説明

燃料電池用ガス拡散層および固体高分子型燃料電池

【課題】燃料電池セルの面圧を低減した場合であっても、触媒層との界面において、局所的な面圧の低下を回避して局所的な接触抵抗の増大を防止し、接触抵抗を低い状態に維持することが可能な燃料電池用ガス拡散層を提供することである。
【解決手段】ガス拡散層30は、セパレータ15のガス流路16と、表面凹凸深さHcを有する触媒層14との間に設けられた層であって、ガス流路16側に設けられ、表面凹凸深さHbを有する硬質層31と、触媒層14側に設けられ、厚み方向の弾性率(Eza)が硬質層31の厚み方向の弾性率(Ezb)の1/12未満である軟質層32と、を備え、軟質層32は、Hc×(Ezc/Exc)+Hb×(Ezb/Exb)を超える厚みTaを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用ガス拡散層および固体高分子型燃料電池に係り、特に、触媒層とガス流路層との間に、両側から圧縮された状態で配置される燃料電池用ガス拡散層および当該ガス拡散層を備えた固体高分子型燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池の単セル(以下、燃料電池セルとする)は、電解質膜と、電解質膜の両側に設けられる触媒層と、触媒層の外側に設けられ、ガス流路を有するセパレータとを備え、さらに、触媒層とセパレータのガス流路との間にガス拡散層を備えている。一般的に、自動車等の車両に搭載される燃料電池は、複数の燃料電池セルが積層された燃料電池スタックとして使用されている。そして、燃料電池スタックは、各燃料電池セル内および各燃料電池セル間の接触抵抗を低く抑えるために、両側から予め定められた所定圧で圧縮されている。具体的には、各燃料電池セルを構成する各層の界面にかかる面圧が所定圧となるように、燃料電池スタックの両側に設けられるエンドプレートがボルト等の締結部材で強く締結されている。
【0003】
近年、燃料電池セルの大面積化が進むにつれ締結部材の締結力も大きくなり、締結部材の大きさや重量の増大が問題視されてきている。そこで、この締結力を小さくすることが求められている。一方、ガス流路は、厚み方向に凹凸のある溝構造が一般的であるから、ガス流路の凸部に接触する部分の面圧が高くなり、ガス流路の凹部に対応する部分の面圧が低くなる。ゆえに、締結部材の締結力を小さくして燃料電池セルの面圧を低くすると、ガス流路の凹部に対応する部分では面圧が不足し、特にガス拡散層と触媒層との界面において局所的な触抵抵抗の増大が起こり易くなる。また、ガス拡散層および触媒層にも表面凹凸が存在し、この表面凹凸も低面圧条件における局所的な接触抵抗増大の要因となる。
【0004】
本発明に関連する技術として、ガス流路側に設けられた硬質層と、触媒層側に設けられた圧縮性の層とを備えた燃料電池のガス拡散媒体が特許文献1に開示されている。また、特許文献1には、典型的な拡散媒体は、圧縮荷重が0.34〜2.76MPaの範囲のときに10〜50%の範囲の圧縮歪みを示すこと、そして、硬質層によって拡散媒体のガス流路中への浸入を防止できることが開示されている。さらに、特許文献1には、硬質層は、圧縮性の層よりも少なくとも6倍大きな弾性率を有すること、そして、硬質層の厚さは、拡散媒体の全厚さの8%であり、および70%以下であることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009‐501423号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、特許文献1の技術は、圧縮性の高い拡散媒体がガス流路に浸入することを防止するために硬質層を設けたものであって、例えば、0.3MPa以下のように、燃料電池セルの面圧を低く設定することについては考慮していない。したがって、特許文献1を含む従来の技術では、低面圧条件において、燃料電池セル、特にガス拡散層と触媒層との接触抵抗の増加を抑制するための有効な手段は開示されていない。
【0007】
本発明の目的は、燃料電池セルの面圧を低減した場合であっても、触媒層との界面において、局所的な面圧の低下を回避して局所的な接触抵抗の増大を防止し、接触抵抗を低い状態に維持することが可能な燃料電池用ガス拡散層を提供することである。また、当該ガス拡散層を備えた固体高分子型燃料電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る燃料電池用ガス拡散層は、ガス流路層と、表面凹凸深さHcを有する触媒層との間に、両側から予め定められた所定の圧力で圧縮された状態で配置され、ガス流路層を流れるガスを触媒層に拡散供給するための燃料電池用ガス拡散層において、ガス流路層側に設けられ、表面凹凸深さHbを有する硬質層と、触媒層側に設けられ、厚み方向の弾性率が硬質層の厚み方向の弾性率の1/12未満である軟質層と、を備え、軟質層は、触媒層の厚み方向の弾性率をEzc、面方向の弾性率をExcとし、硬質層の厚み方向の弾性率をEzb、面方向の弾性率をExbとして、Hc×(Ezc/Exc)+Hb×(Ezb/Exb)を超える厚みを有することを特徴とする。
【0009】
上記構成によれば、硬質層の厚み方向の弾性率の1/12未満である厚み方向の弾性率と、Hc×(Ezc/Exc)+Hb×(Ezb/Exb)を超える厚みとを有する軟質層によって、燃料電池セルの面圧を、例えば、0.3MPa以下のような低面圧に設定した場合であっても、硬質層、触媒層、およびガス流路層の表面凹凸の影響を十分に緩和することができる。即ち、軟質層は、低面圧条件であっても、硬質層および触媒層の表面凹凸部分に十分入り込み、硬質層および触媒層との大きな接触面積を確保することができる。したがって、ガス拡散層の軟質層と触媒層との界面、および軟質層と硬質層との界面において、面圧の均一化を図り、局所的な面圧の低下を回避して局所的な接触抵抗の増大を防止することが可能になる。
【0010】
また、軟質層は、硬質層の表面凹凸深さの1/10未満で、且つ触媒層の表面凹凸深さよりも大きな粒子径を有する粒子状の導電性材料、又は硬質層の表面凹凸深さの1/10未満で、且つ触媒層の表面凹凸深さよりも大きな繊維径を有する繊維状の導電性材料と、絶縁性樹脂と、から構成されることが好ましい。
【0011】
また、本発明に係る固体高分子型燃料電池は、ガス流路層と、表面凹凸深さHcを有する触媒層との間に、両側から予め定められた所定の圧力で圧縮された状態で配置され、ガス流路層を流れるガスを触媒層に拡散供給するための燃料電池用ガス拡散層を備える固体高分子型燃料電池において、前記ガス拡散層が、ガス流路層側に設けられ、表面凹凸深さHbを有する硬質層と、触媒層側に設けられ、厚み方向の弾性率が硬質層の厚み方向の弾性率の1/12未満である軟質層と、を備え、前記軟質層は、触媒層の厚み方向の弾性率をEzc、面方向の弾性率をExcとし、硬質層の厚み方向の弾性率をEzb、面方向の弾性率をExbとして、Hc×(Ezc/Exc)+Hb×(Ezb/Exb)を超える厚みを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る燃料電池用ガス拡散層によれば、燃料電池セルの面圧を低減した場合であっても、特に触媒層との界面において、局所的な面圧の低下を回避して局所的な接触抵抗の増大を防止し、接触抵抗を低い状態に維持することが可能になる。したがって、燃料電池セルの締結力を小さくすることができ、締結部材の小型化や軽量化を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態である燃料電池用ガス拡散層を備えた燃料電池を示す断面図である。
【図2】本発明の実施形態である燃料電池用ガス拡散層を備えた燃料電池において、軟質層と触媒層との界面および軟質層と硬質層との界面の状態を示す断面図である。
【図3】本発明の実施形態である燃料電池用ガス拡散層を備えた燃料電池において、ガス拡散層と触媒層との界面における面圧と接触抵抗との関係を示す図である。
【図4】本発明の実施形態である燃料電池用ガス拡散層を備えた燃料電池において、ガス拡散層と触媒層との界面における面圧が0.1MPaの低面圧条件下で、軟質層の厚みと接触抵抗との関係を示す図である。
【図5】本発明の実施形態である燃料電池用ガス拡散層を備えた燃料電池において、ガス拡散層と触媒層との界面における面圧が0.1MPaの低面圧条件下で、軟質層の弾性率と接触抵抗との関係を示す図である。
【図6】軟質層の厚みが式(2)の条件を見たさない構成において、軟質層と触媒層との界面および軟質層と硬質層との界面の状態を示す断面図である。
【図7】軟質層の厚みが式(2)の条件を見たさない構成において、ガス拡散層と触媒層との界面における面圧と接触抵抗との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図面を用いて、本発明に係る燃料電池用ガス拡散層および当該ガス拡散層を備えた固体高分子型燃料電池の実施形態につき、以下詳細に説明する。なお、以下では、本発明に係る燃料電池用ガス拡散層は、車両用燃料電池スタック10(以下、燃料電池スタック10とする)を構成する各燃料電池セル11に適用されるガス拡散層30として説明するが、適用範囲は車両用の燃料電池に限定されない。
【0015】
図1に示すように、燃料電池スタック10は、積層された複数の燃料電池セル11、燃料電池セル11の両側に配置された一対のエンドプレート12、および図示しない締結部材やマニホールド等から構成されている。エンドプレート12は、各燃料電池セル11内および各燃料電池セル11間の接触抵抗を低く抑えるために、図示しない締結部材を用いて燃料電池セル11の積層体を圧縮している。なお、圧縮状態で燃料電池セル11の各層にかかる面圧としては、0.05MPa〜0.5MPaが例示でき、0.1MPa〜0.3MPaであることがより好ましい。以下では、燃料電池セル11は、0.3Mpa以下の面圧で圧縮されているものとして説明する。
【0016】
また、燃料電池スタック10には、いずれも図示しない、燃料ガスである水素ガスの供給装置、酸化ガスである空気の供給流路、および冷却水の供給装置等がマニホールドを介して接続されている。
【0017】
燃料電池セル11は、固体高分子型燃料電池であって、高分子膜である電解質膜13と、電解質膜13の両側に設けられる触媒層14と、触媒層14の外側に設けられるセパレータ15と、触媒層14とセパレータ15との間に設けられるガス拡散層30とを備える。そして、セパレータ15は、ガス拡散層30と接する面に、水素ガス又は空気を流すためのガス流路16を有している。
【0018】
電解質膜13は、湿潤状態で水素イオン(以下、プロトンとする)を選択的に透過するイオン交換膜であって、アノード電極で生成したプロトンをカソード電極へと移動させる機能を有する。電解質膜13としては、例えば、ナフィオン(デュポン社の登録商標)等のスルホン酸型パーフルオロカーボン重合体、ポリサルホン樹脂、ホスホン酸基又はカルボン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体などの高分子膜を用いることができる。
【0019】
触媒層14は、電解質膜13の両側に設けられる層であって、アノード電極側とカソード電極側とでは関与する反応が異なる。アノード電極側の触媒層14は、ガス流路16からガス拡散層30を通って供給された水素ガスをプロトンと電子とに電離させる機能を有する。一方、カソード電極側の触媒層14では、アノード電極側で電離したプロトンおよび電子が、ガス流路16からガス拡散層30を通って供給された空気中の酸素と反応して水が生成される。そして、この一連の反応により起電力が発生する。なお、いずれの触媒層14も、例えば、白金、ルテニウム、又はロジウム等の貴金属触媒を担持した、カーボンブラック、アセチレンブラック、又はカーボンナノチューブ等のカーボン(以下、担持カーボンとする)を主成分とする。触媒層14は、溶媒中に分散させた担持カーボンを電解質膜13の両面に塗布した後、例えば、ホットプレス等を用いて形成することができる。
【0020】
触媒層14は、例えば、5μm〜30μm程度の厚みを有し、特に10μm程度の厚みが好適である。また、詳しくは後述するように、触媒層14のガス拡散層30側の面は、平坦ではなく表面凹凸が存在する。
【0021】
セパレータ15は、水素ガスと空気との混流を防止する機能と、電解質膜13および触媒層14における反応によって発電された電気を集電する機能とを有する。また、一般的に、セパレータ15には、図示しない冷却水流路が形成されており、燃料電池セル11を冷却する機能も有している。また、セパレータ15は、例えば、ステンレス薄板から構成されており、ガス拡散層30を介して電解質膜13および触媒層14を挟持するように燃料電池セル11の両端に設けられている。
【0022】
ガス流路16は、上記のように、水素ガス又は空気を流すため流路であって、セパレータ15のガス拡散層30に接する面に形成される。具体的には、アノード電極側のガス流路16に水素ガスが流れ、カソード電極側のガス流路16に空気が流れる。また、いずれのガス流路16も、厚み方向に凹凸を有する溝が形成された構造、例えば、サーペンタイン流路構造やストレート流路構造を採用することができ、凸部がガス拡散層30と接触している。
【0023】
ガス拡散層30は、セパレータ15の表面のガス流路16を流れる水素ガス又は空気を触媒層14に拡散させて供給(拡散供給)する機能を有し、ガス流路層であるガス流路16と、触媒層14との間に設けられている。また、ガス拡散層30は、触媒層14とセパレータ15との間の電子伝達媒体としての役割も担う。ゆえに、ガス拡散層30は、触媒層14とセパレータ15との間、特に接触抵抗が上昇し易い触媒層14との間の接触抵抗を低く維持するために、予め定められた所定の圧力で圧縮されて配置されている。具体的には、上記のように、一対のエンドプレート22により燃料電池セル11の全体が圧縮されている。
【0024】
また、ガス拡散層30は、例えば、0.3MPa以下のような低面圧条件であっても、面圧の均一化を図り、特に触媒層14との界面において局所的な面圧の低下を回避して局所的な接触抵抗の増大を防止する機能を有する。この機能を実現するために、ガス拡散層30は、ガス流路16側に設けられる硬質層31と、触媒層14側に設けられる軟質層32とから構成された2層構造を有し、軟質層32の厚み方向の弾性率および厚みを後述するように規定している。
【0025】
硬質層31は、ガス流路16と接触する層であって、軟質層32よりも硬く弾性率が高い層である。なお、本明細書において、弾性率とは、圧縮力をひずみで除して得られるヤング率を意味する。硬質層31としては、例えば、カーボンペーパ、カーボンクロス、カーボンフェルトなどの繊維状の導電性材料から構成され、好ましくは、ポリテトラフルオロエチレンなどの絶縁性樹脂でコーティングされた導電性材料が用いられる。また、硬質層31は、カーボンブラックなどの粒子状の導電性材料と、ポリテトラフルオロエチレンなどの絶縁性樹脂とから構成することもできる。また、繊維状の導電性材料に、粒子状の導電性材料、さらには絶縁性材料を混練したペーストを塗布してもよい。硬質層31は、例えば、繊維状の導電性材料を軟質層32の構成材料とラミネートする、或いは硬質層31又は軟質層32の一方の構成材料を他方の構成材料に塗布することで作製される。
【0026】
硬質層31は、例えば、100μm〜300μm程度の厚みを有し、特に150μm〜200μm程度の厚みが好適である。また、詳しくは後述するように、硬質層31の表面は、平坦ではなく表面凹凸が存在する。
【0027】
軟質層32は、触媒層14と接触する層であって、硬質層31よりも柔軟性があり圧縮し易い層である。また、軟質層32は、触媒層14よりも柔軟性が高い。即ち、軟質層32の弾性率は、硬質層31および触媒層14よりも低く、特に厚み方向の弾性率(Eza)は、式(1)に示すように、硬質層31の厚み方向の弾性率(Ezb)の1/12未満であることが要求される。
Eza<Ezb/12・・・・・(1)
なお、弾性率(Eza)の好ましい範囲としては、弾性率(Ezb)の1/12未満〜1/24が例示でき、例えば、0.1MPa〜10MPaの範囲で設定される。
【0028】
軟質層32の弾性率(Eza)を規定する式(1)は、ホルムの接触抵抗理論等に基づく演算結果、また、種々の弾性率におけるシミュレーション結果および実際の実験結果によって導出されたものである。即ち、実験結果等によれば、軟質層32は、弾性率(Eza)が式(1)の条件を満たし、且つ後述するように、厚みTaが式(2)を満たす場合に、0.3MPa以下のような低面圧条件においても接触抵抗の増大を防止することができる。一方、弾性率(Eza)が式(1)の条件を満たさない場合、即ち弾性率(Eza)が硬質層31の弾性率(Ezb)の1/12以上である場合は、低面圧条件で接触抵抗の増大を防止できない。
【0029】
なお、軟質層32としては、硬質層31と同様の繊維状又は粒子状の導電性材料から構成することができる。但し、弾性率(Eza)を硬質層31よりも小さくするために、例えば、繊維密度の低い材料や柔軟性の高い材料が用いられ、特にカーボンブラック等の粒子状の導電性材料が好適である。また、軟質層32は、面圧の均一化等の観点から、硬質層31の表面凹凸深さHbの1/10未満で、且つ触媒層14の表面凹凸深さHcよりも大きな粒子径を有する粒子状の導電性材料、又は硬質層31の表面凹凸深さHbの1/10未満で、且つ触媒層14の表面凹凸深さHcよりも大きな繊維径を有する繊維状の導電性材料と、ポリテトラフルオロエチレンなどの絶縁性樹脂とから構成されることが好ましい。なお、当該粒子径および繊維径の条件も、上記の演算結果、また、シミュレーション結果および実験結果によって導出されたものである。
【0030】
ここで、図2を用いて、ガス拡散層30の構成、特に軟質層32の構成をさらに説明する。なお、図2は、軟質層32と触媒層14との界面および軟質層32と硬質層31との界面の状態を示す断面図であり、図2(a)は未圧縮状態、図2(b)が圧縮状態をそれぞれ示している。
【0031】
図2(a)に示すように、軟質層32が接触する触媒層14の表面および硬質層31の表面には、表面凹凸が存在する。触媒層14の表面凹凸深さHcおよび硬質層31の表面凹凸深さHbは、それぞれの厚みによっても異なるが、通常、硬質層31の方が分厚いので、表面凹凸深さはHc<Hbの関係となる。なお、後述の式(2)で用いられる表面凹凸深さHc,Hbとは、未圧縮状態或いは非常に低い圧縮状態(以下、微圧縮状態と略記)における厚み方向の表面凹凸の長さであって、例えば、光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡(SEM)、プローブの針先端圧を0.01〜0.1MPaに制御した先端径10μm以下の表面粗さ計や走査型プローブ顕微鏡(SPM)などを用いて測定することができる。
【0032】
そして、軟質層32は、触媒層14および硬質層31の表面凹凸に基づいて、式(2)の条件を満たす厚みTaを有している。なお、厚みTaとは、未圧縮状態或いは微圧縮状態における厚みを意味する。
Ta>{Hc×(Exc/Ezc)}+{Hb×(Exb/Ezb)}・・・(2)
ここで、Ex1は、触媒層14の面方向の弾性率、Ex2:硬質層31の面方向の弾性率である。また、Hc,Hbは、上記のように、未圧縮状態或いは微圧縮状態における触媒層14および硬質層31の表面凹凸深さであり、式(2)においては、例えば、表面凹凸深さの最大値、中央値、最頻値、又は平均値などを用いることができる。これらのうち、中央値、最頻値、又は平均値を用いることが好ましく、平均値を用いることがより好ましい。
【0033】
軟質層32の厚みTaを規定する式(2)は、ポアソン比に基づく演算により導出され、種々の厚みにおけるシミュレーションおよび実際の実験によって裏付けられたものである。式(2)の(Exc/Ezc)および(Exb/Ezb)は、触媒層14および硬質層31の圧縮状態において、各層の面方向への伸びと厚み方向への伸びとの比率を表すものである。そして、未圧縮状態或いは微圧縮状態の表面凹凸深さに当該比率を乗じることにより、圧縮状態における各層の表面凹凸深さを推定することができる。即ち、軟質層32の厚みTaは、圧縮状態における触媒層14の表面凹凸深さと硬質層32の表面凹凸深さとの和を超える厚みを有することが要求される。
【0034】
即ち、軟質層32は、弾性率(Eza)が式(1)の条件を満たし、厚みTaが式(2)を満たす場合に限り、図2(b)に示すように、0.3MPa以下のような低面圧条件においても触媒層14の表面凹凸と硬質層31の表面凹凸に対応し、両層と隙間なく接触する。一方、厚みTaが式(2)の条件を満たさない場合は、弾性率(Eza)が式(1)の条件を満たしている場合でも、低面圧条件で接触抵抗の増大を防止できない。
【0035】
なお、ガス拡散層30の厚みは、ガス拡散性等の観点から、50μm〜500μmであることが好ましく、100μm〜300μmであることがより好ましい。そして、軟質層32の厚みTaとしては、ガス拡散層30全体の厚みによっても異なるが、50〜200μmであることが好ましく、70〜100μmであることがより好ましい。
【0036】
ここで、図2と、比較例として図6とを用いて、上記構成を備えるガス拡散層30の作用効果、特に軟質層32の作用効果について説明する。なお、図6は、図2に対応する図であり、軟質層32に代えて、式(2)の条件を満たさない軟質層51を用いた場合の界面状態を示す図である。
【0037】
図2(a)に示すように、弾性率(Eza)が式(1)の条件を満たし、且つ厚みTaが式(2)の条件を満たす軟質層32は、図2(b)に示すように、例えば、0.3MPaのような低面圧条件であっても、触媒層14および硬質層31の表面凹凸部分に十分入り込むことができる。即ち、軟質層32は、触媒層14および硬質層31と隙間なく接触して、低面圧条件においても両層との大きな接触面積を確保することができる。したがって、ガス拡散層30を用いれば、局所的な面圧の低下を回避して局所的な接触抵抗の増大を防止し、接触抵抗を低い状態に維持することが可能になる。
【0038】
一方、図6(a)に示すように、軟質層51の厚みが式(2)の条件を満たさない場合には、図6(b)に示すように、軟質層51が触媒層14および硬質層31の表面凹凸部分に十分入り込まず、両層との間に大きな隙間が生じて、特に低面圧条件では大きな接触面積を確保することができない。したがって、図6に示すガス拡散層50を用いた場合には、面圧が不均一となり、局所的な接触抵抗の増大を引き起こす。
【0039】
次に、図3〜図5と、比較例として図7とを用いて、ガス拡散層30の作用効果をさらに説明する。各図では、▲が実測値、点線が計算値をそれぞれ示している。
【0040】
なお、図3は、ガス拡散層30と触媒層14との界面における面圧と接触抵抗との関係を示す図であり、図4および図5は、ガス拡散層30と触媒層14との界面における面圧が0.1MPaの条件下で、軟質層32の厚みと接触抵抗との関係および軟質層32の弾性率と接触抵抗との関係をそれぞれ示す図である。また、図7は、図3に対応する図であり、軟質層32に代えて、式(2)の条件を満たさない軟質層51を用いた場合を示す図である。
【0041】
図3に示すように、弾性率(Eza)が式(1)の条件を満たし、且つ厚みTaが式(2)の条件を満たす軟質層32(Eza=1MPa,Ta=98μm)を用いた場合には、0.3MPaのような低面圧条件であっても、接触抵抗の増大が殆どなく、低接触抵抗を維持できている。一方、図7に示すように、式(1)および式(2)の条件を満たさない軟質層52を用いた場合には、面圧が0.3MPaより小さくなると、接触抵抗の急激な上昇を引き起こす。
【0042】
また、図4に示すように、式(1)および式(2)の条件を満たす軟質層32(Eza=1MPa)を用いた場合には、その厚みTaが厚くなるほど接触抵抗が低くなる傾向が得られた。具体的には、厚みTaを52μmから98μmに変化させると、接触抵抗が85mΩ・cm2から40mΩ・cm2に変化し、厚みTaを約2倍にすると接触抵抗が約1/2になるという結果が得られた。なお、図4に例示する傾向は、厚みTaが50μm〜100μm程度において、軟質層32が式(1)および(2)の条件を満たす範囲で、触媒層14の表面凹凸深さHc、硬質層32の表面凹凸深さHb、又は硬質層31の弾性率(Ezb)を変化させても殆ど変化しない。
【0043】
また、図5に示すように、式(1)および式(2)の条件を満たす軟質層32(Ta=98μm)を用いた場合には、その弾性率(Eza)が低くなる、即ち柔軟性が高くなるほど接触抵抗が低くなる傾向が得られた。具体的には、弾性率(Eza)を10MPaから1MPaに変化させると、接触抵抗が50mΩ・cm2から40mΩ・cm2に変化するという結果が得られた。なお、図5に例示する傾向は、弾性率(Eza)が1MPa〜10MPa程度において、軟質層32が式(1)および(2)の条件を満たす範囲で、触媒層14の表面凹凸深さHc、硬質層32の表面凹凸深さHb、又は硬質層31の弾性率(Ezb)を変化させても殆ど変化しない。
【0044】
以上のように、固体高分子型燃料電池のガス拡散層として、硬質層31と、式(1)および式(2)の条件を満たす軟質層32とを備えたガス拡散層30を用いれば、燃料電池セルの面圧を低減した場合であっても、局所的な面圧の低下を回避して局所的な接触抵抗の増大を防止し、接触抵抗を低い状態に維持することが可能になる。したがって、燃料電池セルの締結力を小さくすることができ、締結部材の小型化や軽量化を実現することができる。
【0045】
なお、上記では、セパレータ15にガス流路16が形成されるものとして説明したが、本発明のガス拡散層が適用される燃料電池としては、セパレータと別部材のガス流路層を備える燃料電池であってもよい。
【符号の説明】
【0046】
10 燃料電池スタック、11 燃料電池セル、12 エンドプレート、13 電解質膜、14 触媒層、15 セパレータ、16 ガス流路、30 ガス拡散層、31 硬質層、32 軟質層、Hc 触媒層の表面凹凸深さ、Hb 硬質層の表面凹凸深さ、Ta 軟質層の厚み。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガス流路層と、表面凹凸深さHcを有する触媒層との間に、両側から予め定められた所定の圧力で圧縮された状態で配置され、ガス流路層を流れるガスを触媒層に拡散供給するための燃料電池用ガス拡散層において、
ガス流路層側に設けられ、表面凹凸深さHbを有する硬質層と、
触媒層側に設けられ、厚み方向の弾性率が硬質層の厚み方向の弾性率の1/12未満である軟質層と、
を備え、
軟質層は、
触媒層の厚み方向の弾性率をEzc、面方向の弾性率をExcとし、
硬質層の厚み方向の弾性率をEzb、面方向の弾性率をExbとして、
Hc×(Ezc/Exc)+Hb×(Ezb/Exb)を超える厚みを有することを特徴とする燃料電池用ガス拡散層。
【請求項2】
請求項1に記載の燃料電池用ガス拡散層において、
軟質層は、
硬質層の表面凹凸深さの1/10未満で、且つ触媒層の表面凹凸深さよりも大きな粒子径を有する粒子状の導電性材料、又は硬質層の表面凹凸深さの1/10未満で、且つ触媒層の表面凹凸深さよりも大きな繊維径を有する繊維状の導電性材料と、
絶縁性樹脂と、
から構成されることを特徴とする燃料電池用ガス拡散層。
【請求項3】
ガス流路層と、表面凹凸深さHcを有する触媒層との間に、両側から予め定められた所定の圧力で圧縮された状態で配置され、ガス流路層を流れるガスを触媒層に拡散供給するための燃料電池用ガス拡散層を備える固体高分子型燃料電池において、
前記ガス拡散層が、
ガス流路層側に設けられ、表面凹凸深さHbを有する硬質層と、
触媒層側に設けられ、厚み方向の弾性率が硬質層の厚み方向の弾性率の1/12未満である軟質層と、
を備え、
前記軟質層は、
触媒層の厚み方向の弾性率をEzc、面方向の弾性率をExcとし、
硬質層の厚み方向の弾性率をEzb、面方向の弾性率をExbとして、
Hc×(Ezc/Exc)+Hb×(Ezb/Exb)を超える厚みを有することを特徴とする固体高分子型燃料電池。
【請求項4】
請求項3に記載の固体高分子型燃料電池において、
固体高分子型燃料電池が有する拡散層の軟質層は、
硬質層の表面凹凸深さの1/10未満で、且つ触媒層の表面凹凸深さよりも大きな粒子径を有する粒子状の導電性材料、又は硬質層の表面凹凸深さの1/10未満で、且つ触媒層の表面凹凸深さよりも大きな繊維径を有する繊維状の導電性材料と、
絶縁性樹脂と、
から構成されることを特徴とする固体高分子型燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−59615(P2012−59615A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−203261(P2010−203261)
【出願日】平成22年9月10日(2010.9.10)
【出願人】(000004695)株式会社日本自動車部品総合研究所 (1,981)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】