特発性肺線維症の検出マーカー及び検出キット
【課題】
容易に特発性肺線維症を検出するための検出マーカー及び検出キットを提供すること。
【解決手段】
抗annexin 1抗体、抗phosphoglycerate kinase 1抗体、抗annexin 4抗体、抗bax inhibitor 1抗体、抗cytochrome c oxidase subunit Va抗体、抗aldehyde dehydrogenase 1抗体、抗cytochrome c−1抗体、抗macrophage migration inhibitory factor抗体、抗annexin 2抗体、抗cytochrome c reductase core 1抗体、抗heme oxygenase 1抗体、の少なくとも一つを含有してなる特発性肺線維症の検出マーカーとする。
容易に特発性肺線維症を検出するための検出マーカー及び検出キットを提供すること。
【解決手段】
抗annexin 1抗体、抗phosphoglycerate kinase 1抗体、抗annexin 4抗体、抗bax inhibitor 1抗体、抗cytochrome c oxidase subunit Va抗体、抗aldehyde dehydrogenase 1抗体、抗cytochrome c−1抗体、抗macrophage migration inhibitory factor抗体、抗annexin 2抗体、抗cytochrome c reductase core 1抗体、抗heme oxygenase 1抗体、の少なくとも一つを含有してなる特発性肺線維症の検出マーカーとする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は特発性間質性肺線維症の検出マーカー及び検出キットに関する。
【背景技術】
【0002】
特発性肺線維症は原因不明の疾患であるが、肺胞上皮にapotosis が亢進し、肺胞上皮基底膜の破壊に伴って間質の線維芽細胞の異常増殖を伴う疾患である。
【0003】
現在の特発性肺線維症の診断には開胸/胸腔鏡下肺生検が重要な位置を占めているが、病状が進行した症例では検査による侵襲が大きな問題である。なおその問題を解決するために気管支肺胞洗浄検査(Bronchoalveolar lavage : 以下「BAL」)が行われている。特発性肺線維症においては、BALで採取したBAL液中に好中球の軽度の増加が確認されたことの報告があり、肺胞腔や間質に浸潤した好中球が病態に重要な役割を果たしているのではないかとの示唆がある(例えば下記非特許文献1参照)。
【0004】
ところで、SEREX(Sserological analysis of recombinant cDNA expression libraries)法は、約1万個のcDNAの中で数個程度しか存在しない自己抗原発現cDNAに対しても検出が可能であり、微量の自己抗原の検出に適した方法である。このSEREX法により肺癌をはじめとする様々な腫瘍関連抗原が同定されている。同定された抗原には、転写因子、細胞の分化抗原、細胞構成蛋白などに対する自己抗体に加え、新規遺伝子も含まれている。即ちSEREX法は自己抗原検索においては強力で有用な手法であり、これを用いた報告として、全身性エリテマトーデス(SLE)や過敏性肺臓炎関連自己抗体の検索に関する報告がある(例えば下記非特許文献2参照)。
【0005】
また、PCR(Polimerase Chain Reaction)法による気管支肺胞洗浄液中のT細胞Vβ鎖遺伝子再構成の検索では、抗原特異的なT細胞増生がBAL液中に認められ、肺胞局所において疾患特異的な抗原の存在が示唆されている(例えば下記非特許文献3参照)。
【0006】
【非特許文献1】Wellsら、“Bronchoalveolar lavage cellularity: lone cryptogenic fibrosing alveolitis compared with the fibrosing alveolitis of systemic sclerosis”、Am J Respir Crit Care Med、1998年、157巻、1474−1482頁
【非特許文献2】Matsunagaら、“A novel protein antigen of Trichosporon asahii, in summer−type hypersensitivity pneumonitis”、Am J Respir Crit Care Med 2002年、167巻、991−998頁
【非特許文献3】Shimizudaniら、“Conserved CDR3 region of T cell receptor BV gene in lymphocytes from bronchoalveolar lavage fluid of patients with indiopathic pulmonary fibrosis”、Clin Exp Immunol 2002、129巻、140〜149頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
確かに、上記非特許文献1において好中球が何らか病態に関与していることを示唆しているが、好中球が増加する機序や肺が線維化する機序は大部分が不明であり、しかも、好中球の増加のみによっては特発性肺線維症の診断を行うことは極めて困難である。また特に、BALによって確かに侵襲の問題を和らげることはできるが、より患者に負担のかからない非侵襲な診断も望まれる。
【0008】
また、SEREX法については、殆どが腫瘍関連抗原の同定のために用いられているものであって、腫瘍関連抗原以外のものに適用した例は極めて稀である。これを用いた過敏性肺臓炎関連の報告としては上記非特許文献2の例があるが、これ一例に過ぎないだけでなくこの例も夏型過敏性肺臓炎に対する真菌抗原の報告に過ぎず、特発性肺線維症についての報告でもない。
【0009】
更に、上記非特許文献3に記載の報告では、抗原特異的なT細胞増生が認められているが、PCR法のみでは症例間でHLA抗原が異なること、認識している抗原は抗原提示細胞によって断片化されていること、から認識抗原の決定は極めて困難である。
【0010】
そこで、本発明は、上記課題を鑑み、より容易に特発性肺線維症を検出するための検出マーカー及び検出キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは、上記課題につき検討したところ、特発性肺線維症において肺胞局所に疾患特異的な抗原が存在し、肺において疾患特異的な抗原/抗体反応が生じているのであれば、B細胞による抗体産生にはCD4陽性T細胞の援助が必要不可欠であり、BAL液中のT細胞は抗原特異的なVα/Vβ鎖を有したT細胞が特異的に増生していると考えられ、特発性肺線維症においても、特定の抗原特異的なVα/Vβ鎖を有したT細胞がoligoclonalに増生しているのではないかと検討を行った。この検討の結果、特定の抗原特異的なVα/Vβ鎖を有したCD4 陽性T 細胞が oligoclonalに増生し疾患特異的な抗原抗体反応が強く生じた特発性肺線維症と、特定の抗原特異的なVα/Vβ鎖の増生がみられず疾患特異的な抗原抗体反応が生じていない特発性肺線維症があることを見出した(図1参照)。
【0012】
そこで、更に本発明者らが上記について検討を行ったところ、上記の例のうち図1の(B)はoligoclonalにSEREX法による自己抗体解析しやすい症例であり、図1(A)はそうでない症例であると考え、SEREX法による自己抗体の解析をしやすい症例を用いて、特発性肺線維症の主な病変部位である肺胞上皮が発現する蛋白を非常に鋭敏な方法(SEREX法)で解析を行うことで、特発性肺線維症の患者血清中に存在する自己抗体の検出が可能であることを見いだした。以下具体的に示すが、我々の発見した11種類の自己抗体は比較的高頻度で特発性肺線維症症例の血清中に存在し、これらを組み合わせることによって、特発性肺線維症の正確な血清学的診断が可能となる。
【0013】
即ち、本発明に係る特発性肺線維症の検出マーカーは、抗annexin 1抗体、抗phosphoglycerate kinase 1抗体、抗annexin 4抗体、抗bax inhibitor 1抗体、抗cytochrome c oxidase subunit Va抗体、抗aldehyde dehydrogenase 1抗体、抗cytochrome c−1抗体、抗macrophage migration inhibitory factor抗体、抗annexin 2抗体、抗cytochrome c reductase core 1抗体、抗heme oxygenase 1抗体、の少なくとも一つを含有してなることを特徴とする。
【0014】
また、本発明に係る特発性肺線維症の検出キットは、annexin 1、phosphoglycerate kinase 1、annexin 4、bax inhibitor 1、cytochrome c oxidase subunit Va、aldehyde dehydrogenase 1、cytochrome c−1、macrophage migration inhibitory factor、annexin 2、cytochrome c reductase core 1、heme oxygenase 1、の少なくともいずれかの抗原タンパクを基材に吸着させてなることを特徴とする。なおここで基材としては上記抗原タンパクを吸着させて抗体反応を確認できる限りにおいて限定はされないが、メンブレンやELISA法にも散られるプレートなどが該当する。またこの場合において、抗原タンパクは標識が付されていること、標識は、His−tag標識が付されていること、も望ましい。
【0015】
また、本発明に係る方法としては、annexin 1、phosphoglycerate kinase 1、annexin 4、bax inhibitor 1、cytochrome c oxidase subunit Va、aldehyde dehydrogenase 1、cytochrome c−1、macrophage migration inhibitory factor、annexin 2、cytochrome c reductase core 1、heme oxygenase 1、の少なくともいずれかの標識された抗原タンパクを吸着した基材に血清又はBAL液を塗布することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
以上、特発性肺線維症を検出するための検出マーカー及び検出キットを提供することができるようになる。特に、今回我々の発見した11種類の自己抗体は既存には報告されておらず、特発性肺線維症以外の症例ではほとんどの自己抗体は検出されず、診断検査としての利用価値が高い。
【0017】
本発明を用いることによって、治療前後のBAL液または経時的に採取した血清による連続的な疾患特異的自己抗体の解析が可能となる。とりわけ、His−tag標識自己抗原蛋白を用いた自己抗体の測定は、病勢フォローやステロイドなどの治療効果判定に最適な検査法となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明する。
【0019】
本発明の実施の形態としては、特発性肺線維症の検出マーカー、検出キットの態様を採用できる。検出マーカーの態様として、抗annexin 1抗体、抗phosphoglycerate kinase 1抗体、抗annexin 4抗体、抗bax inhibitor 1抗体、抗cytochrome c oxidase subunit Va抗体、抗aldehyde dehydrogenase 1抗体、抗cytochrome c−1抗体、抗macrophage migration inhibitory factor抗体、抗annexin 2抗体、抗cytochrome c reductase core 1抗体、抗heme oxygenase 1抗体、の少なくとも一つを含んでなることとする。即ち、特発性肺線維症の疑いのある患者から血清又はBAL液を抽出し、この抗体が存在しているか否かを調べ、存在している場合は特発性肺線維症の疑いがあると判定することができる。これにより精度よく調べることができるようになる。
【0020】
また本発明の一実施形態として、annexin 1、phosphoglycerate kinase 1、annexin 4、bax inhibitor 1、cytochrome c oxidase subunit Va、aldehyde dehydrogenase 1、cytochrome c−1、macrophage migration inhibitory factor、annexin 2、cytochrome c reductase core 1、heme oxygenase 1、の少なくともいずれかの抗原タンパクを基材に吸着させてなる特発性肺線維症の検出キットとすることもできる。これにより、特発性肺線維症の疑いのある患者から血清又はBAL液を抽出し、この抗原タンパクが抗体と反応しているか否かを調べることにより、特発性肺線維症の疑いがあるか否かを判定することができる。具体的にはこれら抗原タンパクを基材に吸着させ、BAL液又は血清などを塗布することにより抗原タンパクと反応させ、更に発光又は発色部位を有する二次抗体と反応させることで、発光等が行われるか、又はその量にもとづいて抗体が存在しているか否かを判定し、特発性肺線維症であるか否かを判定することが可能となる。この場合において、抗原タンパクには抗原タンパクを作成する観点から標識が付されていることが望ましい。特に本実施形態によると、あらかじめ作成した自己抗原蛋白が吸着したメンブレンやプレートを利用することによって、迅速な検査が可能であり、1時間程度で結果を得ることができる。そのため、病状が刻々と変化する重症例の特発性肺線維症においても迅速な対応が可能である。特発性肺線維症が悪化した場合には、できるだけ早い治療が必要であるが、他の合併症(感染症、悪性腫瘍)の除外に時間がかかり、診断に苦慮する場合が多い。本発明は特発性肺線維症自体が悪化したのか他の合併症が重なったのかを鑑別するうえで非常に重要な情報を提供可能であり、迅速な対応に結びつくことができる。
【実施例】
【0021】
以下、本実施形態に係る発明の効果を実証すべく検討を行った。以下説明する。
【0022】
T細胞Vβ鎖は25種類のサブファミリーから構成されているため、まずそれぞれのサブファミリーに特異的なプライマーを作成した。作成したプライマーを図2に示す。なお図中、Vβ1、Vβ2…、Vβ25はfowardプライマーとして用い、Cβはreverseプライマーとして共通に用いた。
【0023】
そして特発性肺線維症20症例に対しBALを行い、そのBALを抽出した。そしてこのBAL液からDyna beadsを用いてCD4陽性T細胞の分離、total RNAの抽出、RT−PCR法によるT細胞のVβ鎖可変部領域の増幅を行い、更にこのPCR産物を2%アガロースで泳動し、ナイロンメンブレンに転写し、Southern blot法によってT細胞Vβ鎖レパートリーについて解析した。その結果、特発性肺線維症はBAL液中のCD4陽性Tリンパ球のT細胞Vβ鎖レパートリーは、25種類すべてのVβ鎖サブグループが均等に発現している症例とごく一部のVβ鎖サブグループのみが発現している症例に分類されることが判明した(図1参照。図1(A)は全体が発現している例であり、図1(B)はごく一部のVβ鎖サブグループのみが発現している例である。)。
【0024】
そして、特定のVβ鎖のみが発現しVβ鎖の発現に偏りがみられた症例12例をSEREX法による自己抗体の検索に適した症例として考え、このPCR増幅産物をさらに2重濃度勾配ゲルに泳動し、ナイロンメンブレンに転写し、Southern blot法によって
oligoclonality の有無について検討した。
【0025】
次に、上記Vβ鎖の発現に偏りが見られた12例に対し、SEREX法を用いた。SEREX法の概要を図3に示す。II型肺胞上皮癌培養株からmRNAを抽出し、cDNAライブラリーを作成後、得られたcDNAライブラリーを蛋白発現ベクター(ZAP発現ベクター)に組み込み作成したファージを大腸菌に感染させ、cDNAのコードする蛋白を大腸菌に発現させた。そしてcolony hybridization法によって、特発性肺線維症の血清およびBAL液中の免疫グロブリンと結合するプラークを選別し、陽性ファージをファジェミドベクターに変換後、シークエンスによって特異的蛋白の塩基配列を決定した。ホモロジー検索によって蛋白の構造を決定し、特発性肺線維症症例の血清中およびBAL液中に存在する自己抗体の認識自己抗原の同定を行った。以上の結果、各症例において検出されたVβ鎖サブファミリーを図4に示し、その認識された抗体の一覧を図5に示す。なお図4中BALFはBAL液を用いて同定した場合を、VATSは胸腔鏡下肺生検によって取り出した組織から同定した場合を示している(Video−Assisted Thoracic Surgery)。また図4の右側列に記載されている数字はVβ鎖のサブファミリーの番号であって、特に数字の右上の *はoligoclonalityが確認されたものを示し、太字となっているものは同一症例において時間経過した後であっても共通に同定できたVβ鎖のサブファミリーを示す。
【0026】
また図5によると、11種類の抗体のうち、抗annexin 1抗体は、SEREX法によって解析した特発性肺線維症12例中5例(41%)の血清および BAL液中に存在した。抗phosphoglycerate kinase 1抗体は特発性肺線維症12例中4例(33%)の血清およびBAL 液中に存在が認められた。抗annexin 4抗体、抗bax inhibitor 1抗体、cytochrome c oxidase subunit Va 抗体は特発性肺線維症12例中3例(25%)の血清および BAL 液中に存在してした。さらに、抗aldehyde dehydrogenase 1抗体、抗cytochrome c−1抗体、抗macrophage migration inhibitory factor抗体、抗annexin 2抗体は特発性肺線維症12例中2例(17%)に、抗heme oxygenase 1 抗体は12例中1例(8.3%)に存在していた。これにより、自己抗体を検出することによって、特発性肺線維症の有無を判定することができることを確かめた。
【0027】
また、図4における特発性肺線維症例2(Case2)においては、BAL液と、このBAL液採取から3ヶ月後に得られた胸腔鏡下肺生検組織において一部に共通の抗原を認識するT細胞Vβ鎖の増生が認められた(図6参照)。この所見は、肺胞腔に存在する同一抗原に対して反応するTリンパ球が長期間、同一生体の肺に存在することを示す。このようなCD4陽性Tリンパ球のVβ鎖の抗原反応性可変部領域の遺伝子解析を行ったところ、今回検出したannexin 1の一部と強い相同性があり(図7)、本発明の自己抗体反応抗原蛋白のひとつであるannexin 1に対して肺胞局所で強い免疫反応が生じていることを示している。
【0028】
近年、annexin 1の特定のアミノ酸部分(EYVQTVK)は、好中球が血管内腔から血管外への遊走を阻止する機能を有するという報告がなされている(Walther A et al.,Molecular Cell 5:831−840,2000)。一方、ここで認められたT細胞Vβ鎖可変部領域はこのEYVQTVKのアミノ酸と強い相同性が認められており、特発性肺線維症の肺胞局所においてannexin 1のEYVQTVK部分が重要な役割を果たしていることが読み取れ、特発性肺線維症の病態と密接な関係のある好中球浸潤がこのannexin 1のEYVQTVKを自己抗体がブロックするために増強している可能性が示唆され、矛盾しない結果を得ることができた(図7参照)。
【0029】
また、今回検出した11種類の自己抗原蛋白について、II型肺胞上皮癌培養株(A549)および単球系培養株(THP−1)の双方に対し、RT−PCR法を用いて確認したところ、発現を確認することができた。特発性肺線維症は肺胞腔内に病変の主座が存在すると考えられており、肺胞腔側の構成細胞の大部分を占めるII型肺胞上皮および肺胞マクロファージの両者から自己抗体認識抗原蛋白が産生されている可能性を確認した。この結果を図8に示す。なお、上記RT−PCR法においては上記に示した自己抗体認識抗原遺伝子全体に対するプライマーを作成した。図9にここで設計したプライマーを示す。
【0030】
そして更に、発見した自己抗体認識抗原蛋白をHis−tag標識蛋白として人工的に大腸菌に作成させた。以下に行った蛋白作成方法の概要を示す。
【0031】
上記のRT−PCR法によって得られたPCR産物をHis−tag標識蛋白発現ベクター(Pqe−30UA)にライゲーションし、コンペテントM15細胞にトランスフォーメーションを行った。得られたHis−tag標識蛋白発現コロニー蛋白をニトロセルロースフィルターに転写後、IPTGを含むプレートにフィルターを移し6×His−tag標識蛋白質を発現させた。得られたフィルターをPenta−His HRP Conjugateを用いて免疫染色を行い自己抗体認識抗原蛋白発現コロニーを選別した。得られたコロニーをピックアップし培養液中で増殖させ、6×His−tag標識蛋白質の抽出を行った。Western blot法によって蛋白発現を確認した後、大腸菌大量培養液から、自己抗体認識抗原蛋白(His−tag標識蛋白)の精製を行った。
【0032】
これにより得られた11種類の特発性肺線維症特異的His−tag標識自己抗原蛋白をThe Convertible(Biometra 社)を用いて、6mm Dotとしてナイロンメンブレン上に吸着させた。これにより、得られた蛋白吸着メンブレンに対し症例の血清又はBAL液でhybridizationを行い、二次抗体として抗ヒトIgG抗体を結合させ化学発光にて自己抗体発現の有無を11種類同時に検出した。Dot blot法およびWestern blot法による検索では、特発性肺線維症例の血清およびBAL液を用いた場合にのみHis−tag標識蛋白に対して陽性バンドを検出することができ、またバンドの発現強度は、病勢が悪化した場合に強く検出される傾向が認められた。
【0033】
また、上記により得られた11種類の特発性肺線維症特異的His−tag標識自己抗原蛋白をNi−NTA標識ELISAプレートに添加し4度で一晩インキュベートし固定した。これによりHis−tag標識蛋白をNi−NTAに結合させることができ、これにより得られたELISAプレートを用いて症例血清又はBAL液を自己抗原蛋白と結合させ、さらに2次抗体としてアルカリフォスファターゼ標識した抗ひとIgG抗体を反応させ、アルカリフォスファターゼ発色基質にて発色後、405nmの吸光度を測定することによって自己抗体濃度を決定した。ELISAの結果を図10に示す。健常人50例における結果の平均値から標準偏差の3倍以上を陽性とした。今回検出した11種類の自己抗体は30例のサルコイドーシス(sarcoidosis)、10例の好酸球性肺炎(eosinophilic
pneumonia)、10例の過敏性肺臓炎(hypersensitivity pneumonitis: HP)では血清中およびBAL 液中いずれにおいても検出されなかった。膠原病性間質性肺炎(collagen
vascular disease associated interstitial pneumonia: IP-CVD)では一部の抗体がごく少数にみられたのみで大部分は陰性であった。一方、特発性肺線維症においては血清中およびBAL 液中の自己抗体は5%から25%の頻度で陽性であり、これらの抗体を組み合わせることによって約80%の特発性肺線維症の診断が可能であった。このことから、我々の発見した11種類の自己抗体の測定は特発性肺線維症の診断に有用であることが確認された。図10においてPM/DMは多発性筋炎(polymyositis)/皮膚筋炎(dermatomyositis)、シエーグレン症候群(Sjogren)、全身性硬化症(systemic
sclerosis: SSc)、関節リュウマチ(rheumatoid arthritis: RA)、全身性エリテマトーデス(systemic
lupus erythematosus: SLE)を示す。さらに、特発性肺線維症急性増悪症例においては、特に annexin 1、phosphoglycerate
kinase 1、annexin 4、bax inhibitor 1、cytochrome
c reductase core 1 に対する自己抗体が、安定した肺線維症症例よりも有意にその頻度および発現強度(405 nmの吸光度)が高い傾向が認められた(図11)。特に、 annenxin 1、phosphoglycerate
kinase 1に対する自己抗体は特発性肺線維症急性増悪例においては、血清中および BAL 液中で50ー60%と高率に陽性であった。1ヶ月以内に呼吸困難が増悪し、胸部X線にて浸潤影が増加した特発性肺線維症症例で感染症や心不全が除外された症例を急性増悪例とした。これら5種類の自己抗体を経時的にフォローすることによって、特発性肺線維症の急性増悪の予測が可能である。本発明のELISA解析は、特発性肺線維症の病勢フォローに有用な指標であった。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】SEREX 法による自己抗体解析に適した症例と適さない症例の典型例を示す図である。
【図2】T細胞Vβ鎖サブファミリーに対するPCR法に用いたプライマーを示す図。
【図3】SEREX法の概略図を示す図。
【図4】特発性肺線維症におけるBAL液中のCD4陽性T細胞Vβ鎖レパートリーの解析結果を示す図。
【図5】SEREX法によって検出した11種類の特発性肺線維症特異的自己抗体の認識する自己抗原蛋白とその発現頻度を示す図。
【図6】BAL液とBALから3ヶ月後に得られた胸腔鏡下肺生検組織において一部に共通の抗原を認識するT細胞Vβ鎖の増生を示す図。
【図7】特発性肺線維症例(Case2)の BAL液および胸腔鏡下肺生検組織中のT細胞の抗原認識部分であるVβ鎖と特発性肺線維症特異的自己抗原の一部に強い相同性が認められを示す図。
【図8】RT−PCR法によって11種類の自己抗原蛋白の発現が、II型肺胞上皮癌培養株(A549)および単球系培養株(THP−1)の双方に確認されたことを示す図。AG1 はannexin 1、AG2 はphosphoglycerate kinase 1、AG3 はannexin 4、AG4 はbax inhibitor 1、AG5 はcytochrome c oxidase subunit Va、AG6 はaldehyde dehydrogenase 1、AG7 はcytochrome c−1、AG8 はmacrophage migration inhibitory factor、AG9 はannexin 2、 AG10 はcytochrome c reductase core 1、AG11 はheme oxygenase 1の自己抗原蛋白を示す。
【図9】11種類の特発性肺線維症特異的自己抗体認識抗原遺伝子を増幅するために用いたPCRプライマーを示す図。
【図10】さまざまな肺疾患における血清中およびBAL 液中の特発性肺線維症特異的自己抗体発現頻度を示す図。n は解析した症例数を示す。AG1 からAG11 は図8で示した自己抗原蛋白を示す。
【図11】特発性肺線維症急性増悪症例(Acuteexacerbation of IPF) および安定症例 (Stable IPF) における血清中およびBAL 液中の特発性肺線維症特異的自己抗体発現頻度を示す図。AG1 からAG11 は図8で示した自己抗原蛋白を示す。右上に*で示した自己抗体は、安定した肺線維症に比較して特発性肺線維症急性増悪例で頻度および発現強度(405 nmの吸光度)が有意に増加している抗体を示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は特発性間質性肺線維症の検出マーカー及び検出キットに関する。
【背景技術】
【0002】
特発性肺線維症は原因不明の疾患であるが、肺胞上皮にapotosis が亢進し、肺胞上皮基底膜の破壊に伴って間質の線維芽細胞の異常増殖を伴う疾患である。
【0003】
現在の特発性肺線維症の診断には開胸/胸腔鏡下肺生検が重要な位置を占めているが、病状が進行した症例では検査による侵襲が大きな問題である。なおその問題を解決するために気管支肺胞洗浄検査(Bronchoalveolar lavage : 以下「BAL」)が行われている。特発性肺線維症においては、BALで採取したBAL液中に好中球の軽度の増加が確認されたことの報告があり、肺胞腔や間質に浸潤した好中球が病態に重要な役割を果たしているのではないかとの示唆がある(例えば下記非特許文献1参照)。
【0004】
ところで、SEREX(Sserological analysis of recombinant cDNA expression libraries)法は、約1万個のcDNAの中で数個程度しか存在しない自己抗原発現cDNAに対しても検出が可能であり、微量の自己抗原の検出に適した方法である。このSEREX法により肺癌をはじめとする様々な腫瘍関連抗原が同定されている。同定された抗原には、転写因子、細胞の分化抗原、細胞構成蛋白などに対する自己抗体に加え、新規遺伝子も含まれている。即ちSEREX法は自己抗原検索においては強力で有用な手法であり、これを用いた報告として、全身性エリテマトーデス(SLE)や過敏性肺臓炎関連自己抗体の検索に関する報告がある(例えば下記非特許文献2参照)。
【0005】
また、PCR(Polimerase Chain Reaction)法による気管支肺胞洗浄液中のT細胞Vβ鎖遺伝子再構成の検索では、抗原特異的なT細胞増生がBAL液中に認められ、肺胞局所において疾患特異的な抗原の存在が示唆されている(例えば下記非特許文献3参照)。
【0006】
【非特許文献1】Wellsら、“Bronchoalveolar lavage cellularity: lone cryptogenic fibrosing alveolitis compared with the fibrosing alveolitis of systemic sclerosis”、Am J Respir Crit Care Med、1998年、157巻、1474−1482頁
【非特許文献2】Matsunagaら、“A novel protein antigen of Trichosporon asahii, in summer−type hypersensitivity pneumonitis”、Am J Respir Crit Care Med 2002年、167巻、991−998頁
【非特許文献3】Shimizudaniら、“Conserved CDR3 region of T cell receptor BV gene in lymphocytes from bronchoalveolar lavage fluid of patients with indiopathic pulmonary fibrosis”、Clin Exp Immunol 2002、129巻、140〜149頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
確かに、上記非特許文献1において好中球が何らか病態に関与していることを示唆しているが、好中球が増加する機序や肺が線維化する機序は大部分が不明であり、しかも、好中球の増加のみによっては特発性肺線維症の診断を行うことは極めて困難である。また特に、BALによって確かに侵襲の問題を和らげることはできるが、より患者に負担のかからない非侵襲な診断も望まれる。
【0008】
また、SEREX法については、殆どが腫瘍関連抗原の同定のために用いられているものであって、腫瘍関連抗原以外のものに適用した例は極めて稀である。これを用いた過敏性肺臓炎関連の報告としては上記非特許文献2の例があるが、これ一例に過ぎないだけでなくこの例も夏型過敏性肺臓炎に対する真菌抗原の報告に過ぎず、特発性肺線維症についての報告でもない。
【0009】
更に、上記非特許文献3に記載の報告では、抗原特異的なT細胞増生が認められているが、PCR法のみでは症例間でHLA抗原が異なること、認識している抗原は抗原提示細胞によって断片化されていること、から認識抗原の決定は極めて困難である。
【0010】
そこで、本発明は、上記課題を鑑み、より容易に特発性肺線維症を検出するための検出マーカー及び検出キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは、上記課題につき検討したところ、特発性肺線維症において肺胞局所に疾患特異的な抗原が存在し、肺において疾患特異的な抗原/抗体反応が生じているのであれば、B細胞による抗体産生にはCD4陽性T細胞の援助が必要不可欠であり、BAL液中のT細胞は抗原特異的なVα/Vβ鎖を有したT細胞が特異的に増生していると考えられ、特発性肺線維症においても、特定の抗原特異的なVα/Vβ鎖を有したT細胞がoligoclonalに増生しているのではないかと検討を行った。この検討の結果、特定の抗原特異的なVα/Vβ鎖を有したCD4 陽性T 細胞が oligoclonalに増生し疾患特異的な抗原抗体反応が強く生じた特発性肺線維症と、特定の抗原特異的なVα/Vβ鎖の増生がみられず疾患特異的な抗原抗体反応が生じていない特発性肺線維症があることを見出した(図1参照)。
【0012】
そこで、更に本発明者らが上記について検討を行ったところ、上記の例のうち図1の(B)はoligoclonalにSEREX法による自己抗体解析しやすい症例であり、図1(A)はそうでない症例であると考え、SEREX法による自己抗体の解析をしやすい症例を用いて、特発性肺線維症の主な病変部位である肺胞上皮が発現する蛋白を非常に鋭敏な方法(SEREX法)で解析を行うことで、特発性肺線維症の患者血清中に存在する自己抗体の検出が可能であることを見いだした。以下具体的に示すが、我々の発見した11種類の自己抗体は比較的高頻度で特発性肺線維症症例の血清中に存在し、これらを組み合わせることによって、特発性肺線維症の正確な血清学的診断が可能となる。
【0013】
即ち、本発明に係る特発性肺線維症の検出マーカーは、抗annexin 1抗体、抗phosphoglycerate kinase 1抗体、抗annexin 4抗体、抗bax inhibitor 1抗体、抗cytochrome c oxidase subunit Va抗体、抗aldehyde dehydrogenase 1抗体、抗cytochrome c−1抗体、抗macrophage migration inhibitory factor抗体、抗annexin 2抗体、抗cytochrome c reductase core 1抗体、抗heme oxygenase 1抗体、の少なくとも一つを含有してなることを特徴とする。
【0014】
また、本発明に係る特発性肺線維症の検出キットは、annexin 1、phosphoglycerate kinase 1、annexin 4、bax inhibitor 1、cytochrome c oxidase subunit Va、aldehyde dehydrogenase 1、cytochrome c−1、macrophage migration inhibitory factor、annexin 2、cytochrome c reductase core 1、heme oxygenase 1、の少なくともいずれかの抗原タンパクを基材に吸着させてなることを特徴とする。なおここで基材としては上記抗原タンパクを吸着させて抗体反応を確認できる限りにおいて限定はされないが、メンブレンやELISA法にも散られるプレートなどが該当する。またこの場合において、抗原タンパクは標識が付されていること、標識は、His−tag標識が付されていること、も望ましい。
【0015】
また、本発明に係る方法としては、annexin 1、phosphoglycerate kinase 1、annexin 4、bax inhibitor 1、cytochrome c oxidase subunit Va、aldehyde dehydrogenase 1、cytochrome c−1、macrophage migration inhibitory factor、annexin 2、cytochrome c reductase core 1、heme oxygenase 1、の少なくともいずれかの標識された抗原タンパクを吸着した基材に血清又はBAL液を塗布することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
以上、特発性肺線維症を検出するための検出マーカー及び検出キットを提供することができるようになる。特に、今回我々の発見した11種類の自己抗体は既存には報告されておらず、特発性肺線維症以外の症例ではほとんどの自己抗体は検出されず、診断検査としての利用価値が高い。
【0017】
本発明を用いることによって、治療前後のBAL液または経時的に採取した血清による連続的な疾患特異的自己抗体の解析が可能となる。とりわけ、His−tag標識自己抗原蛋白を用いた自己抗体の測定は、病勢フォローやステロイドなどの治療効果判定に最適な検査法となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明する。
【0019】
本発明の実施の形態としては、特発性肺線維症の検出マーカー、検出キットの態様を採用できる。検出マーカーの態様として、抗annexin 1抗体、抗phosphoglycerate kinase 1抗体、抗annexin 4抗体、抗bax inhibitor 1抗体、抗cytochrome c oxidase subunit Va抗体、抗aldehyde dehydrogenase 1抗体、抗cytochrome c−1抗体、抗macrophage migration inhibitory factor抗体、抗annexin 2抗体、抗cytochrome c reductase core 1抗体、抗heme oxygenase 1抗体、の少なくとも一つを含んでなることとする。即ち、特発性肺線維症の疑いのある患者から血清又はBAL液を抽出し、この抗体が存在しているか否かを調べ、存在している場合は特発性肺線維症の疑いがあると判定することができる。これにより精度よく調べることができるようになる。
【0020】
また本発明の一実施形態として、annexin 1、phosphoglycerate kinase 1、annexin 4、bax inhibitor 1、cytochrome c oxidase subunit Va、aldehyde dehydrogenase 1、cytochrome c−1、macrophage migration inhibitory factor、annexin 2、cytochrome c reductase core 1、heme oxygenase 1、の少なくともいずれかの抗原タンパクを基材に吸着させてなる特発性肺線維症の検出キットとすることもできる。これにより、特発性肺線維症の疑いのある患者から血清又はBAL液を抽出し、この抗原タンパクが抗体と反応しているか否かを調べることにより、特発性肺線維症の疑いがあるか否かを判定することができる。具体的にはこれら抗原タンパクを基材に吸着させ、BAL液又は血清などを塗布することにより抗原タンパクと反応させ、更に発光又は発色部位を有する二次抗体と反応させることで、発光等が行われるか、又はその量にもとづいて抗体が存在しているか否かを判定し、特発性肺線維症であるか否かを判定することが可能となる。この場合において、抗原タンパクには抗原タンパクを作成する観点から標識が付されていることが望ましい。特に本実施形態によると、あらかじめ作成した自己抗原蛋白が吸着したメンブレンやプレートを利用することによって、迅速な検査が可能であり、1時間程度で結果を得ることができる。そのため、病状が刻々と変化する重症例の特発性肺線維症においても迅速な対応が可能である。特発性肺線維症が悪化した場合には、できるだけ早い治療が必要であるが、他の合併症(感染症、悪性腫瘍)の除外に時間がかかり、診断に苦慮する場合が多い。本発明は特発性肺線維症自体が悪化したのか他の合併症が重なったのかを鑑別するうえで非常に重要な情報を提供可能であり、迅速な対応に結びつくことができる。
【実施例】
【0021】
以下、本実施形態に係る発明の効果を実証すべく検討を行った。以下説明する。
【0022】
T細胞Vβ鎖は25種類のサブファミリーから構成されているため、まずそれぞれのサブファミリーに特異的なプライマーを作成した。作成したプライマーを図2に示す。なお図中、Vβ1、Vβ2…、Vβ25はfowardプライマーとして用い、Cβはreverseプライマーとして共通に用いた。
【0023】
そして特発性肺線維症20症例に対しBALを行い、そのBALを抽出した。そしてこのBAL液からDyna beadsを用いてCD4陽性T細胞の分離、total RNAの抽出、RT−PCR法によるT細胞のVβ鎖可変部領域の増幅を行い、更にこのPCR産物を2%アガロースで泳動し、ナイロンメンブレンに転写し、Southern blot法によってT細胞Vβ鎖レパートリーについて解析した。その結果、特発性肺線維症はBAL液中のCD4陽性Tリンパ球のT細胞Vβ鎖レパートリーは、25種類すべてのVβ鎖サブグループが均等に発現している症例とごく一部のVβ鎖サブグループのみが発現している症例に分類されることが判明した(図1参照。図1(A)は全体が発現している例であり、図1(B)はごく一部のVβ鎖サブグループのみが発現している例である。)。
【0024】
そして、特定のVβ鎖のみが発現しVβ鎖の発現に偏りがみられた症例12例をSEREX法による自己抗体の検索に適した症例として考え、このPCR増幅産物をさらに2重濃度勾配ゲルに泳動し、ナイロンメンブレンに転写し、Southern blot法によって
oligoclonality の有無について検討した。
【0025】
次に、上記Vβ鎖の発現に偏りが見られた12例に対し、SEREX法を用いた。SEREX法の概要を図3に示す。II型肺胞上皮癌培養株からmRNAを抽出し、cDNAライブラリーを作成後、得られたcDNAライブラリーを蛋白発現ベクター(ZAP発現ベクター)に組み込み作成したファージを大腸菌に感染させ、cDNAのコードする蛋白を大腸菌に発現させた。そしてcolony hybridization法によって、特発性肺線維症の血清およびBAL液中の免疫グロブリンと結合するプラークを選別し、陽性ファージをファジェミドベクターに変換後、シークエンスによって特異的蛋白の塩基配列を決定した。ホモロジー検索によって蛋白の構造を決定し、特発性肺線維症症例の血清中およびBAL液中に存在する自己抗体の認識自己抗原の同定を行った。以上の結果、各症例において検出されたVβ鎖サブファミリーを図4に示し、その認識された抗体の一覧を図5に示す。なお図4中BALFはBAL液を用いて同定した場合を、VATSは胸腔鏡下肺生検によって取り出した組織から同定した場合を示している(Video−Assisted Thoracic Surgery)。また図4の右側列に記載されている数字はVβ鎖のサブファミリーの番号であって、特に数字の右上の *はoligoclonalityが確認されたものを示し、太字となっているものは同一症例において時間経過した後であっても共通に同定できたVβ鎖のサブファミリーを示す。
【0026】
また図5によると、11種類の抗体のうち、抗annexin 1抗体は、SEREX法によって解析した特発性肺線維症12例中5例(41%)の血清および BAL液中に存在した。抗phosphoglycerate kinase 1抗体は特発性肺線維症12例中4例(33%)の血清およびBAL 液中に存在が認められた。抗annexin 4抗体、抗bax inhibitor 1抗体、cytochrome c oxidase subunit Va 抗体は特発性肺線維症12例中3例(25%)の血清および BAL 液中に存在してした。さらに、抗aldehyde dehydrogenase 1抗体、抗cytochrome c−1抗体、抗macrophage migration inhibitory factor抗体、抗annexin 2抗体は特発性肺線維症12例中2例(17%)に、抗heme oxygenase 1 抗体は12例中1例(8.3%)に存在していた。これにより、自己抗体を検出することによって、特発性肺線維症の有無を判定することができることを確かめた。
【0027】
また、図4における特発性肺線維症例2(Case2)においては、BAL液と、このBAL液採取から3ヶ月後に得られた胸腔鏡下肺生検組織において一部に共通の抗原を認識するT細胞Vβ鎖の増生が認められた(図6参照)。この所見は、肺胞腔に存在する同一抗原に対して反応するTリンパ球が長期間、同一生体の肺に存在することを示す。このようなCD4陽性Tリンパ球のVβ鎖の抗原反応性可変部領域の遺伝子解析を行ったところ、今回検出したannexin 1の一部と強い相同性があり(図7)、本発明の自己抗体反応抗原蛋白のひとつであるannexin 1に対して肺胞局所で強い免疫反応が生じていることを示している。
【0028】
近年、annexin 1の特定のアミノ酸部分(EYVQTVK)は、好中球が血管内腔から血管外への遊走を阻止する機能を有するという報告がなされている(Walther A et al.,Molecular Cell 5:831−840,2000)。一方、ここで認められたT細胞Vβ鎖可変部領域はこのEYVQTVKのアミノ酸と強い相同性が認められており、特発性肺線維症の肺胞局所においてannexin 1のEYVQTVK部分が重要な役割を果たしていることが読み取れ、特発性肺線維症の病態と密接な関係のある好中球浸潤がこのannexin 1のEYVQTVKを自己抗体がブロックするために増強している可能性が示唆され、矛盾しない結果を得ることができた(図7参照)。
【0029】
また、今回検出した11種類の自己抗原蛋白について、II型肺胞上皮癌培養株(A549)および単球系培養株(THP−1)の双方に対し、RT−PCR法を用いて確認したところ、発現を確認することができた。特発性肺線維症は肺胞腔内に病変の主座が存在すると考えられており、肺胞腔側の構成細胞の大部分を占めるII型肺胞上皮および肺胞マクロファージの両者から自己抗体認識抗原蛋白が産生されている可能性を確認した。この結果を図8に示す。なお、上記RT−PCR法においては上記に示した自己抗体認識抗原遺伝子全体に対するプライマーを作成した。図9にここで設計したプライマーを示す。
【0030】
そして更に、発見した自己抗体認識抗原蛋白をHis−tag標識蛋白として人工的に大腸菌に作成させた。以下に行った蛋白作成方法の概要を示す。
【0031】
上記のRT−PCR法によって得られたPCR産物をHis−tag標識蛋白発現ベクター(Pqe−30UA)にライゲーションし、コンペテントM15細胞にトランスフォーメーションを行った。得られたHis−tag標識蛋白発現コロニー蛋白をニトロセルロースフィルターに転写後、IPTGを含むプレートにフィルターを移し6×His−tag標識蛋白質を発現させた。得られたフィルターをPenta−His HRP Conjugateを用いて免疫染色を行い自己抗体認識抗原蛋白発現コロニーを選別した。得られたコロニーをピックアップし培養液中で増殖させ、6×His−tag標識蛋白質の抽出を行った。Western blot法によって蛋白発現を確認した後、大腸菌大量培養液から、自己抗体認識抗原蛋白(His−tag標識蛋白)の精製を行った。
【0032】
これにより得られた11種類の特発性肺線維症特異的His−tag標識自己抗原蛋白をThe Convertible(Biometra 社)を用いて、6mm Dotとしてナイロンメンブレン上に吸着させた。これにより、得られた蛋白吸着メンブレンに対し症例の血清又はBAL液でhybridizationを行い、二次抗体として抗ヒトIgG抗体を結合させ化学発光にて自己抗体発現の有無を11種類同時に検出した。Dot blot法およびWestern blot法による検索では、特発性肺線維症例の血清およびBAL液を用いた場合にのみHis−tag標識蛋白に対して陽性バンドを検出することができ、またバンドの発現強度は、病勢が悪化した場合に強く検出される傾向が認められた。
【0033】
また、上記により得られた11種類の特発性肺線維症特異的His−tag標識自己抗原蛋白をNi−NTA標識ELISAプレートに添加し4度で一晩インキュベートし固定した。これによりHis−tag標識蛋白をNi−NTAに結合させることができ、これにより得られたELISAプレートを用いて症例血清又はBAL液を自己抗原蛋白と結合させ、さらに2次抗体としてアルカリフォスファターゼ標識した抗ひとIgG抗体を反応させ、アルカリフォスファターゼ発色基質にて発色後、405nmの吸光度を測定することによって自己抗体濃度を決定した。ELISAの結果を図10に示す。健常人50例における結果の平均値から標準偏差の3倍以上を陽性とした。今回検出した11種類の自己抗体は30例のサルコイドーシス(sarcoidosis)、10例の好酸球性肺炎(eosinophilic
pneumonia)、10例の過敏性肺臓炎(hypersensitivity pneumonitis: HP)では血清中およびBAL 液中いずれにおいても検出されなかった。膠原病性間質性肺炎(collagen
vascular disease associated interstitial pneumonia: IP-CVD)では一部の抗体がごく少数にみられたのみで大部分は陰性であった。一方、特発性肺線維症においては血清中およびBAL 液中の自己抗体は5%から25%の頻度で陽性であり、これらの抗体を組み合わせることによって約80%の特発性肺線維症の診断が可能であった。このことから、我々の発見した11種類の自己抗体の測定は特発性肺線維症の診断に有用であることが確認された。図10においてPM/DMは多発性筋炎(polymyositis)/皮膚筋炎(dermatomyositis)、シエーグレン症候群(Sjogren)、全身性硬化症(systemic
sclerosis: SSc)、関節リュウマチ(rheumatoid arthritis: RA)、全身性エリテマトーデス(systemic
lupus erythematosus: SLE)を示す。さらに、特発性肺線維症急性増悪症例においては、特に annexin 1、phosphoglycerate
kinase 1、annexin 4、bax inhibitor 1、cytochrome
c reductase core 1 に対する自己抗体が、安定した肺線維症症例よりも有意にその頻度および発現強度(405 nmの吸光度)が高い傾向が認められた(図11)。特に、 annenxin 1、phosphoglycerate
kinase 1に対する自己抗体は特発性肺線維症急性増悪例においては、血清中および BAL 液中で50ー60%と高率に陽性であった。1ヶ月以内に呼吸困難が増悪し、胸部X線にて浸潤影が増加した特発性肺線維症症例で感染症や心不全が除外された症例を急性増悪例とした。これら5種類の自己抗体を経時的にフォローすることによって、特発性肺線維症の急性増悪の予測が可能である。本発明のELISA解析は、特発性肺線維症の病勢フォローに有用な指標であった。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】SEREX 法による自己抗体解析に適した症例と適さない症例の典型例を示す図である。
【図2】T細胞Vβ鎖サブファミリーに対するPCR法に用いたプライマーを示す図。
【図3】SEREX法の概略図を示す図。
【図4】特発性肺線維症におけるBAL液中のCD4陽性T細胞Vβ鎖レパートリーの解析結果を示す図。
【図5】SEREX法によって検出した11種類の特発性肺線維症特異的自己抗体の認識する自己抗原蛋白とその発現頻度を示す図。
【図6】BAL液とBALから3ヶ月後に得られた胸腔鏡下肺生検組織において一部に共通の抗原を認識するT細胞Vβ鎖の増生を示す図。
【図7】特発性肺線維症例(Case2)の BAL液および胸腔鏡下肺生検組織中のT細胞の抗原認識部分であるVβ鎖と特発性肺線維症特異的自己抗原の一部に強い相同性が認められを示す図。
【図8】RT−PCR法によって11種類の自己抗原蛋白の発現が、II型肺胞上皮癌培養株(A549)および単球系培養株(THP−1)の双方に確認されたことを示す図。AG1 はannexin 1、AG2 はphosphoglycerate kinase 1、AG3 はannexin 4、AG4 はbax inhibitor 1、AG5 はcytochrome c oxidase subunit Va、AG6 はaldehyde dehydrogenase 1、AG7 はcytochrome c−1、AG8 はmacrophage migration inhibitory factor、AG9 はannexin 2、 AG10 はcytochrome c reductase core 1、AG11 はheme oxygenase 1の自己抗原蛋白を示す。
【図9】11種類の特発性肺線維症特異的自己抗体認識抗原遺伝子を増幅するために用いたPCRプライマーを示す図。
【図10】さまざまな肺疾患における血清中およびBAL 液中の特発性肺線維症特異的自己抗体発現頻度を示す図。n は解析した症例数を示す。AG1 からAG11 は図8で示した自己抗原蛋白を示す。
【図11】特発性肺線維症急性増悪症例(Acuteexacerbation of IPF) および安定症例 (Stable IPF) における血清中およびBAL 液中の特発性肺線維症特異的自己抗体発現頻度を示す図。AG1 からAG11 は図8で示した自己抗原蛋白を示す。右上に*で示した自己抗体は、安定した肺線維症に比較して特発性肺線維症急性増悪例で頻度および発現強度(405 nmの吸光度)が有意に増加している抗体を示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗annexin 1抗体、抗phosphoglycerate kinase 1抗体、抗annexin 4抗体、抗bax inhibitor 1抗体、抗cytochrome c oxidase subunit Va抗体、抗aldehyde dehydrogenase 1抗体、抗cytochrome c−1抗体、抗macrophage migration inhibitory factor抗体、抗annexin 2抗体、抗cytochrome c reductase core 1抗体、抗heme oxygenase 1抗体、の少なくとも一つを含有してなる特発性肺線維症の検出マーカー。
【請求項2】
annexin 1、phosphoglycerate kinase 1、annexin 4、bax inhibitor 1、cytochrome c oxidase subunit Va、aldehyde dehydrogenase 1、cytochrome c−1、macrophage migration inhibitory factor、annexin 2、cytochrome c reductase core 1、heme oxygenase 1、の少なくともいずれかの抗原タンパクを基材に吸着させてなる特発性肺線維症の検出キット。
【請求項3】
前記抗原タンパクは標識が付されていることを特徴とする請求項3記載の特発性肺線維症の検出キット。
【請求項4】
前記標識は、His−tag標識が付されていることを特徴とする請求項3記載の特発性肺線維症の検出キット。
【請求項5】
annexin 1、phosphoglycerate kinase 1、annexin 4、bax inhibitor 1、cytochrome c oxidase subunit Va、aldehyde dehydrogenase 1、cytochrome c−1、macrophage migration inhibitory factor、annexin 2、cytochrome c reductase core 1、heme oxygenase 1、の少なくともいずれかの標識された抗原タンパクを吸着した基材に血液又はBAL液を塗布することを特徴とする方法。
【請求項1】
抗annexin 1抗体、抗phosphoglycerate kinase 1抗体、抗annexin 4抗体、抗bax inhibitor 1抗体、抗cytochrome c oxidase subunit Va抗体、抗aldehyde dehydrogenase 1抗体、抗cytochrome c−1抗体、抗macrophage migration inhibitory factor抗体、抗annexin 2抗体、抗cytochrome c reductase core 1抗体、抗heme oxygenase 1抗体、の少なくとも一つを含有してなる特発性肺線維症の検出マーカー。
【請求項2】
annexin 1、phosphoglycerate kinase 1、annexin 4、bax inhibitor 1、cytochrome c oxidase subunit Va、aldehyde dehydrogenase 1、cytochrome c−1、macrophage migration inhibitory factor、annexin 2、cytochrome c reductase core 1、heme oxygenase 1、の少なくともいずれかの抗原タンパクを基材に吸着させてなる特発性肺線維症の検出キット。
【請求項3】
前記抗原タンパクは標識が付されていることを特徴とする請求項3記載の特発性肺線維症の検出キット。
【請求項4】
前記標識は、His−tag標識が付されていることを特徴とする請求項3記載の特発性肺線維症の検出キット。
【請求項5】
annexin 1、phosphoglycerate kinase 1、annexin 4、bax inhibitor 1、cytochrome c oxidase subunit Va、aldehyde dehydrogenase 1、cytochrome c−1、macrophage migration inhibitory factor、annexin 2、cytochrome c reductase core 1、heme oxygenase 1、の少なくともいずれかの標識された抗原タンパクを吸着した基材に血液又はBAL液を塗布することを特徴とする方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2006−292718(P2006−292718A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−270898(P2005−270898)
【出願日】平成17年9月16日(2005.9.16)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年9月16日(2005.9.16)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】
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