説明

燻製食肉製品の製造方法

【課題】ケーシングやセロハン等を用いることなく、燻製終了時にリテイナーから燻製食肉製品を容易に取り出すことができる燻製食肉製品の製造方法を提供する。
【解決手段】食肉の表面にトランスグルタミナーゼを作用させ、低温で保存することにより、食肉の表面部分のみの弾力性や硬さを増加させ、燻製終了時にリテイナーの網に食肉製品の表面が食い込まず、容易に取り出すことを可能とする。また、トランスグルタミナーゼにカゼインナトリウムを併用することにより、燻製食肉製品の表面の硬さをより増加させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ケーシングを使用することなく食肉をリテイナーに充填し、温燻又は熱燻することを特徴とする燻製食肉製品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
食肉の燻製としては、冷燻法、温燻法又は熱燻法が主に行われている。燻製時の温度は、冷薫法が15〜30℃、温燻法が30〜80℃、熱燻法が120〜140℃というのが一般的であり、このうち温燻法は、ロースハム、ベーコン、ビーフジャーキー、ソーセージ類などに向いているとされる。
【0003】
温燻法により食肉を燻製する場合、角型や丸型等に成形された燻製食肉製品は、形態を整えるためにファイブラスケーシングに充填するか、又は原料である塩漬肉をセロハン、特化紙でラッピングした後、図1に示すリテイナーに充填した後、燻製するのが一般的である。
【0004】
しかし、ファイブラスケーシングやセロハン等は通気性を有するが、それらを使用しないで燻製する場合と比較すると、スモークが食肉に付着しにくいために、製品にスモークの風味が出にくくなる。また、ファイブラスケーシングやセロハン等が燻製時の食肉表面の乾燥を妨げるため、それらを使用しないで燻製する場合と比較すると、食肉製品の表面が乾燥しにくく、製品に凝縮した肉の旨味や風味が出にくいという欠点がある。
【0005】
さらに、燻製が終了して燻製食肉製品を冷却した後、リテイナーから燻製食肉製品を取り出す際に、ケーシング内面にくっついた燻製食肉製品の表面がはがれたり、セロハン又は特化紙をはがす際に、切れ端が燻製食肉製品の表面に残って異物混入となる危険性もある。
【0006】
一方、トランスグルタミナーゼは、動植物を問わず自然界に広く存在する酵素であり、哺乳類、タラ等の魚肉、エンドウ豆等の植物にも含まれるものである。トランスグルタミナーゼは、タンパク質のグリシン残基とリジン残基間を架橋し、高分子化する作用を有するため、食肉を硬くして弾力を持たせる目的で使用することができる。例えば、トランスグルタミナーゼを添加することにより、高温加熱や加圧加熱殺菌を行っても肉粒感、弾力性を維持させる挽肉加工食品の製造方法が、特許文献1に開示されている。また、1)水酸化カルシウム及び/又は酸化カルシウムと、2)クエン酸3ナトリウム及び/又はクエン酸3カリウムを、モル比で1:1.5 〜 1:10の比率で含み、さらにトランスグルタミナーゼを含む食肉単味品用製剤、及び当該製剤を溶解したピックルを食肉に注入することにより、食肉単味品の結着性と硬さを増加させる方法が、特許文献2に開示されている。さらに、食肉に乳タンパク等の補助タンパク質とトランスグルタミナーゼを添加することにより、リン酸塩を使用せずに食肉製品の保水性等の品質を向上させる食肉製品の製造方法が、特許文献3に開示されている。
【0007】
魚肉を対象としたものとして、トランスグルタミナーゼを添加することにより、製品の弾力、保水性、歯ごたえ等を増大させる魚肉練製品とその製造方法が、特許文献4に開示されている。また、加熱処理後の魚にトランスグルタミナーゼを作用させることにより、魚の身崩れを防止する方法が、特許文献5に開示されている。
【特許文献1】特開平3−175929号公報
【特許文献2】特開2004−248661号公報
【特許文献3】特許第2630829号公報
【特許文献4】特開平2−186961号公報
【特許文献5】特開2002−34515号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1に開示される製造方法は、挽肉に対してトランスグルタミナーゼを作用させ、ハンバーグ等の挽肉加工食品の食感等を改善する方法であり、また、特許文献4に開示される製造方法も、魚の練り肉に対してトランスグルタミナーゼを作用させるものであるため、食肉の燻製方法として応用することはできない。
【0009】
また、特許文献2及び3に開示される製造方法は、トランスグルタミナーゼを含む溶液を、原料となる食肉全体に均一に注入するものであり、燻製食肉製品の全体の弾力、硬さ等が増加することになる。
【0010】
さらに、特許文献5に開示される魚の身崩れを防止する方法も、加熱された魚にトランスグルタミナーゼを作用させ、魚の身全体を身崩れしにくくする方法であり、燻製食肉製品製造時の上記問題の解決には役立たない。
【0011】
本発明は、燻製食肉製品製造時に生じる上記問題を解決し、ケーシングやセロハン等を用いることなく、燻製終了時にリテイナーから燻製食肉製品を取り出すことができる燻製食肉製品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、食肉表面にトランスグルタミナーゼを作用させ、低温で保存する(寝かせる)ことにより、食肉の表面部分のみ弾力性や硬さを増加させ、燻製終了時にリテイナーの網に食肉製品の表面が食い込まず、容易にリテイナーから製品を取り出すことを可能とする燻製食肉製品の製造方法に関する。
【0013】
具体的に、本発明は、食肉の表面にトランスグルタミナーゼ及びカゼインナトリウムを添加する工程(a)と、食肉を0℃以上10℃以下の温度で保存し、トランスグルタミナーゼを反応させる工程(b)と、保存後の食肉を直接リテイナーに充填し、燻煙する工程(c)、
とを有する燻製食肉製品の製造方法に関する(請求項1)。従来は、主に食肉の全体にトランスグルタミナーゼを作用させて食肉製品の弾力等を増加させていたが、本発明においては、リテイナーに直接食肉を充填した場合であっても、燻製終了時にリテイナーから燻製食肉製品を取り出しやすくするため、食肉表面にのみトランスグルタミナーゼを作用させることを特徴としている。表面部分のみ弾力及び硬さを増加させることにより、食肉を燻製する際に、ケーシングに充填したり、セロハン等でラッピングする必要がなく、直接リテイナーに充填して燻製しても食肉表面がケーシングの網に食い込むことがない。
【0014】
また、スモークが食肉表面と直接接触するため、製品にスモークの風味が十分に付きやすい。さらに、食肉表面のタンパク質の変性によって、食肉内部からの肉汁流出が防止され、食肉内部のやわらかさと相俟って燻製食肉製品の食感、旨味等の品質が優れている。
【0015】
また、本発明は、トランスグルタミナーゼと同時にカゼインナトリウムを食肉表面に添加することを特徴とする。食肉表面に付着したカゼインナトリウムは、燻製することによって乾燥、結晶化し、燻製食肉製品の表面を硬くする。この効果によって、トランスグルタミナーゼの添加量を抑制しつつ、食肉製品の表面の硬さを増加させることができる。
【0016】
さらに、本発明は、食肉製品の表面にトランスグルタミナーゼとカゼインナトリウムを添加した後、冷蔵庫内(0℃〜10℃)で一定時間保存した後、燻製することを特徴とする。トランスグルタミナーゼを添加した直後では、食肉表面のタンパク質の変性が不十分であり、弾力及び硬さが増加していないためである。なお、保存時間は、15〜24時間とすることが好ましい(請求項6)。食肉同士を結着させる目的で食肉表面にトランスグルタミナーゼを作用させる場合には、直ちに食肉同士を密着させる必要があるが、本発明においては、食肉同士を結着させる場合と比較して、非常に長時間トランスグルタミナーゼを食肉と反応させることも特徴とする。
【0017】
なお、食肉製品を冷蔵庫内で保存する場合、食肉表面の乾燥を防止するため、ビニールシート等でラッピングすることが好ましい。
【0018】
工程(a)において、食肉1 kgに添加するトランスグルタミナーゼが46酵素単位(IU)以上1140酵素単位(IU)以下であり、かつ、カゼインナトリウムが0.6 g以上0.9 g以下であることが好ましい(請求項3)。トランスグルタミナーゼ及びカゼインナトリウムがこの範囲未満であれば食肉表面を変性させにくく、この範囲を超えると食肉表面が硬くなり過ぎて、商品価値が低下しやすい。
【0019】
工程(a)において、さらに、食肉表面に重合リン酸塩を添加することが好ましい(請求項2)。重合リン酸塩には、食肉をゲル形成性、保水性を向上させる作用があるため、これをトランスグルタミナーゼ及びカゼインナトリウムと併用することにより、トランスグルタミナーゼ及びカゼインナトリウムの使用量を抑えても、燻製食肉製品の表面とリテイナーの剥離性を向上することができる。
【0020】
食肉1 kgに添加する重合リン酸塩が0.01 g以上0.05 g以下であることが好ましい(請求項4)。添加する重合リン酸塩量がこの範囲未満では剥離性を向上させることができず、この範囲を超えると燻製食肉製品の表面が非常に硬くなり、商品価値が低下する。
【0021】
工程(a)において、食肉表面に、さらに、食用植物性油脂又は食用動物性油脂を添加することもできる(請求項5)。サラダ油等の食用植物性油脂又は牛脂や豚脂等の食用動物性油脂を、トランスグルタミナーゼ及びカゼインナトリウムと共に食肉表面に塗布等して添加することにより、燻製食肉製品の表面が過度に乾燥することを防止できる。
【0022】
工程(c)において、燻製温度は、30℃以上80℃以下であることが好ましい(請求項7)。本発明では、燻製方法として温燻法又は熱燻法のいずれも採用することが可能であるが、温燻法を採用する場合の方が、燻製食肉製品の表面が硬くなり過ぎない点で好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明の燻製食肉製品の製造方法は、スモークの風味が十分に付着し、セロハン等の異物混入のおそれのない燻製食肉製品を提供することができる。しかも、食肉表面がリテイナーとの付着によって損なわれることがないため、外観も優れた燻製食肉製品を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り下記に限定されるものではない。
(冷蔵保存温度及び冷蔵保存時間の検討)
豚モモ肉100重量部に対して、表1に示す塩漬液(塩漬液1)20重量部を均一にインジェクションした後、5℃の冷蔵庫内で1日保存した。
【0025】
【表1】

【0026】
この塩漬肉120重量部に対して、食肉結着用に市販されているトランスグルタミナーゼ含有製剤であるアクティバTGB(味の素株式会社製)0.6重量部、アクティバTGS(味の素株式会社製)0.2重量部及びサラダ油0.6重量部を添加し、10分間ミキサーを用いて混合及びマッサージして、塩漬肉の表面に上記添加物を均一に付着させた。
【0027】
ここで、本実施の形態で使用したアクティバTGB及びアクティバTGSの成分組成を、それぞれ表2及び表3に示す。アクティバTGBは、トランスグルタミナーゼ以外に、食肉結着補強剤であるカゼインナトリウム、水に溶解させる場合に分散性を向上させるショ糖脂肪酸エステル、賦形剤であるデキストリン等を含んでいる。また、アクティバTGSは、トランスグルタミナーゼ以外に、トランスグルタミナーゼの安定化剤であるポリリン酸ナトリウム、無水ピロリン酸ナトリウム及びL-アスコルビン酸ナトリウム、賦形剤である乳糖等を含んでいる。
【0028】
【表2】

【0029】
【表3】

【0030】
なお、本実施の形態においては、アクティバTGB及びアクティバTGSを粉末のまま食肉表面に付着させて添加したが、予め3〜5倍量の水に溶解し、水溶液として食肉表面に塗布することにより添加してもよい。
【0031】
次に、添加処理後の塩漬肉をビニールシートでラッピングし、図1に示すリテイナーに充填した後、2℃、5℃又は8℃のそれぞれの冷蔵庫に分けて保存した。なお、リテイナーに充填するのは、塩漬肉をリテイナーの大きさに合わせて成型するためである。このため、アクティバTGB及び/又はアクティバTGSを食肉表面に添加してからリテイナーに充填するまでの時間は、10℃以下で4時間以内であることが好ましい。それ以上時間が経過すると塩漬肉表面が硬化し、リテイナーの大きさに合わせて塩漬肉を成型することが困難になる。
【0032】
リテイナーに充填する替わりに、図2(a)に示すトレイ1にビニールシートでラッピングした塩漬肉2を充填してもよい。この場合、塩漬肉の成型性をよくし、後で行う燻製前のリテイナー充填の作業性をよくするため、成型容器となるトレイの幅と奥行きは、図1に示すリテイナーの幅と奥行きよりも少し小さくした方がよい。
【0033】
成型容器となるトレイの高さは、充填する塩漬肉の枚数に合わせればよい。図2(b)に示す例では、トレイ3内にビニールシートでラッピングした塩漬肉2を3枚格納し、蓋4をした上で保存する。なお、トレイ3の材質は、錆びにくいステンレスとすることが好ましい。
【0034】
ビニールシートでラッピングするのは、冷蔵保存中に塩漬肉表面が乾燥し、また、塩漬肉を成型容器(リテイナー)に接着させないためである。ビニールシートの替わりに、他のプラスチック製シート、アルミシート等を単独又は組み合わせてラッピングしてもよい。
【0035】
ラッピングした塩漬肉を、2℃、5℃及び8℃のそれぞれの温度で0〜36時間保存した後、リテイナーから取り出し、ビニールシートを取り除いて、リテイナーに再度充填した。その後、表4に示す条件で燻製した。
【0036】
【表4】

【0037】
燻製が終了し、室温まで冷却した後、燻製食肉製品をリテイナーから取り出し、A:塩漬肉表面の変性(表面に弾力が有り、硬化しているか)、B:冷却後のリテイナーとの剥離性、C:燻製食肉製品の表面状態又はスライス処理後の食感の3点についての評価を行った。ここで、Cについては、燻製食肉製品をリテイナーから取り出す際に剥離性が改善された場合には、スライス処理後の食感について評価し、剥離性が改善されていなかった場合には、取り出した後の燻製食肉製品の表面の状態についてのみ評価した。その結果を表5に示す。
【0038】
【表5】

【0039】
いずれの保存温度においても、保存時間が0時間、すなわち、アクティバTGB及びアクティバTGSを添加した直後に燻製を行った場合には、塩漬肉表面がトランスグルタミナーゼによって全く変性していないため、燻製終了後にリテイナーの網に燻製食肉製品の表面が食い込んでいた。このためリテイナーからの剥離性が非常に悪く、リテイナーから取り出す際に表面の肉が剥がれ、商品価値がない状態となった。
【0040】
保存時間を15時間以上とすると、塩漬肉の表面とトランスグルタミナーゼが反応して変性が進行するようになり、燻製終了後のリテイナーからの剥離性が良くなった。特に、保存温度8℃の場合、燻製食肉製品の表面とリテイナーとのくっつきを完全に防止することができた。保存温度2℃及び5℃の場合には、燻製食肉製品の表面の一部がリテイナーにくっついており、部分的には剥離不良が存在したが、リテイナーから取り出す際に燻製食肉製品の表面が剥がれる程ではなかった。また、燻製食肉製品をスライスした後の食感は硬くなっていなかった。
【0041】
一方、保存時間を30時間以上とすると、塩漬肉の内部へとトランスグルタミナーゼによる変性が進行するため、いずれの保存温度においても燻製食肉製品をスライスした後の食感が硬くなった。
【0042】
以上の結果から、本発明の製造方法を実施する場合、トランスグルタミナーゼ及びカゼインを食肉表面に添加した後、10℃以下で15時間〜24時間保存することが好ましいと判明した。
【0043】
(トランスグルタミナーゼ及びカゼインナトリウム量の検討)
豚モモ肉100重量部に対して、表1に示す塩漬液(塩漬液1)20重量部を均一にインジェクションした後、5℃の冷蔵庫内で1日保存した。保存後の塩漬肉表面に添加するアクティバTGB及び/又はアクティバTGSの量を変化させること以外は、上記(冷蔵保存温度及び冷蔵保存時間の検討)と同様に燻製処理及び燻製食肉製品の評価を行った。なお、アクティバTGB及び/又はアクティバTGS添加の後の塩漬肉は、2℃の冷蔵庫内で20時間保存した。
【0044】
塩漬肉1 kg当たりに添加したアクティバTGB及びアクティバTGSの添加量(v/v%)、トランスグルタミナーゼの酵素単位数(IU)を表6に示す。また、表6の各試験区における燻製食肉製品を、表5と同様、A:塩漬肉表面の変性(表面に弾力が有り、硬化しているか)、B:冷却後のリテイナーとの剥離性、C:燻製食肉製品の表面状態又はスライス処理後の食感の3点についての評価を行った。その結果を表7に示す。
【0045】
【表6】

【0046】
【表7】

【0047】
アクティバTGBのみ塩漬肉に添加した場合(試験区No.1〜No.6)、添加量が0.05 v/v%では食肉表面を変性させることができず、肉表面には粘りが残っていた。そして、燻製処理後の肉表面がリテイナーの網に食い込んでいたため、剥離性が非常に悪く、リテイナーから取り出した際に製品表面の肉が剥がれ、商品価値がない状態となった。そして、アクティバTGB添加量を0.1 v/v%以上とすれば塩漬肉表面を十分に変性させることができた。燻製食肉製品の表面の一部がリテイナーにくっついており、部分的には剥離不良が存在したが、リテイナーから取り出す際に燻製食肉製品の表面が剥がれる程ではなかったため、商品価値が損なわれることはなかった。
【0048】
しかし、アクティバTGB添加量を2.0 v/v%にすると、燻製食肉製品の表面が非常に硬くなり、スライス処理後の燻製食肉製品の食感が損なわれた。今回使用したアクティバTGB及びアクティバTGSに含まれるトランスグルタミナーゼの酵素活性は、7800 〜 12600 IU/gであるため、食肉1 kg当たりに添加するトランスグルタミナーゼは、46 〜 1140 IUが好ましいことが判明した。
【0049】
アクティバTGSのみ塩漬肉表面に添加した場合、トランスグルタミナーゼの酵素活性を食肉1 kg当たり7800 〜 12600 IU/gとしてもリテイナーとの剥離性が改善されにくく、食肉表面がリテイナーの網に食い込むことを完全に防止することができなかった。添加量を増やせば、剥離性が改善される傾向が認められたが、燻製食肉製品の表面が硬くなり過ぎて、結局、商品価値を損なわずにリテイナーと完全に剥離させることはできなかった。アクティバTGSは、カゼインナトリウムを含有していないため、本発明においては、トランスグルタミナーゼだけではなく、肉表面に被膜を形成し、肉表面を硬くする効果を有するカゼインナトリウムも同時に食肉に添加することが必要であると判断された。食肉1 kg当たりのアクティバTGBの好ましい添加量が0.1 〜 1.5 v/v%であったことから、食肉1 kg当たりのカゼインナトリウムの好ましい添加量は、0.06 〜 0.9 gと算出された。
【0050】
(重合リン酸塩量の検討)
表6に示した試験区のうち、No.8〜No.11では、アクティバTGBの添加量を0.5 v/v%に固定した上で、さらに、アクティバTGSを0.01 〜 1.0 v/v%添加した。試験区No.8のトランスグルタミナーゼ量は、アクティバTGBのみ添加した試験区No.3とほとんど変わらないが、表7から明らかなように、約2倍のトランスグルタミナーゼ量である試験区No.4より燻製食肉製品とリテイナーとの剥離性が優れていた。このことは、アクティバTGSに含まれるポリリン酸ナトリウム及びピロリン酸ナトリウムが重合リン酸塩であり、タンパク質のゲル形成性及び保水性を向上する効果があるため、これらを添加することにより、トランスグルタミナーゼ及びカゼインナトリウムによる食肉製品表面の変性効果と相俟って、燻製食肉製品とリテイナーとの剥離性が改善されることによると判断された。
【0051】
一方、アクティバTGSの添加量を1.0 v/v%とした試験区No.11は、燻製食肉製品の表面が非常に硬くなり、スライス処理後の燻製食肉製品の食感が損なわれた。従って、アクティバTGSの好ましい添加量は、0.01 〜 0.5 v/v%(試験区No.7〜10)であり、重合リン酸塩換算で 食肉 1 kg当たり0.01 〜 0.5 gであった。
【0052】
(食用油脂添加の影響)
上記検討においては、アクティバTGB及び/又はアクティバTGSを塩漬肉表面に添加する際、サラダ油を添加した。サラダ油を添加しない場合と比較すると、燻製食肉製品の表面が過度に乾燥することが防止されるため、しっとり感があった。しかし、サラダ油を添加しない場合であっても、表面の乾燥によって燻製食肉製品の風味が損なわれることはなかった。なお、オリーブ油、豚脂、牛脂を用いた場合にも、サラダ油と同様の効果が得られた。
【0053】
(食肉全体へのアクティバTGB及びアクティバTGSの添加)
本発明の燻製食肉製品の製造方法は、上述したように食肉の表面にのみトランスグルタミナーゼ及びカゼインナトリウムを添加することを特徴としている。ここで、従来技術に基づく比較試験として、表1に示した塩漬液にアクティバTGBを添加し、食肉全体にトランスグルタミナーゼ及びカゼインナトリウムを添加して燻製食肉製品を製造した。
【0054】
豚バラ肉100重量部に対して、表8に示す塩漬液(塩漬液1〜4)各20重量部を均一にインジェクションした後、5℃の冷蔵庫内で1日保存した。冷蔵保存後、塩漬肉120重量部にサラダ油0.5重量部を添加し、ミキサーで10分間、混合及びマッサージして塩漬肉表面にサラダ油を均一に添加した。次に、塩漬肉をビニールシートでラッピングし、リテイナーに充填し、2℃の冷蔵庫で20時間保存した。なお、塩漬液2〜4に含まれるアクティバTGS中のトランスグルタミナーゼは、それぞれ0.01 g、0.05 g及び0.1 gであり、酵素単位に換算するとそれぞれ78〜126 IU、390〜630 IU及び780〜1260 IUとなる。
【0055】
【表8】

【0056】
20時間冷蔵保存した後、塩漬肉をリテイナーから取り出し、ビニールシートを取り除いて、リテイナーに再度充填した。その後、表4に示す条件で燻製した。燻製が終了し、室温まで冷却した後、燻製食肉製品をリテイナーから取り出し、表5と同様に、A:塩漬肉表面の変性(表面に弾力が有り、硬化しているか)、B:冷却後のリテイナーとの剥離性、C:燻製食肉製品の表面状態又はスライス処理後の食感の3点についての評価を行った。その結果を表9に示す。
【0057】
【表9】

【0058】
インジェクション法により、塩漬肉全体にトランスグルタミナーゼを均一に添加した場合、肉表面の変性が起こりにくく、燻製終了時に燻製食肉製品の表面とリテイナーとの剥離性を改善することが非常に困難であった。特に、塩漬液2及び3をインジェクションした場合には、表5に示した保存時間0時間の場合と同様、燻製終了後、リテイナーから燻製食肉製品を取り出しにくく、無理に取り出すと製品表面の肉が剥がれ、商品価値がない状態となった。塩漬け液4の場合には、塩漬肉表面に多少の弾力が認められ、肉表面に若干トランスグルタミナーゼの作用による変性が認められた。しかし、リテイナーとの剥離性が向上するには至っておらず、塩漬肉の内部が変性したことによって、スライス処理後の燻製食肉製品が硬くなり、食感が損なわれた。
【0059】
上記比較実験において塩漬肉1 kg当たりに添加したトランスグルタミナーゼ量(酵素活性)は、本発明の実施の形態において好ましいとされたトランスグルタミナーゼ量(酵素活性)とほぼ同じであった。しかし、上記比較試験のようにトランスグルタミナーゼを食肉全体に均一に添加したのでは、燻製食肉製品の表面とリテイナーとの剥離性を向上させる前に、商品価値がなくなるほど食肉内部が硬化することが判明した。
【0060】
(肉汁の滲み出しの防止)
本発明の燻製食肉製品の製造方法は、燻製前の食肉製品表面のみを硬化させることにより、燻製終了後の燻製食肉製品表面とリテイナーとの剥離性を向上させるが、さらに、燻製工程中に食肉から肉汁が滲み出すことを防止し、燻製食肉製品の内部をジューシーな状態に維持する効果をも有する。この効果の原理を図3A及び図3Bに示す。
【0061】
図3Aは、上記比較試験のようにトランスグルタミナーゼを食肉全体に添加した場合を表している。食肉全体が変性・硬化し、さらに燻製処理中に肉汁が内部から流出することによって、食肉製品としての旨味が損なわれてしまう。これに対し本発明では、図3Bに示すように食肉表面のみ変性・硬化することにより、燻製処理中の肉汁の流出が表面の変性・硬化した部分で防止される。すなわち、燻製食肉製品の内部を柔らかく、かつ、ジューシーな状態に保ちながら、リテイナーとの剥離性を向上することができる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
以上説明したように、本発明は、トランスグルタミナーゼとカゼインナトリウムを食肉表面にのみ添加することにより、従来技術では不可能であった、燻製食肉製品の商品価値を損なうことなく、塩漬肉の表面のみ硬化させることによりリテイナーとの剥離性を向上させることが可能である。本発明は、食肉産業において優れた品質の燻製食肉製品の製造を可能とするものである。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】図1は、食肉製品の燻製に用いるリレイナーの外観図である。
【図2】図2(a)は、燻製時に食肉を充填するトレイの外観図である。図2(b)は、図2(a)に示す塩漬肉を複数収納するトレイの外観図である。
【図3】図3(a)は、従来技術における燻製食肉製品の肉汁流出を表す図である。図3(b)は、本発明における燻製食肉製品の肉汁流出の防止効果の原理を表す図である。
【符号の説明】
【0064】
1:トレイ
2:ラッピングされた食肉
3:トレイの本体
4:トレイの蓋

【特許請求の範囲】
【請求項1】
食肉表面にトランスグルタミナーゼ及びカゼインナトリウムを添加する工程(a)と、
食肉を0℃以上10℃以下の温度で保存し、トランスグルタミナーゼを反応させる工程(b)と、
保存後の食肉を直接リテイナーに充填し、燻煙する工程(c)、
とを有する燻製食肉製品の製造方法。
【請求項2】
前記工程(a)において、食肉表面に、さらに、重合リン酸塩を添加することを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記工程(a)において、食肉1 kgに添加するトランスグルタミナーゼが46酵素単位(IU)以上1140酵素単位(IU)以下であり、かつ、カゼインナトリウムが0.06 g以上0.9 g以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記工程(a)において、食肉1 kgに添加する重合リン酸塩が0.01 g以上0.05 g以下であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記工程(a)において、食肉表面に、さらに、食用植物性油脂又は食用動物性油脂を添加することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記工程(b)において、食肉の保存時間が15時間以上24時間以下であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記工程(c)において、燻製温度が30℃以上80℃以下であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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