説明

熱電子放射陰極

【目的】従来の熱電子放射陰極に於ける陰極チップ把持部での経時的反応消耗を抑えることで、信頼性が高く長時間に渡り極めて安定な電子ビーム特性を維持し、電子顕微鏡や電子ビーム露光装置用として利用効果の大きい熱電子放射陰極を提供する。
【構成】希土類六硼化物からなる陰極チップと、前記陰極チップを把持し加熱するための炭素質材料からなるヒーターとを有する熱電子放射陰極であって、高融点金属薄板からなるコ字形の支持片が前記陰極チップ基部の相対する側面に沿うように反応障壁層を介して焼結固着され、かつ前記支持片の相対する面を介して、前記陰極が前記ヒーターによって把持されていることを特徴とする熱電子放射源。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電子顕微鏡、測長機、電子線露光機などに用いられる、六ほう化ランタン(LaB)の如き希土類六硼化物からなる熱電子放射陰極を陰極チップとする熱電子放射陰極に関する。
【背景技術】
【0002】
希土類六硼化物、特に六ほう化ランタンは優れた熱電子放射特性を有しており高輝度熱電子放射陰極の陰極材料として広く用いられている。電子線描画装置や電子顕微鏡などの電子線装置に用いられる電子源としては、高配向性炭素などの通電加熱可能なヒーターとして機能する部材を用い、希土類六硼化物からなる陰極チップを前記ヒーターで挟み込み、更に、導電性の支柱で前記ヒーターごと前記チップを把持したものが利用されている(特許文献1参照)。
【特許文献1】特公昭60−23456号公報
【0003】
更に詳しくは、例えば図4に示すとおりに、碍子1に端子2及び導電性の支柱3を取り付け、この支柱3の先端に、電子を放出する陰極チップ4、および陰極チップ4の両側面に配置させた直方体のヒーター5を挟み込み、これらの陰極チップ4、ヒーター5を把持したものであり、陰極チップ4の材料としてはLaB等が使用されている。
【0004】
ヒーターとしては、フラン樹脂などをホットプレスすることによって得られる、いわゆるホットプレスカーボン(特許文献1参照)や熱分解炭素(特許文献2参照)などの炭素質部材が使用されている。前記部材は、体積抵抗率に異方性があり、一般的には直方体形状に加工され、体積抵抗率の大きい方向に通電できるように導電性支柱3で挟み込んで用いられる。
【特許文献2】特開昭45−13831号公報
【0005】
図4に示した熱電子放射陰極は、高真空中で端子2から直流電源を流し、ヒーター5によって陰極チップ4を所定の温度に加熱し、更に陰極チップ4を電界中に置くことで、陰極チップ4から電子を取り出し、電子線描画装置や電子顕微鏡の熱電子放射陰極などとして利用される。
【0006】
一般に、陰極チップ4としてLaB等を用いる場合には1400〜1600℃に加熱して使用される。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
熱電子放射陰極は、上記した通りに、加熱しながら使用するのが一般的であるが、加熱により陰極チップは蒸発消耗して痩せていくため、図4に示す構造の熱電子放射陰極では、碍子1に対する陰極チップ4の電子放射部の相対位置がずれてしまう場合がある。その結果、放射された電子線の光軸がずれてしまうという不具合が生じ、本来の陰極の特性が発揮されなくなり、陰極を何回か軸調整する必要が生じてしまう。
【0008】
更に、六ほう化物は高温に於いて極めて活性であり、1×10−5Paより真空度の悪い条件で加熱すると、真空中の残留HOやOによる酸化物の生成、蒸発のため、陰極チップの消耗速度が速くなるとともに、以下に述べる現象により、上記の光軸ずれの発生が顕著になるという不具合が生じている。
【0009】
すなわち、図4に示す熱電子放射陰極において、光軸ずれが生じた陰極を調べると、2つあるヒーターの一方にのみ、ヒーターと陰極チップとの界面に析出物が形成されている場合がある。この析出物の組成を調べるとLaとOが主成分であり、陰極チップと真空中の残留ガス成分との反応により形成されたと考えられる。なぜ一方のヒーターの界面に析出物が形成されるかについての詳細な理由は不明であるが、ヒーターを直流通電加熱するときに陰極チップの2つのヒーター接触面に電位が生じることから、電気化学的な作用が関与していると考えられている。
【0010】
上に述べた片側のヒーターと陰極チップとの界面への析出物形成により、陰極チップの左右のヒーター接触面での消耗速度のバランスが崩れる、あるいは、析出物によりチップが押される、もしくは傾くことで、光軸ずれ顕著になると考えられる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の目的は、上記問題である熱電子放射陰極の経時的な光軸ずれを抑制し、安定して動作できる熱電子放射陰極を提供することである。そして、本発明者は、従来技術の状況に鑑みていろいろ検討した結果、陰極チップの把持される部分に高融点金属を溶接固着して真空中の残留ガス成分との反応を遮断することで光軸ずれが抑制できるのではと考え、本発明に至ったものである。
【0012】
すなわち、本発明は、希土類六硼化物からなる陰極チップと、前記陰極チップを把持し加熱するための炭素質材料からなるヒーターとを有する熱電子放射陰極であって、高融点金属薄板からなるコ字形の支持片が前記陰極チップ基部の相対する側面に沿うように反応障壁層を介して焼結固着され、かつ前記支持片の相対する面を介して、前記陰極が前記ヒーターによって把持されていることを特徴とする熱電子放射源であり、好ましくは、前記支持片が焼結固着された前記陰極チップ基部において、前記希土類六硼化物が露出している部分を覆うように被覆層が設けられていることを特徴とする熱電子放射陰極である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、希土類六硼化物の陰極チップと高融点金属の支持片とを、例えばコロイド状カーボンと高融点金属粉を含有するペーストを用いて焼結固着させることによりペーストの焼結層に対する陰極チップ及び支持片との境界面での強固な結合がもたらされるのみならず、この焼結層は陰極チップと支持片との反応を防ぐ反応障壁層として寄与し、かつ陰極チップの真空中残留ガス成分との反応を防止するという効果が得られる。その結果、陰極チップのヒーターによって把持されている部分での消耗を防ぐことが可能となり、熱電子放射陰極の経時的な光軸ずれが抑制される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の一例を図1及び図2をもって説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。本発明に用いられる希土類六硼化物として、LaB、CeBなどが挙げられる。これらを熱電子放射陰極として使用するには電子を放出しやすい<100>方位の単結晶体であることが好ましい。これを0.4×0.5×1.2mm程度の大きさのチップとし、先端を機械研磨法等により先鋭な円錐形に加工して微細な陰極チップ4とする。
【0015】
図2は本発明の陰極チップ4周辺の拡大斜視図である。本発明において支持片6は高温化に陰極チップの基部を堅実に支持するため当然に高融点金属であることを要し、タンタル、モリブデン、タングステン等の薄板を、陰極チップの相対する側に沿う折り曲げ端を有するコ字形に成形して使用する。
【0016】
陰極チップ4と支持片6との一体焼結には、すでに触れたコロイド状カーボンと高融点金属粉とを含有するペーストを用いることが有利である。ペースト成分の高融点金属粉は、コロイド状カーボンと配合して不活性雰囲気中で加熱したときに、陰極チップ4の表面部分及び支持片6の内面と反応して緻密な結合を持ち、陰極チップ4と支持片6のとの使用温度下での反応を遮断する反応障壁層7の形成に寄与する。
【0017】
高融点金属粉としては、チタン、ジルコニウム、タンタル、ニオブ、ハフニウム、バナジウム、レニウム、希土類金属などが適合する。高融点金属に対するコロイド状カーボンの配合量は、コロイド状カーボン中の固形分として、金属粉100体積に対して200体積以下、10体積以上であることが好ましい。コロイド状カーボンの配合が多すぎると接合力が劣り、逆に配合が少なすぎると接合前の状態の仮接着性が乏しく、作業性の点で問題がある。
【0018】
高融点金属粉は粒径20μm以下のような微粉末が混合しやすく均質なペーストが得られるので好ましい。反応障壁層7の形成に用いるペーストは、上記の配合で、そのまま又は水その他の媒体を用いて十分に混合してもよい。
【0019】
陰極チップ4基部に上記のペーストを介して支持片6を仮装着し、図1に示すように支柱3によって2つのヒーター間に挟み加圧するように組立て後、不活性雰囲気中で加熱することにより焼結する。焼結温度は1500℃〜1700℃であることが好ましく、焼結時間が短い場合は2000℃以上であってもよい。ヒーターは熱分解グラファイトの他、異方性カーボン、ガラス状カーボンであってもよい。
【0020】
さらに、本発明では、支持片6が焼結固着された陰極チップ4基部の希土類六硼化物が露出している部分を覆うように被覆層が設けられていることが好ましい。この被覆層は、例えばコロイド状カーボンとBCの混合物のペーストを塗布し、真空中で焼結して形成する。この被覆層を設けることで、陰極チップ4が通電加熱時に酸化消耗して支持片6との間に隙間を生じることを防止する。
【実施例】
【0021】
陰極チップとしてLaB単結晶を最大長さが<100>方位であり、0.4mm×0.5mm×1.2mmの大きさの角柱状に切り出し、0.4mm×0.5mmの面を有する一端を90°の円錐状にし、円錐の頂点部分を半径15μmの球面に機械加工した。
【0022】
支持片として0.5mm×1.7mmで厚さ0.1mmタンタル板をコ字状に折り曲げて形成した。陰極チップと支持片との一体焼結に用いるペーストとして、チタン粉末とコロイド状カーボン(商品名ヒタゾル)とを2:1の割合で混合し、水で溶いたものを作製した。これを陰極チップの基部表面に塗布し支持片を仮接着した。
【0023】
ヒーターとして、熱分解グラファイトを0.50mm×0.75mm×0.68mmの大きさに切り出した。そして、図1に示すように支柱によりヒーターブロックで陰極チップを挟み加圧するように組み立てた。これを10−5Pa台の真空下で通電し、1900℃にて2分間保持することで熱圧着させるとともに、陰極チップと支持片との間に反応障壁層を形成させた。
【0024】
更に、支持片が焼結固着された陰極チップ基部の希土類六硼化物が露出している部分に、コロイド状カーボンとBCを5:3の割合で混合し水で溶いたペーストを塗布し、再び10−5Pa台の真空下で通電し、1800℃にて2分間保持することで図2に示すような被覆層を形成させ、実施例の熱電子放射陰極を得た。
【0025】
実施例の熱電子放射陰極を10−5Pa台の真空下で通常動作時の温度である1550℃に1.5ヶ月加熱後に取り出し、陰極チップ先端の碍子の軸に対する相対位置の変化を、図2に示すX方向、Y方向について測定した。
【0026】
(比較例1)図4に示す従来の熱電子放射陰極を作製し、実施例1と同様の加熱条件で1.5ヶ月加熱後の、陰極チップ先端の碍子の軸に対する相対位置の変化を測定した。
【0027】
(比較例2)図3に示すように、ペーストを用いずにタンタル板をコ字状に折り曲げた支持片がLaB単結晶に直接接するようにして組み立てた熱電子放射陰極を作製し、実施例1と同様の加熱条件で1.5か月加熱後の、陰極チップ先端の碍子の軸に対する相対位置の変化を測定した。
【0028】
実施例および比較例1、2の測定結果を表1に示す。実施例では、1.5ヶ月加熱前後で陰極チップの周辺に反応析出物は形成されず、陰極チップ先端の碍子の軸に対する相対位置の変化はほとんど見られなかった。一方、比較例1では、片方のヒーターと陰極チップとの界面に反応析出物の形成が確認され、加熱前後において陰極チップ先端は碍子に対して図2のX方向に大きなずれが生じていた。また、比較例2では、LaB単結晶とタンタル支持片とが一部で反応を起こし、LaB単結晶に割れが生じる程のダメージを受けていることが確認された。これは、実施例のようなペーストの焼結層からなる反応障壁層に相当するものが無いためである。
【0029】
【表1】



【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明の熱電子放射陰極では、希土類六硼化物の陰極チップと高融点金属の支持片とを焼結固着させることにより、陰極チップ及び支持片との境界面での強固な結合がもたらされ、かつ焼結層が陰極チップと支持片との反応を防ぐ反応障壁層として寄与し、陰極チップの真空中残留ガス成分との反応を防止する効果が得られる。その結果、陰極チップのヒーターによって把持されている部分での消耗を防ぐことが可能となり、熱電子放射陰極の経時的な光軸ずれが抑制される。以上のことから、本発明の熱電子放射陰極は信頼性が高く長時間に渡り極めて安定な電子ビーム特性を維持し、電子顕微鏡や電子ビーム露光装置用の熱電子放射陰極として利用効果が大きい。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の実施例に係る熱電子放射陰極の概略図。
【図2】本発明の実施例に係る陰極チップ周辺の拡大斜視図。
【図3】比較例2に係る陰極チップ周辺の拡大斜視図。
【図4】従来の熱電子放射陰極(比較例1)の外観図。
【符号の説明】
【0032】
1 碍子
2 端子
3 導電性支柱
4 陰極チップ
5 ヒーター
6 支持片
7 反応障壁層
8 被覆層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類六硼化物からなる陰極チップと、前記陰極チップを把持し加熱するための炭素質材料からなるヒーターとを有する熱電子放射陰極であって、高融点金属薄板からなるコ字形の支持片が前記陰極チップ基部の相対する側面に沿うように反応障壁層を介して焼結固着され、かつ前記支持片の相対する面を介して、前記陰極が前記ヒーターによって取り付けられていることを特徴とする熱電子放射陰極。
【請求項2】
前記支持片が焼結固着された前記陰極チップ基部において、前記希土類六硼化物の露出している部分を覆うように被覆層が設けられていることを特徴とする請求項1記載の熱電子放射陰極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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