説明

熱サイクル装置

【課題】所定の温度における液滴の滞在時間を制御することが容易な熱サイクル装置を提供すること。
【解決手段】本発明にかかる熱サイクル装置は、回転軸周りに回転する回転基盤と、回転基盤の回転軸から外れた位置に設けられ、液滴を内在する反応容器が装着される装着部と、前記装着部に設けられ、前記回転軸からの距離に応じた温度分布を前記反応容器が有するように温度制御する温度制御部と、回転基盤に設けられ、装着部の配置を変化させ、温度制御部の回転軸からの距離を変える変位機構と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱サイクル装置に関する。
【背景技術】
【0002】
DNAやRNAのような遺伝子の検査をするための方法の一つとして、PCR(Polymerase Chain Reaction)と称する検査方法が、研究用および臨床検査用に広く用いられている。PCRでは通常、標的核酸および試薬を含む反応液に、熱サイクルという複数段階の温度変化(例えば95℃、74℃、55℃の温度変化を繰り返す)を施すことにより標的核酸を増幅させる。しかし、従来のPCRの手法は、反応液の温度を変化させるために反応液を保持する容器全体の温度を変化させて行う手法であり、検査精度は向上するものの、熱サイクルのために長時間を要した。
【0003】
一方、化学分析や化学合成、あるいはバイオ関連の分析を小さなマイクロ流体チップに集積化する技術がある。このような技術は、マイクロTAS(micro Total Analysis Systems)あるいはLab−on−a−chipなどと呼ばれ、試薬等の微量化や反応の自動化に利用されている。近年では、半導体製造分野での微細加工技術によりシリコンやガラス基板の加工を行って、マイクロTASを構築することも検討されている。
【0004】
これらの技術を組み合わせた例として、例えば、特許文献1に、重力を利用して反応容器内の液滴を移動させることによって、熱サイクルを行うPCRが提案されている。同文献には、この手法によれば、温度制御が容易で短時間でPCRが可能であるとの記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−136250号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の装置は、水平方向の回転軸の周りに回転基盤を回転させることによって、反応容器に作用する重力の方向が変化することを利用している。そのため、当該装置では、PCRの反応液の目的温度における滞在時間を制御するためには、チップの形状等を工夫する必要があった。また、当該装置では、回転基盤に複数の反応容器を装着した場合には、PCRの反応液の目的温度における滞在時間の制御については、反応容器毎に異なる制御を行うことが難しいという問題があった。
【0007】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、その幾つかの態様にかかる目的の一つは、所定の温度における液滴の滞在時間を制御することが容易な熱サイクル装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は前述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の態様または適用例として実現することができる。
【0009】
[適用例1]
本発明にかかる熱サイクル装置の一態様は、回転軸周りに回転する回転基盤と、前記回転基盤の前記回転軸から外れた位置に設けられ、液滴を内在する反応容器が装着される装着部と、前記装着部に設けられ、前記回転軸からの距離に応じた温度分布を前記反応容器が有するように温度制御する温度制御部と、前記回転基盤に設けられ、前記装着部の配置を変化させ、前記温度制御部の前記回転軸からの距離を変える変位機構と、を有する。
【0010】
本適用例の熱サイクル装置は、回転基盤に設けられた変位機構によって装着部の配置を変化させ、温度制御部の回転軸からの距離を変化させることができる。これにより、装着部に装着された反応容器における回転軸から最も離間した位置を変化させることができる。これにより、反応容器内に内在された液滴に加わる遠心力の方向が変化し、当該変化された遠心力に従った方向、すなわち、反応容器内の回転軸から最も離間した位置に向かって当該液滴を移動させることができる。そして、反応容器には、温度制御部によって温度分布が形成されているため、液滴を前記のように移動させることにより、温度分布に従った温度に加熱・冷却することができる。したがって、本適用例の熱サイクル装置によれば、遠心力を利用して液滴を移動させるため、液滴に対する熱サイクルにおける、所定の温度での滞在時間を容易に制御できる。
【0011】
[適用例2]
適用例1において、前記変位機構は、前記装着部を回転させてもよい。
【0012】
本適用例の熱サイクル装置は、装着部を回転させることによって、温度制御部の回転軸からの距離を変化させることができる。これにより、液滴に対する熱サイクルにおける、所定の温度での滞在時間を容易に制御できる。
【0013】
[適用例3]
適用例1において、前記変位機構は、前記回転基盤の前記回転軸から外れた位置にある直線と、前記直線に対する垂線であって、前記回転軸と前記回転基盤との交点を通る垂線との交点を通過するように、前記直線上で前記装着部を移動させてもよい。
【0014】
本適用例の熱サイクル装置は、装着部を回転基盤上で直線的に移動させることによって、温度制御部の回転軸からの距離を変化させることができる。これにより、装着部を回転基盤の回転を利用して、回転軸とねじれの位置関係にある直線上で、回転軸と当該直線との最も近接する点を通過するように、装着部を移動させることができる。したがって、液滴に対する熱サイクルにおける、所定の温度での滞在時間を容易に制御できる。
【0015】
[適用例4]
適用例1ないし適用例3のいずれか一例において、前記温度制御部は、第1温度制御部および第2温度制御部を含み、前記第1温度制御部は、前記反応容器の一部を90℃以上100℃以下の温度範囲に制御し、前記第2温度制御部は、前記反応容器の一部を50℃以上75℃以下の温度範囲に制御してもよい。
【0016】
本適用例の熱サイクル装置によれば、液滴に対して2段階以上の熱サイクルを施すことができる。また、本適用例の熱サイクル装置は、液滴の温度を、90℃以上100℃以下、および、50℃以上75℃以下に制御することができるためPCRに適している。
【0017】
[適用例5]
適用例4において、前記変位機構は、前記第1温度制御部の前記回転軸からの距離と前記第2温度制御部の前記回転軸からの距離との大小関係を反転させてもよい。
【0018】
本適用例の熱サイクル装置は、回転基盤に設けられた変位機構によって、複数の温度制御部のうち、少なくとも2つの温度制御部について、回転軸からの距離を互いに反転させることができる。これにより、装着部に装着された反応容器における回転軸から最も離間した位置を変化させることができる。これにより、反応容器内に内在された液滴に加わる遠心力の方向が変化し、当該変化された遠心力に従った方向、すなわち、反応容器内の回転軸から最も離間した位置に向かって当該液滴を移動させることができる。そして、反応容器には、温度制御部によって温度分布が形成されているため、液滴を前記のように移動させることにより、温度分布に従った温度に加熱・冷却することができる。したがって、本適用例の熱サイクル装置によれば、遠心力を利用して液滴を移動させるため、液滴に対する熱サイクルにおける、所定の温度での滞在時間を容易に制御できる。
【0019】
[適用例6]
適用例1ないし適用例5のいずれか一例において、前記装着部は、前記回転基盤に複数設けられてもよい。
【0020】
本適用例の熱サイクル装置によれば、一度に複数の反応容器を装着することができ、各反応容器に内在された液滴に対して、熱サイクルを施すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1(a)は、実施形態に係る反応容器を模式的に示す図である。図1(b)は、実施形態に係る装着部を模式的に示す図である。図1(c)は、装着部に反応容器を装着した状態を模式的に示す図である。
【図2】実施形態に係る熱サイクル装置の要部を模式的に示す平面図である。
【図3】実施形態に係る熱サイクル装置の要部を模式的に示す平面図である。
【図4】実施形態に係る熱サイクル装置の要部を模式的に示す平面図である。
【図5】実施形態に係る熱サイクル装置の要部を模式的に示す平面図である。
【図6】実施形態に係る熱サイクル装置の要部を模式的に示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に本発明のいくつかの実施形態について説明する。以下に説明する実施形態は、本発明の例を説明するものである。本発明は、以下の実施形態になんら限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において実施される各種の変形例も含む。なお以下の実施形態で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0023】
図1は、本実施形態の熱サイクル装置に装着される反応容器1および装着部20を示す模式図である。図2は、本実施形態の熱サイクル装置100、110の要部を模式的に示す側面図である。図3は、本実施形態の熱サイクル装置100の要部を模式的に示す平面図である。図4は本実施形態の熱サイクル装置110の要部を模式的に示す平面図である。
【0024】
本実施形態の熱サイクル装置は、回転基盤10と、装着部20と、温度制御部30と、変位機構40と、を有する。熱サイクル装置の装着部20には、反応容器1が装着される。
【0025】
1.反応容器
反応容器1は、熱サイクル装置の装着部20に装着することができる形状を有する。反応容器1には、液滴dが内在される。反応容器1の機能の一つは、内在された液滴dを、反応容器1の各位置において保持することが挙げられる。反応容器1内の各位置で液滴dが保持されることにより、熱サイクル装置が駆動して反応容器1内に温度分布が形成された場合に、液滴dの温度を、当該温度分布に従って変化させることができる。反応容器1の形状は、温度分布を形成できる範囲で任意であるが、図示のように細長い形状、すなわち長手方向を有する形状とすることにより、温度分布を形成しやすい点で好ましい。反応容器1の材質は、特に限定されないが、例えば、耐熱ガラス、シリコン、各種の樹脂などが挙げられる。また、反応容器1の外部から液滴dを観察できるように反応容器1の材質を選ぶと、液滴dが、例えばPCRの反応液である場合などにおいて、外部から液滴dを、熱サイクルの途中でも観測することができる。また、反応容器1をPCRの反応に用いる場合には、反応容器1は、使い捨てであることが好ましく、材質としてはコストの点で樹脂であることがより好ましい。
【0026】
図1(a)に示すように、反応容器1は、例えば、液滴dを封入する容器2および栓3からなることができる。容器2および栓3は、熱サイクル装置に反応容器1が装着されたときに、内在される液滴dが漏洩しないように構成される。図1(a)の例では、容器2および栓3からなる反応容器1を例示しているが、反応容器1の構成は任意であり、必要に応じて適宜設計することができる。図1(a)の例では、反応容器1は、略円錐台形状の容器2が、栓3によって封止される形状を有している。
【0027】
また、反応容器1内には、液滴dと混和しない液体が共に内在されてもよい。このようにすれば、液滴dが大気等と接触することを抑制することができるとともに、反応容器1内での液滴dの付着が抑制され、反応容器1内の液滴dの移動を滑らかにすることができる。さらに、反応容器1内に気体が存在しないように、反応容器1内を液滴dおよび液滴dと混和しない液体で満たすようにすれば、気体の泡などによる液滴dの移動の阻害が生じないため、液滴dの反応容器1内での移動をより滑らかにすることができる。液滴dとともに内在される液体としては、例えば、液滴dが水溶液である場合には、オイル等の疎水性(油性)の液体が挙げられる。
【0028】
反応容器1の内面(液滴dが接触しうる面)は、撥水処理、撥油処理などの撥液処理がされていてもよい。反応容器1の内面の撥液処理は、例えば液滴dの大きさを考慮して選択される。反応容器1の内面が撥液処理されていると、反応容器1内での液滴dの付着が抑制され、液滴dの移動を容易化することができる。反応容器1の内面の撥液処理としては、例えば、フッ素樹脂またはシリコン樹脂によるコーティングなどが挙げられる。
【0029】
液滴dは、反応容器1内に滴となる大きさで内在される。このようにすることで、液滴dが反応容器1内を移動したときに、反応容器1に形成された温度分布に従った温度に液滴dの温度を変化させることができる。液滴dは、反応容器1に内在されたときに滴になれば、水性、油性のいずれであってもよい。液滴dは、例えば、PCRの反応液であってもよい。液滴dがPCRの反応液である場合には、反応液には増幅の対象とする核酸(標的核酸)および反応に必要な試薬が含まれる。
【0030】
2.装着部
本実施形態の熱サイクル装置は、反応容器1が装着される装着部20を有する。装着部20は、上述した反応容器1を装着する部分である。装着部20は、回転基盤10の回転軸Oを外れた位置に設けられる。装着部20の形状は、反応容器1の形状に整合させて設計されることができる。装着部20に反応容器1を装着する機構としては、回転基盤10の動作によって反応容器1が装着部20から脱落する等の不具合を生じない限り、特に制限されない。装着部20に反応容器1を固定する方法としては、例えば、クリップ等により機械的に反応容器1を固定する方法、反応容器1を減圧吸着する方法、粘着シート等によって固定する方法などが挙げられる。
【0031】
一例として図1(a)に示すように、反応容器1が円錐台形状の容器2を有する場合には、装着部20は、図1(b)に示すように、反応容器1を挿入する孔21を有する形状とすることができる。図1(b)に示す装着部20の例では、反応容器1の周囲を包む構造を有しているが、これに限定されず、反応容器1を装着して固定できる限り、反応容器1の全体を覆う必要はない。装着部20の大きさは、回転基盤10に設けられ、変位機構40による移動、および温度制御部30を設けることができる範囲であれば特に限定されない。また、装着部20は、反応容器1を着脱することができるように構成される。
【0032】
本実施形態では、装着部20には、図1(c)に示すように、反応容器1が孔21に挿入されて装着されている。なお、図示しないが、装着部20に固定された反応容器1は、回転基盤10の回転による遠心力によって装着部20から脱落しないように適宜固定されている。
【0033】
装着部20の材質は、特に制限されない。しかし、可視光領域において透明な材質、例えばガラス、アクリル樹脂等で形成する、または装着部20に透明な材質の窓を形成することにより、装着部20の外部から反応容器1を観察できるようにすることができる。
【0034】
装着部20の外部から反応容器1(液滴d)を観察できるように構成すると、熱サイクル装置100の外部から、液滴dを観察することができる。そして、液滴dがPCRの反応液である場合や、蛍光物質等を含む場合には、外部から液滴dの蛍光を、熱サイクルの途中でも観測することができる。そのため、蛍光検出器等を適宜設置すれば、例えばリアルタイムPCRを行うことができる。
【0035】
3.回転基盤
本実施形態の熱サイクル装置は、回転基盤10を有する。図2に示すように、回転基盤10には、上述した装着部20、および装着部20の配置を変化させる変位機構40が備えられる。
【0036】
回転基盤10は、回転軸O周りに回転することができる。回転基盤10の形状は特に制限されないが、例えば、円盤状の形状とすることができる。回転基盤10は、回転軸O周りに回転することにより、回転基盤10の回転軸Oから外れた位置に備えられた物体に遠心力を印加することができる。回転基盤10の回転方向や回転速度は限定されないが、回転基盤10の回転方向、回転速度および回転させるために印加される角加速度などを調節することができるように構成してもよい。また、回転基盤10の回転速度は、特に制限されないが、回転速度が大きいほど、反応容器1内での液滴dの移動速度を大きくすることができるため、例えば、熱サイクルの所要時間を短縮させることができる。
【0037】
回転基盤10は、公知の方法で回転されることができる。例えば、回転基盤10は、モーター、歯車、ベルトやこれらを組み合わせた機構によって回転されることができる。また、回転基盤10は、ブレーキなどの制動機構が備えられてもよい。回転基盤10の材質は、特に限定されない。
【0038】
4.温度制御部
本実施形態の熱サイクル装置は、装着部20に設けられた温度制御部30を有する。温度制御部30は、反応容器1に温度分布が発生するように反応容器1の温度を制御する。温度制御部30によって温度が制御される反応容器1の領域の大きさは、特に制限されないが、反応容器1における液滴dが移動する領域において、少なくとも2段階の温度が得られるように設計される。すなわち、温度制御部30は、液滴dが反応容器1内を移動した場合に少なくとも2水準の温度で熱サイクルが行えるような温度分布を反応容器1に形成する。
【0039】
装着部20における温度制御部30が形成される位置は、特に制限されない。温度制御部30は、例えば、装着部20に装着される反応容器1の一部分に接するように形成されることができる。温度制御部30の形状も特に限定されない。
【0040】
温度制御部30は、装着部20に複数形成されてもよい。図1(b)の例では、温度制御部30は、反応容器1の栓3側に接する第1温度制御部31と容器2の底側に接する第2温度制御部32の2つから構成されている。この例では、反応容器1に2つの温度制御された領域が形成されており、反応容器1内で2水準の温度に液滴dの温度を制御することができる。温度制御部30によって反応容器1に形成された温度分布により、反応容器1内で液滴dの位置を変化させれば、液滴dをその位置の温度に加熱または冷却することができる。
【0041】
温度制御部30の構成としては、例えば、電熱ヒーター、ペルチェ素子、または、蓄熱媒体や冷媒の循環機構、あるいはそれらの組合せを含んで構成されることができる。また、温度制御部30の構成は、反応容器1の熱容量や、装着部20の大きさなどを考慮して適宜選定されることができる。回転基盤10上の温度制御部30に対する配線33等は、公知の方法で適宜行うことができ、例えば、回転軸Oにスリップリング等を設けて行ってもよい。
【0042】
温度制御部30によって制御される温度は、特に制限されないが、例えば、液滴dが反応容器1内を移動することによって、液滴dの温度が90℃以上100℃以下の温度範囲、および50℃以上75℃以下の温度範囲にそれぞれ制御されるようにしてもよい。このようにすると、液滴dがPCRの反応液である場合により好ましい。このような温度範囲を反応容器1内で実現するためには、温度制御部30の構成として、1つのヒーター等の加熱手段を用いて可能な場合がある。しかし、図1に例示するように、装着部20に温度制御部30を複数設けて、温度制御部30のそれぞれが、温度を制御できるようにすれば、より正確な熱サイクルができる点で好ましい。
【0043】
5.変位機構
本実施形態の熱サイクル装置は、変位機構40を有する。変位機構40は、回転基盤10に設けられる。変位機構40は、装着部20の回転基盤10における配置を変化させることができる。変位機構40は、装着部20の配置を変化させることにより、装着部20に備えられた温度制御部30の位置を変化させる。これにより、温度制御部30の回転基盤10の回転軸Oからの距離が変化する。
【0044】
変位機構40は、装着部20の配置を変化させ、装着部20に装着された反応容器1と温度制御部30との位置関係は変化させない。すなわち、温度制御部30は装着部20に設けられているので、装着部20の配置の変化に伴って、温度制御部30および反応容器1の配置も変化する。したがって、装着部20の配置を変化させても温度制御部30の反応容器1に対する位置は変化しない。つまり、変位機構40によって、反応容器1の温度分布は変化せず、反応容器1内における回転軸Oから最も離れた位置が変化する。言い換えると、反応容器1内の温度分布は一定のまま、遠心力を作用させた場合に、液滴dが到達する反応容器1内における位置が変化する。結果として、回転基盤を回転させて遠心力を発生させた場合に、温度分布に対する液滴dの位置を変化させることができる。これにより、反応容器1に対する温度制御を変化させることなく、液滴dに熱サイクルを施すことができる。よって、温度変化させる対象の熱容量は液滴dのみとなり、熱容量を小さくすることができるため、熱サイクルに要する時間やエネルギーを削減することができる。なお、ここでの「変化しない」および「一定」の程度は、反応容器1内における温度分布の相対的な位置関係が変化しない程度であればよい。
【0045】
変位機構40は、例えば、動力源としてモーターや電磁石を、機構として滑車、カム、歯車、レール、ベルトなどを含んで適宜に構成されることができる。
【0046】
変位機構40の具体例を図3および図4に示した。図3に示す熱サイクル装置100の変位機構40は、回転機構41から構成される。回転機構41は、装着部20を回転軸O’周りに回転させることができる。図示の例では、回転軸O’は、回転基盤10の回転軸Oと平行になっている。回転機構41が動作することにより、回転基盤10の回転軸Oからの、第1温度制御部31および第2温度制御部32の距離をそれぞれ変化させることができる。この例では、回転機構41は、図2に示したような配線33を適宜に用いて、モーター等により構成することができる。回転基盤10上の回転機構41に対する配線等は、公知の方法で適宜行うことができ、例えば回転軸Oの位置にスリップリング等を設けることによって行うことができる。なお、回転機構41は、モーター等の動力源を有さなくてもよく、その場合には、例えば、使用者が装着部20を回転させてもよい。
【0047】
図3に示す例では、実線で示した装着部20の配置(配置I)では、第1温度制御部31の回転軸Oからの距離a1が、第2温度制御部32の回転軸Oからの距離a2よりも大きく、破線で示した装着部20の配置(配置II)では、第1温度制御部31の回転軸Oからの距離b1が、第2温度制御部32の回転軸Oからの距離b2よりも小さくなっている。すなわち、熱サイクル装置100では、変位機構40(回転機構41)は、第1温度制御部31の回転軸Oからの距離および第2温度制御部32の回転軸Oからの距離の大小関係を反転させることができる。そして回転機構41を動作させることによって、これらの配置間を任意のタイミングで変化させることができる。なお、液滴dの反応容器1内における移動速度は、印加される遠心力が大きいほど大きくなるため、回転機構41では、反応容器1が、回転基盤10の回転軸Oからの半径方向に沿う方向に配置される(図5参照)ことがより好ましい。そして、熱サイクルを行う場合には、回転機構41によって装着部20が回転軸O’周りに、180°回転されるようにすると、液滴dの反応容器1内における移動速度を大きくできるため、熱サイクルの所要時間を短縮することができる。
【0048】
図3に示す熱サイクル装置100において、回転機構41を装置外部から操作できるように構成すると、回転基盤10を回転させたまま、装着部20の配置を変化させることができる。このようにすれば、回転基盤10を回転させたまま、液滴dに対して熱サイクルを施すことができる。そのため、液滴dがPCRの反応液である場合には、より反応の時間を短縮することができる。
【0049】
図4に示す熱サイクル装置110の変位機構40は、移動機構42から構成される。移動機構42は、回転基盤10の回転軸Oから外れた位置に設けられた直線状のレール43を有する。熱サイクル装置110では、装着部20は、レール43に沿って移動できるようになっている。装着部20は、移動機構42によって、レール43の伸びる方向に沿った直線Lと、回転軸Oと回転基盤10との交点を通る直線Lの垂線Rとの交点44を装着部20が通過できる範囲よりも大きい範囲で移動される。図4の例では、簡略のため直線状のレール43を例示しているが、回転軸Oからの距離が一定とならない線に沿ったレールであれば、移動機構42を構成することができる。
【0050】
図4に示す例では、実線で示した装着部20の配置(配置I)では、第1温度制御部31の回転軸Oからの距離a1が、第2温度制御部32の回転軸Oからの距離a2よりも大きく、破線で示した装着部20の配置(配置II)では、第1温度制御部31の回転軸Oからの距離b1が、第2温度制御部32の回転軸Oからの距離b2よりも小さくなっている。すなわち、熱サイクル装置110においても、変位機構40(移動機構42)は、第1温度制御部31の回転軸Oからの距離および第2温度制御部32の回転軸Oからの距離の大小関係を反転させることができる。そして移動機構42を動作させることによって、これらの配置間を任意のタイミングで変化させることができる。移動機構42は、回転基盤10の回転軸Oからの、第1温度制御部31および第2温度制御部32の距離をそれぞれ変化させることができる。
【0051】
移動機構42は、例えば、図2に示したような配線33を適宜用いて、リニアモーター等により構成することができる。なお、移動機構42は、動力源を有さずに構成することもでき、その場合には、使用者が装着部20の配置を変化させることができる。さらに、熱サイクル装置110のようにレール43を用いて構成される移動機構42の場合には、回転基盤10の回転のための動力を利用して装着部20をレール43に沿って移動させることもできる。すなわち、例えば、図4において、装着部20が実線で示した配置(配置I)にあるときに回転基盤10に対して時計回りの方向の角加速度が印加されると、装着部20は、図4の破線の配置(配置II)まで移動することができる。この際印加される角加速度は、回転基盤10を回転させるための角加速度であってもよいし、回転基盤10の回転を停止させるための角加速度であってもよい。このようにすれば移動機構42を駆動するための動力が不要となり、簡易な構成の熱サイクル装置を構成することができる。
【0052】
図5は、熱サイクル装置100が、複数の回転機構41を有する場合の一例を模式的に示している。図6は、熱サイクル装置110が、複数の移動機構42を有する場合の一例を模式的に示している。図5および図6に示すように、本実施形態の熱サイクル装置では、回転基盤10上に複数の装着部20を設けることができる。このようにすれば、熱サイクル装置に一度に複数の反応容器1を装着することができ、各反応容器に内在された液滴dに対して、熱サイクルを施すことができる。なお、変位機構40としては、上述の回転機構41で構成される場合(図5)には、上述の移動機構42で構成される場合(図6)に比較して、回転基盤10上で占める面積が小さいため、複数設ける場合には回転機構41のほうが有利となる場合がある。
【0053】
6.遠心力
回転基盤10が回転することにより、回転基盤10上の構成に遠心力が印加される。遠心力は、回転軸Oからの距離に比例して大きくなる。そのため、回転基盤10が回転すると、反応容器1内の液滴dは反応容器1の回転軸Oからより遠い位置に向かって移動するように遠心力を受ける。なお、重力に対して十分に大きい遠心力を発生させることができる場合には、回転基盤10の回転軸Oは、水平に配置されてもよい。
【0054】
本実施形態の熱サイクル装置は、回転基盤10が回転することにより、液滴dに遠心力が印加される。液滴dは、当該遠心力に従って、回転軸Oから遠ざかる方向へと移動する。この状態で変位機構40が動作する前は、液滴dは反応容器1内の回転軸Oから遠い位置に移動する。そして、変位機構40により、温度制御部30の回転軸Oからの距離が、反応容器1とともに変化されると、液滴dは、変位機構40が動作する前に存在した反応容器1の部位とは異なる温度の部位へ移動することができる。本実施形態の熱サイクル装置は、このような動作を繰り返すことにより液滴dに対して、熱サイクルを施すことができる。
【0055】
なお、上述のように、本実施形態の熱サイクル装置では、回転基盤10の回転によって生じる遠心力を利用して液滴dを移動させている。しかし、液滴dに熱サイクルを施すためには、回転基盤10を回転させ続けることは、必ずしも必須の要件ではない。すなわち、回転基盤10は、必ずしも回転させ続ける必要はなく、液滴dを移動させる場合だけ回転基盤10を回転させることで、液滴dを移動させて熱サイクルを施すことができる。このようにする場合には、回転基盤10の回転の始動、停止の制御は、例えば、液滴dの移動が生じないような角速度で適宜行うことができる。
【0056】
7.作用効果等
以上説明した本実施形態の熱サイクル装置によれば、反応容器1に載置される液滴dに遠心力を作用させることによって、当該液滴dを反応容器1内で移動させることができる。そして、当該反応容器1は温度制御部30により温度制御されているので、液滴dを反応容器1内で移動させることによって、当該液滴dの温度を所望の温度に迅速に変化させることができる。したがって、本実施形態の熱サイクル装置によれば、液滴dに対して、効率的な熱サイクルを施すことができる。
【0057】
また、特に液滴dが、PCRの反応液である場合などでは、熱サイクルのための時間を短縮するために、温度変化させる対象は、熱容量が小さいほど好ましい。本実施形態の熱サイクル装置によれば、反応容器1の温度分布の変化を最小限に抑え、液滴dのみを温度変化させることができるため、温度変化させる対象の熱容量が小さく、迅速な熱サイクルが可能である。
【0058】
さらに、本実施形態の熱サイクル装置は、従来の熱サイクル装置と異なり、温度サイクルのタイミングを、電気的または機械的な操作により自由に設定できる。すなわち、温度サイクルのタイミングを変化させる場合に、従来の熱サイクル装置では、回転基盤や反応容器の構成の構造を変化させなければ対応できなかったのに対して、本実施形態の熱サイクル装置では、電気的または機械的な操作により極めて容易に対応することができる。
【0059】
本発明は、以上説明した実施形態に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。例えば、本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法および結果が同一の構成、あるいは目的および効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成または同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【符号の説明】
【0060】
1…反応容器、2…容器、3…栓、d…液滴、10…回転基盤、O…回転軸、O’…回転機構の回転軸、20…装着部、30…温度制御部、31…第1温度制御部、32…第2温度制御部、33…配線、40…変位機構、41…回転機構、42…移動機構、43…レール、L…直線、R…垂線、44…交点、100,110…熱サイクル装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸周りに回転する回転基盤と、
前記回転基盤の前記回転軸から外れた位置に設けられ、液滴を内在する反応容器が装着される装着部と、
前記装着部に設けられ、前記回転軸からの距離に応じた温度分布を前記反応容器が有するように温度制御する温度制御部と、
前記回転基盤に設けられ、前記装着部の配置を変化させ、前記温度制御部の前記回転軸からの距離を変える変位機構と、
を有する、熱サイクル装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記変位機構は、前記装着部を回転させる、熱サイクル装置。
【請求項3】
請求項1において、
前記変位機構は、前記回転基盤の前記回転軸から外れた位置にある直線と、前記直線に対する垂線であって、前記回転軸と前記回転基盤との交点を通る垂線との交点を通過するように、前記直線上で前記装着部を移動させる、熱サイクル装置。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか一項において、
前記温度制御部は、第1温度制御部および第2温度制御部を含み、
前記第1温度制御部は、前記反応容器の一部を90℃以上100℃以下の温度範囲に制御し、
前記第2温度制御部は、前記反応容器の一部を50℃以上75℃以下の温度範囲に制御する、熱サイクル装置。
【請求項5】
請求項4において、
前記変位機構は、前記第1温度制御部の前記回転軸からの距離と前記第2温度制御部の前記回転軸からの距離との大小関係を反転させる、熱サイクル装置。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれか一項において、
前記装着部は、前記回転基盤に複数設けられた、熱サイクル装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−143164(P2012−143164A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−1844(P2011−1844)
【出願日】平成23年1月7日(2011.1.7)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】