説明

物質の熱拡散率測定方法およびその装置

【課題】温度波熱分析法を用いてレーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶のように熱伝導率の高い物質の熱拡散率を精度よく測定する。
【解決手段】被測定物の厚さ方向において対向する一方の側に交流電流を通電すると交流発熱する交流ヒーターを配置し、上記被測定物の厚さ方向において対向する他方の側に上記交流ヒーターと対向して温度波を測定する温度波測定用センサーを配置して、上記交流ヒーターにおける交流発熱の温度波形と上記温度波測定用センサーにより測定される温度波形との位相差に基づき上記被測定物の熱拡散率を測定する温度波熱分析法による物質の熱拡散率測定方法であって、上記被測定物の厚さ方向における上記一方の側において、上記交流ヒーターの周囲の少なくとも一部を取り囲む第2の交流ヒーターを配置し、上記交流ヒーターと上記第2の交流ヒーターとに同一の周波数かつ同一の位相の交流電流を通電する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質の熱拡散率測定方法およびその装置に関し、さらに詳細には、固体あるいは液体などの各種の物質、特に、レーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶のように熱伝導率の高い物質の熱拡散率を測定する際に用いて好適な物質の熱拡散率測定方法およびその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、物質の熱拡散率を測定する手法としては定常法と非定常法とがあり、非定常法としてはレーザーフラッシュ法、オングストローム法あるいはPAS法などが知られている。
【0003】
従来、レーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶の熱拡散率を測定する際には、上記した定常法や非定常法のレーザーフラッシュ法が用いられてきた。
【0004】
しかしながら、上記した手法のうちの定常法は、被測定物全体の温度を一定にするために、測定精度を上げるには被測定物として大きな試料が必要とされ、また、熱拡散率としては広範囲から得られる平均的な数値しか得ることができないため、被測定物として大きな試料を作成することが困難であるレーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶の熱拡散率を測定するには不向きであり、また、熱拡散率の測定精度も十分ではないということが指摘されていた。
【0005】
このため、現在では、レーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶の熱拡散率の測定に際しては、主にレーザーフラッシュ法が用いられてきている。
【0006】
このレーザーフラッシュ法によれば、被測定物として大きな試料が必要とはされないが、レーザーフラッシュ法に用いるレーザー光に対して透明である光学結晶を被測定物として測定する際には、当該光学結晶がレーザー光を吸収することができるように、当該光学結晶におけるレーザー光の入射面をカーボンなどでコーティングする必要があり、こうしたカーボンなどのコーティングが測定精度を下げることの原因になっていたという問題点があった。
【0007】
さらに、レーザーフラッシュ法においては、レーザー光の照射により被測定物に瞬間的に大きな熱を与えるため、レーザー光が照射される被測定物の加熱部位と熱拡散率を測定する測定部位とにおける温度差が大きくなり、レーザー光の照射により与える熱量によっても誤差が生じている可能性があるという問題点もあった。
【0008】
なお、被測定物に対して成膜したりセンサーの接着を要する方法では、測定に使用した被測定物たるレーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶を、測定後そのままではレーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶として各種の装置に利用することができないという問題点があった。
【0009】

一方、物質の熱拡散率を測定する非定常法の手法として、従来のレーザーフラッシュ法、オングストローム法あるいはPAS法などとは異なる温度波熱分析法(交流ジュール熱法、交流法、acカロリーメータ法あるいは交流加熱法とも称されている。)が提案されている(特許文献1として提示する特開平5−223762号公報、特許文献2として提示する特開平6−118038号公報、特許文献3として提示する特開平6−130012号公報を参照する。)
ここで、温度波熱分析法とは、図1に示すように、厚さdを備えた板状の被測定物10の一方の面(以下、「表面」と適宜に称する。)10aに交流ヒーター12を配置するとともに、当該被測定物10の他方の面(以下、「裏面」と適宜に称する。)10bに温度波測定用センサー14を配置して測定を行うものである。
【0010】
より詳細には、温度波熱分析法は、例えば、板状の被測定物10の両方の面10a、10bに導電性の薄膜を形成あるいは密着させ、被測定物10の表面10aに形成あるいは密着された薄膜については、当該薄膜に交流電源を接続し、当該交流電源により当該薄膜に交流電流を通電して、ジュール熱により発熱して被測定物10の表面10aを交流加熱する発熱体である交流熱源たる交流ヒーター12として構成し、一方、被測定物10の裏面10bに形成あるいは密着された薄膜については、当該薄膜に直流電源を接続し、当該直流電源により当該薄膜に直流電流を通電して、その抵抗値の温度依存性に起因して起こる電圧の変化を利用して温度を測定する抵抗式温度計たる温度波測定用センサー14として構成し、交流ヒーター12で発生する交流発熱の温度波形と温度波測定用センサー14により測定される温度波形との位相差を求め、この位相差と交流ヒーター12へ通電する交流電流の周波数との関係式から被測定物10の厚さd方向の熱拡散率を求めるという手法である。
【0011】
なお、交流ヒーター12ならびに温度波測定用センサー14として用いる導電性の薄膜は、被測定物10との界面が無視できる程度に、その厚さは被測定物10の厚さdに比べて十分に薄く、かつ、その熱容量は被測定物10に比べて十分に小さく、かつ、被測定物10に完全に密着している。従って、被測定物10の一方の面たる表面10a自体が交流熱源たる交流ヒーター12の変調周波数で交流発熱し、温度波測定用センサー14は他方の面たる裏面10bの温度変化の交流成分を直接測定しているものと見なすことができる。
【0012】
こうした温度波熱分析法の測定原理について、図1に示す板状の被測定物10を例にして説明すると、厚さdの板状の被測定物10の表面10a(x=0)で角周波数ωの周期発熱j(t)を発生させたとき、被測定物10が熱的に充分厚いならば(d>>2α/ω)、被測定物10の裏面10b(x=d)での温度変調は、被測定物10の表面10aでの温度変調と比較して、位相が遅れ振幅強度が減衰する(αは、熱拡散率(m/s)である。)。
【0013】
ここで、温度の位相差にのみ着目すると、位相差(位相遅れ)Δθは、表面10a(x=0)における温度波形と裏面10b(x=d)における温度波形との位相の差分であり、
【数1】

【0014】
と表される。
【0015】
なお、図2(a)(b)には、交流ヒーター12の温度、即ち、被測定物10の表面10aにおける温度(表面(加熱面)温度)と、温度波測定用センサー14により測定される温度、即ち、被測定物10の裏面10bの温度(裏面温度)とについて、それぞれ測定されるデータの測定例を模式的に示したグラフが示されており、図2(a)は位相差Δθおよび振幅強度の減衰(温度減衰)の測定例を示すグラフであり、図2(b)は位相差Δθと角周波数ωの平方根との関係の測定例を示すグラフである。
【0016】
上記した式(1)より、厚さdが既知の被測定物10について、一方の面たる表面10aで変調周波数(角周波数ω)を変化させて交流状に加熱し、そのときの裏面10bにおける温度変化の位相差Δθを測定することによって、熱拡散率αを求めることができるものである。
【0017】
こうした温度波熱分析法による測定においては、被測定物の加熱面と裏面とにおける温度変化の位相差により熱拡散率を求めているので、温度の絶対値による誤差が全く問題にならないため高精度な測定が可能となる。
【0018】
即ち、温度波熱分析法を用いる場合には、以下のような優れた作用効果を達成することができる。
【0019】
(1)温度波熱分析法は、被測定物を伝達する温度波を測定するので、被測定物全体の加熱が不要であり、このため交流ヒーターならびに温度波測定用センサーをともに小型化することでき、寸法の小さな被測定物を用いて測定することができる(従来の定常法では、被測定物全体の温度を一定にするため、測定精度を上げるためには寸法の大きな被測定物が必要である。)。
【0020】
(2)温度波熱分析法は、被測定物に与える熱の絶対値に依らない計測法であるので、従来の定常法や非定常法に比べて大幅に精密な測定を高速に行うことができる(従来の定常法や非定常法では、被測定物に与える熱の絶対値や、被測定物に与える熱のパルス幅や繰り返しにより、温度波測定用センサーに伝達する情報に誤差が生じた。また、測定を繰り返し行う場合には、その測定を行う毎に結晶を冷やさなければならないため、測定に長時間を要するものであった。)。
【0021】
(3)温度波熱分析法は、被測定物に対して加熱光の透過を防止するためのコーティングやセンサーなどの貼り付けが不要となるので、測定後の被測定物を加工したり破壊したりすることなく、そのまま各種の装置に利用することが可能となる。
【0022】
即ち、温度波熱分析法は、上記(1)〜(3)において説明したように、従来よりも寸法の小さな被測定物を用いながら、従来に比べて大幅に精密な測定を行うことが可能となり、また、測定後に被測定物を加工したり破壊したりせずにそのまま各種の装置に利用することが可能となるので、レーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶の熱拡散率の測定への利用が期待されている。
【0023】

しかしながら、こうした温度波熱分析法においては、測定方向たる厚さ方向以外への熱の逃げにより測定精度が低下するため、温度波熱分析法により、レーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶のように熱伝導率の高い物質の熱拡散率を精度よく測定することは困難であると考えられてきた。
【0024】
さらに、温度波熱分析法においては、上記したように測定方向たる厚さ方向以外への熱の逃げにより測定精度が低下することを防止するため、被測定物の厚さを面方向への熱拡散を無視できる程度に十分に薄く形成して、面方向には断熱と考えられるように被測定物を形成する必要があった。
【0025】
ところが、レーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶は、被測定物の厚さを面方向への熱拡散を無視できる程度に十分に薄く形成することは困難であるため、この点も、温度波熱分析法をレーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶の熱拡散率の測定に利用することの障碍として指摘されていた。
【特許文献1】特開平5−223762号公報
【特許文献2】特開平6−118038号公報
【特許文献3】特開平6−130012号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
本発明は、従来の技術の有する上記したような種々の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、温度波熱分析法を用いてレーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶のように熱伝導率の高い物質の熱拡散率を精度よく測定することを可能にした物質の熱拡散率測定方法およびその装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0027】
上記目的を達成するために、本発明は、被測定物に対して温度波測定用センサーと対向して配置される交流ヒーターに加えて、当該交流ヒーターによって被測定物に与えられる熱の測定方向たる厚さ方向以外への逃げを補正する交流ヒーターを配置するようにしたものである。
【0028】
従って、本発明によれば、熱の測定方向たる厚さ方向以外への逃げを補正する交流ヒーターによって、温度波測定用センサーと対向して配置される交流ヒーターによって被測定物に与えられる熱の測定方向たる厚さ方向以外への逃げが補正され、レーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶のように熱伝導率の高い物質の熱拡散率を精度よく測定することが可能になる。
【0029】

ここで、本発明は、従来の温度波熱分析法では測定が困難であるレーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶のような熱伝導率の高い物質の熱拡散率の測定に用いると効果的であるが、本発明はこうした熱伝導率の高い物質の熱拡散率の測定にのみ用いられものではないことは勿論であり、熱伝導率の高低にかかわらず、固体あるいは液体などの各種の物質の熱拡散率の測定に用いることができるものである。
【0030】
即ち、本発明は、例えば、フィルム、シートまたは板状の難導電性の物質あるいは液体状または液体状となしうる難導電性の物質、具体的には、各種の高分子化合物、有機色素、単結晶、鉱石あるいはセラミックスなどの物質の熱拡散率の測定に用いることができ、特に、レーザー結晶や非線型光学結晶などの光学結晶のような高い熱拡散率を持つ物質の熱拡散率の測定に用いると有効である。
【0031】
より詳細には、本発明は、1×10−3〜1×10−8[m/s]の熱拡散率をもつ物質の測定に有効であり、特に、1×10−6[m/s]〜1×10−8[m/s]の熱拡散率をもつ物質の測定で他の方法に比べて優位性を発揮できるが、1×10−3〜1×10−8[m/s]の範囲外の熱拡散率をもつ物質の測定においても同様の精度で精度よく測定することができる。
【0032】
また、被測定物の厚さについては、厚さが1μm以下の薄い試料から厚さが1mm以上の厚い試料まで測定可能である。この被測定物の厚さについては、被測定物の材質と熱拡散率の大きさとに基づいて適宜調整することが可能であるが、例えば、1×10−6[m/s]〜1×10−7[m/s]程度の熱拡散率をもつ光学結晶に関しては、200μm〜1mm程度の厚さの試料でも精度よく測定することができる。
【0033】
なお、本発明により熱拡散率を測定することができるレーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶としては、以下に示すようなものがある。
【0034】
レーザー結晶:Nd:YAG、Yb:YAG、Nd:YVO、Y、Ti:Sapphire、Cr:LiCAF、Nd:KGW、Tm:GdVOなどがある。
【0035】
非線形結晶:LBO、BBO、CLBO、KTP、PTPなどがある。
【0036】
その他の光学材料:CaF、SiO、ZnSe、BaFなどがある。
【0037】

そして、本発明のうち請求項1に記載の発明は、被測定物の厚さ方向において対向する一方の側に交流電流を通電すると交流発熱する交流ヒーターを配置し、上記被測定物の厚さ方向において対向する他方の側に上記交流ヒーターと対向して温度波を測定する温度波測定用センサーを配置して、上記交流ヒーターにおける交流発熱の温度波形と上記温度波測定用センサーにより測定される温度波形との位相差に基づき上記被測定物の熱拡散率を測定する温度波熱分析法による物質の熱拡散率測定方法であって、上記被測定物の厚さ方向における上記一方の側において、上記交流ヒーターの周囲の少なくとも一部を取り囲む第2の交流ヒーターを配置し、上記交流ヒーターと上記第2の交流ヒーターとに同一の周波数かつ位相の交流電流を通電するようにしたものである。
【0038】
また、本発明のうち請求項2に記載の発明は、本発明のうち請求項1に記載の発明において、上記第2の交流ヒーターは、上記交流ヒーターを中心にして対称に2カ所配置されるようにしたものである。
【0039】
また、本発明のうち請求項3に記載の発明は、本発明のうち請求項1に記載の発明において、上記第2の交流ヒーターは、上記交流ヒーターの周囲を完全に包囲して配置されるようにしたものである。
【0040】
また、本発明のうち請求項4に記載の発明は、本発明のうち請求項1、2または3のいずれか1項に記載の発明において、上記温度波測定用センサーの温度波測定のために上記被測定物に対向している面の面積は、上記交流ヒーターの上記被測定物に対向して上記被測定物を加熱する部位の面積よりも小さいようにしたものである。
【0041】
また、本発明のうち請求項5に記載の発明は、本発明のうち請求項1、2、3または4のいずれか1項に記載の発明において、上記被測定物は、1×10−3〜1×10−8[m/s]の熱拡散率をもつ物質であるようにしたものである。
【0042】
また、本発明のうち請求項6に記載の発明は、本発明のうち請求項1、2、3または4のいずれか1項に記載の発明において、上記被測定物は、光学結晶であるようにしたものである。
【0043】
また、本発明のうち請求項7に記載の発明は、被測定物の厚さ方向において対向する一方の側に交流電流を通電すると交流発熱する交流ヒーターを配置し、上記被測定物の厚さ方向において対向する他方の側に上記交流ヒーターと対向して温度波を測定する温度波測定用センサーを配置して、上記交流ヒーターにおける交流発熱の温度波形と上記温度波測定用センサーにより測定される温度波形との位相差に基づき上記被測定物の熱拡散率を測定する温度波熱分析法による物質の熱拡散率測定装置であって、上記被測定物の厚さ方向における上記一方の側において、上記交流ヒーターの周囲の少なくとも一部を取り囲んで配置された第2の交流ヒーターを有し、上記交流ヒーターと上記第2の交流ヒーターとに同一の周波数かつ位相の交流電流を通電するようにしたものである。
【0044】
また、本発明のうち請求項8に記載の発明は、本発明のうち請求項7に記載の発明において、上記第2の交流ヒーターは、上記交流ヒーターを中心にして対称に2カ所配置されるようにしたものである。
【0045】
また、本発明のうち請求項9に記載の発明は、本発明のうち請求項7に記載の発明において、上記第2の交流ヒーターは、上記交流ヒーターの周囲を完全に包囲して配置されるようにしたものである。
【0046】
また、本発明のうち請求項10に記載の発明は、本発明のうち請求項7、8または9のいずれか1項に記載の発明において、上記温度波測定用センサーの温度波測定のために上記被測定物に対向している面の面積は、上記交流ヒーターの上記被測定物に対向して上記被測定物を加熱する部位の面積よりも小さいようにしたものである。
【0047】
また、本発明のうち請求項11に記載の発明は、本発明のうち請求項7、8、9または10のいずれか1項に記載の発明において、上記被測定物は、1×10−3〜1×10−8[m/s]の熱拡散率をもつ物質であるようにしたものである。
【0048】
また、本発明のうち請求項12に記載の発明は、本発明のうち請求項7、8、9または10のいずれか1項に記載の発明において、上記被測定物は、光学結晶であるようにしたものである。
【発明の効果】
【0049】
本発明によれば、温度波熱分析法を用いてレーザー結晶や非線形結晶などの光学結晶のように熱伝導率の高い物質の熱拡散率を精度よく測定することができるという優れた効果が奏される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0050】
以下、添付の図面を参照しながら、本発明による物質の熱拡散率測定方法およびその装置の実施の形態の一例を詳細に説明するものとする。
【0051】
なお、「背景技術」の項において従来の温度波熱分析法を説明するために用いた図1に示す構成と同一または相当する構成には、図1とを同一の符号を付して示すことにより、その重複する説明は適宜に省略するものとする。
【0052】

図3には、本発明による物質の熱拡散率測定装置(以下、単に「熱拡散率測定装置」と適宜に称する。)の実施の形態の一例の概念構成説明図が示されている。
【0053】
この熱拡散率測定装置100は、厚さdを備えた被測定物10の厚さ方向の熱拡散率を測定するものであり、被測定物10の表面10aに配置された交流ヒーター12ならびにガードヒーター20(後述する。)へ同一の周波数かつ同一の位相の交流電流を通電する交流電流発生器たるファンクションシンセサイザー102と、ファンクションシンセサイザー102からの参照交流波と温度波測定用センサー14による検出波との積をとり直流成分を得て当該直流成分をパーソルコンピュータ108(後述する。)へ出力するロックイン増幅器104と、温度波測定用センサー14へ一定電圧の直流電圧を印加する直流電源106と、ファンクションシンセサイザー102の出力とロックイン増幅器104の出力とに基づいて温度波熱分析法により被測定物10の厚さ方向の熱拡散率を演算するデータ処理装置たるパーソナルコンピュータ108とを有している。
【0054】
また、符号110は被測定物10を載置するホットステージであり、符号112はホットステージ108上に載置された被測定物10を収容するサンプルセルである。
【0055】
なお、上記した熱拡散率測定装置100の構成は、被測定物10の表面10aに配置された交流ヒーター12ならびにガードヒーター20を除いて、例えば、特許文献1として提示する特開平5−223762号公報、特許文献2として提示する特開平6−118038号公報あるいは特許文献3として提示する特開平6−130012号公報などに開示された従来の熱拡散率測定装置と同様の構成を採用することができる。
【0056】

ここで、図4(a)(b)(c)に示すように、被測定物10の表面10aには、その中央に交流ヒーター12が配置され、交流ヒーター12の両側には第2の交流ヒーターとして一対のガードヒーター20が配置されている。ガードヒーター20は、交流ヒーター12と同一の構成を備えており、交流ヒーター12と同様にして形成すればよい。
【0057】
これら交流ヒーター12と一対のガードヒーター20とはリード線22により接続されており、リード線22の端部はファンクションシンセサイザー102に接続されていて、ファンクションシンセサイザー102から同一の周波数かつ同一の位相の交流電流がリード線を介して交流ヒーター12および一対のガードヒーター20に通電される。
【0058】
また、被測定物10の裏面10bには、温度波を測定する温度波測定用センサー14が交流ヒーター12と対向して配置されており、リード線24を介して直流電源に接続されている。
【0059】
この温度波測定用センサー14の温度波測定のために被測定物10に対向している面の面積は、交流ヒーター12の被測定物10に対向して被測定物10を加熱する部位の面積よりも小さいサイズに設定されている。従って、温度波測定用センサー14を被測定物10の表面10aに投影すると、温度波測定用センサー14は交流ヒーター12が配置されいる領域内に収まることになる。
【0060】

以上の構成において、被測定物10の表面10aへの加熱は、ファンクションシンセサイザー102からリード線22を介して、被測定物10の表面10aに配置された交流ヒーター12およびガードヒーター20に交流電流を通電してジュール発熱させることで行われ、ファンクションシンセサイザー102の制御によって、交流ヒーター12およびガードヒーター20を加熱する交流電流の周波数を任意に変えることができる。
【0061】
一方、被測定物10の裏面10bの温度変化は、温度波測定用センサー14により測定される。この温度波測定用センサー14は導電性薄膜よりなるものであり、この導電性薄膜の抵抗の温度依存性を利用して温度が測定される。
【0062】
そして、この温度波測定用センサー14たる導電性薄膜の抵抗変化によって生じる電位差がロックイン増幅器104に入力され、交流の変化分について、表面10aとの位相差および振幅が測定される。
【0063】
この際に、交流ヒーター12とリード線22で接続された二つのガードヒーター20からは、交流ヒーター12と同じ周波数かつ同じ位相の温度波が発生することになり、このガードヒーター20により外部との温度差が低減され、測定方向たる厚さd方向以外への熱の拡散が抑制されることになる。
【0064】
即ち、ガードヒーター20を配置したことにより、交流ヒーター12の発熱による熱が測定方向たる厚さ方向以外へ逃げることを低減することができ、被測定物10が高熱伝導性材料であっても、被測定物10に十分な厚みを持たせたまま精度よく測定を行うことができるようになる。
【0065】
また、温度波測定用センサー14の温度波測定のために被測定物10に対向している面の面積は、ガードヒーター20からの温度波の影響を受けないように、交流ヒーター12の被測定物10に対向して被測定物10を加熱する部位の面積よりも小さいサイズに設定されているので、温度波測定用センサー14は交流ヒーター12から発生する温度波を一層精度よく測定することができる。
【0066】
即ち、交流ヒーター12の被測定物10に対向して被測定物10を加熱する部位の面積に対して、温度波測定用センサー14の温度波測定のために被測定物10に対向している面の面積が小さくなればなるほど、温度波測定用センサー14は交流ヒーター12から発生する温度波を精度よく測定することができるようになる。
【0067】

次に、本願発明者による実験の結果について説明するが、この実験は、サファイア基板のc軸方向の熱拡散率を測定したものである。
【0068】
被測定物たるサファイア基板は、10mm×10mm、厚さ約0.5mmの大きさを備え、全面に鏡面研磨を施してある。
【0069】
このサファイア基板の一方の面に、交流ヒーターおよび当該交流ヒーターを挟むようにして一対のガードヒーターを密着性を維持するようしっかりと固定する。一方、ファイア基板の他方の面に、交流ヒーターと対向するように温度波測定用センサーを密着性を維持するようしっかりと固定する。サファイア基板における交流ヒーター、ガードヒーターおよび温度波測定用センサーの配置は、図4に示す配置と同様である。
【0070】
なお、この実験においては、サファイア基板に配置する交流ヒーター、ガードヒーターおよび温度波測定用センサーの材料として金を用いた。また、サファイア基板に配置する交流ヒーターならびにガードヒーターのサイズは各1mm×3mmであり、サファイア基板に配置する温度波測定用センサーのサイズは0.5mm×1mmとした。
【0071】
図5には、5Hzから10Hzまでの間で周波数スキャンを行った結果が示されている。なお、図5において、横軸は周波数fの平方根(Hz)であり、縦軸は表面(加熱面)と裏面(測定面)とで測定される温度波の位相差(位相のずれ)(degree)をそれぞれ示している。周波数を上げるに従い位相差は直線的に減少する。得られた直線の傾きとサファイア基板の厚さとから、熱拡散率は12.4×10−6/sと求められた。実際の測定にあたっては、複数回測定を行った平均値により値を決定することが好ましい。
【0072】
また、図6に、Nd:GdVO結晶のNd濃度を変化させた場合の熱拡散率の測定値を示している。図6において、横軸はNd濃度であり、縦軸は熱拡散率である。
【0073】
そして、図6における□印は従来のレーザーフラッシュ法を用いて測定した結果を示しており、●は本発明による物質の熱拡散率測定方法を用いて測定した結果を示している。
【0074】
この図6からは、従来のレーザーフラッシュ法では測定方向たる厚さ方向以外への熱の拡散のため全体的に測定値が高くなっている上に、測定精度が悪いため測定値にばらつきが生じていることがわかり、一方、本発明による物質の熱拡散率測定方法では測定精度も高く、熱拡散率がNd濃度に応じて下がっていく傾向が観察された。
【0075】

なお、上記した実施の形態は、以下の(1)乃至(4)に示すように変形することができるものである。
【0076】
(1)上記した実施の形態においては、薄板状の交流ヒーターやガードヒーターあるいは温度波測定用センサーを被測定物に直接配置する場合について説明したが、これに限られるものではないことは勿論であり、ガラス板などの基板の表面に交流ヒーターやガードヒーターあるいは温度波測定用センサーを形成し、交流ヒーターやガードヒーターあるいは温度波測定用センサーを形成した基板により被測定物を挟持して、交流ヒーターやガードヒーターから被測定物へ熱を与えたり、交流ヒーターから与えられた熱により被測定物を伝達する温度波を温度波測定用センサーにより測定するようにしてもよい。
【0077】
また、液体を測定する際には、例えば、上記した交流ヒーターやガードヒーターあるいは温度波測定用センサーを形成した一対の基板の間にスペーサを配置し、これら一対の基板とスペーサとの間に被測定物たる液体を収容して測定するようにすればよい。
【0078】
(2)上記した実施の形態においては、被測定物10の表面10aの中央に配置された交流ヒーター12を中心にして対称に2カ所のガードーヒーター20を配置して、ガードヒーター20により交流ヒーター12の周囲の一部を取り囲むようにしたが、これに限られるものではないことは勿論である。例えば、図7に示すように、被測定物10の表面10aの中央に配置された交流ヒーター12の周囲を完全に包囲するように、ガードヒーター20を配置してもよい。
【0079】
(3)上記した実施の形態においては、交流ヒーターやガードーヒーターあるいは温度波センサーを構成する導電性の薄膜の材料に関して、出願人による実験結果の説明において金を例示したに過ぎないが、交流ヒーターやガードーヒーターあるいは温度波センサーを構成する導電性の薄膜の材料としては金以外にも種々の材料を選択することができる。また、被測定物の大きさは勿論のこと、交流ヒーターやガードーヒーターあるいは温度波センサーを構成する導電性の薄膜の大きさなどは、適宜に変更するようにしてよい。
【0080】
(4)上記した実施の形態ならびに上記した(1)乃至(3)に示す変形例は、適宜に組み合わせるようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明は、光学結晶ならびにセラミックあるいはその他の材料の熱拡散率の測定に利用することができるものであり、熱拡散率測定装置、熱伝導率測定装置ならびに熱解析装置などに組み込まれて、電機メーカーならびに化学機器メーカーあるいはその他各種の製造メーカーなどで用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】図1は、従来の温度波熱分析法において用いる被測定物の概念構成説明図である。
【図2】図2(a)(b)は、被測定物の表面における温度(表面(加熱面)温度)と被測定物の裏面の温度(裏面温度)とについて、それぞれ測定されるデータの測定例を模式的に示したグラフであり、図2(a)は位相差Δθおよび振幅強度の減衰(温度減衰)の測定例を示すグラフであり、図2(b)は位相差Δθと角周波数ωの平方根との関係の測定例を示すグラフである。
【図3】図3は、本発明による物質の熱拡散率測定装置の実施の形態の一例の概念構成説明図である。
【図4】図4(a)(b)(c)は、本発明による物質の熱拡散率測定装置において用いる被測定物の概念構成説明図であり、図4(a)は図4(c)のA矢視図であり、図4(b)は図4(a)のB矢視図であり、図4(c)は図4(a)のC矢視図である。
【図5】図5は、本願発明者による実験結果を示すグラフである。
【図6】図6は、本願発明者による実験結果を示すグラフである。
【図7】図7は、本発明の他の実施の形態について被測定物の表面における交流ヒーターおよびガードヒーターの配置のみを示す図4(a)に対応する概念構成説明図である。
【符号の説明】
【0083】
10 被測定物
10a 表面
10b 裏面
12 交流ヒーター
14 温度波測定用センサー
20 ガードヒーター
22 リード線
24 リード線
100 熱拡散率測定装置
102 ファンクションシンセサイザー
104 ロックイン増幅器
106 直流電源
108 パーソナルコンピューター
110 ホットステージ
112 サンプルセル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定物の厚さ方向において対向する一方の側に交流電流を通電すると交流発熱する交流ヒーターを配置し、前記被測定物の厚さ方向において対向する他方の側に前記交流ヒーターと対向して温度波を測定する温度波測定用センサーを配置して、前記交流ヒーターにおける交流発熱の温度波形と前記温度波測定用センサーにより測定される温度波形との位相差に基づき前記被測定物の熱拡散率を測定する温度波熱分析法による物質の熱拡散率測定方法であって、
前記被測定物の厚さ方向における前記一方の側において、前記交流ヒーターの周囲の少なくとも一部を取り囲む第2の交流ヒーターを配置し、前記交流ヒーターと前記第2の交流ヒーターとに同一の周波数かつ同一の位相の交流電流を通電する
ことを特徴とする物質の熱拡散率測定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の物質の熱拡散率測定方法において、
前記第2の交流ヒーターは、前記交流ヒーターを中心にして対称に2カ所配置された
ことを特徴とする物質の熱拡散率測定方法。
【請求項3】
請求項1に記載の物質の熱拡散率測定方法において、
前記第2の交流ヒーターは、前記交流ヒーターの周囲を完全に包囲して配置された
ことを特徴とする物質の熱拡散率測定方法。
【請求項4】
請求項1、2または3のいずれか1項に記載の物質の熱拡散率測定方法において、
前記温度波測定用センサーの温度波測定のために前記被測定物に対向している面の面積は、前記交流ヒーターの前記被測定物に対向して前記被測定物を加熱する部位の面積よりも小さい
ことを特徴とする物質の熱拡散率測定方法。
【請求項5】
請求項1、2、3または4のいずれか1項に記載の物質の熱拡散率測定方法において、
前記被測定物は、1×10−3〜1×10−8[m/s]の熱拡散率をもつ物質である
ことを特徴とする物質の熱拡散率測定方法。
【請求項6】
請求項1、2、3または4のいずれか1項に記載の物質の熱拡散率測定方法において、
前記被測定物は、光学結晶である
ことを特徴とする物質の熱拡散率測定方法。
【請求項7】
被測定物の厚さ方向において対向する一方の側に交流電流を通電すると交流発熱する交流ヒーターを配置し、前記被測定物の厚さ方向において対向する他方の側に前記交流ヒーターと対向して温度波を測定する温度波測定用センサーを配置して、前記交流ヒーターにおける交流発熱の温度波形と前記温度波測定用センサーにより測定される温度波形との位相差に基づき前記被測定物の熱拡散率を測定する温度波熱分析法による物質の熱拡散率測定装置であって、
前記被測定物の厚さ方向における前記一方の側において、前記交流ヒーターの周囲の少なくとも一部を取り囲んで配置された第2の交流ヒーターを有し、
前記交流ヒーターと前記第2の交流ヒーターとに同一の周波数かつ同一の位相の交流電流を通電する
ことを特徴とする物質の熱拡散率測定装置。
【請求項8】
請求項7に記載の物質の熱拡散率測定装置において、
前記第2の交流ヒーターは、前記交流ヒーターを中心にして対称に2カ所配置された
ことを特徴とする物質の熱拡散率測定装置。
【請求項9】
請求項7に記載の物質の熱拡散率測定装置において、
前記第2の交流ヒーターは、前記交流ヒーターの周囲を完全に包囲して配置された
ことを特徴とする物質の熱拡散率測定装置。
【請求項10】
請求項7、8または9のいずれか1項に記載の物質の熱拡散率測定装置において、
前記温度波測定用センサーの温度波測定のために前記被測定物に対向している面の面積は、前記交流ヒーターの前記被測定物に対向して前記被測定物を加熱する部位の面積よりも小さい
ことを特徴とする物質の熱拡散率測定装置。
【請求項11】
請求項7、8、9または10のいずれか1項に記載の物質の熱拡散率測定装置において、
前記被測定物は、1×10−3〜1×10−8[m/s]の熱拡散率をもつ物質である
ことを特徴とする物質の熱拡散率測定装置。
【請求項12】
請求項7、8、9または10のいずれか1項に記載の物質の熱拡散率測定装置において、
前記被測定物は、光学結晶である
ことを特徴とする物質の熱拡散率測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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