説明

熱硬化型エポキシ樹脂組成物

【課題】アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系を含有する熱硬化型エポキシ樹脂組成物に、エポキシ成分として末端エポキシ樹脂を含有した場合でも、重合反応を停止することなく、低温速硬化することができるようにする。
【解決手段】アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系とエポキシ樹脂とを含有する熱硬化型エポキシ樹脂組成物に、アニオントラップ剤を併用する。アニオントラップ剤としては、芳香族フェノール誘導体が好ましい。具体的には、ビスフェノールS、ビスフェノールA、ビスフェノールF、4,4′−ジヒドロキシフェニルエーテル等を挙げることができる。アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系は、アルミニウムキレート剤とシランカップリング剤とから構成される。アルミニウムキレート剤としては、多官能イソシアネート化合物を界面重合させて得た多孔性樹脂に保持されてなる潜在性アルミニウムキレート硬化剤が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系を含有する熱硬化型エポキシ樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
熱硬化型エポキシ樹脂組成物は、各接着材料、成形材料等として汎用されており、その硬化触媒の一つとして、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系が知られている(非特許文献1及び2)。このアルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系は、カチオン型エポキシ硬化触媒として知られているが、実際には、以下の式に示すように、活性種としてカチオン種とアニオン種とが共存している系である。
【0003】
【化1】

【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】日本化学会誌, 1993(1),1−14
【非特許文献2】日本化学会誌, 1994(7),625−631
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、エポキシ樹脂のオキシラン環の開環重合反応は、カチオン種(求電子試薬)がオキシラン環の酸素をアタックし、一方、アニオン種(求核試薬)がオキシラン環の背面からβ位の炭素をアタックして開環させて進行する。ここで、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系におけるアニオン種であるシラノレートアニオンは、末端エポキシ樹脂のオキシラン環のβ位の炭素へアタックした場合、求核的に付加してしまい、結果的に重合反応を停止させてしまうという問題があった。このため、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系を用いて低温速硬化性の熱硬化型エポキシ樹脂組成物を構成しようとした場合には、熱硬化性のエポキシ成分として、オキシラン環の背面からβ炭素へのシラノレートアニオンの求核的付加が困難な構造を有するシクロヘキセンオキシド等の内部エポキシ化合物や内部エポキシ樹脂を使用せざるを得ず、末端エポキシ樹脂の使用が制限されるという問題があった。
【0006】
また、一方で、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系を配合した熱硬化型エポキシ樹脂組成物の硬化特性を高めることが求められており、そのために(a)硬化触媒系のアルミニウムキレート剤として高活性なものを使用すること、(b)硬化触媒量を増大させること、あるいは(c)マイクロカプセル化して潜在性を賦与された硬化触媒系の潜在性を弱めることが試みられた。
【0007】
しかし、上述の(a)の場合、高活性アルミキレート剤が空気中の水分と非常に反応し易いため、取扱性と保存安定性とが大きく低下するという問題があった。また、高活性アルミキレート剤と併用できるシランカップリング剤の構造が制限されるため、熱硬化型エポキシ樹脂組成物の特性設計(例えば、カップリング剤の官能基を利用して化学結合を形成すること)が困難になるという問題があった。
【0008】
また、上述の(b)の場合、熱硬化型エポキシ樹脂組成物自体のポットライフが短くなり、また、シランカップリング剤の使用量も増大し、結果的に硬化触媒系が希釈されるため、硬化型エポキシ樹脂組成物の硬化物の材料特性が低下するという問題があった。
【0009】
更に、上述の(c)の場合、熱硬化型エポキシ樹脂組成物中での一液保存安定性が低下し、しかもマイクロカプセルの耐溶剤性も低下するという問題があった。
【0010】
本発明は、以上説明した従来技術の問題点を解決しようとするものであり、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系を含有する低温速硬化性の熱硬化型エポキシ樹脂組成物のエポキシ成分として、末端エポキシ樹脂を使用できるようにすることを目的とする。また、上述の(a)〜(c)の場合に生ずる問題点を伴なわずに、熱硬化型エポキシ樹脂組成物の硬化特性(例えば、硬化性の増進、硬化時間の短縮、あるいはDSC測定における発熱ピークの低温化)を改善することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、熱硬化型エポキシ樹脂組成物においてアルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系にアニオントラップ剤を併用することにより、カチオン種のオキシラン環酸素へのアタックを阻害せず、シラノレートアニオンが末端エポキシ樹脂のオキシラン環のβ位の炭素に求核的に付加することを防止でき、それによりアルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系を含有する低温速硬化性の熱硬化型エポキシ樹脂組成物に末端エポキシ樹脂を使用できるようになることを見出し、本発明を完成させた。また、アニオントラップ剤として酸無水物を使用することにより、熱硬化型エポキシ樹脂組成物の硬化特性をいっそう改善することができることも見出し、本発明の好ましい態様を完成させた。
【0012】
即ち、本発明は、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系とエポキシ樹脂とを含有する熱硬化型樹脂組成物において、アニオントラップ剤を含有することを特徴とする熱硬化型エポキシ樹脂組成物を提供する。本発明においては、アニオントラップ剤として芳香族フェノール類を使用することが好ましい。また、熱硬化型エポキシ樹脂組成物の硬化特性を改善しようとする場合には、酸無水物を使用することが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系にアニオントラップ剤が併用されているので、カチオン種のオキシラン環の酸素へのアタックを阻害させずに、シラノレートアニオンの末端エポキシ樹脂のオキシラン環のβ位の炭素への求核的付加を防止できる。従って、本発明によれば、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系を含有する低温速硬化性の熱硬化型エポキシ樹脂組成物のエポキシ成分として、末端エポキシ樹脂を使用できる。
【0014】
特に、アニオントラップ剤として、酸無水物を使用した場合には、熱硬化型エポキシ樹脂組成物の硬化特性を改善することができる。具体的には、アルミキレート−シラノール触媒の硬化活性が向上し、硬化時間を短縮することができる。また、アルミキレート剤として潜在性のものを使用した場合には、硬化温度を低温化することができる。また、その硬化促進効果は、シクロヘキセンオキシドに代表される脂環式エポキシ樹脂だけでなく、汎用型エポキシ樹脂配合系にも適用範囲を拡大することができる。更に、いずれの配合系においても、アルミキレート−シラノール触媒を活性化するために必要な酸無水物の配合量は、アルミキレート剤と同量程度の触媒量でよいため、硬化樹脂の組成設計に影響を与えることが少ない。なお、酸無水物は元々ポットライフが長いため、潜在性アルミキレート硬化剤を用いれば、本硬化系は1液状態でも保存安定性に優れたものとなる。また、酸無水物は元々エポキシ樹脂の硬化剤でもあるので、熱硬化型エポキシ樹脂組成物の重合に組み込まれ、その樹脂組成物の硬化特性を低下させない。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1A】図1Aは潜在性硬化剤粒子の電子顕微鏡写真である。
【図1B】図1Bは図1Aの潜在性硬化剤粒子の中心付近の拡大電子顕微鏡写真である。
【図2】図2は実施例1、比較例1、2の熱硬化型のエポキシ樹脂組成物のDSC測定図である。
【図3】図3は実施例2〜4で調製した熱硬化型のエポキシ樹脂のDSC測定図である。
【図4】図4は実施例5〜8で調製した熱硬化型のエポキシ樹脂のDSC測定図である。
【図5】図5は実施例9〜11で調製した熱硬化型のエポキシ樹脂組成物のDSC測定図である。
【図6】図6は実施例12a〜12cで調製した熱硬化型のエポキシ樹脂組成物のDSC測定図である。
【図7】図7は実施例13a〜13cで調製した熱硬化型のエポキシ樹脂組成物のDSC測定図である。
【図8】図8は実施例14a〜14eで調製した熱硬化型のエポキシ樹脂組成物のDSC測定図である。
【図9】図9は実施例15a〜15dで調製した熱硬化型のエポキシ樹脂組成物のDSC測定図である。
【図10A】図10Aは部分ケン化PVA使用した場合の従来の潜在性硬化剤粒子の電子顕微鏡写真である。
【図10B】図10Bは完全ケン化PVA使用を使用した従来の潜在性硬化剤粒子の電子顕微鏡写真である。
【図11】図11は実施例16a〜16d及び対照例16で調製した熱硬化型のエポキシ樹脂組成物のDSC測定図である。
【図12】図12は実施例17a〜17cで調製した熱硬化型のエポキシ樹脂組成物のDSC測定図である。
【図13】図13は実施例18a〜18b及び対照例18で調製した熱硬化型のエポキシ樹脂組成物のDSC測定図である。
【図14】図14は実施例19及び対照例19で調製した熱硬化型のエポキシ樹脂組成物のDSC測定図である。
【図15】図15は実施例20a〜20eで調製した熱硬化型のエポキシ樹脂組成物のDSC測定図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系とエポキシ樹脂とを含有する熱硬化型エポキシ樹脂組成物であって、アニオントラップ剤を含有することを特徴とする。アニオントラップ剤は、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系から生ずるシラノレートアニオンを捕捉し、シラノレートアニオンが末端エポキシ樹脂のオキシラン環のβ位の炭素に求核的に付加することを防止し、一方、オキシラン環の酸素へのカチオン種のアタックを阻害しないので開環重合を進行させることができる。従って、末端エポキシ樹脂も開環重合させることが可能となる。
【0017】
本発明で使用し得るアニオントラップ剤としては、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系から生ずるシラノレートアニオンが末端エポキシ樹脂のオキシラン環のβ位の炭素に求核的に付加することを防止するが、開環重合反応を阻害しないように、シラノレートアニオンを捕捉し得るものを使用する。このようなアニオントラップ剤としては、芳香族性ヒドロキシル基を有する芳香族フェノール誘導体、芳香族性カルボキシル基を有する芳香族カルボン酸誘導体、芳香族性カルボニル基を有する芳香族ケトン誘導体などが挙げられる。これらの中でも、硬化性、保存安定性の点から芳香族フェノール誘導体を好ましく使用することができる。芳香族フェノール誘導体の具体例としては、以下に示すビスフェノールS、ビスフェノールA、ビスフェノールF、4,4′−ジヒドロキシフェニルエーテル等を挙げることができる。
【0018】
【化2】

【0019】
本発明の熱硬化型エポキシ樹脂組成物中のアニオントラップ剤の含有量は、少なすぎると硬化性が低下し、多すぎると保存安定性が低下するので、固形分換算で好ましくは0.5〜20重量%、より好ましくは5〜15重量%である。なお、“固形分換算”とは、熱硬化型エポキシ樹脂組成物を硬化処理した後の固形分を基準とする意味である。
【0020】
また、本発明の熱硬化型エポキシ樹脂組成物は、熱硬化型エポキシ樹脂組成物の硬化特性(例えば、硬化性の増進、硬化時間の短縮、あるいはDSC測定における発熱ピークの低温化)を改善する場合には、アニオントラップ剤として酸無水物を使用することが好ましい。
【0021】
酸無水物をアニオントラップ剤として使用することにより、アルミキレート−シラノール触媒から発生する重合停止反応種であるシラノレートアニオンを選択的に捕捉する。これによって、ブレンステッド酸の乖離を促進し、カチオン重合性を向上させることができる。換言すれば、硬化速度を速めることができる。
【0022】
なお、酸無水物は、以下の反応式に示すように、開環時にブレンステッド酸自体(H+)も捕捉してカルボン酸となるか、あるいはアニオン反応種となり、カチオン重合阻害を起こす可能性がある。従って、本発明の熱硬化型エポキシ樹脂組成物中のアニオントラップ剤としての酸無水物の含有量は、硬化触媒の配合量以下の量とすることが好ましい。
【0023】
【化3】

【0024】
酸無水物としては、無水酢酸、無水プロピオン酸、酪酸無水物、ヘキサン酸無水物、酢酸プロピオン酸無水物等の脂肪族カルボン酸無水物、コハク酸無水物、マレイン酸無水物等の脂肪族ジカルボン酸無水物、シクロヘキサン酸カルボン酸等の脂肪族環式カルボン酸無水物、安息香酸無水物等の芳香族カルボン酸無水物、フタル酸無水物等の芳香族ジカルボン酸無水物等が挙げられる。中でも、酸無水物が、無水酢酸、無水プロピオン酸、無水マレイン酸、無水フタル酸を好ましく使用することができる。
【0025】
本発明におけるアルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系は、アルミニウムキレート剤とシランカップリング剤とから構成されるものである。重合反応系にアルミニウムキレート剤とシランカップリング剤とを投入することにより、その系内で形成させてもよいが、あらかじめ混合して混合物として使用してもよい。
【0026】
アルミニウムキレート剤としては、従来より公知のものを使用することができるが、アルミニウムキレート剤を、多官能イソシアネート化合物を界面重合させて得た多孔性樹脂に保持させることにより潜在化させたもの(潜在性アルミニウムキレート硬化剤)を好ましく使用することができる。このように潜在化させると、この潜在硬化剤を熱硬化型エポキシ樹脂組成物に直接配合しても、即ち、一液化した状態でも、熱硬化型エポキシ樹脂組成物の貯蔵安定性を大きく向上させることができる。
【0027】
このような潜在性アルミニウムキレート硬化剤においては、アルミニウムキレート剤コアの周囲を多孔性樹脂のシェルで被覆した単純な構造のマイクロカプセルではなく、潜在性アルミニウムキレート硬化剤1の電子顕微鏡写真(図1A)とその中心付近の拡大電子顕微鏡写真(図1B)に示すように、多孔性樹脂マトリックス2中に存在する微細な多数の孔3にアルミニウムキレート剤が保持された構造となっている。
【0028】
ここで、本発明で使用できる潜在性アルミニウムキレート硬化剤1は、界面重合法を利用して製造されるため、その形状は球状であり、その粒子径は硬化性及び分散性の点から、好ましくは0.5〜100μmであり、また、孔3の大きさは硬化性及び潜在性の点から、好ましくは5〜150nmである。
【0029】
また、潜在性アルミニウムキレート硬化剤1は、使用する多孔性樹脂の架橋度が小さすぎるとその潜在性が低下し、大きすぎるとその熱応答性が低下する傾向があるので、使用目的に応じて、架橋度が調整された多孔性樹脂を使用することが好ましい。ここで、多孔性樹脂の架橋度は、微少圧縮試験により計測することができる。
【0030】
本発明で使用できる潜在性アルミニウムキレート硬化剤1は、その界面重合時に使用する有機溶剤を実質的に含有していないこと、具体的には、1ppm以下であることが、硬化安定性の点で好ましい。
【0031】
また、潜在性アルミニウムキレート硬化剤1における多孔性樹脂とアルミニウムキレート剤との含有量は、アルミニウムキレート剤含量が少なすぎると熱応答性が低下し、多すぎると潜在性が低下するので、多孔性樹脂100重量部に対しアルミニウムキレート剤を、好ましくは10〜200重量部、より好ましくは10〜150重量部である。
【0032】
この潜在性アルミニウムキレート硬化剤において、アルミニウムキレート剤としては、式(1)に表される、3つのβ−ケトエノラート陰イオンがアルミニウムに配位した錯体化合物が挙げられる。
【0033】
【化4】

【0034】
ここで、R1、R2及びR3は、それぞれ独立的にアルキル基又はアルコキシル基である。アルキル基としては、メチル基、エチル基等が挙げられる。アルコキシル基としては、メトキシ基、エトキシ基、オレイルオキシ基が挙げられる。
【0035】
式(1)で表されるアルミニウムキレート剤の具体例としては、アルミニウムトリス(アセチルアセトネート)、アルミニウムトリス(エチルアセトアセテート)、アルミニウムモノアセチルアセトネートビス(エチルアセトアセテート)、アルミニウムモノアセチルアセトネートビスオレイルアセトアセテート、エチルアセトアセテートアルミニウムジイソプロピレート、アルキルアセトアセテートアルミニウムジイソプロピレート等が挙げられる。
【0036】
多官能イソシアネート化合物は、好ましくは一分子中に2個以上のイソシアネート基、好ましくは3個のイソシアネート基を有する化合物である。このような3官能イソシアネート化合物の更に好ましい例としては、トリメチロールプロパン1モルにジイソシアネート化合物3モルを反応させた式(2)のTMPアダクト体、ジイソシアネート化合物3モルを自己縮合させた式(3)のイソシアヌレート体、ジイソシアネート化合物3モルのうちの2モルから得られるジイソシアネートウレアに残りの1モルのジイソシアネートが縮合した式(4)のビュウレット体が挙げられる。
【0037】
【化5】

【0038】
上記(2)〜(4)において、置換基Rは、ジイソシアネート化合物のイソシアネート基を除いた部分である。このようなジイソシアネート化合物の具体例としては、トルエン2,4−ジイソシアネート、トルエン2,6−ジイソシアネート、m−キシリレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、ヘキサヒドロ−m−キシリレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、メチレンジフェニル−4,4’−ジイソシアネートが挙げられる。
【0039】
このような多官能イソシアネート化合物を界面重合させて得られる多孔性樹脂は、界面重合の間にイソシアネート基の一部が加水分解を受けてアミノ基となり、そのアミノ基とイソシアネート基とが反応して尿素結合を生成してポリマー化するものであり、多孔性ポリウレアである。このような多孔性樹脂とその孔に保持されたアルミニウムキレート剤とからなる潜在性硬化剤は、硬化のために加熱されると、明確な理由は不明であるが、保持されているアルミニウムキレート剤が、潜在性硬化剤と併存しているシランカップリング剤や熱硬化型樹脂と接触できるようになり、硬化反応を進行させることができる。
【0040】
なお、潜在性アルミニウムキレート硬化剤の構造上、その最表面にもアルミニウムキレート剤が存在することになると思われるが、界面重合の際に系内に存在する水により不活性化し、アルミニウムキレート剤は多孔性樹脂の内部で保持されたものだけが活性を保持していることになり、結果的に得られる硬化剤は潜在性を獲得できたものと考えられる。
【0041】
潜在性アルミニウムキレート硬化剤は、アルミニウムキレート剤と多官能イソシアネート化合物とを揮発性有機溶剤に溶解させ、得られた溶液を、分散剤を含有する水相に投入し、加熱撹拌することにより界面重合させることを特徴とする製造方法により製造することができる。
【0042】
この製造方法においては、まず、アルミニウムキレート剤と多官能イソシアネート化合物とを揮発性有機溶剤に溶解させ、界面重合における油相となる溶液を調製する。ここで、揮発性有機溶剤を使用する理由は以下の通りである。即ち、通常の界面重合法で使用するような沸点が300℃を超える高沸点溶剤を用いた場合、界面重合の間に有機溶剤が揮発しないために、イソシアネート−水との接触確率が増大せず、それらの間での界面重合の進行度合いが不十分となるからである。そのため、界面重合させても良好な保形性の重合物が得られ難く、また、得られた場合でも重合物に高沸点溶剤が取り込まれたままとなり、熱硬化型樹脂組成物に配合した場合に、高沸点溶剤が熱硬化型樹脂組成物の硬化物の物性に悪影響を与えるからである。このため、この製造方法においては、油相を調製する際に使用する有機溶剤として、揮発性のものを使用する。
【0043】
このような揮発性有機溶剤としては、アルミニウムキレート剤と多官能イソシアネート化合物との良溶媒(それぞれの溶解度が好ましくは0.1g/ml(有機溶剤)以上)であって、水に対しては実質的に溶解せず(水の溶解度が0.5g/ml(有機溶剤)以下)、大気圧下での沸点が100℃以下のものが好ましい。このような揮発性有機溶剤の具体例としては、アルコール類、酢酸エステル類、ケトン類等が挙げられる。中でも、高極性、低沸点、貧水溶性の点で酢酸エチルが好ましい。
【0044】
揮発性有機溶剤の使用量は、アルミニウムキレート剤と多官能イソシアネート化合物の合計量100重量部に対し、少なすぎると潜在性が低下し、多すぎると熱応答性が低下するので、好ましくは100〜500重量部である。
【0045】
なお、揮発性有機溶剤の使用量範囲内において、揮発性有機溶剤の使用量を比較的多く使用すること等により、油相となる溶液の粘度を下げることができるが、粘度を下げると撹拌効率が向上するため、反応系における油相滴をより微細化かつ均一化することが可能になり、結果的に得られる潜在性硬化剤粒子径をサブミクロン〜数ミクロン程度の大きさに制御しつつ、粒度分布を単分散とすることが可能となる。油相となる溶液の粘度は1〜2.5mPa・sに設定することが好ましい。
【0046】
また、多官能イソシアネート化合物を乳化分散する際にPVAを用いた場合、PVAの水酸基と多官能イソシアネート化合物が反応してしまうため、副生成物が異物として潜在性硬化剤粒子の周囲を付着してしまったり(図10A:部分ケン化PVA使用時)、および粒子形状そのものが異形化してしまったりする(図10B:完全ケン化PVA使用時)。この現象を防ぐためには、多官能イソシアネート化合物と水との反応性を促進すること、あるいは多官能イソシアネート化合物とPVAとの反応性を抑制することが挙げられる。
【0047】
多官能イソシアネート化合物と水との反応性を促進するためには、アルミニウムキレート剤の配合量を多官能イソシアネート化合物の重量で好ましくは1/2以下、より好ましくは1/3以下とする。これにより、多官能イソシアネート化合物と水とが接触する確率が高くなり、PVAが油相滴表面に接触する前に多官能イソシアネート化合物と水とが反応し易くなる。
【0048】
また、多官能イソシアネート化合物とPVAとの反応性を抑制するためには、油相中のアルミニウムキレート剤の配合量を増大させることが挙げられる。具体的には、アルミニウムキレート剤の配合量を多官能イソシアネート化合物の重量で好ましくは等倍以上、より好ましくは1.0〜2.0倍とする。これにより、油相滴表面におけるイソシアネート濃度が低下する。さらに多官能イソシアネート化合物は水酸基よりも加水分解により形成されるアミンとの反応(界面重合)速度が大きいため、多官能イソシアネート化合物とPVAとの反応確率を低下させることができる。
【0049】
アルミニウムキレート剤と多官能イソシアネート化合物とを揮発性有機溶剤に溶解させる際には、大気圧下、室温で混合撹拌するだけでもよいが、必要に応じ、加熱してもよい。
【0050】
次に、この製造方法においては、アルミニウムキレート剤と多官能イソシアネート化合物が揮発性有機溶剤に溶解した油相溶液を、分散剤を含有する水相に投入し、加熱撹拌することにより界面重合させる。ここで、分散剤としては、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース、ゼラチン等の通常の界面重合法において使用されるものを使用することができる。分散剤の使用量は、通常、水相の0.1〜10.0質量%である。
【0051】
油相溶液の水相に対する配合量は、油相溶液が少なすぎると多分散化し、多すぎると微細化により凝集が生ずるので、水相100重量部に対し、好ましくは5〜50重量部である。
【0052】
界面重合における乳化条件としては、油相の大きさが好ましくは0.5〜100μmとなるような撹拌条件(撹拌装置ホモジナイザー;撹拌速度8000rpm以上)で、通常、大気圧下、温度30〜80℃、撹拌時間2〜12時間、加熱撹拌する条件を挙げることができる。
【0053】
界面重合終了後に、重合体微粒子を濾別し、自然乾燥することにより本発明の潜在性硬化剤を得ることができる。
【0054】
以上説明した潜在性アルミニウムキレート硬化剤の製造方法によれば、多官能イソシアネート化合物の種類や使用量、アルミニウムキレート剤の種類や使用量、界面重合条件を変化させることにより、潜在性硬化剤の硬化特性をコントロールすることができる。例えば、重合温度を低くすると硬化温度を低下させることができ、反対に、重合温度を高くすると硬化温度を上昇させることができる。
【0055】
上述したような潜在性アルミニウムキレート硬化剤は、従来のイミダゾール系潜在性硬化剤と同様の用途に使用することができ、好ましくは、シランカップリング剤とエポキシ樹脂と併用することにより、低温速硬化性の熱硬化型エポキシ樹脂組成物を与えることができる。
【0056】
熱硬化型エポキシ樹脂組成物におけるアルミニウムキレート剤の含有量、特に潜在性アルミニウムキレート硬化剤の含有量は、少なすぎると十分に硬化せず、多すぎるとその組成物の硬化物の樹脂特性(例えば、可撓性)が低下するので、熱硬化型エポキシ樹脂組成物中に固形分換算で、好ましくは0.5〜70重量%、より好ましくは1〜20重量%である。
【0057】
シランカップリング剤は、特開2002−212537号公報の段落0007〜0010に記載されているように、アルミニウムキレート剤、特に潜在性アルミニウムキレート硬化剤と共働してエポキシ樹脂のカチオン重合を開始させる機能を有する。このような、シランカップリング剤としては、分子中に1〜3の低級アルコキシ基を有するものであり、分子中に熱硬化型エポキシ樹脂の官能基に対して反応性を有する基、例えば、ビニル基、スチリル基、アクリロイルオキシ基、メタクリロイルオキシ基、エポキシ基、アミノ基、メルカプト基等を有していてもよい。なお、アミノ基やメルカプト基を有するカップリング剤は、アルミニウムキレート剤、特に潜在性アルミニウムキレート硬化剤がカチオン型硬化剤であるため、アミノ基やメルカプト基が発生カチオン種を実質的に捕捉しない場合に使用することができる。
【0058】
このようなシランカップリング剤の具体例としては、ビニルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、γ−スチリルトリメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−アクリロキシプロピルトリメトキシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、N−β−(アミノエチル)−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−β−(アミノエチル)−γ−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−クロロプロピルトリメトキシシラン等を挙げることができる。
【0059】
熱硬化型エポキシ樹脂組成物におけるシランカップリング剤の含有量は、少なすぎると低硬化性となり、多すぎるとその組成物の硬化物の樹脂特性(例えば、保存安定性)が低下するので、アルミニウムキレート剤、特に潜在性アルミニウムキレート硬化剤100重量部に対し50〜1500重量部、好ましくは300〜1200重量部である。
【0060】
本発明で使用する熱硬化型のエポキシ樹脂としては、シクロヘキセンオキシド等の内部エポキシ化合物や内部エポキシ樹脂のみならず、末端にオキシラン環を有する末端エポキシ樹脂を使用することができる。
【0061】
このような熱硬化型のエポキシ樹脂としては、液状でも固体状でもよく、エポキシ当量が通常100〜4000程度であって、分子中に2以上のエポキシ基を有するものが好ましい。例えば、ビスフェノールA型エポキシ化合物、フェノールノボラック型エポキシ化合物、クレゾールノボラック型エポキシ化合物、エステル型エポキシ化合物、脂環型エポキシ化合物等を好ましく使用することができる。また、これらの化合物にはモノマーやオリゴマーが含まれる。
【0062】
本発明の熱硬化型エポキシ樹脂組成物には、必要に応じてシリカ、マイカなどの充填剤、顔料、帯電防止剤などを含有させることができる。また、本発明の熱硬化型樹脂組成物には、数μmオーダーの粒径の導電性粒子、金属粒子、樹脂コア表面を金属メッキ層で被覆したもの、それらの表面を絶縁薄膜で更に被覆したもの等を、全体の1〜10質量%の配合量で配合することが好ましい。これにより、本発明の熱硬化型樹脂組成物を異方導電性接着ペースト、異方導電性フィルムとして使用することが可能となる。
【0063】
本発明の熱硬化型エポキシ樹脂組成物は、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系(例えば、アルミニウムキレート剤(特に潜在性アルミニウムキレート硬化剤)とシランカップリング剤とからなる触媒系)、熱硬化型のエポキシ樹脂及び必要に応じて添加される他の添加剤とを、常法に従って均一に混合撹拌することにより製造することができる。
【0064】
このようにして得られた本発明の熱硬化型エポキシ樹脂組成物は、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系に加えてアニオントラップ剤を含有しているので、カチオン種のオキシラン環の酸素へのアタックを阻害させずに、シラノレートアニオンの末端エポキシ樹脂のオキシラン環のβ位の炭素への求核的付加を防止できる。従って、本発明によれば、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系を含有する低温速硬化性の熱硬化型エポキシ樹脂組成物のエポキシ成分として、末端エポキシ樹脂を使用できる。特に、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系を構成するアルミニウムキレート剤を潜在化させ、潜在性アルミニウムキレート硬化剤として使用すると、熱硬化型エポキシ樹脂組成物を一剤型とした場合でも、保存安定性に優れたものとなる。また、潜在性アルミニウムキレート硬化剤がシランカップリング剤と共働して、熱硬化型のエポキシ樹脂を低温速硬化でカチオン重合させることができる。
【実施例】
【0065】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。
【0066】
参考例1
蒸留水800重量部と、界面活性剤(ニューレックスR−T、日本油脂(株))0.05重量部と、分散剤としてポリビニルアルコール(PVA−205、(株)クラレ社)4重量部とを、温度計を備えた3リットルの界面重合容器に入れ、均一に混合した。この混合液に、更に、アルミニウムモノアセチルアセトネートビス(エチルアセトアセテート)の24%イソプロパノール溶液(アルミニウムキレートD、川研ファインケミカル(株))11重量部と、メチレンジフェニル−4,4’−ジイソシアネート(3モル)のトリメチロールプロパン(1モル)付加物(D−109、三井武田ケミカル(株))11重量部とを、酢酸エチル30重量部に溶解した油相溶液を投入し、ホモジナイザー(11000rpm/10分)で乳化混合後、60℃で一晩界面重合させた。
【0067】
反応終了後、重合反応液を室温まで放冷し、界面重合粒子を濾過により濾別し、自然乾燥することにより粒径10μm程度の球状の潜在性アルミニウムキレート硬化剤を20重量部得た。
【0068】
実施例1
エポキシ樹脂(脂環式エポキシ化合物(CEL2021P、ダイセル化学工業(株)):末端エポキシ樹脂(ナフタレン型エポキシ樹脂、HP−4032D、ジャパンエポキシレジン社)=70:30(重量比))100重量部、アニオントラップ剤(ビスフェノールS、BPS−24C、日華化学社)13重量部、アクリロイルオキシ型シランカップリング剤(KBM5103、信越化学工業社)12重量部、及び参考例1で得られた潜在性アルミニウムキレート硬化剤2重量部とを、均一に混合することにより実施例1の熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0069】
比較例1
アニオントラップ剤を使用しない以外は、実施例1と同様の操作を繰り返すことにより比較例1の熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0070】
比較例2
アクリロイルオキシ型シランカップリング剤と潜在性アルミニウムキレート硬化剤とから構成されるアルミニウムキレート−シラノレート硬化触媒系を使用しない以外は、実施例1と同様の操作を繰り返すことにより、比較例2の熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0071】
得られた実施例1、比較例1、2の熱硬化型のエポキシ樹脂組成物を、示差熱分析装置(DSC)(DSC6200、セイコーインスツルメント(株))を用い、5℃/分という加熱条件で熱分析した。得られた結果を図2(DSC測定図)に示す。ここで、潜在性硬化剤の硬化特性に関し、発熱開始温度は硬化開始温度を意味しており、発熱ピーク温度は最も硬化が活性となる温度を意味しており、発熱終了温度は硬化終了温度を意味しており、そしてピーク面積は発熱量を意味している。
【0072】
図2に示すように、比較例2の結果から、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系を使用せずに、アニオントラップ剤を使用した場合には、反応性が非常に低いことがわかる。また、比較例1の結果から、アニオントラップ剤を使用せずに、アルミニウムキレート−シラノレート硬化触媒系を使用した場合、末端エポキシ樹脂混在系に対しては、依然として反応性が不十分であることがわかる。それに対し、実施例1の結果から、アルミニウムキレート−シラノレート硬化触媒系とアニオントラップ剤とを併用すると、末端エポキシ樹脂を含有する場合でも、低温速硬化性を実現していることが分かる。
【0073】
実施例2〜4
ナフタレン型エポキシ樹脂(HP−4032D)に代えて、末端エポキシ樹脂として、ビスフェノールF型エポキシ樹脂(EP807、ジャパンエポキシレジン社)、ビスフェノールA型エポキシ樹脂(EP828EL、ジャパンエポキシレジン社)、ビスフェノールA型エポキシ樹脂(EP825、ジャパンエポキシレジン社)を、それぞれ使用すること以外は、実施例1と同様の操作を繰り返すことにより、実施例2〜4の熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0074】
得られた実施例2〜4の熱硬化型のエポキシ樹脂組成物を、実施例1と同様に示差熱分析した。得られた結果を表1と図3とに示す。併せて実施例1の熱硬化型のエポキシ樹脂組成物の熱分析結果を表1と図3に示す。
【0075】
【表1】

【0076】
表1と図3に示すように、いずれの末端エポキシ樹脂に対しても、30mW以上の発熱ピーク強度を示し、十分に硬化していることが分かる。なお、ビスフェノールA型エポキシ樹脂においては、エポキシ当量の大きいEP828ELを使用した場合(実施例3)の方が、速硬化性を示していることが分かる。
【0077】
実施例5〜8
脂環式エポキシ化合物と末端エポキシ樹脂との重量比を、60:40(実施例5)、50:50(実施例6)、40:60(実施例7)、30:70(実施例8)とすること以外は、実施例1と同様の操作を繰り返すことにより、実施例5〜8熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0078】
得られた実施例5〜8の熱硬化型のエポキシ樹脂組成物を、実施例1と同様に示差熱分析した。得られた結果を表2と図4とに示す。併せて実施例1の熱硬化型のエポキシ樹脂組成物の熱分析結果を表2と図4に示す。
【0079】
【表2】

【0080】
表2と図4に示すように、ナフタレン型末端エポキシ樹脂を6割配合したときでも115℃での発熱ピーク強度30mW以上(低温速硬化性)を達成することができたことがわかる。
【0081】
実施例9〜11
脂環式エポキシ化合物と末端エポキシ樹脂との重量比を、60:40(実施例9)、50:50(実施例10)、40:60(実施例11)とすること以外は、実施例2と同様の操作を繰り返すことにより、実施例9〜11熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0082】
得られた実施例9〜11の熱硬化型のエポキシ樹脂組成物を、実施例1と同様に示差熱分析した。得られた結果を表3と図5とに示す。併せて実施例2の熱硬化型のエポキシ樹脂組成物の熱分析結果を表3と図5に示す。
【0083】
【表3】

【0084】
表3と図5に示されているように、ビスフェノールF型末端エポキシ樹脂を4割配合したときでも117℃での発熱ピーク強度30mW以上(低温速硬化性)を達成することができたことがわかる。
【0085】
以上の実施例1〜11の結果から、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系とビスフェノールタイプのアニオントラップ剤との併用により、アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系だけでは困難であった、末端エポキシ樹脂を低温速硬化することが可能となることがわかる。また、アニオントラップ剤の配合量は、エポキシ樹脂100重量部に対して1割程度で十分であることがわかる。
【0086】
実施例12a〜12c
エポキシ樹脂(脂環式エポキシ化合物(CEL2021P、ダイセル化学工業(株)):末端エポキシ樹脂(ナフタレン型エポキシ樹脂、HP−4032D、ジャパンエポキシレジン社)=70:30(重量比))100重量部、アニオントラップ剤(ビスフェノールS、日華化学社; ビスフェノールA、三井化学社; ビスフェノールF−M(9%多核体)、三井化学社; 4,4′−ジヒドロキシフェニルエーテル、東京化成工業社)13重量部、アクリロイルオキシ型シランカップリング剤(KBM5103、信越化学工業社)12重量部、及び参考例1で得られた潜在性アルミニウムキレート硬化剤2重量部とを、均一に混合することにより実施例1の熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0087】
得られた実施例12a〜12cの熱硬化型のエポキシ樹脂組成物を、実施例1と同様に示差熱分析した。得られた結果を表4と図6とに示す。併せて実施例1の熱硬化型のエポキシ樹脂組成物の熱分析結果を表4と図6に示す。
【0088】
【表4】

【0089】
表4と図6に示されているように、末端エポキシ樹脂としてナフタレン型エポキシ樹脂を使用した場合には、アニオントラップ剤の中でもビスフェノールSが最も好ましい結果を与えることが分かる。
【0090】
実施例13a〜13c
ナフタレン型エポキシ樹脂(HP−4032D)に代えて、末端エポキシ樹脂として、ビスフェノールF型エポキシ樹脂(EP807、ジャパンエポキシレジン社)すること以外は、実施例12a〜12cと同様の操作を繰り返すことにより、実施例13a〜13cの熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0091】
得られた実施例13a〜13cの熱硬化型のエポキシ樹脂組成物を、実施例1と同様に示差熱分析した。得られた結果を表5と図7とに示す。併せて実施例2の熱硬化型のエポキシ樹脂組成物の熱分析結果を表5と図7に示す。
【0092】
【表5】

【0093】
表5と図7に示されているように、末端エポキシ樹脂としてビスフェノールF型エポキシ樹脂を使用した場合には、アニオントラップ剤の中でもビスフェノールSが最も好ましい結果を与えることが分かる。
【0094】
実施例14a〜14e
エポキシ樹脂(脂環式エポキシ化合物(CEL2021P、ダイセル化学工業(株)):末端エポキシ樹脂(ビスフェノールF型エポキシ樹脂、EP807、ジャパンエポキシレジン社)=50:50(重量比))100重量部、アニオントラップ剤(ビスフェノールS、日華化学社)13重量部、アクリロイルオキシ型シランカップリング剤(KBM5103、信越化学工業社)12重量部、及び参考例1で得られた潜在性アルミニウムキレート硬化剤2重量部とを、均一に混合することにより実施例14の熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0095】
得られた熱硬化型エポキシ樹脂組成物を、50℃、60℃、70℃又は80℃で3時間という条件で予備加熱し、その後、実施例1と同様に熱分析を行った。得られた結果を表6と図8に示す。
【0096】
【表6】

【0097】
表6と図8に示されているように、予備加熱すると発熱ピーク強度が増大する傾向があり、特に60〜70℃に予備加熱することが好ましいことがわかる。この効果は、明確ではないが、予備加熱処理によりビスフェノール誘導体が末端エポキシ樹脂のオキシラン環のβ位の炭素へ事前付加したためであると考えられる。
【0098】
実施例15a〜15d
アニオントラップ剤として、日華化学社のビスフェノールS(BPS−24C、純度95%)に代えて、小西化学工業社のビスフェノールS(24BS、純度99%以上)を使用すること以外は、実施例14a、14c〜14eの操作を繰り返すことにより、実施例15a〜15dの熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0099】
得られた熱硬化型エポキシ樹脂組成物について、実施例14a、14c〜14eと同様に熱分析を行った。得られた結果を表7と図9とに示す。
【0100】
【表7】

【0101】
表7と図8に示すように、純度の高いアニオントラップ剤を使用すると、好ましい予備加熱温度範囲が、60〜70℃(表6参照)から70〜80℃に上昇し、しかも発熱ピーク強度も増大していることがわかる。
【0102】
実施例16a〜16d、対照例16
エポキシ樹脂(脂環式エポキシ化合物(CEL2021P、ダイセル化学工業(株))90重量部、アクリロイルオキシ型シランカップリング剤(KBM5103、信越化学工業社)12重量部、アルミキレート剤(アルミキレートD、川研ファインケミカル社)2重量部及びアニオントラップ剤としての酸無水物(表8に示す種類)1重量部を、均一に混合することにより実施例16a〜16d及び対照例16(但し、酸無水物は使用せず)の熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0103】
得られた熱硬化型エポキシ樹脂組成物について、実施例1と同様に熱分析を行った。得られた結果を表8と図11とに示す。
【0104】
【表8】

【0105】
表8と図11に示すように、酸無水物を配合した実施例16a〜16dの場合、いずれも硬化時発熱ピーク強度が大きくなった(即ち、速硬化性が増大した)。この中で、無水フタル酸を配合した実施例16dの場合のみ、硬化温度が高温側にシフトした。この原因としては、酸無水物のカルボニル炭素のアニオン攻撃の受け易さが影響していると考えられる。因みに25℃における酸無水物の加水分解半減期は、無水マレイン酸の場合が0.37分であるのに対し、無水フタル酸の場合が1.5分であった。
【0106】
実施例17a〜17c
エポキシ樹脂(脂環式エポキシ化合物(CEL2021P、ダイセル化学工業(株))90重量部、アクリロイルオキシ型シランカップリング剤(KBM5103、信越化学工業社)12重量部、アルミキレート剤(アルミキレートD、川研ファインケミカル社)2重量部及びアニオントラップ剤としての無水マレイン酸の所定量(表9参照)を、均一に混合することにより実施例17a〜17cの熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0107】
得られた熱硬化型エポキシ樹脂組成物について、実施例1と同様に熱分析を行った。得られた結果を表9と図12とに示す。
【0108】
【表9】

【0109】
表9と図12に示すように、無水マレイン酸の配合量は、触媒量のアルミキレート剤に対し、同量(実施例17a)、2倍量(実施例17b)、4倍量(実施例17c)と増加するにつれて、硬化温度が上昇したことが解る。これは、酸無水物が過剰になると、カチオン触媒であるブレンステッド酸自体の捕捉性も大きくなり、反応速度が低下すると考えられるからである。なお、これらの結果から、無水マレイン酸の配合量は、触媒量のアルミキレート剤に対し好ましくは同量以下であることが解る。
【0110】
実施例18a〜18b、対照例18
エポキシ樹脂(脂環式エポキシ化合物(CEL2021P、ダイセル化学工業(株))90重量部、アクリロイルオキシ型シランカップリング剤(KBM5103、信越化学工業社)12重量部、潜在性硬化型のアルミキレート剤(特開平2006−070051号の段落0053〜0054に記載の実施例1の潜在性アルミキレート硬化剤)2重量部及びアニオントラップ剤としての無水マレイン酸の所定量(表10参照)を、均一に混合することにより実施例18a〜18b及び参照例18の熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0111】
得られた熱硬化型エポキシ樹脂組成物について、実施例1と同様に熱分析を行った。得られた結果を表10と図13とに示す。
【0112】
【表10】

【0113】
表10と図13に示すように、無水マレイン酸を配合することにより、潜在性アルミキレート硬化剤の発熱ピーク温度が低下したことが解る。特に、無マレイン酸を4重量部配合した実施例18bの場合には発熱ピーク温度を約10℃も低下させることができた。この理由は、硬化触媒であるブレンステッド酸(H+)の初期発生量が酸無水物を配合することにより大きくなったためであると考えられる。即ち、重合停止反応種であるシラノレートアニオンを捕捉するため、酸の解離性が大きくなると考えられる。
【0114】
実施例19、対照例19
エポキシ樹脂(脂環式エポキシ化合物(CEL2021P、ダイセル化学工業(株)):末端エポキシ樹脂(ビスフェノールF型エポキシ樹脂、EP807、ジャパンエポキシレジン社)=50:50(重量比))90重量部、アクリロイルオキシ型シランカップリング剤(KBM5103、信越化学工業社)12重量部、アルミキレート剤(アルミキレートD、川研ファインケミカル社)2重量部及びアニオントラップ剤としての無水酢酸1重量部を、均一に混合することにより実施例19及び対照例19(但し、無水酢酸は使用せず)の熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0115】
得られた熱硬化型エポキシ樹脂組成物について、実施例1と同様に熱分析を行った。得られた結果を表11と図14とに示す。
【0116】
【表11】

【0117】
アルミキレート−シラノール系触媒はカチオン触媒であるため、通常はシクロヘキセンオキシド型の脂環式エポキシ樹脂以外の硬化性に適していないものであるが、表11と図14に示すように、無水酢酸を配合することで、ビスフェノールF型エポキシ樹脂を配合した汎用型エポキシ樹脂配合系に対しても、発熱ピーク強度を大きくし、硬化時間を短くすることができ、硬化促進効果があることが解る。
【0118】
実施例20a〜20e
エポキシ樹脂(脂環式エポキシ化合物(CEL2021P、ダイセル化学工業(株)):末端エポキシ樹脂(ビスフェノールF型エポキシ樹脂、EP807、ジャパンエポキシレジン社)=50:50(重量比))90重量部、アクリロイルオキシ型シランカップリング剤(KBM5103、信越化学工業社)12重量部、アルミキレート剤(アルミキレートD、川研ファインケミカル社)2重量部及びアニオントラップ剤としての無水酢酸(表12の配合量)を、均一に混合することにより実施例20a〜20eの熱硬化型エポキシ樹脂組成物を調製した。
【0119】
得られた熱硬化型エポキシ樹脂組成物について、実施例1と同様に熱分析を行った。得られた結果を表12と図15とに示す。
【0120】
【表12】

【0121】
表12及び図15に示すように、汎用型エポキシ樹脂配合系のおいては、無水酢酸の配合量が増大(特に4重量部以上配合した場合に顕著)するにつれ、100℃以上の高温領域に二つ目の発熱ピークが生じることが解る(図15の一点破線で囲った部分)。なお、発熱ピーク面積はいずれも−310mJ/mg程度であるため、総発熱量は互いに同等程度であるが、酸無水物の配合量を増大させると二段階硬化となり、触媒効率の低下が観察された。
【0122】
高温領域に出現した発熱ピークに関し、酸無水物の配合量が大きくなったため、捕捉されるブレンステッド酸の割合が大きくなり、カチオン硬化性が低下した。これは、酸無水物によるアニオン硬化性が増大したためであると考えられる。一般に、酸無水物による硬化は、通常は中温(100〜150℃)程度が認識されている。
【0123】
以上の結果から、汎用型エポキシ配合系においても、アルミニウムキレート−シラノール触媒によってカチオン重合を促進するために必要な酸無水物の配合量は、触媒であるアルミキレート剤と同量以下にすることが好ましいことが解る。
【産業上の利用可能性】
【0124】
アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系を含有する、本発明の熱硬化型エポキシ樹脂組成物は、アニオントラップ剤を更に含有するので、エポキシ成分として末端エポキシ樹脂を含有しても、重合反応が停止することなく、低温速硬化することができる。従って、低温で短時間で異方導電性接続が可能な異方導電性接着剤として有用であり、熱硬化型エポキシ樹脂組成物の硬化特性を改善することができる。
【符号の説明】
【0125】
1…潜在性アルミニウムキレート硬化剤
2…多孔性樹脂マトリックス
3…孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系とエポキシ樹脂とを含有する熱硬化型エポキシ樹脂組成物において、アニオントラップ剤を含有することを特徴とする熱硬化型エポキシ樹脂組成物。
【請求項2】
アニオントラップ剤が、芳香族フェノール誘導体である請求項1記載の熱硬化型エポキシ樹脂組成物。
【請求項3】
芳香族フェノール誘導体が、ビスフェノールS、ビスフェノールA、ビスフェノールF又は4,4′−ジヒドロキシフェノールエーテルである請求項2記載の熱硬化型エポキシ樹脂組成物。
【請求項4】
アニオントラップ剤が、熱硬化型エポキシ樹脂組成物中に固形分換算で0.5〜20重量%含有されている請求項1〜3のいずれかに記載の熱硬化型エポキシ樹脂組成物。
【請求項5】
アルミニウムキレート−シラノール硬化触媒系が、アルミニウムキレート剤とシランカップリング剤とから構成される請求項1〜4のいずれかに記載の熱硬化型エポキシ樹脂組成物。
【請求項6】
アルミニウムキレート剤が、多官能イソシアネート化合物を界面重合させて得た多孔性樹脂に保持されてなる潜在性アルミニウムキレート硬化剤である請求項5記載の熱硬化型エポキシ樹脂組成物。
【請求項7】
エポキシ樹脂が、末端にオキシラン環を有する末端エポキシ樹脂を含有する請求項1〜6のいずれかに記載の熱硬化型エポキシ樹脂組成物。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図1A】
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【図1B】
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【図10A】
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【図10B】
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【公開番号】特開2012−224869(P2012−224869A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−181781(P2012−181781)
【出願日】平成24年8月20日(2012.8.20)
【分割の表示】特願2007−524643(P2007−524643)の分割
【原出願日】平成18年7月10日(2006.7.10)
【出願人】(000108410)ソニーケミカル&インフォメーションデバイス株式会社 (595)
【Fターム(参考)】