説明

燃料セタン価学習装置

【課題】燃焼音の変化を抑えながら燃料のセタン価を的確に推定する。
【解決手段】クラッチが切断状態でエンジンが減速中に燃料を噴射した場合における、発生トルクTNeが明らかに低下する電子スロットルバルブの開度と燃料のセタン価との関係を規定したセタン価マップ記憶部と、クラッチが切断状態でエンジンが減速中に電子スロットルバルブの開度を徐々に絞りながら燃料を噴射させる強制制御を実行する強制制御部と、強制制御時の電子スロットルバルブの開度に対応した予想トルクをトルクマップを参照して取得し、強制制御時の実際の発生トルクTNeと比較して、電子スロットルバルブの開度に対応する燃料のセタン価を前記セタン価マップを参照して取得するセタン価学習部とを具備する燃料セタン価学習装置を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンに用いられる燃料のセタン価に関する学習を行う装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ディーゼルエンジンに用いられる燃料は、世界各国において、原油や製造法、又は気候等の違いにより、性質に差がある。セタン価が低いディーゼル燃料は失火しやすく、ドライバビリティの低下や白煙の発生をもたらす。
【0003】
燃料噴射タイミングを進角制御すれば、失火を抑制することができる。一方、セタン価が比較的高い燃料が使用されているときに、燃料噴射タイミングを進角制御すると、かえって騒音や振動の増大を招く。そこで、燃料のセタン価を推測し、そのセタン価に応じて運転中の燃料噴射時期を補正できるようにすることが求められている。
【0004】
燃料のセタン価を推測する方法の一つとして、燃料噴射時期を徐々に遅角しながら反復的に燃料噴射を実行し、失火が発生したときの燃料噴射時期の遅角量に基づいて燃料のセタン価を推測することが知られている(例えば、特許文献1を参照)。
【0005】
しかし、このような手法を採用すると、セタン価の推測を行う際に、運転者が何ら操作を行っていないにもかかわらず燃焼音が変化して運転者や同乗者に違和感を与えるきらいがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−121322号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、燃焼音の変化を抑えながら燃料のセタン価を的確に推定することを所期の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち本発明の燃料セタン価学習装置は、エンジンの出力軸と負荷との間に介在するクラッチが切断状態にあり、なおかつそのエンジンの回転数が減速している最中に、燃料のセタン価に関する学習を行う燃料セタン価学習装置であって、クラッチが切断状態でエンジンが減速中に燃料を噴射した場合における、スロットルバルブ開度と予想される発生トルクとの関係を規定したトルクマップを記憶するトルクマップ記憶部と、クラッチが切断状態でエンジンが減速中に燃料を噴射した場合における、発生トルクが明らかに低下するスロットルバルブ開度と燃料のセタン価との関係を規定したセタン価マップを記憶するセタン価マップ記憶部と、クラッチが切断状態でエンジンが減速中にスロットルバルブ開度を徐々に絞りながら燃料を噴射させる強制制御を実行する強制制御部と、強制制御時のスロットルバルブ開度に対応した予想発生トルクをトルクマップを参照して取得し、強制制御時の実際の発生トルクと比較して、後者が前者を下回ったときのスロットルバルブ開度を検知する開度検知部と、開度検知部で検知したスロットルバルブ開度に対応する燃料のセタン価を前記セタン価マップを参照して取得するセタン価学習部とを具備することを特徴とする。
【0009】
このようなものであれば、燃料のセタン価の推測中に燃料噴射時期をいたずらに変動させずに済み、燃焼音の変化が運転者等に違和感を与える問題を回避できる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、燃焼音の変化を抑えながら燃料のセタン価を的確に推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の一実施形態に係るエンジンの概略構成説明図。
【図2】同実施形態に係るエンジン回転数の経時変化を概略的に示す図。
【図3】同実施形態に係るトルクマップを概略的に示す図。
【図4】同実施形態に係るセタン価マップを概略的に示す図。
【図5】同実施形態に係る燃料のセタン価と燃料噴射時期の補正量との関係を概略的に示す図。
【図6】同実施形態の制御手順を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。
【0013】
まず、本発明の適用対象であるディーゼルエンジン(圧縮点火機関)0の概略構成を述べる。車両等に搭載されるディーゼルエンジン0は、図1に模式的に示しているように、複数の気筒7(図1には一気筒のみを描画している)と、各気筒7内に燃料を噴射するインジェクタ73と、各気筒7に吸気を供給するための吸気系路3と、各気筒7から排出ガスを排出するための排気系路4と、駆動タービン22及びコンプレッサ21の組である可変容量ターボチャージャ2と、吸気経路3と排気経路4とを連通して排出ガスを還流するEGR装置5とを備えている。
【0014】
吸気系路3は、外部から空気を取り入れて気筒7の吸気ポート71へと導く。吸気系路3上には、エアクリーナ31、コンプレッサ21、インタクーラ32、電子スロットルバルブ34、サージタンク33を、上流からこの順序に配設している。
【0015】
排気系路4は、気筒7内で燃料を燃焼させた結果発生した排出ガスを気筒7の排気ポート72から外部へと導く。この排気系路4上に、駆動タービン22を配設している。
【0016】
ターボチャージャ2は、駆動タービン22とコンプレッサ21とを同軸で連結して連動するように構成してなる。そして、駆動タービン22を排出ガスのエネルギを利用して回転駆動し、その回転力を以てコンプレッサ21にポンプ作用を営ませることにより、吸入空気を加圧圧縮、つまりは過給して気筒7に送り込む。
【0017】
EGR装置5は、排出ガスが流通するEGR通路51と、EGR通路51を開閉するEGRバルブ52とを要素とする。EGR通路51上には、EGRクーラ53を配設している。
【0018】
エンジン0の制御を司る電子制御装置(ECU)6は、CPU61、メモリ62、入力インタフェース63、出力インタフェース64等を有するマイクロコンピュータシステムである。入力インタフェース63には、吸気管内圧力を検出するセンサ81から出力される過給圧信号a、エンジン回転数を検出するセンサ82から出力される回転数信号b、アクセル開度つまりアクセルペダルの踏込量を検出するセンサ83から出力されるアクセル信号c、ブレーキペダルの踏込量を検出するセンサ84から出力されるブレーキ信号d、変速機の変速比を切り換えるために操作されるシフトレバーの位置を検出するセンサ85から出力されるシフト位置信号e、電子スロットルバルブ34の開度を検出するセンサ86から出力されるスロットル開度信号f等が入力される。出力インタフェース64からは、インジェクタ73に対して燃料噴射信号g、EGRバルブ52に対して開弁信号h、可変容量ターボ2のノズルベーンに対してノズルベーン操作信号i等を出力する。
【0019】
CPU61は、予めメモリ62に格納されているプログラムを解釈、実行し、エンジン0の運転を制御する。CPU61は、エンジン0の運転制御に必要な各種情報a、b、c、d、e、f等を入力インタフェース63を介して取得し、それらに基づいて燃料噴射量や燃料噴射タイミング、EGRバルブ52の開弁時間、ノズルベーンの角度、電子スロットルバルブ5の開度等を演算して、演算結果に対応した各種制御信号g、h、i、j等を出力インタフェース64を介して印加する。
【0020】
ECU6は、エンジン回転数、吸気管内圧力及びEGRバルブ開度から、現状のEGR率及び吸入空気(新気)量を推算する。次いで、エンジン回転数、アクセルペダルの踏込量、EGR率、吸入空気量、さらにはその他の環境条件(冷却水温、吸気温、大気圧等)に基づき、要求される燃料噴射量及び燃料噴射タイミング、所要のEGR率を達成するEGRバルブ開度、並びに所要の過給圧を達成するノズルベーン開度を算定する。これら制御入力の算定ロジックは、既知のエンジン制御と同様としてよい。
【0021】
また、ECU6のメモリ62には、燃料のセタン価を学習し、学習したセタン価に対応して運転時の燃料噴射時期を補正する制御を行うためのプログラムが格納されている。このプログラムは、エンジンの出力軸と負荷すなわち車軸との間に介在しているクラッチが切断状態にあり(シフト位置がNレンジにある等)、なおかつエンジンの回転数が減速している最中に実行する。クラッチが切断状態にあることを条件としているのは、車軸側からエンジン側に伝わるトルクによるセタン価推測の誤差を排除するためである。
【0022】
燃料のセタン価の学習において、ECU6は、トルクマップ記憶部、セタン価マップ記憶部、強制制御部、開度検知部、及びセタン価学習部として機能する。すなわち、ECU6は、本発明の燃料セタン価学習装置として機能する。
【0023】
トルクマップ記憶部は、クラッチが切断状態でエンジンが減速中に燃料を噴射した場合における、電子スロットルバルブ34の開度と予想される発生トルク(以下、予想トルクTSTDと称する)との関係を規定したトルクマップを、メモリ62の所定領域を利用して記憶している。トルクマップの例を、図3に示す。トルクマップは、実験又は適合試験等により、電子スロットルバルブ34の開度を種々変化させてエンジントルクを実測することで作成したものである。
【0024】
セタン価マップ記憶部は、クラッチが切断状態でエンジンが減速中に燃料を噴射した場合における、発生トルクTNeが予想トルクTSTDと比較して明らかに低下する電子スロットルバルブ34の開度と燃料のセタン価との関係を規定したセタン価マップを、メモリ62の所定領域を利用して記憶している。セタン価マップの例を、図4に示す。セタン価マップは、実験又は適合試験等により、種々のセタン価を有する燃料について、燃料を強制噴射させた際の発生トルクTNeが予想トルクTSTDよりも低くなるときの電子スロットルバルブ34の開度を実測することで作成したものである。
【0025】
強制制御部は、クラッチが切断状態でエンジンが減速中に、電子スロットルバルブ34の開度を徐々に絞りながら、燃料をインジェクタ73から反復的に噴射させる強制制御を行う。
【0026】
開度検知部は、強制制御時の電子スロットルバルブ34の開度に対応した予想トルクTSTDをトルクマップを参照して取得する。並びに、強制制御時の燃料噴射によって実際に発生するトルクを推定する。
【0027】
ここで、実際の発生トルクTNeの推定は、図2に示すように、強制的に燃料を噴射した結果発生するエンジン回転数の上昇(図2中実線で示す)の極大値と、その燃料噴射を行わなかったと仮定した場合のエンジン回転数(図2中破線で示す)との差ΔNeに基づく。燃料噴射を行わなかったと仮定した場合のエンジン回転数は、例えば、燃料の強制噴射前のエンジン回転数の単位時間当たり変化量(又は、減少速度)が継続するものとして、燃料強制噴射時点での回転数、及び当該時点からの経過時間に応じて算出する。ECU6のメモリ62には予め、回転数差ΔNeと、燃料噴射に起因して発生した発生トルクTNeとの関係を規定するマップを記憶しており、ECU6は、演算した回転数差ΔNeをキーとして前記マップを検索、発生トルクTNeを知得する。なお、この発生トルクTNeは、エンジンフリクション(冷却水温等)に応じて補正することが好ましい。
【0028】
その上で、開度検知部は、予想トルクTSTDと発生トルクTNeとを比較して、後者が前者を下回ったときの電子スロットルバルブ34の開度を検知する。
【0029】
セタン価学習部は、開度検知部で検知したスロットルバルブ34の開度に対応する燃料のセタン価をセタン価マップを参照して取得し、現在使用している燃料のセタン価の学習値として記憶する。
【0030】
学習した燃料のセタン価の学習値は、通常運転時の燃料噴射時期の補正に用いる。燃料のセタン価と燃料噴射時期の補正量との関係を、図5に例示する。図5において、燃料噴射時期の補正量は、遅角側を正、進角側を負として示している。基本的に、セタン価が低いほど、燃料噴射時期の進角を大きくする。
【0031】
以下、図6に示すフローチャートを参照しつつ、ECU6がプログラムに従い実行する処理の手順を述べる。
【0032】
ECU6は、クラッチが切断状態でかつエンジンの回転数が減速していることを検知したとき(ステップS1)、燃料のセタン価の学習を実行する。すなわち、強制的に燃料噴射し(ステップS2)、燃料の噴射に伴うエンジン回転数の変化ΔNeを検知し(ステップS3)、エンジン回転数の変化量ΔNeをパラメータとして発生トルクTNeを推定する(ステップS4)。
【0033】
それから、電子スロットルバルブ34の開度をパラメータとして予想トルクTSTDを決定し(ステップS5)、発生トルクTNeが予想トルクTSTDを下回っているか否かを判断する(ステップS6)。
【0034】
発生トルクTNeが予想トルクTSTDを下回っていないときには、電子スロットルバルブ34の開度を減少させ(ステップS7)、ステップS2に戻る。一方、発生トルクTNeが予想トルクTSTDを下回ったときには、電子スロットルバルブ34の開度をもとに燃料のセタン価を知得し、これを学習する(ステップS8)。
【0035】
上記のセタン価の学習処理(ステップS2〜S8)は、手動によるエンジンの始動から停止までの間(1トリップ)に少なくとも1回行う。
【0036】
本実施形態に係る燃料セタン価学習装置によれば、セタン価の学習の際に、燃料噴射時期を変化させた強制的な燃料の噴射を複数回行うのではなく電子スロットルバルブ34の開度を減少させるようにしているので、燃焼音の変化により運転者等に違和感を与えることを防止できる。
【0037】
そして、燃料のセタン価が低い場合には通常運転時の燃料噴射時期を進角させることにより、失火によるドライバビリティの低下や白煙の発生を抑制することができる。その一方で、燃料のセタン価が標準的であるか標準的なものより高い場合には通常運転時の燃料噴射時期の進角補正は行わず、標準的な燃料噴射時期に燃料を噴射することで、過進角による不必要な騒音や振動の発生を抑制することができる。
【0038】
なお、本発明は以上に述べた実施形態に限らず、その趣旨を損ねない範囲で種々に変更してよい。
【符号の説明】
【0039】
34…電子スロットルバルブ
6…ECU(燃料セタン価学習装置)
73…インジェクタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンの出力軸と負荷との間に介在するクラッチが切断状態にあり、なおかつそのエンジンの回転数が減速している最中に、燃料のセタン価に関する学習を行う燃料セタン価学習装置であって、
クラッチが切断状態でエンジンが減速中に燃料を噴射した場合における、スロットルバルブ開度と予想される発生トルクとの関係を規定したトルクマップを記憶するトルクマップ記憶部と、
クラッチが切断状態でエンジンが減速中に燃料を噴射した場合における、発生トルクが明らかに低下するスロットルバルブ開度と燃料のセタン価との関係を規定したセタン価マップを記憶するセタン価マップ記憶部と、
クラッチが切断状態でエンジンが減速中にスロットルバルブ開度を徐々に絞りながら燃料を噴射させる強制制御を実行する強制制御部と、
強制制御時のスロットルバルブ開度に対応した予想発生トルクをトルクマップを参照して取得し、強制制御時の実際の発生トルクと比較して、後者が前者を下回ったときのスロットルバルブ開度を検知する開度検知部と、
開度検知部で検知したスロットルバルブ開度に対応する燃料のセタン価を前記セタン価マップを参照して取得するセタン価学習部と
を具備することを特徴とする燃料セタン価学習装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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