説明

燃料電池用の電極構造

【課題】 フラッディング状態およびドライアップ状態の発生による発電効率の低下を抑制する電極構造を提供すること。
【解決手段】 MEA10は水酸化物イオンを透過する電解質膜11を備える。この膜11のアノード電極層側には、水素吸蔵合金からなる触媒層12が形成される。また、膜11のカソード電極層側には、貴金属触媒を担持した担持カーボンからなる触媒層13とカーボン繊維からなるガス拡散層14とが形成される。そして、触媒層12は水素ガスを原子状の水素に電離して固相拡散させる。触媒層13は、空気、加湿水および電子から水酸化物イオンを生成し、膜11は同イオンを触媒層12側に移動させる。これにより、触媒層12側で生成水が発生するため、ドライアップ状態の発生を防止できる。また、生成水によりフラッディング状態が発生しても、固相拡散によって原子状の水素を良好に移動できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池、特に、固体高分子型燃料電池に採用される電極の構造に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池においては、一般的に、カチオン(詳しくは水素イオン)を選択的に透過するイオン交換膜からなる電解質膜と、この電解質膜の燃料ガス(例えば、水素ガス)が導入される面に配置された触媒層およびガス拡散層からなるアノード電極層と、酸化剤ガス(例えば、空気)が導入される面に配置される触媒層およびガス拡散層からなるカソード電極層とから構成される膜−電極接合体(MEA:Membrane-Electrode Assembly)を備えている。
【0003】
そして、この種の固体高分子型燃料電池においては、燃料ガスおよび酸化剤ガス(以下、本明細書中にて単にガスともいう)が供給されると、アノード電極層とカソード電極層にて、それぞれ下記の化学反応式1,2で示される反応が起きる。すなわち、アノード電極層側では、水素ガスを水素イオンと電子とに電離する反応が起こり、電離した水素イオン(すなわちカチオン)が電解質膜中をカソード電極層側に移動する。また、カソード電極層側では、空気中の酸素、水素イオンおよび電子から水を生成する反応が起きる。
アノード電極層側:H2→2H++2e …化学反応式1
カソード電極層側:2H++2e+(1/2)O2→H2O …化学反応式2
【0004】
ここで、アノード電極層側で電離される水素イオンは、カソード電極層側に向けて電解質膜中を水とともに移動する。言い換えれば、水素イオンは、電解質膜中に保水されている水と水和することにより、アノード電極層側からカソード電極層側に移動する。このため、上記反応の進行に伴って、アノード電極層側における電解質膜の含水率が減少する。
【0005】
このように、電解質膜の含水率が減少した状態(所謂、ドライアップ状態)となると、水素イオンが移動するための水が不足する。この結果、水素イオンが電解質膜を透過するときの電気抵抗が大きくなって、燃料電池の発電効率が低下する可能性がある。したがって、一般的に、アノード電極層に水素ガスを供給するときには、電解質膜のドライアップ状態を解消するために、例えば、別途設けた加湿装置により加湿水(水蒸気)を付与した水素ガスが供給されるようになっている。
【0006】
ところで、固体高分子型燃料電池の運転温度は、通常、80℃前後に設定される。このため、MEAの周辺温度は、外気温とほぼ等しい温度から運転温度まで変化する。このように、MEAの周辺温度が変化する状況においては、水素ガスとともに供給される水蒸気(加湿水)のガス飽和蒸気圧が変化することにより、アノード電極層近傍に凝縮した水(余剰水)が多量に生成する場合がある。この場合、アノード電極層側における高分子電解質膜の含水率は増加するものの、余剰水がアノード電極層に付着した状態(所謂、フラッディング状態)が生じる。
【0007】
このように、フラッディング状態が生じると、アノード電極層を構成する触媒層に対する水素ガスの供給が阻害される。すなわち、水素ガスは、触媒層の内部に形成される細孔中を導通路として気相拡散する。このため、アノード電極層にフラッディング状態が生じると細孔が閉塞されるため、水素ガスの供給が阻害される。この結果、アノード電極層における電離反応が減退して、カソード電極層側に移動する水素イオンおよび電子が減少する。したがって、アノード電極層にフラッディング状態が生じた場合にも、燃料電池の発電効率の低下を招く可能性がある。このように、固体高分子型燃料電池においては、MEA、特に、電解質膜の含水率を適正に確保することが重要となる。
【0008】
この課題に対して、例えば、下記特許文献1には、電解質膜の含水率を適正に確保できる固体高分子型燃料電池用の電極構造体が示されている。この従来の電極構造体においては、アノード電極層およびカソード電極層が、それぞれ、水の排水性を高めるための造孔材を含んで構成された電極触媒層(触媒層)と、水の保水性を高める保水層の形成されたガス拡散層とから構成されている。さらに、ガス拡散層における余剰水を排水するために、保水層とガス拡散層との間に撥水層を付加するようにもなっている。
【0009】
このように構成した電極構造体においては、電極触媒層(触媒層)の排水性が高められている。このため、例えば、カソード電極層側における上記反応に伴う生成水やアノード電極層側における余剰水によるフラッディング状態の発生を抑制することができるようになっている。また、ガス拡散層に保水層が設けられているため、電解質膜のドライアップ状態の発生を抑制することもできるようになっている。さらに、撥水層を設けることによってガス拡散層中に生成する余剰水を排水できるため、ガス拡散層から電極触媒層(触媒層)に対してガスを良好に供給できるとともに、保水層の保水性を適正に確保することができるようにもなっている。
【特許文献1】特開2004−158387号公報
【発明の開示】
【0010】
しかしながら、上記従来の電極構造体においては、例えば、上述したようにMEAの周辺温度が変化する状況においては、生成した多量の余剰水を完全に排水できない可能性があり、フラッディング状態を生じる場合がある。そして、上記従来の電極構造体においても、外部から導入された水素ガスおよび空気を電極触媒層(触媒層)中にて気相拡散させるようになっている。したがって、フラッディング状態の発生により電極触媒層(触媒層)の細孔が閉塞されると、燃料電池の発電効率が低下する可能性がある。また、特に、アノード電極層側の電極触媒層(触媒層)の排水性を高めることによって、カソード電極層側から逆拡散した水をも排水する可能性がある。このため、保水層を設けたとしても、ドライアップ状態の発生を助長する可能性もある。
【0011】
本発明は、上記した課題を解決するためになされたものであり、その目的は、フラッディング状態の発生およびドライアップ状態の発生による燃料電池の発電効率の低下を抑制する燃料電池用の電極構造を提供することにある。
【0012】
上記目的を達成するために、本発明の特徴は、特定のイオンを選択的に透過する電解質膜と、前記電解質膜の一面側に形成されて、外部から導入される燃料ガスに含まれる分子状の水素を原子状の水素と電子とに電離するとともに、同電離した原子状の水素を前記電解質膜に向けて固相拡散させるアノード電極層と、前記電解質膜の他面側に形成されて、外部から導入される酸化剤ガスに含まれる分子状の酸素と前記アノード電極層によって電離された電子とを反応させるカソード電極層とを備えたことにある。この場合、前記アノード電極層は、例えば、原子状の水素を吸収および放出する水素吸蔵合金を主成分として形成されたものであるとよい。
【0013】
これらによれば、アノード電極層を、例えば、水素吸蔵合金を主成分として形成することができる。このため、アノード電極層は、外部から供給された分子状の水素(より具体的には、水素ガス)を原子状の水素(より具体的には、水素イオン)と電子とに電離することができる。そして、アノード電極層は、電離された原子状の水素を固相拡散により電解質膜に向けて移動させることができる。
【0014】
これにより、アノード電極層側で発生するドライアップ状態を解消するために、例えば、燃料ガスとともに加湿水を供給した場合において、アノード電極層にてフラッディング状態が発生しても、外部から供給される燃料ガスから原子状の水素を効率よく電離するとともに、確実に電解質膜に向けて移動させることができる。したがって、フラッディング状態の発生の有無にかかわらず、燃料電池の発電効率の低下を防止することができる。さらに、アノード電極層を、水素吸蔵合金を用いて形成することができるため、従来の電極構造のように、高価な白金を採用する必要がない。これにより、燃料電池自体の製造コストを大幅に低減することができる。
【0015】
また、本発明の他の特徴は、前記アノード電極層は、親水性を有する金属酸化物粒子が添加されて形成されたことにある。この場合、前記金属酸化物粒子は、例えば、チタン、珪素、アルミニウム、クロム、マグネシウムおよびジルコニウムのうちから選択された少なくとも一種の金属の酸化物粒子であるとよい。これらによれば、アノード電極層に親水性を有する金属酸化物粒子を添加することによって、アノード電極層は、良好な親水性を有することができ、効率よく保水することができる。
【0016】
ここで、添加した金属酸化物粒子をアノード電極層中で分散させることにより、アノード電極層は、より良好な親水性を有することができる。これにより、生成水がカソード電極層側からアノード電極層側に逆拡散した場合には、アノード電極層中に分散された金属酸化物粒子によって、逆拡散した水をも効率よく吸収して保水することができる。
【0017】
このように、アノード電極層が効率よく保水することにより、電解質膜の含水率を良好に維持することができる。したがって、例えば、加湿水を付与せずに水素ガスのみを供給する場合であっても、アノード電極層側のドライアップ状態の発生を抑制することができ、燃料電池の発電効率を良好に維持することができる。
【0018】
また、電解質膜の含水率を良好に維持できるため、ドライアップ状態の発生に伴う電解質膜の劣化現象(例えば、電解質膜の破れなど)を抑制することができ、電解質膜の耐久性を向上することができる。さらに、加湿水を供給しないで燃料電池を運転(所謂、無加湿運転)することができるため、燃料電池システムから加湿装置を省略することができ、煩雑な加湿管理を実施する必要がない。
【0019】
さらに、本発明の他の特徴は、前記酸化剤ガスは、加湿水とともに前記カソード電極層に導入されるものであり、前記電解質膜は、前記カソード電極層における前記分子状の酸素、前記加湿水および前記電子間の反応によって生成された水酸化物イオンを選択的に透過することにある。
【0020】
これによれば、アノード電極層にて電離された電子が、例えば、外部回路を介してカソード電極層に供給されると、カソード電極層は、酸化剤ガス中の酸素、加湿水および供給された電子間の反応によって水酸化物イオンを生成する。そして、電解質膜は、生成した水酸化物イオンを選択的にアノード電極層側に透過する。このため、アノード電極層においては、電離して固相拡散した原子状の水素と電解質膜を介して供給された水酸化物イオンとから水を生成する反応が起きる。
【0021】
これにより、電解質膜は、カソード電極層に供給される加湿水と、アノード電極層側で生成される水とにより、含水率が極めて良好に維持され、ドライアップ状態の発生を防止することができる。この場合、アノード電極層は、原子状の水素を固相拡散により電解質膜に向けて移動させることができるため、フラッディング状態の発生に伴う反応の減退は生じない。
【0022】
一方、カソード電極層は、加湿水を用いて水酸化物イオンを生成する。これにより、例えば、過剰な加湿水が供給された場合であっても反応に伴い加湿水が消費されるため、カソード電極層にてフラッディング状態の発生を防止することができる。したがって、フラッディング状態およびドライアップ状態の発生に伴う燃料電池の発電効率の低下を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態を、図面を用いて、詳細に説明する。図1は、本発明に係る電極構造体を採用した燃料電池の単セルTの主要部分を概略的に示している。単セルTは、MEA10と、MEA10に外部から導入されたガスを供給するためのセパレータ20と、図示しない樹脂フレーム(ガスケット)から構成されている。
【0024】
MEA10は、イオン交換膜からなる電解質膜11を備えている。電解質膜11は、アニオン(より具体的には、水酸化物イオン(OH))を選択的に透過するイオン交換膜(例えば、トクヤマ社製ネオセプタ(登録商標)など)から形成されるものである。そして、電解質膜11の燃料ガス(例えば、水素ガス)が導入される面すなわちアノード電極層側には触媒層12が形成され、酸化剤ガス(例えば、空気)が導入される面すなわちカソード電極層側には触媒層13およびガス拡散層14が形成される。
【0025】
アノード電極層としての触媒層12は、供給された分子状の水素すなわち水素ガスを、原子状の水素(水素イオン(H))と電子に電離するとともに、電離した原子状の水素を電解質膜11に向けて固相拡散させるものである。このため、触媒層12は、水素吸蔵合金を主成分として形成される。
【0026】
ここで、触媒層12を形成する水素吸蔵合金としては、次に示す各結晶構造を有する水素吸蔵合金から適宜選択される。すなわち、選択可能な水素吸蔵合金は、LaNiで代表されるAB型水素吸蔵合金、ZnMnまたはその置換体で代表されるAB型(ラーベス相型)水素吸蔵合金、MgNiまたはその置換体で代表されるAB型水素吸蔵合金、固溶体型V基水素吸蔵合金などである。
【0027】
これらの水素吸蔵合金においては、結晶を形成する原子間距離(すなわち格子間距離)が比較的大きいため、比較的空隙の多い結晶構造となっている。このため、これらの水素吸蔵合金においては、電離した原子状の水素が結晶内部の空隙を固相拡散しやすく、また、空隙内に吸収(吸蔵)しやすい性質を有している。なお、水素吸蔵合金の選択にあたっては、例えば、燃料電池の運転温度や燃料電池に要求される発電容量などを勘案して選択するとよい。
【0028】
そして、触媒層12を成形する際には、これらの水素吸蔵合金から適宜選択した合金を、例えば、ボールミルなどを利用して粉末状として用いる。そして、この粉末状とした水素吸蔵合金に対して、例えば、イソプロピルアルコールおよび所定の結着材(例えば、カチオン交換型樹脂を主成分とする結着材など)を加え、これらの混合物を撹拌する。このように撹拌した混合物を電解質膜11の一面側に塗布した後、例えば、ホットプレスなどによって電解質膜11と一体的に接合して、触媒層12を成形する。
【0029】
なお、触媒層12は、上述したように、電解質膜11に混合物を塗布して一体的に成形することに代えて、例えば、撹拌した混合物に圧延および乾燥を施して水素吸蔵合金を主成分とする触媒層12をシート状に成形し、電解質膜11に一体的に接合することもできる。また、水素吸蔵合金の粉末を焼結することによってもシート状に成形することができる。
【0030】
カソード電極層を構成する触媒層13は、供給された空気に含まれる分子状の酸素すなわち酸素ガスと、空気とともに供給される加湿水と、アノード電極層から供給された電子とから水酸化物イオンを生成するものである。この触媒層13は、貴金属触媒(例えば、白金など)を担持したカーボン(以下、このカーボンを担持カーボンという)を主成分として形成される。
【0031】
具体的に説明すると、担持カーボンを水に分散させ、この分散液に対して、イソプロピルアルコールおよび撥水性を有する結着材(例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)など)を加えて撹拌する。この撹拌した混合液を電解質膜11の他面側に塗布した後、例えば、ホットプレスなどによって、触媒層13を一体的に成形する。
【0032】
また、カソード電極層を構成するガス拡散層14は、通気性を有しており、セパレータ20を流れる空気を均一に拡散して触媒層13に供給するものである。このガス拡散層14は、撥水層14aと基材14bとから形成される。撥水層14aは、例えば、カーボン粒子を樹脂(例えば、PTFEなど)で結合することにより形成される。基材14bは、例えば、カーボン繊維から形成される。そして、ガス拡散層14は、撥水層14aと触媒層13とが対向した状態で積層されて、電解質膜11とセパレータ20とによって狭持される。
【0033】
セパレータ20は、アノード電極層およびカソード電極層に対して、燃料電池の外部から導入される水素ガスおよび空気を供給する機能と、MEA10における反応によって発電された電気を集電する機能とを有するものである。このため、セパレータ20は、例えば、ステンレス薄板から形成されていて、同薄板に対して、図1に示すように、多数の筋状凹部21および筋状凸部22が成形されて構成される。そして、2枚一対のセパレータ20は、図1に示すように、MEA10を狭持するようになっている。
【0034】
なお、セパレータ20は、ステンレス薄板に代えて、例えば、金めっきやニッケルめっきなどの防食処理を施した鋼板などから形成することも可能である。また、セパレータ20は、金属に代えて、例えば、カーボンなど導電性を有する非金属から形成することも可能である。
【0035】
このように構成された単セルTは、燃料電池の要求出力に応じて複数積層され、燃料電池のスタックを形成する。そして、燃料電池スタックに対して、水素ガスと空気が導入されると、各単セルTのMEA10のアノード電極層とカソード電極層にて化学反応(以下、電極反応という)が起きることによって発電する。以下、この電極反応について説明する。
【0036】
まず、アノード電極層における電極反応を説明する。燃料電池の外部から導入された水素ガスは、セパレータ20の筋状凸部22(または筋状凹部21)を導通することにより、触媒層12に供給される。このように、供給される水素ガス(すなわち分子状の水素)は、触媒層12を形成する水素吸蔵合金に接触すると、ファンデルワールス力の作用によって、水素吸蔵合金の表面に物理吸着される。この物理吸着した分子状の水素は、例えば、水素吸蔵合金の表面エネルギーの作用により、その分子結合が切れて原子状の水素と電子に電離する。そして、電離した原子状の水素は、触媒層12内(詳しくは、水素吸蔵合金の結晶内部)を電解質膜11に向けて固相拡散する。また、電離した電子は、図示しない外部回路を介してカソード電極層に供給される。
【0037】
次に、カソード電極層における電極反応を説明する。燃料電池の外部から導入された加湿水を含む空気は、セパレータ20の筋状凹部21(または筋状凸部22)を導通することにより、ガス拡散層14に供給される。ガス拡散層14に供給された空気は、一様に拡散して、触媒層13に向けて供給される。そして、供給された空気に含まれる酸素ガス(すなわち、分子状の酸素)および加湿水が触媒層13を形成する担持カーボンの白金の表面に接触すると、アノード電極層から供給された電子の作用により水酸化物イオンが生成する。この生成した水酸化物イオン(すなわち、アニオン)は、電解質膜11を透過してアノード電極層側へ移動する。
【0038】
このように、水酸化物イオンが移動すると、アノード電極層側においては、触媒層12を固相拡散した原子状の水素(より詳しくは、触媒層12から放出されることにより分子状の水素)と水酸化物イオンとが反応することによって水が生成する。これらの電極反応を化学反応式で示すと、下記の化学反応式3,4のようになる。
アノード電極層側:H2+2OH→2H2O+2e …化学反応式3
カソード電極層側:(1/2)O2+H2O+2e→2OH …化学反応式4
【0039】
ところで、この実施形態においては、アノード電極層側で反応による水が生成するようになる。このため、アノード電極層の触媒層12に多量の生成水が発生する場合がある。しかしながら、触媒層12は、水素吸蔵合金を主成分として形成されているため、図2に示すように、電離された原子状の水素(水素イオン)は、水素吸蔵合金の結晶中を固相拡散する。これにより、触媒層12にフラッディング状態が発生しても、原子状の水素の移動を阻害することがない。また、アノード電極層側で生成水が生じるため、例えば、無加湿の水素ガスをアノード電極層に供給してもドライアップ状態の発生を防止することができる。
【0040】
一方、カソード電極層側には、ドライアップ状態の発生を防止するために、空気とともに加湿水が供給される。このため、カソード電極層の触媒層13およびガス拡散層14に多量の余剰水が発生する場合がある。しかしながら、カソード電極層における電極反応は、触媒層13の近傍に存在する水を用いる反応であるため、反応の進行に伴って水は消費される。さらに、触媒層13およびガス拡散層14は、それぞれ、撥水性を有して形成されているため、余剰水を良好に排水することもできる。したがって、カソード電極層側においては、フラッディング状態の発生が抑制され、この結果、水酸化物イオンを良好に生成することができる。
【0041】
以上の説明からも理解できるように、本実施形態のMEA10によれば、アノード電極層およびカソード電極層において、フラッディング状態の発生およびドライアップ状態の発生による燃料電池の発電効率の低下を防止することができる。また、電解質膜11の含水率を適正に確保することができるため、ドライアップ状態の発生に伴う電解質膜11の劣化現象(例えば、破れや電気抵抗の上昇など)を抑制することができ、電解質膜11の耐久性を向上させることができる。これにより、燃料電池の発電効率を長期間にわたり良好に維持することができる。
【0042】
また、アノード電極層においては、フラッディング状態の発生の有無にかかわらず、電極反応に必要な量の原子状の水素(水素イオン)を移動させることができる。このため、例えば、負荷の大きい状態での出力電圧の変動現象や、大きな電流を外部に出力するときに発生する拡散分極による出力電圧の低下現象などを低減することができる。これにより、燃料電池の発電性能を向上させることができる。
【0043】
また、電解質膜11の含水率を適正に確保することができるため、特に、アノード電極層に供給される水素ガスを加湿する必要がなく、煩雑な加湿管理を実施する必要がない。また、アノード電極層の触媒層12を、水素吸蔵合金を用いて形成することができるため、MEA10に用いられる高価な貴金属触媒の使用量を低減することができる。これにより、燃料電池自体の製造コストを大幅に低減することができる。
【0044】
また、本実施形態においては、電解質膜11中を水酸化物イオンが移動する。このため、MEA10の周辺環境がアルカリ性となる。これにより、セパレータ20などの金属部品の腐食が抑制されるため、安価なニッケルめっきを施した金属部品を採用することができる。したがって、これによっても、燃料電池自体の製造コストを低減することができる。
【0045】
さらに、アノード電極層側においては、触媒層12に直接セパレータ20が接触する構造、より具体的には、金属同士の接触とすることができる。これにより、接触抵抗を大幅に低減することができ、安定して電気を外部に供給することができる。
【0046】
上記実施形態においては、MEA10を構成する電解質膜11を、アニオンを選択的に透過するイオン交換膜を用いて形成して実施した。これにより、前記化学式4に示したように、カソード電極層で生成された水酸化物イオンがアノード電極層側に移動することによって、アノード電極層にて生成水が生じるように実施した。これに対し、電解質膜11に代えて、カチオン(より詳しくは、水素イオン)を選択的に透過するイオン交換膜(例えば、デュポン社製ナフィオン(登録商標)など)から形成した電解質膜15を採用して実施することも可能である。以下、この変形例を説明するが、上記実施形態と同一部分については、同一の符号を付し、その詳細な説明を省略する。
【0047】
この変形例におけるMEA10’は、電解質膜15のアノード電極層側に触媒層16が接合されて構成される。触媒層16は、上記実施形態の触媒層12に比して、金属酸化物粒子が添加されて親水性を高めた点で異なる。この触媒層16は、以下に示すように成形される。すなわち、触媒層16の成形に際しては、上述したように、適宜選択した水素吸蔵合金の粉末、イソプロピルアルコールおよび所定の結着材に加えた混合物に対して、親水性を有する金属酸化物粒子を添加して撹拌する。
【0048】
そして、撹拌した混合物を、例えば、PTFEシートなどに塗布した後、上記実施形態と同様に、ホットプレスなどによって電解質膜15に一体的に接合する。なお、この変形例においては、カチオンを選択的に透過する電解質膜15を採用する。このため、MEA10’の周辺環境が酸性となるため、水素吸蔵合金の選択にあたっては、耐食性を有する合金を選択する必要がある。
【0049】
ここで、添加される金属酸化物粒子は、例えば、チタン、珪素、アルミニウム、クロム、マグネシウムおよびジルコニウムのうちから少なくとも一種以上の金属の酸化物粒子が適宜選択される。そして、これらの金属酸化物粒子は良好な親水性を有しているため、添加した各粒子が分散するように添加することによって、触媒層16は良好な親水性を有するようになる。
【0050】
また、この変形例におけるMEA10’は、電解質膜15のカソード電極層側に触媒層17が接合されて構成される。この触媒層17は、以下に示すように成形される。すなわち、触媒層17の成形に際しては、担持カーボンを水に分散させた後、撥水性を有するPTFE、イソプロピルアルコールおよび所定の結着材を加えて撹拌する。そして、撹拌した混合物をガス拡散層14の撥水層14aに塗布した後、撥水層14aを電解質膜15に対向させた状態で、例えば、ホットプレスなどによって触媒層17を一体的に成形する。すなわち、カソード電極層は、触媒層17およびガス拡散層14とから構成される。さらに、この変形例においても、図3に示すように、2枚一対のセパレータ20がMEA10’を狭持するようになっている。
【0051】
このように構成したMEA10’に対して、ガスが供給されると、MEA10’のアノード電極層およびカソード電極層においては、前記化学反応式1,2で示される電極反応が起きる。
【0052】
すなわち、アノード電極層側においては、前記化学反応式1に従い、燃料電池の外部から供給された水素ガスが、上記実施形態と同様にして、水素イオンと電子とに電離される。そして、電離された水素イオンは、触媒層16内部を固相拡散することにより、水素イオン(すなわち、カチオン)は、電解質膜15を透過してカソード電極層側へ移動する。一方、カソード電極層側においては、前記化学反応式2に従い、燃料電池の外部から供給された空気中の酸素、電解質膜15を透過した水素イオンおよび電子から水を生成する。
【0053】
このように、この変形例においては、カソード電極層側で生成水が発生する。このため、アノード電極層側におけるドライアップ状態の発生を防止するために、水素ガスとともに加湿水が供給される。
【0054】
ところで、アノード電極層側の触媒層16は、水素吸蔵合金を用いて形成される。このため、アノード電極層側にて、例えば、加湿水の凝縮による余剰水が多量に発生、言い換えれば、フラッディング状態が発生しても、カソード電極層側の反応に必要な量の水素イオンを移動させることができる。
【0055】
また、触媒層16は、親水性を有する金属酸化物粒子が添加されて形成されている。これにより、触媒層16は、良好な親水性を有しているため、水素ガスとともに供給される加湿水を吸収して保水することができる。また、例えば、カソード電極層側から生成水がアノード電極層側に逆拡散した場合には、触媒層16は、逆拡散した生成水をも効率よく吸収して保水することができる。
【0056】
これにより、例えば、加湿水を付与せずに水素ガスのみを供給する場合であっても、アノード電極層側のドライアップ状態の発生を抑制することができる。また、このように加湿水を付与せず水素ガスを供給する場合には、燃料電池システムから加湿装置を省略することができ、アノード電極層側における煩雑な加湿管理を実施する必要がない。
【0057】
なお、この変形例においても、カソード電極層に対して加湿水の付与された空気が供給されるため、カソード電極層にてフラッディング状態の発生が懸念される。しかし、カソード電極層の触媒層17およびガス拡散層14が撥水性を有していること、および、付与する加湿水の量を調整することにより、フラッディング状態の発生を抑制することができる。したがって、この変形例においても、上記実施形態と同様に、アノード電極層およびカソード電極層において、フラッディング状態の発生およびドライアップ状態の発生による燃料電池の発電効率の低下を防止することができる。
【0058】
本発明に実施にあたっては、上記実施形態および変形例に限定されることなく、本発明の目的を逸脱しない限り、種々の変形が可能である。
【0059】
例えば、上記実施形態および変形例においては、セパレータ20をステンレス薄板に多数の筋状凹部21および筋状凸部22を成形して実施した。これに代えて、より効率よく燃料ガスおよび酸化剤ガスを供給するために、セパレータを、ガスの混流を防止するための平板状のセパレータ本体と、多数の貫通孔が形成された素材(例えば、多数の網目状の貫通孔が形成されたエキスパンドメタルまたは多数の貫通孔が形成されたパンチングメタルなど)に対して、多数の筋状凹部および筋状凸部を成形したガス流路形成部材とから構成して実施することも可能である。
【0060】
これによれば、外部から導入されたガスを、ガス流路形成部材の多数の貫通孔を介して、触媒層12,16と、ガス拡散層14(すなわち触媒層13,17)に均一に供給することができる。これにより、ガスを効率よく供給することができて、燃料電池の発電効率を向上することができる。
【0061】
また、上記実施形態における触媒層12に対して、上記変形例の触媒層16と同様に、金属酸化物粒子を添加して実施することも可能である。これによれば、触媒層12に良好な親水性を付与することができるため、電解質膜11の好適な含水率を常に維持することができて、耐久性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の実施形態に係る単セルの概略的な構成を示した断面図である。
【図2】図1のアノード電極層側の触媒層における原子状の水素の移動を説明するための図である。
【図3】本発明の変形例に係る単セルの概略的な構成を示した断面図である。
【符号の説明】
【0063】
10…MEA、11,15…電解質膜、12,16…触媒層(アノード電極層側)、13,17…触媒層(カソード電極層側)、14…ガス拡散層、20…セパレータ、21…筋状凹部、22…筋状凸部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定のイオンを選択的に透過する電解質膜と、
前記電解質膜の一面側に形成されて、外部から導入される燃料ガスに含まれる分子状の水素を原子状の水素と電子とに電離するとともに、同電離した原子状の水素を前記電解質膜に向けて固相拡散させるアノード電極層と、
前記電解質膜の他面側に形成されて、外部から導入される酸化剤ガスに含まれる分子状の酸素と前記アノード電極層によって電離された電子とを反応させるカソード電極層とを備えたことを特徴とする燃料電池用の電極構造。
【請求項2】
前記アノード電極層は、原子状の水素を吸収および放出する水素吸蔵合金を主成分として形成されたものである請求項1に記載した燃料電池用の電極構造。
【請求項3】
前記アノード電極層は、親水性を有する金属酸化物粒子が添加されて形成されたものである請求項1に記載した燃料電池用の電極構造。
【請求項4】
前記金属酸化物粒子は、チタン、珪素、アルミニウム、クロム、マグネシウムおよびジルコニウムのうちから選択された少なくとも一種の金属の酸化物粒子である請求項3に記載した燃料電池用の電極構造。
【請求項5】
前記酸化剤ガスは、加湿水とともに前記カソード電極層に導入されるものであり、
前記電解質膜は、
前記カソード電極層における前記分子状の酸素、前記加湿水および前記電子間の反応によって生成された水酸化物イオンを選択的に透過する請求項1に記載した燃料電池用の電極構造。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−73252(P2007−73252A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−256715(P2005−256715)
【出願日】平成17年9月5日(2005.9.5)
【出願人】(000110321)トヨタ車体株式会社 (1,272)
【Fターム(参考)】