説明

爪甲色素線条鑑別閾値の導出方法

【課題】非侵襲で且つ客観的に爪甲色素線条の悪性/良性を確実に鑑別することができる閾値の導出方法を提供する。
【解決手段】爪甲色素線条のカラー画像を各画素のRGBパラメータ値を成分とする3次元ベクトルとみなし、この3次元ベクトルと基準ベクトルとのなす角度を求める第1のステップと、前記第1のステップで求めた角度をもつ画素の出現確率を求める第2のステップと、前記第2のステップで求めた出現確率から爪甲色素線条の悪性と良性を鑑別するパラメータの閾値を求める第3のステップと、を備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、爪甲色素線条鑑別閾値の導出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
爪部悪性黒色腫は、爪母に存在するメラノサイトががん化して発症する。日本人の場合、悪性黒色腫の約10%を占めている。予後も悪いとされており、その原因は確定診断の難しさにある。
【0003】
爪母に存在するメラノサイトは、正常状態では不活性でメラニンを産生しない。このメラノサイトが、がん化の有無にかかわらず、メラニンを産生し始める場合がある。産生されたメラニンは爪の成長とともに、爪甲色素線条と呼ばれるパターンを形成する。メラノサイトががん化していないときの爪甲色素線条は良性母斑とみなされる。爪甲色素線条パターンから、爪母に存在するメラノサイトががん化しているか否かを鑑別できると考えられている。しかしながら、ダーモスコープを用いる目視によってこのパターンが母斑か悪性かを鑑別するには相当の経験が必要であること、悪性黒色腫の場合一般に生検が患者の利益につながらないことが、確定診断を難しくしている。その困難さが、予後を悪くする要因となっている。従って、非侵襲で客観的な爪甲色素線条の鑑別方法の実現が臨床現場から強く要求されている。
【0004】
爪部悪性黒色腫以外の悪性黒色腫診断において、悪性の特徴である辺縁部形状の「でたらめさ」による鑑別方法が種々提案されている。形状の「でたらめさ」を定量化するため手段の一つとして、擬フラクタル次元を利用することが知られている(特許文献1)。しかし、擬フラクタル次元のみを指標として用いた腫瘍判別をそのまま爪甲色素線条の鑑別に適用しても、爪甲色素線条の悪性/良性を確実に鑑別するのは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−154761号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、非侵襲で且つ客観的に爪甲色素線条の悪性/良性を確実に鑑別することができる閾値の導出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の爪甲色素線条鑑別閾値の導出方法は、爪甲色素線条のカラー画像を各画素のRGBパラメータ値を成分とする3次元ベクトルとみなし、この3次元ベクトルと基準ベクトルとのなす角度を求める第1のステップと、前記第1のステップで求めた角度の頻度分布に基づいて出現確率を求める第2のステップと、前記第2のステップで求めた出現確率に基づいて爪甲色素線条の悪性と良性を鑑別するパラメータの閾値を求める第3のステップと、を備えたことを特徴とする。
【0008】
また、前記爪甲色素線条の悪性と良性を鑑別するパラメータは、擬フラクタル次元、エネルギー指標、エントロピー指標のいずれかであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の爪甲色素線条鑑別閾値の導出方法によれば、カラー画像が本来もっている3つの自由度を有効に利用して、非侵襲で且つ客観的に爪甲色素線条の悪性/良性を確実に鑑別することができる閾値の導出法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明に用いられる装置の一例を示す概略図である。
【図2】典型的な(a)悪性例、(b)良性例のディジタルカラーダーモスコープ画像である。
【図3】角度θの分布を描いたヒストグラムである。
【図4】エネルギー指標に対する良性群と悪性群の平均値を示すグラフである。
【図5】エネルギー指標に対するROC解析結果を示すグラフである。
【図6】エネルギー指標に対する感度/特異度の閾値依存性を示すグラフである。
【図7】エントロピー指標に対する良性群と悪性群の平均値を示すグラフである。
【図8】エントロピー指標に対するROC解析結果を示すグラフである。
【図9】エントロピー指標に対する感度/特異度の閾値依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の好ましい実施形態について説明する。
【0012】
はじめに、本発明に用いられる装置の一例について図1を参照して説明する図1において、1は対象物である爪である。爪1の中に黒色腫2がある。この黒色腫2を、ディジタルカラーダーモスコープ3で撮影した。ディジタルカラーダーモスコープ3はCCDカメラ4と一体になっており、黒色腫2のカラー画像(jpg形式)を取得することができる。
【0013】
つぎに、本発明による黒色腫のパターンである爪甲色素線条の鑑別方法について説明する。
【0014】
本実施例では、カラー画像が本来持っている3つの自由度を有効に利用して、爪甲色素線条の悪性/良性を鑑別した。解析対象は、爪部のディジタルカラーダーモスコープ画像(jpg形式)とした。フルスケール画像内に解析対象領域を指定し、その領域内の各画素(i番目のピクセル)が持っているRGBパラメータ値を成分とする3次元ベクトルp=(R,G,B)を考えた。また、主観を排除し、かつ、診断システムを自動化するのに適した基準ベクトルとするために、基準ベクトルをpwhite=(1,1,1)とした。
【0015】
スペクトラル・アングル・マッパー法(Kruse, F.A., et al., : “The spectral image processing system (SIPS)-interactive visualization and analysis of imaging spectrometer data”, (1993) Remote Sensing of Environment, 44 (2-3), pp. 145-163.)に準じ、解析対象領域内全画素についてpとpwhiteのなす角度θを算出した。なお、角度θは各画素のベクトルと基準ベクトルにおける3つの成分がそれぞれどのように異なっているかの測度に対応するので、色差の表現の一つと考えられる。
【数1】

【0016】
角度θをもつ画素数をもとめ、それをn(θ)とし、角度θの頻度分布を求めた。さらに、指定領域の大きさ(面積)への依存性を除去するために、n(θ)を指定領域内に存在する全画素数Ntotで除算して規格化した。これは角度θの確率密度分布に対応し縦軸は確率密度と等価になる。そしてこのようにして求められた分布は角度θをもつ画素の出現確率とみなせる。
【数2】

【0017】
つぎに、画像処理では良く知られているテクスチャー特徴量のうち、以下のように定義されるエネルギー指標egyとエントロピー指標epyを計算した。
【数3】

【数4】

【0018】
両パラメータについて、良性群と悪性群について統計処理を行い、両群を高い精度で鑑別できるパラメータを悪性/良性鑑別パラメータとした。両群を鑑別するパラメータの閾値を求めるために、ROC(Receiver Operating Characteristics)解析を用いた。ROC解析とは、さまざまな閾値における感度を縦軸に、偽陽性率を横軸にプロットしたグラフをもとに、各種手法の精度評価や、手法間の比較、閾値の決定などを行う解析手法である。なお、角度θの替わりにその余弦cosθを用いることも可能である。
【実施例】
【0019】
爪部悪性黒色腫(悪性)6例、爪部良性母斑(良性)6例について、本手法を適用した。図2に、典型的な(a)悪性例、(b)良性例のディジタルカラーダーモスコープ画像を示す。
【0020】
図2の画像における指定領域(枠内)を解析して得られた、角度θの分布を描いたヒストグラムを図3に示す。図3は、横軸は非負なる整数値の角度変数θをとり、縦軸にはθ−0.5≦θ<θ+0.5なる範囲の角度θを持っている画素の出現確率がプロットされている。ただし、θ=0については0≦θ<0.5とした。図3(a)が図2(a)に示す症例のヒストグラム、図3(b)が図2(b)に示す症例のヒストグラムである。図3は、以下のことを示唆している。良性の場合、角度は小さい値に集中、もしくはある値の周りに集中する。一方、悪性の場合、角度は小さい値から大きい値まで広く分布する。言い換えると、良性では色特徴(color features)は均一に近く、一方、悪性ではさまざまな色特徴が出現している。
【0021】
全12例に対して、白色を基準として計算されたエネルギー指標(egy)とエントロピー指標(epy)の値を以下の表1にまとめた。悪性群、良性群に対するそれぞれの平均値は、t−検定の結果、1%有意水準で有意差ありと判定された。
【表1】

【0022】
エネルギー指標に対して、図4には、良性群と悪性群の平均値(エラーバーは分散を表す)、図5には、ROC解析結果、図6には、感度/特異度の閾値依存性が示されている。悪性群、良性群に対するそれぞれの平均値は、t−検定の結果、1%有意水準で有意さありと判定された。ROC解析結果は、閾値が0.2221から0.2652の範囲で、パラメータがたった一つにもかかわらず、感度は100%、特異度は83.3%と好成績であった。閾値よりも低い値が悪性黒色腫である。
【0023】
エントロピー指標に対して、図7には、良性群と悪性群の平均値、図8には、ROC解析結果、図9には、感度/特異度の閾値依存性が示されている。悪性群、良性群に対するそれぞれの平均値は、t−検定の結果、エネルギー指標と同様、1%有意水準で有意さありと判定された。ROC解析結果は、閾値が1.5950から1.6451の範囲で、パラメータがたった一つにもかかわらず、感度は83.3%、特異度は100%と好成績であった。閾値より高い値が悪性黒色腫である。
【0024】
白色を基準としても十分好成績が得られることがわかった。このことは、客観性をたもったままプログラムの自動化が容易に実施できることを示唆している。いずれにしても、元の画像の自由度を最大限利用する、すなわち、色特徴の違いに基づく本手法は、たった一つのパラメータで爪甲色素線条の悪性/良性鑑別に威力があることを示している。
【符号の説明】
【0025】
1 爪
2 黒色腫
3 ディジタルカラーダーモスコープ
4 CCDカメラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
爪甲色素線条のディジタルカラー画像内各画素のRGBパラメータ値を、それら3つを成分とする3次元ベクトルとみなし、この3次元ベクトルと基準ベクトルとのなす角度を求める第1のステップと、
前記第1のステップで求めた角度の頻度分布に基づいて出現確率を求める第2のステップと、
前記第2のステップで求めた出現確率に基づいて爪甲色素線条の悪性と良性を鑑別するパラメータの閾値を求める第3のステップと、
を備えたことを特徴とする爪甲色素線条鑑別閾値の導出方法。
【請求項2】
前記爪甲色素線条の悪性と良性を鑑別するパラメータは、擬フラクタル次元、エネルギー指標、エントロピー指標のいずれかであることを特徴とする請求項1記載の爪甲色素線条鑑別閾値の導出方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−252895(P2010−252895A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−103895(P2009−103895)
【出願日】平成21年4月22日(2009.4.22)
【出願人】(390013033)三鷹光器株式会社 (114)
【Fターム(参考)】