説明

牡蠣の乾燥方法

【課題】本発明は牡蠣の風味と旨みを閉じ込めて乾燥することができ、乾燥後に常温で長期間保存してもカビが生えず腐敗も防げる牡蠣の乾燥方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の牡蠣の乾燥方法は、常圧下で牡蠣の内部がボイルする温度と湿度の湿り空気を空気と水蒸気の混合によって形成し、この湿り空気によって牡蠣をボイルし、その後水蒸気の混合を止めて、ボイルされた牡蠣を加熱空気だけで水分活性値0.80Aw未満に乾燥することを主要な特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、牡蠣の風味と旨みを閉じ込めて乾燥することができ、乾燥後に常温で長期間保存してもカビが生えず腐敗も防げる牡蠣の乾燥方法に関する。
【背景技術】
【0002】
牡蠣はその栄養価の高さから海のミルクと呼ばれている。しかし、牡蠣には特有の生臭さがあり、従来脱臭などが行われている。この脱臭のために沸点の高い成分を加熱して除去することなどが行われるが、牡蠣の風味を奪い、品質劣化させてしまう。また、水揚げされた牡蠣は海中の細菌類を含んでおり、加熱滅菌処理も行われるが、この加熱でも品質劣化が生じる。
【0003】
このため、牡蠣濃縮液を炭酸ガス流体に接触させて牡蠣濃縮液中にこの炭酸ガス流体を溶解させ、この炭酸ガスを溶解させた牡蠣濃縮液を炭酸ガスの超臨界乃至亜臨界状態に保持して撹拌し、牡蠣濃縮液を常圧まで急速に減圧して該牡蠣濃縮液中から炭酸ガスを除去する牡蠣エキスの脱臭・殺菌方法が提案された(特許文献1参照)。しかし、特許文献1の技術は牡蠣のエキスを取り扱うものであり、乾燥牡蠣を得る技術ではなく、製造コストが膨大な加熱・殺菌方法である。
【0004】
これに対し、牡蠣を含む水産物に対して、生の状態の形状、食味、食感を維持した加熱殺菌済み水産物を得るために、水溶液を媒体として水産物に通電加熱を行う技術が提案されている(特許文献2)。水産物を60℃以上90℃未満の温度まで、かつ、水溶液温度を水産物温度に対して0℃以上25℃未満低い温度にて加熱する通電加熱により加熱殺菌するものである。これにより、同一加熱温度のボイル品と比べて、外部蛋白の変性度が低く、内部蛋白の変性度がこれと同程度かそれ以上であり、その後の凍結、解凍を行った場合に生じるドリップが清澄であり、濁度が低く、凍結、解凍を行った場合に歩留まりの減少、外観の変化、細菌数、旨味物質の流出が少なくなるものである。
【0005】
さらに、高湿度高温ガス雰囲気によるガスボイルが提案されている(特許文献3)。高湿度w、温度Tの加熱空気の熱をタンパク質等の内部組織に伝熱させ、内部組織を加熱して温度Tiの水分を外部と同様に沸騰若しくはそれに近い状態とし、このとき気化ガスの噴出によって形成される組織内噴出経路等を介して、内部組織内の湿度wiを内外間の湿度差(w−wi)で調整し、併せて組織表面(表皮等)が外部の熱で変色等起こさないようにガスの湿度によって変性を抑えてボイル状態にする。このボイル状態は、内部組織内の空隙部分を、熱湯によるボイル時の内部組織内の温度Tb、湿度wb(飽和絶対湿度)と同等の温度Ti、湿度wiの状態にするとともに、組織自体の含水率をこのときの相変化に伴って起こる含水状態とし、ボイル時同様に表面を熱と脱水による変色等から守るものである。ガスボイルすると、ちりめん雑魚等の場合には10秒〜120秒という短時間に内外間がほぼ平衡(Tb≒Ti,wb≒wi≒w)する。
【0006】
この特許文献3の技術は、周りのガスの温度と湿度をそれぞれ独立して選択し、物品の組織内の温度とその空隙湿度を温度Ti、湿度wiにし、含水状態は保って、表面も周囲のガスの湿気によって従来のように熱で変性しないように保護するものである。表面に余分な湿分が残った「ふやけた」状態を防ぐことができ、表面を傷ませず、その後の乾燥も迅速に乾燥させることができるものである。
【0007】
なお、一般に調理等で行われる「蒸す」という加熱方法は、大気圧下、加熱温度Tとこれによって必然的に定まる飽和水蒸気の湿度w(T)を使って加熱するものであり、特許文献3で開示された高湿度高温ガス雰囲気によるガスボイルとは異なる。すなわち、「蒸す」という加熱方法は、内部組織内の温度Tiと湿度wiを独立して(それぞれ無関係に)変更可能なものではなく、温度Tを変化させた場合は湿度w(T)として一義的に定まり、自由には調整できないものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−210944号公報
【特許文献2】再公表2001−95734号公報
【特許文献3】特開2006−122037号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上説明したように特許文献1の牡蠣エキスの脱臭・殺菌方法は牡蠣のエキスを処理するもので、牡蠣の旨みを固形の牡蠣内部に閉じ込めた乾燥牡蠣を得る技術ではない。しかも、炭酸ガスを使って超臨界乃至亜臨界状態にしたうえで、炭酸ガスを除去する必要がある。きわめて高コストの製造技術である。
【0010】
また、特許文献2で開示された技術は水溶液中で水産物を通電加熱し、牡蠣の加熱温度(60℃以上90℃未満の温度)よりも外部溶液の温度が低くなるようにして牡蠣の加熱を行うことにより、牡蠣は主に内部の温度が高くなり十分に加熱され、一方、牡蠣の表面への過加熱は防止されるため、牡蠣の表面は生牡蠣に近い外観、食感となるものである。水溶液を使うため膨大な電力を必要とし、通電ごとに水溶液の交換が必要となる。また水を使うのでどうしても旨みが液中に溶出する。このためこの技術で大量の牡蠣を加熱殺菌するのは困難であり、高コストである。乾燥牡蠣を得るには通電加熱だけでなく、更に別の乾燥装置で乾燥させなければならない。長期保存ができるものではない。
【0011】
加えて、牡蠣は水揚げ後に剥き身にされ、セイロに載せられ、加工装置へ送られる。特許文献2の専用の加工装置の場合、牡蠣の剥き身は水溶液に投入され、小さな加工装置に移し替えられて通電加熱する必要がある。セイロに剥き身を載せたまま、こうした移し替えをしないで、乾燥することはできない。
【0012】
そして、特許文献3の技術は、乾燥対象物の周りのガスの温度と湿度をそれぞれ独立してコントロールし、物品の組織内の温度とその空隙湿度を温度Ti、湿度wiにし、表面を周囲のガスの湿気によって変性しないように保護することを開示している。しかし、これはタンパク質等の内部組織をガスによってボイルする原理の開示をしたものである。保存時の防黴や腐敗まで考慮した乾燥方法の開示ではない。しかも、いわゆる乾物などと違う、内部組織を噛んだときの弾力性(歯応え)などが必要な、乾燥牡蠣固有の問題については解決されていない。
【0013】
つまり、単純に牡蠣をガスボイルし、これを乾燥しただけでは、旨みと風味を閉じ込めた乾燥牡蠣を製造し、かつこれを常温で長期保存することはできない。旨みと風味を閉じ込めた乾燥牡蠣を製造するのも難しいが、そのまま保存したのでは、短時間でカビが生えたり腐敗したりする。これを避けようと思えば、冷蔵や冷凍、添加物が必要になり、保存のための新たなコストになる。旨みと風味が閉じ込められ、長期保存可能な乾燥牡蠣を製造するには更なる改良が必要である。
【0014】
そこで本発明は、牡蠣の風味と旨みを閉じ込めて乾燥することができ、乾燥後に常温で長期間保存してもカビが生えず腐敗も防げる牡蠣の乾燥方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の牡蠣の乾燥方法は、常圧下で牡蠣の内部がボイルする温度と湿度の湿り空気を空気と水蒸気の混合によって形成し、この湿り空気によって牡蠣をボイルし、その後水蒸気の混合を止めて、ボイルされた牡蠣を加熱空気だけで水分活性値0.80Aw未満に乾燥することを主要な特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明の牡蠣の乾燥方法によれば、牡蠣の風味と旨みを閉じ込めて乾燥することができ、乾燥後に常温で長期間保存してもカビが生えず、腐敗を防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施例1における乾燥牡蠣を製造する乾燥装置の構成図
【図2】本発明の実施例1における牡蠣の乾燥方法のフローチャート
【図3】(a)本発明の実施例1における牡蠣のガスボイルの説明図、(b)(a)のガスボイル後の乾燥の説明図
【0018】
本発明の第1の形態は、常圧下で牡蠣の内部がボイルする温度と湿度の湿り空気を空気と水蒸気の混合によって形成し、この湿り空気によって牡蠣をボイルし、その後水蒸気の混合を止めて、ボイルされた牡蠣を加熱空気だけで水分活性値0.80Aw未満に乾燥することを特徴とする牡蠣の乾燥方法である。
【0019】
この構成によって、牡蠣の風味と旨みを閉じ込めて乾燥することができ、乾燥後に常温で長期間保存してもカビが生えず、腐敗を防ぐことができる。
【0020】
本発明の第2の形態は、第1の形態に従属する形態であって、水分活性値を0.75Aw〜0.80Awとすることを特徴とする牡蠣の乾燥方法である。
【0021】
この構成によって、乾燥コストを抑えて牡蠣の風味と旨みを閉じ込めて乾燥することができ、乾燥後に常温で長期間保存してもカビが生えず、腐敗を防ぐことができる。
【0022】
本発明の第3の形態は、第1又は第2の形態に従属する形態であって、牡蠣の内部をボイルすることが可能な温度と湿度が、所定温度の空気及び水蒸気の供給量を変化させることで設定されることを特徴とする牡蠣の乾燥方法である。
【0023】
この構成によって、空気と水蒸気の供給量をコントロールするだけできわめて簡単に、長期保存に適した高品質の乾燥牡蠣を得ることができる。
【実施例1】
【0024】
以下、本発明の実施例1における乾燥牡蠣の乾燥装置とその製造方法について説明する。図1は本発明の実施例1における乾燥牡蠣を製造する乾燥装置の構成図、図2は本発明の実施例1における牡蠣の乾燥方法のフローチャート、図3(a)は本発明の実施例1における牡蠣のガスボイルの説明図、図3(b)は(a)のガスボイル後の乾燥の説明図である。
【0025】
図1において、実施例1の乾燥装置1は、水蒸気を含む空気等のガス(以下、湿り空気という)によってボイル(煮沸、以下、ガスによってボイルすることをガスボイルという)を行うためのボイラー2と、ボイル後の物品の乾燥を行う乾燥装置本体1aとから構成される。この基本的構成は特許文献3で説明された乾燥装置と同様の構成である。なお、本発明において、湿り空気は乾燥空気と水蒸気を混合した水蒸気混合ガスであるが、空気(約78容量%Nと21容量%O)のガスの一部あるいは全部をNやO、更にCOなどの他のガスで置換したガス等であっても同様の作用効果を得られる。乾燥装置本体1aは、循環する空気に外部から空気を導入して加熱し、この空気にボイラー1からの生蒸気を導入して湿度を調整して、この湿り空気で牡蠣をガスボイルする。
【0026】
このため乾燥装置本体1aには、図1に示すように、水蒸気と空気を混合して内部を循環させるための送風機3が設けられており、ダクト4を使って吐出された湿り空気が乾燥装置本体1a内を循環される。このダクト4は一端が送風機3の吐出口に接続され、他端が空気調節室7に接続されている。空気調節室7の一方の側面には吸い込み量を調節できる空気吸い込み口8が設けられ、吸い込んだ空気とダクト4からの空気を空気調節室7内で混合している。空気調節室7の他方の側面にはエロフィンヒータ等の熱交換機6が接続され、空気調節室7からの混合空気を水蒸気の熱で加熱する。加熱温度は熱交換機6の後流側に接続された湿度調整室5内で水蒸気を混合したとき、設定温度を満たすような温度にまで加熱される。
【0027】
そして湿度調整室5においては、ボイラー2から送られた水蒸気を湿度調整室5内に噴出するノズルが設けられている。この噴出によって、水蒸気を混合して設定湿度に調整される。ドレインは湿度調整室5の下から排水される。湿度調整室5で設定温度、設定湿度に調整された湿り空気はセイロ部9内に配置された複数段のセイロ9aを通過して送風機3の吸い込み口から吸引される。この湿り空気は再度循環される。なお、温度、湿度を設定温度、設定湿度に調整するために、循環される湿り空気の一部はこの循環系から排出される。
【0028】
以上説明した実施例1の乾燥装置1で行う加熱は、単に湿り空気でボイルするためだけでなく、ボイル後に旨みと風味を維持しつつ、カビなどが生えたり腐敗したりしないように不要な水分を除去する、以下説明する特徴ある乾燥も行う。この水分除去の乾燥においては、ガスボイルするときのような水蒸気は混合されないで、乾燥空気で行われる。この水分除去は、牡蠣の内部組織に含まれている水分のうち、タンパク質と水和している結合水ではなく、結合しないで自由に移動(吸収、放出)できる自由水を除去するものである。というのは、この自由水が、微生物を繁殖させ、酸化を進め、さらにカビなどを発生させるからである。従って、乾燥装置1による乾燥牡蠣は、ガスボイルを行い、その後に自由水の所定レベルの除去が終わったときに完成するものである。このレベルを確保することにより、上記実現困難な防黴効果などがある乾燥を行うことができる。
【0029】
ところで、自由水の状態を示すパラメータとして水分活性値がある。この水分活性値は、対象物質を一定温度の下で容器内に密閉し、その表面の水の蒸発と吸収が平衡したときの容器内の上部空間の相対湿度を測定し、その数値を1/100にした数値をいう。
【0030】
従って、本実施例1の牡蠣の乾燥をマクロ的に説明すれば、循環する乾燥空気の温度や乾燥時間などのパラメータをコントロールして牡蠣を乾燥することになるが、ミクロ的にいえば、ボイルされた牡蠣の表皮を通して水の蒸発と吸収の移動がバランスし、水分活性値が所定の範囲(自由水がほとんどなくなる範囲)にすることを意味する。
【0031】
そこで、乾燥牡蠣を製造するために実施例1の乾燥装置1が、どのようにコントロールされて運転され、これによってガスボイルと乾燥(自由水除去)が行われて長期保存が可能な乾燥牡蠣を製造できるのかについて以下説明する。
【0032】
まず、ガスを乾燥装置1内に導き、図3(a)に示すように絶対湿度w、温度Tのガスの熱をタンパク質等の内部組織に伝熱させ、この伝熱により内部組織内を温度上昇させて内部組織の温度Tiの水分を外部と同様に大気圧中で沸騰若しくはそれに近い状態とする。すなわち温度差(T−Ti)が(T−Ti)≒0になる。このとき、内部組織にはそれから気化ガスが噴出することによってガス噴出路等が明確になり、この噴出路を通して内部の絶対湿度wiと外部の湿度wが均衡するように(言い換えると湿度差(w−wi)が(w−wi)≒0になるように)自動的に調整される。そして、このボイルでは組織の表面(表皮)が外部の熱で変色等起こさないように外部の湿度によってその変性が抑えられる。なお、これらは上述したように特許文献3においても開示されている。
【0033】
すなわち、ガスボイルは、湿り空気を利用して内部組織内の状態を、熱湯でボイルした状態(温度Tb、湿度wb(飽和絶対湿度))と同様の状態にするものであり、しかも、外部の湿り空気の湿度wによって表皮を熱と脱水から守るものである。旨み成分を含んだ液が熱湯中に拡散するのと同様に表皮を通してガス中に流出することはない。なお、ガスボイルにおいて温度差、湿度差が均衡する時間は比較的短時間であり、数分内には表皮の内外がほぼ平衡状態にできる。このガスボイルを30分程度の所定時間継続することにより、牡蠣の内部組織は十分にボイルされ、牡蠣の旨味成分を閉じ込め、風味を保てる。
【0034】
ここで絶対湿度は、湿り空気の乾燥空気1kgに含まれる水蒸気のkg数である。乾燥空気Akgに水蒸気のBkgが含まれているときはB/A(kg/kg)となる。あるいは体積1m中の水蒸気のkg数で表すのでもよい。水蒸気1mol=18g、空気29gが標準状態下で所定の体積値22.4m程度を示すことから、分圧p/全圧Pを使えば、前者から後者を導くことができる。w=18λ/29(1−λ)、ここでλ=p/Pとなる。以下、絶対湿度を前者として説明する。
【0035】
なお、大気圧中において湿り空気で加熱すると、通常「蒸す」状態になり、湿度は温度が決まればこれに依存し自動的に定まる。この温度と湿度を別々に任意に変化させられない。従って、ガスボイルを「蒸す」ことで実施するのは困難であった。しかし、実施例1の乾燥装置1は、ガスの温度と湿度をそれぞれ独立して選択でき、ボイル状態を実現可能な温度と湿度にそれぞれ変化させることができる。表面も湿気によって保護され、しかも「ふやけた」状態になることもない。
【0036】
温度コントロールした空気と水蒸気とを所定の割合で混合することにより、混合ガスの温度と湿度をそれぞれ独立して設定できることを説明する。図1の空気調節室7において、ダクト4から一部循環される湿り空気と、空気吸い込み口8から新規に吸い込んだ外気とを加えて混合する。実施例1においては排熱利用のため湿り空気を一部循環して混合しているが、新規に吸い込んだ空気だけを利用し、循環しないのでもよい。
【0037】
次いで熱交換機7においてこの湿り空気を加熱し、例えば設定温度t1℃の加熱空気(ここでの湿度は低いので以下これを加熱空気という)とする。そして、この加熱空気にボイラー2の水蒸気ラインから水蒸気(例えば設定温度100℃)を噴出し、混合する。なお、水蒸気は、例えば大気圧より少し高い圧力p2の飽和水蒸気(温度t2℃)を噴出させるのでもよい。
【0038】
ここで、加熱空気の単位時間当たりの供給量がq1kg/secで、定圧比熱がc1kcal/kg℃、水蒸気の供給量がq2kg/secで、定圧比熱がc2kcal/kg℃、湿り空気の定圧比熱をckcal/kg℃とすると、空気調節室7の湿り空気の温度はt1℃と100℃との間のT℃=[{((273+t1)×c1×q1+373×c2×q2)/c(q1+q2)}−273]程度の温度になることが分かる。また、湿り空気の中の加熱空気の量はq1kg/sec、湿り空気の水蒸気の量はq2kg/secであるから、このガスにおいて1kgの乾燥空気に含まれる水蒸気はほぼq2/q1kgとなる。従って、組織内の絶対湿度wはおおむねw=q2/q1と表わすことができる。
【0039】
従って、湿り空気の温度T℃と絶対湿度wは、設定温度t1℃や供給量q1kg/sec、水蒸気の供給量q2kg/secなどをコントロールすることにより、目標の値に設定することができる。すなわち湿り空気の温度と湿度を設定すれば、牡蠣の内部組織内の空隙の湿度wiを外部の湿り空気の湿度wと同じにwi≒w≒wbにコントロールでき、また、その温度Tiも外部の温度Tと同じにTi≒Tにすることができる。これにより外部のガスによって内部組織はボイルした状態になる。これに対し、従来は大気圧下で設定温度にすると湿度が上昇せず、逆に湿度を設定すると温度が対応しなかった。
【0040】
さて、図2に基づいて本発明における実施例1の牡蠣の乾燥方法について手順に従って説明する。まず、水揚げされた牡蠣を浄化海水で洗浄、選別し、これを剥き身にする。乾燥牡蠣をつくる1ロットは15kg×15ケース=225kgである。次に、プラスチック製バット(130cm×80cm×25cm)に水道水20kgと塩800gを入れ、3〜4%の塩水にし、その中へ75kg(15kg×5ケース)の原料を移し、約5分間浸す。
【0041】
剥き身の牡蠣をバットで塩水に浸し、この牡蠣をセイロ(80cm×80cm)20枚(1枚当り3〜4kg)に載せ、このセイロを重ねて乾燥装置(丸忠設備工業製)に収容する(step1)。
【0042】
次に、新規に吸い込んだ空気と一部循環される湿り空気との混合されたガスは熱交換器6で加熱空気(例えば設定温度t1=130℃)に加熱され、次いで湿度調整室5内のノズルから噴出された水蒸気(設定温度100℃)と混合され、この湿り空気を約30分間循環して剥き身の牡蠣をガスボイルする(step2)。湿り空気の温度、湿度は、加熱空気及び水蒸気の供給量をコントロールすることにより、ガスボイルに必要な例えば温度100℃〜130℃、絶対湿度に設定することができる。ここで上述した分圧/全圧λを使えば絶対湿度w=18λ/29(1−λ)であり、供給量を変化させればλをコントロールでき、牡蠣をボイルしたと同等の状態が実現できるλによってwをコントロールできる。λ=0.1〜0.8に対してw=0.069〜2.48となる。加熱空気及び水蒸気の供給量をコントロールすることにより牡蠣の内部組織内の温度とこの組織内の湿度を熱湯でボイルされた状態と等価な状態を実現でき、また、ボイル時に牡蠣の表皮を湿気によって保護することが可能になる。なお、環境となる外気(1月〜5月)の平均的な温度は最低−2.3℃〜最高30.0℃、これに対応した平均的な外気の容積絶対湿度は3.73g/m〜30.40g/mである。
【0043】
ところで、防黴等のために内部組織から自由水の除去を行うのはきわめて難しい。従って、乾燥条件(例えば場所、向き、流れ環境)が少し異なるだけで、自由水が内部に残留し、残留量にムラを生じる。このためセイロ9aの姿勢(向きと上下方向)を時間的に変更して、牡蠣の乾燥条件を時間的、空間的にできるだけ均等なものにする。実施例1ではムラを避けるため定期的に、セイロ9aを反転し、向きを変えている。同時に上下方向の段の位置を変更するのもよい。
【0044】
ガスボイルが終わって乾燥(自由水除去)段階に入ったときには、ガスボイルするときに行っていた水蒸気の供給を止め、一旦20枚のセイロ9aを乾燥装置の外に引き出して、セイロ9aを反転し向きを変えて乾燥装置1内に押し込む。そして、加熱空気の設定温度を100℃として約30分間これを循環させて自由水除去のための乾燥を行う(step3)。従って、step2の30分は130℃の湿り空気で湿度を保ちながら加熱(ガスボイル)するが、この30分経過後の自由水除去段階になると100℃の加熱空気だけで30分間加熱して乾燥させる。乾燥(自由水の除去)レベルは、加熱空気の温度と乾燥時間の長さによって決まる。
【0045】
この30分の乾燥が終了すると、牡蠣の乾燥条件を均等にするため、更にセイロを反転しかつ向きを変え、100℃の空気(湿気なし)で約1時間あるいは1時間半、2時間、・・の刻みで加熱乾燥する(step4)。これは自由水除去のために乾燥を徹底する乾燥徹底時間である。step3の加熱が終了した段階で牡蠣の内部の自由水はかなり放出されてはいるが、まだ十分ではなく、さらにこの時間分乾燥する。30分おきにセイロを反転し、向きを変えて約1時間あるいは1時間半、2時間、・・と繰り返すことにより自由水の除去を徹底するものである。後述するように本発明者の知見では2時間程度が好適である。ただ、季節と気温によってこの乾燥徹底時間の乾燥時間は少し変化する。なお、上記した約1時間という時間は冬期の3月の値(広島県地方で気温が16℃、外気の湿度が59%のときの値)であり、春から夏にかけて外気の気温や相対湿度が3月よりも上昇するため、乾燥徹底時間を1時間より長くする必要がある。30分単位で長短を調節すればよい。
【0046】
次いで、乾燥された牡蠣を急激に冷却して水分を吸収したり自由水を形成させたりしないように、徐々に温度を低下させる。このため仕上げ熱風(当初の設定温度100℃)を約1時間送風し、仕上げ乾燥する(step5)。仕上げ熱風の設定温度は段階的に下げるのがよい。例えば30分おきに5℃〜10℃低下させる。但し、仕上げ熱風は70℃〜80℃を最低温度とする。
【0047】
この仕上げ乾燥した後に、水分活性計で牡蠣の水分活性を測定し(step6)、水分活性値が0.80Aw未満、できれば0.75Aw〜0.80Awであれば、常温での保存が可能となる。中でも0.75Awにするのが好適である。0.75Aw未満、とくに0.70Aw未満の水分活性値を得るには乾燥時間がきわめて長時間になり、費用対効果(防黴等の効果)で乾燥コストが大きくなりすぎる。
【0048】
測定結果が0.80Aw未満であれば、乾燥装置1より乾燥牡蠣を取り出し、自然冷却し、冷却後1℃の氷温庫でゆっくり安生する(step7)。これにより、牡蠣の食感を保ちつつ、内部にその風味と旨みを閉じ込めた乾燥牡蠣になる。これにより常温で長期間保存することができる(step8)。必要に応じて出荷が可能になる。ここで、以下の(表1)は牡蠣の乾燥条件と品質結果に関する実験結果である。
【0049】
【表1】

【0050】
(表1)の実験データは、ガスの温度が100℃で、ガスボイル開始から仕上げ乾燥までが終了するまでの乾燥時間で、水分活性値がどのように変化するかを測定し、さらに乾燥直後とその後長期時間保存(40℃、相対湿度90%、24日間)した後の細菌数、外観、風味について測定したものである。
【0051】
(表1)において乾燥条件が1時間乾燥というのは、ガスボイル30分と自由水除去(不要水分除去)のための時間30分だけの乾燥である。このとき乾燥直後の水分活性値は1.00で、水分が残留しており、一般生菌数は300個/g以下であった。大腸菌群は測定できず、良好な風味を有していた。しかし、40℃、相対湿度90%の環境で24日間保存した後に測定すると、一般生菌数が8×10個/gと増殖しており、大腸菌は検出されなかったが、外観・風味に関しては、(1)腐敗臭が強い、(2)ベトついている、(3)カビが発生している、といった変化が生じた。この乾燥条件で常温下に長期保存することはきわめて難しい。
【0052】
(表1)において乾燥条件が2時間乾燥というのは、ガスボイル30分と自由水除去のための時間30分、仕上げ乾燥1時間を行った乾燥である。このとき乾燥直後の水分活性値は0.89で、自由水はかなり除去され、一般生菌数は300個/g以下であった。大腸菌群は測定できず、良好な風味を有していた。しかし、40℃、相対湿度90%の環境で24日間保存した後に測定すると、一般生菌は増殖するが4×10個/gと半減し、大腸菌は検出されなかった。外観・風味に関しては、(1)若干の腐敗臭が感じされる、(2)カビが発生している、といった変化が生じた。この乾燥条件でも常温下に長期保存することは難しい。
【0053】
(表1)において乾燥条件が3時間乾燥というのは、ガスボイル30分と自由水除去のための時間30分、乾燥徹底時間1時間、仕上げ乾燥1時間を行った乾燥である。このとき乾燥直後の水分活性値は0.85で、自由水はさらに除去され、一般生菌数は300個/g以下であった。大腸菌群は測定できず、良好な風味を有していた。しかし、40℃、相対湿度90%の環境で24日間保存した後に測定すると、一般生菌はさらに3×10個/gと減少し、大腸菌は検出されなかった。外観・風味に関しては、乾燥条件が2時間乾燥の場合と変わらず、(1)若干の腐敗臭が感じされる、(2)カビが発生している、といった変化が生じた。この乾燥条件でも常温下に長期保存するのは好適ではない。
【0054】
次いで、(表1)において乾燥条件が4時間乾燥というのは、ガスボイル30分と自由水除去のための時間30分、乾燥徹底時間2時間、仕上げ乾燥1時間を行った乾燥である。このとき乾燥直後の水分活性値は0.80(自由水はほぼ除去された状態)で、一般生菌数は300個/g以下であった。大腸菌群は測定できず、良好な風味を有していた。しかし、40℃、相対湿度90%の環境で24日間保存した後に測定すると、一般生菌はさらに2×10個/gと減少し、大腸菌は検出されなかった。外観・風味に関しては、乾燥条件が2時間乾燥の場合と変わらず、(1)腐敗臭は認められなかった、(2)外観変化なし、といったことが観測された。従って、この乾燥条件では上記苛酷な状態でも保存できており、常温下に長期保存することができることが分かる。なお、一般生菌数が2×10個/gという点は食品衛生法生食用かきの成分規格(50,000/g以下)を十分満たしている。
【0055】
次いで、(表1)において乾燥条件が5時間乾燥というのは、ガスボイル30分と自由水除去のための時間30分、乾燥徹底時間3時間、仕上げ乾燥1時間を行った乾燥である。このとき乾燥直後の水分活性値は0.75(自由水はほぼ完全に除去された状態)で、一般生菌数は300個/g以下であった。大腸菌群は測定できず、良好な風味を有していた。しかし、40℃、相対湿度90%の環境で24日間保存した後に測定すると、一般生菌はさらに1×10個/gと減少し、大腸菌は検出されなかった。外観・風味に関しては、乾燥条件が2時間乾燥の場合と変わらず、(1)腐敗臭は認められなかった、(2)外観変化なし、といったことが観測された。従って、この乾燥条件では上記苛酷な状態でも保存できており、常温下に長期保存することができることが分かる。なお、一般生菌数が1×10個/gという点は食品衛生法生食用かきの成分規格(50,000/g以下)を十分満たす。
【0056】
以上を総合判断すると、40℃、相対湿度90%という過酷な環境で1カ月近く保存しても、水分活性値が0.80Aw未満のレベルであれば、腐敗臭がなく、カビも発生しない。そして0.75Awにおいて一般生菌数が1×10個/gと減少し、外観・風味に変化が確実に得られ、かつ乾燥コストも合理的な費用の範囲になる。そして、0.70Awより小さい水分活性値にするのは乾燥コストが大きくなりすぎる。従って、0.70Aw〜0.80Aw、できれば0.75Aw〜0.80Aw程度、好適には0.75Awにするのが常温での長期保存に適している。このように水分活性値を加熱空気の温度と乾燥時間でコントロールすることにより、乾燥牡蠣を製造したときこれをそのまま市場に供給することができ、市場において広く長期保存することが可能になる。
【0057】
以上説明したように本発明の実施例1における乾燥牡蠣の製造方法によれば、牡蠣の風味と旨みを閉じ込めて乾燥することができ、乾燥後に常温で長期間保存してもカビが生えず、腐敗を防ぐことができる。乾燥コストを抑えることができ、空気と水蒸気の供給量をコントロールするだけできわめて簡単に、長期保存に適した高品質の乾燥牡蠣を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、乾燥牡蠣を製造するときの牡蠣の乾燥方法に適用できる。
【符号の説明】
【0059】
1 乾燥装置
1a 乾燥装置本体
2 ボイラー
3 送風機
4 ダクト
5 湿度調整室
6 熱交換機
7 空気調節室
8 空気吸い込み口
9 セイロ部
9a セイロ
T,Ti,Tb 温度
w,wi,wb 絶対湿度
t1 設定温度
t2 温度
p2 圧力
q1、q2 供給量
c1、c2、c 定圧比熱

【特許請求の範囲】
【請求項1】
常圧下で牡蠣の内部がボイルする温度と湿度の湿り空気を空気と水蒸気の混合によって形成し、この湿り空気によって前記牡蠣をボイルし、その後前記水蒸気の混合を止めて、ボイルされた牡蠣を加熱空気だけで水分活性値0.80Aw未満に乾燥することを特徴とする牡蠣の乾燥方法。
【請求項2】
前記水分活性値を0.75Aw〜0.80Awとすることを特徴とする請求項1記載の牡蠣の乾燥方法。
【請求項3】
前記牡蠣の内部をボイルすることが可能な温度と湿度が、所定温度の空気及び水蒸気の供給量を変化させることで設定されることを特徴とする請求項1又は2記載の牡蠣の乾燥方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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