説明

熱物性測定装置および熱伝導イメージング装置

【課題】ある加熱位置を中心とした面内方向の熱拡散率を得ることができ、かつ加熱位置を中心とした熱の伝播のイメージそのものを得ることができる熱物性測定装置を提供する。
【解決手段】加熱レーザ2と、測温レーザ5と、加熱レーザビーム移動機構であるXYステージ11bと、測温レーザビームの試料表面からの反射光を検出する検出器13と、試料移動機構であるXYステージ11aと、前記試料表面の反射率の温度依存性を用いて試料表面の温度変化を検出する手段と、制御機器15とを備えた熱物性測定装置であって、制御機器15は、加熱レーザビームの試料表面に対する照射位置を固定しつつ、かつ、測温レーザビームの試料表面に対する照射位置を走査するようにXYステージ11a及びXYステージ11bを動作制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サーモリフレクタンス法を用いて熱浸透率や熱拡散率の測定および熱伝導の可視化を行う装置に関し、特に試料表面に加熱レーザを集光することで生じる熱の伝播を、測温レーザを試料の任意の位置に照射しその反射光を検出することで試料の熱物性値を算出および熱伝導の可視化を行う熱物性測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、試料の部分的な熱浸透率を測定する装置として熱物性顕微鏡がある。この装置は、周期的に変調した加熱レーザビームと一定光量の測温レーザビームを同軸にして顕微光学系を通して、金属の反射膜を施したサンプル表面に対し照射し、測温レーザビームの反射光強度から照射部位における厚さ方向の熱浸透率を測定する装置である。この測定装置では、顕微鏡光学系を用いることで高い空間分解能でレーザ照射直下の試料の熱物性値が得られる。
このような測定装置の例として、特許文献1に記載された微小領域熱物性測定装置は、測温レーザビームと周期変調された加熱レーザビームを顕微鏡光学系により試料表面のほぼ同一位置に集光し、両ビームの照射直下における厚さ方向の熱浸透率値を得る。
特許文献2に記載された熱物性測定装置では、測温光の照射位置が固定された状態で、偏向ミラーを用いて加熱光を偏向させ加熱光及び測温光の照射位置の相対位置関係を二次元的に様々な位置関係に変化させる光照射位置変更手段を備える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3294206号公報(特開2000−121585号)
【特許文献2】特許第4302662号公報(特開2006−317279号)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載の例では加熱光と測温光を試料面の同一箇所に照射するため、加熱位置から面内方向に熱が伝播する情報を得ることはできず、面内方向の熱物性値も得られない。
特許文献2に記載された熱物性測定装置では、測温光の照射位置を固定して加熱光の照射位置を変更することで試料の面方向の熱の伝播を測定することができるが、測温光を固定して加熱光の位置を動かすために、ある試料の一点を加熱したときにその周囲にどのように熱の伝播が起きるかを測定することはできない。また、加熱光を動かす毎に試料内の温度分布が変化するので、正確な測定を行うには試料内部の温度が定常状態に達するまで待つ必要がある。さらに、加熱光の位置変更は偏向ミラーによって測温光との光軸を僅かにずらすことで実現し、両光線の集光はひとつのレンズで行うため、変更可能な両照射位置の相対距離は集光に使用するレンズの視野内に限られる。なお、特許文献2の実施例においては、測温光の照射位置を変化させる場合の記載もあるが、その際には反射光の光軸のずれに起因する測温光測定器の変位操作が必要であるとされている。
本発明の目的は、前記の背景技術の問題点を解消し、ある加熱位置を中心とした面内方向の熱拡散率を得ることができ、かつ加熱位置を中心とした熱の伝播のイメージそのものを高分解能かつ広範囲に亘って得ることが可能な熱物性測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明の熱物性測定装置は、試料表面を点加熱するための加熱レーザビームを発する加熱レーザと、試料表面に集光する測温レーザビームを発する測温レーザと、加熱レーザビームを試料表面の任意の場所に照射するための加熱レーザビーム移動機構と、測温レーザビームの試料表面からの反射光を検出する手段と、試料をXY動作させるための試料移動機構と、前記試料表面の反射率の温度依存性を用いて試料表面の温度変化を検出する手段と、前記加熱レーザビーム移動機構と試料移動機構との動作を制御する制御手段とを備えた熱物性測定装置であって、前記制御手段は、加熱レーザビームの試料表面に対する照射位置を固定しつつ、かつ、測温レーザビームの試料表面に対する照射位置を走査するように加熱レーザビーム移動機構及び試料移動機構を動作制御することを特徴とする。
また、本発明の熱物性測定装置は、さらに、前記加熱レーザビーム移動機構と前記試料移動機構とは別々に配置されたXY移動機構からなり、前記制御機構は、両移動機構を連動して動作制御することにより、加熱レーザビームの試料表面に対する照射位置を固定しつつ、かつ、測温レーザビームの試料表面に対する照射位置を走査することを特徴とする。
このように、加熱レーザの照射位置の移動と試料の移動を同期することで、試料のある一点を加熱して試料内の温度分布が定常に達している状態を保ちつつ、測温レーザビームの照射位置を自由に変更することができ、加熱点を中心とした動径方向の熱拡散率の分布や加熱点からの熱の伝播の2次元的なイメージを得ることができる。また、加熱レーザの照射位置の移動と試料の移動に際して、測温レーザビームを照射して該測温レーザビームの反射強度を検出する部分は固定されているので別途光軸の調整を行う必要はない。さらに、2次元分布の測定できる範囲は前記の2つの移動機構の動作範囲まで可能である。
また、本発明の熱物性測定装置は、さらに、加熱レーザビームの光源としてレーザ強度が周期的に変調された周期変調レーザを用いた構成にある。
また、本発明の熱物性測定装置は、さらに、測温レーザビームの反射光強度変化に対する加熱レーザビームの変調周期との位相差および試料表面における加熱レーザビームの照射位置と測温レーザビームの照射位置との距離から熱物性値を算出する構成にある。
また、本発明の熱物性測定装置は、さらに、試料表面に金属薄膜を形成する構成にある。これにより、温度変化に対して反射率の変化が少ない材料や、本熱物性測定装置で使用するレーザ光源の波長に対して反射率が小さい材料などを試料とした場合に、良好な反射率の温度変化特性を有する金属膜を試料表面に施すことで測定が可能になる。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、前記加熱レーザビーム移動機構と前記試料移動機構が連動して動作することで、加熱レーザビームの試料表面に対する照射位置を固定した状態で、前記測温レーザビームの試料表面に対する照射位置を走査しつつ、測温レーザビームの照射位置毎の反射光を検出し、その測定結果の2次元分布を得ることが可能であり、これにより、試料のある一点を加熱して試料内の温度分布が定常に達している状態を保ちつつ、測温レーザビームの照射位置を自由に変更することができ、加熱点を中心とした動径方向の熱拡散率の分布や加熱点からの熱の伝播の2次元的なイメージを得ることができる。さらに、2次元分布の測定できる範囲は前記の2つの移動機構の動作範囲まで可能である。
また、走査時に、測温レーザおよび測温レーザビームの試料表面からの反射光を検出する手段は固定されたままで複雑構造を取る必要がないので、検出誤差が生じにくい。
本発明は、材料の熱拡散率の面内方向の均質性や異方性の評価に適応することができ、複合材料等を測定対象にした場合では熱の伝播の2次元的なイメージをもとに材料内の熱伝導のパスや熱抵抗の存在を可視化することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】本発明の熱物性測定装置の構成を示す概念図。
【図2】表面にMo100nmを施した合成石英ガラスに対して加熱レーザビームを照射したときの加熱レーザビーム照射位置周囲における測温レーザからの反射光の信号強度を示す図である。
【図3】表面にMo100nmを施した合成石英ガラスに対して加熱レーザビームを照射したときの加熱レーザビームの照射位置周囲における測温レーザからの反射光の位相値を示す図である。
【図4】図3中の一点鎖線部における位相値と距離との関係を示す図である(位相値の距離に対する傾きから熱拡散率が算出される)。
【発明を実施するための形態】
【0008】
図1は、本発明の実施形態に係る熱物性測定装置の概念図である。本発明の実施形態に係る熱物性測定装置は、加熱レーザ1、測温レーザ4、周波数発生器5、XYステージ11aおよび11b、検出器13、ロックインアンプ14、制御機器15等で概略構成される。
周波数発生器5から発した変調用信号により、加熱レーザ2から発した加熱レーザビームAは変調周波数fで強度の変調が行われる。前記加熱レーザビームAは、光ファイバ3によりXYステージ11bの固定部まで導かれ、集光レンズ10bによって試料1に照射される。加熱レーザ2は、例えば波長830nm、平均出力20mWの半導体レーザで構成される。
測温レーザ4は、例えば波長785nmの一定出力の半導体レーザで構成され、前記測温レーザ4から発した測温レーザビームBは、ペリクルハーフミラー6、1/2λ波長板7、偏光ビームスプリッタ8、1/4λ波長板を通り、集光レンズ10aにより試料1の測定部位に集光される。試料面の反射率は温度に依存して変化するため、反射した測温レーザビームCの強度は測定部位の温度に依存する。測定部位で反射された前記測定用レーザビームCは、照射方向とは逆に、集光レンズ10a、1/4λ波長板を通り、偏光ビームスプリッタ8により光軸を90度折り曲げられ、検出器13で検出される。前記検出器13で検出された信号は、ロックインアンプ14により前記加熱レーザビームの変調周波数fに同期した信号強度と位相の値が測定され、制御機器15によってXYステージ11aおよびXYステージ11bの位置より算出した測定点の座標とともにデータ記録がなされる。
加熱レーザビームAの試料1への照射位置の制御は、XYステージ11aとXYステージ11bの相対的な位置関係を調整することで実現される。
一方、加熱レーザビームAの試料1への照射位置を固定して、その周囲における2次元的な熱の伝播イメージを得る場合には、XYステージ11aおよび11bを同じ距離だけ動かすことで、試料1と加熱レーザビームAとの相対位置を固定したまま、測温レーザビームBの試料1に対する照射位置を自由に移動することができ、ある決められた座標だけ前記XYステージ11aおよび11bを移動した後に制御機器15による前記データ記録を繰り返すことで実現できる。
なお、別々に配置されたXY移動機構に代えて、試料移動機構の上に配置された加熱レーザビーム移動機構を用いて構成することもできる。
【実施例】
【0009】
図2は、試料として合成石英ガラスを用いて、スポット径15μm、変調周波数215Hzとして加熱レーザビームAを照射する一方で、前記スポット径周囲に測温レーザビームBを照射し試料面で反射された測温レーザビームCを検出器13で検出し、ロックインアンプ14により測定された反射光強度の2次元マッピングを測定した例である。図2の中心であるX=0μm、Y=0μmの位置に加熱レーザビームAの中心があり、図中には加熱レーザビームAの照射径および位置を点線で示した。また、測温レーザスポットBの試料面で集光されたスポット径は10μmである。前記合成石英ガラスは、使用するレーザの波長を透過するため、表面には反射膜として厚さ100nmのMo薄膜が施されている。前記Mo薄膜の反射率は温度にほぼ比例して変化するので、図2は前記加熱レーザビームAによって生じた合成石英ガラス表面の温度上昇の分布であり、加熱中心点からの熱の伝播イメージを可視化したものである。
【0010】
図3は、図2の測定と同時にロックインアンプ14で測定した位相値の2次元マッピングである。加熱レーザビームAの照射位置から離れるほど温度の周期の位相の遅れが生じ、この位相の変化量から面内方向の熱拡散率を求めることが可能である。なお、図3に示した位相の値は、中心位置を0radとした場合の変化を表しており、絶対値についてはここでは議論しない。
【0011】
図4は、図3の一点破線上のY座標値と位相値をプロットした図である。ここで、加熱レーザビームAにより試料1を周波数fで点加熱を行い、点加熱位置から距離r離れた測定点(測温レーザビームBの照射位置)における温度変化の周期を測定したとき、加熱レーザビームAの変調周期に対する温度変化の位相の遅れΔθは、次の式(1)の関係にある。
【0012】
【数1】

【0013】
ここで、αは試料1の熱拡散率である。
したがって距離rと位相の値をプロットしその傾きをhとすると、以下の式(2)及び式(3)関係が得られる。
【0014】
【数2】

【0015】
【数3】

【0016】
以上より、式(3)から試料1の熱拡散率が求めることができる。
図4のプロットの傾きから式(3)を用いて求めた合成石英ガラスの熱拡散率の測定値は、10.8×10−7/sであった。
【0017】
なお、本実施例においては微小な領域における測定例を示したが、本発明は試料のサイズや測定する領域の大小とは関係なく、適切な変調の周波数を使用することで(一般的に広い面積を評価する、また大きい熱拡散率の試料であるほど低い周波数を適応すべきである)、より大面積の測定にも適用可能である。
【0018】
以上のように、本発明によれば、面内方向の熱拡散率測定を試料の自由な部分を選んで実施することができ、さらには、加熱点の位置を試料の任意の場所を選んで固定し、その点からどのように熱が広がり伝わっていくかを2次元的なイメージとして測定することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明は、先端産業で広く用いられている材料の熱物性値を計測するために利用可能である。また、熱伝播のイメージ化技術は、熱物性的に不均質な材料で作製された複合材料などにおいて、組織構造と熱の伝播の関係を直接観察できることから材料の熱設計に有効に使用できる。
【符号の説明】
【0020】
1:試料
2:加熱レーザ
3:光ファイバ
4:周波数発生器
5:測温レーザ
6:ペリクルハーフミラー
7:1/2λ波長板
8:偏光ビームスプリッタ
9:1/4λ波長板
10a、10b:集光レンズ
11a、11b:XYステージ
12:加熱レーザビームカットフィルタ
13:検出器
14:ロックインアンプ
15:制御機器
16:CCDカメラ
A:加熱レーザビーム
B:測温レーザビーム(入射側)
C:測温レーザビーム(試料面で反射後)
D:変調信号

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料表面を点加熱するための加熱レーザビームを発する加熱レーザと、
試料表面に集光する測温レーザビームを発する測温レーザと、
加熱レーザビームを試料表面の任意の場所に照射するための加熱レーザビーム移動機構と、
測温レーザビームの試料表面からの反射光を検出する手段と、
試料をXY動作させるための試料移動機構と、
前記試料表面の反射率の温度依存性を用いて試料表面の温度変化を検出する手段と、
前記加熱レーザビーム移動機構と試料移動機構との動作を制御する制御手段とを備えた熱物性測定装置であって、
前記制御手段は、加熱レーザビームの試料表面に対する照射位置を固定しつつ、かつ、測温レーザビームの試料表面に対する照射位置を走査するように加熱レーザビーム移動機構及び試料移動機構を動作制御することを特徴とする熱物性測定装置。
【請求項2】
前記加熱レーザビーム移動機構と前記試料移動機構とは別々に配置されたXY移動機構からなり、前記制御機構は、両移動機構を連動して動作制御することにより、加熱レーザビームの試料表面に対する照射位置を固定しつつ、かつ、測温レーザビームの試料表面に対する照射位置を走査することを特徴とする熱物性測定装置。
【請求項3】
前記加熱レーザに周期変調レーザを用いることを特徴とする請求項1または2に記載の熱物性測定装置。
【請求項4】
前記測温レーザビームの反射光強度変化に対する加熱レーザビームの変調周期との位相差および前記試料表面における加熱レーザビームの照射位置と測温レーザビームの照射位置との距離から熱物性値を算出することを特徴とする請求項3に記載の熱物性測定装置。
【請求項5】
前記試料表面は、当該表面に金属薄膜が形成されたものであることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項記載の熱物性測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−145138(P2011−145138A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−5377(P2010−5377)
【出願日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「超ハイブリッド材料技術開発(ナノレベル構造制御による相反機能材料技術開発)」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】