説明

熱傷及び二次性合併症の予防及び治療方法

本開示は、熱傷又は合併症の被験体を、有効量の芳香族カチオン性ペプチドを、その被験体に投与することにより、治療するための方法に関する。例えば、 熱傷は、代謝高進、骨格筋機能不全、及び内臓損傷等の、遠位の病態生理学的影響を伴うことがあり得る。本開示は、芳香族カチオン性ペプチドの有効量を被験体に投与することにより、熱傷の危険性のある該被験体を熱傷から保護するための方法にも関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連特許出願の相互参照)
本出願は、2009年11月9日に出願された、米国仮特許出願第61/259,349号、2009年11月5日に出願された米国仮特許出願第61/258,533号、2009年10月8日に出願された米国仮特許出願第61/249,658号、及び2009年3月20日に出願された米国仮特許出願第61/162,060号に基づく優先権を主張する。上記出願の全内容をそのまま本明細書の一部として援用する。
(技術分野)
【0002】
本技術は、一般的に、芳香族カチオン性ペプチドの投与による、熱傷及びそれに伴う合併症を予防又は治療する方法に関する。
【背景技術】
【0003】
以下の記述は読者の理解を助けるために提供される。提供される情報、又は引用される参照文献のいずれも、本発明に対する先行技術であることを認めるものではない。
【0004】
米国では、熱傷外傷は、毎年約200万人の受傷、100,000件の入院、及び10,000人の死亡を引き起こしている。過去においては、多くの被害者は初期蘇生期間を生き延びられなかった。現在の生存率、及び臨床的結果は、積極的な火傷部位の切除技法、移植治療、及び優れた集中治療施設の出現、並びに熱傷後の生理学的因子及び体液要求のより良い理解により、革新的に改善されている。
【0005】
重篤な熱傷に続発する機能不全、又は臓器不全等の全身的損傷、及び火傷に起因しない全身的損傷は、未だに病的状態及び死亡数の継続的な源であり続けている。重篤な熱傷は、最終的に局所及び遠位の病態生理学的影響を引き起こす、炎症性メディエーターの放出を伴う。活性酸素種(ROS)及び活性窒素種(RNS)を含むメディエーター類は、患部組織中で増加し、これは熱傷患者で観察される病態生理学的現象に関わっている。フリーラジカルは、抗菌作用及び傷の治癒において、有益な効果を有することが見出されている。しかしながら、熱傷の後には、有害であり、炎症、全身性炎症反応、免疫抑制、感染、敗血症、組織損傷、及び多臓器不全に関わるROSの莫大な量の産生がある。したがって、熱傷に対する臨床的な対応は、フリーラジカルの産生とその解毒作用との間のバランスに依存して決定される。
【発明の概要】
【0006】
(発明の要旨)
一態様において、本開示は、火傷を患う被験体を治療するための方法を提供する。この方法は、被験体に芳香族カチオン性ペプチドの有効量を投与することを含む。この芳香族カチオン性ペプチドは以下を有することができる。すなわち、(a)少なくとも1つの正味の正電荷;(b)最小限3つのアミノ酸;(c)最大約20のアミノ酸;(d)正味の正電荷の最少数(pm)とアミノ酸残基の合計数(r)との関係であり、この場合に、3pmが最大数であって、それはr+1以下である関係;並びに(e)芳香族基の最少数(a)と正味正電荷の合計数(pt)との関係であり、この場合に、3aが最大数であり、それは、aが1である場合にptも1であることを除いて、pt+1以下である関係。一実施形態では、このペプチドはD−Arg−Dmt−Lys−Phe−NH2(SS−31)である。
【0007】
別の態様では、本開示は熱傷による負傷の二次的影響から被験体を保護する方法を提供する。一実施形態では、熱傷に続いて、治療のため、又は代謝高進の発生率を軽減するために、ペプチドが被験体に投与される。一実施形態では、熱傷に続いて、治療のため、又は熱傷による負傷に続発して起きる肝臓の損傷を軽減するために、ペプチドが被験体に投与される。
【0008】
別の態様では、本開示は、被験体を、例えば日光(UV)、熱放射又は放射線治療に伴う放射等の、熱傷を引き起こす能力のある作用物質に曝露するのに先立って、芳香族カチオン性ペプチドの有効量を投与することにより、被験体を熱傷の一次的影響から保護する方法を提供する。例えば、このペプチドは、熱傷を受ける危険性のある被験体に、局所投与することができる。
【0009】
一実施形態では、全身性損傷は、肺、肝臓、腎臓、又は腸管の1つ以上に影響する機能不全又は障害等の臓器の機能不全又は障害である。一実施形態では、このペプチドは、熱傷に引き続き、しかし臓器の機能不全又は損傷が発症する前に投与される。別の実施形態では、このペプチドは、臓器の機能不全又は損傷の発症に引き続き投与される。
【0010】
一実施形態では、上記全身性損傷は代謝高進である。一実施形態では、このペプチドは熱傷に続いて、しかし代謝高進の症状が発症する前に投与される。別の実施形態では、このペプチドは、代謝高進症状が発症した後に投与される。
【0011】
一実施形態では、上記全身性損傷は、骨格筋消耗及び悪液質等の骨格筋機能不全である。一実施形態では、このペプチドは熱傷に続いて、しかし骨格筋機能不全の症状が発症する前に投与される。別の実施形態では、このペプチドは、骨格筋機能不全が発症した後に投与される。
【0012】
一態様において、本開示は、哺乳動物の組織におけるATP合成速度を増大するための方法を提供し、その方法は、被験体に芳香族カチオン性ペプチドの有効量を投与することを含む。一実施形態では、この芳香族カチオン性ペプチドは、D−Arg−2’6’−ジメチルチロシン−Lys−Phe−NH2の式を持つペプチドである。
【0013】
一実施形態では、ペプチドの投与に続き、哺乳動物の組織中でのATP合成速度は、対照組織のものと比べて増大される。一実施形態では、この対照組織はペプチドを投与されていない哺乳動物の被験体からの組織である。一実施形態では、ATP合成速度の増大は、ミトコンドリアの酸化還元状態の回復による。一実施形態では、ATP合成速度の増大は、ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体−γコアクティベーター−1β(PGC−1β)タンパク質の発現、又はその活性の増大による。
【0014】
一態様において、本開示は低下したATP合成速度により特徴付けられる疾患、又は病的状態を治療するための方法を提供し、この方法はそれを必要とする哺乳動物に芳香族カチオン性ペプチドの有効量を投与することを含む。一実施形態では、この芳香族カチオン性ペプチドは、D−Arg−2’6’−ジメチルチロシン−Lys−Phe−NH2の式を持つペプチドである。一実施形態では、上記疾患又は病的状態は熱傷である。
【0015】
一実施形態では、上記ペプチドは式Iにより定義される:
【化1】

式中、R1及びR2は、それぞれ独立して以下のものから選ばれる:
(i)水素;
(ii)直鎖又は分岐したC1〜C6アルキル;
(iii)
【化2】

式中m=1〜3;
iv)
【化3】


v)
【化4】


3、R4、R5、R6、R7、R8、R9、R10、R11及びR12はそれぞれ独立して以下のものから選ばれる:
(i)水素;
(ii)直鎖又は分岐したC1〜C6アルキル;
(iii)C1〜C6アルコキシ;
(iv)アミノ;
(v)C1〜C4アルキルアミノ;
(vi)C1〜C4ジアルキルアミノ;
(vii)ニトロ;
(viii)ヒドロキシル;
(ix)ハロゲン、ここで「ハロゲン」とは、クロロ、フルオロ、ブロモ、及びヨードを包含し;並びにnは1〜5の整数である。
【0016】
特定の実施形態では、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、R9、R10、R11、及びR12は全て水素であり;並びにnは4である。別の実施形態では、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、R9、及びR11は全て水素であり;R8及びR12はメチルであり;R10はヒドロキシルであり;並びにnは4である。
【0017】
一実施形態では、上記ペプチドは式IIにより定義される:
【化5】

式中R1及びR2はそれぞれ独立して以下のものから選ばれる:
(i)水素;
(ii)直鎖又は分岐したC1〜C6アルキル;
(iii)
【化6】

式中m=1〜3;
(iv)
【化7】


(v)
【化8】


3及びR4はそれぞれ独立して以下のものから選ばれる:
(i)水素;
(ii)直鎖又は分岐したC1〜C6アルキル;
(iii)C1〜C6アルコキシ;
(iv)アミノ;
(v)C1〜C4アルキルアミノ;
(vi)C1〜C4ジアルキルアミノ;
(vii)ニトロ;
(viii)ヒドロキシル;
(ix)ハロゲン、ここで「ハロゲン」とは、クロロ、フルオロ、ブロモ、及びヨードを包含する;
5、R6、R7、R8、及びR9は、それぞれ独立して以下のものから選ばれる:
(i)水素;
(ii)直鎖又は分岐したC1〜C6アルキル;
(iii)C1〜C6アルコキシ;
(iv)アミノ;
(v)C1〜C4アルキルアミノ;
(vi)C1〜C4ジアルキルアミノ;
(vii)ニトロ;
(viii)ヒドロキシル;
(ix)ハロゲン、ここで「ハロゲン」とは、クロロ、フルオロ、ブロモ、及びヨードを包含し;並びにnは1〜5の整数である。
【0018】
特定の実施形態では、R1及びR2は水素であり;R3及びR4はメチルであり;R5、R6、R7、R8、及びR9は全て水素であり;及びnは4である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、実施例1に示される研究のプロトコル及び投薬スケジュールを示すフローチャートである。
【図2】図2は、熱傷を与えSS−31ペプチドを投与したラットの一例での、経時的なVCO2濃度を示すグラフである。
【図3】図3は、実施例2に示される研究のプロトコル、及び投薬スケジュールを示すフローチャートである。
【図4】図4は、実施例2のさまざまな治療群からの肝組織の断面を示す、一連の顕微鏡写真である。
【図5】図5は、実施例2のさまざまな治療群からの、カスパーゼ−3切断のウエスタンブロット分析の写真である。
【図6】図6は、実施例2のさまざまな治療群からの、カスパーゼ−3活性を示すグラフである。
【図7】図7は、実施例2のさまざまな治療群からのタンパク質酸化を示す、ウエスタンブロット分析の写真である。
【図8】図8は、未治療及びSS−31ペプチド治療群の傷の大きさの比較を示すチャートである。
【図9】図9は、熱傷の前後の、腓腹筋中の窒素酸化物の還元を示すグラフである。
【図10】図10は、生理食塩水又はSS−31ペプチドを投与された被験体の、熱傷0時間後の腓腹筋中の窒素酸化物の還元を示すグラフである。
【図11】図11は、生理食塩水又はSS−31ペプチドを投与された被験体の、熱傷3時間後の腓腹筋中の窒素酸化物の還元を示すグラフである。
【図12】図12は、生理食塩水又はSS−31ペプチドを投与された被験体の、熱傷6時間後の腓腹筋中の窒素酸化物の還元を示すグラフである。
【図13】図13は、生理食塩水又はSS−31ペプチドを投与された被験体の、熱傷24時間後の腓腹筋中の窒素酸化物の還元を示すグラフである。
【図14】図14は、生理食塩水又はSS−31ペプチドを投与された被験体の、熱傷48時間後の腓腹筋中の窒素酸化物の還元を示すグラフである。
【図15】図15は、熱傷の6時間後に31PNMRにより測定された、対照(C)、対照+SS−31ペプチド(C+P)、熱傷(B)、及び熱傷+ペプチドSS−31(B+P)中でのATP合成速度(μmol/g/s)を示すグラフである。
【図16】図16は、対照、熱傷、及びペプチドで治療された被験体のミトコンドリアのアコニターゼ活性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(発明の詳細な説明)
本開示は、特定の芳香族カチオン性ペプチドが、限定はされないが、代謝高進、及び臓器損傷を含む熱傷の局所並びに遠位の病態生理学的影響を治療し得るという、発明者たちの驚くべき発見に基づいている。以下に記載される、さまざまな詳細さのレベルにおける、本発明の特定の態様、様式、実施形態、変形、及び特徴は、本発明の実質的理解のために提供されることを認識されたい。
【0021】
本発明の実施では、分子生物学、タンパク質生化学、細胞生物学、免疫学、微生物学、及び組み替えDNAにおける多くの従来の技法が用いられる。これらの技法は周知であり、及び例えば、Ausubel編,「Current Protocols in Molecular Biology」第I〜III巻,(1997);Sambrookら,「Molecular Cloning:A Laboratory Manual」、第二版(Cold Spring Harbor Laboratory Press,ニューヨーク州、コールド・スプリング・ハーバー(Cold Spring Harbor)),(1989);Glover編「DNA Cloning:A Practical Approach」,第I及びII巻、(1985);Gait編,「Oligonucleotide Synthesis」,(1984);Hames及びHiggins編,「Nucleic Acid Hybridization」,(1985);Hames及びHiggins編,「Transcription and Translation」,(1984);Freshney編,「Animal Cell Culture」,(1986);Immobilized Cells and Enzymes(IRL Press、1986);Perbal,「A Practical Guide to Molecular Cloning」;the series,Meth.Enzymol.,(Academic Press,Inc.,1984);Miller及びCalos編,「Gene Transfer Vectors for Mammalian Cells」,(Cold Spring Harbor Laboratory,ニューヨーク州,1987);並びにそれぞれWu及びGrossman,及びWu編,Meth.Enzymol,第154及び155巻に説明されている。
【0022】
以下に、本明細書において用いられる、特定の用語の定義が提供される。特に別に定義されない限り、本明細書において用いられる全ての技術的及び科学的用語は、一般的に、本発明が属する技術分野の当業者に共通に理解されているものと同じ意味を有する。
【0023】
本明細書及び添付の特許請求の範囲において用いられる、単数の形態「a」、「an」、及び「the」は、その内容が明白に指示していない限り、複数の指示対象を含む。例えば、「a cell」という言及は、2つ以上の細胞の組み合わせ等を含む。
【0024】
本明細書において用いられる、「約(about)」は、本技術分野の当業者により理解され、それが用いられている文脈に応じてある程度変動するであろう。当業者にとって明確でない用語の使用がある場合、それが用いられる文脈を考慮すると、「about」は、列挙された値のプラス又はマイナス10%までの値を意味するであろう。
【0025】
本明細書において用いられる、作用物質、薬剤又はペプチドの被験体への「投与(administration)」は、意図された機能を遂行する化合物を、被験体に導入又は送達する任意の経路を含む。投与は、経口的、経鼻的、非経口的(静脈内、筋肉内、腹腔内、若しくは皮下)、直腸的、又は局所的経路を含む、任意の適切な経路で遂行することができる。投与は、自己投与及び他者による投与を含む。
【0026】
本明細書において用いられる用語「アミノ酸」は天然アミノ酸並びに合成アミノ酸と同時に、アミノ酸類似体及び天然アミノ酸と同様の様式で機能するアミノ酸模倣物を含む。天然アミノ酸は、遺伝コードによりエンコードされるものと同時に、例えば、ヒドロキシプロリン、γ−カルボキシグルタメート、及びO−ホスホセリン等の後に修飾されるアミノ酸を含む。アミノ酸類似体とは、天然アミノ酸と同じ基本的な化学構造、すなわち、水素に結合するα−炭素、カルボキシル基、アミノ基、及びR基を有するもの、例えば、ホモセリン、ノルロイシン、メチオニンスルホキシド、メチオニンメチルスルホニウムのことをいう。かかる類似体は、修飾されたR基(例えば、ノルロイシン)又は修飾されたペプチド骨格を有するが、天然アミノ酸と同じ基本的化学構造を保持している。アミノ酸模倣物とは、一般的なアミノ酸の構造とは異なる構造を有する化合物であるが、天然アミノ酸と同様の様式で機能するもののことをいう。本明細書では、アミノ酸は、共通に知られている3文字のシンボルか、又は国際純正応用化学連合−国際生化学連合生化学命名委員会(IUPAC−IUB Biochemical Nomenclature Commission)により推奨される、1文字のシンボルのいずれかにより表されことができる。
【0027】
本明細書において用いられる用語「熱傷」又は「熱傷状態」は、放射に対する過剰な曝露、例えば、重度の日焼けをもたらす太陽光放射、熱放射、溶接閃光、火、放電、化学物質との接触、摩擦、非常に熱い物質、例えば、調理器具又は熱湯、熱油等の高温流体等との接触に起因するものを含む、そのような状態の全ての範囲を包含することが意図されている。
【0028】
本明細書において用いられる用語「有効量」とは、所望の治療的及び/又は予防的効果を達成するのに十分な量のことをいい、例えば、熱傷又は熱傷に付随する1つ以上の状態の予防、又は軽減をもたらす量のことをいう。治療的又は予防的用途の文脈では、被験体に投与される組成物の量は、疾患の種類及び重篤度、並びに一般的健康状態、年齢、性別、体重及び薬物に対する耐性等の、その個人の特性に依存する。それは、さらに、損傷の程度、重篤性、及び種類にも依存する。当業者であれば、これら及び他の因子に応じて、適切な用量を決定できる。この組成物は、1つ以上の付加的な治療用化合物と組み合わせて投与され得る。
【0029】
「単離された(isolated)」又は「精製された(purified)」ポリペプチド又はペプチドは、細胞物質、若しくはその作用物質が導出された細胞、若しくは組織からの他の汚染ポリペプチドを実質的に含まないか、又は化学合成された場合には、その化学的前駆体若しくは他の化学物質を含まない。例えば、単離された芳香族カチオン性ペプチドは、その作用物質の治療的用途に干渉する可能性のある物質を含まない。かかる干渉性物質としては、酵素、ホルモン、及び他のタンパク質性、及び非タンパク質性溶質が挙げられ得る。
【0030】
本明細書において用いられる用語「医学的状態(medical condition)」は、限定はされないが、治療及び/又は予防が望ましい1つ以上の身体的及び/又は心理的症状として顕現する任意の病的状態若しくは疾患を含み、並びに以前に、及び新たに特定された疾患及び他の障害を含む。例えば、この医学的状態は、熱傷又は付随する任意の状態若しくは合併症を含み得る。
【0031】
本明細書において用いられる用語「臓器(organ)」とは、特定の機能に適合する身体構造の一部分のことをいい、限定はされないが、肺、肝臓、腎臓、並びに胃及び腸を含む腸管を包含する。特にこの「臓器」は、他の部分の熱傷に起因する機能不全及び障害により影響を受けやすいものを意図している。
【0032】
本明細書において用いられる用語「臓器機能不全」とは、臓器の正常機能のわずかな動揺から、「臓器の障害」、すなわち生命を維持するための十分な臓器の出力の停止に至る兆候が連続することをいう。当技術分野において周知のさまざまな診断的及び臨床的マーカーが、臓器の機能の評価に用い得る。
【0033】
本明細書において用いられる用語「ポリペプチド」、「ペプチド」、及び「タンパク質」とは、本明細書においては、相互に交換可能に用いられ、2つ以上の互いにペプチド結合、又は修飾されたペプチド結合により結合したアミノ酸、すなわちペプチド等価体(isostere)を含むポリマーのことをいう。「ポリペプチド」とは、通常ペプチドと称される短鎖のもの、グリコペプチド又はオリゴマー、及びより長鎖の通常タンパク質と称されるものまでのものをいう。ポリペプチドは、遺伝子によりエンコードされた20種類のアミノ酸以外のものを含み得る。ポリペプチドは、翻訳後プロセッシング等の天然のプロセスにより修飾されたか、又は当技術分野で周知の化学的修飾技法により修飾されたかの、いずれかのアミノ酸配列を含む。かかる修飾は、基本的な教科書と同様に、豊富な研究文献に良く記載されている。
【0034】
本明細書において用いられる、疾患又は病的状態を「予防(prevention)」又は「予防する(preventing)」とは、統計サンプルにおいて、治療されたサンプルが、治療されない対照サンプルと比較して、疾患若しくは病的状態の発生を低減させるか、あるいは治療されない対照サンプルと比較して、疾患又は病的状態の1つ以上の症状の発現を遅延又はその重篤度を低減させる、化合物のことをいう。
【0035】
本明細書において用いられる単語「保護する(protect)」又は「保護すること(protecting)」とは、本発明のペプチドにより治療された被験体が、所定の疾患若しくは障害、例えば、熱傷若しくは付随する病的状態若しくは合併症を発現させる可能性、及び/又は危険性を減少させることをいう。典型的には、疾患若しくは障害を発現する可能性は、同じ被験体が本発明のペプチドにより治療されない場合に損傷を発現する可能性及び/又は危険性に比較して、その可能性が10%、好ましくは25%、より好ましくは50%、さらに好ましくは75%、及び最も好ましくは約90%減少されたときに低減されると考えられる。特定の実施形態においては、このペプチドは、被験体が熱傷を受けた後であって、全身性損傷の発現する前にこのペプチドを投与することにより、被験体を熱傷の遠位の病態生理学的影響から保護する。一実施形態では、被験体が熱傷を引き起こし得る作用物質、例えば日光若しくは放射に曝露される前に、このペプチドを局所的又は全身的に投与されることにより、被験体を一次的熱傷から保護する。
【0036】
本明細書において用いられる用語「被験体(subject)」とは、任意の脊椎動物の成員のことをいう。現在開示されている被験体の事柄は、とりわけ温血脊椎動物にとって有用である。本明細書において提供されるものは、ヒト等の哺乳動物の治療であるのと同時に、絶滅寸前であるために重要な、経済的に重要な(ヒトによる消費のために飼育場において飼育される動物)、及び/又はヒトにとって社会的に重要な(ペットとして又は動物園で飼育される)哺乳動物の治療である。特定の実施形態においてはこの被験体はヒトである。
【0037】
本明細書において用いられる用語「治療する(treating)」、「治療(treatment)」、又は「緩和(alleviation)」は、治療的処置、及び予防的若しくは防止的手段の療法を指し、そこでは標的の病理的状態、又は疾患からの保護、又はそれらの遅延(減少すること(lessen))が目的である。被験体は、本明細書に記載される方法による治療量の芳香族カチオン性ペプチドの投与後に、被験体が、観察され得る、及び/又は測定され得る、特定の疾患若しくは病的状態の、1つ以上の兆候及び症状の軽減又は消失を示す場合に、被験体は、疾患又は病的状態から成功裡に「治療される(treated)」。例えば、熱傷については、治療又は予防は、熱傷の傷のサイズ若しくは重篤度の低減;代謝高進、肝障害若しくは肝機能の低減;及び他の臓器系に対する改善された効果を含み得る。記載される、さまざまな様式の医学的状態の治療又は予防が、「実質的(substantial)」なものであって、全体的ではあるが、完全な治療若しくは予防よりも少ないものを含み、及びいくつかの生物学的若しくは医学的に妥当な結果が達成されるものであることも認識されたい。
ペプチド
【0038】
本方法において有用な上記芳香族カチオン性ペプチドは、水溶性であり極性が高い。これらの性質にも関わらず、これらのペプチドは細胞膜を容易に透過できる。本方法において有用な芳香族カチオン性ペプチドは、ペプチド結合により共有結合した、最小で3つのアミノ酸を含み、及び好ましくは最小で4つのアミノ酸を含む。芳香族カチオン性ペプチド中に存在するアミノ酸の最大数は、ペプチド結合により共有結合した約20個のアミノ酸である。好ましくは、アミノ酸の最大数は約12、より好ましくは約9、及び最も好ましくは約6である。最適には、ペプチド中に存在するアミノ酸の数は4である。
【0039】
芳香族カチオン性ペプチドのアミノ酸は、任意のアミノ酸であってよい。アミノ酸は天然ものであってよい。天然アミノ酸としては、例えば、通常哺乳動物のタンパク質に見出される最も一般的な20個の左旋性アミノ酸、すなわち、アラニン(Ala)、アルギニン(Arg)、アスパラギン(Asn)、アスパラギン酸(Asp)、システイン(Cys)、グルタミン(Gln)、グルタミン酸(Glu)、グリシン(Gly)、ヒスチジン(His)、イソロイシン(Ile)、ロイシン(Leu)、リジン(Lys)、メチオニン(Met)、フェニルアラニン(Phe)、プロリン(Pro)、セリン(Ser)、スレオニン(Thr)、トリプトファン、(Trp)、チロシン(Tyr)、及びバリン(Val)が挙げられる。他の天然アミノ酸としては、例えば、タンパク質合成に付随しない代謝過程で合成されるアミノ酸が挙げられる。例えば、アミノ酸オルニチン及びシトルリンは尿素の産生中の哺乳動物の代謝で合成される。
【0040】
このペプチドは、随意に1つ以上の非天然アミノ酸を含み得る。この非天然アミノ酸は、L−、右旋性(D)、又はそれらの混合物であってよい。このペプチドは天然アミノ酸を全く有さなくてもよい。非天然アミノ酸は、典型的には生命体の正常な代謝過程において合成されず、及び天然ではタンパク質中には存在しないアミノ酸である。加えて、この非天然アミノ酸は、通常のプロテアーゼにより認識されない。
【0041】
この非天然アミノ酸は、上記ペプチドの任意の位置に存在することができる。例えば、この非天然アミノ酸はN末端、C末端、又はN末端及びC末端の間の任意の位置に存在できる。非天然アミノ酸は、例えば、アルキル、アリール、又はアルキルアリール基を含む。アルキルアミノ酸のいくつかの例としては、α−アミノ酪酸、β−アミノ酪酸、γ−アミノ酪酸、δ−アミノ吉草酸、及びε−アミノカプロン酸が挙げられる。アリールアミノ酸のいくつかの例としては、オルト(ortho)−、メタ(meta)−、及びパラ(para)−アミノ安息香酸が挙げられる。アルキルアリールアミノ酸のいくつかの例としては、オルト(ortho)−、メタ(meta)−、及びパラ(para)−アミノフェニル酢酸、及びγ−フェニル−β−アミノ酪酸が挙げられる。非天然アミノ酸は、天然アミノ酸の誘導体も含む。天然アミノ酸の誘導体は、例えば、1つ以上の化学基の天然アミノ酸への付加を含むことができる。
【0042】
例えば、1つ以上の化学基が、フェニルアラニン又はチロシン残基の芳香環の3’、4’、5’、若しくは6’位の1つ以上に、又はトリプトファン残基のベンゾ環の4’、5’、6’、若しくは7’位の1つ以上に付加されることができる。この基は、芳香環に付加され得る任意の化学基であってよい。かかる基のいくつかの例としては、分岐又は非分岐状のメチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、若しくはt−ブチル等のC1〜C4アルキル、C1〜C4アルキルオキシ(すなわちアルコキシ)、アミノ、C1〜C4アルキルアミノ、及びC1〜C4ジアルキルアミノ(例えば、メチルアミノ、ジメチルアミノ)、ニトロ、ヒドロキシル、ハロ(すなわち、フルオロ、クロロ、ブロモ、若しくはヨード)が挙げられる。天然アミノ酸の、非天然誘導体のいくつかの例としてはノルバリン(Nva)、ノルロイシン(Nle)、及びヒドロキシプロリン(Hyp)が挙げられる。
【0043】
アミノ酸の修飾の他の例は、ペプチドのアスパラギン酸又はグルタミン酸残基のカルボキシル基の誘導化である。誘導化の一例は、アンモニア又は1級若しくは2級アミン、例えば、メチルアミン、エチルアミン、ジメチルアミン若しくはジエチルアミンによるアミド化である。誘導化の他の例としては、例えば、メチル又はエチルアルコールによるエステル化が挙げられる。他のかかる修飾としては、リジン、アルギニン、又はヒスチジン残基のアミノ基の誘導化が挙げられる。例えば、このようなアミノ基はアシル化できる。いくつかの適切なアシル基としては、例えば、ベンゾイル基、又は上記のC1〜C4アルキル基の任意のものを含む、アセチル若しくはプロピオニル等の、アルカノイル基が挙げられる。
【0044】
この非天然アミノ酸は、通常のプロテアーゼに対して、適切には抵抗性であり、及びより好ましくは無反応性である。プロテアーゼに抵抗性、又は無反応性である非天然アミノ酸の例としては、上記の任意の天然L−アミノ酸の右旋性の(D−)形態、並びにL−及び/又はD−非天然起源アミノ酸が挙げられる。このD−アミノ酸は、通常はタンパク質には存在しないが、細胞のリボソームのタンパク質合成機構以外の手段により合成される特定のペプチド抗生物質に見出される。本明細書において用いられるD−アミノ酸は、非天然アミノ酸と見なされる。
【0045】
プロテアーゼ感受性を最小化するために、このペプチドは、アミノ酸が天然アミノ酸または非天然アミノ酸であるかに関わらず、5未満の、4未満の、3未満の、2未満の、通常のプロテアーゼにより認識される、隣接するL−アミノ酸を有するべきである。ペプチドがプロテアーゼ感受性のアミノ酸配列を有する場合、少なくとも1つのアミノ酸は、非天然D−アミノ酸であり、それによりプロテアーゼ抵抗性が与えられる。プロテアーゼ感受性配列の例としては、エンドペプチダーゼ及びトリプシン等の通常のプロテアーゼにより容易に切断される、2つ以上の隣接する塩基性アミノ酸が挙げられる。塩基性アミノ酸の例としては、アルギニン、リジン及びヒスチジンが挙げられる。
【0046】
適切な実施形態では、この芳香族カチオン性ペプチドは、ペプチド中のアミノ酸残基の合計数と比較して、生理的pHにおいて最少数の正味正電荷を有する。以下、生理的pHでの正味正電荷の最少数を、(pm)とする。ペプチド中のアミノ酸残基の合計数を(r)とする。以下で議論される正味正電荷の最少数は、全て生理的pHでのものである。本明細書において用いられる用語「生理的pH」とは、哺乳動物の身体の、細胞、組織及び臓器内の正常pHである。例えば、ヒトの生理的pHは通常は約7.4であるが、哺乳動物における正常な生理的pHは約7.0から約7.8までのいずれかのpHであると考えられる。
【0047】
本明細書において用いられる「正味荷電」とは、ペプチド中に存在するアミノ酸が持つ正電荷数と負電荷数との差し引きのことをいう。本明細書では、正味荷電は生理的pHで測定されることを理解されたい。生理的pHにおいて正に荷電する天然アミノ酸としては、L−リジン、L−アルギニン、及びL−ヒスチジンが挙げられる。生理的pHにおいて負に荷電する天然アミノ酸としては、L−アスパラギン酸及びL−グルタミン酸が挙げられる。典型的には、ペプチドは、正に荷電したN末端アミノ基、及び負に荷電したC末端カルボキシル基を有する。生理的pHにおいてこれらの電荷は打ち消しあう。
【0048】
一実施形態では、上記芳香族カチオン性ペプチドは、生理的pHでの正味正電荷の最少数(pm)及びアミノ酸残基の合計数(r)の間に、3pmが最大数であって、それはr+1以下であるという関係を有する。この実施形態では、正味正電荷の最少数(pm)とアミノ酸残基の合計数(r)との関係は以下のようになる:
表1.アミノ酸数及び正味正電荷(3pm≦p+1)
【表1】

【0049】
別の実施形態では、上記芳香族カチオン性ペプチドは、正味正電荷の最少数(pm)及びアミノ酸残基の合計数(r)との間に、2pmが最大数であって、それはr+1以下であるという関係を有する。この実施形態では、正味正電荷の最少数(pm)とアミノ酸残基の合計数(r)との関係は以下のようになる。
表2.アミノ酸数及び正味の正電荷(2pm≦p+1)
【表2】

【0050】
一実施形態では、正味正電荷の最少数(pm)及びアミノ酸残基の合計数(r)は等しい。別の実施形態では、ペプチドは3又は4のアミノ酸残基、及び最小で1の正味正電荷、好ましくは、最小で2の正味正電荷、及びより好ましくは最小で3の正味正電荷を有する。適切な実施形態では、芳香族カチオン性ペプチドは正味正電荷の合計数(pt)との比較において芳香族基の最少数を有する。以下、芳香族基の最少数を(a)とする。
【0051】
芳香族基を有する天然アミノ酸としては、ヒスチジン、トリプトファン、チロシン、及びフェニルアラニンのアミノ酸が挙げられる。例えば、ヘキサペプチド、Lys−Gln−Tyr−D−Arg−Phe−Trpは、2の正味の正電荷(リジン及びアルギニン残基による寄与)及び3つの芳香族基(チロシン、フェニルアラニン及びトリプトファン残基の寄与)を有する。
【0052】
一実施形態では、上記芳香族カチオン性ペプチドは、芳香族基の最少数(a)及び生理的pHでの正味の正電荷の合計数(pt)との間に、ptが1のときに、aも1である場合を除いて、3aが最大数であって、それはpt+1以下であるという関係を有する。この実施形態では、芳香族基の最少数(a)と正味の正電荷の合計数(pt)との関係は以下のようになる。
表3.芳香族基と正味の正電荷(3a≦pt+1又はa=pt=1)
【表3】

【0053】
別の実施形態では、上記芳香族カチオン性ペプチドは、芳香族基の最少数(a)及び生理的pHでの正味の正電荷の合計数(pt)との間に、2aが最大数であって、それはpt+1以下であるという関係を有する。この実施形態では、芳香族基の最少数(a)と正味の正電荷の合計数(pt)との関係は以下のようになる。
表4.芳香族基と正味の正電荷(2a≦pt+1又はa=pt=1)
【表4】

【0054】
別の実施形態では、芳香族基の数(a)及び正味の正電荷の合計数(pt)は等しい。
【0055】
カルボキシル基、特にアミノ酸C末端の末端カルボキシル基は、例えば、アンモニアによりアミド化されて、C末端アミドを形成することができる。代替的に、アミノ酸C末端の末端カルボキシル基は、任意の1級又は2級アミンによりアミド化され得る。この1級若しくは2級アミンは、例えば、アルキル、特に分岐若しくは非分岐状のC1〜C4アルキル、又はアリールアミンであってよい。したがって、ペプチドのC末端のアミノ酸は、アミド、N−メチルアミド、N−エチルアミド、N、N−ジメチルアミド、N、N−ジエチルアミド、N−メチル−N−エチルアミド、N−フェニルアミド、又はN−フェニル−N−エチルアミ基に変換され得る。
【0056】
本発明の芳香族カチオン性ペプチドのC末端に存在しない、アスパラギン、グルタミン、アスパラギン酸、及びグルタミン酸残基中の遊離カルボキシル基もまた、ペプチド内のどの位置にあってもアミド化され得る。これらの内部の位置でのアミド化は、アンモニア又は任意の上記の1級若しくは2級アミンにより行うことができる。
【0057】
一実施形態では、上記芳香族カチオン性ペプチドは、2つの正味の正電荷、及び少なくとも1つの芳香族アミノ酸を有するトリペプチドである。特定の実施形態では、この芳香族カチオン性ペプチドは、2つの正味の正電荷、及び2つの芳香族アミノ酸を有するトリペプチドである。
【0058】
芳香族カチオン性ペプチドとしては、限定はされないが、以下の例示的なペプチドが挙げられる。
Lys−D−Arg−Tyr−NH2
Phe−D−Arg−His
D−Tyr−Trp−Lys−NH2
Trp−D−Lys−Tyr−Arg−NH2
Tyr−His−D−Gly−Met
Phe−Arg−D−His−Asp
Tyr−D−Arg−Phe−Lys−Glu−NH2
Met−Tyr−D−Lys−Phe−Arg
D−His−Glu−Lys−Tyr−D−Phe−Arg
Lys−D−Gln−Tyr−Arg−D−Phe−Trp−NH2Phe−D−Arg−Lys−Trp−Tyr−D−Arg−His
Gly−D−Phe−Lys−Tyr−His−D−Arg−Tyr−NH2
Val−D−Lys−His−Tyr−D−Phe−Ser−Tyr−Arg−NH2
Trp−Lys−Phe−D−Asp−Arg−Tyr−D−His−Lys
Lys−Trp−D−Tyr−Arg−Asn−Phe−Tyr−D−His−NH2
Thr−Gly−Tyr−Arg−D−His−Phe−Trp−D−His−Lys
Asp−D−Trp−Lys−Tyr−D−His−Phe−Arg−D−Gly−Lys−NH2
D−His−Lys−Tyr−D−Phe−Glu−D−Asp−D−His−D−Lys−Arg−Trp−NH2
Ala−D−Phe−D−Arg−Tyr−Lys−D−Trp−His−D−Tyr−Gly−Phe
Tyr−D−His−Phe−D−Arg−Asp−Lys−D−Arg−His−Trp−D−His−Phe
Phe−Phe−D−Tyr−Arg−Glu−Asp−D−Lys−Arg−D−Arg−His−Phe−NH2
Phe−Try−Lys−D−Arg−Trp−His−D−Lys−D−Lys−Glu−Arg−D−Tyr−Thr
Tyr−Asp−D−Lys−Tyr−Phe−D−Lys−D−Arg−Phe−Pro−D−Tyr−His−Lys
Glu−Arg−D−Lys−Tyr−D−Val−Phe−D−His−Trp−Arg−D−Gly−Tyr−Arg−D−Met−NH2
Arg−D−Leu−D−Tyr−Phe−Lys−Glu−D−Lys−Arg−D−Trp−Lys−D−Phe−Tyr−D−Arg−Gly
D−Glu−Asp−Lys−D−Arg−D−His−Phe−Phe−D−Val−Tyr−Arg−Tyr−D−Tyr−Arg−His−Phe−NH2
Asp−Arg−D−Phe−Cys−Phe−D−Arg−D−Lys−Tyr−Arg−D−Tyr−Trp−D−His−Tyr−D−Phe−Lys−Phe
His−Tyr−D−Arg−Trp−Lys−Phe−D−Asp−Ala−Arg−Cys−D−Tyr−His−Phe−D−Lys−Tyr−His−Ser−NH2
Gly−Ala−Lys−Phe−D−Lys−Glu−Arg−Tyr−His−D−Arg−D−Arg−Asp−Tyr−Trp−D−His−Trp−His−D−Lys−Asp
Thr−Tyr−Arg−D−Lys−Trp−Tyr−Glu−Asp−D−Lys−D−Arg−His−Phe−D−Tyr−Gly−Val−Ile−D−His−Arg−Tyr−Lys−NH2
【0059】
いくつかの実施形態では、ペプチドは、チロシン残基又はチロシン誘導体を有するペプチドである。適切なチロシン誘導体としては、2’−メチルチロシン(Mmt);2’,6’−ジメチルチロシン(2’6’Dmt);3’,5’−ジメチルチロシン(3’5’Dmt);N,2’,6’−トリメチルチロシン(Tmt);及び2’−ヒドロキシ−6’−メチルチロシン(Hmt)が挙げられる。
【0060】
一実施形態では、このペプチドはTyr−D−Arg−Phe−Lys−NH2(本明細書ではSS−01という)の式を有する。SS−01は、チロシン、アルギニン、及びリジンのアミノ酸の寄与により、3の正味正電荷を有し、及びフェニルアラニン及びチロシンのアミノ酸の寄与により2つの芳香族基を有する。SS−01のチロシンは、2’,6’−ジメチルチロシン等のチロシンの誘導体に修飾されることができ、2’6’−Dmt−D−Arg−Phe−Lys−NH2(本明細書ではSS−02という)の式のペプチドを生成することができる。
【0061】
適切な実施形態では、N末端のアミノ酸残基はアルギニンである。かかるペプチドの例はD−Arg−2’6’Dmt−Lys−Phe−NH2(本明細書においてはSS−31という)。別の実施形態では、N末端アミノ酸はフェニルアラニン又はその誘導体である。フェニルアラニン誘導体としては、2’−メチルフェニルアラニン(Mmp)、2’,6’−ジメチルフェニルアラニン(Dmp)、N,2’,6’−triメチルフェニルアラニン(Tmp)、及び2’−ヒドロキシ−6’−メチルフェニルアラニン(Hmp)が挙げられる。かかるペプチドの例は、Phe−D−Arg−Phe−Lys−NH2(本明細書においてはSS−20という)。一実施形態では、SS−02アミノ酸配列は、DmtがN末端にはないように転位される。かかる芳香族カチオン性ペプチドの例は、D−Arg−2’6’Dmt−Lys−Phe−NH2(SS−31)の式を有する。
【0062】
さらに他の実施形態では、上記芳香族カチオン性ペプチドは、Phe−D−Arg−Dmt−Lys−NH2(本明細書においてはSS−30という)の式を有する。代替的にN末端のフェニルアラニンは、2’,6’−ジメチルフェニルアラニン(2’6’Dmp)等のフェニルアラニンの誘導体であってよい。アミノ酸の1番目の位置に2’,6’−ジメチルフェニルアラニンを含むSS−01は、2’,6’−Dmp−D−Arg−Dmt−Lys−NH2の式を有する。
【0063】
上記ペプチドの適切な置換変形体は、保存的アミノ酸置換を含む。アミノ酸は、その物理化学的特性にしたがって、以下のようにグループ化することが可能である。すなわち、
(a)非極性アミノ酸:Ala(A)、Ser(S)、Thr(T)、Pro(P)、Gly(G)、Cys(C);
(b)酸性アミノ酸:Asn(N)、Asp(D)、Glu(E)、Gln(Q);
(c)塩基性アミノ酸:His(H)、Arg(R)、Lys(K);
(d)疎水性アミノ酸:Met(M)、Leu(L)、Ile(I)、Val(V);及び
(e)芳香族アミノ酸:Phe(F)、Tyr(Y)、Trp(W)、His(H)
である。
【0064】
ペプチド中のアミノ酸の、同じグループの別のアミノ酸による置換は、同類置換と称され、もとのペプチドの物理化学的特性を維持することができる。対照的に、ペプチド中のアミノ酸の、異なるグループの別のアミノ酸による置換は、一般的にもとのペプチドの特性を変更する可能性をより有する。ペプチドの例としては、限定はされないが、表5に示される芳香族カチオン性ペプチドが挙げられる。
表5.芳香族カチオン性ペプチドの例
【表5】

【表6】

Cha=シクロヘキシルアラニン
【0065】
特定の状況下では、オピオイド受容体のアゴニスト活性を有するペプチドを用いることが有利である。μ−オピオイド類似体の例としては、限定はされないが、表6に示される、芳香族カチオン性ペプチドが挙げられる。
表6.オピオイド受容体のアゴニスト活性を有する芳香族カチオン性ペプチド
【表7】

【表8】

【表9】

【表10】

Dab=ジアミノ酪酸
Dap=ジアミノプロピオン酸
Dmt=ジメチルチロシン
Mmt=2’−メチルチロシン
Tmt=N,2’,6’−トリメチルチロシン
Hmt=2’−ヒドロキシ,6’−メチルチロシン
dnsDap=β−ダンシル−L−α,β−ジアミノプロピオン酸
atnDap=β−アントラニロイル−L−α,β−ジアミノプロピオン酸
Bio=ビオチン
【0066】
表5及び6に示されるペプチドのアミノ酸は、L−又はD−配置のいずれかである。
ペプチドの合成
【0067】
本発明の方法において有用なペプチドは、当技術分野で周知の任意の方法により化学合成することができる。タンパク質合成のための適切な方法としては、例えば、Stuart及びYoung,「Solid Phase Peptide Synthesis」第二版,Pierce Chemical Company(1984)、及び「Solid Phase Peptide Synthesis」,Methods Enzymol.,289,Academic Press,Inc,New York(1997)中に記載されているものが挙げられる。
熱傷及び二次性合併症の治療及び予防の方法
【0068】
本明細書において記載される芳香族カチオン性ペプチドは、熱傷及び熱傷に伴う全身症状の治療又は予防において有用である。いくつかの実施形態では、上記芳香族カチオン性ペプチドは、熱傷に続いて、及び全身性損傷の検出可能な症状が発症した後に、被験体に投与され得る。したがって、本明細書では、用語「治療(treatment)」は、その最も広い意味において用いられ、並びに芳香族カチオン性ペプチドの、熱傷及び/又は臓器機能不全及び代謝高進等の二次性合併症の部分的若しくは完全な治癒のための使用のことをいう。
【0069】
他の実施形態では、本発明の芳香族カチオン性ペプチドは、熱傷に続いて、及び臓器障害又は代謝高進等の全身性損傷から保護するか、又は予防を提供するために、全身性損傷の検出可能な症状が発症する前に、被験体に投与され得る。したがって、本明細書では用語「予防(prevention)」は、その最も広い意味において用いられ、及び皮膚の局所的損傷又は熱傷に続く臓器機能不全、若しくは代謝高進等の全身性損傷を、完全にか、若しくは部分的に予防するための、予防的使用のことをいう。熱傷を受ける危険性のある被験体に、化合物を投与できることも予期される。
【0070】
一般的に熱傷は、その重篤度、及び範囲にしたがって分類される。I度の熱傷は最も軽度であり、及び通常は表皮のみに影響を及ぼす。この熱傷部位は、赤く、痛みがあり、乾燥して、水疱はなく、接触に対して非常に敏感になり、及び損傷された皮膚は、皮膚のより深い層からの体液の漏出から、わずかに湿ることがある。感覚神経終末も露出され痛みを発する。軽度の日焼けは、典型的なI度の熱傷である。II度の熱傷は、表皮及び真皮の両方が影響を受けるものである。その損傷は、より深く、及び普通は水疱が皮膚に現れる。皮膚には痛みがあり、及び敏感であり、神経と同時にその部位の皮脂腺も影響を受ける。III度の熱傷は、皮膚の全ての層の組織が死滅するために、最も重篤である。通常は、損傷された部分は皮下組織の中に沈み込む。水疱は通常はないが、熱傷を受けた表面は、白から黒(炭化した)又は傷の底部の中の血液からの鮮赤色の、いくつかの種類の外観を呈し得る。ほとんどの場合に、それは浅筋膜を貫通し、筋肉層まで沈降し、さまざまな動脈及び静脈に影響を及ぼす。皮膚神経が損傷されるために、熱傷はまったく無痛であり、また皮膚に触れられても、しばしば、まったく感じることがない。感覚の欠如、又は圧迫による皮膚血管の白化は、損傷された皮膚のしるしである。
【0071】
いかなる原因の熱傷に対しても、本発明が適用可能であると考えられ、該原因としては、乾熱又は低温火傷、熱湯や湯気によるやけど、日焼け、電気熱傷、等化学薬剤(例えば、フッ化水素酸、ギ酸、無水アンモニア、セメント、及びフェノール等の酸及びアルカリ)による熱傷、あるいは放射線による熱傷が挙げられる。高温又は低温のいずれかへの曝露に起因する熱傷は、本発明の範囲内に含まれる。熱傷の重篤度及び範囲は変動し得る。しかし、かなり広範囲の熱傷の場合またはかなり重篤な熱傷の場合(II又はIII度の熱傷)では、通常、二次的臓器障害又は代謝高進が発症する。二次的臓器機能不全又は障害の発生は、熱傷の範囲、患者の免疫系の応答、並びに感染及び敗血症等等の他の因子に依存する。
【0072】
いくつかの実施形態では、上記芳香族カチオン性ペプチドは、熱傷に続発する臓器機能不全の治療のために用いられる。熱傷に続いて、臓器機能不全が起きる生理的過程の連鎖は複雑である。重篤な熱傷を持つ被験体では、カテコールアミン、バソプレシン、及びアンジオテンシンの放出が、末梢及び内臓床の血管収縮を引き起こし、それが損傷から遠く離れた臓器のかん流を悪化させる。心筋収縮能もTNF−αの放出により低下される。熱傷後数時間以内に、活性化した好中球が、真皮及び肺等の遠位の臓器中に隔離され、毒性の反応性酸素種及びプロテアーゼの放出をもたらし、血管内皮細胞を傷つける。肺毛細管及び肺胞上皮の完全性が損なわれると、間質及び肺胞内の空間に血漿及び血液が漏出して、肺水腫をもたらす。ヒスタミン、セロトニン、及びトロンボキサンA2等の体液因子により引き起こされる気管収縮の結果として、重篤な熱傷を受けた患者で肺機能の減少が発生することがあり得る。
【0073】
重篤な熱傷は、組織の凝固壊死も引き起こす。これは各臓器系で生理的応答を開始させ、その重篤度は熱傷の範囲に関係する。組織の破壊は、血管内空間から熱傷の傷に隣接した組織までに至る、深刻な体液喪失を伴う、毛細血管透過性の増大ももたらす。もはや水を保持することのできない、損傷を受けた表面からの蒸発により、過度の量の体液が失われる。このことは毛細血管透過性を増大させ、蒸発による水の損失と相俟って、血液量減少性ショックを引き起こし、これが次いで遠く離れた臓器機能不全又は障害の一因となる。
【0074】
重篤な熱傷を患う被験体は、敗血症の大きな危険にもさらされる。もはや皮膚が微生物の侵入に対する障壁として作用しないために、細菌侵入が熱傷患者で起きる。患者らでは、有効な全身性免疫応答を開始する能力が低下しているために、重篤な熱傷を負った患者は、敗血症の発生、及び生命を脅かす敗血症性ショックを受けやすくなる。敗血症は、しかしながら、熱傷に続発する臓器機能不全、又は障害とは分離した合併症である。熱傷に続発する臓器機能不全又、敗血症がない場合でも起き得る。
【0075】
熱傷を患う被験体は、骨格筋機能不全の危険性にもさらされる。理論に限定されることを望まないが、熱傷でのミトコンドリア性の骨格筋機能不全の主要な原因は、ミトコンドリアによる反応性酸素種(ROS)産生の高進、及びそれによりもたらされるミトコンドリアDNA(mtDNA)の損傷を経由する、酸化的リン酸化(OXPHOS)の欠陥に起因する場合がある。いくつかの実施形態では、上記芳香族カチオン性ペプチドは、ミトコンドリアの酸化還元状態の回復、又は熱傷後6時間で下方制御される、ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体−γコアクティベーター−lβの回復によりATP合成を誘発する。したがって、熱傷により引き起こされたミトコンドリアの機能不全は、芳香族カチオン性ペプチドの投与により回復する。
【0076】
一態様では、本方法は、被験体に上記芳香族カチオン性ペプチドの有効量を投与することにより、熱傷による傷を治療することに関する。上記ペプチドは、全身的に、又は局所的に傷に対して投与できる。熱傷の傷は、典型的には深さ及び重篤度において不均一である。凝固した組織の周囲には、損傷が可逆的であり、並びに炎症及び免疫細胞により媒介される皮膚の微小血管系への損傷を、予防できる可能性のある大幅な部分がある。一実施形態では、ペプチドの投与は傷の収縮の影響を遅延又は軽減する。特に全層熱傷では、傷の収縮は、全層開放創のサイズを縮小する過程である。収縮の間に進行する張力、及び皮下線維組織の形成は、特に傷が関節上の部位を含む場合には、関節の固定された屈曲部又は固定された延長部に変形部をもたらす。かかる合併症は、特に熱傷の治癒に関連する。組織の損傷がない場合には、傷の収縮は起こらない;熱傷が全層で、及び傷の中に生存能力のある組織が残存していない場合に、最大の収縮が起きる。別の実施形態では、上記ペプチドの投与はII度の熱傷からIII度の熱傷への熱傷の進行進行を予防する。
【0077】
熱傷の治療のための方法は、熱傷部位の治癒過程に伴う瘢痕化、又は瘢痕化した組織の形成の減少にも有効であると考えられる。瘢痕化は、正常組織が破壊された部位での、線維組織の形成である。本開示は、したがって、特に第II度又は第III度の熱傷皮膚組織部分において、瘢痕化を減少するための方法も含む。この方法は、第II度又は第III度の熱傷のある動物を芳香族カチオン性ペプチドの有効量により治療することを含む。
【0078】
特定の実施形態では、遠位の臓器又は組織の損傷を治療又は予防するために、上記芳香族カチオン性ペプチドを、熱傷を患う被験体に投与する。特に、皮膚又は身体の他の部位への熱傷に続く、肺、肝臓、腎臓、及び/又は腸管の機能不全若しくは障害は、疾病率及び死亡率にに対して、著しい影響を及ぼす。理論に限定されることを望まないが、被験体では、熱傷に続いて全身性炎症反応が発生し、さらにこの全身性炎症が、機能不全及び障害として表される、熱傷の部位から遠く離れた臓器の損傷を導くと考えられる。臓器機能不全、及び代謝高進を含む全身性損傷は、典型的には第II度又は第III度の熱傷に伴う。全身性損傷、すなわち、臓器機能不全又は代謝高進の特性は、続発する損傷若しくは病的状態を引き起こす熱傷が、直接的に問題の臓器に影響を及ぼすのではないこと、すなわち、損傷は熱傷に続発することである。
【0079】
一実施形態では、上記芳香族カチオン性ペプチドは、熱傷に続発する肝組織への損傷を治療又は保護するために投与される。肝機能を評価するための方法は、当技術分野で周知であり、及び限定はされないが、血清アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)濃度、アルカリホスファターゼ(AP)、又はビリルビン濃度のための血液試験の使用を含む。肝構造の悪化を評価するための方法も周知である。かかる方法としては、肝イメージング(例えば、MRI、超音波)、又は肝生検の組織学的評価が挙げられる。
【0080】
一実施形態では、上記芳香族カチオン性ペプチドは、熱傷に続発する腎組織への損傷を、治療又は保護するために投与される。腎機能を評価するための方法は、当技術分野で周知であり、及び限定はされないが、血清クレアチニン、又は糸球体ろ過率のための血液検査の使用を含む。腎構造の悪化を評価するための方法も周知である。かかる方法としては、腎イメージング(例えば、MRI、超音波)、又は腎生検の組織学的評価が挙げられる。
【0081】
一実施形態では、熱傷に伴う代謝高進を治療するために、上記芳香族カチオン性ペプチドが投与される。代謝高進状態は、高血糖、タンパク質の損失、及び除脂肪体重の顕著な減少を伴い得る。芳香族カチオン性ペプチドの投与により、並びに特定の栄養物、成長因子、又は他の作用物質の投与により、被験体の生理学的及び生化学的環境を操作することにより、代謝高進反応の逆転を達成することができる。実施例で実証されるように、本発明の発明者らは、代謝高進の治療又は予防のために、本発明の芳香族カチオン性ペプチドを、熱傷を患う被験体に投与し得ることを発見した。
【0082】
一態様において、本開示は、被験体の熱傷又は熱傷に伴う病的状態を、被験体に芳香族カチオン性ペプチドを投与することにより、予防するための方法を提供する。熱傷を受傷する危険性のある被験体に対しても、この芳香族カチオン性ペプチドを投与することが可能であると、考えられる。。予防的用途においては、芳香族カチオン性ペプチドの医薬組成物又は薬剤を、熱傷の影響を受けやすい、又はさもなければ熱傷の危険性にさらされいる被験体に、投与することで、危険性を除去又は軽減、重篤度を軽減、あるいは熱傷及びその合併症の発症を遅延させる。
【0083】
本開示の他の態様は、治療目的のために、被験体の熱傷及び付随する合併症を治療するための方法を含む。治療的用途では、合併症及び疾患の発生における中間的な病理学的表現型を含む、症状又は損傷の治癒、又は部分的停止のために十分な量の組成物又は薬剤が、すでに熱傷を患う被験体に投与される。上記芳香族カチオン性ペプチドは、熱傷に続いてであるが、臓器機能不全又は障害等の全身性損傷の検知できる症状の発症の前に被験体に投与可能であると考えられる。したがって、本明細書において用いられる用語「治療(treatment)」は、その最も広い意味において用いられ、及び臓器機能不全、障害、又は代謝高進等の熱傷に続く全身性損傷を完全に、若しくは部分的に予防するための使用をいう。そのようなものとして、本開示は熱傷により影響を受けた個体の治療法を提供する。
投与方法及び有効用量
【0084】
ペプチドと、細胞、臓器、又は組織とを接触させる技術分野の当業者に公知の任意の方法を、用いることが可能である。適切な方法としては、試験管内(in vitro)、生体外(ex vivo)、又は生体内(in vivo)の方法が挙げられる。試験管内の方法は、典型的には上記に記載されたような芳香族カチオン性ペプチドの、哺乳動物、好ましくはヒトへの投与を含む。生体内(in vivo)で治療のために用いられる場合、本発明の芳香族カチオン性ペプチドは、その有効量(すなわち、所望の治療効果を有する量)が被験体に投与される。それらは、非経口的に、局所的に、又は経口的に投与される。用量及び投薬計画は、熱傷又は二次性合併症の程度、用いられる特定の芳香族カチオン性ペプチドの特性、例えば、その治療指数、被験体、及び被験体の病歴に依存する。
【0085】
上記有効量は、前臨床試験及び臨床試験の間に、医師及び臨床医が精通している方法により決定される。好ましくは、医薬組成物中の上記ペプチドの有効量は、任意の数の周知の医薬化合物の投与方法により、それを必要とする哺乳動物に投与することができる。上記ペプチドは、全身的に、又は局所的に投与できる。
【0086】
上記ペプチドを、その薬学的に許容できる塩として製剤化することが可能である。用語「薬学的に許容できる塩」とは、哺乳動物等の患者に投与するために許容される塩基、又は酸から調製される塩を意味する(例えば、所定の投薬計画で、許容される哺乳動物の安全性を有する塩)。しかしながら、患者に投与されることが意図されていない中間化合物の塩等の塩が、薬学的に許容できる塩である必要はないことを理解されたい。薬学的に許容できる塩は、薬学的に許容できる無機又は有機塩基から、及び薬学的に許容できる無機又は有機酸から誘導し得る。加えて、ペプチドがアミン、ピリジン又はイミダゾール等の塩基性基、及びカルボン酸又はテトラゾール等の酸性基の両方を有する場合、両性イオンを形成することが可能であり、それらは本明細書において用いられる用語「塩」の範囲内である。薬学的に許容できる無機塩基から誘導される塩としては、アンモニウム塩、カルシウム塩、銅塩、第二鉄塩、第一鉄塩、リチウム塩、マグネシウム塩、高価数マンガン塩、二価マンガン塩、カリウム塩、ナトリウム塩、及び亜鉛塩等が挙げられる。薬学的に許容できる有機塩基から誘導された塩としては、置換されたアミン、環状アミン、アルギニン、ベタイン、カフェイン、コリン等の天然アミン等、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン、ジエチルアミン、2−ジエチルアミノエタノール、2−ジメチルアミノエタノール、エタノールアミン、エチレンジアミン、N−エチルモルホリン、N−エチルピペリジン、グルカミン、グルコサミン、ヒスチジン、ヒドラバミン、イソプロピルアミン、リジン、メチルグルカミン、モルホリン、ピペラジン、ピペリジン、ポリアミン樹脂、プロカイン、プリン、テオブロミン、トリエチルアミン、トリメチルアミン、トリプロピルアミン、トロメタミン等を含む、1級、2級、及び3級アミンの塩が挙げられる。薬学的に許容できる無機酸から誘導される塩としては、ホウ酸塩、炭酸塩、ハロゲン化水素酸塩(臭化水素酸塩、塩化水素酸塩、フッ化水素酸塩、又はヨウ化水素酸塩)、硝酸塩、リン酸塩、スルファミン酸塩、及び硫酸塩が挙げられる。薬学的に許容できる有機酸から誘導される塩としては、脂肪族ヒドロキシル酸塩(例えば、クエン酸塩、グルコン酸塩、グリコール酸塩、乳酸塩、ラクトビオン酸塩、リンゴ酸塩、及び酒石酸塩)、脂肪族モノカルボン酸塩(例えば、酢酸塩、酪酸塩、ギ酸塩、プロピオン酸塩、及びトリフルオロ酢酸塩)、アミノ酸(例えば、アスパラギン酸塩及びグルタミン酸塩)、芳香族カルボン酸塩(例えば、安息香酸塩、p−クロロ安息香酸塩、ジフェニル酢酸塩、ゲンチシン酸、馬尿酸塩、及びトリフェニル酢酸塩)、芳香族ヒドロキシル酸(例えば、o−ヒドロキシ安息香酸塩、p−ヒドロキシ安息香酸塩、1−ヒドロキシナフタレン−2−カルボン酸塩及び3−ヒドロキシヒドロキシナフタレン−2−カルボン酸塩)、アスコルビン酸塩、ジカルボン酸塩(例えば、フマル酸塩、マレイン酸塩、シュウ酸塩、及びコハク酸塩)、グルクロン酸塩、マンデル酸塩、粘液酸塩、ニコチン酸塩、オロチン酸塩、パモ酸塩、パントテン酸塩、スルホン酸塩(例えば、ベンゼンスルホン酸塩、カンファースルホン酸塩、エタンスルホン酸塩、イセチオン酸塩、メタンスルホン酸塩、ナフタレンスルホン酸塩、ナフタレン−1,5−ジスルホン酸塩、ナフタレン−2,6−ジスルホン酸塩、及びp−トルエンスルホン酸塩)、キシナホ酸塩、及びその他のものが挙げられる。
【0087】
本明細書において記載される芳香族カチオン性ペプチドは、本明細書に記載される治療、若しくは予防のために被験体へ投与されるの医薬組成物に、単独又は組み合わせで組み込まれることができる。かかる組成物は、典型的には活性な作用物質及び薬学的に許容できる担体を含む。本明細書において用いられる用語「薬学的に許容できる担体」としては、生理食塩水、溶媒、分散媒、コーティング、抗菌及び抗真菌剤、等張及び吸収遅延剤、並びにその他等の、薬剤投与に適合するものが挙げられる。補足的な活性化合物も、上記組成物中に組み込むことができる。
【0088】
医薬組成物は、典型的には、その意図された投与経路に適合するように製剤化される。投与経路の例としては、非経口的(例えば、静脈内、皮内、腹腔内、又は皮下)、経口的、吸入的、経皮的敵(局所的)、経粘膜的、及び直腸内投与が挙げられる。非経口的、皮内、又は皮下の用途に用いられる溶液、若しくは懸濁液としては、以下のものが挙げられる。すなわち、注射用水等の無菌希釈剤、生理食塩水溶液、固定油、ポリエチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール又は他の合成溶媒;ベンジルアルコール又はメチルパラベン等の抗菌剤;アスコルビン酸又は亜硫酸水素ナトリウム等の酸化防止剤;エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤;酢酸塩、クエン酸塩、又はリン酸塩等の緩衝剤、及び塩化ナトリウム、又はデキストロース等の張力の調整のための作用物質である。pHは塩酸又は水酸化ナトリウム等の、酸又は塩基により調整できる。非経口的製剤はアンプル、使い捨て注射器、又はガラス、若しくはプラスチック製の複数回投与用バイアルに封入できる。
【0089】
注射による使用に適切な医薬組成物は、無菌水溶液(水溶性の場合)、若しくは無菌注射溶液、又は分散液の即時調製のための分散物及び無菌粉末を含むことができる。静脈内投与のための適切な担体としては、生理食塩水、静菌性水、Cremopor EL(登録商標)(BASF,ニュージャージー州パーシッパニィ(Parsippany))、又はリン酸緩衝生理食塩水(PBS)が挙げられる。全ての場合、非経口的投与のための組成物は、無菌であり、及び容易に注射できる性質が存在する範囲の流体でなければならない。それは製造及び保存条件下で安定でなくてはならず、及び細菌又は真菌等の微生物の汚染作用に対して保護されなくてはならない。
【0090】
上記芳香族カチオン性ペプチド組成物は、担体を含むことができ、その担体は、例えば、水、エタノール、ポリオール(例えば、グリセリン、プロピレングリコール、及び液体ポリエチレングリコール等)、並びにそれらの適切な混合物を含む溶媒又は分散媒であってよい。例えば、レシチン等のコーティングの使用により、分散の場合には所望の粒子サイズを維持することにより、又は界面活性剤を使用することにより、適正な流動性を維持することができる。微生物の活動の防止は、例えば、パラベン、クロロブタノール、フェノール、アスコルビン酸、チオメルサール等の、さまざまな抗生物質及び抗真菌剤により達成される。多くの場合に、組成物中に、例えば、糖類、マンニトール、ソルビトール等のポリアルコール類、又は塩化ナトリウム等の等張剤を含むことが好適である。注射可能な組成物の長期間の吸収は、組成物中に、モノステアリン酸アルミニウム、又はゼラチン等の、吸収を遅延させる作用物質を含ませることで引き起こすことができる。
【0091】
無菌注射溶液は、所要量の活性化合物を、必要に応じて、上記で列挙された成分の1つ又は組み合わせとともに、適切な溶媒中に組み込み、続いてろ過滅菌することにより調製され得る。一般的に、分散液は、基本的な分散媒、及び上記で列挙した他の必要な成分を含む、無菌ビークルに組み込むことにより調製される。無菌注射溶液の調整のための可能な無菌粉末の場合は、調製の典型的な方法は、活性成分の粉末にすでにろ過滅菌された溶液からの追加的な所望の成分を加えたものの粉末を産生できる、真空乾燥、及び凍結乾燥を含む。
【0092】
経口的組成物は、一般的に不活性希釈剤又は食用担体を含む。経口的治療用投与の目的のために、賦形剤とともに活性化合物を組み込むことができ、さらに錠剤、トローチ、又はゼラチン・カプセル等のカプセルの形態で、該活性剤を用いることができる。経口的組成物は、口内洗浄液として使用される液体担体を用いても調製できる。薬学的に両立できる結合剤、及び/又は補助物質を組成物の一部分として含ませることができる。錠剤、ピル、カプセル、トローチ等は、同様の性質を有する以下の成分又は化合物のいずれかを含むことができる。すなわち、微結晶性セルロース、ガム・トラガカント又はゼラチン等の結合剤;でんぷん又はラクトース等の賦形剤;アルギン酸、プリモゲル(Primogel)、又はコーンスターチ等の崩壊剤;ステアリン酸マグネシウム、又はステロテス(Sterotes)等の潤滑剤;コロイド状二酸化ケイ素等の流動促進剤;ショ糖又はサッカリン等の甘味剤;又はペッパーミント、サリチル酸メチル、又は柑橘香味料等の香味料である。
【0093】
本明細書において記載される治療用化合物の全身的投与は、経粘膜的又は経皮的手段であってもよい。経粘膜的又は経皮的投与のために、浸透すべき障壁に適切な浸透剤を製剤中に用い得る。かかる浸透剤は一般的に当技術分野で公知であり、例えば、経粘膜的投与のためには、洗浄剤、胆汁塩、及びフシジン酸誘導体が挙げられる。経粘膜的投与は、スプレー式点鼻薬又は座薬の使用により達成され得る。経皮的投与のためには、当技術分野で公知のように、活性化合物は、軟膏剤(ointment)、軟膏(salve)、ジェル、又はクリームに製剤することができる。一実施形態では、経皮的投与はイオントフォレーゼにより実行できる。
【0094】
治療剤の投薬量、毒性、及び治療的有効性、例えば、LD50(個体数の50%が死亡する用量)、及びED50(個体数の50%において治療的に有効な用量)の決定は、標準的な薬学的手順により、細胞培養又は実験動物により決定できる。毒性及び治療効果の間の用量比が治療指数であり、LD50/ED50の比で表される。高い治療指数を示す化合物が好適である。毒性の副作用を示す化合物でも使用できるが、他の細胞の潜在的な損傷を最小化し、それにより副作用を軽減するために、影響を受けた組織の部位への該化合物の送達系を設計するためには、注意を払わねばならない。
【0095】
細胞培養検定及び動物試験から得られたデータは、ヒトでの使用量の範囲の策定に用い得る。かかる化合物の用量は、わずかな毒性を伴うか、又は毒性なしで、ED50を包含する血中濃度の範囲内にあることが好適である。この用量は。この範囲内で利用される投薬形態、及び投与経路に応じて変化することができる。本発明の方法において用いられるいずれの化合物についても、治療的に有効な用量は、最初に細胞培養検定において評価される。細胞培養において決定されたIC50(すなわち、症状の最大阻害の半分を達成する試験化合物の濃度)を包含する血漿濃度範囲を達成するために、動物モデルで用量が策定される。かかる情報は、ヒトにおいて有用な用量を、より正確に決定するために用いることが可能である。血漿中の濃度は、例えば、高速液体クロマトグラフィーにより決定できる。
【0096】
典型的には、治療的又は予防的効果を達成するのに十分な芳香族カチオン性ペプチドの有効量は、約0.000001mg/Kg体重/日〜約10,000mg/Kg体重/日の範囲にわたる。好ましくは、用量は約0.0001mg/Kg体重/日〜約100mg/Kg体重/日の範囲にわたる。例えば、用量は1日毎に、2日毎に、若しくは3日毎に1mg/Kg体重、若しくは10mg/Kg体重、又は1週間毎に、2週間毎に、若しくは3週間毎に1〜10mg/Kg体重の範囲にあってよい。一実施形態では、ペプチドの単回投与量の範囲は、0.1〜10,000μg/Kg体重の範囲にある。一実施形態では、芳香族カチオン性ペプチドの担体中濃度は、0.2〜2000μg/送達されるmL数の範囲にわたる。治療計画の一例では、1日又は1週に1回の投与がおこなわれる。その後、患者に対して、予防的投与をおこなうことができる。
【0097】
いくつかの実施形態では、芳香族カチオン性ペプチドの治療的に有効な量は、10-11〜10-6モル濃度、例えば、約10-7モル濃度の、標的組織におけるペプチドの濃度として定義されることができる。この濃度は、0.01〜100mg/Kg又は体表面積による等価な用量の、全身的投与量により送達されることができる。投薬スケジュールは、標的組織における治療濃度を維持するために最適化されることができ、最も好ましくは1日1回又は1週間に1回の投与であるが、連続投与(例えば、非経口的点滴又は経皮的塗布)も含むことができる。
【0098】
いくつかの実施形態では、芳香族カチオン性ペプチドの用量は、「低用量」、「中用量」、又は「高用量」のレベルで提供される。一実施形態では、低用量は、約0.001〜約0.5mg/Kg/h、好適には約0.01〜約0.1mg/Kg/hで提供される。一実施形態では、中用量は、約0.1〜約1.0mg/Kg/h、好適には約0.1〜約0.5mg/Kg/hで提供される。一実施形態では、高用量は、約0.5〜約10mg/Kg/h、好適には約0.5〜約2mg/Kg/hで提供される。
【0099】
当業者は、限定はされないが、疾患又は障害の重篤度、以前の治療、被験体の一般的健康状態及び/又は年齢、及び存在する他の疾患を含む特定の因子が、被験体を効果的に治療するために要求される用量、及びタイミングに影響し得ることを認識するであろう。さらに、本明細書において記載される、治療的組成物の治療的に有効量による被験体の治療は、単独の治療又は一連の治療を含むことができる。
【0100】
本発明にしたがって治療される哺乳動物は、例えば、ヒツジ、ブタ、ウシ、及びウマ等の家畜;イヌ及びネコ等のペット動物;ラット、マウス、及びウサギ等の実験動物等の任意の哺乳動物であってよい。好適な実施形態では、この哺乳動物はヒトである。
実施例
【0101】
本発明を以下の実施例によってさらにさらに説明するが、本発明がなんらかの限定を受けるものとは解釈すべきではない。
実施例1 SS−31はラットのモデルにおける熱傷後の代謝高進の軽減する
【0102】
代謝高進(HYPM)は熱傷後の代謝障害の顕著な症状である。エネルギー消費(EE)の増加は、基質酸化の加速と、全エネルギー生産に対する脂質酸化の寄与増大による燃料利用へのシフトとに、寄与している。ミトコンドリアは、基質の酸化が生じる細胞小器官である。熱傷の後にミトコンドリアの機能不全が起きる。それは、HYPMの発生と変化した基質酸化とに緊密に関係する。SS−31(D−Arg−2’,6’−ジメチルチロシン−Lys−Phe−NH2)はミトコンドリアに浸透し、ミトコンドリアの膨張を阻害し、さらに酸化による細胞死を低減するテトラペプチドである。この実施例では、熱傷後の全EEと、その後の基質酸化に対するSS−31ペプチドの潜在的機能とを試験した。
【0103】
SD(Sprague Dawley)ラットを、無作為に、偽の(sham)熱傷(SB)群と、生理食塩水治療を受けた熱傷(B)群と、及ペプチド治療を受けた熱傷(BP)群という3つ群に、振り分けた。外科的に、内頸静脈及び頚動脈内にカテーテルを留置した。B及びBP群の動物を、背部を1000Cの水に12秒間浸漬して急速輸液をおこなうことによって、全体表面積の30%にわたり、全層熱傷させた。BP群の動物に対して、SS−31静脈内注射(12時間毎に2mg/kg)を3日間おこなった(図1)。12時間にわたり、動物のEEを常にTSE間接熱量測定システム(TSE社(TSECo.)、ドイツ)によって監視した。
【0104】
実験結果を表7及び図2に示す。熱傷の3日後に、B群の動物はSB群の動物に比較して、VO2、VCO2及びEEの有意な増加を示した。SS−31治療は有意にVO2、VCO2及びEE(BP対BP<0.05)を低下させた。
表7.
【表11】

【0105】
この結果は、熱傷を受けたラットにおけるSS−31による治療は、熱傷により誘発されるHYPMを軽減することを示した。そのようなものとして、本発明の芳香族カチオン性ペプチドは、それを必要とする被験体の熱傷及び二次性合併症の治療法において有用である。
実施例2−SS−31はマウスにおける熱傷により誘発されるアポトーシスから肝臓を保護する
【0106】
全身性炎症反応症候群(SIRS)及び多臓器不全(MOF)は、重篤な熱傷患者において、罹患率および死亡率の主因である。この実施例では、マウス熱傷モデルでの肝臓障害に対する、本発明の芳香族カチオン性ペプチドの効果を試験した。6〜8週齢のオスC57BLマウスに対して、総体表面積(TBSA)の30%を熱傷させ、次いで毎日、生理食塩水又はSS−31ペプチド(5mg/Kg体重)を注射した。生ぬるい(〜37°C)水で処理した他は厳密に同じ処理を施した、体重的及び時間的に一致した偽熱傷群を、対照群とした(図3)。熱傷治療の1、3、及び7日後に肝組織を採取し、これを用いて、TUNEL法によるアポトーシスの検査、ウエスタン・ブロット法による活性化されたカスパーゼタンパク質濃度の検査、及び酵素反応検定によるカスパーゼ活性の検査をおこなった。
【0107】
熱傷は、検査された全ての日で、肝臓でのアポトーシスの速度を増加させたが、熱傷の7日後に最も劇的な増加が起きた。しかしながら、SS−31ペプチドによる治療は、アポトーシスを起こす細胞数を最小化し、その効果は熱傷の7日後に最も明白であった(図4)。ウエスタンブロット検定は、偽対照群に比較して、熱傷後のカスパーゼ−3の活性化形態のタンパク質濃度の、経時的な累進的増加を逆転させた(図5)。SS−31ペプチドは、偽熱傷の対照群に比較して、熱傷の3日及び7日後に、カスパーゼ−3タンパク質の活性型の濃度の増加を逆転させた。タンパク質濃度の変化と同様に、熱傷の7日後にカスパーゼ活性が顕著に増加したが、SS−31ペプチドによる治療は、カスパーゼ活性を、偽の対照群のものと統計的に異ならない水準まで低下させた(図6)。熱傷後の増加したカスパーゼ活性が、SS−31ペプチド治療により3日目に逆転されるという傾向があった(図6)。SS−31ペプチドで治療されたマウスでは、熱傷後のタンパク質酸化の減少も見られた(図7)。
【0108】
したがって、この研究によって、SS−31ペプチドが、熱傷に誘発されるカスパーゼのシグナル伝達経路の活性化を低下させることができるとともに、その後にマウスの肝臓のアポトーシスを軽減できる証拠が得られる。そのようなものとして、本発明の芳香族カチオン性ペプチドは、熱傷に続発する肝障害等の全身的臓器損傷を、予防又は治療する方法において有用である。
実施例3−SS−31は熱傷後の傷の収縮を防ぐ
【0109】
典型的には、熱傷の傷は深さ及び重篤度において不均一である。凝固した組織の周囲には、損傷が可逆的であり、並びに炎症及び免疫細胞により媒介される皮膚の微小血管系への損傷を予防できる可能性のある、大幅な部分がある。特に全層熱傷では、傷の収縮は、全層開放創のサイズを縮小する過程である。収縮の間に進行する張力及び皮下線維組織の形成は、特に傷が関節上の部位を含む場合には、関節の固定された屈曲部又は固定された延長部に変形部をもたらす。かかる合併症は、特に熱傷の治癒に関連する。組織の損傷がない場合には傷の収縮は起こらない;熱傷が全層で、及び傷の中に生存能力のある組織が残存していない場合に最大の収縮が起きる。この実施例は、本発明の芳香族カチオン性ペプチドの、傷の収縮を軽減又は予防する能力を実証する。
【0110】
SDラット(オス、300〜350g)に対して、熱傷(腰背部に対して65°Cの水により25秒間)の1時間前に、1mg(これは約3mg/Kgに相当する)のSS−31ペプチドの腹腔内投与によりにより前処理を施し、次いで局所治療(傷の表面に1mg)を行い、さらに、1mgのSS−31ペプチドを12時間毎に72時間にわたり、腹腔内投与した。熱傷の約3週間後まで、傷の観察をおこなった。一般的に、傷は固いかさぶたの外見を呈し、そしてこの実験の目的のために、傷のサイズの測定として、かさぶたの領域を定量化した。ペプチド治療群では、熱傷の8日以上後で、より遅い傷の収縮速度が観察された(ANOVAにより、p=0.06)(図8)。SS−31による治療は、傷の収縮を遅延させ、このことは、ペプチド治療を行わなかった動物と比較して、熱傷の重篤性がより少ないことを意味する。そのようなものとして、本発明の芳香族カチオン性ペプチドは、熱傷に伴う傷の治療の方法において有用である。
実施例4−SS−31は熱傷後の骨格筋機能不全を軽減する
【0111】
熱傷後の合併症の治療及び予防を実証するために、本発明の芳香族カチオン性ペプチドの試験を、哺乳動物の熱傷損傷のマウス・モデルを用いておこなった。熱傷での骨格筋ミトコンドリア機能不全の主因は、ミトコンドリアの反応性酸素種(ROS)の産生の高進、及びその結果としてのミトコンドリアのDNA(mtDNA)の損傷を経由する、酸化的リン酸化(OXPHOS)の異常から起因している可能性がある。この仮説は、熱傷に応答して、骨格筋ATP合成速度が有意に減少し、及びROS産生が増大することを示すデータから支持される。この連鎖は、骨格筋消耗及び悪液質を包含する熱傷の病態生理学に潜在する。したがって、この研究は、熱傷後の骨格筋機能不全の軽減のための、治療モダリティとしての芳香族カチオン性ペプチドの可能性を検討する。
【0112】
熱傷損傷のミトコンドリアの機能不全、及び小胞体ストレス(ER stress)への有害な影響を、芳香族カチオン性ペプチドが予防/軽減できるか否かを検討するために、臨床的に妥当なマウスの非致死的局所熱傷モデルを用いた。皮膚の局所熱傷(900C、3秒間)の直下の腓腹筋の酸化還元状態を、窒素酸化物EPRによって評価した。熱傷を受けたマウスの筋肉内の酸化還元状態が、熱傷後6時間で最も劇的な影響を受け、窒素酸化物還元の低速度により証明されるように、損なわれるという、知見が得られた(0日目の対照と比較して、P<0.05、n=4)(図8)。
【0113】
次に、熱傷前、及び熱傷の直後(それぞれ3mg/Kgの用量)に、腹腔内投与されたSS−31ペプチドの治療効果を試験した。6時間の時点で、窒素酸化物還元の速度がペプチド治療によって有意に増加した(強度対時間の曲線が低下させた、図9)。この効果は統計的に有意であり、熱傷の下部にある筋肉内の化的ストレスを、ペプチド治療が減少させることを示唆した。これらのデータは、本発明の芳香族カチオン性ペプチドが、骨格筋機能不全等の熱傷損傷の二次性合併症の予防又は治療において有用であることを示す。
実施例5−SS−31は熱傷損傷を治療し、及び熱傷後の組織損傷の連鎖を軽減する(予言的)
【0114】
熱傷損傷の治療を実証するために、哺乳動物の熱傷損傷のラット・モデルを用いて、本発明の芳香族カチオン性ペプチドを試験した。これらの実験の目的は、部分層熱傷損傷において、ミトコンドリア指向性抗酸化ペプチドSS−31が、傷の治癒を改善するか(すなわち、治癒を加速するか、又はより少ない瘢痕化を導くか)否かを決定することである。仮説は、SS−31が、最初の損傷から0〜48時間の時間枠において、熱傷損傷を拡大(深さ及び面積の両方において)させるアポトーシス、及び酸化的ストレス、微小血管の損傷等の他の有害な過程を防止するというものである。したがって、熱傷の傷の拡大を防止することにより、傷の治癒が早められ、より少ない瘢痕化を導き、治癒後のより良い外観が得られることが期待される。実施例3に示される結果は、傷の治癒におけるSS−31の保護的な効果と一致しており、及びSS−31が、ラットの部分層熱傷モデルでの傷の収縮を低下させることを示唆する。SS−31の治療がラット・モデルにおける熱傷による傷の治癒が早まるかどうかを試験するための、さらになる実験をおこなう。
【0115】
まず、SS−31が、熱傷のラット・モデルで傷の治癒を加速することが期待される。SDラットを無作為に3群にわける。すなわち、偽の熱傷(SB)群と、生理食塩水治療を受けた熱傷(B)群と、ペプチド治療を受けた熱傷(BP)群である。B及びBP群の動物は、背部を1000Cの水に12秒間浸漬し、急速輸液をすることにより、全体表面積の30%の全層熱傷を受ける。BP動物はSS−31(2mg/Kg、12時間毎)の静脈内注射を3日間にわたり受ける。傷の再上皮化、収縮、及び深さを、総合的な形態により、及び組織学的に21日間にわたり判定する。この目的のために、負傷後直ちに、動物の皮膚の傷の端と、そこから1cm離れた場所とに、黒いマークを付ける。21日間にわたり、傷をデジタル撮影し、さらに、傷の面積(かさぶたとして画成される)を測定するために、画像分析ソフトウエアを用いる。加えて、傷の部位から離れた場所のマークを、収縮の評価に用いる。
【0116】
選択した複数の時点で、傷を動物から採取する。主として、最初の48時間内に第II度から第III度の傷への変化が発生すると考えられるので、12、24、及び48時間にサンプルの採取をおこなう。加えて、傷の治癒過程への長期の影響を監視するために、2、7、14、及び21日目にサンプルの採取をおこなう。組織診断とH&E染色および三重染色のために、組織を固定および包埋し、さらに、傷の中心を通る切片を作成した。スライドを顕微鏡により視覚化した。
【0117】
第二に、部分層熱傷の全層熱傷への変化をSS−31が防止するか否かについて、分析により判断する。この目的のために、TUNEL染色及びカスパーゼ−3検定をおこなって、皮膚毛嚢においてアポトーシスが生じるかを判断する。0〜48時間の時点で得られた皮膚サンプルを、この目的のために用いる。正常な皮膚を「対照」サンプルとして用いる。TUNEL検定は、市販のキットを用いて、製造者の操作手順にしたがっておこなう。ウサギ抗活性化カスパーゼ−3抗体を用いる免疫蛍光法によって、スライド上の活性カスパーゼ−3を検出する。TUNEL及びカスパーゼ−3陽性の定量化を、高倍率のデジタル撮影画像上でおこなう。高倍率視野ごとの陽性細胞数を測定し、群間で比較する。
【0118】
第三に、傷の血流を評価するために、ドップラー・イメージングを用いて発光マッピングをおこなう。熱傷領域の内部及び外部の皮膚表面の血流分布を定量化するために、熱傷の2時間後に、動物の背部wp走査レーザー・ドップラー装置で画像化する。発光マッピングのために、100匹のSDラットを用いる。大きな(体表面積全体の30%を覆う)全層熱傷を80匹の動物の背部におわせる。これは十分に確立されたモデルである。動物を2群に分け、1群をSS−31で治療し、他の群はプラセボ(生理食塩水)処置による治療を施す。さらに分析するために、殺処分を行う4つの時点からなる4つのサブグループに、各群をさらにさらに分割する。殺処分に先立ち、発光イメージングをおこない、次いで安楽死させ、さらに、それに続いて組織学的研究用の皮膚組織サンプルを採取する。残りの20匹の動物に対して、「偽の熱傷」をおわせ、さらに、SS−31又は生理食塩水で処置する。対応する4つの時点の各々で、2匹の動物を安楽死させる。平均すると、10日間にわたり、各動物を別々のケージ内で10日間飼育する(動物施設での熱傷前の日を含む)。
【0119】
SS−31投与が傷の治癒を加速し、及び通常ラット・モデルで発生する熱傷の進行を軽減することが予想される。測定される結果は、傷の収縮、再上皮化の距離と同時に、細胞質及びコラーゲン組織等の、真皮において興味がもたれる任意の他の特徴を含む。TUNEL及びカスパーゼ−3陽性とともに、Ki67増殖抗原も評価される。血流(発光マッピングにより測定される)も測定される。対照ラット、及び熱傷を受けSS−31を投与されたラットとの比較が行われる。本発明の芳香族カチオン性ペプチドによる、熱傷損傷の治療の成功は、上記に列挙された、1つ以上の熱傷進行に付随するマーカーの低下により示される。
実施例6−SS−31は、日焼けから保護し、及び日焼けに続く組織損傷の進行を軽減する(予言的)
【0120】
この実施例では、哺乳動物モデルでの芳香族カチオン性ペプチドの日焼け保護の効果を試験する。ヒトと同様の皮膚特性を有する無毛マウスを、1週間にわたり、過剰なUV照射にさらす。被験対象を無作為に3群に振り分ける。すなわち、(i)熱傷−生理食塩水、(ii)熱傷−SS−31(4mg/Kg/日;低用量群)、および(ii)熱傷−SS−31(40mg/Kg/日;高用量群)である。1ml/Kg生理食塩水に溶解したペプチドを1日2回、7日間にわたり静脈内に投与する。
【0121】
投与が傷の治癒を加速し、通常モデルで生ずる日焼け損傷の進行を軽減することが予期される。測定結果には、傷の収縮、再上皮化の距離と同時に、細胞質及びコラーゲン組織等の、真皮において興味がもたれる任意の他の特徴が含まれる。TUNEL及びカスパーゼ−3陽性とともに、Ki67増殖抗原も評価する。血流(発光マッピングにより測定される)も測定する。対照ラットと、熱傷を受けSS−31を投与されたラットとの比較をおこなう。本発明の芳香族カチオン性ペプチドによる、日焼けによる損傷の治療または改善は、上記に列挙した熱傷進行に関連するマーカーの1つ以上で、減少がみられることによって、示される。
実施例7−SS−31は、熱傷により誘発される代謝高進を、褐色脂肪組織中のUCP−I発現の下方制御により軽減する
【0122】
代謝高進は、熱傷後の代謝障害の顕著な特徴である。ミトコンドリア機能不全は熱傷後に発症し、及び代謝高進の発生(及び変化した基質酸化)と緊密に関連する。ミトコンドリアを標的とするペプチド、SS−31、はミトコンドリア内に浸透し、ミトコンドリアの膨張を阻害し、及び酸化的な細胞死を低下させ、熱傷後の代謝高進を軽減することが示されている。脱共役タンパク質1(UCP−I)は、特に褐色脂肪組織において発現され、熱の産生に主要な役割を果たす。この実施例の目的は、UCP−Iの下方制御が、SS−31で治療された熱傷での代謝高進を軽減する主要な機構であることを解明することである。
【0123】
方法:SDラットを無作為に5群にわけた。すなわち、偽の熱傷(S)、生理食塩水治療をおこなう偽の熱傷(SSal)群、SS−31治療をおこなう偽の熱傷(SPep)群、生理食塩水治療をおこなう熱傷(BSal)群、及びSS−31治療をおこなう熱傷(BPep)群である。熱傷群では、総体表面積(TBSA)の30%に第III度の熱傷を生じさせるために、全身麻酔下で、動物の背部を1000Cの水に12秒間浸漬した。偽の熱傷の生成は、生ぬるい水に同様の方法で浸漬させておこなった。損傷後の蘇生のために、40mL/Kgの腹腔内生理食塩水注射を両群の動物におこなった。偽の熱傷又は熱傷に続いて、外科的に静脈カテーテルを右頸静脈に留置した。SS−31(2mg/Kg)又は生理食塩水をプライミングとして注射し、さらに、7日間浸透圧ポンプ(Durect、カリフォルニア州)を用いて点滴した(4mg/Kg/日)。S群は対照群を意味するもので、この群に対しては、全身麻酔、偽の熱傷又は熱傷、及びカテーテル留置をおこなわなかった。熱傷の6日後に24時間にわたり、TSE間接熱量測定法システム(TSECo.ドイツ)で、間接熱量測定法をおこなった。また、VO2、VCO2、及びエネルギー消費を6分ごとに記録した。間接熱量測定の後に、肩甲骨間の褐色脂肪組織を採取し、さらに、褐色脂肪組織中のUCP−I発現を、ウエスタン・ブロットにより評価した。
【0124】
結果:VO2、VCO2及びエネルギー消費は、BSal群でSSal群と比較して、有意に増加した(それぞれ、p=0.000、p=0.000及びp=0.000)。BPep群の動物では、BSal群と比較して有意に軽減した(それぞれ、p<0.01、p<0.05、及びp<0.05)。BSal群でのUCP−I発現は、SSal群での発現よりも、1.5倍高かった(p<0.05)。一方、BPep群では、BSal群と比較して、32%減少した(p=0.057)。
【0125】
これらの結果は、SS−31が褐色脂肪組織でのUCP−I発現の下方制御により、熱傷により誘発される代謝高進が軽減することを示している。そのようなものとして、本明細書において記載される芳香族カチオン性ペプチドは、熱傷を患う被験体の治療のための方法において有用である。
実施例8−SS−31は、マウス熱傷モデルでの熱傷に続いて、ATP合成速度を誘発する
【0126】
熱傷後の合併症の治療及び予防を実証するために、本発明の芳香族カチオン性ペプチドを、哺乳動物熱傷のマウス・モデルを用いて、試験した。熱傷での骨格筋ミトコンドリア機能不全の主因は、ミトコンドリアの反応性酸素種(ROS)の産生の高進、及びその結果としてのミトコンドリアのDNA(mtDNA)の損傷を経由する酸化的リン酸化(OXPHOS)の異常から起因している可能性がある。この仮説は、熱傷に応答して、骨格筋ATP合成速度が有意に減少し、及びROS産生が増大することを示すデータから支持される。このような進行は、骨格筋消耗及び悪液質を包含する熱傷の病態生理学の根底にあるものである。したがって、この研究は、熱傷後の骨格筋機能不全の軽減のための、治療モダリティとしての芳香族カチオン性ペプチドの可能性を検討する。
【0127】
この実施例は、臨床的に妥当な熱傷モデルにおいて、芳香族カチオン性ペプチドSS−31の効果を、生体内で、31PNMR、及び電子常磁性共鳴(EPR)を用いて評価するためのものである。その結果は、SS−31ペプチドが、熱傷の6時間後に、ミトコンドリアの酸化還元状態を回復することにより、ATP合成速度を誘発することを示している。
【0128】
材料及び方法:体重20〜25gの6週齢オスCD1マウスを、40mg/Kgのペントバルビタールナトリウムの腹腔内(i.p.)注射により、麻酔した。全てのマウスの左後肢を剃毛した。それぞれの熱傷用のマウスは、左後肢を900Cの水に3秒間浸漬して、総体表面積(TBSA)の3〜5%に対して非致死的熱湯損傷をあたえた。
【0129】
NMR分光法は、Padfieldら,Proc Natl Acad Sci USA 102:5368〜5373(2005)にその詳細が記載されている。手短に言えば、マウスを、熱傷群、熱傷+SS−31ペプチド群、対照群、及び対象+ペプチド群に、無作為に振り分けた。熱傷の30分前にSS−31ペプチド(3mg/Kg)を腹腔内に注射し、さらに、熱傷の直後に2回目の注射をおこなった。NMR実験では、Bruker Avanceコンソールを用いて、水平ボア磁石(プロトン周波数400MHz、21cm直径、Magnex Scientific)により測定をおこなった。リンのスペクトルを検出するために、90°のパルスを最適化した(繰り返し時間2秒、400平均、4,000データ・ポイント)。飽和90°選択的パルス列(持続時間36.534ms、帯域幅75Hz)に次いで、圧縮勾配(crushing gradient)を、γ−ATPのピークを飽和させるために用いた。同じ飽和パルス列を、無機リン酸(Pi)共鳴のダウンフィールドに、γ−ATP共鳴に対称的に、加えた。γ−ATP飽和の存在下で、反転回復パルス配列を用いて、PiのT1緩和時間及びホスホクレアチン(PCr)を測定した。断熱パルス(400スキャン、10KHzで掃引、4,000データ)を、152ms〜7651msの反転時間で、Pi及びPCrの反転に用いた。
【0130】
EPR分光法は、Khanら,“Burn Trauma in skeletal muscle results in oxidative stress as assessed by in vivo electron paramagnetic resonance” Mol Med Reports 1:813〜819(2008)にその詳細が記載されている。手短に言えば、マウスを熱傷群、熱傷+SS−31ペプチド群、及び対照群に無作為に振り分けた。熱傷後、0、3、6、24、及び48時間に、SS−31ペプチド(3mg/kg)を腹腔内注射した。EPR測定を、1.2−GHzEPR分光計によっておこなった。この分光計には、マイクロ波ブリッジと、特別に生体内実験のために設計された外部ループ共鳴装置とが具備されている。最適分光計パラメータは、入射マイクロ波出力が10mW、磁場中心が400ガウス、変調周波数が27kHzであった。筋肉のミトコンドリアの酸化還元状態を示す、静脈内に注入した窒素酸化物(150mg/Kg)の消失動態を、さまざまな時点で測定した。
【0131】
結果:熱傷後のさまざまな時間において、熱傷及び熱傷+ペプチド群の酸化還元状態を測定するために、EPRを用いた。図9は、熱傷の前後の腓腹筋中の窒素酸化物の還元を示すグラフである。これらの結果は、熱傷後6時間で、被験体が有意に上昇した酸化還元状態を経験することを示した。図10〜14は、熱傷の後の、0、3、6、24、及び48時間での、対照群、熱傷群、及び熱傷+ペプチド群の、腓腹筋中の窒素酸化物の還元を、それぞれ示すグラフである。EPRによると、熱傷の6時間後に、熱傷群及び熱傷+ペプチド群の酸化還元状態で、対照と比較して有意な減少が検出された(p<0.05)。また、熱傷群と比較して、熱傷+ペプチド群の酸化還元状態での有意な増加(回復)が検出された(p<0.05)(図15)。
【0132】
熱傷により6時間にATP合成速度の大幅な減少が引き起こされる(図11、表1)。ペプチドSS−31は、熱傷を受けたマウスにおいてATP合成速度の有意な増加を誘発し、及び対照群において統計的に有意ではない(non−statistically significant)増加を引き起こす。
表8.生体内31P−NMR飽和移動実験の結果
【表12】

【0133】
表8に示され、かつ図15に図示されるように、熱傷の6時間後のATP合成速度(Pi→γATP)は、熱傷を受けた(B)マウスで有意に低下し、またSS−31治療では、対照(C+P)及び熱傷を受けた(B+P)マウスの両方においてATP合成速度が有意に増大した。重要なことに、ATP合成速度は、熱傷を受けたのみのマウス(B)(P=0.0001)と比較して、熱傷を受け、かつSS−31を注射されたマウス(B+P)で、有意に増加した。さらに、ATPSS−31を注射されたマウスと比較すると、その増加は統計的に有意であった(P=0.006)(表9)。EPRによると対照と比較した、熱傷及び熱傷+SS−31群の酸化還元状態の優位な減少が検出され(p<0.05);さらに、熱傷単独群と比較して、熱傷+ペプチド群の酸化還元状態の優位な増加(回復)が観察された(p<0.05)(図12)。
表9.マウスの後肢骨格筋ATP合成速度(PCr→γATPの反応)についての生体内31P−NMR実験の結果
【表13】

【0134】
要約すれば、この結果は、SS−31が、おそらく、ミトコンドリアの酸化還元状態の回復を介して、又は熱傷の6時間後には下方制御される、ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体−γコアクティベーター−lβ(PGC−1β)を介して、ATP合成速度を誘発することを示している。Tzikaら,Int J Mol Med 21:201〜208(2008)を参照されたい。したがって、熱傷により引き起こされるミトコンドリアの機能不全は、SS−31ペプチドの投与で回復する。SS−31ペプチドの投与は、健常な対照マウスにおいてさえも、ATP合成速度を大幅に増加させる。これらのデータは、本発明の芳香族カチオン性ペプチドが、骨格筋機能不全等の熱傷の二次性合併症を、予防又は治療する方法において有用であることを示唆する。
実施例9−ミトコンドリアのアコニターゼ活性に対するSS−31の効果
【0135】
ミトコンドリアのアコニターゼは、TCA回路の一部であり、及びその活性は、直接TCAの流れに関係する。さらに、その活性はROSにより阻害され、したがって、それは、酸化的ストレスの指標と見なされる。ここに、われわれは、ミトコンドリアのアコニターゼ活性に対する熱傷の局所的及び全身的影響を、5%TBSAマウス熱傷モデルを用いて提示する。ミトコンドリアへのペプチド(SS−31)の効果も試験した。
【0136】
熱傷では、増加されたROS産生による、ミトコンドリアのアコニターゼ活性の減少したレベルが予期されるが、われわれの研究では、最も高い可能性として、熱傷により誘発された代謝高進に起因すると考えられる、熱傷中(局所熱傷影響)、及び熱傷を受けた肢の反対側(全身的熱傷影響)の両方で、増大したミトコンドリアのアコニターゼ活性を観察した(図16)。したがって、熱傷で生ずることが知られており、かつミトコンドリアのアコニターゼ活性を阻害し得る増大されたROS産生は、ミトコンドリアのアコニターゼ活性、そしてTCAの流れに関しては、既存の熱傷中の代謝高進に打ち勝つことができない。同様の観察は、完全なヒト、及び単離されたマウス骨格筋の運動/反復の収縮でも、これらの状態においてROSの増大が観察されるにも関わらず、示されている。減少されたATP合成速度を考えると、われわれは同じ熱傷モデルからの骨格筋においても観察しており、この結果は、この特定の代謝高進症候群においては、TCAは無意味であることを間接的に証明し得ると見なされる。
【0137】
これらの結果は、SS−31の熱傷を受けた動物への投与が、ミトコンドリアのアコニターゼ活性を対照のレベルまで下げ、したがって、熱傷を受け治療されなかった動物に比較して増大したATP合成速度により示唆されるように、SS−31が、たぶん、より効果的な好気性の呼吸に応えて、TCAの流れを回復させることを示唆している。
実施例10SS−31の単回投与は、マウス熱傷モデルでの熱傷に続くATP合成速度を誘導する。
【0138】
この実施例は、臨床的に妥当な熱傷モデルでの、芳香族カチオン性ペプチドSS−31の効果を、生体内で31PNMRを用いることにより評価した。結果は、SS−31ペプチドが熱傷後のミトコンドリアの酸化還元状態の回復を引き起こすことによりATP合成速度を誘導することを示した。
【0139】
6週齢のオスCDlマウス(20〜25g)を、40mg/Kgのペントバルビタールナトリウムの腹腔内(i.p.)注射により、麻酔した。全てのマウスの左後肢を剃毛した。それぞれの熱傷用のマウスは、左後肢を900Cの水に3秒間浸漬して、総体表面積(TBSA)の3〜5%に対して非致死的熱傷損傷をあたえた。
マウスを、熱傷(B)群、熱傷+SS−31(B+P)群、対照(C)群、及び対照+SS−31(C+P)群に、無作為に振り分けた。SS−31(3mg/kg)を、熱傷の30分前及び熱傷の直後に。腹腔内に注射した。熱傷を受けた動物の別の群に対しては、SS−31ペプチドの単回用量を熱傷の直後に投与した。
表10.生体内31P−NMR飽和移動実験の結果
【表14】

【0140】
結果を表10に示す。値は平均±SEであり;ΔM/MOは、飽和移動の結果としてのPi磁化における率の変化;Tlobsは、γATP飽和の間の観察された秒で表したPiのスピン格子緩和時間;ATP合成は、[Pi]xkとして計算;[Pi]はベースラインのNMRスペクトルから外挿されたPiの濃度であり、Pi及びγATPのピークを生物発光検定により測定されたATP濃度と比較するもの;kは(1/Tlobs)x(ΔM/MO)として計算;P値(対応のないスチューデントt−検定)は、実験群及び対照群の間の比較のためのもの;*は、SS−31ペプチドの単回用量(3mg/Kg)が熱傷の直後に動物に注射されたものである。したがって、表の最後の列は、熱傷後の単回用量のSS−31でさえも、ATP合成速度を正常化することを示している。これらのデータは、本発明の芳香族カチオン性ペプチドが、熱傷の二次性合併症の予防又は治療において有用であることを示している。
【0141】
本発明は、本発明の個々の態様を単に説明することを意図している、本願に記載された特定の実施形態の文言に限定されるものではない。当業者にとり明白であるように、本発明の趣旨及び範囲を逸脱することなく、その多くの修正及び変形が可能である。本明細書において列挙された事柄に加えて、本発明の範囲内のものと、機能的に等価な方法、及び組成物は、先行する記載から、当業者にとり明白であろう。かかる修正及び変形も添付された特許請求の範囲に包含されることが意図される。本発明は、かかる特許請求範囲が、権利を与えられるものに対する等価物の全範囲とともに、添付の特許請求範囲の文言によってのみ限定される。本発明は、もちろん変化することのできる、特定の方法、試薬、化合物、組成物又は生物学的システムに限定されるものでないことを理解されたい。本明細書において用いられた用語は、単に特定の実施形態を記載する目的のためのものであり、及び限定することを意図していないことも理解されたい。
【0142】
加えて、開示の特徴又は態様がマーカッシュ群として記載される場合、それにより該開示が該マーカッシュ群の、任意の個別の成員、又はその副群の成員に関して記載されていることを、当業者は理解するであろう。
【0143】
当業者により理解されるように、任意の及び全ての目的で、特に書面による明細書を提供することに関して、本明細書において開示される全ての範囲は、任意の並びに全ての可能な副範囲、及びその副範囲の組み合わせも包含する。任意の記載された範囲は、十分に記載するものとして容易に理解され、及び同じ範囲が、少なくとも等しい二分の一、三分の一、四分の一、五分の一、十分の一等に分解されることを可能にする。制限しない例として、本明細書において議論される各範囲は、容易にその下側の三分の一、真ん中の三分の一、及び上側の三分の一等に容易に分解され得る。さらに当業者には理解されることとして、「最大(up to)」、「少なくとも(at least)」、「以上(greater than)」、「以下(less than)」「その他(等)(and the like)」等は、上述したように、引用された数を含みとともに、続いて副範囲に分解され得る範囲を表す。最後に、当業者により理解されるであろうように、範囲はその個々の成員を含む。したがって、例えば、1〜3個の細胞を有する群は、1、2、又は3個の細胞を有する群のことをいう。同様に、1〜5個の細胞を有する群は、1、2、3、4、又は5個の細胞を有する群のことをいう等である。
【0144】
本明細書において引用された参照文献は、全ての目的で、あたかもそれぞれの個々の刊行物、特許、又は特許出願が、参照によりその全体が、特異的にかつ個別的に組み込まれるのと同じ程度で、全ての目的で、その全体が引用により本明細書に組み込まれる。
【0145】
他の実施形態は、以下の特許請求の範囲で説明される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱傷を患う哺乳動物の組織内でのTP合成速度を増大させる薬剤の製造における、式、D−Arg−2’6’−ジメチルチロシン−Lys−Phe−NH2を有するペプチド、又はその薬学的に許容される塩を含む化合物の使用であって、前記薬剤の投与に次いで、前記哺乳動物の組織内でのATP合成速度が、前記薬剤を投与されない、哺乳動物被験体由来の対照組織に比較して増大される、使用。
【請求項2】
前記薬剤が静脈内、経口的、皮下的、経皮的、腹腔内的、又は局所的に投与される、請求項2記載の使用。
【請求項3】
前記薬剤が、熱傷による損傷の前に、熱傷の損傷の前及び熱傷の損傷中に、又は熱傷の損傷の前、熱傷の損傷中、及び熱傷の損傷後に投与される請求項2に記載の使用。
【請求項4】
前記薬剤が、ATP合成速度を、ミトコンドリアの酸化還元状態を回復することにより増大させる、請求項2に記載の使用。
【請求項5】
前記薬剤が、ATP合成速度を、ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体−γコアクティベーター−1β(PGC−1β)タンパク質の発現又は活性を増大させることにより増大させる、請求項2に記載の使用。
【請求項6】
熱傷を受けた組織における傷の収縮を治療又は予防するための薬剤の製造における、式、D−Arg−2’6’−ジメチルチロシン−Lys−Phe−NH2を有するペプチド又はその薬学的に許容される塩を含む化合物の使用。
【請求項7】
前記薬剤が傷の収縮の発症に先立って投与される、請求項6に記載の使用。
【請求項8】
前記薬剤が傷の収縮中、及び/又は傷の収縮の発症後に投与される、請求項6に記載の使用。
【請求項9】
前記薬剤が静脈内的、経口的、皮下的、経皮的、腹腔内的、又は局所的に投与される、請求項6に記載の使用。
【請求項10】
熱傷の損傷に続発する骨格筋機能不全を、治療又は予防するための薬剤の製造における、式、D−Arg−2’6’−ジメチルチロシン−Lys−Phe−NH2を有するペプチド、又はその薬学的に許容される塩を含む化合物の使用。
【請求項11】
前記薬剤が、骨格筋消耗若しくは悪液質を含む、骨格筋機能不全を治療又は予防する、請求項10に記載の使用。
【請求項12】
前記薬剤が、熱傷の後、かつ骨格筋機能不全が発症する前に、投与される、請求項10に記載の使用。
【請求項13】
前記薬剤が、骨格筋機能不全の発症後に投与される、請求項10に記載の使用。
【請求項14】
前記薬剤が、静脈内的、経口的、皮下的、経皮的、腹腔内的、又は局所的に投与される、請求項10に記載の使用。
【請求項15】
被験体を熱傷から保護するための、又は熱傷の影響を軽減するための薬剤の製造における、式、D−Arg−2’6’−ジメチルチロシン−Lys−Phe−NH2を有するペプチド若しくはその薬学的に許容される塩を含む化合物の使用であって、前記化合物が熱傷の前にの前に投与される、化合物の使用。
【請求項16】
前記薬剤が静脈内的、経口的、皮下的、経皮的、腹腔内的、又は局所的に投与される、請求項15に記載の使用。
【請求項17】
前記薬剤が、日焼け若しくは放射線火傷を含む熱傷の影響から、保護するか又はその影響を軽減する、請求項15に記載の使用。
【請求項18】
前記薬剤が、日焼け又は放射線火傷の前に投与される、請求項17に記載の使用。
【請求項19】
前記薬剤が、日焼け又は放射線火傷の前及び後に投与される、請求項17に記載の使用。
【請求項20】
前記薬剤が、日焼け又は放射線火傷の前、その間に、及びその後に投与される、請求項17に記載の使用。
【請求項21】
前記薬剤が、日焼け又は放射線火傷の前に、局所的に投与される、請求項15に記載の使用。
【請求項22】
熱傷によって誘発される組織の損傷を軽減するための薬剤の製造における、式、D−Arg−2’6’−ジメチルチロシン−Lys−Phe−NH2を有するペプチド、又はその薬学的に許容される塩を含む化合物の使用。
【請求項23】
前記薬剤が、静脈内的、経口的、皮下的、経皮的、腹腔内的、又は局所的に投与される、請求項22に記載の使用。
【請求項24】
前記薬剤が、日焼け又は放射線火傷を含む熱傷に起因する組織の損傷の進行を軽減する、請求項22に記載の使用。
【請求項25】
前記薬剤が、局所的に投与される、請求項22に記載の使用。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate


【公表番号】特表2012−521355(P2012−521355A)
【公表日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−500991(P2012−500991)
【出願日】平成22年3月19日(2010.3.19)
【国際出願番号】PCT/US2010/027953
【国際公開番号】WO2010/120431
【国際公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【出願人】(593030244)ザ ジェネラル ホスピタル コーポレイション ディー ビー エイ マサチューセッツ ジェネラル ホスピタル (8)
【Fターム(参考)】