔の数が気孔総数の0.1%に満たないと、中程度の大きさの粒子間気孔の数が乏しく、潤滑油の供給能力の改善が果たされなくなる。その一方で、45〜63μmとなる気孔の数が気孔総数の2.5%および円相当径で63〜75μmとなる気孔の数が気孔総数の1.2%を超えると、連通する気孔の数が増加して焼結含油軸受の通気度が増加することとなり、かえって騒音レベルが増加することとなる。
【0037】
中程度の大きさの粒子間気孔は、気孔の円相当径で45〜75μmとなる気孔の数、すなわち上記円相当径で45〜63μmとなる気孔の数と円相当径で63〜75μmとなる気孔の数の和が気孔総数の1.3〜3.0%の範囲となるよう調整すると、焼結含油軸受の通気度と潤滑油供給能力のバランスの点から好ましい。
【0038】
また、上記のように中程度の大きさの粒子間気孔を配置しても、大きな粒子間気孔が存在すると、焼結含油軸受の通気度が増加することとなるため、気孔の円相当径で75μmを超える大きさの気孔は、気孔総数のうちの3%以下とする。このような大きな粒子間気孔は気孔総数の2%以下とすることが好ましく、1%以下とすることがさらに好ましい。
【0039】
なお、気孔の円相当径で45μm未満の気孔は、気孔総数のうち上記の残部として形成され、焼結含油軸受の含油能力に寄与する。
【0040】
(2)焼結含油軸受の製造方法
(2−1)原料粉末
原料粉末は、多数の微細孔を有する海綿状の多孔質鉄粉末に、銅燐合金粉末、銅粉末、および錫粉末と銅錫合金粉末のうちの少なくとも一種の粉末を添加して混合した混合粉末を用いる。
【0041】
(2−2)鉄粉末
鉄粉末は、上記特許文献2に記載の多孔質鉄粉末を用いる。すなわち、80メッシュの篩下で、かつ表面から内部にわたり多数の微細孔を有する海綿状で気体吸着法(BET法−ISO 9277)による比表面積が110〜500m/kgの多孔質鉄粉末である。ここで、この気体吸着法による比表面積が110m/kgに満たない鉄粉末は微細孔が少なく、この鉄粉末により得られる焼結合金の鉄相の微細気孔が少なくなって、焼結含油軸受の含油能力が著しく低下することとなる。その一方で、比表面積が500m/kgを超える鉄粉末は微粉の量が多くなり易く、粒子間気孔が閉鎖気孔として形成され易くなり、潤滑油供給能力が著しく低下することとなる。このような多孔質鉄粉末としては、例えば、ヘガネス社製商品名LD80(比表面積が約200m/kg)、商品名P100(比表面積が約175m/kg)、R12(比表面積が約225m/kg)が挙げられる。
【0042】
(2−3)銅燐合金粉末
銅燐合金粉末は、上記の中程度の大きさの粒子間気孔を形成するために用いる。すなわち、原料粉末に銅燐合金粉末を添加して圧縮成形した成形体は、内部に銅燐合金粉末が配置される。このような成形体を、焼結時にCu−P共晶液相発生温度以上に加熱すると、銅燐合金粉末からCu−P共晶液相が発生するとともに、発生したCu−P共晶液相は毛細管力により鉄粉末間の隙間に浸透して流出し、成形体の内部の銅燐粉末が存在していた箇所が粒子間気孔として形成される。Cu−P合金は、714℃以上の温度でP量:1.2質量%以上かつ13.99質量%未満の範囲でCu−P共晶液相を発生するが、確実に銅燐合金粉末の流出孔(カーケンダルボイド)を形成して適度な大きさの粒子間気孔とするために、銅燐合金粉末は、共晶組成(P量:8.38質量%)に近いP量が4〜12質量%で残部がCuおよび不可避不純物からなるものを用いる。
【0043】
中程度の大きさの粒子間気孔は上記の通りであるが、このような気孔分布とするために、銅燐合金粉末は、200メッシュ篩上の粉末が4%以下、200メッシュ篩下かつ240メッシュ篩上の粉末が2〜10%、240メッシュ篩下かつ325メッシュ篩上の粉末が10〜50%、325メッシュ篩下の粉末が残部となる粒度分布の銅燐合金粉末を用いる。これらの粒度分布のうち、いずれかが逸脱すると上記の粒子間気孔を得ることが難しくなる。
【0044】
また、原料粉末への銅燐合金粉末の添加量が3質量%に満たないと、銅燐合金粉末によって形成される焼結含油軸受中の粒子間気孔の数が乏しくなり、焼結含油軸受の潤滑油供給能力が乏しくなる。その一方で、原料粉末への銅燐合金粉末の添加量が8質量%を超えると、銅燐合金粉末によって形成される焼結含油軸受中の粒子間気孔の数が過多となり、焼結含油軸受の通気度が増加することとなる。このため、原料粉末への銅燐合金粉末の添加量は3〜8質量%とする。上記のように銅燐合金粉末中のP量は4〜12質量%であるため、原料粉末への銅燐合金粉末の添加量が3〜8質量%の場合、原料粉末の組成におけるP量は0.12〜0.96質量%となる。
【0045】
(2−4)銅粉末
原料粉末の組成におけるCu量は、10〜59質量%とする。この限定理由は、上記の全体組成中のCu量の限定理由と同じである。この原料粉末中のCu量は、上記の銅燐合金粉末によるCu分、および後述する銅錫合金粉末を用いる場合の銅錫合金粉末によるCu分以外は、銅粉末として付与する。
【0046】
この銅粉末は、全量を箔状銅粉末として与えることができる。箔状銅粉末の形態で銅粉末を付与すると、箔状の銅粉末が多孔質鉄粉末の周囲をくるむように配置されるため、添加量の割に軸受内周面に露出する銅量を多くしたり、僅かではあるが存在する多孔質鉄粉末内部の連通孔をブロックして通気度を低くすることができる。その一方で、箔状銅粉末は、通常用いられる電解銅粉末に比して高価であるため、銅粉末添加量が多い場合には、銅粉末の一部を電解銅粉末の形態で付与することがコスト上好ましい。しかしこの場合でも、箔状銅粉末を用いると上記の効果が得られるので、箔状銅粉末の添加量は原料粉末全体に対し最低でも2質量%を用いることが好ましい。
【0047】
なお、銅粉末の一部はSnとCu−Sn共晶液相を発生して焼結を促進させるが、銅粉末として大きいものを用いると、粗大な流出孔が形成されて通気度が増加するおそれがある。このため、箔状銅粉末の場合は粒度が100メッシュ篩下のもの、電解銅粉末を用いる場合には、粒度が200メッシュ篩下のものを用いる。
【0048】
(2−5)錫粉末および銅錫合金粉末のうち少なくとも1種の粉末
Snは、錫粉末および銅錫合金粉末のうち少なくとも1種の粉末の形態で付与される。上記のように全体組成中のSn量は1〜3質量%であるため、錫粉末および銅錫合金粉末のうち少なくとも1種の粉末は、原料粉末の組成においてSn量が1〜3質量%となるよう添加する。
【0049】
SnはCu−Sn共晶液相を発生して焼結を促進する作用、およびCuと合金化して銅系合金相を強化して銅系合金相の耐摩耗性を向上する作用を有するが、これらの作用を焼結合金に均一に及ぼすため、錫粉末および銅錫合金粉末のうち少なくとも1種の粉末は、325メッシュ篩下の微細な粉末を用いる。また、本発明においては、上記のように銅燐合金粉末により中程度の大きさの粒子間気孔を形成するが、錫粉末および銅錫合金粉末のうち少なくとも1種の粉末をある程度の大きさの粉末とすると、これらの粉末からも流出孔として中程度の大きさの粒子間気孔が形成されるため、気孔分布の制御が難しくなる。この点からも、上記のように、錫粉末および銅錫合金粉末のうち少なくとも1種の粉末は、325メッシュ篩下の微細な粉末を用いる。
【0050】
なお、銅錫合金粉末を用いる場合、焼結温度で液相を発生する必要があり、このため銅錫合金粉末としては、Sn量が50質量%以上の銅錫合金粉末を用いる必要がある。
【0051】
焼結合金の成分としてZnおよびNiの少なくとも1種を付与する場合、Znを単味粉末の形態で付与すると焼結時に揮発し易く、またNiを単味粉末の形態で付与すると銅合金相に拡散し難い。このため、ZnおよびNiの少なくとも1種を付与する場合、いずれの場合も銅合金粉末の形態で付与する。上記のようにZnおよびNiの少なくとも1種を付与する場合、ZnおよびNiの少なくとも1種の量は5質量%以下であるため、銅亜鉛合金粉末および銅ニッケル合金粉末の少なくとも1種の粉末は、原料粉末の組成において、ZnおよびNiの少なくとも1種の量が5質量%以下となるよう添加する。また、これらの銅合金粉末を用いる場合、これらの銅合金粉末に含有されるCu量の分だけ上記の銅粉末の添加量を調整する必要がある。
【0052】
(2−6)成形
上記の原料粉末は、通常の焼結含油軸受を製造する場合と同様に、成形体の外周形状を造形する型孔を有するダイと、成形体の下端面形状を造形する下パンチと、成形体の内周形状を造形するコアロッドとにより形成されるダイキャビティに充填され、成形体の上端面形状を造形する上パンチと該下パンチとにより圧縮成形されて略円筒形の成形体に成形される。このとき成形体密度は、通常の焼結含油軸受の成形体密度と同様に、5.5〜6.8Mg/mの範囲に成形される。しかしながら、本発明の原料粉末においては、鉄粉末として上記の多孔質鉄粉末を用いており、通常のアトマイズ鉄粉末に比して見掛け密度が低いことから、通常の焼結含油軸受の成形体に比して、粉末粒子間の隙間は小さく形成される。
【0053】
(2−7)焼結
上記により得られた成形体は、通常の焼結含油軸受を製造する場合と同様に、非酸化性雰囲気中で加熱して焼結する。焼結温度が760℃に満たないと、焼結が進行せず焼結体の強度が低下する。その一方で、焼結温度が810℃を超えると、Cu−Sn共晶液相の発生量が過多となって銅燐合金粉末により形成した粒子間気孔にCu−Sn共晶液相が滲出し、所望の気孔分布を得ることが難しくなる。このため、焼結における焼結温度を760〜810℃とする。
【0054】
(3)その他の実施形態
上記の焼結含油軸受においては、従来の焼結含油軸受で行われているように、黒鉛、二硫化モリブデン、硫化マンガン、弗化カルシウムのうち少なくとも1種の固体潤滑剤成分を与えてもよい。これらの固体潤滑剤成分を用いると、軸と摺動する際の摩擦係数を低減できる。これらの固体潤滑剤成分は焼結合金の鉄相や銅合金相と反応せず、粒子間気孔の内部に分散する。これらの固体潤滑剤成分を用いる場合、鉄銅系焼結合金100質量部に対して0.2質量部未満では効果が乏しく、2質量部を超えると軸受の強度の低下が顕著となる。このため固体潤滑剤成分を用いる場合、固体潤滑剤成分の量は、鉄銅系焼結合金100質量部に対して0.2〜2質量部の範囲とする。このような固体潤滑剤成分を用いる場合、上記の原料粉末100質量部に対し0.2〜2質量部の固体潤滑剤成分の粉末を添加すればよい。
【0055】
上記の焼結含油軸受の製造方法においては、従来の焼結含油軸受で行われているように、焼結後の焼結体に、軸受の寸法を強制するサイジング等の再圧縮処理を行うことができる。また、特公昭63−067047号公報等に記載のような軸受内周面へのテーパ付与を行う再圧縮処理についても行うことができる。
【実施例】
【0056】
[第1実施例]
原料粉末として次の(1)〜(5)の粉末を用意した。
(1)鉄粉末:比表面積が約200m/kg、粒度80メッシュ篩下
(2)電解銅粉末:145メッシュ篩下で350メッシュ篩下の粉末が80〜90質量%
(3)箔状銅粉末:100メッシュ篩下で350メッシュ篩下の粉末が35〜55質量%
(4)錫粉末:325メッシュ篩下
(5)銅燐合金粉末
【0057】
上記のうち(5)銅燐合金粉末について、目開きが200メッシュの篩、240メッシュの篩および目開きが325メッシュの篩を用いて、200メッシュ篩上、200メッシュ篩下かつ240メッシュ篩上の粉末、240メッシュ篩下かつ325メッシュ篩上、325メッシュ篩下の4種に分級し、表1に示す割合で配合して粒度分布の異なる銅燐合金粉末を作製した。なお、表中「−#nnn」はnnnメッシュ篩下、「+#mmm」はmmmメッシュ篩上の粉末という意味である。
【0058】
上記の鉄粉末に、表1に示す粒度分布の銅燐合金粉末4質量%、電解銅粉末44質量%、箔状銅粉末4.5質量%、および錫粉末2質量%を添加し、これらの粉末の合計100質量部に対し成形潤滑剤であるステアリン酸亜鉛粉末を0.6質量部を添加して混合し原料粉末を用意した。
【0059】
得られた原料粉末を用いて成形体密度6.4Mg/mの成形体試料を作製し、得られた成形体試料を分解アンモニアガス雰囲気中、790℃に加熱して焼結を行い、外径10.30mm、内径7.31mmおよび高さ6.63mmの円筒形焼結体試料を作製した後、得られた円筒形焼結体試料を同一の再圧金型を用い同一の圧力で再圧縮して外径10.22mm、内径7.32mmおよび高さ6.50mmに加工して、試料番号01〜12の焼結体試料を作製した。
【0060】
これらの焼結体試料について、軸方向に切断し、光学顕微鏡により内周面を観察するとともに、画像分析ソフトウエア(イノテック株式会社製 Quick Grain Standard Video)を用いて、気孔の総数、および各気孔の円相当径およびその分布を調査するとともに、各気孔分布の範囲に属する気孔数が気孔総数に占める割合について調査した。これらの結果を表1に併せて示す。
【0061】
さらにこれらの焼結体試料について、潤滑油として商品名アンデロール465(アンデロールジャパン製)を真空含浸して焼結含油軸受試料とし、電動機のモータシャフトの軸受として装着して該電動機を常温(25℃)で運転したときの摩擦係数を測定した。この摩擦係数測定結果についても、表1に併せて示す。なお、電動機は、シャフトが直径7.29mmで、滑り速度が101m/分、PV値が110MPa・m/分である。
【0062】
【表1】

【0063】
表1の試料番号01〜06の結果より、銅燐合金粉末の200メッシュ篩下かつ240メッシュ篩上の粉末の量を変更することにより、円相当径が63〜75μmの気孔の割合を制御できることがわかる。また、円相当径が63〜75μmの割合が0.1〜1.2%の試料番号03〜05の焼結含油軸受試料は、いずれも摩擦係数が0.10〜0.12の低い範囲に収まり、金属接触の発生が防止されているが、円相当径が63〜75μmの割合が0.1〜1.2%の範囲を逸脱する試料番号01、02および06の焼結含油軸受試料は、いずれも摩擦係数が0.15以上と大きい値になっており、金属接触が発生しているものと考えられる。なお、このように円相当径が63〜75μmの気孔の割合を0.1〜1.2%とするには、銅燐合金粉末の200メッシュ篩下かつ240メッシュ篩上の粉末の量を2〜10質量%とすればよい。
【0064】
表1の試料番号04、07〜12の結果より、銅燐合金粉末の240メッシュ篩下かつ325メッシュ篩上の粉末の量を変更することにより、円相当径が45〜63μmの気孔の割合を制御できることがわかる。また、円相当径が45〜63μmの割合が0.9〜2.5%の試料番号04、08〜11の焼結含油軸受試料は、いずれも摩擦係数が0.10〜0.12の低い範囲に収まり、金属接触の発生が防止されているが、円相当径が45〜63μmの割合が0.9〜2.5%の範囲を逸脱する試料番号07および12の焼結含油軸受試料は、いずれも摩擦係数が0.15以上と大きい値になっており、金属接触が発生しているものと考えられる。なお、このように円相当径が45〜63μmの気孔の割合を0.9〜2.5%とするには、銅燐合金粉末の240メッシュ篩下かつ324メッシュ篩上の粉末の量を10〜50質量%とすればよい。
【0065】
なお、気孔総数は、銅燐合金粉末として200メッシュ篩下かつ240メッシュ篩上の粉末および240メッシュ篩下かつ325メッシュ篩上の粉末を含有せず、ほとんどが325メッシュ篩下の粉末を用いた試料番号01の試料が最も多く、200メッシュ篩下かつ240メッシュ篩上の粉末および240メッシュ篩下かつ325メッシュ篩上の量が増加するにしたがい気孔総数が減少する傾向を示している。また、この傾向は240メッシュ篩下かつ325メッシュ篩上の粉末の量の影響の方が大きい。しかしながら、上記の各粒度の銅燐合金粉末の添加量の範囲の全ての焼結軸受試料において気孔総数は800個/mm以上存在しており、上記の摩擦係数の増加は、有効多孔率(含油能力)の影響ではなく、円相当径で45〜75μmの気孔の割合の影響、すなわち潤滑油の供給能力の影響と考えられる。
【0066】
[第2実施例]
第1実施例の試料番号04の粒度分布を有する銅燐合金粉末を用い、銅燐合金粉末の添加割合のみを変更し、他の粉末の添加割合は第1実施例と同じとして、銅燐合金粉末の添加量が異なる原料粉末を作製した。そしてそれら原料粉末を用い、第1実施例と同様に成形、焼結、再圧縮を行って試料番号13〜18の焼結体試料を作製した。これらの焼結体試料についても、第1実施例と同様にして気孔総数、各気孔分布の範囲に属する気孔数が気孔総数に占める割合について調査した。これらの結果を表2に示す。また、これらの焼結体試料について第1実施例と同様にして常温(25℃)環境下での摩擦係数を測定した。この結果についても表2に併せて示す。なお、表2には、第1実施例の試料番号04の試料の値を併記した。
【0067】
【表2】

【0068】
表2の結果より、銅燐合金粉末を添加しない試料番号13の焼結含油軸受試料(上記特許文献2の焼結含油軸受に相当)は、円相当径で45μm以下の微細な気孔がほとんどであり、有効多孔率が高く含油能力が高いものの、潤滑油の供給を行う中程度の気孔が充分に存在しないため、油膜の形成が充分に行われず摩擦係数が高い値となっている。また、銅燐合金粉末を1質量%添加した試料番号14の焼結含油軸受試料においても、円相当径で45〜63μmの気孔の割合および円相当径で63〜75μmの気孔の割合が過少であるため、油膜の形成が充分に行われず摩擦係数が高い値となっている。
【0069】
一方、銅燐合金粉末の添加量が3質量%の試料番号15では、円相当径で45〜63μmの気孔および63〜75μmの気孔の割合が適正な範囲となっていることから、潤滑油の供給が充分に行われ、軸と軸受内周面の間に強固な油膜が形成されて摩擦係数が低い値となっている。また、銅燐合金粉末の添加量が増加するにしたがい、円相当径で45〜63μmの気孔および63〜75μmの気孔の割合が増加するとともに、銅燐合金粉末から発生するCu−P液相により微細な気孔が充満されて気孔総数が減少する傾向を示すものの、銅燐合金粉末添加量が8質量%までは気孔総数が800個/mm以上の充分な量となっている。この結果、銅燐合金粉末の添加量が3〜8質量%の間で摩擦係数は0.10〜0.12の低い値で維持されている。
【0070】
しかしながら、銅燐合金粉末の添加量が8質量%を超える試料番号18の焼結含油軸受試料は、気孔総数が800個/mmを下回っているため、含油能力が乏しく、かつ円相当径で45〜63μmの気孔および63〜75μmの気孔の割合が過多となっていることから、通気度が増加して油圧の漏洩が生じ、油膜が失われて金属接触が発生した結果、摩擦係数が0.15と増加している。
【0071】
[第3実施例]
第1実施例の試料番号04の粒度分布を有する銅燐合金粉末を用い、電解銅粉末の添加割合のみ変更し、他の粉末の添加割合は第1実施例と同じとして、銅粉末の添加量が異なる原料粉末を作製した。これらの原料粉末を用い、焼結後に第1実施例の焼結体寸法となるよう寸法が異なるコアロッドを用いて成形を行い、第1実施例と同様にして焼結して第1実施例と同様の寸法の円筒形焼結体を作製した。そして第1実施例と同様にしてそれら焼結体を再圧縮、すなわち再圧縮代は第1実施例と同じ条件として再圧縮を行い、試料番号19〜25の焼結体試料を作製した。これらの焼結体試料についても、第1実施例と同様にして気孔総数、各気孔分布の範囲に属する気孔数が気孔総数に占める割合について調査した。これらの結果を表3に示す。また、これらの焼結体試料について第1実施例と同様にして常温(25℃)環境下での摩擦係数を測定した。この結果についても表3に併せて示す。なお、表3には、第1実施例の試料番号04の試料の値を併記した。
【0072】
【表3】

【0073】
表3より、全体組成におけるCu量が10質量%に満たない試料番号19の焼結含油軸受試料は、なじみ性を改善する銅合金相が乏しく、このため摩擦係数が0.15と高い値となっている。
【0074】
一方、全体組成におけるCu量が10質量%の試料番号20の焼結含油軸受試料は、銅合金相の量が充分となり摩擦係数が0.13まで低下している。また、全体組成におけるCu量が増加するにしたがい銅合金相の量が増加することから、焼結含油軸受のなじみ性が増加して、摩擦係数が0.10〜0.12の低い値で安定している。その一方で、Cu量が増加するにしたがい鉄相が減少するため、気孔総数は減少する傾向を示している。しかしながら、全体組成におけるCu量が60質量%までは気孔総数が800個/mm以上となっており、気孔総数は充分な数となっている。
【0075】
しかしながら、全体組成におけるCu量が60質量%を超える試料番号25の焼結含油軸受試料では、Cuが過多となって気孔総数が800個/mmを下回っているため、含油能力が乏しく、かつ円相当径で45〜63μmの気孔および63〜75μmの気孔の割合が過多となっていることから、通気度が増加して油圧の漏洩が生じ、油膜が失われて金属接触が発生した結果、摩擦係数が0.15と増加している。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の焼結含油軸受は、自動車のパワーウインド用モータの軸受のような、間欠的かつ短時間で使用される電装用モータの軸受に好適なものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
全体組成が、質量比で、Cu:10〜59%、Sn:1〜3%、P:0.12〜0.96%、および残部がFeと不可避不純物からなる鉄銅系焼結合金から構成され、
軸受内周面の気孔面積率が20〜50%であり、
通気度が1〜30×10−11cmであり、かつ
気孔総数が800個/mm以上で、かつ
気孔径が、円相当径で75μmを超える気孔数が気孔総数の3%以下、円相当径で63〜75μmとなる気孔の数が気孔総数の0.1〜1.2%、円相当径で45〜63μmとなる気孔の数が気孔総数の0.9〜2.5%、および円相当径で45μm未満の気孔が気孔総数の残部、となる気孔分布を示す
ことを特徴とする焼結含油軸受。
【請求項2】
全体組成に、ZnおよびNiの少なくとも1種を、5質量%以下含むことを特徴とする請求項1に記載の焼結含油軸受。
【請求項3】
基地中に、黒鉛、二硫化モリブデン、硫化マンガン、弗化カルシウムのうち少なくとも1種の固体潤滑剤成分が、前記鉄銅系焼結合金100質量部に対して0.2〜2質量部が前記鉄銅系焼結合金の気孔中に分散することを特徴とする請求項1または2に記載の焼結含油軸受。
【請求項4】
鉄粉末に、銅粉末と、銅燐合金粉末と、錫粉末および銅錫合金粉末のうち少なくとも1種の粉末を混合した原料粉末を用い、前記原料粉末を圧縮成形して密度が5.5〜6.8Mg/mの範囲となる略円筒形の成形体を成形し、得られた成形体を焼結する焼結含油軸受の製造方法において、
前記原料粉末の組成が、質量比で、Cu:10〜59%、Sn:1〜3%、P:0.12〜0.96%、および残部がFeと不可避不純物であり、
前記鉄粉末として、表面から内部にわたり多数の微細孔を有する海綿状で気体吸着法による比表面積が110〜500m/kgであり、80メッシュの篩下の多孔質鉄粉末を用い、
前記銅燐合金粉末として、P量が4〜12質量%で残部がCuおよび不可避不純物からなり、かつ200メッシュ篩上の粉末が4%以下、200メッシュ篩下かつ240メッシュ篩上の粉末が2〜10%、240メッシュ篩下かつ325メッシュ篩上の粉末が10〜50%、325メッシュ篩下の粉末が残部となる粒度分布を有する銅燐合金粉末を用い、
前記錫粉末および銅錫合金粉末のうち少なくとも1種の粉末として325メッシュ篩下の粉末を用い、
前記銅燐合金粉末および銅錫合金粉末によるCu以外のCuとして、100メッシュ篩下の箔状銅粉末、もしくは2質量%以上の100メッシュ篩下の箔状銅粉と、残部が粒度が200メッシュ篩下の電解銅粉を用い、
前記焼結における焼結温度が760〜810℃である
ことを特徴とする焼結含油軸受の製造方法。
【請求項5】
前記原料粉末に、質量比で、ZnおよびNiの少なくとも1種を、5質量%以下となるよう銅亜鉛合金粉末および銅ニッケル合金粉末の少なくとも1種を添加したことを特徴とする請求項4に記載の焼結含油軸受の製造方法。
【請求項6】
前記原料粉末100質量部に対し、0.2〜2質量部の黒鉛粉末、二硫化モリブデン粉末、硫化マンガン粉末、弗化カルシウム粉末のうち少なくとも1種の固体潤滑剤成分粉末を添加したことを特徴とする請求項4または5に記載の焼結含油軸受の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−92163(P2013−92163A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−232629(P2011−232629)
【出願日】平成23年10月24日(2011.10.24)
【出願人】(000233572)日立粉末冶金株式会社 (272)
【Fターム(参考)】